(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6356301
(24)【登録日】2018年6月22日
(45)【発行日】2018年7月11日
(54)【発明の名称】酸化イリジウムナノシート、その酸化イリジウムナノシートを含む分散溶液及びその分散溶液の製造方法
(51)【国際特許分類】
C01G 55/00 20060101AFI20180702BHJP
C30B 29/16 20060101ALI20180702BHJP
【FI】
C01G55/00
C30B29/16
【請求項の数】3
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2017-75604(P2017-75604)
(22)【出願日】2017年4月5日
(62)【分割の表示】特願2014-48253(P2014-48253)の分割
【原出願日】2014年3月11日
(65)【公開番号】特開2017-141158(P2017-141158A)
(43)【公開日】2017年8月17日
【審査請求日】2017年4月19日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成24年度、独立行政法人化学技術振興機構「先端的低炭素化技術開発事業」の委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504180239
【氏名又は名称】国立大学法人信州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100117226
【弁理士】
【氏名又は名称】吉村 俊一
(72)【発明者】
【氏名】杉本 渉
(72)【発明者】
【氏名】清水 航
【審査官】
浅野 昭
(56)【参考文献】
【文献】
特開2006−117519(JP,A)
【文献】
特開2006−173576(JP,A)
【文献】
特開平08−260148(JP,A)
【文献】
特開2013−058429(JP,A)
【文献】
Reui-San Chen et al.,Growth of IrO2 Films and Nanorods by Means of CVD: An Example of Compositional and Morphological Con,Chemical Vapor Deposition,2003年12月,Vol.9 No.6,Page.301-305
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G 55/00
C30B 29/16
JSTPlus/JSTChina/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
3nm以下の厚さの酸化イリジウム単結晶シートであることを特徴とする酸化イリジウムナノシート。
【請求項2】
3nm以下の厚さの酸化イリジウム単結晶シートである酸化イリジウムナノシートが溶媒中に分散してなることを特徴とする酸化イリジウムナノシート分散溶液。
【請求項3】
酸化イリジウムを層状イリジウム酸塩とし、
得られた層状イリジウム酸塩を層状イリジウム酸とし、
次いで層状イリジウム酸を3nm以下の厚さの酸化イリジウム単結晶シートである酸化イリジウムナノシートが溶媒中に分散してなる酸化イリジウムナノシート分散溶液とすることを特徴とする酸化イリジウムナノシート分散溶液の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、
酸化イリジウムナノシート、その酸化イリジウムナノシートを含む分散溶液及びその分散溶液の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ナノシートは、厚さがナノメートルオーダーであるのに対して、横サイズがその数十倍から数百倍以上という高い形状異方性を持つ2次元状の物質である。そうしたナノシートは、母相の機能性(導電性、半導体的性質、誘電性等)を受け継ぐだけでなく、触媒反応等に必要な広い比表面積を有している。また、ナノシートは、一次元の量子サイズ効果を発現する等、際立った物性を示すことがある。さらに、ナノシートは、一度分離させたナノシートを機能性ブロックとして再び3次元的に集積化し、熱力学的には達成できない人工超格子状のナノ構造材料を形成することにより、物性・特性を自在に制御できる可能性を秘めている。そにため、ナノシートについては、これまで分子線ビームエピタキシー等の気相合成技術が主流であった超格子アプローチを液相で展開できるため、製品性能だけでなく合成ルートの視点からも、エネルギー・デバイス分野を中心とした産業界から高い関心を集めている。
【0003】
ナノシートの合成方法に関しては、分子、イオン等から成長させる方法、層状化合物を単層剥離する方法等が提案されている。これらの合成方法は、金属化合物のナノシートの合成に向けて検討されてきたものであるが、液相反応を利用して白金や金等といった貴金属のナノシートを製造する技術も提案されている(特許文献1,2参照)。
【0004】
本発明者は、金属ナノシートを得るための新しい方法として、金属化合物の層状化合物を前駆体として利用する技術を提案した(特許文献3参照)。この技術は、酸化ルテニウムが層状に重なる層状化合物を準備し、その酸化ルテニウムを還元して層状化合物を前駆体とする金属ルテニウムナノシートを得る方法であり、酸化ルテニウムナノシートの薄膜の状態で酸化ルテニウムを還元して金属ルテニウムナノシートを得ている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−228450号公報
【特許文献2】特開2008−57023号公報
【特許文献3】特開2010−280977号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のように、結晶性の金属化合物ナノシートは、単位格子に由来する厚さを有し、二次元的(平面状)に広がった構造を持っている。多くのナノシートは、層状構造を持つ化合物の剥離により得ることができ、同じ原子数で構成される粒子よりも利用できる表面が大きくなるという利点がある。良導電性を有するナノシートの素材としては、カーボン(グラフェン)、酸化ルテニウム(酸化ルテニウムナノシート)等が挙げられる。
【0007】
本発明
の目的は、寸法安定性電極の電極触媒として電解用、塩素発生用、金属イオン分離等に用いられている
酸化イリジウムナノシート、その酸化イリジウムナノシートを含む分散溶液及びその分散溶液の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る酸化イリジウムナノシートは、3nm以下の厚さの酸化イリジウム単結晶シートであることを特徴とする。
【0009】
本発明に係る酸化イリジウムナノシート分散溶液は、3nm以下の厚さの酸化イリジウム単結晶シートである酸化イリジウムナノシートが溶媒中に分散してなることを特徴とする。
【0010】
本発明に係る酸化イリジウムナノシート分散溶液の製造方法は、酸化イリジウムを層状イリジウム酸塩とし、得られた層状イリジウム酸塩を層状イリジウム酸とし、次いで層状イリジウム酸を3nm以下の厚さの酸化イリジウム単結晶シートである酸化イリジウムナノシートが溶媒中に分散してなる酸化イリジウムナノシート分散溶液とすることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば
酸化イリジウムナノシート、その酸化イリジウムナノシートを含む分散溶液及びその分散溶液の製造方法を提供することができた。酸化イリジウムは、寸法安定性電極の電極触媒として電解用、塩素発生用、金属イオン分離等に用いられていることから、その応用が期待でき、特に酸素還元、塩素発生、電解等の触媒として期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】層状イリジウム酸塩の電子顕微鏡写真である。
【
図2】層状イリジウム酸のX線回折パターンである。
【
図3】酸化イリジウムナノシート薄膜のDFM画像である。
【
図4】酸化イリジウムナノシートのDFM画像の拡大図である。
【
図5】酸化イリジウムナノシートの形態を示すTEM像(A)、拡大TEM像(B)及び電子線回折パターン(C)である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明に係る
酸化イリジウムナノシート、その酸化イリジウムナノシートを含む分散溶液及びその分散溶液の製造方法について詳しく説明するが、本発明は、その技術的範囲に含まれる範囲において下記の説明に限定されない。
【0014】
[層状イリジウム酸塩、層状イリジウム酸]
層状イリジウム酸塩は、M
xIrO
y・nH
2O(Mは1価の金属、xは0.1〜0.5、yは1.5〜2.5、nは0.5〜1.5)が層状に重なり合っている。Mは、アルカリ金属であることが好ましく、例えば、Li、Na、K、Rb、Cs等を挙げることができる。また、x、yは、酸化イリジウムとアルカリ金属化合物の配合量で調製することができる。
【0015】
層状イリジウム酸塩は、先ず、(1)酸化イリジウムを粉砕した後にアルカリ金属化合物と混合する、(2)得られた混合物をペレット成形する、(3)成形したペレットに対して第1回目の焼成を行う、(4)焼成後のペレットを粉砕し混合する、(5)粉砕したものを再度ペレット成形する、(6)成形したペレットに対して第2回目の焼成を行う、(7)焼成後のものを中性になるまで洗浄する。こうして層状イリジウム酸塩を得ることができる。
【0016】
このとき、(1)の粉砕混合工程と(4)の粉砕混合工程は、窒素雰囲気下で行うことが望ましい。(1)の粉砕混合工程で用いるアルカリ金属化合物は特に限定されないが、炭酸カリウム等を挙げることができる。酸化イリジウムとアルカリ金属化合物との混合比は特に限定されないが、例えば酸化イリジウム:アルカリ金属化合物=1:1〜1:4程度にすることができる。(3)の第1焼成工程は、不活性ガス雰囲気中で、例えば700℃〜800℃(例えば750℃)の範囲で1〜数時間(例えば1時間)の熱処理とすることができ、(6)の第2焼成工程も、不活性ガス雰囲気中で、例えば700℃〜800℃(例えば780℃)の範囲で1〜数時間(例えば1時間)の熱処理とすることができる。
【0017】
層状イリジウム酸は、得られた層状イリジウム酸塩を酸性溶液中で処理して得ることができる。酸性溶液中の処理とは、例えば1MHCl等の酸性溶液に、1日〜4日程度(例えば3日)浸漬させる処理である。得られた層状イリジウム酸は、H
xIrO
y・nH
2O(xは0.1〜0.5、yは1.5〜2.5、nは0〜1)が層状に重なり合っている。
【0018】
[酸化イリジウムナノシート]
本発明に係る酸化イリジウムナノシートは、3nm以下の厚さの酸化イリジウム単結晶シートである。この酸化イリジウムナノシートは、先ず、上記で得られた層状イリジウム酸に、アルキルアンモニウム又はアルキルアミンを反応させて、アルキルアンモニウム−層状イリジウム酸層間化合物とし、その後、そのアルキルアンモニウム−層状イリジウム酸層間化合物を水等の溶媒と混合して、酸化イリジウムナノシート分散溶液(濃紺色の分散溶液)を得る。得られた酸化イリジウムナノシート分散溶液を用いて、相互吸着法で酸化イリジウムナノシートを得ることができる。なお、アルキルアンモニウム又はアルキルアミンとしては、各種のものを用いることができるが、例えばテトラブチルアンモニウム等を好ましく用いることができる。
【0019】
具体的には、酸化イリジウムナノシートを被覆するための基板(例えばSi基板又は石英基板)を洗浄した後、その基板を酸化イリジウムナノシート分散溶液中に浸漬する。一回の浸漬工程で1層の酸化イリジウムナノシートが基板上に被覆できる。洗浄と浸漬を繰り返すことにより、繰り返しの数だけ酸化イリジウムナノシートを積層することができ、5層、10層、20層、…と積層することができる。
【0020】
本発明では、イリジウムに着目し、酸化イリジウムナノシートを得ることを目的とし、その酸化イリジウムナノシートを作製するために用いる層状イリジウム酸塩を新たに合成し、その層状イリジウム酸塩から層状イリジウム酸を新たに合成し、その層状イリジウム酸から酸化イリジウムナノシートを得た。酸化イリジウムは、寸法安定性電極の電極触媒として電解用、塩素発生用、金属イオン分離等に用いられており、その応用が期待でき、特に酸素還元、塩素発生、電解等の触媒として期待できる。また、酸化イリジウムは、広い電位範囲で電気化学的に安定で、耐酸・耐塩基性が高いため、優れた耐食性を有し、さらに電子伝導性を有する導電性金属酸化物である。
【実施例】
【0021】
実施例により、本発明をさらに詳しく説明する。
【0022】
[実施例1]
層状のイリジウム酸カリウム及び層状イリジウム酸を作製した。先ず、窒素置換したグローブボックス内で、酸化イリジウム(IrO
2)を粉砕した後に炭酸カリウム(K
2CO
3)と混ぜ、30分間混合した。混合比(IrO
2:K
2CO
3)は1:2とした。グローブボックスから出した混合物を、1.5tonで10分間のプレスを行ってペレットを成形した。次いで、成形したペレットをアルゴン雰囲気中にて750℃、1時間の焼成(第1回目の焼成)を行った。再びグローブボックス内に入れ、粉砕混合を行った後、1.5tonで10分間のプレスを行ってペレットを再び成形した。次いで、成形したペレットをアルゴン雰囲気中にて780℃、1時間の焼成(第2回目の焼成)を行った。焼成後のものは、光沢を持つ黒色を呈した。次いで、超音波を印加しながら中性になるまで水洗浄した。こうして、濃紺色がなくなった層状イリジウム酸カリウムを得た。その層状イリジウム酸カリウムを、1MHCl溶液に入れ、3日間放置して層状イリジウム酸を得た。上澄み液は褐色であった。
【0023】
図1は、得られた層状イリジウム酸の電子顕微鏡写真である。併せて、層状イリジウム酸カリウムについても観察した。写真より、層状イリジウム酸と層状イリジウム酸カリウムのいずれにも、明確な層状構造が確認できた。
図2は、層状イリジウム酸のX線回折パターン(X線源:CuKα線)である。層イリジウム酸カリウムの場合は、2θで13.0°と26.0°に結晶性のピークが表れ、層状イリジウム酸の場合は、2θで12.3°と24.6°に結晶性のピークが表れた。なお、いずれも場合も、原料である酸化イリジウムのピークは見られなかった。
【0024】
層状イリジウム酸と層状イリジウム酸カリウムの組成を、EDX(EX−200、株式会社堀場製作所)を用いて15点を測定した。層状イリジウム酸カリウムは、原子比で、Kが7.5、Irが23.1、Oが69.4であった。また、層状イリジウム酸は、原子比で、Irが27.6、Oが72.4であった。
【0025】
[実施例2]
層状イリジウム酸から酸化イリジウムナノシートを作製した。実施例1で得た層状イリジウム酸を用い、10%テトラブチルアンモニウムヒドロキシド(TBAOH)溶液を、Ir:TBAOH=1:5で加えた。このとき、得られる酸化イリジウムナノシートの濃度が0.5g/Lになるように調製した。その後、25℃、160rpm、7日間振とうした。こうして、0.5g/L酸化イリジウムナノシート分散溶液を得た。この酸化イリジウムナノシート分散溶液は濃紺色であった。
【0026】
[実施例3]
実施例2で得た酸化イリジウムナノシート分散溶液を用いて酸化イリジウムナノシートを得た。ナノシートは、交互吸着積層法(Layer by Layer; LbL)により成膜した。先ず、酸化イリジウムナノシートを被覆するためのSi基板を準備し、10質量%PVA水溶液に10分間浸漬して洗浄し、超純水で洗浄した後、Si基板を0.3g/L酸化イリジウムナノシート分散溶液中に20分間浸漬した。Si基板を引き上げて超純水で洗浄し、再び10質量%PVA水溶液に戻して洗浄、浸漬を繰り返した。こうして、酸化イリジウムナノシートを被覆したSi基板を得た。
【0027】
図3は、SPM(SPA400、セイコーインスツルメンツ株式会社製)を用いて撮影した酸化イリジウムナノシート薄膜のDFM画像である。1回浸漬して1層被覆したもの、3回浸漬して3層被覆したもの、5回浸漬して5層被覆したものについて撮影した。
図4は、酸化イリジウムナノシートのDFM画像の拡大図であり、併せて膜圧測定も行ったところ、平均厚さが1.65nm±0.1nmという結果が得られた。
【0028】
図5は、酸化イリジウムナノシートの形態を示すTEM像(A)、拡大TEM像(B)及び電子線回折パターン(C)である。このTEM像は、観察用グリッド上に酸化イリジウムナノシート分散溶液を滴下し、60℃で6時間乾燥した後のものを撮影した。なお、観察用グリッドは、日本電子株式会社、No.1605、支持膜付きグリッド(カーボン補強済みフィルム)である。
図5に示すように、酸化イリジウムナノシートは、典型的な単結晶の電子線回折パターンを示した。
【0029】
[実施例4]
予め0.05μmのアルミナ粉末を用いてバフ研磨した直径5mmのグラッシーカーボン(東海カーボン株式会社)上に、実施例2で得た0.3g/L酸化イリジウムナノシート分散溶液20μLを滴下し、60℃30分乾燥させた。その上に、5質量%のナフィオン(Nafion、デュポン社の登録商標)溶液20μLを滴下し、60℃30分乾燥させた。こうして評価用電極を作製した。
【0030】
回転ディスク電極(RDE)測定は、標準的な3電極電気化学セルで行った。カウンター電極としてPtメッシュ(株式会社ニコラ)を用い、参照電極として銀塩化銀電極を用い、作用極として上記得られた評価用電極を用いた。RDE測定は、0.5MのH
2SO
4電解液中で行った。
【0031】
比静電容量評価は、電位範囲:0.2〜1.2V(vs.RHE)でのサイクリックボルタンメトリーで評価し、2〜500mV/sの範囲で電位走査速度依存性から評価した。アノーディックスキャンとカソーディックスキャンで、0.85Vと0.95V(vs.RHE)付近に特徴的なピークが見られた。
【0032】
安定性評価は、50mV/sで、0.05Vから、1.2V、1.3V、1.4V、1.5V(vs.RHE)の範囲で電位範囲を上げていった。0.05V〜1.5V(vs.RHE)の電位範囲で、電気分解を伴うガス発生がなく、電極(酸化イリジウムナノシート)の溶解もなかった。
【0033】
[実施例5]
電解液を1MLi
2SO
4に変えた他は、実施例4と同様にして比静電容量評価と安定性評価を行った。0.05V〜1.5V(vs.RHE)の電位範囲で、電気分解を伴うガス発生がなく、電極(酸化イリジウムナノシート)の溶解もなかった。