(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
シリコーン系油剤が付着したポリアクリロニトリル系繊維からなる炭素繊維前駆体繊維であって、繊維表面から1μm以上内層にSi原子が存在しないことを特徴とする炭素繊維前駆体繊維。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の炭素繊維前駆体繊維は、シリコーン系油剤が付着したポリアクリロニトリル系繊維からなる炭素繊維前駆体繊維であって、繊維表面から1μm以上内層にSi原子が存在しない炭素繊維前駆体繊維である。
本発明において、Si原子が存在しないとは、走査透過顕微鏡(STEM)を用いたエネルギー分散型X線分光分析(EDS分析)によってSi原子が検出されない場合をいう。EDS分析によるSi原子の検出下限は一般的に1wt%である。繊維表面から1μm以上内層にSi原子が存在しない炭素繊維前駆体とすることで、シリコーン油剤が付着した炭素繊維前駆体繊維であるにもかかわらず、炭素繊維製造工程においてシリコーン系油剤に起因する欠陥の生成が起こりにくく、高強度且つ高品質な炭素繊維を製造することができる。
【0011】
本発明において、油剤の付着量は0.01〜10.0wt%であることが好ましく、0.1〜5.0wt%であることがより好ましく、0.2〜1.0wt%であることが特に好ましい。油剤付着量をこの範囲に制御することで、紡糸工程及びその後の耐炎化工程での糸切れ、毛羽の発生を抑制し、高品質の炭素繊維前駆体繊維および炭素繊維を得ることができる。油剤の付着量が少ないと、繊維表面に十分に油剤が付着しないため、紡糸工程及びその後の耐炎化工程での糸切れ、毛羽の発生が多くなりやすい傾向があり、一方、油剤の付着量が多すぎると、紡糸工程や耐炎化工程の繊維搬送ローラーやガイドなどの表面に堆積して、繊維が巻付いて断糸の要因になるといった問題が発生しやすくなる傾向がある。
【0012】
前駆体繊維のフィラメント数は、製造効率の面では100〜100000本が好ましく、1000〜80000本がより好ましく、3000〜50000本が特に好ましい。
また、前駆体繊維の単繊維繊度は、得られる炭素繊維の強度の観点から、0.8〜2.0dtexであることが好ましく、1.0〜1.5dtexであることがよりに好ましい。前駆体繊維の単繊維直径は8〜20μmであることが好ましく、10〜15μmであることがより好ましい。
上記のような本発明の炭素繊維前駆体繊維は、炭素繊維製造工程での欠陥生成や毛羽や糸切れなどを抑制することができるため、本発明の炭素繊維前駆体繊維を炭素繊維の製造に用いた場合、高強度且つ高品質な炭素繊維を製造することができる。
【0013】
本発明のもうひとつの態様である炭素繊維前駆体繊維の製造方法は、アクリロニトリル系重合体を含む紡糸溶液から凝固糸を得る凝固工程、凝固糸を延伸し延伸糸を得る延伸工程、延伸糸に油剤を付与する油剤付与工程、を含む炭素繊維前駆体繊維の製造方法であって、凝固工程及び延伸工程において8倍以上延伸処理した後油剤を付与する炭素繊維前駆体繊維の製造方法である。凝固工程及び延伸工程において油剤を付与することなく高い延伸倍率で延伸処理を行うことで、繊維の緻密性が高まり、繊維内の空隙が減少する。そのような高い倍率で延伸処理された緻密な延伸糸とした後初めて油剤を付与することで、繊維内部までの油剤の浸透を抑制することができる。
【0014】
通常、油剤付与前の凝固糸は、緻密化処理がされていないため、内部のボイドが多く、4倍を超える高い延伸倍率で延伸を行うと糸切れが発生し、毛羽の多い低品質な炭素繊維前駆体になってしまう。しかし、本発明者らは鋭意検討の結果、油剤付与前の凝固糸に対して、8倍以上のさらに高い延伸倍率の延伸処理を行うことで、意外なことにかえって毛羽の発生が抑制される上に、繊維の緻密性が高まり、油剤付与時に繊維内部への油剤の浸透を抑制できることを見出した。
本発明において凝固工程及び延伸工程の延伸処理倍率は、8倍以上であり、8〜30倍であることが好ましく、10〜20倍であることが更に好ましく、12〜18倍であることが特に好ましい。
【0015】
本発明において、油剤付与工程の前の、凝固工程および延伸工程での延伸倍率が総延伸倍率の80%以上であることが好ましい。油剤付与前の凝固工程および延伸工程での延伸倍率を総延伸倍率の80%以上とすることで、得られる前駆体繊維の欠陥生成が抑制され、強度が高く、毛羽の少ない、高強度かつ高品質の炭素繊維がより得られやすくなる。本発明において、凝固工程および延伸工程での延伸倍率は総延伸倍率の85〜100%であることがより好ましく、90〜98%であることがさらに好ましい。本発明において総延伸倍率は、高強度かつ高品質の炭素繊維を得るという観点から、8〜30倍であることが好ましく、10〜25倍であることがより好ましく12〜20倍であることが特に好ましい。
【0016】
また、本発明で行う延伸工程として、例えば、水または溶媒を含む液中で延伸する湿潤延伸処理、加圧水蒸気等の気相中で延伸する気中延伸処理、熱ローラー等の加熱体を用いる熱延伸処理などの公知の延伸手段を用いて凝固糸を延伸することができる。中でも、液中で延伸する湿潤延伸処理、気相中で延伸する気中延伸処理が、凝固糸を乾燥させることなく延伸処理できるため好ましい。本発明においては、凝固糸を膨潤状態に保って延伸処理を行うことが好ましい。凝固糸を膨潤状態に保って延伸処理を行うことで、欠陥の生成や糸切れ、毛羽を抑え、延伸処理を行うことができる。さらに、本発明においては、油剤付与工程前の延伸工程において、気相中で1.5〜10倍延伸する気中延伸を行うことが好ましい。気中延伸処理を用いると、緻密化されていない油剤付与前の凝固糸であっても、欠陥の生成や糸切れ、毛羽を抑え、かつ高い延伸倍率まで延伸処理を行うことができる。 気中延伸処理での延伸倍率は1.5〜10倍であることが好ましく、より好ましくは、1.8〜5倍、更に好ましくは、2.0〜3.0倍である。
【0017】
気中延伸処理に用いる気相としては、特に制限はないが、加圧水蒸気や加熱空気などが好ましく用いられる。中でも、加圧水蒸気が、凝固糸を膨潤状態に保って延伸処理できるため好ましい。気中延伸処理に用いる気体の圧力は0.05〜1.0MPaであることが好ましく、0.06〜0.5MPaであることがより好ましく、0.08〜0.3MPaであることが特に好ましい。気中延伸処理の温度は、105〜140℃が好ましく、110〜130℃がより好ましい。
【0018】
また、延伸工程における延伸処理は、気中延伸処理と湿潤延伸処理を組み合わせて行うことが、より高い倍率まで延伸処理を行うことができるため、好ましい。気中延伸処理と湿潤延伸処理を組み合わせて行う場合、気中延伸処理の延伸倍率は、1.5〜5倍であることが好ましく、湿潤延伸処理の延伸倍率は、3〜15倍であることが好ましく、5〜10倍であることがより好ましい。また、気中延伸処理と湿潤延伸処理の延伸倍率の比が、1:2〜1:5であることが好ましい。気中延伸処理と湿潤延伸処理を組み合わせて行う場合、湿潤延伸処理を先に行うことが好ましい。
【0019】
本発明においては、気中延伸後に油剤を付与することが、繊維内部までの油剤の浸透を抑制しやすいため好ましい。
また、本発明においては、油剤付与後に、後延伸処理を行うこともできる。後延伸工程での延伸処理としては、例えば、水または溶媒を含む液中で延伸する湿潤延伸処理、加圧水蒸気等の気相中で延伸する気中延伸処理、熱ローラー等の加熱体を用いる熱延伸処理などの公知の延伸手段を用いて凝固糸を延伸することができるが、気中延伸処理または熱延伸処理により延伸することが好ましい。後延伸処理での延伸倍率は、1.0〜1.5倍であることが好ましく、1.01〜1.25倍であることがより好ましい。
【0020】
上記のような本発明の製造方法を用いると、繊維内部への油剤浸透を抑制することができ、また紡糸工程における糸切れや毛羽発生を抑えることもできるため、高強度かつ高品質な炭素繊維を製造するのに適した炭素繊維前駆体繊維を得ることができる。
以下に本発明の炭素繊維前駆体繊維の製造方法についてより詳細に説明する。
【0021】
(紡糸溶液調整工程)
本発明において用いられる紡糸溶液としては、アクリロニトリル系重合体を含む紡糸溶液であれば、従来公知のものが何ら制限無く使用できる。本発明に用いるポリアクリロニトリル系重合体は、アクリロニトリルを好ましくは90質量%以上、より好ましくは95〜99質量%含有する単量体を単独又は共重合した重合体である。本発明で用いるポリアクリロニトリル系重合体の組成としては、アクリロニトリル単量体90〜99質量%、及びビニル骨格を有するアクリロニトリルと共重合可能なコモノマー1〜10質量%含有する共重合体であることが好ましい。アクリロニトリルと共重合可能なコモノマーとしては、例えばアクリル酸、イタコン酸等の酸類及びその塩類、アクリル酸メチル、アクリル酸エチルといったアクリル酸エステル類、アクリルアミドといったアミド類等が挙げられ、目的とする繊維特性に応じて1つまたは2以上を組み合わせて使用することができる。中でも、アクリル酸メチルとイタコン酸を組み合わせて使用することが好ましい。
【0022】
ポリアクリロニトリル系重合体の重合方法は、溶液重合、懸濁重合等公知の方法の何れも採用することができる。重合反応に用いる重合触媒としては、重合方法に応じて、適宜公知の触媒を用いることができ、たとえば、アゾ化合物や過酸化物などのラジカル重合触媒やレドックス触媒などを用いることができる。レドックス触媒を用いる場合は、例えば還元剤としては亜硫酸水素ナトリウム、亜硫酸水素アンモニウム、アルキルメルカプタン類、亜硫酸水素ナトリウム、亜硫酸水素アンモニウム、酸化剤としては過硫酸カリウム、過硫酸ナトリウム、過硫酸アンモニウム、亜塩素酸ナトリウム、過硫酸アンモニウムを挙げることができる。
【0023】
紡糸溶液に用いる溶剤としては、公知の溶剤を用いることができ、例えば塩化亜鉛、チオシアン酸ナトリウム等の無機化合物の水溶液や、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド等の有機溶剤が挙げられる。中でも、溶液連続重合により工程の簡素化が可能で、かつ、重合速度が速く均質なポリマーが得られやすく、さらに、価格が安価で大量生産に向いている無機化合物の水溶液を用いることが好ましく、塩化亜鉛水溶液を用いることが特に好ましい。
【0024】
紡糸溶液を調整する際は、アクリロニトリル系重合体濃度は特に限定されるものではないが、5〜40質量%と成るように溶剤の量を調節することが好ましく、6〜30質量%とすることがより好ましく、7〜25質量%とすることが特に好ましい。5〜40質量%とすることで、紡糸しやすく、繊維内部が緻密な凝固糸を得やすい紡糸原液とすることができる。重合体濃度が高いほど、紡糸工程で得られる凝固糸の繊維内部の緻密性が向上するため、高強度の炭素繊維を与える前駆体繊維を得やすい。重合体濃度が高くなりすぎると、紡糸原液の粘度が高くなり紡糸安定性が低下しやすい傾向がある。
【0025】
(紡糸工程)
上記で得られた紡糸原液を、公知の紡糸方法を用いて、紡糸口金から紡出し凝固させることで凝固糸を得ることができる。紡糸方法としては、特に制限は無く、用いた溶剤の種類などに応じて、気相中で紡糸原液を凝固させる乾式紡糸法、凝固液中で紡糸原液を凝固させる湿式紡糸法などを用いて行うことができる。本発明においては、湿式紡糸法を用いることが好ましい。湿式紡糸法としては、紡糸口金を凝固浴中へ浸漬して、吐出される原液を凝固する湿式紡糸法と、紡糸口金を凝固浴液面から上方に設置して、吐出された原液を一旦紡糸口金と凝固液液面の間にある気相中を通過させてから凝固液の中に導入し凝固を進める乾湿式紡糸法があり、いずれの方法にも適用可能であるが、紡糸口金を凝固浴中へ浸漬して、吐出される原液を凝固する湿式紡糸法がより好ましい。
【0026】
湿式紡糸法を用いる場合、凝固液としては、水にポリアクリロニトリルを溶解できる溶剤が溶解した水溶液を用いることが好ましい。凝固液中に含まれる溶剤としては、先述の紡糸溶剤に用いる溶剤として挙げられた溶剤を用いることができるが、使用する紡糸溶液の溶媒として用いた溶剤と同じであることが好ましい。凝固浴の溶剤濃度及び温度は特に限定されるものではないが、凝固性や紡糸安定性の点から濃度は10〜90質量%、温度は20〜60℃であることが好ましい。
【0027】
紡糸原液を押し出すための紡糸口金は、100〜100000の吐出孔を備えることが好ましく、1000〜8000の吐出孔を備えることがより好ましく、3000〜50000の吐出孔を備えることが特に好ましい。該吐出孔の孔径は0.02〜0.5mmであることが好ましい。孔径が0.02mm以上であれば、吐出された糸同士の接着が起こりにくいので、均質性に優れた前駆体繊維を得やすい。孔径が0.5mm以下であれば、紡糸糸切れの発生を抑制し、紡糸安定性を維持しやすい。
【0028】
(延伸工程)
上記方法で得られた凝固糸は、次いで上述の方法により、8倍以上に延伸処理(前延伸処理)され延伸糸となる。延伸工程における延伸倍率は、8〜30倍であることが好ましく、10〜20倍であることが更に好ましく、12〜18倍であることが特に好ましい。
延伸工程では、例えば、水または溶媒を含む液中で延伸する湿潤延伸処理、加圧水蒸気等の気相中で延伸する気中延伸処理、熱ローラー等の加熱体を用いる熱延伸処理などの公知の延伸手段を用いて凝固糸を延伸することができる。本発明において、かかる延伸処理は気中延伸処理であることが好ましく、気中延伸処理と湿潤延伸処理を組み合わせて行うことがより好ましい。気中延伸処理と湿潤延伸処理を組み合わせて行う場合、湿潤延伸処理を先に行うことが好ましい。
【0029】
気中延伸処理での延伸倍率は1.5〜10倍であることが好ましく、より好ましくは、1.8〜5倍、更に好ましくは、2.0〜3.0倍である。 気中延伸処理に用いる気相としては、加圧水蒸気または加熱空気が好ましく、加圧水蒸気が、より好ましい。気中延伸処理に用いる気体の圧力は0.05〜1.0MPaであることが好ましく、0.06〜0.5MPaであることがより好ましく、0.08〜0.3MPaであることが特に好ましい。気中延伸処理の温度は、105〜140℃が好ましく、110〜130℃がより好ましい。
【0030】
また、気中延伸処理と湿潤延伸処理を組み合わせて行う場合、気中延伸処理の延伸倍率は、1.5〜5倍であることが好ましく、湿潤延伸処理の延伸倍率は、3〜15倍であることが好ましく、5〜10倍であることがより好ましい。また、気中延伸処理と湿潤延伸処理の延伸倍率の比が、1:2〜1:5であることが好ましい。気中延伸処理と湿潤延伸処理を組み合わせて行う場合、湿潤延伸処理を先に行うことが好ましい。
【0031】
本発明において、前延伸処理での延伸倍率が総延伸倍率の80%以上であることが好ましく、85〜100%であることがより好ましく、90〜98%であることがさらに好ましい。
延伸処理を行う前に、凝固糸中に残存している溶剤を低減させるため凝固糸を水洗する水洗処理を行うことが好ましい。湿潤延伸処理を行う場合、水洗処理と湿潤延伸処理を同時に行うこともできる。水洗処理を行う場合、水洗浴の温度は40〜98℃であることが好ましい。
【0032】
(油剤付与工程)
上記方法で得られた延伸糸は、次いで、油剤付与工程で油剤が付与され炭素繊維前駆体繊維が得られる。本発明において、油剤を付与する方法は特に限定はされないが、油剤を含有する水溶液中に糸条を浸漬させて、繊維表面と油剤とを接触させる。油剤の種類は、単繊維間の接着、耐熱性、離形性、工程通過性の点からシリコーン系油剤を主成分とすることが好ましい。
【0033】
本発明で用いるシリコーン系油剤としてはアミノ変性シリコーン、エポキシ変性シリコーン、エーテル変性シリコーンが好ましく、これらのうち2種以上を混合しても良い。
油剤付与工程で用いる油剤浴の油剤濃度は2.0〜10.0%であることが好ましい。油剤浴の温度は0〜40℃であることが好ましい。
油剤付与工程において、油剤が付与された延伸糸は、100〜200℃で乾燥・緻密化処理を行うことが好ましい。乾燥・緻密化処理においては、糸条を表面温度100〜200℃の熱ローラーを使用して加熱することが好ましい。
【0034】
(後延伸工程)
油剤が付与された炭素繊維前駆体繊維に対して、さらなる延伸処理(後延伸処理)を行ってもよい。後延伸処理での延伸倍率は1.0〜1.25倍であることが好ましい。延伸倍率がこの範囲であると、毛羽や糸切れを抑制しながら、前駆体繊維の配向を高めることができるため、高強度の炭素繊維を得やすくなる。延伸倍率が高くなりすぎると場合は糸切れや毛羽が増加し、工程通過性の低下や炭素繊維前駆体の品質低下が起こりやすい傾向がある。
【0035】
本発明において上記炭素繊維前駆体繊維の製造工程における総延伸倍率は、高強度かつ高品質の炭素繊維を得るという観点から、8〜30倍であることが好ましく、10〜25倍であることがより好ましく15〜20倍であることが特に好ましい。
上記のような本発明の製造方法を用いると、繊維内部への油剤浸透を抑制することができ、また紡糸工程における糸切れや毛羽発生を抑えることもできるため、高強度かつ高品質な炭素繊維を製造するのに適した本発明の炭素繊維前駆体繊維を得ることができる。
上記のような方法で得られる本発明の炭素繊維前駆体繊維は、炭素繊維製造工程での欠陥生成や毛羽や糸切れなどを抑制することができるため、本発明の炭素繊維前駆体繊維を耐炎化・炭素化処理することで、高強度且つ高品質な炭素繊維を製造することができる。
【0036】
本発明の炭素繊維前駆体繊維を耐炎化処理する場合、加熱空気中、200〜300℃で耐炎化処理し、耐炎化繊維とすることが好ましい。耐炎化繊維は、次いで、窒素雰囲気下で300〜800℃で炭素化(予備炭素化)処理をし、さらにより炭素化を進めかつグラファイト化(炭素の高結晶化)を進める為に、窒素等の不活性ガス雰囲気下、好ましくは800〜2500℃、より好ましくは1200〜2100℃で炭素化することが好ましい。
【0037】
このようにして得られた炭素繊維に対して、引き続き表面処理を行うことが好ましく、必要に応じてサイジング処理を施すことが好ましい。
このようにして得られる炭素繊維は、高強度かつ高品質であるため、複合材料の強化繊維としてスポーツ、航空宇宙用途などに用いることができる。
【実施例】
【0038】
以下、実施例等をあげて本発明を具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例等によって何等限定されるものではない。また、各実施例及び比較例における各種評価は以下の方法により実施した。
【0039】
[油剤付着量]
炭素繊維前駆体繊維束を約2g採取し、105℃で1時間乾燥した乾燥繊維質量w
1を測定した。その後、メチルエチルケトンによるソックスレー抽出法に準拠し、90℃のメチルエチルケトンに炭素繊維前駆体アクリル繊維束を8時間浸漬して付着した油剤を溶媒抽出し、105℃で1時間乾燥した乾燥繊維質量w
2を測定し、下記式により油剤の付着量を求めた。
油剤付着量[質量%]=(w
1−w
2)/w
1×100
【0040】
[繊維中の油剤浸透評価]
炭素繊維前駆体繊維をシリコン平板に固定し、エポキシ樹脂で包埋した後、ライカマイクロシステムズ株式会社製電顕用試料作製装置 ウルトラミクロトーム UltracutSを用いて、50nm〜100nmの超薄切片を作製した。得られた超薄切片を、Cuグリッドに載せ、日本電子株式会社製透過電子顕微鏡 JEM−2800/EDSを用いて、加速電圧200kVで、走査透過顕微鏡観察しエネルギー分散型X線分光分析(STEM/EDS分析)を行い、繊維表面から1μmの箇所のC、N、O、Si原子の定量評価を行った。かかる装置におけるSi原子の検出限界は1.0wt%であった。各サンプルにつき、10点測定を行い、Si原子が1.0wt%を超えて検出された箇所が1箇所以上あった場合に油剤浸透有りとした。
【0041】
[紡糸安定性]
実施例、比較例の各製造条件において17時間の連続運転を行い、加圧スチーム延伸工程後のローラーへの巻き付き発生回数を数え、紡糸安定性を評価した。
○:巻き付き発生回数0〜3回
△:巻き付き発生回数3〜9回
×:巻き付き発生回数10回以上
【0042】
[ストランド引張強度]
JIS R−7608に準じてエポキシ樹脂含浸ストランドの引張強度を測定した。
【0043】
(実施例1)
塩化亜鉛水溶液を溶媒とし、単量体としてアクリロニトリル95質量%、アクリル酸メチル4質量%、イタコン酸1質量%の割合で含む混合液を溶液重合し、ポリアクリロニトリル共重合体(重合度1.6)を含む紡糸原液(重合体濃度7.5質量%)を得た。得られた紡糸原液を濃度25質量%の塩化亜鉛水溶液を満たした38℃の凝固浴中に孔数6000の紡糸ノズルより吐出し凝固糸とした。次いで、凝固糸を50〜95℃の温度勾配を有する水洗槽中で脱溶媒するとともに7.5倍に湿潤延伸し、さらに、圧力0.10MPa、温度120℃の水蒸気中で2.0倍に気中延伸を行い、延伸糸を得た。得られた延伸糸を、アミノ変性シリコーン系油剤を主剤として3.0質量%含む油剤浴中に浸漬して油剤を付与した。なお、油剤付与前の延伸倍率は、15.0倍であった。
油剤を付与した延伸糸を、次いで、表面温度100℃の熱ローラーにて乾燥緻密化し、さらに表面温度180℃の熱ローラーにて1.04倍に延伸し、炭素繊維前駆体繊維(油剤付着量0.40%、単繊維繊度1.2dtex、単繊維直径11μm、フィラメント数6000)を得た。前駆体繊維製造工程における総延伸倍率は15.6倍であり、総延伸倍率に対する油剤付与前の延伸倍率の割合は96.2%であった。
【0044】
実施例1において、ローラーへの巻き付きはなく、毛羽や糸切れは発生しなかった。また、繊維表面から1μmの繊維内層でSi原子は検出されず、繊維内部へ油剤が浸透していないことが確認できた。
この炭素繊維前駆体繊維を空気中250℃で加熱して、耐炎化繊維を得た。得られた耐炎化繊維を窒素雰囲気中600℃で予備炭素化処理を行った後、窒素雰囲気中1200℃で炭素化処理し炭素繊維を得た。このようにして得られた炭素繊維のストランド強度を測定し、表1に示した。得られた炭素繊維のストランド強度は、5550MPaと高く、また、毛羽や糸切れのない高品質の炭素繊維であった。
【0045】
(実施例2)
液中での延伸倍率を8.2倍とした以外は実施例1と同様にして炭素繊維前駆体を得た。実施例2において、油剤付与前までの延伸倍率は、16.4倍であり、前駆体繊維製造工程における総延伸倍率は17.1倍であり、総延伸倍率に対する油剤付与前の延伸倍率の割合は96.2%であった。
実施例2においても、ローラーへの巻き付きはなく、毛羽や糸切れは発生しなかった。また、繊維表面から1μmの繊維内層でSi原子は検出されず、繊維内部へ油剤が浸透していないことが確認できた。
実施例2で得られた炭素繊維前駆体を実施例1と同様に炭素化処理して得られた炭素繊維のストランド強度を測定し、表1に示した。得られた炭素繊維のストランド強度は、5600MPaと高く、また、毛羽や糸切れのない高品質の炭素繊維であった。
【0046】
(実施例3)
気中延伸の延伸倍率を1.5倍とし、油剤付与後の表面温度180℃の熱ローラーによる熱延伸の延伸倍率を1.2倍とした以外は実施例1と同様にして炭素繊維前駆体を得た。なお、油剤付与前までの延伸倍率は11.3倍であり、前駆体繊維製造工程における総延伸倍率は13.5倍であり、総延伸倍率に対する油剤付与前の延伸倍率の割合は83.3%であった。
実施例3において前駆体繊維の製造時にローラーへの巻き付きは5回あった。繊維表面から1μmの繊維内層でSi原子は検出されず、繊維内部へ油剤が浸透していないことが確認できた。
実施例3で得られた炭素繊維前駆体繊維を実施例1と同様に炭素化処理して得られた炭素繊維のストランド強度を測定し、表1に示した。得られた炭素繊維のストランド強度は5485MPaと高く、また、毛羽や糸切れのない高品質の炭素繊維であった。
【0047】
(実施例4)
油剤付与後の表面温度180℃の熱ローラーによる熱延伸の延伸倍率を1.04倍から1.10倍に変更した以外は実施例1と同様にして炭素繊維前駆体を得た。なお、油剤付与前の延伸倍率は15.0倍であり、前駆体繊維製造工程における総延伸倍率は16.5倍であり、総延伸倍率に対する油剤付与前の延伸倍率の割合は90.9%であった。
実施例4において、前駆体繊維の製造時のローラーへの繊維の巻き付きは3回であった。また、繊維表面から1μmの繊維内層でSi原子は検出されず、繊維内部へ油剤が浸透していないことが確認できた。
実施例4で得られた炭素繊維前駆体繊維を実施例1と同様に炭素化処理して得られた炭素繊維のストランド強度を測定し、表1に示した。得られた炭素繊維のストランド強度は、5800MPaと高く、また、毛羽や糸切れのない高品質の炭素繊維であった。
【0048】
(実施例5)
油剤付与後の表面温度180℃の熱ローラーによる熱延伸の延伸倍率を1.0倍に変更した以外は実施例1と同様にして炭素繊維前駆体を得た。なお、油剤付与前の延伸倍率は15.0倍であり、前駆体繊維製造工程における総延伸倍率は15.0倍であり、総延伸倍率に対する油剤付与前の延伸倍率の割合は100%であった。
実施例5において、前駆体繊維の製造時、ローラーへの巻き付きはなかった。また、繊維表面から1μmの繊維内層でSi原子は検出されず、繊維内部へ油剤が浸透していないことが確認できた。
実施例5で得られた炭素繊維前駆体繊維を実施例1と同様に炭素化処理して得られた炭素繊維のストランド強度を測定し、表1に示した。得られた炭素繊維のストランド強度は、5250MPaと高く、また、毛羽や糸切れのない高品質の炭素繊維であった。
【0049】
(実施例6)
気中延伸の延伸倍率を1.2倍とし、油剤付与後の表面温度180℃の熱ローラーによる熱延伸の延伸倍率を1.33倍とした以外は実施例1と同様にして炭素繊維前駆体を得た。なお、油剤付与前の延伸倍率は9.0倍であり、前駆体繊維製造工程における総延伸倍率は12.0倍であり、総延伸倍率に対する油剤付与前の延伸倍率の割合は75.2%であった。実施例6において前駆体繊維の製造時にローラーへの巻き付きは5回であった。また、繊維表面から1μmの繊維内層でSi原子は検出されず、繊維内部へ油剤が浸透していないことが確認できた。
実施例6で得られた炭素繊維前駆体繊維を実施例1と同様に炭素化処理して得られた炭素繊維のストランド強度を測定し、表1に示した。得られた炭素繊維のストランド強度は5145MPaと高く、また、毛羽や糸切れのない高品質の炭素繊維であった。
【0050】
(比較例1)
液中での湿潤延伸後、気中延伸処理を行わず油剤を付与し、表面温度180℃の熱ローラーにて乾燥した後に後延伸工程として気中延伸処理を行い、さらに熱ローラーによる熱延伸を行った以外は実施例1と同様にして炭素繊維前駆体を得た。比較例1において、油剤付与前の延伸倍率は、7.5倍であり、前駆体繊維製造工程における総延伸倍率は15.6倍であり、総延伸倍率に対する油剤付与前の延伸倍率の割合は48.1%であった。
比較例1において、前駆体繊維の製造時のローラーへの巻き付きは20回と多く、紡糸安定性不良となった。また、繊維表面から1μmの繊維内層において、Si原子が1.0wt%を超えて検出された箇所が測定した10点中、3点あり、繊維内部への油剤の浸透が確認された。
この炭素繊維前駆体を実施例1と同様にして得られた炭素繊維のストランド強度を測定し、表1に示した。得られた炭素繊維のストランド強度は4780MPaと低く、また、毛羽や糸切れが見られる品位の低い炭素繊維であった。
【0051】
(比較例2)
液中延伸の延伸倍率を3.0倍とした以外は実施例1と同様にして炭素繊維前駆体を得た。なお、油剤付与前の延伸倍率は、6.0倍であり、前駆体繊維製造工程における総延伸倍率は6.2倍であり、総延伸倍率に対する油剤付与前の延伸倍率の割合は96.2%であった。
比較例2において前駆体繊維の製造時にローラーへの巻き付きはなかったが、繊維表面から1μmの繊維内層においてSi原子が1.0wt%を超えて検出された箇所が測定した10点中、5点あり、繊維内部への油剤の浸透が確認された。
比較例2で得られた炭素繊維前駆体繊維を実施例1と同様に炭素化処理して得られた炭素繊維のストランド強度を測定し、表1に示した。得られた炭素繊維のストランド強度は4210MPaと低く、また、毛羽や糸切れが多くみられる品位の低い炭素繊維であった。
【0052】
【表1】
【0053】
(実施例7)
アクリロニトリル系重合体の単量体組成を、アクリロニトリル96質量%、アクリルアミド3質量%、メタクリル酸1質量%に変更した以外は実施例1と同様にして炭素繊維前駆体を得た。実施例7において、前駆体繊維の製造時、ローラーへの巻き付きはなかった。また、繊維表面から1μmの繊維内層でSi原子は検出されず、繊維内部へ油剤が浸透していないことが確認できた。
実施例7で得られた炭素繊維前駆体繊維を実施例1と同様に炭素化処理して得られた炭素繊維のストランド強度を測定した。得られた炭素繊維のストランド強度は、5500MPaと高く、また、毛羽や糸切れのない高品質の炭素繊維であった。
【0054】
(実施例8)
用いる溶媒を塩化亜鉛水溶液からチオシアン酸ナトリウム水溶液に変更した以外は実施例1と同様にして炭素繊維前駆体を得た。実施例8において、前駆体繊維の製造時、ローラーへの巻き付きはなかった。また、繊維内部において、繊維内層部のSi原子の存在量は測定したすべての箇所において検出限界の1.0wt%を下回っておりSi原子は存在せず、繊維内部へ油剤が浸透していないことが確認できた。
実施例8で得られた炭素繊維前駆体繊維を実施例1と同様に炭素化処理して得られた炭素繊維のストランド強度を測定した。得られた炭素繊維のストランド強度は、5300MPaと十分満足できる強度を有していた。また、毛羽や糸切れのない高品質の炭素繊維であった。
【0055】
(実施例9)
紡糸溶液を、懸濁重合で得られた重合体を重合体濃度が22質量%となるようにジメチルホルムアミドに溶解して得られた紡糸溶液に変更し、凝固浴の溶剤濃度を40質量%に変更した以外は実施例1と同様にして炭素繊維前駆体を得た。実施例9において、前駆体繊維の製造時、ローラーへの巻き付きはなかった。また、繊維内層部の繊維表面から1μmの繊維内層でSi原子は検出されず、繊維内部へ油剤が浸透していないことが確認できた。
実施例9で得られた炭素繊維前駆体繊維を実施例1と同様に炭素化処理して得られた炭素繊維のストランド強度を測定した。得られた炭素繊維のストランド強度は、5250MPaと十分満足できる強度を有していた。また、毛羽や糸切れのない高品質の炭素繊維であった。
【0056】
(実施例10)
用いる溶媒をジメチルスルホキシドに変更した以外は実施例9と同様にして炭素繊維前駆体を得た。実施例10において、前駆体繊維の製造時、ローラーへの巻き付きはなかった。また、繊維表面から1μmの繊維内層でSi原子は検出されず、繊維内部へ油剤が浸透していないことが確認できた。
実施例10で得られた炭素繊維前駆体繊維を実施例1と同様に炭素化処理して得られた炭素繊維のストランド強度を測定した。得られた炭素繊維のストランド強度は、5280MPaと十分満足できる強度を有していた。また、毛羽や糸切れのない高品質の炭素繊維であった。
【0057】
(実施例11)
紡糸溶液を、懸濁重合で得られた重合体を重合体濃度が20質量%となるようにジメチルアセトアミドに溶解して得られた紡糸溶液に変更し、凝固浴の溶剤濃度を65質量%に変更した以外は実施例1と同様にして炭素繊維前駆体を得た。実施例11において、前駆体繊維の製造時、ローラーへの巻き付きはなかった。また、繊維表面から1μmの繊維内層でSi原子は検出されず、繊維内部へ油剤が浸透していないことが確認できた。
実施例11で得られた炭素繊維前駆体繊維を実施例1と同様に炭素化処理して得られた炭素繊維のストランド強度を測定した。得られた炭素繊維のストランド強度は、5420MPaと十分満足できる強度を有していた。また、毛羽や糸切れのない高品質の炭素繊維であった。