特許第6354411号(P6354411)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6354411
(24)【登録日】2018年6月22日
(45)【発行日】2018年7月11日
(54)【発明の名称】連続鋳造用モールドフラックス
(51)【国際特許分類】
   B22D 11/108 20060101AFI20180702BHJP
【FI】
   B22D11/108 F
【請求項の数】2
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2014-145058(P2014-145058)
(22)【出願日】2014年7月15日
(65)【公開番号】特開2016-19994(P2016-19994A)
(43)【公開日】2016年2月4日
【審査請求日】2017年3月3日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100089462
【弁理士】
【氏名又は名称】溝上 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100129827
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 進
(72)【発明者】
【氏名】塚口 友一
【審査官】 川崎 良平
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2011/090218(WO,A1)
【文献】 特開平09−323142(JP,A)
【文献】 特開平04−013453(JP,A)
【文献】 特開2010−125457(JP,A)
【文献】 特開2006−192440(JP,A)
【文献】 特開2008−238221(JP,A)
【文献】 特開2011−036889(JP,A)
【文献】 米国特許第04235632(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22D 11/108
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
高温溶融金属の連続鋳造に用いられるモールドフラックスであって、
主成分としてCaO ,SrO ,SiO2を含有し、(CaO +SrO )/SiO2及びSrO /(CaO +SrO )におけるCaO が、CaO やCaF2などに含まれる全てのCa濃度をCaO 濃度に換算したものである場合、原子比率としての(CaO +SrO )/SiO2が1.1〜3.5で、かつSrO /(CaO +SrO )が0.22〜0.55であることを特徴とする連続鋳造用モールドフラックス。
【請求項2】
請求項1に記載のモールドフラックスが、一旦溶融した後に冷却された際に晶出又は析出するカスピダイン結晶のXRD ピーク強度を、前記SrO の全原子濃度をCaO に置換した場合のXRD ピーク強度の90%以下に低下するか、もしくは前記モールドフラックスの凝固温度を、前記SrO の全原子濃度をCaO に置換した場合の凝固温度よりも30℃以上低下し、FeO ,MnO の濃度をいずれも3原子%以下としたものであることを特徴とする連続鋳造用モールドフラックス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼等の高温溶融金属(以下、溶鋼という。)の連続鋳造に用いられるモールドフラックスに関するものであり、特に、溶鋼の表面で溶融してスラグ層を形成した際に、当該スラグ層が溶鋼中に巻き込まれることを防止可能なモールドフラックスに関するものである。
【背景技術】
【0002】
鋼等の連続鋳造において、モールドフラックスは、鋳型内の潤滑、溶鋼湯面の保温、溶鋼酸化の防止、鋳型内冷却の熱流束制御などに重要な役割を果たしている。一方、モールドフラックスは、溶鋼中に巻き込まれて品質欠陥となる場合がある。
【0003】
モールドフラックスが溶鋼中に巻き込まれる現象を抑制するには、モールドフラックスが溶鋼湯面上で溶けて溶融スラグとなった状態において、溶鋼とスラグ間の界面の張力(界面張力)を高く保つことが有効である。
【0004】
CaO とSiO2を主成分とする一般的なモールドフラックスの場合は、CaO /SiO2で表される塩基度を高めることによって、溶鋼との界面張力を高めることができることから、溶鋼中に巻き込まれにくいモールドフラックスは、高塩基度であることが求められる。
【0005】
一方、高塩基度のモールドフラックスは、鋳型内の潤滑性が悪化する。鋳型内の潤滑は、溶鋼湯面上でモールドフラックスが溶融して生成したスラグが鋳型と鋳片との間隙に流れ込んで形成するフィルムが担っている。高塩基度のモールドフラックスの場合、このフィルム中のガラス層が減少して結晶層が増大する(結晶化が進行する)ことが、潤滑性悪化の原因である。
【0006】
従来、高塩基度でありながら結晶化しにくいという特性を明確に示した発明は成されていないが、近いものとして、例えば特許文献1では、比較的塩基度が高いモールドフラックスにおいてZrO2やSrO ,F などを適量添加して物性値を調整したモールドフラックスが提案されている。
【0007】
また、特許文献2では、溶鋼との界面張力を高くすることにより、溶鋼中に巻き込まれにくくしたモールドフラックスが提案されている。
【0008】
しかしながら、これら特許文献1,2には、高塩基度あるいは高界面張力という溶鋼中に巻き込まれにくい特質が、同時に潤滑性を損なう側面が明確に指摘されておらず、それゆえ潤滑性を向上させるために結晶化を制御するという観点からの検討が不十分である。
【0009】
すなわち、モールドフラックスが溶鋼中に巻き込まれにくい特質を得ようとした場合、当該特質によって鋳型内の潤滑性が損なわれるという問題があり、これまでその二律背反を解決する手段が見出されていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特許第4460463号公報
【特許文献2】特許第4486878号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明が解決しようとする問題点は、モールドフラックスが溶鋼中に巻き込まれにくい特質を得ようとした場合、当該特質によって鋳型内の潤滑性が損なわれるという問題があり、これまでその二律背反を解決する手段が見出されていなかったという点である。
【0012】
本発明は、上記問題を解決することを課題とするものである。すなわち、高塩基度でありながら結晶化しにくいモールドフラックスを提供し、潤滑性が良く、かつ溶鋼中に巻き込まれにくいモールドフラックスを実現するものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
一般的なモールドフラックスは、CaO およびSiO2を主成分とし、F を物性調整成分として含有し、さらにNa2O,Al2O3 ,MgO 等を物性調整もしくは不可避的不純分として含有する。また、主成分の比率、すなわちCaO /SiO2で表される塩基度は、物性調整上0.6 〜2.0 程度の範囲に収まる。ここで言う物性とは、粘度や凝固温度を指す。
【0014】
このようなモールドフラックスにおいて、CaO /SiO2が高くなる(概ね1.0 を超える)と、一旦溶融した後に冷却された際に晶出または析出(以下、晶析出という。)する主たる結晶は、カスピダイン(3CaO ・2SiO2・CaF2)であることが一般的である。
【0015】
カスピダインは、平衡状態図上、その初晶域を外れている組成のモールドフラックスであっても、主たる結晶として晶析出する場合が多いことが知られている。すなわち、高塩基度なモールドフラックスでは、カスピダインの結晶化が進行しやすく、鋳型と鋳片の間隙にあるフィルムのガラス層が不十分となる結果、潤滑性が損なわれるのである。
【0016】
発明者は、Caの同族元素であるSrに着目し、カスピダイン中のCaはSrとは置き換わらないので、高塩基度モールドフラックスのCaをSrに置き換えるとカスピダインの結晶化が抑制されることを見出した。
【0017】
本発明は、発明者による上記知見に基づいてなされたものであり、
溶鋼の連続鋳造に用いられるモールドフラックスであって、
主成分としてCaO ,SrO ,SiO2を含有し、(CaO +SrO )/SiO2及びSrO /(CaO +SrO )におけるCaO が、CaO やCaF2などに含まれる全てのCa濃度をCaO 濃度に換算したものである場合、原子比率としての(CaO +SrO )/SiO2が1.1〜3.5で、かつSrO /(CaO +SrO )が0.22〜0.55であることを最も主要な特徴としている。
【0018】
また、本発明は、
本発明のモールドフラックスが一旦溶融した後に冷却された際に晶析出するカスピダイン結晶のXRD ピーク強度を、前記SrO の全原子濃度をCaO に置換した場合のXRD ピーク強度の90%以下に低下するか、もしくは前記モールドフラックスの凝固温度を、前記SrO の全原子濃度をCaO に置換した場合の凝固温度よりも30℃以上低下し、FeO ,MnO の濃度をいずれも3原子%以下としたものである。
【0019】
SrはCaと同族の元素であるので、モールドフラックス中のCaの一部をSrに置き換えても溶鋼との界面張力に対する影響は小さい。すなわち、本発明では、高塩基度モールドフラックス中のCaの一部をSrに置き換えることによって、溶鋼との界面張力を高く保ったまま、カスピダインの結晶化を抑制し、鋳型内の潤滑性を改善することができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、高い潤滑性、および溶鋼中に巻き込まれにくい特性を兼ね備えるモールドフラックスを得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明は、高塩基度でありながら結晶化しにくいモールドフラックスを得るという目的を、モールドフラックス中のCaの一部をSrに置き換えることにより実現した。
【0022】
具体的には、
本発明は、溶鋼の連続鋳造に用いられるモールドフラックスであって、
主成分としてCaO ,SrO ,SiO2を含有し、(CaO +SrO )/SiO2及びSrO /(CaO +SrO )におけるCaO が、CaO やCaF2などに含まれる全てのCa濃度をCaO 濃度に換算したものである場合、原子比率としての(CaO +SrO )/SiO2が1.1〜3.5で、かつSrO /(CaO +SrO )が0.22〜0.55としたものである。
【0023】
加えて、本発明のモールドフラックスが一旦溶融した後に冷却された際に晶析出するカスピダイン結晶のXRD ピーク強度を、前記SrO の全原子濃度をCaO に置換した場合のXRD ピーク強度の90%以下に低下するか、もしくは前記モールドフラックスの凝固温度を、前記SrO の全原子濃度をCaO に置換した場合の凝固温度よりも30℃以上低下し、FeO ,MnO の濃度をいずれも3原子%以下としたものである。
【0024】
本発明のモールドフラックスにおいて、主成分としてCaO ,SrO ,SiO2を含有するとは、CaO およびSiO2を主成分とする一般的モールドフラックスに対し、Caの一部をSrに置き換えることを意味する。一般的なモールドフラックスがCaO およびSiO2を主成分とするのは、凝固温度を適度な値(鋼の連続鋳造に用いる場合、概ね1000〜1250℃)に調整しやすいことや、安価なことが理由である。
【0025】
本発明のモールドフラックスにおいて、原子比率としての(CaO +SrO )/SiO2を1.1 〜3.5 とするのは、溶鋼と溶融スラグ間の界面張力を高め、溶鋼中に巻き込まれにくい特質を備えるには、この比率が1.1 以上必要であるからである。一方、前記比率が3.5 を超えるほど高くなると、モールドフラックスの凝固温度が高くなりすぎるからである。前記比率のより好ましい範囲は1.2 〜2.2 である。
【0026】
また、本発明においては、カスピダインの晶析出を抑制する観点からは、他の組成比率の規定を満たした上で、原子比率としてのCaO /SiO2が1.2 以下であるとさらに好ましい。より好ましくは、原子比率としてのCaO /SiO2が1.0以下である。
【0027】
本発明のモールドフラックスにおいて、原子比率としてのSrO /(CaO +SrO )が0.10〜0.60であるのは、この比率が0.10未満であると、Srがカスピダインの結晶化を抑制する作用が不十分であるからである。一方、前記比率が0.60を超えるほど大きいと、モールドフラックスが高価になるからである。この比率のより好ましい範囲は0.22〜0.55である。
【0028】
本発明のモールドフラックスにおいて、一旦溶融した後に冷却された際に晶析出するカスピダイン結晶のXRD ピーク強度を、前記SrO の全原子濃度をCaO に置換した場合のXRD ピーク強度の90%以下に低下することが望ましいのは、このようなカスピダイン結晶の晶析出抑制によって、鋳型内の潤滑性が改善されるからである。
【0029】
ここで、一旦溶融した後に冷却するとは、500g〜2000gの試料を、Ar雰囲気中で1350〜1450℃に30分〜90分保って完全に溶融させた後、1 〜5 ℃/min の冷却速度を保って800 ℃以下まで冷やすことと本発明では定義する。
【0030】
モールドフラックス中のCaの一部をSrに置き換えることによるカスピダインの晶析出抑制状況を評価する指標として、本発明ではXRD 回折ピーク強度の相対的な比率を使用する。本発明ではXRD 回折ピーク強度の相対的な比率を90%以下と規定するが、当該比率が60%以下であると、より明瞭な潤滑性向上効果を得ることができる。
【0031】
なお、鋳造する鋼種によっては、カスピダインのXRD 回折ピークがほとんど見られない程度にまで結晶化を抑制して潤滑性を向上させることも可能である。
【0032】
ところで、モールドフラックスの凝固温度もまた、結晶化強度の指標である。凝固温度は、降温過程における粘度測定において結晶化が生じて粘度が急激に上昇する温度として検出される。降温過程の冷却速度は1 〜5 ℃/min が通常である。
【0033】
本発明のモールドフラックスにおいて、前記XRD 回折ピーク強度の相対的な比率に代えて、前記モールドフラックスの凝固温度を、前記SrO の全原子濃度をCaO に置換した場合の凝固温度よりも30℃以上低下させてもよい。この場合も、カスピダイン結晶の晶析出抑制によって、鋳型内の潤滑性が改善される。潤滑性の向上を目的とする場合、凝固温度は低いほど好ましいが、本発明の効果として期待できるのは、前記SrO の全原子濃度をCaO に置換した場合の凝固温度よりも200 ℃程度の低下までである。
【0034】
一般に、XRD 回折ピーク強度の低下と凝固温度の低下とは同時に生じるが、カスピダインが主な結晶でなく副次的な結晶である場合には、カスピダイン結晶のXRD 回折ピーク強度が低下しても、必ずしも凝固温度の低下が生じるわけではない。なお、カスピダインが主な結晶でなく副次的な結晶である場合にも、カスピダインの結晶化抑制は潤滑性の改善に寄与する。
【0035】
本発明のモールドフラックスにおいて、FeO ,MnO の濃度を、いずれも3原子%以下とするのは、溶鋼との界面張力を高く維持するためには、溶鋼中の脱酸元素であるAlやSi等に還元されやすい低級酸化物は極力低濃度であることが望ましいからである。特に、還元されやすいFeO やMnO は3原子%以下とすることが望ましい。これらの濃度上限値のより好ましい範囲は、2原子%以下である。
【0036】
なお、本発明を鋼の連続鋳造に適用する場合、対象は、通常のアルミキルド鋼もしくはシリコンアルミキルド鋼が好ましい。具体的には、溶鋼中のAl濃度が0.4 質量%以下、より好ましくは0.1 質量%以下で、かつ0.005 質量%以上であり、溶鋼中のSiは不可避的不純分を除いては含有しないか含有しても1質量%以下の鋼種である。
【0037】
それは以下の理由による。溶鋼中のAl濃度が規定上限値を超えると、溶鋼中のAlによるモールドフラックス中SiO2の還元反応が激しくなり、モールドフラックスが溶鋼湯面上で溶けて生じた溶融スラグと溶鋼との界面の張力(界面張力)が低下してモールドフラックスが溶鋼中に巻き込まれやすくなってしまうからである。
【0038】
反対に、溶鋼中のAl濃度が規定下限値を下回ると、溶鋼が脱酸不足となって溶鋼中の酸素濃度が上昇し、モールドフラックスが溶鋼湯面上で溶けて生じた溶融スラグと溶鋼との界面の張力(界面張力)が低下し、モールドフラックスが溶鋼中に巻き込まれやすくなってしまうからである。
【0039】
一方、溶鋼中のSi濃度が規定上限値よりも高い場合には、溶鋼中のAlによるモールドフラックス中SiO2の還元反応が抑制され、界面張力の低下やそれに伴うモールドフラックスの溶鋼中に巻き込まれる現象が生じにくく、本発明の必要性が失われるからである。
【0040】
本発明で規定したモールドフラックスの成分濃度について以下に補足して説明する。
例えばCaO はCaO やCaF2などに含まれる全てのCa濃度をCaO 濃度に換算したもの、Na2OはNaF やNa2CO3に含まれる全てのNa濃度をNa2O濃度に換算したもの、F はCaF2やNaF に含まれる全てのF 濃度を、それぞれ示す。他の成分についても同様である。
【実施例】
【0041】
以下、本発明の連続鋳造用モールドフラックスの効果を、実験結果に基づいて詳細に説明する。
下記表1のA〜Dは、本発明の請求項を満たすモールドフラックスの実施例である。
【0042】
【表1】
【0043】
実施例A〜Dのモールドフラックスは、本発明の請求項を満たすので、溶鋼中に巻き込まれにくい特質と、鋳型内の潤滑性とを両立している。
【0044】
これら実施例A〜Dにおける、Srを全てCaに置換した比較例に対するカスピダイン結晶のXRD ピーク強度比は、予め脱炭した1000g のモールドフラックスを、1400℃で60分間溶融保持した後、毎分2℃の冷却速度で800 ℃まで冷却した後、電源を切った炉内で室温まで冷却した試料をX線回折調査した結果から、カスピダイン結晶の第1ピーク強度を対比して求めた。
【0045】
また、凝固温度は、1000g のモールドフラックスを1400℃で60分間溶融保持した後、毎分2℃の冷却速度で冷却しながら当該モールドフラックスの粘度を測定し、結晶化に伴って粘度が急激に上昇する温度(ブレークポイント)として求めた。
【0046】
なお、実施例A,C,Dはカスピダインが主な結晶相であることを確認した。一方、実施例Bは、メルウィナイト(Merwinite :Ca3MgO6Si )が主な結晶相であり、カスピダインは副次的な結晶相であった。
【0047】
下記表2のE,F,G,Hは、実施例A,B,C,DのSrが全てCaに置き換わった比較例、IはSrO 濃度が高く、原子比率であるSrO /(CaO +SrO )が過大である比較例、Jは(CaO +SrO )/SiO2が低い比較例、KはMnO 濃度が高い比較例である。
【0048】
【表2】
【0049】
表2の比較例E〜Hは、溶鋼中に巻き込まれにくい特質は実施例A〜Dと同等であるが、フィルム中にカスピダインが過剰に結晶化し、鋳型内の潤滑性が損なわれる例である。なお、比較例E〜Hのように潤滑性に劣るモールドフラックスであっても、凝固シェルの収縮が大きく(鋳型に密着しにくいので)潤滑性が要求されない亜包晶鋼などの場合は適用が可能であるが、幅広い鋼種を対象に溶鋼中に巻き込まれにくい特質を享受することはできない。
【0050】
また、SrO 濃度が高く、原子比率であるSrO /(CaO +SrO )が過大である比較例Iにおいても本発明の効果は得られるが、コストが高いので現実的ではない。
【0051】
また、比較例Jは、(CaO +SrO )/SiO2が低いのでカスピダインはほとんど晶析出せず潤滑性は良好であるが、溶鋼中に巻き込まれやすい。
【0052】
また、MnO 濃度が高い比較例Kは、MnO が溶鋼中のアルミ等脱酸元素によって還元されやすいので、その還元反応によってモールドフラックスが溶鋼湯面上で溶けて生じた溶融スラグと溶鋼との界面の張力(界面張力)が低下し、モールドフラックスが溶鋼中に巻き込まれやすくなる。
【0053】
次に、実施例C、比較例Fおよび比較例Iのモールドフラックスを使用し、下記組成からなる低炭素アルミキルド鋼を、引き抜き速度1.6 〜1.8 m/min で連続鋳造した場合について、以下に具体的な例を挙げて本発明の効果を説明する。
【0054】
使用した鋳型の断面サイズは、厚みが250 mm、幅が1300mmであり、鋳型の有効長さは800mmである。連続鋳造機の型式は垂直曲げ型である。
【0055】
連続鋳造した低炭素アルミキルド鋼は、C 濃度0.02〜0.05質量%、Si濃度0.01〜0.02質量%、Mn濃度0.3 〜0.6 質量%、sol.Al濃度0.03〜0.08質量%で、残りが不可避不純成分とFeである。
【0056】
実施例Cのモールドフラックスを用いた場合は、本発明のSrO を利用した結晶化抑制効果によって非常に高い潤滑性が得られ、鋳片表層部のモールドフラックス巻き込み欠陥も軽微であった。
【0057】
一方、比較例Fのモールドフラックスを用いた場合は、鋳型内における鋳片の焼き付き警報が頻発し操業を阻害した。但し、定常鋳造部における鋳片表層部のモールドフラックス巻き込み欠陥は、実施例Aと同様に軽微であった。
【0058】
また、比較例Iのモールドフラックスを用いた場合は、鋳型内の潤滑性は良好であったものの、鋳片表層部のモールドフラックス巻き込み欠陥が多く発生した。
【0059】
具体的には、鋳型内における鋳片の焼き付き警報の鋳込長100m あたりの発生頻度は、実施例Cのモールドフラックスが0.01回未満、比較例Fのモールドフラックスが1.2 回、比較例Iのモールドフラックスが0.1 回未満であった。
【0060】
また、モールドフラックス巻き込み欠陥発生頻度は、実施例Cのモールドフラックスの結果を10とした場合、比較例Fのモールドフラックスでは11、比較例Iのモールドフラックスでは78であった。
【0061】
鋳片表層部のモールドフラックス巻き込み欠陥は、鋳片幅方向中央において、幅100 mm、長さ100 mm、鋳片表皮下1 〜10mmの試料を定常鋳造部から無作為に10箇所採取し、酸溶解抽出法によって大きさ80μm 以上の球状介在物数をカウントし、単位鋼重量あたりの密度に換算して評価した。