(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
(i)(1S)−1,5−アンヒドロ−1−[3−(4−エトキシベンジル)−6−メトキシ−4−メチルフェニル]−1−チオ−D−グルシトール、その医薬上許容される塩、及び前記化合物または塩の水和物からなる群から選択されるSGLT2阻害剤と(ii)リシノプリル、バルサルタン、及びそれらの製薬学的に許容される塩、並びに前記化合物または塩の水和物からなる群から選択される抗高血圧薬との組み合わせを含む、糖尿病及び高血圧を併発しているうっ血性心不全を治療するための医薬。
(1S)−1,5−アンヒドロ−1−[3−(4−エトキシベンジル)−6−メトキシ−4−メチルフェニル]−1−チオ−D−グルシトール、その医薬上許容される塩、及び前記化合物または塩の水和物からなる群から選択されるSGLT2阻害剤を含み、リシノプリル、バルサルタン、及びそれらの製薬学的に許容される塩、並びに前記化合物または塩の水和物からなる群から選択される抗高血圧薬と併用することにより、糖尿病及び高血圧を併発しているうっ血性心不全の治療効果を抗高血圧薬により増強させるための医薬。
【背景技術】
【0002】
高血圧及び糖尿病は、心血管イベント(心筋梗塞,狭心症,うっ血性心不全,脳梗塞,一過性脳虚血発作等)発症のリスクファクターであり、糖尿病及び高血圧はお互いに重なりあって発症することが多く、心血管イベントの発症を促進し、直接死につながる重大な疾病を誘発する。
【0003】
したがって、糖尿病及び高血圧の病態を把握して、適切な治療をおこなって、心血管イベントの発症、進展を抑制することが重要である。
【0004】
糖尿病は、インスリンの分泌障害や標的臓器における作用不全によって慢性の高血糖が引き起こされる代謝症候群である。その病態は複雑で、糖代謝異常と同時に脂質代謝異常や循環器系異常を伴う。その結果、多種の合併症を伴って進行していく場合が多い。代表的な合併症は、糖尿病網膜症、腎症、神経障害である。中でも、糖尿病性腎症は、発症の初期には糸球体過剰濾過や糸球体肥大がもたらされ、その後炎症とアポトーシスによって細胞数は減少し、最終的には糸球体硬化と間質の線維化によって末期腎不全に至り、生命にかかわる。
【0005】
糖尿病治療薬として、ビグアナイド薬、スルホニルウレア薬、グリコシダーゼ阻害薬、インスリン抵抗性改善薬、ジペプチジルペプチダーゼIV(DPP-IV)阻害剤等が使用されている。また、新たな機序の糖尿病治療薬としてナトリウム-グルコース共輸送担体−2(sodium-dependent glucosecotransporter-2:SGLT−2)阻害剤も開発された。
【0006】
しかしながら、糖尿病の治療は長期間に及ぶため、副作用が問題になることが多く、特に、腎機能が低下した糖尿病性腎症では、薬物動態(排泄経路)の問題により副作用懸念が増大するため投与自体が困難となる糖尿病薬が多い。また、糖尿病性腎症に対して、軽度の段階ではある程度の治療効果を有するものはあるが、間質の線維化の段階まですすんだ場合に、治療効果を有するものが知られていない。
【0007】
高血圧は、動脈硬化を促進させるうえに、左室肥大により心室リモデリングを引き起こすので、心血管イベント発症に主要な役割を果たす。したがって、心血管イベントの発症、進展を抑制し、長期予後を改善するために、適切な降圧治療が求められている。適切な降圧治療のためには、患者の病態、臓器障害を把握してリスクの評価をおこない、適切な抗高血圧薬を選択して、目標血圧値を達成することが重要である。糖尿病、慢性腎臓病などの臓器障害を合併する患者は、心血管イベントの高リスク群と評価され、厳格な降圧が要求される(「高血圧治療ガイドライン2009(JSH2009)」、日本高血圧学会発行)。しかしながら、現状では、単剤では、降圧目標を達成することは困難であり、抗高血圧薬の併用療法が必要である。ただし、治療は、長期にわたるため、併用による副作用が問題になる場合がある。例えば、利尿薬とβ遮断薬の組み合わせは、糖脂質代謝への悪影響を与えるという報告や、ACE阻害剤とアンジオテンシンII受容体阻害薬(ARB)の組み合わせは、末期腎不全への移行率が高いという報告がある。
【0008】
したがって、抗高血圧薬の併用による上記問題を解消する必要がある。今までに、心血管イベントの発症、進展を抑制するために要求される降圧目標を達成できる単剤の抗高血圧薬の報告はない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の1つの目的は、心血管イベントのリスクファクターとして、少なくとも高血圧または糖尿病を含む疾患の治療に有用な医薬、または該疾患の治療方法を提供することである。本発明の他の目的は、副作用の問題なく、心血管イベントの発症、進展を抑制するために要求される降圧目標を達成できる医薬を提供する又は降圧目標を達成するための治療方法を提供することである。本発明の他の目的は、糖尿病、糖尿病関連疾患又は糖尿病合併症、特に、糖尿病性腎症の治療に有用な医薬、または該疾患の治療方法を提供することである。本発明の他の目的は、さらに腎機能が低下している疾病の治療に有用な医薬、または該疾患の治療方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記目的を達成する医薬を鋭意検討した結果、SGLT2阻害剤を、抗高血圧薬に組み合わせると、SGLT2阻害剤単独投与では血圧低下作用が認められなかったのに関わらず、抗高血圧薬単剤での血圧低下作用を増強させるという予想外の効果を示すことを発見し、本発明を完成させた。また、SGLT2阻害剤と抗高血圧薬との組み合わせは、それぞれ単剤と比較して、糖尿病、糖尿病関連疾患又は糖尿病合併症、特に、糖尿病性腎症の治療においても、それぞれ単独で使用されるときと比較して予想外の顕著な効果が生じることを見いだした。
【0011】
すなわち、本発明の態様は、以下の通りである。
【0012】
(1)SGLT2阻害剤と抗高血圧薬との組み合わせを特徴とする、心血管イベントのリスクファクターとして、少なくとも高血圧または糖尿病を含む疾患を治療するための医薬。
(2)SGLT2阻害剤が下記一般式(I)で示される1−チオ−D−グルシトール化合物、その医薬上許容される塩、又はそれらの水和物である、(1)に記載の医薬。
【0013】
【化1】
[式(I)中、
R
Aは、水素原子、C
1-6アルキル基、−OR
F、又はハロゲン原子を示し、
R
Bは、水素原子、水酸基、又は−OR
Fを示し、
R
C及びR
Dは同一又は異なって、水素原子、ハロゲン原子、C
1-8アルキル基、又は−OR
Fを示し、
R
Eは、(i)水素原子、(ii)ハロゲン原子、(iii)水酸基、(iv)ハロゲン原子で置換されてもよいC
1-8アルキル基、(v)−OR
F、又は(vi)−SR
Fを示し、
R
Fは、ハロゲン原子で置換されてもよいC
1-6アルキル基を示す。]
(3)1−チオ−D−グルシトール化合物が、
(1S)−1,5−アンヒドロ−1−[3−(4−エトキシベンジル)−6−メトキシ−4−メチルフェニル]−1−チオ−D−グルシトール、
(1S)−1,5−アンヒドロ−1−[4−クロロ−3−(4−メチルベンジル)フェニル]−1−チオ−D−グルシトール、
(1S)−1,5−アンヒドロ−1−[4−クロロ−3−(4−メチルチオベンジル)フェニル]−1−チオ−D−グルシトール、及び
(1S)−1,5−アンヒドロ−1−[4−クロロ−3−(4−エチルベンジル)フェニル]−1−チオ−D−グルシトールからなる群から選択される化合物である、(2)に記載の医薬。
(4)1−チオ−D−グルシトール化合物が、
(1S)−1,5−アンヒドロ−1−[3−(4−エトキシベンジル)−6−メトキシ−4−メチルフェニル]−1−チオ−D−グルシトールである、(2)又は(3)に記載の医薬。
(5)抗高血圧薬がレニン−アンジオテンシン−アルドステロン系抑制薬である、(1)〜(4)のいずれかに記載の医薬。
(6)レニン−アンジオテンシン−アルドステロン系抑制薬がACE阻害薬またはアンジオテンシンII受容体拮抗薬である、(5)に記載の医薬。
(7)ACE阻害薬が、アラセプリル、ベナゼプリル、カプトプリル、セロナプリル、シラザプリル、デラプリル、エナラプリル、エナラプリラト、フォシノプリル、イミダプリル、リシノプリル、モベルチプリル、モエキシプリル、ペリンドプリル、キナプリル、ラミプリル、スピラプリル、テモカプリルおよびトランドラプリルからなる群から選択される化合物若しくはその製薬学的に許容される塩又はそれらの水和物である、(6)に記載の医薬。
(8)アンジオテンシンII受容体拮抗薬が、ロサルタン、カンデサルタン、イルベサルタン、バルサルタン、テルミサルタンおよびエプロサルタンからなる群から選択される化合物若しくはその製薬学的に許容される塩又はそれらの水和物である、(6)に記載の医薬。
(9)該疾患が高血圧症である、(1)に記載の医薬。
(10)該疾患が糖尿病、糖尿病関連疾患又は糖尿病合併症である、(1)に記載の医薬。
(11)該疾患が、糖尿病及び高血圧を併発している疾患である、(1)〜(10)のいずれかに記載の医薬。
(12)該疾患が糖尿病性腎症である、(1)〜(11)のいずれかに記載の医薬。
(13)該疾患が、さらに腎機能の低下が認められる疾患である、(1)〜(11)のいずれかに記載の医薬。
(14)SGLT2阻害剤と抗高血圧薬とが同時または別々に患者に投与されることを特徴とする、心血管イベントのリスクファクターとして、少なくとも高血圧または糖尿病を含む疾患を治療するための、(1)〜(13)のいずれかに記載の医薬。
(15)SGLT2阻害剤を含み、抗高血圧薬と併用することにより、抗高血圧薬の降圧作用を増強させる医薬。
(16)SGLT2阻害剤を含み、抗高血圧薬と併用することにより、SGLT2阻害剤による糖尿病、糖尿病関連疾患又は糖尿病合併症の治療効果を増強させる医薬。
(17)SGLT2阻害剤を含み、抗高血圧薬と併用することにより、SGLT2阻害剤による糖尿病性腎症の治療効果を増強させる医薬。
(18)心血管イベントのリスクファクターとして、少なくとも高血圧または糖尿病を含む疾患を治療する方法であって、SGLT2阻害剤と抗高血圧薬を同時又は別々にそれを必要とする患者に投与することを含む、前記方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明のSGLT2阻害剤と抗高血圧薬との組み合わせは、SGLT2阻害剤単独投与では血圧低下作用が認められなかったのに関わらず、抗高血圧薬単剤での血圧低下作用を増強させるという予想外の効果を示す。また、SGLT2阻害剤と抗高血圧薬との組み合わせは、それぞれ単剤と比較して、糖尿病性腎症において優れた治療効果を示した。特に、抗高血圧薬単独投与では腎繊維化進行への影響が認められなかったのに関わらず、SGLT2阻害剤との併用によりSGLT2阻害剤単剤での腎繊維化進行の抑制作用を増強させた点は予想外の効果である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明における用語の意義は以下の通りである。
【0017】
「SGLT2阻害剤」とは、ナトリウム-グルコース共輸送担体−2(sodium-dependent glucosecotransporter-2:SGLT−2)における、ナトリウムとグルコースの交換を阻害して血液中のグルコース濃度の増大を抑制する薬剤である。血糖値の低下によって疲弊したすい臓ランゲルハンス島β細胞の負担を低下させ、分泌能力を回復させることも可能である。その他にも血糖改善により糖毒性を改善することで、インスリン抵抗性改善作用を示す。
【0018】
SGLT2阻害剤としては、例えばダパグリフロジン、イプラグリフロジン、トフォグリフロジン、エンパグリフロジン、カナグリフロジン等を使用することが可能である。
【0019】
SGLT2阻害剤として、上記一般式(I)で示される1−チオ−D−グルシトール化合物、その医薬上許容される塩、又はそれらの水和物を使用することも可能である。
【0020】
式(I)で表される1−チオ−D−グルシトール化合物若しくはその製薬学的に許容される塩又はそれらの水和物の製造方法は、WO2006/073197国際公開公報に開示されている。
【0021】
「C
1-6アルキル基」とは、炭素数1−6個の直鎖状又は分枝鎖状のアルキル基を示し、例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、tert−ブチル基、sec−ブチル基、n−ペンチル基、tert−アミル基、3−メチルブチル基、ネオペンチル基、n−ヘキシル基が挙げられる。
【0022】
「ハロゲン原子」とは、フッ素原子、塩素原子、臭素原子又はヨウ素原子が挙げられる。
【0023】
「製薬学的に許容される塩」とは、硫酸、塩酸、臭化水素酸、リン酸、硝酸などの無機酸との塩、酢酸、シュウ酸、乳酸、酒石酸、フマル酸、マレイン酸、クエン酸、ベンゼンスルホン酸、メタンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸、安息香酸、カンファースルホン酸、エタンスルホン酸、グルコヘプトン酸、グルコン酸、グルタミン酸、グリコール酸、リンゴ酸、マロン酸、マンデル酸、ガラクタル酸、ナフタレン−2−スルホン酸などの有機酸との塩、リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン、マグネシウムイオン、亜鉛イオン、アルミニウムイオンなどの1種又は複数の金属イオンとの塩、アンモニア、アルギニン、リシン、ピペラジン、コリン、ジエチルアミン、4−フェニルシクロヘキシルアミン、2−アミノエタノール、ベンザチンなどのアミンとの塩等が挙げられる。
【0024】
式(I)で表される1−チオ−D−グルシトール化合物のうち、好ましい化合物は、優れたSGLT2阻害活性を示す点から、
(1S)−1,5−アンヒドロ−1−[3−(4−エトキシベンジル)−6−メトキシ−4−メチルフェニル]−1−チオ−D−グルシトール、
(1S)−1,5−アンヒドロ−1−[4−クロロ−3−(4−メチルベンジル)フェニル]−1−チオ−D−グルシトール、
(1S)−1,5−アンヒドロ−1−[4−クロロ−3−(4−メチルチオベンジル)フェニル]−1−チオ−D−グルシトール、又は
(1S)−1,5−アンヒドロ−1−[4−クロロ−3−(4−エチルベンジル)フェニル]−1−チオ−D−グルシトール
であり、さらに好ましくは、(1S)−1,5−アンヒドロ−1−[3−(4−エトキシベンジル)−6−メトキシ−4−メチルフェニル]−1−チオ−D−グルシトールである。(1S)−1,5−アンヒドロ−1−[3−(4−エトキシベンジル)−6−メトキシ−4−メチルフェニル]−1−チオ−D−グルシトールは、好ましくは水和物である。
【0025】
本発明の式(I)化合物は、各種溶媒和物としても存在し得る。また、医薬としての適用性の面から水和物の場合もある。
【0026】
本発明の式(I)化合物は、エナンチオマー、ジアステレオマー、平衡化合物、これらの任意の割合の混合物、ラセミ体等を全て含む。
【0027】
抗高血圧薬としては、利尿薬、カルシウム拮抗薬、レニン−アンジオテンシン−アルドステロン系抑制薬(例えば、アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)、アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)、直接的レニン阻害薬、アルドステロン拮抗薬)、交感神経遮断薬、α2受容体刺激薬等が挙げられるが、好ましくは、 ACE阻害薬としては、例えばアラセプリル、ベナゼプリル、カプトプリル、セロナプリル、シラザプリル、デラプリル、エナラプリル、エナラプリラト、フォシノプリル、イミダプリル、リシノプリル、モベルチプリル、モエキシプリル、ペリンドプリル、キナプリル、ラミプリル、スピラプリル、テモカプリルおよびトランドラプリル、それらのすべての立体異性体、若しくはその製薬学的に許容される塩又はそれらの水和物から選択される。
【0028】
アンジオテンシンII受容体拮抗薬としては、例えばロサルタン、カンデサルタン、イルベサルタン、バルサルタン、テルミサルタンおよびエプロサルタン、それらのすべての立体異性体、若しくはその製薬学的に許容される塩又はそれらの水和物から選択される。
【0029】
本発明は、心血管イベントのリスクファクターとして、少なくとも高血圧または糖尿病を含む疾患の治療に有用な医薬、または該疾患の治療方法に関する。
【0030】
「心血管イベント」とは、心筋梗塞、狭心症、うっ血性心不全、脳梗塞、一過性脳虚血発作等をいう。
【0031】
「心血管イベントのリスクファクターとして、少なくとも高血圧または糖尿病を含む疾患」とは、高血圧症、糖尿病、糖尿病関連疾患又は糖尿病合併症、高血圧及び糖尿病を併発している疾患があげられ、前記疾患がさらに腎臓の機能が低下している疾患も包含される。
【0032】
「糖尿病」とは、インスリンの分泌障害や標的臓器における作用不全によって慢性の高血糖が引き起こされる代謝症候群である。ここで、「高血糖」とは、(1)空腹時血糖値が126 mg/dL以上、(2)75 gブドウ糖負荷試験(OGTT)2時間値が200 mg/dL以上、(3)随時血糖値が200 mg/dL以上、(4)HbA1Cが6.5 %以上のいずれかの状態にあることを意味する。「糖尿病」は、1型糖尿病、2型糖尿病、特定の原因によるその他の型の糖尿病を包含する。本発明の医薬の対象疾患としては、2型糖尿病が好ましい。
【0033】
「糖尿病関連疾患」とは、高血糖に付随するか、高血糖を原因とするか、または高血糖の結果である障害をいい、例えば、肥満、高インスリン血症、糖代謝異常、メタボリックシンドローム、高脂質血症、高コレステロール血症、高トリグリセリド血症、脂質代謝異常、高血圧、うっ血性心不全、浮腫、高尿酸血症、痛風などが挙げられる。本発明の医薬の対象疾患としては、高血圧が好ましい。
【0034】
「糖尿病合併症」は、急性合併症及び慢性合併症に分類される。
【0035】
「急性合併症」には、高血糖(ケトアシドーシスなど)、高血糖高浸透圧性症候群、乳酸アシドーシス、低血糖、感染症(皮膚、軟部組織、胆道系、呼吸系、尿路感染など)などが挙げられる。
【0036】
「慢性合併症」には、細小血管症(糖尿病網膜症、糖尿病性神経障害、糖尿病性腎症)、大血管症(脳血管障害、虚血性心疾患、下肢動脈閉塞)などが挙げられる。本発明の医薬の対象疾患としては、糖尿病性腎症が好ましい。
【0037】
「高血圧」とは、原因が特定されないかまたは心臓および血管の双方の変化のような2つ以上の高血圧原因がある本態性または一次性高血圧、および、原因が特定された二次性高血圧を含む。二次性高血圧の原因は非限定的に、肥満、腎疾患、ホルモン異常、および、経口避妊薬、コルチコステロイド、シクロスポリンのようなある種の薬物の使用などである。“高血圧”という用語は、収縮期血圧が140mmHg以上、拡張期血圧が90mmHg以上の両方、またはどちらか一方を満たすときを高血圧と定義する。
【0038】
高血圧の治療は、単なる血圧の正常化ではなく、心肥大、腎障害などの臓器障害や心血管疾患のイベントの発症、進展を抑制し、長期予後を改善することが重要である。そのためには、個々の症例において、血圧レベルと心血管イベントのリスクを評価し、その抑制のために、血圧コントロールレベルが設定されている(下記表1:「高血圧治療ガイドライン2009(JSH2009)」、日本高血圧学会発行より引用)。
【0040】
また、本発明における「高血圧症の治療」には、下記で定義する「高血圧症の予防」も包含する。ここで、「高血圧症の予防」とは、正常高値血圧者(収縮期圧および弛緩期圧が120mmHg/80mmHgと139mmHg/89mmHgとの間の血圧を示す患者)の高血圧状態のさらなる悪化を抑制するか、又は当該状態を改善することを意味する。
【0041】
また、本発明の医薬は、腎機能の低下が認められる上記疾病を有する患者への使用可能である。腎機能が低下している場合には、薬物動態(排泄経路)の問題から投薬が困難な場合が多いので、本発明は、慢性腎不全、糖尿病性腎症等腎機能障害がある場合にも投与できる点で、好ましい。
【0042】
「腎機能が低下している」とは、例えば糸球体濾過量(GFR)が正常な状態を比較して低下した状態を意味する。GFRは、例えば血清クレアチニン値、年齢及び性別から推定する事が可能であり、90mL/分/1.73cm
2以上で正常、60〜89mL/分/1.73cm
2で軽度な低下、30〜59mL/分/1.73cm
2で中等度の低下、30mL/分/1.73cm
2以下で高度な低下という判定を行うことができる。
【0043】
本発明に係る「組み合わせを特徴とする医薬」は、これら有効成分であるSGLT2阻害剤と抗高血圧薬を単一の製剤(配合剤)又は別々に製剤化して得られる2種の製剤とすることができる。上記製剤は、通常行われる手段に従って、錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤、乳剤、懸濁剤、シロップ剤などへ、あるいは無菌性溶液、懸濁液剤などの注射剤へすることができる。これらの有効成分を別々に製剤化して得られる2種の製剤とした場合には、個々の製剤を同時又は別々に投与することが可能である。本発明に係る医薬は、全身的又は局所的に、経口投与又は非経口投与することができる。
【0044】
本発明に係る医薬は、該医薬の作用の増強または該医薬の投与量の低減などを目的として、さらに他の糖尿病治療薬、糖尿病性合併症治療薬、抗高脂血症薬、抗高血圧薬、抗肥満薬、利尿薬、抗血栓薬などの薬剤と組み合わせて用いることができる。この際、本発明に係る医薬と他の併用薬剤の投与時期は限定されず、これらを投与対象に対し、同時に投与してもよいし、時間差をおいて投与してもよい。さらに、本発明に係る医薬と併用薬剤とは、それぞれ異なる製剤として投与されてもよいし、全ての活性成分を含む単一の製剤として投与されてもよい。併用薬剤の投与量は、臨床上用いられている用量を基準として適宜選択することができる。また、本発明に係る医薬と併用薬剤の配合比は、投与対象、投与ルート、対象疾患、症状、組み合わせなどにより適宜選択することができる。
【0045】
本発明に係る医薬を有効成分毎に異なる2種以上の製剤とする場合は、同時に、又は極めて短い間隔で(連続的に)投与する可能性が高いため、例えば、市販されている医薬の添付文書や販売パンフレット等の文書に、それぞれを併用する旨を記載するのが好ましい。また、SGLT2阻害剤と抗高血圧薬との組み合わせを主要な構成とするキットとするのも好ましい。
【0046】
本発明の医薬の投与量は、投与対象、投与方法等により異なるが、例えば経口投与の場合は、患者(60kg)に対して、1日に1−チオ−D−グルシトール化合物を0.1〜50mg、好ましくは、0.5〜5mg、さらに好ましくは、0.5〜2.5mgとなるように投与することが好ましい。抗高血圧薬の1日の投与量としては、例をあげて説明すると、リシノプリルの場合は、1〜20mg、好ましくは、1〜10mg、より好ましくは、1〜5mgであり、バルサルタンの場合は、10〜200mg、好ましくは、10〜100mg、より好ましくは、10〜30mgである。
【0047】
上記製剤としては、錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤、乳剤、懸濁剤、シロップ剤等の経口剤が好ましい。具体的には、例えば、上記の有効成分を一緒に或いは別個に、マンニトール、乳糖等の賦形剤と混合後、造粒して、直接又は他の経口用添加剤、具体的には、賦形剤(ブドウ糖、白糖、マンニトール、乳糖、キシリトール、ソルビトール、マルチトール、プルラン等の糖及び糖アルコール系の賦形剤、結晶セルロース等のセルロース系の賦形剤、トウモロコシデンプン等のデンプン系の賦形剤、無水リン酸水素カルシウム等の無機系の賦形剤等)、結合剤(メチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース等のセルロース系の結合剤等)、崩壊剤(カルメロースカルシウム、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、クロスカルメロースナトリウム等のセルロース系の崩壊剤、部分アルファー化デンプン、カルボキシメチルスターチナトリウム等のデンプン系の崩壊剤等)、流動化剤(軽質無水ケイ酸等の無機系流動化剤等)、滑沢剤(ステアリン酸、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、タルク、フマル酸ステアリルナトリウム等)等と混合して、カプセルに充填してカプセル剤としたり、打錠して錠剤としたりすることが可能である。
【0048】
本発明の1−チオ−D−グルシトール化合物若しくはその製薬学的に許容される塩又はそれらの水和物と抗高血圧薬の配合比は、薬剤の種類、投与対象、投与方法等により異なるが、例えば、本発明の医薬をヒトに投与する場合には、1−チオ−D−グルシトール化合物1質量部に対して抗高血圧薬を1〜1000質量部の割合で組み合わせた場合に、個々の薬剤を投与する場合よりも優れた血圧降下作用を得ることが可能である。特に抗高血圧薬がリシノプリルの場合、1−チオ−D−グルシトール化合物1質量部に対してリシノプリルが0.5〜20質量部の割合で組み合わせることが好ましい。また、例えば、抗高血圧薬がバルサルタンの場合、1−チオ−D−グルシトール化合物1質量部に対してバルサルタンが5〜200質量部の割合で組み合わせることが好ましい。これにより、それぞれの薬剤を単独で投与した場合よりも少量で、充分な効果を得ることができる。また、副作用の少ない医薬とすることが可能である。
【0049】
本発明の医薬は、例えば以下のような処方によって製造することが可能である。
(製剤例1)錠剤
1錠中に
(1S)−1,5−アンヒドロ−1−[3−(4−エトキシベンジル)−6−メトキシ−4−メチルフェニル]−1−チオ−D−グルシトール(以下、「化合物A」という)2.5mg
リシノプリル水和物 10.9mg(無水物として10mg)
結晶セルロース 79.6mg
D-マンニトール 95mg
カルボキシメチルスターチナトリウム 10mg
ヒドロキシプロピルセルロース 10mg
ステアリン酸マグネシウム 2mg
を含む錠剤を得る。
【0050】
(製剤例2)錠剤
1錠中に
化合物A 2.5mg
バルサルタン 80mg
結晶セルロース 74.5mg
D-マンニトール 20mg
ヒドロキシプロピルセルロース 5mg
軽質無水ケイ酸 2mg
低置換度ヒドロキシプロピルセルロース 14mg
ステアリン酸マグネシウム 2mg
を含む錠剤を得る。
なお、化合物AはWO2006/073197国際公開公報において実施例7(化合物89)として開示された化合物であり、当該公報に記載の方法により製造することが可能である。
【実施例】
【0051】
次に、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0052】
<試験例:糖尿病性腎症モデル>
<試験項目>
糖尿病性腎症モデルラットにおける化合物AとACE阻害剤の併用効果
<試験方法>
試験は、2型糖尿病を発症したGoto-Kakizaki(GK)ラットの近交系ラットであり、糖尿病状態が長期に継続した結果、腎臓の組織傷害が進行したラット(T2DNラット)を使用して実施した。1群8〜9例のラット(平均14カ月齢)を用い、化合物A(0.02%、混餌投与)、ACE阻害剤であるリシノプリル(10 mg/kg/日, 飲水投与)を、単独あるいは両薬物を併用して3ヶ月間反復投与した。化合物Aを含まない餌のみを摂取させたラットを病態対照とした。血圧は、投与前及び投与後1ヶ月毎に非観血式自動血圧計を用いてtail cuff法で測定した。反復投与終了後にケタミン及びチオブタバルビタール麻酔下で腎臓を摘出し、10%中性緩衝ホルマリン液に浸漬させて固定した。さらに、腎臓の薄切切片を作製してMason trichrome染色を施した。組織標本をマスク化した後、糸球体を1標本あたり30個抽出した。糸球体病変を定量化するため、以下の基準を設けて傷害の程度をスコア化した。
グレード0: 糸球体に病変が認められない、グレード1: 糸球体毛細血管の1-25%に傷害を認める、グレード2: 糸球体毛細血管の26-50%に傷害を認める、グレード3: 糸球体毛細血管の51-75%に傷害を認める、グレード4: 糸球体毛細血管の76%以上に傷害を認める。
間質繊維化病変は、画像解析装置を用いて1標本あたり10領域の線維化面積率(%)を算出した。
<結果>
(評価項目1:血圧)
結果は、
図1に示される。血圧は、収縮期血圧と拡張期血圧から算出した平均血圧((収縮期血圧−拡張期血圧)/3+拡張期血圧))で示した。抗高血圧薬(ACE阻害剤)であるリシノプリルは一定の血圧低下作用を示したが、糖尿病治療薬である化合物Aは単独投与において血圧低下作用をほとんど示さなかった。一方、化合物Aとリシノプリルを併用投与した群では優れた血圧低下作用を示し、この効果はリシノプリル単独投与群と比較しても顕著なものであった。
(評価項目2:腎障害スコア)
糸球体障害スコア
結果は、
図2に示される。本実験に用いた動物モデルは、糖尿病状態が長期に継続した結果、腎臓の組織傷害が進行した動物モデルである。この腎傷害動物モデルにおいて化合物Aは、糸球体障害スコアを改善する効果を示した。また、リシノプリルも糸球体障害スコアを改善する効果を示した。一方、化合物Aとリシノプリルを共に投与した群では、各単独投与群と比較してさらに顕著な糸球体障害スコア改善効果を示した。
腎皮質線維化スコア
結果は、
図3に示される。化合物Aは腎臓の間質線維化面積を指標にした場合でも腎臓の組織傷害に対して改善効果を示した。一方、リシノプリル単独投与群では間質線維化面積に対する改善効果が認めなかった。それにも関わらず、化合物Aとリシノプリルを併用投与した群では、各単独投与群と比較してさらに顕著な腎皮質線維化スコア改善効果を示した。
【0053】
腎機能の低下を抑制する薬剤としては、糸球体障害の進行抑制及び腎皮質線維化の進行抑制のいずれの効果も有する薬剤が好ましい。化合物Aとリシノプリルの同時投与はこの好ましい効果を発揮させることができた。
【0054】
上記の試験結果は、SGLT2を介した糖取り込みの阻害がレニン−アンジオテンシン-アルドステロン系の活性調節に影響を与えたことに起因すると考えられる。したがって、他のACE阻害剤やアンジオテンシンII受容体拮抗薬を使用した場合でも、同様の結果が得られると考えられる。このことは、例えば、バルサルタン等のアンジオテンシンII受容体拮抗薬を用いて以下のような試験を行うことで確認することが可能である。下記試験において、化合物Aとバルサルタンを併用投与した群で優れた血圧低下作用を示し、この効果はバルサルタン単独投与群と比較しても顕著なものであることが期待される。
【0055】
<試験例:糖尿病動物モデル>
<試験項目>
糖尿病モデルラットにおける化合物AとアンジオテンシンII受容体拮抗薬の併用効果
<試験方法>
自然発症の非肥満糖尿病モデル動物であるGoto-Kakizaki(GK)ラット(日本エスエルシー株式会社)に、化合物Aを含有する高蔗糖食を与える。化合物Aの混餌投与期間中に、溶媒またはアンジオテンシンII受容体拮抗薬を単回経口投与して血圧に対する両薬剤の単独効果並びに併用効果をクロスオーバー法にて検討する。収縮期血圧の測定は、アンジオテンシンII受容体拮抗薬の経口投与直前および投与1,2,4,6時間後に無加温型非観血式血圧計を用いてtail cuff法で測定する。
<結果>
結果は、
図4に示される。抗高血圧薬(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)であるバルサルタンは収縮期血圧に対して一定の低下作用を示したが、糖尿病治療薬である化合物Aは単独投与において血圧低下作用をほとんど示さなかった。一方、化合物Aとバルサルタンを併用投与した群では優れた血圧低下作用を示し、この効果はバルサルタン単独投与群と比較しても顕著なものであった。