特許第6361437号(P6361437)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6361437-純チタン板の製造方法 図000005
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6361437
(24)【登録日】2018年7月6日
(45)【発行日】2018年7月25日
(54)【発明の名称】純チタン板の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23G 1/10 20060101AFI20180712BHJP
   C22F 1/18 20060101ALI20180712BHJP
   C23F 1/26 20060101ALI20180712BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20180712BHJP
【FI】
   C23G1/10
   C22F1/18 H
   C23F1/26
   !C22F1/00 623
   !C22F1/00 613
   !C22F1/00 683
   !C22F1/00 685Z
   !C22F1/00 686A
   !C22F1/00 694A
   !C22F1/00 691B
   !C22F1/00 691C
【請求項の数】1
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2014-206631(P2014-206631)
(22)【出願日】2014年10月7日
(65)【公開番号】特開2016-74953(P2016-74953A)
(43)【公開日】2016年5月12日
【審査請求日】2017年6月5日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】特許業務法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】瀬戸 英人
(72)【発明者】
【氏名】松本 啓
(72)【発明者】
【氏名】西村 彰洋
【審査官】 國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】 特開平03−047999(JP,A)
【文献】 特開平02−175890(JP,A)
【文献】 国際公開第2014/136702(WO,A1)
【文献】 特開2004−277758(JP,A)
【文献】 特開平06−101083(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23G 1/00 − 3/00
C23F 1/00 − 4/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタンインゴット熱間加工して熱延板を得る工程、
前記熱延板を冷間圧延して冷延板を得る工程、
前記冷延板を焼鈍して純チタン素材を得る工程、および、
前記純チタン素材を、質量%で、5〜10%のふっ酸および12〜20%の塩酸を含有し、35〜45℃に保持した水溶液に60〜300s浸漬して酸洗する工程を備える、
表面粗さが算術平均粗さで4μm以上である純チタン板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、めっきなどのコーティングの密着性や潤滑剤塗布、防眩性に適した脱スケールおよび表面粗化を同時に満足する条件で製造された純チタン板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
チタンは難めっき材として知られている。めっきコーティングの密着性や潤滑剤などとの保油性を向上させるために、従来ではチタン板を粗化することが行われている。この粗化方法としては、特許文献1で検討されている研磨などの機械加工、特許文献2で検討されているダルロール圧延、特許文献3で検討されているショットピーニング加工、特許文献4で検討されているレーザー加工、特許文献5で検討されているエッチング加工、などがある。
【0003】
研磨などの機械加工は研磨工程が別途必要になる。ダルロール圧延は、圧延工程、ロールの表面加工工程、ロール交換などの製造工程が別途必要になる。また、ダルロール圧延は、圧下率が高いほど表面粗さは大きくなるが、数%の圧延率で圧延が行われるため、加工硬化により延性が低下し、加工性が損なわれる懸念がある。研磨工程やダルロール圧延は、研磨するツールやロールが使用とともに摩耗し、コイル間で均一性が低下する懸念がある。
【0004】
ショットピーニング加工で仕上げると、表層にひずみが多く導入され、そこから水素吸収が起こりやすくなる問題がある。薄板の場合は、表面を過度に粗くしようとすると形状が悪化する懸念もある。レーザー加工で仕上げると、表面が高温に晒されて等軸α相からβ相に逆変態し、レーザー加工後に室温に戻ると純チタンのミクロ組織はβ相から針状α相に変態する。針状α相は等軸α相よりはるかに腐食しやすいという問題がある。
【0005】
エッチング加工は、電解液を用いて電解する工程が別途必要となる。
しかもいずれも、一般的なチタン板の製造工程以外に表面を粗くする製造工程が余分に必要となる。つまり、製造にかかる時間とコストが余分に必要となることを意味する。
【0006】
一方、特許文献6には、焼鈍後のスケール除去のため、ふっ酸、塩酸の混合酸による酸洗が提示されている。酸洗による表面の粗化を考慮した場合、特許文献6に記載の酸洗では、同文献の実施例によると処理時間が長く、実用的な時間範囲では酸化スケールを除去するのが限界であり、表面粗化に適用することが困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007−262470号公報
【特許文献2】特開2000−015304号公報
【特許文献3】特開2010−030015号公報
【特許文献4】特開2009−274345号公報
【特許文献5】特開平6−306620号公報
【特許文献6】特開2012−224894号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このように、従来の表面の粗化方法は、焼鈍酸洗後にショットブラスト加工やダルロール圧延加工など塑性変形を伴う方法しかなく、焼鈍状態で表面が粗いチタン板を得るのは困難である。また、塑性変形による加工硬化がチタン材の加工性を劣化させてしまう。さらに、チタン材には塑性変形による歪が加わっているため、水素吸収や形状不良などの問題が生じていた。
【0009】
そこで、本発明は、最終焼鈍する工程と表面を粗くする工程を同時に行い、延性を維持しつつ形状不良が抑制され、めっきコーティングの密着性や、潤滑剤などとの保油性、ならびに防眩性に優れた純チタン板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、焼鈍後に機械的な加工を行わずにかつ脱スケールされたチタン板を得るために鋭意検討を行った。具体的には、従来では表面粗化に適用することができないとされてきた酸洗条件に敢えて着目し、酸洗条件を詳細に調査した。その結果、予想外にも、大気焼鈍後にふっ酸と塩酸とを所定量含有する水溶液にソルト処理、ブラスト処理することなく浸漬することで、焼鈍材のまま脱スケールと表面粗化が可能な知見を得た。焼鈍後の一般的な表面粗化の手法および本発明での表面粗化の手法の概略を表1に示す。
【0011】
【表1】
【0012】
このように、本発明は、焼鈍後に酸洗を行うだけで、表面粗化された純チタン板を得て完成された。
【0013】
脱スケールおよび表面粗化の機構については、以下のように説明される。
例えば純チタンにおいては、α相におけるFeの固溶限は極めて低いことが知られており、結晶粒界へのわずかな偏析は避けられないため、Fe含有量が不純物レベルの濃度であっても偏析部にFeが濃化する。これが酸溶液との反応により溶出するとスケールの内部応力が不均一となり、微小クラック発生の起点となる。このクラックに酸液が浸透し一部金属面が露出してTi4+が溶出すると、電気的中性を保つために塩酸中のClが泳動して濃化し、孔食が発生する。そして、塩酸とふっ酸によりチタン金属が溶解されスケールが母材から剥離して脱スケールされる。このうえで、塩酸濃度を高めると、孔食速度が速くなり、孔食部分と孔食されていない部分とが大きな凹凸になる。つまり、塩酸濃度を高くすることで粗さを大きくすることができる。塩酸が少ないと、孔食が発生しないため、母材へ酸液が浸透しにくく、スケール残りが生じやすい。
【0014】
このような表面粗化の機構から、本発明者らは以下の知見を得た。
(1)ふっ酸と組み合わせる酸として、孔食を発生させかつ適度な溶解速度の塩酸が最も有効であり、且つその濃度をある程度高くすることにより表面を粗くすることができる。
【0015】
(2)特許文献6には塩酸濃度が12%を超えるとスケールの溶解反応およびチタン地金の溶解反応が生じないことが記載されている。しかし、通常は、塩酸濃度に対してチタンの溶解量は増加するため、溶解反応が生じなくなることは考え難い。特許文献6の表1では塩酸濃度が15%と高い条件では硫酸濃度も高い。そこで、本発明者らがさらに検討を重ねた結果、硫酸を添加した混酸では、硫酸が塩酸とふっ酸の混合酸の反応を抑制する効果があることがわかった。したがって、特許文献6では硫酸濃度が高いために減肉量が少なかったと考えられる。これらの知見から、効率的な表面処理を行うためには混酸に硫酸を添加しないことが必要である。
【0016】
(3)また、特許文献6にはふっ酸が10%を超えると過酸洗状態となり酸洗反応の制御が困難になることが記載されている。ここでいう「制御」とは板厚の制御である。しかし、本発明のように表面粗さを制御する上では、塩酸・ふっ酸濃度に加えて、好ましくは処理時間および混酸水溶液の温度を適正に設定すれば所望の粗さを得ることができる。
【0017】
上記の知見に基づき完成された本発明は以下の通りである。
【0019】
(1)純チタンインゴット熱間加工して熱延板を得る工程、
前記熱延板を冷間圧延して冷延板を得る工程、
前記冷延板を焼鈍して純チタン素材を得る工程、および、
前記純チタン素材を、質量%で、5〜10%のふっ酸および12〜20%の塩酸を含有し、35〜45℃に保持した水溶液に60〜300s浸漬して酸洗する工程を備える、
表面粗さが算術平均粗さで4μm以上である純チタン板の製造方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、酸洗により脱スケールされるとともに表面粗さが算術平均粗さで4μm以上の純チタン板を提供することができる。本発明は、めっきコーティングの密着性や、潤滑剤などとの保油性、ならびに防眩性に優れた純チタン板を提供することができる、産業上の利用可能性が高い優れた発明である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1図1は、ふっ酸および塩酸の濃度を調整した40℃の酸液に、焼鈍後のチタン板を120秒間浸漬したときの、算術平均粗さ(μm)と塩酸濃度(mass%)との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下の説明では、特に記載がない限り、「%」は「質量%」を表す。
1.純チタン板
(1)純チタン
本発明では純チタンを対象とする。β型チタン合金はβ安定型元素である水素の吸収が著しいため、水素脆化が生じるためである。
【0023】
本発明の純チタンとは、JIS規格の1種〜4種、およびそれに対応するASTM規格のGrade1〜4、DIN規格の3・7025,3・7035、3・7055、3・7065で規定される工業用純チタンを含むものとする。すなわち、本発明の対象である工業用純チタンは、質量%で、C:0.1%以下、H:0.015%以下、O:0.4%以下、N:0.07%以下、Fe:0.5%以下、残部Tiからなるもの、と言うことができる。さらに、これらに若干の白金族元素を添加し、モディファイド(改良)純チタンと呼ばれている高耐食性合金(ASTM Grade 7、11、16、26、13、30、33あるいはこれらに対応するJIS種や更に種々の元素を少量含有させたチタン材)も、本発明では、純チタンに含まれるものとして扱う。
【0024】
(2)純チタン板の表面粗さ
本発明の純チタン板は、表面粗さが算術平均粗さで4μm以上を有する。Raが4μm以上であると、めっきとの接触面積が増加するためにめっきの密着性が高まる。また、これにともない潤滑剤などとの保油性が高まり、さらには防眩性も高まる。
【0025】
(3)酸洗
本発明の純チタン板は、所定量のふっ酸および塩酸を含有する水溶液で酸洗されたものである。各々について詳述する。
【0026】
(3−1)ふっ酸の含有量:5〜10%
ふっ酸は、水溶液中に質量%で5〜10%含有される。5%を下回るとチタン金属母材の溶解力が弱く脱スケールが困難となる。10%を超えると、表面粗さは十分得られるが、廃酸処理やコスト増の問題が生じる。好ましくは6〜9%である。
【0027】
(3−2)塩酸の含有量:12〜20%
塩酸は、水溶液中に質量%で12〜20%含有される。12%を下回ると、孔食が発生しにくく、母材に酸液が浸透しにくくなるため、スケール残りが生じやすくなる。また、20%を超えて含有させると、塩酸の蒸発による損失が大きくなる。好ましくは14〜18%である。
【0028】
2.製造方法
(1)純チタンインゴットに対して熱間加工、冷間圧延および焼鈍を行う。
【0029】
本発明では、酸洗までの工程は一般的なチタン板の製造方法により製造することができる。例えば、スポンジチタン等からチタンインゴットを製造する工程、このインゴットを鍛造や熱間圧延などの熱間加工により熱延板にする工程、熱延板にショットブラストを施す工程、熱延板を酸洗する工程、酸洗により脱スケールした熱延板を冷間圧延によって冷延板にする工程、冷延板を焼鈍する工程により、酸洗に供するチタン素材を製造する。これらの工程での条件は特に限定されるものではないが、例えば冷間圧延では、30〜90%の圧下率で0.1〜3mmの厚さに圧延することが好ましく、焼鈍では700〜820℃で60〜180s保持することが好ましい。
【0030】
(2)酸洗を行う。
本発明では、脱スケールおよび凹凸の付与を、ソルトバスを用いることなく酸洗だけで完了することができる。本発明の方法では、熱間圧延または焼鈍時の加熱によってチタン板の表面に生成したスケールを除去するとともに表面に凹凸を付与する酸洗工程において、塩酸を12〜20%およびふっ酸を5〜10%含有する水溶液を用いる。
【0031】
この水溶液が保持された酸浴は、温度が35〜45℃に規定されることが好ましい。35℃を下回ると酸液とチタン板の反応性が乏しく目標の表面粗さが得られない。45℃を超えると反応が過剰になり粗くなりすぎてしまう。
【0032】
このような酸浴に、焼鈍後にスケールが生成されたチタン素材を浸漬する。浸漬時間は60〜300sに規定されることが好ましい。60sを下回ると十分に表面を粗化することができない。また、スケール残りが生じる。300sを超えると、表面が粗くなりすぎてしまう。また、300sを超えて酸洗するには極端にライン速度を遅くする必要がある。さらに、遅くできない場合は再度酸洗だけするために連続ラインに通板する必要も生じてしまう。
【実施例】
【0033】
真空アーク溶解で酸素量およびFe量の異なる種々のチタンインゴットを製造し、鍛造、熱延、焼鈍、表面切削、冷延、最終焼鈍、酸洗を経て、チタン板を得た。
【0034】
具体的な冷延条件、最終焼鈍、酸洗条件を表2に示す。表2中、「35〜45℃」は浴中の水溶液温度であり、「60〜300s」は最終焼鈍後のチタン板の浴への浸漬時間である。
【0035】
【表2】
【0036】
酸素量、Fe量、および表面粗さ(算術平均粗さ)Ra、光沢度の評価方法を表3に示す。
【0037】
【表3】
【0038】
このようにして得られた結果を図1に示す。図1によれば、ふっ酸が5%以上であり、且つ塩酸が12%以上である水溶液を用いて酸洗を行ったチタン板は、いずれもRaが4μm以上を示した。そして、Raが4μm以上を示す本発明のチタン板は、いずれも防眩性に優れることが明らかになった。また、これらのチタン板はめっき付着性および保油性に優れる。スケールも目視にて確認されなかった。なお、得られたチタン板の化学組成は、JIS規格で定める範囲内であることを確認した。
【0039】
これに対して、ふっ酸が4%以下の場合、Raが4μm未満と劣った。
ふっ酸が5%であったとしても、塩酸が12%未満であると、Raが4μm未満となった。また、ふっ酸が5%以上であり塩酸が12%未満であってもRaが4μm以上を示すものもあった。これらは、孔食が起こりにくく母材へ酸液が浸透しにくいため脱スケール性で劣った。
【0040】
ふっ酸が5%以上であり、且つ塩酸が20%を超えた水溶液を用いたとしても、Raは増加しなかった。
【0041】
また、表2の条件に加えて、更に硫酸を1〜15mass%添加した混酸を用いて酸洗し、表3に記載の条件で算術平均粗さを評価した。その結果、硫酸の含有量が上記範囲では、いずれも処理時間が300sであっても算術平均粗さRaが4μmを下回ることを確認した。このため、防眩性は本発明より劣る結果となった。また、これに伴いめっき付着性および保油性が劣る。
図1