【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業・総括実施型研究(ERATO) 浅野酵素活性分子プロジェクト
【文献】
Baliospermum montanum bmhnl mRNA for (S)-hydroxynitrile lyase, complete cds.,2011年12月27日,URL,https://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/AB505969
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
さらに、上記変異型ヒドロキシニトリルリアーゼ(1)において、配列番号2、配列番号4または配列番号6のアミノ酸配列における第103番目のヒスチジンが、システインで置換されている請求項1に記載の変異型ヒドロキシニトリルリアーゼ。
【背景技術】
【0002】
ヒドロキシニトリルリアーゼは、シアニドドナーの存在下、カルボニル化合物をシアノヒドリン(α−ヒドロキシニトリル)に変換する反応を触媒する酵素である。シアノヒドリンは、α−ヒドロキシ酸、α−ヒドロキシケトン、β−アミノアルコールなど様々な化合物に変換できることから、医薬分野や化学品分野などにおける中間体として重要である。従って、ヒドロキシニトリルリアーゼを大量に生産する方法の開発が望まれている。
【0003】
ヒドロキシニトリルリアーゼは、(S)−選択性および(R)−選択性の2つのグループに分けられる。その中で(S)−ヒドロキシニトリルリアーゼは、酸性条件下においてケトンまたはアルデヒドとシアン化合物から(S)−シアノヒドリンを生成する反応を触媒する。この反応の代表例として、ベンズアルデヒドとシアン化合物である青酸から、(S)−マンデロニトリルを生成する反応がある。また、(S)−ヒドロキシニトリルリアーゼは、安価な基質から医薬および化成品中間体として利用価値の高い光学活性体を生産することのできる生体触媒としても使用されており、多くの分野において極めて有用である。
【0004】
光学活性シアノヒドリンの工業的生産にヒドロキシニトリルリアーゼを利用するために、菌体あたりまたはタンパク質あたりの活性が高く立体選択性の高いヒドロキシニトリルリアーゼを大量に生産する方法の開発が望まれている。
【0005】
ヒドロキシニトリルリアーゼは、シアン配糖体を有する植物においてのみ存在することが知られている。例えば、(R)−ヒドロキシニトリルリアーゼとしてアーモンド(Prunus amygdalus)などのバラ科植物由来のものなどが知られている。また、(S)−ヒドロキシニトリルリアーゼとして、モロコシ(Sorghum bicolor)などのイネ科植物由来のものや、キャッサバ(Manihot esculenta)、パラゴムノキ(Hevea brasiliensis)、バリオスペルマム(Baliospermum)などのトウダイグサ科植物由来のモノが知られている。しかし、これらの植物体からは微量のヒドロキシニトリルリアーゼしか抽出することができなかった。
【0006】
そこで、ヒドロキシニトリルリアーゼを大量に得るために、遺伝子工学的な方法でヒドロキシニトリルリアーゼを得る試みがなされてきた(特許文献1〜9)。しかしながら、形質転換体を用いて異種タンパク質を発現させる場合には、同種タンパク質についての研究によって得た発現量や生化学的活性などの結果をそのままあてはめることができない場合がある。即ち、形質転換体を用いて異種タンパク質を発現させる場合には、形質転換体の挙動や発現量、目的タンパク質の生化学的活性などを予め予測することは容易ではない。
【0007】
また、発現させようとするタンパク質の種類によっては、形質転換体宿主内で正常なタンパク質の折りたたみが行われず、いわゆる封入体が形成されてしまうことがあり、この封入体中のタンパク質は本来の活性が失われた不活性型タンパク質となることが多く知られている。ヒドロキシニトリルリアーゼにおいても、例えば、大腸菌形質転換体から得られたヒドロキシニトリルリアーゼのほとんどは、不活性な封入体の形で不溶性画分中に見出されることが報告されている(特許文献1)。特に(S)−ヒドロキシニトリルリアーゼは大腸菌での発現が非常に困難であることが知られている。
【0008】
これらの問題点を解決する手段として、例えば、ヒドロキシニトリルリアーゼを発現する大腸菌形質転換体を低温で培養することにより、封入体の形成を抑制して、活性型ヒドロキシニトリルリアーゼの収率を向上させようとする技術がある(特許文献8)。しかしながら、この技術では培養時間が長時間に及ぶ上、低温を維持するために多量の電力や冷却水などを使用しなければならないという問題点がある。ヒドロキシニトリルリアーゼの工業的製造を考えた場合、これらの問題点は、大幅な製造コストアップの要因となる。
【0009】
ところで、近年の組換えDNA技術の進歩により、タンパク質のアミノ酸配列に変異を付与して変異体を作製することが比較的容易になっている。これら変異体は、変異の個所や置換されるアミノ酸の種類によっては、変異の導入されていない酵素と比較して、安定性、有機溶媒耐性、耐熱性、耐酸性、耐アルカリ性、基質特異性、基質親和性などの性能が向上することが知られている。これら性能の向上は、酵素反応を利用した工業的生産における生産コストの大幅な低減をもたらすことがある。従って、多くの酵素において様々な性能が向上した有用な改良酵素の創製が行われている。
【0010】
ヒドロキシニトリルリアーゼにおいても変異体の報告がなされている。例えば、ヒドロキシニトリルリアーゼに変異を付与して、芳香族アルデヒド、特に3−フェノキシベンズアルデヒドに対する親和性を向上したことが報告されているが(特許文献9,非特許文献1)、ヒドロキシニトリルリアーゼ製造収率の大幅な向上には至っていない。
【0011】
また、128番目のトリプトファンを他のアミノ酸に置換した変異体および81番目のシステインをアラニンに置換した変異体を発現するM15株形質転換体のいくつかは、細胞あたりのヒドロキシニトリルリアーゼ活性が、野生型ヒドロキシニトリルリアーゼを発現するM15株形質転換体あたりのヒドロキシニトリルリアーゼ活性よりも高いことが報告されている(特許文献6)。しかしながら、同文献中、野生型ヒドロキシニトリルリアーゼを発現するM15株形質転換体のヒドロキシニトリルリアーゼ活性は、同培養条件によって得られた野生型ヒドロキシニトリルリアーゼを発現するJM109株形質転換体のものの1/2程度である。
【0012】
また、中国産キャッサバ亜種由来ヒドロキシニトリルリアーゼにおける113番目のアミノ酸であるグリシンをセリンに置換した変異型ヒドロキシニトリルリアーゼの比活性が向上したことが報告されている(非特許文献2)。しかし、一般的なキャッサバ由来ヒドロキシニトリルリアーゼの113番目のアミノ酸はセリンであり、当該アミノ酸がヒドロキシニトリルリアーゼ活性に重要であることを示しているに過ぎない。
【0013】
また、最近ではキャッサバやパラキノゴム由来のヒドロキシニトリルリアーゼにおいて103番目のヒスチジンや配列中の3つのリジン、N末端から2番目のアミノ酸の変異により形質転換体あたりのヒドロキシニトリルリアーゼ活性を向上させることが報告されている(非特許文献3,特許文献10)。また103番目のヒスチジンは、キャッサバ(Manihot esculenta)やパラゴムノキ(Hevea brasiliensis)、バリオスペルマム(Baliospermum montanum)などのトウダイグサ科植物由来のヒドロキシニトリルリアーゼに保存されていることから、パラキノゴムニキやバリオスペルマムにおいても同様の効果が期待される。しかし、実際はバリオスペルマム由来ヒドロキシニトリルリアーゼにおいて103番目のヒスチジンの変異によって十分な活性は得られない。バリオスペルマム由来ヒドロキシニトリルリアーゼについては、pColdベクターを用い大腸菌内での発現に成功しているが(非特許文献3,特許文献10)、この発現系では低温での発現が必須である。また、基質特異性やアミノ酸配列の違いから産業においてキャッサバやパラギノゴム由来のヒドロキシニトリルリアーゼとは異なる有用性があると期待されており、大腸菌によりこのヒドロキシニトリルリアーゼ活性を大量に得ることは重要である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、先ず、本発明に係る変異型ヒドロキシニトリルリアーゼについて説明する。
【0028】
<変異型ヒドロキシニトリルリアーゼ>
本発明に係る変異型ヒドロキシニトリルリアーゼは、上記(1)〜(3)の何れかのものである。
【0029】
上記変異型ヒドロキシニトリルリアーゼ(1)において、「配列番号2、配列番号4および配列番号6のアミノ酸配列」は、それぞれ、キャッサバ(Manihot esculenta)、パラゴムノキ(Hevea brasiliensis)、およびバリオスペルマム(Baliosperumum montanum)由来の野生型ヒドロキシニトリルリアーゼのアミノ酸配列である。これら野生型ヒドロキシニトリルリアーゼは、当然にヒドロキシニトリルリアーゼ活性を有するが、より優れた活性を有する酵素が望まれている。また、バリオスペルマムに限らず、少なくともトウダイグサ科植物由来のヒドロキシニトリルリアーゼは、異種発現が難しい。それに対して上記変異型ヒドロキシニトリルリアーゼ(1)は大腸菌などを用いた異種発現が可能である。
【0030】
本発明において「ヒドロキシニトリルリアーゼ活性」とは、シアン化合物とケトン化合物またはアルデヒド化合物からシアノヒドリンを生成する反応を触媒する活性(以下、「合成活性」と呼ぶ)と、その逆反応を触媒する活性(以下、「分解活性」と呼ぶ)のいずれをも意味する。本発明においては、例えば、合成活性は、ベンズアルデヒドからのマンデロニトリルの生成量を測定することにより算出することができる。マンデロニトリルの生成量は、例えばHPLCで定量することができる。また、分解活性は、基質であるマンデロニトリルからのベンズアルデヒドの生成量を測定することにより算出することができる。ベンズアルデヒドの生成量は、例えば、クエン酸ナトリウム緩衝液に、ヒドロキシニトリルリアーゼとラセミ体マンデロニトリルを添加したときの波長280nmにおける吸光値の増加を計測することで定量することができる。
【0031】
なお、本発明の変異型ヒドロキシニトリルリアーゼとしては、(S)−ヒドロキシニトリル基質特異的であるものが好ましい。この場合の活性は、キラルカラムなどを用いて(S)−マンデロニトリルを定量することが好ましい。
【0032】
本発明に係る変異型ヒドロキシニトリルリアーゼには、野生型ヒドロキシニトリルリアーゼに比べて、例えば、タンパク質あたりの比活性自体の向上、活性型コンフォメーション形成能の向上、形質転換体中、特に形質転換体の菌体破砕物の可溶性画分における発現量増加などが見られる。従って、本発明には、野生型ヒドロキシニトリルリアーゼへの変異導入によって、形質転換体あたりの活性が向上したヒドロキシニトリルリアーゼ、タンパク質あたりの比活性自体の向上したヒドロキシニトリルリアーゼ、活性型コンフォメーション形成能が向上したヒドロキシニトリルリアーゼ、または形質転換体あたりの発現量が向上したヒドロキシニトリルリアーゼなどが含まれる。
【0033】
本発明において「形質転換体あたりの活性」とは、形質転換体から得られる酵素溶液中のタンパク質量あたりのヒドロキシニトリルリアーゼの活性などを意味する。ヒドロキシニトリルリアーゼ活性は、酵素液中のタンパク質量などの酵素溶液などの単位溶液量あたりのヒドロキシニトリルリアーゼ活性や比活性を意味する。
【0034】
本明細書において「比活性」は、単位タンパク質量あたりのヒドロキシニトリルリアーゼ活性を意味する。
【0035】
本発明に係る上記変異型ヒドロキシニトリルリアーゼ(1)は、配列番号2のアミノ酸配列における第157番目のアスパラギン、または、配列番号4もしくは配列番号6のアミノ酸配列における第156番目のアスパラギンが、グリシン、アラニン、アスパラギン酸またはアルギニンで置換されたアミノ酸配列を有する。上記第157番目または第156番目のアスパラギンを上記の特定アミノ酸に置換して得られるタンパク質は、実施例で示される通り、配列番号2、配列番号4または配列番号6に示されるアミノ酸配列を有する野生型ヒドロキシニトリルリアーゼと比較してヒドロキシニトリルリアーゼ活性が高い。上記ヒドロキシニトリルリアーゼ(1)の各アミノ酸は、L体であることが好ましい。
【0036】
本発明において酵素が「(特定の)アミノ酸配列を有する」とは、その酵素のアミノ酸配列が特定されたアミノ酸配列を含んでいればよく、且つ、その酵素の機能が維持されていることを意味する。その酵素において特定されたアミノ酸配列以外の配列としては、ヒスチジンタグや固定化のためのリンカー配列の他、ジスルフィド結合などの架橋構造などが挙げられる。
【0037】
上記変異型ヒドロキシニトリルリアーゼ(1)としては、さらに、配列番号2、配列番号4または配列番号6のアミノ酸配列における第103番目のヒスチジンがシステインで置換されているものが好ましい。かかる変異を有する変異型ヒドロキシニトリルリアーゼは、ヒドロキシニトリルリアーゼ活性がさらに向上し、また、活性型コンフォメーションを維持したまま異種発現により製造できるなど製造効率の高いものである。
【0038】
本発明の上記変異型ヒドロキシニトリルリアーゼ(2)において、「上記第157番目または第156番目のアミノ酸を除く領域」とは、それぞれ、上記配列番号2のアミノ酸配列中、第1〜156番目および第158番目以降の領域をいい、配列番号4または配列番号6のアミノ酸配列中、第1〜155番目および第157番目以降の領域をいう。
【0039】
また、「1または数個のアミノ酸が欠損、置換および/または付加されたアミノ酸配列」における「1から数個」の範囲は、欠失等を有するヒドロキシニトリルリアーゼが、ヒドロキシニトリルリアーゼを有する野生型ヒドロキシニトリルリアーゼと同等またはより優れるヒドロキシニトリルリアーゼ活性を有する限り特に限定されるものではない。前記「1から数個」の範囲は、例えば1個以上、30個以下とすることができ、好ましくは1個以上、20個以下、より好ましくは1個以上、10個以下、さらに好ましくは1個以上、7個以下、一層好ましくは1個以上、5個以下、特に好ましくは1個以上、3個以下、1個以上、2個以下、1個程度であることができる。
【0040】
本発明の上記変異型ヒドロキシニトリルリアーゼ(3)において、「上記(1)に規定されるアミノ酸配列に対して少なくとも99.2%の配列同一性を有するアミノ酸配列」における「配列同一性」は、当該アミノ酸配列の同一性を有する変異型ヒドロキシニトリルリアーゼが、上記配列番号2、配列番号4または配列番号6のアミノ酸配列を有する野生型ヒドロキシニトリルリアーゼと同等またはより高いヒドロキシニトリルリアーゼ活性を有する酵素である限り、特に限定されない。前記アミノ酸配列の配列同一性は99.2%以上であれば特に限定されないが、好ましくは99.5%以上または99.7%以上であり、より好ましくは99.8%以上であり、さらに好ましく99.9%以上である。本発明において「配列同一性」という語は、2以上のアミノ酸配列の互いに対するアミノ酸の同一性の程度を指す。従って、ある二つのアミノ酸配列の同一性が高い程、それらの配列の同一性ないし類似性は高い。2種類のアミノ酸配列が同一性を有するか否かは、配列の直接の比較によって解析することが可能であり、具体的には、市販の配列解析ソフトウェア等を用いて解析することができる。
【0041】
さらに、本発明において、「但し、当該変異型ヒドロキシニトリルリアーゼのアミノ酸配列において上記第157番目または第156番目のアミノ酸配列に対応するアミノ酸は変異しないものとする」における「変異」とは、具体的にはアミノ酸の欠失または置換を意味する。つまり、上記変異型ヒドロキシニトリルリアーゼ(3)のアミノ酸配列において、配列同一性の判断の基準となる上記変異型ヒドロキシニトリルリアーゼ(1)のアミノ酸配列における上記第157番目または第156番目のアミノ酸に対応するアミノ酸が、上記変異型ヒドロキシニトリルリアーゼ(1)アミノ酸配列における上記第157番目または第156番目のアミノ酸と同一であることを意味する。
【0042】
上記変異型ヒドロキシニトリルリアーゼ(2)および(3)のアミノ酸配列において、配列同一性の判断の基準となる上記変異型ヒドロキシニトリルリアーゼ(1)のアミノ酸配列における上記第157番目または第156番目のアミノ酸に対応するアミノ酸は、上述した配列同一性ないし相同性の解析により調べることができる。具体的には、市販の配列解析ソフトウェア等を用いて、上記配列番号2、配列番号4または配列番号6に示されるアミノ酸配列または上記変異型ヒドロキシニトリルリアーゼ(1)のアミノ酸配列に対して解析対象のアミノ酸配列のアライメント解析を行えば、上記第157番目または第156番目のアミノ酸に対応するアミノ酸を検索することが可能である。このようなアライメント解析の手法は当業者に広く知られている。
【0043】
上記変異型ヒドロキシニトリルリアーゼ(2)および(3)のアミノ酸配列において、「上記配列番号2、配列番号4または配列番号6に示されるアミノ酸配列を有する野生型ヒドロキシニトリルリアーゼと比較してヒドロキシニトリルリアーゼ活性が維持されているか或いは高い」とは、対象となるタンパク質のヒドロキシニトリルリアーゼ活性が、上記配列番号2、配列番号4または配列番号6に示されるアミノ酸配列を有する野生型ヒドロキシニトリルリアーゼと比較して相対的に高いことをいう。具体的には、比較すべき2以上の酵素について同一条件で上記の合成反応または分解反応を行い、生成物量を比較し、上記変異型ヒドロキシニトリルリアーゼ(2)および(3)のアミノ酸配列を有する酵素の活性が上記野生型酵素に比べて高ければよい。
【0044】
上記変異型ヒドロキシニトリルリアーゼ(1)において配列番号2、配列番号4または配列番号6のアミノ酸配列における第103番目のヒスチジンがシステインで置換されている場合には、かかる変異は、上記変異型ヒドロキシニトリルリアーゼ(2)および(3)においても維持されている、即ち、当該第103番目のシステインはそれ以上変異しないものとする。
【0045】
<変異型ヒドロキシニトリルリアーゼ遺伝子>
本発明に係る変異型ヒドロキシニトリルリアーゼ遺伝子は、上記塩基配列(4)〜(6)の何れかを有するものであり、上記変異型ヒドロキシニトリルリアーゼ(1)〜(3)の何れかをコードするものである。なお、本発明に係る変異型ヒドロキシニトリルリアーゼ遺伝子を規定する文言の定義などは、本発明に係る変異型ヒドロキシニトリルリアーゼ(1)〜(3)を規定する文言の定義などを準用するものとする。
【0046】
本発明の上記変異型ヒドロキシニトリルリアーゼは、野生型ヒドロキシニトリルリアーゼに変異を導入することによって改良したものあり、そのもととなる野生型ヒドロキシニトリルリアーゼの由来は特に限定されるものではないが、例えば植物由来のものが好ましい。ここで「野生型ヒドロキシニトリルリアーゼ」とは、自然界の生物、例えば植物より分離されうるヒドロキシニトリルリアーゼを指し、当該酵素を構成するアミノ酸配列において、意図的または非意図的なアミノ酸の欠失や、他のアミノ酸の挿入や置換がなく、天然由来の特性を保持したままのヒドロキシニトリルリアーゼを意味する。野生型ヒドロキシニトリルリアーゼとしては、(S)−ヒドロキシニトリルリアーゼと(R)−ヒドロキシニトリルリアーゼがあるが、本発明においては(S)−ヒドロキシニトリルリアーゼが好ましい。由来植物としては、例えばキャッサバ(Manihot esculenta)、パラゴムノキ(Hevea brasiliensis)、バリオスペルマム(Baliosperumum montanum)などのトウダイグサ科植物が挙げられる。例えば、キャッサバ由来の野生型ヒドロキシニトリルリアーゼのアミノ酸配列はGenBank/EMBL accession number Z29091に公開されており、配列番号2で表される。また、パラゴムノキ由来の野生型ヒドロキシニトリルリアーゼのアミノ酸配列はGenBank/EMBL accession number U40402に公開されており、配列番号4で表される。バリオスペルマム由来の野生型ヒドロキシニトリルリアーゼのアミノ酸配列はGenBank/EMBL accession number BAI50630に公開されており、配列番号6で表される。
【0047】
本発明に係る変異型ヒドロキシニトリルリアーゼ遺伝子の塩基配列は、上記変異型ヒドロキシニトリルリアーゼ(1)〜(3)のアミノ酸配列をコードするものとしてデザインすることができる。具体的には、例えば、上記変異型ヒドロキシニトリルリアーゼ(1)〜(3)の変異を発現する遺伝子であって、且つ野生型ヒドロキシニトリルリアーゼをコードする核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列をデザインし、その発現酵素が野生型ヒドロキシニトリルリアーゼよりも優れた活性を有するものをスクリーニングすればよい。野生型ヒドロキシニトリルリアーゼをコードする核酸としては、例えば、配列番号1、3および5の塩基配列を有する核酸を挙げることができる。
【0048】
本発明の変異型ヒドロキシニトリルリアーゼ遺伝子は、例えば、配列番号7または配列番号9の塩基配列を有する変異型ヒドロキシニトリルリアーゼ遺伝子DNAもしくはその相補配列、またはこれらの断片をプローブとして、コロニーハイブリダイゼーション、サザンブロット等の公知のハイブリダイゼーション法により、cDNAライブラリーおよびゲノムライブラリーから得ることができる。ライブラリーは、公知の方法で作製されたものを利用することも、市販のcDNAライブラリーおよびゲノムライブラリーを利用することも可能である。
【0049】
本発明において「ストリンジェントな条件」とは、ハイブリダイゼーション後の洗浄時の条件であって塩濃度が300mM以上、2000mM以下、温度が40℃以上、75℃以下、好ましくは塩濃度が600mM以上、900mM以下、温度が65℃の条件を意味する。例えば、2×SSCで50℃等の条件を挙げることができる。当業者であれば、このようなバッファーの塩濃度や温度などの条件に加えて、その他のプローブ濃度、プローブの長さ、反応時間等の諸条件を加味し、本発明の変異型ヒドロキシニトリルリアーゼをコードする遺伝子を得るための条件を設定することができる。
【0050】
ハイブリダイゼーション法の詳細な手順については、「Molecular Cloning,A Laboratory Manual 2nd ed.」Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989)等を参照することができる。ハイブリダイズする核酸としては、例えば、配列番号7または配列番号9の塩基配列に対して少なくとも99.2%以上の同一性を有する塩基配列を含む核酸またはその部分断片が挙げられる。当該相同性としては、好ましくは99.5%以上または99.7%以上であり、より好ましくは99.8%以上であり、さらに好ましく99.9%以上である。
【0051】
本発明において、変異型ヒドロキシニトリルリアーゼ遺伝子の調製を行う方法は特に制限されず、通常は、公知の方法で行なうことができる。例えば、野生型ヒドロキシニトリルリアーゼ遺伝子を基に、市販のキットを利用して部位特異的な置換を生じさせる方法や、遺伝子DNAを選択的に開裂し、次いで選択されたオリゴヌクレオチドを除去・付加し連結する方法等が挙げられる。
【0052】
これらの部位特異的変異誘発法は「Molecular Cloning,A Laboratory Manual 2nd ed.」Cold Spring Harbor Press(1989)、「Current Protocols in Molecular Biology」John Wiley & Sons(1987−1997)、Kunkel,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,82,pp.488−92(1985)、Kramer and Fritz Method.Enzymol.,154,pp.350−67(1987)、Kunkel,Method.Enzymol.,85,pp.2763−6(1988)等に記載されている。近年では、Kunkel法やGapped duplex法を基にした部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット、例えばQuikChangeTM Site−Directed Mutagenesis Kit(ストラタジーン社製)、GeneTailorTM Site−Directed Mutagenesis System(インビトロジェン社製)、TaKaRa Site−Directed Mutagenesis System(Mutan−K、Mutan−Super Express Km等:タカラバイオ社製)等を用いて行うことができる。
【0053】
また、目的とする変異導入箇所が、対象遺伝子配列において消化・連結が容易な制限酵素部位の近隣に存在する場合、目的変異を導入したプライマー(合成オリゴDNA)を用いてPCRを行うことで、目的変異が導入された遺伝子DNA断片を容易に得ることができる。さらには、合成オリゴDNAを組み合わせたPCR法(assembly PCR)で伸長させて合成遺伝子として得ることもできる。
【0054】
また、ハイドロキシルアミンや亜硝酸等の変異源となる薬剤を接触・作用させる方法、紫外線照射により変異を誘発する方法、PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)を用いてランダムに変異を導入する方法などのランダムな変異導入法によっても、野生型ヒドロキシニトリルリアーゼ遺伝子から変異型ヒドロキシニトリルリアーゼ遺伝子を得ることができる。
【0055】
上記の方法によって得た本発明の変異型ヒドロキシニトリルリアーゼ遺伝子を宿主で発現させるために、遺伝子の上流に転写プロモーターを、下流にターミネーターを挿入して発現カセットを構築し、このカセットを発現ベクターに挿入することができる。或いは、当該改良型ヒドロキシニトリルリアーゼ遺伝子を導入する発現ベクターに転写プロモーターとターミネーターがすでに存在する場合には、発現カセットを構築することなく、ベクター中のプロモーターとターミネーターを利用してその間に当該変異遺伝子を挿入すればよい。ベクターに当該改良型ヒドロキシニトリルリアーゼ遺伝子を挿入するには、制限酵素を用いる方法、トポイソメラーゼを用いる方法等を利用する。また、挿入の際に必要であれば、適当なリンカーを付加してもよい。なお、本発明においては、このような組み込み操作を、変異型ヒドロキシニトリルリアーゼ遺伝子の調製操作と兼ねて行うこともできる。即ち、他のアミノ酸をコードする塩基配列に置換した塩基配列を有するプライマーを用い、野生型ヒドロキシニトリルリアーゼ遺伝子がクローニングされた組換えベクターを鋳型としてPCRを行い、得られた増幅産物をベクターに組み込むことができる。
【0056】
プロモーターの種類は宿主において適切な発現を可能にするものであれば特に限定されるものではないが、例えば、大腸菌由来のトリプトファンオペロンのtrpプロモーター、ラクトースオペロンのlacプロモーター、ラムダファージ由来のPLプロモーターおよびPRプロモーターや、枯草菌由来のグルコン酸合成酵素プロモーター(gnt)、アルカリプロテアーゼプロモーター(apr)、中性プロテアーゼプロモーター(npr)、α−アミラーゼプロモーター(amy)等が挙げられる。また、tacプロモーター、trcプロモーターのように改変、設計された配列も利用できる。
【0057】
ターミネーターは必ずしも必要ではなく、その種類も特段限定されるものではなく、例えばρ因子非依存性のもの、例えばリポプロテインターミネーター、trpオペロンターミネーター、rrnBターミネーター等が挙げられる。
【0058】
また、アミノ酸への翻訳にとって重要な塩基配列として、SD配列やKozak配列などのリボソーム結合配列が知られており、これらの配列を変異遺伝子の上流に挿入することもできる。原核生物を宿主に用いるときにはSD配列を、真核細胞を宿主に用いるときにはKozak配列をPCR法などにより付加してもよい。SD配列としては、大腸菌由来または枯草菌由来の配列などが挙げられるが、大腸菌や枯草菌等の所望の宿主内で機能する配列であれば特に限定されるものではない。たとえば、16SリボゾームRNAの3’末端領域に相補的な配列が4塩基以上連続したコンセンサス配列をDNA合成により作製して利用してもよい。
【0059】
一般に、ベクターには目的とする形質転換体を選別するための因子(選択マーカー)が含まれる。選択マーカーとしては、薬剤耐性遺伝子や栄養要求性相補遺伝子、資化性付与遺伝子などが挙げられ、目的や宿主に応じて選択されうる。例えば大腸菌で選択マーカーとして用いられる薬剤耐性遺伝子としては、アンピシリン耐性遺伝子、カナマイシン遺伝子、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子等が挙げられる。
【0060】
本発明において使用されるベクターは、上記の変異遺伝子を保持するものであれば特に限定されず、それぞれの宿主に適したベクターを使用することができる。ベクターとしては、例えば、プラスミドDNA、バクテリオファージDNA、レトロトランスポゾンDNA、人工染色体DNAなどが挙げられる。例えば、大腸菌を宿主とする場合には、大腸菌中での自律複製可能な領域を有しているpTrc99A(Centraalbureau voor Schimmelcultures(CBS)、オランダ;http://www.cbs.knaw.nl/)、pUC19(タカラバイオ、日本)、pKK233−2(Centraalbureau voor Schimmelcultures(CBS)、オランダ;http://www.cbs.knaw.nl/)、pET−12(Novagen社、ドイツ)、pET−26b(Novagen社、ドイツ)などを用いることができる。また、必要に応じてこれらベクターを改変したものも用いることができる。また、発現効率の高い発現ベクター、例えばtrcプロモーター、lacオペレーターを有する発現ベクターpTrc99AまたはpKK233−2などを用いることもできる。
【0061】
上記の改良型ヒドロキシニトリルリアーゼ遺伝子を含む組換えベクターは、本発明の範囲に含まれる。
【0062】
<形質転換体>
本発明の組換えベクターを宿主に形質転換または形質導入することで、形質転換体を作製することができる。当該形質転換体も本発明の範囲に含まれる。
【0063】
本発明において使用する宿主は、上記組換えベクターが導入された後、目的の変異型ヒドロキシニトリルリアーゼを発現することができる限り特に限定されるものではない。宿主としては、例えば大腸菌、枯草菌などの細菌;酵母(Pichia、Saccharomyces)やカビ(Aspergillus)などの真菌;動物細胞;昆虫細胞;植物細胞などが挙げられる。
【0064】
細菌を宿主とする場合、本発明においては、特に大腸菌を好ましい宿主として用いることができる。大腸菌としては、例えば、大腸菌K12株やB株、あるいはそれら野生株由来の派生株であるJM109株、XL1−Blue株、C600株などを挙げることができる。特に、上述したようなラクトースオペロンのlacプロモーターおよびその派生プロモーターを発現プロモーターとして用いる場合、lacIレプレッサー遺伝子を有する宿主を用いれば発現が誘導型となり(IPTG等で誘導)、lacIレプレッサー遺伝子を有しない宿主を用いれば発現は構成型となるので、必要に応じた宿主を利用することができる。これら菌株は、例えば、アメリカン・タイプカルチャー・コレクション(ATCC)などから容易に入手可能である。枯草菌としては、例えば、バチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)などが挙げられる。細菌への組換えベクターの導入方法としては、細菌にDNAを導入する方法であれば特に限定されるものではない。例えば、カルシウムイオンを用いる方法、エレクトロポレーション法等が挙げられる。
【0065】
酵母を宿主とする場合は、例えばサッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、シゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)、ピキア・パストリス(Pichia pastoris)等が用いられる。酵母への組換えベクターの導入方法としては、酵母にDNAを導入する方法であれば特に限定されず、例えばエレクトロポレーション法、スフェロプラスト法、酢酸リチウム法等が挙げられる。
【0066】
動物細胞を宿主とする場合は、サル細胞COS−7、Vero、CHO細胞、マウスL細胞、ラットGH3、ヒトFL細胞等が用いられる。動物細胞への組換えベクターの導入方法としては、例えばエレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法等が挙げられる。
【0067】
昆虫細胞を宿主とする場合は、Sf9細胞、Sf21細胞等が用いられる。昆虫細胞への組換えベクターの導入方法としては、例えばリン酸カルシウム法、リポフェクション法、エレクトロポレーション法等が用いられる。
【0068】
植物細胞を宿主とする場合は、タバコBY−2細胞等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。植物細胞への組換えベクターの導入方法としては、例えばアグロバクテリウム法、パーティクルガン法、PEG法、エレクトロポレーション法等が用いられる。
【0069】
<変異型ヒドロキシニトリルリアーゼの製造方法>
本発明の変異型ヒドロキシニトリルリアーゼは、上記形質転換体を培養し、得られる培養物から精製することにより製造することができる。
【0070】
本発明において「培養物」とは、培養上清、培養細胞、培養菌体、または細胞もしくは菌体の破砕物のいずれをも意味するものである。本発明の形質転換体を培養して得られる培養物は、本発明の範囲に含まれる。
【0071】
本発明の形質転換体の培養は、宿主の培養に用いられる通常の方法に従って行われる。目的の変異型ヒドロキシニトリルリアーゼは、上記培養物中に蓄積される。
【0072】
本発明の形質転換体を培養する培地は、宿主が資化し得る炭素源、窒素源、無機塩類などを含有し、形質転換体の培養を効率的に行うことができる培地であれば、天然培地、合成培地のいずれを用いてもよい。炭素源としては、グルコース、ガラクトース、フラクトース、スクロース、ラフィノース、デンプン等の炭水化物;酢酸、プロピオン酸等の有機酸;エタノール、プロパノール等のアルコール類が挙げられる。窒素源としては、アンモニア、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、酢酸アンモニウム、リン酸アンモニウム等の無機酸若しくは有機酸のアンモニウム塩またはその他の含窒素化合物が挙げられる。その他、ペプトン、酵母エキス、肉エキス、コーンスティープリカー、各種アミノ酸等を用いてもよい。無機物としては、リン酸第一カリウム、リン酸第二カリウム、リン酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、硫酸マンガン、硫酸亜鉛、硫酸銅、炭酸カルシウム等が挙げられる。また、必要に応じ、培養中の発泡を防ぐために消泡剤を添加してもよい。また、ビタミン等を必要に応じて適宜添加してもよい。培養中は必要に応じてアンピシリンやテトラサイクリン等の抗生物質を培地に添加してもよい。
【0073】
培養中、ベクターおよび目的遺伝子の脱落を防ぐために選択圧を掛けた状態で培養してもよい。即ち、選択マーカーが薬剤耐性遺伝子である場合に相当する薬剤を培地に添加してもよく、選択マーカーが栄養要求性相補遺伝子である場合に相当する栄養因子を培地から除いてもよい。また、選択マーカーが資化性付与遺伝子である場合は、相当する資化因子を必要に応じて唯一因子として添加することができる。例えば、アンピシリン耐性遺伝子を含むベクターで形質転換した大腸菌を培養する場合、培養中に、必要に応じてアンピシリンを培地に添加してもよい。
【0074】
プロモーターとして誘導性のプロモーターを用いた発現ベクターで形質転換した形質転換体を培養する場合は、必要に応じてインデューサーを培地に添加してもよい。例えば、イソプロピル−β−D−チオガラクトシド(IPTG)で誘導可能なプロモーターを有する発現ベクターで形質転換した形質転換体を培養するときには、IPTG等を培地に添加することができる。また、インドール酢酸(IAA)で誘導可能なtrpプロモーターを用いた発現ベクターで形質転換した形質転換体を培養するときには、LAA等を培地に添加することができる。
【0075】
形質転換体の培養条件は、目的の改良型ヒドロキシニトリルリアーゼの生産性および宿主の生育が妨げられない条件であれば特段限定されるものではないが、通常、培養温度は10℃以上、45℃以下、好ましくは10℃以上、40℃以下、さらに好ましくは15℃以上、40℃以下、さらにより好ましくは20℃以上、37℃以下で行い、必要に応じて、培養中に温度を変更してもよい。培養時間は5時間以上、120時間以下程度とすることができ、好ましくは5時間以上、100時間以下、さらに好ましくは10時間以上、100時間以下、さらにより好ましくは15時間以上、80時間以下程度行う。pHの調整は、無機または有機酸、アルカリ溶液等を用いて行い、大腸菌であれば6以上、9以下に調整する。培養方法としては、固体培養、静置培養、振盪培養、通気攪拌培養などが挙げられる。
【0076】
特に大腸菌形質転換体を培養する場合には、振盪培養または通気攪拌培養(ジャーファーメンター)により好気的条件下で培養することが好ましい。特に大腸菌形質転換体を培養するには、通常の固体培養法で培養してもよいが、可能な限り液体培養法を採用して培養するのが好ましい。培養に用いる培地としては、例えば、酵母エキス、トリプトン、ポリペプトン、コーンスティープリカー、大豆もしくは小麦ふすまの浸出液等の1種以上の窒素源に、塩化ナトリウム、リン酸第一カリウム、リン酸第二カリウム、硫酸マグネシウム、塩化マグネシウム、塩化第二鉄、硫酸第二鉄若しくは硫酸マンガン等の無機塩類の1種以上を添加し、更に必要により糖質原料、ビタミン等を適宜添加したものが用いられる。なお、培地の初発pHは7以上、9以下に調整するのが適当である。また、培養は、5℃以上、40℃以下、好ましくは10℃以上、37℃以下で5時間以上、100時間以下行う。通気攪拌深部培養、振盪培養、静置培養、流加培養等により実施するのが好ましい。
【0077】
本発明に係る変異型ヒドロキシニトリルリアーゼは、上記培養物から精製されるが、その精製度合いは特に制限されない。例えば、上記培養物をホモジェナイズし、濾過や遠心分離などにより不溶物を除去した溶液をそのまま用いてもよいし、さらに、カラムクロマトグラフィなどにより精製して、粗酵素液や酵素液を得てもよい。
【0078】
<酵素反応>
ヒドロキシニトリルリアーゼは、シアニドドナー存在下でアルデヒドやケトンをシアノヒドリンに変換する反応を触媒し、また、その逆反応であるシアノヒドリンの分解反応を触媒する酵素である。
【0079】
本発明では、ヒドロキシニトリルリアーゼ活性の測定方法として、例えば、シアン化カリウム存在下でベンズアルデヒドを基質とし、マンデロニトリルの生成量をHPLCにて測定する方法を挙げることができる。より簡便な方法として、ラセミ体マンデロニトリルを基質とし、その分解を吸光度計にて吸収波長280nmを測定することで検出する方法が挙げられる。溶媒としては、シアノヒドリンの安定性などから中性より酸性とするため、クエン酸ナトリウム緩衝液を用いることが好ましい。合成反応はpH4.0以上、4.2以下程度、分解反応はpH5以上、5.5以下程度で行うことが好ましい。
【実施例】
【0080】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0081】
以下、ヒドロキシニトリルリアーゼを「HNL」と略記し、キャッサバ由来の野生型ヒドロキシニトリルリアーゼを「MeHNL」、パラキノゴム由来のものを「HbHNL」、バリオスペルマム由来のものを「BmHNL」と略記し、各ヒドロキシニトリルリアーゼをコードする遺伝子をそれぞれ「MeHNL遺伝子」、「HbHNL遺伝子」、「BmHNL遺伝子」と略記する場合がある。
【0082】
実施例1
(1) HNL遺伝子の取得
キャッサバ由来のヒドロキシニトリルリアーゼであるMeHNLの遺伝子、またはバリオスペルマム由来のヒドロキシニトリルリアーゼであるBmHNLの遺伝子を導入したpColdIベクターまたはpET15bベクターを鋳型とし、各HNL遺伝子を増幅するための下記プライマーを用いてMeHNL遺伝子とBmHNL遺伝子をPCRにて増幅した。アガロースゲル電気泳動によりPCR産物を精製後、BamHIとSphIにて制限酵素処理し、同時に処理したpUC19ベクターにライゲーションした。以下、MeHNL遺伝子を導入したpUC19ベクターを「pUC19−MeHNL」といい、BmHNL遺伝子を導入したpUC19ベクターを「pUC19−BmHNL」という。
【0083】
5'-atatgcatgctaaggagatagaaaatggtaactgcacattttgtt-3'(配列番号11)
5'-atatggatcctcaagcatatgcatcagccac-3'(配列番号12)
5'-atatgcatgctaaggagatagaaaatggtgagcgctcattttat-3' (配列番号13)
5'-atatggatcctcatgcgacagccagcaagt-3'(配列番号14)
【0084】
(2) H103変異体の構築
上記(1)で構築したpUC19−BmHNLを鋳型とし、下記プライマーとQuikChange Lightning Site−Directed Mutagenesis Kit(Agilent社製)を用いて103番目のヒスチジンに飽和変異を導入した。PCRの反応液は、10pmolフォワードプライマー 0.15μL、10pmolリバースプライマー 0.15μL、100ng鋳型DNA溶液0.2μL、10×PCR緩衝液1μL、dNTP mix 0.2μL、Quick solution reagents 0.3μL、QuickChange Lightning Enzyme 0.2μL、滅菌水7.8μLを混合して調製した。PCR条件は、94℃で30秒間の後、(i)95℃で2分間、(ii)60℃で10秒間、(iii)68℃で3分間の(i)〜(iii)を16回繰返した。その後、PCR反応液を制限酵素DpnIで処理し、鋳型DNAを除去した。得られたPCR反応液を用い、ヒートショック法により大腸菌JM109株を形質転換した。次いで、アルカリSDS法により大腸菌からプラスミドを抽出した。
【0085】
5'-ccagagaaagtttctgccttagttttcnnkaatgcattgatgcctgacattgatcac-3'(配列番号15)
5'-gtgatcaatgtcaggcatcaatgcattmnngaaaactaaggcagaaactttctctgg-3'(配列番号16)
【0086】
(3) バリオスペルマム由来ヒドロキシニトリルリアーゼの変異型酵素遺伝子ライブラリーの構築
上記で構築した、BmHNLの103番目のヒスチジンがシステインに置換したBmHNL H103Cをコードする遺伝子が導入された発現プラスミド(以下、「pUC19−BmHNL H103C」と略記する)を鋳型として、変異導入のためエラープローンPCRを行った。PCRの反応液は、10pmolフォワードプライマー1.0μL、10pmolリバースプライマー1.0μL、500ngのpUC19−BmHNL H103Cを含む溶液1μLまたは0.2μL、10mMdATP 1.0μL、10mMdGTP 1.0μL、10mMdTTP 1.0μL、10mMdCTP 1.0μL、10×PCR緩衝液(−MgSO
4)5μL、25mM MgSO
4水溶液1.0μL、5mM MnCl
2水溶液4μLまたは6μL、Dream Taq Polymerase(Fermentas社製)1.0μLの混合物に滅菌水を加えて総量を50μLとすることにより調製した。PCR反応の条件は、94℃で30秒間の後、(i)94℃で20秒間、(ii)55℃で30秒間、(iii)72℃で1分間の(i)〜(iii)を30回繰り返した。PCR反応後、アガロースゲル電気泳動によりPCR産物を精製した。精製したPCR産物を制限酵素BamHIとSphIで処理し、同時に処理したpUC19ベクターにライゲーションした。
【0087】
M13−リバースプライマー:5'-aacagctatgaccatg-3'(配列番号17)
M13−フォワードプライマー:5'-gtaaaacgacggccagt-3'(配列番号18)
【0088】
得られた変異体の中から、活性が上昇したものを以下の実験によりスクリーニングした。
【0089】
(4) サンプル調製
96−wellプレートを用いてサンプルを調製した。0.8mL 96−well滅菌プレート(ABgene社製)にLB培地(80μg/mLアンピシリンと0.1mM IPTGを含有)を160μLずつ分注し、変異体コロニーをマスタープレートから植菌した。当該コロニーを、BioShaker(TAITEC社製,「M−BR−024」)を用いて37℃、1,200rpmで12時間振とう培養した。培養後、培養液を5,000rpmで10分間を遠心分離して集菌した。上清を除き、新聞紙上で逆さにして培地をできる限り除去した後、得られた菌体を100μLの0.85%NaCl水溶液にBioShakerを用いて懸濁した後、遠心分離機(日立社製,「himac CR20」,「ローターR6S」)を用い、4,500rpm、4℃で10分間遠心分離することにより集菌した。上清を除き、新聞紙上で逆さにして水分を除去した。別途、卵白由来のLysozyme(生化学工業社製)10mg/mL、KPB(pH7.0)100mMおよびEDTA 10mMを含むLysozyme溶液を調製した。上記菌体に当該溶液5μLを添加し、37℃で1時間インキュベートすることによりLysozyme処理を行い、大腸菌をプロトプラスト化させた。得られた大腸菌に−40℃および37℃で凍結融解処理を施し、100μLの低張液(10mM KPB(pH7.0),5mM MgCl
2)を添加して溶菌させた。この溶液を、遠心分離機(日立社製,「himac CR20」,「ローターR6S」)を用い、4,500rpm、4℃で10分間遠心分離することにより大腸菌のゲノムと細胞壁等を沈殿させ、粗酵素液として上清を得て、以下の実験に用いた。
【0090】
(5) 活性測定
得られた粗酵素液について、ヒドロキシニトリルリアーゼの基質であるマンデロニトリルの分解活性をベンズアルデヒドの生成量によって測定した。活性測定の方法は、96−well UVプレート(greiner bio−one社製)にクエン酸ナトリウム緩衝液を添加し、25℃にした。次に粗酵素液を添加し、ピペッティングにより懸濁した。次にマンデロニトリルのラセミ体を添加し、ピペッティングおよび振とうした後、マイクロプレートリーダー(テカン・ジャパン社製,「GENios」)を用いて波長280nmにおける吸光値の増加を25℃で5分間測定した。解析には、データ処理ソフトウェア(和光純薬工業社製,「LS−PLATEmanager 2001(Win)」)を用いた。結果を
図2に示す。
【0091】
図2に示す結果のとおり、活性上昇が見られる変異体をいくつか取得した。さらに、鋳型に用いたヒスチジン103番がシステインへ変異したBmHNL H103Cとそれぞれの変異体との形質転換体当たりの比活性を比較し、またその発現量をSDS−PAGE電気泳動で比較した。その中で156番目のアスパラギンの変異したものに最も高い比活性の向上が見られた。また、多くの活性型変異株においてこの位置に変異が確認されたことから、156番目のアスパラギンにおける変異は形質転換体あたりの比活性を向上させるために重要であることが考えられた。
【0092】
実施例2
(1) N156変異体の構築とサンプル調製
上記に示した方法と同様に、pUC19−BmHNL H103CとpUC19−BmHNLを鋳型として、下記に示すプライマーにて156番目のアスパラギンに飽和変異を導入した。得られた変異体をLB培地(80μg/mLアンピシリンと0.1mM IPTGを含有)5mLに植菌し、37℃で12時間培養した。培養液1.5mLから遠心分離により菌体を回収し、得られた菌体を300μLの20mM KPBに懸濁し、超音波破砕により菌体を破砕した。遠心分離後の上清を可溶性画分、沈殿を不溶性画分とした。
【0093】
5'-gtgacaggactttagcggagnnkatttttagcaattcgcc-3'(配列番号19)
5'-ggcgaattgctaaaaatmnnctccgctaaagtcctgtcac-3'(配列番号20)
【0094】
(2) BmHNL H103C N156変異体とBmHNL N156変異体との活性の比較
上記(1)で得られた可溶性画分を用い、合成反応によりヒドロキシニトリルリアーゼ活性を比較した。反応液は、1Mクエン酸ナトリウム緩衝液(pH4.0)150μL、粗酵素液50μL、1M KCN 50μLおよびベンズアルデヒド20μLの混合物にMilliQ水を加えて全量500μLとして調整した。常温で1、3、5分間反応させた。反応液から100μLとり、900μLのヘキサン:2−プロパノール=85:15の混合溶液を加えて反応を停止し、上清の有機層をHPLCにて解析し、マンデロニトリルの生成量を測定した。結果を
図3と
図4に示す。
【0095】
図3および
図4に示す結果のとおり、156番目のアスパラギンのみの変異においても比活性は向上した。また、H103C変異に156番目のアスパラギンの変異を加えたものはさらに活性を向上させた。特にグリシンやアラニンといった側鎖の小さなアミノ酸が好ましいと考えられた。
【0096】
実施例3
(1) MeHNL N157変異体の構築とサンプル調製
上記に示した方法と同様に、pUC19−MeHNLを鋳型として下記に示すプライマーにて157番目のアスパラギンに飽和変異を導入した。得られた変異体をLB培地(80μg/mLアンピシリンと0.1mM IPTGを含有)5mLに植菌し、37℃で12時間培養した。培養液1.5mLから遠心分離により菌体を回収した。得られた菌体を300μLの20mM KPBに懸濁し、超音波破砕により菌体を破砕した。遠心分離後の上清を可溶性画分、沈殿を不溶性画分とした。
【0097】
5'-gcttcgtacttctgagggaannkttatttaccaaatgcactg-3'(配列番号21)
5'-cagtgcatttggtaaataamnnttccctcagaagtacgaagc-3'(配列番号22)
【0098】
(2) MeHNL N157変異体における活性の比較
上記(1)で得られた可溶性画分を用い、合成反応によりヒドロキシニトリルリアーゼ活性を比較した。反応液は、1Mクエン酸ナトリウム緩衝液(pH4.0)150μL、粗酵素液50μL、1M KCN 50μLおよび1.25Mベンズアルデヒド20μLの混合物にMilliQ水を加えて全量を500μLとすることにより調製した。常温で1、3、5分間反応させた。反応液から100μLとり、900μLのヘキサン:2−プロパノール溶液=85:15の混合溶液を加えて反応を停止し、上清の有機層におけるマンデロニトリルの生成量をHPLCにて測定した。結果を
図5に示す。
【0099】
図5に示す結果のとおり、バリオスペルマムと同様にいくつかの変異体において比活性の向上が見られた。これらのことから他の植物由来ヒドロキシニトリルリアーゼにおいても、バリオスペルマムのBmHNLのアミノ酸配列(配列番号6)の第156番目のアスパラギンに対応するアスパラギンの変異により、活性の向上が期待できる。
【0100】
実施例4
(1) BmHNL H103C変異体およびBmHNL H103C N156D変異体の精製酵素の取得
pUC19−BmHNL H103CとpUC19−BmHNL H103C N156Dのベクターを保持した大腸菌JM109株をLB培地(80μg/mLアンピシリンおよび0.1mM IPTGを含有)500mLに植菌し、37℃で12時間培養した。その後、集菌し、得られた菌体を20mM KPB(pH7.0)に懸濁し、超音波破砕にて破砕し、無細胞抽出液を得た。硫安分画や各種クロマトグラフィーにて酵素を精製した。その各種クロマトグラフィーにおける精製度を
図6に示す。
【0101】
(2) 精製酵素を用いた活性の比較
ゲルろ過精製後のBmHNL H103C変異体とBmHNL H103C N156D変異体の比活性(U/mg)を比較した。結果を表1に示す。
【0102】
【表1】
【0103】
表1に示す結果のとおり、N156Dの変異導入により4〜5倍程度比活性が向上した。
【0104】
(3) 精製酵素の温度安定性
精製酵素を用い、BmHNL H103CとBmHNL H103C N156Dの温度安定性を比較した。10℃から90℃まで10℃毎に60分間インキュベートし、氷中で10分間冷却した。その酵素の残存活性を合成活性にて比較した。
図7に結果を示す。
【0105】
図7に示す結果のとおり、どちらの変異体も60℃で70%程度の活性を維持した。野生型のBmHNLにおいても熱に対して安定な酵素であることが知られており、今回の結果から、H103CおよびN156Dの変異によってこの熱に対する安定性に影響は見られなかった。
【0106】
(4)精製酵素を用いた(S)−マンデロニトリルの合成とその鏡像体過剰率の比較
精製酵素を用い、合成反応を行いその反応における(S)−マンデロニトリルの生成量と鏡像体過剰率を比較した。反応にはこれまでの合成反応と同様の反応系を用い、精製酵素はそれぞれ200μg用いた。10分ごとに反応溶液中の生成物とその鏡像体過剰率をHPLCにて定量し、比較した。結果を
図8に示す。
【0107】
図8に示す結果のとおり、H103C変異体は、生成物量25mM、鏡像体過剰率35%であったが、N156D変異を導入することにより生成物量35mM、鏡像体過剰率50%まで向上させた。
【0108】
(5) 様々なBmHNL変異体の可溶性画分の(S)−マンデロニトリルの合成とその鏡像体過剰率の比較
上記に示した発現方法で得られた可溶性画分を用い、(S)−マンデロニトリルの生成量と鏡像体過剰率を比較した。用いた変異体酵素は、BmHNL、BmHNL H103C、BmHNL N156D、BmHNL H103C N156D、BmHNL H103C N156Gであり、全て同様の条件で発現させた。反応にはこれまでの合成反応と同様の反応系を用い、可溶性画分の粗酵素液を14mg用いた。
図9に結果を示す。
【0109】
図9に示す結果のとおり、野生型BmHNLやBmHNL N156Dは生成量や鏡像体過剰率ともに低く、おそらく可溶性に発現されないことが原因であると考えられる。BmHNL H103Cは生成量30mM、鏡像体過剰率35%であった。BmHNL H103C N156DとBmHNL H103C N156Gは生成量40mM、鏡像体過剰率70〜80%であり、30分間で反応系内のベンズアルデヒドの80%をマンデロニトリルに変換し、その鏡像体過剰率も70〜80%と非常に高く、(S)−マンデロニトリルを高い光学純度で得られた。