【実施例】
【0063】
以下、実施例及び比較例に基づき、本発明をより具体的に説明する。以下は本発明の例を示すものであって、本発明はこれらによって何ら限定されるものではない。
【0064】
[実施例1]
先ず、本発明の配向銅板におけるCrの析出強化を示すために、高純度の銅原料を使用して、他の成分の影響が小さい状態で本発明の効果を調べた。
【0065】
原料の銅とCrは、それぞれ純度99.9999質量%以上、99.99%以上の材料を使用した。これを所定の量を秤量して、高純度黒鉛坩堝を使用して、10
-2Pa以下の真空中で溶解し、水冷銅ハースを介して冷却された高純度黒鉛鋳型に鋳造した。インゴットの大きさは、30mm×55mm×12mmであった。これを700℃で熱間圧延して、厚さ1.5mmの板を作製した。熱間圧延のパス回数は7回で長さ30mmの方向と55mmの方向を交互に90°クロスさせて実施した。厚さ1.5mmの熱延板を窒素中で300℃2時間の中間焼鈍を施した。この銅板材を0.4mmまで冷間圧延して、スリット加工で幅40mmに整えた後、張力圧延機で最終板厚保である12μmまで冷間圧延を実施した。最終板厚まで圧延した配向銅板について、Crの濃度をICP発行分析にて分析を行った。
【0066】
上記のようにして作製した銅箔試料は12種類であり、Cr濃度は、0質量%(試料1、2)、0.019質量%(試料3)、0.03質量%(試料4)、0.1質量%(試料4〜試料8)、0.19質量%(試料9)、0.29質量%(試料10)、1.0質量%(試料11)、1.1質量%(試料12)である。このうち試料3から試料12のCr濃度は分析値である。また、試料1、及び試料2は、Crを添加せず同じ方法で作製した試料である。本実施例は主たる元素として高純度銅を使用し、更にるつぼに高純度黒鉛を使用していることから、CuとCr以外の元素は検出限界である0.0001質量%以下であった。
【0067】
これらの試料を、窒素雰囲気中で200℃から710℃までの温度で1時間焼鈍し、その材料組織と機械的性質を調べた。材料組織は、電界放射型走査型電子顕微鏡(FE−SEM)に付設したEBSD、析出物の評価は電界放射型走透過型電子顕微鏡(FE−TEM)を使用してそれぞれ評価した。また、機械的特性は引張試験を行った。
【0068】
配向銅板の集合組織は、それぞれの配向銅板の圧延面に対してコロイダルシリカを使用し、機械的、化学的研磨を行なった後、EBSD装置にて方位解析を行って得た。使用した装置は、ツアイス製FE−SEM(Ultra55)、TSL社製のEBSD装置、及びソフトウエア(OIM Analysis 5.2)である。測定領域はおよそ800μm×1600μmの領域であり、測定時加速電圧20kV、測定ステップ間隔4μmとした(本実施例では測定点が三角格子を形成するよう測定し、測定点間の距離が4μmであり、総測定点数は上記領域内で合計92,631点となる)。本実施例では、本発明の立方体集合組織の集積度、すなわち<100>優先配向領域の評価は、銅板の厚さ方向、及び銅板の圧延方向(銅板面内の特定方向)の両方に対して<100>が15°以内に入っている測定点の全体の測定点に対する割合で示すことができる。測定数は各品種個体において異なる2視野について実施し、百分率の小数点二桁以下を四捨五入して得た。なお、これらの銅箔試料1〜11については<100>優先配向領域を形成する結晶粒が大きく、上記の測定面積を超えるものもあり、後述する実施例2の試料13のように結晶粒径を規定することは困難であった。銅箔試料1〜12の中で最も結晶粒が小さい試料12について、EBSDソフトウエアでΣ3粒界を除く平均結晶粒径(面積平均径)を計算させたところ10μmと算出された。したがって、銅箔試料1〜11の平均粒径はこの値よりも大きい。
【0069】
銅板の析出物は、それぞれの銅板を電解研磨で薄肉化し、日立製FE−SEM(HF-2000)を使用して評価した。測定領域の試料の厚さは0.15μm、加速電圧200kVで測定した。銅マトリックスの方位は電子線回折で確認した。析出物の同定は、電子線回折とEDS分析装置による組成分析によって判定した。析出物の大きさと密度は、得られた画像を画像処理して、得られた析出物のコントラストについて一つ一つ投影面積を出し、円相当径を算出した。
【0070】
銅板の引張試験は圧延方向に平行に長さ150mm、幅10mmの試験片を切り出し、標点間距離100mm、引張速さ10mm/分で実施した。引張試験の結果得られた結果は、応力−歪み線図に表して、0.2%耐力値、強度、及び破断伸びを評価した。応力はロードセルにかかる荷重を銅板の引張試験前の断面積で除した値であり、歪みは、標点間距離に対する引張試験機のクロスヘッドの移動距離を百分率で表したものである。
【0071】
結果をまとめたものを表1に示した。また、
図1A〜
図1Dおよび
図2は、その中の代表的な試料のEBSDで評価した正極点図と応力−歪み線図である。なお、
図1Aから
図1Dおよび
図2中、(1)は試料1の結果を示し、(2)は試料2、(3)は試料5、(4)は試料6の結果をそれぞれ示す。
【0072】
【表1】
【0073】
図1Aから
図1Dは、試料1、試料2、試料5、及び試料6の銅板のEBSD解析の結果得られた正極点図である。正極点図中の1点1点が測定点を表す。いずれの試料も圧延方向、板厚方向、これらと直角な方向に<100>が揃っており、いずれも強い再結晶立方体集合組織を形成していることが分かる。測定点から算出した箔の圧延方向、及び箔の厚さ方向の両方に対して<100>が15°以内に入る<100>優先配向領域の割合は、99%前後でほぼ同等であった。これら以外の試料についても<100>優先配向領域の割合は表1に示したとおりであった。
【0074】
図2は
図1Aから
図1Dで示した試料の引張試験の結果得られた応力−歪曲線である。4つの試料の集合組織はほぼ同等であったにも関わらず、0.2%耐力値、強度、破断伸びは大きく異なった。また、これら以外の試料の0.2%耐力値、強度、破断伸びは表1に示したとおりであり、試料のなかで最も0.2%耐力値と強度が小さかったのはCrを含有しない試料2であり、390℃、1時間の焼鈍処理を行った試料である。これは高純度銅であることに加えて、高温で再結晶熱処理を行ったため、転位や空孔等の欠陥濃度が低くなったためと考えられる。
【0075】
試料5はCr濃度が0.1質量%で試料2と同じ390℃で1時間熱処理した試料であるが、試料1、試料2より、応力−歪み曲線の低歪み領域での直線部の傾き、0.2%耐力、強度が高い。これはCrの析出強化作用である。試料6は、試料5と同じCr濃度が0.1質量%で、590℃1時間熱処理した試料であるが、焼鈍温度が高く、転位や空孔等の欠陥濃度が低くなっているにも関わらず、強度は更に向上した。ここで、
図3は試料6のTEMの明視野像であるが、微細な粒状のコントラストが認められた。電子線回折とEDS分析の結果、銅板の圧延方向と厚さ方向に<100>方位を持つマトリックス内に、微細なCr粒子が析出したものであることが分かった。なお、視野内に認められる線状のコントラストは転位であり、一般的な銅材料に比較して非常に少ない。
【0076】
すなわち、最終焼鈍熱処理によって、加工組織から立方体集合組織への再結晶とCrの時効析出が同時にかつ両立して進行したことになる。
【0077】
図4は、
図3の明視野像0.697μm×0.697μmの視野内のCr析出物のコントラストとマトリックスを2値化して、析出物にナンバリングした画像である。析出物の個数と個々の面積を出し、密度と平均粒径を算出した。TEM試料の厚さは0.15μmであり、透過像であるから0.697×0.697×0.15μm
3の領域に存在するCr析出物の数を数えたことになる。その結果、試料6におけるCr析出物の密度は2287個/μm
3であることが分かった。析出物の大きさは4nmから36nmまで分布しており、平均径は9.8nmであった。
【0078】
同様な方法で他の試料のCr析出物を評価した。試料5と試料6の0.2%耐力、強度、破断伸びの違いは、主にCr析出物の析出強化作用の差であり、試料5が試料6に比較してこれらの値が小さいのは、Crの析出密度が小さかったためである。なお、表1に示した各試料におけるCr析出物の密度は、円相当径が4nm以上52nm以下のCr析出物の単位体積当たりの数を表す。また、試料12は、0.2%耐力、強度、破断伸びは非常に高いものの、<100>優先配向領域の面積率が60.0%未満であるため、疲労特性に劣る。
【0079】
表1の結果から、<100>優先配向領域が60.0%以上の立方体集合組織とCrの析出強化が両立する濃度は、1.0質量%以下であることがいえる。また、<100>優先配向領域が70.0%以上の立方体集合組織とCrの析出強化が両立する濃度は、0.30質量%未満であることがいえる。更に、<100>優先配向領域が80.0%以上の立方体集合組織とCrの析出強化が両立する濃度は、0.20質量%未満であることがいえる。また、<100>優先配向領域が60.0%以上の立方体集合組織とCrの析出強化が両立する濃度範囲におけるCr粒子の大きさの殆どが4〜52nmの範囲であった。<100>優先配向領域が60.0%以上の立方体集合組織とCrの析出強化が両立する析出物密度は12000個/μm
3であると見積もられた。また、本発明の有効な範囲を示すCr濃度の下限は、6Nの銅箔より明白に0.2%耐力、強度、破断伸びが改善する0.03質量%以上と決められる。
【0080】
[実施例2]
実施例1で作製した試料1〜試料12の銅箔試料(配向銅板)を使用して、可撓性回路基板を作製して、折り曲げ(はぜ折り)試験を実施した。また、比較のために市販の電解銅箔を窒素中で390℃で1時間熱処理した銅箔を試料13として加えた。
【0081】
ここで、試料13の銅板の純度は99%以上であり、実施例と同じ条件で引張試験を実施した結果、0.2%耐力、強度、破断伸びは、それぞれ115MPa、159MPa、5.8%と比較的高いことが分かった。また、実施例1と同じ試料調整方法で研磨を行った後、同じ測定装置を使用して、測定領域80μm×160μmの領域であり、測定時加速電圧20kV、測定ステップ間隔0.4μmの視野の組織解析を実施した結果、この試料は多結晶体で、Σ3粒界を除く結晶粒径(面積平均径)は約2μmであった。また、<100>優先配向領域の割合を実施例1と同じ方法で算出した結果、6.8%であった。
【0082】
本実施例の試験用可撓性回路基板の絶縁層を構成するポリイミドの前駆体であるポリアミド酸溶液は次の2種類を準備した。
【0083】
(合成例1)
熱電対及び攪拌機を備えると共に窒素導入が可能な反応容器に、N,N−ジメチルアセトアミドを入れた。この反応容器に2,2-ビス[4-(4-アミノフェノキシ)フェニル]プロパン(BAPP)を容器中で撹拌しながら溶解させた。次に、ピロメリット酸二無水物(PMDA)を加えた。モノマーの投入総量が15質量%となるように投入した。その後、3時間撹拌を続け、ポリアミド酸aの樹脂溶液を得た。このポリアミド酸aの樹脂溶液の溶液粘度は3,000cpsであった。
【0084】
(合成例2)
熱電対及び攪拌機を備えると共に窒素導入が可能な反応容器に、N,N−ジメチルアセトアミドを入れた。この反応容器に2,2'−ジメチル−4,4'−ジアミノビフェニル(m-TB)を投入した。次に3,3',4,4'−ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)及びピロメリット酸二無水物(PMDA)を加えた。モノマーの投入総量が15質量%で、各酸無水物のモル比率(BPDA:PMDA)が20:80となるように投入した。その後、3時間撹拌を続け、ポリアミド酸bの樹脂溶液を得た。このポリアミド酸bの樹脂溶液の溶液粘度は20,000cpsであった。
【0085】
次に、銅板とポリイミドとの複合体である銅張積層板の形成方法を説明する。
【0086】
上記で準備した試料1〜12の銅板の片側表面に対してそれぞれ合成例1で得られたポリアミド酸溶液aを塗布し、乾燥させ(硬化後は膜厚2μmの熱可塑性ポリイミドを形成)、その上に合成例2で得られたポリアミド酸bを塗布し、乾燥させ(硬化後は膜厚8μmの低熱熱膨張性ポリイミドを形成)、更にその上にポリアミド酸aを塗布し乾燥させ(硬化後は膜厚2μmの熱可塑性ポリイミドを形成)、280℃の温度が積算時間で5分以上負荷されるような加熱条件を経て3層構造からなるポリイミド層を形成した。なお、本熱処理温度をポリイミド形成温度とする。
【0087】
次いで、銅板の圧延方向に沿って長さ250mm、圧延方向に対して直交する方向に幅40mmの長方形サイズとなるように切り出し、厚さ12μmの樹脂層(ポリイミド)と厚さ12μmの銅板層とを有した試験用片面銅張積層板を得た。そのときの樹脂層全体の引張弾性率は7.5GPaであった。
【0088】
次に、上記で得られた試験用片面銅張積層板の銅板層側に所定のマスクを被せ、塩化鉄/塩化銅系溶液を用いてエッチングを行い、線幅が100μmの長さが40mmの直線状の10本の配線の配線方向が、圧延方向に平行になるように、かつ、スペース幅が100μmとなるように配線パターンを形成して、試験用可撓性回路基板を得た。なお、上記配線パターンは10列の配線がU字部を介して全て連続して繋がっており、その両末端には抵抗値測定用の電極部分を設けている。また、ポリイミドの形成、並びにエッチングによる回路形成の前後で銅板の組織、Crの析出状態は殆ど変化しないことを確認した。
【0089】
上記で得られた試験用可撓性回路基板を用い、はぜ折り試験を行った。折り曲げの方向は圧延(配線)方向、すなわち折り目は圧延方向直角になる方向に、配線が内側になるように折り曲げ(つまり、銅板面内の<100>方位に対して直交するように屈曲部を形成し)、ローラーを用いて折り曲げ箇所のギャップが0.3mmとなるように制御しながら、折り曲げた線と平行にローラーを移動させ、10列の配線を全て折り曲げた後、折り曲げ部分を元の状態に180°開いて、折り目がついている部分を再度ローラーにて抑えたまま移動させた。この一連の工程をもってはぜ折り回数1回とカウントするようにした。このような手順で折り曲げと展開を繰り返し、配線の抵抗値をモニタリングし、所定の抵抗(3000Ω)になった時点を配線の破断と判断し、銅板が破断するまでの折り曲げ回数(はぜ折り寿命)を調べた。その結果を表2に示す。結果は、各試料5回試験を実施した平均値である。
【0090】
【表2】
【0091】
表2に示した結果から、はぜ折り負荷に対して最も耐久性があったのが試料6の配向銅板を使用した場合であった。これは、立方体集合組織が発達していたのに加えて、Cr析出効果により、0.2%耐力、強度、破断伸びが大きかったからである。また、配向銅板のうち<100>優先配向領域が99%程度にまで立方体集合組織が発達した試料の中で比較すると、Crの析出効果が大きい試料ほどはぜ折り耐性が高いことがわかった。一方、立方体集合組織が発達していない試料では、Crが析出していてもはぜ折り耐性が小さかった。<100>優先配向領域が55.3%である試料12を使用した可撓性回路基板のはぜ折り寿命は、Crが析出していない銅箔と同程度であった。<100>優先配向領域は、60.0%以上、更に好ましくは70.0%超になるとCrの析出強化とあいまってはぜ折り屈曲耐性が高まることが分かった。
【0092】
[実施例3]
Cr析出工程と再結晶工程を分けた時に本発明の形態が実現可能かを調べる試験を行った。原料の銅は、純度99.5%以上のスクラップ銅とCrを使用した。これらを所定の量に秤量して、高純度黒鉛坩堝を使用して、10
-2Pa以下の真空中で溶解し、水冷銅ハースを介して冷却された高純度黒鉛鋳型に鋳造した。インゴットの大きさは、30mm×55mm×12mmであった。これを700℃で熱間圧延して、厚さ1mmの板を作製した。熱間圧延のパス回数は7回で長さ30mmの方向と55mmの方向を交互に90°クロスさせて実施した。厚さ1mmの熱延板を窒素中で650℃で2時間のCr析出処理を兼ねた中間焼鈍を施した。この銅板材を0.4mmまで冷間圧延して、スリット加工で幅40mmに整えた後、張力圧延機で最終板厚である12μmまで冷間圧延を実施した。最終板厚まで圧延した配向銅板について、Crの濃度をICP発光分析にて分析を行った。Cr以外の不純物として、酸素が0.005質量%、Feが0.0016質量%、Agが0.002質量%、Mnが0.0015質量%検出された。P、Ni、Sn、Znは0.001質量%以下であった。Crを添加せずに作製した銅箔(試料14)のCrの不純物量は0.0011質量%であった。
【0093】
これらの試料を、窒素雰囲気中で400℃、5分間で焼鈍した(再結晶焼鈍)。焼鈍は管状炉を使用し、予め400℃に加熱した炉の加熱均熱ゾーンに加熱ゾーンの外から銅箔を挿入し、5分経過後銅箔を加熱ゾーンの外に出し酸化させずに冷却する操作によって行った。この条件は、銅箔上にポリイミドを形成する連続工程の熱履歴を模擬したものである。
【0094】
作製した銅箔について材料組織と機械的性質を調べた。材料組織は、電界放射型走査型電子顕微鏡(FE−SEM)に付設したEBSD、析出物の評価は電界放射型走透過型電子顕微鏡(FE−TEM)を使用してそれぞれ評価した。また、機械的特性は引張試験を行った。
【0095】
配向銅板の集合組織は、それぞれの配向銅板の圧延面に対してコロイダルシリカを使用し、機械的、化学的研磨を行なった後、EBSD装置にて方位解析を行って得た。使用した装置は、ツアイス製FE−SEM(Ultra55)、TSL社製のEBSD装置、及びソフトウエア(OIM Analysis 5.2)である。測定領域はおよそ800μm×1600μmの領域であり、測定時加速電圧20kV、測定ステップ間隔4μmとした(本実施例では測定点が三角格子を形成するよう測定し、測定点間の距離が4μmであり、総測定点数は上記領域内で合計92,631点となる)。本実施例では、本発明の立方体集合組織の集積度、すなわち<100>優先配向領域の評価は、銅板の厚さ方向、及び銅板の圧延方向(銅板面内の特定方向)の両方に対して<100>が15°以内に入っている測定点の全体の測定点に対する割合で示すことができる。測定数は各品種個体において異なる2視野について実施し、百分率の小数点二桁以下を四捨五入して得た。なお、作製した試料全ては<100>優先配向領域を形成する結晶粒が大きく、上記の測定面積を超えるものもあった。
【0096】
銅板の析出物は、それぞれの銅板を電解研磨で薄肉化し、日立製FE−SEM(HF-2000)を使用して評価した。測定領域の試料の厚さは0.15μm、加速電圧200kVで測定した。銅マトリックスの方位は電子線回折で確認した。析出物の同定は、電子線回折とEDS分析装置による組成分析によって判定した。析出物の大きさと密度は、得られた画像を画像処理して、得られた析出物のコントラストについて一つ一つ投影面積を出し、円相当径を算出した。
【0097】
銅板の引張試験は圧延方向に平行に長さ150mm、幅10mmの試験片を切り出し、標点間距離100mm、引張速さ10mm/分で実施した。引張試験の結果得られた結果は、応力−歪み線図に表して、0.2%耐力値、強度、及び破断伸びを評価した。応力はロードセルにかかる荷重を銅板の引張試験前の断面積で除した値であり、歪みは、標点間距離に対する引張試験機のクロスヘッドの移動距離を百分率で表したものである。
【0098】
次いで引張試験に使用した試験片と同じ形状に切り出した銅箔について、長さ方向中央で長さ方向と90°、60°の折目を折り角が鋭角になる程度つけ、その後引張試験と同じ装置を使用して繰り返し曲げ圧縮試験を行った。折目を付けた部分の中央を平行平板を介して上下方向に折目を強める方向で圧縮し、平板間の距離を5mm開く、圧縮、解放を10回繰り返した。圧縮時の最大荷重は10N、時間を5秒とした。
【0099】
その後、折目が付いた状態で折目稜線部をFE−SEMを使用してクラックの状態を確認した後、折目を開いてクラックが入った部分の組織をSEM像とEBSD解析によって調べた。
結果をまとめたものを表3に示した。
【0100】
【表3】
【0101】
試料14の試料を除いて、銅箔内にCrの析出が起こっていることが確認された。これは、十分な量のCrの添加と650℃で2時間の中間焼鈍でCrの析出処理を行ったためである。
【0102】
Crの析出状態と<100>優先配向領域の割合の結果から、析出処理を行った後冷間加工を行い、その後再結晶焼鈍をしても高い立方体集合組織とCrの析出強化が両立できることが判明した。
【0103】
<100>優先配向領域の割合を60.0%以上得るためのCr添加量の最大値は0.38質量%、70.0%超の値を得るためには0.30質量%未満であった。高い立方体集合組織とCrの析出強化が両立可能なCr添加範囲が小さくなったのは、最終焼鈍工程の熱履歴が小さかったためである。
【0104】
Crを添加していない試料14の銅箔の<100>優先配向領域の割合は約70%とCrの含有量が低いにもかかわらず小さかった。これは、Cr含有量が小さいため650℃で2時間の中間焼鈍で結晶粒が粗大化してしまい、後の冷間加工で均一加工歪みが導入されなかったため、最終焼鈍において立方体方位が発達しなかったためである。
【0105】
繰り返し曲げ試験後のクラックは、試料14で大きなクラックが観察された一方、<100>優先配向領域の割合が大きい試料(試料15および16)ではクラックは観察されなかった。試料14のクラックは、<100>優先配向を示す結晶粒とそれ以外の方位を有する結晶粒の界面、または<100>優先配向を示す結晶粒以外の結晶粒の界面で発生しており、立方体集合組織が発達し、結晶方位による力学的不均一性のない方が曲げ、疲労に強いことが分かる。
【0106】
試料14と<100>優先配向領域の割合が同等の試料17や<100>優先配向領域の割合が小さい試料18のクラックが小さく、数も少ないのはCrの析出による強化作用のためである。
【0107】
銅箔とポリイミドを積層した銅張積層体の応用では、本実施例で説明したように、中間工程でCrを析出させておき、その後冷間加工を行って、析出、加工硬化処理をされた銅箔を使用して、銅箔とポリイミドの積層工程における加熱処理で生じる熱を利用して<100>優先配向を示す結晶粒を発達させる工程を踏んだ方がハンドリング、効率の点で優れている。その場合のCr濃度の範囲は0.38質量%以下、望ましくは0.30質量%未満、更に望ましくは0.20質量%未満であると言え、最適値は銅箔とポリイミドの積層工程の熱履歴によって変わり、<100>優先配向を示す結晶粒を発達可能な範囲で、Cr含有量を最大化するのが望ましい。
【0108】
更に比較のため、結果の優れていた試料16の製造方法に対して、650℃で2時間の析出処理を兼ねた中間焼鈍を実施しないで作製した試料16bについて同様な試験を実施した。曲げ試験後のクラックは60°方向曲げ試験片については認められなかったが、90°方向曲げ試験片については微小なクラックが認められた。
【0109】
この試料16bの<100>優先配向領域の割合は、70.9%でああり、強度は148Paであった。試料16に比較して強度が低下した理由は、析出熱処理を実施しなかったため、Crの析出量が減少し、析出強化作用が小さかったためである。また、試料16に比較して<100>優先配向領域の面積率が減少した理由は、銅中の固溶Crの量が大きいため、再結晶温度が試料16に比較して高まり、本発明の最終焼鈍条件では再結晶が十分進行しなかったためである。
【0110】
すなわち、試料16bの曲げ疲労特性が、試料16に対して小さかったのは、強度が小さいこと、及び<100>優先配向領域の割合が減少し、結晶粒毎の方位差による力学的不均質性が大きくなり、微視的な応力集中が起き、クラックが発生しやすくなったためである。
【0111】
[実施例4]
Cr以外の不純物の影響を調べる試験を行った。原料は、純度99.96%以上の無酸素銅とCr、Zr、Zn、並びに2.8重量%のPを含むりん脱酸銅を使用した。これらを所定の量に秤量して、高純度黒鉛坩堝を使用して、10
-2Pa以下の真空中で溶解し、水冷銅ハースを介して冷却された高純度黒鉛鋳型に鋳造した。インゴットの大きさは、Φ20mm×100mmであった。これをΦ6mmまでスエージ加工をして減面し、クロス圧延で幅出加工を行いながら幅18mm厚さ1.5mmのテープ状板材とした後、冷間圧延で厚さを0.2mmとした後、長さ方向にスリット加工を行い幅1.3mm、厚さ0.2mmのテープ状板材とした。この材料をステンレスボビンに巻いて、真空中で650℃×2時間の析出、再結晶焼鈍を行って最終試料とした。
【0112】
評価試験は、ICP発光分析法による不純物分析、90°曲げ試験、及び曲げ試験前後の材料組織を実施した。
【0113】
材料組織は、電界放射型走査型電子顕微鏡(FE−SEM)に付設したEBSD、析出物の評価は電界放射型走透過型電子顕微鏡(FE−TEM)を使用してそれぞれ評価した。
【0114】
配向銅板の集合組織は、それぞれの配向銅板の圧延面に対してコロイダルシリカを使用し、機械的、化学的研磨を行なった後、EBSD装置にて方位解析を行って得た。使用した装置は、ツアイス製FE−SEM(Ultra55)、TSL社製のEBSD装置、及びソフトウエア(OIM Analysis 5.2)である。測定領域はおよそ800μm×1600μmの領域であり、測定時加速電圧20kV、測定ステップ間隔4μmとした(本実施例では測定点が三角格子を形成するよう測定し、測定点間の距離が4μmであり、総測定点数は上記領域内で合計92,631点となる)。本実施例では、本発明の立方体集合組織の集積度、すなわち<100>優先配向領域の評価は、銅板の厚さ方向、及び銅板の圧延方向(銅板面内の特定方向)の両方に対して<100>が15°以内に入っている測定点の全体の測定点に対する割合で示すことができる。測定数は各品種個体において異なる2視野について実施し、百分率の小数点二桁以下を四捨五入して得た。
【0115】
90°曲げ試験は、結晶シリコン太陽電池のセル同士を配線してストリングを製造する配線装置(エヌ・ピー・シー社製:全自動配線装置(NTS−150−SM)を使用しておこなった。本配線装置では、テープ状板材をボビンから一定のテンションで繰り出し、長さ320mに切断した後、その中央で段付金型を用いて型押しして、長さと板厚方向に垂直方向に、山折りと谷折りの2つの90°の屈曲を付けることが出来る。これにより、板材は長さ方向中央部で厚さ方向に約150μmのギャップを設けることが出来、隣り合う2枚の太陽電池セルの受光面と裏面をセル間の距離を狭めて接合できるようになる。
【0116】
実施例ではその段付部の引張面側屈曲部をFE−SEMで観察しクラックの有無を調べた。
結果をまとめたものを表4に示した。
【0117】
【表4】
【0118】
Cr濃度は一定の0.08質量%になるように調整した結果を反映し、分析値も0.08質量%であった。Zr、P、Znもほぼ仕込組成通りの分析値が得られた。
【0119】
Zrを添加した試料では、0.1質量%含有しても<100>優先配向領域の割合は80.0%以上の値が得られたのに対し、Pを0.01質量%含有した試料22、Znを0.1質量%含有した試料24では、60.0%以上の<100>優先配向領域を有する試料が得られなかった。
【0120】
曲げ試験後のクラックを観察した結果、試料22と試料24でクラックが観察された一方、<100>優先配向領域の割合が大きいその他の試料ではクラックは観察されなかった。試料22、並びに試料24のクラックは、<100>優先配向を示す結晶粒とそれ以外の方位を有する結晶粒の界面、または<100>優先配向を示す結晶粒以外の結晶粒の界面で発生していた。このようなクラックは、太陽電池モジュールに対する風雪による繰り返しの荷重が印加された時、インターコネクターブレークと呼ばれる銅配線の破断不良の発生起点となる。
【0121】
Crの析出と<100>優先配向領域の増大とを両立するためには、それ以外の成分は制限すべきであり、特に本発明の効用を得るためには、Pは0.01質量%未満、Znは0.10質量%未満に制限すべきであることが本実施例で明らかになった。