(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0014】
A.圧電磁器組成物:
本発明の一実施形態としての圧電磁器組成物は、以下に示す一般式(1)で表わされる化合物、すなわち、ペロブスカイト型複合酸化物を主成分とする。
【0015】
(Pb
mSr
n)(Zr
1−w−x−y−zTi
wFe
xSi
yAl
z)O
3 …(1)
【0016】
ここで、本実施形態の圧電磁器組成物は、上記一般式(1)において、以下を満たす。
0.910≦m≦0.960、
0.030≦n≦0.100、
0.970≦m+n≦1.060、
0.453≦w≦0.497、
0.006≦x≦0.017、
0<y≦0.002、0<z≦0.004。
【0017】
上記一般式(1)で表わされる化合物は、ペロブスカイト型構造のAサイトに、鉛(Pb)およびストロンチウム(Sr)を有する。一般式(1)における係数m、nは、Aサイトに存在するPbとSrの比を表わす。m+nに関しては、上記組成を有する圧電磁器組成物がすべてペロブスカイト相から成る場合には、理論上はm+n=1となる。ただし、ペロブスカイト型酸化物に含まれる各元素の割合や、環境温度あるいは雰囲気に応じて、Aサイトの元素、Bサイトの元素、および酸素原子の量が、量論組成からずれることがある。そのため、本実施形態では0.970≦m+n≦1.060と規定している。
【0018】
上記一般式(1)において、係数mおよび係数nが、0.910≦m≦0.960、および、0.030≦n≦0.100の範囲から外れる場合には、圧電性能が十分に得られ難い場合がある。具体的には、例えば係数mが上記範囲を下回る場合には、電気機械結合係数krおよびktの値が、それぞれ、40%以下の小さな値となる可能性がある。電気機械結合係数krおよびktの値を、より大きくするという観点から、係数mは、0.920以上であることが望ましい。また、電気機械結合係数krおよびktの値を、より大きくするという観点から、係数mは、0.950未満であることが望ましく、0.930未満であることがより望ましい。
【0019】
上記一般式(1)で表わされる化合物は、ペロブスカイト型構造のBサイトに、ジルコニウム(Zr)、チタン(Ti)、鉄(Fe)、ケイ素(Si)およびアルミニウム(Al)を含む。一般式(1)における係数w、x、y、およびzは、それぞれ、Bサイトに存在する元素の合計モル数を1としたときの、Ti、Fe、Si、およびAlの各々の含有量のモル比を表わす。係数w、x、y、およびzが、既述した範囲から外れる場合には、圧電性能が十分に得られ難い場合がある。
【0020】
係数wの値が、0.453≦w≦0.497の範囲から外れる場合には、機械的品質係数Qmの値を十分に確保できない可能性がある。機械的品質係数Qmの値をより大きく確保する観点から、wは、0.472以上であることが望ましい。また、機械的品質係数Qmの値をより大きく確保する観点から、wは、0.474以下であることが望ましい。
【0021】
係数xの値が、0.006≦x≦0.017の範囲を下回る場合には、誘電損失が許容できない程度に大きくなる可能性がある。具体的には、例えば、1V/mmの電界印加時の誘電正接が0.30%を超え、あるいは200V/mmの電界印加時の誘電正接が0.40%を超える可能性がある。さらに、係数xが上記範囲よりも小さい場合には、機械的品質係数Qmの値が、1000未満の小さな値になる可能性もある。そして、係数xが上記範囲よりも大きい場合には、圧電磁器組成物におけるFeの含有量が増加するために部分的に絶縁性が低下することにより、圧電磁器組成物の製造工程における後述する分極処理時にリーク電流が流れて、圧電磁器組成物が損傷する可能性がある。
【0022】
係数yおよび係数zの値が上記範囲を下回る場合、すなわち、本実施形態の圧電磁器組成物がSiおよびAlを含有しない場合には、圧電磁器組成物の強度を十分に確保できない可能性があり、また、圧電磁器組成物の組成を十分に均一化できない可能性がある。圧電磁器組成物の強度を高めることにより、例えば、圧電磁器組成物の製造時における加工の工程における圧電磁器組成物の損傷、具体的には欠け(チッピング)等を抑制することができる。圧電磁器組成物の強度を十分に確保する観点からは、0.001≦y、および、0.001≦zとすることが好ましい。
【0023】
係数yの値が0<y≦0.002の範囲を超える場合、あるいは、係数zの値が0<z≦0.004の範囲を超える場合には、圧電磁器組成物の組成を十分に均一化できず、結晶性を十分に高められない可能性がある。また、係数yの値が0<y≦0.002の範囲を超える場合、あるいは、係数zの値が0<z≦0.004の範囲を超える場合には、誘電損失が許容できない程度に大きくなる可能性がある。例えば、1V/mmの電界印加時の誘電正接が0.30%を超え、あるいは200V/mmの電界印加時の誘電正接が0.40%を超える可能性がある。誘電正接を十分に小さくする観点からは、z≦0.003であることが好ましい。係数yおよびzの値を上記範囲にして誘電損失を低く抑えることにより、圧電磁器組成物を用いて圧電振動子、例えば超音波振動子を作製したときに、圧電振動子の動作中の発熱を抑えることができる。動作中の発熱を抑制できることにより、圧電振動子を長時間安定して使用することが可能になり、入力電力の制限を抑え、冷却装置を削減あるいは不要とすることができる。
【0024】
以上のように構成された本実施形態の圧電磁器組成物によれば、一般式(1)における各係数を既述した範囲とすることで、機械的品質係数Qmの向上や誘電正接に加えて、電気機械結合係数krおよびkt、キュリー点Tc等の特性のいずれについても高いレベルを満たす圧電磁器組成物を得ることができる。すなわち、駆動状態の特性に係る評価項目を含む広い範囲の評価項目において高いレベルを満たす圧電素子を得ることができる。具体的には、1V/mmの電界印加時の誘電正接を0.30%以下にすると共に200V/mmの電界印加時の誘電正接を0.40%以下とし、機械的品質係数Qmが1000以上であり、電気機械結合係数krおよびKtが40%を超え、キュリー点Tcを300℃以上とすることができる。これにより、従来にないバランスのよい圧電特性を実現することができる。また、一般式(1)における各係数を既述した範囲とすることで、圧電磁器組成物の強度を高めて圧電磁器組成物の損傷を抑えることができるため、得られる圧電素子の性能を高め、あるいは圧電素子を製造する際の歩留まりを高めることができる。なお、本願明細書における「誘電正接」は、周波数1kHzにおける誘電正接を指すものである。
【0025】
本実施形態の圧電磁器組成物では、一般式(1)における各係数を制御することにより、誘電正接、機械的品質係数Qm、電気機械結合係数krおよびKt、キュリー点Tc等の特性値を変更することができる。本実施形態の圧電磁器組成物の主成分を一般式(1)で表わしたときの各係数は、例えば、圧電磁器組成物の製造時における原料の配合割合によって調整することができる。圧電磁器組成物の製造方法については後述する。また、本実施形態の圧電磁器組成物の主成分を一般式(1)で表わした時の各係数は、圧電磁器組成物についてICP発光分光分析を行なうことにより求めることができる。試料中の測定対象となる元素が1000ppm以上の場合は、ICP−AES法(ICP発光分光分析法)を用い、1000ppmよりも少ない場合は、ICP−MS法(ICP質量分析法)を用いればよい。
【0026】
なお、本実施形態の圧電磁器組成物は、本発明の目的を阻害しない範囲で、上記主成分以外の他の成分を含有できる。他の成分としては、スズ酸鉛(Pb
2SnO
4)、酸化コバルト(CoO)、酸化ニッケル(NiO)、コバルトニオブ酸鉛(Pb(Co
1/3Nb
2/3)O
3)、ニッケルニオブ酸鉛(Pb(Ni
1/3Nb
2/3)O
3)、マグネシウムニオブ酸鉛(Pb(Mg
1/3Nb
2/3)O
3)等が挙げられる。これらは1種のみが含有されてもよく、2種以上が含有されてもよい。なお、これらの他の成分の含有量は、圧電磁器組成物全体に対して10mol%未満とすることが好ましい。
【0027】
B.圧電素子の製造方法:
図1は、上記した本実施形態の圧電磁器組成物を備える圧電素子の製造方法を示すフローチャートである。本実施形態では、圧電磁器組成物を固相反応法によって形成している。固相反応法とは、酸化物、炭酸塩、あるいは硝酸塩など、構成金属元素を含む化合物である原料粉末を、作製すべき酸化物の組成に応じて、上記原料粉末中の金属元素が所定の割合となるように秤量、混合した後、熱処理(焼成)を行って、所望の酸化物を合成する周知の方法である。
【0028】
圧電磁器組成物を製造する際には、まず、原料粉末を秤量し、混合する(工程T110)。原料粉末としては、例えば、酸化鉛(PbO)、酸化ジルコニウム(ZrO
2)、酸化チタン(TiO
2)、酸化ストロンチウム(SrCO
3)、酸化鉄(Fe
2O
3)、二酸化ケイ素(SiO
2)、および酸化アルミニウム(Al
2O
3)を用いることができる。これらの原料粉末を、一般式(1)における各係数の値に応じて秤量する。そして、これらの原料粉末にエタノールを加え、ボールミルを用いた湿式混合および粉砕を行ない、乾燥の後に原料混合粉末を得る。この工程T110が、「混合工程」に相当する。
【0029】
その後、得られた原料混合粉末を仮焼して粉砕し、仮焼粉末を得る(工程T120)。仮焼は、例えば、大気雰囲気下、800℃で2〜3時間行なうことができる。仮焼粉末の平均粒径は、例えば、0.6〜2.0μmとすることができる。この工程T120が、「仮焼工程」に相当する。
【0030】
仮焼の後、仮焼粉末から造粒粉末を作製し、得られた造粒粉末を成形して成形体を得る(工程T130)。具体的には、工程T130では、例えば、仮焼粉末にバインダ及びエタノールを加えた後に湿式混合粉砕を行ない、乾燥の後に造粒粉末を得る。そして、得られた造粒粉末を、所望の圧電磁器組成物の形状へと、一軸プレスにより成形する。圧電磁器組成物の形状は、例えば、円板状、円柱状、矩形平板状等とすることができる。成形の後に、例えば圧力150MPaでCIP処理(冷間等方静水圧プレス)を行って成形体を得る。
【0031】
その後、得られた成形体を、仮焼温度よりも高い焼成温度で焼成して、圧電磁器組成物を得る(工程T140)。焼成は、例えば、大気雰囲気下、1000〜1400℃で2〜4時間行なうことができる。また、焼成に先立って、脱脂(バインダ等の有機物の加熱による分解)を行なってもよい。この工程T140が、「焼成工程」に相当する。
【0032】
焼成の後には、得られた焼成体を、要求される寸法精度に応じて加工して、圧電磁器組成物から成る圧電体を完成する(工程T150)。加工は、例えば平面研磨により行なえばよい。
【0033】
その後、得られた圧電体の表面に導電性ペーストを塗布し、焼き付けることにより電極の取り付けを行なう(工程T160)。導電性ペーストは、例えば銀ペーストとすることができ、導電性ペーストの塗布は、例えばスクリーン印刷により行なえばよい。この工程T160は、「塗布工程」を含む。
【0034】
電極形成の後、分極処理を行なって(工程T170)、圧電素子を完成する。分極処理は、焼成体において圧電特性を発現させるための処理であり、例えば、電極が形成された圧電体を、100〜150℃のシリコーンオイル中で、3〜5kV/mmの直流電界を印加することにより行なうことができる。
【0035】
なお、工程T110においてボールミルを用いて原料粉末を湿式混合する際に、例えばアルミニウム(Al)を含有するボールを用いる場合には、圧電磁器組成物が、ボールに由来するアルミニウムを含有する可能性がある。このような場合には、工程T140の後に得られる圧電磁器組成物におけるアルミニウムの含有割合が、一般式(1)に関して記載した係数zの範囲を満たせばよい。工程T110における原料粉末の混合比率によって、圧電磁器組成物におけるアルミニウムの含有割合を精度よく制御するためには、工程T110でボールミル混合を行なう場合に用いるボールは、実質的にアルミニウムを含有しないことが望ましく、例えば、樹脂製のボールや酸化ジルコニウム(ZrO
2)製のボールを用いることが望ましい。なお、ボールが実質的にアルミニウムを含有しないとは、ボールにおけるアルミニウムの含有割合が、1.0wt%以下であることをいう。
【0036】
また、工程T160において電極を形成するために用いる導電性ペーストが、ケイ素(Si)を含有するガラス成分を含む場合には、圧電磁器組成物が、導電性ペーストに由来するケイ素を含有する可能性がある。このような場合には、工程T160の後に圧電磁器組成物におけるケイ素の含有割合が、一般式(1)に関して記載した係数yの範囲を満たせばよい。工程T110における原料粉末の混合比率によって、圧電磁器組成物におけるケイ素の含有割合を精度よく制御するためには、工程T160で用いる導電性ペーストは、実質的にケイ素を含有しないことが望ましい。なお、導電性ペーストが実質的にケイ素を含有しないとは、導電性ペーストにおけるケイ素の含有割合が、1.0wt%以下であることをいう。
【0037】
C.圧電素子:
図2は、
図1の製造方法に従って製造された圧電素子の一例を示す斜視図である。この圧電素子200は、工程T110〜T150に従って作製された本実施形態の圧電磁器組成物である円板状の圧電体100の上面と下面に、一対の電極301,302が取り付けられた構成を有している。
【0038】
本発明の実施形態において、圧電素子は、既述した圧電磁器組成物によって構成される圧電体と、この圧電体に接して設けられた少なくとも一対の電極と、を備えていればよい。圧電体は、
図2以外の種々の形状とすることができる。圧電体の形状は、例えば、円柱状、角柱状、あるいは、中央部に厚さ方向に貫通孔が設けられた柱状等の種々の形状とすることができる。なお、圧電素子は、これらの形状の圧電体が複数積層されて構成されていてもよい。
【0039】
上記「一対の電極」は、圧電体の表面に形成された導体層である。電極は、圧電体の上面および下面の各々に形成される構成とする他、各々の電極が圧電体の同一面に形成されていてもよい。また、電極の形状、大きさ及び材質等は特に限定されず、圧電体の大きさおよび用途等により適宜定めることができる。この電極の形状は、平面状でもよく、例えば一対の電極の各々を圧電体の同一面に形成する場合には櫛歯状とすることもできる。
【0040】
D.超音波振動子:
図3は、本発明の一実施形態としての超音波振動子を示す縦断面図である。この超音波振動子20は、ランジュバン型超音波振動子であり、圧電素子22と、該圧電素子22を挟持する上下一対の前面板25と裏打板26と、を備える。圧電素子22は、環状に形成された二枚の圧電体23a,23bを、その間に電極板24aを介装して積層し、かつ上側の圧電体23bの上部に電極板24bを配設して構成されている。圧電体23a,23bは、本実施形態の圧電磁器組成物によって構成されている。前面板25と裏打板26は、鉄またはアルミニウムを素材に用いて形成された円柱状金属ブロックからなる。そして、この前面板25と裏打板26との間に圧電素子22が配置され、これらが中心ボルト27によって一体に結合されている。
【0041】
前面板25と裏打板26は、圧電体23a,23bの直径に対して共に径大に形成されており、圧電体23a,23bとの当接端が、円錐部28,29を介して縮径されて圧電体23a,23bの直径と略等しくなっている。裏打板26の横断面の直径と前面板25の横断面の直径とは略同一寸法に設けられており、前面板25の外端面が超音波放射面30となっている。また、裏打板26には、裏打板26の外端面の中央部から軸線方向に沿って前面板25側へと延びる、横断面が円形の盲端孔31が形成されている。そして、かかる構成からなる超音波振動子20の全長が、所定の共振周波数の3/2波長の共振長に略一致するように設定されている。
【0042】
この超音波振動子は、圧電特性に優れた本実施形態の圧電磁器組成物によって構成される圧電素子を備える。すなわち、超音波振動子の圧電素子を構成する圧電磁器組成物として、1V/mmの電界印加時の誘電正接が0.30%以下であると共に200V/mmの電界印加時の誘電正接が0.40%以下であり、機械的品質係数Qmが1000以上であり、電気機械結合係数krおよびKtが40%を超え、キュリー点Tcが300℃以上である圧電磁器組成物を用いることができる。このように圧電性能に優れた圧電素子を用いることにより、安定した周波数で超音波を発生することが可能となる。また、強度に優れた圧電素子を用いており、さらに、動作時の発熱を抑制可能であるため、熱耐久性に優れた超音波振動子を実現できる。なお、
図3の超音波振動子は、2枚の圧電体23a,23bを備えることとしたが、異なる構成としてもよい。例えば、超音波振動子が備える圧電体の枚数は、3枚以上の任意の枚数に設定可能である。
【0043】
E.変形例:
上記実施形態では、圧電素子として超音波振動子を示したが、異なる構成としてもよく、振動検知用途や、圧力検知用途、発振用途、および、圧電デバイス用途等に広く用いることが可能である。実施形態の圧電素子は、例えば、他の圧電振動子である超音波モータや超音波メスに適用することができ、あるいは、各種振動を検知するセンサ類(非共振型ノッキングセンサおよび燃焼圧センサ等)、アクチュエータ、高電圧発生装置、各種駆動装置、位置制御装置、振動抑制装置、流体吐出装置(塗料吐出及び燃料吐出等)などの各種の装置に利用することができる。
【実施例】
【0044】
図4は、サンプルS01〜サンプルS18までの18種類の圧電素子についての、各サンプルの組成の圧電特性への影響に関する実験結果を示す図である。ここでは、サンプルS01〜S03、S06〜S08、S11〜S14は実施例であり、サンプルS04、S05、S09、S10、S15〜S18は比較例である。
図4では、各サンプルについての、比誘電率ε
33T/ε
0、誘電正接(tan δ)、径方向振動の電気機械結合係数kr、厚み方向振動の電気機械結合係数kt、機械的品質係数Qm、圧電d定数d
33、およびキュリー点Tcを示している。
【0045】
<各サンプルの作製>
各サンプルの圧電素子は、前述した
図1の工程T110〜T170に従ってそれぞれ作製した。
図4に示す各元素の比率は、焼成後の圧電素子に含有される各元素の比率を実測して求めたものである。工程T130では、造粒粉末の一軸プレスにより、径が19.0mm、厚みが1.4mmの円盤状の成形体を得た。ただし、誘電正接を求めるための試料は、直径14.0mm、厚み1.0mmの円盤状とした。また、動作時の温度上昇を測定するための振動子で用いた圧電体の形状は、後述する。なお、工程T170の分極処理の後、得られた圧電素子に対して100℃で5時間熱処理を施し、24時間経過後に、各種特性評価を行なった。評価方法は、以下の通りである。
【0046】
<比誘電率(ε
33T/ε
0)>
室温にて、インピーダンスアナライザ(ヒューレットパッカード社製、HP4194A型)を用いて測定を行ない、1kHzにおける静電容量の値から算出した。なお、サンプルS01〜S18のうち、サンプルS01およびS04については、0℃〜350℃まで温度変化させる条件下においても、比誘電率(ε
33T/ε
0)の測定を行なった。
【0047】
<誘電正接tan δ>
誘電損失の指標である誘電正接は、室温にて、インピーダンスアナライザ(ヒューレットパッカード社製、HP4194A型)を用いて測定を行ない、周波数1kHzにおける静電容量の値から算出した。具体的には、欧州規格BS EN50324−3:2002「Method of measurement High power」に準じて評価した。誘電損失としては、1V/mmの電界印加時の誘電正接(tan δ(1V/mm))、および200V/mmの電界印加時の誘電正接(tan δ(200V/mm))を求めた。
【0048】
<キュリー点Tc>
各サンプルを電気炉で加熱しながら上記インピーダンスアナライザを用いた測定により、圧電性が消失してΔf(=fp−fs)=0となる温度として求めた。なお、fpは、圧電素子の等価回路における直列共振周波数を表わし、fsは、並列共振周波数を表わす。
【0049】
<圧電特性(kr、kt、Qm、d
33)>
径方向振動の電気機械結合係数kr、厚み方向振動の電気機械結合係数kt、機械的品質係数Qm、および圧電d定数d
33は、電子情報技術産業協会規格(JEITA規格:Standard of Japan Electronics and Information Technology Industries Association)の規格番号EM−4501、「圧電セラミック振動子の電気的試験方法」にて評価した。
【0050】
<曲げ強度>
曲げ強度は、「JIS R 1601」に準拠した方法によって3点曲げ強度を測定した。
【0051】
<振動子の温度上昇の測定>
サンプルS01、S03およびS04の圧電素子を用いて、
図3と同様の超音波振動子を作製し、これらの超音波振動子に電圧を印加して作動させたときの経時的な温度変化を測定した。各々のサンプルの超音波振動子は、外形11.0mm、内径6.0mm、厚み2.0mmのリング形状の圧電体を6枚ずつ用いて作製した。超音波振動子に印加する電圧は、周波数55kHz、振幅15μmで固定した。振動速度は715mm/sec.であった。振動時の圧電素子の温度計測は、INFRARED THERMOMETER AD-5611A(株式会社エー・アンド・デイ製)を用いて行なった。
【0052】
図4のサンプルS01〜S03、S06〜S08、S11〜S14は、いずれも一般式(1)における各係数に係る既述した関係を満たしている。これらのサンプルは、1V/mmの電界印加時の誘電正接が0.30%以下であると共に200V/mmの電界印加時の誘電正接が0.40%以下(本実施例では、0.30%以下)であり、機械的品質係数Qmが1000以上であり、電気機械結合係数krおよびKtが40%を超え、キュリー点Tcを300℃以上であった。すなわち、一般式(1)における各係数に係る既述した関係を満たすことにより、駆動状態の特性に係る評価項目を含む広い範囲の評価項目において高いレベルを満たす圧電素子が得られることが確認された。
【0053】
これに対して、ペロブスカイト型構造のAサイトにおけるPbのモル比に係る係数mが、0.910≦m≦0.960の範囲を外れ、0.910未満であるサンプルS05では、電気機械結合係数krおよびktの値が、それぞれ40%以下の小さな値となった。さらに、サンプルS05では、圧電d定数d
33の値も、180(pC/N)を下回る小さな値となった。
【0054】
ペロブスカイト型構造のBサイトにおけるFeのモル比に係る係数xが、0.006≦x≦0.017の範囲を外れ、0.006未満であるサンプルS09およびS10では、1V/mmの電界印加時の誘電正接が0.30%より大きな値となり、機械的品質係数Qmが1000未満の小さな値となった。また、上記係数xが0.017を超えるサンプルS15では、
図1の工程T170の分極処理を行なったときに、サンプルの破損が生じた。これは、Feの含有量が多いことにより、圧電磁器組成物における絶縁性が部分的に低下して、分極処理時にリーク電流が流れたためと考えられる(
図4の備考欄には「分極NG」と記載)。破損したサンプルS15については、圧電特性に係る評価は行なっていない。
【0055】
ペロブスカイト型構造のBサイトにおけるSiのモル比に係る係数yが、 0<y≦0.002の範囲を外れ、0.002を超えるサンプルS04およびS09では、1V/mmの電界印加時の誘電正接が0.30%より大きな値となった。
【0056】
ペロブスカイト型構造のBサイトにおけるAlのモル比に係る係数zが、0<z≦0.004の範囲を外れ、0.004を超えるサンプルS04では、1V/mmの電界印加時の誘電正接が0.30%より大きな値となった。
【0057】
また、サンプルS01、およびサンプルS16〜S18は、係数yおよびz以外の係数の値がほぼ同じである。具体的には、サンプルS01は、係数yおよび係数zがいずれも0.001であり、サンプルS16は、係数yが0.001であって係数zが0であり、サンプルS17は、係数yが0であって係数zが0.001であり、サンプルS18は、係数yおよび係数zがいずれも0である。これらのサンプルを比較すると、サンプルS16〜S18は、サンプルS01と比べて、曲げ強度が劣り、100MPa未満の小さな値となった。さらに、このように強度が劣ることに起因して、サンプルS16〜S18は、
図1の工程T150の研磨工程において、欠けが生じた(
図4の備考欄参照)。これらの結果から、係数yおよび係数zがいずれも0.001以上となる割合でSiおよびAlを含有することにより、圧電磁器組成物の強度が高まることが確認された。
【0058】
ここで、0.910≦m≦0.960を満たす実施例のサンプルの中で、m以外の係数がほぼ同じであるサンプルS06〜S08を比較すると、m=0.920であるサンプルS08は、m=0.910であるサンプルS06およびm=0.930であるサンプルS07に比べて、電気機械結合係数krおよびktの値がいずれも高かった。そのため、mを0.920以上とすること、あるいは、mを0.93未満とすることにより、電気機械結合係数krおよびktの値を、より大きくすることが可能になると考えられる。
【0059】
0.453≦w≦0.497を満たす実施例のサンプルの中で、0.472≦w≦0.474を満たすサンプルS01〜S03は、機械的品質係数Qmが、160
0以上のより大きな値を示した。そのため、wを0.472以上とすること、あるいは、wを0.474以下とすることにより、機械的品質係数Qmの値を、より大きくすることが可能になると考えられる。
【0060】
図5は、代表的なサンプルS01〜S04について、1V/mmの電界印加時、および200V/mmの電界印加時の誘電正接を測定した結果をまとめて示す図である。サンプルS01〜S04は、一般式(1)の各係数のうち、Siのモル比に係る係数yおよびAlのモル比に係る係数zが互いに異なっており、サンプル番号が大きいほど、SiおよびAlのモル比(含有割合)が大きくなっている。
図5に示すように、SiおよびAlの含有割合が大きいほど、誘電正接(周波数1kHzにおける誘電正接)の値が大きくなった。特に、SiおよびAlの含有割合がサンプルS03の条件を超えると、すなわち、係数yが0.002を超え、かつ、係数zが0.004を超えると、誘電正接の値が急激に大きくなった。そのため、SiおよびAlの含有割合をサンプルS03の条件と同等以下とすること、すなわち、係数yが0.002以下であり、かつ、係数zが0.004以下とすることにより、誘電正接の値として安定して低い値が得られることが確認された。具体的には、1V/mmの電界印加時の誘電正接が0.30%以下の0.24%であり、200V/mmの電界印加時の誘電正接が0.40%以下という極めて低い値が実現できた。なお、いずれのサンプルにおいても、誘電正接は、1V/mmの電界印加時よりも200V/mmの電界印加時の方が大きくなった。
【0061】
図6は、代表的なサンプルS01、S03およびS04を用いて超音波振動子を作製し、動作時の温度変化を経時的に測定した結果を示す図である。
図6に示すように、サンプルS01およびS03では、継続使用時間が600時間を超えても、圧電素子温度は、40℃以下で安定していた。これに対して、サンプルS04は熱暴走して急速に温度上昇して使用不能となった。既述したように、係数yを0.002以下として、かつ、係数zを0.004以下とすることにより、誘電正接の値として安定して低い値が得られる。このようにして、圧電素子の誘電正接の値を、1V/mmの電界印加時の値が0.30%以下、あるいは、200V/mmの電界印加時の値が0.40%以下という極めて低い値とすることにより、圧電素子を組み込んだ超音波振動子の動作時における温度上昇を抑制し、長時間の安定使用を可能にする効果が得られることが確認された。
【0062】
図7は、代表的なサンプルS01、S09〜S14について、1V/mmの電界印加時の誘電正接を測定した結果と、Feの含有割合と、の関係を示す図である。特にS10〜S14は、Siのモル比に係る係数yおよびAlのモル比に係る係数zが共に0.002である点で共通している。
図7では、横軸にFeのモル比に係る係数xをとり、縦軸に誘電正接tan δをとることにより、圧電磁器組成物におけるFeの含有割合の誘電正接に対する影響を示している。
図7から、Feのモル比に係る係数xの値を0.006≦x≦0.017の範囲とすることで、1V/mmの電界印加時の誘電正接を0.28%以下の低い値に抑えられることが確認された。以上より、誘電正接は、Siの含有割合(y)およびAlの含有割合(z)に加えて、さらにFeの含有割合(x)の影響を受けるといえる。なお、
図7におけるサンプルS01とS13との比較より、Feのモル比に係る係数xが同じであれば、Siのモル比に係る係数yおよびAlのモル比に係る係数zは、いずれも、よりも小さい0.001とすることで、誘電正接をさらに低減できることが分かる。
【0063】
図8は、代表的なサンプルS01およびS04について、0℃〜350℃の温度範囲における比誘電率(ε
33T/ε
0)を測定した結果を示す図である。これらのサンプルを比較すると、比誘電率がピークを示すキュリー温度(キュリー点Tc)付近における比誘電率の変化率に違いがあった。すなわち、サンプルS01の半値幅は約30℃であり、サンプルS04の半値幅は約60℃であった。上記の結果より、サンプルS01の圧電磁器組成物の方が、サンプルS04よりも均一な組成および結晶により構成されており、そのため、誘電正接がより小さくなると考えられる。
【0064】
本発明は、上述の実施形態や実施例、変形例に限られるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において種々の構成で実現することができる。例えば、発明の概要の欄に記載した各形態中の技術的特徴に対応する実施形態、実施例、変形例中の技術的特徴は、上述の課題の一部又は全部を解決するために、あるいは、上述の効果の一部又は全部を達成するために、適宜、差し替えや、組み合わせを行うことが可能である。また、その技術的特徴が本明細書中に必須なものとして説明されていなければ、適宜、削除することが可能である。