特許第6361278号(P6361278)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6361278
(24)【登録日】2018年7月6日
(45)【発行日】2018年7月25日
(54)【発明の名称】圧延鋼材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C21D 8/02 20060101AFI20180712BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20180712BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20180712BHJP
【FI】
   C21D8/02 A
   C22C38/00 301A
   C22C38/58
【請求項の数】1
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2014-102258(P2014-102258)
(22)【出願日】2014年5月16日
(65)【公開番号】特開2015-218360(P2015-218360A)
(43)【公開日】2015年12月7日
【審査請求日】2017年1月10日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】特許業務法人ブライタス
(74)【代理人】
【識別番号】100134980
【弁理士】
【氏名又は名称】千原 清誠
(74)【代理人】
【識別番号】100093469
【弁理士】
【氏名又は名称】杉岡 幹二
(72)【発明者】
【氏名】中村 浩史
【審査官】 守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】 特表2009−512787(JP,A)
【文献】 特開2001−123222(JP,A)
【文献】 特表2001−511482(JP,A)
【文献】 特開平08−199292(JP,A)
【文献】 特開2010−111936(JP,A)
【文献】 特開平11−172374(JP,A)
【文献】 特開平03−020408(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 8/02
C22C 38/00−38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.06〜0.15%、
Si:0.01〜0.50%、
Mn:0.60〜2.0%、
Cr:0.1〜1.5%、
Nb:0.005〜0.10%、
Ti:0.005〜0.05%、
B:0.0005〜0.0025%、
sol.Al:0.003〜0.10%と、
Cu:2%以下、Ni:3%以下、Mo:1%以下、V:0.1%以下から選択される1種以上と、
残部:Fe及び不純物とからなり、
前記不純物は、P:0.025%以下、S:0.015%以下、N:0.010%以下であり、
下記式(1)によって計算されるPcmの値が0.21〜0.30であり、下記式(2)によって計算されるCeqの値が0.45〜0.59である化学組成を有する鋼塊又は鋼片を、1000〜1350℃の加熱温度で加熱し、950℃超で前記加熱温度以下での累積圧下率が10%以上、950℃以下での累積圧下率が10%以上、圧延仕上温度が700〜950℃の条件で圧延し、その後、加速冷却開始温度が700℃以上、加速冷却停止温度が500℃以下、加速冷却開始から加速冷却終了までの平均冷却速度が1〜20℃/sとなる条件で、複数回の加速冷却を繰り返す、
ベイナイト組織及びマルテンサイト組織の合計の比率が80%超であり、
引張強度が780MPa以上、降伏比が85%以下、延性−脆性破面遷移温度が−20℃以下である、圧延鋼材の製造方法。
Pcm=C+Si/30+Mn/20+Cu/20+Ni/60+Cr/20+Mo/15+V/10+5B・・・・(1)
Ceq=C+Si/24+Mn/6+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14・・・・(2)
ここで、上記式(1)、式(2)中の元素記号は、その元素の質量%での鋼中含有量を表す。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧延鋼材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、建築物の高層化や大型化に伴って、高強度で変形性能にも優れた鋼材が要望されている。そのため、例えば引張強度で780MPa級の鋼材を高層ビルの柱材などへ適用することが検討されている。大地震における建築物倒壊の防止に寄与する変形性能を確保するために、降伏比が85%以下の低YR鋼のニーズが高まっている。
【0003】
特許文献1には、引張強度が750MPa超、降伏比が85%未満で、靱性や伸び特性にも優れる鋼材及びその製造方法が開示されている。
【0004】
また、特許文献2には、耐震性に優れた低降伏比H形鋼及びその製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010−111936号公報
【特許文献2】特開2005−264208号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、特許文献1に開示された製造方法では、良好な引張強度(780MPa以上)、良好な降伏比(85%以下)、良好な靭性(シャルピー衝撃試験における延性−脆性破面遷移温度(vTs)の値が−20℃以下)、及び、良好な溶接性の指針となる低い炭素当量(後述の(2)式によって計算されるCeqの値が0.59以下)を同時に満足できない場合があるという問題があった。
【0007】
また、特許文献2には、低降伏比H形鋼及びその製造方法が開示されているものの、対象は引張強さが490MPa〜750MPaのH形鋼である。よって、特許文献2には、引張強度が780MPa以上の圧延鋼材を安定して得ることについては開示されていない。
【0008】
以上より、本発明の目的は、引張強度が780MPa以上、降伏比が85%以下、vTsが−20℃以下で、炭素当量にも優れた圧延鋼材及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一実施形態に係る圧延鋼材は、質量%で、C:0.06〜0.15%、Si:0.01〜0.50%、Mn:0.60〜2.0%、Cr:0.1〜1.5%、Nb:0.005〜0.10%、Ti:0.005〜0.05%、B:0.0005〜0.0025%、sol.Al:0.003〜0.10%と、Cu:2%以下、Ni:3%以下、Mo:1%以下、V:0.1%以下から選択される1種以上と、残部:Fe及び不純物とからなる。
【0010】
前記不純物は、P:0.025%以下、S:0.015%以下、N:0.010%以下である。圧延鋼材は、下記式(1)によって計算されるPcmの値が0.21〜0.30であり、下記式(2)によって計算されるCeqの値が0.45〜0.59である化学組成を有する。また、圧延鋼材は、ベイナイト組織及びマルテンサイト組織の合計の比率が80%超であり、引張強度が780MPa以上、降伏比が85%以下、延性−脆性破面遷移温度が−20℃以下である。
【0011】
Pcm=C+Si/30+Mn/20+Cu/20+Ni/60+Cr/20+Mo/15+V/10+5B・・・・(1)
Ceq=C+Si/24+Mn/6+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14・・・・(2)
ここで、上記式(1)、式(2)中の元素記号は、その元素の質量%での鋼中含有量を表す。
【0012】
本発明の一実施形態に係る圧延鋼材の製造方法は、上述の化学組成を有する鋼塊又は鋼片を、1000〜1350℃の加熱温度で加熱する。そして、950℃超で前記加熱温度以下での累積圧下率が10%以上、950℃以下での累積圧下率が10%以上、圧延仕上温度が700〜950℃の条件で圧延する。その後、加速冷却開始温度が700℃以上、加速冷却停止温度が500℃以下、加速冷却開始から加速冷却終了までの平均冷却速度が1〜20℃/sとなる条件で、複数回の加速冷却を繰り返す。
【発明の効果】
【0013】
本発明の一実施形態に係る圧延鋼材は、引張強度が780MPa以上、降伏比が85%以下、かつ炭素当量や靭性も良好であるので、建築、土木、海洋構造物等の分野で使用される圧延鋼材、特にH形鋼、T形鋼、I形鋼、山形鋼、溝形鋼、平鋼、鋼矢板等の形鋼用熱間圧延鋼材として好適である。また、この圧延鋼材は、本発明の製造方法によって、比較的容易に得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の実施形態に係る圧延鋼材の化学組成、ミクロ組織、及び機械特性、ならびに圧延鋼材の製造方法について以下に詳述する。
【0015】
なお、以下の説明において、鋼の化学組成を表す「%」は、特に断りのない場合には「質量%」を意味する。
【0016】
(化学組成)
C:0.06〜0.15%
Cは、母材及び溶接部の強度を高める作用を有する。しかし、その含有量が0.06%未満では強度が不足する可能性がある。一方、Cの含有量が0.15%を超えると、母材及び溶接部の靱性低下が著しくなる可能性がある。なお、より大きな効果を得るために、Cの含有量は、0.12%以下が好ましく、0.10%以下がより好ましい。
【0017】
Si:0.01〜0.50%
Siは、製鋼における脱酸作用を有し、また母材及び溶接部の強度を確保する作用を有する。しかしながら、その含有量が0.01%未満では添加効果に乏しい。一方、Siの含有量が多くなり、特に、Siの含有量が0.50%を超えると、母材及び溶接部の靱性低下が著しくなる可能性がある。なお、より大きな効果を得るために、Siの含有量は、0.05%以上が好ましく、0.10%以上がより好ましい。また、Siの含有量は、0.40%以下が好ましく、0.30%以下がより好ましい。
【0018】
Mn:0.60〜2.0%
Mnは、母材及び溶接部における強度及び靱性を確保するために必要な元素である。しかしながら、Mnの含有量が0.60%未満では十分な添加効果が得られない。一方、Mnの含有量が2.0%を超えると、母材及び溶接部の靱性低下が顕著になる可能性がある。なお、より大きな効果を得るために、Mnの含有量は、0.80%以上が好ましく、0.9%以上がより好ましい。また、Mnの含有量は、1.6%以下が好ましく、1.3%以下がより好ましい。
【0019】
Cr:0.1〜1.5%
Crは、母材及び溶接部の強度を確保する上で有用である。Crの含有量が0.1%未満では十分な添加効果が得られないため、含有量を0.1%以上とすることが必要である。一方、Crの含有量が1.5%を超えると溶接割れが顕著になる。なお、より大きな効果を得るために、Crの含有量は、0.2%以上が好ましく、0.3%以上がより好ましい。また、Crの含有量は、1.2%以下が好ましく、0.8%以下がより好ましい。
【0020】
Nb:0.005〜0.10%
Nbは、母材の強度及び靱性を向上させる上で有用である。Nbの含有量が0.005%未満では十分な添加効果が得られないため、含有量を0.005%以上とすることが必要である。一方、Nbの含有量が0.10%を超えると、溶接部靱性の著しい低下を招く可能性がある。なお、より大きな効果を得るために、Nbの含有量は、0.007%以上が好ましく、0.010%以上がより好ましい。また、Nbの含有量は、0.070%以下が好ましく、0.050%以下がより好ましい。
【0021】
Ti:0.005〜0.05%
Tiは、鋼塊、なかでも鋳片の表面性状を改善する上で有用である。また、TiN析出物には特に溶接部の靱性を高める作用もある。Tiの含有量が0.005%未満では十分な添加効果が得られない。一方、Tiの含有量が0.05%を超えると靱性低下が顕著になる可能性がある。なお、より大きな効果を得るために、Tiの含有量は、0.007%以上がより好ましい。また、Tiの含有量は、0.03%以下が好ましく、0.02%以下がより好ましい。
【0022】
B:0.0005〜0.0025%
Bは、母材及び溶接部の強度を確保する上で有用である。Bの含有量が0.0005%未満では十分な添加効果が得られないため、含有量を0.0005%以上とすることが必要である。一方、Bの含有量が0.0025%を超えると母材の靱性低下が顕著になる。なお、より大きな効果を得るために、Bの含有量は、0.0008%以上がより好ましい。また、Bの含有量は、0.0020%以下が好ましく、0.0015%以下がより好ましい。
【0023】
sol.Al:0.003〜0.10%
Alは、製鋼における脱酸に有効な元素である。しかしながら、sol.Al(酸可溶Al)の含有量が0.003%未満では十分な添加効果が得られない。一方、sol.Alの含有量が0.10%を超えると、介在物の生成量が多くなり母材及び溶接部の靱性劣化が著しくなる可能性がある。なお、より大きな効果を得るために、sol.Alの含有量の下限値は、0.006%以上が好ましく、0.01%以上がより好ましい。また、sol.Alの含有量は、0.06%以下が好ましく、0.05%以下がより好ましい。
【0024】
本発明の実施形態に係る圧延鋼材は、さらにCu:2%以下、Ni:3%以下、Mo:1%以下、V:0.1%以下の1種または2種以上を含有する。これにより、それぞれ、以下のような効果が得られる。
【0025】
Cu:2%以下
Cuは、添加しなくても良いが、母材及び溶接部の強度と靱性を確保する上で有用である。Cuの含有量が0.1%未満では十分な添加効果が得られないため、添加する場合には含有量を0.1%以上とすることが好ましい。一方、Cuの含有量が2%を超えると、熱間加工時に割れが生じたり、母材及び溶接部の靱性劣化が著しくなったりする可能性がある。なお、より大きな効果を得るために、Cuの含有量は、0.2%以上が好ましく、0.3%以上がより好ましい。また、Cuの含有量は、0.9%以下が好ましく、0.5%以下がより好ましい。
【0026】
Ni:3%以下
Niは、添加しなくても良いが、母材及び溶接部の強度と靱性を確保する上で有用である。Niの含有量が0.1%未満では十分な添加効果が得られないため、添加する場合には含有量を0.1%以上とすることが好ましい。一方、Niの含有量が3%を超えると表面疵が著しくなる可能性がある。なお、より大きな効果を得るために、Niの含有量は、0.5%以上が好ましく、0.7%以上がより好ましい。また、Niの含有量は、2%以下が好ましく、1.5%以下がより好ましい。さらに、Cuの含有による熱間加工時の割れを防止するため、Cuを含有させる場合は、Cuの含有量の50%以上のNiを含有させることが好ましく、Cuの含有量の75%以上のNiを含有させることがより好ましい。
【0027】
Mo:1%以下
Moは、添加しなくても良いが、母材及び溶接部の強度を確保するために有用である。Moの含有量が0.1%未満では十分な添加効果が得られないため、添加する場合には含有量を0.1%以上とすることが好ましい。一方、Moの含有量が1%を超えると溶接割れが顕著になる。なお、より大きな効果を得るために、Moの含有量は、0.2%以上が好ましく、0.3%以上がより好ましい。また、Moの含有量は、1%以下が好ましく、0.6%以下がより好ましい。
【0028】
V:0.1%以下
Vは、添加しなくても良いが、母材及び溶接部の強度を確保する上で有用である。Vの含有量が0.01%未満では十分な添加効果が得られないため、添加する場合には含有量を0.01%以上とすることが好ましい。一方、Vの含有量が0.1%を超えると母材の靱性低下が顕著になる。なお、より大きな効果を得るために、Vの含有量は、0.02%以上が好ましく、0.03%以上がより好ましい。また、Vの含有量は、0.8%以下が好ましく、0.06%以下がより好ましい。
【0029】
本発明の実施形態に係る圧延鋼材の不純物として、特にP、S、Nについて説明する。
【0030】
P:0.025%以下
Pは、不純物として鋼中に不可避的に存在する元素である。また、Pは、圧延鋼材の靱性を低下させるとともに、溶接時に高温割れを生じさせる。特に、その含有量が0.025%を超えると、靱性の低下と溶接時の高温割れ発生が著しくなる。Pは少ないほど好ましい不純物であるため、その下限は特に規定するものではない。なお、より大きな効果を得るために、Pの含有量は、0.020%以下が好ましく、0.010%以下がより好ましい。
【0031】
S:0.015%以下
Sは、母材及び溶接部の靱性劣化を招く。特に、含有量が0.015%を超えると、母材及び溶接部の靱性劣化が著しくなる。Sは少ないほど好ましい不純物であるため、その下限は特に規定されない。なお、より大きな効果を得るために、Sの含有量は、0.010%以下が好ましく、0.005%以下がより好ましい。
【0032】
N:0.010%以下
Nは、不純物として鋼中に0.001%以上含まれる。Nは、Ti析出物を形成する。Nは、高温加熱時のオーステナイト粒の粗大化を抑制し、特に溶接部の靱性を高めることに寄与する場合もある。一方、Nの含有量が0.010%を超えると、母材と溶接部の靱性低下が大きくなる。なお、より大きな効果を得るために、Nの含有量は、0.002%以上が好ましく、0.003%以上がより好ましい。また、Nの含有量は、0.008%以下が好ましく、0.006%以下がより好ましい。
【0033】
Pcm:0.21〜0.30
Pcm=C+Si/30+Mn/20+Cu/20+Ni/60+Cr/20+Mo/15+V/10+5B・・・・(1)
上記式(1)は、溶接割れ感受性組成として知られている式であるが、母材の特性を良好にするために有用なパラメータである。Pcmの値が0.21%未満では、目標とする母材強度の確保が難しい。一方、Pcmの値が0.30%を超えると母材強度が高くなりすぎたり、母材靱性の低下も起こり易くなったりする。なお、より大きな効果を得るために、Pcmの値は、0.22%以上が好ましく、0.24%以上がより好ましい。また、Pcmの値は、0.27%以下が好ましく、0.26%以下がより好ましい。
【0034】
Ceq:0.45〜0.59
Ceq=C+Si/24+Mn/6+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14・・・・(2)
上記の化学組成を有する場合であっても、強度または靭性が不足する可能性や、降伏比が上昇する可能性がある。また、溶接性の指針である炭素当量が高くなる可能性がある。そのため、本発明の実施形態に係る圧延鋼材においては、式(2)で表されるCeqが0.45〜0.59となるように化学組成を調整する必要がある。なお、式(2)は、JIS G3136に規定されている「炭素当量」の式と同様である。
【0035】
(圧延鋼材のミクロ組織)
目標とする高強度及び低降伏比を得るために、圧延鋼材のミクロ組織において、ベイナイト組織とマルテンサイト組織の合計の比率は80%超とする。目標の特性をより確実に得るために、ベイナイト組織とマルテンサイト組織の合計の比率は90%超とすることがより好ましい。
【0036】
また、ベイナイト組織およびマルテンサイト組織以外の組織は、主として、フェライト及びパーライトであることが好ましい。
【0037】
組織の種類は、光学顕微鏡または電子顕微鏡を用いて観察することができる。ここで、ある組織の比率とは、観察視野の面積に対するその組織の面積割合をいう。なお、組織の比率は、圧延鋼材の圧延方向に対して垂直な断面において、その断面での組織の比率の平均値とすることが好ましい。
【0038】
便宜的には、圧延鋼材の厚さ方向、幅方向及び長さ方向における、それぞれ1/4または1/2などの代表的な位置において、圧延鋼材の代表的な組織写真を光学顕微鏡または電子顕微鏡によって撮影し、その組織写真から鋼の組織をフェライト、パーライト、ベイナイト、マルテンサイトに分類して、組織の面積率を求めるとよい。
【0039】
なお、本発明の実施形態に係る圧延鋼材の板厚は、主として20〜50mmである。
【0040】
(圧延鋼材の機械特性)
本発明の実施形態に係る圧延鋼材は、降伏強度が700MPa以上、引張強度が780MPa以上且つ1000MPa以下、降伏比が85%以下という機械特性を有する。
【0041】
また、本発明の実施形態に係る圧延鋼材のシャルピー特性として、遷移温度vTsは−20℃以下である。
【0042】
なお、上述の圧延鋼材の機械特性は、H形鋼の場合には、フランジ部における機械特性である。
【0043】
(製造条件)
本発明の実施形態に係る圧延鋼材は、上記の化学組成、ミクロ組織及び機械特性を有していれば、いかなる製造方法によって製造されてもよいが、以下の製造方法によって、効率的且つ安定的に製造することができる。
【0044】
詳しくは、上記化学組成を有する鋼、つまり、本発明で規定された化学組成を有する鋼を、例えば、転炉で溶製し、連続鋳造法によってスラブに鋳造する。そして、そのスラブを用いて、以下で説明する条件で、スラブの加熱、孔型圧延を用いた粗圧延、エッジャー圧延機及び粗ユニバーサル圧延機を用いた中間圧延、及び仕上ユニバーサル圧延機を用いた仕上圧延を含む熱間圧延を行う。この熱間圧延後に制御冷却(加速冷却)を実施することによって、引張強度が780MPa以上、降伏比が85%以下で、靱性にも優れる圧延鋼材(例えばH形鋼)を製造することが可能である。
【0045】
なお、以下で説明する製造方法及び製造条件は、圧延鋼材がH形鋼の場合の製造方法及び製造条件である。
【0046】
A)熱間圧延
まず、上述の化学組成を有する鋼塊又は鋼片を、所定の形状及び寸法に熱間圧延する。以下の説明において、特に言及がなければ、温度は鋼の表面温度を意味する。なお、圧延ロールとの接触による抜熱や加速冷却などによって鋼の表面温度が下がった後に復熱する場合には、復熱後の表面温度を意味する。
【0047】
加熱温度:1000〜1350℃
加熱温度を1000℃以上とすることで熱間加工が容易になると共に、Nb、V、Ti、Bなどが基地に固溶して、引張強度増加の効果が得られる。また、加熱温度を1350℃以下とすることによって結晶粒の粗大化が抑制され、良好な靱性が得られる。なお、より大きな効果を得るために、加熱温度を1200〜1330℃とすることが好ましく、1250〜1300℃とすることがより好ましい。なお、特にNb、Tiが基地に固溶して引張強度が増加する効果をより確実に得るために、加熱温度を1200℃以上に保持する時間を1時間以上とすることが好ましい。
【0048】
950℃超、加熱温度以下での累積圧下率:10%以上
「950℃超、加熱温度以下での累積圧下率」とは、圧延前の板厚をt0、圧延中に950℃に達したときの板厚をt1として、(t0−t1)/t0×100により得られる値を意味する。
【0049】
950℃超、加熱温度以下での累積圧下率を大きくすることによって、主にオーステナイト相の再結晶による細粒化によって相変態後の組織が微細となり、靱性が良好になる。よって、950℃超、加熱温度以下での累積圧下率を10%以上とする。より大きな効果を得るためには、累積圧下率を20%以上とすることが好ましく、30%以上とすることがより好ましい。950℃超、加熱温度以下での累積圧下率の上限は特に限定されないが、過剰に大きくすると必要な鋼塊又は鋼片の厚さが大きくなりすぎるので生産性が低下する。したがって、950℃超、加熱温度以下での累積圧下率は80%以下とすることが好ましい。
【0050】
950℃以下での累積圧下率:10%以上
「950℃以下での累積圧下率」とは、950℃になったときの板厚をt1、熱間圧延終了時の板厚をt2として、(t1−t2)/t1×100により得られる値を意味する。
【0051】
950℃以下での累積圧下率を大きくすることによって、主にオーステナイト相に残留ひずみが与えられる。これにより、相変態後の組織が微細となり、靱性が良好になる。よって、この効果を得るために、950℃以下での累積圧下率を10%以上とする。なお、より大きな効果を得るために、950℃以下での累積圧下率を25%以上とすることが好ましく、40%以上とすることがより好ましい。上限は特に限定されないが、950℃以下での累積圧下率が過剰に大きい場合には、設備負荷が大きくなったり、熱間圧延工程に要する時間が長くなったりするため、950℃以下での累積圧下率は80%以下とすることが好ましい。
【0052】
圧延仕上温度:700〜950℃
圧延仕上温度が950℃よりも高い場合には、良好な靱性を得ることが困難になる。一方、圧延終了温度が700℃よりも低い場合には、熱間圧延後の加速冷却前にフェライト変態が進行し易いため、所望のミクロ組織と引張強度を得ることが困難になる。なお、より良好な強度と靱性を得るために、圧延仕上温度を750〜920℃とすることが好ましく、800〜860℃とすることがより好ましい。
【0053】
B)加速冷却工程
加速冷却開始温度:700℃以上
上記の熱間圧延が終了したら、加速冷却を行う。加速冷却開始温度が低い場合には、所望の引張特性及びシャルピー特性を得ることが困難になるため、加速冷却開始温度は700℃以上とする。
【0054】
加速冷却終了温度:500℃以下
加速冷却開始温度が高い場合には、所望の引張特性及びシャルピー特性を得ることが困難になるため、加速冷却終了温度は500℃以下とする。
【0055】
平均冷却速度:1〜20℃/s
圧延終了後の加速冷却工程における平均冷却速度が小さすぎると、強度や靭性が劣化したり、製造能率が低下したりするなどの問題が生じる。そのため、平均冷却速度は1℃/s以上とする。しかし、この冷却工程における平均冷却速度が大きすぎると、伸びや靭性が低下する場合があるため、平均冷却速度は20℃/s以下とする。なお、良好な機械的性質をより確実に得るために、平均冷却速度は9℃/s以下とすることが好ましく、5℃/s以下とするのがさらに好ましい。
【0056】
なお、加速冷却は、複数回繰り返す必要がある。圧延鋼材が加速冷却装置内に入って該加速冷却装置から出ることを、加速冷却1回と数える。複数回、加速冷却を繰り返す理由は、板厚方向の冷却のばらつき、及び圧延方向の冷却のばらつきを抑制して、目的の強度や靭性を安定的に得るためである。特に、厚板に比べて断面形状が複雑な形鋼においては、加速冷却を複数回繰り返すことによって冷却のばらつきを抑制する効果が高い。
【実施例】
【0057】
表1に示す化学組成を有する鋼1〜7を、真空溶解炉にて溶製し、鋳型に鋳込んで180kgの鋼塊とした。鋼1〜5は、化学組成が本発明で規定する含有量の範囲内にある本発明例の鋼である。鋼6、7は、化学組成が本発明で規定する含有量の範囲から外れた比較例の鋼である。上記の各鋼塊を950℃〜1250℃で熱間鍛造して、厚さ120mmの鋼片を作製した。なお、熱間鍛造後の各鋼片の冷却は、大気中での放冷とした。
【表1】
【0058】
このようにして得た各鋼片について、表2に示す圧延条件で熱間圧延を行った。常温から950℃または1250℃に1時間で昇温し、1250℃でさらに1時間保持した。次に熱間圧延及び加速冷却を実施した。加速冷却の終了後は、大気中に取り出して常温まで放冷した。
【表2】
【0059】
このようにして得た各鋼板について、ミクロ組織、並びに機械的性質としての引張特性及びシャルピー特性を調査した。ミクロ組織は次の方法によって調査した。まず、鋼板の厚さ方向の1/2、幅方向の1/2、長さ方向の1/2となる位置から試験片を採取した。そして、試験片の圧延方向及び板厚方向を含む面を鏡面研磨した後、当該面をナイタルで腐食させた。これにより得られた面を、倍率100倍または500倍で光学顕微鏡によって観察するとともに、より高倍率の走査型電子顕微鏡によって観察を行うことにより、ミクロ組織を調査した。
【0060】
引張試験は、JISZ2201:1998「金属材料引張試験片」に記載されている4号試験片を用いて室温で行った。引張試験では、0.2%耐力(降伏強度:YP)、引張強度(TS)を測定し、降伏比(YR)を求めた。なお、引張試験片は、鋼板の厚さ方向に1/2となる部位から圧延方向(すなわち、鋼板の長さ方向)と平行に採取した。
【0061】
衝撃特性は、鋼板の表面から厚さ方向に1/2となる部位から圧延方向と平行に、JISZ2242:2005に記載のVノッチ試験片を採取して、シャルピー衝撃試験を行うことにより、延性−脆性破面遷移温度(vTs)を測定した。
【0062】
表3に、各試験結果を示す。化学組成及び製造条件が本発明で規定された条件を満たす「本発明例」の試験番号11〜51の鋼板は、ベイナイト組織及びマルテンサイト組織の合計の比率が80%超、引張強度が780MPa以上、降伏比が85%以下であり、シャルピー衝撃特性にも優れている(vTsが−20℃以下)。
【0063】
これに対し、「比較例」の試験番号61、71、22の鋼板は、降伏比が大きく、シャルピー衝撃特性も「本発明例」の鋼板に比べて劣っている。
【表3】
【0064】
本発明の実施形態に係る高強度圧延鋼材は、引張強度が750MPa超であり、変形特性や靭性にも優れるので、建築、土木、海洋構造物等の分野で使用される圧延鋼材、特にH形鋼、T形鋼、I形鋼、山形鋼、溝形鋼等の形鋼用圧延鋼材として好適である。また、この高強度圧延鋼材は、本発明の製造方法によって、比較的容易に製造することができる。