特許第6362135号(P6362135)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社 光植栽研究所の特許一覧

<>
  • 特許6362135-植物の生産方法 図000002
  • 特許6362135-植物の生産方法 図000003
  • 特許6362135-植物の生産方法 図000004
  • 特許6362135-植物の生産方法 図000005
  • 特許6362135-植物の生産方法 図000006
  • 特許6362135-植物の生産方法 図000007
  • 特許6362135-植物の生産方法 図000008
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6362135
(24)【登録日】2018年7月6日
(45)【発行日】2018年7月25日
(54)【発明の名称】植物の生産方法
(51)【国際特許分類】
   A01G 7/00 20060101AFI20180712BHJP
【FI】
   A01G7/00 601C
【請求項の数】2
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2014-164612(P2014-164612)
(22)【出願日】2014年8月13日
(65)【公開番号】特開2016-39790(P2016-39790A)
(43)【公開日】2016年3月24日
【審査請求日】2017年2月6日
(73)【特許権者】
【識別番号】514205528
【氏名又は名称】株式会社 光植栽研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100114074
【弁理士】
【氏名又は名称】大谷 嘉一
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 正幸
【審査官】 竹中 靖典
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−183003(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/007868(WO,A1)
【文献】 特許第5028407(JP,B2)
【文献】 特開2012−161313(JP,A)
【文献】 特開平06−276858(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2004/0109302(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
白色光下で植物の栽培を行い、その途中に緑色光を暗条件下で照射するステップと、色光を暗条件下で照射するステップとを有することを特徴とする植物の生産方法。
【請求項2】
前記、赤色光を照射するステップの替わりに青色光を照射するステップを有することを特徴とする請求項1記載の植物の生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、緑色光、赤色光及び青色光等の単色光の組み合せ、あるいはそれらと白色光(自然光又は自然に近い人工光)の組み合せ照射による植物の生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
植物の生産過程において病害対策や果菜類の収量増大等を目的に単色光を照射し、特定のタンパク質や植物ホルモンを誘引することが検討されている。
特許文献1には、緑色光を暗黒時に果菜類に照射して、着果及び果実肥大を促進させる技術を開示する。
特許文献2には、植物に緑色光を照射することで植物遺伝子の発現を誘導し、病害抵抗性を高める技術を開示する。
特許文献3には、植物に紫色光を照射することにより病原抵抗性を高める技術を開示する。
特許文献2では、暗条件下で緑色光照射によりジャスモン酸生合成経路の二つの酵素(AOS,LOX)発現を確認していることからジャスモン酸の誘導を示唆しているものと思われるが、ジャスモン酸は活物寄生菌への防御効果はない(非特許文献4)。
また、ジャスモン酸は植物の生長には抑制的な作用を有するのに特許文献1では果菜類の収量増加に寄与するとしているが、そのメカニズムが明らかでない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開WO2011/007868号公報
【特許文献2】特許第5028407号公報
【特許文献3】国際公開WO2013/015442号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】M. Hentrich et.al The jasmonic acid signaling pathway is linked to auxin homeostasis through the modulation of YUCCA8 and YUCCA9 gene expression.The plant journal 2013 74,626-637
【非特許文献2】Wim Grunewald et.al Expression of the Arabidopsis jasmonate signaling repressorJAZ1/TIFY10A is stimulated by auxin. EMBO reports Vol10/NO8/2009
【非特許文献3】Motomu Endo et.al CRYPTCHROME2 in vascular bundles regulates flowering in Arabidopsis. The Plant Cell, Vol.19:84-93 January 2007
【非特許文献4】A. Leon-Reyes et.al salicylate-mediated suppression of jasmonate-responsive gene expression in Arabidopsis is targeted downstream of jasmonate biosynthesis pathway.Planta(2010) 232: 1423-1432
【非特許文献5】X. Liu et.al Low-Fluence Red Light Increase the transport and Biosynthesis of Auxin Plant physiology, October 2011, Vol.157, pp.891-904
【非特許文献6】G. Segarra et.al Simultaneous quantitative LC-ESI-MS/MS analyses of salicylic acid and jasmonic acid in crude extracts of Cucumis sativus under biotic stress. Phytochemistry 67(2006): 395-401
【非特許文献7】Z. Cheng et.al A study of Blue-Light Dependent Phosphorylation, Degradation, and Photobody-Formation of Arabidopsis CRY2. Molecular Plant Volume5 Nomber3 726-733 May 2012.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、植物の環境対応能力を暗条件下での単色光の組合せ照射により刺激し、病害抵抗を増強し、同時に植物の成長促進するシステムを構築する。
これにより農薬使用削減が可能となる安全な、かつ収量が増加する植物の生産方法を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る植物の生産方法は、白色光下で植物の栽培を行い、その途中に緑色光を暗条件下で照射するステップと、色光を暗条件下で照射するステップとを有することを特徴とする。
こで白色光とは自然光のみならず、自然光に近い人工光が含まれる趣旨である。
【0007】
詳細は後述するが、上記のように照射光をコントロールすると次の作用がある。
緑色光を暗条件下で照射して植物の青、緑光の受容体であるクリプトクロム2で緑色光を受容し、師管伴細胞内のクリプトクロム2による開花促進効果を発揮させる。
また同時に植物ホルモンのジャスモン酸を発現させる。
このジャスモン酸は死物寄生菌に対する防御たんぱく質を誘導する他に食害に対しての防御の効果を有する。
またジャスモン酸は根の伸長抑制など成長抑制効果を有する。
その後暗条件下で赤色光を照射して赤色光受容体であるフィトクロムBを刺激して成長ホルモンであるオーキシンを誘引する。
オーキシンはイチゴなどの果菜類における開花した後の果実肥大に必要な植物ホルモンである。
【0008】
本発明においては、赤色光を照射するステップの替わりに青色光を照射するステップを有するようにしてもよい。
このようにすると、緑色光を暗条件で照射して上記のように師管伴細胞内のクリプトクロム2による開花促進効果を発揮させ、同時に植物ホルモンのジャスモン酸を発現させる。
このジャスモン酸は上述したとおり死物寄生菌に対する防御たんぱく質を誘導する他に食害に対しての防御の効果を有するが、一方活物寄生菌に対しての防御効果はなく、根の伸長抑制や開花抑制など成長抑制効果を有する。
そこで緑色光の照射後に後暗条件下で青色光を照射してサリチル酸を発現させることにしたものである。
サリチル酸はジャスモン酸と拮抗作用を持ち、かつ開花促進効果を有する。
またサリチル酸は活物寄生菌に対する防御応答を誘引する。
従って、この方式ではジャスモン酸とサリチル酸を交互に誘引して死物寄生菌および活物寄生菌の両者に対しての防御を誘引することができ、また開花を大きく促進することができる。
【0009】
本発明は緑色光を暗条件下、例えば夜間に照射することでクリプトクロム2を刺激して開花誘導する他、成長抑制型の植物ホルモンであるジャスモン酸を一旦発生させたのちに、暗条件下で青色光または赤色光を照射し、ジャスモン酸と拮抗作用を持つサリチル酸、またはオーキシンを発現させることで植物の恒常性を保とうとする復元力を最大限発揮させる、所謂ホメオスタシス効果を活用して病原菌への耐性を高く保ちつつ収量の高い植物の生産方法を提供するものである。
なお照射のスケジュールは暗条件下での単色光照射から植物ホルモン等を誘導するまでに数時間レベルの期間を要することから太陽光利用型の植物栽培では夜間の暗条件下で単色光照射を繰り返すのが合理的である。
人工光利用型の植物栽培では暗条件を自由に設定できるので数時間置いた同一の暗期間に緑色光照射と赤色光照射又は青色光照射をすることで同一の効果が得られる。
なお、緑色光,赤色光及び青色光の照射組み合せは、上記各単色光の効果を考慮して自由に組み合せることができ、白色光と組み合せることもできる。
【0010】
緑色光照射用光源、赤色光照射用光源および青色光照射用光源は、培地上面の光量子束が各単色光光源で10〜55μmol/m/secに照射できるのが好ましい。
緑色光は波長530±30nmにピークがあり、赤色光は波長650±40nmにピークがあり、青色光は波長450±30nmにピークがある光源であれば蛍光灯に限らず発光ダイオード(LED)、冷陰極管エレクトロイルミネッセンス(EL)、レーザー光など他の光源も使用できる。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る単色光の組み合せ照射による植物の生産方法を用いて、例えば緑色光を所定時間夜間に照射し、翌晩に赤色光を所定時間照射することを複数回繰り返すと、緑色光の照射によるジャスモン酸の発現誘導と赤色光の照射によるオーキシンの発現誘導が繰り返される結果、次のような作用が生じる。
ジャスモン酸の発現によりオーキシン生合成酵素(YUCCA)が増加し(非特許文献1)、またオーキシン生成によりジャスモン酸合成経路の受容体(JAZ1)が誘導される(非特許文献2)等、いわゆるクロストークにより成長抑制ホルモンのジャスモン酸は成長促進ホルモンのオーキシンと連携して常時反転できる体制を整えて恒常性を保とうとすることで積極的にオーキシンの誘導を促し果菜類の収量が増加する。
【0012】
また、緑色光照射と青色光照射を組み合せると、ジャスモン酸とサリチル酸とを交互に発現誘導させることで死物寄生菌と活性寄生菌の両者に耐性を有するようになり、サリチル酸の積極的な誘導により花成誘導が促進される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】組合せ単色光照射とイチゴ収量比の調査結果を示す。
図2】組合せ単色光照射とイチゴの開花数調査結果を示す。
図3】単色光の照射パターンの説明図を示す。
図4】イチゴの栽培における照射光とハダニ被害の関係の調査結果を示す。
図5】各単色光を照射したイチゴの葉のジャスモン酸含有量の分析結果を示す。
図6】各単色光照射したイチゴの葉のサリチル酸含有量の分析結果を示す。
図7】シロイヌナズナの各変異体の開花率推移を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明に係る植物の生産方法の説明の前に、各単色光を植物に照射することで発現する作用を実験にて確認したので説明する。
【0015】
昼間、自然光が当たるガラス温室内でイチゴを栽培し、夜間に暗条件下で緑色光,赤色光及び青色光の単色光をそれぞれ照射したものと、非照射のものを比較調査した。
<栽培条件>
各区にイチゴ、宝交早生10本の苗を定植した。
それぞれの区における単色光照射は、火,木,土の午前1時〜3時の夜間2時間、暗条件下で照射した。
各区の照射量は次のとおりとした。
緑色光照射区:20.3〜36.0μmol/m/s
赤色光照射区:11.3〜27.0μmol/m/s
青色光照射区:22.5〜67.0μmol/m/s
非照射区 :0μmol/m/s
なお、雲、雨天時のみ、ガラス温室内を白熱灯+電球型LEDにて補光を8:00〜20:00の12時間の範囲内で行った。
補光の強さは補光単独で120〜150μmol/m/sであった。
<ハダニの被害調査結果>
苗定植80日後にハダニの発生を確認した。
被害量を定量化するためにスコアを下記のとおり6段階に層別し、点数化した。
スコア0:変化なし。
スコア1:葉裏に黒点付着しているが黄変はない。
スコア2:葉裏に黄色のマダラ模様、葉表変化なし。
スコア3:葉裏全体が黄色いが葉表は変化なし。
スコア4:葉裏全体が黄色くなり、葉表に白点が進行している。
スコア5:葉に蜘蛛の巣は張った状態である。
完全展開した三枚葉の被害スコアから株毎の平均被害量を計算し、グラフにした結果を図4に示す。
この結果から緑色光照射区は他区に対して1%誤差水準、有意でハダニ被害が少なかった。
<ジャスモン酸含有量の調査結果>
ハダニ被害量の評価後、バロックフロアブルでハダニを駆除し、その2週間後に各区から完全展開した三つ葉で最も若い葉を選び約5g採取し、LC−MS/MSで分析した結果を図5のグラフに示す。
なお、ジャスモン酸含有量の分析は非特許文献6に記載の方法に準じて行った。
この結果、緑色光照射区が他区に対して1%有意でもってジャスモン酸の含有量が多くなっていた。
このことから、暗条件下での緑色光照射はジャスモン酸発現を誘導し、結果として虫害に対する防御能力が向上したと推定される。
ジャスモン酸はネクロトロフィックな病害に対しての防御誘導することも知られている。
<サリチル酸含有量の調査結果>
非特許文献6の記載に準じてLC−MS/MSにより分析したサリチル酸含有量を図6のグラフに示す。
グラフに示すとおり、青色光の照射区のサリチル酸含有量が赤色光照射区、緑色光照射区よりも有意に多くなっている。
サリチル酸の生成はバイオトロフィックな病害に対する全身獲得性抵抗(SAR)を誘導する他に、ジャスモン酸の生合成経路を阻害してジャスモン酸の作用を打ち消す拮抗作用を有する。
【0016】
次に、植物モデル、シロイヌナズナを用いて単色光の照射実験を行った。
実験に用いたシロイヌナズナは野生種(Col−0)、クリプトクロム1欠損変異体(cry1)、クリプトクロム2欠損変異体(cry2)、ジャスモン酸生合成酵素欠損変異体(jar1)の4種類である。
種子をガラス瓶内のMS培地上の播種し人工気象器で栽培し、発芽2週間後に100mlのポリポット内の土壌培地に移植し人工気象器に戻した。
土壌培地には、バーミキュライト:ピートモス:パーライト=1:1:1ものを用いた。
人工気象器は18時間日長(5:00〜21:00),6時間暗条件(21:00〜5:00),23℃,相対湿度70%の条件に設定し、緑色光照射区、青色光照射区、非照射区の3区画を設定した。
単色光の照射は火,木,日の週3回、暗条件時の間で1:00〜3:00の2時間とした。
照射量は培地上面で緑色光29μmol/m/s、青色光26μmol/m/sとした。
開花率の調査結果を図7に示す。
播種後38日目(DAS38)においてジャスモン酸生合成酵素欠損変異体(jar1)の開花が最も早く、次にクリプトクロム1欠損変異体(cry1)と野生種(col−0)が続き、クリプトクロム2欠損変異体(cry2)はまだ開花していなかった。
また、図示を省略したが緑色光照射区では開花が早く、青色光照射区、非照射区の2区画の間での開花には有意差がなかった。
このことからクリプトクロム2が光刺激を受けて開花が促進される。
また、ジャスモン酸発現がなければさらに開花が早まることが分かる。
また、クリプトクロム2を刺激しての開花促進とジャスモン酸発現の経路とは独立と考えられる。
なお、非特許文献3にはクリプトクロム2が開花促進の光受容体であることが記載されている。
【0017】
以上の予備的実験をふまえて、以下本発明に係る植物の生産方法である単色光の組合せ例について調査結果を説明する。
【0018】
<イチゴの栽培条件>
高さ1mの台上にロックウールまたはゼオライトを入れた長さ1m、幅20cmの培地をセットし、台の下においた液肥入りの水タンクからポンプで水を培地に噴霧し、余分な水はドレン回路でタンクに戻す循環型の水耕栽培でイチゴを栽培した。
液肥濃度はEC1.5±0.3で調整した。
照射用蛍光灯は培地斜め上40cmに設置した。
単色光の照射方法としては図3に示す。
(a)はG照射方法として週に3回、火,木,日の夜間、1:00〜3:00の2時間緑色光を照射し,昼間は自然光に当てた。
(b)はG−R照射方式として週3回、火,木,日の夜間1:00〜3:00の2時間緑色光を照射し、翌晩である月,水,金の夜間1:00〜3:00の2時間赤色光を照射した。
なお、昼間は自然光を当てた。
(c)はG−B照射方式として週3回、火,木,金の夜間1:00〜3:00の2時間緑色光を照射し、翌晩である月,水,金の夜間1:00〜3:00の2時間青色光を照射した。
なお、昼間は自然光を当てた。
また、比較にために夜間にいずれの単色光を照射しない非照射区を設けた。
各照射区の間には仕切りカーテンを設け、他区域の照射の影響を受けないようにした培地上面での単色光の照射強さは緑色光、赤色光、青色光ともに10〜55μmol/m/sであった。
イチゴ宝交早生の定植数は非照射区5本、単色光区にはそれぞれ10本とした。
栽培結果として図1にイチゴ収量、図2に開花数を示す。
図1は非照射区1.000に対する収量比を示し、ジャスモン酸発現後に翌晩にオーキシンを発現させるG−R方式は非照射区に対して約2倍、G照射方式に対しても約1.7の収量であった。
図2は苗数に対する開花数を示し、ジャスモン酸発現後に翌晩に青色光でサリチル酸を
発現させたG−B照射方式が最も開花が進んでいた。
G−B照射方式は図2の結果からG−R照射方式ほどに収量が増加していないものの、開花数が図1に示すとおり進んでいることから、花卉類の栽培や一般作物の栄養成長段階の病害防御手段として利用できる。
なお、非特許文献5にトマト苗で暗条件下、赤色光照射でフィトクロムが刺激されてオーキシンを誘導することが報告されている。
非特許文献7に花成誘導に必要な受容体であるクリプトクロム2は緑色光照射には安定だが太陽光内に豊富に存在する青色光の連続照射に対して不安定であり消去されると報告されている。
これらの非特許文献と上記実験結果から暗条件下での弱い単色光照射はクリプトクロムやフィトクロム等の光受容体を刺激し、信号伝達物質である植物ホルモンを誘導して植物の形態形成に影響を与えていることが分かる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7