特許第6358340号(P6358340)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6358340配向銅板、銅張積層板、可撓性回路基板、及び電子機器
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6358340
(24)【登録日】2018年6月29日
(45)【発行日】2018年7月18日
(54)【発明の名称】配向銅板、銅張積層板、可撓性回路基板、及び電子機器
(51)【国際特許分類】
   C22C 9/00 20060101AFI20180709BHJP
   C22F 1/08 20060101ALI20180709BHJP
   C22F 1/02 20060101ALI20180709BHJP
   H01B 1/02 20060101ALI20180709BHJP
   H01B 5/02 20060101ALI20180709BHJP
   H05K 1/09 20060101ALI20180709BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20180709BHJP
【FI】
   C22C9/00
   C22F1/08 F
   C22F1/08 Q
   C22F1/08 S
   C22F1/08 B
   C22F1/02
   H01B1/02 A
   H01B5/02 Z
   H05K1/09 A
   !C22F1/00 602
   !C22F1/00 606
   !C22F1/00 613
   !C22F1/00 622
   !C22F1/00 623
   !C22F1/00 627
   !C22F1/00 630A
   !C22F1/00 630K
   !C22F1/00 630G
   !C22F1/00 650D
   !C22F1/00 661A
   !C22F1/00 683
   !C22F1/00 694Z
   !C22F1/00 684Z
   !C22F1/00 691B
   !C22F1/00 691C
   !C22F1/00 685Z
   !C22F1/00 686A
   !C22F1/00 694A
   !C22F1/00 694B
【請求項の数】10
【全頁数】27
(21)【出願番号】特願2016-563751(P2016-563751)
(86)(22)【出願日】2015年12月11日
(86)【国際出願番号】JP2015084822
(87)【国際公開番号】WO2016093349
(87)【国際公開日】20160616
【審査請求日】2017年6月5日
(31)【優先権主張番号】特願2014-252321(P2014-252321)
(32)【優先日】2014年12月12日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100092624
【弁理士】
【氏名又は名称】鶴田 準一
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100160716
【弁理士】
【氏名又は名称】遠藤 力
(72)【発明者】
【氏名】木村 圭一
(72)【発明者】
【氏名】宇野 智裕
(72)【発明者】
【氏名】金子 和明
【審査官】 高木 康晴
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2013/031841(WO,A1)
【文献】 国際公開第2012/026611(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 9/00
C22F 1/08
H01B 1/02
H01B 5/02
H05K 1/09
C22F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Crを0.03質量%以上1.0質量%以下含有し、残部が銅及び不可避不純物からなる銅板であり、銅板の厚さ方向と銅板面内の特定方向とが、それぞれ銅の結晶軸<100>と方位差15°以内の条件を満たす<100>優先配向領域が面積率で60.0%以上を占めるように<100>の主方位を有しており、かつ円相当径で4nm以上52nm以下のCr析出物が300個/μm以上、12000個/μm以下であることを特徴とする配向銅板。
【請求項2】
Mn:0.4質量%以下、Al:0.4質量%以下、Ti:0.2質量%以下、Zr:0.2質量%以下、希土類元素:0.4質量%以下の1種または2種以上をさらに含有することを特徴とする請求項1に記載の配向銅板。
【請求項3】
P:0.01質量%未満、Zn:0.1質量%未満の1種または2種をさらに含有することを特徴とする請求項1または2に記載の配向銅板。
【請求項4】
Ag、Sn、Pd、Ni、Fe、B、Si、Ca,V、Co、Ga、Ge、Sr、Nb、Mo、Rh、Ba、WおよびPtから選ばれる1種または2種以上を合計で0.03質量%未満さらに含有することを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の配向銅板。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか1項に記載の配向銅板表面に形成された絶縁層を有することを特徴とする銅張積層板。
【請求項6】
前記配向銅板の厚みが5μm以上18μm以下であり、かつ前記絶縁層が樹脂からなり、その厚みが5μm以上75μm以下である請求項5に記載の銅張積層板。
【請求項7】
前記樹脂がポリイミドからなる請求項6に記載の銅張積層板。
【請求項8】
請求項5〜7のいずれか1項に記載の銅張積層板の配向銅板に形成された所定の配線を有し、さらに銅板面内の特定方向に対して直交するように、該配線の少なくとも一箇所に屈曲部を有することを特徴とする可撓性回路基板。
【請求項9】
前記屈曲部は、はぜ折り屈曲、摺動屈曲、折り曲げ屈曲、ヒンジ屈曲及びスライド屈曲から選ばれた1つまたは2つ以上の繰り返し動作を伴う屈曲部である請求項8に記載の可撓性回路基板。
【請求項10】
請求項8又は9に記載の可撓性回路基板を搭載した電子機器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、強度が高く熱サイクル、屈曲を始めとする疲労に対して耐久性の高い配向銅板、これを用いた銅張積層板及び可撓性回路基板、並びに回路基板を搭載した電子機器に関し、詳しくは、屈曲に対して耐久性を備え、かつ、屈曲性に優れた可撓性回路基板を得ることができる配向銅板、これを用いた銅張積層板及び可撓性回路基板、並びに回路基板を搭載した電子機器に関する。
【背景技術】
【0002】
{100}<001>集合組織は、比較的純度の高い銅の再結晶安定方位であり、集合組織の中では比較的発達させやすい方位である。銅を圧延して再結晶させた時、圧延(RD)方向、板厚(ND)方向、そしてこれらと直交する(TD)方向に対して、100方位が揃ったいわゆる立方体方位が得られる。
【0003】
高度に集積した立方体集合組織を安定して製造することは容易ではないが、近年可撓性回路基板用銅箔(特許文献1、2)、太陽電池接続用平角銅線(特許文献3、4)として工業的に利用する試みがなされており、一部で実用化されている。材料に立方体集合組織を形成させる理由は、疲労特性の向上(特許文献1、2)、そしてヤング率(特許文献3)、降伏強度の低減(特許文献4)による軟質化である。
【0004】
このような可撓性回路基板用銅箔や太陽電池接続用平角銅線を構成する金属材料には、一般に繰り返しの歪みが負荷される。可撓性回路基板では携帯電話のヒンジ部やスライド部、折り曲げ部における屈曲による歪みである。一方、太陽電池用導体ではシリコンと銅との熱膨張係数の差に起因する熱歪みである。
【0005】
どちらの用途でも金属材料の銅が疲労破壊する事例が報告されており、銅材の疲労強度を高めることが課題として挙げられている。特許文献2は、立方体集合組織が、携帯電話等の薄型の機器に組み込まれて使用されるような曲率半径の小さな高屈曲を加えた時の銅箔の疲労特性を高める上で優れることを活用したものであり、更にその機械的特性の異方性を活用して、応力の方向を破断伸びの高い方位に合わせる形状的工夫を行ったものである。
【0006】
ここで、金属材料の疲労特性を高める一般的な方策として、金属の強度を向上させることと、破断伸びを向上させることが挙げられる。そのための一般的な方策が結晶粒の微細化である。そのため、立方体集合組織を発達させ結晶粒径を粗大化させることは、材料組織の点からみた時はその逆の方策であるが、例えば上記特許文献2では、結晶粒の粗大化により疲労特性が高まることが実証されている。そこで、高度に立方体集合組織を高めた組織を有せしめ、更に強度や破断伸びを向上させることが出来れば、より疲労特性の優れた銅材料とすることは可能と予想される。
【0007】
しかし、高度に立方体集合組織が発達した材料は、強度、破断伸びを向上させることが難しい。前述したように立方体集合組織は、比較的純度の高い銅の再結晶安定方位であることを利用して製造することが一般的である。したがって、本質的に強度を高める作用のある転位や結晶粒界の数が少ない。また、合金化による合金元素の固溶強化や析出強化作用によって、強度を向上させようとすれば、積層欠陥エネルギーの変化によって、再結晶の安定方位が変わったり、析出物によって粒成長が阻害される等によって、立方体集合組織の形成が阻害される。そのため、高度な立方体集合組織を有する銅材料では、添加する合金元素の種類や濃度が制限される。特に、析出強化を起こさせるほど高い濃度で高度に立方体方位が発達した銅合金系は見出されていない。
【0008】
ところで、工業的に製造される立方体集合組織が発達した銅材料は圧延と再結晶によって製造されることから、圧延方向に100主方位の一つがある。したがって、太陽電池接続用平角銅線では長手方向が<100>になり、特段な工夫をしなければ、可撓性回路基板も応力方向が<100>に当たる。ところが、<100>に応力をかけた場合、可能性のある方位の中で破断伸びが最も小さくなる。したがって、高度に立方体集合組織が発達した材料は疲労特性が優れるものの、最も使用される可能性のある方位(すなわち<100>)は、疲労特性の点で都合の悪い方位である。そのため、高度に立方体集合組織が発達した銅材料について、その<100>方向に応力を加えた時の強度の向上と、破断伸びの向上とが求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第3009383号公報
【特許文献2】特許第4763068号公報
【特許文献3】特許第5446188号公報
【特許文献4】特許第4932974号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
このような状況のもと、本発明の目的は、高度に立方体集合組織が発達しながら、同じ集合組織を有する従来の材料よりも強度が高く、かつ、破断伸びが高い配向銅板を新たに確立することである。また、本発明の別の目的は、この配向銅板を用いて折り曲げ屈曲性に優れた可撓性回路基板を新たに確立することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記従来技術の問題を解決するために鋭意検討した結果、高度な立方体集合組織とCr析出との両方の材料組織的な特徴を備えるようにすることで、同程度の立方体集合組織の集積を示す従来の銅材料よりも強度が高くなり、かつ、破断伸びが高くなることを見出し、本発明を完成した。すなわち、本発明は以下の構成を含むことを要旨とする。
(1)Crを0.03質量%以上1.0質量%以下含有し、残部が銅及び不可避不純物からなる銅板であり、銅板の厚さ方向と銅板面内の特定方向とが、それぞれ銅の結晶軸<100>と方位差15°以内の条件を満たす<100>優先配向領域が面積率で60.0%以上を占めるように<100>の主方位を有しており、かつ円相当径で4nm以上52nm以下のCr析出物が300個/μm以上、12000個/μm以下であることを特徴とする配向銅板。
(2)Mn:0.4質量%以下、Al:0.4質量%以下、Ti:0.2質量%以下、Zr:0.2質量%以下、希土類元素:0.4質量%以下の1種または2種以上をさらに含有することを特徴とする(1)に記載の配向銅板。
(3)P:0.01質量%未満、Zn:0.1質量%未満の1種または2種をさらに含有することを特徴とする(1)または(2)に記載の配向銅板。
(4)Ag、Sn、Pd、Ni、Fe、B、Si、Ca,V、Co、Ga、Ge、Sr、Nb、Mo、Rh、Ba、WおよびPtから選ばれる1種または2種以上を合計で0.03質量%未満さらに含有することを特徴とする(1)から(3)のいずれかに記載の配向銅板。
(5)(1)から(4)のいずれかに記載の配向銅板表面に形成された絶縁層を有することを特徴とする銅張積層板。
(6)前記配向銅板の厚みが5μm以上18μm以下であり、かつ前記絶縁層が樹脂からなり、その厚みが5μm以上75μm以下である(5)に記載の銅張積層板。
(7)前記樹脂がポリイミドからなる(6)に記載の銅張積層板。
(8)(5)〜(7)のいずれかに記載の銅張積層板の配向銅板に形成された所定の配線を有し、さらに、銅板面内の特定方向に対して直交するように、該配線の少なくとも一箇所に屈曲部を有することを特徴とする可撓性回路基板。
(9)前記屈曲部は、はぜ折り屈曲、摺動屈曲、折り曲げ屈曲、ヒンジ屈曲及びスライド屈曲から選ばれた1つまたは2つ以上の繰り返し動作を伴う屈曲部である(8)に記載の可撓性回路基板。
(10)(8)又は(9)に記載の回路基板を搭載した電子機器。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、高度な立方体集合組織とCr析出との両方の材料組織的特徴を持たせることによって、同程度の立方体集合組織の集積度を有する従来の銅材料に比べて強度が高く、かつ、破断伸びが高くて折り曲げ屈曲性に優れた配向銅板を得ることができる。このような配向銅板であれば、例えば配線材料や回路基板材料等の広い範囲で活用できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1A図1Aは、実施例1において試料1の銅箔をEBSD解析した結果、得られた正極点図である。
図1B図1Bは、実施例1において試料2の銅箔をEBSD解析した結果、得られた正極点図である。
図1C図1Cは、実施例1において試料5の銅箔をEBSD解析した結果、得られた正極点図である。
図1D図1Dは、実施例1において試料6の銅箔をEBSD解析した結果、得られた正極点図である。
図2図2は、実施例1において図1で示した試料について引張試験を実施した結果、得られた応力−歪曲線である。
図3図3は、実施例1で作製した試料6の透過型電子顕微鏡の明視野像である。
図4図4は、図3の明視野像をCr析出物とマトリックスのコントラストを2値化し、析出物にナンバリングした画像である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0015】
本発明の配向銅板は、高度な立方体集合組織が形成された銅板内にCr析出物が分散析出した材料である。Cr析出物の析出強化作用によって、同程度の立方体集合組織の集積度を有する従来の銅材料より強度が高く、破断伸びが高い銅材料であって、更には、高度な立方体集合組織が形成されているので、折り曲げ屈曲性にも優れて、例えば配線材料や回路基板材料等の広い範囲に活用できる。
【0016】
本発明の配向銅板の立方体集合組織の集積度は、配向銅板の厚さ方向と配向銅板面内に存在する特定方向との2つの直交軸に対して、それぞれ方位差15°以内の優先配向領域が面積率で60.0%以上を占めることが特徴である。
【0017】
優先配向の中心にある結晶方位を集合組織の主方位と呼ぶが、本発明の配向銅板は、銅板の厚さ方向が<100>の主方位を有すると共に、銅板の板面内が<100>の主方位を有すると言うことができる。すなわち、本発明の銅板は板の厚さ方向に<100>方位を有し、また板面内にはそれに直交する<100>方位を主方位とする高度に配向した立方体方位と呼ばれる集合組織を呈している必要がある。
【0018】
立方体方位の集積度は高い方がよく、立方体集合組織を形成している優先配向領域の面積は100%とすることも可能であるが、本発明では、配向銅板の厚さ方向と配向銅板内に存在する特定方向との2つの直交軸に対して、それぞれ方位差15°以内の優先配向領域が面積率で60.0%以上あれば良く、好適には70.0%超を占めることが望ましく、更に望ましくは80.0%超であることが望ましい。優先配向領域が面積率で70.0%超である場合は、残りの領域の方位は、立方体方位に対する双晶方位に近い方位である場合が多く、他の方位の結晶粒より、機械的な特性に与える悪い影響は比較的小さい。また、少量の酸化銅が析出していてもかまわない。
【0019】
本実施形態では、銅板は圧延材からなる。この場合、配向銅板の面内に存在する特定方向とは、最終冷間圧延における圧延方向と板の面内で圧延方向と直交する方向である。また、配向銅板の厚さ方向とは圧延面と直交する方向である。ただし、板の切り出し方は製品形状や材料歩留まり等で任意であるから、板の1つの辺が圧延方向と位置している必要はなく、面内の直交する2つの方向に<100>主方位を有していれば良い。
【0020】
配向銅板は完全に板状を呈していなくてもよく、例えば、スリット加工によって細くて長いテープ状の線材にしたものであってもよく、板状の平面を部分的にエッチングが施されて、回路状の複雑な形態をしたものであってもよい。一方、配向銅板の板厚については特に制限はなく、ある程度の厚みを有した板材から銅箔のような極めて薄いものまでを含むが、高度な立方体集合組織を得るためには実質的に3mm以下の銅板である必要がある。また、その厚みは銅板の用途によって適宜設定することができ、例えば、後述するプラスチックを基板とした可撓性回路基板の配線に用いる場合には、典型的な厚さは5μm以上、18μm以下であるのがよく、セラミックスを基板とした可撓性回路基板の配線に用いる場合には、典型的な厚さは100μm以上、500μm以下であるのがよい。一方、太陽電池用配線材料の平角銅線(インターコネクタ)のような場合には、典型的な厚さは100μm以上、300μm以下であるのがよい。なお、圧延加工やその後のプロセスのハンドリングの限界から、その厚みの下限は実質的に3μmである。
【0021】
本発明の銅板の組織は、結晶方位解析手法として一般的に広まっているEBSD(Electron Backscattered Diffraction)法で計測、評価することができる。EBSD法は、走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)に付設して、試料の表面に局所的に電子線を照射して、その後方散乱回折により発生する回折パターンを解析してその点の方位付けを行う手法である。測定試料の表面、あるいは断面上を2次元的に等間隔に点状の電子線照射位置を走査することによって、その面の結晶方位の2次元的分布を知ることができ、結晶粒の大きさや、集合組織等の解析をすることができる。
【0022】
単位格子の所定結晶軸が一定の方位差以内にある<100>優先配向領域の面積率については、測定点数と測定面積を銅板の平均的な組織を代表するように十分大きく取ることによって、単位格子の所定結晶軸が一定の方位差以下にある点の全体の点数に対する割合から求めることができる。また、EBSD法の方位情報は3次元であるから、銅板の方位情報は任意の断面の研磨面で評価可能である。ただし、本発明の場合は配向銅板であり、例えば板面と直交するC断面は研磨面の面積が制限される。そのため、本発明では、銅板の板厚方向と直交する銅板の面内の断面組織については、800μm×1600μm以上の大きさの領域を選択して、その領域内で4μm以下の間隔で評価することを基準とする。
【0023】
本発明の配向銅板は、Crを0.03質量%以上1.0質量%以下含有し、残部が銅および不可避不純物からなり上述した集合組織を有する銅板であり、高度な立方体集合組織を有するマトリックス内に4nm以上52nm以下のCr析出物が、300個/μm以上、12000個/μm以下の密度で析出した組織を有する。ここでいう析出物の大きさは、銅板の一方向から投影した時の析出物の面積から換算した円相当径である。
【0024】
本発明では、結晶組織は高度に配向した立方体集合組織とほぼ規定されていることから、立方体集合組織を形成する結晶粒は粗大であり、結晶粒の微細化による高強度化といった手法をとることが出来ない。したがって、固溶強化や析出強化等の合金化の手法をとることが考えられるが、固溶強化や析出強化作用が得られる濃度まで合金元素を添加すると高度な立方体集合組織の形成が出来ない。これは、積層欠陥エネルギーの変化によって、再結晶の安定方位が変わったり、析出物によって粒成長が阻害される等の作用のためである。更に、銅の主たる用途は導電材料であるが、合金元素の含有量を高めると電気抵抗が増し、その用途に適さなくなる。
【0025】
この中で、Crは0.03質量%以上の比較低濃度でも析出強化作用が現出し、高度な立方体集合組織を有する銅板を析出強化させることが出来る。銅を析出強化する合金元素は多く知られているが、高度な立方体集合組織と両立できる合金元素はCrしか見出せなかった。
【0026】
ここで、析出強化の点でCrの濃度は高いほうが強度に有利であるが、濃度が大きくなると高度に配向した立方体集合組織が得られなくなるので、本発明の集合組織の集積度を得るには、Crの濃度は1.0質量%以下、望ましくは0.30質量%未満である。Cr濃度が0.30質量%未満である場合、Crが析出した状態で<100>優先配向領域が面積率で70.0%超を占めるような高度な集合組織を形成させることが出来、強度が高く熱サイクル、屈曲を始めとする疲労に対して耐久性の高い銅張積層板及び可撓性回路基板、並びに回路基板を搭載した電子機器を実現することが出来る。
【0027】
本発明の可撓性回路基板の主要な形態は銅と樹脂、特にポリイミドとの複合体である。この複合体を形成するプロセスでは、銅箔上に連続的にポリイミドを形成する、又は貼り合わせる工程において、工程前の銅箔は強度があったほうが銅箔のハンドリングが容易である。したがって、Crを析出させた後、冷間加工を行い、析出強化、加工硬化した状態で銅箔を繰り出し、ポリイミドとの積層体を得る工程のイミド化処理、もしくは熱プレス処理の熱で再結晶させて高度に配向した立方体集合組織を得るようにすることが望ましい。この工程は通常400℃以下、数分の時間で実施されることから、この熱履歴で再結晶を進行させる必要がある。Crの濃度が大きくなると再結晶温度は上昇することから、特に可撓性回路基板としては、Crの含有量は、0.20質量%未満であることが生産効率上望ましい。
【0028】
本発明の銅板のCr析出物の密度は、300個/μm以上、12000個/μm以下であるが、2000個/μm以上、12000個/μm以下の範囲であると更に望ましい。また、本発明の銅板のCr析出物の大きさは、4nm以上、52nm以下であるが、4nmより小さく、52nmを超える析出物も統計的に存在しうる。しかし、殆どの析出物はこの範囲内、特に8nm以上、40nm以下に入る。本発明の粒径範囲にある析出物が転位の移動を妨げることによる作用が析出強化に最も寄与する。
【0029】
Cr以外の元素は、一般的に立方体集合組織の形成を阻害するものでない方が望ましいが、不可避不純物として含まれていてもよく、その許容値には差がある。ここで不可避不純物とは、原料銅、原料Crに不純物として含有される元素やるつぼ、環境ガスから持ち込まれる元素である。以下、本発明の原料として使用する可能性が大きい電気銅、無酸素銅、タフピッチ銅、スクラップ銅に含有されやすい不可避不純物に関して述べる。
【0030】
たとえば、Mn、Al、Ti、Zr、希土類元素等の元素は立方体集合組織の形成を阻害する作用が比較的小さいので一定濃度までは含有してもよい。希土類元素、Mn、Alは、それぞれ0.4質量%、Ti、Zrは、それぞれ0.2質量%まで許容できる。これらの元素の固溶強化作用は、Crの析出強化作用より小さいが、少量の希土類元素、Al、Ti等はOやS等の不可避不純物元素と結合して、立方体集合組織の形成を阻害する作用を抑制する場合がある。Crとの合金を製造する時、これらの元素を溶解する時の脱酸、脱硫作用を期待して使用する場合は、殆どは溶解時に酸化物、硫化物として系外に出て材料には残留させないようにすることが望ましいが、一部これらの化合物や固溶元素の形で銅板に残留する。固溶元素としては微量になるようにすることが望ましい。Mnは、0.4質量%以下では固溶し、その強化作用は小さいが、破断伸びを向上させる作用があるので積極的に用いる場合があるが、本発明は主として通電して使用する場合が多いため、電気抵抗抑制の点からは少ない方が望ましく、例えばIACS(International annealed Copper Standard)95%以上を満たすためには、Mnの含有量は、0.04質量%以下にする必要がある。ここでIACSとは、純銅の基準抵抗値1.7241x10−8Ωmを100%とする導電率を表す指標である。
【0031】
不可避不純物の中には、本発明の目的を達成させるのに制限すべき元素がある。Ag、Sn、Pd、Ni、Fe、B、Si、Ca,V、Co、Ga、Ge、Sr、Nb、Mo、Rh、Ba、W、Ptは、使用する原料によりその濃度は変化し得るが、これらの元素が合計で0.03質量%未満であることが望ましい。この中で、NiやFeは電気抵抗値を増大させる効果が強く、IACS(International annealed Copper Standard)95%以上を満たすためには、含有量を合計で0.025質量%以下にする必要がある。O(酸素)は、無酸素銅やタフピッチ銅でも不純物として含まれるが、タフピッチ銅並みの0.05質量%までは立方体集合組織の形成を阻害する作用は比較的小さい。
【0032】
また、Pは脱酸作用があり、また強度を向上させるが、立方体集合組織の形成を阻害する。本発明の規定の銅板中では0.01質量%未満である必要がある。また、Znは電気抵抗を上昇させる効果は小さいが、Pと同じように立方体集合組織の形成を阻害する。本発明の規定の銅板中では0.1質量%未満である必要がある。すなわち、本発明の規定のCrが析出した銅板中では、Pが0.01質量%以上含有される場合は、<100>優先配向領域が面積率で60.0%以上を占めるような銅板が得られない。また、Znが0.1質量%以上含有される場合にも、<100>優先配向領域が面積率で60.0%以上を占めるような銅板が得られない。より高度な配向を得る場合、これらの元素の含有量をより制限する必要がある。純銅の原料の一部としてリン脱酸銅を使用する場合は注意が必要である。
【0033】
本発明におけるCrを除く残部の銅の濃度は98質量%以上であることが望ましい。上限は0.03質量%のCr以外の不純物は全く含まないと仮定した99.97質量%である。
【0034】
前述したCr析出物の大きさや密度は透過型電子顕微鏡(TEM)を使用して調べることが出来る。TEMの加速電圧によるが、例えば150nmの一定の膜厚の試料を透過して見ることから、断面観察と異なり、析出物の投影像をコントラストとして観察することが出来き、一定体積内の数を計測することが出来る。また、このコントラストを画像解析によって投影面積を出し、その面積から換算した析出物の円相当径を算出することが出来る。
【0035】
以下、本発明の配向銅板の材料組織上の特徴と機械的特性の関係、及び本発明の応用上の形態について説明する。
【0036】
本発明の配向銅板は、高度に配向した{100}<001>集合組織(立方体集合組織)を有していることから金属疲労に対して強く、更に、内部に微細なCrが析出していることから、高強度であることが特長である。
【0037】
一般に、材料組織は材料の疲労特性に影響を与える。組織が微細である場合、強度や破断伸びは向上するが、一方で結晶粒界は、転位の集積面となる。また、結晶方位による結晶粒毎の力学的な異方性により、曲げ、引張等の機械的な応力や熱応力が加わった時、局所的な変形が起き、それにより微視的な応力集中が起きると、疲労特性を悪化させる。したがって、銅板に結晶粒界がない方が望ましく、高度に配向し、銅の3つの基本結晶軸が揃っている方が望ましく、本発明の立方体集合組織はそのために形成させる。
【0038】
本発明の立方体集合組織は、工業的には圧延、再結晶を利用した再結晶集合組織であることから、強度を付与することが困難であるが、Crの析出強化によって、高度な立方体集合組織を維持した状態において高強度化を図っている。
【0039】
したがって、本発明の配向銅板は金属疲労に対して更に耐性を有する材料であって、比較的合金濃度が低い銅材料であるから、例えば、太陽電池用配線材料(太陽電池用インターコネクター)、プラスチックやセラミックスを基板とする銅張積層材料として有用である。このうち、プラスチックを基板とする銅張積層材料から製造される部材の代表的なものには可撓性回路基板があり、その可撓性を利用して、屈曲させた形で使用される場合が多い。
【0040】
太陽電池用配線材料や可撓性回路基板では、故障モードに銅の疲労破壊が起こる場合が多く、これらの用途に本発明の銅板は極めて有効である。特に可撓性回路基板は、携帯電話等の薄型デバイスに折り曲げた状態で使用され、薄型化によりその屈曲曲率は非常に小さくなっており、いわゆる「はぜ折り」と称して折り曲げて搭載する用途も増えていることから、本発明の適用先として極めて有用といえる。
【0041】
以下、可撓性回路基板における本発明の形態を示す。
【0042】
可撓性回路基板は銅板と絶縁層のプラスチックとが接合され、銅板に回路パターンが形成された形態である。このような可撓性回路基板は本発明に係る銅板の表面に絶縁層が形成された銅張積層板を用いることができ、このうち、典型的な銅板の厚さは5μm以上、18μm以下、絶縁層の厚さは5μm以上、75μm以下である。絶縁層の厚さは、可撓性回路基板の用途、形状等に応じて適宜設定することができるが、可撓性の観点から上記範囲であるのが好ましく、9μm以上、50μm以下の範囲がより好ましく、10μm以上、30μm以下の範囲が最も好ましい。絶縁層の厚さが5μmに満たないと、絶縁信頼性が低下するおそれがあり、反対に75μmを超えると可撓性回路基板として小型機器等へ搭載する場合に回路基板全体の厚みが厚くなり過ぎるおそれがあり、屈曲性の低下も考えられる。
【0043】
本発明における可撓性回路基板用の銅張積層板の絶縁層については樹脂を用いて形成されるのがよく、絶縁層を形成する樹脂の種類は特に制限されないが、例えば、ポリイミド、ポリアミド、ポリエステル、液晶ポリマー、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルエーテルケトン等を例示することができる。なかでも、回路基板とした場合に良好な可撓性を示し、かつ、耐熱性にも優れることから、ポリイミドや液晶ポリマーが好適である。
【0044】
また、可撓性回路基板として小型機器等へ搭載する場合の多くは、銅箔のような銅板から形成された配線上に下記に示すようなカバー材を形成することもある。その場合には、配線に掛かる応力のバランスを考慮してカバー材と絶縁層を形成する樹脂との構成を設計するのがよい。本発明者らの知見によれば、例えば、絶縁層を形成するポリイミド樹脂が25℃における引張弾性率4〜6GPaであると共に、厚みが14〜17μmの範囲であるとすると、使用するカバー材は厚さ8〜17μmの熱硬化性樹脂からなる接着層と、厚さ7〜13μmのポリイミド層との2層を有して、接着層とポリイミド層全体の引張弾性率が2〜4GPaとなる構成が望ましい。また、絶縁層を形成するポリイミドが25℃における引張弾性率6〜8GPaであると共に、厚みが12〜15μmの範囲であるとすると、使用するカバー材は厚さ8〜17μmの熱硬化性樹脂からなる接着層と、厚さ7〜13μmのポリイミド層との2層を有して、接着層とポリイミド層全体の引張弾性率が2〜4GPaとなる構成が望ましい。
【0045】
また、銅張積層板がセラミックス基板を使用する場合、セラミックス基板を形成するセラミックスは、アルミナ、アルミナジルコニア、窒化アルミニウム、窒化ケイ素が典型的であり、その厚さは0.2mm以上、0.5mm以下である場合が多い。銅板の厚さも同程度であることが多く、セラミックス基板の両側に銅板が接合され、片側に回路パターンを形成し、もう片側をベタ面として放熱に利用する場合が多い。接合部分は直接接合されていてもよく、金属ろうが形成されていてもよい。
【0046】
以下、本発明の配向銅板並びに銅張積層板、可撓性回路基板の製造方法を示す。
【0047】
本発明の配向銅板の製造プロセスは、0.03質量%以上1.0質量%以下のCrを含有する銅合金を減面率で90%以上の冷間加工を行い、400℃以上、700℃以下、30分以上の時効熱処理を行うことが、必要条件となる。
【0048】
合金の溶解は、連続鋳造、アーク溶解、高周波溶解等、Crを均一に溶解可能な様々な方法が採用される。溶解温度は1100℃以上、1200℃以下が一般的である。溶解後の冷却速さが遅い場合、Crが析出し本発明の規定の大きさ以上の大きさに成長してしまうことがあるため、この場合は溶体化処理を行う必要がある。Crの固溶限度を考慮すると溶体化処理温度は800℃以上、望ましくは950℃以上、1080℃以下であるのがよい。
【0049】
Crの析出処理は、プロセス中のどの段階であってもよい。溶解後であってもよいし、圧延の途中であってもよいし、最終板厚になってからでもよい。Crの析出に必要な温度は400℃以上、700℃以下である。温度が低すぎると工業的に成り立つ時間内で十分な量の析出物が得られないし、温度が高すぎても固溶限が大きくなるため析出量が減少し、析出物も粗大化し転位の運動を阻害するピンニング効果が小さくなる。析出のための時効時間は温度にもよるが、30分以上は必要である。析出処理は、中間焼鈍を兼ねていてもよいし、立方体集合組織を形成するための最終焼鈍熱処理を兼ねていてもよい。
【0050】
配向銅板の製造プロセスは限定しないが、条件を制御した特殊な圧延加工と熱処理によって得ることができる。例えば、異周速圧延、クロス圧延等の圧延を施し、様々な方向にせん断歪みを導入した後、一次再結晶させ、その後、動的再結晶が起こらない条件で90%以上の冷間圧延を施し、目標とする厚さで内部に圧延方向に平行な均一なラメラー組織を有する板を作製した後、加熱して再結晶させることによって得ることができる。この場合、銅板面内の特定方向は圧延方向に一致する。最終板厚が厚くなると立方体集組織の集積度を上げることが難しくなるので、プロセス条件を選び厳密に制御する必要がある。
【0051】
再結晶温度は、Crや他の不純物元素の濃度にもよるが、200℃以上、700℃以下の温度範囲で行う必要がある。立方体集合組織を形成するための再結晶熱処理時間は、析出のための時効熱処理ほど時間を要しないが、時効熱処理を兼ねていてもよい。
【0052】
銅張積層板において、セラミックス基板を使用する場合には、セラミックス基板と銅板の接合方法としては、セラミックスと銅板の界面にMo−Mnの粉末を挟んで1500℃前後の還元雰囲気で焼結する方法のほか、TiやZrの活性化金属を含む銅より融点の低い例えばAg−Cu合金のような金属ろう材をセラミックス基板と銅板の間に挟んで液相接合する活性化金属法、セラミックス基板と銅板の面同士を対向、接触させて、1050℃以上の温度で界面にCu−CuO共晶体を生成せしめ、その後冷却することによって接合する直接接合法等がある。いずれもプロセス温度が700℃を超えることから、銅板の時効析出熱処理は接合した後に行われる必要がある。
【0053】
プラスチックを基板とする銅張積層板の製造方法では、キャスト法、熱プレス法、ラミネート法等が挙げられる。樹脂からなる絶縁層を形成させる温度は、高くても400℃程度であり、銅板については樹脂との接合前にCr析出のための時効熱処理を実施しておくことが好ましい。立方体集合組織を形成する再結晶熱処理は銅張積層板を形成した後でもよい。プラスチックを基板とする銅張積層板に使用する銅板は薄く箔の状態であるので、絶縁層を形成させる時のハンドリングの点から、銅板は硬い方が望ましい。したがって、Cr析出のための時効熱処理は銅の冷間加工前に実施し、立方体集合組織を形成する熱処理は、絶縁層を形成させる温度を利用してもよい。この場合、400℃以下で再結晶を起こさせる必要からCrの濃度は、0.20質量%未満が望ましい。
【0054】
絶縁層がポリイミドからなる場合、ポリイミドフィルムに熱可塑性のポリイミドを塗布し又は介在させて銅板を熱ラミネートするようにしてもよい(所謂ラミネート法)。ラミネート法で用いられるポリイミドフィルムとしては、例えば、”カプトン(登録商標)”(東レ・デュポン株式会社)、”アピカル”(鐘淵化学工業株式会社)、”ユーピレックス(登録商標)”(宇部興産株式会社)等が例示できる。ポリイミドフィルムと銅板とを加熱圧着する際には、熱可塑性を示す熱可塑性ポリイミド樹脂を介在させるのがよい。このようなラミネート法によってポリイミドフィルムを熱圧着して樹脂層を形成する際、その熱圧着の温度は280℃以上400℃以下であるのが好ましい。
【0055】
一方、樹脂層の厚みや折り曲げ特性等を制御しやすい観点から、銅板にポリイミド前駆体溶液(ポリアミド酸溶液ともいう)を塗布した後、乾燥・硬化させて絶縁層を形成することも可能である(所謂キャスト法)。このようなキャスト法において、ポリイミド前駆体溶液をイミド化して樹脂からなる絶縁層を形成するための加熱処理の温度は280℃以上400℃以下であるのが好ましい。
【0056】
また、絶縁層は、複数の樹脂を積層させて形成してもよく、例えば線膨張係数等の異なる2種類以上のポリイミドを積層させるようにしてもよいが、その際には耐熱性や屈曲性を担保する観点から、エポキシ樹脂等を接着剤として使用することなく、絶縁層のすべてが実質的にポリイミドから形成されるようにするのが望ましい。単独のポリイミドからなる場合及び複数のポリイミドからなる場合を含めて、絶縁層を形成する樹脂の引張弾性率は4〜10GPaとなるようにするのがよく、好ましくは5〜8GPaとなるようにするのがよい。
【0057】
本発明の銅張積層板では、絶縁層を形成する樹脂の線膨張係数が10〜30ppm/℃の範囲となるようにするのが好ましい。絶縁層が複数の樹脂からなる場合には、絶縁層全体の線膨張係数がこの範囲になるようにすればよい。このような条件を満たすためには、例えば、線膨張係数が25ppm/℃以下、好ましくは5〜20ppm/℃の低線膨張性ポリイミド層と、線膨張係数が26ppm/℃以上、好ましくは30〜80ppm/℃の高線膨張性ポリイミド層とからなる絶縁層であって、これらの厚み比を調整することによって10〜30ppm/℃の線膨張係数の範囲とすることができる。好ましい低線膨張性ポリイミド層と高線膨張性ポリイミド層との厚みの比は70:30〜95:5の範囲である。また、低線膨張性ポリイミド層は、絶縁層の主たる樹脂層となり、高線膨張性ポリイミド層は銅板と接するように設けることが好ましい。なお、線膨張係数は、イミド化反応が十分に終了したポリイミドを試料とし、サーモメカニカルアナライザー(TMA)を用いて250℃に昇温後、10℃/分の速度で冷却し、240〜100℃の範囲における平均の線膨張係数から求めることができる。
【0058】
銅張積層板の絶縁層がセラミックスであってもプラスチックであっても、基板配線の幅、形状、パターン等については特に制限はなく、回路基板の用途、搭載される電子機器等に応じて適宜設計すればよい。回路は通常化学的なエッチングによって形成される。
【0059】
本発明における銅張積層板から得られる可撓性回路基板は、絶縁層と配向銅板から形成された配線とを備え、いずれかに屈曲部を有して使用されるものである。すなわち、ハードディスク内の可動部、携帯電話のヒンジ部やスライド摺動部、プリンターのヘッド部、光ピックアップ部、ノートPCの可動部などをはじめ各種電子・電気機器等で幅広く使用され、回路基板自体が折り曲げられたり、ねじ曲げられたり、或いは搭載された機器の動作に応じて変形したりして、いずれかに屈曲部が形成されるものである。特に、本発明の可撓性回路基板は本発明に係る銅板を用いることから、屈曲耐久性に優れた屈曲部構造を有する。そのため、摺動屈曲、折り曲げ屈曲、ヒンジ屈曲、スライド屈曲等の繰り返し動作を伴い頻繁に折り曲げられたりする場合や、或いは搭載される機器の小型化に対応すべく、曲率半径が折り曲げ屈曲で0.38〜2.0mmであったり、摺動屈曲で1.25〜2.0mmであったり、ヒンジ屈曲で3.0〜5.0mmであったり、スライド屈曲で0.3〜2.0mmであるような厳しい使用条件の場合に好適であり、0.3〜1mmの狭いギャップで屈曲性能の要求が厳しいスライド用途において特に効果を発揮する。
【0060】
更に、屈曲回数は少ないが、スマートフォンの実装で行われるような更に厳しい折り曲げを行うはぜ折りに対しても、本発明の可撓性回路基板は、高度に配向し、かつ強度が高い銅板を用いることから、たとえ銅板面内の特定方位に対して直交するように配線の少なくとも一箇所に屈曲部が形成されても優れた耐久性、信頼性を有する。
【0061】
以上、説明してきたように、本発明の配向銅板は高度に配向していると共に、規定の合金成分を含有し、析出させることによって、金属疲労が生じ難く、また応力及び歪みに対して優れた耐久性を有する。
【0062】
特に、このような配向銅板を用いて銅張積層板を形成し、公知の方法によってその銅箔をエッチングして配線を形成することによって得られた可撓性回路基板は、折り曲げの繰り返しや曲率半径の小さな屈曲に対しても耐え得る強度を備えて、屈曲性に優れる。したがって、屈曲部における配線の形状等を考慮するなどの可撓性回路基板の設計に制約が生じることもない。
【実施例】
【0063】
以下、実施例及び比較例に基づき、本発明をより具体的に説明する。以下は本発明の例を示すものであって、本発明はこれらによって何ら限定されるものではない。
【0064】
[実施例1]
先ず、本発明の配向銅板におけるCrの析出強化を示すために、高純度の銅原料を使用して、他の成分の影響が小さい状態で本発明の効果を調べた。
【0065】
原料の銅とCrは、それぞれ純度99.9999質量%以上、99.99%以上の材料を使用した。これを所定の量を秤量して、高純度黒鉛坩堝を使用して、10-2Pa以下の真空中で溶解し、水冷銅ハースを介して冷却された高純度黒鉛鋳型に鋳造した。インゴットの大きさは、30mm×55mm×12mmであった。これを700℃で熱間圧延して、厚さ1.5mmの板を作製した。熱間圧延のパス回数は7回で長さ30mmの方向と55mmの方向を交互に90°クロスさせて実施した。厚さ1.5mmの熱延板を窒素中で300℃2時間の中間焼鈍を施した。この銅板材を0.4mmまで冷間圧延して、スリット加工で幅40mmに整えた後、張力圧延機で最終板厚保である12μmまで冷間圧延を実施した。最終板厚まで圧延した配向銅板について、Crの濃度をICP発行分析にて分析を行った。
【0066】
上記のようにして作製した銅箔試料は12種類であり、Cr濃度は、0質量%(試料1、2)、0.019質量%(試料3)、0.03質量%(試料4)、0.1質量%(試料4〜試料8)、0.19質量%(試料9)、0.29質量%(試料10)、1.0質量%(試料11)、1.1質量%(試料12)である。このうち試料3から試料12のCr濃度は分析値である。また、試料1、及び試料2は、Crを添加せず同じ方法で作製した試料である。本実施例は主たる元素として高純度銅を使用し、更にるつぼに高純度黒鉛を使用していることから、CuとCr以外の元素は検出限界である0.0001質量%以下であった。
【0067】
これらの試料を、窒素雰囲気中で200℃から710℃までの温度で1時間焼鈍し、その材料組織と機械的性質を調べた。材料組織は、電界放射型走査型電子顕微鏡(FE−SEM)に付設したEBSD、析出物の評価は電界放射型走透過型電子顕微鏡(FE−TEM)を使用してそれぞれ評価した。また、機械的特性は引張試験を行った。
【0068】
配向銅板の集合組織は、それぞれの配向銅板の圧延面に対してコロイダルシリカを使用し、機械的、化学的研磨を行なった後、EBSD装置にて方位解析を行って得た。使用した装置は、ツアイス製FE−SEM(Ultra55)、TSL社製のEBSD装置、及びソフトウエア(OIM Analysis 5.2)である。測定領域はおよそ800μm×1600μmの領域であり、測定時加速電圧20kV、測定ステップ間隔4μmとした(本実施例では測定点が三角格子を形成するよう測定し、測定点間の距離が4μmであり、総測定点数は上記領域内で合計92,631点となる)。本実施例では、本発明の立方体集合組織の集積度、すなわち<100>優先配向領域の評価は、銅板の厚さ方向、及び銅板の圧延方向(銅板面内の特定方向)の両方に対して<100>が15°以内に入っている測定点の全体の測定点に対する割合で示すことができる。測定数は各品種個体において異なる2視野について実施し、百分率の小数点二桁以下を四捨五入して得た。なお、これらの銅箔試料1〜11については<100>優先配向領域を形成する結晶粒が大きく、上記の測定面積を超えるものもあり、後述する実施例2の試料13のように結晶粒径を規定することは困難であった。銅箔試料1〜12の中で最も結晶粒が小さい試料12について、EBSDソフトウエアでΣ3粒界を除く平均結晶粒径(面積平均径)を計算させたところ10μmと算出された。したがって、銅箔試料1〜11の平均粒径はこの値よりも大きい。
【0069】
銅板の析出物は、それぞれの銅板を電解研磨で薄肉化し、日立製FE−SEM(HF-2000)を使用して評価した。測定領域の試料の厚さは0.15μm、加速電圧200kVで測定した。銅マトリックスの方位は電子線回折で確認した。析出物の同定は、電子線回折とEDS分析装置による組成分析によって判定した。析出物の大きさと密度は、得られた画像を画像処理して、得られた析出物のコントラストについて一つ一つ投影面積を出し、円相当径を算出した。
【0070】
銅板の引張試験は圧延方向に平行に長さ150mm、幅10mmの試験片を切り出し、標点間距離100mm、引張速さ10mm/分で実施した。引張試験の結果得られた結果は、応力−歪み線図に表して、0.2%耐力値、強度、及び破断伸びを評価した。応力はロードセルにかかる荷重を銅板の引張試験前の断面積で除した値であり、歪みは、標点間距離に対する引張試験機のクロスヘッドの移動距離を百分率で表したものである。
【0071】
結果をまとめたものを表1に示した。また、図1A図1Dおよび図2は、その中の代表的な試料のEBSDで評価した正極点図と応力−歪み線図である。なお、図1Aから図1Dおよび図2中、(1)は試料1の結果を示し、(2)は試料2、(3)は試料5、(4)は試料6の結果をそれぞれ示す。
【0072】
【表1】
【0073】
図1Aから図1Dは、試料1、試料2、試料5、及び試料6の銅板のEBSD解析の結果得られた正極点図である。正極点図中の1点1点が測定点を表す。いずれの試料も圧延方向、板厚方向、これらと直角な方向に<100>が揃っており、いずれも強い再結晶立方体集合組織を形成していることが分かる。測定点から算出した箔の圧延方向、及び箔の厚さ方向の両方に対して<100>が15°以内に入る<100>優先配向領域の割合は、99%前後でほぼ同等であった。これら以外の試料についても<100>優先配向領域の割合は表1に示したとおりであった。
【0074】
図2図1Aから図1Dで示した試料の引張試験の結果得られた応力−歪曲線である。4つの試料の集合組織はほぼ同等であったにも関わらず、0.2%耐力値、強度、破断伸びは大きく異なった。また、これら以外の試料の0.2%耐力値、強度、破断伸びは表1に示したとおりであり、試料のなかで最も0.2%耐力値と強度が小さかったのはCrを含有しない試料2であり、390℃、1時間の焼鈍処理を行った試料である。これは高純度銅であることに加えて、高温で再結晶熱処理を行ったため、転位や空孔等の欠陥濃度が低くなったためと考えられる。
【0075】
試料5はCr濃度が0.1質量%で試料2と同じ390℃で1時間熱処理した試料であるが、試料1、試料2より、応力−歪み曲線の低歪み領域での直線部の傾き、0.2%耐力、強度が高い。これはCrの析出強化作用である。試料6は、試料5と同じCr濃度が0.1質量%で、590℃1時間熱処理した試料であるが、焼鈍温度が高く、転位や空孔等の欠陥濃度が低くなっているにも関わらず、強度は更に向上した。ここで、図3は試料6のTEMの明視野像であるが、微細な粒状のコントラストが認められた。電子線回折とEDS分析の結果、銅板の圧延方向と厚さ方向に<100>方位を持つマトリックス内に、微細なCr粒子が析出したものであることが分かった。なお、視野内に認められる線状のコントラストは転位であり、一般的な銅材料に比較して非常に少ない。
【0076】
すなわち、最終焼鈍熱処理によって、加工組織から立方体集合組織への再結晶とCrの時効析出が同時にかつ両立して進行したことになる。
【0077】
図4は、図3の明視野像0.697μm×0.697μmの視野内のCr析出物のコントラストとマトリックスを2値化して、析出物にナンバリングした画像である。析出物の個数と個々の面積を出し、密度と平均粒径を算出した。TEM試料の厚さは0.15μmであり、透過像であるから0.697×0.697×0.15μmの領域に存在するCr析出物の数を数えたことになる。その結果、試料6におけるCr析出物の密度は2287個/μmであることが分かった。析出物の大きさは4nmから36nmまで分布しており、平均径は9.8nmであった。
【0078】
同様な方法で他の試料のCr析出物を評価した。試料5と試料6の0.2%耐力、強度、破断伸びの違いは、主にCr析出物の析出強化作用の差であり、試料5が試料6に比較してこれらの値が小さいのは、Crの析出密度が小さかったためである。なお、表1に示した各試料におけるCr析出物の密度は、円相当径が4nm以上52nm以下のCr析出物の単位体積当たりの数を表す。また、試料12は、0.2%耐力、強度、破断伸びは非常に高いものの、<100>優先配向領域の面積率が60.0%未満であるため、疲労特性に劣る。
【0079】
表1の結果から、<100>優先配向領域が60.0%以上の立方体集合組織とCrの析出強化が両立する濃度は、1.0質量%以下であることがいえる。また、<100>優先配向領域が70.0%以上の立方体集合組織とCrの析出強化が両立する濃度は、0.30質量%未満であることがいえる。更に、<100>優先配向領域が80.0%以上の立方体集合組織とCrの析出強化が両立する濃度は、0.20質量%未満であることがいえる。また、<100>優先配向領域が60.0%以上の立方体集合組織とCrの析出強化が両立する濃度範囲におけるCr粒子の大きさの殆どが4〜52nmの範囲であった。<100>優先配向領域が60.0%以上の立方体集合組織とCrの析出強化が両立する析出物密度は12000個/μmであると見積もられた。また、本発明の有効な範囲を示すCr濃度の下限は、6Nの銅箔より明白に0.2%耐力、強度、破断伸びが改善する0.03質量%以上と決められる。
【0080】
[実施例2]
実施例1で作製した試料1〜試料12の銅箔試料(配向銅板)を使用して、可撓性回路基板を作製して、折り曲げ(はぜ折り)試験を実施した。また、比較のために市販の電解銅箔を窒素中で390℃で1時間熱処理した銅箔を試料13として加えた。
【0081】
ここで、試料13の銅板の純度は99%以上であり、実施例と同じ条件で引張試験を実施した結果、0.2%耐力、強度、破断伸びは、それぞれ115MPa、159MPa、5.8%と比較的高いことが分かった。また、実施例1と同じ試料調整方法で研磨を行った後、同じ測定装置を使用して、測定領域80μm×160μmの領域であり、測定時加速電圧20kV、測定ステップ間隔0.4μmの視野の組織解析を実施した結果、この試料は多結晶体で、Σ3粒界を除く結晶粒径(面積平均径)は約2μmであった。また、<100>優先配向領域の割合を実施例1と同じ方法で算出した結果、6.8%であった。
【0082】
本実施例の試験用可撓性回路基板の絶縁層を構成するポリイミドの前駆体であるポリアミド酸溶液は次の2種類を準備した。
【0083】
(合成例1)
熱電対及び攪拌機を備えると共に窒素導入が可能な反応容器に、N,N−ジメチルアセトアミドを入れた。この反応容器に2,2-ビス[4-(4-アミノフェノキシ)フェニル]プロパン(BAPP)を容器中で撹拌しながら溶解させた。次に、ピロメリット酸二無水物(PMDA)を加えた。モノマーの投入総量が15質量%となるように投入した。その後、3時間撹拌を続け、ポリアミド酸aの樹脂溶液を得た。このポリアミド酸aの樹脂溶液の溶液粘度は3,000cpsであった。
【0084】
(合成例2)
熱電対及び攪拌機を備えると共に窒素導入が可能な反応容器に、N,N−ジメチルアセトアミドを入れた。この反応容器に2,2'−ジメチル−4,4'−ジアミノビフェニル(m-TB)を投入した。次に3,3',4,4'−ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)及びピロメリット酸二無水物(PMDA)を加えた。モノマーの投入総量が15質量%で、各酸無水物のモル比率(BPDA:PMDA)が20:80となるように投入した。その後、3時間撹拌を続け、ポリアミド酸bの樹脂溶液を得た。このポリアミド酸bの樹脂溶液の溶液粘度は20,000cpsであった。
【0085】
次に、銅板とポリイミドとの複合体である銅張積層板の形成方法を説明する。
【0086】
上記で準備した試料1〜12の銅板の片側表面に対してそれぞれ合成例1で得られたポリアミド酸溶液aを塗布し、乾燥させ(硬化後は膜厚2μmの熱可塑性ポリイミドを形成)、その上に合成例2で得られたポリアミド酸bを塗布し、乾燥させ(硬化後は膜厚8μmの低熱熱膨張性ポリイミドを形成)、更にその上にポリアミド酸aを塗布し乾燥させ(硬化後は膜厚2μmの熱可塑性ポリイミドを形成)、280℃の温度が積算時間で5分以上負荷されるような加熱条件を経て3層構造からなるポリイミド層を形成した。なお、本熱処理温度をポリイミド形成温度とする。
【0087】
次いで、銅板の圧延方向に沿って長さ250mm、圧延方向に対して直交する方向に幅40mmの長方形サイズとなるように切り出し、厚さ12μmの樹脂層(ポリイミド)と厚さ12μmの銅板層とを有した試験用片面銅張積層板を得た。そのときの樹脂層全体の引張弾性率は7.5GPaであった。
【0088】
次に、上記で得られた試験用片面銅張積層板の銅板層側に所定のマスクを被せ、塩化鉄/塩化銅系溶液を用いてエッチングを行い、線幅が100μmの長さが40mmの直線状の10本の配線の配線方向が、圧延方向に平行になるように、かつ、スペース幅が100μmとなるように配線パターンを形成して、試験用可撓性回路基板を得た。なお、上記配線パターンは10列の配線がU字部を介して全て連続して繋がっており、その両末端には抵抗値測定用の電極部分を設けている。また、ポリイミドの形成、並びにエッチングによる回路形成の前後で銅板の組織、Crの析出状態は殆ど変化しないことを確認した。
【0089】
上記で得られた試験用可撓性回路基板を用い、はぜ折り試験を行った。折り曲げの方向は圧延(配線)方向、すなわち折り目は圧延方向直角になる方向に、配線が内側になるように折り曲げ(つまり、銅板面内の<100>方位に対して直交するように屈曲部を形成し)、ローラーを用いて折り曲げ箇所のギャップが0.3mmとなるように制御しながら、折り曲げた線と平行にローラーを移動させ、10列の配線を全て折り曲げた後、折り曲げ部分を元の状態に180°開いて、折り目がついている部分を再度ローラーにて抑えたまま移動させた。この一連の工程をもってはぜ折り回数1回とカウントするようにした。このような手順で折り曲げと展開を繰り返し、配線の抵抗値をモニタリングし、所定の抵抗(3000Ω)になった時点を配線の破断と判断し、銅板が破断するまでの折り曲げ回数(はぜ折り寿命)を調べた。その結果を表2に示す。結果は、各試料5回試験を実施した平均値である。
【0090】
【表2】
【0091】
表2に示した結果から、はぜ折り負荷に対して最も耐久性があったのが試料6の配向銅板を使用した場合であった。これは、立方体集合組織が発達していたのに加えて、Cr析出効果により、0.2%耐力、強度、破断伸びが大きかったからである。また、配向銅板のうち<100>優先配向領域が99%程度にまで立方体集合組織が発達した試料の中で比較すると、Crの析出効果が大きい試料ほどはぜ折り耐性が高いことがわかった。一方、立方体集合組織が発達していない試料では、Crが析出していてもはぜ折り耐性が小さかった。<100>優先配向領域が55.3%である試料12を使用した可撓性回路基板のはぜ折り寿命は、Crが析出していない銅箔と同程度であった。<100>優先配向領域は、60.0%以上、更に好ましくは70.0%超になるとCrの析出強化とあいまってはぜ折り屈曲耐性が高まることが分かった。
【0092】
[実施例3]
Cr析出工程と再結晶工程を分けた時に本発明の形態が実現可能かを調べる試験を行った。原料の銅は、純度99.5%以上のスクラップ銅とCrを使用した。これらを所定の量に秤量して、高純度黒鉛坩堝を使用して、10-2Pa以下の真空中で溶解し、水冷銅ハースを介して冷却された高純度黒鉛鋳型に鋳造した。インゴットの大きさは、30mm×55mm×12mmであった。これを700℃で熱間圧延して、厚さ1mmの板を作製した。熱間圧延のパス回数は7回で長さ30mmの方向と55mmの方向を交互に90°クロスさせて実施した。厚さ1mmの熱延板を窒素中で650℃で2時間のCr析出処理を兼ねた中間焼鈍を施した。この銅板材を0.4mmまで冷間圧延して、スリット加工で幅40mmに整えた後、張力圧延機で最終板厚である12μmまで冷間圧延を実施した。最終板厚まで圧延した配向銅板について、Crの濃度をICP発光分析にて分析を行った。Cr以外の不純物として、酸素が0.005質量%、Feが0.0016質量%、Agが0.002質量%、Mnが0.0015質量%検出された。P、Ni、Sn、Znは0.001質量%以下であった。Crを添加せずに作製した銅箔(試料14)のCrの不純物量は0.0011質量%であった。
【0093】
これらの試料を、窒素雰囲気中で400℃、5分間で焼鈍した(再結晶焼鈍)。焼鈍は管状炉を使用し、予め400℃に加熱した炉の加熱均熱ゾーンに加熱ゾーンの外から銅箔を挿入し、5分経過後銅箔を加熱ゾーンの外に出し酸化させずに冷却する操作によって行った。この条件は、銅箔上にポリイミドを形成する連続工程の熱履歴を模擬したものである。
【0094】
作製した銅箔について材料組織と機械的性質を調べた。材料組織は、電界放射型走査型電子顕微鏡(FE−SEM)に付設したEBSD、析出物の評価は電界放射型走透過型電子顕微鏡(FE−TEM)を使用してそれぞれ評価した。また、機械的特性は引張試験を行った。
【0095】
配向銅板の集合組織は、それぞれの配向銅板の圧延面に対してコロイダルシリカを使用し、機械的、化学的研磨を行なった後、EBSD装置にて方位解析を行って得た。使用した装置は、ツアイス製FE−SEM(Ultra55)、TSL社製のEBSD装置、及びソフトウエア(OIM Analysis 5.2)である。測定領域はおよそ800μm×1600μmの領域であり、測定時加速電圧20kV、測定ステップ間隔4μmとした(本実施例では測定点が三角格子を形成するよう測定し、測定点間の距離が4μmであり、総測定点数は上記領域内で合計92,631点となる)。本実施例では、本発明の立方体集合組織の集積度、すなわち<100>優先配向領域の評価は、銅板の厚さ方向、及び銅板の圧延方向(銅板面内の特定方向)の両方に対して<100>が15°以内に入っている測定点の全体の測定点に対する割合で示すことができる。測定数は各品種個体において異なる2視野について実施し、百分率の小数点二桁以下を四捨五入して得た。なお、作製した試料全ては<100>優先配向領域を形成する結晶粒が大きく、上記の測定面積を超えるものもあった。
【0096】
銅板の析出物は、それぞれの銅板を電解研磨で薄肉化し、日立製FE−SEM(HF-2000)を使用して評価した。測定領域の試料の厚さは0.15μm、加速電圧200kVで測定した。銅マトリックスの方位は電子線回折で確認した。析出物の同定は、電子線回折とEDS分析装置による組成分析によって判定した。析出物の大きさと密度は、得られた画像を画像処理して、得られた析出物のコントラストについて一つ一つ投影面積を出し、円相当径を算出した。
【0097】
銅板の引張試験は圧延方向に平行に長さ150mm、幅10mmの試験片を切り出し、標点間距離100mm、引張速さ10mm/分で実施した。引張試験の結果得られた結果は、応力−歪み線図に表して、0.2%耐力値、強度、及び破断伸びを評価した。応力はロードセルにかかる荷重を銅板の引張試験前の断面積で除した値であり、歪みは、標点間距離に対する引張試験機のクロスヘッドの移動距離を百分率で表したものである。
【0098】
次いで引張試験に使用した試験片と同じ形状に切り出した銅箔について、長さ方向中央で長さ方向と90°、60°の折目を折り角が鋭角になる程度つけ、その後引張試験と同じ装置を使用して繰り返し曲げ圧縮試験を行った。折目を付けた部分の中央を平行平板を介して上下方向に折目を強める方向で圧縮し、平板間の距離を5mm開く、圧縮、解放を10回繰り返した。圧縮時の最大荷重は10N、時間を5秒とした。
【0099】
その後、折目が付いた状態で折目稜線部をFE−SEMを使用してクラックの状態を確認した後、折目を開いてクラックが入った部分の組織をSEM像とEBSD解析によって調べた。
結果をまとめたものを表3に示した。
【0100】
【表3】
【0101】
試料14の試料を除いて、銅箔内にCrの析出が起こっていることが確認された。これは、十分な量のCrの添加と650℃で2時間の中間焼鈍でCrの析出処理を行ったためである。
【0102】
Crの析出状態と<100>優先配向領域の割合の結果から、析出処理を行った後冷間加工を行い、その後再結晶焼鈍をしても高い立方体集合組織とCrの析出強化が両立できることが判明した。
【0103】
<100>優先配向領域の割合を60.0%以上得るためのCr添加量の最大値は0.38質量%、70.0%超の値を得るためには0.30質量%未満であった。高い立方体集合組織とCrの析出強化が両立可能なCr添加範囲が小さくなったのは、最終焼鈍工程の熱履歴が小さかったためである。
【0104】
Crを添加していない試料14の銅箔の<100>優先配向領域の割合は約70%とCrの含有量が低いにもかかわらず小さかった。これは、Cr含有量が小さいため650℃で2時間の中間焼鈍で結晶粒が粗大化してしまい、後の冷間加工で均一加工歪みが導入されなかったため、最終焼鈍において立方体方位が発達しなかったためである。
【0105】
繰り返し曲げ試験後のクラックは、試料14で大きなクラックが観察された一方、<100>優先配向領域の割合が大きい試料(試料15および16)ではクラックは観察されなかった。試料14のクラックは、<100>優先配向を示す結晶粒とそれ以外の方位を有する結晶粒の界面、または<100>優先配向を示す結晶粒以外の結晶粒の界面で発生しており、立方体集合組織が発達し、結晶方位による力学的不均一性のない方が曲げ、疲労に強いことが分かる。
【0106】
試料14と<100>優先配向領域の割合が同等の試料17や<100>優先配向領域の割合が小さい試料18のクラックが小さく、数も少ないのはCrの析出による強化作用のためである。
【0107】
銅箔とポリイミドを積層した銅張積層体の応用では、本実施例で説明したように、中間工程でCrを析出させておき、その後冷間加工を行って、析出、加工硬化処理をされた銅箔を使用して、銅箔とポリイミドの積層工程における加熱処理で生じる熱を利用して<100>優先配向を示す結晶粒を発達させる工程を踏んだ方がハンドリング、効率の点で優れている。その場合のCr濃度の範囲は0.38質量%以下、望ましくは0.30質量%未満、更に望ましくは0.20質量%未満であると言え、最適値は銅箔とポリイミドの積層工程の熱履歴によって変わり、<100>優先配向を示す結晶粒を発達可能な範囲で、Cr含有量を最大化するのが望ましい。
【0108】
更に比較のため、結果の優れていた試料16の製造方法に対して、650℃で2時間の析出処理を兼ねた中間焼鈍を実施しないで作製した試料16bについて同様な試験を実施した。曲げ試験後のクラックは60°方向曲げ試験片については認められなかったが、90°方向曲げ試験片については微小なクラックが認められた。
【0109】
この試料16bの<100>優先配向領域の割合は、70.9%でああり、強度は148Paであった。試料16に比較して強度が低下した理由は、析出熱処理を実施しなかったため、Crの析出量が減少し、析出強化作用が小さかったためである。また、試料16に比較して<100>優先配向領域の面積率が減少した理由は、銅中の固溶Crの量が大きいため、再結晶温度が試料16に比較して高まり、本発明の最終焼鈍条件では再結晶が十分進行しなかったためである。
【0110】
すなわち、試料16bの曲げ疲労特性が、試料16に対して小さかったのは、強度が小さいこと、及び<100>優先配向領域の割合が減少し、結晶粒毎の方位差による力学的不均質性が大きくなり、微視的な応力集中が起き、クラックが発生しやすくなったためである。
【0111】
[実施例4]
Cr以外の不純物の影響を調べる試験を行った。原料は、純度99.96%以上の無酸素銅とCr、Zr、Zn、並びに2.8重量%のPを含むりん脱酸銅を使用した。これらを所定の量に秤量して、高純度黒鉛坩堝を使用して、10-2Pa以下の真空中で溶解し、水冷銅ハースを介して冷却された高純度黒鉛鋳型に鋳造した。インゴットの大きさは、Φ20mm×100mmであった。これをΦ6mmまでスエージ加工をして減面し、クロス圧延で幅出加工を行いながら幅18mm厚さ1.5mmのテープ状板材とした後、冷間圧延で厚さを0.2mmとした後、長さ方向にスリット加工を行い幅1.3mm、厚さ0.2mmのテープ状板材とした。この材料をステンレスボビンに巻いて、真空中で650℃×2時間の析出、再結晶焼鈍を行って最終試料とした。
【0112】
評価試験は、ICP発光分析法による不純物分析、90°曲げ試験、及び曲げ試験前後の材料組織を実施した。
【0113】
材料組織は、電界放射型走査型電子顕微鏡(FE−SEM)に付設したEBSD、析出物の評価は電界放射型走透過型電子顕微鏡(FE−TEM)を使用してそれぞれ評価した。
【0114】
配向銅板の集合組織は、それぞれの配向銅板の圧延面に対してコロイダルシリカを使用し、機械的、化学的研磨を行なった後、EBSD装置にて方位解析を行って得た。使用した装置は、ツアイス製FE−SEM(Ultra55)、TSL社製のEBSD装置、及びソフトウエア(OIM Analysis 5.2)である。測定領域はおよそ800μm×1600μmの領域であり、測定時加速電圧20kV、測定ステップ間隔4μmとした(本実施例では測定点が三角格子を形成するよう測定し、測定点間の距離が4μmであり、総測定点数は上記領域内で合計92,631点となる)。本実施例では、本発明の立方体集合組織の集積度、すなわち<100>優先配向領域の評価は、銅板の厚さ方向、及び銅板の圧延方向(銅板面内の特定方向)の両方に対して<100>が15°以内に入っている測定点の全体の測定点に対する割合で示すことができる。測定数は各品種個体において異なる2視野について実施し、百分率の小数点二桁以下を四捨五入して得た。
【0115】
90°曲げ試験は、結晶シリコン太陽電池のセル同士を配線してストリングを製造する配線装置(エヌ・ピー・シー社製:全自動配線装置(NTS−150−SM)を使用しておこなった。本配線装置では、テープ状板材をボビンから一定のテンションで繰り出し、長さ320mに切断した後、その中央で段付金型を用いて型押しして、長さと板厚方向に垂直方向に、山折りと谷折りの2つの90°の屈曲を付けることが出来る。これにより、板材は長さ方向中央部で厚さ方向に約150μmのギャップを設けることが出来、隣り合う2枚の太陽電池セルの受光面と裏面をセル間の距離を狭めて接合できるようになる。
【0116】
実施例ではその段付部の引張面側屈曲部をFE−SEMで観察しクラックの有無を調べた。
結果をまとめたものを表4に示した。
【0117】
【表4】
【0118】
Cr濃度は一定の0.08質量%になるように調整した結果を反映し、分析値も0.08質量%であった。Zr、P、Znもほぼ仕込組成通りの分析値が得られた。
【0119】
Zrを添加した試料では、0.1質量%含有しても<100>優先配向領域の割合は80.0%以上の値が得られたのに対し、Pを0.01質量%含有した試料22、Znを0.1質量%含有した試料24では、60.0%以上の<100>優先配向領域を有する試料が得られなかった。
【0120】
曲げ試験後のクラックを観察した結果、試料22と試料24でクラックが観察された一方、<100>優先配向領域の割合が大きいその他の試料ではクラックは観察されなかった。試料22、並びに試料24のクラックは、<100>優先配向を示す結晶粒とそれ以外の方位を有する結晶粒の界面、または<100>優先配向を示す結晶粒以外の結晶粒の界面で発生していた。このようなクラックは、太陽電池モジュールに対する風雪による繰り返しの荷重が印加された時、インターコネクターブレークと呼ばれる銅配線の破断不良の発生起点となる。
【0121】
Crの析出と<100>優先配向領域の増大とを両立するためには、それ以外の成分は制限すべきであり、特に本発明の効用を得るためには、Pは0.01質量%未満、Znは0.10質量%未満に制限すべきであることが本実施例で明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0122】
以上、高度な立方体集合組織とCr析出との両方の材料組織的特徴を持たせることによって、同程度の立方体集合組織集積を有する従来材料より降伏強度、強度が高く、破断伸びが高く、更には折り曲げ屈曲性に優れた配向銅板を提供でき、例えば、太陽電池用の配線材料や、プラスチック又はセラミックスを絶縁層として備える各種回路基板材料等の広い範囲に活用できる。特に、摺動屈曲、折り曲げ屈曲、ヒンジ屈曲、スライド屈曲等の繰り返し動作を伴い頻繁に折り曲げられたり、曲率半径が極めて小さくなることが求められるような屈曲部を形成するデバイス向けの可撓性回路基板として好適である。そのため、耐久性が要求される薄型携帯電話、薄型ディスプレー、ハードディスク、プリンター、DVD装置をはじめ、各種電子機器に好適に利用することができる。
図1A
図1B
図1C
図1D
図2
図3
図4