特許第6359827号(P6359827)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6359827-エルゴチオネイン含有組成物 図000007
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6359827
(24)【登録日】2018年6月29日
(45)【発行日】2018年7月18日
(54)【発明の名称】エルゴチオネイン含有組成物
(51)【国際特許分類】
   C12P 17/10 20060101AFI20180709BHJP
   A61K 8/64 20060101ALI20180709BHJP
   A61K 8/97 20170101ALI20180709BHJP
   A23L 33/10 20160101ALN20180709BHJP
   A61Q 19/00 20060101ALN20180709BHJP
【FI】
   C12P17/10
   A61K8/64
   A61K8/97
   !A23L33/10
   !A61Q19/00
【請求項の数】2
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-263451(P2013-263451)
(22)【出願日】2013年12月20日
(65)【公開番号】特開2015-116173(P2015-116173A)
(43)【公開日】2015年6月25日
【審査請求日】2016年12月2日
(73)【特許権者】
【識別番号】599125249
【氏名又は名称】学校法人武庫川学院
(73)【特許権者】
【識別番号】000223090
【氏名又は名称】三菱商事フードテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100146318
【弁理士】
【氏名又は名称】岩瀬 吉和
(74)【代理人】
【識別番号】100114188
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100119253
【弁理士】
【氏名又は名称】金山 賢教
(74)【代理人】
【識別番号】100124855
【弁理士】
【氏名又は名称】坪倉 道明
(74)【代理人】
【識別番号】100129713
【弁理士】
【氏名又は名称】重森 一輝
(74)【代理人】
【識別番号】100127812
【弁護士】
【氏名又は名称】城山 康文
(72)【発明者】
【氏名】早房 知香子
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 静乃
(72)【発明者】
【氏名】下田 芙雪
(72)【発明者】
【氏名】松井 徳光
【審査官】 布川 莉奈
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−163459(JP,A)
【文献】 特開2012−180329(JP,A)
【文献】 特開2008−079535(JP,A)
【文献】 特開2002−262663(JP,A)
【文献】 Shin-Yi Lin et al,Comparative Study of Contents of several Bioactive Components in Fruiting Bodies and Mycelia of Culinary-Medicinal Mushrooms,International Journal of Medicinal Mushrooms,2013年 5月,15,3,315-323
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 1/00−41/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/WPIDS/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
スエヒロタケ属またはツリガネタケ属に属する担子菌を、トルラ酵母残渣を含む培地で菌糸体培養して培養物を調製し、該培養物又は該培養物中の菌糸体を含むエルゴチオネイン含有組成物を得る、エルゴチオネイン含有組成物の製造方法。
【請求項2】
スエヒロタケ属またはツリガネタケ属に属する担子菌を、トルラ酵母残渣を含む培地で菌糸体培養して培養物を調製し、該培養物又は該培養物中の菌糸体を含むエルゴチオネイン含有組成物を得て、該エルゴチオネイン含有組成物からエルゴチオネインを抽出することを含むエルゴチオネインの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エルゴチオネインを含有する組成物に関する。特に、スエヒロタケ属またはツリガネタケ属に属する担子菌を菌糸体培養し生成した菌糸体を含むエルゴチオネイン含有組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
エルゴチオネインは生体にとって有用な抗酸化物質であるものの、人間が生体内で合成できないため、人間が摂取するには、菌類等によって生合成されたエルゴチオネインを根から吸収した植物を摂取する必要があった。しかし、根から吸収したエルゴチオネインはごく少量であって、人間にとって十分な量のエルゴチオネインを摂取するには極めて多量の植物を摂取する必要があった。そのため、これまで、エルゴチオネインは、化学合成法、植物や菌類からの抽出、発酵法などの製造方法が提案されている。
【0003】
しかし、化学合成法は、その工程が複雑な上、製造コストが高額である。しかも、その工程で様々な化学薬品を使用するため、食品として利用するにはその安全性を考慮する必要がある。また、発酵法では、化学合成法に比べて安全性は高いものの、依然としてその収量が低く、エルゴチオネインを多量に製造しようとすると、化学合成法と同様、高額になる。結果的に、そのエルゴチオネインを含む食品や化粧品の製造コストも同様に高額なものとなる。そこで、近年、低コストで安全性の高い方法として、担子菌の子実体又は菌糸体を利用してエルゴチオネインを抽出する方法が報告されている。
【0004】
特許文献1は、メチオニンを添加した培地でタモギタケの菌糸体を培養し、その菌糸体からエルゴチオネインを抽出することを開示している。そして、その得られたエルゴチオネインは、食品や化粧品の有効成分として利用できるとされている。
【0005】
特許文献2は、キノコを菌糸体培養し、得られた菌糸体からエルゴチオネインを抽出することを開示している。当該発明では、菌糸体培養するキノコとして、マイタケ属またはハラタケ属に属するキノコが利用可能であるとされている。また、得られたエルゴチオネインは、食品や化粧品などに提供されるとされている。
【0006】
特許文献3は、キノコの子実体又は菌糸体からエルゴチオネインを抽出することを開示している。抽出したエルゴチオネインは、食品や化粧品などに有用であるとされている。また、抽出に用いるキノコとして、エノキタケ属、サンゴハリタケ属、シメジ属、ブナハリタケ属、キコブタケ属、ショウゲンジ属に属するキノコが利用可能であるとされている。
【0007】
特許文献4は、キノコの子実体又は菌糸体からエルゴチオネインを抽出することを開示している。抽出に用いるキノコとしては、フミツキタケ属、オオイチョウタケ属、スギタケ属、または、キシメジ属に属するキノコが利用可能であるとされている。
【0008】
しかしながら、キノコの子実体又は菌糸体を利用した上記方法では、依然としてエルゴチオネインの製造効率という観点では問題があり、より産生能力の高いキノコから、より効率よくエルゴチオネインを抽出することが求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第4865083号公報
【特許文献2】特開2009−159920号公報
【特許文献3】特開2009−249356号公報
【特許文献4】特開2009−161498号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、エルゴチオネインを産生することが新たに見出された担子菌から得られたエルゴチオネイン含有組成物を提供することを課題とする。また、該エルゴチオネイン含有組成物を用いることによる新たなエルゴチオネインを製造するための方法や、該エルゴチオネイン含有組成物やそれから抽出されたエルゴチオネインを添加した新たな食品または化粧品を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するために、担子菌のうち、所謂キノコとして知られているものから、これまでエルゴチオネインを産生するとは知られていなかったスエヒロタケ属またはツリガネタケ属に属する担子菌がエルゴチオネインの産生能力を有し、これら担子菌由来のエルゴチオネイン含有組成物の利用により、エルゴチオネインを製造することができることを見出した。従って、本発明の第1の局面は、
(1)スエヒロタケ属またはツリガネタケ属に属する担子菌を菌糸体培養し、生成した菌糸体を含むことを特徴とするエルゴチオネイン含有組成物、である。
【0012】
本発明の好適な態様は、
(2)前記担子菌が、スエヒロタケ(Schizophyllum commune)またはツリガネタケ(Fomes fomentarius)であることを特徴とする上記(1)のエルゴチオネイン含有組成物、である。
【0013】
培養に用いる培地に、これまで担子菌の培養には通常用いられてこなかった微生物培養物の残渣を添加した培地を用いることで、エルゴチオネインの産生能力がより向上することが見出された。従って、本発明の好適な態様は、
(3)培養に用いる培地にトルラ酵母残渣を含む、上記(1)または(2)のいずれかに記載のエルゴチオネイン含有組成物、である。
【0014】
また、上記(1)乃至(3)に記載のエルゴチオネイン含有組成物には、多量のエルゴチオネインが含有されている。このようなエルゴチオネイン含有組成物からエルゴチオネインを抽出することによって、エルゴチオネインを製造できることを見出した。従って、本発明の他の局面は、
(4)上記(1)乃至(3)に記載されたエルゴチオネイン含有組成物からエルゴチオネインを抽出することを含むエルゴチオネインの製造方法、である。
【0015】
さらに、上記(1)乃至(3)に記載のエルゴチオネイン含有組成物ないしそれらから抽出されたエルゴチオネインを用いた食品や化粧品を提供できることが見出された。従って、本発明の他の局面は、
(5)エルゴチオネインを含有する食品または化粧品であって、
(工程1)スエヒロタケ属またはツリガネタケ属に属する担子菌を菌糸体培養する工程と、
(工程2)前記培養によって生成された菌糸体を培養物から分離するか、培養物からエルゴチオネインを抽出する工程と、
(工程3)分離した菌体及び/又は抽出されたエルゴチオネインを前記食品または化粧品に添加する工程と、
を含む方法により製造されたことを特徴とする前記食品または化粧品、である。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、エルゴチオネインを産生することが新たに見出された担子菌から得られたエルゴチオネイン含有組成物を提供することができる。また、当該エルゴチオネイン含有組成物からエルゴチオネインを抽出することによる新たなエルゴチオネインの製造方法や、当該エルゴチオネイン含有組成物やそこから抽出したエルゴチオネインを用いた新たな食品や化粧品を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】担子菌としてスエヒロタケ(NBRC30749株)、ツリガネタケ(NBRC8246株)を培養した後の液体培地から回収した菌糸体を含む菌糸体溶液を使って、リンゴにおける褐変防止効果を比較した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明では、スエヒロタケ属またはツリガネタケ属に属する担子菌を菌糸体培養することで、生成した菌糸体を含むエルゴチオネイン含有組成物が得られる。前記のいずれの先行技術文献にも、スエヒロタケ属またはツリガネタケ属に属する担子菌を菌糸体培養することで、エルゴチオネイン含有組成物が得られることは示唆されていない。具体的に、本発明は以下のようにして実施可能である。
【0019】
<担子菌>
「担子菌」は、その子実体が所謂キノコとして知られているものであるが、典型的には、ハラタケ目、ヒダナシタケ目、キクラゲ目、腹菌類を含む。その中でも、本発明においては、利用可能なエルゴチオネイン含有組成物を産生する担子菌として、スエヒロタケ属またはツリガネタケ属に属する担子菌を、好ましくは、スエヒロタケ(Schizophyllum commune)またはツリガネタケ(Fomes fomentarius)を、特に好ましくは、スエヒロタケ(NBRC30749株)またはツリガネタケ(NBRC8246株)を挙げることができる。これらの担子菌は、単独でも、また複数を適宜組み合わせて用いても良い。なお、NBRC30749株及びNBRC8246株に付された番号は、NBRC番号を示しており、両担子菌株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構バイオテクノロジーセンターより入手可能である。
【0020】
<菌糸体>
本発明において「菌糸体」とは、胞子が発芽し、細胞分裂によって形成された菌糸の集合体のことを意図し、菌類の胞子形成のために菌糸により形成される構造体であって、一般的に食用のキノコとして用いられる構造体である子実体とは区別される。
【0021】
<菌糸体培養>
本明細書において、「菌糸体培養」とは、主に生育した担子菌の菌糸を培地中に増殖させることを意図している。そして、培養に用いられる培地には、この菌体を培養するための培地、培地に添加される窒素源、発育促進物質として添加されるエキス類、生育を補助する目的で添加される炭素源、pHを担子菌の生育に至適な範囲に調整するためのバッファー、水、核酸や無機塩等が含まれる。
【0022】
培地に添加される窒素源やエキス類としては、カゼインペプトンや大豆ペプトンに代表されるペプトン、牛肉や魚肉などの肉抽出液を濃縮した肉エキスや、ポテトエキスや麦芽エキスに代表される植物エキス、トルラ酵母、パン酵母、ビール酵母に代表される酵母エキス、またはトルラ酵母、パン酵母、ビール酵母などの微生物を培養した培養物の残渣が挙げられるが、好ましくは、トルラ酵母、パン酵母、ビール酵母に代表される酵母エキス、またはトルラ酵母、パン酵母、ビール酵母などの微生物を培養した培養物の残渣であり、特に好ましくは、トルラ酵母、パン酵母、ビール酵母などの微生物を培養した培養物の残渣であり、いっそう好ましくはトルラ酵母残渣である。本発明の培地への窒素源やエキス類の添加量は、担子菌を培養する培地に対して、質量基準(W/W)で0.5〜50%であり、好ましくは、1〜30%であり、特に好ましくは、2〜15%である。
【0023】
炭素源としては、使用する担子菌により容易に資化されるものであればいずれのものでもよい。例えば、炭水化物、特に糖類が適している。当該糖類としては、グルコース、フラクトース、シュークロース、マルトース、ラクトース、オリゴ糖、澱粉等が挙げられるが、これに限定されない。ただし、当該炭素源は、担子菌の生育補助のみの目的で使用されるので、過剰に用いられるべきではない。まず、過剰な炭素源の添加は、本発明を実施する際の経済性を損ねる。また、理論に拘束されるわけではないが、過剰の炭素源の添加は担子菌の生育に影響を与える可能性がある。従って、培地への炭水化物の添加量は、担子菌を培養する培地に対して、質量基準で20%未満であり、好ましくは、0.1〜3%、特に好ましくは、0.5〜2%である。
【0024】
培地を液体培地の形態とする場合には、当該液体培地は、水に加えて窒素源やエキス類、及び炭水化物から本質的になり、通常は、質量基準で、0.5〜50%の窒素源やエキス類及び20%未満の炭水化物からなる。より好ましくは、2〜30%の窒素源やエキス類及び0.1〜3%の炭水化物からなる。特に好ましくは、2〜15%の窒素源やエキス類及び0.5〜2%の炭水化物からなる。
【0025】
なお、当該液体培地に利用可能な窒素源やエキス類としても、牛肉や魚肉などの肉抽出液を濃縮した肉エキスや、ポテトエキスに代表される植物エキス、トルラ酵母、パン酵母、ビール酵母に代表される酵母エキス、またはトルラ酵母、パン酵母、ビール酵母などの微生物を培養した培養物の残渣が挙げられるが、好ましくは、トルラ酵母、パン酵母、ビール酵母に代表される酵母エキス、またはトルラ酵母、パン酵母、ビール酵母などの微生物を培養した培養物の残渣であり、特に好ましくは、トルラ酵母、パン酵母、ビール酵母などの微生物を培養した培養物の残渣であり、いっそう好ましくはトルラ酵母残渣である。また、利用可能な炭水化物としては、グルコース、フラクトース、シュークロース、マルトース、ラクトース、オリゴ糖、澱粉等が挙げられるが、これに限定されない。
【0026】
なお、液体培地は、通常の担子菌培養において補助的に用いられるような培地原料、例えば、pHを担子菌の生育に至適な範囲に調整するためのバッファー、核酸や無機塩等を含んでも良い。
【0027】
次いで、前記培地における担子菌の培養は、例えば担子菌の培養・維持のため広く用いられているポテトデキストロース寒天(PDA)培地上で、20〜30℃の培養温度下、7日〜14日程度生育させた菌糸体を、前記培地に接種することで開始される。その後前記培地において担子菌を、その生育に適した条件下で培養すればよい。
【0028】
各々の担子菌の成育に適した条件は当業者に周知である。例えば、スエヒロタケやツリガネタケを液体培地内で生育させる場合は、pH3.0〜8.0、好ましくはpH4.0〜7.0程度で、20〜30℃の範囲に維持すればよい。生育は嫌気的条件下でも好気的条件下でも構わないが、一般的には好気的条件下で培養するのが、生育速度等の面で好ましい。液体培地中で好気的に培養する際には、例えばフラスコ振とう培養やジャー・ファーメンターでの攪拌及び通気培養を用いることができる。スエヒロタケやツリガネタケを液体培地内で生育させる場合は、1〜60日間の培養期間が例示でき、好ましくは14〜45日程度である。
【0029】
つまり、培養期間は、担子菌が十分に生育するまでの期間であってよい。担子菌の生育状況は当業者であれば、経時的に肉眼で観察するだけで容易に判別可能である。或いは、液体培養の場合には、培養上清中の全窒素量、炭水化物量やpHなど経時的に測定することでも容易に判別できる。
【0030】
<微生物培養物の残渣>
培地に添加する窒素源やエキス類の特に好適な例として、微生物を培養した培養物の残渣を挙げたが、「残渣」とは、典型的には微生物を培養した際の培養物から別の有用物質を分離した後に残った菌体、特に当該菌体の細胞壁構造を物理的及び/または化学的に破壊して、菌体の内容物を抽出した後の残骸を意味する。すなわち、本発明の「残渣」とは、細胞壁成分を必須で主要な成分として含むものと言い得る。また、通常は液体である培養物を濾過して、濾別された固形分として分離するか、培養物を遠心分離して、その沈殿として分離することが可能である。さらに、微生物培養物の残渣は、通常は液体である前記培養物を濾過して、濾別された固形分や遠心分離による沈殿として回収された菌体を、超音波やホモジナイザーなどで物理的に破砕するか、アルカリ水等により化学的に変性させ、細胞内成分を抽出した後のものであり得る。但し、培養物から菌体のみを完全に分離することが不可能であるか、著しく煩雑なときは、そのように分離が困難な他の成分を若干含んだものも、残渣と言い得る。
【0031】
なお、この残渣を生産する目的で特段に微生物を培養する必要はなく、そうすることは単に経済的に不利なだけである。上記に例示したトルラ酵母、パン酵母またはビール酵母のようにビール製造や有用物質生産において、副生成物として発生する菌体または抽出後の残骸からなる所謂「酵母残渣」や、清酒醸造の際に副生物として発生する「酒粕」を用いればよい。
【0032】
<エルゴチオネイン含有組成物>
本発明における「エルゴチオネイン含有組成物」とは、エルゴチオネインを産生し得るスエヒロタケ属またはツリガネタケ属に属する担子菌を培養した後に生成された菌糸体を主成分として含有する前記担子菌の粗精製物や菌糸体画分等を含み得る。すなわち、本発明の担子菌は食用可能であるので、食品等に使用する場合には必ずしもエルゴチオネインを高純度に精製する必要はなく、エルゴチオネインを高濃度に含む菌糸体を利用することも有利である。
【0033】
<食品>
本発明のエルゴチオネイン含有組成物ないし該組成物から抽出されたエルゴチオネインは、各種食品に添加することで当該食品の素材として利用することができる。この食品の例としては、畜肉原料(牛肉、豚肉、鶏肉等の食肉など)、水産原料(マグロ、ブリ等の魚肉、エビ、カニ等の甲殻類など)、果物類(リンゴ、バナナ、メロン等のカットフルーツ、シロップ漬けなど)、野菜類(レタスやキャベツ等のカット野菜、ナス等の浅漬け、ジャガイモなど)、穀物加工品(麺類、パン、米飯、餅など)、油脂加工品(マヨネーズ、マーガリンなど)、食肉加工品(ハム、ソーセージなど)、水産加工品(かまぼこ、ちくわ、さつま揚げなど)、乳製品(バター、チーズ、ヨーグルトなど)、果実加工品(ジャム、マーマレードなど)、菓子類(チョコレート、クッキー、ケーキ、ゼリーなど)、各種飲料(ジュース、コーヒー、紅茶、緑茶、炭酸飲料など)、調味料(醤油、ソース、みりんなど)の様々な食品が挙げられる。
【0034】
なお、これら食品には、エルゴチオネイン含有組成物ないし該組成物から抽出されたエルゴチオネインに加えて、その食品の種類に応じて種々の成分を添加することができる。例えば、ブドウ糖、果糖、ショ糖、マルトース、ソルビトール、ステビオサイド、コーンシロップ、乳糖、クエン酸、酒石酸、リンゴ酸、コハク酸、乳酸、L−アスコルビン酸、dl−α−トコフェロール、エリソルビン酸ナトリウム、グリセリン、プロピレングリコール、グリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル、アラビアガム、カラギーナン、カゼイン、ゼラチン、ペクチン、観点、ビタミンB類、ニコチン酸アミド、パントテン酸カルシウム、アミノ酸類、カルシウム塩類、色素、香料、保存剤等の食品素材が挙げられる。
【0035】
食品の製造は、まず、スエヒロタケ属またはツリガネタケ属に属する担子菌を菌糸体培養する工程から開始される。その培養条件等については、上記に記載したとおりである。次に、その培養により生成された菌糸体を培養物から完全に又は部分的に分離するか、或いは該培養物からエルゴチオネインを抽出する工程が行われる。具体的には、エルゴチオネイン含有組成物から笊やガーゼで菌糸体と培地成分に分離して、エルゴチオネイン含有組成物から菌糸体のみを回収する。或いは所望により、その後回収した菌糸体をホモジナイザーで破砕し、水、温水、または熱水で溶解して抽出する。なお、抽出に用いる水等には、必要に応じてエタノールやアセトンなどの有機溶媒を低濃度で含んでも良い。抽出溶媒の温度は、水を用いる場合には、室温〜100℃、好ましくは、50℃〜100℃である。抽出したエルゴチオネインは、遠心分離をし、その上清を溶媒抽出、溶解度差を利用した分離、吸着剤を用いたクロマトグラフィー、カチオン交換クロマトグラフィー、アニオン交換クロマトグラフィー、疎水クロマトグラフィー、ゲル濾過、チオプロピル−セファロース6B、逆層クロマトグラフィーなどのクロマトグラフィー、結晶化、活性炭処理、膜処理、ろ紙や綿栓を利用した濾過などの組合せによって精製することで、純粋なエルゴチオネインを得ることができる。次に、前記の培養物から分離された菌糸体等及び/又は抽出・精製された純粋なエルゴチオネインを食品に添加する工程が行われる。添加されるエルゴチオネインは、粉末状の状態で前記食品に添加することもできるし、再度適切な溶媒で溶解した後、添加することも可能である。
【0036】
本発明における食品中に添加するエルゴチオネインの添加量は、食品に対して含有量が、質量基準で0.0001〜5%、好ましくは0.001〜2%、特に好ましくは0.001〜1%である。
【0037】
<化粧品>
本発明のエルゴチオネイン含有組成物から抽出されたエルゴチオネインは、医薬品、医薬部外品、薬用化粧料を含む各種化粧品に添加することができる。化粧品は、可溶化系、乳化系、粉末分散系、粉末系などいずれの形態であっても良い。また、化粧水、乳液、クリーム、パックなどの基礎化粧品としての利用や、ファンデーションなどのメークアップ化粧品としての利用が用途として考えられるが、そのほか、シャンプー、リンス、セッケン、ボディーソープなどのトイレタリー製品や、入浴剤などの浴用剤としての用途も考え得る。
【0038】
なお、これらの化粧品には、その化粧品の形態、種類に応じて、エルゴチオネイン含有組成物から抽出されたエルゴチオネインに加えて、種々の成分を配合することができる。例えば、油分、湿潤剤、紫外線防止剤、酸化防止剤、界面活性剤、防腐剤、保湿剤、香料、水、アルコール、増粘剤の他、細胞賦活剤、皮脂分泌調整剤、消炎剤、収斂剤、抗酸化剤、美白剤、活性酸素抑制剤、抗アレルギー剤等、さらに生理活性作用を有する動植物抽出物及びこれらの抽出分画、精製物が挙げられる。
【0039】
化粧品の製造は、食品に添加する場合と同様、スエヒロタケ属またはツリガネタケ属に属する担子菌を菌糸体培養する工程、その培養により生成されたエルゴチオネイン含有組成物からエルゴチオネインを抽出する工程、そして、抽出されたエルゴチオネインを化粧品に添加する工程により行われる。また、食品に添加する場合と同様、エルゴチオネインは、粉末状の状態で前記化粧品に添加することもできるし、再度適切な溶媒で溶解した後、添加することも可能である。
【0040】
本発明における化粧品中に配合されるエルゴチオネインの配合量は、化粧品に対して、質量基準で0.0001〜5%、好ましくは0.001〜2%、特に好ましくは0.001〜1%である。
【0041】
以下、実施例により本発明を更に詳しく説明するが、本発明はそれらに限定されるものではない。なお、以下の実施例において、特に断りのない限り、「%」は質量/質量%を意味する。
【実施例】
【0042】
以下の実施例では、以下の材料及び方法を用いた。
<担子菌の前培養>
各担子菌は、PDA培地上で十分に生育するまで培養し、担子菌が生育している培地の2〜3欠片を滅菌スパテラで培地ごとかき取り、本培養の液体培地に接種した。
<担子菌の培養>
本発明に係る担子菌としてスエヒロタケ(NBRC30749株)及びツリガネタケ(NBRC8246株)を使用した。表1に示す組成の各液体培地を、スエヒロタケ(NBRC30749株)については100g、ツリガネタケ(NBRC8246株)については200mlをそれぞれ入れた300ml容三角フラスコに蓋をして、121℃、15分間の条件でオートクレープ滅菌した。滅菌後の液体培地に前培養した各担子菌を接種した。その後、25℃で24または42日間振とう培養した(タイテック社製、製品名「Bio Shaker BR−300LF」を使用し、振幅5cm以下で回転数100rpm)。なお、培地に添加する窒素源やエキス類として、乾燥酵母培地にはトルラ酵母残渣(商品名「KR酵母」:興人ライフサイエンス社製)を、マルト培地には麦芽エキス(商品名「Malt Extract,Bacto」:和光純薬工業社製)とポリペプトン(商品名「ポリペプトン」:日本製薬社製)を使用した。
【表1】
【0043】
<液体培地(エルゴチオネイン含有組成物)からの菌糸体の回収>
担子菌が培養された液体培地(エルゴチオネイン含有組成物)は、培養終了後、笊とガーゼで菌糸体と培養液成分とに分離され、そこから菌糸体のみを回収した。回収した菌糸体は、その後ホモジナイザーで破砕し、85℃で一晩減圧乾燥した後、水分量を測定した。回収した菌糸体量及び菌糸体水分量を、担子菌ごとに比較したものを表2に、使用した培地ごとに比較したものを表3に示した。なお、表2に示した例においては、培養にはマルト培地を利用した。また、表3に示した例においては、スエヒロタケ(NBRC30749株)を各液体培地で培養した。
【表2】
【表3】
【0044】
<回収された菌糸体からのエルゴチオネインの抽出・精製>
上記工程にて液体培地(エルゴチオネイン含有組成物)から回収された菌糸体はホモジナイザーで破砕したのち、菌体1gを採取し160mlの水で溶解した。その後、環流冷却管を用いて1時間×2回の沸騰抽出を行った。その残液を2,500rpmで5分間、遠心分離し、その上清部分を、綿を詰めたピペット中を通すことで不溶成分を除去した。濾液は水で200mlに定容した。この200mlに定容した溶液から3ml分取し、凍結乾燥により乾固させたのち、さらにエタノールと水の混液(エタノール:水=7:3)10mlに再溶解した。
【0045】
<エルゴチオネインの定量>
抽出・精製されたエルゴチオネインの定量は、再溶解した上記溶液に対し液体クロマトグラフィー/タンデム質量分析計(Waters社製)を用いて行った。液体クロマトグラフィーは、カラムとしてTSKgel Amide−80(東ソー社製:内径4.6mm×長さ250mm)を、移動層としてアセトニトリル及び10mMの酢酸アンモニウムの混液を用い、カラム温度40℃、流量1.0ml/minで行った。質量分析条件は、イオン化法をエレクトロスプレー法、検出モードを正イオン検出モードとし、m/z値は1段目でエルゴチオネインのプロトン化分子イオンの質量数230.1に、2段目で126.9に設定し測定を行った。
【0046】
<リンゴにおける褐変防止効果の測定>
上記工程にて液体培地(エルゴチオネイン含有組成物)から回収された菌糸体をホモジナイザーで破砕した後、菌糸体溶液とした。そして、約1cm角にカットしたリンゴ(品種:ふじ)片4gをビニール袋に入れ、菌糸体溶液4gで浸漬し、冷蔵庫(4℃)にて24時間保持した。その後、ビニール袋よりリンゴ片を取り出し皿にあけ、洗瓶で軽く2回濯ぎ、目視にて用意したコントロールとの褐変度合いを比較した。なお、コントロールには、菌糸体の代わりに純水を加えたリンゴ片4gを同条件で24時間保持したものを用いた。
【0047】
[実施例1及び2]
各菌糸体をそれぞれ培養した後の液体培地(エルゴチオネイン含有組成物)から上記記載の工程で菌糸体を回収した。そしてその回収した菌糸体から上記記載の工程でエルゴチオネインを抽出・精製した後、定量した。その結果を表4に示す。なお、表4においては、定量されたエルゴチオネインの値から、菌糸体100gあたりのエルゴチオネイン含有量、乾燥菌糸体1gあたりのエルゴチオネイン含有量、培地1kgあたり(または1Lあたり)のエルゴチオネイン含有量をそれぞれ算出した。
【表4】
【0048】
上記の通り、培養した後の液体培地からエルゴチオネインの存在が確認され、本発明に用いたスエヒロタケ(NBRC30749株)及びツリガネタケ(NBRC8246株)共に、エルゴチオネインを産生する担子菌として有力な候補となり得ることが確認された。特に、スエヒロタケ(NBRC30749株)においては、特に高いエルゴチオネイン産生能力を有することが確認された。すなわち、エルゴチオネイン含有組成物を得るに際し、スエヒロタケ(NBRC30749株)やツリガネタケ(NBRC8246株)は、エルゴチオネインの産生能力を有する担子菌として利用可能であって、これら担子菌由来のエルゴチオネイン含有組成物からエルゴチオネインを抽出・精製することで、効率的なエルゴチオネインの製造や、エルゴチオネイン添加の食品や化粧品の安価な提供の可能性が見出された。
【0049】
[実施例3]
乾燥酵母培地またはマルト培地上で、担子菌としてスエヒロタケ(NBRC30749株)をそれぞれ液体培養し、培養した後の液体培地から上記記載の工程で、菌糸体を回収した。そして、その回収した菌糸体から上記記載の工程でエルゴチオネインを抽出・精製した後、定量した。結果は、マルト培地を使った実験については上記実施例1と同様の実験であるので実施例1として、また乾燥酵母培地を使った実験については実施例3として、表5に示した。なお、表5においては、定量されたエルゴチオネインの値から、各培地について、菌糸体100gあたりのエルゴチオネイン含有量、乾燥菌糸体1gあたりのエルゴチオネイン含有量、培地1kgあたりのエルゴチオネイン含有量をそれぞれ算出した。
【表5】
【0050】
上記の通り、培地あたりのエルゴチオネイン含有量において、トルラ酵母残渣を用いた乾燥酵母培地(実施例3)は、麦芽エキスを用いたマルト培地(実施例1)を上回る結果が得られた。特に、マルト培地に対して、培地1kgあたりのエルゴチオネインが実に4倍以上もの効率で製造できることが分かった。従って、スエヒロタケやツリガネタケの担子菌の培養において、トルラ酵母残渣を用いることによって、より効率的にエルゴチオネインを製造できることが分かった。
【0051】
[実施例4〜6]
担子菌としてスエヒロタケ(NBRC30749株)、ツリガネタケ(NBRC8246株)を培養した後の液体培地から回収した菌糸体を含む菌糸体溶液を使って、リンゴにおける褐変防止効果を比較した結果を図1に示す。図1においては、実施例4としてスエヒロタケ(NBRC30749株)をマルト培地内で培養したもの、実施例5としてツリガネタケ(NBRC8246株)をマルト培地内で培養したもの、実施例6としてスエヒロタケ(NBRC30749株)を乾燥酵母培地(トルラ酵母残渣を添加)内で培養したものから得られた菌糸体溶液を使った結果をそれぞれ示した。菌糸体の代わりに純水を加えたリンゴ片を同条件で24時間保持したものをそれぞれコントロールとして用いて、そのコントロールと褐変度合いを目視で比較した。褐変度合いは、実施例及びコントロールとして用いたもの共に、24時間保持する前の状態からの変化の度合いを「+」または「−」で示した。具体的には、全く褐変しなかったものを「−」で、褐変したものは、その褐変度合いに応じて「+」〜「++」の2段階で評価した。
【0052】
図1に示したとおり、スエヒロタケ(NBRC30749株)、ツリガネタケ(NBRC8246株)由来の菌糸体を含む菌糸体溶液を用いた場合のいずれにおいても、効果的に褐変を防止できることが確認された。また、マルト培地及び乾燥酵母培地のいずれでも褐変防止効果が確認され、培地に添加する成分に関わらず同様の効果が確認された。特に、スエヒロタケ(NBRC30749株)は、マルト培地、乾燥酵母培地のいずれの培地でも、優れた褐変防止効果を示した。従って、本発明に用いたスエヒロタケ(NBRC30749株)やツリガネタケ(NBRC8246株)を菌糸体培養して生成された菌糸体を含む液体培地をエルゴチオネイン含有組成物として用いることは、エルゴチオネインの製造方法の一つであることが見出された。また、液体培地にトルラ酵母残渣を用いることによっても、エルゴチオネインを産生できることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明により、エルゴチオネインを産生することが新たに見出された担子菌から得られたエルゴチオネイン含有組成物を提供することができるので、本発明は食品産業等において利用可能である。
図1