(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記1種類以上の遷移金属の1つ又は複数の供給源が、スカンジウム、チタン、バナジウム、クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛、イットリウム、ジルコニウム、ニオブ、モリブデン、テクネチウム、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、銀、カドミウム、ルテチウム、ハフニウム、タンタル、タングステン、レニウム、オスミウム、イリジウム、白金、金及び水銀の1種類以上のそれぞれの供給源を含む、請求項1〜5のいずれか1項に記載の蒸着方法。
前記1種類以上の遷移金属の1つ又は複数の供給源が、スカンジウム、チタン、バナジウム、クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛、イットリウム、ジルコニウム、ニオブ、モリブデン、テクネチウム、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、銀、カドミウム、ルテチウム、及びハフニウムの1種類以上のそれぞれの供給源を含む、請求項1〜5のいずれか1項に記載の蒸着方法。
前記1種類以上の遷移金属の1つ又は複数の供給源が、コバルト、ニッケル、マンガン、鉄、バナジウム、モリブデン、チタン、銅及び亜鉛の1種類以上のそれぞれの供給源を含む、請求項1〜6のいずれか1項に記載の蒸着方法。
【背景技術】
【0002】
薄膜の形態の材料の堆積は、薄膜の多くの用途のために大きい関心が持たれており、種々の異なる堆積技術が周知である。種々の技術は、個別の材料に対してある程度好適となり、製造される薄膜の品質、組成及び性質は、典型的には、その形成に使用される方法に大きく依存する。従って、多くの研究が、特定の用途に適切な薄膜を製造可能な堆積方法の開発に当てられている。
【0003】
薄膜材料の重要な用途の1つは、リチウムイオンセルなどの固体薄膜セル又は電池における用途である。このような電池は、少なくとも3つの構成要素から構成される。2つの活性電極(アノード及びカソード)は電解質によって分離される。これらの構成要素のそれぞれは、支持基板上に順次堆積された薄膜として形成される。集電体、界面改質剤及び封入剤などのさらなる構成要素を設けることもできる。製造においては、構成要素は、例えばカソード集電体、カソード、電解質、アノード、アノード集電体及び封入剤の順序で堆積することができる。
【0004】
リチウムイオンの例では、アノード及びカソードは、リチウムを可逆的に貯蔵することができる。アノード材料及びカソード材料の別の要求は、材料の少ない質量及び体積から実現可能な高い重量的及び体積的貯蔵容量であるが、単位当たりに貯蔵されるリチウムイオン数はできる限り高くなるべきである。電池の充電及び放電プロセス中にイオン及び電子が電極を移動できるように、これらの材料は許容できる電子伝導及びイオン伝導も示すべきである。
【0005】
他の点では、アノード、カソード、及び電解質は異なる性質が必要となる。カソードは高電位において可逆的なリチウムインターカレーションを示すべきであり、一方、アノードは低電位において可逆的なリチウムインターカレーションを示すべきである。
【0006】
電解質はアノード及びカソードを物理的に分離するため、電池の短絡を防止するために電解質が非常に低い電気伝導度を有する必要がある。しかしながら、妥当な充電及び放電特性を可能とするために、材料のイオン伝導度をできる限り高くする必要がある。さらにこの材料は、サイクルプロセス中に安定であり、カソード及びアノードのいずれとも反応しないことが必要である。
【0007】
固体電池の製造では一連の問題が発生する。特に、カソードとして使用するのに好適な材料を製造するための信頼性が高く効率的な技術に対する関心が高い。多くの一般的なカソード材料の場合、電池のカソード層は、前述の概略で要求される性質を得るために結晶構造を有することが要求される。しかしながら、完成電池の製造及び加工における後のステップに適合するような方法でのある品質の結晶性カソード層の堆積は、問題を生じることが多い。
【0008】
薄膜電池の構成要素の多くの異なる堆積方法が知られている。「物理蒸着」という包括的用語を用いて一般的に言及される薄膜の剛性経路としては:パルスレーザー堆積(Tang, S.B., et al., J. Solid State Chem., 179(12), (2006), 3831-3838)、フラッシュ蒸発(Julien, C.M. and G.A. Nazri, Chapter 4. Materials for electrolyte: Thin Films, Solid State Batteries: Materials Design and Optimization (1994))、スパッタリング及び熱蒸着が挙げられる。
【0009】
これらの中でスパッタリングは、最も普及している堆積技術である。この方法では、特定の組成のターゲットが、ターゲット上で形成されたプラズマを用いてスパッタリングされ、その結果得られた蒸気が基板上で凝縮して薄膜を形成する。スパッタリングは、ターゲットから材料を直接堆積することを伴う。スパッタの生成物は多様であり、二量体、三量体、又はより高次の粒子を含み得る(Thornton, J.A. and J.E. Greene, Sputter Deposition Processes, Handbook of Deposition Technologies for films and coatings, R.F. Bunshah, Editor 1994, Noyes Publications)。薄膜の堆積速度、組成、形態、結晶性、及び性能は、使用されるスパッタリングパラメータとの複合的な関係性によって求められる。
【0010】
スパッタリングは、堆積される材料の特性及び性能に対する種々のスパッタリングパラメータの影響を予測することが困難であるという点で不都合であり得る。部分的には、これは、複数の堆積パラメータの膜特性に対する交絡的影響によるものである。スパッタリングされた薄膜の堆積速度、組成、形態、結晶性及び性能は、使用されるスパッタリングパラメータとの複合的な関係性によって決定される。従って、スパッタリングされる膜の個別のパラメータ(例えば、1種類の元素の濃度、堆積速度又は結晶性)を膜の他の性質に影響を与えることなく変更することは非常に困難となり得る。このため、目的の組成の実現は困難であり、そのため、膜の最適化、従って任意の意図される電池又は他の薄膜デバイスの性質の最適化が非常に問題となる。
【0011】
パルスレーザー堆積(PLD)技術は、組成的に独特のターゲットを使用し、高エネルギーを使用するために、スパッタリングと多くの性質を共有している。しかしながら、この経路では、粗いサンプルが得られる傾向があり、このことはスパッタリングでも問題となる。PLDによって作製したLiMn
1.5Ni
0.5O
4の薄膜の表面形態は粗くなると記載されており、堆積温度に依存して30nm以上のサイズの粒子が形成される(Wang et al. Electrochimica Acta 102 (2013) 416-422)。表面粗さは、固体電池などの層状薄膜構造では非常に望ましくなく、この場合、任意の大きく突出した特徴が、隣接する層中まで又はさらには貫通するまで延在することがある。
【0012】
化合物源の熱蒸着による薄膜の堆積は、電池の構成要素の合成においてLiMn
2O
4(LMO、リチウムマンガン酸化物)及びB
2O
3−Li
2Oなどの材料の場合で示されている(Julien, C.M. and G.A. Nazri, Chapter 4. Materials for electrolyte: Thin Films, in Solid State Batteries: Materials Design and Optimization (1994))。この場合、粒子エネルギーは、スパッタリング中に遭遇するエネルギーよりもはるかに低く、このためクラスター形成の抑制、表面粗さの減少、平滑で損傷のない表面の形成が可能となる。しかしながら、供給源と得られる薄膜との間の組成のばらつきなどの問題は、化合物蒸発ターゲットから始まるあらゆる経路(スパッタリング、PLD)で共通である。さらに基板温度と堆積される膜の組成との間に関係が存在し、この場合もそれによって、パラメータの交絡のために材料性能の最適化で問題が生じることが示されている。
【0013】
代案の1つは、元素からの直接の熱蒸着であるが、これは一般的ではない。Julien及びNazri(Chapter 4. Materials for electrolyte: Thin Films, Solid State Batteries: Materials Design and Optimization (1994))は、B
2O
3−xLi
2O−yLi
nX(X=I、Cl、SO
4及びn=1,2)を元素から直接合成する試みに言及しているが、結果は報告されておらず、著者らは、「この技術の実施における問題は、酸素圧送の向上、系の加熱部品を用いた高い酸素反応性の回避、及び表面上での酸素の反応を向上させるための単原子酸素源を利用可能にすることにある」と述べている。
【0014】
LiMn
2O
4(LMO)及びLiMn
1.5Ni
0.5O
4(LMNO)などの最高技術水準のカソード材料は、最適なイオン伝導度を実現するために結晶状態であることが必要である。これは、低温での堆積後のポストアニール又は高い基板温度での堆積のいずれかによって実現することができる。低い基板温度(250℃未満)で堆積されたカソードは、結晶性が不十分となることが多く、その結果として性能が低下する。従って、さらなる結晶化ステップが必要であり、これは堆積後の高温アニールによって通常は実現されるが、このステップによって膜中にリチウム欠陥が生じることがある(Singh et al. J. Power Sources 97-98 (2001), 826-831)。加熱した基板上にRFスパッタリングによって堆積されたLMOのサンプルは250℃の初期結晶化温度を有することが分かったが、200℃未満の基板温度を用いて成長させた膜は、広く拡散したXRDパターンを示し、これはX線で非晶質の材料と一致する(Jayanth et al. Appl Nanosci. (2012) 2:401-407)。
【0015】
結晶性LiNi
0.5Mn
1.5O
4(LMNO)薄膜は、550〜750℃のより高い基板温度でPLDを用いて堆積され、続いて同じ温度で1時間のポストアニールが行われた(Wang et al. Electrochimica Acta 102 (2013) 416-422)。これらのような高い基板温度の使用は、ある種の欠点を有する。リチウムの減少は、より高温でより顕著となり、堆積した膜と基板との間の材料の拡散のために相互汚染の可能性が存在し、そのため使用可能となり得る基板が制限される。
【0016】
以前に、本発明者らは、構成元素から直接、一部の薄膜電池の構成要素に好適なリン含有材料を合成することを示している(国際公開第2013/011326号;国際公開第2013/011327号)。しかしながら、この方法の複雑なところは、ホスフェートを形成可能にするためにリンを破壊するためのクラッカーを使用することである。カソード(リン酸鉄リチウム(LFP)− 実施例5、リン酸マンガンリチウム(LMP)− 実施例7)及び電解質材料(Li
3PO
4 − 実施例1及び窒素ドープLi
3PO
4 − 実施例6)の合成が開示されている。堆積された材料は非晶質であるため、カソード材料を結晶化させるために、LFP及びLMPの場合でそれぞれ500℃及び600℃の温度でのアニールが使用される。この研究は、薄膜セルを製造するための3つの基本構成要素の2つを示しているが、使用可能なセルは示していない。
【0017】
材料を高温に曝露して結晶化させることを伴うアニールプロセスは、堆積された材料の結晶性が不十分であれば常に使用可能となり得る。必要な温度は材料次第であるが、典型的には少なくとも500℃であり、大幅に高くなることがあり、得られる結晶層は品質が不十分となり得る。一例として、カソード材料のリチウムマンガンニッケル酸化物(LMNO;LiMn
1.5Ni
0.5O
4)は、スパッタリングした薄膜をアニールすることで結晶化したが、得られる層は多結晶であり、50〜150nmの直径の粒子で構成される。膜は多数の不純物相を含むことも示している(Baggetto et al., J Power Sources 211 (2012) 108-118)。
【0018】
また、アニールは、それ自体望ましくない複雑さがあり、それによって完成電池又は他の層状デバイスの製造が複雑になる。議論されるように、最高技術水準の材料に基づく固体電池は、結晶性電極(LiCoO
2、LiMnO
4、LiMn
1.5Ni
0.5O
4など)、及び非晶質電解質(LiPONなど)が要求される。この要求は、電解質の結晶化を回避するために、電解質層を堆積する前に電極をアニールすることが一般に必要となっていることを意味する。このステップは、十分な結晶化を行うために時間及びエネルギーの両方が必要である。さらに、1つ以上の高温処理ステップ(例えばLiMn
1.
5Ni
0.
5O
4:PLDの場合550〜750℃(Wang, Y., et al., Electrochimica Acta, (2013), 102(0), 416-422)と、ゾルゲル及び固相合成のための750〜800℃における複数のアニール(Zhong, Q., et al., J. Electrochem. Soc., (1997), 144(1), 205-213)とが通常は必要であり、それによってこのような高温処理に適合する基板などの構成要素が限定される。さらに、このようなプロセスでは、逐次手段による積層セルの堆積が妨げられるが、その理由は、既に堆積された任意の電解質もアニールされることになり、それによって結晶化が起こるからである。このような結晶化は、最高技術水準の電解質LiPONのイオン伝導度を大きく低下させることが知られている。結晶LiPONの伝導度は、非晶質材料の伝導度よりも7桁小さいことが知られている(Bates et al. Synthesis, Crystal Structure, and Ionic Conductivity of a Polycrystalline Lithium Phosphorus Oxynitride with the γ-Li
3PO
4 Structure. Journal of Solid State Chemistry 1995, 115, (2), 313-323)。このような高温処理に関連するさらなる問題としては、層間剥離、及び個別の層の亀裂が挙げられる。
【0019】
これらの問題に対処するための技術が提案されている。例えば、集束イオンビームを提供することによって、結晶膜をin-situで堆積可能であることが示されている(国際公開第2001/73883号)。この場合、カソード材料の吸着原子(この場合、構造又は膜がまだ形成されていない材料の粒子、分子、又はイオンとして定義される)が基板上に堆積されながら、イオンの第2流束によってエネルギーがカソード材料に供給された。第2材料の流束によって、第1材料の近傍にエネルギー(5〜3000eV)が供給されて、望ましい結晶材料の成長が支援された。このことはカソードとしてのLiCoO
2の場合で実証されている。LiCoO
2の場合、O
2イオンのビームが室温堆積に使用された。この酸素ビームは、LiCoO
2の結晶化及び化学量論の両方を制御する2つの機能を有すると言及されている(欧州特許第1,305,838号)。イオンのビームは、組成制御と、緻密な膜の形成と、得られた膜の結晶化との、薄膜の形成で遭遇する3つの問題に対処する。しかしながら、イオンビームは、プロセスの複雑な側面となる。
【0020】
従って、薄膜電池中の電極としての使用に好適な結晶性材料の改善及び簡略化された堆積方法が必要とされている。改善によって、電池の全体的性能を向上させる本質的に良好な材料を得ることができ、層状薄膜構造のより良好な製造も可能となり得る。
【発明を実施するための形態】
【0036】
本発明は、蒸着による結晶性リチウム含有遷移金属酸化物化合物(リンを含まない)の薄膜を含むサンプルの形成方法を提供する。この化合物の各成分元素は、それぞれの供給源からの蒸気として別々に供給され、成分の原子状元素の蒸気は、共通の加熱された基板の上に共堆積される。成分元素は基板上で反応して化合物を形成する。
【0037】
本開示に関連して、用語「元素」は「周期表の元素」を意味する。従って、本発明により形成される化合物は、リチウム(Li)、酸素(O)及び1種類以上の遷移金属を含む成分元素を含む。他の成分元素は、形成される個別の結晶性化合物に依存するが、いずれの場合も、化合物の各元素は、蒸気の形態で別々に供給され(又は場合により適切であれば合流して混合蒸気又はプラズマとなる)、各蒸気は共通の基板上に堆積される。
【0038】
また本開示に関連して、用語「リチウム含有遷移金属酸化物化合物」は、「リチウム、酸素、1種類以上の遷移金属、及び場合により1種類以上の別の元素を含有する化合物」を意味し、ここで「化合物」は、「化学反応によって一定の比率の2種類以上の元素の化合によって形成された物質又は材料」である。
【0039】
本開示に関連して、用語「結晶」は、「結晶の特性の原子、イオン、又は分子の規則的な内部配列を有する固体」を意味し、すなわち、その格子中で長い範囲の秩序を有することを意味する。本発明の方法によると、化合物が堆積される1種類以上の成分元素が遷移金属元素である場合、説明する中程度の温度において所望の化合物を結晶形態で堆積できることが分かった。本開示に関連して、「遷移金属」は「周期表の3族〜12族である周期表のd−ブロックの任意の元素、及びf−ブロックのランタニド及びアクチニド系列中の任意の元素(「内部遷移金属」とも呼ばれる)」を意味する。大きさ及び重量がより小さいために原子番号72以下の遷移金属の関心が特に高く、これらは、スカンジウム、チタン、バナジウム、クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛、イットリウム、ジルコニウム、ニオブ、モリブデン、テクネチウム、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、銀、カドミウム、ルテチウム、及びハフニウムであり、特にコバルト、ニッケル、マンガン、鉄、バナジウム、モリブデン、チタン、銅、及び亜鉛であり、電極として意図される材料に使用される。しかしながら、タンタル、タングステン、レニウム、オスミウム、イリジウム、白金、金、水銀、及びそれ以上のより重い遷移金属が排除されるものではない。
【0040】
図1は、本発明の一実施形態の方法の実施に好適な一例の装置10の概略図を示している。堆積は真空システム12中で行われ、これは超高真空システムであってよい。所望の材料の基板14(堆積される結晶性化合物の意図される目的により決定される)が真空システム12中に搭載され、ヒーター16を用いて室温より高温まで加熱される。温度については以下にさらに議論する。真空システム中には複数の蒸発源も存在し、所望の薄膜化合物中の成分元素のそれぞれについて1つの供給源となる。第1蒸発源18は、酸素プラズマ源などの原子状酸素源を含む。第2蒸発源20はリチウム蒸気源を含む。第3蒸発源22は遷移金属元素の蒸気源を含む。第4蒸発源24は、所望の化合物の成分元素により、さらなる遷移金属元素の供給源を含むことができる。任意の数の別の蒸発源(26、28など、想像線で示される)を、目的の化合物材料中に含まれる元素数に依存して、場合により含むことができる。例えば、化合物が酸窒化物である、又は窒素でドープされる場合、窒素源を含むことができる。混合窒素酸素プラズマを供給するために酸素プラズマ源に窒素を導入することによって、窒素を供給することもできる。しかしながら、蒸発源によってリンは供給されない。
【0041】
各蒸発源の性質は、それが供給する元素に依存し、供給速度又は流束にわたって必要な制御量にも依存する。例えば、特に酸素蒸発源の場合、供給源はプラズマ源であってよい。プラズマ源は、プラズマ相酸素、すなわち、酸素原子、ラジカル及びイオンの流束を供給する。供給源は、例えば高周波(RF)プラズマ源であってよい。高酸化状態の元素を含む化合物を堆積する場合に、原子状酸素が有利である。あるいは、酸素はオゾン源を用いて供給することができる。窒素含有化合物が形成されるべき場合には、窒素を供給するためにRFプラズマ源などのプラズマ源を使用することもできる。例えば、リチウム含有遷移金属酸化物化合物は酸窒化物であってよい。
【0042】
電子ビーム蒸発器及びクヌーセンセル(K−セル)は蒸発源の別の例であり、これらは低い分圧の材料に適している。いずれの場合も、材料をるつぼの中に維持し、加熱することで、材料の流束が発生する。クヌーセンセルではるつぼの周囲に一連の加熱フィラメントが使用され、一方、電子ビーム蒸発器では、高エネルギー電子ビームを材料上に向けるために磁石を使用することによって加熱が行われる。
【0043】
別の例の蒸発源は、噴散セル及びクラッキング源である。しかしながら、本発明の実施形態はクラッキングの必要性が全くなく、従ってこのような蒸発源の使用に固有の複雑性は回避される。さらに別の蒸発源は当業者には明らかであろう。
【0044】
堆積プロセス中、各成分元素の制御された流束が、そのそれぞれの蒸発源18〜28から加熱された基板14の上に放出され、それによって種々の元素が共堆積される。これらの元素は基板14で反応して、結晶性リチウム含有遷移金属酸化物化合物の薄膜層29を形成する。
【0045】
化合物を形成する成分元素の反応は、基板上に堆積する前の蒸気相中ではなく、基板表面上で起こる。理論によって束縛しようと望むものではないが、蒸気形態の各成分元素は、加熱された基板表面に衝突して付着し、そこで各元素の原子は次に表面上で移動し、それによって互いと反応して酸化物化合物を形成することができると考えられる。
【0046】
真空中でプロセスを行うことで、それぞれの供給源から真空中を移動する蒸気相粒子の平均自由行程(別の粒子に衝突するまでに移動する平均距離)が確実に長くなり、それによって基板上に堆積する前に粒子間で衝突する確率が最小限となる。従って、有利には、衝突せずに粒子が基板に到達する確率を増加させるために、供給源から基板までの距離が平均自由行程未満となるように配置され、それによって蒸気相の相互作用が回避される。従って成分元素の反応は加熱された基板表面に限定され、薄膜化合物材料の品質が向上する。
【0047】
本発明の重要な利点の1つは、元素から直接化合物の成分を堆積することで、成分元素の堆積速度によって化合物組成を直接制御できることである。各元素の流束は、それぞれの蒸発源を適切に操作することによって独立に制御することができ、それにより、必要に応じて、堆積される化合物の化学組成を厳密な要求に従って調整することができる。従って堆積される化合物の化学量論の直接制御は、流束の制御、従って各成分元素の堆積速度の制御によって可能となる。スパッタリング及びパルスレーザー堆積などの従来の堆積技術では、より軽い元素が優先的に損失する問題が生じることがあり、そのため最終化合物中の元素の比率の制御がより困難になり、本発明では、損失が大きいと思われる元素は補償のために比率を増加させて供給できるため、この問題が緩和される。これによって、より高い品質の材料を堆積することができる。
【0048】
また、成分元素からの直接の堆積では、スパッタリングターゲット又は前駆体の必要性がなくなり、追加の元素を直接組み込むことができ、新しい堆積ターゲットを作製する必要がない。さらに、表面に損傷がなく平滑で緻密な膜の堆積が可能となる。前述の例などの蒸発源からは、スパッタリングによって生じるよりも低いエネルギーの粒子が生成され、このより低いエネルギーによって、堆積される薄膜のクラスター形成が防止され、表面粗さが減少し、このことはパルスレーザー堆積の場合にも問題となっている。
【0049】
重要なことには、本発明によって、結晶性リチウムリッチ遷移金属酸化物の直接堆積が可能となる。結晶性の特徴によって、これらの化合物は、薄膜電池中の電極、特にカソードとしての使用に好適となる。バルク及び薄膜サンプルの両方の場合の従来の合成条件下では、材料を結晶化させるために、通常は堆積後アニールステップが必要となり、これによってプロセスが複雑になり、また非晶質を維持する必要がある任意の既に堆積された材料には適合しない。従って本発明はリチウム系薄膜カソードの製造技術の提供に有益である。
【0050】
本発明の特徴の1つは、基板の中程度の加熱である。室温の基板上への構成元素の直接堆積による非晶質リン含有薄膜材料の合成を示している本発明者らの以前の研究(国際公開第2013/011326号、国際公開第2013/011327号)は、その技術が、別の材料でも可能となり得ると示唆していた。しかしながら、この技術では非晶質材料のみが製造され、結晶性カソード材料を製造するためには350℃〜750℃の範囲内の温度の別個のアニールステップが必要であった。
【0051】
高温における非晶質から結晶性への状態変化はよく知られており、非晶質材料を加熱することによって結晶性材料を製造するためのアニールプロセスにおいて意図的に使用される。通常は非常に高い温度が必要であり、さらなる別個のステップによって複雑さが増す。代替法の1つとして、堆積中に基板を加熱することによって、場合により結晶化を促進することができるが、この場合も、非常に高い温度が必要とされる。例えば、結晶性LiNi
0.5Mn
1.5O
4(LMNO)薄膜は、550℃〜750℃の基板温度でPLDを用いて堆積されたが、続いて同じ温度で1時間のアニールが依然として必要であった(Wang et al. Electrochimica Acta 102 (2013) 416-422)。さらに、PLDを使用することで、薄膜の大きい表面粗さが生じた。
【0052】
従って、蒸気相の成分元素を中程度に加熱した基板の上に直接堆積することによって、結晶性リチウム含有遷移金属酸化物のサンプルを首尾良く製造できることは驚くべき予期せぬ結果である。これに関連して「中程度」は約150℃〜450℃の温度範囲である。これらの温度は、アニールによって結晶化させるために必要な温度よりもはるかに低く、また、他の技術による堆積中に結晶化を促進するために使用されているこれまで報告されている基板温度よりもはるかに低い。リチウム、酸素及び、1種類以上の遷移金属を含む成分元素の供給、及び基板の約150℃〜450℃への加熱は、基板表面上で首尾良く反応させて直接結晶形態で化合物を形成するための必要条件となることが分かった。有用な性質を有する安定で良好な品質の結晶性化合物が形成される。
【0053】
実験結果
例として、本発明の実施形態による方法によって結晶性リチウムマンガン酸化物及び結晶性リチウムマンガンニッケル酸化物の薄膜を製造した。
【0054】
特に記載しない限り、堆積は、Guerin, S; Hayden, B. E., J. Comb. Chem., 2006, 8, 66及び国際公開第2005/035820号に記載の配置を用いた超高真空(UHV)システム中で行った。膜は、TiO
2(10nm)及び白金(100nm)で被覆されたサファイア基板(AlOPt、Mir Enterprises製)の上に堆積した。
【0055】
カソードとして意図されるリチウムマンガン酸化物及びリチウムマンガンニッケル酸化物(それぞれLMO及びLMNO)の薄膜は、リチウム、マンガン、ニッケル、及び酸素の供給源から合成した。マンガン及びリチウムはクヌーセンセルから堆積した。ニッケルは電子ビーム蒸発器から堆積し、酸素はプラズマ原子源によって供給した。クヌーセンセルは、材料を収容するためのるつぼを含み、これは一連の加熱フィラメントの内部に維持される。この例のように、これらは典型的には低い分圧で材料を蒸発させるために使用される。電子ビーム蒸発器も材料を収容するためにるつぼを使用しているが、発熱体によって熱を加える代わりに、一連の磁石によって高エネルギー電子ビームを材料上に向ける。これによって材料が加熱されて、材料の流束が発生する。電子ビーム蒸発器は、低い分圧の材料(例えばニッケル)に通常は使用される。
【0056】
25℃〜350℃の基板温度で一連のLMOのサンプルを堆積した。使用する基板温度を変化させることによって、結晶化の閾値を求めることができ、得られる材料の結晶化は温度を上昇させると向上した。
【0057】
図2は、異なる温度で堆積したLMOのサンプルのX線回折測定の結果を示している。線30は室温(25℃)で堆積したLMOを表し、回折パターン中に明確なピークは示されていない。このことは、室温で堆積した場合に予想される非晶質材料と一致する。基板温度を150℃(線32)まで上昇させると結晶化が起こり、これは、このサンプルで記録された回折パターンが、LiMn
2O
4(00−035−0782)の111反射と一致する約18.6°において小さいピークを示すことから分かる。200℃未満の温度でのLMO薄膜の堆積がX線で非晶質材料であることを示す従来技術(Jayanth et al. Appl Nanosci (2012) 2:401-407)を考慮すると、わずか150℃の基板温度においてX線回折で結晶化が観察されることは驚くべきことである。基板温度をさらに250℃(線34)まで上昇させると、111反射のピーク強度の増加で示されるように、さらなる結晶化の向上が確認される。350℃で堆積したLMO(線36)は、この角度でピーク強度のさらなる増加を示している。明らかに、データが
図2に示されるものの間の温度への基板の加熱によっても、最高約450℃などの幾分より高い基板温度と同様に、結晶性材料が製造される。
【0058】
これらのピークの半値全幅(FWHM)を求めることで、改善された結晶化へのさらなる洞察が得られる。より大きい微結晶によって秩序化が向上するため、微結晶が成長するとFWHMが減少する。150℃で堆積したLMOは0.882°のFWHMを示す。これはシェラーの式によっておおよその微結晶サイズに変換することができ、この場合は約9nmである。堆積温度を250℃まで上昇させると、FWHMが0.583°に減少し、これに伴って微結晶サイズが14nmに増加する。温度を350℃までさらに上昇させると、FWHMは0.471°となり、微結晶サイズは17nmとなる。
【0059】
従って、これらの適度な基板温度で良好な品質の構造化された結晶性材料が得られる。これは、ポストアニールの必要性がなくなること、及びアニールに必要な温度よりも製造温度が低下することの両方によって、周知の技術よりも大きい改善を示している。
【0060】
詳細に前述した技術を用いて種々の条件下で、リチウムマンガンニッケル酸化物(LMNO)サンプルを作製した。この場合も、ごく適度な基板温度で、結晶性材料が首尾良く直接堆積された。使用する基板温度を変更することによって、得られる材料の結晶化を向上させることができる。
【0061】
図3は、異なる温度で堆積したLMNOのサンプルのX線回折測定の結果を示している。線38で示される室温(25℃)で堆積した材料は、回折パターン中に明確なピークは示さず、この温度で予想される非晶質材料と一致している。温度を150℃(線40)まで上昇させると、結晶化が向上し、このサンプルで記録された回折パターンは、LiMn
1.5Ni
0.5O
4(04−015−5905)の111反射と一致する約18.6°において小さいピークを示す。基板温度を250℃(線42)までさらに上昇させると、111反射のピーク強度がより大きくなることで示されるように、結晶化のさらなる向上が確認される。350℃(線44)で堆積した材料は、この角度でのピーク強度のさらなる増加を示し、450℃(線46)で堆積したLMNOは、この角度のピーク強度のさらなる増加を示している。明らかに、データが
図3に示されるものの間の温度への基板の加熱によっても、結晶性材料が製造される。
【0062】
これらのピークの半値全幅(FWHM)を求めることで、改善された結晶化へのさらなる洞察が得られる。より大きい微結晶によって秩序化が向上するため、微結晶が成長するとFWHMが減少する。150℃で堆積したLMNOは0.841°のFWHMを示す。これはシェラーの式によっておおよその微結晶サイズに変換することができ、この場合は約10nmである。堆積温度を250℃まで上昇させると、FWHMが0.805°にわずかに減少し、これより微結晶サイズは約10nmとなる。温度を350℃にさらに上昇させると、FWHMは0.511°となり、微結晶サイズは16nmとなる。450℃で行った堆積は、0.447°のFWHM、及び18nmの微結晶サイズを示す。
【0063】
従って、LMOの場合と同様に、良好な品質の構造化された結晶性LMNOを、これらの中程度の温度の基板で得ることができる。実際には、LMNOのX線回折測定によって、ポストアニールを全く必要とせず、イオン源などの二次供給源にエネルギーを供給することなく、従来示された温度よりもはるかに低い中程度の温度で結晶性LMNOを堆積できることが明確に実証される。比較として、ゾルゲルサンプルを用いて結晶性LMNOを製造するために必要なアニールプロセスでは750℃における3回のアニール及び800℃におけるさらに1回のアニールが必要であることが以前に示されている(Zhong, Q., et al., J. Electrochem. Soc., (1997), 144(1), 205-213)。
【0064】
結晶性のLMO及びLMNOの表面の特性決定
本発明の実施形態により堆積したLMO及びLMNOのサンプルの表面形態を、別の方法で堆積したものと比較して、改善点を確認した。
【0065】
図4(a)〜
図4(e)は、30K倍の倍率の走査型電子顕微鏡(SEM)画像の形式で結果の一部を示している。
図4(e)及び
図4(d)は、それぞれ225℃及び350℃の基板温度で本発明により堆積したLMO薄膜を示しており、
図4(a)、
図4(b)及び
図4(c)は、それぞれ200℃、300℃、及び400℃の基板温度でRFスパッタリングを用いて堆積したLMO膜を示している(Jayanth et al. Appl Nanosci (2012) 2:401-407)。本発明により225℃及び350℃の両方において堆積したLMOは、200℃及び300℃においてRFスパッタリングによって堆積したものよりも大きく減少した粗さを示すことに留意されたい。本発明により350℃で堆積したLMO膜上には、直径約100nmの非常に少数の特徴のみが観察され、225℃で堆積した膜上ではさらにその数が少ない。これらのサンプルは、スパッタリングによって堆積した膜よりもはるかに平滑であり、例えば300℃で堆積した膜からは約1μmの直径の特徴を有することが観察できる。スパッタリングした膜上に観察される特徴は、本発明の実施形態により堆積した膜上で観察される特徴よりも全体的に1桁大きく、このことは、これらの薄膜をデバイス中に組み込む場合に大きい差となる。例えば、この向上した膜品質は、膜の複数の薄層を互いの上に堆積する場合に重要となる。固体電池中のカソードとしてLMOを使用する場合、表面の突出部が電解質中及び電解質を貫通して延在することによって、LMOと上にあるアノードとの間で直接接触するのを防止するために、固体電解質の好適な厚さの層をLMO上に堆積することが必要となる。本発明の使用によって実現できるようにLMO層の平滑性が増加すると、より薄い電解質層の使用が可能となり、その結果、より効率的な固体電池が得られ、その電池がより安価でより効率的に製造される。
【0066】
図5(a)及び
図5(b)は、LMNOサンプルのSEM画像の比較を示している。
図5(a)は、本発明により350℃で堆積したLMNOを示しており、
図5(b)は、マグネトロンスパッタリングによって堆積し、空気中700℃(上の画像)及び空気中750°(下の画像)のポストアニールを行ったLMOを示している(Baggetto et al., J. Power Sources, (2012), 211, 108-118)。これらの画像から分かるように、本発明により製造したサンプルは、スパッタリングによって堆積しポストアニールを行った従来技術の膜表面よりもはるかに平滑で緻密な膜表面を示している。
【0067】
さらなる実験結果:225℃で堆積したLMO
225℃の基板温度で堆積され、液体電解質半電池又は固体全電池のいずれれかで使用したLiMn
2O
4薄膜のサイクリックボルタンメトリー及び定電流/定電圧(CC/CV)測定によって、本発明により製造した膜が電気化学的に活性であり、文献に示されるものと均等な容量を有することが示される。
【0068】
図6は、典型的な構造の一例のリチウムイオン薄膜電池又はセル50の概略断面図を示している。このような電池は、1種類以上の堆積又は他の製造プロセスによって通常は形成される一連の層を含む。基板52は、種々の層を支持する。基板から始めた順序では、カソード集電体54、カソード56、電解質58、アノード60、及びアノード集電体62である。これらの層の上には適切な保護封入層64が形成される。別の例では、これらの層は反対の順序で配列することができ、例外は封入層であり、この層が含まれる場合、常に最後の層となる。
【0069】
薄膜セル中で機能させるための本発明により積層した薄膜の能力を試験するために、225℃の基板温度を用いて、別個の供給源から適切な比率でリチウム、マンガン、及び酸素を共堆積することによって、リチウムマンガン酸化物(LMO)の半電池を作製した。使用した条件は、試験サンプルの堆積によって決定され、その組成は、レーザーアブレーション誘導結合質量分析(ICPMS)を用いて測定し、リチウム源及びマンガン源の比率は、所望の組成を堆積するための最適条件を求めるために相応に変更した。厚さ300nmのLMOを白金パッドの2.25mm
2の領域上に堆積し、電解質としてのEC:DMC=1:1中の1MのLiPF
6及び対極の基準電極としてのリチウム金属を有する半電池中に組み込んだ。
【0070】
図7は、Li/Li
+に対して4.3〜3.0Vの電位ウィンドウで0.1〜25mV/s(0.2〜45C)の範囲の種々の速度におけるLMO薄膜の放電曲線を示している。
【0071】
図8は、Li/Li
+に対して5.0〜3.0Vの電位ウィンドウで0.1〜25mV/s(0.2〜45C)の種々の速度で放電させたLMO膜の測定容量を示している。
【0072】
これらの測定から、本発明者らは、LMO材料の容量は、1Cの充電率及び放電率で放電容量が60mAhg
−1又は29μAhcm
−2μm
−1であることを確認している。充電及び放電の時間はCレートで表され、ここで1Cレートは1時間での完全な充電/放電に相当し;「n」Cレートでは1/n時間でセルの充電/放電が行われる。一般に、電池は、遅いレート(約0.01C)を使用して充電及び放電が行われ、レートが増加すると利用可能な容量が低下する。実際、「ほとんどの商業用セルは、10Cから出発するレートで充電すると、それらの貯蔵エネルギーの数パーセントしか使用されない」(Braun, P.V., Current Opinion in Solid State Materials Science, 16, 4 (2012), 186-198)。これらの結果は、類似の基板温度において別の方法を使用して堆積したLMOよりも改善される。RFスパッタリングによって200℃で堆積したLMO薄膜は、放電容量が24μAhcm
−2μm
−1であることが示されており(Jayanth et al. Appl Nanosci (2012) 2:401-407)、PLDによって200℃で堆積したLMOは放電容量が約18μAhcm
−2μm
−1であることが示されている(Tang et al. J. Solid State Chemistry 179 (2006) 3831-3838)。0.1〜150mV/sの掃引速度(0.2〜270CのCレートと均等)を用いて3V及び5Vの電圧制限の間でサイクリックボルタンメトリーを用いてサイクルを行うことで、堆積したLMOの速度能力を調べるための実験を行った。結果を表1に示しており、Li/Li
+に対して4.3〜3.0Vの電位ウィンドウで0.1〜150mV/s(0.2〜270C)の範囲の種々の速度におけるLiMn
2O
4薄膜の掃引速度の関数としての容量をまとめている。
【0074】
従って、本発明の実施形態による方法によって堆積したLMOは、
図8に示されるように、良好なサイクル能力を示し、高いレートでサイクルを行った場合に容量の低下がごく中程度であり、35サイクルにわたってわずかな容量損失を示す。サイクル1〜19の平均容量は58.73mAg
−1になると確認された。さらなる15サイクルの後、45Cまでのレートで、PVD LMOの容量は、56.84mAg
−1(3.2%の損失)までのわずかな低下が観察された。高レート(最大270C)でサイクルを行うと、PVDで堆積したLMOは、わずかに中程度の容量の低下を示す(表1参照)。これらの低下は、別の手段によって堆積したLMOで観察されるよちもはるかに小さい。例えば、Chen et al(Thin Solid Films 544 (2013) 182-185)は高レート性能LMOを主張している。この場合、LMOは、45Cでサイクルを行った場合にその初期容量(0.2Cにおける)の最大でわずか22%を示す。直接比較すると、本発明によって堆積したLMOは、その容量の30%を維持する。高レートでLMOの容量を利用できるため、この材料は、高出力の短いバーストが必要な用途に有用である。
【0075】
図9は、本発明により225℃の基板温度で堆積したLMOカソードを含む固体セルに対するCC/CV実験の放電曲線を示している。セルは、Li/Li
+に対して4.0〜2.5Vの電位ウィンドウで1〜45Cの範囲の種々のレートで放電した。セルは、面積が2.25mm
2であり、全体的に超高真空中の物理蒸着によって堆積し、LMOカソードは本発明により堆積した。リチウム、マンガン、及び酸素の供給源から、10nmのTiO
2及び100nmのPtで被覆されたサファイア基板の上に、300nmのLMOカソードを直接堆積した。カソード堆積の間、基板温度を225℃に維持し、in-situ熱電対によって監視した。225℃において、リチウム、ホウ素、ケイ素、及び酸素の供給源から、ホウケイ酸リチウムを含む固体電解質を直接堆積して、800nmの厚さを得た。同様に225℃で、スズ及び酸素の供給源からSnO
2アノードを直接堆積して、10nmの厚さを得た。これらの堆積は、次々に同じ真空チャンバー中で行った。各層の領域を画定するために物理的マスクを使用した。マスクは電解質とアノードとの堆積の間に交換した。SnO
2層の完成後、サンプルを室温(17℃)まで冷却した後、PVDによってニッケル集電体を堆積した。
【0076】
図9から分かるように、1Cでサイクルを行ったときのこれらのセルの初期容量は0.1μAhであり、これは19μAhcm
−2μm
−1に相当し、このことは、10μAhcm
−2μm
−1未満の放電容量が平衡セルに関して報告されているLMO電極及びSnO
2電極を有し液体電解質を使用するセルの以前の実証(Park, Y. J. et al., J. Power Sources, 88, (2000), 250-254)と比較して顕著な改善を示している。これらの結果は、セルが高レートで機能できることを示しており、このことは電力の短いバーストが必要となる高出力用途に必要である。
【0077】
図10は、1つのセルの50サイクルにわたる放電容量のプロットの形式でこれらのセルのさらなる実験結果を示している。セルは、4.0〜2.5Vで1Cのレートで充電及び放電を行った。最初の20サイクルの間に初期容量損失が観察されたが、この後、容量保持は適度に良好であり、このことは再充電可能なセルが得られたことを示している。
【0078】
これらの結果は225℃で堆積したLMOでの場合のものであるが、
図2に示されるデータは、150℃〜350℃の範囲にわたる別の温度で堆積したLMOの場合でも機能するセルが得られると予想できることを示している。
【0079】
さらなる実験結果:350℃で堆積したLMNO
LMOと同じ方法で、本発明の実施形態により350℃の基板温度で堆積したLMNOが電気化学的に活性であることが示された。
【0080】
350℃の基板温度で適切な比率のリチウム、マンガン、ニッケル、及び酸素を共堆積するために、本発明の一実施形態による方法を使用してリチウムマンガンニッケル酸化物(LMNO)の半電池を作製した。ケイ素/窒化ケイ素基板及び白金パッドで構成される電気化学的アレイをこの場合の基板として使用した。EC:DMC=1:1中の1MのLiPF
6を電解質として、リチウム金属を対極として使用して半電池を完成した。
【0081】
図11は、このセルに対して行った第1サイクルのサイクリックボルタンメトリーの結果を示している。これらの測定は、3〜5Vで1mVs
−1の掃引速度で行い、これは1.8Cの充電率と均等であった。充電中4.1V及び4.7Vにおいて明確にピークを見ることができ、これは膜中にMn
3+及びNi
2+の両方が存在することを示している。これより、組成がLiMn
1.5Ni
0.5O
4−δ(式中のδは0〜.05である)の酸素欠乏LMNOが生成されたと推定することができる。
【0082】
図12は対応する放電曲線を示している。これより、この半電池の液体電解質中のLiに対するLMNOの放電容量が53mAg
−1、であることが分かり、これはLiMn
1.5Ni
0.5O
4の理論容量の36%である。
【0083】
さらに、本発明の一実施形態により350℃の基板温度で堆積したLMNOカソードを有する固体全電池を作製し試験を行った。このセルは、全体的に物理蒸着によって堆積した。LMNOカソードは、リチウム、マンガン、ニッケル、及び酸素の供給源から、10nmのTiO
2及び100nmの白金で被覆されたサファイア基板上に直接堆積し、堆積中は350℃で維持し、in-situ熱電対によって監視した。リチウム、ホウ素、ケイ素、及び酸素の供給源から225℃においてホウケイ酸リチウムの固体電解質を直接堆積した。カソードと電解質との堆積の間は、基板を制御可能に冷却した。同様に225℃においてスズ及び酸素の蒸発源からSnO
2アノードを直接堆積した。これらの堆積は、次々に同じ真空チャンバー中で行った。SnO
2層の完成後、サンプルを室温(17℃)まで冷却した後、ニッケル集電体を堆積した(PVDによる)。
【0084】
図13は、グローブボックス中、5.0V〜3.0Vでサイクルを行った場合の、このセルのCC/CV実験の第1サイクルの放電曲線を示している。この場合、初期放電容量はカソードの理論容量の62%の高さであり、40.9μAhcm
−2μm
−1に相当する。この例ではLMNOは350℃で堆積したが、150℃の低い基板温度でこの方法を使用して堆積したLMNOのX線回折測定は膜が結晶性であることを示している。従って150℃以上の温度で堆積したLMNOを含む薄膜セルを首尾良く製造できると推測することができる。
【0085】
従って、これらの結果は350℃で堆積したLMNOでの場合のものであるが、
図3に示されるデータは、150℃〜350℃の範囲にわたる別の温度で堆積したLMNOの場合でも機能するセルが得られると予想できることを示している。
【0086】
堆積速度の増加
前述のサンプルは、約0.15μm/hrの速度で堆積した(特定の例では118分間堆積して300nmの厚さの膜となる)。改良した装置を用いると、堆積速度を大幅に増加させることが可能であった。特に、堆積装置中の部品の異なる形状は、薄膜の製造の最適化を目的としたものであり、蒸発源を基板に近づけて配置する(かつ装置の動作時間能力を高めるためにより大きくする)ことで、より速い堆積速度が可能となる。
【0087】
一例として、LMO膜は0.84μm/hrの速度で堆積され、これは22分間堆積して308nmの厚さの膜の堆積に相当する。これは前の例の速度の5倍を超える。これらの膜の特性決定から、これらも優れた結晶品質を有し、良好な実用性能が得られることが示される。
【0088】
LMO膜を350℃の基板温度で堆積した。前と同じ種類の供給源を使用し、すなわち、すなわちリチウム蒸気及びマンガン蒸気を供給するためにクヌーセンセルを使用し、原子状酸素を供給するためにプラズマ源を使用した。
【0089】
図14は、これらのサンプル膜の1つについて行ったX線回折測定結果を示している。結果は所望の結晶構造を占めており、18.4°及び36°のピークで示されている。これらのピークはLiMn
2O
4(00−035−0782)から予想される反射と一致し、前者は111反射に起因し、後者は311反射に起因する。より遅い速度で堆積したLMOサンプルのX線回折結果を示す
図2と比較すると、より速い速度で堆積したサンプルは、より遅い速度のサンプルの測定では見られない311反射が観察されるため、少ない集合組織(従って改善された結晶性)を示すことが分かる。
【0090】
これらのピークの半値全幅(FWHM)を求めることで、改善された結晶化へのさらなる洞察が得られる。FWHMを計算すると0.511°であり、これはシェラーの式を用いて16nmのおおよその微結晶サイズに変換することができる。これは、より遅い速度で成長させた350℃の基板温度のサンプル(
図2と関連して議論した)で得られる17nmの微結晶サイズと適度に一致している。
【0091】
図15は、高堆積速度LMOサンプルの走査型電子顕微鏡(SEM)画像(30K倍の倍率で撮影)を示している。
図4(d)及び(e)に示される低速のLMOサンプルのSEM画像と比較すると、高速の膜により多くの表面特徴が存在することが分かる。しかしながら、これらの特徴はスパッタリングを用いて成長させたサンプル(
図4(a)、(b)、及び(c)参照)の特徴と比較すると依然として非常に小さい。典型的な特徴のサイズは約200nmであり、スパッタリングした膜で観察される特徴の約5分の1である。従って、堆積速度を増加させても、従来技術によって作製した膜よりも大きく改善された表面平滑性のサンプルが依然として得られる。
【0092】
薄膜セル及び電池中で機能する本発明により作製した薄膜の能力が速い堆積速度でも適用されることを示すために、0.84μm/hrの堆積速度でLMOの半電池を作製した。350℃の基板温度を使用して別個の蒸発源から適切な比率でリチウム、マンガン、及び酸素を共堆積した。使用した条件は、試験サンプルの堆積によって決定され、その組成はレーザーアブレーション誘導結合質量分析(ICPMS)を用いて測定し、リチウム源及びマンガン源の比率は、所望の組成を堆積するための最適条件を求めるために相応に変更した。厚さ308nmのLMOを白金パッドの100mm
2の領域上に堆積し、電解質としてのEC:DMC=1:1中の1MのLiPF
6と、対極及び基準電極としてのリチウム金属とを有する半電池中に組み込んだ。
【0093】
図16は、この半電池に対して行った第1サイクルのサイクリックボルタンメトリーのグラフを示している。Li/Li+に対して3〜5Vで0.5Cにおいてサイクルを行った。これよりエネルギー密度を(放電容量)79mAh/gと求めることができる。これは、より遅い速度で堆積した膜に関して前述した対応する結果に十分匹敵する。
【0094】
従って、本発明の方法により堆積を実施するための堆積速度は、結晶膜の品質及びそれらの機能を損なうことなく変更することができる。堆積速度の増加は、実際の製造の目的のため魅力的であり、装置をさらに最適化することで本明細書に記載の0.84μm/hrよりも速い速度が可能となるであろう。
【0095】
温度
前述のように、本発明によると、基板は約150℃〜450℃まで加熱される。実際に選択される実際の温度は、種々の要因によって決定される。実験結果の項で示したように、より高い温度によって結晶性が向上し、より大きい微結晶サイズが得られる。そのため範囲の上部に向かう温度が好ましくなり得る。しかしながら、周知のアニール温度及び基板温度よりも実質的に非常に低い温度(約150℃)でも結晶性材料を製造できることから、エネルギー使用量の削減、従って製造コストの削減に関心がある場合には、範囲の下部が魅力的となる。本発明において使用可能な操作温度の非常に広い範囲も魅力的であるが、その理由は、製造プロセス中の別の処理ステップに必要な温度に基板温度を合わせやすくなるからである。従って、本発明を実施するための操作パラメータを選択する場合に利用可能な自由度が存在し、他の要求に最も適した温度を選択することができる。範囲の下部からの温度、すなわち150℃〜250℃、又は範囲の中央からの温度、すなわち200℃〜300℃、又は範囲の上部からの温度、すなわち250℃〜350℃又は300℃〜450℃を状況により選択することができる。
【0096】
さらなる材料
これまで、結晶性のLMO及びLMNOの製造について説明してきた。しかしながら、本発明はこれらの材料に限定されるものではなく、加熱した基板上に成分元素を直接堆積するプロセスは、結晶形態の別のリチウム含有酸化物の製造にも適用可能である。前述のマンガン及びマンガン+ニッケルの実施形態を、任意の遷移金属又は金属で置き換えることができる。遷移金属の化学的性質は、十分類似しており、その族全体にわたって予測できるため、目的の任意のリチウム含有遷移金属酸化物で、本発明の方法を用いて中程度の基板温度で結晶性材料が堆積されると推定することができる。特定の用途に特に興味深い材料は、カソードとして使用するためのLiCoO
2、LiNiO
2、LiCo
1/3Ni
1/3Mn
1/3O
2(NMC)、LiNi
0.8Co
0.15Al
0.05O
2(NCA、)及びLiV
3O
8、並びにアノードとして使用するためのLi
4Ti
5O
12である。しかしながら、これらの材料を他の用途に使用することができ、別のリチウム含有遷移金属酸化物が排除されるものではない。また、リチウム含有遷移金属酸窒化物及び窒素ドープされた材料も、本発明による方法を用いて製造することができ、その窒素源は蒸発源の中に含まれる。別個の窒素源を使用することができるが、その代わりに、酸素プラズマ源の供給材料中に導入して酸素及び窒素を組み合わせて供給することによって窒素を供給できることに留意されたい。
【0097】
基板
本明細書に示される実験結果は、チタン及び白金で被覆されたサファイア基板、並びに白金パッドを有するケイ素/窒化ケイ素基板に関するものである。しかしながら、好ましいのであれば他の基板を使用することができる。別の好適な例としては、石英、シリカ、ガラス、サファイア、及び箔を含む金属の基板が挙げられるが、当業者であれば別の基板材料も好適となることを理解されよう。基板に対する要求は、適切な堆積表面が得られること、及び必要な加熱に耐えられることであり、その他の点では、堆積された化合物が使用される用途に基づいて必要に応じて基板材料を選択することができる。
【0098】
また、本発明の実施形態は、基板表面上、及び基板上に先に堆積された又は他の方法で形成された1つ以上の層上に、成分元素を直接堆積することに同様に適用可能である。従って、本発明は、種々の層状薄膜構造及びデバイスの製造に使用できる。従って、本明細書における、「基板」、「基板上への堆積」、「基板上への共堆積」、及び同様のものに対する言及は、「1つ以上の先に形成された層を支持する基板」、「基板上に先に形成された1つ又は複数の層上への堆積」、「基板上に先に形成された1つ又は複数の層上への共堆積」などにも同様に適用される。本発明は、基板と、堆積される結晶性リチウム含有遷移金属酸化物との間に任意の別の層が存在してもしなくても、同様に適用される。
【0099】
用途
平滑な表面形態、並びに良好な充電及び放電容量を併せ持つ本発明により堆積できる材料の結晶性の性質のため、これらの材料は薄膜電池中の電極(カソード及びアノードの両方)としての使用に好適となり、これらが主要な用途になると予想される。本発明の方法は、センサー、光起電力セル、及び集積回路などのデバイス中の電池の構成要素の製造に容易に適用することができる。しかしながら、これらの材料は電極としての使用に限定されるものではなく、本発明の方法は、あらゆる用途で結晶性リチウム含有金属酸化物化合物の層を堆積するために使用することができる。可能性のある例としては、エレクトロクロミックデバイス中のセンサー、リチウムセパレータ、界面改質剤、及びイオン伝導体が挙げられる。
【0100】
参考文献
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