特許第6354905号(P6354905)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6354905ゲル組成物、およびゲル組成物の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6354905
(24)【登録日】2018年6月22日
(45)【発行日】2018年7月11日
(54)【発明の名称】ゲル組成物、およびゲル組成物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 9/54 20060101AFI20180702BHJP
   A61K 47/34 20170101ALI20180702BHJP
   A61K 47/10 20060101ALI20180702BHJP
   A61K 31/542 20060101ALN20180702BHJP
   A61K 31/138 20060101ALN20180702BHJP
   A61K 31/496 20060101ALN20180702BHJP
   A61K 31/7048 20060101ALN20180702BHJP
   A61K 31/165 20060101ALN20180702BHJP
   A61K 31/5575 20060101ALN20180702BHJP
   A61K 31/57 20060101ALN20180702BHJP
   A61K 31/573 20060101ALN20180702BHJP
   A61K 31/222 20060101ALN20180702BHJP
   A61K 38/13 20060101ALN20180702BHJP
   A61K 31/569 20060101ALN20180702BHJP
   A61K 31/7105 20060101ALN20180702BHJP
   A61K 31/55 20060101ALN20180702BHJP
   A61K 31/5377 20060101ALN20180702BHJP
   C07D 513/04 20060101ALN20180702BHJP
   C07D 215/56 20060101ALN20180702BHJP
   C07H 17/08 20060101ALN20180702BHJP
   C07J 7/00 20060101ALN20180702BHJP
   C07J 5/00 20060101ALN20180702BHJP
   C07D 403/04 20060101ALN20180702BHJP
   C07D 285/10 20060101ALN20180702BHJP
   A61P 1/00 20060101ALN20180702BHJP
   A61P 27/02 20060101ALN20180702BHJP
【FI】
   A61K9/54
   A61K47/34
   A61K47/10
   !A61K31/542
   !A61K31/138
   !A61K31/496
   !A61K31/7048
   !A61K31/165
   !A61K31/5575
   !A61K31/57
   !A61K31/573
   !A61K31/222
   !A61K38/13
   !A61K31/569
   !A61K31/7105
   !A61K31/55
   !A61K31/5377
   !C07D513/04 371
   !C07D215/56
   !C07H17/08 K
   !C07J7/00
   !C07J5/00
   !C07D403/04
   !C07D285/10
   !A61P1/00
   !A61P27/02
【請求項の数】16
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2017-531026(P2017-531026)
(86)(22)【出願日】2016年1月7日
(86)【国際出願番号】JP2016050407
(87)【国際公開番号】WO2017017969
(87)【国際公開日】20170202
【審査請求日】2017年9月21日
(31)【優先権主張番号】特願2015-148362(P2015-148362)
(32)【優先日】2015年7月28日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100152571
【弁理士】
【氏名又は名称】新宅 将人
(74)【代理人】
【識別番号】100141852
【弁理士】
【氏名又は名称】吉本 力
(72)【発明者】
【氏名】小関 英一
(72)【発明者】
【氏名】松井 勇人
【審査官】 新留 豊
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2014/200007(WO,A1)
【文献】 国際公開第2009/148121(WO,A1)
【文献】 特表平11−513985(JP,A)
【文献】 特表2008−510004(JP,A)
【文献】 Biomaterials,2009年,Vol.30,pp.5156-5160
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 9/00−9/72
A61K 47/10
A61K 47/34
C08G 81/00
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
20個以上のサルコシン単位を有する親水性ブロック鎖と10個以上の乳酸単位を有する疎水性ブロック鎖とを有する両親媒性ブロックポリマーを含有する、ゲル組成物。
【請求項2】
さらに薬剤を含む、請求項1に記載のゲル組成物。
【請求項3】
前記薬剤が水溶性である、請求項2に記載のゲル組成物。
【請求項4】
分散媒として有機溶媒を含むオルガノゲルである、請求項1〜3のいずれか1項に記載のゲル組成物。
【請求項5】
前記有機溶媒が炭素数1〜6のアルコールを含む、請求項4に記載のゲル組成物。
【請求項6】
分散媒として水を含むヒドロゲルである、請求項1〜3のいずれか1項に記載のゲル組成物。
【請求項7】
前記両親媒性ブロックポリマーを10重量%以上含有する、請求項4に記載のゲル組成物。
【請求項8】
分散媒の含有量が20重量%以下のキセロゲルである、請求項1〜3のいずれか1項に記載のゲル組成物。
【請求項9】
20個以上のサルコシン単位を有する親水性ブロック鎖と10個以上の乳酸単位を有する疎水性ブロック鎖とを有する両親媒性ブロックポリマー、および有機溶媒を混合する、オルガノゲル組成物の製造方法。
【請求項10】
前記有機溶媒が炭素数1〜6のアルコールを含む、請求項9に記載のオルガノゲル組成物の製造方法。
【請求項11】
加熱下で前記両親媒性ブロックポリマーを前記有機溶媒に溶解または膨潤させて流動性を有する粘性液体を調製するステップ、および前記粘性液体を冷却するステップを有する、請求項9または10に記載のオルガノゲル組成物の製造方法。
【請求項12】
前記粘性液体を冷却する前に、前記粘性液体に薬剤が含まれている、請求項11に記載のオルガノゲル組成物の製造方法。
【請求項13】
請求項9〜12のいずれか1項に記載の方法によりオルガノゲル組成物を調製するステップ、および前記オルガノゲルから前記有機溶媒を除去するステップを有する、キセロゲル組成物の製造方法。
【請求項14】
20個以上のサルコシン単位を有する親水性ブロック鎖と10個以上の乳酸単位を有する疎水性ブロック鎖とを有する両親媒性ブロックポリマーを含有する、キセロゲル組成物の製造方法であって、
請求項4または5に記載のゲル組成物から前記有機溶媒を除去するステップを有する、キセロゲル組成物の製造方法。
【請求項15】
請求項13に記載の方法によりキセロゲルを調製するステップ、および前記キセロゲルを水または水溶液により湿潤させるステップを有する、ヒドロゲル組成物の製造方法。
【請求項16】
20個以上のサルコシン単位を有する親水性ブロック鎖と10個以上の乳酸単位を有する疎水性ブロック鎖とを有する両親媒性ブロックポリマーを含有する、ヒドロゲル組成物の製造方法であって、
請求項8に記載のゲル組成物を水または水溶液により湿潤させるステップを有する、ヒドロゲル組成物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、徐放性製剤としての使用に適したゲル組成物およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
医薬、食品等の様々な産業分野において、有効成分を徐々に放出させて使用する徐放化技術に対する要求がある。例えば、生体への薬剤の投与においては、製剤からの薬剤の放出を遅くすることにより、生体内の薬剤濃度を長時間一定に維持し、投与回数を低減できる。徐放化技術として、生分解性ポリマーを用いる技術が多数提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1や特許文献2には、親水性ブロックと疎水性ブロックとを有する両親媒性ブロックポリマーのミセルに活性物質を内包させる技術が開示されている。両親媒性ブロックポリマーのミセルは、疎水性ブロックにより形成される疎水コア内に活性物質を内包させることができる。しかしながら、この技術は、水溶性薬剤等の親水性物質の徐放化には不向きである。
【0004】
徐放性製剤として、生分解性ポリマーのマトリクス中に薬剤等を含む固形インプラントも知られている。例えば、特許文献3では、乳酸‐グリコール酸コポリマー(PLGA)をN‐メチルピロリドン等の水溶性溶媒に溶解させたインプラント前駆体組成物を、皮下注射する方法が開示されている。この方法では、前駆体が生体内に導入されると、ポリマーを溶解していた水溶性溶媒が生体内の水と置換され、水分によりポリマーが固化するため、薬剤徐放性を有するデポ剤を、生体内でin situ形成できる。
【0005】
また、特許文献4では、PLGAを、安息香酸エチル等の非水溶性溶媒とN‐メチルピロリドン等の水溶性溶媒との混合溶媒に溶解することにより、薬剤徐放性を有するゲル組成物が得られることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】WO96/20698号パンフレット
【特許文献2】WO2009/148121号パンフレット
【特許文献3】WO90/3768号パンフレット
【特許文献4】WO98/27963号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
PLGA等の生分解性ポリマーを用いたin situデポ化技術は、親水性の薬剤等の徐放化剤としても適用できる。しかしながら、生体への適用直後に、生体内の水がポリマー組成物中に急速に浸透するため、組成物中の薬剤が急速に生体内に放出される、いわゆる「初期バースト」の問題が生じる場合がある。ゲル状の組成物を用いれば、in situデポ剤に比して初期バーストを低減できる傾向があるが、特許文献4に開示されているようなPLGAをマトリクスとして用いたゲルでは、数日から数か月にわたる長期の徐放性は期待し難い。
【0008】
また、PLGAの溶液やゲルを形成するためには、N‐メチルピロリドン等の生体への毒性が高い有機溶媒を用いる必要がある。そのため、アルコールや水等の、より生体安全性の高い溶媒を適用可能な徐放化技術の開発が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記に鑑みて本発明者らが検討の結果、所定の両親媒性ポリマーが、アルコールを分散媒とするオルガノゲル(アルコゲル)を形成できることに加えて、水を分散媒とするヒドロゲルを形成可能であり、これらのゲルが、薬剤等の初期バーストを抑制可能な徐放性製剤として適用可能であることを見出し、本発明に至った。
【0010】
本発明は、20個以上のサルコシン単位を有する親水性ブロック鎖と10個以上の乳酸単位を有する疎水性ブロック鎖とを有する両親媒性ブロックポリマーを含有する、ゲル組成物およびその製造方法に関する。
【0011】
ゲル組成物は、分散媒として有機溶媒を含むオルガノゲル、分散媒として水を含むヒドロゲル、分散媒が除去されたキセロゲルのいずれでもよい。本発明のゲル組成物は、上記両親媒性ブロックポリマーを10重量%以上含有することが好ましい。
【0012】
上記両親媒性ブロックポリマーと有機溶媒とを混合することにより、オルガノゲル組成物が得られる。一形態では、加熱下で両親媒性ブロックポリマーを有機溶媒に溶解または膨潤させて流動性を有する粘性液体を調製するステップ、および粘性液体を冷却するステップを実施することにより、オルガノゲルが得られる。
【0013】
オルガノゲル組成物から有機溶媒を除去することにより、キセロゲル組成物が得られる。キセロゲル組成物を、水または水溶液により湿潤させることにより、ヒドロゲル組成物が得られる。
【0014】
本発明のゲル組成物は、薬剤を含有していてもよい。薬剤として水溶性の薬剤を用いることもできる。例えば、両親媒性ブロックポリマーと薬剤とを有機溶媒に溶解させて粘性液体を調製し、粘性液体を冷却することにより、薬剤を含有するオルガノゲル組成物が得られる。両親媒性ブロックポリマーを有機溶媒に溶解させて粘性液体を調製後、粘性液体に薬剤を添加し、その後に粘性液体を冷却する方法によっても、薬剤を含有するオルガノゲル組成物が得られる。薬剤を含有するオルガノゲルからキセロゲルを調製し、薬剤を含有するキセロゲルに水を添加することにより、薬剤を含有するヒドロゲルが得られる。また、キセロゲルに薬剤を加えた組成物に、水を加えることにより、薬剤を含有するヒドロゲルを調製することもできる。
【発明の効果】
【0015】
本発明のゲル組成物は、アルコールや水等の生体安全性の高い分散媒を使用可能であり、かつ薬剤等の初期バーストを抑制可能であり、薬剤の徐放性に優れる。そのため、本発明のゲル組成物は、生体への適用を目的とした徐放性製剤に適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】(A)メタノール、(B)エタノール、および(C)2−ブタノールを分散媒とするオルガノゲルの写真である。
図2】メタノールを分散媒とするオルガノゲルのTEM観察像である。
図3】エタノールを分散媒とするオルガノゲルのTEM観察像である。
図4】2‐ブタノールを分散媒とするオルガノゲルのTEM観察像である。
図5】オルガノゲルの徐放性試験結果を表すグラフである。
図6A】オルガノゲルから分散媒を除去後のキセロゲルの写真である。
図6B】キセロゲルを蒸留水により湿潤させたヒドロゲルの写真である。
図7】ヒドロゲルの徐放性試験結果を表すグラフである。
図8】角膜モデルを用いた刺激性試験結果を表すグラフである。
図9】ムチンへのゲル組成物の吸着試験のセンサグラムである。
図10】ゲル組成物の解離試験のセンサグラムである。
図11】金表面からの解離試験のセンサグラムとムチンからの解離試験のセンサグラムとの差を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明のゲル組成物は、親水性ブロック鎖と疎水性ブロック鎖とを有する両親媒性ブロックポリマーを含む。ゲル組成物は、分散媒として有機溶媒を含むオルガノゲル、分散媒として水を含むヒドロゲル、分散媒が除去されたキセロゲルのいずれの形態でもよい。
【0018】
[両親媒性ブロックポリマー]
本発明のゲル組成物は、親水性ブロック鎖と疎水性ブロック鎖とを有する両親媒性ブロックポリマーを主要構成要素とする組成物である。両親媒性ブロックポリマーの親水性ブロック鎖はモノマー単位としてサルコシン単位を有し、疎水性ブロック鎖はモノマー単位として乳酸単位を有する。
【0019】
(疎水性ブロック鎖)
疎水性ブロックは、10個以上の乳酸単位を含む。ポリ乳酸は、優れた生体適合性および安定性を有する。また、ポリ乳酸は、優れた生分解性を有することから、代謝が早く、生体内での集積性が低い。そのため、ポリ乳酸を構成ブロックとする両親媒性ポリマーは、生体、特に人体への応用において有用である。また、ポリ乳酸は結晶性であるため、疎水性ブロック鎖が短い場合でも、アルコール等の溶媒中で疎水性ブロック鎖が凝集し、物理ゲルが形成されやすい。そのため、物理ゲル中に、薬剤等の化合物を取り込みやすく、徐放性を有するポリマーマトリクスを形成できる。
【0020】
疎水性ブロック鎖中の乳酸単位の数の上限は特に制限されないが、構造を安定化させる観点からは1000個以下が好ましい。疎水性ブロックにおける乳酸単位の数は、10〜1000個が好ましく、15〜500個がより好ましく、20〜100個がさらに好ましい。
【0021】
疎水性ブロック鎖を構成する乳酸単位は、L‐乳酸でもD‐乳酸でもよい。また、L‐乳酸とD‐乳酸が混在していてもよい。疎水性ブロック鎖は、全ての乳酸単位が連続していてもよく、乳酸単位が非連続であってもよい。疎水性ブロック鎖に含まれる乳酸以外のモノマー単位は特に限定されないが、例えば、グリコール酸、ヒドロキシイソ酪酸等のヒドロキシ酸や、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、メチオニン、チロシン、トリプトファン、グルタミン酸メチルエステル、グルタミン酸ベンジルエステル、アスパラギン酸メチルエステル、アスパラギン酸エチルエステル、アスパラギン酸ベンジルエステル等の疎水性アミノ酸あるいはアミノ酸誘導体が挙げられる。
【0022】
(親水性ブロック鎖)
親水性ブロック鎖は、20個以上のサルコシン単位(N−メチルグリシン単位)を含む。サルコシンは、水溶性が高い。また、ポリサルコシンはN置換アミドを有することからシス−トランス異性化が可能であり、かつ、α炭素まわりの立体障害が少ないことから、高い柔軟性を有する。そのため、ポリサルコシン鎖を構成単位として用いることにより、高い親水性と柔軟性とを併せ持つ親水性ブロック鎖が形成される。
【0023】
親水性ブロック鎖のサルコシン単位が20個以上であれば、隣接して存在するブロックポリマーの親水性ブロック同士が凝集しやすいため、水やアルコール等の親水性の分散媒や、親水性の薬剤等が取り込まれたゲルが形成されやすくなる。親水性ブロック鎖中のサルコシン単位の数の上限は特に制限されない。隣接して存在するブロックポリマーの両親媒性ポリマーの疎水性ブロック同士を凝集させてゲルの構造を安定化する観点から、親水性ブロック鎖中のサルコシン単位の数は300個以下が好ましい。サルコシン単位の数は、25〜200個がより好ましく、30〜100個がさらに好ましい。
【0024】
親水性ブロック鎖は、全てのサルコシン単位が連続していてもよく、上記のポリサルコシンの特性を損なわない限りにおいてサルコシン単位が非連続であってもよい。親水性ブロック鎖がサルコシン以外のモノマー単位を有する場合、サルコシン以外のモノマー単位は特に限定されないが、例えば親水性アミノ酸あるいはアミノ酸誘導体が挙げられる。アミノ酸は、α−アミノ酸、β−アミノ酸、γ−アミノ酸を含み、好ましくは、α−アミノ酸である。親水性のα−アミノ酸としては、セリン、スレオニン、リシン、アスパラギン酸、グルタミン酸等が挙げられる。また、親水性ブロックは、糖鎖やポリエーテル等を有していてもよい。親水性ブロックは、末端(疎水性ブロックとのリンカー部と反対側の末端)に、水酸基等の親水性基を有することが好ましい。
【0025】
(両親媒性ブロックポリマーの構造および合成方法)
両親媒性ポリマーは、親水性ブロック鎖と疎水性ブロック鎖とを結合させたものである。親水性ブロック鎖と疎水性ブロック鎖とは、リンカーを介して結合していてもよい。リンカーとしては、疎水性ブロック鎖の構成単位である乳酸モノマー(乳酸やラクチド)またはポリ乳酸鎖と結合可能な官能基(例えば、水酸基、アミノ基等)と、親水性ブロックの構成単位であるサルコシンモノマー(例えばサルコシンやN−カルボキシサルコシン無水物)またはポリサルコシンと結合可能な官能基(例えばアミノ基)とを有するものが好ましく用いられる。リンカーを適宜に選択することにより、親水性ブロック鎖や疎水性ブロック鎖の分枝構造を制御することができる。
【0026】
両親媒性ブロックポリマーの合成法は、特に限定されず、公知のペプチド合成法、ポリエステル合成法、デプシペプチド合成法等を用いることができる。詳細には、WO2009/148121号(上記特許文献2)等を参照して、両親媒性ブロックポリマーを合成することができる。
【0027】
ゲルの安定性や生分解性、薬剤等の放出挙動を調整するためには、疎水性ブロック鎖におけるポリ乳酸の鎖長や、疎水性ブロック鎖と親水性ブロック鎖の鎖長の比(乳酸単位の数とサルコシン単位の数の比)を調整することが好ましい。ポリ乳酸の鎖長の制御を容易とするためには、両親媒性ブロックポリマーの合成の際に、一端にリンカーが導入されたポリ乳酸を先に合成した後、ポリサルコシンを導入することが好ましい。重合反応における開始剤とモノマーとの仕込み比、反応時間、温度等の条件を調整することにより、ポリサルコシン鎖およびポリ乳酸鎖の鎖長を調整できる。親水性ブロック鎖および疎水性ブロック鎖の鎖長(両親媒性ブロックポリマーの分子量)は、例えばH‐NMRによって確認できる。両親媒性ポリマーの生分解性を高める観点から、重量平均分子量は、10000以下が好ましく、9000以下がより好ましい。本発明に用いられる両親媒性ポリマーは、ゲルの形成促進や、ゲルの安定性向上等の目的で、分子間に化学架橋を形成してもよい。
【0028】
[ゲル組成物]
<オルガノゲル>
上記の両親媒性ポリマーを、有機溶媒と混合することによりオルガノゲルが得られる。オルガノゲルを形成するための有機溶媒としては、両親媒性ポリマーの親水性ブロック鎖を溶解しやすく、疎水性ブロック鎖を溶解し難い溶媒が好ましい。具体的にはポリサルコシンを溶解し、ポリ乳酸を溶解しない有機溶媒が好ましく用いられる。このような有機溶媒を用いることにより、両親媒性ポリマーと有機溶媒との混合下において、両親媒性ポリマーの疎水ブロック部分が凝集し、物理的に架橋したマトリクスが形成されやすくなる。また、このような有機溶媒を用いてオルガノゲルを形成すれば、有機溶媒を除去後のキセロゲルも、疎水性ブロック部分が凝集した構造を取りやすい。そのため、キセロゲルに水または水溶液を接触させた際に、親水性ブロック鎖部分に水が浸透しやすく、オルガノゲルと同様のポリマーマトリクス構造を維持したヒドロゲルが形成されやすくなると考えられる。
【0029】
オルガノゲルの形成に用いられる有機溶媒としては、炭素数1〜6のアルコールが好ましい。中でも、親水性ブロック鎖の溶解性が高く、有機溶媒の除去によるキセロゲルの形成が容易であることから、炭素数1〜4のアルコールが好ましい。好ましい有機溶媒の具体的としては、メタノール、エタノール、プロパノール、2‐プロパノール、ブタノール、2‐ブタノール等が挙げられる。
【0030】
有機溶媒は2種以上を混合して用いてもよい。2種以上の有機溶媒を混合することにより、疎水性ブロック鎖や親水性ブロック鎖の溶解性を調整してもよい。また、溶解性の高い有機溶媒を用いて両親媒性ポリマーを溶解させた後、疎水性ブロック鎖に対する溶解性の低い有機溶媒を加えることにより、疎水性ブロックの凝集による物理架橋を促進し、ゲルのマトリクスを形成することもできる。2種以上の有機溶媒が用いられる場合、少なくとも1種が上記のアルコールであることが好ましい。2種以上のアルコールを用いてもよい。有機溶媒が2種以上の有機溶媒の混合溶媒である場合、有機溶媒全量の50重量%以上が上記のアルコールであることが好ましい。有機溶媒全量に対するアルコールの量は、60重量%以上がより好ましく、70重量%以上がさらに好ましい。
【0031】
両親媒性ポリマーと有機溶媒の比は特に限定されず、両親媒性ポリマーの分子量や、有機溶媒の種類等に応じて、両親媒性ポリマーを溶解または膨潤可能な範囲で設定すればよい。隣接する両親媒性ポリマーの距離を適切に保ち、ゲルの形成を抑制する観点から、有機溶媒の量は、両親媒性ポリマー100重量部に対して、100〜1500重量部が好ましく、200〜1000重量部がより好ましい。オルガノゲル組成物中の両親媒性ブロックポリマーの含有量は、10重量%以上であることが好ましい。
【0032】
オルガノゲルの形成においては、加熱下で、両親媒性ポリマーと有機溶媒とを共存させることにより、両親媒性ブロックポリマーを有機溶媒に溶解または膨潤させて流動性を有する粘性液体を調製した後、粘性液体を冷却する方法が好ましく採用される。加熱によりポリマーの分子運動が活性化されるため、有機溶媒による両親媒性ポリマーの膨潤・溶解が促進される。両親媒性ブロックポリマーの溶液または膨潤物が冷却され、ゲル化点以下になると、疎水性ブロック鎖が物理架橋の形成が促進され、流動性の低い(あるいは流動性を有さない)オルガノゲルが得られる。
【0033】
<キセロゲル>
オルガノゲルから分散媒としての有機溶媒を除去することにより、キセロゲル(乾燥ゲル)が得られる。オルガノゲルからの有機溶媒の除去方法は特に限定されず、非溶媒との接触によりゲルを沈殿させる方法、窒素等のガスによる乾燥、真空乾燥、加熱乾燥、加熱真空乾燥、凍結乾燥、超臨界乾燥等が含まれる。有機溶媒除去の促進等の目的で、オルガノゲルを粉砕して粒子化した後、溶媒の除去を行ってもよい。また、溶媒を除去しながらゲルを粉砕してもよい。
【0034】
有機溶媒の除去の程度は特に限定されないが、湿潤性を有さない固体状になるまで溶媒を除去することが好ましい。キセロゲルにおける分散媒の含有量は、ゲル組成物全量に対して20重量%以下が好ましく、10重量%以下がより好ましく、5重量%以下がさらに好ましい。オルガノゲルからキセロゲルを形成する際に、有機溶媒を十分に除去することにより、キセロゲルから形成されるヒドロゲル中の有機溶媒の含有量を低減させ、生体安全性を高めることができる。
【0035】
<ヒドロゲル>
オルガノゲルまたはキセロゲルを水または水溶液と接触させることにより、ヒドロゲルが得られる。キセロゲルを水または水溶液により湿潤させる方法は、ヒドロゲルの形成が容易であり、かつ残存有機溶媒を低減できるため好ましい。ヒドロゲルを形成するための水溶液としては、注射用蒸留水、生理食塩水、緩衝液等、生化学的、薬学的に許容し得る水溶液が好ましく用いられる。オルガノゲルまたはキセロゲルを生体に投与し、生体内の水分によりゲルを湿潤させてヒドロゲルを調製することもできる。
【0036】
両親媒性ポリマーと水の比は特に限定されず、両親媒性ポリマーの分子量や質量等に応じて、ゲルを湿潤可能な範囲で設定すればよい。また、注射により生体内にヒドロゲルを導入する場合は、ヒドロゲルが注射可能な粘度範囲となるように、水の量を調整すればよい。隣接する両親媒性ブロックポリマーの分子間距離を適切に保ち、ゲルの強度を維持する観点から、ヒドロゲルにおける水の量は、両親媒性ポリマー100重量部に対して、50〜1500重量部が好ましく、100〜1000重量部がより好ましい。ヒドロゲル組成物中の両親媒性ブロックポリマーの含有量は、10重量%以上であることが好ましい。
【0037】
ヒドロゲルを形成後に、水を除去してキセロゲルを形成してもよい。例えば、有機溶媒に不溶の薬剤や、有機溶媒により分解されやすい薬剤等をゲル組成物中に含める場合は、ヒドロゲル中にこれらの薬剤を混合後に、水を除去することにより、薬剤を含有するキセロゲルが得られる。得られたキセロゲルは、そのまま実用に供してもよく、再度、水または水溶液により湿潤させてヒドロゲルとして用いることもできる。
【0038】
生体への毒性や刺激性を低減する観点から、ヒドロゲルは、有機溶媒の含有量が極力少ないことが好ましい。ヒドロゲルの分散媒全体に占める水の割合は、80重量%以上が好ましく、90重量%以上がより好ましく、95重量%以上がさらに好ましく、98重量%以上が特に好ましい。有機溶媒の含有量を低減するために、オルガノゲルからキセロゲルを形成する際の有機溶媒の除去率を高めることが好ましい。また、ヒドロゲルの形成と分散媒の除去によるキセロゲルの形成とを繰り返し行うことによっても、有機溶媒の含有量を低減できる。
【0039】
<組成物を構成する他の成分>
本発明のゲル組成物は、上記両親媒性ポリマーおよび分散媒以外の成分を含有していてもよい。例えば、ゲル組成物に薬剤を含めることができる。薬剤としては、生体に作用し生理的に許容し得るものであれば特に限定されず、抗炎症剤、鎮痛剤、抗生物質、細胞周期阻害剤、局所麻酔剤、血管内皮細胞増殖因子、免疫抑制剤、化学療法剤、ステロイド剤、ホルモン剤、成長因子、向精神薬、抗癌剤、血管新生剤、血管新生阻害剤、抗ウィルス薬、タンパク質(酵素、抗体等)、核酸等が含まれる。薬剤として各種の眼科用薬剤が含まれていてもよい。眼科用薬剤の具体例としては、ブリンゾラミ、ポビドンヨード、塩酸ベタキソロール、塩酸シプロフロキサシン、ナタマイシン、ネパンフェナク、トラボプロスト、フルオロメトロン、ビマトプロスト、酢酸プレドニゾロン、塩酸ジピベフリン、シクロスポリン、エタボン酸ロテプレドノール、ペガプタニブナトリウム、塩酸アゼラスチン、ラタノプロスト、チモロール等が挙げられる。
【0040】
ゲル組成物中に薬剤を含有させる方法は特に限定されず、オルガノゲルやヒドロゲルに薬剤を添加して混合してもよい。薬剤の徐放性に優れるゲル組成物を得るためには、ゲル形成前から系中に薬剤が存在していることが好ましい。特に、ゲル組成物中に水溶性の薬剤を含有させる場合において、ゲル形成前に系中に薬剤が存在すれば、疎水性ブロック部分の物理架橋によるポリマーマトリクスの形成時に、ポリマーマトリクスに分散して存在する親水性部分に、分散媒とともに薬剤が取り込まれやすくなるため、徐放性が向上すると推定される。
【0041】
例えば、両親媒性ブロックポリマーを有機溶媒に溶解または膨潤させて流動性を有する粘性液体を調製した後、粘性液体を冷却する方法によりオルガノゲルを形成する場合、粘性液体を冷却する前の段階から、系中に薬剤が含まれていることが好ましい。粘性液体を冷却する前に系中に薬剤を含有させる方法としては、両親媒性ブロックポリマーと薬剤とをともに有機溶媒に溶解させる方法、事前に薬剤を溶解させた有機溶媒を両親媒性ブロックポリマーと混合する方法、両親媒性ブロックポリマーを有機溶媒に溶解または膨潤させて流動性を有する粘性液体を調製した後、粘性液体に薬剤を添加する方法等が挙げられる。これらの中でも、ゲル組成物中に薬剤を均一に存在させる観点から、両親媒性ブロックポリマーと薬剤とをともに有機溶媒に溶解させる方法が特に好ましい。
【0042】
薬剤を含有するオルガノゲルから溶媒を除去することにより、ポリマーマトリクス中に薬剤を含むキセロゲルが得られる。このキセロゲルを水または水溶液により湿潤させることにより、薬剤を含むヒドロゲルが得られる。また、キセロゲルに薬剤を加えた組成物に、水を加えることにより、薬剤を含有するヒドロゲルを調製することもできる。
【0043】
ゲル組成物中には、薬剤以外の付加的成分が含まれていてもよい。付加的成分としては、各種溶媒、防腐剤、可塑剤、界面活性剤、消泡剤、安定剤、緩衝剤、pH調節剤、浸透圧調整剤、等張化剤等が挙げられる。これらの付加的成分は、ゲル組成物調製のいずれの段階で添加してもよい。
【0044】
[ゲル組成物の用途]
本発明のゲル組成物が薬剤を含む場合、患者に投与するための治療用ゲル組成物として用いることができる。薬剤を含むゲル組成物を生体に投与することにより、徐放製剤として作用させることができる。投与対象は、ヒトまたは非ヒト動物であり得る。
【0045】
後述の実施例6に示すように、本発明のゲル組成物は、ムチンとの相互作用に優れている。ムチンは、糖タンパク質の集合体であり、生体膜表面の至るところで発現する。消化器官や鼻腔、目等の粘膜は全てムチンに覆われているため、ムチンとの相互作用が高い本発明のゲル組成物を生体に投与した場合、ゲル組成物が生体の膜表面に付着して留まる傾向がある。したがって、本発明のゲル組成物は、生体内で作用する徐放製剤として有用である。
【0046】
ゲル組成物の生体への投与方法は特に限定されない。投与方法としては、経粘膜、経口、点眼、経皮、経鼻、筋肉内、皮下、腹腔内、関節内、眼内、小室内、壁内、術中、頭頂内、腹膜内、胸膜内、肺内、髄腔内、胸腔内、気管内、鼓室内、子宮内等が挙げられる。ゲル組成物は、投与対象および方法に応じて適宜の性状に調製され得る。
【0047】
例えば、オルガノゲルおよびヒドロゲルは、粘度を適切に調整すれば、皮下注射により生体に投与してデポ剤として作用させることができる。また、オルガノゲルおよびヒドロゲルは、塗布による投与が可能であるため、経皮投与や経粘膜投与等の形態にも適している。
【0048】
本発明のオルガノゲル組成物は、従来のin situゲル化デポ剤に比べて、薬剤の初期バーストが抑制され、かつ長期の徐放性を維持できる。また、N‐メチルピロリドン等に比べて生体への毒性の低いアルコールを分散媒として使用できるため、生体安全性を高めることができる。本発明のヒドロゲル組成物は、薬剤の初期バーストが抑制され、かつオルガノゲルに比べて生体安全性がさらに高められる。特に、角膜への刺激性がほとんどないため、点眼用眼科薬等の徐放性薬剤として好適である。
【0049】
本発明のゲル組成物は、保存時には分散媒を有さないキセロゲル組成物として保管しておき、生体への適用直前に分散媒を添加して、オルガノゲルやヒドロゲル等の湿潤ゲル組成物とすることが好ましい。ゲル組成物を分散媒不存在下で保存することにより、保存環境下における両親媒性ポリマーの加水分解等が抑制され、生体投与時における薬剤の徐放性を高く維持できる。
【0050】
本発明のゲル組成物は、薬剤徐放性を有するため、ドラッグデリバリーシステム(DDS)のキャリアとしての応用も期待できる。また、ゲル組成物中に、薬剤として蛍光標識剤等のシグナル剤を含めることにより、蛍光イメージングや超音波イメージング、光音響イメージング等の生体イメージングのプローブとしての適用も期待できる。ゲル組成物中に薬剤を含まない場合でも、ゲル組成物を充填剤等として利用できる。本発明のゲル組成物は、医薬用途だけでなく、化粧品、食品、農産業等の分野での応用も期待できる。
【実施例】
【0051】
以下、実施例を示して本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0052】
[合成例:両親媒性ブロックポリマーの合成]
WO2009/148121号に記載の方法を参照して、サルコシン無水物およびアミノ化ポリL−乳酸をモノマー成分として、グリコール酸、O‐(ベンゾトリアゾル‐1‐イル)‐N,N,N’,N’‐テトラメチルウロニウムヘキサフルオロリン酸塩(HATU)およびN,N‐ジイソプロピルエチルアミン(DIEA)を用いて、サルコシン単位78個からなる親水性ブロックとL‐乳酸単位30個からなる疎水性ブロックとを有する直鎖状の両親媒性ブロックポリマー(PLA30−PSar78)を合成した。
【0053】
[実施例1:オルガノゲルの調製]
(作製例1A)
合成例で得られたポリマー500mgに、メタノール(MeOH)2.5mLを添加し、70℃に加温したところ、ポリマーが溶解し、乳白色の溶液が得られた(図1(A)左図)。この溶液を4℃で1時間冷却し、粘性を有する流動性のゲルを得た(図1(A)右図)。
【0054】
(作製例1B)
合成例で得られたポリマー500mgに、エタノール(EtOH)2.5mLを添加し、70℃に加温したところ、ポリマーが溶解し、乳白色の溶液が得られた(図1(B)左図)。この溶液を4℃で1時間冷却し、流動性を有さない白色の湿潤ゲルを得た(図1(B)右図)。
【0055】
(作製例1C)
合成例で得られたポリマー500mgに、2‐ブタノール(2‐BuOH)2.5mLを添加し、90℃に加温したところ、ポリマーが溶解し、淡黄乳白色の溶液が得られた(図1(C)左図)。この溶液を室温で5分間放冷し、流動性を有さない白色の湿潤ゲルを得た(図1(C)右図)。
【0056】
上記作製例1A〜1Cで得られたゲルの微細構造を確認するため、透過型電子顕微鏡(TEM)による観察を行った。図2はメタノールを用いたゲル(作製例1A)のTEM観察像である。図3はエタノールを用いたゲル(作製例1B)のTEM観察像であり、(a)は低倍率、(b)は高倍率の観察像である。図2および図3に示すように、メタノールおよびエタノールを用いたゲルでは、幅数十nm、長さ1μm程度の繊維状の構造物が連なった構造が確認された。
【0057】
図4は、2‐ブタノールを用いたゲル(作製例1C)のTEM観察像である。図4(a)に示すように、2‐ブタノールを用いたゲルでは、棒状の構造物が凝集してゲルが形成されていた。図4(b)および(c)は、遊離した構造物のTEM観察像であり、幅数百nm、長さ数μmの棒状の構造物が確認された。
【0058】
[実施例2:オルガノゲルの薬剤徐放性試験]
<試料の調製>
(作製例2A)
作製例1Aと同様にポリマーをメタノールに溶解し、フルオレセインイソチオシアネート標識デキストラン(FITC‐デキストラン)2.5mgを添加した後、冷却を行い、流動性を有するオルガノゲルを調製した。
【0059】
(作製例2B)
作製例1Bと同様にポリマーをエタノールに溶解し、FITC‐デキストラン2.5mgを添加した後、冷却を行い、流動性を有さないオルガノゲルを調製した。
【0060】
(作製例2C)
作製例1Cと同様にポリマーを2−ブタノールに溶解し、FITC‐デキストラン2.5mgを添加した後、室温で放冷し、流動性を有さないオルガノゲルを調製した。
【0061】
(作製例2D:PLGAを用いた溶液の調製(比較例))
重量平均分子量約5000のPLGA(L‐乳酸とグリコール酸のモル比1:1のランダム共重合体)500mgに、溶媒としてN‐メチルピロリドン(NMP)611mgを添加して溶解した後、FITC‐デキストラン2.5mgを添加して、溶液を得た。
【0062】
(作製例2E:ポリマーミセル含有組成物の調製(比較例))
合成例で得られたポリマーをクロロホルムに溶解して、2mg/mLのポリマー溶液を得た。このポリマー溶液をガラス製の試験管に入れ、エバポレーターを用いて溶媒を減圧留去することにより、試験管の壁面にポリマーフィルムを形成させた。さらに、室温で終夜真空乾燥を行った後、試験管内に蒸留水を加えて、温度85℃で20分間加熱処理を行い、蒸留水中に、両親媒性ポリマーミセルからなるナノ粒子(平均粒子径:35nm)を析出させた。得られた分散液を凍結乾燥して、ナノ粒子の白色粉体を得た。このナノ粒子500mgに、FITC‐デキストラン2.5mgを添加して、ポリマーミセルとFITC‐デキストランの混合物を得た。
【0063】
<徐放性試験>
上記の作製例2A〜2Eで得られた組成物のそれぞれに、10mLの蒸留水を加え、容器を軽く振とうした。各試料から蒸留水中へのFITC‐デキストランの溶出量を求めるために、上清の水溶液をマイクロピペットで採取し、50倍に希釈して蛍光スペクトルを測定し、波長521nmにおける蛍光強度を求めた。参照試料として、FITC‐デキストラン2.5mgを10mLの蒸留水に溶解した溶液を用意し、蛍光スペクトルから波長521nmにおける蛍光強度を求めた。参照試料の蛍光強度に対する各試料の蛍光強度の比を、溶出率(%)とした。
【0064】
各試料および参照試料を室温で静置し、1日ごとに各試料の上清を採取して、蛍光測定を行い、参照試料に対する溶出率を求めた。溶出率の経日変化を図5(A)に示す。図5(B)は、蒸留水添加直後(0日後)の溶出率を1とした溶出量の経日変化を表している。
【0065】
作製例2Eのポリマーミセル含有組成物は、0日目の溶出率が89%であり、その後も溶出率に変化はみられなかった(データ不図示)。この結果から、両親媒性ポリマーのミセルは、FITC‐デキストランの吸蔵性が乏しく、蒸留水添加直後に、組成物中のほぼ全てのFITC‐デキストランが溶出してしまい、ポリマーミセルからの徐放性は期待できないことが分かる。
【0066】
図5(A)に示す結果から、ポリマーマトリクスとしてPLGAを用いた作製例2D(PLGA/NMP)は、2日後に溶出率が約50%まで増加し、その後は溶出率の増加がみられず、溶出率が飽和していることが分かる。これに対して、合成例の両親媒性ブロックポリマーをマトリクスとするゲル組成物は、メタノールを溶媒とする作製例2A(PLA−PSar/MeOH)で10日目、エタノールを溶媒とする作製例2B(PLA−PSar/EtOH)で25日目、2‐ブタノールを溶媒とする作製例2C(PLA−PSar/2‐BuOH)で31日目まで溶出率の増加がみられた。また、作製例2A〜2Cのいずれも、作製例2Dに比べて、飽和時の溶出率が高い値を示した。
【0067】
図5(B)に示す結果から、作製例2DのPLGA/NMP溶液では、飽和放出量が初日の放出量に対して約4倍であったのに対して、作製例2Bのエタノールゲルでは、飽和放出量が初日の放出量に対して約10倍、作製例2Cの2−ブタノールゲルでは、飽和放出量が初日の放出量に対して約18倍であり、優れた徐放性を有することが分かる。
【0068】
[実施例3:ヒドロゲルの作製]
(作製例3A〜3C)
上記作製例1A〜1Cと同様の条件で調製したオルノゲルをデシケータにセットし、一晩(約12時間)減圧乾燥したところ、溶媒が除去されたゲルの乾燥物(キセロゲル)が得られた(図6A)。それぞれのキセロゲルに2.5mLの蒸留水を加え、室温で4時間静置したところ、ゲルが湿潤し、ヒドロゲルが得られた(図6B)。
【0069】
(作製例3D(比較例))
重量平均分子量約20000のPLGA(L‐乳酸とグリコール酸のモル比3:1のランダム共重合体)500mgに、溶媒としてN‐メチルピロリドン(NMP)611mgを添加した溶液を調製した。この溶液をデシケータにセットし、一晩減圧乾燥した後、2.5mLの蒸留水を加えたところ、ポリマーが固化し、ヒドロゲルは得られなかった。
【0070】
[実施例4:ヒドロゲルの徐放性試験]
<試料の調製>
(作製例4A〜4C)
上記作製例3A〜3Cと同様の条件でキセロゲルを調製し、2.5mgのFITC‐デキストランを溶解した2.5mLの蒸留水を加えて、FITC‐デキストラン含有ヒドロゲルを作製した。
【0071】
(作製例4D(比較例))
上記作製例3Dと同様の条件で、PLGA/MNP溶液を調製した後、FITC‐デキストラン2.5mgを添加して、溶液を得た。
【0072】
(徐放性試験)
上記作製例4A〜4Cで得られたFITC‐デキストラン含有ヒドロゲル、および作製例4Dで得られたFITC‐デキストラン含有PLGA溶液を試料として、実施例2と同様の徐放性試験を行った。溶出率の経日変化を図7に示す。
【0073】
図7に示す結果から、PLGAでは1日目に溶出率が70%を超えていたのに対して、オルガノゲルの乾燥および水による湿潤により得られた作製例4A〜4Cのヒドロゲルは、いずれも3日目まで溶出率が増加しており、徐放性に優れていることが分かる。
【0074】
[実施例5:角膜モデルを用いた刺激性試験]
試験物質として、上記作製例3A〜3Cと同様の条件で作製したヒドロゲル(メタノールゲル、エタノールゲル、および2‐ブタノールゲルのそれぞれから調製したもの)、PLGA500mgにNMP611mgを添加した溶液、NMP、および蒸留水(陰性参照)を準備した。ヒト正常角膜上皮細胞から培養した3次元培養角膜上皮モデル(J-TEC、LabCyte CORNEA-MODEL)を用いて、標準プロトコールに従い、50μLの試験物質への暴露試験を行った。WST-8アッセイキット(同仁化学、製品コード:CK04)を用いて、暴露試験後の試料のWST-8アッセイを行い、プレートリーダー(TECAN、Infinite 200Pro)によりOD値を測定し、陰性対照(蒸留水)に対する相対生存率(生細胞率)を算出した。結果を図8に示す。
【0075】
図8に示す結果から、PLGAのNMP溶液は生細胞率が約20%であり、溶媒であるNMPと同様に角膜への刺激性が強いことが分かる。これに対して、両親媒性ポリマーのヒドロゲル(メタノールゲル、エタノールゲル、および2‐ブタノールゲルのそれぞれから調製したもの)は、いずれも高い生細胞率を示した。
【0076】
実施例4および実施例5の結果から、両親媒性ポリマーをマトリクスとするヒドロゲルは、徐放性に優れ、かつ生体刺激性が低く、生体への適用を目的とした徐放性製剤に好適な材料であることが分かる。
【0077】
[実施例6:ムチンとの相互作用の確認]
上記作製例3Bと同様の条件で作製したヒドロゲル(エタノールゲルから調製したもの、ポリマー濃度100mg/mL)を用い、QCM−A法による重量変化から、ムチンとゲルとの相互作用を確認した。比較対象としてジェランガムベースのヒドロゲル(ポリマー濃度100mg/mL)を用いた。なお、ジェランガムは、眼球表面でゲル化して滞留する性質を有する多糖類であり、徐放型点眼剤等に用いられている成分である。
【0078】
<測定用セルの調製>
(ムチン結合センサーセルの調製)
金電極を備えるQCMセンサーセルをQCM装置にセットし、センサグラムによるモニタリングを開始後、セル内に500μLのリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を添加した。撹拌子付きセルカバーを装着し、センサグラムが安定した後、PBSで希釈した10mg/mLのムチン溶液を5μL添加した(ムチン終濃度:100μg/mL)。センサグラムで重量の増加(金表面へのムチンの結合)を確認した後、QCM装置からセルを取り外し、PBSを廃棄して、セル内を蒸留水で複数回洗浄した。
【0079】
(参照用セルの調製)
QCMセンサーセル内に500μLのPBSを添加して撹拌した後、ムチン溶液の添加を行わずにPBSを廃棄して、セル内を蒸留水で複数回洗浄した。
【0080】
<実施例6A:ムチンへの吸着試験>
ムチン結合センサーセルをQCM装置にセットし、セル内に500μLのPBSを添加した後、センサグラムによるモニタリングを開始した。PBSにヒドロゲル10μLを添加し、ムチンへの吸着をモニタリングした。
【0081】
<実施例6B:ムチンからの解離試験>
(ヒドロゲルの吸着のモニタリング)
ムチン結合センサーセルおよび参照用セルの電極表面に、ヒドロゲル10μLをロードした。ゲルをロード後のセルをQCM装置にセットし、セル内に500μLのPBSを添加した後、撹拌子付きセルカバーを装着した。センサグラムが安定した後に撹拌を開始し、表面からのゲルの解離をモニタリングした(撹拌開始を時間0とした)。
【0082】
<評価結果>
実施例6A(吸着試験)のセンサグラムを図9に示す。実施例6B(解離試験)のセンサグラムを図10Aに示す。また、実施例6Bの参照用セルのセンサグラムとムチン吸着セルのセンサグラムとの差をとったものを図11に示す。
【0083】
図9において、ジェランガムの吸着試験ではセンサグラムの変化がほとんどみられず、ジェランガムはムチンにはほとんど吸着していないことが分かる。一方、両親媒性ポリマー(PLA−PSar)のヒドロゲルは、PBSへの添加直後から約50秒間、急激なセンサグラムの変化(重量増加)を示し、その後も緩やかな変化を示した。これらの結果から、両親媒性ポリマーのヒドロゲルは、ムチンに対する高い吸着力を有することが分かる。
【0084】
図10において、金表面からのジェランガムの解離試験では、センサグラムの変化はほとんどみられなかった。ムチンからのジェランガムの解離試験では、撹拌開始直後にわずかに解離が認められたが、その後センサグラムに変化はみられなかった。金表面からの両親媒性ポリマーのヒドロゲルの解離試験では、撹拌開始直後に急速なゲルの解離がみられた。一方、ムチン表面からの解離試験では、撹拌開始から100秒付近までは緩やかな解離がみられたが、その後はセンサグラムの減少が確認された。センサグラムの減少(重量の増加)は、ムチンに吸着したヒドロゲルが吸水したためであると考えられる。
【0085】
図11のグラフは、ムチン結合センサーセルを用いた試験と参照用セル(金表面)を用いた試験との差を表しており、ムチンへの結合特異性を表している。ジェランガムは、金表面からの解離とムチンからの解離が同程度であることから、ジェランガムとムチンとの相互作用は、ジェランガムと金との相互作用と同程度であると考えられる。一方、両親媒性ポリマーのヒドロゲルは、金表面からは解離しやすいのに対して、ムチンからの解離速度が小さく、ムチンとの特異的な相互作用を有していることが分かる。
【0086】
これらの結果から、本発明のゲルは、ムチンに吸着しやすく、かつ吸着後はムチンとの相互作用により解離し難いことが分かる。すなわち、本発明のゲルを生体に投与した場合には、生体膜表面を覆うムチンにゲルが付着して膜表面に留まることが示唆された。したがって、本発明のゲルは、生体への適用に優位であるといえる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6A
図6B
図7
図8
図9
図10
図11