(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記複合焼結体の熱伝導率をX(W/m・K)と表し、前記複合焼結体における前記立方晶窒化硼素粒子の体積含有率をY(体積%)と表した場合、X/Yは1.2以上である請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の表面被覆窒化硼素焼結体工具。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明者らは、靱性および強度に優れた複合焼結体を含む工具を用いて焼入鋼の加工等を行えば、複合焼結体の欠損を防止できる、と考えた。ここで、「複合焼結体の欠損を防止できる」とは、複合焼結体において亀裂が発生かつ伝搬し難いことを意味する。
【0012】
複合焼結体では、結合材の方がcBNよりも低強度である。そのため、亀裂は、結合材粒子が凝集して存在している領域(結合相)において発生し易く、結合相内を伝播し易い。本発明者らは、cBN粒子の粒径を小さくすれば、cBN粒子が複合焼結体において均一に分散するので、複合焼結体における結合材粒子の凝集を防止できるのではないかと考えた。
【0013】
ところで、cBNは高温での熱処理などにおいてTiを含む結合材(たとえばTiNまたはTiCN等)と反応してTiB
2を生成するということが知られている。cBN粒子の粒径が小さすぎると、cBN粒子が上記反応によって消滅してTiB
2粒子となると推定される。ここで、TiB
2は、Tiを含む結合材よりも低強度である。以上より、cBN粒子の粒径が小さすぎると、複合焼結体では低強度領域が却って拡大することとなるので、複合焼結体の強度が低下する。また、cBN粒子の粒径が小さければ、複合焼結体の靱性の低下を引き起こす。
【0014】
一方、cBN粒子の粒径が大きければ、複合焼結体の靱性を高めることができるので、複合焼結体における亀裂の伝播を防止できる。しかし、cBN粒子の粒径が大きすぎると、cBN粒子が複合焼結体において分散し難くなり、その結果、複合焼結体における結合材粒子の凝集を引き起こす。
【0015】
本発明者らは、以上を踏まえ鋭意検討したところ、cBN粒子の粒度分布を最適化すれば、焼入鋼の加工等を行った場合であっても複合焼結体の欠損を防止できることを見出した。
【0016】
また、被覆層と複合焼結体とが強固に接合されていなければ(被覆層と複合焼結体との密着力が小さければ)、切削時に膜剥離または異常摩耗が発生する。本発明者らは、多くの実験を繰り返し行った結果、複合焼結体におけるcBN粒子の粒度分布と被覆層の組成とが上記密着力(被覆層と複合焼結体との密着力)と相関関係にあることを見出した。以下、具体的に示す。
【0017】
[本発明の実施形態の説明]
最初に本発明の実施態様を列記して説明する。
【0018】
[1]本発明の一態様に係る表面被覆窒化硼素焼結体工具は、少なくとも切れ刃部分が複合焼結体と複合焼結体の表面上に設けられた被覆層とを含む。複合焼結体は、立方晶窒化硼素粒子と結合材粒子とを含む。立方晶窒化硼素粒子は、複合焼結体に45体積%以上80体積%以下含まれる。複合焼結体の少なくとも一断面における立方晶窒化硼素粒子の粒度分布を、横軸を所定の粒径範囲で区分し、縦軸を各粒径範囲の粒子が占める個数の割合とする第1粒度分布曲線で示す場合において、第1粒度分布曲線は、粒径が0.1μm以上0.7μm以下である範囲に1つ以上のピークを有する。複合焼結体の少なくとも一断面における立方晶窒化硼素粒子の粒度分布を、横軸を所定の粒径範囲で区分し、縦軸を各粒径範囲の粒子が占める面積の割合とする第2粒度分布曲線で示す場合において、第2粒度分布曲線は、粒径が2.0μm以上7.0μm以下である範囲にピーク高さが最大である第1ピークを有する。第2粒度分布曲線において、粒径が0.1μm以上0.7μm以下である範囲の積分値をI
oと表し、全範囲の積分値をI
tと表した場合、積分値比(I
o/I
t×100)は、1以上20以下である。被覆層は、複合焼結体の表面に接するA層と、A層の上に設けられたB層とを含む。A層は、Al
1-sCr
sN(0.2≦s≦0.9)からなる。B層は、Ti
1-tAl
tN(0.3≦t≦0.8)からなる。A層の厚さは、0.05μm以上0.5μm以下である。B層の厚さは、0.2μm以上5μm以下である。被覆層全体の厚さは、0.3μm以上7μm以下である。
【0019】
この表面被覆窒化硼素焼結体工具では、複合焼結体においてcBN粒子の粒度分布が上記のように最適化されているので、複合焼結体の靱性および強度を高めることができ、よって、複合焼結体の耐欠損性を高めることができる。それだけでなく、被覆層が上記のように構成されているので、被覆層と複合焼結体との密着力を高めることができ、よって、切削時における膜剥離および異常摩耗の発生を抑制できる。したがって、被削材の加工面の面粗度を改善することができる。以上より、この表面被覆窒化硼素焼結体工具を用いて焼入鋼の加工等を行った場合には、複合焼結体の欠損を防止でき、且つ、切削時における膜剥離および異常摩耗の発生を防止できるので、工具寿命の安定化および長期化を実現できる。
【0020】
[2]上記立方晶窒化硼素粒子は、複合焼結体に65体積%以上75体積%以下含まれていることが好ましい。積分値比(I
o/I
t×100)は、1以上7以下であることが好ましい。これにより、複合焼結体の強度をさらに高めることができる。
【0021】
[3]複合焼結体のX線回折スペクトルにおいて、立方晶窒化硼素粒子の(111)面に帰属されるピークのピーク高さI
cBNに対するTiB
2の(101)面に帰属されるピークのピーク高さI
TiB2のピーク高さ比(I
TiB2/I
cBN×100)が10以上25以下であることが好ましい。このような複合焼結体では、TiB
2の生成量が少なく抑えられていると考えられるので、低強度領域の拡大をさらに防止できる。
【0022】
[4]上記結合材粒子は、50nm以上500nm以下の平均粒径を有することが好ましい。これにより、靱性および強度がさらに優れた複合焼結体を提供できる。
【0023】
[5]複合焼結体の熱伝導率をX(W/m・K)と表し、複合焼結体における立方晶窒化硼素粒子の体積含有率をY(体積%)と表した場合、X/Yは1.2以上であることが好ましい。これにより、複合焼結体においてクレーター摩耗の発生が抑制されるので、複合焼結体の刃先の強度を維持することができる。
【0024】
[本発明の実施形態の詳細]
以下、本発明の実施形態(以下「本実施形態」と記す)についてさらに詳細に説明する。
【0025】
<表面被覆窒化硼素焼結体工具の構成>
本実施形態の表面被覆窒化硼素焼結体工具の少なくとも切れ刃部分は、cBN粒子と結合材粒子とを含む複合焼結体と、複合焼結体の表面上に設けられた被覆層とを含む。
【0026】
本実施形態の表面被覆窒化硼素焼結体工具では、cBN粒子は、複合焼結体に45体積%以上80体積%以下含まれている。cBN粒子が複合焼結体に45体積%以上含まれていれば、複合焼結体の強度を高めることができる。cBN粒子が複合焼結体に80体積%以下含まれていれば、複合焼結体における結合材粒子の体積含有率を確保できるので、結合材粒子によるcBN粒子同士の結合力を確保できる。よって、複合焼結体の強度を高めることができる。
【0027】
図1は、本実施形態の表面被覆窒化硼素焼結体工具に含まれる複合焼結体の第1粒度分布曲線を模式的に示すグラフである。本実施形態の表面被覆窒化硼素焼結体工具では、複合焼結体の少なくとも一断面におけるcBN粒子の粒度分布を、横軸を所定の粒径範囲で区分し、縦軸を各粒径範囲の粒子が占める個数の割合とする第1粒度分布曲線L1で示す場合において、cBN粒子の第1粒度分布曲線L1は、粒径が0.1μm以上0.7μm以下である範囲に1つ以上のピークAを有する。これにより、複合焼結体では、cBN粒子が均一に分散されるので、結合材粒子の凝集を防止でき、よって、低強度領域の拡大を防止できる。また、複合焼結体では、cBN粒子とTiを含む結合材粒子との反応が起こった場合であってもcBN粒子の消滅を防止でき、このことからも、低強度領域の拡大を防止できる。以上より、複合焼結体における亀裂の発生を防止できる。
【0028】
図2は、本実施形態の表面被覆窒化硼素焼結体工具に含まれる複合焼結体の第2粒度分布曲線を模式的に示すグラフである。本実施形態の表面被覆窒化硼素焼結体工具では、複合焼結体の少なくとも一断面におけるcBN粒子の粒度分布を、横軸を所定の粒径範囲で区分し、縦軸を各粒径範囲の粒子が占める面積の割合とする第2粒度分布曲線L2で示す場合において、cBN粒子の第2粒度分布曲線L2は、粒径が2.0μm以上7.0μm以下である範囲にピーク高さが最大である第1ピークBを有する。これにより、複合焼結体では粗粒のcBN粒子が多く存在するので、亀裂が複合焼結体において発生した場合であっても粗粒のcBN粒子によって亀裂の伝播が防止される。cBN粒子の第2粒度分布曲線L2において、第1ピークBが、粒径が7.0μmよりも大きな範囲に現れている場合には、複合焼結体では、cBN粒子が却って分散し難くなるので、結合材粒子が凝集し易くなり、よって、低強度領域が拡大し易い。cBN粒子の第2粒度分布曲線L2において、第1ピークBが、粒径が2.0μmよりも小さな範囲に現れている場合には、亀裂の伝播が防止されず、欠損寿命が短くなる。
【0029】
本実施形態の表面被覆窒化硼素焼結体工具では、第2粒度分布曲線L2において、粒径が0.1μm以上0.7μm以下である範囲の積分値をI
oと表し、全範囲の積分値をI
tと表した場合、積分値比(I
o/I
t×100)は、1以上20以下である。これにより、複合焼結体において微粒のcBN粒子の含有量を確保できるので、結合材粒子の凝集を防止でき、よって、低強度領域の拡大を防止できる。
【0030】
本実施形態の表面被覆窒化硼素焼結体工具では、複合焼結体においてcBN粒子の粒度分布が上記のように最適化されているので、複合焼結体の強度を高めることができるとともに、複合焼結体における亀裂の発生および亀裂の伝播を防止できる。つまり、本実施形態では、複合焼結体の靱性および強度を高めることができる。よって、複合焼結体の耐欠損性を高めることができる。
【0031】
また、本実施形態の表面被覆窒化硼素焼結体工具では、上記の複合焼結体の表面上には被覆層が設けられており、その被覆層は、複合焼結体の表面に接するA層とA層の上に設けられたB層とを含む。A層は、Al
1-sCr
sN(0.2≦s≦0.9)からなる。B層は、Ti
1-tAl
tN(0.3≦t≦0.8)からなる。A層の厚さは、0.05μm以上0.5μm以下である。B層の厚さは、0.2μm以上5μm以下である。被覆層全体の厚さは、0.3μm以上7μm以下である。被覆層がこのような構成を有しているので、被覆層と複合焼結体との密着力を高めることができ、よって、切削時における膜剥離および異常摩耗の発生を抑制できる。したがって、被削材の加工面の面粗度を改善することができる。
【0032】
以上より、本実施形態の表面被覆窒化硼素焼結体工具を用いて焼入鋼の加工等を行った場合には、複合焼結体の欠損を防止でき、また、切削時における膜剥離および異常摩耗の発生を防止できる。よって、工具寿命の安定化および長期化を実現できる。
【0033】
なお、本実施形態の表面被覆窒化硼素焼結体工具は、上記のような基本的構成を有するので、焼結合金や難削鋳鉄の機械加工(たとえば切削加工)または焼入鋼の加工において特に有効に用いることができる他、これら以外の一般的な金属の各種加工においても好適に用いることができる。
【0034】
<複合焼結体の構成>
本実施形態の複合焼結体は、cBN粒子と結合材粒子とを含む。このような複合焼結体は、cBN粒子および結合材粒子を含む限り他の成分を含んでいてもよく、また使用する原材料や製造条件等に起因する不可避不純物(たとえばTiB
2)を含み得る。また、本実施形態の複合焼結体では、cBN粒子同士が連なって連続構造を形成していても良いし、結合材粒子同士が連なって連続構造を形成していても良い。
【0035】
<cBN粒子>
cBN粒子は、複合焼結体に45体積%以上80体積%以下含まれており(上記)、好ましくは複合焼結体に65体積%以上75体積%以下含まれている。cBN粒子が複合焼結体に65体積%以上75体積%以下含まれていれば、複合焼結体の強度をさらに高めることができる。
【0036】
本明細書では、複合焼結体におけるcBN粒子の体積含有率は、次に示す方法にしたがって求められたものである。まず、複合焼結体を鏡面研磨し、任意の領域の複合焼結体組織の反射電子像を走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope、以下では「SEM」と記す)にて2000倍で写真撮影する。このとき、cBN粒子は黒色領域となり、結合材粒子は灰色領域または白色領域となる。次に、撮影された複合焼結体組織の写真からcBN粒子と結合材粒子とを画像処理により2値化し、cBN粒子の占有面積を求める。求められたcBN粒子の占有面積を以下に示す式に代入すれば、複合焼結体におけるcBN粒子の体積含有率が求まる。
(複合焼結体におけるcBN粒子の体積含有率)=(cBN粒子の占有面積)÷(撮影された複合焼結体組織全体の面積)×100。
【0037】
<cBN粒子の第1粒度分布曲線および第2粒度分布曲線>
cBN粒子の第1粒度分布曲線L1は、粒径が0.1μm以上0.7μm以下である範囲に1つ以上のピークAを有する(上記)。また、cBN粒子の第2粒度分布曲線L2は、粒径が2.0μm以上7.0μm以下である範囲にピーク高さが最大である第1ピークBを有する(上記)。さらに、第2粒度分布曲線L2において、積分値比(I
o/I
t×100)は、1以上20以下であり(上記)、好ましくは1以上7以下である。積分値比(I
o/I
t×100)が1以上7以下であれば、複合焼結体において粗粒のcBN粒子の含有量をさらに確保できるので、複合焼結体の強度をさらに高めることができる。
【0038】
本明細書では、複合焼結体のcBN粒子の第1粒度分布曲線L1および第2粒度分布曲線L2は、次に示す方法にしたがって求められたものである。まず、集束イオンビーム装置(FIB:Focused Ion Beam system)またはクロスセクションポリッシャー装置(CP:Cross section Polisher)などを用いて、観察用サンプルを作製する。SEMを用いて500倍の倍率で観察用サンプル全体を観察する。cBN粒子が平均的に分散している視野(領域)を選び、その領域を2000倍の倍率でさらに観察する。
【0039】
次に、選択された領域のSEM画像から、cBN粒子と結合材粒子とを画像処理により2値化する。なお、上記SEM画像では、cBN粒子は黒色領域となり、結合材粒子は灰色領域または白色領域となる。また、cBN粒子同士が接触したことにより黒色領域が連続して観察された箇所については、画像処理によって分離させる。
【0040】
続いて、画像解析ソフトを用いてcBN粒子1個あたりの面積から円相当径(cBN粒子の形状がその面積を有する円であると仮定した場合におけるその円の直径)を計算し、第1粒度分布曲線(第1粒度分布曲線では、縦軸を各粒径範囲の粒子が占める個数の割合としている)を作成する。このとき、第1粒度分布曲線の横軸を、Log
10(cBN粒子の粒径)が約0.037の間隔となる間隔で区分する。その後、算出された円相当径から面積を計算し、第2粒度分布曲線(第2粒度分布曲線では、縦軸を各粒径範囲の粒子が占める面積の割合としている)を作成する。
【0041】
本明細書では、「ピーク」には、頂点(極大値)を1個しか有さないピーク(単峰性形状を有するピーク)だけでなく、n(nは整数)個の頂点と(n−1)個の谷部(極小値)とを有するピーク(複峰性形状を有するピーク)も含まれる。
【0042】
第1ピークBが複峰性形状を有する場合、「第2粒度分布曲線は、粒径が2.0μm以上7.0μm以下である範囲にピーク高さが最大である第1ピークを有」するとは、cBN粒子の第2粒度分布曲線L2において、第1ピークBに含まれる2個以上の頂点のうちのいずれか1個の頂点におけるピーク高さが最大であることを意味する。
【0043】
また、「第2粒度分布曲線は、粒径が2.0μm以上7.0μm以下である範囲にピーク高さが最大である第1ピークを有」するとは、第1ピークBに含まれる頂点が、粒径が2.0μm以上7.0μm以下である範囲に現れていることを意味するのであって、第1ピークBの裾野の一部が、粒径が2.0μm未満の範囲または粒径が7.0μmよりも大きな範囲へ伸びている場合も含む。
【0044】
cBN粒子の第1粒度分布曲線L1において、「ピーク高さ」とは、ピークAに含まれる頂点における縦軸の値を意味する。cBN粒子の第2粒度分布曲線L2において、「ピーク高さ」とは、第1ピークBに含まれる頂点における縦軸の値を意味する。
【0045】
粒径が0.1μm以上0.7μm以下である範囲の積分値I
oは、粒径が0.1μm以上0.7μm以下である範囲において、cBN粒子の第2粒度分布曲線L2とcBN粒子の第2粒度分布の横軸とで囲まれる部分の面積を意味する。同様に、全範囲の積分値I
tは、cBN粒子の第2粒度分布曲線L2とcBN粒子の第2粒度分布の横軸とで囲まれる部分の面積を意味する。たとえば
図2に示す場合には、全範囲の積分値I
tは、粒径が点XにおけるcBN粒子の粒径以上点YにおけるcBN粒子の粒径以下である範囲において、cBN粒子の第2粒度分布曲線L2とcBN粒子の第2粒度分布の横軸とで囲まれる部分の面積を意味する。ここで、点Xおよび点Yは、いずれも、cBN粒子の第2粒度分布曲線L2とcBN粒子の第2粒度分布の横軸との交点である。積分値I
oおよび積分値I
tの求め方は特に限定されない。
【0046】
cBN粒子の第1粒度分布曲線L1は、粒径が0.1μm未満である範囲、または、粒径が0.7μmよりも大きな範囲に、1つ以上のピークをさらに有していても良い。本実施形態では、このようなピークがcBN粒子の第1粒度分布曲線L1に現れていても、何ら左右されることなく上記効果を得ることができる。
【0047】
また、cBN粒子の第2粒度分布曲線L2は、粒径が0.7μmよりも大きく2.0μm未満である範囲に、1つ以上のピークをさらに有していても良い。また、ピーク高さが十分低いのであれば、cBN粒子の第2粒度分布曲線L2は、粒径が0.1μm未満である範囲に1つ以上のピークをさらに有していても良いし、粒径が7μmよりも大きい範囲に1つ以上のピークをさらに有していても良い。本実施形態では、このようなピークがcBN粒子の第2粒度分布曲線L2に現れていても、何ら左右されることなく上記効果を得ることができる。
【0048】
<結合材粒子>
結合材粒子は、cBN粒子同士を互いに結合する作用を示すものであれば特に限定されず、複合焼結体の結合材粒子として知られる従来公知の組成の結合材粒子をいずれも採用できる。結合材粒子は、たとえば、元素の周期表の第4族元素(Ti、ZnまたはHf等)、第5族元素(V、NbまたはTa等)および第6族元素(Cr、MoまたはW等)のうちの少なくとも1つの元素と、C、N、B及びOのうちの少なくとも1つの元素とを含む化合物からなる粒子、かかる化合物の固溶体からなる粒子、または、アルミニウム化合物からなる粒子であることが好ましい。結合材粒子は、上記化合物、上記化合物の固溶体、および、アルミニウム化合物のうちの2種以上からなる粒子であっても良い。
【0049】
結合材粒子は、50nm以上500nm以下の平均粒径を有することが好ましい。結合材粒子が50nm以上の平均粒径を有していれば、結合材粒子によるcBN粒子同士の結合力を確保できるので、複合焼結体の強度をさらに高めることができる。結合材粒子が500nm以下の平均粒径を有していれば、複合焼結体では、低強度領域の拡大をさらに防止できるので、亀裂の発生および亀裂の伝搬をさらに防止できる。以上より、結合材粒子が50nm以上500nm以下の平均粒径を有していれば、複合焼結体の靱性および強度がさらに向上するので、焼入鋼の加工等を行った場合であっても複合焼結体の欠損をさらに防止できる。
【0050】
本明細書では、結合材粒子の平均粒径は、次に示す方法にしたがって求められたものである。具体的には、cBN粒子の第1粒度分布曲線および第2粒度分布曲線を求める方法と同様の方法にしたがって、観察用サンプルを作製する。次に、SEMを用いて低倍率で観察用サンプル全体を観察し、得られたSEMの反射電子像から結合材粒子が平均的に分散している箇所を選び、その箇所を50000倍の倍率でさらに観察する。得られた画像からcBN粒子と結合材粒子とを画像処理により2値化し、その後、画像解析ソフトを用いて、結合材粒子1個あたりの面積から円相当径(結合材粒子がその面積を有する円であると仮定した場合におけるその円の直径)を計算する。算出された円相当径の平均値が結合材粒子の平均粒径となる。
【0051】
<複合焼結体のX線回折スペクトル>
複合焼結体のX線回折スペクトルでは、cBN粒子の(111)面に帰属されるピークのピーク高さI
cBNに対するTiB
2(複合焼結体に含まれる不可避不純物の一例)の(101)面に帰属されるピークのピーク高さI
TiB2のピーク高さ比(I
TiB2/I
cBN×100)が、10以上25以下であることが好ましい。ピーク高さ比(I
TiB2/I
cBN×100)が25以下であれば、cBN粒子とTiを含む結合材粒子との反応によるTiB
2の生成量が少なく抑えられていると考えられる。よって、このような複合焼結体では、低強度領域の拡大をさらに防止できるので、亀裂の発生および伝播をさらに防止できる。ピーク高さ比(I
TiB2/I
cBN×100)が10以上であれば、CBN粒子と結合材粒子との間に発生したTiB
2がこれらの粒子間の結合力を高めるので、複合焼結体の耐欠損性がさらに向上する。以上より、ピーク高さ比(I
TiB2/I
cBN×100)が10以上25以下であれば、焼入鋼の加工等を行った場合であっても、複合焼結体の欠損をさらに防止できる。より好ましくは、ピーク高さ比(I
TiB2/I
cBN)は15以上20以下である。
【0052】
本明細書では、複合焼結体のX線回折スペクトルは、X線回折装置を用いて、以下に示す条件で測定されたものである。
X線光源:Cu−Kα線(波長が1.54060Å)
スキャンステップ:0.02°
走査軸:2θ
走査範囲:20°〜60°。
【0053】
cBN粒子の(111)面に帰属されるピークが複峰性形状を有する場合、「cBN粒子の(111)面に帰属されるピークのピーク高さI
cBN」とは、そのピークに含まれる複数の頂点のうち、その高さが最も高くなる頂点におけるピーク高さを意味する。同様に、TiB
2の(101)面に帰属されるピークが複峰性形状を有する場合、「TiB
2の(101)面に帰属されるピークのピーク高さI
TiB2」とは、そのピークに含まれる複数の頂点のうち、その高さが最も高くなる頂点におけるピーク高さを意味する。また、複合焼結体のX線回折スペクトルにおいて、「ピーク高さ」とは、ピークに含まれる頂点における回折強度の大きさを意味する。
【0054】
複合焼結体のX線回折スペクトルにおいて、ピークの裾野における縦軸の値が正の値を示す場合、上記「ピーク高さ」とは、バックグラウンド補正後のピーク高さを意味する。バックグラウンド補正の手法としては、X線回折スペクトルに対して行うバックグラウンド補正の手法として従来公知の手法を用いることができる。たとえば、複合焼結体のX線回折スペクトル全体に対してバックグラウンド補正を行っても良いし、特定のピーク(たとえば、cBN粒子の(111)面に帰属されるピーク、または、TiB
2の(101)面に帰属されるピーク)に対してのみバックグラウンド補正を行っても良い。
【0055】
<複合焼結体の熱伝導率とcBN粒子の体積含有率との関係>
複合焼結体の熱伝導率をX(W/m・K)と表し、複合焼結体におけるcBN粒子の体積含有率をY(体積%)と表した場合、X/Yは1.2以上であることが好ましい。X/Yは1.2以上であれば、複合焼結体におけるクレーター摩耗の発生が抑制されるので、複合焼結体の刃先の強度を維持することができる。より好ましくは、X/Yは1.3以上である。
【0056】
本明細書では、複合焼結体の熱伝導率は、レーザーフラッシュ法またはキセノンフラッシュ熱拡散装置によって複合焼結体の熱拡散率を測定し、測定された熱拡散率と複合焼結体の比熱および密度とから算出することができる。
【0057】
<複合焼結体の用途>
本実施形態の複合焼結体は、切削工具をはじめとする種々の工具類に使用できるとともに、各種の産業資材としても有用である。特に本実施形態の複合焼結体を少なくとも一部に含む切削工具として用いる場合に、本実施形態の効果が有効に発揮される。
【0058】
このような切削工具としては、たとえばドリル、エンドミル、ドリル用刃先交換型切削チップ、エンドミル用刃先交換型切削チップ、フライス加工用刃先交換型切削チップ、旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップ、クランクシャフトのピンミーリング加工用チップなどを挙げることができる。
【0059】
本実施形態の複合焼結体は、このような切削工具に用いられる場合、該工具の全体を構成する場合のみに限られるものではなく、その一部(特に切れ刃部等)のみを構成する場合も含まれる。たとえば、超硬合金等からなる基材の切れ刃部のみが本実施形態の複合焼結体で構成されるような場合も含まれる。
【0060】
<被覆層の構成>
被覆層は、複合焼結体の表面に接するA層と、A層の上に設けられたB層とを含む(上記)。本実施形態の被覆層は、A層とB層とを含む限り、A層およびB層以外に他の層を含んでいても差し支えない。かかる他の層は、A層とB層との間に設けられていても良い。また、本実施形態の被覆層では、A層とB層とが交互に積層されていても良い。
【0061】
被覆層全体の厚さは、0.3μm以上7μm以下である(上記)。被覆層全体の厚さが0.3μm以上であれば、表面被覆窒化硼素焼結体工具の耐摩耗性を高めることができる。被覆層の厚さが7μm以下であれば、切削初期における被覆層の耐チッピング性を高めることができる。好ましくは、被覆層全体の厚さは0.7μm以上3μm以下である。ここで、「被覆層全体の厚さ」とは、被覆層の厚さ方向における、被覆層と複合焼結体との界面と、その界面とは反対側に位置する被覆層の表面との間の距離を意味する。
【0062】
本明細書では、被覆層全体の厚さ、A層の厚さおよび積層数、ならびに、B層の厚さおよび積層数は、いずれも表面被覆窒化硼素焼結体工具を切断し、その断面をSEMまたは透過型電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)を用いて観察することにより求められたものである。また、A層およびB層の各組成は、SEMまたはTEM付帯のエネルギー分散型X線分析器(Energy dispersive X-ray Spectrometry)を用いて測定されたものである。
【0063】
被覆層は、表面被覆窒化硼素焼結体工具の切れ刃部分にのみ設けられていればよいが、表面被覆窒化硼素焼結体工具の基材の表面全面を被覆していてもよいし、切れ刃部分とは異なる部分の一部において設けられていなくてもよい。また、切れ刃部分とは異なる部分では、被覆層の一部の積層構成が部分的に異なっていてもよい。
【0064】
<A層>
A層は、Al
1-sCr
sN(0.2≦s≦0.9)からなる。これにより、複合焼結体と被覆層との密着力を高めることができるので、表面被覆窒化硼素焼結体工具の耐チッピング性を高めることができる。好ましくは、0.2≦s≦0.8である。
【0065】
詳細には、A層がAlを含むので、複合焼結体とA層との界面にAlB
2、AlNまたはTiAlNなどが生成される。A層がAlに富む場合(0.2≦s<0.5)には、複合焼結体とA層との界面にAlB
2、AlNまたはTiAlNなどが生成され易くなる。よって、cBN粒子および結合材粒子とA層との親和性が高くなるので、複合焼結体とA層との密着力を高めることができる。また、A層とB層との密着力を高めることもできるので、結果として、B層を複合焼結体の上に密着性良く被覆させることができる。
【0066】
それだけでなく、A層は、Crを含むので、B層よりも高硬度となり、よって、複合焼結体の機械的性質に似た機械的性質を有することとなる。これによっても、複合焼結体とA層との密着力を高めることができる。また、A層の格子定数は複合焼結体の格子定数と近い値を示し、このことによっても、複合焼結体とA層との密着力を高めることができる。
【0067】
Crの組成sは、A層において均一であっても良いし、複合焼結体側からA層の表面側(たとえばB層側)へ向かってステップ状または傾斜状に増加または減少しても良い。
【0068】
A層の厚さは、0.05μm以上0.5μm以下である。A層の厚さが0.05μm以上であれば、複合焼結体と被覆層との密着力をさらに高めることができる。よって、表面被覆窒化硼素焼結体工具の耐チッピング性をさらに高めることができる。A層の厚さが0.5μm以下であれば、被覆層の耐摩耗性を高めることができる。好ましくは、A層の厚さは0.005μm以上0.3μm以下である。
【0069】
<B層>
B層は、Ti
1-tAl
tN(0.3≦t≦0.8)からなる。これにより、硬度とヤング率とのバランスに優れた被覆層を提供できるので、表面被覆窒化硼素焼結体工具の耐摩耗性および耐チッピング性を高めることができる。好ましくは、0.4≦t≦0.7である。
【0070】
Alの組成tは、B層において均一であっても良いし、A層側からB層の表面側(たとえば工具の表面側)へ向かってステップ状または傾斜状に増加または減少しても良い。
【0071】
B層の厚さは、0.2μm以上5μm以下である。B層の厚さが0.2μm以上であれば、被覆層の耐摩耗性を高めることができる。B層の厚さが5μm以下であれば、B層の耐チッピング性および耐剥離性を高めることができる。B層の厚さは、好ましくは0.5μm以上3μm以下であり、より好ましくは0.7μm以上2.0μm以下である。
【0072】
<表面被覆窒化硼素焼結体工具の製造>
本実施形態の表面被覆窒化硼素焼結体工具の製造方法は、たとえば、複合焼結体を製造する工程と、複合焼結体を少なくとも切れ刃部分に有する基材を準備する工程と、少なくとも複合焼結体の表面上に被覆層を形成する工程とを含む。基材を準備する工程は、好ましくは所定の形状を有する基材本体に複合焼結体を接合させる工程をさらに含む。
【0073】
<複合焼結体の製造>
複合焼結体の製造方法は、cBNの原料粉末と結合材の原料粉末とを混合する工程と、その混合物を焼結する工程とを備えることが好ましい。
【0074】
cBNの原料粉末と結合材の原料粉末とを混合する工程では、cBNの原料粉末と結合材の原料粉末とを均一に混合した後、所望の形状に成形する。cBNの原料粉末と結合材の原料粉末とを混合する条件としては、cBNの原料粉末と結合材の原料粉末とを混合する条件として従来公知の条件を用いることができる。成形体を得る方法(cBNの原料粉末と結合材の原料粉末との混合物を成形する方法)についても同様のことが言える。たとえばMо(モリブデン)製カプセル等に充填する方法を用いることができる。
【0075】
得られた混合物を焼結する工程では、得られた混合物(成形体)を、1300〜1800℃程度の温度で、5〜7GPa程度の圧力で、10〜60分程度保持することが好ましい。より好ましくは、上記の焼結に際して、まず、500℃以上700℃以下に加熱してから加圧する。これにより、圧力媒体が軟化した状態で加圧が進むので、加圧時におけるcBN粒子同士の接触による圧壊を低減することができ、よって、上記の粒度分布を有するcBN粒子を安定して得ることができる。
【0076】
<被覆層の形成>
被覆層を形成する工程は、アークイオンプレーティング法(真空アーク放電を利用して固体材料を蒸発させるイオンプレーティング法)またはスパッタ法により被覆層を形成する工程を含むことが好ましい。
【0077】
アークイオンプレーティング法では、被覆層を構成することになる金属種を含む金属蒸発源とCH
4、N
2またはO
2等の反応ガスとを用いて、被覆層を形成することができる。アークイオンプレーティング法により被覆層を形成する条件としては、表面被覆窒化硼素焼結体工具の被覆層をアークイオンプレーティング法により形成する条件として公知の条件を採用することができる。
【0078】
スパッタ法では、被覆層を構成することになる金属種を含む金属蒸発源とCH
4、N
2またはO
2等の反応ガスとAr、KrまたはXe等のスバッタガスとを用いて、被覆層を形成することができる。スパッタ法により被覆層を形成する条件としては、表面被覆窒化硼素焼結体工具の被覆層をスパッタ法により形成する条件公知の条件を採用することができる。
【0079】
より好ましくは、本実施形態の表面被覆窒化硼素焼結体工具の製造方法は、被覆層を形成する工程の前に、被覆層が形成されることとなる基材の表面をエッチングする工程を含む。このエッチングにより、基材の上記表面に含まれる複合焼結体の結合材粒子のみが選択的に除去される。
【0080】
cBN粒子として粗粒のcBN粒子のみが複合焼結体に含まれている場合、上記エッチングによって結合材粒子の多くが基材の上記表面から除去されるので、基材の上記表面には大きな凹凸が形成される。そのため、基材の上記表面上に形成された被覆層では、結晶粒径が不均一となり、また、粒径の大きな結晶が形成されることとなる。
【0081】
一方、本実施形態の複合焼結体では、cBN粒子の粒度分布が上記のように最適化されているので、基材の上記表面に形成される凹凸を小さく抑えることができる。それだけでなく、A層の材料であるAl
1-sCr
sNは、cBN粒子上にエピタキシャル成長されないので、複合焼結体の表面上には、微細な組織を有するA層が均一に形成されることとなる。よって、強度に優れた被覆層を形成することができる。
【実施例】
【0082】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0083】
[実施例1〜5および比較例1〜2]
<複合焼結体の製造>
まず、Ti
uN
V(式中U=1、V=0.6)粉末(平均粒径2.0μm)とAl粉末(平均粒径20μm)とを80:20の質量比で均一に混合した後、真空炉を用いてこの混合粉末に対して真空中、1200℃で30分間の熱処理を施した。その後、超硬合金製ポットと超硬合金製ボールとからなるボールミルを用いて、上記のように熱処理を施した混合粉末を粉砕することにより、結合材用の原料粉末を得た。
【0084】
次に、上記ボールミルにより、cBNの原料粉末の配合比が表1に示す値となるように、上記のcBNの原料粉末と上記の結合材用の原料粉末とを均一に混合した。得られた混合粉末を真空炉内に900℃で20分間保持することにより脱ガスした。脱ガスした混合粉末をモリブデン(Mo)製カプセルに充填した。超高圧装置を用いて、まず、温度500℃まで上昇させた後に、圧力3GPaに加圧し、この圧力温度条件下で2分間維持した。
【0085】
続いて、超高圧装置により、圧力6.5GPa、1650℃まで再度加圧と同時に昇温し、この圧力温度条件下でさらに15分間維持することにより焼結を行った。このようにして、複合焼結体を得た。得られた複合焼結体に対して以下に示す測定を行った。
【0086】
<cBN粒子の第1粒度分布曲線および第2粒度分布曲線の測定>
まず、CPを用いて、観察用サンプルを作製した。SEM(日本電子株式会社製、品番「JSM7600F」を用いて、以下に示す観察条件で、500倍の倍率で観察用サンプル全体を観察した。cBN粒子が平均的に分散している領域を選び、その領域を2000倍の倍率で観察した。検出器としては、反射電子検出器(LABE)を用いた。
<観察条件>
加速電圧:2kV
アパーチャー:6μm
観察モード:GBモード(Gentle Beam mode)。
【0087】
次に、選択された領域のSEM画像から、cBN粒子(黒色領域)と結合材粒子(灰色領域または白色領域)とを画像処理により2値化した。なお、cBN粒子同士が接触したことにより黒色領域が連続して観察された箇所に対しては、画像処理によって分離させた。
【0088】
続いて、画像解析ソフト(Win roof)を用いてcBN粒子1個あたりの面積から円相当径を計算し、第1粒度分布曲線を作成した。このとき、第1粒度分布曲線の横軸を、Log
10(cBN粒子の粒径)が約0.037の間隔となる間隔で区分した。その後、算出された円相当径から面積を計算し、第2粒度分布曲線を作成した。その後、積分値比(I
o/I
t×100)を算出した。
【0089】
<結合材粒子の平均粒径の測定>
cBN粒子の第1粒度分布曲線および第2粒度分布曲線の測定方法と同様の方法にしたがって観察用サンプルを作製した。次に、SEMを用いて低倍率で観察用サンプル全体を観察し、得られたSEMの反射電子像から結合材粒子が平均的に分散している箇所を選び、その箇所を50000倍の倍率でさらに観察した。得られたSEM画像からcBN粒子と結合材粒子とを画像処理により2値化し、その後、画像解析ソフト(Win roof)を用いて、結合材粒子1個あたりの面積から円相当径を計算した。算出された円相当径の平均値を結合材粒子の平均粒径とした。
【0090】
<X線回折スペクトルの測定>
以下に示す条件で、複合焼結体のX線回折スペクトルを測定した。X線光源:Cu−Kα線(波長が1.54060Å)
スキャンステップ:0.02°
走査軸:2θ
走査範囲:20〜60°。
【0091】
得られたX線回折スペクトル全体に対してバックグラウンド補正を行ってから、ピーク高さ比(I
TiB2/I
cBN×100)を算出した。
【0092】
<熱伝導率X/cBN粒子の体積含有率Yの算出>
レーザーフラッシュ法によって複合焼結体の熱拡散率を測定し、測定された熱拡散率と複合焼結体の比熱および密度とから複合焼結体の熱伝導率Xを求めた。
【0093】
また、複合焼結体を鏡面研磨し、任意の領域の複合焼結体組織の反射電子像を電子顕微鏡にて2000倍で写真撮影した。撮影された複合焼結体組織の写真からcBN粒子(黒色領域)と結合材粒子(白色領域または灰色領域)とを画像処理(画像解析ソフトとして、Win rооfを使用)により2値化し、cBN粒子の占有面積を求めた。求められたcBN粒子の占有面積を以下に示す式に代入して、複合焼結体におけるcBN粒子の体積含有率Yを求めた。そして、X/Yを算出した。
(複合焼結体におけるcBN粒子の体積含有率Y)=(cBN粒子の占有面積)÷(撮影された複合焼結体組織全体の面積)×100。
【0094】
<基材の製造>
製造された複合焼結体を超硬合金製の基材にロウ付けし、所定の形状(ISO規格SNGA120408)に成型した。このようにして、切れ刃部分が複合焼結体からなる基材を得た。
【0095】
<被覆層が形成されることとなる基材の表面に対するエッチング>
成膜装置内で基材の上記表面に対するエッチングを行った。この成膜装置には真空ポンプが接続されており、装置内部には真空引き可能な真空チャンバーが配置されている。真空チャンバー内には、回転テーブルが設置されており、その回転テーブルは、治具を介して基材がセットできるように構成されている。真空チャンバー内にセットされた基材は、真空チャンバー内に設置されているヒーターにより加熱することができる。また、真空チャンバーには、エッチングおよび成膜用のガスを導入するためのガス配管が、流量制御用のマスフローコントローラ(MFC:Mass Flow Controller)を介して接続されている。さらに、真空チャンバー内には、エッチング用のArイオンを発生させるためのタングステンフィラメントが配置されており、必要な電源が接続された成膜用のアーク蒸発源またはスパッタ源が配置されている。アーク蒸発源またはスパッタ源には、成膜に必要な蒸発源原料(ターゲット)がセットされている。
【0096】
製造された基材を上記成膜装置の上記真空チャンバー内にセットし、その真空チャンバー内で真空引きを行った。その後、上記回転テーブルを3rpmで回転させながら基材を500℃に加熱した。次いで、上記真空チャンバー内にArガスを導入し、上記タングステンフィラメントを放電させてArイオンを発生させ、基材にバイアス電圧を印加し、Arイオンにより基材の上記表面(被覆層が形成されることとなる基材の表面)に対してエッチングを行った。なお、このときのエッチング条件は次のとおりであった。
Arガスの圧力:1Pa
基板バイアス電圧:−500V。
【0097】
<A層の形成>
上記成膜装置内でA層を基材の上記表面上に形成した。具体的には、以下に示す条件で、厚さが0.4μmとなるように蒸着時間を調整して、A層(Al
1-sCr
sN(sは0.2である))を形成した。
ターゲット:Alを80原子%、Crを20原子%含む
導入ガス:N
2
成膜圧力:4Pa
アーク放電電流:150A
基板バイアス電圧:−35V
テーブル回転数:3rpm。
【0098】
<B層の形成>
上記成膜装置内でB層をA層上に形成した。具体的には、以下に示す条件で、厚さが1.5μmとなるように蒸着時間を調整して、B層(Ti
1-tAl
tN(tは0.7である))を形成した。このようにして、表面被覆窒化硼素焼結体工具(以下では「切削工具」と記すことがある)を得た。
ターゲット:Tiを30原子%、Alを70原子%含む
導入ガス:N
2
成膜圧力:4Pa
アーク放電電流:150A
基板バイアス電圧:−35V
テーブル回転数:3rpm。
【0099】
<断続切削寿命の測定>
得られた切削工具を用い下記の条件にて高速強断続切削するという切削試験を実施し、欠損が0.1mm以上となるまでの工具寿命(断続切削寿命)を求めた。
被削材:浸炭焼入鋼 SCM415H、HRC62
(直径100mm×長さ300mm、被削材の軸方向に5本のV溝あり)
切削速度:V=130m/min.
送り:f=0.1mm/rev.
切込み:d=0.5mm
湿式/乾式:乾式。
【0100】
結果を表1に示す。断続切削寿命が長いほど、焼入鋼の加工等を行った場合であっても複合焼結体の欠損を防止できることを意味する。本実施例では、断続切削寿命が3km以上であれば、焼入鋼の加工等を行った場合であっても複合焼結体の欠損が防止されていると判断している。
【0101】
<連続切削寿命の測定>
得られた切削工具を用い下記の条件にて高速強断続切削するという切削試験を実施し、逃げ面最大摩耗が0.1mm以上となるまでの工具寿命(連続切削寿命)を求めた。
被削材:浸炭焼入鋼 SCM415H、HRC62
(直径100mm×長さ300mm)
切削速度:V=200m/min.
送り:f=0.1mm/rev.
切込み:d=0.2mm
湿式/乾式:湿式。
【0102】
結果を表1に示す。連続切削寿命が長いほど、焼入鋼の加工等を行った場合であっても複合焼結体の耐摩耗性が高いことを意味する。本実施例では、連続切削寿命が9km以上であれば、焼入鋼の加工等を行った場合であっても複合焼結体の摩耗を抑制できると判断している。
【0103】
<耐剥離性の評価>
得られた切削工具を用いて、以下に示す切削条件にて切削加工(切削距離:3km)を行った。そののち、光学顕微鏡を用いて、被覆層の剥離面積と逃げ面摩耗量とを測定した。
被削材:高硬度鋼 SCM415H(HRC60)
(直径35mm×長さ10mm)
切削速度:V=150m/min.
送り:f=0.1mm/rev.
切込み:ap=0.1mm
切削油:エマルジョン(一般社団法人日本フルードパワーシステム学会製の商品名「システムカット96」)を20倍希釈したもの(wet状態)。
【0104】
結果を表1に示す。被覆層の剥離面積が小さいほど、複合焼結体と被覆層との密着力が高いことを意味する。本実施例では、被覆層の剥離面積が7000μm
2以下であれば、複合焼結体と被覆層との密着力が高いと判断している。また、逃げ面摩耗量が小さいほど、切削工具が耐逃げ面摩耗性に優れることを意味する。本実施例では、逃げ面摩耗量が80mm以下であれば、切削工具が耐逃げ面摩耗性に優れていると判断している。
【0105】
[実施例6〜8および比較例3〜4]
実施例6〜8および比較例4では、表1の「cBN粒子の粒径(μm)
*02」欄に記載の粒径が得られるようにcBNの原料粉末を選択したことを除いては上記実施例1等に記載の方法にしたがって、切削工具を得た。製造された切削工具を用いて、断続切削寿命および連続切削寿命を測定し、耐剥離性を評価した。
【0106】
比較例3では、複合焼結体を製造するときに、カプセル充填された混合粉末(cBNの原料粉末と結合材用の原料粉末との混合粉末)を、超高圧装置を用いて圧力6.5GPaまで加圧した後、温度1650℃まで上昇させ、この圧力温度条件下で15分間維持した。それ以外の点については上記実施例1等に記載の方法にしたがって切削工具を製造した。製造された切削工具を用いて、断続切削寿命および連続切削寿命を測定し、耐剥離性を評価した。
【0107】
[実施例9〜12および比較例5〜6]
実施例9〜12および比較例5〜6では、粗粒のcBNの原料粉末と微粒のcBNの原料粉末との混合比(質量比)を変更したことを除いては上記実施例1等に記載の方法にしたがって、切削工具を得た。製造された切削工具を用いて、断続切削寿命および連続切削寿命を測定し、耐剥離性を評価した。
【0108】
[実施例13〜16]
実施例13〜16では、結合材粒子の平均粒径が表1に示す値である切削工具を用いて、断続切削寿命および連続切削寿命を測定し、耐剥離性を評価した。
【0109】
[実施例17〜22]
実施例17〜22では、ピーク高さ比(I
TiB2/I
cBN×100)が表1に示す値である切削工具を用いて、断続切削寿命および連続切削寿命を測定し、耐剥離性を評価した。
【0110】
<結果と考察>
【0111】
【表1】
【0112】
表1において、「ピークの有無
*01」の欄には、cBN粒子の第1粒度分布曲線が、粒径が0.1μm以上0.7μm以下である範囲にピークを有するか否かを記載している。この欄において、「あり」とは、cBN粒子の第1粒度分布曲線が、粒径が0.1μm以上0.7μm以下である範囲に1つ以上のピークを有することを意味する。この欄において、「なし」とは、cBN粒子の第1粒度分布曲線が、粒径が0.1μm以上0.7μm以下である範囲にピークを全く有さないことを意味する。
【0113】
また、表1において、「cBN粒子の粒径(μm)
*02」の欄には、cBN粒子の第2粒度分布曲線に現れる第1ピークに含まれる頂点におけるcBN粒子の粒径(μm)を記載している。
【0114】
また、表1において、「X/Y
*03」の欄には、(複合焼結体の熱伝導率X)/(複合焼結体におけるcBN粒子の体積含有率Y)を記載している。
【0115】
実施例1〜5では、断続切削寿命は3km以上であり、連続切削寿命は9km以上であった。一方、比較例1では、連続切削寿命は9km未満であった。比較例2では、断続切削寿命は3km未満であった。以上のことから、cBN粒子が複合焼結体に45体積%以上80体積%以下含まれていれば、焼入鋼の加工等を行った場合であっても複合焼結体の欠損を防止でき、摩耗を抑制できることが分かった。
【0116】
また、実施例2〜4では、断続切削寿命は4.4km以上であり、連続切削寿命は12km以上であった。よって、cBN粒子が複合焼結体に65体積%以上75体積%以下含まれていれば、焼入鋼の加工等を行った場合であっても複合焼結体の欠損をさらに防止でき、摩耗を更に抑制できることが分かった。
【0117】
実施例6〜8では、断続切削寿命は3km以上であった。一方、比較例3および4では、断続切削寿命は3km未満であった。以上のことから、cBN粒子の第2粒度分布曲線に現れる第1ピークに含まれる頂点におけるcBN粒子の粒径が2μm以上7μm以下であれば、焼入鋼の加工等を行った場合であっても複合焼結体の欠損を防止できることが分かった。
【0118】
実施例9〜12では、断続切削寿命は3km以上であった。一方、比較例5および6では、断続切削寿命は3km未満であった。以上のことから、積分値比(I
o/I
t×100)が1以上20以下であれば、焼入鋼の加工等を行った場合であっても複合焼結体の欠損を防止できることが分かった。
【0119】
実施例13〜16では、断続切削寿命は3km以上であり、連続切削寿命は9km以上であった。よって、焼入鋼の加工等を行う場合には、結合材粒子の平均粒径に依らず複合焼結体の欠損を防止でき、摩耗を抑制できることが分かった。
【0120】
また、実施例13および14では、実施例15および16に比べて、断続切削寿命が長かった。よって、焼入鋼の加工等を行う場合には、結合材粒子の平均粒径が50nm以上500nm以下であれば、複合焼結体の欠損をさらに防止できることが分かった。
【0121】
実施例17〜22では、断続切削寿命は3km以上であり、連続切削寿命は9km以上であった。よって、焼入鋼の加工等を行う場合には、ピーク高さ比(I
TiB2/I
cBN×100)に依らず複合焼結体の欠損を防止でき、摩耗を抑制できることが分かった。
【0122】
また、実施例17では、実施例21に比べて、断続切削寿命が長かった。さらに、実施例20では、実施例22に比べて、連続切削寿命が長かった。以上より、焼入鋼の加工等を行う場合には、ピーク高さ比(I
TiB2/I
cBN×100)が10以上25以下であれば複合焼結体の欠損をさらに防止でき、摩耗をさらに抑制できることが分かった。
【0123】
実施例1〜22では、被覆層の剥離面積は7000μm
2以下であり、逃げ面摩耗量は80mm以下であった。よって、いずれにおいても、複合焼結体と被覆層との密着力が高く、また、切削工具は耐逃げ面摩耗性に優れることが分かった。
【0124】
[実施例23〜34および比較例7〜18]
実施例23〜34および比較例7〜18では、A層の組成、A層におけるCrの組成比s、A層の厚さ、B層におけるAlの組成比t、および、B層の厚さを表2に示す値に変更した。それ以外の点については上記実施例3の切削工具の製造方法にしたがって、切削工具を製造した。製造された切削工具を用いて、断続切削寿命および連続切削寿命を測定し、耐剥離性を評価した。その結果を表2に示す。
【0125】
【表2】
【0126】
実施例23〜34では、断続切削寿命は3km以上であり、連続切削寿命は9km以上であった。よって、焼入鋼の加工等を行う場合には、被覆層の構成、A層の組成、A層の厚さ、B層の組成、および、B層の厚さに依らず複合焼結体の欠損を防止でき、摩耗を抑制できることが分かった。
【0127】
実施例23〜25では、比較例7〜10に比べて、被覆層の剥離面積が小さかった。よって、A層の厚さが0.05μm以上0.5μm以下であれば複合焼結体と被覆層との密着力を高めることができることが分かった。
【0128】
また、実施例23〜25では、比較例11および12に比べて、被覆層の剥離面積が小さく、逃げ面摩耗量が小さかった。よって、A層の組成がAl
1-sCr
sN(0.2≦s≦0.9)であれば、複合焼結体と被覆層との密着力を高めることができ、また、切削工具の耐逃げ面摩耗性を高めることができるということが分かった。
【0129】
実施例26〜28では、比較例13および14に比べて、被覆層の剥離面積が小さかった。よって、A層におけるCrの組成比sが0.2以上0.9以下であれば複合焼結体と被覆層との密着力を高めることができることが分かった。
【0130】
実施例29〜31では、比較例15および16に比べて、逃げ面摩耗量が小さかった。よって、B層におけるAlの組成比tが0.3以上0.8以下であれば、切削工具の耐逃げ面摩耗性を高めることができるということが分かった。
【0131】
実施例32〜34では、比較例17に比べて逃げ面摩耗量が小さく、比較例18に比べて被覆層の剥離面積が小さかった。よって、B層の厚さが0.2μm以上であれば切削工具の耐逃げ面摩耗性を高めることができるということが分かった。また、B層の厚さが5μm以下であれば複合焼結体と被覆層との密着力を高めることができるということが分かった。
【0132】
なお、比較例7および18では、被覆層の剥離が発生した。
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態ではなく特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。