(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下では、この発明の実施の形態を、添付図面を参照して詳細に説明する。
図1は、この発明の一実施形態に係るインクジェットヘッド1の構成を説明するための図解的な断面図である。また、
図2は、インクジェットヘッド1の主要部の構成を拡大して示す断面図である。
インクジェットヘッド1は、アクチュエータ基板2と、ノズル基板3と、保護基板4と、駆動IC5とを含む。
【0020】
アクチュエータ基板2は、たとえばシリコン基板からなり、複数のキャビティ6を区画している。複数のキャビティ6は、たとえば、
図1および
図2の各紙面に垂直な方向に配列されている。アクチュエータ基板2は、表面2aに振動膜10を支持している。振動膜10は、キャビティ6の天壁を形成しており、キャビティ6を区画している。振動膜10の上に圧電素子20が配置されている。
【0021】
アクチュエータ基板2の裏面2bにノズル基板3が接合されている。ノズル基板3は、たとえばシリコン基板からなり、アクチュエータ基板2の裏面2bに張り合わされ、アクチュエータ基板2および振動膜10とともに、キャビティ6を区画している。ノズル基板3は、キャビティ6に臨む凹部33を有し、凹部33の底面にインク吐出通路31が形成されている。インク吐出通路31は、ノズル基板3を貫通しており、キャビティ6とは反対側に吐出口32を有している。したがって、キャビティ6の容積変化が生じると、キャビティ6に溜められたインクは、インク吐出通路31を通り、吐出口32から吐出される。
【0022】
保護基板4は、たとえば、シリコン基板からなる。保護基板4は、圧電素子20を覆うように配置され、アクチュエータ基板2の表面2aに接合されている。保護基板4は、アクチュエータ基板2の表面2aに対向する対向面41に収容凹所42を有している。収容凹所42内に複数のキャビティ6にそれぞれ対応する複数の圧電素子20が収容されている。
【0023】
駆動IC5は、アクチュエータ基板2の表面2aに実装されている。アクチュエータ基板2上には、圧電素子20と駆動IC5とを接続するための配線15が形成されている。配線15は、保護基板4外に引き出されている。配線15のランド16上に、駆動IC5が接合され、それによって駆動IC5がアクチュエータ基板2上に実装されている。
駆動IC5は、半導体集積回路であり、たとえばチップサイズパッケージの形態を有していてもよい。駆動IC5は、具体的には、半導体基板51と、半導体基板51の表面51a側に配置された活性領域52と、半導体基板51の裏面51bに配置された出力端子としてのバンプ53とを含む。活性領域52にトランジスタその他の半導体デバイスが形成されている。活性領域52を保護するように、半導体基板51の表面には保護樹脂層54等が配置されている。半導体基板51には、貫通ビア55が形成されている。貫通ビア55は、TSV(Through-Silicon Via)からなっていてもよい。貫通ビア55は、活性領域52とバンプ53とを接続し、活性領域52に形成された電子回路の出力端子を半導体基板51の裏面51bに引き出している。半導体基板51の裏面51bは、駆動IC5の第1表面5aである。この第1表面5aは、アクチュエータ基板2に対向しており、駆動IC5の出力端子を構成する複数のバンプ53が集中配置されている。バンプ53の数は、アクチュエータ基板2上に設けられた圧電素子20の個数にほぼ相当している。たとえば、アクチュエータ基板2上に約300個の圧電素子20が設けられるならば、出力端子としてのバンプ53の個数は約300個である。これらのバンプ53が複数の圧電素子20に対応する配線15のランド16上に接合されている。これにより、ワイヤボンディングやFPC(フレキシブルプリント基板)を用いることなく、駆動IC5と圧電素子20との電気的接続が達成されている。
【0024】
半導体基板51の活性領域52側に位置する駆動IC5の第2表面5bには、活性領域52に接続された入力端子56が集中配置されている。入力端子56は、保護樹脂層54から露出したパッドの形態を有していてもよい。一方、アクチュエータ基板2には、駆動IC5の近傍に、FPC57の一端が固定されている。FPC57の複数の芯線に複数の入力端子56がボンディングワイヤ58を介してそれぞれ接続されている。入力端子56の数はたとえば20本程度であり、それに応じて、FPC57の芯線の数も20本程度である。FPC57は、たとえば、制御用IC(図示せず)に接続されている。
【0025】
保護基板4上には、インクを貯留したインクタンク8が配置されている。保護基板4を貫通するようにインク供給路43が形成されている。インクタンク8のインク供給口8aはインク供給路43に結合されている。保護基板4のインク供給路43は、アクチュエータ基板2内のインク供給路44に連通している。インク供給路44は、キャビティ6に連通している。したがって、インク供給源であるインクタンク8内のインクは、インク供給路43,44を通ってキャビティ6に供給される。
【0026】
図3は、インクジェットヘッド1(とくにアクチュエータ基板2)の模式的な平面図である。
図4は、
図3のIV-IV線に沿う模式的な拡大断面図である。
図5は、インクジェットヘッド1(とくにアクチュエータ基板2)の模式的な斜視図である。前述の
図2は、
図3のII−II線に沿う断面図である。
アクチュエータ基板2の表面2aに振動膜形成層11が形成されている。振動膜形成層11において、キャビティ6の底面壁を構成している部分、すなわち、キャビティ6を区画している部分が振動膜10である。
【0027】
キャビティ6は、この実施形態では、アクチュエータ基板2を貫通して形成されている。アクチュエータ基板2にはさらに、キャビティ6に連通するインク通路50が形成されている。インク通路50は、キャビティ6に連通しており、インクタンク8から保護基板4のインク供給路43およびアクチュエータ基板のインク供給路44を介して供給されるインクをキャビティ6に導くように形成されている。インク通路50からキャビティ6に導入されたインクは、キャビティ6の長手方向に平行なインク流通方向45に沿って移動し、インク吐出通路31に達する。
【0028】
アクチュエータ基板2には、複数のキャビティ6が互いに平行に延びてストライプ状に形成されている。複数のキャビティ6は、それらの幅方向に微小な間隔(たとえば30μm〜350μm程度)を開けて等間隔で形成されている。各キャビティ6は、平面視において、インク通路50からインク吐出通路31に向かうインク流通方向45に沿って細長く延びた長方形形状を有している。キャビティ6の天面部は、インク流通方向45に沿う2つの側縁6a,6bと、インク流通方向45に直交する方向に沿う2つの端縁6c,6dとを有している。インク通路50は、キャビティ6の一端部において、2つの通路に分かれて形成されており、共通インク通路49に連通している。共通インク通路49は、複数のキャビティ6に対応したインク通路50に連通している。インクタンク8からのインクが導かれるインク供給路44は、共通インク通路49に連通している。
図3および
図5に示すように、複数のインク供給路44が、共通インク通路49に沿って間隔を開けて配列されている。インク供給路44は、振動膜10(配線15が配置されているところではさらに配線15)を貫通し、さらにアクチュエータ基板2を共通インク通路49まで貫通して形成されている。
【0029】
各キャビティ6は、振動膜10と、アクチュエータ基板2と、ノズル基板3とによって区画されており、この実施形態では、略直方体状に形成されている。キャビティ6の長さはたとえば800μm程度、その幅は55μm程度であってもよい。インク通路50は、キャビティ6の長手方向一端部(この実施形態では、吐出口32とは反対側に位置する端部)に連通するように形成されている。ノズル基板3の吐出口32は、この実施形態では、キャビティ6の長手方向に関する他端部付近に配置されている。
【0030】
振動膜10は、酸化シリコン膜の単膜であってもよいし、酸化シリコン膜上に窒化シリコン膜を積層した積層膜であってもよい。キャビティ6は、アクチュエータ基板2を貫通している必要はなく、圧電素子20側の一部を残すように下面側から掘り込んだ凹所であってもよい。この場合には、アクチュエータ基板2の残部は、振動膜10の一部を構成する。この明細書において、振動膜10とは、振動膜形成層11のうちキャビティ6を区画している天壁部を意味している。
【0031】
振動膜10の厚さは、たとえば、0.4μm〜2μmである。振動膜10が酸化シリコン膜から構成される場合は、酸化シリコン膜の厚さは1.2μm程度であってもよい。振動膜10が、シリコン層と酸化シリコン層と窒化シリコン層との積層体から構成される場合には、シリコン層、酸化シリコン層および窒化シリコン層の厚さは、それぞれ0.4μm程度であってもよい。
【0032】
振動膜10上に圧電素子20が配置されている。振動膜10と圧電素子20とによって、圧電アクチュエータ(圧電装置の一例)が構成されている。圧電素子20は、振動膜形成層11上に形成された下部電極22と、下部電極22上に形成された圧電体膜24と、圧電体膜24上に形成された上部電極21とを備えている。言い換えれば、圧電素子20は、圧電体膜24を上部電極21および下部電極22で挟むことにより構成されている。
【0033】
下部電極22は、たとえば、Ti(チタン)層およびPt(プラチナ)層を振動膜10側から順に積層した2層構造を有していてもよい。この他にも、Au(金)膜、Cr(クロム)層、Ni(ニッケル)層などの単膜で下部電極22を形成することもできる。下部電極22は、圧電体膜24の下面に接した主電極部22Aと、圧電体膜24の外方の領域まで延びた延長部22B(
図4参照)とを有している。
【0034】
圧電体膜24としては、たとえば、ゾルゲル法またはスパッタ法によって形成されたPZT(PbZr
xTi
1−xO
3:チタン酸ジルコン酸鉛)膜を適用することができる。このような圧電体膜24は、金属酸化物結晶の焼結体からなる。圧電体膜24の厚さは、1μm〜5μmが好ましい。振動膜10の全体の厚さは、圧電体膜24の厚さと同程度か、圧電体膜24の厚さの2/3程度とすることが好ましい。
【0035】
上部電極21は、圧電体膜24と平面視でほぼ同じ形状に形成されている。上部電極21は、たとえば、導電性酸化膜(たとえば、IrO
2(酸化イリジウム)膜)および金属膜(たとえば、Ir(イリジウム)膜)が積層された積層構造を有していてもよい。
振動膜形成層11の表面、圧電素子20の表面および下部電極22の延長部22Bの表面は、水素バリア膜12によって覆われている。水素バリア膜12は、たとえば、Al
2O
3(アルミナ)からなる。これにより、圧電体膜24の水素還元による特性劣化を防止することができる。水素バリア膜12上には、絶縁膜13が積層されている。絶縁膜13は、たとえば、SiO
2からなる。絶縁膜13上に配線15が形成されている。配線15は、Al(アルミニウム)を含む金属材料からなっていてもよい。
【0036】
配線15の一端部は、上部電極21の一端部の上方に配置されている。配線15と上部電極21との間において、水素バリア膜12および絶縁膜13を連続して貫通する貫通孔(コンタクト孔)14が形成されている。配線15の一端部は、貫通孔14に入り込み、貫通孔14内で上部電極21に接続されている。配線15は、一端部が上部電極21の一端部(圧電素子20の一方の端縁側の端部)に接続されかつ平面視において、インク流通方向と反対方向に延びて引き出されている。ランド16は、配線15の先端に配置され、配線15と一体化している。水素バリア膜12および絶縁膜13には、上部電極21の表面の中央部(上部電極21の表面における周縁部によって囲まれた部分)に相当する領域に開口17(
図2参照)が形成されている。この開口17は、上部電極21の長手方向に長い矩形である。
【0037】
図2に表れているように、下部電極22の延長部22Bは、アクチュエータ基板2上で引き回されて駆動IC5の実装領域に達している。この実装領域には、下部電極22を外部に接続するためのランド22Cが配置されている。ランド22Cには、駆動IC5のバンプ53が接合されている。こうして、下部電極22と駆動IC5との接続が達成されている。
【0038】
圧電素子20は、振動膜10を挟んでキャビティ6に対向する位置に形成されている。すなわち、圧電素子20は、振動膜10のキャビティ6とは反対側の表面に接するように形成されている。アクチュエータ基板2上に振動膜形成層11が形成されており、この振動膜形成層11においてキャビティ6の周囲の部分によって振動膜10が支持されている。こうして、振動膜10は、アクチュエータ基板2に支持されている。振動膜10は、キャビティ6に対向する方向(換言すれば振動膜10の厚さ方向)に変形可能な可撓性を有している。
【0039】
駆動IC5は、バンプ53および配線15を介して複数の圧電素子20のそれぞれの上部電極21に接続されており、別のバンプ53を介して複数の圧電素子20に共通の下部電極22に接続されている。これにより、駆動IC5は、各圧電素子20の上部電極21と下部電極22との間に駆動電圧を印加することができる。駆動IC5から圧電素子20に駆動電圧が印加されると、逆圧電効果によって、圧電体膜24が変形する。これにより、圧電素子20とともに振動膜10が変形し、それによって、キャビティ6の容積変化がもたらされ、キャビティ6内のインクが加圧される。加圧されたインクは、インク吐出通路31を通って、吐出口32から微小液滴となって吐出される。
【0040】
圧電素子20は、インク流通方向45(振動膜10の長手方向と同方向)の長さが、振動膜10の長手方向の長さよりも短く形成されており、平面視矩形形状を有している。そして、
図3に示すように、圧電素子20の長手方向の両端縁20d,20cは、振動膜10の対応する両端縁(平面視においてキャビティ6の両端縁6c,6dと一致)に対して、所定の間隔d1(たとえば5μm)を開けて内側に配置されている。また、圧電素子20は、振動膜10の長手方向に直交する短手方向(アクチュエータ基板2の主面に平行な方向)の幅が、振動膜10(キャビティ6の天面部)の当該短手方向の幅よりも狭く形成されている。そして、圧電素子20の長手方向に沿う両側縁20a,20bは、振動膜10の対応する両側縁(平面視においてキャビティ6の両側縁6a,6bと一致)に対して、所定の間隔d2(たとえば5μm)を開けて内側に配置されている。
【0041】
下部電極22は、
図3に示すように、平面視において、インク流通方向45に所定幅を有し、かつインク流通方向45と直交する方向に複数のキャビティ6を跨いで延びており、複数の圧電素子20に対して共用される共通電極である。下部電極22のインク流通方向45と直交する方向に沿う第1の辺22aは、平面視において、複数の圧電素子20の一方の端縁を結ぶ線と整合している。下部電極22の第1の辺22aに対向する第2の辺22bは、複数の圧電素子20の他方の端縁に対応するキャビティ6の端縁6d(振動膜10の端縁)よりも外側(インク流通方向45の下流側)に配置されている。
【0042】
下部電極22は、圧電素子20を構成する平面視矩形状の主電極部22Aと、主電極部22Aから振動膜形成層11の表面に沿う方向に引き出され、キャビティ6の天面部(振動膜10)の周縁を跨いでキャビティ6の天面部の周縁の外方に延びた延長部22Bとを含んでいる。主電極部22Aの平面視における形状、大きさおよび配置は、圧電素子20と同様である。
【0043】
延長部22Bは、平面視において、主電極部22Aの各側縁からキャビティ6の天面部の対応する側縁を跨いで、キャビティ6の天面部の側縁の外方に延びている。延長部22Bは、下部電極22の全領域のうちの主電極部22Aを除いた領域である。延長部22Bには、各圧電素子20のインク流通方向45の下流側に、下部電極22を貫通する平面視矩形状の切除部22Dが形成されている。各切除部22Dは、平面視において、インク流通方向45に沿う2つの側縁(短辺)と、インク流通方向に直交する方向に沿う2つの端縁(長辺)とを有している。切除部22Dの一方の端縁はインク流通方向に関して圧電素子20の端縁(主電極部22Aの下流側の端縁)と整合する位置に配置され、他方の端縁は振動膜10の端縁よりも外側(インク流通方向45の下流側)に配置されている。切除部22Dの一方の側縁は振動膜10の一方の側縁よりも外側に配置され、切除部22Dの他方の側縁は振動膜10の他方の側縁よりも外側に配置されている。したがって、平面視において、振動膜10の端縁側の端部は切除部22Dの内側に配置されている。
【0044】
上部電極21は、平面視において、下部電極22の主電極部22Aと同じパターンの矩形状に形成されている。すなわち、上部電極21の平面視における形状、大きさおよび配置は、圧電素子20と同様である。
圧電体膜24は、平面視において、上部電極21と同じパターン、すなわち、圧電素子20と同じパターンの矩形状に形成されている。圧電体膜24の下面は下部電極22の主電極部22Aの上面に接しており、圧電体膜24の上面は上部電極21の下面に接している。
【0045】
下部電極22の延長部22Bには、隣接するキャビティ6の間に分離溝60が形成されている。分離溝60は、この実施形態では、キャビティ6の長手方向に沿って直線状に延びており、下部電極22を各キャビティ6に対応する部分に分離している。分離溝60の両端は、この実施形態では、キャビティ6の両端よりも長手方向に関して外側に位置している。したがって、分離溝60は、隣接するキャビティ6を区画する区画壁61(
図4参照)の一端から他端に至る範囲に渡って形成されている。分離溝60は、
図4に示すように、下部電極22および振動膜10を貫通し、隣接するキャビティ6間を区画する区画壁61に達している。分離溝60の区画壁61に形成された部分は、区画壁61の高さ(キャビティ6の高さに等しい)の2分の1を超える深さを有している。
【0046】
このように、分離溝60は、隣接するキャビティ6に対応した振動膜10および下部電極22を互いに分離している。これにより、各キャビティ6の振動膜10は、隣接するキャビティ6の振動膜10から独立して変位することができる。さらに、分離溝60は、隣接するキャビティ6間の区画壁61にまで達する深さに形成されているので、振動膜10の変位に伴って区画壁61も変位させることができる。
【0047】
圧電体膜24は、
図4に示すように、短手方向に沿う横断面において、短手方向中央部に厚膜部25を有し、短手方向両側部に薄膜部26を有している。厚膜部25および薄膜部26は、それぞれ、キャビティ6の長手方向に沿って直線帯状に延びている。厚膜部25の幅は、たとえば、キャビティ6の短手方向の長さの半分以下である。
図2および
図3に示すように、厚膜部25は、キャビティ6の長手方向の長さが圧電体膜24の同方向の長さよりも短い。そして、圧電体膜24の両端部には、薄膜部26が形成されている。すなわち、薄膜部26は、厚膜部25を環状に取り囲むように、圧電体膜24の周縁に沿って帯状に形成されている。厚膜部25は、圧電素子20および振動膜10を含む可動部分の中央付近における慣性質量の増加に寄与する錘として機能する。上部電極21は、厚膜部25および薄膜部26に接している。
【0048】
厚膜部25と薄膜部26との境界部には、厚膜部25と薄膜部26との膜厚の差に対応した段差面28(
図2および
図4参照)が生じている。そして、厚膜部25の表面と段差面28とはほぼ直角に交差しており、それによって、屈曲部27が形成されている。前述のとおり、薄膜部26が環状に形成されているので、屈曲部27も環状に形成されている。すなわち、屈曲部27は、キャビティ6の長手方向に沿って延びる両側部と、それらの両側部をキャビティ6の長手方向両端部で結合する両端部とを有している。屈曲部27は、上部電極21および下部電極22間に駆動電圧が印加されて圧電素子20とともに振動膜10が変位するときに、その変位が始まる起点部として機能する。
【0049】
また、
図2および
図4に示すように、キャビティ6の内壁面62は、振動膜10と接する箇所に曲面部62Aを有している。曲面部62Aは、振動膜10と内壁面62とが接する周縁の全周に渡っていることが好ましい。曲面部62Aは、その上縁において振動膜10と接し、その下縁において平坦面部62Bに連なっている。曲面部62Aは、振動膜10と接する縁部からキャビティ6の外方およびノズル基板3へと向かって後退する凹湾曲面を形成している。平坦面部62Bは、キャビティ6の内壁面62の一部である。平坦面部62Bの下縁は、ノズル基板3に接している。平坦面部62Bは、振動膜10の法線方向に沿っていてもよいし、振動膜10の法線方向に対して傾斜していてもよい。たとえば、平坦面部62Bは、曲面部62Aに連続する縁部から、振動膜10の法線方向に対して、キャビティ6の外方およびノズル基板3へと向かって傾斜していることが好ましい。
【0050】
図6に拡大平面図を示すように、上部電極21には、周縁から内方に抉れたノッチ部35が形成されている。ノッチ部35は、この実施形態では、上部電極21の一角部に配置されており、上部電極21の一端からキャビティ6の長手方向に沿って直線状に所定長だけ延びている。ノッチ部35内に、動作監視電極23が配置されている。動作監視電極23は、圧電体膜24の上面に接している。動作監視電極23は、平面視において、キャビティ6と重なる領域(ノッチ部35内)に配置されている。したがって、動作監視電極23は、圧電体膜24を挟んで下部電極22の主電極部22Aに対向している。動作監視電極23は、ノッチ部35内でU字形状に形成されている。動作監視電極23の両端部には、一対の端子部23a,23bが設けられている。一対の端子部23a,23bは、ノッチ部35外にある。この実施形態では、一対の端子部23a,23bは、キャビティ6の外方の領域、より具体的には保護基板4の外方の領域において、アクチュエータ基板2上に配置されている。
【0051】
一対の端子部23a,23bは駆動状態監視回路36に接続されている。駆動状態監視回路36は、端子部23a,23b間の電気抵抗、すなわち、動作監視電極23の電気抵抗を測定し、それによって、圧電体膜24の温度を検出する温度検出回路を含む。逆圧電効果によって圧電体膜24が伸縮すると、それに応じて圧電体膜24の温度が上昇する。駆動状態監視回路36は、圧電体膜24の温度を測定することにより、圧電素子20の動作状態を検出する。圧電素子20に駆動電圧が印加されているにもかかわらず、圧電体膜24の温度上昇が検出されなければ、圧電素子20に異常が生じている可能性がある。このように、この実施形態では、動作監視電極23は、圧電体膜24の温度を検出するために用いられる温度検出電極である。
【0052】
駆動IC5は、上部電極21と下部電極22との間に駆動電圧を印加して圧電素子20を駆動する。それにより、逆圧電効果によって圧電体膜24が変形し、それに応じて振動膜10が変位する。その結果、キャビティ6の容積が変化して、その内部の圧力が高まることにより、ノズル基板3に形成された吐出口32からインクの液滴が吐出される。その一方で、インクタンク8からのインクが、インク供給路43,44、共通インク通路49およびインク通路50を通ってキャビティ6に供給される。
【0053】
この実施形態では、圧電体膜24は、振動膜10の中央付近に対応するように配置された厚膜部25を有している。この厚膜部25は、振動膜10の中央付近の慣性質量を局所的に増加させる錘としての機能を有している。この錘としての厚膜部25は、駆動電圧が加えられて振動膜10が変位するときに、その慣性質量によって、振動膜10の変位を増幅させる。これにより、キャビティ6の容積を大きく変化させることができるので、駆動性能に優れたインクジェットヘッド1を実現できる。
【0054】
圧電体膜24の厚膜部25を利用して錘を構成しているので、簡単な構成で、錘を内蔵した圧電素子20を構成できる。
錘としての厚膜部25は、平面視矩形のキャビティ6の長手方向に沿って延び、キャビティ6の短手方向の長さの半分以下の帯状に形成されていて、キャビティ6の短手方向の中央付近に配置されている。それにより、キャビティ6側縁から厚膜部25の縁までの充分な間隔が確保されている。それによって、錘としての厚膜部25の慣性質量によって振動膜10の変位を効果的に増大させることができるから、インクジェットヘッド1の駆動性能を向上できる。
【0055】
また、この実施形態では、圧電体膜24の厚膜部25と薄膜部26との境界部に屈曲部27が形成されている。屈曲部27は、圧電体膜24中の特異形状部であり、圧電体膜24の変位の起点となる起点部を提供する。したがって、圧電体膜24が変形(変位)するときに、起点部としての屈曲部27から変形(変位)が始まることを保証できる。したがって、複数の圧電素子20、および複数回の駆動において圧電体膜24の変形(変位)が同様に生じる。それによって、動作制御が容易で、かつ精度の高い動作が可能になる。したがって、動作制御性の高い圧電素子20を実現でき、それに応じて動作制御性の高いインクジェットヘッド1を提供できる。すなわち、安定かつ正確な動作制御が可能なインクジェットヘッド1を提供できる。
【0056】
屈曲部27は、圧電体膜24の表面に、上部電極21、圧電体膜24および下部電極22の積層方向に突出する凸部(厚膜部25)および凹部(薄膜部26)を設けることにより、その間に形成されている。さらに詳細には、圧電体膜24の横断面を包摂する長方形の外形輪郭線を想定すると、その長方形の外形輪郭線において、上辺の中間位置に段差が介在されている。それによって、特異形状点としての屈曲部27が形成され、その屈曲部27によって外形輪郭線の途中断絶が生じている。これにより、屈曲部27を起点として圧電体膜24の変位を生じさせることができる。
【0057】
屈曲部27は、前記積層方向に沿って窪んだ窪み形状の一種である。また、屈曲部27は、圧電素子20中の他の部分に比較して脆弱な脆弱部である。したがって、屈曲部27は、確実に、圧電体膜24の変位の起点を与えることができる。
また、屈曲部27は、圧電素子20の周縁に接し、かつ圧電素子20の周縁よりも内方の領域に至っている。それにより、圧電体膜24の変位が始まりやすく、かつ圧電体膜24の変位がその全体に伝搬しやすい。そのため、応答性の高い圧電素子20を提供でき、それに応じて、動作制御性の高い圧電素子20を備えたインクジェットヘッド1を実現できる。
【0058】
さらに、屈曲部27は、圧電体膜24の周縁に連続しているので、圧電体膜24の周縁を加工するときに同時に形成できる。したがって、製造工程を増やすことなく、動作制御性の高い圧電素子20を備えたインクジェットヘッド1を実現できる。
また、変位の起点部となる屈曲部27が圧電体膜24に設けられていることにより、圧電体膜24の変位を確実に屈曲部27から生じさせることができ、それによって、動作制御性の高い圧電素子20を備えたインクジェットヘッド1を実現できる。
【0059】
さらに、屈曲部27は、圧電素子20の周縁に沿って延びた形状を有しているので、圧電体膜24の変位を広い範囲で確実に開始させることができ、それに応じて、動作制御性の高い圧電素子20を備えたインクジェットヘッド1を実現できる。
また、屈曲部27は、キャビティ6の長手方向両端部近傍にも位置しているので、圧電体膜24の変位をキャビティ6の両端部近傍から開始させることができる。それにより、動作制御性のみならず、駆動電圧に対する応答性にも優れたインクジェットヘッド1を提供できる。
【0060】
また、屈曲部27は、キャビティ6の長手方向に沿う辺に沿って延びているので、駆動電圧印加に応答して、広い範囲で圧電体膜24の変位が始まる。それにより、動作制御性のみならず、駆動電圧に対する応答性にも優れたインクジェットヘッド1を提供できる。
また、この実施形態では、圧電素子20は、第1電極としての上部電極21と、第2電極としての下部電極22に加えて、第3電極としての動作監視電極23を含み、動作監視電極23は、圧電体膜24に接している。動作監視電極23により、圧電体膜24の状態を検出することができる。この実施形態では、動作監視電極23は、圧電体膜24の温度を検出する温度検出電極である。すなわち、上部電極21と下部電極22とに駆動IC5から駆動電圧を印加して圧電素子20を作動させることにより、圧電体膜24の温度上昇が生じる。そこで、動作監視電極23によって圧電体膜24の温度を検出することによって、圧電素子20の動作を確認できる。
【0061】
この実施形態では、動作監視電極23は、上部電極21と同一レイヤに配置されているので、圧電素子20の製造時において、上部電極21と同じ工程で形成することができる。したがって、工程を増やすことなく、状態監視機能を有する圧電素子20を備えたインクジェットヘッド1を提供できる。
また、この実施形態では、上部電極21が、周縁から内方に抉れたノッチ部35を有しており、動作監視電極23が、ノッチ部35に入り込むように配置されている。すなわち、動作監視電極23は、上部電極21と圧電体膜24とが接している領域に入り込むように配置されている。したがって、動作監視電極23は、動作ための変形が生じる領域において圧電体膜24に接しているので、圧電体膜24の状態をより正確に監視できる。より具体的には、圧電体膜24の作動領域(変形領域)における温度を検出できる。
【0062】
また、この実施形態では、動作監視電極23は、圧電体膜24を挟んで下部電極22に対向している。そのため、動作監視電極23は、駆動電圧印加時の作動領域において圧電体膜24に接している。それにより圧電体膜24の状態をより正確に監視できる。より具体的には、圧電体膜24の作動領域における温度を検出できる。
また、この実施形態では、動作監視電極23が、キャビティ6に対向する位置に配置されている。そのため、インク吐出のために変形する作動領域において圧電体膜24の状態を検出できる。それにより、圧電体膜24の状態をより正確に検出できる。
【0063】
この実施形態では、動作監視電極23は、両端に配置された2つの端子部23a,23bを有している。駆動状態監視回路36は、それらの2つの端子部23a,23b間の電気抵抗を検出する。駆動状態監視回路36が検出する電気抵抗は、圧電体膜24の温度に対応している。すなわち、駆動状態監視回路36は、この実施形態では、圧電体膜24の温度を検出する温度検出回路を含む。圧電体膜24の温度、とくに作動領域の温度を検出することにより、圧電体膜24の作動状態を監視できる。それによって、インクジェットヘッド1の動作状態を監視することができる。
【0064】
上部電極21と下部電極22との間に駆動電圧を印加したときに圧電体膜24が変形すると、その変形によって生じた起電力が動作監視電極23と下部電極22との間に生じる。そこで、動作監視電極23と下部電極22との間の電位差を検出する検出回路を設けることにより、圧電体膜24の作動状態を監視することもできる。
また、この実施形態では、アクチュエータ基板2のキャビティ6を区画する内壁面62が、振動膜10のキャビティ6側の表面に連なる曲面部62Aを有している。したがって、インクタンク8から供給されるインク中に気泡が含まれていても、その気泡はキャビティ6内に捕獲されにくく、気泡溜まりを形成する前に、インクとともに速やかに吐出口32から排出される。それにより、キャビティ6内に気泡溜まりが生じることを抑制または防止できる。その結果、キャビティ6の容積変化が気泡の収縮によって吸収されることを抑制または防止できるので、圧電素子20に加えた駆動電圧に対応したインク吐出量を精度良く実現できる。こうして、インク吐出制御性を向上したインクジェットヘッド1を提供できる。
【0065】
また、この実施形態では、アクチュエータ基板2の内壁面62に形成された曲面部62Aは、振動膜10の表面に交差する断面において、振動膜10との接点に連なり、キャビティ6の外方から当該接点に向かう曲線部を形成している。換言すれば、曲面部62Aは、振動膜10と接触する位置からキャビティ6の外方へと後退する形状を有している。これにより、アクチュエータ基板2の内壁面62と振動膜10との間に角部が生じないから、気泡溜まりが生じ難い。それにより、インク吐出制御性を向上したインクジェットヘッド1を提供できる。
【0066】
また、この実施形態では、アクチュエータ基板2の内壁面62は、曲面部62Aの下方(ノズル基板3側)に連なる平坦面部62Bを有している。したがって、インク中の気泡がアクチュエータ基板2の内壁面62で捕獲されることを抑制または防止できる。
さらに、この実施形態では、曲面部62Aは、アクチュエータ基板2のキャビティ6を区画する内壁面62と振動膜10との境界の全周に渡っている。これにより、内壁面62と振動膜10との交差部における気泡溜まりをより効果的に抑制または防止でき、それに応じて、インク吐出制御性能を向上できる。
【0067】
また、この実施形態では、隣接するキャビティ6の間に分離溝60が形成されており、この分離溝60が振動膜10を貫通して、隣接するキャビティ6の間を区画する区画壁61に達している。それにより、各キャビティ6の振動膜10は、分離溝60の部分において、振動膜10の他の部分との拘束を解かれているので、その変位量が大きくなる。さらに、分離溝60が区画壁61に達しているので、振動膜10の変位に応じて区画壁61も変位する。すなわち、
図7に示すように、振動膜10がインクキャビティ6に向かって突出するように変形するとき、区画壁61の上端部が振動膜10によってキャビティ6の内側に引かれて変形する。これにより、二点鎖線で示す変形前の状態と、実線で示す変形後の状態とで、キャビティ6の容積が大きく変化する。それに応じてインク吐出量を増大できる。別の見方をすれば、キャビティ6の容積変化率を増大できるので、一定のインク吐出量を実現するためのキャビティ6の大きさを小さくすることができ、それに応じてインクジェットヘッド1の小型化を図ることができる。
【0068】
また、この実施形態では、分離溝60が、隣接する一対のキャビティ6を区画する区画壁61の一端から他端に至る範囲にわたって連続して形成されている(
図3参照)。すなわち、隣接するキャビティ6の境界部の全体に渡って連続した分離溝60が形成されている。そのため、各キャビティ6に対応した振動膜10に対する周囲からの拘束が少ない。また、区画壁61の広い範囲が振動膜10の変位に伴って大きく変位することができる。これにより、インク吐出量の増大またはインクジェットヘッド1の小型化を図ることができる。
【0069】
また、この実施形態では、分離溝60が下部電極22を貫通しているので、下部電極22による拘束も小さい。それにより、振動膜10の変位量が大きくなり、かつ区画壁61の変位量も大きくなるので、インク吐出量の増大またはインクジェットヘッド1の小型化を図ることができる。
さらに、この実施形態では、分離溝60の下端が区画壁61の高さの2分の1よりも低い位置にあり、分離溝60の深さが区画壁61の高さの2分の1よりも深い。それにより、振動膜10の変形に伴って区画壁61も大きく変形させることができるから、それに応じて、キャビティ6の容積を大きく変化させることができる。それにより、インク吐出量の増大またはインクジェットヘッド1の小型化を図ることができる。
【0070】
また、この実施形態では、圧電素子20を駆動する駆動IC5がアクチュエータ基板2上に実装されており、駆動用ICの出力端子としてのバンプ53がアクチュエータ基板2に対向する第1表面5a(対向面)に集中配置されている。それらのバンプ53がアクチュエータ基板2上の配線に設けられたランド16,22Cに接合されている。これにより、アクチュエータ基板2と駆動IC5の出力端子とを接続するためのケーブル(たとえばFPC)やボンディングワイヤが不要である。これにより、インクジェットヘッド1を小型化することができる。
【0071】
インクジェットヘッド1を駆動するための駆動IC5は、一般に、出力端子の数が入力端子の数よりも多い。そのため、出力端子に接続されるケーブルおよびボンディングワイヤを無くすことによって、大幅な省スペース化を図ることができる。
集中配置とは、駆動IC5が備えるほとんどの出力端子(好ましくは全部の出力端子)が第1表面5aに配置されていることをいう。ただし、第1表面5aに入力端子が配置されることを妨げない。
【0072】
また、この実施形態では、駆動IC5の半導体基板51において、アクチュエータ基板2とは反対側に活性領域52が配置されており、その活性領域52と出力端子(バンプ53)とが貫通ビア55(TSV)によって接続されている。これにより、駆動IC5のアクチュエータ基板2側の第1表面5aに出力端子を集中配置することが可能とされている。貫通ビア55を有する駆動IC5は、半導体基板51外で活性領域52から非活性面側への配線の引き回しをする必要がないので、それ自体を小型に構成することができる。それによって、インクジェットヘッド1の小型化に寄与できる。
【0073】
また、駆動IC5は、第1表面5aとは反対側の第2表面5bに配置された複数の入力端子56を含む。そして、複数の入力端子56は、ボンディングワイヤ58を介してFPC57に接続されている。FPC57は、たとえば、制御用ICに接続されている。駆動IC5の入力端子56の数はさほど多くないので、入力端子56とFPC57との接続をワイヤボンディングで行ってもインクジェットヘッド1はさほど大型化しない。
【0074】
図8は、圧電体膜24の構成例を示す模式的な断面図である。振動膜10の上に下部電極22が形成されており、下部電極22の上に圧電体膜24が形成されており、圧電体膜24の上に上部電極21が形成されている。下部電極22は、たとえば、Ti膜を下層としPt膜を上層とするPt/Ti積層膜からなる。上部電極21は、たとえば、IrO
2膜を下層としIr膜を上層とするIr/IrO
2積層膜からなる。
【0075】
圧電体膜24は、下部電極22の表面に形成された密着層71と、密着層71の上に形成されたシード層72と、シード層72上に積層された複数の本焼成単位のPZT層73とを含む。
「本焼成単位のPZT層」とは、PZTを含む前駆体溶液の塗布膜をゲル化させて形成されるゲル化膜を1または複数枚積層した後に熱処理して本焼成させる本焼成工程を行って形成されるPZT層である。ゲル化膜を形成するゲル化膜形成工程は、PZTを含む前駆体溶液を塗布して塗布膜を形成する塗布工程と、その塗布膜を乾燥させる乾燥工程と、乾燥工程後の塗布膜をゲル化させる仮焼成工程とを含む。このゲル化膜形成工程を1または複数回行った後に本焼成を行うことにより、本焼成単位のPZT層73が形成される。つまり、本焼成単位のPZT層73はゾルゲル法によって形成される。
【0076】
前駆体溶液には、PZTのほかに、溶媒が含まれる。塗布工程では、たとえば、前駆体溶液がスピンコートされる。乾燥工程は、たとえば140℃の温度環境下で行われる。乾燥工程は、自然乾燥でもよい。仮焼成工程では、乾燥工程後の塗布膜に対して、たとえば、鉛の融点(327.5℃)未満の温度(たとえば300℃)の熱処理が行われてもよい。本焼成工程は、ゲル化した塗布膜に対して、たとえば700℃の熱処理が施される。本焼成工程は、RTA(Rapid Thermal Annealing)で行ってもよい。
【0077】
密着層71は、圧電体膜24と下部電極22との密着性を高めるために設けられる層である。密着層71は、たとえば、TiO層からなる。TiO層は、たとえば、ゾルゲル法、スパッタ法等で形成することができる。
シード層72は、PZTの結晶性および密着性を向上するために設けられる層であり、たとえば、PZTからなるPZTシード層またはTiOからなるTiOシード層で構成される。シード層72は、スパッタ法で形成されることが好ましいが、ゾルゲル法で形成されてもよい。スパッタ法で形成される場合には、形成時に下部電極22の近傍に電界が生じているので、分極状態で結晶が成長し、配向方向が揃ったシード層72が得られる。この場合、シード層72は、下部電極22の法線方向に柱状に成長した結晶粒で構成された柱状組織層となる。ゾルゲル法によるときには、前駆体溶液の塗布、塗布膜の乾燥、乾燥後の塗布膜の加熱によるゲル化を順に行って1枚のゲル化した塗布膜を形成し、その塗布膜を本焼成してシード層72が形成される。シード層72の厚みは、たとえば、5nm〜500nm程度である。
【0078】
この実施形態では、スパッタ法でシード層72(たとえばPZTシード層)が形成され、そのシード層72の上に、ゾルゲル法を複数回繰り返すことによって、複数の本焼成単位のPZT層73が順に積層される。スパッタ法で形成されたシード層は柱状組織層75をなし、ゾルゲル法で形成された本焼成単位のPZT層73は非晶質組織層76をなす。
このようにして形成された圧電体膜24は、柱状組織層75からなるシード層72と、そのシード層72に接して積層され、圧電材料の非晶質組織層76を構成する複数の本焼成単位のPZT層73とを含む。柱状組織層75は、結晶の配向が揃っている。非晶質組織層76は、緻密な膜質を有し、耐圧に優れている。そして、非晶質組織層76は、柱状組織層75に接して積層されているので、柱状組織層75の配向に倣う。したがって、柱状組織層75および非晶質組織層76を積層した圧電体膜24は、配向性および耐圧のいずれもが優れている。これにより配向性および耐圧に優れた圧電体膜24を有する圧電素子20によって駆動されるインクジェットヘッド1を提供できる。
【0079】
柱状組織層75が<100>配向であるとき、非晶質組織層76もその配向の傾向の強い層となる。この場合、圧電体膜24は、電圧印加時の逆圧電効果による変位が大きく、また変形時の圧電効果による起電力が大きい性質を有する。一方、柱状組織層75が<111>配向であるとき、非晶質組織層76もその配向の傾向の強い層となる。この場合、圧電体膜24は、電圧印加時の圧電効果による変位の大きさを制御しやすく、また変形時の圧電効果による起電力が安定する性質を有する。
【0080】
そこで、所要の特性に応じて柱状組織層75の配向を制御することにより、優れた特性のインクジェットヘッド1を実現できる。たとえば、柱状組織層75が<100>配向であるとき、振動膜10の変位を大きくすることができるから、駆動性能の優れたインクジェットヘッド1を提供できる。また、柱状組織層が<111>配向であるとき、電圧印加時の圧電効果による変位の大きさを制御しやすいので、制御性の優れたインクジェットヘッド1を提供できる。
【0081】
柱状組織層75は、前述のとおり、スパッタ法によって成膜することができ、それにより、配向制御性の高い柱状組織層75を形成できる。そして、圧電材料を分極状態で成膜することにより、配向性御性の高い柱状組織層75を形成することができる。より具体的には、電界を印加した状態でスパッタ法によって圧電材料を成膜することによって、配向の揃った柱状組織層75を形成できる。非晶質組織層76は、前述のとおり、ゾルゲル法によって形成することができ、それによって、緻密で耐圧の高い非晶質組織層76を形成できる。
【0082】
柱状組織層75および非晶質組織層76を同種の圧電材料(たとえばPZT)で構成すれば、非晶質組織層76の配向をより厳密に制御することができるので、配向性および耐圧に優れた圧電体膜24を提供できる。
このような圧電体膜24は、インクジェットヘッド1以外の圧電アクチュエータや、マイクロホンおよび超音波センサに代表される圧電センサにも適用することができる。すなわち、圧電アクチュエータでは、上部電極21および下部電極22の間に駆動電圧を印加することにより、逆圧電効果によって圧電体膜24を変形させることができる。また、圧電センサでは、外力によって圧電体膜24を変形させることにより、圧電効果によって、上部電極21および下部電極22の間に電圧を生じさせることができる。所要の特性に応じて柱状組織層75の配向を制御することにより、優れた特性の圧電アクチュエータまたは圧電センサを実現できる。たとえば、柱状組織層75が<100>配向であるとき、圧電体膜24は、電圧印加時の逆圧電効果による変位が大きく、また変形時の圧電効果による起電力が大きい性質を有する。したがって、駆動性能の優れ圧電アクチュエータや、感度の高い圧電センサを実現できる。また、柱状組織層75が<111>配向であるとき、圧電体膜24は、電圧印加時の圧電効果による変位の大きさを制御しやすく、また変形時の圧電効果による起電力が安定する性質を有する。したがって、制御性の優れた圧電アクチュエータや、出力の安定した圧電センサを実現できる。
【0083】
図9Aおよび
図9Bは、シード層72のパターンについての特徴を説明するための図解的な平面図である。シード層72は、下部電極22の表面全域に形成されていてもよいが、
図9Aおよび
図9Bに例示するように、局所的にシード層72(明瞭化のために斜線を付して示す)を形成してもよい。すなわち、下地層としての下部電極22(とくに主電極部22A)上に設定したシード形成領域81にシード層72が形成され、下部電極22上に設定したシード非形成領域82にはシード層72が形成されていなくてもよい。そして、圧電材料層が、シード形成領域81およびシード非形成領域82に跨がって形成されていてもよい。
【0084】
シード層72に接して形成された圧電材料と、シード層72に接することなく下地層(下部電極22)に接して形成された圧電材料とでは、配向が異なり、それに応じて特性が異なる。そこで、シード層72が形成されたシード形成領域81と、シード層72が形成されていないシード非形成領域82とを設け、それらの領域に跨がるように圧電材料層を形成すると、中間的な性質の圧電体膜24を得ることができる。よって、シード形成領域81とシード非形成領域82との面積割合や、配置パターンを様々に定めることによって、様々な性質の圧電体膜24を得ることができる。したがって、用途に応じて特性を制御した圧電体膜24を提供できる。
【0085】
圧電体膜24は、シード形成領域81に形成され第1方向に配向した第1配向領域と、シード非形成領域82に形成され第2方向に配向した第2配向領域とを含むことになる。第1配向領域および第2配向領域は、それらの配向方向に応じた異なる性質を有している。したがって、シード形成領域81およびシード非形成領域82の面積割合、配置パターン等に応じて、種々の性質の圧電体膜24を提供できる。
【0086】
シード形成領域81の圧電体材料層の配向方向(第1方向)は、たとえば、<100>である。また、シード非形成領域82の圧電体材料層の配向方向(第2方向)は、たとえば、<111>である。より具体的には、下部電極22の表面にPt層があると、その配向の影響を受けて<111>配向の圧電材料層が形成される。<100>配向の圧電材料層は、逆圧電効果が大きい。したがって、圧電素子20に適用すると大きな変位特性が得られ、インクジェットヘッド1の吐出量を増大できる。一方、<111>配向の圧電材料層は圧電性能が安定している。したがって、圧電素子20に適用すると安定した駆動性能が得られるから、インクジェットヘッド1の吐出量を精度良く安定に制御できる。そこで、それらの配向の圧電材料層の領域を混在させることによって、所要の特性に応じて、圧電性能の安定性および強弱を両立させることができる。すなわち、必要な制御精度および必要な変位に応じて第1配向領域および第2配向領域の面積割合、配置パターンを設定することにより、所要の駆動性能のインクジェットヘッド1を提供できる。
【0087】
図9Aおよび
図9Bの例では、シード形成領域81およびシード非形成領域82が、合計で3個以上の分離された領域を含む。そして、シード形成領域81およびシード非形成領域82が下部電極22(主電極部22A)上に交互に配置されている。このように、シード形成領域81およびシード非形成領域82が交互に配置されているので、圧電材料層は、中間的な性質を持ちやすくなる。これにより、特性制御性の高い圧電体膜24を提供できる。
【0088】
図9Aの例では、シード形成領域81およびシード非形成領域82が、ストライプ状に交互に配置されている。それにより、配向の混在度合いが高まるから、さらに、特性制御性の高い圧電体膜24を提供できる。
より具体的には、
図9Aの例では、シード形成領域81およびシード非形成領域82がそれぞれ矩形に形成されており、隣接する矩形の一辺同士を重ね合わせて交互に配置されている。そして、複数のシード形成領域81および複数のシード非形成領域82が、全体として、下部電極22の主電極部22Aに対応した矩形の領域を形成している。このように、矩形のシード形成領域81および矩形のシード非形成領域82が交互に揃えて配置されることにより、特性制御性の高い矩形の圧電体膜24を提供できる。
【0089】
図9Bの例では、環状のシード形成領域81と、環状のシード形成領域81の内側または外側に配置された環状のシード非形成領域82とが設けられている。環状のシード形成領域81および環状のシード非形成領域82が互いの内側または外側に配置されることにより、それぞれの配向に応じた特性の中間的な特性が得やすくなる。それにより、特性制御性の高い圧電体膜24を提供できる。
【0090】
また、環状のシード形成領域81を有することにより、シード層72の影響を受けた配向に応じた特性の影響を圧電体膜24の広い範囲に及ぼすことができ、それにより、特性制御性の高い圧電体膜24を提供できる。
また、同様に、環状のシード非形成領域82を有することにより、下地層(下部電極22)の影響を直接受けた配向に応じた特性の影響を圧電体膜24の広い範囲に及ぼすことができ、それにより、特性制御性の高い圧電体膜24を提供できる。
【0091】
図9Aおよび
図9Bの各パターンのシード層は、スパッタ法によって形成されてもよいし、ゾルゲル法によって形成されてもよい。シード層72は、圧電材料(たとえばPZT)で形成されることが好ましい。
図10A、
図10B、
図10Cおよび
図10Dは、錘の配置に関する変形例を示す。
図10Aの構成では、上部電極21が保護膜19で覆われており、その保護膜19上に錘65が配置されている。保護膜19は、この例では、水素バリア膜12および絶縁膜13の積層膜である。錘65は、金属膜で構成されていてもよい。錘65は、キャビティ6の短手方向に関して中間付近の位置に配置され、キャビティ6の長手方向に沿って延びている。そして、錘65は、キャビティ6の短手方向の幅よりも短い幅(好ましくは、キャビティ6の幅の2分の1程度の幅)を有する帯状に形成されている。したがって、錘65と振動膜10の側縁との間には、振動膜10の変位を阻害しないように充分な間隔が確保されている。また、錘65は、キャビティ6の長手方向に関してキャビティ6の長さよりも短く、錘65の両端とキャビティ6の両端との間には、振動膜10の変位を阻害しないように充分な間隔が確保されている。よって、錘65によって振動膜10の変位が大きく拘束されるおそれはない。
【0092】
この構成では、錘65は、上部電極21の上に配置されているので、上部電極21および錘65の配置を独立に定めることができる。それにより、圧電体膜24に対して効果的に駆動電圧を印加でき、かつ優れた駆動性能を実現するための錘65の配置を決定できる。これにより、駆動性能に優れたインクジェットヘッド1を実現できる。また、上部電極21と錘65との間に保護膜19が配置されているので、保護膜19で上部電極21を保護しながら、その上に錘65を配置できる。
【0093】
図10Bの構成では、錘65が上部電極21と同じレイヤに配置されている。錘65は、上部電極21と同じ材料(金属材料)からなり、上部電極21よりも厚い膜で構成されている。錘65は、平面視において、キャビティ6の中央付近に配置されており、上部電極21は、錘65を取り囲む環状(四角環状)の形態を有している。上部電極21と錘65との間には隙間が開けられており、それらは互いに離隔している。
【0094】
この構成では、上部電極21と同じレイヤに錘65が配置されているので、上部電極21と錘65とに同じ材料を用い、それらの少なくとも一部を同時に形成することができる。そして、錘65の膜厚を上部電極21よりも大きくすることによって、振動膜10の中央付近の慣性質量が局所的に大きくなっている。これにより、製造工程を大きく改変することなく、駆動性能に優れたインクジェットヘッド1を実現できる。また、環状の上部電極21が錘65を取り囲む形態であるので、錘65を振動膜10の中央付近に配置しやすい。それによって、振動膜10の変位を大きくできる。また、上部電極21は、振動膜10の中央を取り囲む環状の形態であるので、圧電素子20を効率良く駆動できる。こうして、優れた駆動性能のインクジェットヘッド1を実現できる
図10Bには上部電極21と錘65とが分離されている構造を示したが、
図10Cに示すように、上部電極21と錘65とが繋がって、一体化していてもよい。この場合、上部電極21と錘65とは同電位となり、錘65を介して圧電体膜24に駆動電圧を印加できる。すなわち、錘65が上部電極21としての機能を兼ね備えている。これにより、圧電体膜24の広い範囲に駆動電圧を印加でき、かつ錘65による振動膜10の変位を大きくできるから、駆動性能に優れたインクジェットヘッド1を実現できる。
【0095】
図10Dに示す構成では、上部電極21と同一レイヤに形成された錘65から、上部電極21を横切る引き出し電極66が形成されている。上部電極21は、引き出し電極66を挟んで離隔した両端を有する馬蹄形に形成されている。上部電極21と錘65との間、および上部電極21と引き出し電極66との間には、隙間が形成されており、それらは離隔している。
【0096】
この構成では、錘65を振動膜10の中央付近に配置しやすく、かつ上部電極21は圧電体膜24に対して効果的に駆動電圧を印加できるので、駆動性能に優れたインクジェットヘッド1を実現できる。また、錘65から引き出された引き出し電極66が上部電極21と接していないので、錘65および上部電極21に対して独立して電圧を印加することができる。それによって、駆動性能を一層向上する駆動方法を採用できる。
【0097】
錘を利用した圧電装置は、インクジェットヘッドに限らない。すなわち、圧電装置は、振動膜と、振動膜上に配置された圧電素子と、前記振動膜の中央付近の慣性質量を局所的に増加させるように配置された錘とを含むことができる。このような圧電装置は、圧電装置は、圧電アクチュエータ、または圧電センサであり得る。インクジェットヘッドは圧電アクチュエータの一種である。
【0098】
圧電アクチュエータにおいては、圧電素子に駆動電圧が印加されると、逆圧電効果によって圧電素子が変形し、それに応じて振動膜が変位する。錘は、振動膜の中央部の慣性質量を局所的に増加させるように配置されているので、振動膜の変位を大きくすることができる。それにより、駆動性能に優れた圧電アクチュエータを実現できる。
圧電センサにおいては、振動膜が変位すると、圧電効果によって、圧電素子に電圧が生じる。錘は、振動膜の中央部の慣性質量を局所的に増加させるように配置されているので、振動膜の変位を大きくすることができる。それにより、大きな電圧が圧電素子に生じるので、検出性能(とくに感度)に優れた圧電センサを実現できる。圧電センサとしては、マイクロホンや超音波センサを例示できる。
【0099】
図11A〜
図11Iは、圧電体膜24の変位の起点部に関する変形例を示す。
図11Aの構成では、上部電極21の両端部近傍に起点部としての一対のドット状の凹部85がそれぞれ形成されている。凹部85は、上部電極21を貫通していてもよいし、貫通していなくてもよい。凹部85は、屈曲部の一例であり、上部電極21、下部電極22および圧電体膜24の積層方向への窪み形状である。また、凹部85においては、上部電極21の少なくとも一部が除去されているので、凹部85は、圧電素子20の他の部分に比較して脆弱な脆弱部である。凹部85は、圧電素子20の周縁よりも内方の領域に配置され、かつ圧電素子20の周縁から分離されている。この例では、凹部85は、矩形のドット状であるが、その他の多角形、円形、楕円形等の他の形状のドット状としてもよい。
【0100】
この構成によれば、起点部としての凹部85が圧電素子20の周縁よりも内方の領域に配置され、圧電素子20の周縁から分離されていることで、圧電体膜24の変位がその全体に伝搬しやすい。そのため、応答性の高いインクジェットヘッド1を提供でき、それに応じて、動作制御性の高いインクジェットヘッド1を実現できる。また、上部電極21の加工によって起点部としての凹部85を設けることができるので、容易な製造工程で、動作制御性の高いインクジェットヘッド1を実現できる。そして、圧電体膜24の変位は起点部としての凹部85から始まるので、駆動電圧に対応した安定した応答性および安定した変位量が得られる。これにより、安定で正確な動作制御が可能なインクジェットヘッド1を提供できる。また、圧電体膜24の変位をキャビティ6の両端部近傍から開始させることができるので、動作制御性のみならず、駆動電圧に対する応答性にも優れたインクジェットヘッド1を提供できる。
【0101】
図11Bの構成においては、上部電極21に形成された凹部である溝86によって起点部が構成されている。溝86は、上部電極21を膜厚方向に貫通していてもよいし、貫通していなくてもよい。溝86は、キャビティ6の長手方向両端部の近傍に設けられており、積層方向への窪み形状であって、圧電素子20の他の部分に比較して脆弱な脆弱部を提供している。溝86は、キャビティ6の短手方向に沿って、すなわち、圧電素子20の周縁に沿って延びており、上部電極21の全幅に及んでいる。それにより、溝86は、圧電素子20の内方の領域から圧電素子20の周縁に向かって延びて、圧電素子20の周縁と接している。したがって、溝86は、圧電素子20の周縁に連続する領域の加工によって形成されている。この例では、溝86は、直線状に形成されているが、折れ線状または曲線状としてもよい。
【0102】
この構成によれば、起点部としての溝86が圧電素子20の周縁よりも内方の領域から圧電素子20の周縁に向かって延びて、圧電素子20の周縁に接している。起点部としての溝86が圧電素子20の周縁に接していることで、圧電体膜24の変位が始まりやすい。それにより応答性の高い圧電素子20を提供でき、それに応じて、動作制御性の高いインクジェットヘッド1を実現できる。また、起点部としての溝86が圧電素子20の周縁に沿って延びているので、圧電体膜24の変位を広い範囲で確実に開始させることができ、それに応じて、動作制御性の高いインクジェットヘッド1を実現できる。
【0103】
図11Cの構成では、上部電極21の長手方向に沿う両側縁において、キャビティ6の両端部の近傍の位置にノッチ87が形成されている。ノッチ87は、平面視において屈曲した屈曲形状を呈しており、上部電極21の内方に向かって窪んだ窪み形状の一例である。具体的には、ノッチ87は、上部電極21および圧電体膜24の積層方向と交差する方向(直交する方向)に沿った窪み形状である。ノッチ87は、上部電極21を膜厚方向に貫通していてもよいし貫通していなくてもよい。ノッチ87は、圧電素子20の他の部分に比較して脆弱な脆弱部を提供している。ノッチ87は、圧電素子20の周縁と接しており、圧電素子20の周縁に連続する領域の加工によって形成されている。
【0104】
ノッチ87は、圧電素子20に駆動電圧が印加されたときに、変位が開始される起点部を提供する。したがって、動作制御が容易で、かつ精度の高い動作が可能なインクジェットヘッド1を提供できる。また、起点部としてのノッチ87が圧電素子20の周縁に接していることで、圧電体膜24の変位が始まりやすい。それにより応答性の高い圧電素子20を提供でき、それに応じて、動作制御性の高いインクジェットヘッド1を提供できる。そして、圧電素子20の周縁(より具体的には上部電極21の周縁)を加工するときに同時にノッチ87を形成できるので、製造工程を増やすことなく、動作制御性の高い圧電素子20を実現できる。また、圧電体膜24の変位を、キャビティ6の両端部近傍から開始させることができるので、動作制御性のみならず、駆動電圧に対する応答性にも優れたインクジェットヘッド1を提供できる。
【0105】
図11Dの構成では、上部電極21に形成された凹部である一対の溝88によって起点部が構成されている。溝88は、上部電極21を膜厚方向に貫通していてもよいし、貫通していなくてもよい。溝88は、キャビティ6の長手方向に沿う両側縁に沿って、すなわち圧電素子20の周縁に沿って、その両側縁の近傍にそれぞれ設けられている。溝88は、上部電極21および圧電体膜24の積層方向への窪み形状であって、圧電素子20の他の部分に比較して脆弱な脆弱部を提供している。溝88は、キャビティ6の短手方向に沿って、上部電極21の側縁から間隔を開けて配置されている。溝88は、上部電極21の長手方向の一端部近傍から他端部近傍まで直線状に連続して延びている。それらの両端は、上部電極21の両端から間隔を開けて配置されている。したがって、溝88は、圧電素子20の周縁から分離されている。溝88がキャビティ6の長手方向に沿って延びていることにより、駆動電圧印加に応答して、広い範囲で圧電体膜24の変位が始まる。それにより、動作制御性のみならず、駆動電圧に対する応答性にも優れたインクジェットヘッド1を提供できる。溝88は、直線形状以外にも、折れ線形状または曲線形状とすることもできる。
【0106】
図11Eの構成は、
図11Dの構成と類似しているが、キャビティ6の長手方向に沿って直線状に延びた溝89が不連続になっている点が異なる。この構成でも、
図11Dの構成と同様な効果が得られる。
図11Dおよび
図11Eの構成において、溝88,89は、上部電極21の一端から他端まで延びていて、圧電素子20の周縁と接していてもよい。ただし、この場合、
図11Dに示す連続形状の溝88の底部には、少なくとも一部に上部電極21を残し、溝88の内側と外側とで上部電極21が分離しないようにすることが好ましい。
【0107】
図11Fの構成では、上部電極21に圧電素子20の周縁に沿って延びる環状の溝90が形成されている。この例では、上部電極21が矩形形状であるので、矩形環状の溝90が形成されている。溝90は、キャビティ6の長手方向に沿って延びる一対の長辺部91と、キャビティ6の短手方向に沿って延びる一対の短辺部92とを含む。長辺部91は、上部電極21の側縁(すなわち圧電素子20の周縁)の近傍に当該側縁から間隔を開けて配置されている。短辺部92は、上部電極21両端縁(すなわち圧電素子20の周縁)の近傍に当該端縁から間隔を開けて配置されている。したがって、環状の溝90は、圧電素子20の周縁には接していない。環状の溝90の内側および外側において上部電極21が分離されないように、溝90の底部には、少なくとも一部に上部電極21を残すことが好ましい。
【0108】
図11Gの構成は、
図11Fの構成と類似しているが、環状の溝93が不連続になっている点が異なる。この構成の場合には、溝93はすべての部分において上部電極21を貫通していてもよい。
図11Hの構成では、矩形の上部電極21の四隅にほぼ円弧形状の凹部94が形成されている。凹部は、上部電極21を貫通していてもよく、貫通していなくてもよい。凹部は、上部電極21の角部に向かって膨らむ円弧形状を有している。凹部は、キャビティ6の長手方向両端部の近傍に置いて、キャビティ6の短手方向両端部の近傍にそれぞれ配置されている。凹部は、圧電素子20の周縁から分離して形成されている。この構成によっても、圧電素子20に駆動電圧を印加したときに、凹部を変位の起点として圧電体膜24および振動膜10の変形が始まる。それにより、安定で応答性の高いインクジェットヘッド1を実現できる。
【0109】
図11Iの構成は、
図2〜
図5に示した構成と類似している。
図2〜
図5の構成では、圧電体膜24の周縁部に環状の薄膜部26が設けられている。これに対して、
図11Iの構成では、圧電体膜24の長手方向に沿う両側部に沿って一対の薄膜部96が設けられている。薄膜部96は、圧電体膜24の長手方向一端から他端に至る全長に渡って形成されている。そして、薄膜部96は、圧電体膜24の長手方向両端部においては、短手方向両端部にのみ形成されており、それらの間には厚膜部95が存在している。薄膜部96は、圧電素子20の周縁に接している。
【0110】
圧電素子に変位の起点となる特異形状(たとえば屈曲形状)の起点部を設ける特徴は、インクジェットヘッド1のみならず、圧電スピーカ等の他の形態の圧電アクチュエータにも適用でき、さらには圧電センサにも適用できる。圧電センサにおいては、圧電体膜に外力が加わると、圧電効果によって、上部電極と下部電極との間に電圧が生じる。外力が加わるとき、圧電体膜の変形(変位)が起点部から始まることを保証できるので、複数の圧電素子、および複数回の外力に対して、圧電体膜の変形(変位)が同様に生じる。それによって、検出感度が安定し、精度の高い動作が可能になる。圧電センサの例は、マイクロホン、超音波センサなどである。
【0111】
図12Aおよび
図12Bは、上部電極21(第1電極)および下部電極22(第2電極)に加えて第3電極を設ける特徴に関する変形例を示す。
図12Aの構成では、上部電極21と同一レイヤに、動作監視電極100が配置されている。動作監視電極100は、上部電極21に形成されたノッチ部101に入り込んでおり、圧電体膜24を介して下部電極22に対向している。また、動作監視電極100は、キャビティ6に対向している。動作監視電極100は、直線状に形成されており、ただ一つの端子部102を有している。端子部102は、ノッチ部101外に配置されている。ノッチ部101は、この例では、上部電極21の端縁の中間位置からキャビティ6の長手方向に直線状に細長く延びた形状を有している。動作監視電極100は、ノッチ部101の形状に対応するように、少なくともノッチ部101内では直線状に延びている。動作監視電極100は、ノッチ部101の周縁から間隔を開けて配置されており、したがって、上部電極21から電気的に分離されている。
【0112】
上部電極21と下部電極22との間に駆動電圧を印加したときに圧電体膜24が変形すると、その変形によって生じた起電力が動作監視電極100と下部電極22との間に生じる。したがって、動作監視電極100と下部電極22との間の電位差を検出する検出回路を設けることにより、圧電体膜24の作動状態を監視することができる。
図12Bの構成では、上部電極21および下部電極22の間において、第3電極としての中間電極103が圧電体膜24に接している。より具体的には、圧電体膜24の膜厚中間位置に中間電極103が配置されている。中間電極103は、上部電極21および下部電極22と平行であり、圧電体膜24を挟んで上部電極21および下部電極22に対向している。中間電極103は、このように、圧電体膜24中に埋め込まれているので、この中間電極103を用いることにより、圧電体膜24の状態をより正確に監視することができる。
【0113】
また、中間電極103と下部電極22との間、および中間電極103と上部電極21との間に、それぞれ圧電体膜24が介在しているので、中間電極103と上部電極21との間、および/または中間電極103と下部電極22との間に駆動電圧を印加することで、圧電体膜24の変形を生じさせることができる。したがって、多数の動作モードでの動作が可能なインクジェットヘッド1を提供できる。たとえば、上部電極21および下部電極22をグランド電位とし、中間電極103に駆動電圧を印加することにより、圧電素子20を駆動してもよい。
【0114】
上部電極(第1電極)および下部電極(第2電極)のほかに第3電極を備える特徴は、インクジェットヘッドのような圧電アクチュエータだけでなく、マイクロホンや超音波センサのような圧電センサにも適用できる。たとえば、
図6や
図12Aに示す構成を圧電センサに適用するならば、圧電体膜24に外力を生じたときに、上部電極21および下部電極22からの検出出力信号に加えて、第3電極23(動作監視電極)からの検出信号を検出することで、圧電体膜24に加えられた外力をより詳細に検出することもできる。換言すれば、多数の検出モードを有する圧電センサを提供できる。また。
図12Bに示す構成を圧電センサに適用するならば、圧電体膜24に外力が加わったときに、上部電極21または下部電極22と中間電極103との間に起電力が生じるから、多数の検出モードを有する圧電センサを提供できる。
【0115】
図13A〜
図13Dは、キャビティ6の形状に関連する変形例を示す。
図13Aに示す構成では、アクチュエータ基板2の内壁面62が、キャビティ6の外方に窪む窪み部62Cを有している。窪み部62Cは、振動膜10のキャビティ6側の表面に交差する断面において鈍角をなす谷部を形成している。窪み部62Cの上方側(アクチュエータ基板2側)には第1の平坦面部62Dの下縁が連なっている。第1の平坦面部62Dは、振動膜10と平行な方向および振動膜10の法線方向のいずれに対しても傾斜している。第1の平坦面部62Dの上縁は、曲面部62Aに連なっている。窪み部62Cの下方側(ノズル基板3側)には、第2の平坦面部62Eが窪み部62Cに連なっている。第2の平坦面部62Eは、振動膜10と平行な方向および振動膜10の法線方向のいずれに対しても傾斜している。第1の平坦面部62Dは、曲面部62Aから窪み部62Cに向かってキャビティ6の外方に向けて傾斜している。第2の平坦面部62Eは、ノズル基板3から窪み部62Cに向かってキャビティ6の外方に向けて傾斜している。第1の平坦面部62Dが含まれる平面と第2の平坦面部62Eが含まれる平面とは、振動膜10の前記キャビティ6側の表面に交差する断面において鈍角を形成する。すなわち、窪み部62Cは、断面において、鈍角を形成している。
【0116】
この構成では、窪み部62Cが鈍角の谷部を形成していることにより、窪み部62Cでの気泡の捕獲を抑制または防止できる。それによって、インク吐出制御性能を向上できる。また、第1平坦面部62Dおよび第2平坦面部62Eを有する内壁面62の形成は容易であり、かつそれらの交差部(窪み部)は鈍角を形成しているので、それらの交差部での気泡溜まりを抑制または防止できる。これにより、製造工程が容易で、かつインク吐出制御性能を向上したインクジェットヘッド1を提供できる。
【0117】
図13Bに示す構成は、
図13Aの構成と類似しているが、窪み部62Cに角がなく、その内面が湾曲面となっている点が異なる。窪み部62Cが湾曲面を形成していることにより、窪み部62Cでの気泡の捕獲をさらに効果的に抑制または防止できる。それによって、インク吐出制御性能を向上できる。
図13Cに示す構成では、振動膜10の下面に接する曲面部62Aが、アクチュエータ基板2の一方表面から他方表面にまで連続している。これにより、キャビティ6の内壁面に気泡溜まりが生じることを抑制または防止できる。しかも、曲面部62Aがノズル基板3にも接しているので、キャビティ6の内壁面62とノズル基板3との境界部においても気泡の捕獲が生じ難い。したがって、インク吐出制御性能を一層向上したインクジェットヘッド1を実現できる。曲面部62Aは、キャビティ6の内壁面62とノズル基板3との境界の全周に渡っていることが好ましい。これにより、気泡溜まりをより確実に抑制できる。
【0118】
図13Dに示す構成では、キャビティ6の内壁面62は、ノズル基板3側に、外側に湾曲して広がる曲面部62Fを有している。この曲面部62Fの下縁はノズル基板3に接している。この構成によれば、ノズル基板3側においてもキャビティ6の内壁面62が曲面部62Fを有しているので、ノズル基板3と内壁面62との交差部における気泡溜まりを抑制または防止できる。それにより、インク吐出制御性能を向上したインクジェットヘッド1を提供できる。曲面部62Fは、キャビティ6の内壁面62とノズル基板3との境界の全周に渡っていることが好ましい。これにより、キャビティ6内壁面とノズル基板3との交差部における気泡溜まりをより効果的に抑制または防止でき、それに応じて、インク吐出制御性能を向上できる。振動膜10をノズル基板3よりも上に配置する場合には、気泡溜まりは振動膜10側で生じるので、ノズル基板3側での気泡の捕獲はあまり考慮しなくてもよい。
【0119】
図14Aおよび
図14Bは、キャビティ6毎の振動膜10の分離の特徴に関する変形例を示す。
図14Aに示すように、キャビティ6間の振動膜10を分離する分離溝60は、不連続パターンの溝であってもよい。このような不連続パターンの溝であっても、各キャビティ6に対応した振動膜10に対する周囲からの拘束を少なくすることができる。
【0120】
図14Bに示すように、分離溝60は、隣接する一対のキャビティ6を区画する区画壁61からさらに延びて、キャビティ6を取り囲むパターンに形成してもよい。これにより、振動膜10に対する周囲からの拘束を一層少なくすることができるので、振動膜10および区画壁の変位をより大きくすることができる。
図14Bの例では、分離溝60は、キャビティ6の側縁に沿って延びた側縁分離溝60aと、キャビティ6の端縁に沿って延びた端縁分離溝60bとを含む。側縁分離溝60aの両端に端縁分離溝60bがそれぞれ連なっている。側縁分離溝60aおよび/または端縁分離溝60bは、不連続パターンの溝であってもよい。
【0121】
図15A、
図15Bおよび
図15Cは、駆動IC5の配置の特徴に関する変形例を示す。
図15Aの構成では、駆動IC5は、圧電素子20を覆うようにアクチュエータ基板2の表面に実装されている。駆動IC5は、したがって、圧電素子20を保護するための保護基板としての役割を兼ねている。これにより、圧電素子20を保護するための保護基板を別途配置する必要がない。そのうえ、アクチュエータ基板2上において圧電素子20と重なり合うように駆動IC5を実装できるので、インクジェットヘッド1を一層小型化することができる。
【0122】
駆動IC5は、アクチュエータ基板2の表面に対向する第1表面5a(対向面)に形成された凹部5cを有している。凹部5cに、圧電素子20が収容されている。これにより、圧電素子20が作動するための作動空間を確保でき、かつ、駆動IC5の上面(第2表面5b。アクチュエータ基板2とは反対側の表面)の高さを低くすることができる。これにより、圧電素子20の作動空間を確保しながら、小型のインクジェットヘッド1を実現できる。
【0123】
図15Bに示す構成は、
図15Aの構成と類似しているが、FPC57が駆動IC5の上面(第2表面5b)に配置された入力端子56に直接接合されている。これにより、駆動IC5の入力端子56とFPC57との間のワイヤボンディングが不要であるので、アクチュエータ基板2上にワイヤボンディングのためのスペースを設けなくてもよい。これにより、インクジェットヘッド1を一層小型化できる。
【0124】
図15Cに示す構成では、駆動IC5は、アクチュエータ基板2の表面に対向する平坦な対向面を第1表面5aとして有しており、その第1表面5aに出力端子を構成するバンプ53が形成されている。そして、駆動IC5は、圧電素子20を覆うように配置されてアクチュエータ基板2上に実装されている。
バンプ53によってアクチュエータ基板2の表面と駆動IC5の第1表面5aとの間に間隙7が形成されており、その間隙7に圧電素子20が配置されて、駆動IC5の平坦な第1表面5aに対向している。このように、バンプ53によって形成された空間が、圧電素子20の配置およびその動作のための空間として利用されている。これにより、駆動IC5の第1表面5aに凹所を形成する必要がないので、製造工程が簡単になる。
【0125】
以上、この発明の実施形態について説明してきたが、この発明は、他の形態で実施することもできる。たとえば、圧電素子に係わる特徴は、インクジェットヘッドだけでなく、電体膜を用いたマイクロホン、圧力センサ、加速度センサ、角速度センサ、超音波センサ、スピーカ、IRセンサ(熱センサ)などにも適用することができる。
その他、特許請求の範囲に記載された事項の範囲で種々の設計変更を施すことが可能である。