(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
非特許文献1に記載されているような、安定同位体を使用してプロテオーム中の特定のタンパク質の相対的定量を行う方法に関しては、同位体標識されたタンパク質は本来の分子量と異なるため一般の検索エンジンが使用できないという欠点がある。
【0010】
またICAT法については、標識であるビオチンがタンパク質の断片化を複雑化するため、質量分析によって帰属できないスペクトルデータが大量に生じてしまうという問題がある。
【0011】
さらに、これら質量分析によって特定タンパク質の定量を行う手法については、還元アルキル化、酵素消化等の前処理の手間がかかり、また、多数の検体処理には時間がかかるといった質量分析に特有の問題もある。
【0012】
このような状況から、プロテオーム中の特定のタンパク質を測定するための新規の技術の開発が望まれていた。
【0013】
一方、タンパク質の定性的ないし定量的検出方法として免疫学的手法が広く用いられている。免疫学的手法は簡便な方法ではあるが、高い特異性を有するため、質量分析によって同定されたプロテオーム中の特定のタンパク質の検出には有用であると思われる。
【0014】
しかし、通常、抗タンパク質抗体は、折り畳み構造をとった抗原タンパク質の表面構造、すなわち、抗原タンパク質の3次元構造を認識して結合する性質を有する。一方、質量分析はペプチド断片、すなわちタンパク質の一次構造を検出対象とする手法である。このように、抗タンパク質抗体を用いた免疫測定と質量分析は検出対象が異なるため、両測定手法による測定結果は必ずしも相関しないという問題があった。
【0015】
そのため、作製した抗タンパク質抗体が、交差反応による擬陽性ではなく、質量分析によって同定したタンパク質と同一のタンパク質を検出していることの確実性を担保するために煩雑な試験を行うことが必要であった。このような試験としては、同定したタンパク質の遺伝子が欠損したノックアウト細胞を用いた試験や、同定したタンパク質のリコンビナントタンパク質を用いた試験などが挙げられる。
【0016】
また、プロテオミクスにおいて新たに同定されたタンパク質は、これまで詳細な研究が進んでいない場合が多いため、そのタンパク質が市販されていることは稀である。そのため、同タンパク質を細胞や組織などから精製したり、また、同タンパク質のリコンビナントタンパク質を新たに作製し、これを抗原として抗体を作製する必要がある。
このように、プロテオミクスにおいて新たに同定されたタンパク質に対する抗タンパク質抗体を作製するには、多大な時間、費用、労力を必要とするという問題があった。
【0017】
このような状況に鑑み、本発明の解決しようとする課題は、質量分析法との相関性の高い結果を得ることができる免疫測定を可能にする技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記課題を解決する本発明は、以下の工程を含むことを特徴とするプロテオーム中の特定タンパク質の免疫測定方法である。
(1)試料中のタンパク質を分離する分離工程
(2)分離工程により分離されたタンパク質を質量分析法によって同定する質量分析工程
(3)分離工程により分離されたタンパク質に特異的に結合する抗ペプチド抗体を用いた免疫測定法により、前記試料中に含まれる前記分離されたタンパク質を測定する免疫測定工程
【0019】
質量分析工程において検出の対象となるのはペプチド断片、すなわちタンパク質の一次構造である。一方、免疫測定工程において用いる抗ペプチド抗体も同様にタンパク質の一次構造を認識する。このように、質量分析工程と免疫測定工程における検出対象は同一であるため、本発明の免疫測定方法によれば、質量分析の結果と相関性の高い結果を得ることができる。
【0020】
本発明の好ましい実施の形態では、前記質量分析工程の後に、前記抗ペプチド抗体を作製するための以下の工程を含む。
(A)分離工程により分離されたタンパク質を構成するアミノ酸配列のうち特異性の高い4アミノ酸残基以上のアミノ酸配列を選択する選択工程
(B)前記選択工程で選択されたアミノ酸配列からなる部分ペプチドを合成するペプチド合成工程
(C)前記部分ペプチドを抗原として前記抗ペプチド抗体を作製する抗体作製工程
【0021】
このような形態の本発明の免疫測定方法によって得られる測定結果は、質量分析の結果と、より高い相関性を有する。つまり、かかる形態とすることで、交差反応による擬陽性ではなく、質量分析によって同定したタンパク質と同一のタンパク質を検出している確度が高く、信頼できる測定結果を得ることができる。
【0022】
また、(A)〜(C)の工程により、時間、費用、労力を抑えながら、質量分析により同定されたプロテオーム中の特定タンパク質を特異的に検出可能な抗体を作製することができる。
【0023】
本発明の好ましい実施の形態では、前記免疫測定法が、イオン性界面活性剤の存在下で抗原−抗体反応を行う方法である。
イオン性界面活性剤の存在下にタンパク質を置くと変性し、折り畳み構造がほどけた状態となり、通常、内部に折り畳まれているアミノ酸配列に対しても抗ペプチド抗体が結合可能となる。
【0024】
本発明の好ましい実施の形態では、前記分離工程により分離されたタンパク質をタンパク質分解酵素で処理したペプチド溶液を試料として前記質量分析工程を行い、
該質量分析工程において最も高い強度で検出されるシグナルの50%以上の強度で検出されるシグナルに対応する1種又は2種以上のペプチド断片を構成するアミノ酸配列と少なくとも4アミノ酸残基が同一である、前記分離工程により分離されたタンパク質の部分ペプチドを抗原とする抗ペプチド抗体を前記免疫測定工程において用いる。
このような抗ペプチド抗体を用いることにより、質量分析の結果との相関性に優れた免疫測定結果を得ることができる。
【0025】
本発明の好ましい実施の形態では、2次元電気泳動により前記分離工程を行う。2次元電気泳動はタンパク質の分離手法として優れている。
【0026】
本発明は免疫測定法により抗原タンパク質を検出するために用いる抗ペプチド抗体の製造のための抗原ペプチドの設計方法にも関する。
すなわち、本発明は、抗原タンパク質をタンパク質分解酵素で処理したペプチド溶液を試料として質量分析を行った場合に、検出可能なシグナルに対応する1種又は2種以上のペプチド断片を構成するアミノ酸配列と少なくとも4アミノ酸残基が同一である、前記抗原タンパク質の部分ペプチドを第1の抗原候補とすることを特徴とする、抗原ペプチドの設計方法である。
【0027】
本発明の設計方法によれば、質量分析と相関性の高い結果を得ることができる免疫測定方法を可能にする抗ペプチド抗体の製造のための抗原ペプチドを設計することができる。
【0028】
本発明の好ましい形態では、前記ペプチド断片が、前記質量分析を行った場合に、最も高い強度で検出されるシグナルの50%以上の強度で検出されるシグナルに対応する1種又は2種以上のペプチド断片である。
このような形態とすることにより、より質量分析と相関性の高い結果を得ることができる免疫測定方法を実現できる抗ペプチド抗体の製造のための抗原ペプチドを設計することができる。
【0029】
本発明の設計方法は、イオン性界面活性剤の存在下で抗原−抗体反応を行う免疫測定方法に用いる抗ペプチド抗体の設計に応用することが有用である。
イオン性界面活性剤の存在下ではタンパク質は変性し、通常折り畳み構造の内部に収納されているアミノ酸配列も外部に露出する。そのため、抗原ペプチドの設計に当たり、タンパク質の三次元構造を考慮する必要が無い。
【0030】
本発明の好ましい実施の形態では、前記第1の抗原候補のうち特異性の高いアミノ酸配列を含む部分ペプチドを第2の抗原候補とする。
このような実施の形態とすることにより、より特異性の高い抗ペプチド抗体を製造できる抗原ペプチドを設計することができる。
【0031】
本発明の設計方法は、質量分析により同定されたタンパク質を検出するために用いる抗ペプチド抗体の製造に応用することが有用である。
また、本発明の設計方法は、プロテオミクスにおいて同定された特定のタンパク質を検出するために用いる抗ペプチド抗体の製造に応用することが有用である。
さらに、本発明の設計方法は、上述した免疫測定方法において用いる抗ペプチド抗体の製造に応用することが有用である。
【0032】
本発明は、免疫測定法により抗原タンパク質を検出するために用いる抗ペプチド抗体の製造方法にも関する。
すなわち、本発明は、抗原タンパク質をタンパク質分解酵素で処理したペプチド溶液を試料として質量分析を行った場合に、検出可能なシグナルに対応する1種又は2種以上のペプチド断片を構成するアミノ酸配列と少なくとも4アミノ酸残基が同一である、前記抗原タンパク質の部分ペプチドを抗原として用いることを特徴とする、抗ペプチド抗体の製造方法である。
【0033】
本発明によれば、質量分析と相関性の高い結果を得ることができる免疫測定方法を可能にする抗ペプチド抗体を製造することができる。
【0034】
本発明の好ましい実施の形態では、前記ペプチド断片が、前記質量分析を行った場合に、最も高い強度で検出されるシグナルの50%以上の強度で検出されるシグナルに対応するペプチド断片である。
このような形態とすることにより、より質量分析の結果と相関性の高い免疫測定方法を実現できる抗ペプチド抗体を製造することができる。
【0035】
本発明の製造方法は、イオン性界面活性剤の存在下で抗原−抗体反応を行う免疫測定方法に用いる抗ペプチド抗体の製造に応用することが有用である。
【0036】
本発明の好ましい実施の形態では、前記部分ペプチドが、抗原タンパク質を構成するアミノ酸配列のうち、特異性の高いアミノ酸配列を含む。
かかる形態とすることにより、特異性の高い抗ペプチド抗体を製造することができる。
【発明の効果】
【0037】
本発明の免疫測定方法によれば、質量分析の結果と相関性の高い結果を得ることができる。
また、本発明の製造方法及び設計方法によれば、質量分析と相関性の高い免疫測定方法を可能にする抗ペプチド抗体の製造、及び該抗ペプチド抗体の製造のための抗原ペプチドを設計することができる。
また、本発明の製造方法及び設計方法により提供される抗ペプチド抗体を用いれば、煩雑な工程を要する質量分析を行わずとも、簡易・簡便な免疫測定法により質量分析と相関した結果を得ることができる。そのため、本発明の製造方法及び設計方法によれば、質量分析では難しかった、多検体測定や日常的な管理測定を可能にする抗ペプチド抗体を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0039】
<1>免疫測定方法
本発明の免疫測定方法は、以下の3工程を含む。
(1)試料中のタンパク質を分離する分離工程
(2)分離工程により分離されたタンパク質を質量分析法によって同定する質量分析工程
(3)分離工程により分離されたタンパク質に特異的に結合する抗ペプチド抗体を用いた免疫測定法により、前記試料中に含まれる前記分離されたタンパク質を測定する免疫測定工程
以下、各工程について詳細に説明する。
【0040】
(1)分離工程
分離工程は試料中のプロテオームに含まれるタンパク質を分離する工程である。試料は生物学的な系であれば特に限定されず、例えば、細胞、胚、組織または個体である。細胞とは、例えば、培養細胞、単細胞生物の細胞である。胚には、多細胞生物の発生初期の段階にある種々の細胞または細胞集団が含まれる。組織は、組織切片であってもよい。個体は、単細胞生物の個体および多細胞生物の個体を含む。
【0041】
タンパク質の分離手法は特に制限されないが、液体クロマトグラフィー、電気泳動、限外ろ過などを例示することができ、特に好ましくは電気泳動を例示できる。
各分離手法に供する際の試料の調製方法は常法に従い行うことができる。
【0042】
電気泳動としては、通常の1次元電気泳動であっても2次元電気泳動であってもよいが、分離能の高い2次元電気泳動を採用することが好ましい。
電気泳動の際に用いるバッファー、ゲルの種類、質量分析工程に供する特定タンパク質のスポットの選定、ゲルからの特定のタンパク質のスポットの切り出しに関しては、常法に従い行うことができる。
【0043】
(2)質量分析工程
質量分析工程は、分離工程により分離されたタンパク質を質量分析法によって同定する工程である。
質量分析工程においては、まず、分離工程において分離したタンパク質をタンパク質分解酵素により処理し、ペプチド断片とする。
【0044】
タンパク質分解酵素としては通常、タンパク質を質量分析計により分析する際に用いられる酵素を制限なく用いることができる。具体的には、トリプシン、キモトリプシン、Asp−N、Glu−C、Lys−Cなどを用いることができる。
【0045】
質量分析工程で用いる質量分析計は特に制限されない。具体的には、質量分析計の試料導入部が、高速液体クロマトグラフ(HPLC)、ガスクロマトグラフ(GC)、キャピラリー電気泳動(CE)に直結している、LC−MS、GC−MS、CE−MSを用いることができる。特にLC−MSを用いることが好ましい。
【0046】
また、イオン源として、EI(Electron Ionization、電子イオン化)法、CI(Chemical Ionization、化学イオン化)法、FD(Field Desorption、電界脱離)法、FAB(Fast Atom Bombardment、高速原子衝撃)法、MALDI(Matrix Assisted Laser Desorption Ionization、マトリックス支援レーザー脱離イオン化)法、ESI(ElectroSpray Ionization、エレクトロスプレーイオン化)法、APCI(Atomospheric Pressure Cheimcal Ionization、大気圧化学イオン化)法、ICP(Inductively Coupled Plasma、誘導結合プラズマ)、ペニングイオン化を利用したDART法、気相試料にリチウムイオンを付着させるイオン付着法(IA)などのいずれのイオン化法を採用する質量分析計をも用いることができる。
【0047】
また、イオン化された試料を分離する部位である分析部として、磁場偏向型(Magnetic Sector)、四重極型(Quadrupole,Q)、イオントラップ型(Ion Trap,IT)、飛行時間型(Time−of−Flight,TOF)、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型(Fourier−Transform Ion Cyclotron Resonance,FT−ICR)、加速器質量分析(Accelerator Mass Spectrometry,AMS)、そして、上記の分析法を複数組み合わせるタンデム型などの何れの分析部を採用する質量分析計であっても用いることができる。
【0048】
質量分析の結果に基づくタンパク質の同定は常法に従い行うことができる。具体的には、断片ペプチド混合物のマススペクトルを測定することで得られたマススペクトルデータを用いて、タンパク質の配列データベースに対して検索を行い、データベースに登録されているタンパク質の中でマススペクトルデータと最も適合するアミノ酸配列を探し出し、タンパク質を同定することができる。
【0049】
(3)免疫測定工程
免疫測定工程では、分離工程により分離されたタンパク質に特異的に結合する抗ペプチド抗体を用いた免疫測定法により、前記試料中に含まれる前記分離されたタンパク質を測定する。
【0050】
免疫測定法の種類は特に制限されず、例えば、標識物質により標識した抗ペプチド抗体を用いた、イムノクロマト法、ELISA法等の免疫学的測定法を挙げることができる。
具体的には、不溶性担体に結合した抗ペプチド抗体に特定タンパク質を捕捉させた後に、該特定タンパク質を認識する標識抗体(二次抗体)を用いるサンドイッチ法、不溶性担体に結合した特定タンパク質を認識する抗体に該特定タンパク質を捕捉させた後に、標識した抗ペプチド抗体(二次抗体)を用いるサンドイッチ法、また、不溶性担体に結合した抗ペプチド抗体に試料中の特定タンパク質を標識化抗原の存在下で反応させる競合法などの公知の免疫測定法を利用することができる。これらのうち、高感度であるという点でサンドイッチELISAが好ましい。
また、上記標識物質としては、アルカリフォスファターゼ、HRP等の酵素、抗体のFc領域、GFP等の蛍光物質などを具体的に例示することができる。
【0051】
免疫測定法としては、イオン性界面活性剤の存在下で抗原−抗体反応を行う方法が好ましく挙げられる。イオン性界面活性剤の存在下にタンパク質を置くと変性し、折り畳み構造がほどけた状態となり、通常、内部に折り畳まれているアミノ酸配列に対しても抗ペプチド抗体が結合可能となる。
【0052】
イオン性界面活性剤の添加の手順は特に制限されず、後述するようにイオン性界面活性剤を含む抽出溶媒により試料からタンパク質を抽出し、溶媒置換を行わずに抗原−抗体反応を行ってもよい。また、試料からのタンパク質の抽出後にイオン性界面活性剤を添加する形態としてもよい。
【0053】
免疫測定工程においては、試料から特定タンパク質を抽出するための抽出工程を含むことが好ましい。抽出工程で用いる抽出溶媒としては特に限定されないが、イオン性界面活性剤を含む水性溶媒であることが好ましい。
【0054】
水性溶媒としては、純水;塩化ナトリウム、塩化カリウムおよび重炭酸ナトリウム等の塩溶液;生化学分野で通常用いられる各種緩衝液、例えばリン酸緩衝液、Tris−塩酸緩衝液およびクエン酸緩衝液;水酸化ナトリウム或いは塩酸等でpHを調節したアルカリ性溶液或いは酸性溶液等を基本とした溶媒が好ましく例示できる。
【0055】
水性溶媒は、タンパク質の溶解度や抽出効率を追加的に向上させる補助成分として、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)のようなキレート化合物、ホスホリパーゼのような酵素類およびHLB価調節のために非イオン性界面活性剤を含んでいてもよい。
【0056】
また、水性溶媒は、抽出中或いは保存中の溶液内でのタンパク質の分解を制御するためのプロテアーゼ阻害剤や、微生物の繁殖を防止するアジ化ナトリウムなどの抗菌性物質、アスコルビン酸等の酸化防止剤を含んでいてもよい。
【0057】
さらに水性溶媒は、特定タンパク質と抗ペプチド抗体との間の抗原−抗体反応を実行不能にしない範囲でグリセロールやエタノール等の極性有機溶媒を含んでいてもよい。
【0058】
また、水性溶媒は、2−メルカプトエタノールやジチオスレイトール(DTT)、シアノ水ホウ素化ナトリウム(SCBH)、ジメチルアミンボラン(DMAB)、水ホウ素化ナトリウム(SBH)、亜硫酸ナトリウムやシステインに代表される還元剤を含んでいてもよい。
【0059】
水性溶媒に含まれるイオン性界面活性剤は、タンパク質の溶解度や抽出効率を実質的に向上させ得るものであれば公知のいずれのものを用いてもかまわない。
好適には、イオン性界面活性剤は、ドデシル硫酸ナトリウム、ドデシル硫酸リチウム、ラウリルサルコシンナトリウム、臭化ヘキサデシルトリメチルアンモニウム、塩化ヘキサデシルトリメチルアンモニウム、塩化ヘキサデシルピリジニウムおよびそれらの混合物から成る群より選択される。
特に、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)が好適なイオン性界面活性剤として挙げられる。
【0060】
水性溶媒におけるイオン性界面活性剤の濃度は、特定タンパク質の実質的な可溶化や抽出を達成できる濃度であれば、いかなる濃度でもかまわないが、通常は、0.1%(W/V)以上であり、0.3%(W/V)以上、また0.5%(W/V)以上、さらには10%(W/V)程度であってもよい。
【0061】
また、水性溶媒におけるイオン性界面活性剤の濃度は、好ましくは0.1〜10%(W/V)であり、より好ましくは0.3〜5%(W/V)であり、さらに好ましくは0.3〜1%(W/V)である。
イオン性界面活性剤の濃度を前記範囲とすることによって、効率的に試料から特定タンパク質を抽出することができ、また、抗原−抗体反応の効率を向上させることができる。
【0062】
抽出工程においては、公知の方法により試料中の特定タンパク質を抽出及び/又は可溶化することでタンパク質溶液を取得することができる。
具体的には、試料を含む水性溶媒をホモゲナイザーや超音波破砕機、すり鉢などで処理し、得られた縣濁液を遠心分離し、上清を回収することで、タンパク質溶液を得ることができる。
【0063】
本発明においては、試料を含む水性溶媒をホモゲナイザーや超音波破砕機、すり鉢などで処理した後に、加熱することも好ましい。加熱によって特定タンパク質の抽出効率及び溶解効率を向上させることができる。
【0064】
また、試料が固形物又は半固形物である場合には、あらかじめミキサー等で試料を破砕し、ミンチ状やペースト状にすることが、特定タンパク質の抽出効率及び溶解効率の観点から好ましい。
【0065】
免疫測定工程においては、抽出工程で得られたタンパク質溶液を実質的に希釈することなく抗ペプチド抗体と接触させることが好ましい。
または、イオン性界面活性剤濃度が0.03%(W/V)以下にならない範囲で希釈したタンパク質溶液と抗ペプチド抗体を接触させることが好ましい。
【0066】
ここで、「接触させる」とは、タンパク質溶液中の特定タンパク質と抗ペプチド抗体の抗原−抗体反応を可能にすることができればその形態は限定されない。
【0067】
免疫測定工程をサンドイッチ法又は競合法の形態とする場合には、タンパク質溶液を固相化された抗ペプチド抗体に接触させることで抗原−抗体複合体を形成することができる。
また、固相化された抗タンパク質抗体に補足された抗原タンパク質に、抗ペプチド抗体を接触させることにより、抗原−抗体複合体を形成することもできる。
このような方法としてはラテックス凝集法や、ELISA法が好ましく例示できる。
【0068】
本発明に用いる抗体としては、特定タンパク質の部分ペプチドを抗原ペプチドとして生産された抗ペプチド抗体を用いる。抗ペプチド抗体としては抗原ペプチドを特異的に認識する抗体であれば特に制限されるものではなく、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体の何れであっても用いることができる。
【0069】
免疫測定工程において用いる抗ペプチド抗体は、市販のものを用いてもよいし、自ら新たに生産したものを用いてもよい。
【0070】
ここで、抗ペプチド抗体の製造方法としては、(イ)抗原ペプチドをアルブミンやキーホールリンペットヘモシアニン等の担体タンパク質と結合させて免疫動物に免疫する方法や、(ロ)特定タンパク質を免疫動物に免疫し、抗原ペプチドが担持されたカラムを用いて、免疫動物から取得した抗血清から抗原ペプチドに特異的に結合する抗体を精製する方法などが挙げられる。
【0071】
上記(イ)の方法による抗ペプチド抗体の生産は常法に従い行うことができる。
ポリクローナルである抗ペプチド抗体を生産する場合には、まず、キャリアと結合した抗原(特定タンパク質もしくはその部分ペプチド)をアジュバントとよく混合して、ウサギ、ヤギ、ラット、マウス、トリ、ウマ等の動物に投与し免疫する。免疫してから所定の期間の経過後に全採血を行い、抗血清を得る。この抗血清を塩析、カラム等により精製し、ポリクローナルである抗ペプチド抗体を得ることができる。
また、モノクローナルである抗ペプチド抗体を生産する場合には、まず、キャリアと結合した抗原ペプチドを免疫動物に免疫し、抗体を産生しているリンパ球として例えばマウス脾臓細胞と、ミエローマ細胞とをポリエチレングリコール等にて細胞融合させ、ハイブリドーマを得る。この中より、抗原ペプチドに対する抗体を産生する細胞をスクリーニングし、その細胞を培養することによって、抗ペプチド抗体を得ることができる。
【0072】
上記(ロ)の方法による抗ペプチド抗体の生産は、例えば以下のように行うことができる。
精製した特定タンパク質をマウス、ラット、ヒツジ、ヤギ、ウサギ等の免疫動物に免疫して抗血清を得る。
より好ましくは、精製した特定タンパク質に対して、加熱処理、SDS等のイオン性界面活性剤による処理、また、イオン性界面活性剤と2−メルカプトエタノール、ジチオスレイトールや亜硫酸ナトリウム等の還元剤を併用した処理を加えることによって、免疫原とする変性した特定タンパク質を得る。このようにして得られた変性した特定タンパク質をマウス、ラット、ヒツジ、ヤギ、ウサギ等の免疫動物に免疫する。
【0073】
このようにして免疫動物から得られた抗血清を、抗原ペプチドが担持された精製カラムを用いて精製する。
具体的には、抗原ペプチドをクロマトグラフィー用の樹脂、例えば、CNBr活性化セファロースやHiTrap NHS−activated(Amersham Pharmacia社製)に共有結合で固相化し、該固相化樹脂に抗血清を供する。そして、該抗血清中に含まれる抗原ペプチドを構成するアミノ酸配列に特異的に結合するポリクローナル抗体を樹脂上に吸着させ、ついで、該樹脂上に吸着した前記ポリクローナル抗体を適切な緩衝液やカオトロピックイオン等を用いて溶出させる。これにより、抗原ペプチドに特異的に結合する抗ペプチド抗体を得ることができる。
また、上記精製の前に、変性した特定タンパク質が担持されたカラムを用いた中間精製を行ってもよい。
【0074】
上記(イ)及び(ロ)の方法で用いる抗原ペプチドとしては、化学的に合成したもの、特定タンパク質をタンパク質分解酵素で切断して精製したもの、あるいは抗原ペプチドを構成するアミノ酸配列をコードするcDNAの全部あるいは一部を常法によりベクターに組み込み、このベクターを用いて大腸菌等の宿主微生物もしくは培養細胞を形質転換し、形質転換した大腸菌等の宿主微生物・培養細胞を培養して産生させて得られるリコンビナントタンパク質やポリペプチドをアフィニティーカラムやニッケルカラム等で精製したもの等が挙げられる。
【0075】
抗原タンパク質をタンパク質分解酵素で処理したペプチド溶液を試料として質量分析を行った場合に、検出可能なシグナルに対応するペプチド断片(以下、質量分析対象ペプチド断片ともいう)のアミノ酸配列の一部と同一のアミノ酸配列を含むペプチド断片を抗原ペプチドとして製造された抗ペプチド抗体を用いることが好ましい(
図1参照)。
このような抗ペプチド抗体を用いることにより、免疫測定工程における測定結果と、質量分析工程における測定結果の相関性を向上させることができる。
【0076】
抗原ペプチドと質量分析対象ペプチド断片の共通するアミノ酸配列部分の長さ、すなわち、
図1においてXで示すアミノ酸配列(以下、共通アミノ酸配列ともいう)の長さは、好ましくは4アミノ酸残基以上であり、より好ましくは6アミノ酸残基以上であり、さらに好ましく10アミノ酸残基以上である。
また、共通アミノ酸配列の長さは、抗原ペプチドの長さの、好ましくは10%以上であり、より好ましくは20%以上であり、さらに好ましくは30%以上である。
共通アミノ酸配列のペプチド長を上記範囲とすることによって、信頼性の高い特定タンパク質の検出結果を得ることができる。
【0077】
抗ペプチド抗体が特異的に認識するアミノ酸配列、すなわち、エピトープ配列は、共通アミノ酸配列から外れていてもよいが(
図2)、質量分析対象ペプチド断片を構成するアミノ酸配列の一部(
図3)又は全部(
図4)が抗ペプチド抗体のエピトープ配列と重複していることが好ましい。
【0078】
抗ペプチド抗体は、抗原タンパク質をタンパク質分解酵素で処理したペプチド溶液を試料として質量分析を行った場合に、最も高い強度で検出されるシグナルの好ましくは50%以上の強度、より好ましくは70%以上の強度、さらに好ましくは90%以上の強度、さらに好ましくは100%の強度で検出されるシグナルに対応するペプチド断片と共通アミノ酸配列を有する抗原ペプチドにより製造されたものであることが特に好ましい。
【0079】
免疫測定工程においては、質量分析工程の結果に基づき設計した抗ペプチド抗体を用いることが好ましい。すなわち、質量分析工程の後に以下の3工程を含む実施の形態とすることが好ましい。
(A)分離工程により分離されたタンパク質を構成するアミノ酸配列のうち特異性の高い4アミノ酸残基以上のアミノ酸配列を選択する選択工程
(B)前記選択工程で選択されたアミノ酸配列からなる部分ペプチドを合成するペプチド合成工程
(C)前記部分ペプチドを抗原として前記抗ペプチド抗体を作製する抗体作製工程
以下、各工程について詳述する。
【0080】
(A)選択工程
選択工程は、抗原ペプチドのアミノ酸配列を選択する工程である。具体的には、分離工程により分離されたタンパク質を構成するアミノ酸配列のうち特異性の高い4アミノ酸残基以上のアミノ酸配列を選択する工程である。
選択する特異性の高いアミノ酸配列は4アミノ酸残基以上であればよいが、好ましくは6アミノ酸残基以上、さらに好ましく10アミノ酸残基以上である。
【0081】
ここで「特異性が高いアミノ酸配列」とは、異種間において特異性の高いアミノ酸配列だけでなく、同種におけるアイソフォームや同種同遺伝子由来のスプライシングバリアントを区別可能なアミノ酸配列も含む。
特異性の高いアミノ酸配列の選定は通常用いられる相同性解析ソフトを用いることができる。
【0082】
また、選択工程においては、質量分析工程の結果に基づき抗原ペプチドのアミノ酸配列を選択してもよい。すなわち、質量分析工程における質量分析対象ペプチド断片との共通アミノ酸配列を含むアミノ酸配列を選択する形態とすることが好ましい。
【0083】
また、選択工程において、共通アミノ酸の長さが、好ましくは4アミノ酸残基以上、より好ましくは6アミノ酸残基以上、さらに好ましく10アミノ酸残基以上であるアミノ酸配列を選択することが好ましい。
【0084】
また、選択工程において、共通アミノ酸配列の長さが、抗原ペプチドの長さの、好ましくは10%以上、より好ましくは20%以上、さらに好ましくは30%以上であるアミノ酸配列を選択することが好ましい。
【0085】
さらに、選択工程においては、質量分析工程で最も高い強度で検出されるシグナルの好ましくは50%以上の強度、より好ましくは70%以上の強度、さらに好ましくは90%以上の強度、さらに好ましくは100%の強度で検出されるシグナルに対応するペプチド断片との共通アミノ酸配列を含むアミノ酸配列を選択する形態とすることが好ましい。
【0086】
(B)ペプチド合成工程
ペプチド合成工程は、選択工程で選択されたアミノ酸配列からなる部分ペプチド、つまり抗原ペプチドを合成する工程である。合成の方法は特に限定されず、化学的に合成する方法や、上述したように大腸菌等の宿主微生物もしくは培養細胞を形質転換し、形質転換した大腸菌等の宿主微生物・培養細胞を培養して産生させる生物学的な合成方法が挙げられる。
【0087】
(C)抗体作製工程
本工程は、上述の方法で合成した部分ペプチドを抗原として抗ペプチド抗体を作製する工程である。具体的には上記(イ)及び(ロ)の方法をそのまま適用することができる。
【0088】
以上(A)〜(C)の工程により製造された抗ペプチド抗体を免疫測定工程において用いることにより、質量分析工程と相関性の高い測定結果を得ることができる。
【0089】
<2>抗原ペプチドの設計方法
本発明は、抗原ペプチドを構成するアミノ酸配列のうちから、質量分析法との相関性の高い免疫測定方法を実現可能な抗ペプチド抗体のための抗原ペプチドの設計方法にも関する。
本発明は、抗原タンパク質をタンパク質分解酵素で処理したペプチド溶液を試料として質量分析を行ったときの質量分析対象ペプチド断片と少なくとも4アミノ酸残基が同一である部分ペプチドを第1の抗原候補とすることを特徴とする。
【0090】
第1の抗原候補の選択に当たっては、上の「<1>(A)選択工程」の項目に記載した内容を適用することができる。
【0091】
また、本発明の設計方法の好ましい実施の形態では、第1の抗原候補のうち特異性の高いアミノ酸配列を含む部分ペプチドを第2の抗原候補とする。
第2の抗原候補を選択する際の具体的形態についても、上の「<1>(A)選択工程」の項目に記載した内容をそのまま適用することができる。
【0092】
本発明の設計方法は、イオン性界面活性剤の存在下で抗原−抗体反応を行う免疫測定方法に用いる抗ペプチド抗体の抗原ペプチドの設計に応用することが好ましい。
イオン性界面活性剤の存在下で抗原−抗体反応を行う免疫測定方法については、上の「<1>(3)免疫測定工程」の記載をそのまま適用することができる。
【0093】
本発明の設計方法は、上記<1>の項目で述べた本発明の免疫測定方法に用いる抗ペプチド抗体の設計方法に応用することが好ましい。
【0094】
<3>抗ペプチド抗体の製造方法
免疫測定法により抗原タンパク質を検出するために用いる抗ペプチド抗体の製造方法である。
本発明の製造方法は、抗原タンパク質をタンパク質分解酵素で処理したペプチド溶液を試料として質量分析を行った場合の質量分析対象ペプチド断片との共通アミノ酸配列(少なくとも4アミノ酸残基)を有する部分ペプチドを抗原ペプチドとすることを特徴とする。
【0095】
抗原ペプチドについては、上の『<1>(3)免疫測定工程』の項目に記載した抗原ペプチドに関する記載を適用することができる。
【0096】
抗原ペプチドとしては、抗原タンパク質を構成するアミノ酸配列のうち特異性の高いアミノ酸配列を含むものが好ましい。「特異性が高いアミノ酸配列」については、上の「<1>(A)選択工程」の項目に記載した内容を適用することができる。
【0097】
本発明の製造方法においては、上述の抗原ペプチドを免疫動物を用いて抗ペプチド抗体を製造する。本発明の製造方法における免疫の具体的な方法については、上の『<1>(3)免疫測定工程』の項目に記載した(イ)及び(ロ)の方法を適用することができる。
【0098】
本発明の製造方法は、イオン性界面活性剤の存在下で抗原−抗体反応を行う免疫測定方法に用いる抗ペプチド抗体の製造に応用することが好ましい。
イオン性界面活性剤の存在下で抗原−抗体反応を行う免疫測定方法については、上の「<1>(3)免疫測定工程」の記載をそのまま適用することができる。
【0099】
<4>抗ペプチド抗体
本発明は、上述の設計方法により設計された抗原ペプチドにより製造された抗ペプチド抗体、及び上述の製造方法により製造された抗ペプチド抗体に関する。
本発明の抗ペプチド抗体は、質量分析と相関性の高い結果を得ることができる免疫測定方法を実現することができる。
そのため、本発明の抗ペプチド抗体は、質量分析により同定されたタンパク質の検出のために応用することが好ましい。さらには、本発明の抗ペプチド抗体をプロテオミクスにおいて同定されたタンパク質の検出のために応用すれば、プロテオミクス分野における昨今の課題であったプロテオーム中の特定タンパク質の定性的ないし定量的測定を実現することができる。
【0100】
本発明の抗ペプチド抗体は、免疫測定工程、質量分析工程及び評価工程を含む評価方法により容易にその特異性ないし質量分析の結果との相関性を評価することができる。
【0101】
免疫測定工程と質量分析工程に供する試料は抗原タンパク質が含まれることが担保されているものであれば特にその形態は限定されない。
免疫測定工程と質量分析工程に供する試料としては抗原タンパク質の濃度が既知である標準溶液を用いることが好ましい。また、試料は抗原タンパク質以外のタンパク質及びペプチドを含まないことが好ましい。
【0102】
免疫測定工程及び質量分析工程の具体的な実施形態については、上記<1>に記載した内容を適用することができる。
【0103】
評価工程は免疫測定工程と質量分析工程の結果を比較する工程である。2つの工程に供した試料は抗原タンパク質を含んでいるのであるから、両工程ともに陽性の結果を示すはずである。このように両工程ともに陽性の結果を示した場合には、使用した抗ペプチド抗体は、質量分析の検出対象であるタンパク質と同一タンパク質を検出していることになる。この場合には抗ペプチド抗体は、質量分析と相関性のある免疫測定が可能であると評価することができる。
【0104】
一方、何れか一方の工程の結果が陽性であり、他方の工程の結果が陰性であった場合には、質量分析の検出対象であるタンパク質とは別の異なるタンパク質を検出していることになる。この場合には抗ペプチド抗体は、質量分析と相関性のある免疫測定が不可能であると評価することができる。
このように両工程の結果が一致しない原因としては、質量分析におけるタンパク質の同定に誤りがあったことや、抗ペプチド抗体の特異性に問題があることが考えられる。
【実施例】
【0105】
以下、本発明の免疫測定方法の実施例を示す。
<1>分離工程
複数のタンパク質を含む、プロテオームを模した試料Aと試料Bを用意した。
試料Aと試料Bをそれぞれ固定化pH勾配等電点電気泳動用ゲルに泳動し、それぞれの試料に含まれるタンパク質を分離した。泳動後のゲルをクマシーブルーにより染色した染色図を
図5に示す。
【0106】
<2>質量分析工程
図5において点線で囲んだ試料Aの泳動図に特徴的なスポットを切り出し、ゲル内での還元、アルキル化及び消化(トリプシン)を行った。この消化物をサンプルとしてLC−TOFMSにより質量分析し、マススペクトルを得た。
図6にその例を示す。
図6上段はイオン化工程における電圧を強く設定しフラグメントイオンを生じさせたときのスペクトルである。
図6下段はイオン化工程における電圧を弱く設定し、同ペプチド断片の2種のプロトン化イオン([M+H]
+、[M+2H]
2+)を生じさせたときのスペクトルである。
【0107】
このように質量分析により検出した複数のペプチド断片データをデータベースに照合した結果、2次元電気泳動により分離したタンパク質がブタ血清アルブミンであることを同定した。また、
図6のマススペクトルに対応するペプチド断片はアミノ酸一文字標記でFVIEIRの配列(配列番号59)であることが分かった。
【0108】
<3>抗ペプチド抗体の作製
(1)抗原ペプチドの選択
表1にブタ血清アルブミンの全配列を示す。このブタ血清アルブミンをトリプシンで切断した場合、配列中リジン及びアルギニンが連続している場合も切断されると仮定すると、理論上87箇所での切断が起き、合計88の断片が生じる(表2)。
【0109】
【表1】
【表2】
【0110】
表2に示したペプチド断片のうち、特異性を考慮しアミノ酸が4以上のペプチドを選択した(合計59)。この59のペプチド断片と、上記質量分析工程において得られたブタ血清アルブミンのトリプシン消化物のクロマトグラムデータ(
図7)を比較し、質量分析において強いシグナルを示し感度良く検出されるペプチド断片6個を選出した(表3)。
【0111】
【表3】
【0112】
表3に示すペプチド断片6個のアミノ配列についてデータベースを用いて相同性検索し、そのアミノ酸配列の特異性の高さを解析した。その結果も表3に示す。
図7のクロマトグラムデータと表3の結果を比較すると、QTALVELLK配列(配列番号55)と、YLYEIAR配列(配列番号18)は質量分析において感度良く検出できるが、他種のタンパク質にも同一の配列が存在し、特異性に劣る。一方、FVIEIR配列(配列番号59)とGILA配列(配列番号60)はブタに特異的な配列であった。
【0113】
そこで、質量分析において感度良く検出でき、かつ、特異性も高いFVIEIR配列(配列番号59)とGILA配列(配列番号60)を含む、PKFVIEIRGILA(配列番号61)からなるペプチドを抗原ペプチドとして、抗ペプチド抗体を製造することとした。
【0114】
(2)抗ペプチド抗体の製造
PKFVIEIRGILAペプチド(配列番号61)を認識する抗ペプチド抗体は以下の手順により製造した。
(2−1)中間精製カラムと精製カラムの作製
以下の方法で中間精製カラムと精製カラムを作製した。
150mM NaCl、0.6% SDS、0.1M Na
2SO
3を含む20mM リン酸ナトリウム緩衝液(pH7.5)に精製ブタ血清アルブミンを10mg/mLの濃度で溶解し、沸騰水中に10分間浸漬した後、流水で冷却した。
このようにして得た変性したブタ血清アルブミン25mgを5mg/mL樹脂の濃度で5mLのクロマトグラフィー用の樹脂に結合して、中間精製カラムを作製した。
【0115】
また、PKFVIEIRGILAペプチド(配列番号61)のN末端にシステイン残基を結合したペプチドを合成し、このペプチドをシステイン残基のチオール基を介して100μg/mL樹脂の濃度でクロマトグラフィー用の樹脂に結合して、精製カラムを作製した。
【0116】
(2−2)中間精製工程
135℃で処理したブタ血清アルブミンを免疫したウサギから得た抗血清を40,000×gで20分間遠心分離して上清を得た。
この上清150mLを中間精製カラムに1mL/minの流速で通じた後、60mLのPBSで洗浄した。
その後、中間精製カラムに0.1M Glycine−HCl緩衝液(pH2.3)を通じることにより、カラムに吸着したポリクローナル抗体を溶出した。
【0117】
溶出液は0.2mLの1M Tris−HCl緩衝液(pH8.6)を含む試験管に2mLずつ分取した。溶出液の各フラクションについて280nmの吸光度(A280)を測定し、A280が0.5以上であったフラクションをプールした。
こうして得られた抗体量は約70mgであった(A280=1.4=1mg/mLとして計算)。
上記操作を4回繰り返し、約280mgのポリクローナルな抗変性豚血清アルブミン抗体を得た。
【0118】
(2−3)精製工程
中間精製工程で得られたポリクローナルな抗変性豚血清アルブミン抗体を、PKFVIEIRGILAペプチド(配列番号61)を担持した精製カラムに通じた後、15mLのPBSで洗浄した。
その後、精製カラムに0.1M Glycine−HCl緩衝液(pH2.3)を通じることにより、カラムに吸着したポリクローナルな抗ペプチド抗体を溶出した。
【0119】
なお、精製カラムにより吸着されなかったポリクローナル抗体は、抗変性ブタ血清アルブミンポリクローナル抗体として回収した。
【0120】
溶出液は0.05mLの1M Tris−HCl緩衝液(pH8.6)を含む試験管に0.5mLずつ分取した。溶出液の各フラクションについて吸光度を測定し、A280が0.5以上のフラクションをプールした。
このようにして、ブタ血清アルブミンのC末端の前記アミノ酸配列に特異的に結合するポリクローナルな抗ペプチド抗体を約2mg得た。
【0121】
<4>ELISAの検量線の作成
(1)固相化プレートの作製
精製工程で得られた抗ペプチド抗体を50mM 炭酸ナトリウム緩衝液(pH9.6)によって1μg/mLに調製し、0.1mLずつ96穴マイクロプレートに分注して室温で2時間静置した。
その後、ウェルから当該抗体溶液を捨て、150mM NaClと0.02% Tween20を含む20mM Tris−HCl緩衝液(pH7.4)で洗浄した後、1mg/mLの卵白アルブミンを含む同緩衝液を200μLずつ分注して室温で2時間静置した。このようにして、精製工程で得たポリクローナルな抗ペプチド抗体が固相化された固相化プレートを作製した。固相化プレートは使用時まで4℃で保存した。
【0122】
(2)ELISA
精製カラムにより吸着されなかった前記抗変性ブタ血清アルブミンポリクローナル抗体を西洋ワサビペルオキシダーゼで標識し標識抗体を調製した。
【0123】
0.6% SDS、0.1M 亜硫酸ナトリウム、0.05% Tween 20、1mg/mL BSAを含む20mM Tris−HCl(pH7.4)に、精製ブタ血清アルブミンを10mg/mLの濃度で溶解し、沸騰水中で10分間加熱して流水中で冷却し、変性したブタ血清アルブミン含む溶液を得た。
この溶液を150mM NaCl、0.05% Tween 20、1mg/mL BSAを含む20mM Tris−HCl(pH7.4)で希釈することで、表1に示す濃度の変性ブタ血清アルブミン標準溶液を調製した。
【0124】
そして、前記標準溶液を用いて、前記標識抗体と前記固相化プレートによるELISA測定を常法により行い、検量線を作成した。すなわち、固相化プレートのウェルに前記標準溶液を分注し静置した。静置後、緩衝液によってウェルを洗浄し、基質溶液をウェルに加え、比色定量を行った。
表4に前記標準溶液における変性ブタ血清アルブミンの濃度と、比色定量の結果を示し、
図8に検量線を示す。
【0125】
【表4】
<5>LC−MS/MSの検量線の作成
ELISAの検量線の作成に用いたものと同じ変性ブタ血清アルブミン標準溶液のうち、0μg/mL、10μg/mL、20μg/mL、40μg/mLの変性ブタ血清アルブミンを含むものをトリプシンによって酵素消化した。そして、このトリプシン酵素消化液を試料として、四重極型分析部を2つ備えたタンデム型であるLC−MS/MSによる質量分析を行った。具体的には、変性ブタ血清アルブミン標準溶液をトリプシンによって酵素消化することによって生じたGILAペプチド(配列番号60)とFVIEIRペプチド(
図9下段)(配列番号59)に対応するイオンをMRMトランジションとして、面積値に基づく定量分析を行った。結果を表5に示し、
図10及び11に検量線を示す。
【0126】
【表5】
【0127】
<6>免疫測定(ELISA)
水及び牛乳にそれぞれ10μg/mL、20μg/mL、40μg/mLの濃度となるように、精製ブタ血清アルブミンを添加したブタ血清アルブミン添加食品を調製した。また、陰性対照として精製ブタ血清アルブミンを添加していない水及び牛乳も用意した。
これらブタ血清アルブミン添加/非添加食品を試料として、上で作製した固相化プレートを用いてELISAを行った。ELISAは試料を希釈した状態で行った。その結果得られた比色定量の結果を
図8の検量線に当てはめることで、各試料におけるブタ血清アルブミンの定量値を算出した。結果を表6に示す。
【0128】
【表6】
<7>質量分析(LC−MS/MS)
上記<6>で調製したブタ血清アルブミン添加/非添加食品を試料として、上記<5>と同様の方法でLC−MS/MSによりブタ血清アルブミンの質量分析を行った。その結果得られた各試料におけるGILAペプチドイオン(配列番号60)とFVIEIRペプチドイオン(配列番号59)の面積値を
図10又は11の検量線に当てはめることで、各試料におけるブタ血清アルブミンの定量値を算出した。結果を表7及び8に示す。
【0129】
【表7】
【表8】
【0130】
<8>まとめ
上記<6>のELISAの結果と上記<7>のLC−MS/MSの結果について相関性の検定を行った。具体的には、同一の試料をELISA及びLC−MS/MSにより測定して得られた結果についてP値を求めた。LC−MS/MSについては、GILAペプチドイオン(配列番号60)とFVIEIRペプチドイオン(配列番号59)を検出した結果について、それぞれELISAの結果との相関性を求めた。結果を表9に示す。
【0131】
【表9】
【0132】
表9に示すように、上記<6>のELISAの結果と、上記<7>のLC−MS/MSの結果には有意な相関性がある。
この結果は、本発明の免疫測定方法による測定結果は、共通するアミノ酸配列を有するペプチドを測定対象とする質量分析による測定結果と相関性が高く、精度に優れていることを示している。