特許第6358957号(P6358957)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6358957
(24)【登録日】2018年6月29日
(45)【発行日】2018年7月18日
(54)【発明の名称】グラフェン組成物
(51)【国際特許分類】
   C08L 101/00 20060101AFI20180709BHJP
   C08K 3/04 20060101ALI20180709BHJP
   C01B 32/182 20170101ALI20180709BHJP
   C01G 39/06 20060101ALI20180709BHJP
   C09D 17/00 20060101ALI20180709BHJP
【FI】
   C08L101/00
   C08K3/04
   C01B32/182
   C01G39/06
   C09D17/00
【請求項の数】15
【全頁数】26
(21)【出願番号】特願2014-555311(P2014-555311)
(86)(22)【出願日】2013年1月31日
(65)【公表番号】特表2015-513565(P2015-513565A)
(43)【公表日】2015年5月14日
(86)【国際出願番号】GB2013050215
(87)【国際公開番号】WO2013114116
(87)【国際公開日】20130808
【審査請求日】2016年1月12日
(31)【優先権主張番号】1201649.9
(32)【優先日】2012年1月31日
(33)【優先権主張国】GB
(73)【特許権者】
【識別番号】505395858
【氏名又は名称】ザ・ユニバーシティ・オブ・マンチェスター
【氏名又は名称原語表記】THE UNIVERSITY OF MANCHESTER
(74)【代理人】
【識別番号】100099634
【弁理士】
【氏名又は名称】平井 安雄
(72)【発明者】
【氏名】キンローク イアン
(72)【発明者】
【氏名】ヤング ロバート
(72)【発明者】
【氏名】ゴング レイ
【審査官】 久保 道弘
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−032156(JP,A)
【文献】 特開2010−282729(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/162727(WO,A1)
【文献】 国際公開第2011/086391(WO,A1)
【文献】 特開2012−126827(JP,A)
【文献】 国際公開第2012/029946(WO,A1)
【文献】 Jeffrey R.Potts et ali.,Graphene-based polymer nanocomposites,Polymer,米国,2011年,Vol.52,P5-25
【文献】 Khan M. F. Shahil et ali.,Graphene-Multilayer Graphene Nanocomposites as Highly Efficient Thermal Interface Materials,Nano Letters,2012年 1月 3日,Vol.12,P861-867
【文献】 Simone bertolazzi et ali.,Stretching and Breaking of Ultrathin MoS2,ACS NANO,米国,2011年,Vol.5,No.12,P9703-9709
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08L 1/00−101/14
C08K 3/04
C01B 32/02−32/198
C01G 39/00−39/06
C09D 17/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複合体材料であって、
ポリマーマトリックス、および
グラフェン、ハロゲンで機能化されたグラフェンまたは遷移金属ジカルコゲニドを含む充填材
を含み、
該充填材料は、該マトリックス内部に分散しており、該充填材料は、複数の断片を含んでおり、充填材断片の厚さは、充填材の少なくとも50%が層の厚さを有し、
該充填材料は、平面材料が層分布を示していることから単一の厚さの平面材料が100重量%を占めないように、複数の厚さで存在することを特徴とする、複合体材料。
【請求項2】
マトリックス内の充填材の体積添加が少なくとも0.1容量%であることを特徴とする
、請求項1に記載の複合体材料。
【請求項3】
前記充填材が、グラフェンおよび/またはハロゲンで機能化されたグラフェンであることを特徴とする、請求項1または請求項2に記載の複合体材料。
【請求項4】
前記充填材が、本来の状態のグラフェンであることを特徴とする、請求項3に記載の複合体材料。
【請求項5】
前記充填材が、遷移金属ジカルコゲニドであることを特徴とする、請求項1または請求項2に記載の複合体材料。
【請求項6】
前記充填材が、二硫化タングステンおよび/または二硫化モリブデンであることを特徴とする、請求項5に記載の複合体材料。
【請求項7】
前記マトリックスがポリマー材料であり、随意に、該ポリマー材料は、ポリエチレンおよびポリプロピレンなどのポリオレフィン、ポリアクリレート、ポリメタクリレート、ポリアクリロニトリル、ポリアミド、ポリビニルアセテート、ポリエチレンオキシド、ポリエチレン、テレフタレート、ポリエステル、ポリウレタンおよびポリビニルクロリドならびにエポキシドであることを特徴とする、請求項1から請求項6のいずれかの請求項に記載の複合体材料。
【請求項8】
複合体の調製方法であって、
充填材断片を複数提供する工程であって、該充填材断片の厚さが、充填材の少なくとも50重量%が層の厚さを有するようなものであり、該充填材料が、平面材料が層分布を示していることから単一の厚さの平面材料が100重量%を占めているわけではないように、複数の厚さで存在し、さらに、充填材が、グラフェン、ハロゲンで機能化されたグラフェンまたは遷移金属ジカルコゲニドを含む、工程、および
充填材断片をポリマーマトリックス形成材料と混和して、ポリマーマトリックス内に充填材が分散したものを調製し、随意に、該ポリマーマトリックス形成材料を硬化させる工程
を含むことを特徴とする方法。
【請求項9】
電子装置の作成を目的とする、請求項1から請求項7のいずれかの請求項に記載の複合体の使用。
【請求項10】
構造材料の作成を目的とする、請求項1から請求項7のいずれかの請求項に記載の複合体の使用。
【請求項11】
ポリマーマトリックスまたは基板の一つまたはそれ以上の機械的特性を向上させるための充填材の使用であって、そのような特性は、強度、弾性率、耐摩耗性、硬度を含む群から選択され、該ポリマーマトリックス内に充填材を導入する、および/または、該基板上に充填材を配置することによって複合体材料を得、このとき、上記の機械的特性のうちの少なくとも一つは、該ポリマーマトリックスまたは該基板と比べて向上しており、
充填材断片の厚さは、充填材の少なくとも50%が層の厚さであるようなものであり、
該充填材料が、平面材料が層分布を示していることから単一の厚さの平面材料が100重量%を占めているわけではないように、複数の厚さで存在し、
該充填材が、グラフェン、ハロゲンで機能化されたグラフェンまたは遷移金属ジカルコゲニドを含むことを特徴とする使用。
【請求項12】
前記充填材が、本来の状態のグラフェンであることを特徴とする請求項11に記載の使用。
【請求項13】
前記充填材が、遷移金属ジカルコゲニドであることを特徴とする請求項11に記載の使用。
【請求項14】
前記充填材が、二硫化タングステンおよび/または二硫化モリブデンであることを特徴とする請求項13に記載の使用。
【請求項15】
前記マトリックスがポリマー材料であり、随意に、該ポリマー材料は、ポリエチレンおよびポリプロピレンなどのポリオレフィン、ポリアクリレート、ポリメタクリレート、ポリアクリロニトリル、ポリアミド、ポリビニルアセテート、ポリエチレンオキシド、ポリエチレン、テレフタレート、ポリエステル、ポリウレタンおよびポリビニルクロリドならびにエポキシドであることを特徴とする、請求項11から請求項14の任意の請求項に記載の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なナノ複合体(ナノコンポジット)材料、ナノ複合体の調製方法、およびナノ複合体材料の使用方法に関する。特に、本発明は、多層形態中にグラフェンが含まれている複合体(コンポジット)材料、すなわち、原子の層を多数有するグラフェンに関する。
【背景技術】
【0002】
当該分野における従前の想定では、複合体中にグラフェンの優れた機械的性質を導入しようとする場合には、複合体、すなわち、ポリマー複合体中に単層のグラフェンを組み込むことで、最高の機械的性質が得られるものと考えられていた。これは、単層のグラフェンが有する機械的性質が、多層のグラフェンが有するそれよりも優れているからである。驚くべきことに、発明者らは、多層(例えば、2層、3層など)のグラフェンを組み込むことにより、単層のグラフェンを用いた複合体と同等、又はより優れた機械的性質を有する複合体が得られることを見出した。したがって、本発明は、多層を成しているグラフェンを含むグラフェン材料を使用している。本発明に従うグラフェンは、従来法に従い、および文献の記載に従い、化学的に修飾することができる。
【0003】
さらに驚くべきことに、発明者らは、実際上、新規な多層のグラフェンおよび/または機能性(官能性:functionalized)グラフェンの方が現実には容易に複合体のマトリックス内に分布することを見出した。つまりこのことは、複合体材料の調製に際して、より多量のグラフェンを使用できることを意味している。発明者らが得た予想外の結論は、数層からなる(すなわち、多層の)グラフェン材料を用いることで、複合体に最大限の特性を付与できることである。本発明に従う複合体のさらなる長所は、単層のグラフェンまたは機能性グラフェンを含む複合体よりも安価に製造できることである。発明者らは、以下に記載するように多数の複合体を調製し、ラマン分光装置を用いてそれらの特性付けを行った。
【0004】
本発明に従う新規な材料におけるより重要な特性は、強度および弾性率に関する点である。しかしながら、本発明に従う複合体材料には、そのほかにも利点がある。これらの点のうちの幾つかは、粒子間の結合(例えば、静電荷放逸など)または小平板間に生じた複雑な行路(例えば、障壁など)に由来している。発明者らが調製した新規複合体によって得られるその他の特性のうちの幾つかを以下に列記する。また、本発明に従う複合体は、該複合体のうちの特定のものの寄与により、これらの特性のうちの幾つか、または全てが向上している。
【0005】
本発明に従う複合体の特性は、2つに分類することができる。一つ目は、機械的特徴に関する特性であり、それらは、該複合体の新規な構造からくるものである。このような特性としては、強度、弾性率、亀裂抵抗、耐疲労性能、摩耗および引掻き抵抗、ならびに破壊靭性などが挙げられる。二つ目は、それ以外の(すなわち、非機械的)特性であり、これらは、該複合体の新規な構造からくるものである。そのような特性としては、化学抵抗、電気および電磁気遮蔽、気体および液体遮断特性、熱伝導性および耐火性能などが挙げられる。発明者らは、本発明に従う新規な複合体が、上記の特性のうちの一つもしくはそれ以上について向上していることを明らかにした。
【0006】
グラフェンは、既知の材料の中で最も強靭なもののひとつである。そのヤング率は1TPaであり、高性能複合体中に強化材として使用するにはうってつけの材料である。
【0007】
グラフェンは、2004年に初めて単離されて以来(K.S.ノヴォセロフ(Novoselov)、A.K.ゲイム(Geim)、S.V.モロゾフ(Morozov)、D.ジァン(Jiang)、Y.ツァン(Zhang)、S.V.デュボノス(Dubonos)、I.V.グリゴリエヴァ(Grigorieva)、A.A.フィルソフ(Firsov)、Science,2004,306,666)、研究の大部分は、電子装置などでの使用を目的として、電気的特性に絞って行われてきた。ある研究では、原子間力顕微鏡法を用い、ナノ押込みを行って単層グラフェンの弾性機械特性についても調査している(C.リー(Lee)、X.D.ウェイ(Wei)、J.W.キサール(Kysar)、J.ホーン(Hone)、Science,2008,321,385)。使用した材料のヤング率は1TPa程度、内部強度は約130GPaであったことから、これまでに測定された材料の中で最強の材料であることが示されている。
【0008】
カーボンナノチューブは、ナノ複合体中の強化材として盛んに研究されており、ポリマーの機械的およびその他の特性を向上させることを目的として、はく離したナノクレイなどの小平板強化材を添加剤として用いることが知られている。最近、ポリマーを主体とするナノ複合体であって、化学修飾された酸化グラフェンを強化材として添加したものは、電気的および機械的特が劇的に向上することが示されている。すなわち、ポリ(メチルメタクリレート)マトリックス中に、化学的に処理された酸化グラフェンをわずか1重量%添加することで、ガラス転移温度が30Kも上昇した。(T.ラマナサン(Ramanathan)、A.A.アブダラ(Abdala)、S.スタンコヴィッチ(Stankovich)、D.A.ディキン(Dikin)、M.ヘレラ−アロンソ(Herrera-Alonso)、R.D.ピナー(Piner)、D.H.アダムソン(Adamson)、H.C.シュニープ(Schniepp)、X.チェン(Chen)、R.S.ルオフ(Ruoff)、S.T.ギュエン(Nguyen)、I.A.アクセイ(Aksay)、R.K.プルドーム(Prud’homme)、L.C.ブリンソン(Brinson)、Natuire Nanotechnology,2008,3,327を参照)
【0009】
炭素主体の材料(例えば、炭素繊維、ならびに、壁体が一層もしくは二層であるカーボンナノチューブなど)を用いて強化した多様な複合体中の応力伝達を測定するためには、ラマン分光装置を使用できることは周知である。そのような強化材は、明瞭なラマンスペクトルを有しており、それらのラマンバンドは、応力に従ってシフトすることがわかっていることから、マトリックスと補強材相との間の応力伝達をモニターできるのである。さらに、炭素強化材についての有効なヤング率を概算できるような歪を伴うG’炭素ラマンバンド間のシフト率については、ユニバーサル校正技術が確立されている(C.A.クーパー(Cooper)、R.J.ヤング(Young)、M.ハルサル(Halsall)、Comporites Part A-Applied Science and Manufacturing、2001,32,401)。最近の研究では、これらの炭素主体の材料由来のラマン分散は共鳴的に増強されることから、ごく少量の炭素材料からでも非常に明瞭なスペクトルを得られることが示されている。そのような炭素材料としては、たとえば、基質上で孤立している、またはポリマーナノ繊維内部で束から外れて孤立している個々のカーボンナノチューブなどが挙げられる。
【0010】
ラマン分光法を用いることにより、グラフェンの構造および変形(撓み)の特徴が捉えられる。この技術を用いて、グラフェンフィルム内の層の数を確認できることが示されている(A.C.フェラーリ(Ferrari)、J.C.メーヤー(Meyer)、V.スカルダシ(Scardaci)、C.カシラーイ(Casiraghi)、M.ラゼリ(Lazzeri)、F.マウリ(Mauri)、S.ピスカネク(Piscanec)、D.ジァン(Jiang)、K.S.ノボセロフ(Novoselov)、S.ロス(Roth)、A.K.ゲイム(Geim)、Physical Review Letters,006,97,187401)。単層のグラフェンは、G’バンド(2Dバンドとも称する)をシングルピークにあてはめられるような特徴的なスペクトルを有しており、一方、2層のグラフェンのG’バンドは4つのピークからなっており、これら4つのピークは、二種類のサンプルの電子的構造の差異によってできたものである。最近発表されたいくつかの論文においては、単層のグラフェンのラマンバンドは、変形する間にシフトすることが記載されている。グラフェンは、それらを延伸させるか、または、PDMS基板もしくはPMMA水平構造部材上に押し付けることによって 引張応力が変化する。このことについては、以下の文献に記載されている:M.Y.ファン(Huang)、H.ヤン(Yan)、C.Y.チェン(Chen)、D.H.ソン(Song)、T.F.ハインツ(Heinz)、J.ホーン(Hone)、Proceedings of the National Academy of Sciences,2009、106,7304;T.M.G.モフディン(Mohiuddin)、A.ロンバルド(Lombardo)、R.R.ナイア(Nair)、A.ボネッティ(Bonnetti)、G.サヴィーニ(Savini)、R.ジャリル(Jalil)、N.ボニーニ(Bonini)、D.M.バスコ(Basko)、C.ガリオティス(Galiotis)、N.マルザリ(Marzari)、K.S.ノヴォセロフ(Novoselov)、A.K.ゲイム(Geim)、A.C.フェラーリ(Ferrari)、Physical Review B,2009,79,205433;およびG.ソウクレリ(Tsoukleri)、J.パーテノア(Parthenoio)、K.パパゲリス(Papagelis)、R.ジャリル(Jalil)、A.C.フェラーリ(Ferrari)、A.K.ゲイム(Geim)、K.S.ノヴォセロフ(Novoselov)、C.ガリオティス(Galiotis)、Small,2009,5,2397。G’バンドは、張力が低波数方向にシフトし、分裂が生じることもわかっている。G’バンドは、1%の歪みにつき、−50cm−1以上シフトし、このことは、ヤング率が1TPa以上であることと整合が取れている。グラフェンに静水圧をかけて行ったある研究においては、この変形様式に対しては、ラマンバンドは高波数方向にシフトすること、さらに、そのような挙動は、一軸張力におけるバンドのシフト状況に関する知識から予測可能であることを示している。
【0011】
グラファイトのナノプレートレット−エポキシ複合体の熱特性については、ハドン(Haddon)らによって精査されている(A.ユ(Yu)、P.ラメシュ(Ramesh)、M.E.イキス(Itkis)、E.ベキャロヴァ(Bekyarova)、R.C.ハドン(Haddon)、J. Phys.Chem.C.,2007、111、7565-7569)。該文献中に記載されている複合体は、4つのグラフェン層からなるグラフェンを含んでおり、熱伝導性がかなり向上していることが確認されている。
【0012】
先ごろ、本発明者らは、グラフェンを主体とする複合体の調製および試験に関して公表した(WO2011/086391)。ラマン分光法を用い、薄いポリマーマトリックス層と機械的に剥離させた単層グラフェンの一つの層とからなるモデル複合体内の応力伝達について、該グラフェンのG‘バンドの応力感受性を利用してモニターした。このとき、適度な強化材を得るためには、該薄片は、最小限の横方向の広がり(すなわち、x−y方向の広がり)を有している必要があることが認められた。本出願においては、発明者らは、厚さ(すなわち、z−方向の広がり)について考察し、さらに、複数の層からなる(すなわち、グラフェンの層が一つ以上である)グラフェンの断片または薄片を含有する複合体が、単層のグラフェンのみを含有する複合体と同等、またはそれ以上に優れた機械的特性を有することを示している。特に、本発明に従う、多層のグラフェンを含有するポリマー複合体は、単層のグラフェンの断片のみを含む複合体と比較して、高い剛性、強度および/または靭性を示す。
【0013】
本発明に従う、多層のグラフェンを含有するポリマー複合体は、単層のグラフェンが主体である、または大部分を占めるグラフェンからなる複合体よりも、容易かつ安価に製造できる。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0014】
ひとつの態様に従えば、本発明は、次のものを含む複合体材料を提供する:
基板またはマトリックス;ならびに、
該マトリックス内に分散している、または該基板上に配置されているグラフェンおよび/または機能化グラフェンの複数の断片(fragments)であって、ここで、該グラフェンまたは機能化グラフェンの複数の断片は、該断片の平均の厚さが、全体として2〜7層のグラフェンから成る個々の断片が複数集まって構成されているもの。
【0015】
二つ目の態様に従えば、本発明は、次のものを含む複合体材料を提供する:
基板またはマトリックス;ならびに、
該マトリックス内に分散している、または該基板上に配置されているグラフェンおよび/または機能化グラフェンの複数の断片であって、ここで、該グラフェンまたは機能化グラフェンの複数の断片は、個々の断片の厚さが2〜7層であるものが少なくとも50%を占めるような断片が複数集まって構成されているもの。
【0016】
所望される層数を備えた、本発明に従うグラフェンまたは機能化グラフェンの割合は、数量または重量のいずれかにおいて50%であり、好ましくは、グラフェンまたは機能化グラフェンの50重量%が、所望される層数を備えている。
【0017】
三つめの態様に従えば、本発明は、次のものを含む複合体材料を提供する:
基板またはマトリックス;ならびに、
該マトリックス内に分散している、または該基板上に配置されているグラフェンおよび/または機能化グラフェンの複数の断片であって、ここで、該グラフェンまたは機能化グラフェンの複数の断片は、個々の断片が複数集まって構成され、さらに、該マトリックス内または該基板上の該グラフェンまたは機能化グラフェンの体積添加(volume loading)は、少なくとも0.1容量%(体積%)であるもの。
【0018】
四つ目の態様に従えば、本発明は、次のものを含む複合体材料を提供する:
基板またはマトリックス;ならびに、
層を形成している無機性の平面材料(二次元材料)を含む充填剤(filler)であって、平面内弾性率(in-plane modulus)が層間の剪断弾性率(shear modulus)よりも有意に高いもの。 そのようなものとしては、グラフェン、WS2およびMoS2などが挙げられるが、これらに限定されるわけではない。
【0019】
充填剤は、層を形成している無機性の平面材料を含み、それらの平面内弾性率は、層間の剪断弾性率よりも有意に高い。そのようなものとしては、グラフェン、WS2およびMoS2などが挙げられるが、これらに限定されるわけではない。充填剤は、多様な材料の組み合わせからなっていてもよい。該充填剤は、マトリックス内に分散しているか、または、基板上に配置されている。この時、充填剤の複数の断片は、個々の断片の厚さが2〜7層であるものが少なくとも50%を占めるような個々の断片が複数集まって構成されている。すなわち、該充填剤の形状は、平面状(二次元)の薄片である。
【0020】
所望される層数を備えた、本発明に従うグラフェンまたは機能化グラフェンの割合は、数または重量のいずれかにおいて50%であり、好ましくは、グラフェンまたは機能化グラフェンの50重量%が、所望される層数を備えている。
【0021】
五つ目の態様に従えば、本発明は次のものを含む複合体材料を提供する:
基板またはマトリックス;ならびに、
層を形成している無機性の平面材料を含む充填剤であって、平面内弾性率が層間の剪断弾性率よりも有意に高いもの。
【0022】
充填剤は、層を形成している無機性の平面材料であって、平面内弾性率が層間の剪断弾性率よりも有意に高い。そのようなものとしては、グラフェン、WS2およびMoS2などが挙げられるが、これらに限定されるわけではない。充填剤は、多様な材料の組み合わせからなっていてもよい。該充填剤は、マトリックス内に分散しているか、または、基板上に配置されている。この時、充填剤の断片は、該充填剤の断片が複数集まって構成されており、該マトリックス内または該基板上の体積添加は、少なくとも0.1容量%である。
【0023】
六つ目の態様に従えば、本発明は次のものを含む複合体材料を提供する:
基板またはマトリックス;ならびに、
層を形成している無機性の平面材料を含む充填剤であって、平面内弾性率が層間の剪断弾性率よりも有意に高いもの。
【0024】
充填剤は、層を形成している無機性の平面材料であって、平面内弾性率が層間の剪断弾性率よりも顕著に高い。そのようなものとしては、グラフェン、WS2およびMoS2などが挙げられるが、これらに限定されるわけではない。充填剤は、多様な材料の組み合わせからなっていてもよい。充填剤はマトリックス内に分散しているか、または基板上に配置されている。該充填剤の複数の断片は、その平均の厚さが、全体として2〜7層であるような個々の断片が複数集まって構成されている。
【0025】
四つ目、五つ目または六つ目の態様においては、充填剤は平面材料である。一つの実施形態においては、該充填剤は、グラフェンおよび/または機能化グラフェンである。別の実施形態においては、該充填剤は、遷移金属のジカルコゲニドであり、そのようなものとしては、例えば、WS2および/またはMoS2などが挙げられるが、MoS2が好ましい。
【0026】
任意の平面材料の個々の断片は、一般的には、約1〜15層、より一般的には1〜10層の薄いシートの形状をしている。そのような平面材料としては、グラフェンおよび/または機能化グラフェンなどが挙げられ、本明細書中では、以後、簡略化のためにまとめてグラフェンと称する。
【0027】
重要なことは、複合体中に存在する充填剤の個々の断片は、その層数が異なっている可能性があることである。換言すれば、該複合体は、一定の厚さのみの材料、例えば、2層または3層の平面材料などのみを主材料として含んでいる必要はないということである。複合体中において、例えば、1層、2層、3層、4層、5層、6層および7層などの材料となるが、その平均の厚さ(重層数)が2〜7層となるように分布している。
【0028】
上記の配分、すなわち、グラフェン層が混合されている状態が、グラフェンの機械的特性の向上に寄与していると考えられている。この挙動に対する正確な理由は、これまでのところ明らかにされていない。しかしながら、グラフェンの充填効率と、配分されている多様な厚さを有する断片のヤング率とのバランスによるものだと考えられる。
【0029】
別の実施形態においては、本発明に従う複合体は、2層、3層、4層、5層、6層および7層のグラフェンのみを有するグラフェンを含んでおり、ここでは、2層および3層のグラフェンが好ましい。この場合には、該複合体材料は、剛性、強度および/または靭性が向上し、これは、上述したように、充填効果によるものと考えられるが、正確な理由は明らかにされていない。
【0030】
マトリックスは、その内部にグラフェンなどの充填剤が分散されている塊状材料である。通常、これは、従来から用いられているポリマー材料またはプラスチック材料を指しており、そのようなものとしては、例えば、単純炭化水素ポリマー、または、ハロゲン原子、酸素原子、シリカ原子を有する機能化(官能化)ポリマー、ならびに従来から用いられているポリマー材料から選択されたものの組み合わせなどが挙げられる。
【0031】
基板には、補剛または補強の効果を期待してグラフェンなどの充填剤が添加されている、任意の材料を用いることができる。そのようなものとしては、たとえば、シリコンもしくは添加シリコン、またはゲルマニウムなどのような半導体材料のウエファーであって、グラフェンが接着されているものなどが挙げられる。これは、化学的または機械的手段によって形成できる。同様に、基板にはポリマー材料を用いることができる。グラフェンが基板とは別異の外部層として存在している状態よりも、基板内に分布している状態のほうが、 該基板のマトリックスとしての効果が発揮される。
【0032】
一つの実施形態においては、複合体材料は、基板に結合した充填剤(例えば、グラフェンまたは機能化グラフェンなど)を含み、それらは例えば、基板の一つもしくはそれ以上の表面に結合している。別の実施形態においては、複合体材料は、内部に充填剤(例えば、グラフェンまたは機能化グラフェンなど)が分布しているマトリックスの状態である。たとえば、グラフェンまたは機能化グラフェンなどの充填剤は、基板形成のための押し出し工程に先立ってポリマー混合物に添加することができ、または、硬化前のセラミックもしくはセメント様材料に添加することができる。同様に、該複合体材料は、硬化前に低分子量の架橋材料(モノマー類またはオリゴマー類など)に添加することもできる。
【0033】
一つの実施形態においては、複合体材料は、グラフェンまたは機能化グラフェンなどの充填剤を基板(例えば、基板の一つもしくはそれ以上の表面など)に付着させるための接着剤構成成分を含んでいる。一つの実施形態においては、複合体材料は、グラフェンまたは機能化グラフェンなどの充填剤を覆うための保護層を有する。一つの実施形態においては、複合体材料は、基板(例えば、基板の一つもしくはそれ以上の表面など)に結合している充填剤(例えば、グラフェンまたは機能化グラフェンなど)、接着剤構成成分、ならびに該充填剤(例えば、グラフェンまたは機能化グラフェンなど)を覆う保護層を有する。一つの実施形態においては、複合体材料は、グラフェンまたは機能化グラフェンを覆うための保護層を持たない。ひとつの実施形態においては、複合体材料は、基板に結合している(例えば、基板の一つもしくはそれ以上の表面に結合しているなどの)グラフェンまたは機能化グラフェン、ならびに接着剤構成成分を含み、グラフェンまたは機能化グラフェンを覆うための保護層を持たない。
【0034】
一つの実施形態においては、複合体材料から形成される基板は、それ自身が他の構造材料に接着している場合がある。「構造材料」という語には、建築材料(例えば、スチールまたはコンクリート製まぐさなど)、および実構造物(例えば、橋梁、ビルディング、航空機またはその他の大型建造物など)の部品が含まれる。
【0035】
一つの実施形態においては、グラフェンまたは機能化グラフェン構成成分はグラフェンである。さらなる実施形態においては、グラフェンまたは機能化グラフェン構成成分は、それまでに化学的に修飾されたことがないグラフェンである。
【0036】
一つの実施形態においては、グラフェンまたは機能化グラフェンなどの充填剤は、接着剤構成成分によって基板に結合している。接着剤構成成分の選択は、基板の種類および充填剤成分の種類に応じて行う。ここで、充填剤成分の種類とは、グラフェン構成成分が機能化されているか否か、ならびに、もし機能化されている場合には、機能化の種類及び割合などを指す。この点に関しては、適切な接着剤を選択することにより、充填剤成分と接着剤構成成分との間の接触面を調整できる。接着剤構成成分には、触圧接着剤(例えば、加圧することによって効果を発揮する接着剤類など)および反応性接着剤が含まれる。したがって、接着剤構成成分は、ポリビニルアセテート(PVA)およびエポキシ樹脂を含む群から選択される。そのほかの接着剤としては、ポリ(アルコール)、アクリレート類、ポリ(ウレタン)、ポリ(イミド)類、ゴム、ラテックス、ポリ(スチレン)接着剤、シアノアクリレート、エチレン−ビニルアセテート、ポリ(ビニルアセテート)、シリコン類、アクリロニトリルおよびアクリル酸樹脂などが挙げられる。
【0037】
グラフェンまたは機能化グラフェンの成分の厚さは、グラフェンシートまたは機能化グラフェンシートの層数として表すことができる。個々の薄片または断片中のグラフェンの各層の厚さは1原子分である。したがって、本明細書においては、層数として記載しているグラフェンまたは機能化グラフェンの厚さは、原子の厚さと同等である。例えば、1層分の厚さを有するグラフェンは、原子1個分の厚さと表すこともでき、その逆もまた真である。
【0038】
複合体の充填剤成分(すなわち、グラフェンの複数断片)は、厚さの異なる複数のものの集合体として存在することができる。マトリックスまたは基板と一緒に供給される該充填剤は、個別の断片を複数含んでいる。各断片、すなわち、充填剤の薄片(flake)は、厚さが異なっている。各断片は厚さのプロファイルを有しており、薄片の厚さは、薄片を横断する方向につれて異なっている。したがって、本発明に従う複合体の充填剤成分は、厚さが単一ではなく、この場合、グラフェン構成成分全体としての平均の厚さとして表される。
【0039】
グラフェンまたは機能化グラフェンなどの充填剤構成成分が複数の厚さを呈するような実施形態においては、個々の厚さの値は、充填剤の複数断片が全体として示す平均値である。この平均の厚さは、複合体中に存在する充填剤成分の厚さの平均値であり、層数または原子数で表される。充填剤断片全体としての厚さの平均は、2〜7層である。グラフェンの1層は原子1個分の厚さである。したがって、グラフェン断片全体としては、厚さの平均は、原子2〜7個分であるといえる。充填剤断片は、全体としての厚さの平均は2〜5層であるかもしれないし、または、厚さの平均は2〜4層であるかもしれない。平均の厚さは約2層、すなわち、1.5〜2.5層の間であるかもしれない。別の場合には、平均の厚さは約3層、すなわち、2.5〜3.5層の間であるかもしれない。また別の実施形態においては、平均の厚さは約4層、すなわち、3.5〜4.5層の間であるかもしれない。
【0040】
複数の厚さを有する平面材料(例えば、グラフェンまたは機能化グラフェンなど)を表現するための別の方法は、複合体中に存在する平面材料成分の割合について厚さの上限と下限(two limits)で表すことである。つまり、例えば、該平面材料の少なくとも50重量%は、2層と7層と表されるような厚さの上限および下限の範囲内のものであるという。さらに、該平面材料の少なくとも75重量%は、厚さの上限および下限の範囲内のものであるという。ひとつの実施形態においては、該平面材料の少なくとも80重量%は、厚さの上限および下限の範囲内のものであるという。別の一つの実施形態においては、該平面材料の少なくとも85重量%は、厚さの上限および下限の範囲内のものであるという。さらなる実施形態においては、該平面材料の少なくとも90重量%は、厚さの上限および下限の範囲内のものであるといえるだろう。さらに別の実施形態においては、該平面材料の少なくとも95重量%は、厚さの上限および下限の範囲内のものであるといえるだろう。このような材料は、それぞれの場合において、平面材料が層分布を示していることから、単一の厚さの平面材料が100重量%を占めているわけではない。
【0041】
一つの実施形態においては、上述の範囲の下限は2層以上である。別の実施形態においては、上述の範囲の下限は3層以上である。一つの実施形態においては、上述の範囲の上限は7層以下である。さらなる実施形態においては、上述の範囲の上限は5層以下である。上述の範囲の上限は4層であるか、または、上述の範囲の上限は3層である。
【0042】
充填剤成分中に存在する層数の平均が大きければ大にきいほど、複合体中の構成成分に添加する量を増やすことができる。つまり、添加量は、0.1%より多く、1.0%より多く、または2%より多く、さらに、10%もしくはそれ以上にすることができる。より好ましくは、添加量は25%以上である。一つの実施形態においては、グラフェンまたは機能化グラフェン成分の添加量は、30%より多く、または、40%より多い。さらなる実施形態においては、添加量は50%より多い。添加量は、75%より多い場合がある。一つの実施形態においては、グラフェンまたは機能化グラフェン成分の添加量は、80%以下である。さらなる実施形態においては、添加量は70%以下である。また別の実施形態においては、添加量は75%以下の場合がある。添加量は、60%以下、または、50%以下の場合がある。いくつかの実施形態においては、添加量は40%以下であり、または、25%以下ですらある。上述の任意の最大添加量および最小添加量を組み合わせ、好ましい添加量に落ち着くように範囲を設定できる。
【0043】
別の実施形態においては、グラフェンなどの充填剤の複数の断片は、排他的に、すなわち、実質的に、すべて同一の層数を有する。
【0044】
グラフェンなどの充填剤を付着させる基板の表面は、通常、実質的に平坦である。しかしながら、本発明に従う方法は、むらがある表面、例えば、突出部、くぼみ、および/または襞のある表面などにも適用できる。別の場合には、該充填剤を添加する該基板の表面は湾曲している。平坦な状態からの起伏の範囲は、0.1〜5nm程度である。
【0045】
一つの実施形態においては、ナノ複合体材料は、マトリックス内部に包埋されている充填剤を含んでおり、そのような充填剤としては、グラフェンまたは機能化グラフェンなどが挙げられる。一般的には、本実施形態においては、ナノ複合体材料は、接着剤構成成分を含有している必要はない。
【0046】
基層となるマトリックスには任意のポリマー材料を用いることができる。しかしながら、グラフェンの接着および定着を最も確実に行うためには、ポリマーが、グラフェンまたは機能化グラフェンに適合した極性を有することが重要である。これは例えば、ポリマーとグラフェンとが同等の表面エネルギーを有しているなどの状態をさす。好ましいポリマー基板としては、ポリオレフィン類(例えば、ポリエチレン類およびポリプロピレン類など)、ポリアクリレート類、ポリメタクリレート類、ポリアクリロニトリル類、ポリアミド類、ポリビニル酢酸類、ポリエチレンオキシド類、ポリエチレンテレフタレート類、ポリエステル類、ポリウレタン類およびポリ塩化ビニル類などが挙げられる。好ましいポリマーとしては、エポキシド類、ポリアクリレート類およびポリメタクリレート類などが挙げられる。シリコンポリマー類も用いることができる。
【0047】
一つの実施形態においては、ナノ複合体材料は、化学的に修飾されたことのないグラフェン、すなわち、本来の状態のグラフェンを含む。別の実施形態においては、ナノ複合体材料は、機能化されたグラフェン、すなわち、酸化グラフェンなどの化学的に修飾されたグラフェンを含む。グラフェンは、カーボンナノチューブを機能化するのと同様の方法で機能化でき、当業者であれば、機能化カーボンナノチューブを製造するための同様な多様な方法を熟知しているはずであり、さらに、これらの技術を機能化グラフェンの製造に容易に応用できるであろう。この方法には、ハロゲン(例えば、フッ素および/または塩素原子など)を用いた機能化、ならびに/もしくは酸素含有基(例えば、カルボン酸類、水酸化物類、エポキシド類およびエステル類など)を用いた機能化が含まれる。
【0048】
グラフェンを化学的に機能化することで、接着成分もしくは基板成分中にグラフェンを分散させるなどにより、グラフェンポリマー複合体の製造を促すことができる。グラフェンを化学的に機能化することにより、グラフェンと接着材料との間の界面の状態も良好になり、歪単位あたりのラマンスペクトルのピークシフトが大きくなる。そして、そのことにより、より正確な歪センサが製造できる。この点を考慮すると、ある特定の接着成分に対して、適切に機能化された(または部分的に機能化された)グラフェン成分を選択することにより、グラフェン成分と接着成分との界面を調節できる。しかしながら、もとのグラフェン自身は、機能化グラフェンと比較して、より強いラマンシグナルを有していることから、より正確な歪みセンサとなり得る。そこで、ナノ複合体を歪みセンサとして用いる場合には、グラフェン成分自身のラマンシグナルの強度と、グラフェンとナノ複合体の他の成分との間の界面の状態が向上する(歪み単位あたりのラマンピークシフトが大きくなる)可能性との均衡をとることが望ましい。つまり、接着成分を注意深く選択すれば、ラマンシグナルが元のグラフェンよりも弱い酸化グラフェンなどのように、非常に高度に機能化されたグラフェンであっても、歪みセンサの構成成分として使用できる。
【0049】
七つ目の態様に従えば、本発明は、グラフェンポリマー複合体の調製方法を提供し、該方法は次のような工程を含む:
個々の充填剤(例えば、グラフェンなど)断片(複数)を提供する工程;および、
基板を提供し、さらに、該充填剤(例えば、グラフェンなど)を該基板上に付着させる工程(このとき、該充填剤(例えば、グラフェンなど)は、ポリマー基板上に付着させるまでは化学的処理を施されていない)か、または、
該充填剤(例えば、グラフェンなど)をマトリックス形成材料と混和し、マトリックス内に該充填剤(例えば、グラフェンなど)が分散した分散系を調製し、さらに、随意に、該マトリックスを硬化させて材料を生成する工程。
【0050】
別の実施形態においては、該充填剤(例えば、グラフェンなど)は、多層からなる充填剤材料(例えば、グラファイトなど)を機械的に剥離させ、層数のより少ない断片を作成することによって得られる。この工程を行った後に、個々の充填剤(例えば、グラフェンなど)の断片からなる断片の集合体を得る工程に移る。充填剤(例えば、グラフェンなど)の断片のうちのいくつかまたはすべては、所望に応じて、随意に機能化でき、その後、マトリックス形成材料と混和するか、または、基板上に配置して複合体を形成する。該充填剤がグラフェンである場合には、適切な化学基を用いて修飾した後、該機能化グラフェンは該ポリマーマトリックスと化学的に相溶になり、それによって、該グラフェンの特性(例えば、機械的強度など)を全体として複合体材料の特性に移すことができる。
【0051】
別の実施形態においては、該充填剤(例えば、グラフェンなど)は、化学的付着技術によって得られ、基板上に配置できる。そのような化学的付着技術としては、化学蒸着法または液相剥離法(例えば、スピンコーティング法およびラングミューア・ブロジェット法など)などが挙げられる。
【0052】
マトリックス形成材料は、ポリマー、モノマーの混合物、または、低分子材料もしくはオリゴマーもしくは反応性ポリマーなどの材料であって、硬化してポリマーとなり得るものであるか、あるいは、セメント様の材料またはセラミック材料であって、硬化してマトリックスを形成し得るものを用いることができる。形成された該マトリックス内にはグラフェンが分散している。マトリックス形成材料は液体であっても固体であってもよい。
【0053】
別の実施形態においては、個々のグラフェン断片の厚さは、グラフェンの少なくとも50重量%が2〜7層の厚さである。
【0054】
別の実施態様においては、グラフェン断片と、ポリマー材料からなる基板または液体調製物との相対量は、グラフェンポリマー複合体中のグラフェンまたは機能化グラフェンの添加量が10%を超えている状態である。
【0055】
グラフェンは、グラファイトを機械的に劈開することにより、またはグラフェンを得るために従来から行われてきた任意のその他の方法によって提供される。つまり、たとえば、グラフェンは、SiC基板からグラフェンを劈開させる、グラフェンを化学的に剥離させる、またはエピタキシャルグラフェンを用いることによって入手できる。
【0056】
該グラフェンの厚さおよび/または厚さの分布については、本発明に従う複合体への使用に適していることを確認するために調べ、不適切なグラフェンは除去する。
【0057】
一つの実施形態においては、得られたグラフェンポリマー複合体を化学的に処理し、複合体材料を機能化してもよい。
【0058】
本発明の八つ目の態様に従えば、上に定義したような複合体を使用することで、電子装置が生産できる。そのような電子装置としては、コンデンサ、センサ、電極、電界放出デバイス、または水素吸蔵デバイスなどが挙げられる。該材料は、トランジスタの製造にも使用できる。
【0059】
本発明の九番目の態様に従えば、上に定義したような複合体を使用することで、構造材料が生産できる。構造材料とは、グラフェンまたは機能化グラフェンなどの充填剤を含有することで強化または補剛された強化材料である。一つの実施形態においては、そのような構造材料は、機械的装置または構造物の耐力構成部材として使用できる。一つの実施形態においては、構造材料は、保護層または保護容器の一部として使用できる。
【0060】
本発明に従う十番目の態様においては、個々のグラフェン断片の集合体からなるグラフェンまたは機能化グラフェンが提供される。該断片は、その平均の厚さが2〜7層であるか、または、個々の断片の厚さは、該断片のうちの少なくとも50%が2〜7層である。
【0061】
所望する層数を有するグラフェンまたは機能化グラフェンの割合は、数量もしくは重量で50%であり、好ましくは、グラフェンまたは機能化グラフェンのうちの50重量%が所望する層数を有している。
【0062】
本発明に従う十一番目の態様においては、充填剤を用いることで、マトリックスまたは基板の機械的特性のうちの一つもしくはそれ以上を向上させる。ここで、そのような機械的特性は、強度、弾性、耐摩耗性、および強度を含む群から選択され、これは、マトリックス内に充填剤を混合する、および/または、基板の表面上に充填剤を塗布することによって複合体材料を形成することによって行える。このとき、上述の機械的特性のうちの少なくとも一つは、元のマトリックスまたは基板のそれよりも向上している。さらに、該充填剤は、個々のグラフェン断片の集合体であって、その平均の厚さが2〜7層である、および/または、充填剤のうちの少なくとも50%が2〜7層の厚さである。
【0063】
本発明の第一から第六の態様に関連する上述の実施形態は、全て、本明細書に記載している本発明の他の態様にすべて同様に当てはまる。すなわち、一つの実施形態においては、個々のグラフェン断片の厚さは、グラフェン断片全体の平均として、2〜7層である。
【0064】
複合体がグラフェンまたは機能化グラフェンを含んでいるという実施形態を記載している上記の任意の記述は、グラフェンまたは機能化グラフェンを含んでいない複合体に関する実施形態にも適用できる。グラフェンまたは機能化グラフェンを含んでいない実施形態では、該複合体は、WS2およびMoS2などの遷移金属ジカルコゲニドなどのようなその他の平面材料(二次元材料)を含んでいる。
【0065】
本発明に従うポリマー複合体の電気的および機械的特性を組み合わせることにより、該複合体を広範な用途に使用できる。そのような用途としては、将来的な電子工学および材料としての使用、電界放出デバイス、センサ(たとえば、歪みセンサなど)、電極、高強度複合体、ならびに、水素、リチウムおよびその他の金属の吸蔵構造体(例えば、燃料電池、工学デバイスおよび変換器など)が挙げられる。
【0066】
複合体構造物が半導体様の電気的特性を示す場合には、半導体として使用するために該構造物を大量に分取することが重要である。
【0067】
基板上の特定のグラフェンの面積および厚さ、ならびに幾何学的形状は、複合体の物理的および電気的特性に影響を及ぼす。例えば、強度、剛性、密度、結晶化度、熱伝導度、電気伝導度、吸収、磁性、ドーピング応答性、半導体としての用途、吸光および発光などの光学特性、エミッタ―および検出器としての用途、エネルギー変換、熱伝導、pHの変化に対する反応性、緩衝能力、一連の化学物質に対する感受性、電荷または化学的相互作用による収縮および膨張、多孔性フィルター膜、ならびにその他多くの特性が上述の因子によって影響を受ける。
【0068】
本明細書において使用している「強度」とは、引張強さ、圧縮強さ、剪断強さ、および/または捩り強さなどを意味する。
【0069】
本明細書において使用している「弾性率(モジュラス)」とは、弾性率(貯蔵弾性率)および/または損失弾性率を意味している。いくつかの特定の実施形態においては、「弾性率」とは、ヤング率のことである。
【図面の簡単な説明】
【0070】
以下の図面を参照し、例を挙げることにより、本発明をより詳細に説明する。
図1】PMMA水平構造部材上で変形させている間に生じたグラフェンの2Dラマンバンドの歪みによるシフトをシングルピークにあてはめた結果を示している。(a)SU-8でコートした前後に変形を行った単層グラフェン。(b)SU-8でコートした前後に変形を行った2グラフェン。(コートしていない(上)およびコートしている(下)グラフェンの変形状態の概略図を併載している。)
図2】コートしていない、またはコートしている2層グラフェンについて、0.4%の歪をかける前、およびかけた後の2Dラマンバンドの詳細を示す。4本のサブバンドについてのバンドの適合度は、各々緑の線で示し、回帰曲線は赤の線で示している。
図3】単層、2層および3層領域を有するPMMA水平構造部材上のグラフェンの薄片について示している。(a)光学顕微鏡写真(細い直線は、水平構造部材表面上のかき傷である。)(b)別異の領域を強調して表した薄片の概略図(四角で囲んだ部分は、薄片上で歪を調査した領域)。(c~f)水平構造部材の囲み以外の場所の単層、2層(4つのピークにあてはめている)、3層(6つのピークにあてはめている)、および多層のグラフェンの薄層についてのスペクトル中の2Dバンド部分のラマンスペクトル。
図4】(a)図2中で用いた試料上の2層グラフェンの2Dラマンバンドの4つの構成要素の歪によるシフトを、同一薄片上の隣接する単層領域の2Dバンドのシフトと一緒に示している。(b)図2中で用いた試料上の隣接する単層、2層および3層の領域についての2Dバンドの歪によるシフトを、同一試料上の多層の薄片の2Dバンドの歪によるシフトとともに示している。(全ての2Dバンドは、単一のローレンツ型ピークにあてはめられた。)
図5図3で示したグラフェンの薄片の2層領域内の歪みマップを示す。矢印で示された方向に異なる強度の歪みをかけたときの、2Dラマンバンド中の2D1A構成成分のシフトから作成した。黒点は、測定を行い、その後分析を行ったデータの横の列を示している。データをわかりやすくするため、薄片内の単層および3層の領域はマスクしている。
図6】別異の程度のマトリックス歪み(εm)をかけた場合の、図5の列番号2の位置における2層グラフェンの歪みの多様性を示しており、マトリックスに亀裂が生じているのがわかる(概略図参照)。
図7】(a)図5に示した列番号13の位置におけるグラフェンの単層および2層領域に0.6%の歪みをかけたときの歪み度の多様性を示す。理論曲線は、ns=10とした時の剪断遅れ理論から導かれる式4を用い、データポイントにあてはめたものである。(b)図5で示した列番号11~13の位置における単層および2層のグラフェンに隣接する領域に、0.6%の歪みをかけたときに測定された歪み度の相関を示す(概略図は列を横断する方向でのグラフェンの層数の変化を示している)。
図8】実験的に測定したグラフェンの薄片の弾性率の値を薄片の厚さの関数として表している。該弾性率は、歪み単位あたりのラマンG’バンドのシフト率から測定し、キャリブレーション係数は、1TPaあたり-60cm-1/%とした。y軸方向のエラーバーは、別異のサンプル(n=4~7)を繰り返し測定することによって計算した平均値との誤差を示す。黒い線は、実験データに対する標準的なあてはめを示しており、これを用いることで、与えられた層数を有するグラフェンの薄片の弾性率を予測できる。
図9】(a)実験的に得られた標準的かつ実現可能な体積分率(これは、厚さが1,2または4nmのポリマー層によって囲まれ、厳格に整列しているグラフェンから計算した)から予測されたグラフェンの有効なヤング率(Eeff)を、グラフェンの薄片中の層数(n)の関数として示している。(b)別異に指示されたポリマー層の厚さに対して予測されたナノ複合体の最大弾性率を、グラフェンの薄片中の層数(n1)の関数として示している。
図10】MoS2の単層(○)および数層(すなわち、4~6層;■)から得られた、歪みによるラマンピークの位置を示す。(a)はピークA1g、(b)はピークE12gである。エラーバーは分光器の分解能を示す。
【実施例】
【0071】
実施例1−グラフェン複合体
ラマン分光では、光の非弾性散乱を通して、結合の振動エネルギー(フォノンエネルギーとしても知られている)を測定する。入射光と散乱光との間のエネルギー差は、サンプル中の振動エネルギーと等しい。データは、光の強度(フォノン数に関連している)に対する散乱光(すなわち、フォノンエネルギー)の波数のシフトとしてプロットされる。一般的に、ラマン分光は物質の同定に用いられるが、これは、各結合型が個別のエネルギーバンドを有するからである。
【0072】
ラマン分光は、結合エネルギーを変化させる環境の変化を追跡する目的にも使用できる。例えば、結合の変形によってラマンバンドはシフトする。すなわち、引張による変形ではバンドは低波数方向にシフトし、圧縮変形ではバンドは高波数方向にシフトする。変形が大きければ大きいほど、バンドのシフトは大きくなり、これらは、グリュンアイゼンのパラメーターを用いて理論的に予測される、歪み度によって起こるフォノンエネルギーの変化率として表される。ラマンバンドシフトがこのように歪みによって生じることから、数ミクロン単位での空間解析を行うことにより、局所的な歪みまたは応力を測定できる。そのような方法論は、ポリエチレンおよびポリアラミド類などのポリマー、炭素繊維、ならびにグラフェンを含む広範な系に用いられている。
【0073】
図1には、SU-8トップコートを塗布する前と後に、別異の単層および2層のグラフェンの薄片に対して引張歪みをかけたときの2Dバンドのシフトを示している。この場合の最大歪みは0.4%であり、この値は、薄片の剥離またはマトリックスポリマーに亀裂が入るレベル以下であることが知られている。図1aから、単層グラフェンに対する2Dラマンバンドのシフトは、歪み1%あたり−59cm‐1であり、ポリマートップコートの有無にかかわらず同程度であった。単層グラフェンにおける歪み単位当たりの2Dラマンバンドのシフト率は、歪み軸に対する単層の結晶学的方向によって決まることは十分に立証されており、この値は、コートされているものもいないものも、他の物質で観察された値の範囲内であった。対照的に、図1bでは、2Dラマンバンドをシングルピークにあてはめた場合、コートしていない2層のグラフェンにおける歪み単位当たりのシフト率(−31cm‐1)は、同一の薄片をコートした後に変形した場合のそれ(−53cm‐1)よりもはるかに小さかったことが示されている。2層のグラフェンに関するこの知見から考えられることは、従来から知られていたように、ポリマー基質とグラフェンとの間での応力伝達は比較的良好に行われるものの、グラフェンの上層と下層との間での伝達の効率は比較的低いということである。このことは、図1aの単層グラフェンにおいては論点ではない。というのも、トップコートの存在は、バンドのシフト率に影響を与えていないからである。
【0074】
図1bに示すバンドシフトのデータは、2層のグラフェンにおける2Dラマンバンドをシングルピークにあてはめたものである。2層のグラフェンにおける2Dラマンバンドは、4ピークにあてはめられることは確認されている。このバンドの詳細については、コートしている、およびしていない物質に対して行った変形の前と後についても示している。
【0075】
2層のグラフェンの2Dラマンバンドが4本のピークを含むことは周知の事実である。シングルピークにあてはめたこのバンドのシフトに関しては、コートしていない、およびコートしている2層の薄片についてのものを図1bに、個々のサブバンドのシフトについてを図4aに示している。ここで生じる一つの論点は、A-Bバナール充填が変形中も維持されている限りにおいて成り立っている。このことは、バンドの形状に及ぼす変形の効果から確認できる。
【0076】
図2は、コートしている、またはしていない2層のグラフェンに、0.4%の歪み度で変形を行う前後の2Dバンドの詳細を示している。
【0077】
別異の層数のグラフェンを含む薄片の挙動をさらに詳細に調べることを目的として、単層、2層および3層からなる領域を含む、コートされた薄片の変形の状態を調査した。薄片の光学顕微鏡写真を図3aに示す。併載している図3bの概略図では、顕微鏡写真中の別異の領域は、厚さの対比およびラマンスペクトルから確認できる。単層、2層および3層の領域から得られた2Dラマンスペクトルは、図3c~eにそれぞれ示している。単層グラフェンの2Dバンドはシングルピークからなっており、一方、2層および3層グラフェンの2Dバンドは、4本および6本のサブバンドにそれぞれあてはめられる。さらに、コートされた数層からなるグラフェンの薄片(顕微鏡写真は掲載していない)の2Dバンドを参照として図3fに示す。この場合のバンドはグラファイトのそれと似通っている。
【0078】
図4は、図3中の薄片の隣接する単層、2層および3層の領域の中心部分に、最大0.4%の歪み度で変形を行った場合に、それらの2Dラマンバンドがどのようにシフトするのかを追跡したものを示している。同一薄片上でこのような実験を実施する利点は、各領域内におけるグラフェンの方向性が一致していることが確実なことである。2層のグラフェンにおける2Dバンドの4つの構成成分が歪みによってシフトした様子を図4aに示す。比較のために、隣接する単層領域のシフトを示している。2D1Bサブバンドおよび2D2Bサブバンド(ラベルしている)は比較的弱いため、いくらか散乱したが、2つの強い構成成分2D1Aおよび2D2Aの傾斜は互いに近似している(それぞれ、歪み度1%あたり−53および−55cm‐1)ことがわかり、これらは、隣接する単層領域の傾斜(歪み度1%あたり−52cm‐1)にも近い。
【0079】
コートされたグラフェンの4つの別異の構造体に歪みをかけたことによる2Dバンドのシフトを、図4bに示している。比較のために、2Dバンドをそれぞれ単一のローレンツ型ピークにあてはめている。低層数のグラフェンは試料の別異の領域から採取したものであり、3層グラフェンの歪みは相殺されていた。これは、水平構造部材を測定器にあらかじめセットして他の領域の挙動を調べようとしたところ、3層グラフェンが変形し、恒久的な歪みが生じたためである。歪みを加えた2Dラマンバンドの位置は、互いに離れており、これは、すでに示されているように、別異の様式のグラフェンのバンドの構造は異なっているからである。単層および2層グラフェンのプロットの傾きは近似している(それぞれ、歪み度1%あたり−53および−55cm‐1)が、3層グラフェンのほうが−44cm‐1/%といくらか低い。対照的に、数層のグラフェンについての傾きは、歪み度1%あたり−8cm‐1と極端に低い。
【0080】
図1および4に示されたデータから、2Dバンドのシフト率は、グラフェン中の層数、ならびにポリマーのトップコートの有無によって異なることが示唆されるが、そのような変動は、試料の非均質性、または滑りによる応力伝達の不均一によるものである可能性が否定できない。バンドシフトの挙動の変動は、励起波長、歪みをかける方向およびレーザー偏光の方向に対するグラフェン格子の相対的方向によっても起こることが知られている。本系統的実験は、ポリマーのトップコートが施されていないもの、および施されているものの両方について、別異の層数のグラフェンを含む方向性の異なるポリマー水平構造部材上の30以上の別異の薄片を変形させている間のバンドのシフトに関して行った。別異の励起光(633nmではなく785nm)も使用し、データは、滑りの跡に関して注意深くスクリーニングした。この調査の詳細については、「サポート情報」の項に記載しており、歪みによる2Dバンドの相対的シフト率は表1にまとめている。
【0081】
【表1】
【0082】
表1のコートしていない試料については、薄片のバンドのシフト率は、層数が1から3へと増すにつれて減少していることがわかる。シフト率のデータは、多層の薄片ではより大きく散乱しているが、これは、そのような薄片内では正確な層数がわからないためである。コートしていない同一の試料内のグラファイト薄片のシフト率は、非常に小さかった。対照的に、コートしている試料におけるバンドのシフト率は、全体的に大きかった。コートしている試料内の単層および2層の薄片は、実験誤差の範囲を含めると、バンドのシフト率は同じであった。そして、3層および多層の薄片では減少していた。多層の薄片において散乱が大きいのは、上記と同様の理由である。ここでも、グラファイト薄片のシフト率は非常に小さかった。図1および4に示しているバンドシフトの挙動は、表1に示す広範囲なデータセットと完全に一致している。
【0083】
この段階においては、プロクター(Procter)らの実験結果を考察する価値がある(J.E.プロクター(Procter)、E.グレゴリヤンツ(Gregoryanz)、K.S.ノヴォセロフ(Novoselov)、M.ロティヤ(Lotya)、J.N.コールマン(Coleman)、M.P.ハルサル(Halsall)、Physical Review B,2009,80,073408)。彼らは、厚さ100μmのシリコンウェハーの表面上にコートしていない状態で保持されている層数の異なるグラフェン層に静水圧をかけたときのGおよび2Dバンドのシフトを観察している。グラフェンの厚さはシリコンのそれよりも非常に薄いので、シリコンに加圧することにより、グラフェンは、シリコンウェハー表面の二軸圧縮に追従した。同様に、本発明に従う実験においては、グラフェンは、比較的大きなポリマー水平構造部材の軸方向の変形に追従した。プロクター(Procter)らは、単位圧力あたりのバンドのシフト率が最も大きいのはグラフェンの単層だったことを見出している。シリコン構造物上の2層のグラフェンにおけるバンドのシフト率は、単層におけるそれよりもやや小さく、一方、「数層」のグラフェンにおけるバンドのシフト率は、単層におけるそれの半分しかなかった。数層のグラフェンにおけるシフト率の小ささは、基質への接着が不足していたためであると考えられていた。しかしながら、本実験によって得られた知見から、このようなバンドのシフト率の小ささは、表1に示している3層および数層のグラフェンにおけるバンドシフト率が低下してきていることと同様の現象によるものと思われる。
【0084】
第一の近似に対しては、図1および4中の直線の傾きは、グラフェンに対する応力の伝達効率に関係していることが確認されている。すべてのデータは、いくらかの剥離またはポリマーの破壊が生じる前に薄片の中央部分で測定したものであることから、単層における何らかの変化は、別異のグラフェン層間の応力の伝達効率に帰結するものと考えられる。歪みによる2Dラマンバンドのシフト(dω2D/dε)は、グラフェンの有効ヤング率に比例しており、したがって、ポリマー−グラフェンの界面が損なわれていなければ、図1および4中の直線の傾きは、グラフェン層内の内部応力の伝達効率と等しくなる。まず初めに、図1のコートされている、またはされていない単層および2層のグラフェンの状態を検討することにする。単層では、コートされているものもいないものも、dω2D/dε値はほぼ等しく、コートされている2層もほぼ等しい。対照的に、コートされていない2層では、dω2D/dε値は顕著に低い。このことは、2層では応力が伝達されづらいことを示唆している。この場合、応力の伝達効率(k)は、以下の式を利用し、(dω2D/dε)Uncoated、すなわち、コートされていない試料に対する傾きの測定値から求められる:
【0085】
【数1】
【0086】
ここで、(dω2D/dε)Monolayerは、単層のグラフェンについて測定した傾きであり、nは層数である。
【0087】
この場合のk値は、コーティング後の方向性が同じである同一の2層については、(dω2D/dε)Monolayerよりも(dω2D/dε)Coatedを用いた場合、約0.3と計算された(表1参照)。
【0088】
この分析は、コートされている数層の薄片についてもあてはめることができ、このときの式は、n>2となるように変形する。
【0089】
【数2】
【0090】
ここで、(dω2D/dε)Coatedは、コートされた多層領域について測定した傾きである。3層領域における(dω2D/dε)Coatedの値は、歪み度1%あたり−44cm−1であり、同一薄片上の(dω2D/dε)Monolayerの値は、歪み度1%あたり−52cm−1であった(図3b参照)。式2を用いると、3層のグラフェンのうちの中心の層への応力の伝達はkj<0.6と計算された。この値は、コートされていない2層について求めたkj値の2倍である。しかしながら、コートされている3層のグラフェンでは、中心の層については、2つのグラフェン−グラフェン界面があることから、このことが良好な応力伝達をもたらし、かつ、別異の試料間のkj値と明らかに異なる値を示す要因だと考えられる。該分析を用いて、数層からなる薄片試料中の層数を概算することもできる。その(dω2D/dε)Coatedの値は、歪み度1%あたり−8cm−1であった。この場合、3層について求めたkj値を用いるならば、式2から、n<30という値が得られる。この分析では、多層の薄片について、kjパラメーターの変動性を判断するためには、kjの測定をより多数回行う必要があるところを簡略化している。さらに、グラフェンの各層は2.3%の光を吸収することが知られていることから、ラマン光線は多層薄片の外側の層のみに貫入すると思われる。数層からなる薄片について測定したバンドのシフトは、主として表面に近い層から得られた値であることから、薄片中の実際の層数が過大評価されている可能性があり、おそらく30以下である。
【0091】
グラフェンを主体とするナノ複合体の設計に際しては、これらの知見の関連性を考えあわせることが大切である。グラフェンがポリマーマトリックスを補強する能力の指標としてパラメーター(dω2D/dε)Measuredを用いる場合には、第一の知見は、2層のグラフェンは単層のグラフェンと同等のよい素材だということだ。さらに、3層のグラフェンでは、補強効果の低下はわずかに15%である。実際のところ、kj値を0.6とすると、n>7の場合にのみ、グラフェンの補強効果が単層の場合の半分以下に低下する(図7a参照)。
【0092】
強化(補強)にはグラフェン薄片中の層数が重要なだけでなく、薄片の横幅が大きな影響を与えていることもすでに分かっている。剪断遅れ分析と組み合わせて作成した、単層薄片を横断する歪みのマッピングから、ナノ複合体中で薄片が変形した場合には、歪みは、薄片の端の部分でゼロから徐々に大きくなり、このことは、該薄片が十分に大きければ(一般的には、>10μm)、該薄片の中心部分のマトリックス内でも同様であることが明らかになっている。大きな剥離片を大量に入手することは困難である。このことから、図3に示す薄片上の2層領域内では、2層のグラフェンの2Dバンドの中の強力な2D1A構成成分を用い、別異のマトリックス歪み(εm)レベルにおいて歪みのマッピングを行った。この結果を図5に示す。
【0093】
初期状態(εm=0.0%)では、2層のグラフェン中にわずかな残余歪みがあるが、εmを0.4%まで上昇させると、2層のグラフェンの中心領域で歪みが広がり、端に至ると減弱することがわかる。マトリックスにかける歪みをさらに大きくすると、グラフェン内の歪みの分布は不均一になり、薄片の中央領域では、歪みの大きい部分と小さい部分とが広がっていった。
【0094】
別異の歪みレベルにおいて、薄片を横断する歪みの変化を観察することにより、ナノ複合体中の2層のグラフェンの変形過程についてのさらなる見識が得られる。図6は、別異のマトリックス歪み(εm)における列番号2(図5参照)に沿った歪みの変化を示している。初期には、二次加工およびコーティングに起因すると考えられる残余歪みが薄片の左端に見られた。εm=0.4%では、歪は約0.4%のプラトーに達し、薄片の中心部ではやや下がっていた。そして、右端ではゼロになった。εm=0.6および0.8%のプロットは互いに似通っており、薄片を横切る方向で2つの三角形の分布を示し、薄片の端および中央部分では歪みはゼロになっていた。この挙動は、大きな単層の薄片でもすでに観察されており、このことが、SU−8ポリマーコーティング内に亀裂が生じる原因であった。図5のεm=0.8%についてのマップを精査すると、2層のグラフェンにおける歪み分布では、類似した大きな歪みの「山」と「谷」が生じていたことがわかる。
【0095】
力平衡式を用い、図6中の直線の傾きから、グラフェン−ポリマー界面(Ti)における剪断応力を求めることができる。
【0096】
【数3】
【0097】
ここで、εfは、位置xにおける薄片内の歪みであり、Efは、薄片の弾性率(約1000GPa)であり、tは薄片の厚さである(2層については<0.7nm)。図5から測定した傾きをこの式に入れると、界面の剪断応力の値が求められ、その値は、マトリックス歪みが0.4%の時には0.15MPaであり、マトリックス歪みが0.8%の時には約0.3MPaまで上昇する。
【0098】
引張歪みをかける方向における、薄片を横断する歪みの変化は、薄片の最上層に設定したデータポイント列に沿って求められ、この場合の薄片には、単層と2層が隣接している領域がある(図3b参照)。図7aは、マトリックス歪みが0.6%の時の列番号13に沿った2層および単層領域の歪みの変化を示している。グラフェンの歪みは、図4bの単層および2層のキャリブレーションを用いて求められ、列に沿ったグラフェンの構造は、図7の概略図中にも示されている。列に沿ってグラフェンの歪みが連続的に変化していることが見て取れる。図6aのデータポイントは、次の式を用いた剪断遅れ理論にも合致した。
【0099】
【数4】
【0100】
ここで、lは、薄片を横方向にスキャンした時の領域の長さであり、nsの値はフィッティングパラメーターであって、10である。測定ポイントはすべて理論直線に近似していたことから、連続体力学をナノスケールにもあてはめられるという知見がより強く支持される。パラメーターsは、薄片の縦横比であって、l/tに等しく、ここで、tは、薄片の厚さである。重要なことは、単層のグラフェンの薄片において歪みをマッピングした従前の研究においては、ns=20としたときに、データは式4に最もよくあてはめられたということである。このことは、2層のグラフェンは、単層のグラフェンの倍の厚さがあることで説明でき、したがって、長さlが同じ2層のグラフェンの薄片では、縦横比sは半分の値になる。しかしながら、nの値はt1/2によって決まることから、このことも十分に考慮する必要があることにも留意すべきである。
【0101】
単層領域と2層領域との間の歪みの連続性をさらに調査し、列番号11および12に沿って同様の測定を行った(図4)。図7bは、マトリックス歪みを0.6%としたときに、列番号11~13に隣接するポイントで測定した歪み間の相関関係を示したものである。データは、均一の歪みに関する直線に近似していることが見て取れる。このことは、単層および2層のグラフェンに対する強化効率は同レベルであるという上記の知見を追認するものである。
【0102】
今こそ、単層グラフェンと比較して2層グラフェンを用いるのが比較的有効であることについて考察するときである。もし、ポリマーマトリックス内に均一に分散している2つの単層薄片を用いるとすると、それらの間の距離で最も短いところは、ポリマーコイルの広がりの単位レベル、すなわち、少なくとも数nmだと考えられる。対照的に、2層グラフェン内の2個の芳香環層間の距離は、わずかにおよそ0.34nmであることから、ポリマーナノ複合体内により多量の2層グラフェンをより容易に添加できる。これにより、2つの因子のうちのひとつについては、単層グラフェンよりも2層グラフェンの方が強化能が向上していることがわかる。
【0103】
ポリマーを主体とするナノ複合体において強化レベルを最高に持って行くために、グラフェンの薄片に求められる層数の最適値を定めることができる。上述したように、単層および2層のグラフェンの有効なヤング率は類似しており、層数が減少するにつれてその値も低下した。大容量フラクションのナノ複合体では、グラフェン薄片間にポリマーコイルを収容する必要があり、コイルの広がりが薄片の離れ具合を制限する。グラフェン薄片間の最小距離は、ポリマーのタイプ(すなわち、化学構造および分子の立体構造)およびグラフェンの相互作用によって決まる。最小距離が1nm未満ということはあり得ず、数nmである可能性が高い。いっぽう、多層グラフェン内の層間の距離は、約0.34nmである。ナノ複合体が、均一な厚さの薄いポリマー層によって分けられた平行に並んだグラフェンの薄片からなっていると考えた場合には、与えられたポリマー層厚においては、図9aに示すように、ナノ複合体中のグラフェンの最大容量フラクションは、グラフェン中の層数とともに大きくなることが明らかである。ナノ複合体などのヤング率(Ec)は、単純な「複合則」モデルを用いることによって求めることができ、それは、次のような式である。
【0104】
【数5】
【0105】
ここで、Eeffは、多層グラフェンの有効なヤング率、Emは、ポリマーマトリックス内のヤング率(<3GPa)、VgおよびVmは、それぞれ、グラフェンおよびマトリックスの容量フラクションである(Vg+Vm=1)。ナノ複合体のヤング率の最大値は、図9aのデータを用い、この式にあてはめて求めることができ、さらに、別異の厚さのポリマー層に関するnの関数として、図9bに表している。ヤング率は、ポリマー層の厚さが1nmの場合には、n=3のときに最大となって、その後、減少しており、さらに、薄片内のグラフェンの層数およびポリマーの厚さが増すと減少する。層の厚さが4nmの場合には、n>5におけるヤング率はほとんど一定であった。この分析から、グラフェンの薄片は非常に長いが、ヤング率の最大値は、薄片の端部において生じる剪断遅れ効果の影響で(図7a参照)、長さが有限の薄片では、ヤング率の最大値は低下する。図9bのようなプロットの正確な状態、およびnの最適値は、応力伝達効率因子(kj)によって決まるが、この因子は、グラフェンを主とするナノ複合体のデザイン指標として有用である。
【0106】
換言すれば、炭素系において、歪み単位当たりのG’(2D)バンドのシフト率は、材料の有効弾性率に直線的に比例していることが広く示されている。シフト率が大きければ大きいほど、炭素材料の弾性率は大きい。例えば、弾性率が500GPaであるグラフェン薄片では、シフト率は、弾性率が1000GPaの薄片のそれの半分である。したがって、炭素材料(例えば、繊維、ナノチューブまたはグラフェンなど)の弾性率の測定に用いられる通常の方法を、コーティングまたは複合体内の材料にも適用できる。次に、ラマンバンドの位置は、かけた歪みの関数として測定し、このとき、複合体中の該歪みは、歪みゲージを用いて測定し、炭素材料内のそれと同じだと仮定した。歪み曲線に対するこのバンド位置の傾きは、繊維の弾性率に比例していた(使用した比例定数は、弾性率1Tpaあたり約50~60cm−1/%の範囲であった)。この技法は、新規な材料について研究を行う場合には特に有用である。なぜなら、この技法では、弾性率を粒子1個から測定できるのに対し、従来から行われている引張試験では、少なくとも1gの試料が必要だからである。
【0107】
このようなことから、複合体およびコーティングは、層の厚さが1(単層)、2(2層)、3(3層)および4~6(数層)であるグラフェンの薄片から形成した。単層においては、歪み単位(例えば、弾性率など)当たりのバンドのシフト率は、周囲を囲んでいるポリマーが片側のみにある(すなわち、ポリマーフィルムの上にグラフェンが存在している)みか、両側にある(すなわち、グラフェンが複合体中に包埋されている)のかとは無関係であることが見出された。しかしながら、2層のシフト率(すなわち弾性率)は、薄片の両側がポリマーに接している場合と比較して、片側のみが接している場合には減少していることがわかった。この差異は、全てのグラフェンがポリマーに接触しているわけではない場合には、2層のグラフェン内の平面間に生じるゆるやな剪断、すなわち、薄片の弾性率の低下を示している。この緩やかな剪断とは、グラフェンを複合体中に組み込んだ時に、グラフェンの層数が増えるにつれて弾性率が低下を示すという性質のものであり、グラフェンの層数が2層、3層、そして数層(4~6層)、さらにグラファイト(10層以上)へと増えるにつれて弾性率が低下する。第一の結論は、これらの真の実験値を単純なモデルにあてはめることができ、グラフェンの弾性率を層の厚さの関数として予測できるということである。このことを図8に示している。
【0108】
当初、可能な限り弾性率の高い複合体材料を得るためには、単層または2層のグラフェンが弾性率が最も高いので、それらを用いるべきだとと、直感的に考えられる。しかしながら、或る強化材が複合体に与える強化の程度は、強化材の弾性率にその強化材の複合体中の容量フラクションを掛け合わせることによって求められる。ゆえに、容量フラクションが達し得る最大値を考慮する必要があり、この値は、グラフェンの厚さの関数として得られる。この議論を説明することを目的として、発明者らは、ポリマー層によって囲まれ、何層にも重なったグラフェンから作った理想的な系を考え出した。これは、容量フラクションが達し得る最大値であり、実際の系では、より値の小さい容量フラクションも存在していることから、数層(4~6層)の薄片がより好ましいと思われる。ポリマー層の厚さは、ポリマーの旋回径とほぼ同じであり、ここでは1、2または4nmとした。単純な幾何学的計算を行ったところ、グラフェン層の厚さおよびポリマー層の厚さの関数として、グラフェンの最大添加量が得られた(図9a参照)。
【0109】
ゆえに、層の厚さの関数としてのグラフェンの最大強度は、弾性率に充填剤フラクションを掛け合わせることで得られた(図9b)。
【0110】
ポリマーマトリックスと単層のグラフェンとの間には良好な応力伝達がなされるものの、単層のグラフェンは、グラフェンを主体とするポリマーナノ複合体中の強化材として使用するには最適ではないことが示されていた。ポリマーマトリックスから2層材料への応力伝達は良好であり、グラフェンをポリマーマトリックス内に十分包埋した場合には、層間の滑りも起こらない。3層および数層のグラフェンについては、グラフェン同士の層間で滑りが生じることから、そのような材料では、ポリマー主体のナノ複合体中の単層または2層のグラフェンよりも有効ヤング率は低いと考えられる。しかしながら、多層のグラフェン内の層間隔はわずかに0.34nmであることから、この大きさはポリマーが形成しているらせんの広がりより小さく、多層のグラフェンを用いると、より値の大きい容量フラクションが得られる。したがって、グラフェンを主体とするナノ複合体の設計においては、グラフェン内の層数の増加に応じて、強化剤の添加量を増やすことと強化材の有効ヤング率を低下させることとの間の均衡がはかれるのである。
【0111】
試料は、既出文献の記載(L.ゴン(Gong)、I.A.キンロック(Kinloch)、R.J.ヤング(Young)、I.リアズ(Riaz)、R.ジャリル(Jalil)、K.S.ノヴォセロフ(Novoselov)、Adv. Mater.,2010,22,2694-2679;R.J.ヤング(Young)、L.ゴン(Gong)、I.A.キンロック(Kinloch)、I.リアズ(Riaz)、R.ジャリル(Jalil)、K.S.ノヴォセロフ(Novoselov)、ACS Nano,2011,5,3079-3084)に従い、厚さ5mmのポリ(メチルメタクリレート)(PMMA)水平構造部材に硬化SU-8エポキシ樹脂を300nmの厚さにスピンコーティングして調製した。グラフェンは、グラファイトを機械的に解裂させることによって得、SU-8の表面上に配置した(A.C.フェラーリ(Ferrari)、J.C.メーヤー(Meyer)、V.スカルダシ(Scardaci)、C.カシラーイ(Casiraghi)、M.ラゼリ(Lazzeri)、F.マウリ(Mauri)、S.ピスカネク(Piscanec)、D.ジァン(Jiang)、K.S.ノヴォセロフ(Novoselov)、S.ロス(Roth)、A.K.ゲイム(Geim)、Physical Review Letters,2006,97,187401;L.M.マラード(Malard)、M.A.ピメンタ(Pimenta)、G.ドレッセルハウス(Dresselhaus)、M.S.ドレッセルハウス(Dresselhaus)、Phys.Rep.,2009,473,51-87)。この方法を用いることで層数に幅のあるグラフェンが得られ、それらは、視覚的に、またラマン分光光度計を用いて確認できた。PMMA水平構造部材は、歪み度が0.4%に達するまで、4点曲げを行って変形し、このとき、歪は、水平構造部材の表面に取り付けた歪みゲージを用いてモニターした。レニシャウ(Renishaw)1000または2000分光計で低電圧(サンプルのところでは<1mW)のHeNeレーザー(1.96eV)またはIR付近のレーザー(1.58eV)のいずれかを用いることで、別異の層数を有するグラフェンから、同定済みのラマンスペクトルが得られた。レーザー光線の極性は、引張軸方向に常に平行であり、サンプルにレーザー光線が入射する点の大きさは、50倍の対物レンズを使用したところ、約2μmであった。
【0112】
次に、水平構造部材への負荷をやめ、その上に、SU-8を300nmの厚さの層となるようにスピンコーティングし、硬化させた。そうすることで、コートされた2つのポリマー層の間に挟まれたグラフェンを可視化した。水平構造部材に、最大0.4%までの歪を再度かけ、該水平構造部材の表面上の同一薄片上に存在する単層および2層のグラフェンの変形状態を、2D(またはG’)ラマンバンドのシフトから追跡した。再び水平構造部材への負荷をやめ、次に、多様なレベルの歪をかけて、該同一薄片上の3層領域および数層のグラフェン薄片のシフトについても、2D(またはG’)ラマンバンドのシフトから追跡した。
【0113】
単層および2層の領域を有するグラフェン薄片の歪みについては、歪みをかけていない状態だけでなく、各歪みレベルにおいても十分にマッピングできた。別異の歪みレベルにおけるラマンスペクトルは、2〜5μmの範囲で顕微鏡の載物台を手動で動かし、顕微鏡のスクリーン上の単層の画像に対して試料上のレーザー光線の入射位置を確認する段階を経る中で、単層のグラフェンについてのマッピングを行うことによって得た。各測定点における歪み度は、図1に示したキャリブレーションを用い、2Dラマンバンドの位置から求めた。2層のグラフェンの歪みマップは、OriginPro 8.1グラフプロッティングソフトウェアパッケージを利用し、着色x−y断面図として作成した。該ソフトウェアは、測定値間の歪を補間することができる。薄片を横断する方向での歪みの変化についての一次元プロット図は、別異のレベルのマトリックス歪みについて、図5に示す列に沿ってプロットすることによっても作成した。
実施例2−MoS複合体
【0114】
MoS複合体は、グラフェンのサンプルと同様の方法で調製した。セロテープ(登録商標)を用い、塊状のMoS材料を剥離させて単層または数層(すなわち、約4〜6層)のサンプルを得た。次に、これらのサンプルをポリマーの水平構造部材上に配置し、ポリマートップ層でコーティングすることにより、複合体を得た。これらのサンプルを変形し、A1gおよびE2gのラマンバンドのピーク位置を歪み度の関数として記録した。グラフェンのサンプルと同様、歪みバンド位置のグラフの傾き(すなわち、歪み度あたりのシフト)が大きくなればなるほど、MoS薄片の有効弾性率は高くなった。両方のバンドにおいて、数層の薄片よりも単層の薄片のほうがシフト率が高かった(図10参照);A1gバンドのシフト率については、単層では、歪み度1%あたり−0.4cm−1、数層では歪み度1%あたり−0.3cm−1であり、E2gバンドのシフト率については、単層では、歪み度1%あたり−2.1cm−1、数層では歪み度1%あたり−1.7cm−1であった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10