(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
引張強度が、590MPa以上であり、かつ、前記引張強度と鞍型伸びフランジ試験における限界成形高さとの積が19500mm・MPa以上であることを特徴とする請求項1に記載の熱延鋼板。
前記化学成分が、質量%でB:0.0001〜0.005%、Cr:0.01〜1.0%、Mo:0.01〜1.0%、Cu:0.01〜2.0%、Ni:0.01〜2.0%のうちの1種又は2種以上を含有する、請求項1または2に記載の熱延鋼板。
前記化学成分が、質量%でMg:0.0001〜0.05%、REM:0.0001〜0.05%、Ca:0.0001〜0.05%、Zr:0.0001〜0.05%のうちの1種又は2種以上を含有する、請求項1〜3のいずれか一項に記載の熱延鋼板。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の燃費向上を目的とした各種部材の軽量化への要求に対し、部材に用いられる鉄合金等の鋼板の高強度化による薄肉化や、Al合金等の軽金属の各種部材への適用が進められている。しかし、鋼等の重金属と比較した場合、Al合金等の軽金属は比強度が高いという利点があるものの、著しく高価であるという欠点がある。そのため、Al合金等の軽金属の適用は特殊な用途に限られている。従って、各種部材の軽量化をより安価でかつ広い範囲に適用するため、鋼板の高強度化による薄肉化が要求されている。
【0003】
鋼板を高強度化すると、一般的に成形性(加工性)等の材料特性が劣化する。そのため、高強度鋼板の開発において、材料特性を劣化させずに高強度化を図ることが重要な課題である。特に、内板部材、構造部材、足廻り部材等の自動車部材として用いられる鋼板は、その用途に応じて、伸びフランジ加工性、バーリング加工性、延性、疲労耐久性、耐衝撃性及び耐食性等が求められ、これら材料特性と強度とを、両立させることが重要である。
【0004】
例えば、自動車部材のうち、車体重量の約20%を占める構造部材や足廻り部材等に用いられる鋼板は、せん断や打ち抜き加工によりブランキングや穴開けを行われた後、伸びフランジ加工やバーリング加工を主体としたプレス成形が施される。そのため、これらの鋼板には、良好な伸びフランジ性が求められる。
【0005】
上記の課題に対して、例えば特許文献1には、マルテンサイトの分率、サイズ、個数密度及び平均マルテンサイト間隔を規定した、伸びと穴広げ性とに優れる熱延鋼板が開示されている。特許文献2には、フェライトおよび第二相の平均粒径と第二相の炭素濃度とを限定することで得られる、バーリング加工性に優れた熱延鋼板が開示されている。特許文献3には、750〜600℃の温度範囲で2〜15秒保持した後に低温で巻き取ることで得られる、加工性、表面性状および板平坦度に優れる熱延鋼板が開示されている。
【0006】
しかしながら、上記の特許文献1では熱延終了後の一次冷却速度を50℃/s以上確保しなければならず装置への負荷が高くなる。また、一次冷却速度を50℃/s以上とする場合、冷却速度のばらつきに起因した材質ばらつきが生じることが問題となる。
【0007】
また、上述したように、近年、自動車部材には、高強度鋼板の適用の要求が高まっている。高強度鋼板を冷間でプレスして成形する場合、成形中に伸びフランジ成形となる部位のエッジからのき裂が発生しやすくなる。これは、ブランク加工時に打ち抜き端面に導入されるひずみによりエッジ部のみ加工硬化が進んでしまうことによると考えられる。従来、伸びフランジ性の試験評価方法としては、穴広げ試験が用いられてきた。しかしながら、穴広げ試験では周方向のひずみがほとんど分布せずに破断に至るが、実際の部品の加工では、ひずみ分布が存在するため、破断部周辺のひずみや応力の勾配による破断限界への影響が存在する。したがって、高強度鋼板の場合には、穴広げ試験では十分な伸びフランジ性を示していたとしても、冷間プレスを行った場合には、ひずみ分布によってき裂が発生する場合があった。
【0008】
特許文献1〜3に開示された技術では、いずれの発明においても光学顕微鏡で観察される組織のみを規定することで、穴広げ性を向上させることは開示されている。しかしながら、ひずみ分布を考慮した場合にも十分な伸びフランジ性が確保できるかどうかは不明である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の一実施形態に係る熱延鋼板(以下、本実施形態に係る熱延鋼板と言う場合がある)について詳細に説明する。
本実施形態に係る熱延鋼板は、化学成分が、質量%で、C:0.04〜0.18%、Si:0.10〜1.70%、Mn:0.50〜3.00%、Al:0.010〜1.00%を含有し、必要に応じて、さらに、B:0.005%以下、Cr:1.0%以下、Mo:1.0%以下、Cu:2.0%以下、Ni:2.0%以下、Mg:0.05%以下、REM:0.05%以下、Ca:0.05%以下、Zr:0.05%以下の1種以上を含有し、P:0.050%以下、S:0.010%以下、N:0.0060%以下に制限し、残部がFe及び不純物からなる。
また、本実施形態に係る熱延鋼板は、組織が、面積率で、合計で75〜95%のフェライト及びベイナイトと5〜20%のマルテンサイトとを含み、前記組織において、方位差が15°以上である境界を粒界とし、前記粒界によって囲まれ、かつ円相当径が0.3μm以上である領域を結晶粒と定義した場合、粒内の方位差が5〜14°である前記結晶粒の割合が、面積率で、10〜60%である。
【0018】
まず、本実施形態に係る熱延鋼板の化学成分の限定理由について説明する。各成分の含有量の%は、質量%である。
【0019】
C:0.04〜0.18%
Cは、鋼の強度向上に寄与する元素である。この効果を得るため、C含有量の下限を0.04%とする。また、C含有量が0.04%未満であると粒内の方位差が5〜14°の結晶粒の割合が低下する。この点からも、C含有量の下限を0.04%とする。好ましいC含有量の下限は、0.045%であり、より好ましいC含有量の下限は、0.05%である。一方、C含有量が0.18%超になると、伸びフランジ性や溶接性が劣化する。また、焼き入れ性が過剰となり、粒内の方位差が14°超の結晶粒が増加し、粒内の方位差が5〜14°の結晶粒の割合が低下する。そのため、C含有量の上限を0.18%とする。好ましいC含有量の上限は、0.17%であり、より好ましいC含有量の上限は、0.16%である。
【0020】
Si:0.10〜1.70%
Siは、鋼の強度向上に寄与する元素である。また、Siは、溶鋼の脱酸剤としての役割を有する元素である。これらの効果を得るため、Si含有量の下限を0.10%とする。好ましいSi含有量の下限は、0.12%であり、より好ましいSi含有量の下限は、0.15%である。一方、Si含有量が1.70%を超えると、Ar3変態温度が高くなりすぎるためにγ域での熱延が困難となり、加工フェライトが生成するとともに、粒内の方位差が5〜14°の結晶粒の割合が低下し、伸びフランジ性が劣化する。また、表面疵が発生の原因にもなる。そのため、Si含有量の上限を1.70%とする。好ましいSi含有量の上限は、1.60%であり、より好ましいSi含有量の上限は、1.50%である。
【0021】
Mn:0.50〜3.00%
Mnは、固溶強化により、および/または鋼の焼入れ性を向上させることにより、鋼の強度向上に寄与する元素である。この効果を得るため、Mn含有量の下限を0.50%とする。好ましいMn含有量の下限は、0.65%であり、より好ましいMn含有量の下限は、0.70%である。一方、Mn含有量が3.00%を超えると、粒内の方位差が5〜14°の結晶粒の割合が低下し、伸びフランジ性が劣化する。そのため、Mn含有量の上限を3.00%とする。好ましいMn含有量の上限は、2.60%であり、より好ましいMn含有量の上限は、2.30%である。
【0022】
Al:0.010〜1.00%
Alは、溶鋼の脱酸剤として有効な元素である。この効果を得るため、Al含有量の下限を0.010%とする。好ましいAl含有量の下限は、0.015%であり、より好ましいAl含有量の下限は、0.020%である。一方、Al含有量が1.00%を超えると、溶接性や靭性などが劣化する。そのため、Al含有量の上限を1.00%とする。好ましいAl含有量の上限は、0.90%であり、より好ましいAl含有量の上限は、0.80%である。
【0023】
P:0.050%以下
Pは不純物である。Pは靭性、加工性、溶接性などを劣化させるので、その含有量は低いほど好ましい。しかしながら、P含有量が0.050%を超えた場合に伸びフランジ性の劣化が著しいので、P含有量は0.050%以下に制限すればよい。より好ましくは、0.040%以下である。P含有量の下限は特に定める必要はないが、過剰な低減は製造コストの観点から望ましくないので、P含有量を0.005%以上としてもよい。
【0024】
S:0.010%以下
Sは、熱間圧延時の割れを引き起こすばかりでなく、伸びフランジ性を劣化させるA系介在物を形成する元素である。そのため、S含有量は低いほど好ましい。しかしながら、S含有量が0.010%を超えた場合に伸びフランジ性の劣化が著しいので、S含有量の上限を0.010%に制限すればよい。より好ましくは、0.005%以下である。S含有量の下限は特に定めないが、過剰な低減は製造コストの観点から望ましくないので、S含有量を0.001%以上としてもよい。
【0025】
N:0.0060%以下
Nは、熱延後の冷却中にAlNを形成し、鋼板の成形性を低下させる元素である。特にN含有量が0.0060%を超えた場合に、伸びフランジ性の劣化が著しい。そのため、N含有量の上限を0.0060%に制限する。より好ましいN含有量の上限は、0.0040%である。N含有量の下限は特に定めないが、過剰な低減は製造コストの観点から望ましくないので、N含有量を0.0010%以上としてもよい。
【0026】
以上の化学元素は、本実施形態に係る熱延鋼板に含有される基本成分であり、これらの基本元素を含み、残部がFe及び不純物よりなる化学組成が、本実施形態に係る熱延鋼板の基本組成である。不純物とは、例えばAs、Snなどの合金を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料から、または、製造工程の種々の要因によって鋼中に混入する成分であって、本実施形態に係る熱延鋼板の特性に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
しかしながら、強度や靭性をさらに向上させることを目的として、必要に応じてB、Cr、Mo、Cu、Ni、Mg、REM、Ca、Zrの1種以上を、後述の範囲で含有させてもよい。これらの元素は必ずしも含有させる必要はないため、その含有量の下限は0%である。上記以外の元素のうち、Nb、Tiは再結晶を抑制し加工性を劣化させるため、Nb:0.005%未満、Ti:0.015%未満にすることが望ましい。
【0027】
B:0.0001〜0.0050%
Bは焼き入れ性を高める元素であり、鋼の高強度化に寄与する。この効果を得る場合には、B含有量を0.0001%以上とすることが望ましい。一方、B含有量が0.0050%超となると加工性が劣化する。また、焼入れ時に方位分散の大きなベイナイトが形成されやすくなり、粒内の方位差が5〜14°の結晶粒の割合が低下する。そのため、Bを含有させる場合でも、B含有量の上限を0.0050%とすることが望ましい。
【0028】
Cr:0.01〜1.0%
Crは鋼の強度向上に寄与する元素である。また、Crは、セメンタイト抑制効果を有する元素である。これら効果を得る場合、Cr含有量を0.01%以上とすることが望ましい。一方、Cr含有量が1.0%を超えると、延性が低下する。そのため、Crを含有させる場合でも、Cr含有量の上限を1.0%とすることが望ましい。
【0029】
Mo:0.01〜1.0%
Moは焼入性を向上させると共に炭化物を形成して強度を高める効果を有する元素である。これらの効果を得る場合、Mo含有量を0.01%以上とすることが望ましい。一方、Mo含有量が1.0%超となると、延性や溶接性が低下するおそれがある。そのため、Moを含有させる場合でも、Mo含有量の上限を、1.0%とすることが望ましい。
【0030】
Cu:0.01〜2.0%
Cuは鋼板強度を上げると共に、耐食性やスケールの剥離性を向上させる元素である。これらの効果を得る場合、Cu含有量を0.01%以上とすることが望ましい。より望ましくは、0.04%以上である。一方、Cu含有量が2.0%超となると、表面疵が発生することが懸念される。そのため、Crを含有させる場合でも、Cr含有量の上限を2.0%とすることが望ましく、1.0%とすることがより望ましい。
【0031】
Ni:0.01%〜2.0%
Niは鋼板強度を上げると共に、靭性を向上させる元素である。これらの効果を得る場合、Ni含有量を0.01%以上とすることが望ましい。一方、Ni含有量が2.0%超となると、延性が低下する。そのため、Niを含有させる場合でも、Ni含有量の上限を2.0%とすることが望ましい。
【0032】
Ca:0.0001〜0.05%
Mg:0.0001〜0.05%
Zr:0.0001〜0.05%
REM:0.0001〜0.05%
Ca、Mg、Zr及びREMは、いずれも硫化物や酸化物の形状を制御して靭性を向上させる元素である。したがって、この目的のためには、これらの元素の1種または2種以上を各々0.0001%以上含有させることが望ましい。より好ましくは、0.0005%である。しかしながら、これらの元素の含有量が過剰になると伸びフランジ性が劣化する。そのため、これらの元素を含有させる場合でも、含有量の上限をそれぞれ0.05%とすることが望ましい。
【0033】
次に、本実施形態に係る熱延鋼板の組織(金属組織)について説明する。
本実施形態に係る熱延鋼板は、光学顕微鏡で観察した組織において、面積率で、フェライトとベイナイトとを合わせて合計で75〜95%、マルテンサイトを5〜20%含む必要がある。このような複合組織とすることで、強度と伸びフランジ性とをバランスよく向上させることができる。フェライトとベイナイトとの合計面積率が、75%未満であると、伸びフランジ性が低下する。また、フェライトとベイナイトとの合計面積率が、95%超であると、強度が低下すると共に、延性が低下し、一般に自動車用部材等で求められる特性の確保が困難となる。フェライト及びベイナイトのそれぞれの分率(面積率)は限定する必要はないが、フェライト分率が90%超となると十分な強度を得られなくなる場合があるので、フェライト分率は90%以下とすることが望ましい。より望ましくは70%以下である。一方、ベイナイト分率が60%超となると延性が低下することが懸念されるので、ベイナイト分率を60%未満とする事が望ましい。より望ましくは50%未満である。
本実施形態に係る熱延鋼板において、フェライト、ベイナイト、マルテンサイト以外の残部の組織は、特に限定する必要はなく、例えば、残留オーステナイト、パーライトなどでよい。しかしながら、フェライト、ベイナイト、マルテンサイト以外の組織が合計で5%超含まれると、伸びフランジ性及び延性が低下する。そのため、残部の組織の割合は、面積率で5%以下とすることが好ましい。より好ましくは3%以下である、さらに好ましくは0%である。
【0034】
組織分率(面積率)は、以下の方法により得ることができる。まず、熱延鋼板から採取した試料をナイタールでエッチングする。エッチング後に光学顕微鏡を用いて板厚の1/4深さの位置において300μm×300μmの視野で得られた組織写真に対し、画像解析を行うことによって、フェライト及びパーライトの面積率、並びにベイナイトとマルテンサイトとの合計面積率を得る。次いで、レペラ腐食した試料を用い、光学顕微鏡を用いて板厚の1/4深さの位置において300μm×300μmの視野で得られた組織写真に対し、画像解析を行うことによって、残留オーステナイトとマルテンサイトとの合計面積率を算出する。
さらに、圧延面法線方向から板厚の1/4深さまで面削した試料を用い、X線回折測定により残留オーステナイトの体積率を求める。残留オーステナイトの体積率は、面積率と同等であるので、これを残留オーステナイトの面積率とする。
この方法により、フェライト、ベイナイト、マルテンサイト、残留オーステナイト、パーライトそれぞれの面積率を得ることができる。
【0035】
本実施形態に係る熱延鋼板は、光学顕微鏡で観察される組織を上述の範囲に制御した上で、さらに、結晶方位解析に多く用いられるEBSD法(電子ビーム後方散乱回折パターン解析法)を用いて得られる、粒内の方位差が5〜14°である結晶粒の割合を制御する必要がある。具体的には、方位差が15°以上である境界を粒界とし、この粒界によって囲まれ、円相当径が0.3μm以上である領域を結晶粒と定義した場合に、全ての結晶粒のうち、粒内の方位差が5〜14°である結晶粒の割合を、面積率で、10〜60%とする必要がある。
このような粒内方位差を有する結晶粒は強度と加工性とのバランスが優れる鋼板を得るために有効であるので、その割合を制御することで、所望の鋼板強度を維持しつつ、伸びフランジ性を大きく向上させることができる。粒内の方位差が5〜14°の結晶粒の割合が面積率で10%未満であると、伸びフランジ性が低下する。また、粒内の方位差が5〜14°の結晶粒の割合が面積率で60%超であると、延性が低下する。
ここで、粒内の結晶方位差とは、その結晶粒に含まれる転位密度と相関があると考えられる。一般的に粒内の転位密度の増加は強度の向上をもたらす一方で加工性を低下させる。しかし、粒内の方位差が5〜14°に制御された結晶粒では加工性を低下させることなく強度を向上させることができる。そのため、本実施形態に係る熱延鋼板では、粒内の方位差が5〜14°の結晶粒の割合を10〜60%に制御する。粒内の方位差が5°未満の結晶粒は、加工性に優れるが高強度化が困難であり、粒内の方位差が14°超の結晶粒は、結晶粒内で変形能が異なるので、伸びフランジ性の向上に寄与しない。
【0036】
粒内の方位差が5〜14°である結晶粒の割合は、以下の方法で測定することができる。
まず、鋼板表面から板厚tの1/4深さ位置(1/4t部)の圧延方向垂直断面について、圧延方向に200μm、圧延面法線方向に100μmの領域を0.2μmの測定間隔でEBSD解析して結晶方位情報を得る。ここでEBSD解析は、サーマル電界放射型走査電子顕微鏡(JEOL製JSM−7001F)とEBSD検出器(TSL製HIKARI検出器)で構成された装置を用い、200〜300点/秒の解析速度で実施する。次に、得られた結晶方位情報に対して、方位差15°以上かつ円相当径で0.3μm以上の領域を結晶粒と定義し、結晶粒の粒内の平均方位差を計算し、粒内の方位差が5〜14°である結晶粒の割合を求める。上記で定義した結晶粒や粒内の平均方位差は、EBSD解析装置に付属のソフトウェア「OIM Analysis(登録商標)」を用いて算出することができる。
本発明おける「粒内方位差」とは、結晶粒内の方位分散である「Grain Orientation Spread(GOS)」をあらわし、その値は「EBSD法およびX線回折法によるステンレス鋼の塑性変形におけるミスオリエンテーションの解析」、木村英彦ら、日本機械学会論文集(A 編),71巻,712号,2005年,p.1722−1728に記載されているように、同一結晶粒内において基準となる結晶方位と全ての測定点間のミスオリエンテーションの平均値として求められる。本実施形態において、基準となる結晶方位は同一結晶粒内の全ての測定点を平均化した方位であり、GOSの値はEBSD解析装置に付属のソフトウェア「OIM Analysis(登録商標)Version 7.0.1」を用いて算出することができる。
【0037】
図1は、本実施形態に係る熱延鋼板の、1/4t部における、圧延方向垂直断面の100μm×100μm領域のEBSD解析結果の一例である。
図1においては、方位差が15°以上である境界が結晶粒界として表示され5〜14°である領域が灰色で表示されている。図中に黒く表示されているのはマルテンサイトである。
【0038】
本実施形態において、伸びフランジ性は鞍型成型品を用いた、鞍型伸びフランジ試験法で評価する。具体的には、
図2に示すような直線部と円弧部とからなる伸びフランジ形状を模擬した鞍型形状の成型品をプレス加工し、そのときの限界成形高さを用いて伸びフランジ性を評価する。本実施形態の鞍型伸びフランジ試験では、コーナーの曲率半径Rを50〜60mm、開き角θを120°とした鞍型成型品を用いて、コーナー部を打ち抜く際のクリアランスを11%とした時の限界成形高さH(mm)を測定する。ここで、クリアランスとは打ち抜きダイスとパンチの間隙と試験片の厚さとの比を示す。クリアランスは実際には打ち抜き工具と板厚の組み合わせによって決まるので、11%とは、10.5〜11.5%の範囲を満足することを意味する。限界成形高さの判定は、成形後に目視にて板厚の1/3以上の長さを有するクラックの存在の有無を観察し、クラックが存在しない限界の成形高さとした。
【0039】
従来伸びフランジ成形性に対応した試験法として用いられている穴広げ試験は、周方向のひずみがほとんど分布せずに破断に至るため、実際の伸びフランジ成形時とは破断部周辺のひずみや応力勾配が異なる。また穴広げ試験は、板厚貫通の破断が発生した時点での評価となるなど、本来の伸びフランジ成形を反映した評価になっていない。一方、本実施形態で用いた鞍型伸びフランジ試験では、ひずみ分布を考慮した伸びフランジ性が評価できるため、本来の伸びフランジ成形を反映した評価が可能である。
【0040】
本実施形態に係る熱延鋼板において、フェライトやベイナイトなどの光学顕微鏡組織で観察される各組織の面積率と、粒内の方位差が5〜14°である結晶粒の割合とは直接関係するものではない。言い換えれば、例えば、同一のフェライト面積率及びベイナイト面積率を有する熱延鋼板があったとしても、粒内の方位差が5〜14°である結晶粒の割合が同一であるとは限らない。従って、フェライト面積率、ベイナイト面積率及びマルテンサイト面積率を制御しただけでは、本実施形態に係る熱延鋼板に相当する特性を得ることはできない。このことは、後述する実施例でも示す通りである。
【0041】
本実施形態に係る熱延鋼板は、例えば以下のような熱間圧延工程及び冷却工程を含む製造方法によって得ることができる。
【0042】
<熱間圧延工程>
熱間圧延工程では、上述した化学成分を有するスラブを加熱し、熱間圧延を行って熱延鋼板を得る。スラブ加熱温度は、1050℃以上1260℃以下とすることが好ましい。スラブ加熱温度が1050℃未満であると、熱間圧延終了温度の確保が困難となるため、好ましくない。一方、スラブ加熱温度が1260℃超であると、スケールオフにより歩留が低下するので、加熱温度は1260℃以下であることが好ましい。
【0043】
粒内の方位差が5〜14°である結晶粒の割合を面積率で10〜60%にする場合、加熱されたスラブに対して行われる熱間圧延において、仕上げ圧延の後段3段(最終3パス)の累積ひずみを0.6超〜0.7とした上で、後述する冷却を行うことが重要である。これは、粒内の方位差が5〜14°である結晶粒は比較的低温でパラ平衡状態で変態することにより生成するので、変態前のオーステナイトの転位密度をある範囲に限定するとともにその後の冷却速度をある範囲に限定することによって、粒内の方位差が5〜14°である結晶粒の生成を制御することができるためである。すなわち、仕上げ圧延の後段3段での累積ひずみ及びその後の冷却を制御することで、粒内の方位差が5〜14°である結晶粒の核生成頻度およびその後の成長速度を制御できるので、結果として得られる面積率も制御出来る。より具体的には、仕上げ圧延によって導入されるオーステナイトの転位密度が主に核生成頻度に関わり、圧延後の冷却速度が主に成長速度に関わる。
仕上げ圧延の後段3段の累積ひずみが0.6以下では、粒内の方位差が5〜14°である結晶粒の割合が10%未満となるため好ましくない。また、仕上げ圧延の後段3段の累積ひずみが0.7超であると、熱間圧延中のオーステナイトの再結晶が起こり、変態時の蓄積転位密度が低下して粒内の方位差が5〜14°である結晶粒の割合が10%未満となってしまうため好ましくない。
本実施形態で言う仕上げ圧延の後段3段の累積ひずみ(εeff.)は、以下の式(1)によって求めることができる。
εeff.=Σεi(t,T)・・・(1)
ここで、
εi(t,T)=εi0/exp{(t/τR)
2/3}、
τR=τ0×exp(Q/RT)、
τ0=8.46×10
−6 、
Q=183200J、
R=8.314J/K・mol、であり、
εi0は圧下時の対数ひずみを示し、tは当該パスでの冷却直前までの累積時間を示し、Tは当該パスでの圧延温度を示す。
【0044】
熱間圧延の圧延終了温度は、Ar3℃〜Ar3+60℃とすることが好ましい。圧延終了温度をAr3+60℃超とすると、熱延板の結晶粒径が大きくなり加工性が低下するとともに、粒内の方位差が5〜14°である結晶粒の割合が低下するので、好ましくない。また、圧延終了温度をAr3未満にすると、二相域での熱間圧延となり、フェライト相が加工され、熱延鋼板の延性及び穴広げ性が低下するとともに、粒内の方位差が5〜14°である結晶粒の割合が低下するので好ましくない。
また、熱間圧延は、粗圧延と仕上げ圧延とを含むが、仕上げ圧延は複数の圧延機を直線的に配置し1方向に連続圧延して所定の厚みを得るタンデム圧延機を用いて行うことが好ましい。また、タンデム圧延機を用いて仕上げ圧延を行う場合、圧延機と圧延機との間で冷却(スタンド間冷却)を行って、仕上げ圧延中の鋼板の最高温度がAr3+60℃以上Ar3+150℃以下の範囲となるように制御することが好ましい。仕上げ圧延時の鋼板の最高温度がAr3+150℃を超えると、粒径が大きくなりすぎて靭性が劣化するとともに、粒内の方位差が5〜14°である結晶粒の割合が低下することが懸念される。一方で、仕上げ圧延時の鋼板の最高温度がAr3+60℃未満であると、仕上げ圧延の圧延終了温度を確保できなくなることが懸念される。
上記のような条件の熱間圧延を行えば、変態前のオーステナイトの転位密度範囲を限定することができ、その結果、粒内の方位差が5〜14°である結晶粒を所望の割合で得ることができる。
【0045】
Ar3は圧下による変態点への影響を考慮した下記式(2)で算出する。
Ar3=970−325×[C]+33×[Si]+287×[P]+40×[Al]−92×([Mn]+[Mo]+[Cu])−46×([Cr]+[Ni])・・・(2)
ここで、[C]、[Si]、[P]、[Al]、[Mn]、[Mo]、[Cu]、[Cr]、[Ni]は、それぞれ、C、Si、P、Al、Mn、Mo、Cu、Cr、Niの質量%での含有量を示す。含有されていない元素については、0%として計算する。
【0046】
<冷却工程>
上述のように制御された熱間圧延を施された熱延鋼板に対して、冷却を行う。冷却工程では熱間圧延が完了した熱延鋼板に対して、10℃/s以上の冷却速度で、650〜750℃の温度域まで冷却し(第1の冷却)、この温度域で、3〜10秒間保持し、その後、100℃以下まで30℃/s以上の冷却速度で冷却する(第2の冷却)。
第1の冷却の冷却速度が10℃/s未満であると、粒内の方位差が5〜14°である結晶粒の割合が10%未満となるため好ましくない。また、第1の冷却の冷却停止温度が650℃未満であると、粒内の方位差が5〜14°である結晶粒の割合が10%未満となるため好ましくない。一方、第1の冷却の冷却停止温度が750℃超であると、マルテンサイト分率が低くなりすぎて強度が低下するとともに、粒内の方位差が5〜14°である結晶粒の割合が60%を超えるとなるため好ましくない。650〜750℃での保持時間が3秒未満であると、マルテンサイト分率が高くなりすぎて延性が低下するとともに、粒内の方位差が5〜14°である結晶粒の割合が10%未満となるため好ましくない。650〜750℃での保持時間が10秒を超えると、マルテンサイトの分率が低下し、強度が低下するとともに、粒内の方位差が5〜14°である結晶粒の割合が10%未満となるため好ましくない。また、第2の冷却の冷却速度が30℃/s未満であると、マルテンサイトの分率が低下し強度が低下するとともに、粒内の方位差が5〜14°である結晶粒の割合が60%を超えるとなるため好ましくない。第2の冷却の冷却停止温度が100℃超であると、粒内の方位差が5〜14°である結晶粒の割合が60%を超えるとなるため好ましくない。
第1の冷却、第2の冷却における冷却速度の上限は、特に限定する必要はないが、冷却設備の設備能力を考慮して200℃/s以下としてもよい。
【0047】
上述した製造方法によれば、面積率で、合わせて75〜95%のフェライト及びベイナイトと、5〜20%のマルテンサイトとを含み、さらに、方位差が15°以上である境界を粒界とし、粒界によって囲まれかつ円相当径が0.3μm以上である領域を結晶粒と定義した場合、粒内の方位差が5〜14°である前記結晶粒の割合が、面積率で、10〜60%である組織を得ることができる。
上述の製造方法では、熱間圧延条件を制御することによりオーステナイトに加工転位を導入した上で、冷却条件を制御することにより導入された加工転位を適度に残すことが重要である。すなわち、熱間圧延条件と冷却条件とはそれぞれ影響を及ぼすため、これらの条件を同時に制御することが重要である。上記以外の条件については公知の方法を用いればよく、特に限定する必要はない。
【実施例】
【0048】
以下、本発明の熱延鋼板の実施例を挙げ、本発明をより具体的に説明する。しかしながら、本発明は、下記実施例に限定されるものではなく、前、後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらは何れも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0049】
まず、下記表1に示す化学成分を有する鋼を溶製し、連続鋳造を行うことによって鋼片を製造した。そして、この鋼片を表2に示す温度に加熱して、粗圧延を行った。粗圧延後、表2に示す条件で仕上げ圧延を行って、板厚が2.2〜3.4mmの熱延鋼板を得た。表2に記載した、Ar3(℃)は表1に示した化学成分より次式(2)を用いて求めた。
Ar3=970−325×[C]+33×[Si]+287×[P]+40×[Al]−92×([Mn]+[Mo]+[Cu])−46×([Cr]+[Ni])・・・(2)
ここで、[C]、[Si]、[P]、[Al]、[Mn]、[Mo]、[Cu]、[Cr]、[Ni]は、それぞれ、C、Si、P、Al、Mn、Mo、Cu、Cr、Niの質量%での含有量であり、含有されない場合は、0とする。
また、表2中、仕上げ圧延の後段3段の累積ひずみは次式(1)より求めた値である。
εeff.=Σεi(t,T)・・・(1)
ここで、
εi(t,T)=εi0/exp{(t/τR)
2/3}、
τR=τ0×exp(Q/RT)、
τ0=8.46×10
−6 、
Q=183200J、
R=8.314J/K・mol、であり、
εi0は圧下時の対数ひずみを示し、tは当該パスでの冷却直前までの累積時間を示し、Tは当該パスでの圧延温度を示す。
表1の空欄は、分析値が検出限界未満であったことを意味する。
【0050】
【表1】
【0051】
【表2】
【0052】
得られた熱延鋼板に対して、各組織の組織分率(面積率)、及び粒内の方位差が5〜14°である結晶粒の割合を求めた。
組織分率(面積率)は、以下の方法により求めた。まず、熱延鋼板から採取した試料をナイタールでエッチングした。エッチング後に光学顕微鏡を用いて板厚の1/4深さの位置において300μm×300μmの視野で得られた組織写真に対し、画像解析を行うことによって、フェライト及びパーライトの面積率、並びにベイナイトとマルテンサイトとの合計面積率を得た。次いで、レペラ腐食した試料を用い、光学顕微鏡を用いて板厚の1/4深さの位置において300μm×300μmの視野で得られた組織写真に対し、画像解析を行うことによって、残留オーステナイトとマルテンサイトとの合計面積率を算出した。
さらに、圧延面法線方向から板厚の1/4深さまで面削した試料を用い、X線回折測定により残留オーステナイトの体積率を求めた。残留オーステナイトの体積率は、面積率と同等であるので、これを残留オーステナイトの面積率とした。
この方法により、フェライト、ベイナイト、マルテンサイト、残留オーステナイト、パーライトそれぞれの面積率を得た。
また、粒内の方位差が5〜14°である結晶粒の割合は、以下の方法で測定した。まず、鋼板表面から板厚tの1/4深さ位置(1/4t部)の圧延方向垂直断面について、圧延方向に200μm、圧延面法線方向に100μmの領域を0.2μmの測定間隔でEBSD解析して結晶方位情報を得た。ここでEBSD解析は、サーマル電界放射型走査電子顕微鏡(JEOL製JSM−7001F)とEBSD検出器(TSL製HIKARI検出器)で構成された装置を用い、200〜300点/秒の解析速度で実施した。次に、得られた結晶方位情報に対して、方位差15°以上かつ円相当径で0.3μm以上の領域を結晶粒と定義し、結晶粒の粒内の平均方位差を計算し、粒内の方位差が5〜14°である結晶粒の割合を求めた。上記で定義した結晶粒や粒内の平均方位差は、EBSD解析装置に付属のソフトウェア「OIM Analysis(登録商標)」を用いて算出した。
【0053】
次に、引張試験において、降伏強度と引張強度とを求め、鞍型伸びフランジ試験によって、限界成形高さを求めた。また、引張強度(MPa)と限界成形高さ(mm)との積を伸びフランジ性の指標として評価を行い、積が19500mm・MPa以上の場合に、伸びフランジ性に優れると判断した。
引張試験は、JIS5号引張試験片を圧延方向に対して直角方向から採取し、この試験片を用いて、JISZ2241に準じて試験を行った。
また、鞍型伸びフランジ試験は、コーナーの曲率半径をR60mm、開き角θを120°とした鞍型成型品を用いて、コーナー部を打ち抜く際のクリアランスを11%として行った。また、限界成形高さは、成形後に目視にて板厚の1/3以上の長さを有するクラックの存在の有無を観察し、クラックが存在しない限界の成形高さとした。
結果を表3に示す。
【0054】
【表3】
【0055】
表3に示す結果から明らかなとおり、本発明で規定する化学成分を好ましい条件で熱間圧延した場合(試験No.1〜17)には、強度が590MPa以上であり、かつ伸びフランジ性の指標が19500mm・MPa以上である高強度熱延鋼板が得られた。
一方、製造No.18〜23は、化学成分が本発明の範囲外であったので、光学顕微鏡で観察される組織及び粒内の方位差が5〜14°である結晶粒の割合のいずれか、または両方が本発明の範囲を満たさなかった。その結果、伸びフランジ性が目標値を満足しなかった。また、一部の例では、引張強度も低くなっていた。
また、No.24〜36は製造条件が望ましい範囲から外れた結果、光学顕微鏡で観察される組織及び粒内の方位差が5〜14°である結晶粒の割合のいずれか、または両方が本発明の範囲を満たさなかった例である。これらの例では、伸びフランジ性が目標値を満足しなかった。また、一部の例では引張強度も低くなっていた。