(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6361230
(24)【登録日】2018年7月6日
(45)【発行日】2018年7月25日
(54)【発明の名称】抗アレルゲン濾材
(51)【国際特許分類】
A61L 9/01 20060101AFI20180712BHJP
A61L 9/16 20060101ALI20180712BHJP
B01J 20/24 20060101ALI20180712BHJP
B01J 20/28 20060101ALI20180712BHJP
B01J 20/30 20060101ALI20180712BHJP
B01D 39/16 20060101ALI20180712BHJP
B60H 3/06 20060101ALI20180712BHJP
【FI】
A61L9/01 K
A61L9/01 R
A61L9/16 F
B01J20/24 C
B01J20/28 Z
B01J20/30
B01D39/16 A
B60H3/06 631
【請求項の数】9
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2014-72605(P2014-72605)
(22)【出願日】2014年3月31日
(65)【公開番号】特開2015-192778(P2015-192778A)
(43)【公開日】2015年11月5日
【審査請求日】2017年3月24日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】浅田 康裕
(72)【発明者】
【氏名】三好 賢吾
(72)【発明者】
【氏名】吉田 潤
【審査官】
松井 一泰
(56)【参考文献】
【文献】
特開平11−056983(JP,A)
【文献】
特開2014−024019(JP,A)
【文献】
特開平07−265622(JP,A)
【文献】
特開2004−089982(JP,A)
【文献】
特開2013−067901(JP,A)
【文献】
特開2010−227758(JP,A)
【文献】
特開2011−212636(JP,A)
【文献】
特開2010−125426(JP,A)
【文献】
特開2010−175099(JP,A)
【文献】
特開2010−149037(JP,A)
【文献】
特開2014−095049(JP,A)
【文献】
特開2001−140167(JP,A)
【文献】
特開2009−174095(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01D 39/00− 41/04
B01D 46/00− 46/54
B01J 20/00− 20/34
D06M 13/00− 14/715
D06P 1/00− 7/00
F24F 7/00− 7/007
A61L 9/00− 9/22
A61L 2/00− 2/28
A61L 11/00− 12/14
A47K 7/00− 7/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱接着性繊維を含有する繊維シートを形成する繊維の表面に、ポリフェノール化合物と、脂環族イソシアネートを分子骨格中に含むポリウレタン樹脂とが付着固定していることを特徴とする抗アレルゲン性濾材。
【請求項2】
前記脂環族イソシアネートがイソホロン系イソシアネートであることを特徴とする請求項1に記載の抗アレルゲン性濾材。
【請求項3】
前記脂環族イソシアネートがイソホロンジイソシアネートであることを特徴とする請求項1または2に記載の抗アレルゲン性濾材。
【請求項4】
前記ポリフェノール化合物がタンニン酸であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の抗アレルゲン性濾材。
【請求項5】
前記ポリフェノール化合物と、脂環族イソシアネートを分子骨格中に含むポリウレタン樹脂の総付着量が、基材繊維質量に対して15wt%以下であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の抗アレルゲン性濾材。
【請求項6】
前記繊維シートが、繊維間の結合が熱接着のサーマルボンド不織布であることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の抗アレルゲン性濾材。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の抗アレルゲン性濾材とガス成分を除去するガス除去層とが積層されてなることを特徴とする脱臭濾材。
【請求項8】
請求項1〜6のいずれかに記載の抗アレルゲン性濾材または請求項7に記載の脱臭濾材を用いてなることを特徴とする自動車用キャビンフィルター。
【請求項9】
請求項1〜6いずれかに記載の抗アレルゲン性濾材の製造方法であって、前記ポリフェノール化合物と前記脂環族イソシアネートを分子骨格中に含むポリウレタン樹脂とからなる水溶液または水分散液を繊維シートに含浸させ、加熱することにより得られることを特徴とする抗アレルゲン性濾材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗アレルゲン性を有し、かつ難燃性を有する濾材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
花粉症やアトピー性皮膚炎などのアレルギー活性疾患は、長年にわたり、多くの人が悩まされてきた問題である。これらのアレルギー活性疾患の原因物質(以下、アレルゲンと称す。)の代表的なものとしては、ハウスダスト、屋内に棲息するダニ、花粉、カビ胞子などがよく知られている。現在、アレルギー患者の治療には主に薬物療法が適用されているが、原因物質であるアレルゲンを患者自身の生活環境から除去することも、患者をアレルゲンへの暴露から直接守るという合理的な手段である。このようなアレルゲン除去による症状改善は、日本の他、ヨーロッパやアメリカにおいても報告がなされている。
【0003】
そこで、アレルゲンの生活環境から除去する方法として、以前から、空気清浄機のようにエアフィルターを用いて環境中に存在するハウスダスト、ダニ、花粉等のアレルゲンを濾過し捕集する方法が検討されてきている。しかし、エアフィルターに捕集されたアレルゲンは、アレルギー活性を保持しているため、エアフィルターを処理するときなどにアレルゲンが再飛散して、アレルギー患者に被爆する危険性を有している。そのため、確実にアレルゲンを除去するためにはアレルゲンをエアフィルターで捕捉した際に、アレルゲンを不活性化する必要があり、抗アレルゲン機能を有するフィルターが要望されている。
【0004】
かかる抗アレルゲン機能を有するフィルターとしては、例えばポリフェノールであるタンニン酸化合物のタンパク質との結合凝集作用を利用し、環境中に存在するアレルゲンを不活性化する抗アレルゲン剤ならびにそのフィルターへの利用法が知られている(例えば特許文献1)。他にもブドウ科ブドウ属植物の種子または果皮の水および/または有機溶媒抽出物からなることを特徴とするアレルゲン低減化組成物(例えば特許文献2)などが知られている。
【0005】
一方、自動車用の空調機に取り付けられるキャビンフィルター等は、濾過面積をかせぐために濾材はプリーツ形状に加工されるが、風圧を受けた際にもその形状を維持して形状変化による圧力損失の上昇を抑制する必要がある。そのため短繊維を樹脂加工して固めたケミカルボンド不織布や、芯鞘構造の熱融着複合繊維を加熱融着させたサーマルボンド不織布など剛性の高い不織布が濾材として用いられている。また、自動車用キャビンフィルターでは火災防止の観点から難燃基準への適合が要求される。
【0006】
ここで、抗アレルゲン機能と難燃機能の両機能を同時に達成するには、難燃剤と抗アレルゲン剤を繊維の表面に付着させる方法が知られており、リン系難燃剤とポリフェノール化合物とを付着させる抗アレルゲン性濾材(特許文献3)などが知られている。しかしながら、被水耐久性を求められる自動車キャビンフィルター用途等では、被水後も抗アレルゲン機能と難燃機能の両機能を同時に満足できるフィルターが求められているが、前記の抗アレルゲン性濾材は、そもそも抗アレルゲン剤であるポリフェノール化合物が水溶性であるため、被水後はポリフェノール樹脂が水中に流出し、抗アレルゲン性能が消失するとの課題があった。
【0007】
次に、ポリフェノール化合物にバインダー樹脂を混合して抗アレルゲン性の被水耐久性を向上させる記載(特許文献4)も存在するが、抗アレルゲン性濾材の抗アレルゲン性の被水耐久性を十分なものとするためには、多量のバインダー樹脂を用いる必要がある。ここで、サーマルボンド不織布は、溶融粘度を調整することで燃焼する前に自身が溶融滴下することで燃焼を阻害するいわゆるドリップ難燃により高価な難燃剤を用いることなく優れた難燃性を実現するものであるが、上記の事情から多量のバインダー樹脂を用いることにより、その優れた難燃性が低下するとの課題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2006−255579公報
【特許文献2】特開2008−088232公報
【特許文献3】特開2010−227758公報
【特許文献4】特開2011−132417公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、上記のような問題点を解消するものであり、抗アレルゲン性能と難燃性に優れ、かつ被水後もその効果を維持することができる抗アレルゲン性濾材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
すなわち本発明は、以下の構成を有する。
(1)熱接着性繊維を含有する繊維シートを形成する繊維の表面に、ポリフェノール化合物と、脂環族イソシアネートを分子骨格中に含むポリウレタン樹脂とが
付着固定していることを特徴とする抗アレルゲン性濾材。
(2)前記脂環族イソシアネートがイソホロン系イソシアネートであることを特徴とする(1)に記載の抗アレルゲン性濾材。
(3)前記脂環族イソシアネートがイソホロンジイソシアネートであることを特徴とする(1)または(2)に記載の抗アレルゲン性濾材。
(4)前記ポリフェノール化合物がタンニン酸であることを特徴とする(1)〜(3)のいずれかに記載の抗アレルゲン性濾材。
(5)
前記ポリフェノール化合物と、脂環族イソシアネートを分子骨格中に含むポリウレタン樹脂の総付着量が、基材繊維質量に対して15wt%以下であることを特徴とする(1)〜(4)のいずれかに記載の抗アレルゲン性濾材。
(6)
前記繊維シートが、繊維間の結合が熱接着のサーマルボンド不織布であることを特徴とする(1)〜(5)のいずれかに記載の抗アレルゲン性濾材。
(7)(1)〜(
6)のいずれかに記載の抗アレルゲン性濾材とガス成分を除去するガス除去層とが積層されてなることを特徴とする脱臭濾材。
(8)(1)〜(
6)のいずれかに記載の抗アレルゲン性濾材または(
7)に記載の脱臭
濾材を用いてなることを特徴とする
自動車用キャビンフィルター。
(9)(1)〜(
6)いずれかに記載の抗アレルゲン性濾材の製造方法であって、前記ポリフェノール化合物と前記脂環族イソシアネートを分子骨格中に含むポリウレタン樹脂とからなる水溶液または水分散液を繊維シートに含浸させ、加熱することにより得られることを特徴とする抗アレルゲン性濾材の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、抗アレルゲン性能と難燃性に優れ、かつ被水後もその効果を維持することができる抗アレルゲン性濾材を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の抗アレルゲン性濾材は、熱接着性繊維を含有する繊維シートを形成する繊維の表面にポリフェノール化合物と脂環族イソシアネートを分子骨格中に含むポリウレタン樹脂とが付着していることを特徴とする。
【0013】
繊維シートに含有される熱接着性繊維としては、従来から濾材に用いられている熱接着性繊維であれば良く、例えばポリエステル繊維やポリオレフィン繊維を採用することができる。またこれらの熱接着性繊維は融点の異なる2成分から構成させる複合繊維が好ましく、複合繊維の形態は、芯/鞘構造、サイドバイサイド構造等が考えられるが、熱接着性と繊維の強度、形態の保持性を両立するには特に芯/鞘構造が好ましい。芯/鞘構造の熱融着繊維の例としては、芯をポリエチレンテレフタレート(融点260℃)、鞘を変成ポリエチレンテレフタレート(融点180℃)とした繊維や、芯をポリプロピン(融点165℃)、鞘を変成ポリプロピレン(融点140℃)とした繊維や、芯をポリプロピレン(融点165℃)、鞘をポリエチレン(130℃)、とした繊維等の熱融着性繊維が特に好ましく使用でき、芯と鞘の融点の差が好ましくは20℃以上、さらに好ましくは30℃以上である。芯と鞘の融点に十分な差が無いと十分な熱融着を得る前に、不織布が収縮してしまうため、十分な強度と剛性を得られない。
【0014】
繊維シートで採用する繊維の繊維径としては、抗アレルゲン性濾材をエアフィルターとして使用する用途において目標とする通気性や集塵性能に応じて選択すればよいが、好ましくは1〜1000μm、より好ましくは5〜100μmである。なお、異型断面形状の場合は、最大径を意味する。本発明において、抗アレルゲン性濾材の基材となる繊維シートは通気性を有する繊維構造体であり、綿状物、不織布、紙およびその他の三次元網状体等を挙げることができる。これらのような構造をとることにより、通気性を確保しつつ、表面積を大きくとることができる。
【0015】
繊維シートの目付けとしては、10〜500g/m
2が好ましく、より好ましくは30〜200g/m
2である。繊維シートの目付けを10g/m
2以上とすることで、ポリフェノール化合物を担持するために十分な強度が得られ、エアを通気させた際にフィルター構造を維持するのに必要な剛性が得られる。また目付けを500g/m
2以下とすることで、プリーツ形状に二次加工する際の取り扱い性の面でも好ましい。
【0016】
本発明の濾材は、熱接着性繊維を主体とする繊維シートであり、繊維間の結合に接着処理をしないため、難燃性評価の際、炎を近づけると速やかに熱接着繊維自身が溶融し、滴下することで難燃性が発現する。高価な難燃剤を添加する必要が無いため、生産性に優れたものとすることができる。また、難燃剤を使用しないため、次の利点がある。後加工で抗アレルゲン剤を繊維シートに含浸塗布する際、繊維シートから溶出した難燃剤が抗アレルゲン剤と反応して加工液中で凝集物が発生したり、またその反応に伴い抗アレルゲン性能が低下する等の懸念が無い。また自動車キャビンフィルターのような用途では被水後の不織布の剛性や難燃性が低下しないことが求められる。バインダーと難燃剤で繊維を固めたケミカルボンド不織布では、被水により難燃剤の溶出や、バインダーの膨潤による接着強度の低下が発生するが、繊維間の結合が熱接着のサーマルボンド不織布の場合、もともと難燃剤を含まないため難燃性の低下が無く、また熱接着部分の膨潤や剥離も無く、濾材の剛性が被水前後でほとんど変化しないため好ましい。
【0017】
本発明ポリフェノール化合物とは分子内に複数のフェノール性ヒドロキシ基(ベンゼン環、ナフタレン環などの芳香環に結合したヒドロキシ基)をもつ植物性成分の総称である。植物性ポリフェノール化合物としては例えば、タンニン、カテキン、アントシアニン、フラボン、フラボノール、イソフラボン等を挙げることができる。タンニンとして、タンニン酸、ガロタンニン(五倍子抽出タンニン酸、没食子タンニン等)、エラジタンニン(ペデンクラギン、テリマグラジン、カジュアリニン等)、エラジタンニンオリゴマー(アグリモニイン、エノテインB等)、カフェータンニン(ロズマリン酸、リトスペルミン酸等)を例示できる。カテキンはエピカテキン、エピガロカテキン、エピガロカテキンガレート等であり、アントシアニン類として、プロペラルゴニジン、プロシアニジン、プロデルフィニジン等のプロアントシアニジン及びこれらの酸分解物(アントシアニジン)を例として挙げることができる。フラボンとしてアピゲニン、ルテオリン等、フラボノールとしてクエルセチン、クエルシトリン、イソクエルシトリン、ルチン、ケンフェロール等、イソフラボンとして、ダイゼイン、ゲニステイン、イソゲニン等及びこれらの配糖体を例示できる。これらのポリフェノール化合物は2種以上含むことが可能である
ポリフェノール化合物は抗アレルゲン剤として作用し、濾材に抗アレルゲン性能を付与する。
【0018】
本発明において、ポリフェノール化合物の含有量は、繊維シート重量対比で0.1〜10重量%であることが好ましく、さらに好ましくは0.5〜5重量%である。ポリフェノール化合物の含有量を0.1重量%以上とすることで、抗アレルゲン性濾材の抗アレルゲン性能がより優れたものとなる。一方、ポリフェノール化合物の含有量を10重量%以下とすることで、抗アレルゲン性濾材の目詰まりの発生をより抑制することができ、エアフィルターとした際のその圧力損失をより抑制することができるとともに、ポリフェノール化合物として特にタンニン酸を用いた場合の、異臭の発生や、光酸化による抗アレルゲン性濾材の変色をより抑制することができる。
【0019】
次に本願発明においては、この熱接着性繊維シートにポリフェノール化合物を付着固定させる際に、脂環族イソシアネートを分子骨格中に含むポリウレタン樹脂を併せて使用する。ポリフェノール化合物は水溶性であるため、単独で繊維に付着させた場合は、被水試験で水中に繊維シートを浸漬するとほぼ全てのポリフェノールが流出してしまい抗アレルゲン性能が消失してしまう。このポリフェノール化合物の流出を抑制するためバインダー樹脂の添加が考えられるが、通常はバインダー樹脂を少量添加しただけでは流出が抑制できず、やはり被水後の抗アレルゲン性能が消失する。また逆にバインダー樹脂を増やすと抗アレルゲン性濾材のドリップ難燃が阻害され難燃性が発現しなくなる。またバインダーの成分によっては、ポリフェノール化合物と混合した際に凝集を引き起こし、含浸加工などの塗布工程でロール等にガムアップし、加工そのものができないことも多い。すなわち、難燃性を阻害しない程度の少量の添加量でもポリフェノール化合物の水への溶出を抑制でき、かつポリフェノール化合物と混合した加工液に凝集を生じさせない加工性に優れたバインダー樹脂の選定が重要である。
【0020】
発明者らは、これらの条件を満たすバインダー樹脂選定のための検討を行った結果、まずバインダー樹脂としては、アクリル樹脂、スチレン−アクリル共重合体樹脂、エポキシ樹脂、ポリウレタン樹脂、SBR樹脂、ポリエステル樹脂などがあるが、その中でポリウレタン樹脂が特異的にポリフェノール化合物の耐水性を向上させることを見出した。また一方で、ポリウレタン樹脂には、その耐水性向上効果と加工液の安定性には背反の関係が有ることを見出した。すなわち、ポリウレタン樹脂が少量で特異的にポリフェノール化合物の耐水性に寄与する理由は、繊維上に形成されるバインダー樹脂皮膜が物理的にポリフェノール化合物を覆うことで溶出を阻害しているのでは無く、化学的相互作用によりポリフェノール化合物とポリウレタン樹脂が結合しているためと予想される。よって、その結合力が強いウレタン樹脂ほど、加工液中でポリフェノール化合物と凝集を引き起こし易いため、ポリフェノール化合物の耐水効果の高いポリウレタン樹脂はことごとくガムアップ等の問題が発生し、実機での連続加工が行えないといった課題を見出した。一方で、加工液中でポリフェノール化合物と凝集等を引き起こすことなく良好な相溶性を示すポリウレタン樹脂は、逆に耐水効果が不十分であるとの課題も見出した。従って、本発明者は、鋭意検討の結果、特定のポリウレタン樹脂が、優れたポリフェノール化合物の耐水性と、優れたポリフェノール化合物との相溶性とを両立し得ることを見出し本発明にいたった。
ポリウレタン樹脂バインダーは、自己の親水基を利用して分散安定化させた自己乳化型と分散剤等を添加して分散させる強制乳化型に分類できるが、ポリフェノール化合物との相溶性に優れ、難燃性にも優れる自己乳化型であることが重要である。さらに、自己乳化型のポリウレタン樹脂は骨格中に含まれるイソシアネートの種類から、芳香族イソシアネート、脂環族イソシアネート、脂肪族イソシアネートの大きく三つを分子骨格に含むものに分類できるが、このうち脂環族イソシアネートを含むウレタン樹脂だけが、加工液中でポリフェノール化合物と凝集等を引き起こすことなく良好な相溶性を示し、かつ乾燥処理後は実用上十分なポリフェノール化合物の耐水性が得られ、被水処理後も抗アレルゲン性能が発現することを見出し、今回の発明にいたった。また、この効果は熱接着性繊維を含有する繊維シートの溶融ドリップ難燃性を阻害しない程度に十分少ないポリウレタン樹脂の量で発現する。なお、脂環族イソシアネートの種類としては、イソホロン系のイソシアネートが好ましく、その具体例としてはイソホロンジイソシアネート、ノルボルナンジイソシアネート、またはそれらの誘導体などが好ましく使用できる。また、より優れたポリフェノール化合物の耐水性の観点から、イソホロンジイソシアネート、またはその誘導体などがより好ましい。
【0021】
次に、本発明の抗アレルゲン性濾材の製造方法について、好ましい実施の形態を詳細に説明する。本発明の抗アレルゲン性濾材はポリフェノール化合物及びバインダー樹脂を同浴で水系の溶媒に混合して加工液とし、該加工液を繊維シートに含浸あるいはスプレー塗布せしめる工程を経る方法が例示できる。含浸後、乾燥させて溶媒を除去する。
【0022】
ここで水系の溶媒とは、水単体、またはメタノール、エタノール等の低級アルコール類、アセトン、メチルエチルケトン等の低級ケトン類、酢酸などの低級カルボン酸類、エチレングリコール、プロピレングリコール、ジエチレングリコール等のグリコール類の如き水溶性有機溶媒を含む水溶液を指し、目的に応じて選択すれば良い。
【0023】
加工液を塗布した繊維シートを乾燥する方法は特に限定されないが、熱風乾燥方式、ヤンキードラム方式などが好ましく採用される。乾燥温度は、100〜230℃が好ましく、さらに好ましくは、110〜160℃である。乾燥温度を100℃以上とすることで、バインダー樹脂をより十分に硬化することができ、抗アレルゲン性濾材の剛軟度をより優れたものとすることができる。また、乾燥温度を230℃以下とすることで、ポリフェノール化合物の分解をより抑制できる。
【0024】
本発明の抗アレルゲン性濾材の製造方法において、ポリフェノール化合物とバインダー樹脂を含む加工液は、ポリフェノール化合物の固形分質量濃度が1%〜40%の水溶液または水分散液に、脂環族イソシアネートを分子骨格中に含むポリウレタン樹脂をポリフェノール化合物の固形分質量濃度に対し、10:1〜2:3となるように添加するのが好ましく、さらに好ましくは5:1〜1:1である。ポリフェノール化合物の固形分質量濃度に対しウレタン樹脂を10:1以上とすることで、抗アレルゲン性能の被水耐久性が維持されやすくなり、一方で、2:3以下とすることで脂環族イソシアネートを分子骨格中に含むポリウレタン樹脂が過剰となるのを抑制でき、被水の有無に関わらず抗アレルゲン性能低下を防ぐことができる。
【0025】
繊維シートへのポリフェノール化合物とポリウレタン樹脂の付着量は、基の繊維シートの質量と含浸乾燥処理後の繊維シートの質量を測定し、その差を求めることで、総付着量を知ることができる。さらにその総付着量に両物質の固形分質量比率を掛け合わせることにより、両成分の固形分質量をそれぞれ算出することもできる。ポリフェノール化合物とポリウレタン樹脂の総付着量は繊維シートの難燃性に大きく影響するが、本発明の抗アレルゲン性濾材の難燃性を満足するこれらの物質の総付着量は、好ましくは基材繊維質量に対して15wt%以下であることが好ましく、さらに好ましくは10wt%以下である。
【0026】
また、本発明の抗アレルゲン性濾材は、ガス除去粒子を有し有害ガスを除去する作用を有するガス除去層(ガス除去用ろ材)と積層して、必要に応じて一体化してなる脱臭濾材とすることも可能である。この本発明の抗アレルゲン性濾材を用いた脱臭濾材は、空気中のアレルゲンを除去または不活化させると共に空気中の有害ガスを除去することが可能となるので、単にアレルゲン除去作用と有害ガス除去作用の双方の作用を有効とするのみならず、アレルゲンと有害ガスの相互作用によるアレルギー症状をも防止する効果があり、好ましい態様の一つである。なお、この形態の場合は、抗アレルゲン性濾材をガス除去層の上流側に配置することが好ましく、抗アレルゲン性濾材がアレルゲンを含む塵埃を多数捕集し、ガス除去層にそれらが付着することを防ぎ、ガス除去性能の低下を防ぐことが出来る
本発明の抗アレルゲン性濾材および脱臭濾材は、エアフィルター用途、とくに自動車用のキャビンフィルター用濾材として好適に用いることができる。自動車用のキャビンフィルターには自動車部材としての難燃性要求に加え、車室内空間の快適化ニーズの高まりにより抗アレルゲン性が要求されている。また自動車用のキャビンフィルターは通気風速が速いため、風圧に対し十分な強度を有し、プリーツなどの形状に加工した場合、その形状を維持して形状変化による圧力損失の上昇を抑制できること、さらには悪天候時に進入した雨水でキャビンフィルターが被水した場合でも形状の保持と難燃性・抗アレルゲン性が極端に低下しないことが求められる。本発明の抗アレルゲン性濾材は熱接着性繊維を主体とする繊維シートを基材として使用するため、被水した後でも剛性を損なうことなく、難燃性と抗アレルゲン性も維持できる点で、自動車用キャビンフィルター用途に好適に用いることができる。
【実施例】
【0027】
以下、実施例を用いて本発明を詳細に説明する。
[測定方法]
(1)目付け
24℃60%RHの室温に8時間以上放置して、評価試料(繊維シート)の質量を求め、その面積から1m
2当たりの質量に直して、評価試料の目付として求める。サンプルング最小面積は0.01m
2以上とした。
(2)厚み
ダイヤルシックネスゲージ(TECLOCK社 SM−114 測定子形状10mmφ、目量0.01mm、測定力2.5N以下)を用いて厚みを測定した。測定は1検体から任意に5か所をサンプリングして行い、その平均値を用いた。
(3)付着量
ポリフェノール化合物、バインダー樹脂の付着量は、まず含浸処理前の繊維シートの目付と含浸乾燥処理後の繊維シートの目付を(1)の条件で測定し、その差を求めて総付着量を算出する。次に総付着量に両物質の固形分質量比率を掛け合わせることにより、両成分の付着量をそれぞれ算出することができる。
(4)アレルゲン低減化率
対象とするアレルゲン(スギ花粉アレルゲンCryj 1、ダニアレルゲンDerf 2)をそれぞれリン酸緩衝液に100ng/mlとなるように溶解し、各アレルゲン溶液を作製した。次に濾材試料を各70mgにカットし、これをマイクロチューブへ入れ、アレルゲン溶液1mlをそれぞれに加えて4℃で5時間振とうし、20時間静置して反応させた。試料と反応させたアレルゲン溶液のアレルゲン濃度をサンドイッチELISA法で測定した。サンドイッチELISA法は、以下の手順で行なった。アレルゲン(抗原)に対する抗体をマイクロプレートの各ウェルに固相化→ポストコーティング(1%BSAPBS)→PBS(0.05%Tween20を含む)で3回洗浄(以下洗浄法は同じ)→サンプル、及び標準アレルゲンを添加→洗浄後アレルゲンに対する標識抗体を添加→洗浄後streptavidin HRPOを添加→洗浄後、o-フェニレンジアミンを添加→H
2SO
4を添加して反応停止後、マイクロプレートリーダー490nmの吸光度を測定する。
別途、標準アレルゲン液にて吸光度−アレルゲン濃度の検量線を作成し、アレルゲン濃度を算出し、以下の式にてアレルゲン低減化率を算出した。
アレルゲン低減化率(%)=(B−A)/B×100
A:試料反応後のアレルゲン溶液中のアレルゲン濃度
B:試料未反応後のアレルゲン溶液のアレルゲン濃度
(5)難燃性
難燃性試験は、米国連邦自動車安全基準に規定された難燃性試験(FMVSS302)の水平法を用いて評価した。N数は5として、標線からの燃焼距離が全て5cm以下のものを「優れている」と評価し、表1中「◎」印表記した。燃焼距離が5cmを越えても、全て燃焼速度が100mm/minのものを「やや劣る」と評価し、表1、表2中「△」印表記した。標線からの燃焼距離が5cmを越え、かつ燃焼速度が100mm/minを1回でも越えたものは「不合格」と評価し、表1中「×」印で表記した。
(6)被水後の抗アレルゲン性能
抗アレルゲン加工済みサンプルを5cm×5cmのサイズに切り取り、蒸留水500mlの入った容器に1枚を浸漬する。プロペラ撹拌機で緩やかに(120rpm)撹拌した後、サンプルを取り出し室温で乾燥させ、(2)に記載のアレルゲン低減化率を測定する。浸漬時間は3分間と30分間の二通りで実施した。
(7)ガムアップ試験
ガムアップ試験機(熊谷理器工業社製B型)を使用した。ガムアップ試験機は上下2本のゴムロールで加工液を連続ニップすることにより、加工液の状態変化を観察し、加工安定性を評価する装置である。水100重量部に対し、抗アレルゲン剤を5部添加し、さらに各バインダー樹脂を所定の抗アレルゲン剤/バインダー樹脂重量比となるように添加し、評価用水分散液を調整する。評価用水分散液をサンプルパンに200cc入れ、下部ロールによりピックアップさせ、ロール線圧5kg、ロール周速5m/minでニップに通し、凝集物の発生を確認する。20分間運転し、ロール表面に凝集物が見られない加工液を良(「○」印)、凝集物が発生した加工液を不可(「×」印)として判定した。
[製造例]
実施例及び比較例で使用した基材繊維シート、抗アレルゲン剤、バインダー樹脂については、以下を用いた。
(基材繊維シート)
ア.繊度16dtのポリエステル短繊維(ポリエチレンテレフタレート・融点265℃)30質量%、イ.繊度8dtの熱融着ポリエステル短繊維(芯部:ポリエチレンテレフタレート・融点265℃、鞘部:変成ポリエステル・融点155℃)20質量%、ウ.繊度4.4dtの熱融着ポリエステル短繊維(芯部:ポリエチレンテレフタレート・融点265℃、鞘部:変成ポリエステル・融点180℃)50質量%、を混合し、開綿機とカーディング機を通過させることでウェブを紡出し、クロスラップで重ね合わせて目的の重量とし、搬送コンベアでエアスルー加熱炉内を通過させ、目付70g/m
2、厚みが0.4mmのサーマルボンド不織布を得た。
(抗アレルゲン剤:ポリフェノール化合物)
ポリフェノール化合物としてタンニン酸を用いた。
(バインダー樹脂:ポリウレタン樹脂)
ポリウレタン系バインダー樹脂として、芳香族、脂環族、脂肪族の各イソシアネートをそれぞれ分子構造に含む3種類の自己乳化型ポリウレタン樹脂を選定した。なお、芳香族イソシアネートにはジフェニルエタンジイソシアネート(MDI)、脂環族イソシアネートにはイソホロンジイソシアネート(IPDI)、ノルボルナンジイソシアネート(NBDI)、脂肪族イソシアネートにはヘキサメチレンジイソシアネート(HDI)を選定し、ポリオールは何れもポリプロピレングリコール(PPG)とした。
【0028】
また、バインダーとして、アクリル樹脂とスチレン/アクリル共重合樹脂の2種類も選定した。
[実施例1〜6]
表1に抗アレルゲン加工処方と評価結果を示す。
【0029】
基材繊維シートとして、前記[製造例]のサーマルボンド不織布を用いた。
【0030】
抗アレルゲン剤であるタンニン酸と脂環族イソシアネートを分子骨格に含むポリウレタン樹脂の固形分質量比率となるように水と混合して加工液を調整し、基材繊維シートに該加工液を含浸し、絞って110℃で乾燥させて、濾材サンプルを得た。なおタンニン酸の付着量は全て3g/m
2となるよう加工液の濃度を調整した。
【0031】
得られた濾材サンプルの水処理前後のアレルゲン低減化率、難燃性、ガムアップを評価した結果、実施例では水処理後も良好な抗アレルゲン性能を示し、難燃性、ガムアップについても問題無い結果が得られた。
【0032】
【表1】
【0033】
[比較例1〜6]
表2に抗アレルゲン加工処方と評価結果を示す。
【0034】
基材繊維シートとして、実施例と同様に前記[製造例]のサーマルボンド不織布を用いた。 抗アレルゲン剤であるタンニン酸と、アクリル樹脂、スチレンアクリル共重合樹脂、芳香族イソシアネートを分子骨格に含むポリウレタン樹脂、脂肪族イソシアネートを分子骨格に含むポリウレタン樹脂をそれぞれ表2記載の固形分質量比率となるよう水と混合して加工液を調整し、実施例と同様に含浸、絞り、乾燥させ、濾材サンプルを得た。なおタンニン酸の付着量は実施例同様3g/m
2となるよう加工液の濃度を調整した。
【0035】
得られた濾材サンプルの水処理前後のアレルゲン不活化率、難燃性、ガムアップを評価した結果、比較例1、2では水処理後はほとんど抗アレルゲン性能が消失しており、また難燃性が不合格となった。水処理後に抗アレルゲン性能が消失した理由としては、アクリル樹脂、スチレンアクリル共重合樹脂では、抗アレルゲン剤であるタンニン酸との化学的な相互作用が発現せず、水溶性のタンニン酸が処理水中に溶出してしまったためと考えられる。難燃性が低い理由は、アクリル樹脂、スチレンアクリル樹脂の燃焼性がウレタン樹脂よりも高かったためと考えられる。次に比較例3〜6では水処理後の抗アレルゲン性能は実施例同様に良好な結果を示したが、何れも激しいガムアップが発生し、実機での連続加工は不可能であった。比較例3〜6で用いたポリウレタン樹脂はタンニン酸との化学的相互作用は実施例同様に発現していたが、水溶液中での分散安定性が得られず、すぐに凝集物が発生した。これらの結果から、脂環族イソシアネートを分子骨格に含むウレタン樹脂だけが、抗アレルゲン性能の耐水性と実機での連続加工性を得られることが明確となった。
【0036】
【表2】
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明による抗アレルゲン性濾材は、自動車や鉄道車両等の車室内の空気を清浄化するためのエアフィルター、病院、オフィス等で使用される空気清浄機用フィルター、エアコン用フィルター、OA機器の吸気・排気フィルター、ビル空調用フィルター、産業用クリーンルーム用フィルター等のエアフィルター濾材として好ましく使用される。また高湿度環境での使用や、使用時に被水した場合でも抗アレルゲン性能が持続するため、特に自動車キャビン用エアフィルターの用途に適する。