【課題を解決するための手段】
【0010】
そこで、本発明者らは、前述の観点から、原料ガス群として互いに反応活性の高いガス種を用いて成膜する場合、それらのガス種をガス供給管内では混合させず、分離しておき、回転しているガス供給管から分離させたガスのそれぞれを独立して噴出させ、その後、反応容器内の空間であって、かつ、ガス供給管より外側の空間でガスを混合させるようにし、なおかつ、分離させたおのおののガスの噴出口の少なくとも一部が、回転しているガス供給管の回転軸を法線とする平面と交わるようにし(即ち、分離させたおのおののガスの噴出口は、ガス供給管の回転軸にほぼ直交する平面に形成する)、回転速度を適宜調整できるようにすることでガス混合の進行とガスの工具基体表面への到達時間を調整できる化学蒸着装置とすることにより、ガス供給管が閉塞してしまうことなく、また、ガス噴出口近傍に沈着物が形成されることもなく、大面積の成膜領域に亘って均一に成膜することができるという知見を得た。
【0011】
しかし、例え互いに反応活性の高いガス種をガス供給管内で混合させずに分離しておき、回転しているガス供給管からガスを噴出させた後にガスが混合するようにしても、工具基体表面へのガスの到達時間よりも、互いに反応活性の高いガス種の混合の進行が早ければ、ガス噴出口に近い被成膜物だけに厚く膜が堆積されて、所望の大面積領域に亘って均一な成膜を得る事が出来ない。一方で、工具基体表面へのガスの到達時間よりも、互いに反応活性の高いガス種の混合の進行が遅ければ、ガス噴出口に近い被成膜物には膜がほとんど堆積せず、この場合も所望の大面積領域に亘っての均一な成膜を得る事が出来ない。
【0012】
そこで、本発明者らは、回転しているガス供給管からガスが噴出した後にガスが混合する際の分離された2系統のガス群の噴出口の位置関係を詳細に調べた結果、ガスが噴出した後、拡散によって混合するに任せるだけでは、大面積に均一な皮膜を得る目的を達成する事が出来ず、ガス供給管の回転運動による旋回成分によって、分離された2系統のガス群のガスが噴出後、工具基体表面の近傍において混合するような化学蒸着装置とすることにより、大面積の成膜領域に亘って均一な皮膜を得る目的が達せられることを見出した。
【0013】
そして、前述のような構成の化学蒸着装置を用いて大面積に均一な皮膜を得る目的を達するために、噴出口間の位置関係を規定する距離、角度およびガス供給管の回転速度等の条件には、最適範囲が存在する事を見出した。
【0014】
本発明は、前記知見に基づいてなされたものであって、
「(a)被成膜物の表面に化学蒸着により皮膜を形成する減圧式縦型化学蒸着装置において、回転駆動装置(2)により回転駆動されるガス供給管(5)が前記減圧式縦型化学蒸着装置内部に設けられ、該ガス供給管(5)は、その内部が
、ガス供給管(5)の回転軸中心(13)を含み、かつ、ガス供給管(5)の回転軸(22)方向に延びる面を境界壁面として、領域A(14)及び領域B(15)の2つの領域に分割され、かつ、領域A(14)及び領域B(15)には、ガス供給管(5)の回転軸方向に沿って、それぞれ、複数の噴出口A(16)及び複数の噴出口B(17)が設けられ、領域A(14)に設けられた複数の噴出口A(16)から噴出した原料ガス群Aと領域B(15)に設けられた複数の噴出口B(17)から噴出した原料ガス群Bが、ガス供給管(5)の外側の反応容器(6)内で混合され、
領域A(14)に設けられたそれぞれの噴出口A(16)の最近接の噴出口は、領域B(15) に設けられた複数の噴出口B(17)のうちの一つであり、
また、領域B(15) に設けられたそれぞれの噴出口B(17)の最近接の噴出口は、領域A(14)に設けられた複数の噴出口A(16)のうちの一つであり、
互いに最近接な噴出口となる噴出口A(16)と噴出口B(17)が対(24)となって存在し、かつ、上記ガス供給管(5)の回転軸(22)を法線とする平面(23)が、前記対(24)となる噴出口A(16)と噴出口B(17)の両方に交わるように、ガス供給管(5)に噴出口が設けられ
、
前記の互いに最近接な噴出口として対となる噴出口A(16)と噴出口B(17)において、噴出口A(16)の中心(18)とガス供給管(5)の回転軸中心(13)と噴出口B(17)の中心(19)のなす角度を回転軸と垂直な面に投影した角度(21)が、40°以下となるようにガス供給管(5)に噴出口が設けられていることを特徴とする化学蒸着装置。
(b)前記の互いに最近接な噴出口として、対となる噴出口A(16)の中心(18)と噴出口B(17)の中心(19)間の距離(20)が2〜30mmとなるようにガス供給管(5)に噴出口が設けられていることを特徴とする(a)に記載の化学蒸着装置。
(
c)前記の互いに最近接な噴出口として、対となる噴出口A(16)と噴出口B(17)について、ガス供給管(5)の回転方向に対して、噴出口A(16)が先行して回転する噴出口対と噴出口B(17)が先行して回転する噴出口対がそれぞれ一対以上ガス供給管(5)に設けられていることを特徴とする(a)
または(b)に記載の化学蒸着装置。
(
d)(a)乃至(
c)のいずれかに記載の減圧式縦型化学蒸着装置により、被成膜物の表面に皮膜を形成することを特徴とする化学蒸着方法。
(
e)(a)乃至(
c)のいずれかに記載の減圧式縦型化学蒸着装置により、被成膜物の表面に皮膜を形成するに際し、ガス供給管(5)を回転速度10〜60回転/分で回転させることを特徴とする化学蒸着方法。
(
f)(a)乃至(
c)のいずれかに記載の減圧式縦型化学蒸着装置により、被成膜物の表面に皮膜を形成するに際し、原料ガス群Aとして、金属元素を含まない無機原料ガス及び有機原料ガスの内から選ばれる一種以上のガスとキャリアガスを用い、また、原料ガス群Bとして、無機原料ガス及び有機原料ガスの内から選ばれる一種以上のガスとキャリアガスを用い、前記原料ガス群Bには少なくとも一種の金属元素を含むことを特徴とする化学蒸着方法。
(
g)
(d)または(e)に記載の化学蒸着方法において、原料ガス群Aとして、金属元素を含まない無機原料ガス及び有機原料ガスの内から選ばれる一種以上のガスとキャリアガスを用い、原料ガス群Bとして、無機原料ガス及び有機原料ガスの内から選ばれる一種以上のガスとキャリアガスを用い、前記原料ガス群Bには少なくとも一種の金属元素を含むことを特徴とする化学蒸着方法。
(
h)
(f)または(g)に記載の化学蒸着方法において、前記原料ガス群Aは、少なくともアンモニアガスを含むことを特徴とす
る化学蒸着方法。」
に特徴を有するものである。
【0015】
本発明の化学蒸着装置及び化学蒸着方法について、以下に、図面と共に詳細に説明する。
なお、各図面において、同一の装置構成部材については、同一の符号で示す。
【0016】
本発明は、WC基超硬合金、TiCN基サーメット、Si
3N
4基セラミックス、Al
2O
3基セラミックスあるいはcBN基超高圧焼結体を基体とし、その表面に硬質層を被覆した表面被覆切削工具等を製造するための減圧式化学蒸着装置および化学蒸着方法に適用することができる。
本発明の一つの実施の態様の減圧式化学蒸着装置(以下、単に「本発明装置」ともいう)は、基本的な装置構成として、
図1に示すようなベースプレート(1)、ベル型の反応容器(6)及び外熱式加熱ヒーター(7)を備える。
本発明装置の反応容器(6)の内部には切削工具を装填する治具が装着される空間が形成される。
前記反応容器(6)の外壁には、反応容器(6)内を約700〜1050°Cに加熱するための外熱式加熱ヒーター(7)が取り付けられている。
本発明装置の一つの実施の態様において、ベースプレート(1)には、
図7に示すような原料ガス群A導入口(27)と原料ガス群B導入口(28)とガス排気口(9)を設け、それぞれ原料ガス群A導入管(29)と原料ガス群B導入管(30)とガス排気管(11)に接続されている。
前記ベースプレート(1)の中心部下部には、導入ガスに回転運動を与えるための回転式ガス導入部品(12)と前記回転式ガス導入部品(12)を回転させるための回転駆動装置(2)がカップリングを介して連設されている。
【0017】
図7に示すように、本発明装置では、原料ガス群A導入口(27)と原料ガス群B導入口(28)は、ベースプレート(1)の中心部に下方に突き出して設けたガス導入部の側部に、前記原料ガス群A導入口(27)と原料ガス群B導入口(28)を上下方向に高さを変えて取り付けており、ガス導入部に挿入された回転式ガス導入部品(12)の側面に設けた孔から回転式ガス導入部品の中心部にガスが供給される。この際、原料ガス群A導入口(27)と原料ガス群B導入口(28)が上下方向に高さを変えて取り付けてあり、回転式ガス導入部品(12)内でも原料ガス群Aと原料ガス群Bは2つに分離された空間に導入され、それぞれ、原料ガス群A導入路(31)と原料ガス群B導入路(32)を通って、回転式ガス導入部品(12)に連結された、ガス供給管(5)に導入されるように構成されている。
そして、ガス供給管(5)は、
図3A、
図3Bに示すように、分割された2つの領域、即ち、領域A(14)及び領域B(15)を有しており、原料ガス群Aは領域A(14)に供給され、原料ガス群Bは領域B(15)に供給される。
領域A(14)に設けられた噴出口A(16)から噴出した原料ガス群Aと、領域B(15) に設けられた噴出口B(17)から噴出した原料ガス群Bが、ガス供給管(5)の外側の反応容器(6)内で混合され、化学蒸着により、基体の表面に硬質層が成膜される。
また、
図4A、
図4Bに示すように、領域A(14)に設けられた噴出口A(16)及び領域B(15) に設けられた噴出口B(17)は、ガス供給管(5)の回転軸(22)方向に沿って、縦方向に複数箇所形成される。
【0018】
本発明装置内部に設けられた回転機構を有するガス供給管(5)に設けられたガス噴出口:
本発明装置内部に設けられた回転機構を有するガス供給管(5)は、
図3A、
図3Bに示すように、分割された2つの領域、即ち、領域A(14)及び領域B(15)を有している。
領域A(14)に設けられた噴出口A(16)から噴出した原料ガス群Aと、領域B(15) に設けられた噴出口B(17)から噴出した原料ガス群Bがガス供給管(5)の外の領域で混合するようにガス噴出口が設けられている。
領域A(14)に設けられたそれぞれの噴出口A(16)の最近接の噴出口は領域B(15) に設けられた噴出口B(17)のうちの一つであり、しかも、領域B(15) に設けられたそれぞれの噴出口B(17)の最近接の噴出口は領域A(14)に設けられた噴出口A(16) のうちの一つである。
そして、
図4A、
図4Bに示すように、互いに最近接な噴出口となる噴出口A(16)と噴出口B(17)が対をなすように存在し、
図5A、
図5Bに示すように、対となる噴出口A(16)と噴出口B(17)の両方(24)が、ガス供給管(5)の回転軸(22)を法線とする平面(23)に交わるように噴出口が設けられる。
【0019】
図5Bの(a)、(b)に示すような、噴出口A(16)、噴出口B(17)のこのような対(24)の配列により、反応活性の高いガス種を用いて成膜する場合においても、装置内の所望の大面積に均一な成膜を得る事が出来る。
噴出口A(16)と噴出口B(17)が対(24)となって設けられていない場合には、原料ガス群Aと原料ガス群Bが、反応容器(6)内部で滞留した後、混合し反応するため、気相での反応が促進され、それにより、気相で形成された核の堆積により成膜されるため、装置内の所望の大面積に均一な成膜を得る事が出来ない。
また、対(24)となっていても、
図5B(c)に示すような噴出口A(16)、噴出口B(17)の配列の場合、即ち、分離させたおのおののガスの噴出口A(16)、噴出口B(17)の少なくとも一部が、回転しているガス供給管(5)の回転軸(22)を法線とする平面(23)と交わるように設けられていない場合、ガス供給管(5)の回転運動による旋回成分による原料ガス群Aと原料ガス群Bを混合させる効果が得にくく、装置内の所望の大面積に均一な成膜を得る事が出来ない。
【0020】
更に、
図3A、
図3Bに示すように、本発明の上記の互いに最近接な噴出口として、対(24)となる噴出口A(16)と噴出口B(17)の距離(20)を2〜30mmであるように噴出口間隔を設けることが好ましく、より好ましくは、2〜15mm、更に好ましくは、3〜8mmとすることである。
それにより、装置内の所望の大面積に均一な成膜を得る事が出来る。
この噴出口の距離(20)は原料ガス群Aと原料ガス群Bの反応性の高さにも依存するが、距離(20)が近すぎると、ガス噴出口に近い被成膜物だけに厚く膜が堆積されて、噴出口から離れた箇所の被成膜物は膜厚が薄くなってしまう。
一方で、距離(20)が離れ過ぎると、ガス噴出口に近い被成膜物の膜厚が薄くなってしまう傾向がある。
【0021】
更に、
図5B(a)、(b)中の符号(24)として示した本発明の上記の互いに最近接な噴出口として対(24)となる噴出口A(16)と噴出口B(17)において、
図3A、
図3Bに示すように、噴出口A(16)の中心(18)とガス供給管(5)の回転軸中心(13)と噴出口B(17)の中心(19)のなす角度を回転軸と垂直な面に投影した角度(21)が、60°以下であるように噴出口が設けることが好ましく、より好ましくは、40°以下、更に好ましくは、20°以下とすることである。
それにより、炉内の所望の大面積に均一な成膜を得る事が出来る。
上記角度(21)は原料ガス群Aと原料ガス群Bの反応性の高さにも依存するが、上記角度(21)が大きすぎると、ガス噴出口の近くではガスの混合が進まずにガス噴出口に近い被成膜物の膜厚が薄くなってしまう傾向がある。
【0022】
上記の互いに最近接な噴出口として、
図6B(a)に示すように、対(24)となる噴出口A(16)と噴出口B(17)について、ガス供給管(5)の回転方向に対して、噴出口A(16)が先行して回転する噴出口対(25)と、
図6B(b)に示すように、噴出口B(17) が先行して回転する噴出口対(26)が設けられている場合、原料ガス群Aと原料ガス群Bのガス種や反応性の高さにも依存するが、先行する噴出口によって原料ガス群Aと原料ガス群Bの混合度合や反応度合が異なるという現象が生じる。
この現象を利用して、従来の化学蒸着装置では、困難であった、ナノレベルでの組織構造をもった皮膜が形成可能である。
噴出口A(16)が先行して回転する噴出口対(25)が生成に大きく寄与する前駆体と噴出口B(17)が先行して回転する噴出口対(26)が生成に大きく寄与する前駆体という質の異なる前駆体により成膜されるためである。これにより、例えば、ナノコンポジット構造の形成が可能となる。また、2種の前駆体が存在することにより、堆積時の被成膜物の表面においてエネルギー的に不安定な状態が生まれ、表面拡散による自己組織化を誘発することにより、より切削工具用皮膜としてより強靭な皮膜を形成することが可能である。
【0023】
ガス供給管(5)の回転速度:
本発明装置により、化学蒸着するに際し、ガス供給管(5)を回転速度10〜60回転/分で回転させることが好ましく、より好ましくは、20〜60回転/分、更に好ましくは、30〜60回転/分とすることである。これにより、炉内の所望の大面積に均一な成膜を得る事が出来る。これは、回転しているガス供給管(5)からガスが噴出した際、ガス供給管(5)の回転運動による旋回成分によって、原料ガス群Aと原料ガス群Bが均一に混合することによるものである。これは、原料ガス群Aと原料ガス群Bのガス種や反応性の高さにも依存する。
【0024】
原料ガス:
本発明装置により、化学蒸着するに際し、原料ガス群Aとしては、金属元素を含まない無機原料ガス及び有機原料ガスの内から選ばれる一種以上のガスとキャリアガスを用い、また、原料ガス群Bとしては、無機原料ガス及び有機原料ガスの内から選ばれる一種以上のガスとキャリアガスを用いることができ、前記原料ガス群Bには少なくとも一種の金属元素を含むものである。
例えば、本発明装置を用いて、切削工具基体の表面に硬質層を形成するに際し、原料ガス群Aとして、NH
3とキャリアガス(H
2)を選択し、また、原料ガス群Bとして、TiCl
4とキャリアガス(H
2)を選択して化学蒸着することにより、大面積にわたり化学蒸着で形成されたTiN層の層厚均一性に優れた表面被覆切削工具(表1実施例1参照)を作製することができる。
また、例えば、原料ガス群Aとして、CH
3CNとN
2及びキャリアガス(H
2)を選択し、また、原料ガス群Bとして、TiCl
4とN
2及びキャリアガス(H
2)を選択して化学蒸着することにより、大面積にわたり化学蒸着で形成されたTiCN層の層厚均一性に優れた表面被覆切削工具(表1実施例4参照)を作製することができる。