特許第6359066号(P6359066)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6359066マンガン付活複フッ化物蛍光体原料用のフッ化マンガン酸カリウム及びそれを用いたマンガン付活複フッ化物蛍光体の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6359066
(24)【登録日】2018年6月29日
(45)【発行日】2018年7月18日
(54)【発明の名称】マンガン付活複フッ化物蛍光体原料用のフッ化マンガン酸カリウム及びそれを用いたマンガン付活複フッ化物蛍光体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C09K 11/08 20060101AFI20180709BHJP
   C09K 11/61 20060101ALI20180709BHJP
   C01G 45/00 20060101ALN20180709BHJP
【FI】
   C09K11/08 A
   C09K11/61
   !C01G45/00
【請求項の数】2
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2016-196717(P2016-196717)
(22)【出願日】2016年10月4日
(65)【公開番号】特開2018-58722(P2018-58722A)
(43)【公開日】2018年4月12日
【審査請求日】2017年11月8日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003296
【氏名又は名称】デンカ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149294
【弁理士】
【氏名又は名称】内田 直人
(72)【発明者】
【氏名】江本 秀幸
(72)【発明者】
【氏名】紀 元徳
(72)【発明者】
【氏名】市川 真義
【審査官】 井上 恵理
(56)【参考文献】
【文献】 特開2015−157930(JP,A)
【文献】 中国特許出願公開第104789214(CN,A)
【文献】 特開2015−163733(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G 25/00−99/00
C09K 11/00−11/89
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
カリウム、フッ素を少なくとも含む水溶液で、固体状シリカを溶解する工程において、X線光電子分光分析で得られる、マンガンの軌道電子の結合エネルギースペクトル図において、結合エネルギー値が、643.0eV以上644.0eV以下の範囲内における最大の信号強度値からバックグラウンド値を差し引いた信号強度値Aと、結合エネルギー値が、645.0eV以上646.0eV以下の範囲内における最大の信号強度値からバックグラウンド値を差し引いた信号強度値Bとの比、即ち(信号強度値A/信号強度値B)の値が、0を超え0.9以下であるフッ化マンガン酸カリウムを前記水溶液中に加える操作を実施し、前記水溶液中における固体状シリカの溶解の進行と並行して、マンガン付活複フッ化物蛍光体を析出させて得る、ンガン付活複フッ化物蛍光体の製造方法。
【請求項2】
マンガン付活複フッ化物蛍光体が、一般式KSiFで表されるヘキサフルオロケイ酸カリウムを母体結晶とするマンガン付活複フッ化物蛍光体である、請求項1記載のマンガン付活複フッ化物蛍光体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マンガン付活複フッ化物蛍光体原料用のフッ化マンガン酸カリウムと、それを用いたマンガン付活複フッ化物蛍光体の製造方法である。
【背景技術】
【0002】
近年、発光ダイオード(Light emitting diode:LED)と蛍光体を組み合わせた白色発光ダイオード(白色LED)が液晶ディスプレイ用のバックライト光源として幅広く使用されている。液晶バックライト用途に使用される蛍光体は、色度座標上の広範囲の色を再現するために、色純度が高いことが求められ、カラーフィルターとの組合せの相性を考慮して、シャープな発光スペクトルを有する蛍光体が要望されている。
【0003】
一般に蛍光体は、母体となる結晶(母体結晶、ホスト結晶ともいう)中に、発光を司る物質(発光中心、付活材などともいう)をさらに固溶させた構造を有している。また、母体結晶中に発光中心を固溶させて蛍光の機能を付与することを付活ともいう。なお、本発明でいうマンガン付活複フッ化物蛍光体とは、四価のマンガンイオン(Mn4+と標記することもある)を発光中心に持つ、一般式:AMF:Mn4+で表され、元素Aは少なくともKを含有するアルカリ金属元素であり、元素MはSi、Ge、Sn、Ti、Zr及びHfから選ばれる一種以上の金属元素であり、元素Fはフッ素である蛍光体の総称である。
【0004】
シャープな赤色の発光スペクトルを有する蛍光体の発光中心の例としては、Eu3+やMn4+を挙げることができる。複フッ化物の母体結晶、例えば、一般式がKSiFで表されるヘキサフルオロケイ酸カリウムの母体結晶に、Mn4+を固溶させて付活すると、青色光で効率良く励起され、半値幅が狭くシャープな赤色の発光スペクトルを有する、一般式がKSiF:Mn4+で示される、代表的なマンガン付活複フッ化物蛍光体が得られ、それを用いた白色LEDへの適用が進められている。なお、本発明では、カタカナで表記した「マンガン」は特に価数を指定しない一般的な意味でのマンガンである。
【0005】
前記KSiF:Mn4+を代表例とする、マンガン付活複フッ化物蛍光体の製造方法としては、前記蛍光体を構成する元素をフッ化水素酸水溶液中に溶解させ、二種類以上の水溶液の混合又は水溶液と固体原料との反応により蛍光体を析出させる方法(特許文献1)や、前記蛍光体原料を含むフッ化水素酸溶液中に、前記蛍光体の貧溶媒を加えてこれを析出させる方法(特許文献2)などがある。なお、これらの方法における、マンガン付活複フッ化物蛍光体のマンガン源となる原料としては、KSiFと結晶構造が類似しており、フッ化水素酸水溶液に溶解してMnF2−を生成する、一般式がKMnFで表されるフッ化マンガン酸カリウムが用いられている。なお、フッ化マンガン酸カリウムの製造方法としては、Bode法(非特許文献1)や電解析出法(特許文献3、非特許文献2)などが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第4582259号公報
【特許文献2】米国特許第3576756号公報
【特許文献3】特許第5845999号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】H. Bode, H. Jensen, and F. Bandte, Angew. Chem.,1953, 304.
【非特許文献2】丸善株式会社発行、日本化学会編、新実験化学講座8「無機化合物の合成III」、1977年発行、1166ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来のKSiF:Mn4+を代表とするマンガン付活複フッ化物蛍光体は、吸収率、内部量子効率、外部量子効率などで示される蛍光特性、熱的安定性や耐湿性といった蛍光体の信頼性の面でも更なる改善が求められている。本発明の目的は、蛍光特性及び信頼性の高いマンガン付活複フッ化物蛍光体を製造することができる、前記マンガン付活複フッ化物蛍光体の原料用としての一般式がKMnFで示されるフッ化マンガン酸カリウムを提供すること、及び前記フッ化マンガン酸カリウムを原料として用いるマンガン付活複フッ化物蛍光体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、マンガン付活複フッ化物蛍光体の発光中心となる、Mn4+の供給源となるマンガン原料、即ちマンガン付活複フッ化物蛍光体原料用のフッ化マンガン酸カリウムに着目して鋭意検討を行った結果、同じ一般式KMnFで表されるフッ化マンガン酸カリウムであっても、X線光電子分光分析(XPSともいう)で測定される、前記フッ化マンガン酸カリウム中に含まれるマンガンの電子状態は異なっている場合があり、さらにそのマンガンの電子状態の違いが、最終的に得られるマンガン付活複フッ化物蛍光体の諸特性に影響を及ぼすことを新たに見出した。
【0010】
加えて、本発明者らは前記フッ化マンガン酸カリウム中のマンガンの電子状態の違いを特徴づける、X線光電子分光分析の測定値を元にした指標値を見出し、蛍光特性に優れると共に、高温や高湿度環境下での信頼性が改善されたマンガン付活複フッ化物蛍光体が得られる原料用としてのフッ化マンガン酸カリウムを、前記指標値に基づいて特定することを可能にして、本発明の完成に至った。さらに前記フッ化マンガン酸カリウムを原料として用いる、マンガン付活複フッ化物蛍光体を製造する方法の発明完成に至った。
【0011】
(1)即ち本発明は、X線光電子分光分析で得られる、マンガンの軌道電子の結合エネルギースペクトル図において、結合エネルギー値が、643.0eV以上644.0eV以下の範囲内における最大の信号強度値からバックグラウンド値を差し引いた信号強度値Aと、結合エネルギー値が、645.0eV以上646.0eV以下の範囲内における最大の信号強度値からバックグラウンド値を差し引いた信号強度値Bとの比、即ち(信号強度値A/信号強度値B)の値が、0を超え0.9以下である、マンガン付活複フッ化物蛍光体原料用のフッ化マンガン酸カリウムである。
【0012】
(2)また本発明は、前記(1)で記載したマンガン付活複フッ化物蛍光体が、一般式KSiFで表されるヘキサフルオロケイ酸カリウムを母体結晶とするマンガン付活複フッ化物蛍光体であることを好ましいとする、前記(1)記載のフッ化マンガン酸カリウムである。
【0013】
(3)本発明は、前記(1)または(2)記載のフッ化マンガン酸カリウムを、マンガン付活複フッ化物蛍光体を製造する原料として用いる、マンガン付活複フッ化物蛍光体の製造方法である。
【0014】
(4)また本発明は、フッ化マンガン酸カリウムを溶解させたフッ化水素酸溶液中で、マンガン付活複フッ化物蛍光体の結晶を析出させる、前記(3)記載のマンガン付活複フッ化物蛍光体の製造方法であってもよい。
【0015】
(5)さらにまた本発明は、カリウム、フッ素を少なくとも含む水溶液で、固体状シリカを溶解する工程において、フッ化マンガン酸カリウムを前記水溶液中に加える操作を実施し、前記水溶液中における固体状シリカの溶解の進行と並行して、マンガン付活複フッ化物蛍光体を析出させて得る、前記(3)または(4)記載のマンガン付活複フッ化物蛍光体の製造方法とすることもできる。
【発明の効果】
【0016】
本発明のフッ化マンガン酸カリウムを、マンガン付活複フッ化物赤色蛍光体の原料として用いることにより、蛍光特性に優れ、かつ耐熱性及び耐湿性に優れたマンガン付活複フッ化物赤色蛍光体を製造し、これを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】実施例1のフッ化マンガン酸カリウムのMn2pのXPSスペクトル図
図2】実施例1のフッ化マンガン酸カリウムのMn2p3/2のXPSスペクトル拡大図
図3】比較例1のフッ化マンガン酸カリウムのMn2pのXPSスペクトル図
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の実施形態のひとつは、X線光電子分光分析から得た指標値の範囲を特定した、一般式がKMnFで表されるフッ化マンガン酸カリウムである。なお、本発明のフッ化マンガン酸カリウムは、例えばフッ化水素酸水溶液中に溶解すると、MnF2−錯イオンを生成する状態であることが好ましい。
【0019】
一般にX線光電子分光分析は、超高真空に置かれた試料に対し軟X線を照射した時に、被検試料の表面から放出される光電子の運動エネルギーを測定し、その運動エネルギーから逆に被検試料を構成している元素の軌道電子の結合エネルギーを求める方法である。軌道電子の結合エネルギーは、元素の種類に固有であり、また各元素の化学状態により変化することから、被検試料の元素組成及び化学結合状態についての情報を得ることができる。なおX線光電子分光分析に用いられる軟X線としては、Al−Kα(1486.6eV)またはMg−Kα(1253.6eV)などが挙げられる。
【0020】
X線光電子分光分析で得られる、マンガンの軌道電子の結合エネルギースペクトル図(即ち、測定された放出光電子の運動エネルギーから求められた、マンガンの軌道電子の結合エネルギー(単位eV)に対する、測定された放出光電子の数に相当する信号強度値との関係図)において、一般的に金属状態のマンガンにおける、Mn2p3/2軌道電子は、その結合エネルギーが639eV付近となる位置にピークが現われる。また酸化物状態のマンガンである場合には、マンガンの価数によって異なるが、641〜643eV付近にピークが現われ、さらにMnF場合には、642〜643eV付近にピークが現われることが以下に示す参考文献に記載されている。(参考文献)J.F.Moulder, W.F.Stickle, P.E.Sobol, K.D.Bomben : “Handbook of X−ray Photoelectron Spectroscopy” ed. By J.Chastain, 2nd ed., Perkin−Elmer(1992)。
【0021】
一般式がKMnFで表されるフッ化マンガン酸カリウム中に含まれるマンガンに関する軌道電子の結合エネルギースペクトル図では、図1に示すように、特に645eV近傍を中心として約640〜650eVの範囲内に、Mn2p3/2軌道電子に関わると推定される複数のピークが現れる。フッ化マンガン酸カリウム中のマンガンは、通常は四価のイオン(即ちMn4+)の状態で存在していると見なされるが、この測定結果から、マンガンは一様に四価のイオンではなく、複数の価数を持つ状態で存在していると推定される。
【0022】
従来から、マンガン付活複フッ化物蛍光体の原料として、フッ化マンガン酸カリウムを用いることはあっても、前記フッ化マンガン酸カリウムの詳細な属性が、前記蛍光体の諸特性に後々影響を及ぼしているという知見はなかった。本発明は、フッ化マンガン酸カリウムに関する、X線光電子分光分析により得たマンガンの結合エネルギースペクトル図を元に、前記スペクトル図の形体と、最終的に得た蛍光体の蛍光特性や、高温や高湿度環境下での信頼性との関係を調べた結果、優れた特性を有するマンガン付活複フッ化物蛍光体が得られる、原料用としてのマンガン酸カリウムに関する指標値を新たに見出し、その完成に至ったものである。
【0023】
即ち、前記指標値とは、図1の一部を特に拡大した図2に示されるように、X線光電子分光分析により得たマンガンの結合エネルギースペクトル図において、643.0eV以上644.0eV以下の範囲内における最大の信号強度値からそのバックグラウンド値を差し引いた信号強度値(A)と、前記エネルギー値が、645.0eV以上646.0eV以下の範囲内における最大の信号強度値からそのバックグラウンド値を差し引いた信号強度値(B)との比(A/B)の値のことであり、優れた特性を有するマンガン付活複フッ化物蛍光体が得るためには、比(A/B)の値が、0を超え0.9以下であることが必要である。
【0024】
本発明である、マンガン付活複フッ化物蛍光体原料用のフッ化マンガン酸カリウムを、製造する方法の一例を以下に示す。但し、本発明のフッ化マンガン酸カリウムを得る方法はこれのみに限定されるものではなく、本発明でいうフッ化マンガン酸カリウムに関する比(A/B)の値を、本発明の範囲とすることができれば、従来公知の方法、もしくはそれらの適宜組み合わせでも構わない。
【0025】
本発明のフッ化マンガン酸カリウムは、例えばBode法をベースに、さらにその合成条件を細かく制御することにより、製造することができる。Bode法は、フッ化水素酸水溶液中に、過マンガン酸カリウム及び多量のフッ化カリウム又はフッ化水素カリウムを溶解させ、そこに過酸化水素水を滴下することにより、水溶液中のマンガンイオンを七価から四価に還元してMnF2−錯イオンとし、前記錯イオンを水溶液中の多量に存在するカリウムイオンと反応させることにより、フッ化マンガン酸カリウムを最終的に飽和析出させる方法である。
【0026】
本発明者らの検討によると、フッ化水素酸水溶液のフッ化水素濃度をできるだけ高くし、更に水溶液の温度をできるだけ低くすることで、本発明のフッ化マンガン酸カリウムを得られることを見出した。具体的に、好ましいフッ化水素酸水溶液中のフッ化水素濃度は50質量%以上、より好ましくは60質量%以上である。なお、フッ化マンガン酸カリウム析出時の、好ましい温度は5℃以下、より好ましくは0℃以下である。
【0027】
本発明のフッ化マンガン酸カリウムを原料として、マンガン付活複フッ化物蛍光体を合成すると、蛍光特性や信頼性の優れた蛍光体を得ることができる。この複フッ化物蛍光体の母体結晶としては、青色光で効率良く励起され、波長630nm近傍で色純度の高い赤色発光を示すとともに、複フッ化物の中では比較的、耐湿性、熱的安定性に優れるヘキサフルオロケイ酸カリウムが好ましい。
【0028】
本発明の別の実施形態は、本発明のフッ化マンガン酸カリウムを、マンガン付活複フッ化物蛍光体を製造する原料として用いる、マンガン付活複フッ化物蛍光体の製造方法である。この製造方法では、本発明のフッ化マンガン酸カリウムを溶解させたフッ化水素酸溶液中で、マンガン付活複フッ化物蛍光体の結晶を析出させることが好ましく、また、カリウム、フッ素を少なくとも含む水溶液で、固体状シリカを溶解する工程において、本発明のフッ化マンガン酸カリウムを前記水溶液中に加える操作を実施し、前記水溶液中における固体状シリカの溶解の進行と並行して、マンガン付活複フッ化物蛍光体を析出させて得る製造方法であることが好ましい。なお、マンガン付活複フッ化物蛍光体の種類には、特に限定を設けないが、一般式KSiFで表されるマンガン付活ヘキサフルオロケイ酸カリウム蛍光体であることが好ましい。
【0029】
例えば、本発明のフッ化マンガン酸カリウムを原料とする、マンガン付活ヘキサフルオロケイ酸カリウム蛍光体の製造方法は、前記フッ化マンガン酸カリウムをマンガン原料に使用し、(1)カリウム、シリコン及びマンガンのうち少なくとも一種以上の元素が溶解している、二種以上のフッ化水素酸水溶液を調製しておき、前記二種以上の水溶液を混合して、各フッ化水素酸水溶液に含まれる元素間の反応により、飽和溶解度以上のマンガン付活ヘキサフルオロケイ酸カリウム蛍光体を析出させる方法、(2)フッ化水素酸水溶液に所望の組成比で、カリウム、シリコン及びマンガンの各元素を溶解させて、例えば、アルコール、アセトン、水を加え、マンガン付活ヘキサフルオロケイ酸カリウム蛍光体の水溶液中の飽和溶解度を下げて析出させる方法(貧溶媒法)、(3)カリウム及び/又はマンガンが溶解したフッ化水素酸水溶液に、二酸化ケイ素粉末及び/又はフッ化マンガン酸カリウム粉末を添加して、前記二酸化ケイ素粉末がフッ化水素酸水溶液に溶解して、溶液中のカリウム、マンガン、フッ素と反応することにより、飽和溶解度以上のマンガン付活ヘキサフルオロケイ酸カリウム蛍光体を析出させる方法などがある。
【実施例】
【0030】
<フッ化マンガン酸カリウムの合成>
以下、本発明の実施例と比較例を示して、本発明をさらに具体的に説明する。
<実施例1>
実施例1のフッ化マンガン酸カリウム(KMnF)を、非特許文献1に記載のBode法に準じて作製した。容量2000mlのフッ素樹脂製ビーカーに濃度40質量%のフッ化水素酸800mlを入れ、フッ化水素カリウム粉末(和光純薬工業製、特級試薬)260g及び過マンガン酸カリウム粉末(和光純薬工業製、試薬一級)12gを溶解させた。このフッ化水素酸溶液を撹拌しながら、30%過酸化水素水(和光純薬工業製、特級試薬)8mlを少しずつ滴下した。過酸化水素水の滴下量が一定量を越えると黄色粉末が析出し始め、反応液の色が紫色から変化し始めた。過酸化水素水8mlを滴下後、しばらく撹拌を続けた後に撹拌を止め、析出粉末を沈殿させた。沈殿後、上澄み液を除去してメタノールを加えるという操作を、液が中性になるまで繰り返した。その後、ろ過により析出粉末を回収し、更に乾燥を行ってメタノールを完全に蒸発除去して実施例1のフッ化マンガンカリウム(原料Aという)を得た。なお、フッ化マンガン酸カリウムの析出反応は、−5℃に設定した恒温槽(エチレングリコール水溶液)に前記フッ素樹脂製ビーカーをセットし、水溶液の温度が0℃を超えない条件で実施した。
【0031】
<実施例2>
実施例2では、フッ化水素酸水溶液のフッ化水素濃度を60質量%とした以外は、実施例1と同じ方法により、フッ化マンガン酸カリウム(原料Bという)を合成した。
【0032】
<比較例1>
比較例1では、フッ化マンガン酸カリウムを常温で析出させた以外は、実施例1と同じ方法により、フッ化マンガン酸カリウム(原料Cという)を合成した。
【0033】
<比較例2>
比較例2では、恒温槽の設定温度を10℃として、またフッ化マンガン酸カリウム析出反応時の温度を10〜15℃とした以外は、実施例1と同じ方法により、フッ化マンガン酸カリウム(原料Dという)を合成した。
【0034】
<フッ化マンガン酸カリウム中の、カリウム及びマンガン含有濃度>
参考として、実施例1及び比較例1のフッ化マンガン酸カリウム(即ち原料Aと原料C)に含まれるカリウム及びマンガンの含有濃度をICP(Inductively Coupled Plasma)発光分光分析により測定した。原料Aのカリウム及びマンガン濃度はそれぞれ31.9質量%、22.2質量%であり、原料Cのカリウム及びマンガン濃度は、それぞれ33.0質量%、20.9質量%であり、いずれもフッ化マンガン酸カリウム(KMnF)の量論組成比で算出されるK:31.6質量%、Mn:22.2質量%に近い値であった。
【0035】
<フッ化マンガン酸カリウムのX線光電子分光分析>
実施例1、2及び比較例1、2のフッ化マンガン酸カリウム(即ち原料A、原料B、原料C、原料D)の、X線光電子分光分析による測定を、サーモフィッシャー・サイエンティフィック社製K−Alpha型で行った。フッ化マンガン酸カリウムは専用の粉末測定用の試料ホルダーに、試料面が平らになるように充填した。
測定条件は、以下の通りである。
X線源:モノクロメータ付きAlKα線
帯電中和:低速電子と低速Ar+イオンの同軸照射型のデュアルビーム
検出角度:90°
出力:36W
測定領域:約400μm×200μm
パスエネルギー:50eV
測定範囲:Mn2pスペクトルの632〜670eV
データ:0.1eV/step、50msecで取り込み、積算回数は5回
【0036】
<X線光電子分光分析データの解析>
X線光電子分光分析で得られたデータは、サーモフィッシャー・サイエンティフィック社製K−Alpha型に付属している解析ソフトThermo Avantageを用いて解析した。なお、得られた結合エネルギースペクトルに関する結合エネルギー補正は、C1sスペクトルにおけるC−C結合(284.8eV)で行った。
【0037】
実施例1(即ち原料A)の結合エネルギー補正を行った結合エネルギースペクトル図を図1に、また図1の一部を拡大した図2を示す。なお、これらのスペクトル図で、結合エネルギーが633eV〜638eVの領域の信号強度の平均カウント数をバックグラウンド値とした。次に、結合エネルギーが643〜644eVの領域で一番大きい信号強度のカウント数から、上記バックグラウンド値を差し引いた信号強度値Aと、結合エネルギーが645〜646eVの領域で一番大きい信号強度のカウント数から、上記バックグラウンド値を差し引いた信号強度値Bを求めた。実施例1の信号強度値A/信号強度値Bの比の値は、0.70であった。同様にして、実施例2(原料B)、比較例1(原料C)、比較例2(原料D)に関する信号強度値A/信号強度値Bの比の値は、それぞれ0.59、1.31、0.97であった。これらの値は表1に記載した。
【0038】
<マンガン付活ヘキサフルオロケイ酸カリウム蛍光体の合成>
次に実施例1、2及び比較例1、2のフッ化マンガン酸カリウム(即ち原料A、原料B、原料C、原料D)を原料に用いて、以下の方法により、マンガン付活ヘキサフルオロケイ酸カリウム蛍光体を合成した。
【0039】
<実施例3>
常温下で、容量2000mlのフッ素樹脂製ビーカーに濃度55質量%フッ化水素酸1000mlを入れ、フッ化水素カリウム粉末(和光純薬工業製、特級試薬)127.5g溶解させて水溶液を調製した。この水溶液を撹拌しながら、二酸化ケイ素粉末(デンカ製、FB−50R、非晶質、比表面積0.4m/g)34.5gと、実施例1のフッ化マンガン酸カリウム(原料A)粉末4.5gを入れた。粉末を水溶液に加えると二酸化ケイ素の溶解熱により、水溶液温度が上昇し、溶液温度は粉末を添加して約3分後に最高温度(約40℃)に到達し、その後は二酸化ケイ素の溶解が終了したために溶液温度は下降した。なお、白色の二酸化ケイ素粉末を加えると直ちに水溶液中で黄色粉末が生成し始めていることが確認されていることから、二酸化ケイ素粉末の溶解と黄色粉末の析出が同時に起こっていた。
【0040】
二酸化ケイ素粉末が完全に溶解した後、しばらく水溶液を撹拌し、黄色粉末の析出を完了させた後、溶液を静置して固形分を沈殿させた。沈殿確認後、上澄み液を除去し、濃度20質量%のフッ化水素酸及びメタノールを用いて黄色粉末を洗浄し、更にこれをろ過して固形分をろ過回収し、更に乾燥処理により、残存メタノールを蒸発除去した。乾燥処理終了後、目開き75μmのナイロン製篩を用い、この篩を通過した黄色粉末だけを分級して回収した。これを実施例3のマンガン付活ヘキサフルオロケイ酸カリウム蛍光体(蛍光体Aという)とした。
【0041】
<実施例4>
実施例3のマンガン付活ヘキサフルオロケイ酸カリウム蛍光体の合成で用いた実施例1のフッ化マンガン酸カリウム粉末を、実施例2のフッ化マンガン酸カリウム粉末(原料B)に置き換えた以外は、実施例3と同じ方法により、実施例4のマンガン付活ヘキサフルオロケイ酸カリウム蛍光体(蛍光体Bという)を得た。
【0042】
<比較例3>
実施例3のマンガン付活ヘキサフルオロケイ酸カリウム蛍光体の合成で用いた実施例1のフッ化マンガン酸カリウム粉末を、比較例1のフッ化マンガン酸カリウム粉末(原料C)に置き換えた以外は、実施例3と同じ方法により、比較例3のマンガン付活ヘキサフルオロケイ酸カリウム蛍光体(蛍光体Cという)を得た。
【0043】
<比較例4>
実施例3のマンガン付活ヘキサフルオロケイ酸カリウム蛍光体の合成で用いた実施例1のフッ化マンガン酸カリウム粉末を、比較例2のフッ化マンガン酸カリウム粉末(原料D)に置き換えた以外は、実施例3と同じ方法により、比較例4のマンガン付活ヘキサフルオロケイ酸カリウム蛍光体(蛍光体Dという)を得た。
【0044】
<マンガン付活ヘキサフルオロケイ酸カリウム蛍光体のX線回折パターン>
参考として、実施例3で得られたマンガン付活ヘキサフルオロケイ酸カリウム蛍光体(蛍光体A)の黄色粉末を、X線回折装置を用いて、X線回折パターンを測定した結果、いずれもヘキサフルオロケイ酸カリウム(KSiF)結晶と同一パターンであり、マンガン付活ヘキサフルオロケイ酸カリウムが単相で得られたことを確認した。
【0045】
<蛍光体のメディアン径測定>
実施例3、4及び比較例3、4のマンガン付活ヘキサフルオロケイ酸カリウム蛍光体(即ち、蛍光体A、蛍光体B、蛍光体C、蛍光体D)の粒度分布を、測定溶媒としてエタノールを使用し、レーザー回折散乱式の粒度分布測定装置(ベックマン・コールター社製LC13 320)により測定し、得られた累積粒度分布曲線から、各蛍光体の体積基準のメディアン径(D50)を求め、表2に示した。なお、なお、実施例3、4及び比較例3、4の蛍光体(蛍光体A、蛍光体B、蛍光体C、蛍光体D)のメディアン径はほぼ同じであった。
【0046】
<蛍光体の吸収率、内部量子効率、外部量子効率測定>
実施例3、4及び比較例3、4のマンガン付活ヘキサフルオロケイ酸カリウム蛍光体について、常温における波長455nmの青色光で励起した時の量子効率などを、次の方法により求めた。
【0047】
即ち、積分球(φ60mm)の側面開口部(φ10mm)に反射率が99%の標準反射板(Labsphere社製スペクトラロン)をセットした。この積分球に、発光光源としてのXeランプから455nmの波長に分光した単色光を光ファイバーにより導入し、反射光のスペクトルを分光光度計(大塚電子株式会社製MCPD−7000)により測定した。その際、450〜465nmの波長範囲のスペクトルから励起光フォトン数(Qex)を算出した。
【0048】
次に、凹型のセルに表面が平滑になるように、蛍光体を充填したものを積分球の開口部にセットし、波長455nmの単色光を照射し、励起の反射光及び蛍光のスペクトルを分光光度計により測定した。得られたスペクトルデータから励起反射光フォトン数(Qref)及び蛍光フォトン数(Qem)を算出した。励起反射光フォトン数は、励起光フォトン数と同じ波長範囲で、蛍光フォトン数は、465〜800nmの範囲で算出した。
【0049】
得られた前記三種類のフォトン数から、吸収率=(Qex−Qref)/Qex×100、内部量子効率=Qem/(Qex−Qref)×100、外部量子効率=Qem/Qex×100を求めた。実施例3、4及び比較例3、4の蛍光体に関する、波長455nm励起での吸収率、内部量子効率、外部量子効率を表2に併せて示す。
【0050】
<単色パッケージの作製と信頼性評価>
さらに次の方法により、実施例3、4及び比較例3、4の蛍光体を一種類ずつ実装する、実施例5、6及び比較例5、6の単色パッケージの作製し、その信頼性を評価した。
【0051】
<単色パッケージの作製>
実施例3の蛍光体(蛍光体A)を、シリコーン樹脂(信越化学製KER−2500)に添加し、脱泡・混練後、ピーク波長450nmの青色LED素子を接合した表面実装タイプのパッケージにポッティングし、更にそれを熱硬化させることにより、実施例5の単色パッケージを作製した。物蛍光体/シリコーン樹脂の配合比は、30/70質量%とした。得られた実施例5の単色パッケージを通電発光させた際の全光束を、大塚電子製の全光束測定装置(直径300mm積分半球と分光光度計/MCPD−9800の組合せ)により測定した。一種の蛍光体に対して、5個の単色パッケージを測定し、その平均値を算出した。次に、それぞれのフッ化物蛍光体を用いた単色パッケージを温度85℃、相対湿度85%の恒温恒湿槽(エスペック製、SH−642)の中で、1000時間通電点灯させた後、再びの全光束を測定し、初期値に対する全光束の保持率を算出した。1000時間通電点灯後の、実施例5の単色パッケージの全光束維持率は89%であり、表3に示した。
【0052】
同様に、実施例4の蛍光体(蛍光体B)を用いて実施例6の単色パッケージを、比較例3(蛍光体C)の蛍光体を用いて比較例5の単色パッケージを、比較例4の蛍光体(蛍光体D)を用いて比較例6の単色パッケージそれぞれ作製し、それぞれの全光束維持率を測定し、表3に併せて示した。
【0053】
【表1】
【0054】
【表2】
【0055】
【表3】

【0056】
表1〜表3の結果から、本発明のフッ化マンガン酸カリウムは、優れた特性を有するマンガン付活複フッ化物蛍光体の原料であることが判る。


図1
図2
図3