【0021】
また本発明の有機分子中間層は、分子間相互作用によりふっ素系潤滑剤層を微細孔内および金属材料表面に保持する役割を担うため、吸着性有機分子の主鎖はふっ素系潤滑剤との親和性が高いフルオロアルキル鎖またはアルキル鎖である。主鎖のアルキル鎖の炭素数は、特に制限されるものではないが、6以上が好ましい。6未満では、有機分子鎖長に対する親水性のりん系官能基の占める割合が大きくなるため、表面張力が増大し、ふっ素系潤滑剤層の保持力が弱まる傾向が増大するため好ましくない。また、有機分子中間層とふっ素系潤滑剤層との分子間相互作用は、吸着性有機分子の表面張力が小さいほど高められるため、吸着性有機分子のりん系官能基の反対側の片末端は、トリフルオロメチル基、メチル基を有していることが好ましい。トリフルオロメチル基(CF
3-)の表面張力は、6 mN m
-1であり、メチル基(CH
3-)の表面張力は22 mN m
-1である。また、-CF
2-CF
2-の表面張力は、18 mN m
-1であり、-CH
2-CH
2-の表面張力は31 mN m
-1である。よって、より好ましい吸着性有機分子は、りん系官能基を有し、その反対側の片末端がトリフルオロメチル基(CF
3-)で、フルオロアルキル鎖(-CF
2-CF
2-)からなる有機ふっ素分子である、パーフルオロアルキルホスホン酸(ポリフルオロアルキルホスホン酸)やパーフルオロアルキルりん酸(ポリフルオロアルキルりん酸)があげられる。例えば、具体的に示すとすれば以下のような化合物が例示される。1H,1H',2H,2H'-Perfluorododecyl-1-phosphonic acid、1H,1H',2H,2H'-Perfluorodecyl-1-phosphonic acid、1H,1H',2H,2H'-Perfluorooctyl-1-phosphonic acid、1H,1H',2H,2H'-perfluorododecyl phosphate、1H,1H',2H,2H'-perfluorodecylphosphate、1H,1H',2H,2H'-perfluorooctyl phosphate、n-Octadecylphosphonic acid、n-Tetradecylphosphonic acid、n-Dodecylphosphonic acid、n-Decylphosphonic acid、n-Octylphosphonic acid、n-Hexylphosphonic acid、Octadecyl dihydrogen phosphate、Tetradecyl dihydrogen phosphate、Mono-n-dodecyl phosphate、Decyl hydrogen phosphate、Octyl dihydrogen phosphate、Hexyl dihydrogen phosphate。
【実施例】
【0035】
以下、本発明を実施例により具体的に説明する。ただし、本発明はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。
【0036】
<金属板の種類>
金属材料としては、アルミニウム板(純度99.99%、300 μm厚)、チタン板(純度99.5%、500 μm厚)、鉄板(純度99.99%、200 μm厚)、ステンレス鋼板(SUS304、SUS430、50 μm厚)を、アセトン中で超音波脱脂処理を施した後、使用した。
【0037】
<微細孔構造の作製方法>
金属材料表面への微細孔の形成は、陽極酸化(ポーラス化成)または電解エッチングにより行い、対極(陰極)には白金板を用いた。
アルミニウム板は、陽極酸化の場合、15℃の0.3 mol dm
-3しゅう酸水溶液中もしくは15℃の0.3 mol dm
-3りん酸水溶液中、10−200 Vの範囲で定電圧電解を行い、基材表面に酸化物の微細孔構造を形成した。その後、30℃の5 wt% りん酸水溶液中に、金属材料を浸漬して化学溶解することで、孔径を制御した。また、電解エッチングの場合、80℃の塩酸(0.23 mol dm
-3)および硫酸(1.88 mol dm
-3)およびアルミニウムイオン(0.37 mol dm
-3)の混合溶液中、0.2 A cm
-2の定電流電解を行い、基材表面に微細孔構造を形成した。
チタン板は、160℃の0.6 mol dm
-3りん酸水素カリウムと0.2 mol dm
-3りん酸カリウムを含むグリセリン溶液中、3−120 Vの範囲で定電位電解した。
鉄板は、20℃の0.1 mol dm
-3のふっ化アンモニウムを含むエチレングリコール溶液中、0.1−0.5 mol dm
-3の範囲で水を添加し、10−150 Vの範囲で定電位電解を行った。
ステンレス鋼板は、0.1 mol dm
-3ふっ化アンモニウムを含むエチレングリコール溶液中、0.1−0.5 mol dm
-3の範囲で水を添加し、10−150 V範囲で定電位電解した。
電解したアルミニウム板、チタン板、鉄板、ステンレス鋼板は、直ちに試料を水洗し、乾燥させた。
【0038】
<細孔径、細孔長、多孔度の判定>
微細孔構造の細孔径、細孔長、多孔度の測定は走査型電子顕微鏡(JEOL社、JSM-6500F)観察により行い、1000倍〜5万倍の表面あるいは断面観察において測定した。陽極酸化により形成した微細孔構造の細孔径は、表面SEM観察において、任意の視野で観察された20個以上の孔についてnm単位で測定した孔径の平均値を算出した。細孔長は、断面SEM観察において、任意の視野で観察された20個以上の孔についてnm単位で測定した細孔長の平均値を算出し、1桁目を四捨五入して求めた。多孔度は、表面SEM観察において、任意の10視野で測定された、1視野あたりの微細孔の占有面積の平均値から算出した。電解エッチングにより形成した微細孔構造の細孔径は、表面SEM観察において、任意の視野で観察された100個以上の孔についてnm単位で測定した孔径の平均値を算出した。細孔長は、断面SEM観察において、任意の視野で観察された100個以上の孔についてnm単位で測定した細孔長の平均値を算出し、1桁目を四捨五入して求めた。多孔度は、表面SEM観察において、任意の10視野で測定された、1視野あたりの微細孔の占有面積の平均値から算出した。
【0039】
<基板の水分除去>
微細孔構造を形成した金属材料は、水分除去のため、大気中もしくは窒素(露点-70℃以下、流量5 L/min)雰囲気中、80、100、200、300、350℃で1時間加熱した。
あるいは、プラズマクリーナー(Harrick Plasma製、PDC-32G)を用いて、1時間以上、真空下に保持した後、5分間プラズマ洗浄を行った。
【0040】
<有機分子中間層の形成>
有機分子中間層の形成は、吸着性有機分子を溶解した脱水エタノール溶液中に、金属材料を一日間浸漬することで形成した。吸着性有機分子にはn-dodecylphosphonic acid、1H,1H',2H,2H'-perfluorodecyl-1-phosphonic acid、1H,1H',2H,2H'-perfluorodecyl phosphate、1H,1H',2H,2H'-perfluorododecyl-1-phosphonic acidを用い、それぞれを1 wt%の濃度で脱水エタノール溶液中に溶解させた。浸漬後は脱水エタノールで洗浄し、温風乾燥した。また、比較のため、同様に加熱乾燥処理した金属材料をn-octyltriethoxysilaneを1 wt%溶解したヘキサン溶液中にも一日間浸漬した。浸漬後、ヘキサンで洗浄した後、乾燥炉中150℃で一時間加熱処理し、残存する溶媒を除去した。
【0041】
<ふっ素系潤滑剤層の形成>
ふっ素系潤滑剤層には、市販のふっ素系溶剤であるDuPont社製 Krytox100、Krytox103もしくは、3M社製Fluorinert FC-70、FC-43を用いた。ふっ素系潤滑剤は、マイクロピペットで有機分子中間層を形成した微細孔構造を有する金属材料表面に微量滴下したのち、刷毛で試料全面に塗り拡げた。
【0042】
<吸着性有機分子の自己縮合による凝集体の析出について>
有機分子中間層の形成において、吸着性有機分子の自己縮合による凝集体の析出について調査するため、評価試験1を行った。凝集物が析出している場合、有機分子中間層を形成した金属材料表面に白色の模様が生じることがわかっており、微細孔を有する金属材料の水分除去の有無、および吸着性有機分子の種類が、有機分子中間層の形成に及ぼす影響について評価した(表1)。その結果、有機分子中間層を形成する吸着性有機分子が有機シランの場合、微細孔を有する金属材料表面に化学吸着しても、表面に白色模様が認められ、有機シラン分子の凝集物が金属材料上に生成した(実験No.1-7)。また、吸着性有機分子が有機ホスホン酸の場合であっても、適切な基板の乾燥処理を行わなかった場合、表面の一部で白色の模様が確認された(実験No.8-14)(
図3)。一方、微細孔を形成した金属材料を乾燥窒素雰囲気中もしくは大気中100-300℃で加熱乾燥により水分除去を行うと、吸着性有機分子を形成しても、目視観察では白色模様の発生は見られなかった(実験No.15-21、25-30、34-36)(
図4)。ただし、加熱温度が100℃未満の場合においては白色の模様が見られたり、300℃を超える場合においては皮膜にクラックの発生が認められることがあった。(実験No.22-24、31-33)。また、加熱乾燥による水分除去だけでなく、プラズマ洗浄により微細孔を有する基材を処理しても、有機分子中間層を形成した際、表面に白色模様は確認されなかった(実験No.37-39)。ただし、プラズマ洗浄による表面水酸基の生成効果ついては、本評価試験では確認できなかった。以上のことから、吸着性有機分子にりん系官能基を有する有機アルキル分子を用い、かつ、微細孔を有する金属材料を適切に乾燥処理すれば、凝集物の発生を抑制して有機分子中間層を形成できることがわかった。
【0043】
【表1】
【0044】
<自己修復性および持続性について>
表2は、評価試験1により有機分子中間層が凝集することなく形成できる条件で有機分子中間層を形成し、さらにふっ素系潤滑剤層を形成した金属材料について、自己修復性および持続性を評価するため、評価試験2〜4を行った結果を示したものである。ここで、評価試験2は、微細孔上に有機分子中間層を介して、ふっ素系潤滑剤層を保持した金属材料にカッターナイフで切り込み疵を入れたときの自己修復性を確認するためのものであり、自己修復性が発現すれば、疵部にもふっ素系潤滑剤が浸透することで撥水撥油性は維持される。評価試験3は、評価試験2と同様に自己修復性を確認するものであるが、摩耗試験により疵部の面積を大きくすることで、評価試験2よりもさらに厳しい条件で自己修復性について調査したものである。また、評価試験4は撥水撥油効果の持続性を確認するため、高温の水中に金属材料を浸漬させたときの、ふっ素系潤滑剤層の散逸および蒸発について調査したものである。
【0045】
【表2-1】
【0046】
【表2-2】
【0047】
表2より、微細孔の孔径が10 nm以上300 nm以下および孔長が100 nm以上である場合、評価試験2〜4に対する評点はいずれも2以上となった(実験No.41-42, 44-47)。特に、微細孔構造の孔径が50 nm以上300 nm以下のとき、評価試験2の水滴に対して、評点は3となった。ただし、孔径が50 nm以上であっても、孔長が100 nm以下のとき、評価試験3および4に対して、いずれも評点は1となった(実験No.43)。また、孔径が10 nm以下の場合も評価試験3および4は評点1となり(実験No.40)、300 nm超の場合は、評価試験2および3は評点2以上であったが、評価試験4では、油滴に対して評点1となった(実験No.48)。この傾向は、微細孔構造を陽極酸化ではなく電解エッチングにて形成した場合(実験No.49)、金属基材が鉄系金属やチタンの場合も、同様の傾向が見られた(実験No.50-61)。ふっ素系潤滑剤は、パーフルオロアミンやパーフルオロカーボン、粘度・揮発性の異なるパーフルオロエーテルにおいても自己修復性や持続性が確認された(実験No.62-70)。
【0048】
また、孔長が1 μmを超えるとき、評価試験2の評点は4以上となり、さらに多孔度も10%以上40%以下であるとき、評価試験3における水滴に対する評点が4以上となった(実験No.71-77)。これは多孔度が適正範囲にあり、孔長が増大することで、基材表面でのふっ素系潤滑剤の保持量が増えたことと、疵が生じても、その下部に微細孔が残存していることにより、高い自己修復性を示したためと推定される。
【0049】
また、多孔度が10%以上40%以下で孔長が1 μm未満のとき、評価試験2、および評価試験3における水滴に対する評点が3以上となった(実験No.79-82)。さらに、多孔度が20%以上30%以下のとき、評価試験3における菜種油に対する評点は3以上となり、多孔度が10%未満40%超である場合に比べて、評価試験3での評点が高かった(実験No.80-81)。この多孔度の範囲では、基材の強度を保ちつつ、基材上のふっ素系潤滑剤の量が多くなることで、疵部へのふっ素系潤滑剤の染み出しによる補修が容易に行われたためと推定される。
【0050】
<有機分子中間層を形成する吸着性有機分子について>
表3は、有機分子中間層を形成する吸着性有機分子に、ふっ素化した有機ホスホン酸またはりん酸を用いた場合の結果について示したものである。有機分子中間層がふっ素化していることで、評価試験4における評点が4以上となった(実験No.84-92)。これは、ふっ素系潤滑剤層に対する物理的な相互作用が増すことで、ふっ素系潤滑剤の保持力が増したためと考えられる。また、ふっ素系潤滑剤層を形成するふっ素系潤滑剤が、より揮発性の低いパーフルオロアルキルエーテルであるとき、評価試験4における評点はいずれも5となった。これは、ふっ素系潤滑剤の散逸や蒸発による損失が減少したためと考えられる。
【0051】
【表3-1】
【0052】
【表3-2】
【0053】
<評価試験1の方法と判定方法>(表1)
評価試験1は、有機分子中間層の形成において、吸着性有機分子の自己縮合による凝集体の析出について調査したものである。凝集物が析出している場合、有機分子中間層を形成した金属材料表面に白色の模様が生じることから、微細孔を有する金属材料の水分除去の有無、および吸着性有機分子の種類による影響について調査した。凝集物の析出有無については、有機分子中間層の形成した金属材料表面を目視で観察することで評価した。評点3を合格とした。
評点3:基材表面に斑状の模様の発生なし
評点2:基材表面に斑状の模様が一部で発生
評点1:基材表面に斑状の模様がほぼ全面で発生
【0054】
<評価試験2の方法と判定方法>(表2, 3)
評価試験2は、孔長が1 μm以上50 μm以下である微細孔上に有機分子中間層を介して、ふっ素系潤滑剤層を保持した金属材料の自己修復性を確認するため、切り込み疵を入れたときの撥水撥油性について調査したものである。評価試験2は、金属材料表面に、カッターナイフで1 mm角の間隔、切り込み深さ約0.001 mmから0.005 mmの範囲で格子状の切り込みを入れた後、切り込み上に、水または菜種油をマイクロピペットで10 μL滴下した。その後、接触角計(協和界面化学株式会社、DM-301)を用いて、金属材料を水平方向に対して1度ずつ傾け、液滴が金属材料表面上を動き始めるときの角度を測定し、作製した材料の撥水撥油性能の自己修復性について評価した。評点2以上を合格とした。
評点5:5°以下
評点4:5°超、10°以下
評点3:10°超、20°以下
評点2:20°超、45°以下
評点1:45°超
【0055】
<評価試験3の方法と判定方法>(表2, 3)
評価試験3は、多孔度が10%以上40%以下である微細孔上に有機分子中間層を介して、ふっ素系潤滑剤層を保持した金属材料の自己修復性を確認するため、摺動試験により疵部の面積を大きくすることで、評価試験2よりもさらに厳しい条件で自己修復性について調査したものである。評価試験3は、金属材料表面に、摩耗試験機(CSM社、TRB-S-DU-0000)を用いて、SUS304ボール、ボールサイズ6 mmφ、荷重1 N、移動距離5 m、10 mm s
-1の速度で500秒間往復動させて金属材料表面を摩耗させた後、摩耗部に水または菜種油をマイクロピペットで10 μL滴下した。その後、接触角計(協和界面化学株式会社、DM-301)を用いて、金属材料を水平方向に対して1度ずつ傾け、液滴が金属材料表面上を動き始めるときの角度を測定し、作製した材料の撥水撥油性能の自己修復性について評価した。評点2以上を合格とした。
評点5:5°以下
評点4:5°超、10°以下
評点3:10°超、20°以下
評点2:20°超、45°以下
評点1:45°超
【0056】
<評価試験4の方法と判定方法>(表2, 3)
評価試験4は、微細孔上に、種々の材料の有機分子中間層を介して、ふっ素系潤滑剤層を保持した金属材料の持続性を確認するため、高温水中に浸漬させたときの撥水撥油性を調査したものである。評価試験4は、金属材料表面を、50℃に加熱した水の中に5分間浸漬した後、金属材料上に水または菜種油をマイクロピペットで10 μL滴下した。その上で、接触角計(協和界面化学株式会社、DM-301)を用いて、金属材料を水平方向に対して1度ずつ傾け、液滴が金属材料表面上を動き始めるときの角度を測定し、作製した材料の撥水撥油性能の持続性について評価した。評点2以上を合格とした。
評点5:5°以下
評点4:5°超、10°以下
評点3:10°超、20°以下
評点2:20°超、45°以下
評点1:45°超