特許第6361274号(P6361274)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6361274-培養液の浄化方法及び浄化装置 図000004
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6361274
(24)【登録日】2018年7月6日
(45)【発行日】2018年7月25日
(54)【発明の名称】培養液の浄化方法及び浄化装置
(51)【国際特許分類】
   A01G 31/00 20180101AFI20180712BHJP
【FI】
   A01G31/00 601A
【請求項の数】7
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-100615(P2014-100615)
(22)【出願日】2014年5月14日
(65)【公開番号】特開2015-216854(P2015-216854A)
(43)【公開日】2015年12月7日
【審査請求日】2017年3月17日
(73)【特許権者】
【識別番号】390027188
【氏名又は名称】栗田エンジニアリング株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(74)【代理人】
【識別番号】100086911
【弁理士】
【氏名又は名称】重野 剛
(72)【発明者】
【氏名】緒方 三剣
(72)【発明者】
【氏名】丸尾 達
(72)【発明者】
【氏名】大塩 貴寛
【審査官】 田辺 義拓
(56)【参考文献】
【文献】 特開2002−051651(JP,A)
【文献】 特開2011−188841(JP,A)
【文献】 特開2003−265057(JP,A)
【文献】 特開2002−079251(JP,A)
【文献】 特開平04−040835(JP,A)
【文献】 特開2012−228265(JP,A)
【文献】 トマト苗の生育からみた弱酸性電解水の利用限界濃度,2013年 2月 1日,URL,https://web.archive.org/web/20130201204130/https://www.naro.affrc.go.jp/org/warc/research_results/h17/08_yasai/p295/index.html
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G 31/00−31/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
培養液を電気分解することにより次亜塩素酸を発生させて該培養液を浄化する方法において、栽培槽内の培養液を抜き出して該培養液の全残留塩素濃度が1.0mg−Cl/L以下となるように電気分解した後、該栽培槽に返送する培養液の浄化方法であって、該電気分解後の培養液中の残留塩素を除去した後、該栽培槽に返送する方法であり、該残留塩素除去後の培養液の全残留塩素濃度を測定し、この測定結果に基づいて、電気分解条件を調整することを特徴とする培養液の浄化方法。
【請求項2】
請求項1において、電気分解に供する培養液の塩化物イオン濃度を測定し、この測定結果に基づいて、該培養液の塩化物イオン濃度が所定値以下の場合には、該培養液に塩化物イオンを含む電解質を添加して塩化物イオン濃度を調整することを特徴とする培養液の浄化方法。
【請求項3】
培養液を電気分解することにより次亜塩素酸を発生させて該培養液を浄化する方法において、該培養液の全残留塩素濃度が1.0mg−Cl/L以下となるように電気分解を行う培養液の浄化方法であって、電気分解に供する培養液の塩化物イオン濃度を測定し、この測定結果に基づいて、該培養液の塩化物イオン濃度が所定値以下の場合には、該培養液に塩化物イオンを含む電解質を添加して塩化物イオン濃度を調整することを特徴とする培養液の浄化方法。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項において、電気分解後の培養液の全残留塩素濃度を測定し、この測定結果に基づいて電気分解条件を調整することを特徴とする培養液の浄化方法。
【請求項5】
培養液を電気分解することにより次亜塩素酸を発生させて該培養液を浄化する方法において、電気分解に供する培養液の塩化物イオン濃度を測定し、この測定結果に基づいて、該培養液の塩化物イオン濃度が所定値以下の場合には、該培養液に塩化物イオンを含む電解質を添加して塩化物イオン濃度を調整することを特徴とする培養液の浄化方法。
【請求項6】
栽培槽内の培養液を抜き出して電気分解することにより次亜塩素酸を発生させて該培養液を浄化した後該栽培槽に返送する電気分解装置を備える培養液の浄化装置において、該電気分解装置は、該培養液の全残留塩素濃度が1.0mg−Cl/L以下となるように電気分解する電気分解装置であり、該電気分解装置で浄化された培養液中の残留塩素を除去する残留塩素除去手段を有し、該残留塩素除去手段で残留塩素が除去された後の培養液が前記栽培槽に返送される培養液の浄化装置であって、前記残留塩素除去手段で残留塩素が除去された培養液の全残留塩素濃度を測定する全残留塩素濃度測定手段と、該全残留塩素濃度測定手段の測定値に基づいて、前記電気分解装置の電気分解条件を調整する制御手段とを有することを特徴とする培養液の浄化装置。
【請求項7】
栽培槽内の培養液を抜き出して電気分解することにより次亜塩素酸を発生させて該培養液を浄化した後該栽培槽に返送する電気分解装置を備える培養液の浄化装置において、該培養液の塩化物イオン濃度を測定する塩化物イオン濃度測定手段と、該塩化物イオン濃度測定手段の測定値に基づいて、該培養液の塩化物イオン濃度が所定値以下の場合には、該培養液に塩化物イオンを含む電解質を添加して塩化物イオン濃度を調整する塩化物イオン濃度調整手段とを有することを特徴とする培養液の浄化装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物の養液栽培(水耕栽培も含む)において、培養液中に発生する病害菌等の細菌及びそれによる病害の拡散を抑制するための培養液の浄化方法及び浄化装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
植物の栽培方法の一つとして、植物を土壌と隔離し、液体肥料を供給する養液栽培がある。養液栽培は、土耕と比較すると、肉体労働を軽減でき、根などの地下部の肥料濃度や温度などの環境条件の制御が容易であることから、システムの自動化や年間を通じた安定生産が可能であるといった利点を有し、養液栽培施設の設置面積は年々増加している。
【0003】
養液栽培では、土壌と植物は隔離されているため、連作障害や土壌伝染性病害の発生はないとされているが、実際の養液栽培では病害が発生し、培養液が循環使用される場合は、病害が栽培槽全体に拡散する。病害が拡散した場合には、培養液の全量交換や栽培槽の殺菌処理が必要となり、生産計画に大きな影響を及ぼすこととなる。
【0004】
近年、食品に対する安全志向の高まりや環境保護など社会的背景から、土耕に限らず養液栽培においても、低農薬栽培や無農薬栽培の評価が高まり、農薬に頼らない病害防止技術が求められている。養液栽培における農薬に頼らない病害防止技術としては、培養液への紫外線照射、オゾン注入、濾過、加熱、光触媒処理など多様な手法が提案されているが、いずれもエネルギー消費量や消耗資材の交換頻度などコスト面の課題がある。また、栽培システムの自動化に伴い、生育状況や栽培環境に応じた病害防止技術の確立及び栽培システムとの統合が望まれている。
【0005】
特許文献1には、電気分解による病害防止方法が提案されており、循環する培養液の電気分解により発生する電界及び次亜塩素酸により、病原菌や作物の根から排出される老廃物(水溶性有機物)が酸化分解され除菌されると説明されている。
【0006】
特許文献2には、培養液の電気分解により培養液中の生育抑制物質濃度を低減し、その電気分解の後工程として鉄のキレート剤を含む養液成分を補充する養液栽培方法が提案されており、電気分解により生育抑制物質を低減することができ、また、副生する次亜塩素酸で病害菌の防除ができると共に、溶存酸素濃度の上昇により果実収量を増加させることができると記載されている。
【0007】
なお、特許文献1,2には、電気分解で生成させる次亜塩素酸量についての記載はなされていないが、一般に、殺菌効果が得られるとされる全残留塩素濃度は、数mg−Cl/L以上と考えられており、従って、特許文献1,2においても、電気分解により培養液中に全残留塩素濃度として数mg−Cl/L以上の次亜塩素酸を生成させていると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2002−51651号公報
【特許文献2】特許第5177739号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
養液栽培システムにおいては、計画的で効率的な生産方法の確立が求められているが、従来の病害防止技術のうち、紫外線照射、オゾン注入、濾過、加熱、光触媒処理などはコスト面に課題があり、一方で、電気分解による方法では、電気分解条件の調整が容易でないため、電気分解の程度が弱い場合は効果が得られず、電気分解の程度か強い場合は植物の生育への悪影響及びエネルギー消費量の増大の課題がある。
即ち、培養液の電気分解で次亜塩素酸を生成させることにより病害菌を殺菌して病害の拡散を抑制することはできるが、発生した次亜塩素酸は栽培している植物及び培養液中の肥料成分に悪影響を及ぼし、次亜塩素酸の存在で植物の生育が阻害される。
【0010】
このように、次亜塩素酸は殺菌作用を示す反面、栽培する植物の生育に悪影響を及ぼすため、植物の成長や代謝などの生育状況、また光量や気温、液温など環境要因に対応して電気分解条件の調整を行う必要あるが、特許文献1では、栽培する植物の生育への悪影響の回避策や、次亜塩素酸濃度の低濃度での運用方法や電気分解条件の調整方法についての検討がなされていない。
同様に、特許文献2においても、電気分解条件の調整は電気分解の強さ(電流値等)や頻度により制御する程度にとどまっており、植物の成長や代謝などの生育状況、光量や気温、液温など環境要因に対応する電気分解条件の調整は行われていない。
【0011】
浄化対象となる細菌等の濃度は、植物の成長や代謝などの生育状況、光量や気温、液温などの環境要因の影響を受けるため、効率的に浄化処理を行うためには、これら生育状況や環境要因に応じた電気分解条件の調整が必要となる。
しかし、細菌等の測定には、細菌の培養などに長時間を必要とするため、これらの測定及び測定結果に応じた電気分解条件の調整は現実的でなく、代替手段が必要となる。
【0012】
本発明は上記従来の問題点を解決し、培養液の電気分解を利用した培養液の浄化方法及び浄化装置において、植物の生育阻害を抑制して、培養液中の病害菌を効果的に殺菌して病害の拡散を防止する培養液の浄化方法及び浄化装置、或いは、植物の成長や代謝などの生育状況、光量や気温、液温などの環境要因に対応して、電気分解条件を的確に調整することができる培養液の浄化方法及び浄化装置、更には、電気分解に必要な電力量を削減することができる培養液の浄化方法及び浄化装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、電気分解により生成する培養液中の次亜塩素酸が、全残留塩素濃度として1.0mg−Cl/L以下の低濃度であっても、十分な殺菌効果が得られること、従って、このような低濃度条件であれば、植物の生育阻害を抑制できること、また、電気分解後の培養液の全残留塩素濃度の測定及びそれに基づく電気分解条件の制御、電気分解後の培養液中の全残留塩素の除去、栽培槽に循環される培養液の全残留塩素濃度の測定及びそれに基づく電気分解条件の制御、電気分解に供する培養液の塩化物イオン濃度の測定及びそれに基づく電解質の添加、といった制御システムを構築することで、電気分解法による培養液の浄化を、植物の生育阻害を抑制した上で効率的に行うことができ、また、植物の成長や代謝などの生育状況、光量や気温、液温などの環境要因に対応して、電気分解条件を的確に調整することができると共に、電気分解に必要な電力量を低減することも可能となることができることを見出した。
【0014】
本発明はこのような知見に基づいて達成されたものであり、以下を要旨とする。
【0015】
[1] 培養液を電気分解することにより次亜塩素酸を発生させて該培養液を浄化する方法において、該培養液の全残留塩素濃度が1.0mg−Cl/L以下となるように電気分解を行うことを特徴とする培養液の浄化方法。
【0016】
[2] [1]において、電気分解後の培養液の全残留塩素濃度を測定し、この測定結果に基づいて電気分解条件を調整することを特徴とする培養液の浄化方法。
【0017】
[3] [1]又は[2]において、栽培槽内の培養液を抜き出して電気分解した後、該栽培槽に返送する培養液の浄化方法であって、該電気分解後の培養液中の残留塩素を除去した後、該栽培槽に返送することを特徴とする培養液の浄化方法。
【0018】
[4] [3]において、該残留塩素除去後の培養液の全残留塩素濃度を測定し、この測定結果に基づいて、電気分解条件を調整することを特徴とする培養液の浄化方法。
【0019】
[5] [1]ないし[4]のいずれかにおいて、電気分解に供する培養液の塩化物イオン濃度を測定し、この測定結果に基づいて、該培養液の塩化物イオン濃度が所定値以下の場合には、該培養液に塩化物イオンを含む電解質を添加して塩化物イオン濃度を調整することを特徴とする培養液の浄化方法。
【0020】
[6] 培養液を電気分解することにより次亜塩素酸を発生させて該培養液を浄化する方法において、電気分解後の培養液の全残留塩素濃度を測定し、この測定結果に基づいて電気分解条件を調整することを特徴とする培養液の浄化方法。
【0021】
[7] 栽培槽内の培養液を抜き出して電気分解した後、該栽培槽に返送する培養液の浄化方法において、該電気分解後の培養液中の残留塩素を除去した後、該栽培槽に返送することを特徴とする培養液の浄化方法。
【0022】
[8] [7]において、該残留塩素除去後の培養液の全残留塩素濃度を測定し、この測定結果に基づいて、電気分解条件を調整することを特徴とする培養液の浄化方法。
【0023】
[9] 培養液を電気分解することにより次亜塩素酸を発生させて該培養液を浄化する方法において、電気分解に供する培養液の塩化物イオン濃度を測定し、この測定結果に基づいて、該培養液の塩化物イオン濃度が所定値以下の場合には、該培養液に塩化物イオンを含む電解質を添加して塩化物イオン濃度を調整することを特徴とする培養液の浄化方法。
【0024】
[10] 栽培槽内の培養液を抜き出して電気分解することにより次亜塩素酸を発生させて該培養液を浄化した後該栽培槽に返送する電気分解装置を備える培養液の浄化装置において、該電気分解後の培養液の全残留塩素濃度を測定する全残留塩素濃度測定手段と、該全残留塩素濃度測定手段の測定値に基づいて、該電気分解装置の電気分解条件を調整する制御手段とを有することを特徴とする培養液の浄化装置。
【0025】
[11] [10]において、前記全残留塩素濃度測定手段による測定値が1.0mg−Cl/L以下となるように前記制御手段による電気分解条件の制御が行われることを特徴とする培養液の浄化装置。
【0026】
[12] 栽培槽内の培養液を抜き出して電気分解することにより次亜塩素酸を発生させて該培養液を浄化した後該栽培槽に返送する電気分解装置を備える培養液の浄化装置において、該電気分解装置で浄化された培養液中の残留塩素を除去する残留塩素除去手段を有し、該残留塩素除去手段で残留塩素が除去された後の培養液が前記栽培槽に返送されることを特徴とする培養液の浄化装置。
【0027】
[13] [12]において、前記残留塩素除去手段で残留塩素が除去された培養液の全残留塩素濃度を測定する全残留塩素濃度測定手段と、該全残留塩素濃度測定手段の測定値に基づいて、前記電気分解装置の電気分解条件を調整する制御手段とを有することを特徴とする培養液の浄化装置。
【0028】
[14] 栽培槽内の培養液を抜き出して電気分解することにより次亜塩素酸を発生させて該培養液を浄化した後該栽培槽に返送する電気分解装置を備える培養液の浄化装置において、該培養液の塩化物イオン濃度を測定する塩化物イオン濃度測定手段と、該塩化物イオン濃度測定手段の測定値に基づいて、該培養液の塩化物イオン濃度が所定値以下の場合には、該培養液に塩化物イオンを含む電解質を添加して塩化物イオン濃度を調整する塩化物イオン濃度調整手段とを有することを特徴とする培養液の浄化装置。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、電気分解により次亜塩素酸を発生させて該培養液中の病害菌を効果的に殺菌して浄化することにより、病害の拡散を防止することができる。しかも、その際に発生させる次亜塩素酸量は、全残留塩素で1.0mg−Cl/L以下という低濃度であるため、次亜塩素酸による植物の生育阻害を抑制することができる(請求項1、11)。
【0030】
このような低濃度の次亜塩素酸を発生させるために、電気分解後の培養液の全残留塩素濃度を測定し、この測定結果に基づいて電気分解条件を調整することが好ましい(請求項2、6、10)。
【0031】
また、電気分解による浄化後の培養液中の残留塩素を除去することにより、次亜塩素酸による植物の生育阻害を確実に防止することができる(請求項3、7、12)。この際、残留塩素除去後の培養液の全残留塩素濃度を測定し、この測定結果に基づいて電気分解条件を調整することにより、電気分解に必要な電力量と、残留塩素除去手段の負荷を小さくして、効率的な浄化を行える(請求項4、8、13)。
【0032】
また、電気分解に供される培養液中の塩化物イオン濃度を測定し、この測定結果に基づいて、培養液中の塩化物イオン濃度が不足する場合には、塩化物イオンを含む電解質を添加して塩化物イオン濃度を調整することにより、電気分解に必要な電力量を削減して効率的な浄化を行える(請求項5、9、14)。
【0033】
培養液の浄化に、このような本発明の浄化技術を適用することにより、従来の技術と比較してエネルギー消費量及び消耗資材にかかわる費用を削減でき、また、植物の生育状況や環境要因に起因する細菌、病害菌、老廃物、生育抑制物質、藻類などの混入を全残留塩素濃度で代替評価することで、培養液の管理及び浄化のシステムを自動化できる。
本発明では、培養液中の細菌濃度を計測する場合に必要な複雑な計器や煩雑な操作かつ長時間の計測時間を必要とすることなく、培養液への細菌等の混入状況の把握に残留塩素濃度測定器を用い、また培養液の電気分解適性の評価に塩化物イオン濃度測定器を用いるが、これらはいずれも汎用の計器であり、実用化が容易である。また、これらの計器を使用することにより即時的な計測が可能となる。また、残留塩素除去装置出口に設置した全残留塩素濃度測定器、及び電解槽に設置した残留塩素濃度測定器の各測定結果に基づき電気分解条件を自動調整することにより、次亜塩素酸による植物の生育への悪影響を回避した上で、効果的に浄化を行える。これらの即時的な計測と自動調整の機能を組み合わせることで、浄化システムの自動化と栽培システムとの統合が容易に行える。
【図面の簡単な説明】
【0034】
図1】本発明の培養液の浄化装置の実施の形態を示す系統図である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下に本発明の実施の形態を図面を参照して詳細に説明する。
【0036】
なお、本発明において、全残留塩素とは、遊離残留塩素と結合残留塩素とを合わせたものであり、全残留塩素濃度とは、遊離残留塩素濃度と結合残留塩素濃度との合計を意味する。
【0037】
図1は、本発明の培養液の浄化装置の実施の形態の一例を示す系統図である。
【0038】
図1において、1は栽培槽であり、培養液による植物20の栽培が行われている。栽培槽1内の培養液は、配管11より抜き出され、一部は配管11Aから電解槽2に導入され、残部は配管11Bより調整槽3に導入される。11a、11bは開閉バルブである。本実施の形態において、電解槽2と調整槽3とは、一つの浄化槽4内に仕切壁4Aで区画して設けられている。
【0039】
電解槽2には、直流電源5及び電極5A,5Bと、塩化物イオン濃度測定器7及び全残留塩素濃度測定器8が設けられている。電解槽2に導入された培養液は、正負の電極5A,5B間で電気分解される。
【0040】
本発明では、エネルギー消費量及び消耗資材の交換頻度が少なく、また自動化及びメンテナンスが容易な浄化方法として、直流電圧を印加して電解槽内に隔膜を設けない方式での電気分解を採用する。培養液の電気分解による浄化機構は以下の通りである。
【0041】
培養液を電気分解すると陽極で酸素ガスや塩素ガスが、陰極で水素ガスが発生する。培養液のpHは通常5〜8の範囲にあり、発生した塩素ガスは遊離残留塩素(次亜塩素酸及び次亜塩素酸イオン)として存在する。これら遊離残留塩素は水道水の消毒用途や、有機物質の酸化処理などで幅広く使用されており、電気分解で発生した遊離残留塩素が培養液と接触することにより細菌等が殺菌される。
【0042】
また、培養液のpH域のような中性域において、細菌細胞表面はカルボキシル基やリン酸基などが解離し負に帯電している場合が多いとされるが、培養液の電気分解では、陽極で塩素ガスが発生するため、静電引力で細菌等が陽極に引き寄せられることにより遊離残留塩素との接触が促進され、効率的に浄化されるものと推定される。
【0043】
なお、培養液の電気分解によれば、病害菌の殺菌による病害の拡散のみならず、特許文献1に記載されているように老廃物の酸化分解、特許文献2に記載されているように生育抑制物質の低減もなされる。また、藻類の発生も抑制され、水耕栽培で使用されるウレタンマットへの藻類の繁殖及びそれによる病害の拡散も抑制される。
【0044】
電解槽2における電気分解は、連続的に行ってもよく、間欠的に行ってもよい。間欠的に行う場合の1回の電気分解時間や電気分解頻度には特に制限はないが、例えば、1日に1〜20回の頻度で1回当たり5〜120分程度の時間電気分解を行うことができる。
なお、電気分解に伴い陰極表面で水酸化物が生成して付着する場合があるが、電極の極性を定期的に反転することで水酸化物の析出は回避できる。
【0045】
図1の装置では、塩化物イオン濃度測定器7により、培養液の塩化物イオン濃度が測定され、その測定値に基づいて必要に応じて塩化物イオンを含む電解質の水溶液が配管14より電解槽2に添加される。即ち、塩化物イオン濃度測定器7に連動する流量調整バルブ14Aにより、必要に応じて電解質水溶液の所定量が添加され、不要な場合には、バルブ14は閉とされ、電解質水溶液の添加は停止される。
【0046】
培養液には、培養液の調製に用いた用水由来の塩化物イオンが微量ながら含まれるが、培養液の循環利用に伴い、培養液中の塩化物イオン濃度は変化する。電気分解により塩化物イオンから次亜塩素酸を発生させるために必要な電圧は、塩化物イオン濃度の影響を受け、塩化物イオン濃度が低下すると、所定濃度の次亜塩素酸を得るために必要な電圧は上昇する。
培養液中の細菌の殺菌に必要量の次亜塩素酸を生成させるために高電圧を印加するとランニングコストが上昇するため、培養液中の塩化物イオン濃度が低い場合は塩化物イオンを含む電解質を少量添加して電気分解に必要な電力量を削減することが好ましい。
【0047】
電解質としては植物の生育に悪影響を及ぼさないものであればよく、塩化カリウム、塩化アンモニウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、塩化ナトリウムなどが適用できる。
【0048】
添加する電解質量は、培養液及び培養液の調製に用いた用水の水質によるが、塩化物イオン濃度として30mg/L相当でも10%程度の電圧低下が認められる。通常の場合、電気分解に供される培養液の塩化物イオン濃度が10mg/Lより少ない場合には、塩化物イオンを含む電解質を添加して、培養液の塩化物イオン濃度を30mg/L以上とすることが好ましい。電気分解に供する培養液の塩化物イオン濃度の上限は、栽培する植物にもよるが、一般的には200mg/L以下が望ましい。
【0049】
図1に示す装置のように、電気分解に供される培養液の塩化物イオン濃度を測定し、その測定結果に基づいて、塩化物イオンを含む電解質を即時的かつ自動的に注入することができるように構成することにより、培養液の電気分解に必要な電力量を削減して効率的な浄化を行える。
【0050】
また、電解槽2における電気分解条件は、全残留塩素濃度測定器8で測定される電気分解後の培養液の全残留塩素濃度が1.0mg−Cl/L以下となるように行われる。
即ち、全残留塩素濃度測定器8の測定値は制御装置10に入力され、この結果に基づいて、制御装置10から直流電源5に制御信号が出力される。この制御信号は、例えば、電気分解を連続的に行う場合は、電流値の制御信号として、また、電気分解を間欠的に行う場合は、1回当たりの電気分解時間及び/又は電気分解頻度(所定時間内の電気分解回数)の制御信号として出力される。なお、本実施の形態では、後述の全残留塩素濃度測定器9の測定値も制御装置10に入力されており、制御装置10により、全残留塩素濃度測定器8と全残留塩素濃度測定器9の両方の測定値に基づいて電気分解条件の制御が行われている。
【0051】
電気分解により培養液中に生成する次亜塩素酸量は多い程浄化効果の面では好ましいが、全残留塩素濃度として1.0mg−Cl/Lを超えると植物の生育阻害の問題があり好ましくない。本実施の形態では、電気分解後、栽培槽1に返送される培養液から残留塩素を除去するための残留塩素除去装置6が設けられているため、電解槽2内の全残留塩素濃度は1.0mg−Cl/Lを超えても植物の生育阻害の問題はないが、全残留塩素濃度が過度に多いと残留塩素除去装置6の負荷が増大する上に、電気分解のための電力量も増大するため、全残留塩素濃度は1.0mg−Cl/L以下、特に0.5mg−Cl/L以下、とりわけ0.1mg−Cl/L以下とすることが好ましい。
【0052】
即ち、本発明は、電気分解により生成する次亜塩素酸量が、従来一般的な殺菌に必要な全残留塩素濃度である数mg−Cl/Lよりも少なくても、十分に培養液中の細菌の殺菌を行えるという知見に基づいて達成されたものであり、このように、電気分解後の全残留塩素濃度を低濃度に抑えることにより、植物の生育阻害を防止すると共に、電気分解に必要な電力量を低減することができる。電気分解後の培養液の全残留塩素濃度は、全残留塩素が検出される程度以上であればよい。全残留塩素濃度の検出に通常用いられる一般的な遊離残留塩素濃度測定器の検出限界値は通常0.01mg−Cl/Lであるため、全残留塩素濃度の下限としては0.01mg−Cl/L以上である。ただし、全残留塩素濃度が0.01mg−Cl/L未満であっても浄化効果が認められる場合がある。
【0053】
全残留塩素濃度測定器8及び後述の全残留塩素濃度測定器9としては、遊離残留塩素濃度測定器を用いることができる。即ち、電気分解後の培養液中の全残留塩素は、その殆どが遊離残留塩素の形態で存在し、結合残留塩素は殆ど存在しないと考えられることから、遊離残留塩素濃度測定器による測定値を全残留塩素濃度とすることができる。
【0054】
電気分解後の培養液は、浄化槽4の仕切壁4Aの上縁を超えて調整槽3に流入し、配管11Bからの培養液と共に、配管15より、用水、空気、肥料等が補給されて成分調整される。即ち、循環使用に伴い培養液中の重金属成分濃度や溶存酸素量に不足が生じたり、培養液量自体が不足したりするため、肥料、空気を添加して栽培槽1に返送することで不要な沈殿物発生や植物の肥料欠乏や溶存酸素不足を回避する。また、用水を補給することで培養液量を保つことができる。
【0055】
調整槽3で成分調整された培養液は、ポンプPにより、配管12を経て、残留塩素除去装置6に送給され、残留塩素除去装置6で残留塩素が除去された後、配管13より栽培槽1に戻される。
【0056】
残留塩素の除去方法としては、加熱、光照射、還元剤添加、活性炭吸着など種々の方法があり、栽培環境に応じて選択する。エネルギー使用量や消耗資材の交換頻度、必要スペースなどを勘案すると活性炭吸着が適当である。
【0057】
この培養液の返送配管13には全残留塩素濃度測定器9が設けられており、全残留塩素濃度測定器9での測定値が制御装置10に入力され、この測定値に基づいて電気分解条件が制御される。
即ち、残留塩素除去後の培養液の全残留塩素濃度が過度に高いと栽培槽1における植物の生育阻害の問題があるため、この場合には、電気分解条件を下げる(電流値、電気分解時間、電気分解間隔を下げる)ようにする。
また、この全残留塩素濃度測定器9の測定値が急激に増大した場合は、残留塩素除去装置6の故障、或いは残留塩素除去装置6が活性炭吸着塔である場合は、活性炭の吸着能が破過に達したことになるため、その場合には、残留塩素除去装置6のメンテナンスを行う。
【0058】
残留塩素除去装置6で残留塩素が除去された後、栽培槽1に返送される培養液の全残留塩素濃度は、植物の生育阻害を防止するために0.1mg−Cl/L以下、好ましくは検出されないことが望ましい。
【0059】
なお、図1に示す浄化装置は、本発明の実施の形態の一例であり、本発明はその要旨を超えない限り、何ら図1の装置に限定されるものではない。
図1の装置では、栽培槽1から抜き出された培養液のうちの一部を電解槽2に送給して電気分解を行っているが、全量を電気分解槽2に送給して電気分解を行ってもよい。また、電気分解を行う培養液と、水、空気、肥料等を添加して成分調整する培養液とは別々にし、即ち、電解槽と調整槽とをそれぞれ別々に設け、栽培槽1から抜き出した培養液の一部を電解槽で電気分解し、残部を調整槽で成分調整し、これらを合流させて栽培槽1に返送するようにしてもよい。
また、全残留塩素濃度測定器8や塩化物イオン濃度測定器7の設置場所についても、電解槽2に限らず、培養液の移送配管であってもよい。
【実施例】
【0060】
以下に実施例に代わる試験例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
【0061】
[試験例1]
地下水を用水としてレタス用培養液を9L調製した。培養液中の塩化物イオン濃度は20mg/Lで、これに所定量の塩化カリウムを添加した後の塩化物イオン濃度は52mg/Lであった。また、この培養液を後記する電気分解条件にて定電流電解を実施した際の電圧は塩化カリウム添加前で約9ボルト、塩化カリウム添加後で約8ボルトであった。
【0062】
塩化カリウム添加後の培養液をバケツに受け、発泡スチロールを浮かべ、ウレタンキューブに播種したレタスを4株定植して栽培槽としたものを3個作成し、それぞれ以下の試験区として試験を行った。
対照区 : レタス定植後に空気の供給のみを継続した試験区
弱電解区: バケツ底部に電極(白金鍍金チタン電極,表面積約20cm)を設置
し、レタス定植後に空気を供給すると共に、一定電流値(0.2A)で、
下記条件にて断続的に電気分解を実施した試験区
1回あたりの電気分解時間:6分間
電気分解頻度:1日6回(電気分解間隔は一定)
強電解区: バケツ底部に電極(白金鍍金チタン電極,表面積約20cm)を設置
し、レタス定植後に空気を供給すると共に、一定電流値(0.2A)で、
下記条件にて断続的に電気分解を実施した試験区
1回あたりの電気分解時間:30分間
電気分解頻度:1日3回(電気分解間隔は一定)
なお、弱電解区も強電解区も、電気分解中の電圧は約8ボルトで安定していた。
【0063】
上記3試験区において、6月26日から7月13日までプラスチックハウス内にて18日間栽培を行った。栽培終了後に、培養液については以下の細菌試験を実施した。また、レタスについては、地上部生体重と地下部生体重の測定を行い、それぞれ4株の平均値を求めた。結果を表1,2に示す。
【0064】
<細菌試験>
一般細菌数:標準寒天培地にて36℃で24時間培養後の集落数を求めた。
大腸菌群数:デソキシコレート寒天培地にて36℃で24時間培養後の集落数を求めた。
【0065】
また、弱電解区と強電解区については、1回の電気分解終了直後(弱電解区では6分の電気分解後、強電解区では30分の電気分解後)の培養液の遊離残留塩素濃度をポータブル残留塩素計(東亜ディーケーケー株式会社製 RC−31P−F,遊離残留塩素分解能0.01mg/L)を用いて測定し、結果を表1に併記した。なお、本試験例では、遊離残留塩素濃度を測定したが、電気分解後の培養液の残留塩素はその殆どが遊離残留塩素の形態であると考えられ、遊離残留塩素濃度=全残留塩素濃度とみなすことができる。
【0066】
【表1】
【0067】
【表2】
【0068】
<細菌試験結果の考察>
表1の対照区と電解区(弱電解区及び強電解区)を比較すると、一般細菌数及び大腸菌群数ともに電気分解により抑制できていることが確認できた。弱電解区と強電解区を比較すると、電気分解の延べ時間が長い強電解区で細菌拡散の抑制作用が大きいことが確認できた。
また、培養液中の遊離残留塩素濃度の測定結果から、弱電解区の電気分解条件では電気分解の効果は認められるものの細菌拡散の抑制には不十分であり、遊離残留塩素濃度が検出できる程度以上の条件で電気分解を行うことが細菌拡散の抑制に有効であることがわかる。
【0069】
<生育調査結果の考察>
表2の対照区と電解区(弱電解区及び強電解区)を比較すると、電解区で生育抑制作用が確認され、弱電解区で14〜16%の生育抑制、強電解区では21〜34%の生育抑制があった。特に、強電解区の地下部生体重の抑制が大きい結果となり、根に褐色の変色が認められた。弱電解区では根に褐色の変色は認められなかった。
【0070】
本試験例は、栽培槽内で電気分解と栽培を同時に行う試験条件であるため、電気分解で発生した次亜塩素酸が培養液中の細菌等に作用する一方で、植物の根にも直接作用する環境にある。実際の栽培では、栽培槽とは異なる槽で電気分解を行うことで、植物の根への影響を防止することができ、また、栽培槽に供給する前に残留塩素を除去する装置を設けることにより、このような生育阻害を防止することができると考えられる。
【0071】
電気分解の条件(時間及び頻度)は生育状況や栽培環境に基づき設定することが好ましいが、常に微量の全残留塩素濃度が検出されるよう電流値及び電解時間を自動制御することで自動運転が可能になる。
また、殺菌対象となる病害菌等の性状及び量に応じて全残留塩素濃度や接触時間を設計することが好ましいが、本試験結果より、全残留塩素(遊離残留塩素)濃度0.02mg−Cl/Lであっても大幅に細菌数の減少が認められていることから、電気分解により、全残留塩素濃度0.02mg−Cl/L以下の極微量の次亜塩素酸を生成させるのみでも病害菌の拡散を抑制することができること、また、このように全残留塩素濃度を低く維持することにより、残留塩素除去装置を設ける場合には、その負荷を軽微なものとすることができることが分かる。
【0072】
上記の18日間の栽培試験後に、各試験区の培養液水質を比較したが、鉄、カルシウム、マグネシウム、マンガン等の重金属成分に顕著な濃度差は認められなかった。
また、栽培試験後の培養液において、対照区では栽培槽底部の全面に緑藻の発生が認められたが、各電解区では栽培槽底部の一部に緑藻が認められたものの発生量が少なく、特に強電解区で影響が顕著であった。培養液を撹拌して濁度を測定したところ、対照区で16.5度、強電解区で7.1度と電気分解の影響が認められた。この結果から、電気分解により緑藻の発生も抑制することができるため、培養液の電気分解は、病害拡散の抑制はもとより、緑藻による栽培設備の汚れ防止や、緑藻への寄生等による病害の防止にも有効であることが確認された。
【符号の説明】
【0073】
1 栽培槽
2 電解槽
3 調整槽
4 浄化槽
5 直流電源
6 残留塩素除去装置
7 塩化物イオン濃度測定器
8,9 全残留塩素濃度測定器
10 制御装置
20 植物
図1