(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記酸化物誘電体層を形成する前に、酸素含有雰囲気中において80℃以上300℃以下で前記前駆体層を加熱した状態で型押し加工を施すことによって、前記前駆体層の型押し構造を形成する、
請求項5又は請求項6に記載の酸化物誘電体層の製造方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、比較的誘電率の高いビスマス(Bi)とニオブ(Nb)とからなる酸化物が得られたといっても、キャパシタ、半導体装置、あるいは微小電気機械システム等の固体電子装置の性能を高めるためには、従来開示されている数値を超える比誘電率が求められる。加えて、電気特性(例えば、誘電損失(tanδ)を含む)等の向上も実現していくべき重要な技術課題であるといえる。各種の固体電子装置が日進月歩で小型軽量化が図られている中で、特に、キャパシタ又はコンデンサ(以下、総称して「キャパシタ」という))の小型軽量化は、産業界から強く要求されている。
【0006】
キャパシタの小型軽量化を具現化するためには、誘電体膜の薄膜化と同時に高誘電率化を達成しなければならない。しかしながら、キャパシタ又は誘電体膜の信頼性を確保しつつ、誘電体膜の薄膜化及び高誘電率化を実現することは極めて困難である。
【0007】
また、その他の固体電子装置の例である、高周波フィルタや、パッチアンテナ、半導体装置、微小電気機械システム、又はRCLのうち少なくとも2つを含む複合デバイスにおいては、小型軽量化が図られる中で、例えば、周波数特性の向上が要求されている。
【0008】
また、従来技術では、真空プロセスやフォトリソグラフィー法を用いたプロセス等、比較的長時間、及び/又は高価な設備を要するプロセスが一般的であるため、原材料や製造エネルギーの使用効率が非常に悪くなる。上述のような製造方法が採用された場合、固体電子装置を製造するために多くの処理と長時間を要するため、工業性ないし量産性の観点から好ましくない。また、従来技術には、大面積化が比較的困難であるという問題も存在する。
【0009】
本願発明者らがこれまでに出願した発明は、従来技術における上述の各技術課題に対する幾つかの解決手段を提案するが、高性能かつ信頼性の高い固体電子装置の実現は未だ道半ばである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上述の諸問題の少なくとも1つを解決することにより、酸化物を少なくとも誘電体又は絶縁体(以下、総称して、「誘電体」という)として用いた固体電子装置の高性能化、又はそのような固体電子装置の製造プロセスの簡素化と省エネルギー化を実現する。その結果、本発明は、工業性ないし量産性に優れた酸化物誘電体、及びその酸化物誘電体を備える固体電子装置の提供に大きく貢献するものである。
【0011】
本願発明者らは、数多く存在する酸化物の中から、固体電子装置における誘電体としての機能を適切に発揮させる酸化物の選定とその製造方法について鋭意研究と分析を重ねた。発明者らによる詳細な分析と検討、及び多くの試行錯誤の結果、比誘電率の高いビスマス(Bi)とニオブ(Nb)とからなる酸化物については、それらの元素をある特徴的な構成比率の範囲内に収まるように該酸化物を形成することにより、非常に高い性能を発揮させることが可能となることが明らかとなった。さらに、発明者らは、この特徴的な構成比率の範囲を積極的に酸化物誘電体の製造工程の一部に活用することによって、より確度高く、高性能の誘電体を製造することができることを知見した。
【0012】
また、発明者らは、その酸化物誘電体の製造方法において、高真空状態を要しない方法を採用することによって、廉価で、かつ簡便な製造工程を実現することを知見した。加えて、発明者らは、その酸化物層を、「ナノインプリント」とも呼ばれる「型押し」加工法を用いた安価で簡便な手法によってパターニングをすることが可能であることも併せて見出した。その結果、発明者らは、高性能の酸化物の実現とともに、従来と比較して大幅に簡素化又は省エネルギー化、並びに大面積化も容易なプロセスによって、その酸化物誘電体の形成、ひいてはそれらの酸化物誘電体を備えた固体電子装置の製造が可能であることを知見した。本発明は上述の各視点に基づいて創出された。
【0013】
本発明の1つの酸化物誘電体は、パイロクロア型結晶構造の結晶相を有する、ビスマス(Bi)とニオブ(Nb)とからなる酸化物(不可避不純物を含み得る。以下、本願における全ての酸化物について同じ。)を含んでいる。また、この酸化物誘電体においては、前述のビスマス(Bi)の原子数を1としたときに、前述のニオブ(Nb)の原子数が、1.3以上1.7以下である。
【0014】
この酸化物誘電体は、パイロクロア型結晶構造の結晶相を備えることにより、従来と比較して非常に高い比誘電率(代表的には、220以上)を備えることができる。発明者らの詳細な分析により、パイロクロア型結晶構造の結晶相が生み出す比誘電率は、従来の結晶構造(例えば、公知のβ−BiNbO
4の結晶構造)と比較して格段に高い値を示すことが明らかとなった。この知見を踏まえ、上述のとおり、ビスマス(Bi)とニオブ(Nb)とからなる酸化物(以下、「BNO酸化物」ともいう)において、そのビスマス(Bi)の原子数を1としたときに、そのニオブ(Nb)の原子数が、1.3以上1.7以下であるという特定の構成比率が選択されている。この特徴的な構成比率により、パイロクロア型結晶構造の結晶相がより確度高く発現することになる。よって、この酸化物誘電体によれば、積極的にパイロクロア型結晶構造の結晶相を発現させることが可能となる点は特筆に値する。また、この酸化物誘電体は、非常に高い誘電率を実現するのみならず、優れた電気特性(例えば、誘電損失(tanδ))をも発揮し得る。従って、上述の酸化物誘電体を用いることにより、各種の固体電子装置の電気特性を向上させることが可能となる。
【0015】
また、本発明の1つの酸化物誘電体の製造方法は、ビスマス(Bi)を含む前駆体、及びそのビスマス(Bi)の原子数を1としたときに、ニオブ(Nb)の原子数が、1.3以上1.7以下であるそのニオブ(Nb)を含む前駆体を溶質とする前駆体溶液を出発材とする前駆体を、酸素含有雰囲気中において520℃以上620℃以下である第1温度で加熱することにより、前述のビスマス(Bi)と前述のニオブ(Nb)からなり、かつそのビスマス(Bi)の原子数を1としたときに、そのニオブ(Nb)の原子数が、1.3以上1.7以下である、パイロクロア型結晶構造の結晶相を含む酸化物誘電体(不可避不純物を含み得る)を形成する工程を含む。
【0016】
この酸化物誘電体の製造方法によれは、非常に高い比誘電率(代表的には、220以上)を発現し得る、パイロクロア型結晶構造の結晶相を備える酸化物誘電体を製造することができる。上述のとおり、発明者らの詳細な分析により、パイロクロア型結晶構造の結晶相が生み出す比誘電率は、従来の結晶構造(例えば、公知のβ−BiNbO
4の結晶構造)と比較して格段に高い値を示すことが明らかとなった。この知見を踏まえ、上述のとおり、ビスマス(Bi)を含む前駆体、及びそのビスマス(Bi)の原子数を1としたときに、ニオブ(Nb)の原子数が、1.3以上1.7以下であるそのニオブ(Nb)を含む前駆体を溶質とする前駆体溶液を出発材とする前駆体が選択される。そのような構成比率の前駆体を採用することにより、より確度高く、ビスマス(Bi)とニオブ(Nb)とからなる酸化物において、そのビスマス(Bi)の原子数を1としたときに、そのニオブ(Nb)の原子数が、1.3以上1.7以下であるという特定の構成比率を有する酸化物誘電体が製造される。そして、この特徴的な構成比率により、パイロクロア型結晶構造の結晶相がより確度高く発現することになる。よって、この酸化物誘電体の製造方法によれば、積極的にパイロクロア型結晶構造の結晶相を発現させることが可能となる点は特筆に値する。また、この酸化物誘電体の製造方法によれば、非常に高い誘電率を実現するのみならず、優れた電気特性(例えば、誘電損失(tanδ))をも発揮し得る酸化物誘電体を製造することができる。従って、上述の酸化物誘電体の製造方法を用いることにより、該酸化物誘電体を備える各種の固体電子装置の電気特性を向上させることが可能となる。
【0017】
また、この酸化物誘電体の製造方法は、フォトリソグラフィー法を用いない比較的簡素な処理(例えば、インクジェット法、スクリーン印刷法、凹版/凸版印刷法、又はナノインプリント法)によって酸化物層が形成され得る。これにより、真空プロセスを用いたプロセスのような、比較的長時間及び/又は高価な設備を必要とするプロセスが不要になる。その結果、この酸化物層の製造方法は、工業性又は量産性に優れる。
【0018】
また、本発明の1つの酸化物誘電体の前駆体は、パイロクロア型結晶構造の結晶相を有する、ビスマス(Bi)とニオブ(Nb)とからなる酸化物の前駆体であって、そのビスマス(Bi)を含む前駆体、及びそのビスマス(Bi)の原子数を1としたときに、前述のニオブ(Nb)の原子数が、1.3以上1.7以下であるそのニオブ(Nb)を含む前駆体を溶質として混合したものである。
【0019】
この酸化物誘電体の前駆体によれば、確度高く、ビスマス(Bi)とニオブ(Nb)とからなる酸化物において、そのビスマス(Bi)の原子数を1としたときに、そのニオブ(Nb)の原子数が、1.3以上1.7以下であるという特定の構成比率を有する酸化物誘電体が製造される。そして、この特徴的な構成比率により、パイロクロア型結晶構造の結晶相がより確度高く発現することになる。よって、この酸化物誘電体の前駆体は、積極的に、酸化物誘電体においてパイロクロア型結晶構造の結晶相を発現させる前駆体である。また、この酸化物誘電体の前駆体から形成される酸化物誘電体は、非常に高い誘電率を実現するのみならず、優れた電気特性(例えば、誘電損失(tanδ))をも発揮し得る従って、上述の酸化物誘電体の前駆体を用いることにより、該前駆体から形成される該酸化物誘電体を備える各種の固体電子装置の電気特性を向上させることが可能となる。
【0020】
なお、本願において、「酸素含有雰囲気中」とは、酸素雰囲気中又は大気中を意味する。また、本願では、tanδの値を、誘電損失を代表する数値として取り扱う。
【0021】
また、上述の各発明において、現時点においては、BNO酸化物において、なぜパイロクロア型結晶構造の結晶相を発現することが出来るのかについてのメカニズム又は理由が明らかになっていない。しかしながら、この興味深い異質性によって、これまでに得られなかった電気特性が得られることが確認された。
【0022】
また、上述の各発明において、上述の酸化物が、さらにビスマス(Bi)とニオブ(Nb)とからなる酸化物のアモルファス相を有することは、微結晶粒の集合体のみの場合と比較して、不要な粒界形成による電気特性の劣化ないしバラつきを確度高く防止する観点から好適な一態様である。
【発明の効果】
【0023】
本発明の1つの酸化物誘電体によれば、従来と比較して非常に高い比誘電率(代表的には、220以上)を備えるとともに、優れた電気特性(例えば、誘電損失(tanδ))をも発揮し得るため、各種の固体電子装置の電気特性を向上させることが可能となる。
【0024】
また、本発明の1つの酸化物誘電体の製造方法によれば、従来と比較して非常に高い比誘電率(代表的には、220以上)を備えるとともに、優れた電気特性(例えば、誘電損失(tanδ))をも発揮し得る酸化物誘電体を製造することができる。また、この酸化物誘電体の製造方法は、工業性又は量産性に優れる。
【0025】
さらに、本発明の1つの酸化物誘電体の前駆体は、酸化物誘電体においてパイロクロア型結晶構造の結晶相がより確度高く発現する前駆体である。従って、この酸化物誘電体の前駆体を用いることにより、非常に高い誘電率を実現するのみならず、優れた電気特性(例えば、誘電損失(tanδ))をも発揮し得る該酸化物誘電体を形成することができる。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明の実施形態である固体電子装置を、添付する図面に基づいて詳細に述べる。なお、この説明に際し、全図にわたり、特に言及がない限り、共通する部分には共通する参照符号が付されている。また、図中、本実施形態の要素は必ずしも互いの縮尺を保って記載されるものではない。さらに、各図面を見やすくするために、一部の符号が省略され得る。
【0028】
<第1の実施形態>
1.本実施形態の薄膜キャパシタの全体構成
図1は、本実施形態における固体電子装置の一例である薄膜キャパシタ100の全体構成を示す図である。
図1に示すように、薄膜キャパシタ100は、基板10上に、基板10の側から下部電極層20、酸化物誘電体層(以下、略して「酸化物層」ともいう。以下、同じ。)30及び上部電極層40を備える。
【0029】
基板10は、例えば、高耐熱ガラス、SiO
2/Si基板、アルミナ(Al
2O
3)基板、STO(SrTiO)基板、Si基板の表面にSiO
2層及びTi層を介してSTO(SrTiO)層を形成した絶縁性基板等)、半導体基板(例えば、Si基板、SiC基板、Ge基板等)を含む、種々の絶縁性基材を用いることができる。
【0030】
下部電極層20及び上部電極層40の材料としては、白金、金、銀、銅、アルミ、モリブデン、パラジウム、ルテニウム、イリジウム、タングステン、などの高融点金属、あるいはその合金等の金属材料が用いられる。
【0031】
本実施形態においては、酸化物誘電体の層(酸化物層30)が、ビスマス(Bi)を含む前駆体及びニオブ(Nb)を含む前駆体を溶質とする前駆体溶液を出発材とする前駆体を、酸素含有雰囲気中において加熱することにより形成される(以下、本工程による製造方法を「溶液法」ともいう)。なお、本実施形態における前駆体溶液中の溶質として、前述のビスマス(Bi)を含む前駆体におけるビスマス(Bi)の原子数を1としたときに、ニオブ(Nb)の原子数が1.3以上1.7以下(代表的には1.5)となるように、ビスマス(Bi)の原子数とニオブ(Nb)の原子数とが調整されている。
【0032】
上述の前駆体溶液を出発材とする前駆体の層(単に、「前駆体層」ともいう)を採用することにより、ビスマス(Bi)とニオブ(Nb)からなる酸化物層30が得られる。より具体的には、本実施形態の酸化物層30は、パイロクロア型結晶構造の結晶相(微結晶相を含む)を有する、ビスマス(Bi)とニオブ(Nb)からなる酸化物を含んでいる。また、この酸化物層30においては、ビスマス(Bi)の原子数を1としたときに、ニオブ(Nb)の原子数が、1.3以上1.7以下である。
【0033】
図2は、BNO酸化物の層(酸化物層30)について、断面TEM(Transmission Electron Microscopy)写真及び電子線回析像による観察である。BNO酸化物層の電子線回析像を用いて、ミラー指数及び原子間距離を求め、既知の結晶構造モデルとフィッティングを行うことにより構造解析を行った。既知の結晶構造モデルとして、(Bi
1.5Zn
0.5)(Zn
0.5Nb
1.5)O
7,β−BiNbO
4、及びBi
3NbO
7を用いた。その結果、
図2に示すように、本実施形態の酸化物層30におけるパイロクロア型結晶構造の結晶相は、(Bi
1.5Zn
0.5)(Zn
0.5Nb
1.5)O
7型構造であるか、あるいは(Bi
1.5Zn
0.5)(Zn
0.5Nb
1.5)O
7型構造と略同一又は近似していることが分かった。
【0034】
なお、これまでに知られているパイロクロア型結晶構造は、「亜鉛」が含まれた結果として取り得る構造であったが、本実施形態においては、既知の態様とは異なる結果が得られた。亜鉛を含まない組成において、なぜそのようなパイロクロア型結晶構造を発現させるのかについて、現時点では明らかではない。しかしながら、後述するように、パイロクロア型結晶構造の結晶相を有することによって、薄層キャパシタの誘電体層、あるいは他の各種の固体電子装置(例えば、半導体装置又は微小電気機械システム)の絶縁層としての良好な誘電特性(特に、高い比誘電率)につながることが判明した。
【0035】
また、本実施形態の酸化物層30は、
図2に示すように、ビスマス(Bi)とニオブ(Nb)からなる酸化物のアモルファス相も有している。このように、結晶相とアモルファス相とが存在していることは、不要な粒界形成による電気特性の劣化ないしバラつきを確度高く防止する観点から好適な一態様である。
【0036】
なお、本実施形態はこの構造に限定されない。また、図面を簡略化するため、各電極層からの引き出し電極層のパターニングについての記載は省略する。
【0037】
2.薄膜キャパシタ100の製造方法
次に薄膜キャパシタ100の製造方法を説明する。なお、本出願における温度の表示は、ヒーターの設定温度を表している。
図3乃至
図6は、それぞれ、薄膜キャパシタ100の製造方法の一過程を示す断面模式図である。
図3に示すように、まず、基板10上に下部電極層20が形成される。次に、下部電極層20上に酸化物層30が形成されて、その後、酸化物層30上に上部電極層40が形成される。
【0038】
(1)下部電極層の形成
図3は、下部電極層20の形成工程を示す図である。本実施形態においては、薄膜キャパシタ100の下部電極層20が、白金(Pt)によって形成される例を説明する。下部電極層20は、公知のスパッタリング法により基板10上に白金(Pt)よりなる層が形成される。
【0039】
(2)絶縁層としての酸化物層の形成
次に、下部電極層20上に酸化物層30が形成される。酸化物層30は、(a)前駆体層の形成及び予備焼成の工程、(b)本焼成の工程、の順で形成される。
図4乃至
図6は、酸化物層30の形成過程を示す図である。本実施形態においては、薄膜キャパシタ100の製造工程の酸化物層30が、パイロクロア型結晶構造の結晶相を有する、ビスマス(Bi)とニオブ(Nb)とからなる酸化物よって形成される例を説明する。
【0040】
(a)前駆体の層の形成及び予備焼成
図4に示すように、下部電極層20上に、公知のスピンコーティング法により、ビスマス(Bi)を含む前駆体及びニオブ(Nb)を含む前駆体を溶質とする前駆体溶液(前駆体溶液という。以下、前駆体の溶液に対して同じ。)を出発材とする前駆体層30aが形成される。ここで、酸化物層30のためのビスマス(Bi)を含む前駆体の例は、2−エチルヘキサン酸ビスマス、オクチル酸ビスマス、塩化ビスマス、硝酸ビスマス、又は各種のビスマスアルコキシド(例えば、ビスマスイソプロポキシド、ビスマスブトキシド、ビスマスエトキシド、ビスマスメトキシエトキシド)が採用され得る。また、本実施形態における酸化物層30のためのニオブ(Nb)を含む前駆体の例は、2−エチルヘキサン酸ニオブ、オクチル酸ニオブ、塩化ニオブ、硝酸ニオブ、又は各種のニオブアルコキシド(例えば、ニオブイソプロポキシド、ニオブブトキシド、ニオブエトキシド、ニオブメトキシエトキシド)が採用され得る。また、前駆体溶液の溶媒は、エタノール、プロパノール、ブタノール、2−メトキシエタノール、2−エトキシエタノール、2−ブトキシエタノールの群から選択される少なくとも1種のアルコール溶媒、又は酢酸、プロピオン酸、オクチル酸の群から選択される少なくとも1種のカルボン酸である溶媒であることが好ましい。従って、前駆体溶液の溶媒においては、上述の2種以上のアルコール溶媒の混合溶媒や、上述の2種以上のカルボン酸の混合溶媒も、採用し得る一態様である。
【0041】
また、本実施形態においては、以下の(1)と(2)に示す、ビスマス(Bi)の原子数とニオブ(Nb)の原子数とが調整された各前駆体を溶質とする前駆体溶液を出発材としている。
(1)上述のビスマス(Bi)を含む前駆体
(2)(1)の前駆体のビスマス(Bi)の原子数を1としたときに、ニオブ(Nb)の原子数が、1.3以上1.7以下である、ニオブ(Nb)を含む前駆体
【0042】
その後、予備焼成として、酸素雰囲気中又は大気中(総称して、「酸素含有雰囲気中」ともいう。)で所定の時間、80℃以上250℃以下の温度範囲で予備焼成を行う。予備焼成では、前駆体層30a中の溶媒を十分に蒸発させるとともに、将来的な塑性変形を可能にする特性を発現させるために好ましいゲル状態(熱分解前であって有機鎖が残存している状態と考えられる)が形成される。前述の観点をより確度高く実現するために、予備焼成温度は、80℃以上250℃以下が好ましい。また、前述のスピンコーティング法による前駆体層30aの形成及び予備焼成を複数回繰り返すことによって、酸化物層30の所望の厚みを得ることができる。
【0043】
(b)本焼成
その後、本焼成として、前駆体層30aを、酸素雰囲気中(例えば100体積%であるが、これに限定されない)で、所定の時間、520℃以上620℃以下の範囲の温度(第1温度)で加熱する。その結果、
図5に示すように、電極層上に、ビスマス(Bi)とニオブ(Nb)とからなる、酸化物層30が形成される。なお、この酸化物層30におけるビスマス(Bi)及びニオブ(Nb)の原子組成比は、(Bi)が1としたときにニオブ(Nb)が1.3以上1.7以下である。
【0044】
ここで、本実施形態では、本焼成の温度(第1温度)を520℃以上620℃以下に設定している。しかし、その上限値は、現時点において後述する本実施形態の効果が確認されている上限値であって、その効果を奏させる技術的な限界値ではない。
【0045】
ただし、本発明者らの研究と分析によれば、例えば、ビスマス(Bi)の原子数を1としたときに、ニオブ(Nb)の原子数が1となるように前駆体溶液が調製された場合には、前駆体層を加熱する温度が550℃から600℃に向かって上昇するほど、パイロクロア型結晶構造の結晶相が見られなくなる一方、β−BiNbO
4の結晶構造が発現しやすいことが知見されていた。しかしながら、本実施形態の前駆体層30aを用いた場合には、600℃以上で加熱した場合であっても、β−BiNbO
4の結晶構造が発現しにくい、換言すれば、パイロクロア型結晶構造の結晶相が確度高く残留するという極めて興味深い結果が得られた。従って、本実施形態の前駆体層30aは、600℃以上の高温においても、パイロクロア型結晶構造の結晶相を維持し得るという特筆すべき効果が確認された。
【0046】
なお、酸化物層30の膜厚の範囲は30nm以上が好ましい。酸化物層30の膜厚が30nm未満になると、膜厚の減少に伴うリーク電流及び誘電損失の増大により、固体電子装置に適用するには、実用的ではなくなるため好ましくない。
【0047】
(3)上部電極層の形成
次に、酸化物層30上に上部電極層40が形成される。
図6は、上部電極層40の形成工程を示す図である。本実施形態においては、薄膜キャパシタ100の上部電極層40が、白金(Pt)によって形成される例を説明する。上部電極層40は、下部電極層20と同様、公知のスパッタリング法により酸化物層30上に白金(Pt)よりなる層が形成される。この上部電極層40の形成により、
図1に示す薄膜キャパシタ100が製造される。
【0048】
本実施形態では、ビスマス(Bi)を含む前駆体及びニオブ(Nb)を含む前駆体を溶質とする前駆体溶液を出発材とする前駆体層を、酸素含有雰囲気中において加熱することにより形成される、ビスマス(Bi)とニオブ(Nb)からなる酸化物層が形成される。また、その酸化物層を形成するための加熱温度が、520℃以上のときに特に良好な電気特性が得られる。なお、加熱温度が600℃を超える場合(例えば、620℃以下)であっても、良好な電気特性が得られる場合がある。特に、ビスマス(Bi)に対するニオブ(Nb)の比率が高まるほど、加熱温度がより高温になってもパイロクロア型結晶構造の結晶相が確度高く残留する傾向がある。
【0049】
加えて、本実施形態の酸化物層の製造方法を採用すれば、真空プロセスを用いることなく酸化物層の前駆体溶液を酸素含有雰囲気中で加熱すればよいため、従来のスパッタ法と比較して大面積化が容易になるとともに、工業性又は量産性を格段に高めることが可能となる。
3.薄膜キャパシタ100の電気特性
【0050】
(1)比誘電率及び誘電損失(tanδ)
図7は、本実施形態における、550℃の加熱によって形成された酸化物層30の比誘電率及び誘電損失(tanδ)を示すグラフである。また、
図8は、本実施形態における、600℃の加熱によって形成された酸化物層30の
図7に対応するグラフである。
【0051】
なお、比誘電率は、下部電極層と上部電極層の間に0.1Vの電圧、1KHzの交流電圧を印加することにより測定した。この測定には東陽テクニカ社製、1260−SYS型広帯域誘電率測定システムを用いた。また、誘電損失(tanδ)は、室温において、下部電極層と上部電極層の間に0.1Vの電圧、1KHzの交流電圧を印加することにより測定した。この測定には東陽テクニカ社製、1260−SYS型広帯域誘電率測定システムを用いた。
【0052】
より具体的には、
図7は、ビスマス(Bi)の原子数を1としたときに、ニオブ(Nb)の原子数が1.5となるように前駆体溶液が調製され、かつ550℃で加熱して酸化物層30が形成された場合の、1Hz〜1MHzの周波数における酸化物層30の比誘電率、並びに誘電損失(tanδ)を示している。また、
図8は、ビスマス(Bi)の原子数を1としたときに、ニオブ(Nb)の原子数が1.5となるように前駆体溶液が調製され、かつ600℃で加熱して酸化物層30が形成された場合の、1Hz〜1MHzの周波数における酸化物層30の比誘電率、並びに誘電損失(tanδ)を示している。なお、
図7及び
図8のいずれも、再現性を確認するために、同様のサンプルを3つずつ作製した上で、比誘電率及び誘電損失(tanδ)を調べた。
【0053】
図7及び
図8に示すように、1Hzから1MHzまでの周波数のいずれであっても比誘電率が220以上であることを確認することができた。特に、600℃で加熱して酸化物層30が形成された場合は、前述のいずれの周波数であっても、550℃で加熱して形成された酸化物層30の比誘電率よりも高い比誘電率(約250以上)が得られた点は、特筆に値する。他方、誘電損失(tanδ)については、600℃で加熱して形成された酸化物層30の誘電損失(tanδ)にバラつきが多少みられるが、加熱温度に依存することなく良好な結果が得られた。なお、高周波数域(20KHz以上)において誘電損失(tanδ)の値が急激に上昇している理由は、薄膜キャパシタ100の構造上、寄生インダクタンスが支配的になっているためであると考えられる。換言すれば、高周波数域(20KHz以上)においては、BNO酸化物自身の特性を表していないと考えられる。
【0054】
なお、
図7及び
図8に示す比誘電率の数値は、酸化物層全体としての数値である。後述するように、本願発明者らの分析によれば、ビスマス(Bi)とニオブ(Nb)からなる酸化物の層がパイロクロア型結晶構造の結晶相以外の結晶相(例えば、β−BiNbO
4型結晶構造の結晶相)及び/又はアモルファス相を有することによって、酸化物層全体としての比誘電率の値が変動し得ることが知見されている。しかしながら、
図7及び
図8に示すように、本実施形態の酸化物層30は、高い比誘電率を生み出すと考えられるパイロクロア型結晶構造の結晶相を多く有しているといえる。換言すれば、
図7及び
図8により、パイロクロア型結晶構造の結晶相を、600℃という高温の焼成によっても維持できることが確認された。
【0055】
なお、比較例として、ビスマス(Bi)の原子数を1としたときに、ニオブ(Nb)の原子数が1.5となるように前駆体溶液が調製され、かつ500℃で加熱して酸化物層が形成された場合の、1Hz〜1MHzの周波数における酸化物層30の比誘電率、並びに誘電損失(tanδ)を調べた結果、比誘電率及び誘電損失のいずれもが、周波数依存性が非常に大きいことが明らかとなった。特に比誘電率については、1Hzのときの値が約250であるのに対し、1MHzのときの値は約60にまで低減していることが確認された。ここで、500℃の加熱によって形成される酸化物の大部分がアモルファス相であり、この500℃のアモルファス相は電気特性に大きな影響を与えていると考えられる。換言すれば、電気特性に対してアモルファス相が支配的であるために、周波数依存性が非常に大きくなったと考えられる。なお、結晶化が促進され、パイロクロア型結晶構造の結晶相がより確度高く形成される520℃以上の加熱であれば、酸化物層30の比誘電率及び誘電損失(tanδ)が、550℃で加熱して形成された酸化物の特性に近づくことになる。
【0056】
(2)リーク電流
ビスマス(Bi)の原子数を1としたときに、ニオブ(Nb)の原子数が1.5となるように前駆体溶液が調製され、かつ550℃で加熱して酸化物層30が形成された場合の50kV/cm印加時のリーク電流値を調べた。その結果、リーク電流値は、キャパシタとして使用可能な特性を得ることができた。なお、このリーク電流は、下部電極層と上部電極層の間に上述の電圧を印加して電流を測定した。また、この測定にはアジレントテクノロジー社製、4156C型を用いた。
【0057】
3.X線回析(XRD)法による結晶構造解析
図9は、ビスマス(Bi)の原子数を1としたときに、ニオブ(Nb)の原子数が1.5となるように前駆体溶液が調製され、かつ550℃又は600℃で加熱して酸化物層30が形成された場合の、結晶構造を示すX線回析(XRD)の測定結果である。一方、
図10は、ビスマス(Bi)の原子数を1としたときに、ニオブ(Nb)の原子数が1となるように前駆体溶液が調製され、かつ550℃又は600℃で加熱して酸化物層が形成された場合の、結晶構造を示すX線回析(XRD)の測定結果である。なお、比較例として、各図面には、ビスマス(Bi)の原子数を1としたときに、ニオブ(Nb)の原子数が
1又は1.5となるように前駆体溶液が調製され、かつ500℃で加熱した場合の酸化物層の測定結果も示されている。
【0058】
図9及び
図10に示すように、ビスマス(Bi)の原子数を1としたときに、ニオブ(Nb)の原子数が1.5となるように前駆体溶液が調製された場合は、ビスマス(Bi)の原子数を1としたときに、ニオブ(Nb)の原子数が1となるように前駆体溶液が調製された場合に比べて、2θが28°〜29°付近の半値幅が小さくなることが分かる。また、この28°〜29°付近におけるピークは、パイロクロア型結晶構造を示すピークである。従って、ビスマス(Bi)の原子数を1としたときに、ニオブ(Nb)の原子数が1.5となるように前駆体溶液が調製されることにより、パイロクロア型結晶構造の結晶相が成長していることが確認できる。一方、各図の比較例に示すように、500℃で加熱した場合は、2θが28°〜29°付近においてブロードなピークしか確認されなかった。従って、500℃で加熱した酸化物層には、パイロクロア型結晶構造の結晶相がほとんど、又は全く形成されていない可能性が高いと考えられる。
【0059】
なお、上述の各分析ないし測定は、ビスマス(Bi)の原子数を1としたときに、ニオブ(Nb)の原子数が1.5となるように前駆体溶液が調製された場合の酸化物層30について行われている。しかし、ビスマス(Bi)の原子数を1としたときに、ニオブ(Nb)の原子数が1.3以上1.7以下となるように前駆体溶液が調製されたときに形成される酸化物層30であれば、前述の各分析結果ないし測定結果とほぼ同等の結果を得ることができる。
【0060】
また、最終的に形成される酸化物層30が、パイロクロア型結晶構造の結晶相を有する、ビスマス(Bi)とニオブ(Nb)からなる酸化物(不可避不純物を含み得る)を含み、かつそのビスマス(Bi)の原子数を1としたときに、そのニオブ(Nb)の原子数が1.3以上1.7以下である酸化物誘電体であれば、良好な電気特性を得ることができる。
【0061】
上述のとおり、酸化物層30におけるビスマス(Bi)及びニオブ(Nb)の原子組成比については、ビスマス(Bi)の原子数を1としたときに、そのニオブ(Nb)の原子数が1.3以上1.7以下であれば、比誘電率及び誘電損失(tanδ)、並びにリーク電流値は、各種の固体電子装置(例えば、キャパシタ、半導体装置、又は微小電気機械システム、あるいは、高周波フィルタ、パッチアンテナ、又はRCLのうち少なくとも2つを含む複合デバイス)に適用することが特に好ましいことが確認された。
【0062】
<第2の実施形態>
本実施形態の薄膜キャパシタ200は、第1の実施形態において形成された薄膜キャパシタ100の酸化物層30が酸化物層230に変更されている点を除き、第1の実施形態の薄膜キャパシタ100と同じである。従って、第1の実施形態と重複する説明は省略する。
【0063】
図11は、本実施形態における固体電子装置の一例である薄膜キャパシタ200の全体構成を示す図である。本実施形態の酸化物層230は、第1の実施形態の酸化物層30が第1温度(520℃以上620℃以下)による本焼成の工程によって形成された後、さらに、約20分間、酸素含有雰囲気中において第1温度以下の第2温度(代表的には、350℃〜600℃)で加熱されることによって形成される。本実施形態においては、この第2温度による酸化物層の加熱を「ポスト・アニーリング(post−annealing)処理」ともいう。
【0064】
上述の酸化物層230を備えた薄膜キャパシタ200においては、第1の実施形態の薄膜キャパシタ100の比誘電率を実質的に変動させることなく、酸化物層230とその下地層(すなわち、下部電極層20)及び/又は上部電極層40との密着性をさらに高める効果が得られる。
【0065】
なお、ポスト・アニーリング処理における第2温度は、第1温度以下の温度であることが好ましい。これは、第2温度が第1温度よりも高温になれば、第2温度が酸化物層230の物性に影響を与える可能性が高くなるためである。従って、第2温度が酸化物層230の物性に対して支配的にならない温度を選択することが好ましい。他方、ポスト・アニーリング処理における第2温度の下限値は、上述のとおり、下地層(すなわち、下部電極層20)及び/又は上部電極層40との密着性をさらに高める観点から定められる。
【0066】
<第3の実施形態>
1.本実施形態の薄膜キャパシタの全体構成
本実施形態においては、固体電子装置の一例である薄膜キャパシタの全ての層の形成過程において型押し加工が施される。本実施形態における固体電子装置の一例である薄膜キャパシタ300の全体構成は、
図12に示されている。本実施形態では、下部電極層、酸化物層、及び上部電極層が、型押し加工を施されている以外は第1の実施形態と同じである。なお、第1の実施形態と重複する説明は省略する。
【0067】
図12に示すように、本実施形態の薄膜キャパシタ300は、基板10上に形成されている。また、薄膜キャパシタ300は、基板10の側から下部電極層320、酸化物誘電体から構成される酸化物層330、及び上部電極層340を備える。
【0068】
2.薄膜キャパシタ300の製造工程
次に、薄膜キャパシタ300の製造方法を説明する。
図13乃至
図22は、それぞれ、薄膜キャパシタ300の製造方法の一過程を示す断面模式図である。薄膜キャパシタ300の製造に際しては、まず、基板10上に型押し加工が施された下部電極層320が形成される。次に、下部電極層320上に型押し加工が施された酸化物層330が形成される。その後、酸化物層330上に型押し加工が施された上部電極層340が形成される。薄膜キャパシタ300の製造工程においても第1の実施形態と重複する説明は省略する。
【0069】
(1)下部電極層の形成
本実施形態においては、薄膜キャパシタ300の下部電極層320が、ランタン(La)とニッケル(Ni)とからなる導電用酸化物層によって形成される例を説明する。下部電極層320は、(a)前駆体層の形成及び予備焼成の工程、(b)型押し加工の工程、(c)本焼成の工程の順で形成される。初めに、基板10上に、公知のスピンコーティング法により、ランタン(La)を含む前駆体及びニッケル(Ni)を含む前駆体を溶質とする下部電極層用前駆体溶液を出発材とする下部電極層用前駆体層320aが形成される。
【0070】
その後、予備焼成として、酸素含有雰囲気中で所定の時間、下部電極層用前駆体層320aを80℃以上250℃以下の温度範囲で加熱する。また、前述のスピンコーティング法による下部電極層用前駆体層320aの形成及び予備焼成を複数回繰り返すことによって、下部電極層320の所望の厚みを得ることができる。
【0071】
(b)型押し加工
次に、下部電極層用前駆体層320aのパターニングを行うために、
図13に示すように、80℃以上300℃以下の範囲内で加熱した状態で、下部電極層用型M1を用いて、1MPa以上20MPa以下の圧力で型押し加工が施される。型押し加工における加熱方法の例としては、チャンバー、オーブン等により、所定の温度雰囲気の状態にする方法、基板を搭載する基台を下部からヒーターにより加熱する方法、また、予め80℃以上300℃以下に加熱した型を用いて型押し加工が施される方法等がある。この場合、基台を下部からヒーターにより加熱する方法と予め80℃以上300℃以下に加熱した型を併用することが加工性の面でより好ましい。
【0072】
なお、上述の型の加熱温度を80℃以上300℃以下としたのは、以下の理由による。型押し加工時の加熱温度が80℃未満である場合には、下部電極層用前駆体層320aの温度が低下することに起因して下部電極層用前駆体層320aの塑性変形能力が低下することになるため、型押し構造の成型時の成型の実現性、又は成型後の信頼性又は安定性が乏しくなる。また、型押し加工時の加熱温度が300℃を超える場合には、塑性変形能の根源である有機鎖の分解(酸化熱分解)が進むため、塑性変形能力が低下するからである。さらに、前述の観点から言えば、下部電極層用前駆体層320aを、型押し加工の際、100℃以上250℃以下の範囲内で加熱することは、さらに好ましい一態様である。
【0073】
また、型押し加工における圧力は、1MPa以上20MPa以下の範囲内の圧力であれば、下部電極層用前駆体層320aが型の表面形状に追随して変形するようになり、所望の型押し構造を高い精度で形成することが可能となる。また、型押し加工が施される際に印加する圧力を1MPa以上20MPa以下という低い圧力範囲に設定する。その結果、型押し加工が施される際に型が損傷し難くなるとともに、大面積化にも有利となる。
【0074】
その後、下部電極層用前駆体層320aを全面エッチングする。その結果、
図14に示すように、下部電極層に対応する領域以外の領域から下部電極層用前駆体層320aを完全に除去する(下部電極層用前駆体層320aの全面に対するエッチング工程)。
【0075】
また、上述の型押し加工において、予め、型押し面が接触することになる各前駆体層の表面に対する離型処理及び/又はその型の型押し面に対する離型処理を施しておき、その後、各前駆体層に対して型押し加工が施されることが好ましい。そのような処理を施す。その結果、各前駆体層と型との間の摩擦力を低減することができるため、各前駆体層に対してより一層精度良く型押し加工が施されることが可能となる。なお、離型処理に用いることができる離型剤としては、界面活性剤(例えば、フッ素系界面活性剤、シリコン系界面活性剤、ノニオン系界面活性剤等)、フッ素含有ダイヤモンドライクカーボン等を例示することができる。
【0076】
(c)本焼成
次に、下部電極層用前駆体層320aに対して大気中で本焼成を行う。本焼成の際の加熱温度は、550℃以上650℃以下である。その結果、
図15に示すように、基板10上に、ランタン(La)とニッケル(Ni)とからなる下部電極層320(但し、不可避不純物を含み得る。以下、同じ。)が形成される。
【0077】
(2)誘電体層又は絶縁層となる酸化物層の形成
次に、下部電極層320上に誘電体層となる酸化物層330を形成する。酸化物層330は、(a)前駆体層の形成及び予備焼成の工程、(b)型押し加工の工程、(c)本焼成の工程の順で形成される。
図16乃至
図19は、酸化物層330の形成工程を示す図である。
(a)前駆体層の形成及び予備焼成
図16に示すように、基板10及びパターニングされた下部電極層320上に、第2の実施形態と同様に、ビスマス(Bi)を含む前駆体及びニオブ(Nb)を含む前駆体を溶質とする前駆体溶液を出発材とする前駆体層330aを形成する。その後、酸素含有雰囲気中で、80℃以上250℃以下に加熱した状態で予備焼成を行う。なお、第1の実施形態と同様に、本実施形態における前駆体溶液中の溶質として、前述のビスマス(Bi)を含む前駆体におけるビスマス(Bi)の原子数を1としたときに、ニオブ(Nb)の原子数が1.3以上1.7以下(代表的には1.5)となるように、ビスマス(Bi)の原子数とニオブ(Nb)の原子数とが調整されている。
【0078】
(b)型押し加工
本実施形態では、
図17に示すように、予備焼成のみを行った前駆体層330aに対して、型押し加工が施される。具体的には、酸化物層のパターニングを行うため、80℃以上300℃以下に加熱した状態で、誘電体層用型M2を用いて、1MPa以上20MPa以下の圧力で型押し加工が施される。
【0079】
その後、前駆体層330aを全面エッチングする。その結果、
図18に示すように、酸化物層330に対応する領域以外の領域から前駆体層330aを完全に除去する(前駆体層330aの全面に対するエッチング工程)。なお、本実施形態の前駆体層330aのエッチング工程は、真空プロセスを用いることないウェットエッチング技術を用いて行われたが、プラズマを用いた、いわゆるドライエッチング技術によってエッチングされることを妨げない。
【0080】
(c)本焼成
その後、第2の実施形態と同様に、前駆体層330aを本焼成する。その結果、
図19に示すように、下部電極層320上に、誘電体層となる酸化物層330(但し、不可避不純物を含み得る。以下、同じ。)が形成される。本焼成として、前駆体層330aを、酸素雰囲気中で、所定時間、520℃以上620℃以下の温度範囲で加熱する。
【0081】
この本焼成の工程により、ビスマス(Bi)とニオブ(Nb)からなる酸化物層330が得られる。より具体的には、第1の実施形態と同様、本実施形態の酸化物層330は、パイロクロア型結晶構造の結晶相(微結晶相を含む)を有する、ビスマス(Bi)とニオブ(Nb)からなる酸化物を含んでいる。また、この酸化物層30においては、ビスマス(Bi)の原子数を1としたときに、ニオブ(Nb)の原子数が、1.3以上1.7以下である。
【0082】
なお、前駆体層330aの全面に対するエッチング工程を本焼成後に行うことも可能であるが、前述のように、型押し工程と本焼成の工程との間に、前駆体層を全体的にエッチングする工程が含まれることは、より好ましい一態様である。これは、各前駆体層を本焼成した後にエッチングするよりも容易に不要な領域を除去することが可能なためである。
【0083】
(3)上部電極層の形成
その後、酸化物層330上に、下部電極層320と同様に、公知のスピンコーティング法により、ランタン(La)を含む前駆体及びニッケル(Ni)を含む前駆体を溶質とする前駆体溶液を出発材とする上部電極層用前駆体層340aが形成される。その後、上部電極層用前駆体層340aに対して酸素含有雰囲気中において80℃以上250℃以下の温度範囲で加熱して予備焼成を行う。
【0084】
続いて、
図20に示すように、予備焼成が行われた上部電極層用前駆体層340aのパターニングを行うため、上部電極層用前駆体層340aを80℃以上300℃以下に加熱した状態で、上部電極層用型M3を用いて、上部電極層用前駆体層340aに対して1MPa以上20MPa以下の圧力で型押し加工が施される。その後、
図21に示すように、上部電極層用前駆体層340aを全面エッチングすることにより、上部電極層340に対応する領域以外の領域から上部電極層用前駆体層340aを完全に除去する。
【0085】
さらにその後、
図22に示すように、本焼成として、酸素雰囲気中で、上部電極層用前駆体層340aを、所定の時間、520℃乃至600℃に加熱することにより、酸化物層330上に、ランタン(La)とニッケル(Ni)とからなる上部電極層340(但し、不可避不純物を含み得る。以下、同じ。)が形成される。
【0086】
本実施形態においても、ビスマス(Bi)を含む前駆体及びニオブ(Nb)を含む前駆体を溶質とする前駆体溶液を出発材とする前駆体層を、酸素含有雰囲気中において加熱することにより形成される、ビスマス(Bi)とニオブ(Nb)からなる酸化物層330が形成される。また、その酸化物層を形成するための加熱温度が、520℃以上620℃以下であれば、特に良好な電気特性が得られる。加えて、本実施形態の酸化物層の製造方法を採用すれば、真空プロセスを用いることなく酸化物層の前駆体溶液を酸素含有雰囲気中で加熱すればよいため、従来のスパッタ法と比較して大面積化が容易になるとともに、工業性又は量産性を格段に高めることが可能となる。
【0087】
また、本実施形態の薄膜キャパシタ300は、基板10上に、基板10の側から下部電極層320、絶縁層である酸化物層330、及び上部電極層340を備えている。また、前述の各層は、型押し加工を施すことによって型押し構造が形成される。その結果、真空プロセスやフォトリソグラフィー法を用いたプロセス、あるいは紫外線の照射プロセス等、比較的長時間、及び/又は高価な設備を必要とするプロセスが不要になる。その結果、電極層及び酸化物層が、いずれも簡便にパターニングされ得る。その結果、本実施形態の薄膜キャパシタ300は、工業性又は量産性に極めて優れるものである。
【0088】
<第4の実施形態>
1.本実施形態の薄膜キャパシタの全体構成
本実施形態においても、固体電子装置の一例である薄膜キャパシタの全ての層の形成過程において型押し加工が施されている。本実施形態における固体電子装置の一例である薄膜キャパシタ400の全体構成は、
図26に示されている。本実施形態では、下部電極層、酸化物層、及び上部電極層は、各々の前駆体層を積層した後に予備焼成が行なわれる。
【0089】
また、予備焼成が行なわれた全ての前駆体層は、型押し加工を施した後に本焼成が行われる。なお、本実施の形態の構成については、第1乃至第3の実施形態と重複する説明は省略する。
図26に示すように、薄膜キャパシタ400は、基板10上に形成されている。また、薄膜キャパシタ400は、基板10の側から下部電極層420、誘電体から構成される絶縁層である酸化物層430、及び上部電極層440を備える。
【0090】
2.薄膜キャパシタ400の製造工程
次に薄膜キャパシタ400の製造方法を説明する。
図23乃至
図25は、それぞれ、薄膜キャパシタ400の製造方法の一過程を示す断面模式図である。薄膜キャパシタ400の製造に際しては、まず基板10上に、下部電極層420の前駆体層である下部電極層用前駆体層420a、酸化物層430の前駆体層である前駆体層430a、及び上部電極層440の前駆体層である上部電極層用前駆体層440aの積層体が形成される。次に、この積層体に型押し加工が施された後、本焼成が行われる。薄膜キャパシタ400の製造工程においても、第1乃至第3の実施形態と重複する説明は省略する。
【0091】
(1)前駆体層の積層体の形成
図23に示すように、まず基板10上に、下部電極層420の前駆体層である下部電極層用前駆体層420a、酸化物層430の前駆体層である前駆体層430a、及び上部電極層440の前駆体層である上部電極層用前駆体層440aの積層体が形成される。本実施形態においては、第3の実施形態と同様、薄膜キャパシタ400の下部電極層420及び上部電極層440が、ランタン(La)とニッケル(Ni)とからなる導電用酸化物層によって形成され、誘電体層となる酸化物層430がビスマス(Bi)及びニオブ(Nb)とからなる酸化物層によって形成される例を説明する。
【0092】
初めに、基板10上に、公知のスピンコーティング法により、ランタン(La)を含む前駆体及びニッケル(Ni)を含む前駆体を溶質とする下部電極層用前駆体溶液を出発材とする下部電極層用前駆体層420aが形成される。その後、予備焼成として、酸素含有雰囲気中で所定の時間、下部電極層用前駆体層420aを80℃以上250℃以下の温度範囲で加熱する。また、前述のスピンコーティング法による下部電極層用前駆体層420aの形成及び予備焼成を複数回繰り返すことによって、下部電極層420の所望の厚みを得ることができる。
【0093】
次に、予備焼成が行われた下部電極層用前駆体層420a上に前駆体層430aを形成する。まず下部電極層用前駆体層420a上にビスマス(Bi)を含む前駆体及びニオブ(Nb)を含む前駆体を溶質とする前駆体溶液を出発材とする前駆体層430aを形成する。その後、予備焼成として、酸素含有雰囲気中で所定の時間、前駆体層430aを80℃以上250℃以下の温度範囲で加熱する。
【0094】
次に、予備焼成が行われた前駆体層430a上に、下部電極層用前駆体層420aと同様に、公知のスピンコーティング法により、ランタン(La)を含む前駆体及びニッケル(Ni)を含む前駆体を溶質とする前駆体溶液を出発材とする上部電極層用前駆体層440aが形成される。その後、上部電極層用前駆体層440aに対して酸素含有雰囲気中で80℃以上250℃以下の温度範囲で加熱して予備焼成を行う。
【0095】
(2)型押し加工
次に、各前駆体層の積層体(420a,430a,440a)のパターニングを行うために、
図24に示すように、80℃以上300℃以下の範囲内で加熱した状態で、積層体用型M4を用いて、1MPa以上20MPa以下の圧力で型押し加工が施される。
【0096】
その後、各前駆体層の積層体(420a,430a,440a)を全面エッチングする。その結果、
図25に示すように、下部電極層、酸化物層、及び上部電極層に対応する領域以外の領域から各前駆体層の積層体(420a,430a,440a)を完全に除去する(各前駆体層の積層体(420a,430a,440a)の全面に対するエッチング工程)。
【0097】
(3)本焼成
次に、各前駆体層の積層体(420a,430a,440a)に対して本焼成を行う。その結果、
図26に示すように、基板10上に、下部電極層420、酸化物層430、上部電極層440が形成される。
【0098】
本実施形態においても、ビスマス(Bi)を含む前駆体及びニオブ(Nb)を含む前駆体を溶質とする前駆体溶液を出発材とする前駆体層を、酸素含有雰囲気中において加熱することにより形成される、ビスマス(Bi)とニオブ(Nb)からなる酸化物層430が形成される。なお、第1の実施形態と同様に、本実施形態における前駆体溶液中の溶質として、前述のビスマス(Bi)を含む前駆体におけるビスマス(Bi)の原子数を1としたときに、ニオブ(Nb)の原子数が1.3以上1.7以下(代表的には1.5)となるように、ビスマス(Bi)の原子数とニオブ(Nb)の原子数とが調整されている。
【0099】
上述の本焼成の工程により、ビスマス(Bi)とニオブ(Nb)からなる酸化物層430が得られる。より具体的には、第1の実施形態と同様、本実施形態の酸化物層430は、パイロクロア型結晶構造の結晶相(微結晶相を含む)を有する、ビスマス(Bi)とニオブ(Nb)からなる酸化物を含んでいる。また、この酸化物層30においては、ビスマス(Bi)の原子数を1としたときに、ニオブ(Nb)の原子数が、1.3以上1.7以下である。
【0100】
なお、その酸化物層430を形成するための加熱温度が、520℃以上620℃以下であれば、特に良好な電気特性が得られる。加えて、本実施形態の酸化物層の製造方法を採用すれば、真空プロセスを用いることなく酸化物層の前駆体溶液を酸素含有雰囲気中で加熱すればよいため、従来のスパッタ法と比較して大面積化が容易になるとともに、工業性又は量産性を格段に高めることが可能となる。
【0101】
また、本実施形態では、予備焼成が行われた全ての酸化物層の前駆体層に対して型押し加工を施した後に、本焼成が行われる。したがって、型押し構造を形成する場合において、工程の短縮化を図ることが可能となる。
【0102】
上述のとおり、上述の各実施形態における酸化物層は、パイロクロア型結晶構造の結晶相が分布していることにより、BNO酸化物としては従来に無い高い比誘電率を有していることが確認された。また、ビスマス(Bi)の原子数を1としたときに、ニオブ(Nb)の原子数が、1.3以上1.7以下であるという特定の構成比率を有する酸化物誘電体が、特に高い比誘電率を発現することも明らかとなった。さらに、ビスマス(Bi)を含む前駆体、及びそのビスマス(Bi)の原子数を1としたときに、ニオブ(Nb)の原子数が、1.3以上1.7以下であるそのニオブ(Nb)を含む前駆体を溶質とする前駆体溶液を出発材とする前駆体が選択された場合は、より確度高く、高誘電率の酸化物誘電体が得られることが明らかとなった。
【0103】
加えて、上述の各実施形態における酸化物層は、溶液法により製造されることにより、製造プロセスの簡素化が図られている。加えて、溶液法による酸化物層の製造において、酸化物層を形成するための加熱温度(本焼成の温度)を、520℃以上620℃以下とすることにより、比誘電率が高く、かつ誘電損失が少ないという良好な電気特性を備えたBNO酸化物層を得ることが可能となる。また、上述の各実施形態における酸化物層の製造方法は、真空装置等の複雑で高価な設備を要することなく比較的短時間で簡易な方法であるため、工業性又は量産性に優れた酸化物層及びそのような酸化物層を備えた各種の固体電子装置の提供に大きく貢献するものである。
【0104】
<その他の実施形態>
ところで、第3又は第4実施形態における酸化物層においては、ポスト・アニーリング処理が行われていないが、第3又は第4の実施形態の変形例として、ポスト・アニーリング処理が行われることは採用し得る好適な一態様である。例えば、型押し加工が行われ、パターニングが完了した後に、ポスト・アニーリング処理を行うことができる。このポスト・アニーリング処理により、第2の実施形態において説明した効果と同様の効果が奏され得る。
【0105】
また、上述の各実施形態における酸化物層は、低い駆動電圧で大きな電流を制御する各種の固体電子装置に適したものである。上述の各実施形態における酸化物層を備えた固体電子装置として、上述した薄膜キャパシタ以外にも、数多くの装置に適用され得る。例えば、積層薄膜キャパシタ、容量可変薄膜キャパシタ等のキャパシタ、金属酸化物半導体接合電界効果トランジスタ(MOSFET)、不揮発性メモリ等の半導体装置、あるいは、マイクロTAS(Total Analysis System)、マイクロ化学チップ、DNAチップ等のMEMS(microelectromechanical system)又はNEMS(nanoelectromechanical
system)に代表される微少電気機械システムのデバイス、その他、高周波フィルタ、パッチアンテナ、又はRCLのうち少なくとも2つを含む複合デバイスに、上述の各実施形態における酸化物層を適用することもできる。
【0106】
また、上述の実施形態の内、型押し加工を施した態様において、型押し加工時の圧力を「1MPa以上20MPa以下」の範囲内としたのは、以下の理由による。まず、その圧力が1MPa未満の場合には、圧力が低すぎて各前駆体層を型押しすることができなくなる場合があるからである。他方、その圧力が20MPaもあれば、十分に前駆体層を型押しすることができるため、これ以上の圧力を印加する必要がないからである。前述の観点から言えば、型押し工程においては、2MPa以上10MPa以下の範囲内にある圧力で型押し加工を施すことが、より好ましい。
【0107】
以上述べたとおり、上述の各実施形態の開示は、それらの実施形態の説明のために記載したものであって、本発明を限定するために記載したものではない。加えて、各実施形態の他の組合せを含む本発明の範囲内に存在する変形例もまた、特許請求の範囲に含まれるものである。