(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
請求項1〜3の何れか1項に記載の圧延H形鋼の製造方法であって、請求項1〜3の何れか1項に記載の成分からなる鋼片を1100〜1350℃に加熱し、仕上げ温度800℃以上で熱間圧延した後空冷し、650〜550℃の温度域での保持時間を下記式(3)で求められるt650/550[s]以上とすることを特徴とする圧延H形鋼の製造方法。
t650/550[s]=10{0.645/(V+0.209)} ・・・ (3)
式(3)のVは、V元素の含有量[質量%]である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者らは、V炭化物による析出強化、熱間圧延後のフェライト及びパーライトの硬さとフェライト粒径、更にN量及びCeqに着目し、フェライト・パーライトに変態させた後に徐冷を行うことで合金量を削減しつつ、低YRかつ高強度で溶接性の優れたH形鋼の成分及び製造方法について検討した。
【0017】
従来、降伏強度は、比較的軟質なフェライトの結晶粒径及び硬さが支配因子である。また、引張強度は、フェライト・パーライトの強度及び分率などが支配因子であるとされている。析出強化によって高強度化を図る場合、析出物は降伏強度を上昇させ、結晶粒径も微細にするため、降伏比(YR)が上昇する傾向がある。
【0018】
そこで、本発明者らは、Nbの含有量を抑制し、かつ、粒内変態の核となるVNの生成を抑制するためにTiを添加した。このことにより、フェライト粒径の過剰な微細化を防止し、フェライト硬さの上昇を抑制した。
次に、V含有量を低減し、C、Si及びMnの含有量の最適化と変態後の徐冷によってVCの析出を促進させ、引張強度の向上に大きく寄与するパーライト硬さを向上させた。その結果、降伏強度の上昇に比べて引張強度が顕著に上昇し、圧延H形鋼の引張強度を550MPa以上とし、YRを0.80以下にすることができた。
【0019】
フェライト・パーライトに変態させた後の徐冷の目的は、VCの析出の促進である。VCの析出を促進させるためには、650〜550℃の温度域に保持される時間が重要である。これは、550℃未満の温度域では、VCの析出する速度が極めて遅くなるためである。また、本発明者らは、VCの析出を促進させるには、V含有量に応じて650〜550℃の温度域での保持時間を制御する必要があることを見出した。
【0020】
図1は、本発明者らの検討結果の一例であり、下記式(3)によってV含有量[質量%]で求められるt
650/550[s]と、フェライト及びパーライトのビッカース硬さ[Hv]との関係を示すものである。
t
650/550[s]=10
{0.645/(V+0.209)} ・・・ (3)
式(3)のVは、V元素の含有量[質量%]である。
【0021】
図1に、t
650/550[s]と、パーライトの硬さ(
図1において符号◆で示す。)及びフェライトの硬さ(
図1において符号◇で示す。)との関係を示す。
図1に示すように、t
650/550[s]の増加に伴い、引張強度の支配因子であるパーライトの硬さ(◆)は向上する。しかし、降伏強度の支配因子であるフェライトの硬さ(◇)はほぼ変化しない。したがって、t
650/550[s]の制御によってVCの析出を促進し、硬質なパーライトのみの硬さを上昇させることで、引張強度を向上させつつYR(降伏強度/引張強度)を低下させることが可能となる。
【0022】
図2は、V含有量及びt
650/550[s]と、圧延H形鋼の特性との関係を示している。
図2において、符号●は引張強度が550MPa以上、YRが0.80以下の少なくとも一方を満たさない圧延H形鋼を示している。符号○は引張強度が550MPa以上かつYRが0.80以下であり、引張強度とYRの両方が良好な圧延H形鋼を示している。
【0023】
図2に示すように、V含有量を0.03%以上0.06%未満とし、t
650/550[s]を、下記式(4)を満足する適正な範囲とすることにより、圧延H形鋼の引張強度を550MPa以上とし、YRを0.80以下にすることが可能になる。
t
650/550[s]≧10
{0.645/(V+0.209)} ・・・ (4)
式(4)のVは、V元素の含有量[質量%]である。
【0024】
更に、YRが0.80以下の圧延H形鋼を実現するには、フェライト粒径を15.0μm以上とし、更にフェライト・パーライトの硬さ比(フェライト硬さ/パーライト硬さ)を0.60以下とする必要がある。
図3及び
図4は本発明者らの検討の結果の一例を示すものである。
図3はフェライト粒径とYRの相関を示している。
図4はフェライト/パーライトの硬さ比とYRの相関を示している。
図3及び
図4から、結晶粒径の微細化及び硬さ比の上昇に伴いYRが上昇することがわかる。したがって、YRを低下させるためには、結晶粒径の過剰な微細化を防止し、フェライト・パーライトの硬さ比の上昇を抑制することが必要である。
【0025】
以下、本発明について説明する。
まず、本発明の圧延H形鋼の成分組成について説明する。なお、各元素の含有量の「%」は「質量%」を意味する。
【0026】
(C:0.15〜0.25%)
Cは、鋼の強化に有効な元素である。本発明では、硬質相であるパーライトの生成及びVCの析出促進によって引張強度を高めるために、C含有量の下限値を0.15%以上とする。好ましくはC含有量を0.17%以上、より好ましくは0.19%以上とする。一方、C含有量が0.25%を超えると、溶接熱影響部の硬度が上昇し、靱性が低下する。したがって、C含有量の上限を0.25%以下とする。好ましくはC含有量を0.22%以下、より好ましくは0.20%以下とする。
【0027】
(Si:0.05〜0.50%)
Siは、脱酸元素であり、また、強度の上昇にも寄与する元素である。引張強度を上昇させるために、本発明では、Si含有量の下限を0.05%以上とする。好ましくはSi含有量を0.10%以上、より好ましくは0.15%以上とする。一方、Si含有量が0.50%を超えると、溶接部では島状マルテンサイトが生成し、靭性を低下させるため、上限を0.50%以下とする。溶接熱影響部の靱性の低下を抑制するには、Si含有量の上限を0.45%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.40%以下とする。
【0028】
(Mn:0.70〜1.50%)
Mnは、高強度化に寄与する元素であり、特に、パーライトの硬化に寄与する元素である。引張強度を上昇させるために、本発明では、Mnを0.70%以上含有する。Mn含有量の下限は、好ましくは0.80%以上、より好ましくは1.00%以上、更に好ましくは1.20%以上とする。一方、1.50%を超えるMnを添加すると、母材及び溶接熱影響部の靱性、割れ性などを損なう。したがって、Mn含有量の上限を1.50%以下とする。Mn含有量の上限は、好ましくは、1.40%以下、より好ましくは1.30%以下とする。
【0029】
(V:0.03%以上0.06%未満)
Vは、炭化物を生成する元素であり、析出強化によりフェライト・パーライトの強度を向上させる重要な元素である。特に本発明において、Vは降伏強度の過剰な上昇を抑制し、かつ引張強度の向上に顕著に寄与するため、0.03%以上を添加する。好ましくは、0.04%以上のVを添加する。一方、Vは高価な元素であり、0.06%以上のVを添加すると、合金コストが上昇するため、V含有量の上限を0.06%未満とする。
【0030】
また、後述するように、粒内フェライトによる結晶粒径の微細化及びVC析出量の減少に寄与するVNの生成を抑制するため、N含有量を制限し、Tiを添加することが必要である。
【0031】
(N:0.001〜0.004%)
Nは、窒化物を形成する元素である。VNの生成によるフェライト粒径の微細化及びVC析出量の減少を抑制するため、N含有量の上限を0.004%以下とし、好ましくは0.003%以下とする。N含有量の下限値は少ないほど好ましいが、0.001%未満とすることが困難であるため、0.001%以上とする。
【0032】
(Ti:0.003〜0.015%)
Tiは、VNよりも高温で析出するTiNを生成する元素である。後述するように、本発明では、VNの生成を防止するため、N含有量の3倍以上のTiを添加する。Ti含有量は、N含有量の下限値を0.001%未満とすることが困難であるため、0.003%以上とする。一方、Tiを過剰に添加すると粗大なTiNが生成し、靭性を低下させてしまう。このため、Ti含有量の上限を0.015%以下とする。Ti含有量は、好ましくは0.013%以下、より好ましくは0.010%以下とする。
【0033】
(Ti/N:3.0〜15.0)
本発明では、VNの生成を防止するため、Ti/Nを3.0以上とし、N含有量の3.0倍以上のTiを添加する。これは、TiNの生成によってNを固定するため、TiとNの含有量を原子%でほぼ同等にするという観点から、質量数がNの約3倍であるTiの含有量を、質量%でNの含有量の3.0倍以上とするものである。Ti/Nの上限は、N含有量の下限値(0.001%)と、Ti含有量の上限値(0.015%)から15.0以下とする。
【0034】
(Nb:0.010%以下)
Nbは、強度及び靭性を高める元素であるが、析出強化やフェライト粒径の微細化によって降伏強度を上昇させ、YRを大きく向上させてしまう。このため、本発明では、Nb含有量を0.010%以下に制限する。好ましくはNb含有量を0.005%以下とする。Nbは含有しなくてもよいが、強度及び靭性を高めるためにNbを含有する場合、その含有量は0.002%以上であることが好ましく、0.003%以上であることがより好ましい。
【0035】
(Al:0.06%以下)
Alは、脱酸元素であり、0.01%以上を添加することが好ましい。しかし、0.06%を超えてAlを添加すると、粗大な介在物の形成によって靭性が低下するため、0.06%以下に制限する。Al含有量は、好ましくは0.05%以下、より好ましくは0.04%以下とする。
【0036】
(O:0.0035%以下)
Oは、不純物である。酸化物の生成を抑制して靭性を確保するため、O含有量の上限を0.0035%以下に制限する。HAZ靭性を向上させるには、O含有量を0.0015%以下にすることが好ましい。O含有量を0.0005%未満にしようとすると、製造コストが高くなるため、O含有量は0.0005%以上が好ましい。
【0037】
(Ceq:0.42以下)
Ceqは、焼入れ性の指標であり、下記式(1)で求めることができる。Ceqは、強度を確保するために高めることが好ましい。しかし、Cepが0.42を超えると、特に溶接部の靱性が低下するとともに溶接時に割れが生じる。このため、Cepは0.42以下とし、0.40以下とすることが好ましい。Ceqの下限は特に限定しないが、必須的に含まれるC、Mn、Si、V含有量の下限値から0.27となる。
【0038】
Ceq=C+Si/24+Mn/6+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14 ・・・(1)
ここで、C、Mn、Si、Ni、Cr、Mo、Vは、各元素の含有量[質量%]であり、元素を含有しない場合は0として計算する。
【0039】
更に、引張強度の上昇や、介在物の形態制御のため、Cu:0.30%以下、Ni:0.20%以下、Mo:0.05%以下、Cr:0.05%以下、REM:0.010%以下、Ca:0.0050%以下、の1種又は2種以上を含有させてもよい。
【0040】
(Cu:0.30%以下)
Cuは、強度の向上に寄与する元素であり、0.01%以上を添加することが好ましい。Cu含有量は、より好ましくは0.05%以上、更に好ましくは0.10%以上である。一方、0.30%を超えるCuを添加すると、強度が過剰に上昇し、低温靭性が低下することがある。このため、Cu含有量の上限を0.30以下%とすることが好ましい。より好ましくはCu含有量の上限を0.20%以下とする。
【0041】
(Ni:0.20%以下)
Niは、強度及び靭性を高めるために有効な元素であり、0.01%以上を添加することが好ましい。Ni含有量は、より好ましくは0.05%以上、更に好ましくは0.10%以上である。一方、Niは高価な元素であり、合金コストの上昇を抑制するため、上限を0.20%以下とすることが好ましく、0.15%以下とすることがより好ましい。
【0042】
(Mo:0.30%以下)
Moは、強度の向上に寄与する元素である。しかし、0.30%を超えてMoを添加すると、Mo炭化物(Mo
2C)を析出し、溶接熱影響部の靱性を劣化させることがある。このため、Mo含有量は0.30%以下に制限することが好ましく、0.25%以下がより好ましい。Mo含有量の下限は、0.01%以上が好ましい。
【0043】
(Cr:0.05%以下)
Crも強度の向上に寄与する元素である。しかし、0.05%を超えてCrを添加すると、炭化物を生成し、靭性を損なうことがある。このため、Cr含有量の上限を0.05%以下に制限することが好ましい。Cr含有量のより好ましい上限は0.03%以下である。Cr含有量の下限は0.01%以上が好ましい。
【0044】
(REM:0.010%以下)
(Ca:0.0050%以下)
REMおよびCaは、脱酸元素であり、硫化物の形態の制御にも寄与するため、添加してもよい。しかし、REMおよびCaの酸化物は、溶鋼中で容易に浮上するため、鋼中に含有されるREMの上限は0.010%以下、Caの上限は0.0050%以下とする。REMおよびCaは、それぞれ0.0005%以上を添加することが好ましい。
【0045】
不可避不純物として含有するP、Sについては、含有量を特に限定しない。なお、P、Sは、凝固偏析による溶接割れ、靱性低下の原因となるので、極力低減すべきである。P含有量は0.020%以下に制限することが好ましく、更に好ましい上限は0.002%以下である。また、S含有量は、0.002%以下に制限することが好ましい。
【0046】
次に、本発明の圧延H形鋼の金属組織について説明する。
本発明の圧延H形鋼は、熱間圧延後、空冷して製造されるため、金属組織は、フェライト・パーライトとなる。フェライト・パーライト以外に、マルテンサイトとオーステナイトとの混成物(Martensite-Austenite Constituent、MA)が生成することがあるが、面積率で5%未満である。本発明の圧延H形鋼金属組織は、フェライト・パーライトからなり、フェライト・パーライトの面積率は95%以上である。
【0047】
(フェライト粒径:15.0〜50.0μm)
フェライト粒径は、特に、降伏強度に影響する。フェライト粒径が微細化すると、降伏強度が高くなる。したがって、降伏比を低下させるため、フェライト粒径の下限を15.0μm以上とし、18.0μm以上とすることが好ましい。降伏比を低下させるためには、フェライト粒径は大きいほど好ましいが、50.0μmを超えることはないため、上限を50.0μm以下とする。フェライト粒径は、40.0μm以下であってもよい。
【0048】
(フェライト/パーライト硬さ比:0.60以下)
フェライト/パーライト硬さ比は、フェライトの硬さをパーライトの硬さで除した比である。フェライトの硬さ及びパーライトの硬さは、ビッカース硬さである。フェライト硬さ及びパーライト硬さは、金属組織を観察しながら、JIS Z 2244のマイクロビッカース硬さ試験に準拠して測定する。YRを低減させるためには、降伏強度に寄与するフェライトの硬さの上昇を抑制し、引張強度に寄与するパーライトの硬さを向上させることが必要である。本発明ではYR≦0.80とするために、フェライト/パーライト硬さ比を0.60以下とし、好ましくは0.50以下とする。
【0049】
高層建築において550MPa級の梁に用いられるH形鋼には、板厚が16〜40mmのサイズのH形鋼が多用される。このため、本発明の圧延H形鋼のフランジの板厚も16〜40mmが好ましい。フランジの板厚が16mm未満になると、フェライトが微細化してYRが上昇する可能性がある。また、フランジの板厚が40mmを超えると、圧下量が不足するために組織の粗大化、もしくは析出物の粗大化により、靭性が劣化する可能性がある。
【0050】
なお、ウェブの板厚は、一般的にフランジの板厚より薄くなるため、12〜40mmとすることが好ましい。フランジ/ウェブの板厚比に関しては熱間圧延によって製造される圧延H形鋼の場合、0.5〜2.5が好ましい。フランジ/ウェブの板厚比が2.5を超えると、ウェブが波打ち状の形状に変形することがある。一方、フランジ/ウェブの板厚比が0.5未満の場合は、フランジが波打ち状の形状に変形することがある。
【0051】
本発明のH形鋼の場合、フランジの特性が重要である。
図5に示すH形鋼の金属組織の観察および機械試験は、H形鋼の幅方向断面におけるフランジの板厚(t
f)の外側から1/4の位置((1/4)t
f)かつフランジ幅(F)の外側から1/6の位置((1/6)F)から試料を採取して行う。
フランジの機械的性質はフランジ幅方向、厚み方向で変動する。
図5の(1/4)t
fかつ(1/6)Fの位置において、金属組織および機械特性を評価するのは、(1/6)Fの位置が圧延時に最も温度の低いフランジ先端とフランジ中央の中間近くであり、かつJIS、EN、ASTMなどで強度試験の規格部位とされることもある位置であるため、(1/4)t
fかつ(1/6)Fの位置がH形鋼の平均的な組織及び材質を示すと判断したためである。
【0052】
なお、金属組織の観察及び結晶粒径の測定は、(1/6)Fかつ(1/4)t
fの位置を中心とする500μm(長手方向)×400μm(フランジ厚方向)の長方形内の領域にて行った。光学顕微鏡によってフェライト粒径を測定し、フェライトおよびパーライトについて、それぞれ硬さの測定を行った。
【0053】
H形鋼の強度の目標値は、常温の降伏点(YP)又は0.2%耐力が385MPa〜405MPa、引張強度(TS)が550MPa〜620MPaである。また、YRは0.8以下とする。
【0054】
次に、本発明のH形鋼の製造方法について説明する。
製鋼工程では、上述のように、溶鋼の化学成分を調整した後、鋳造し、鋼片を得る。鋳造は、生産性の観点から、連続鋳造が好ましい。また、鋼片の厚みは、生産性の観点から、200mm以上とすることが好ましく、偏析の低減や、熱間圧延における加熱温度の均質性などを考慮すると、350mm以下が好ましい。
【0055】
次に、鋼片を加熱し、熱間圧延を行う。本実施形態では、
図6に示すように、加熱炉を用いて鋼片を加熱する。続いて、粗圧延機を用いて粗圧延を行う。粗圧延は、中間圧延機を用いる中間圧延の前に、必要に応じて行う工程であり、鋼片の厚みと製品の厚みに応じて行う。その後、中間ユニバーサル圧延機(中間圧延機)1と水冷装置2aとを用いて中間圧延を行う。続いて、仕上圧延機3を用いて仕上げ圧延を行って熱間圧延を終了し、空冷する。
【0056】
(加熱温度:1100〜1350℃)
鋼片の加熱温度は、1100〜1350℃とする。加熱温度が1100℃未満であると、変形抵抗が高くなる。Vなど、析出物を形成する元素を十分に固溶させるため、鋼片の加熱温度の下限は1150℃以上とすることが好ましい。特に、板厚が薄い場合は、累積圧下率が大きくなるため、1200℃以上に加熱することが好ましい。一方、加熱温度が1350℃を超えると、素材である鋼片の表面の酸化物が溶融して加熱炉内が損傷することがある。加熱温度は、鋼片の表面の酸化促進に起因する歩留まりの低下を抑制するために、1300℃以下であることが好ましい。
【0057】
(熱間圧延の仕上温度:800℃以上)
熱間圧延は、常法で行えばよいが、鋼片を加熱した後、未再結晶域での圧延を行わないことが好ましい。未再結晶域での圧延を行うと、フェライトの核生成頻度が増加し、結晶粒径が微細化する。圧延H形鋼の形状精度等を考慮すれば、熱間圧延の仕上温度は、フェライト変態の開始温度であるAr
3以上とすることが好ましい。本発明では、熱間圧延の仕上温度は、フェライト粒径の過剰な微細化を抑制するために800℃以上とする。なお、鋼片の厚みと製品の厚みに応じて、熱間圧延の前に粗圧延を行っても良い。
【0058】
熱間圧延では、ウェブとフランジの温度差を解消するためのパス間水冷圧延加工を実施してもよい。また、一次圧延して500℃以下に冷却した後、再度、1100〜1350℃に加熱し、二次圧延を行う製造するプロセス、いわゆる2ヒート圧延を採用してもよい。ただし、2ヒート圧延では、熱間圧延での塑性変形量が少なく、圧延工程での温度の低下も小さくなるため、より高温で圧延を完了し、フェライト粒径の過剰な微細化を抑制することが好ましい。
【0059】
熱間圧延後の冷却は、水冷装置を用いず、空冷する。空冷では、フェライト及びパーライト変態がほぼ完了する650℃から550℃まで冷却する間に、VCを析出させることを意図して徐冷を行う。徐冷を行うことにより、少なくとも650〜550℃の温度域での保持時間を下記に示す式(3)で求められるt
650/550[s]以上の時間とする。
t
650/550[s]=10
{0.645/(V+0.209)} ・・・ (3)
式(3)のVは、V元素の含有量[質量%]である。
【0060】
熱間圧延後の空冷において、650℃超の温度で徐冷を開始すると、パーライト変態がより高温で生じるため、パーライト硬さが減少し、引張強度が低下する。また、550℃未満の温度範囲まで徐冷を継続して行ってもよいが、VCの析出する速度は550℃未満では極めて遅くなる。したがって、VCを析出させるためには、650℃〜550℃の温度域での保持時間が重要である。また、保持時間が式(3)で求められる時間(t
650/550[s])未満である場合、VCが十分に析出せずにパーライト硬さが上昇せず、高強度かつ低YRとなる材質の達成が難しい。
【0061】
650℃〜550℃の温度域での保持時間をt
650/550[s]以上とするために行う徐冷の方法は、特に限定されるものではなく、公知の方法を用いることができる。
図7(a)および
図7(b)は、650℃〜550℃の温度域のH形鋼を徐冷する方法の一例を説明するための図である。
図7(a)および
図7(b)は、近接して配置された複数のH形鋼を、端面側から見た図である。
【0062】
H形鋼は、フランジの内面が輻射熱及び高温の空気により冷えにくいため、主にフランジの外側から放熱する。そこで、例えば、
図7(a)に示すように、圧延後に得られた複数のH形鋼を、フランジの外側を近接させた状態で、断面視でフランジが上下方向に延在するように並べることにより徐冷し、650℃〜550℃の温度域での保持時間を確保してもよい。複数のH形鋼をフランジの外側を近接させた状態で並べると、フランジの外側からの放熱が抑制されるため、冷却速度が遅くなる。
【0063】
また、上記の保持時間をより一層確保しやすくするために、例えば、圧延後に得られた複数のH形鋼を並べて複数段重ねることにより徐冷してもよい。具体的には、
図7(b)に示すように、複数のH形鋼をフランジの外側を近接させた状態で、断面視でフランジが上下方向に延在するように並べ(
図7(a)参照)て、一段目を形成する。次に、一段目の近接する2つのH形鋼の上に、2つのH形鋼のフランジに跨るように別のH形鋼を重ねて、二段目を形成する。さらに、二段目の近接する2つのH形鋼の上に、2つのH形鋼のフランジに跨るように別のH形鋼を重ねて、三段目を形成する。
図7(b)に示すように、複数のH形鋼を並べて複数段重ねると、H形鋼からの放熱が抑制されるため、冷却速度が非常に遅くなる。
なお、
図7(b)に示す例では、H形鋼を三段重ねた場合を例に挙げて説明したが、重ねる段数は特に限定されない。
【実施例】
【0064】
表1および表2に示す成分組成を有する鋼を溶製し、連続鋳造により、厚みが240〜300mmの鋼片を製造した。鋼の溶製は転炉で行い、一次脱酸し、合金を添加して成分を調整し、必要に応じて、真空脱ガス処理を行った。得られた鋼片を加熱し、表3および表4に示す加熱温度に加熱し、粗圧延機を用いて粗圧延を行った。続いて、中間ユニバーサル圧延機と、その前後に設けたパス間の水冷装置とを用いて、フランジ外側面のスプレー冷却とリバース圧延を行った。その後、表3および表4に示す仕上温度で仕上げ圧延を行って、熱間圧延を終了し、空冷し、H形鋼を製造した。
空冷は、
図7(a)または
図7(b)に示すように、H形鋼を並べて徐冷することにより、650〜550℃の温度域を、表3および表4に示す保持時間で保持した。
表1および表2に示した成分は、製造後のH形鋼から採取した試料を化学分析して求めた。
【0065】
【表1】
【0066】
【表2】
【0067】
【表3】
【0068】
【表4】
【0069】
図5に示すように、H形鋼の幅方向断面におけるフランジの板厚(t
f)の外側から1/4の位置((1/4)t
f)かつフランジ幅(F)の外側から1/6の位置((1/6)F)から、圧延方向を長さ方向とする試験片を採取し、機械特性(YP、TS、伸び、母材衝撃値)を測定した。この箇所の特性を求めたのは、
図5に示すフランジ幅(F)の外側から1/6の位置((1/6)F)が、H形鋼の平均的な機械特性を示すと判断したためである。
【0070】
YP、TS、伸びは、JIS Z 2241に準拠して引張試験を行うことにより求めた。また、母材衝撃値(靱性)は、JIS Z 2242に準拠して0℃でシャルピー衝撃試験を行うことにより求めた。
【0071】
得られたH形鋼のフランジ部を切り出し、レ型開先を施し、溶接入熱12kJ/cmにて、ガスメタルアーク溶接を行った。開先の垂直部側のボンド部の前後がシャルピー衝撃試験片ノッチとなるように、それぞれの試験片を採取し、母材衝撃値と同様にして、溶接熱影響部の靭性(溶接部衝撃値)を評価した。
更に、JIS Z 3158に準拠したy形溶接割れ試験方法によって溶接性を評価した(y割れ試験)。
【0072】
また、機械特性の測定に用いた試験片を採取した位置から、試料を採取し、光学顕微鏡で金属組織の観察を行い、フェライト・パーライトの面積率及びフェライト粒径を測定した。表3および表4に示す鋼種No.1〜36は、いずれもフェライト・パーライトの面積率が95%以上であった。
更に、JIS Z 2244のマイクロビッカース硬さ試験に準拠し、フェライトの硬さ及びパーライトの硬さを測定し、フェライト/パーライトの硬さ比を求めた。
結果を表3および表4に示す。
【0073】
表3および表4に示す粒径は、フェライト粒径である。Hvα/HvPは、フェライト/パーライト硬さ比である。表3および表4に示す「t
650/550」は、上記の式(3)により求められる時間[s]である。
機械特性の目標値は、常温の降伏点(YP)又は0.2%耐力が385MPa以上、引張強度(TS)が550MPa以上、かつTS/YPで計算される降伏比(YR)が0.80以下、伸びが14.0%以上であり、母材および溶接部のシャルピー吸収エネルギー(衝撃値)が70J/cm
2以上である。
【0074】
表3に示すように、本発明例である鋼種No.1〜19は、常温の0.2%耐力(YP)及び引張強度(TS)が高く、YRが0.80以下であり、かつ割れがなく、0℃でのシャルピー衝撃吸収エネルギーも、母材、溶接熱影響部ともに目標を十分に満たしている。
【0075】
一方、鋼種No.20〜36は比較例である。
No.20ではCが、22ではSiが、24ではMnが、26ではVが、不足したために強度が低下した例である。
No.21、23、25、27、33は合金成分元素を過剰に添加、もしくはCeqが大きいため、焼入れ性が上昇し、母材および/又は溶接部のシャルピー衝撃吸収エネルギーが低下した例である。
No.28はNbを過剰に添加したため、結晶粒が微細化し、YRが0.8以上となった例である。
【0076】
No.29、30、31は、合金成分元素を過剰に添加したため、粗大な析出物が起点となって母材および溶接部のシャルピー衝撃吸収エネルギーが低下した例である。
No.32は窒素元素の含有量が多いため、フェライト粒径が微細化し、YRが0.8以上となり、割れが発生した例である。
No.34は仕上げ温度が低いため、フェライト粒径が微細化してしまい、YRが0.80以上となった例である。
No.35はNに対してTiの添加量が不足しており、VNによりフェライト粒径が微細化したためにYRが0.80以上となり、割れが発生した例である。
No.36は650〜550℃の温度域における保持時間が不足しており、フェライト/パーライトの硬さ比が0.60を超えた結果、YRが0.80以上となった例である。