(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
グリース組成物が平滑に封入されたガラスシャーレを100℃環境下で1000時間放置したとき、次式に従い算出される経時硬化率が20%を超えないことを特徴とする、請求項1又は請求項2に記載のグリース組成物。
経時硬化率(%)=[(X−Y)/X]×100
X:静置開始時のグリース組成物の不混和ちょう度
Y:1000時間静置後のグリース組成物の不混和ちょう度
薬包紙上にグリース組成物9mgをφ3mm円柱状に静置し、80℃の環境下で24時間放置した時点において、薬包紙に生じた油にじみ部分の面積を計測し、グリース組成物の質量当たりの該油にじみ部分の面積である離油量が200mm2/mg乃至300mm2/mgであることを特徴とする、請求項1乃至請求項3のうちいずれか一項に記載のグリース組成物。
ハードディスク駆動装置のスイングアームを揺動可能に支持するピボットアッシー軸受装置であって、請求項5に記載の転がり軸受を備えたことを特徴とする、ピボットアッシー軸受装置。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明のグリース組成物は、(a)基油、並びに(b)増ちょう剤を含有する。
【0016】
<基油>
本発明のグリース組成物は(a)基油としてアルキルナフタレンを使用する。本発明におけるアルキルナフタレンは40℃における動粘度が20〜80cStの範囲であることが望ましい。このようなアルキルナフタレンの採用により、後述する(b)増ちょう剤の配合量を10%より少ない量に抑制できるとともに、優れた形状安定性と離油特性と寿命特性を有するグリース組成物が得られる。
上記(a)基油は、本発明のグリース組成物の総質量に基いて80質量%以上の割合で含むことが好ましく、例えばグリース組成物の総質量に基いて80質量%乃至93質量%の割合にて基油を含む。
【0017】
<増ちょう剤>
ウレア化合物は、耐熱性、耐水性ともに優れ、特に高温での安定性が良好なため、高温環境下での適用箇所において増ちょう剤として好適に用いられており、特に耐熱性及び音響特性(静音性)の点から、ジウレア化合物が多く使用されている。
本発明のグリース組成物は(b)増ちょう剤としてウレア化合物、具体的には脂環式脂肪族ジウレア化合物を使用する。
脂環式脂肪族ジウレア化合物としては、例えば下記一般式(1)で表されるジウレア化合物を挙げることができる。
R
1−NHCONH−R
2−NHCONH−R
3・・・(1)
(式中、R
1及びR
3は、一方が一価の脂環式炭化水素基を表し、他方が一価の脂肪族炭化水素基を表し、
R
2は、二価の芳香族炭化水素基を表す。)
【0018】
上記一価の脂肪族炭化水素基としては、例えば炭素原子数6乃至26の直鎖状又は分枝鎖状の飽和又は不飽和の脂肪族炭化水素基が挙げられる。
上記一価の脂環式炭化水素基としては、例えば炭素原子数5乃至12の脂環式炭化水素基が挙げられる。
上記二価の芳香族炭化水素基としては、例えば炭素原子数6乃至20の二価の芳香族炭化水素基が挙げられる。
【0019】
本発明で使用する脂環式脂肪族ジウレア化合物は、アミン化合物とイソシアネート化合物を用いて合成可能である。例えばアミン原料として脂環式アミンと脂肪族アミンを用い、これと芳香族ジイソシアネートとを用いて合成し、得られる。
上記アミン化合物としては、ヘキシルアミン、オクチルアミン、ドデシルアミン、ヘキサデシルアミン、オクタデシルアミン(ステアリルアミン)、ベヘニルアミン、オレイルアミンなどに代表される脂肪族アミン、並びに、シクロヘキシルアミンなどに代表される脂環式アミンが挙げられる。
またイソシアネート化合物として、フェニレンジイソシアネート、トリレンジイソシアネート(TDI)、ジフェニルジイソシアネート、ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)、ジメチルビフェニルジイソシアネート(TODI)等の芳香族ジイソシアネートが用いられる。
【0020】
上記(b)増ちょう剤は、本発明のグリース組成物の総質量に基いて4質量%乃至10質量%の割合で含む。増ちょう剤を10質量%を超えて使用した場合、グリース組成物は離油量が少なすぎるものとなり潤滑不良となることが懸念される。一方、4質量%未満にて使用すると離油量が多すぎるものとなり装置の汚染が懸念されるだけでなく、流動特性の悪化が懸念される。
なかでも、離油量が適正であり且つ流動特性及び寿命特性に特に優れたグリース組成物を得られる観点から、例えば6質量%乃至10質量%の割合にて増ちょう剤を含むことが好ましい。
【0021】
<その他添加剤>
また、グリース組成物には、上記必須成分に加えて、必要に応じてグリース組成物に通常使用される添加剤を、本発明の効果を損なわない範囲において含むことができる。
このような添加剤の例としては、酸化防止剤、防錆剤、極圧剤、金属不活性剤、摩擦防止剤(耐摩耗剤)、油性向上剤、粘度指数向上剤、増粘剤などが挙げられる。
これらその他の添加剤を含む場合、その添加量(合計量)は特に限定されないが、通常、グリース組成物の全量に対して0.1〜10質量%、例えば3〜10質量%である。
【0022】
例えば上記酸化防止剤としては、例えばオクタデシル−3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート、ペンタエリスリトールテトラキス[3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート]、2,4−ビス−(n−オクチルチオ)−6−(4−ヒドロキシ−3,5−ジ−t−ブチルアニリノ)−1,3,5−トリアジン、1,3,5−トリメチル−2,4,6−トリス(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシベンジル)ベンゼン、トリエチレングリコール−ビス[3−(3−t−ブチル−5−メチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート]、1,6−ヘキサンジオール−ビス[3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート]、2,2−チオ−ジエチレンビス[3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート]、N,N’−ヘキサメチレンビス(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシ−ヒドロシンナミド)等のヒンダードフェノール系酸化防止剤、2,6−ジ−t−ブチル−4−メチルフェノール、および4,4−メチレンビス(2,6−ジ−t−ブチルフェノール)等のフェノール系酸化防止剤、ジフェニルアミン、トリ
フェニルアミン、ヒンダードアミン、フェニル−α−ナフチルアミン、アルキル化フェニル−α−ナフチルアミン、フェノチアジン、アルキル化フェノチアジン等のアミン系酸化防止剤等が挙げられる。
【0023】
また極圧剤としては、例えば正リン酸エステル、亜リン酸エステル、リン酸エステルアミン塩等のリン系化合物、スルフィド類、ジスルフィド類等の硫黄系化合物、塩素化パラフィン、塩素化ジフェイル等の塩素系化合物、ジアルキルジチオリン酸亜鉛、ジアルキルジチオカルバンミン酸モリブデン等の硫黄系化合物の金属塩等が挙げられる。
【0024】
金属不活性剤としては、ベンゾトリアゾール、亜硝酸ソーダ等が挙げられる。
【0025】
また耐摩耗剤はトリクレジルホスフェートや高分子エステルを挙げることができる。
上記高分子エステルとしては、例えば脂肪族1価カルボン酸及び2価カルボン酸と、多価アルコールとのエステルが挙げられる。上記高分子エステルの具体例としては、例えばクローダジャパン社製のPRIOLUBE(登録商標)シリーズなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0026】
<経時硬化率について>
本発明のグリース組成物は、経時硬化率が低いグリース組成物であることが好適である。その理由につき、以下に説明する。
【0027】
本発明のグリース組成物が特に好適な適用対象とする、ハードディスク駆動装置のスイングアームを揺動可能に支持する転がり軸受装置は、ピボットアッシー軸受装置と呼ばれ、これは一方向に回転する一般的な転がり軸受装置とは異なり、微小角度で正転と逆転を繰り返す揺動運動を行う軸受装置である。
ピボットアッシー軸受装置には、一般にチャネリング特性(軸受内のグリース系潤滑剤が転動体によって押し退けられやすい性質)を有するグリース系の潤滑剤が用いられる。ピボットアッシー軸受装置が揺動すると、該軸受装置に封入されたグリースは揺動域の両端部、すなわち転がり軸受のボールの両サイドに寄せられて堆積し、堆積したグリースはせん断を受けない(静置された状態となる)ため、経時的に硬化しやすくなる。そしてグリースの硬化が生じると、その硬化物をボールが乗り越えようとする際にトルクが大きく変動して高くなり、ハードディスクのディスク読み取りエラーが発生しやすくなる。この硬化したグリースをボールが乗り越える際にトルクが上昇する現象をバンプ(bump)と呼ぶ。
【0028】
ウレア系増ちょう剤を配合したグリースは、経時的に硬化する傾向があり、該グリースの経時硬化特性を把握することは、軸受装置実機におけるバンプの発生を予測する上で重要である。経時硬化率が低いグリースは、長期に亘って硬化が抑制されるものとなり得るため、すなわち経時硬化率の低いグリースの使用は、実機におけるバンプ発生の抑制につながるといえる。これは、ディスク読み取りエラーの抑制につながるとともに、ハードディスク駆動装置の長寿命化にもつながる。
こうした背景から、本発明者らは、以下に示す独自評価により、グリースの経時硬化率の評価を実施した。
【0029】
本発明者らは、一定時間放置した後のグリースの経時硬化率(%)を以下のようにして算出した。すなわち、ガラスシャーレにグリースを平滑に封入し、100℃環境下に静置し、定期的にグリースの不混和ちょう度を測定し、後述する式1にて算出した値を経時硬化率(%)として定義した。
上記の定義に基づき、従来のグリースについて経時硬化率を算出したところ、100℃環境下にて1000時間放置後において、経時硬化率が50〜60%であった従来のグリ
ースでは、実機におけるバンプの発生が確認された。さらに、経時硬化率が20〜30%程度の従来のグリースでは、実機におけるバンプの発生頻度は低減するものの、依然として若干のバンプが確認された。これら結果より、グリースの経時硬化率が低ければ低いほど、実機におけるバンプの発生が低減できることが推測できる。
【0030】
以上の結果を踏まえ、本発明のグリース組成物において、グリース組成物が平滑に封入されたガラスシャーレを100℃環境下で1000時間放置したとき、次の式1に従い算出される経時硬化率が20%を超えないことが好適であると評価するものである。
経時硬化率(%)=[(X−Y)/X]×100 (式1)
X:静置開始時のグリース組成物の不混和ちょう度
Y:1000時間静置後のグリース組成物の不混和ちょう度
【0031】
<離油量について>
本発明のグリース組成物は、離油量が適正な範囲にあることが好適である。その理由につき、以下に説明する。
【0032】
従来より、グリースから滲み出す油分(基油)の量を評価する手法として離油量測定試験がある。離油量の大小によってグリースの寿命が変化するため、離油量の把握はグリースの寿命特性の把握に重要であるのみならず、適切な潤滑性能を得るためにも重要である。
例えば、グリースを冠型リテーナーのボールポケット間のグリース溜まり部に塗布するピボットアッシー軸受装置では、離油量が少なすぎると、経時的にボールに供給される潤滑剤(基油)が不足することとなり、トルク荒れや潤滑剤の焼き付きの発生につながる虞がある。一方、離油量が多過ぎるとオイル漏れによる汚染が起こりやすくなるという問題もある。
【0033】
さて、ウレア系増ちょう剤を配合したグリースは、一般的に離油量が少ないため、離油度の測定方法を規定するJIS K2220等の公知規格の離油測定手法を用いて離油量を測定した場合に、測定結果に明確な差が生じ難いことがある。
そのため、本発明においては離油量の差がより明確となる独自の手法を採用した。具体的には、薬包紙上に9mgのグリース組成物をφ3mm円柱状に静置し、これを80℃環境下で24時間放置した時点において、薬包紙に生じた油にじみ(基油のにじみ)部分の面積を計測した。そしてグリースの質量当たりの油にじみ部分の面積を離油量(mm
2/mg)として定義した。
【0034】
上記の定義に基づき、潤滑不良が発生していない従来のグリースをこの独自方法で評価したところ、その離油量が概ね230〜280mm
2/mg程度であったことが確認された。そして離油量が200mm
2/mg以下となった従来のグリースでは潤滑不良による焼き付きが確認された。また、離油量が多すぎる場合には油漏れの原因になる点を考慮し、その上限値を300mm
2/mgとした。
【0035】
以上の結果を踏まえ、本発明のグリース組成物においては、薬包紙上にグリース組成物9mgをφ3mm円柱状に静置し、80℃の環境下で24時間放置した時点において、薬包紙に生じた油にじみ部分の面積を計測し、グリース組成物の質量当たりの該油にじみ部分の面積である離油量が200mm
2/mg乃至300mm
2/mgであることが好適であると評価するものであり、特に離油量が230mm
2/mg乃至280mm
2/mgであることがより好適であると評価するものである。
【0036】
[転がり軸受]
本発明に係る転がり軸受の好ましい実施形態について、以下に添付図面を参照して詳細
に説明する。なお、以下の実施形態により本発明が限定されるものではない。
【0037】
図1は、本発明の好ましい実施形態の転がり軸受(玉軸受)10の径方向の断面図である。
図1に示す本実施形態の転がり軸受10は、回転軸mを中心軸とする円筒形の外輪1と、外輪1の内周側に外輪1と同軸状に設けられる円筒形の内輪2と、外輪1と内輪2との間に形成される軌道6内に配置される複数の転動体であるボール3と、軌道6内に配置されてボール3を保持する保持器(リテーナ)4と、内輪2に対向する外輪1の軌道面1aの両端部から内輪2へ向かって伸び、軌道6を外界から遮断するシール5と、軌道6内に封入される本発明のグリース組成物(不図示)とから主に構成される。
なお上記保持器4の形状(冠形や波形等)や材質(鋼板製あるいは樹脂製等)は任意であり、特定の形状や材質に限定されない。また上記シール5は、例えば鋼板により形成され得る。
【0038】
転がり軸受10では、外輪1及び内輪2と、複数のボール3との転がり接触によって摩擦抵抗が低減され、ボール3の転動により、内輪2が外輪1に相対して、回転軸mを中心として回転する。ボール3は、保持器4により、内輪2及び外輪1の周方向に所定の間隔で保持され、ボールの脱落や隣接するボール間の接触が抑制される。
更に、転がり軸受10では、グリース組成物の存在により、軌道6内のボール3と内輪2及び外輪1との摩擦抵抗が低減され、摩擦トルクが軽減されると共に摩擦熱の発生も抑制され、内輪2及び外輪1の円滑な回転が促進される。
【0039】
本実施形態において、グリース組成物の充填量は、軸受10内部の空間容積に対して例えば約5%〜30%が好ましく、特に低トルクが要求される後述するピボットアッシー軸受装置においては5%〜10%がより好ましい。グリース組成物の充填量をこの範囲とすることで、グリース組成物は、転がり軸受10の軌道6内のボール3と内輪2及び外輪1を十分に潤滑して摩擦抵抗を低減し、摩擦トルクを軽減できる。ここで、軸受10内部の空間容積とは、外輪1と内輪2との間に挟まれ且つシール5によって区切られた軌道6において、ボール3及び保持器4の体積を除いた空間容積である。
【0040】
本実施形態の転がり軸受10は、ピボットアッシー軸受装置に備えられる転がり軸受として用いることができる。本実施形態の転がり軸受10は、本発明のグリース組成物を用いることによって、トルク変動を小さなものとすることができ、磁気ヘッドの正確な位置決めが可能となり、またトルクの値そのものも低いため磁気ヘッドの応答速度が速くなるという利点がある。
なお本実施形態の転がり軸受10は、ピボットアッシー軸受装置に用いるのに好適であるが、用途はこれに限られず、例えば、ファンモーターやステッピングモーター等の小径軸受を用い、低トルクを必要とするモーター類全般に用いることができる。
【0041】
[ピボットアッシー軸受装置及びハードディスク駆動装置]
以下に添付図面を参照して、前述の実施形態の転がり軸受を備えたピボットアッシー軸受装置、及び該ピボットアッシー軸受装置を備えたハードディスク駆動装置について説明する。なお、以下の実施形態により本発明が限定されるものではない。
【0042】
図2は、本発明の好ましい実施形態のハードディスク駆動装置20の全体構成を示す斜視図である。
図2に示すように、本実施形態であるハードディスク駆動装置20は、略矩形箱状の基台(ベースプレート)21と、この基台21に載置されたスピンドルモータ22と、このスピンドルモータ22により回転する磁気ディスク23と、磁気ディスク23の所定の位置に情報を書き込むと共に、任意の位置から情報を読み出す磁気ヘッド25を有するスイ
ングアーム24と、スイングアーム24を揺動可能に支持するピボットアッシー軸受装置30から主に構成される。
【0043】
図3は、本発明の好ましい実施形態のピボットアッシー軸受装置30の断面図である。
本実施形態のピボットアッシー軸受装置30は、シャフト(軸)31と、所定長さのスペースSを空けてシャフト31に嵌装される2つの転がり軸受である第1の軸受40及び第2の軸受50と、2つの転がり軸受40、50を外装するスリーブ32(外周部材)とから主に構成される。スリーブ32には、軸方向に所定長さのスペースSを空けて2つの転がり軸受40、50を配置するために設けられたスペーサ部32aを有する。
このようにシャフト31は、第1の軸受40と第2の軸受50により、回転自在な状態で保持されている。
なおスペーサ部32aは、
図3に示す実施形態のようにスリーブ32と一体成形されたものに限定されず、スリーブとスペーサとを別々の部品にて構成してもよい。
【0044】
第1の軸受40及び第2の軸受50には、上述の本発明の実施形態の転がり軸受10を用いる。
第1の軸受40は、第1の内輪42と、第1の外輪41と、第1の内輪42と第1の外輪41との間に形成される軌道内に配置される複数の転動体であるボール43と、軌道内に配置されてボール43を保持する保持器(リテーナ)44と、軌道を外界から遮断するシール45と、軌道内に封入される本発明のグリース組成物(不図示)から主に構成される。
第2の軸受50も同様に、第2の内輪52と、第2の外輪51と、第2の内輪52と第2の外輪51との間に形成される軌道内に配置される複数の転動体であるボール53と、軌道内に配置されてボール53を保持する保持器(リテーナ)54と、軌道を外界から遮断するシール55と、軌道内に封入される本発明のグリース組成物(不図示)から主に構成される。
シャフト31は、筒状のシャフト本体31aと、シャフト本体31aの一端側に形成されたフランジ部31bを有し、フランジ部31bをハードディスク駆動装置10の基台21(
図2参照)側に位置させて基台21に取り付けられる。第2の軸受の第2の内輪52の一端部は、シャフトのフランジ部31bに接している。
【0045】
本実施形態のピボットアッシー軸受30には、前述した本発明のグリース組成物が充填された転がり軸受である第1及び第2の軸受40、50が用いられている。
一般的な転がり軸受は一方向に回転するが、ピボットアッシー軸受30は、ハードディスクドライブ20の磁気ヘッド25を磁気ディスク23上で移動させるため、微小角度で正転と逆転を繰り返す揺動運動を高速で行う。そして、高い応答速度で磁気ヘッド25を正確な位置に移動させる必要がある。
本実施形態で用いるグリース組成物は、経時硬化を抑制でき、且つ、適切な範囲の離油量を実現できるとともに、優れた流動特性(グリースの形状特性)を示す。そのため、トルクの局所的な上昇や、潤滑剤の供給不足によるトルク荒れなどの不具合や、オイル漏れによる汚染の防止が実現でき、さらに、初期及び長期的なトルクの安定性が期待できる。この結果、本実施形態のハードディスクドライブ20は、転がり軸受(第1及び第2の軸受40、50)を低トルクで、且つ小さいトルク変動で、安定に長時間駆動させることができる。これは、ハードディスク駆動装置のディスク読み取りエラーの抑制につながるとともに、ピボットアッシー軸受装置及びハードディスク駆動装置の長寿命化を可能にする。
【実施例】
【0046】
以下、本発明を実施例により、さらに詳しく説明する。ただし、本発明はこれに限定されるものではない。
【0047】
以下の実施例及び比較例のグリース組成物の調製に使用した各成分の詳細及びその略称は以下のとおりである。
(a)基油
・アルキルナフタレン:40℃における動粘度が36cStのアルキルナフタレン
・鉱油+PAO:鉱油とポリアルファオレフィン油との混合油
・エステル油:トリオクチルトリメリテート
・PAO+エステル油:ポリアルファオレフィン油とエステル油との混合油
(b)増ちょう剤
・脂環脂肪:脂環式脂肪族ジウレア化合物
・脂肪芳香:脂肪族芳香族ジウレア化合物
・脂肪 :脂肪族ジウレア化合物
【0048】
〔グリース組成物の調製〕
グリース組成物全質量に対して増ちょう剤が下記表1に示す割合となるように、基油中でイソシアネートとアミンとを反応させ、実施例1乃至実施例7及び比較例1乃至比較例11のグリース組成物を調製した。
得られたグリース組成物に関する経時硬化率、離油量、流動特性(貯蔵弾性率及びトルク)及び寿命特性(平均トルク及びピーク・トゥ・ピークトルク)について、それぞれ以下の手順を用いて評価した。得られた結果を表1に示す。
【0049】
<(1)経時硬化率(単位:%)測定 及び 評価基準>
ガラスシャーレに調製した各グリース組成物40gを平滑に封入し、このガラスシャーレを100℃環境下にて静置した。静置開始時のグリース組成物の不混和ちょう度と、1000時間静置後のグリース組成物の不混和ちょう度を測定し、下記式にて経時硬化率(%)を算出し、以下の基準にて経時硬化率を評価した。
経時硬化率(%)=[(X−Y)/X]×100 (式1)
X:静置開始時のグリース組成物の不混和ちょう度
Y:1000時間静置後のグリース組成物の不混和ちょう度
<評価基準>
A:経時硬化率が20%未満
B:経時硬化率が20%以上 40%以下
N:経時硬化率が40%超
なお評価基準は、A(好適である)、B(概ね好適である)、N(不適である)を反映したものとなっている(以下同じ)。
【0050】
<(2)離油量(単位:mm
2/mg)測定 及び 評価基準>
薬包紙の薬をのせる側の面上に調製した各グリース組成物9mgをφ3mm円柱状に静置し、80℃環境下にて24時間放置した。24時間経過後、薬包紙に生じた油にじみ部分の面積を計測した。グリース組成物の質量当たりの油にじみ部分の面積を離油量(mm
2/mg)として算出し、以下の基準にて離油量を評価した。
なお本試験において、薬包紙は(株)博愛社の「純白模造(中)」(サイズ:105mm×105mm、厚さ:42μm、目付:30g/m
2)を用い、上述のように、薬をのせる側の面(光沢面)上にグリース組成物を静置させた。
<評価基準>
N:離油量が200mm
2/mg未満
B:離油量が200mm
2/mg以上 230mm
2/mg未満
A:離油量が230mm
2/mg以上 280mm
2/mg以下
B:離油量が280mm
2/mg超 300mm
2/mg以下
N:離油量が300mm
2/mg超
【0051】
<(3)貯蔵弾性率(単位:Pa)について>
貯蔵弾性率はグリースの形状安定性を示す値であり、軸受装置へのグリース封入直後や、軸受装置の揺動時における、グリースの形状維持特性を把握するために、有効なパラメータである。
例えばピボットアッシー軸受装置では、グリースを冠型リテーナー上にのみ封入するため、グリースの形状が崩れると、グリースがボール等に絡み、転がり軸受のトルク上昇やトルク荒れにつながる。そのため、初期及び長期的なトルク安定性を得るためには、グリースの形状維持能力が重要な要素である。
こうしたグリースの形状維持特性の観点から、貯蔵弾性率は150Pa以上であることが好適である。ただし、貯蔵弾性率が高くなり過ぎると、ボールがグリースを超える際の抵抗が上がり、トルク上昇が懸念されるため、720Paを超えない値とするのが望ましい。
【0052】
<貯蔵弾性率(単位:Pa)測定 及び 評価基準>
アントンパール社製の回転式粘度計により、各グリース組成物の貯蔵弾性率G’を測定した。測定モードはひずみ分散法(ひずみを100%から0.01%に可変)にて、治具はパラレルプレートφ25mm(PP25)、プレートギャップ1mm、温度25℃にて測定を行い、測定スタート直後の値を貯蔵弾性率G’(Pa)とし、以下の基準にて貯蔵弾性率を評価した。
<評価基準>
N:貯蔵弾性率が150Pa未満
B:貯蔵弾性率が150Pa以上 200Pa未満
A:貯蔵弾性率が200Pa以上 600Pa以下
B:貯蔵弾性率が600Pa超 720Pa以下
N:貯蔵弾性率が720Pa超
【0053】
<(4)トルク(単位:mN・m)>
図4に示す回転式レオメータを使用して、実施例及び比較例の各グリース組成物を用いてトルクを測定した。
回転式レオメータ装置70は、トルクメータ71と、回転軸72を中心に回転する上部回転プレート73及び下部固定プレート74とから主に構成される。上部回転プレート73及び下部固定プレート74のプレート間のギャップGを0.5mmに設定して、プレート間に各実施例及び比較例のグリース組成物GSを挟み込み、25℃の環境に放置後、上部回転プレート73をせん断速度100s
−1で回転させた時の起動トルク(回転起動時の最大値)を測定した。尚、上部回転プレート73及び下部固定プレート74は、直径25mmのものを用いた。
以下の基準に従い、測定されたトルク値に基づいて、実施例及び比較例を評価した。
<評価基準>
N:トルクが、0.6mN・m超
B:トルクが、0.5mN・m超〜0.6mN・m以下
A:トルクが、0.1mN・m以上〜0.5mN・m以下
B:トルクが、7×10
−6mN・m以上〜0.1mN・m未満
N:トルクが、7×10
−6mN・m未満
【0054】
<(5)寿命特性>
次の手順にて寿命試験を行い、実施例及び比較例の各グリース組成物の寿命特性を評価した。
寿命試験として、揺動試験機に、各グリース組成物を封入した玉軸受を備えたピボットアッシー軸受をセットし、揺動振幅20度、揺動周波数55Hz、試験温度80℃で2億
シーク揺動させた。
次いで、寿命試験後の平均トルク並びにピーク・トゥ・ピークトルクを室温にて測定し、以下の評価基準に照らし合わせて、各グリース組成物の寿命を評価した。なお、寿命試験後の平均トルク値及びピーク・トゥ・ピークトルク値の測定のほか、レース面の揺動痕、グリース組成物の焼付き、グリース組成物の変色、スラッジの発生状態も確認した。
なお、“平均トルク”とは、個々のピボットアッシー軸受装置において、ピボットアッシー軸受装置を360°回転させたときのトルクの平均値である。トルク値は360°回転する間に4000回測定され、1個のピボットアッシー軸受装置の平均トルクは、4000個の測定値の平均を算出して得られる。各実施例及び各比較例の平均トルクは、5個のサンプルのそれぞれの平均トルクの平均値である。
また、個々のピボットアッシー軸受装置において、“ピーク・トゥ・ピークトルク”とは、ピボットアッシー軸受装置を360°回転させたときに測定した4000個のトルク値における最大ピーク値と最小ピーク値の間の差(最大振幅値)である。各実施例及び各比較例のピーク・トゥ・ピークトルクとは、5個のサンプルのそれぞれのピーク・トゥ・ピークトルクの平均値である。
<評価基準:平均トルク>
A:0.6gf・cm以下
B:0.6gf・cm超、0.8gf・cm以下
N:0.8gf・cm超
<評価基準:ピーク・トゥ・ピークトルク>
A:0.9gf・cm以下
B:0.9gf・cm超、1.0gf・cm以下
N:1.0gf・cm超
【0055】
【表1】
【0056】
表1に示すように、基油としてアルキルナフタレンと、増ちょう剤として脂環式脂肪族ジウレア化合物を、グリース組成物全量に対して4質量%乃至10質量%配合した実施例1乃至実施例7のグリース組成物にあっては、トルクに関してすべて好適である(A)結果となり、また経時硬化率、離油量及び貯蔵弾性率に関しても、好適である(A)又は概ね好適である(B)という結果となった。
特に、増ちょう剤を6質量%乃至10質量%配合した実施例1乃至実施例5のグリース組成物は、経時硬化率、離油量、貯蔵弾性率、トルクともに好適である(A)という結果となった。
【0057】
一方、アルキルナフタレンに替えて、基油として鉱油とポリアルファオレフィンの混合基油を用いた比較例1のグリース組成物にあっては、経時硬化率が40%超(N)と高く、グリース組成物の経時硬化によるバンプの発生等の不具合が予測される結果となった。
【0058】
エステル油を基油とし、増ちょう剤として脂肪族ジウレア化合物を使用した比較例2の
グリース組成物は、貯蔵弾性率及びトルクのいずれの評価も不適(N)となった。
また、ポリアルファオレフィンとエステル油の混合基油と、増ちょう剤として脂肪族芳香族ジウレア化合物を使用した比較例3のグリース組成物においても、貯蔵弾性率及びトルクのいずれの評価も不適(N)となった。
エステル油を基油とし、増ちょう剤として脂肪族芳香族ジウレア化合物を使用した比較例4のグリース組成物は、増ちょう剤として脂肪族ジウレア化合物を使用した比較例2と比べ流動特性は改善されたものの、離油量の評価が不適(N)となった。
そして、エステル油を基油とし、増ちょう剤として本発明で使用する脂環式脂肪族ジウレア化合物を使用した比較例5乃至比較例7のグリース組成物においても、離油量の評価は優れず、増ちょう剤の配合量を17質量%〜12質量%と変えても、離油量の評価がいずれも不適(N)となった。
また、これら比較例2乃至比較例7のグリース組成物は、いずれも、経時硬化率が20%以上40%以下(B)となり、発生頻度は低減するもののバンプの発生が予測される結果となった。
【0059】
さらに、基油としてアルキルナフタレンを用い、増ちょう剤として脂環式脂肪族ジウレア化合物を用いた比較例8及び比較例9において、増ちょう剤の配合量を本発明の規定量より過多(11質量%)とすると離油量が少なすぎるものとなり(比較例8)、一方、規定量過少(3質量%)とすると離油量が大きすぎるものとなるだけでなく、貯蔵弾性率の評価も不適(N)となった(比較例9)。
【0060】
そして、基油として本発明で使用するアルキルナフタレンを用いた比較例10及び比較例11において、増ちょう剤として、従来、広範に使用されているリチウム石けんを用いた比較例10にあっては、トルクの評価が不適(N)となり、耐熱性に優れるとされるクレイを用いた比較例11にあっては、貯蔵弾性率の評価が不適(N)となった。
【0061】
また寿命特性に関して、実施例1乃至実施例5では平均トルク及びピーク・トゥ・ピークトルクのいずれもが全て好適である(A)とする結果が得られた。実施例6では平均トルクが好適である(A)とする結果、ピーク・トゥ・ピークトルクは概ね好適である(B)とする結果となり、実施例7では平均トルク及びピーク・トゥ・ピークトルクのいずれも概ね好適である(B)となった。
これに対し、本発明で規定する基油、増ちょう剤、増ちょう剤の配合量が異なる比較例にあっては、比較例1以外の全ての比較例においてピーク・トゥ・ピークトルクは不適(N)となり、また平均トルクも約半分が不適(N)となった。
これらの結果より、実施例のグリース組成物が、比較例と比べて長寿命であることが確認された。
【0062】
上述の試験結果より、基油としてアルキルナフタレンを用い、脂環式脂肪族ジウレア化合物からなる増ちょう剤を4質量%乃至10質量%、好ましくは6質量%乃至10質量%配合することにより、グリースの経時硬化が抑制され、適正な離油量と優れたグリースの形状特性を併せ持つ長寿命なグリースが得られることが認められた。一方、基油の種類、増ちょう剤の種類及び配合量が上記に該当しないと、経時硬化の抑制、適正な離油量及び優れた形状特性という3つの効果が同時に得られないことが確認された。
【0063】
以上、最良の実施形態について詳細に説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれるものである。
【課題】グリースの経時硬化によるトルクの局所的な上昇を抑制でき、潤滑不良や油漏れを防止し、グリースの優れた形状安定性により初期及び長期的なトルク安定性が期待できるグリース組成物及び該グリース組成物が封入されている転がり軸受等を提供すること。
【解決手段】(a)アルキルナフタレンからなる基油、(b)ウレア化合物からなる増ちょう剤を含有する、グリース組成物であって、前記(b)増ちょう剤は、脂環式脂肪族ジウレア化合物であって、グリース組成物の総質量に基いて4質量%乃至10質量%の割合で含むことを特徴とする、グリース組成物、該グリース組成物が封入されている転がり軸受及び該転がり軸受を備えたピボットアッシー軸受装置、並びに、該ピボットアッシー軸受装置を備えたハードディスク駆動装置。