(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
化学組成が、質量%で、C:0.01〜0.10%、Si:0.04〜0.60%、Mn:0.50〜1.50%、P:0.025%以下、S:0.020%以下、N:0.0080%を超えて0.0250%以下、Sol.Al:0.003〜0.045%、Ti:0.002〜0.040%、Zr:0.020%以下、Nb:0.020%以下、V:0.020%以下、B:0.0050%以下、O:0.0030%以下、Cr:0〜1.0%、Mo:0〜0.8%、Cu:0〜0.7%、Ni:0〜3.0%、Ca:0〜0.007%、Mg:0〜0.007%、Ce:0〜0.007%、Y:0〜0.5%、Nd:0〜0.5%、残部:Feおよび不純物であり、かつ、下記式(i)で表されるフリー窒素指数Nfが−0.0009以上であり、
金属組織が、面積%で、ベイナイト組織を80%以上、かつ、前記ベイナイト組織と平均結晶粒径が30μm以下のフェライト組織との合計を95%以上含む、厚鋼板。
Nf=N−14×(Sol.Al/27+Ti/47.9+Zr/91.2+Nb/92.9+V/50.9+B/10.8) ・・・(i)
ただし、(i)式中の各元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を表す。
【背景技術】
【0002】
船舶、建機、橋梁、建築、海洋構造物、タンク、パイプなどに使用される厚鋼板は、強度・靭性などの静的な機械的性質、および、溶接施工性に優れていることが要求される。さらに、供用時には定常的な繰返し荷重、および、風、地震などに起因する非定常な繰返し荷重を受けるので、繰返し荷重に対する強度健全性を確保することも、鋼材特性として要求される。つまり、繰返し荷重に対する健全性、言い換えれば、疲労強度健全性に優れていることが鋼材に要求される。
【0003】
さらに、応力解析精度の向上、および、メカニズムの解明などによって、脆性破壊、延性破壊の防止技術が進化するのに伴い、破壊原因に占める疲労破壊の相対的な比率が高まっている。そのため、疲労破壊を防止することが、設計・施工・保全の各段階において、最も重要な技術課題のひとつになっている。
【0004】
構造物の疲労破壊形態として、定常または非定常の繰返し荷重により、応力集中部から疲労き裂が発生し、それらが成長と合体を繰返して巨視的な疲労き裂に成長し、終局的な破壊に至ることが知られている。上記破壊形態に対し、疲労き裂発生の抑制、すなわち、疲労強度向上には、応力集中の低減が最も重要である。また、構造物の疲労強度健全性を維持するために、定期的な検査が行われる場合もある。しかし、長さが数mm〜数10mmの疲労き裂を目視等で確認するには、対象物にかなり近接する必要があり、足場設置などに多大な費用が発生することが多い。また、き裂が検出された場合には、安全性を担保するために補修が行われるが、補修にも、莫大な費用と手間を必要とする。
【0005】
特許文献1、2、4、5では、窒素添加により母材疲労強度が改善される場合のあることが報告されている。ただし、窒素添加に関する検討は、本願のような低合金鋼ではなく、窒素の固溶が容易なオーステナイト鋼を従来は対象としてきた。非特許文献1に示されるように、添加された窒素(700〜6600ppm)は、疲労の繰返し荷重を受けた際に、転位移動を固着により抑制し、その結果、疲労き裂発生の前段階である転位セルの形成を遅らせ、セルに比べ疲労特性に優れるプラナー転位を形成する、と考えられている。さらに、オーステナイト鋼に窒素を添加すると、塑性変形が均等になることも知られている。
なお、窒素添加による疲労強度の改善に関して、オーステナイト鋼だけでなく、フェライト鋼を対象とした研究結果も近年、報告され始めている。例えば、特許文献2では、フェライト鋼では窒素添加(67ppm)により静的な強度が上昇し、その強度上昇が疲労特性向上に寄与している、と報告されている。
一方、例えば、特許文献3および4に示すように、オースフォームにより母材疲労強度が改善される場合のあることは従来から知られている。オースフォームによって生成した転位が変態核となり、微細組織を実現し得るからである。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
母材の疲労強度は、母材の静的強度を高めれば向上することが、一般に知られている。しかしながら、母材の静的強度の上昇は同時に、溶接鋼構造物施工時に、曲げ加工性あるいは溶接性を大きく阻害する。そのため、施工性確保には静的強度の上昇は避けなければならない。
【0009】
本発明は、これらの課題を解決して、曲げ加工性・溶接施工性を従来鋼並みに維持するため、静的強度を上げることなく、疲労特性に優れる厚鋼板を提供することを目的とする。いわゆる従来の厚鋼板では、引張強度が上がれば疲労強度も上がるのが一般的であったが、本発明では、従来と同程度の引張強度の厚鋼板であっても、疲労特性は従来厚鋼板より大幅に向上させるものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意検討を行った結果、下記の知見を得るに至った。
【0011】
窒素添加した低合金鋼をオースフォーム処理すると、オースフォーム工程では、低合金鋼でも全率オーステナイト相であるので塑性変形が均等となり、その結果、最終製品においても金属組織が均質となり、疲労破壊に対するミクロ的な最弱部が形成されることなく、母材疲労強度が向上することが期待されている。つまり、窒素添加だけでも疲労特性改善は期待されるが、オースフォームを積極的に組合せることにより、窒素添加とオースフォームの重畳効果、すなわち、オースフォーム効果と窒素添加効果の単なる合計よりも、両者の組合せにより更に大きな改善効果が期待される、との発想を得た。
【0012】
そこで、窒素添加量、オースフォーム量を種々変化させた供試材を準備して、母材の疲労試験を詳細に実施した。その結果、母材の疲労特性、特に、長寿命域の疲労特性において、明瞭な重畳効果が認められた。
【0013】
すなわち、適切な量の窒素を添加した低合金鋼を、適切なオースフォーム処理することにより、窒素の存在でオーステナイト域での塑性変形が均等となり、均質な最終組織が形成され、疲労特性に優れることを見出した。均質な組織とすることにより、疲労破壊に対するミクロ的な最弱部の形成を回避し、疲労損傷を広い領域で、負担を少なく分担することにより、疲労強度を向上させることができた。言うまでもなく、オースフォーム単独の効果、すなわち塑性加工で導入された転位が変態核となり微細組織が実現されている。また、窒素添加単独の効果、すなわち疲労の繰返し荷重を受けた際に、転位移動を窒素の固着により抑制し、疲労き裂発生の前段階となる転位セルの形成を遅らせ、疲労特性に優れるプラナー転位を形成している。以上のメカニズムにより、本発明で疲労特性に優れた厚鋼材が実現された。
【0014】
なお、上述において、疲労特性の改善効果を特に長寿命域と限定しているが、これは、短寿命域では従来鋼と同等あるいは若干劣る疲労特性を示していることによる。ただし、鋼構造物において、疲労が問題となる場合は、多くの場合が低応力長寿命域での改善が望まれているため、長寿命域に限定した改善効果であっても、工業的価値は極めて高い。
【0015】
本発明は、上記の知見を基礎としてなされたものであり、その要旨は、下記(1)〜(4)に示す厚鋼板にある。
【0016】
(1)化学組成が、質量%で、C:0.01〜0.10%、Si:0.04〜0.60%、Mn:0.50〜1.50%、P:0.025%以下、S:0.020%以下、N:0.0080%を超えて0.0250%以下、Sol.Al:0.003〜0.045%、Ti:0.002〜0.040%、Zr:0.020%以下、Nb:0.020%以下、V:0.020%以下、B:0.0050%以下、O:0.0030%以下、Cr:0〜1.0%、Mo:0〜0.8%、Cu:0〜0.7%、Ni:0〜3.0%、Ca:0〜0.007%、Mg:0〜0.007%、Ce:0〜0.007%、Y:0〜0.5%、Nd:0〜0.5%、残部:Feおよび不純物であり、かつ、下記式(i)で表されるフリー窒素指数N
fが−0.0009以上であり、
金属組織が、面積%で、ベイナイト組織を80%以上、かつ、上記ベイナイト組織と平均結晶粒径が30μm以下のフェライト組織との合計を95%以上含む、厚鋼板。
N
f=N−14×(Sol.Al/27+Ti/47.9+Zr/91.2+Nb/92.9+V/50.9+B/10.8) ・・・(i)
ただし、(i)式中の各元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を表す。
【0017】
(2)質量%で
、Cr:1.0%以下、および/または、Mo:0.8%以下を含有する、上記(1)に記載の厚鋼板。
【0018】
(3)質量%で
、Cu:0.7%以下、および/または、Ni:3.0%以下を含有する、上記(1)または上記(2)に記載の厚鋼板。
【0019】
(4)質量%で
、Ca:0.007%以下、Mg:0.007%以下、Ce:0.007%以下、Y:0.5%以下、および、Nd:0.5%以下から選択される1種以上を含有する、上記(1)から上記(3)までのいずれかに記載の厚鋼板。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、曲げ加工性・溶接施工性を従来鋼並みに維持するため、静的強度を上げることなく、疲労特性に優れる厚鋼板を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の各要件について詳しく説明する。
【0023】
(A)化学組成について
各元素の作用効果と、含有量の限定理由は下記のとおりである。なお、以下の説明において含有量についての「%」は、「質量%」を意味する。
【0024】
C:0.01〜0.10%
Cは、強度を高める作用を有する元素である。強度を確保するためには、Cを0.01%以上含有させる必要がある。一方、C含有量が0.10%を超えると、溶接部の硬度分布が不均質となり、溶接部の疲労強度を確保できない。したがって、C含有量は0.10%以下とする。なお、Cは安価な元素であり、強度を高める作用を有する他の添加元素を抑制し、経済的に強度を確保するためには、C含有量は0.03%以上とするのが好ましい。
【0025】
Si:0.04〜0.60%
Siは、鋼を脱酸するために必要な元素である。Si含有量が0.04%未満では、適切な脱酸効果を期待できないため、Si含有量は0.04%以上とする。一方、Si含有量が0.60%を超えると、鋼板の靱性が劣化し始め、構造用鋼としての適正を欠くこととなる。したがって、Si含有量は0.60%以下とする。ここで、Si含有量としては、0.20%以上とするのが好ましく、0.50%以下とするのが好ましい。
【0026】
Mn:0.50〜1.50%
Mnは、Cと同様に、鋼材の強度を確保し、また、鋼板の疲労き裂進展抵抗性を向上させるのに有効な元素である。そのため、Mnは0.50%以上含有させる必要がある。一方、Mn含有量が1.50%を超えると、鋼板の靱性劣化が顕著となる。したがって、Mn含有量は1.50%以下とする。ここで、Mn含有量としては、0.80%以上とするのが好ましく、1.35%以下とするのが好ましい。
【0027】
P:0.025%以下
Pは、不可避的不純物であり、中心偏析を助長するなど鋼の靭性を劣化させるため、本発明においては、0.025%以下とする。望ましくは0.018%以下とする。
【0028】
S:0.020%以下
Sは、不可避的不純物であり、0.020%を越えて多量に存在する場合、溶接割れの原因となり、MnS等の割れの起点となり得る介在物を形成する。そのため、S含有量は、0.020%以下とする。また、HAZ部靱性確保に影響のない程度に止めるためには、望ましくは0.015%以下、より望ましくは0.006%以下である。
【0029】
N:0.0080%を超えて0.0250%以下
Nは、Tiと結合してTiNを生成して、溶接熱影響部細粒化に寄与する重要な元素である。また、転位セルの形成を固着により阻害するため、Nは0.0080%を超えて含有させる必要がある。一方、N含有量が0.0250%を超えると、鋼板の靱性が損なわれ始める。したがって、N含有量は0.0250%以下とする。ここで、N含有量としては、0.0100%を超えることが好ましく、0.0180%以下とするのが好ましい。
【0030】
Sol.Al:0.003〜0.045%
Alは、脱酸作用を有する元素である。鋼の脱酸のため、Alを酸可溶性Al(Sol.Al)換算で、0.003%以上含有させる必要がある。一方、Sol.Al含有量が0.045%を超えると、溶接部に硬質の島状マルテンサイトが多数生成し、島状マルテンサイトが破壊起点となり溶接部の靱性が劣化する。したがって、Sol.Al含有量は0.045%以下とする。ここで、充分な靱性を確保する上では、Sol.Al含有量は0.02%以下とするのが好ましい。
【0031】
Ti:0.002〜0.040%
Tiは、炭化物を生成することにより、軟質部を細粒化して強化するため、鋼板の疲労き裂進展抑制特性の改善に有効な元素である。そのため、Tiを0.002%以上含有させる必要がある。一方、Ti含有量が0.040%を超えると、鋼板の疲労き裂進展抑制特性の改善効果が飽和するだけでなく、鋼板の強度が上昇しすぎ、その結果、靱性が損なわれる。したがって、Ti含有量は0.040%以下とする。Ti含有量は、0.020%以上とするのが好ましく、0.030%以下とするのが好ましい。
【0032】
Zr:0.020%以下
Nb:0.020%以下
V:0.020%以下
Zr、NbおよびVは、いずれも、CおよびNの化合物として析出し、結晶粒を微細化させ、靱性を向上させるのに有効な作用をする。しかしながら、0.020%を超えると、顕著な効果を示さなくなる。したがって、Zr、NbおよびV含有量を、それぞれ0.020%以下とする。これらの元素の下限は特に定めないが、上記の効果を得るためには、Zrを0.002%以上、Nbを0.006%以上、Vを0.007%以上含有させることが好ましい。
【0033】
B:0.0050%以下
Bは、BNとして析出し、フェライト変態を促進する。しかしながら、0.0050%を超えると、溶接部靱性が低下する。したがって、B含有量は0.0050%以下とする。また、上記の効果を得るためには、Bを0.0006%以上含有させることが好ましい。
【0034】
O:0.0030%以下
Oは、介在物の生成に極めて重要な働きをする元素である。介在物は疲労き裂の発生起点となる場合がある。そのため、介在物の形状、生成量を抑制することは、疲労向上に重要である。本発明でも、疲労強度を向上させるため、O含有量を抑制する制御を適用可能である。しかしながら、酸素量を制御するには、製鋼段階で多くの工数を要し、経済性に問題がある。そこで、疲労特性向上と、構造用部材としての経済性とを両立する観点から、O含有量は0.0030%以下とする。O含有量は、低いほど好ましく、0.0025%以下とするのが好ましい。
【0035】
以下、任意元素の作用効果と、含有量の限定理由について説明する。
【0036】
Cr:0〜1.0%
Crは、鋼の強度を高める作用があり、また、疲労き裂進展抑制にも有効であるため、含有させてもよい。しかし、Crを過剰に含有させると靱性が劣化する場合があるので、Cr含有量は1.0%以下であることが好ましい。また、Cr含有量は0.1%以上であることが好ましく、0.3%以上であることがさらに好ましい。
【0037】
Mo:0〜0.8%
Moは、焼入れ性を高めて強度を改善するのに有効な元素であるため、含有させてもよい。ただし、Mo含有量が0.8%を超えると靱性の劣化を引き起こす場合があるばかりでなく、コスト上昇を招く場合がある。そのため、Mo含有量は0.8%以下であることが好ましい。また、Mo含有量は0.1%以上であることが好ましく、0.2%以上であることがより好ましい。
【0038】
Cu:0〜0.7%
Cuは、鋼の強度を高める作用があるので、含有させてもよい。しかしながら、Cu含有量が0.7%を超えると、鋼の靱性が劣化する場合があるので、Cu含有量は0.7%以下であることが好ましい。より好ましくは、0.5%以下である。また、鋼の強度を高めるため、Cu含有量は0.1%以上であることが好ましく、0.3%以上であることがより好ましい。
【0039】
Ni:0〜3.0%
Niは、鋼の強度を高める作用があり、また、疲労き裂進展抑制にも有効であるため、含有させてもよい。しかし、Ni含有量が3.0%を超えると、コスト上昇に見合うだけの強度が得られない場合があるとともに、疲労き裂進展抑制効果も飽和する場合があるので、3.0%以下であることが好ましい。鋼の強度を高めるためには、Ni含有量は0.2%以上であることが好ましい。
【0040】
Ca:0〜0.007%
Caは、組織微細化を通して靭性改善に寄与するため、含有させてもよい。しかしながら、Ca含有量が0.007%を超えると、Ca介在物の量が過剰となり、かえって靭性が劣化する場合がある。したがって、Ca含有量は0.007%以下であることが好ましい。より好ましくは、0.003%以下である。また、靭性改善の効果を得るため、Ca含有量は0.0015%以上であることが好ましい。
【0041】
Mg:0〜0.007%
Mgは、組織微細化を通して靭性改善に寄与するため、含有させてもよい。しかし、Mg含有量が0.007%を超えると、Mg介在物の量が過剰となって、Caと同様に靭性劣化を来す場合がある。したがって、Mg含有量は0.007%以下であることが好ましい。より好ましくは、0.003%以下である。また、靭性改善の効果を得るため、Mg含有量は0.0005%以上であることが好ましい。
【0042】
Ce:0〜0.007%
Ceは、組織微細化を通して靭性改善に寄与するため、含有させてもよい。しかし、Ce含有量が0.007%を超えると、Ce介在物の量が過剰となり、かえって靭性が劣化する場合がある。したがって、Ce含有量は0.007%以下であることが好ましい。より好ましくは、0.003%以下である。また、靭性改善の効果を得るため、Ce含有量は0.0005%以上であることが好ましい。
【0043】
Y:0〜0.5%
Yは、組織微細化を通して靭性改善に寄与するため、含有させてもよい。しかし、Y含有量が0.5%を超えると、Y介在物の量が過剰となり、かえって靭性が劣化する場合がある。したがって、Y含有量は0.5%以下であることが好ましい。より好ましくは、0.05%以下である。また、靭性改善の効果を得るため、Y含有量は0.01%以上であることが好ましい。
【0044】
Nd:0〜0.5%
Ndは、組織の微細化を通して靭性改善に寄与するため、含有させてもよい。しかし、Nd含有量が0.5%を超えると、Nd介在物の量が過剰となり、かえって靭性が劣化する場合がある。したがって、Nd含有量は0.5%以下であることが好ましい。より好ましくは、0.05%以下である。また、靭性改善の効果を得るため、Nd含有量は0.01%以上であることが好ましい。
【0045】
本発明の厚鋼板は、上記の元素を含有し、残部はFeおよび不純物である化学組成を有する。「不純物」とは、鋼を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0046】
(B)フリー窒素指数N
fについて
フリー窒素指数N
f:−0.0009以上
本発明は、フリー窒素を転位の移動阻止に積極的に活用することに特徴がある。フリー窒素は従来、靱性を劣化するものとして抑制することのみが追及されてきた。しかし、脆化の原因は粒内の窒素であり、窒素を粒界に留めることにより脆化を回避できることが本検討で明らかとなった。細粒の組織を安定して製造することにより、フリー窒素を適量の範囲に精度よく制御することによって、疲労特性を改善することが可能となった。ここで、フリー窒素量は、添加されている総窒素量から、窒化物として消費された分を差し引いた残りである。正確なフリー窒素量は、精緻な測定を経なければ確定できないが、窒化物生成元素量を用いて、下記(i)式からフリー窒素量の概略を見積もることができる。ここでは、この数値をフリー窒素指数と呼ぶ。
N
f=N−14×(Sol.Al/27+Ti/47.9+Zr/91.2+Nb/92.9+V/50.9+B/10.8) ・・・(i)
ただし、(i)式中の各元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を表す。
【0047】
ここで、フリー窒素指数が正となった場合に、フリー窒素が初めて存在するようにも思えるが、いずれの元素も全量窒化物を形成する訳ではなく、多くの実験を実施した結果、−0.0009以上であれば、疲労特性改善に有効なフリー窒素が存在していることを確認した。そこで、本発明においては、フリー窒素指数を−0.0009以上に設定した。もっとも、疲労改善効果を顕著に発揮させるためには、フリー窒素指数をより大きくすることが望ましく、0以上に成分調整を行うことが望ましい。
【0048】
(C)組織、粒径について
フリー窒素を粒界に留め、靱性に悪影響を及ぼす粒内のフリー窒素を避けるため、粒界面積が広い細粒組織が不可欠である。そのため、本発明の厚鋼板では、金属組織が、面積%で、ベイナイト組織を80%以上、かつ、上記ベイナイト組織と平均結晶粒径が30μm以下のフェライト組織との合計を95%以上含むものである。
【0049】
ここで、ベイナイト組織およびフェライト組織の面積%は、厚鋼板の圧延方向に平行な板厚断面のミクロ組織をナイタール(2〜5%(体積分率)の硝酸エタノール溶液)を用いて現出させ、板厚中央部を、光学顕微鏡を用いて500倍で観察し、画像解析を行うことにより算出した。
また、フェライト組織の平均結晶粒径は、厚鋼板の板厚1/4近辺から試験片を切り出し、研磨後、ナイタール(2〜5%(体積分率)の硝酸エタノール溶液)を用いてフェライト結晶粒界を現出させ、ミクロ組織観察写真を撮り、写真に任意に引いた直線に交わる結晶粒の1結晶粒当たりの平均線分長を測定することによって求めた。
【0050】
本発明の厚鋼板では、金属組織が、面積%で、ベイナイト組織を80%以上含むとしたのには、以下の理由による。
熱間圧延後の加速冷却で得られたベイナイト組織では、一般に、転位密度は極めて高い。一方、疲労荷重の繰返しによって、疲労き裂先端においては、常に正負交番の塑性ひずみが付与される。安定状態よりも高密度の転位は、正負交番のひずみが駆動力になって転位組織が再構築され、安定状態に向かって転位密度は減少する。これが所謂繰返し軟化挙動である。材料が繰返し軟化すると、外力条件が同じであっても、疲労き裂の進展駆動力が緩和され、疲労き裂進展速度が抑制される。そのため、疲労き裂が発生した後、機能が喪失するまでき裂が成長するまでの寿命、つまり疲労き裂進展寿命が疲労き裂進展速度の抑制の結果、延伸される。因みに、フェライト組織は、正負交番のひずみによって、転位が蓄積し、繰返し硬化することが知られている。そのため、ベイナイト組織とフェライト組織とを比較すると、フェライト組織の疲労き裂進展寿命は、通常、ベイナイト組織のそれに比べ劣る。以上、本願では厚鋼板の疲労損傷形態が、疲労き裂の発生に続く、疲労き裂の進展、限界き裂長さまでの進展後の最終破壊、であることに鑑み、ベイナイト組織を積極的に活用している。そのために、本発明の厚鋼板では、金属組織が、面積%で、ベイナイト組織を80%以上含むこととした。
【0051】
本発明の厚鋼板において、金属組織がベイナイト組織のみの場合、その組織は微細であるので、フリー窒素を粒界に存在させることが容易となる。しかし、ベイナイト以外の金属組織としてフェライト組織がある場合、転位の移動を固着するとともに、脆化を抑制するためには、フリー窒素をフェライト粒界に存在させる必要がある。特に、フェライト組織の平均結晶粒径が30μmを超えるものは、粒界体積が少なくなり、フリー窒素を粒界に留めることができず、フェライト粒内に存在し、脆化要因となるので、その量は極力低減する必要がある。よって、ベイナイト以外の金属組織としてフェライト組織がある場合には、金属組織が、面積%で、ベイナイト組織と平均結晶粒径が30μm以下のフェライト組織との合計を95%以上とする必要がある。
【0052】
なお、本発明の厚鋼板においては、金属組織が上記の条件を満たしておれば、よく、残部(金属組織の5%以下の部分)を定める必要はない。ただし、残部としては、平均結晶粒径が30μmを超えるフェライト組織、パーライト組織、および、マルテンサイト組織から選択される1種以上が想定される。
【0053】
ここで、前述のように、平均結晶粒径30μmを超えるフェライト組織は、フェライト粒内の固溶窒素量が増し、母材の靱性を低下させるが、上記の金属組織を有しておれば、その残部に平均結晶粒径30μmを超えるフェライト組織が存在していても問題とならない。また、パーライト組織およびマルテンサイト組織は、ベイナイト組織と異なり、繰返し荷重によって軟化することがない。そのため、繰返し荷重が負荷された状態でも硬相が維持され、マトリックスとの著しい硬度差が初期状態のまま残存し、マトリックス/硬相の界面で、応力やひずみが集中し、疲労き裂の発生を誘発する。しかし、上記の金属組織を有していれば、残部にパーライト組織およびマルテンサイト組織が存在していても問題とならない。
【0054】
(D)製造方法
本発明に係る厚鋼板の製造方法については、特に制限は設けないが、例えば、上記で説明した化学組成を有するスラブを加熱した後、熱間圧延し、最後に冷却することにより製造することができる。熱間圧延工程および一次冷却工程については、以下に示す条件で行うことが望ましい。
【0055】
熱間圧延工程において、加速冷却前の950℃以下における圧下率は、40%以上であることが好ましい。
加速冷却前の950℃以下における圧下率が40%未満の場合、圧延によって圧延直後に導入された転位は、その大部分が再結晶によって消失してしまうため、変態の核として機能しない場合がある。その結果、変態後の組織は粗大なものとなり、固溶窒素による脆化が問題となる場合が多いため、加速冷却前の950℃以下における圧下率が40%以上であることが好ましい。
【0056】
一次冷却工程では、平均冷却速度が1℃/s以上、5℃/s未満であることが好ましい。
平均冷却速度が1℃/s未満であると、軟質組織の粒径が大きくなり過ぎて、強度や靭性が劣化したり、バンド状組織が発生して疲労特性が低下したりするなどの問題が生じる場合がある。そのため、平均冷却速度は1℃/s以上とすることが好ましい。しかしながら、平均冷却速度が5℃/s以上であると、充分な伸びが得られない場合がある。そのため、平均冷却速度は5℃/s未満とすることが好ましく、3℃/s未満とするのがより好ましい。
【0057】
また、一次冷却工程における冷却開始温度は、Ar
3点−10℃超とすることが望ましく、冷却終了温度は、Ar
3点−50℃以下とすることが望ましい。冷却開始温度および冷却終了温度が上記の規定から外れると、ミクロ組織の微細化が困難になる場合があるためである。具体的には、一次冷却工程における冷却開始温度がAr
3点−10℃以下の場合、ベイナイトの分率が低下する。一方、一次冷却工程の冷却終了温度がAr
3点−50℃を超えるとフェライト粒の粗大化が認められ、フェライト組織の平均結晶粒径を30μm以下に抑制することが困難となる場合がある。
なお、Ar
3点は、下記式(ii)で表される値である。
Ar
3=900−326C+40Si−40Mn−36Ni−21Cu−25Cr−30Mo ・・・(ii)
ただし、(ii)式中の各元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を表す。
【0058】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0059】
<疲労特性評価>
表1に示す鋼種1〜55の化学成分を有する鋼材をラボにて溶解し、インゴットを100mm厚に鍛造後、温度と板厚を厳密に制御して16mm厚まで熱間圧延を行った。950℃以下における各圧下率を、表2に示す。次に、表2に示す条件で、一次冷却を行った。一次冷却後、平均冷却速度10℃/sで400℃以下まで加速冷却した。そして、16mm厚の鋼板から、
図1に示す小野式回転曲げ疲労試験片を機械加工により採取した。
なお、試験片には、破壊部を限定するためにR10mmの環状切欠きが存在するが、試験片寸法に比べ大きな曲率半径(R10)であり、応力集中は小さいため、平滑形状の疲労強度を評価することができる。
【0060】
各鋼板から試験片を6〜8体準備し、疲労試験における曲げ応力値を適切に設定し、疲労破断寿命を評価した。疲労試験は、小野式回転曲げ疲労試験機で行った。回転数を3000rpm程度、すなわち繰返し速度を50Hzに設定し、主に長寿命域の疲労データを採取した。疲労試験結果の一例を
図2に示す。両対数グラフで表示すると、従来から知られているように、有限寿命域は右下がりの直線で近似できる。最も長い破断繰返し数は10
6回を超えた領域で、それより低い応力では10
7でも疲労破断しない。すなわち、未破断領域が明瞭に確認できる。有限寿命域で最も寿命の長い試験条件の応力値と、未破断データで最も高い応力値との中央値を疲労限度と定義する場合がある。例えば、
図3の疲労試験結果では、疲労限度が本発明例では330であり、比較例では斜線を施したバンド内に位置し、240MPaである。
【0061】
ところで、母材の疲労強度は、母材の静的な強度特性に強く依存することが知られている。すなわち、静的強度が高強度であるほど、母材の平滑の疲労特性は良好になる。そのため、鋼材の疲労特性の優劣を評価する際に、SN線図の縦軸、すなわち応力パラメータを、例えば鋼材の引張強度TSで除して、無次元化することがある。ここでも、各鋼材の疲労試験結果を引張強度TSで除したもので比較した。その結果、
図3に示すように、窒素含有量21ppmの鋼種No.21、窒素含有量32ppmの鋼種No.51、窒素含有量34ppmの鋼種No.53の3鋼種は、相対的に低疲労強度である。一方、窒素含有量が180ppmの鋼種No.1、窒素含有量が190ppmの鋼種No.17の本発明例の2つの鋼材は、TSで無次元化してもなお、疲労特性に優れることが判る。なお、本発明の目的は、TSで無次元化してもなお特性が良好である鋼材の提供であることは言うまでもない。
【0062】
本検討では、母材疲労特性に及ぼす、化学成分、製造条件、等の影響を詳細に調査した。鋼材疲労特性の良否判断において、応力をTSで無次元化した応力パラメータで0.6を評価基準とした。つまり、無次元応力パラメータで0.6における疲労寿命で、鋼疲労特性の良否を判断した。
図3の場合には、無次元化応力パラメータ0.6での寿命は、低疲労強度側から順に、7.1×10
4、1.5×10
5、2.6×10
5、5.4×10
5、8.8×10
5回である。本定義による疲労寿命で、寿命が4.0×10
5回を超える鋼材は、鋼材の疲労特性に優れているとみなした。結果を表2に示す。
【0063】
<溶接構造用鋼としての特性評価>
疲労特性以外に、溶接構造用鋼として備えておくべき各種鋼材特性に関し、以下の判断基準で良否を決定した。また、各種鋼材特性を一つでも満たさない鋼材は、総合評価で不可と判断した。結果を表3に示す。
母材強度:室温での引張強度が400MPa未満を母材強度不足とした。
脱酸:母材靱性で間接的に評価し、シャルピー衝撃試験において、−20℃で100J未満を脱酸不足とした。
母材靱性:シャルピー衝撃試験において、−20℃で100J未満を母材靱性不足とした
耐溶接割れ:CO
2溶接法を用いて、入熱1.0kJ/mmで16mm厚鋼板に溶接割れが発生した場合、特性不足とした。
溶接部靱性:入熱1.5kJ/mm、板厚16mmの再現HAZ材に対するシャルピー衝撃試験において、0℃で100J未満を溶接部靱性不足とした。
母材疲労き裂進展特性:応力比0.1、応力拡大係数範囲ΔK=20MPa√mの条件下において、母材の疲労き裂進展速度が5×10
−5mm/cycle以上の場合を母材疲労き裂進展特性不足とした。
溶接部疲労特性:16mm厚鋼板で、荷重非伝達十字溶接継手を準備し、最大応力350MPa、最小応力250MPa、応力範囲100MPaで疲労試験をした結果、疲労寿命が1.25×10
6回未満を継手疲労特性不足とした。
母材の破断伸び:母材の破断伸びが20%以下の場合、伸び特性不足とした。
【0064】
【表1】
【0065】
【表2】
【0066】
【表3】
【0067】
本発明の用件を満たす鋼種No.1〜20は、充分な疲労特性を示した。また、溶接構造用として用いた場合にも、母材強度、脱酸、母材靭性、耐溶接割れ特性、溶接部靭性、母材疲労き裂進展特性、溶接部疲労特性、母材の破断伸びの各特性において優れた評価結果を示した。
しかしながら、本発明の用件を一つでも満たさない鋼種No.21〜55は、疲労特性が充分でなく、また、溶接構造用としての特性も不充分であった。