特許第6362263号(P6362263)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6362263ハードディスクドライブ装置ケースボディ用鍛造素形材、ケースボディ、ケースボディ用鍛造素形材の製造方法、およびケースボディの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6362263
(24)【登録日】2018年7月6日
(45)【発行日】2018年7月25日
(54)【発明の名称】ハードディスクドライブ装置ケースボディ用鍛造素形材、ケースボディ、ケースボディ用鍛造素形材の製造方法、およびケースボディの製造方法
(51)【国際特許分類】
   B21J 1/04 20060101AFI20180712BHJP
   B21J 5/00 20060101ALI20180712BHJP
   B21K 21/06 20060101ALI20180712BHJP
   G11B 33/02 20060101ALI20180712BHJP
   G11B 33/12 20060101ALI20180712BHJP
   C22C 21/02 20060101ALN20180712BHJP
   C22C 21/00 20060101ALN20180712BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20180712BHJP
   C22F 1/04 20060101ALN20180712BHJP
   C22F 1/043 20060101ALN20180712BHJP
【FI】
   B21J1/04
   B21J5/00 D
   B21K21/06 Z
   G11B33/02 D
   G11B33/12 313C
   G11B33/02 305Z
   !C22C21/02
   !C22C21/00 L
   !C22F1/00 623
   !C22F1/00 624
   !C22F1/00 630A
   !C22F1/00 630J
   !C22F1/00 630M
   !C22F1/00 630Z
   !C22F1/00 630C
   !C22F1/00 604
   !C22F1/00 650E
   !C22F1/00 661Z
   !C22F1/00 681
   !C22F1/00 682
   !C22F1/00 683
   !C22F1/00 691B
   !C22F1/00 691C
   !C22F1/00 694B
   !C22F1/04 B
   !C22F1/043
   !C22F1/00 694A
【請求項の数】6
【全頁数】23
(21)【出願番号】特願2014-237938(P2014-237938)
(22)【出願日】2014年11月25日
(65)【公開番号】特開2015-127064(P2015-127064A)
(43)【公開日】2015年7月9日
【審査請求日】2017年8月21日
(31)【優先権主張番号】特願2013-243889(P2013-243889)
(32)【優先日】2013年11月26日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002004
【氏名又は名称】昭和電工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100064908
【弁理士】
【氏名又は名称】志賀 正武
(74)【代理人】
【識別番号】100094400
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 三義
(74)【代理人】
【識別番号】100163496
【弁理士】
【氏名又は名称】荒 則彦
(74)【代理人】
【識別番号】100146879
【弁理士】
【氏名又は名称】三國 修
(72)【発明者】
【氏名】吉田 秀登
(72)【発明者】
【氏名】橋本 翔史
【審査官】 石田 宏之
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭62−234275(JP,A)
【文献】 特開平5−274857(JP,A)
【文献】 特開昭63−240097(JP,A)
【文献】 特開平5−123809(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/129431(WO,A1)
【文献】 国際公開第2014/10678(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21J 1/04
B21J 5/00
B21K 21/06
G11B 33/02
G11B 33/12
C22C 21/00
C22C 21/02
C22F 1/00
C22F 1/04
C22F 1/043
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一方の面が開放された有底箱状をなし、且つ切削加工によってハードディスクドライブ装置ケースボディにおけるアクチュエータ取付け部とされることが予定される部位を含む部分として、開放側に対して反対側に位置する底面部位から開放側に向って柱状もしくは錐状に垂直に立ち上がる立ち上がり部を有するアルミニウム製ハードディスクドライブ装置ケースボディ用鍛造素形材であって、
前記立ち上がり部における基端部におけるアルミニウム結晶粒の平均粒径が、前記底面部位におけるアルミニウム結晶粒の平均粒径の15〜80倍となっていることを特徴とするハードディスクドライブ装置ケースボディ用鍛造素形材。
【請求項2】
アクチュエータ取付け部における、ケースボディの底面側から立ち上がる角部の内角の切削加工後の曲率半径Rが0を越え0.5mm未満の範囲内となるケースボディ用の鍛造素形材であって、
前記基端部の平均結晶粒径が、前記角部の内角の切削加工後の曲率半径Rの0.5〜5倍であることを特徴とする請求項1に記載のハードディスクドライブ装置ケースボディ用鍛造素形材。
【請求項3】
請求項1、請求項2のいずれか1の請求項に記載のハードディスクドライブ装置ケースボディ用鍛造素形材における立ち上がり部を切削加工したアクチュエータ取付け部を有するハードディスクドライブ装置ケースボディ。
【請求項4】
一方の面が開放された有底箱状をなし、且つ切削加工によってアクチュエータ取付け部とされることが予定される部位を含む部位として、開放側に対して反対側に位置する底面部位から開放側に向って柱状もしくは錐状に垂直に立ち上がる立ち上がり部を有するアルミニウム製ハードディスクドライブ装置ケースボディ用鍛造素形材を製造するための方法であって、
アルミニウム合金からなる鍛造用素材に対し、素材の再結晶温度よりも高い温度で熱間鍛造を開始して、中間材まで型鍛造する第1段目鍛造工程と、
前記第1段目鍛造工程終了後の熱間鍛造上がりの中間材に対し、素材の再結晶温度よりも低い温度で温間鍛造を開始してハードディスクドライブ装置ケースボディ用素形材形状に型鍛造する第2段目鍛造工程と、
を有し、
前記第1段目鍛造工程においては、前記立ち上がり部の立ち上がり方向に沿って素材を加圧することとし、
かつ前記第1段目鍛造工程の鍛造過程において、
前記立ち上がり部位については、鍛造を開始してから材材料温度が再結晶温度に至る以前の段階で、前記加圧方向の加工率が、前記素材から中間材までの立ち上がり部の加工率の90%以上となるように、また前記底面部位については、材料温度が再結晶温度に至った後に、前記加圧方向の加工率が、前記素材から中間材までの底面部位の加工率の90%以上となるように鍛造することを特徴とするハードディスクドライブ装置ケースボディ用鍛造素形材の製造方法。
【請求項5】
一方の面が開放された有底箱状をなし、且つ切削加工によってアクチュエータ取付け部とされることが予定される部位を含む部位として、開放側に対して反対側に位置する底面部位から開放側に向って柱状もしくは錐状に垂直に立ち上がる立ち上がり部を有するアルミニウム製ハードディスクドライブ装置ケースボディ用鍛造素形材を製造するための方法であって、
アルミニウム合金からなる鍛造用素材に対し、素材の再結晶温度よりも高い温度で熱間鍛造を開始して、鍛造素形材形状に鍛造する鍛造工程を有し、
前記鍛造工程においては、前記立ち上がり部の立ち上がり方向に沿って素材を加圧することとし、
かつ前記鍛造工程の鍛造過程において、
前記立ち上がり部位については、鍛造を開始してから材料温度が再結晶温度に至る以前の段階で、前記加圧方向の加工率が、前記素材から鍛造素形材までの立ち上がり部の加工率の90%以上となるように、また前記底面部位については、材料温度が再結晶温度に至った後に、前記加圧方向の加工率が、前記素材から鍛造素形材までの底面部位の加工率の90%以上となるように鍛造することを特徴とするハードディスクドライブ装置ケースボディ用鍛造素形材の製造方法。
【請求項6】
請求項4、請求項5のいずれか1の請求項の方法によって得られた鍛造素形材に、立ち上がり部の切削加工を含む機械加工を施して、ケースボディとすることを特徴とするハードディスクドライブ装置ケースボディの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンピュータなどのハードディスクドライブ装置のケースの本体(ケースボディ)に使用されるアルミニウム合金製素形材、及びそれを用いたハードディスクドライブ装置ケースボディ、さらに前記素形材の製造方法と、その製造方法を適用したケースボディに関するものである。
【背景技術】
【0002】
よく知られているように、ハードディスクドライブ装置は、円盤状の磁気ディスク(ハードディスク)に記録されたデータの読み出し、書き込みを行うための装置であって、一般には、ケース内に、ハードディスクと、ハードディスクを回転させるためのスピンドルモータなどのモータと、ハードディスクの盤面からのデータの読み出し/書き込みのためのヘッドと、ヘッド位置を移動させるためのアクチュエータなどが収納された構成とされている。このようなハードディスクドライブ装置のケースは、通常は薄い四角形状の箱型に作られるのが一般的である。そして、そのケースは、上面が開放された有底の箱型をなすケースボディ(ベースと称することもある)と、そのケースボディの開放側(上面)を閉じる板状のカバーとによって構成されるのが通常であり、ケースボディの内側に、ハードディスクドライブ装置の各構成部材を収納する収納空間が画定されている。(例えば特許文献1参照)。
【0003】
このようなハードディスクドライブ装置ケースにおけるケースボディ(ベース)の代表的な例について、その基本形状の概略の一例を、図1図3に示す。
【0004】
図1図3において、ケースボディ1は、平面的に見て長方形をなす平板状の底面部3の周辺部が立ち上がって、外郭部(側壁部)5が形成されて、全体として一方の側の面(図示の例では上面側)が開放された有底の薄型方形箱状に作られている。また底面部3の長さ方向の一方の側には、ハードディスク取り付け位置に対応する大径ボス部9が円形隆起台状に形成され、さらにその大径ボス部9の中央部からは、前記モータを取り付けるための小径ボス部11が突出形成されている。また底面部3の隅部(大径ボス部9近傍の隅部)付近には、外郭部(側壁部)5から連続するエアフィルタ保持部13が形成されている。さらに、底面部3の長さ方向の他方の側においては、アクチュエータの取り付け部71、前記カバーを取り付けるための螺子部となるピン7が複数の個所において立ち上げられている。
【0005】
アクチュエータの取り付け部71は、図4に拡大して示しているように、ケースボディ1の底面部3の側から、ケースボディ1の開放側に向って垂直に立ち上がる部位であり、通常は、底面部3の表面に台状に隆起して形成された台座部71B上に、垂直に突設された円柱状(丸棒状)の軸部71Aによって構成されている。ここで台座部71Bは必ずしも必須ではなく、軸部71Aが直接ケースボディ1の底面部3から立ち上がる構成でもよいが、ここでは台座部71Bが存在する態様で各図を示している。
なお実際のケース製品においては、各部に、より微細な形状が付与されたり、上記以外の細かい凸部や凹部が形成されるのが通常であるが、ここでは基本的な部分のみを示し、細部形状については省略している。
【0006】
一方、ハードディスクドライブ装置ケースにおけるカバーは、特に図示していないが、単純な平板長方形状に作られるのが通常であり、前記ケースボディ1の開放側に被せられ、ピン7を利用してケースボディ1に取り付けられ、かつカバーの周辺部分とケースボディ1の外郭部5の上面との間がガスケットなどのシール部材によってシールされて、ケースボディ1とカバーとの間のケース内空間が密封されるようになっている。
【0007】
このような形状のハードディスクドライブ装置のケースボディ1は、その厚肉の部分と、薄肉の部分とが混在しており、しかも最も厚肉の部分と最も薄肉の部分との肉厚の差が大きいのが通常である。なおここで、ケースボディ1の厚み(肉厚)とは、底面部3の板面に対して直交する方向の寸法を意味するものとする。一般的なケースボディ1では、最も厚肉の部分は、外郭部(側壁部)5であり、一方最も薄肉の部分は底面部3である。
【0008】
この種のハードディスクドライブ装置ケースについては、外部の塵埃や湿気が侵入しないように、密封性が優れていることが要求される。そして良好な密封性を維持するためには、ケースが変形しにくいこと、したがって素材の剛性が高いことが必要とされる。
【0009】
また、ハードディスクドライブを構成する各部品の取り付け精度も高いことが必要であり、そのためには、ケース内各部の寸法精度が高いことが望まれる。そのためには、ケース素材として、成形性が優れていること、また最終的な仕上げ加工などにおける切削性に優れていること、また細部形状が安定して維持されるように、高強度を有することも必要であり、さらには各構成部品を取り付ける際の接合性も良好であることが必要である。
【0010】
その他、熱変形の防止などの観点から、放熱性(熱伝導性)が良好であることが望まれ、さらには電子機器の軽量化の観点から、軽量性も重視される。
【0011】
このような要求特性から、ハードディスクドライブ装置ケースにおけるケースボディおよびカバーとしては、一般にはアルミニウム合金が使用されている。
【0012】
そして従来この種のアルミニウム合金製ハードディスクドライブ装置ケースのケースボディは、ダイカストによってアルミニウム合金溶湯から直接的に素形材を鋳造し、そのダイカスト素形材に適宜切削加工などの仕上げ加工を施してケースボディに仕上げるのが通常であった(例えば、特許文献1、特許文献2など)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開平3−207059号公報
【特許文献2】特表2010−528400号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかしながら、ハードディスクドライブ装置ケース、特にケースボディは、前述のように厚肉の部分と薄肉の部分とが混在し、しかもそれらの肉厚の差が大きいため、ダイカストによって製造する場合には、ダイカスト用金型内にアルミニウム合金溶湯を圧入する際に、薄肉部にアルミニウム合金溶湯が充分に廻らず、そのため薄肉部に欠陥が生じたり、微細な形状部分を正確に形成することができなかったりすることが多い。そのため、薄肉部分や微細形状部分の寸法精度や強度が低くなり、その結果ハードディスクドライブ装置ケースとして密封性が悪くなったり、良品歩留まりが低くなってしまったりする問題がある。またダイカストによってハードディスクドライブ装置ケースのケースボディを製造する場合、素材のアルミニウム合金としては、主にダイカスト時の湯流れ性の観点からその成分組成を選択せざるを得ず、そのためケースボディに要求される前述の諸特性、特に強度や剛性を必ずしも満足させ得ないことが多かったのが実情である。
【0015】
ハードディスクドライブ装置のケースボディの各部位のうちでも、アクチュエータ取付け部71には、ハードディスクドライブ装置の使用時においてアクチュエータから繰り返し負荷が加えられるから、使用時の耐久性、信頼性を満たす強度を有することが求められる。そして特にアクチュエータ取付け部71の基端部分(根元部)、とりわけ台座部71Bから軸部71Aが立ち上がる部分は、内角をなす角部となっているため、切欠き疲労強度が高いことが求められる。しかしながら従来は、アクチュエータ取付け部71の基端部分の切欠き疲労強度について、必ずしも十分な考慮が払われていたとは言えなかったのが実情である。
【0016】
本発明は、以上の事情を背景としてなされたもので、これらの課題を解決し得るハードディスクドライブ装置ケースのケースボディ用素形材およびその製造方法と、ケースボディおよびその製造方法を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
前述の課題を解決するべく、本発明者等は、アルミニウム合金製ケースボディの製造方法について種々実験、検討を重ねた結果、鍛造を適用することが最適であること、そして鍛造上がり材(ハードディスクドライブ装置ケースボディ用鍛造素形材)の所定の箇所のアルミニウム結晶粒状態を所定の状態とすることによって、アクチュエータ取付け部の基端部分の切欠き疲労強度に優れたケースボディが得られることを見い出し、本発明をなすに至った。
【0018】
具体的には、本発明の基本的な態様(第1の態様)のハードディスクドライブ装置ケースボディ用鍛造素形材は、
一方の面が開放された有底箱状をなし、且つ切削加工によってハードディスクドライブ装置ケースボディにおけるアクチュエータ取付け部とされることが予定される部位を含む部分として、開放側に対して反対側の底面部位から開放側に向って柱状もしくは錐状に垂直に立ち上がる立ち上がり部を有するアルミニウム製ハードディスクドライブ装置ケースボディ素形材であって、
前記立ち上がり部における基端部のアルミニウム結晶粒の平均粒径が、前記底面部位の平均粒径に対して、15〜80倍となっていることを特徴とするものである。
【0019】
以上のところにおいて、「ハードディスクドライブ装置ケースボディ用鍛造素形材」(本明細書中においては、「ケース用素形材」、あるいは「鍛造素形材」と略すこともある。)とは、最終的にハードディスクドライブ装置ケースに使用するためのケースボディ製品に仕上げるための機械加工(表面の一部の切削加工や研磨加工)、ハードディスクドライブ装置の各構成部品取り付けのための穴あけ加工などの機械加工、必要に応じてその他表面処理などの工程に供するための、鍛造加工仕上がり品を意味する。
【0020】
また「立ち上がり部における基端部」とは、ケースボディにおける底面部からアクチュエータ取付け部として立ち上がる内角部(例えばケースボディにおける底面部の表面に形成された台座部から直角に立ち上がる内角部)となることが予定される部位に相当する。
【0021】
さらに本明細書中の「アルミニウム結晶粒の平均粒径」は例えば以下で観察できる。
試料を切断し樹脂に埋め込み、観察面を研磨して鏡面仕上げした後にバーカー試液でエッチングして、結晶粒界が観察できその結果結晶粒を個々に識別できる状態にする。その試料表面を顕微鏡観察(85倍)し写真撮影し、写真撮影した視野中の対角線が横切る結晶粒の数を数えて、対角線長さをその結晶粒数で割ることで、平均粒子径を求めることができる(DAS交線法交線法に準拠:「デンドライトアームスペーシング測定手順」 「軽金属」第38巻1号 1988年1月)。
【0022】
組織の結晶粒界は、切欠き疲労現象の起点となりやすくなる。一方結晶粒が大きいと組織面における結晶粒界の存在確率を低減することができる。その結果、結晶粒が大きいと切欠き疲労現象の起点を低減することができる。切欠き疲労現象とは、振幅を繰り返したときに、切欠き部が起点となって疲労破壊する現象である。ここで、鍛造素形材における立ち上がり部の基端部は、アクチュエータ取付け部の基端部となる部位を含み、鍛造素形材に対する切削加工によってアクチュエータ取付け部の基端の内角部となる部位であるから、ハードディスクドライブ装置の使用時において繰り返し応力が生じる箇所に相当する。そしてこのような内角部の表面に現れているアルミニウム結晶粒の粒界は亀裂の起点となる確率が高いと考えられるので、内角部表面に現れている粒界を低減させれば、切欠き感受性を下げる(切欠き疲労強度を強くする)ことが可能であると考えた。そこで、内角部表面に現れる粒界を低減させるため、本発明では、鍛造素形材の段階での立ち上がり部の基端部におけるアルミニウム結晶の粒径を、底面部位よりも粗大化させている。すなわち、底面部位については、結晶粒を粗大化させずに、底面部位に要求される強度、剛性を確保しながらも、アクチュエータ取付け部の基端部となるべき箇所の結晶粒を大きくして、その箇所の切欠き疲労強度を高めているのである。
【0023】
なお、切欠き疲労強度の評価は、次のようにして行うことができる。例えば、試験片を作製し、所定の試験温度、所定の繰り返し速度で荷重を負荷し、疲労寿命が100サイクルになる応力を測定したものを切欠き疲労強度とすることができる。あるいはまた、シャルピー衝撃試験で代用することも可能である。
【0024】
また本発明の第2の態様のハードディスクドライブ装置ケースボディ用鍛造素形材は、前記第1の態様の鍛造素形材において、
アクチュエータ取付け部における、ケースボディの底面側から立ち上がる角部の内角の切削加工後の曲率半径Rが0を越え0.5mm未満の範囲内となるケースボディ用の鍛造素形材であって、
前記基端部の平均結晶粒径が、前記角部の内角の切削加工後の曲率半径Rの0.5〜5倍であることを特徴とするものである。
【0025】
さらに本発明の第3の態様のハードディスクドライブ装置ケースボディは、前記第1、第2のいずれかの態様に記載のハードディスクドライブ装置ケースボディ用鍛造素形材における立ち上がり部を切削加工したアクチュエータ取付け部を有するハードディスクドライブ装置ケースボディである。
【0026】
また本発明の第4の態様のハードディスクドライブ装置ケースボディ用鍛造素形材の製造方法は、
一方の面が開放された有底箱状をなし、且つ切削加工によってアクチュエータ取付け部とされることが予定される部位を含む部位として、開放側に対して反対側に位置する底面部位から開放側に向って柱状もしくは錐状に垂直に立ち上がる立ち上がり部を有するアルミニウム製ハードディスクドライブ装置ケースボディ用鍛造素形材を製造するための方法であって、
アルミニウム合金からなる鍛造用素材に対し、素材の再結晶温度よりも高い温度で熱間鍛造を開始して、中間材まで型鍛造する第1段目鍛造工程と、
前記第1段目鍛造工程終了後の熱間鍛造上がりの中間材に対し、素材の再結晶温度よりも低い温度で温間鍛造を開始してハードディスクドライブ装置ケースボディ用素形材形状に型鍛造する第2段目鍛造工程と、
を有し、
前記第1段目鍛造工程においては、前記立ち上がり部の立ち上がり方向に沿って素材を加圧することとし、
かつ前記第1段目鍛造工程の鍛造過程において、
前記立ち上がり部位については、鍛造を開始してから材材料温度が再結晶温度に至る以前の段階で、前記加圧方向の加工率が、前記素材から中間材までの立ち上がり部の加工率の90%以上となるように、また前記底面部位については、材料温度が再結晶温度に至った後に、前記加圧方向の加工率が、前記素材から中間材までの底面部位の加工率の90%以上となるように鍛造することを特徴とするものである。
【0027】
上記の第4の態様の製造方法について、概略的に図6の(a)〜(d)に示す。
素材(鍛造用素材)20は、第1段目鍛造工程において熱間鍛造されて、図6の(a)→(b)に示すように中間材(中間鍛造上がり材)28となる。この中間材28の段階において、最終的なケースボディ1におけるアクチュエータ取付け部71となることが予定される部位を含んで、底面部位28Aから立ち上がる立ち上がり部28Bが形成されている。
さらにその中間材28は、第2段目鍛造工程において温間鍛造されて、図6の(b)→(c)に示すようにケースボディ用素形材(鍛造上がり材)30となる。なおケースボディ用素形材(鍛造上がり材)30に対しては、その後、切削加工などの機械加工が施されて、図6の(c)→(d)に示すようにケースボディ1に仕上げられる。
【0028】
上記の第4の態様において、「素材(20)から中間材(28)までの立ち上がり部位(28B)の加工率」とは、鍛造前の素材20における高さ(底面に対し直角な方向の高さ、したがって立ち上がり部28Bの立ち上がり方向の高さ)haから中間材28における底面部位28Aの厚みtmを差し引いた寸法をhb(=ha−tm)とし、中間材28における立ち上がり部28Bの立ち上がり高さをhcとし、
立ち上がり部位の加工率PA(%)=100×(hb−hc)/hb
で定義される比率である。
また「素材(20)から中間材(28)までの底面部位(28A)の加工率」とは、
底面部位の加工率PB(%)=100×(ha−tm)/ha
で定義される比率である。
【0029】
したがって、第1段目鍛造工程の鍛造過程では、立ち上がり部位については、鍛造を開始してから材材料温度が再結晶温度に至る以前の段階で、その部位の加工率が、
PA(%)×0.9
以上となるように、また底面部位については、材料温度が再結晶温度に至った後に、その部位の加工率が、
PB(%)×0.9
以上となるように鍛造する。
【0030】
上記の第4の態様において、素材の再結晶温度は、素材アルミニウム合金の成分組成によって異なるが、一般にはそのアルミニウム合金の融点(℃)×0.6の温度で代用することができる。
【0031】
上述のように、第1段目鍛造工程の鍛造過程で、立ち上がり部位については、鍛造を開始してから材材料温度が再結晶温度に至る以前の段階で、その部位の加工率が、
PA(%)×0.9
以上となるように鍛造することによって、その部位の結晶組織の粗大化を図ることができ、その結果、最終的な製品のケースボディにおいて、アクチュエータ取付け部の基端部の組織を粗大化させて、その部位の切欠き疲労強度を高めることができる。
【0032】
一方、同じく第1段目鍛造工程の鍛造過程で、底面部位については、材料温度が再結晶温度に至った後に、その部位の加工率が、
PB(%)×0.9
以上となるように鍛造することによって、その部位の結晶組織の微細化を図ることができ、その結果、最終的な製品のケースボディにおいて、底面部位の強度、剛性を確保することができる。
【0033】
また本発明の第5の態様のハードディスクドライブ装置ケースボディ用鍛造素形材の製造方法は、
一方の面が開放された有底箱状をなし、且つ切削加工によってアクチュエータ取付け部とされることが予定される部位を含む部位として、開放側に対して反対側の底面部位から開放側に向って柱状もしくは錐状に垂直に立ち上がる立ち上がり部を有するアルミニウム製ハードディスクドライブ装置ケースボディ用鍛造素形材を製造するための方法であって、
アルミニウム合金からなる鍛造用素材に対し、素材の再結晶温度よりも高い温度で熱間鍛造を開始して、鍛造素形材形状に型鍛造する鍛造工程を有し、
前記鍛造工程においては、前記立ち上がり部の立ち上がり方向に沿って素材を加圧することとし、
かつ前記鍛造工程の鍛造過程において、
前記立ち上がり部位については、鍛造を開始してから材料温度が再結晶温度に至る以前の段階で、前記加圧方向の加工率が、前記素材から鍛造素形材までの立ち上がり部の加工率の90%以上となるように、また前記底面部位については、材料温度が再結晶温度に至った後に、前記加圧方向の加工率が、前記素材から鍛造素形材までの底面部位の加工率の90%以上となるように鍛造することを特徴とするものである。
【0034】
この第5の態様の鍛造素形材の製造方法は、第4の態様として記載した方法のうち、第2段目鍛造工程を省略したものである。すなわち、1段の鍛造(熱間鍛造)のみによって、ハードディスクドライブ装置ケースボディ用鍛造素形材とする場合を規定したものである。この第5の態様における鍛造工程の条件は、第4の態様における第1段目鍛造工程の条件と同じである。
【0035】
さらに本発明の第6の態様のハードディスクドライブ装置ケースボディの製造方法は、前記第4もしくは第5の態様の方法によって得られた鍛造素形材に、立ち上がり部の切削加工を含む機械加工を施して、ケースボディとするものである。
【発明の効果】
【0036】
本発明のアルミニウム合金製ハードディスクドライブ装置ケースボディ用鍛造素形材によれば、底面部で代表される薄肉部の強度、剛性を充分に確保し得ると同時に、繰り返し負荷が加わるアクチュエータ取付け部の基端部の切欠き疲労強度が高く、そのほか被削性、接合性、密封性など、ハードディスクドライブ装置ケースボディに要求される諸特性を充分に満足させ得るアルミニウム合金製ケースボディ用素形材が得られる。ここで、従来のダイカスト品は、鍛造品に比較して切欠き疲労強度が悪く、ハードディスクドライブ装置を長期にわたって使用した場合に、アクチュエータ取付け部の基部が破損する可能性がある。一方、本発明の鍛造素形材は、アクチュエータ取付け部となることが予定される立ち上がり部位の基部の結晶粒径が所定の範囲とされているので、アクチュエータ取付け部の切欠き疲労強度を高くすることができる。よって本発明によれば、従来品より、長期の使用でも破損しにくい、ハードディスク装置のケースボディを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
図1】本発明品を用いて得るべきアルミニウム合金製ハードディスクドライブ装置ケースボディの一例を概略的に示す斜視図である。
図2図1におけるII−II線における縦断面図である。
図3図1におけるIII−III線における縦断面図である。
図4図2におけるIV部(アクチュエータ取付け部付近)を拡大して示す縦断面図である。
図5】本発明による鍛造素形材(鍛造上がり材)における、アクチュエータ取付け部となることが予定される立ち上がり部付近を、図4に対応して示す縦断面図である。
図6】本発明のハードディスクドライブ装置ケースボディ用鍛造素形材の製造方法の各段階を、ケースボディのアクチュエータ取付け部となるべき部位付近について概略的に示す模式図である。
図7】本発明のアルミニウム合金製ハードディスクドライブ装置ケースボディ用鍛造素形材製造方法の一実施形態を示す略解図である。
図8A】本発明のアルミニウム合金製ハードディスクドライブ装置ケースボディ用鍛造素形材製造方法の第1段目鍛造工程に関し、ケースボディのアクチュエータ取付け部となるべき部位について、鍛造開始直前の状況の一例を示す略解図である。
図8B】本発明のアルミニウム合金製ハードディスクドライブ装置ケースボディ用鍛造素形材製造方法の第1段目鍛造工程に関し、ケースボディのアクチュエータ取付け部となるべき部位について、鍛造開始直後の状況の一例を示す略解図である。
図8C】本発明のアルミニウム合金製ハードディスクドライブ装置ケースボディ用鍛造素形材製造方法の第1段目鍛造工程に関し、ケースボディのアクチュエータ取付け部となるべき部位について、鍛造終了直前の状況の一例を示す略解図である。
図8D】本発明のアルミニウム合金製ハードディスクドライブ装置ケースボディ用鍛造素形材製造方法の第1段目鍛造工程に関し、ケースボディのアクチュエータ取付け部となるべき部位について、鍛造終了後、鍛造上がり材取り出し前の状況の一例を示す略解図である。
図9】鍛造素材の温度、鍛造での加工率と鍛造成形過程の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0038】
以下、本発明のアルミニウム合金製ハードディスクドライブ装置ケースボディ用鍛造素形材の実施形態について、詳細に説明する。なお、以下に示す実施形態は例示に過ぎず、本発明がこれらの実施形態に限定されないことはもちろんである。
【0039】
<本発明のケース素形材>
本発明のケース素形材の形状の一例は、その概略について図1図3を参照して説明したハードディスクドライブ装置ケースボディと同様である。その厚肉の部分と、薄肉の部分とが混在しており、しかも最も厚肉の部分と最も薄肉の部分との肉厚の差が大きい。ここでケースボディ用素形材の各部の寸法は、例えば、最も厚肉の外郭部(側壁部)5の肉厚taに対する最も薄肉の底面部3の肉厚tbの比が30%程度以下とされる。さらに具体的な代表例を挙げれば、切削加工予定部位はその切削代を加えたものとなり、最も厚肉の外郭部(側壁部)5の肉厚taが20〜30mm程度、最も薄肉の底面部3の厚みtbが2〜5mm程度とされ、この場合、肉厚taに対する肉厚tbの比は6.7〜25%となる。また、アクチュエータ取り付け部予定部の高さはtamm以下である。
【0040】
図4は、最終製品のケースボディ1におけるアクチュエータ取付け部71付近の拡大図の一例で、アクチュエータ取付け部71は、底面部3の表面に台状に隆起して形成された台座部71B上に、垂直に突設された円柱状(丸棒状)の軸部71Aによって構成されている。上記のアクチュエータ取付け部71となることが予定される部位を含む、鍛造上がり材(鍛造素形材)30の立ち上がり部位30付近を、図5の実線で示す。この図5において、一点鎖線は、切削加工(機械加工)後の最終製品のケースボディ1におけるアクチュエータ取付け部71(立ち上がり部位30を切削加工した部位)付近の最終形状を示す。
【0041】
図5中の符号S3は、ハードディスクドライブ装置ケースボディ鍛造素形材における、アクチュエータ取付け部71に仕上げるための切削加工予定部位の一部(内角部)、すなわち立ち上がり部30の基部である。この部位(S3)は、内角部(インコーナ。図5の符号K2。)を含むもので、ハードディスクドライブ装置ケースボディ用鍛造素形材を切削加工(機械加工)して最終形状に仕上げられる切削加工部位の一部である。該切削加工部位におけるその壁面(アクチュエータ取付け部71の軸部71Bの外周面)は、ケースボディの底面に対してほぼ垂直に立ち上がっており、その根元部の内角部の角部は、切削加工後の曲率半径Rが0を越え0.5mm以下(好ましくは0.05〜0.3mm)となるように仕上げられ、切削加工部位は直角に近い形状になる。このような内角部は応力が集中しやすいため疲労強度が弱くなる。また、このような内角部は切削加工痕(例えば加工刃物の角形状の跡)による強度低下を招きやすいことから、その部位は特に高い切欠き疲労強度が求められる。アクチュエータ取付け部は、使用の耐久性、信頼性を満たす強度が求められるために、それらの加工根元部は切欠き疲労強度が高いものが求められることになる。
【0042】
図5において、符号S4はハードディスクドライブ装置ケースボディ素形材における底部予定部位である。
【0043】
以下説明のため、鍛造素形材30における、ケースボディのアクチュエータ取付け部71とするための切削加工予定部位(立ち上がり部30Bの基部)をA部位(図5の符号S3の箇所。)と記載し、素形材30における、ケースボディの底部3となることが予定される部位(底面部位30A)をB部位(図5の符号S4の箇所。)と記載する。
【0044】
ここで本発明のケース素形材は以下の結晶状態を有している。本発明のケース素形材はA部位とB部位との結晶粒の平均粒径の比(A部位平均粒径/B部位平均粒径)が15〜80倍(好ましくは20〜60倍、さらに好ましくは30〜40倍)となっている。この範囲であると切欠き疲労強度と機械的強度とがバランスされた素形材となる。すなわち、本発明のハードディスクドライブ装置ケースボディは、切欠き疲労強度が求められるアクチュエータ取り付け部は結晶粒粗大部位に、機械的強度および剛性が求められる部位、とりわけケース底部は結晶粒微細部位になっており、ハードディスクドライブ装置ケースボディの好ましい仕様を満たすものとなっている。例えば、切欠き疲労強度が求められる部位は、シャルピー衝撃試験の評価が優れていて、機械的強度が求められる部位は、引張試験の評価が優れているものとなっている。
【0045】
<A部位について>
本発明のハードディスクドライブ装置ケースボディ用素形材のA部位のアルミニウムの結晶粒は粗い組織となっている。A部位の平均粒径は、内角部のR値の0.5〜5倍(好ましくは0.6〜3倍、さらに好ましくは1〜3倍)であることが好ましい。たとえば、好ましい平均粒径は0.3〜0.8mm(好ましくは0.4〜0.6mm)とすることができる。これ未満では、切欠き疲労強度が低下してしまうからである。これを超えると機械的強度が低下してしまうからである。
【0046】
その結果、0.5mm以下のRを有する内角部(K2)において好ましい平均粒径状態となるので切欠き疲労強度が優れたものになる。好ましい粗大粒径状態の領域が内角部を含んで広がり、その範囲はK2を中心に0.28〜28.0平方ミリメートルであることが好ましい。
なお、上記のA部位の平均結晶粒径とは、代表的には、例えば、底面に対し直角な垂直断面に、内角部(K2)を中心とする半径4.5mmの円を描き、その円内における結晶粒径の平均値で評価すればよい。
【0047】
組織の結晶粒界は、切欠き疲労現象の起点となりやすくなる。切削加工された内角部の表面に現れているアルミニウム結晶粒の粒界は亀裂の起点となる確率が高いので、内角部の表面に現れている粒界を低減させることで切欠き感受性を下げる(切欠き疲労強度を強くする)ことが可能である。そこで、本発明でのケース素材はA部位において内角部表面に現れるアルミニウム結晶の粒径を粗大化させているので、内角部表面に現れている粒界比率が下がっており、そのため切欠き疲労現象の起点が低減している。その結果、本発明のケース素形材のA部位はハードディスクドライブ装置ケースボディとしてA部位は好ましい特性を有する。
【0048】
<B部位について>
本発明のハードディスクドライブ装置ケースボディ用素形材のB部位は結晶粒が微細状態である組織となっている。平均粒径は、0.01〜0.02mmであることが好ましい。これを超えると機械的強度が低下となってしまうからである。
なおここで上記のB部位の平均結晶粒径とは、例えば、底面部における、立ち上がり部形成箇所(立ち上がり部の基部直下の部分)を除いた平均の結晶粒径を意味する。
【0049】
<本発明のケース素形材を製造する方法の例>
本発明のケース素形材は鍛造工法にて製造することができるが、単に従来の一般的な鍛造工法にて成形したのでは形状は得られてもケース素形材として所定の部位の好ましい結晶粒状態を得ることはできない。本発明の所定の結晶粒状態は、鍛造加工による所定の部位の再結晶粒制御によって実現することができる。
【0050】
以下に本発明の鍛造素形材を製造する工程の一例を説明する。本発明の実施態様例によるアルミニウム合金製ハードディスクドライブ装置ケースボディ用鍛造素形材の製造方法の一例は、一方の面が開放された有底箱状のアルミニウム合金製ハードディスクドライブ装置ケースボディ用素形材を製造するための方法において、アルミニウム合金からなる鍛造用素材に対して、熱間鍛造によって中間材まで型鍛造する第1段目鍛造工程と、前記第1段目鍛造工程終了後の中間材に対して、さらに温間鍛造によって成形する第2段目鍛造工程とを有する。
【0051】
ここで、加工率の高い鍛造加工により組織内に多くの歪を与え、その歪が残留した状態で再結晶させることで、結晶粒径の状態を微細化することができる。これは、歪が再結晶の起点となり、多くの歪があると多くの再結晶が生じ、それがそのまま組織状態となって結晶粒径状態を微細化するからである。
【0052】
素材温度や金型温度が低い状態で鍛造を行うと、成形品の結晶粒径は微細になる傾向にある。これは、素材、金型温度が低いと鍛造成形性が低下することに起因している。つまり、成形性が悪くなるために所定の形状まで成形するために成形荷重が高くなる。そのため成形時に発生する加工歪みが製品内部に発生しやすくなるからである。また、発生した歪みが、回復現象により減少することも生じにくい。
【0053】
一方、素材温度や金型温度を上げて、鍛造を行うと成形品の結晶粒径は粗大になる傾向にある。これは素材、金型温度を高い状態で鍛造成形すると、鍛造による成形が容易になることに起因している。つまり、成形性が良くなるのでより低荷重で所定の形状まで成形されるので、成形時に発生する加工歪みが成形品内部に発生しにくくなり歪量が低減し再結晶の微細化が抑えられるからである。また、発生した歪み(転位)が結合現象にて減少すること、が生じやすい。さらに、素材温度が高い状態では生じた再結晶が結合し合ってその粒径が大きくなる傾向もある。
【0054】
A部位の結晶粒状態を粗大化し、B部位の結晶状態を微細化するためには、上述したように粗大化のためには加工率は大きくせず、素材温度は高目にすることが求められ、微細化のためには加工率を大きくし、素材温度は逆に低くすることが求められることになる。
しかし、従来の工法にて鍛造成形素材においては、その部位に合わせてその温度を制御することは至難であり、さらにその異なる部位に合わせて異なる条件とすることは困難である。
【0055】
<T1、T2の導入>
そこで、T2という概念を導入し成形完了時の素材温度と再結晶温度との関係を所定の関係とした鍛造条件で成形することで所定の粒径状態を有した鍛造成形品を容易で確実に成形することが可能となる。さらに、T1という概念を導入し各部位のT2をT1と所定の関係とした鍛造条件で成形することで所定の粒径状態を有した鍛造成形品を成形することが好ましい。その概略について図9を参照しながら以下に説明する。
【0056】
T2とは、予備加熱で再結晶温度以上に加熱された鍛造素材が鍛造金型に投入されてその成形がほぼ完了(例えば加工率90%以上)した時と、素材温度が再結晶温度以下になる時との時間差のことである。すなわちT2=(再結晶温度以下になる時刻)−(成形がほぼ完了(例えば加工率90%以上)した時刻)である。さらに「再結晶温度以下になる時」から第1段目鍛造終了時(1F排出時)までの時間をT1とする。
【0057】
本発明のケース素形材を得るためには、A部位のT2はプラスで、B部位のT2はマイナスであることが好ましい。すなわちA部位では、再結晶温度以下になる時刻より前に成形が完了し、B部位では再結晶温度以下になってから成形が完了することが好ましい。なぜなら、再結晶温度以下になる時点での歪量をA部位では少なくしてB部位では多くするのがこのましいからである。
【0058】
本発明のケース素形材を得るためには、β1≦|(A部位のT2(図9の符号T2A))/T1|≦β2、(β1=0.3、β2=0.8)とするのが好ましい。β1未満になると粒が成長して粗大化しすぎ、β2を超えると歪量が少なくなりすぎるからである。γ1≦|(B部位のT2(図9の符号T2B)/T1|≦γ2、(γ1=0.3、γ2=0.8)とするのが好ましい。γ1未満になると成形状態が終了に近くなりすぎ、γ2を超えると粒の成長が不足するからである。この範囲とすることで、本発明のA部位の結晶粒状態を粗大化し、B部位の結晶状態を微細化することができる。その関係を満足することで、本発明の所定の結晶粒状態が得られるような各部位の塑性加工率、素材温度で鍛造加工することとなるので、容易に確実に所定の結晶粒状態を有するケース素形材を製造することができる。
【0059】
さらに、この概念の説明および代用する考え方を、図9を基に説明する。図9は縦軸を温度(℃)、横軸を加工時間(t)とした時の素材温度の変化を示している。ここで「再結晶温度以下になる時」は次の方法で推定したもので代用することができる。再結晶温度は「合金の融点(℃)×0.6」とする。投入した素材温度と第1段目鍛造終了時(1F排出時)素材温度との間を直線と仮定して結んだ線(素材温度の変化を示す線)と再結晶温度の交点の時刻を「再結晶温度以下になる時」(図9の符号a)とする。さらに、T2は次の方法で推定したもので代用することができる。成形部位の加工率((鍛造素形材寸法−鍛造成形品寸法)/鍛造素材寸法)をα%とする。そして、投入時(時刻0)を加工率0%、成形完了時点(時刻t)を加工率100%としたときのα%に対応する時点(図9の符号αA、αB)と再結晶温度以下になる時(図9の符号a)の時間差をT2A、T2Bとする。また、このα%に対応する素材温度は加工完了時の素材温度となる。
【0060】
以上から、T2は(投入素材温度、成形完了時素材温度、加工率)の組み合わせから決まる値となり、この値で決まる条件で製造することで、投入素材温度、成形完了時素材温度、加工率で決まる結晶粒径状態を容易に所定の状態とすることができる。第1段目鍛造において、素材温度が再結晶温度以上の高温の状態で素材を鍛造成形することで歪が発生し、そのまま鍛造途中で成形品の温度が再結晶温度以下となることで残った歪量に応じて粗い再結晶組織、または細かい再結晶組織となる。ここで加工率の小さい部位では、歪量が少ないままの状態さらに成形完了してからT2時間後に成形品温度が再結晶温度以下に下がるので結晶粒組織が粗くなり、加工率の高い部位では、成形途中の歪量が多い状態で成形品温度が再結晶温度以下に下がるので結晶粒組織は細かくなる。各T2を所定の範囲とすることでこの組織状態を実現できる。
【0061】
<加工率と結晶粒状態>
本発明ではA部位、B部位において所定の結晶粒状態を得るために、所定の部位の加工率をT2が所定の関係となるようにする。具体的には、鍛造素材の寸法と切削加工が施される予定部を含む部位の寸法との関係または最大肉厚部の寸法と最少肉厚部(たとえば底面予定部)の寸法との関係を、所定の加工率となるように設定している。この関係を達成するように鍛造条件を設定して鍛造成形することで、本発明品を得ることができる。
【0062】
加工率に関して図5を基にさらに説明する。
「粗大粒径状態の部位」(S3部位)
主成型方向に対する素材厚さが、図5のC2(アクチュエータ取付け部71となる立ち上がり部31Bの頂点から底面部30Aの下面までの距離)の値より大きい鍛造用素材を用いる。たとえば直径がC2より大きい素材を用いる。素材厚さ:C2=1.1〜5:1とするのが好ましい。加工率換算で9〜80%となる。素材厚さをC2より大きくすることにより、すでにC2の高さ分は確保されているので、最終形状に成形するための塑性変形量を抑えることができるからである。その結果、T2の比率が所定の範囲となるように加工率は小さくなり、S3箇所(アクチュエータ取付け部の根元予定部)の結晶平均粒径が好ましい粗大粒径状態を得られる。
【0063】
「微細粒径状態の部位」(S4)
図5のA2(アクチュエータ取付け部71となる立ち上がり部30Bの頂点から底面部上面までの距離)の値がB2(底面部30Aの厚さ)より大きくなるように設定する。A2:B2=3〜8:1が好ましい。加工率換算で67〜88%となる。そうすることにより、素材からB2を所定の形状にまで成形していく過程でT2の比率が所定の範囲となるように加工率を高くすることができるので、好ましい結晶粒径の微細化状態に必要な加工率が得られる。その結果、S4箇所(底面部30A)の結晶平均粒径が微細になり所定の結晶粒径状態になる。
【0064】
<素材温度と結晶粒状態>
本発明ではA部位、B部位において所定の結晶粒状態を得るために、第1段目鍛造に投入される素材の温度と、第1段目鍛造工程終了時点での鍛造品温度T2が、所定の関係となるようにする。
素材温度、金型温度に関して図5図9を基に、さらに説明する。図9に関して本発明において第1段目鍛造に投入される素材の温度の好ましい範囲は400〜500℃(好ましくは420〜480℃)である。第1段目鍛造工程終了時点で鍛造品温度は再結晶温度以下に冷却されていることが好ましい。融点×0.6℃を再結晶温度と仮定することができる。第1段目鍛造工程終了時点の鍛造品温度は、第1段目鍛造工程への投入素材温度に対して150〜300℃の範囲で低温であることが好ましい。第1段目鍛造工程終了時点の鍛造品温度が管理されるので、T2が所定の関係となるので、量産運転時において、歪量に応じた再結晶が安定してなされるので所定の結晶粒状態が安定して得られるからである。
【0065】
この範囲より高い温度で鍛造を行うとS4部の結晶粒径が好ましい値より、粗大になってしまう。そのため、さらにS4部の機械的特性が落ちてしまう。この範囲より高い温度で鍛造を行うとS3部の結晶粒径が好ましい値より、著しく粗大になってしまう。S3部の機械的特性が著しく落ちてしまう。さらに、S4との平均粒径比が好ましい値の上限値を超えてしまうおそれがある。範囲より高温であれば、熱間鍛造時の塑性加工発熱による局所融解が生じて、金型に対する焼き付きが生じたり、強度低下を招いたりするおそれがある。
【0066】
この範囲より低い温度で鍛造を行うと成形性が悪化し、所定の寸法形状に成形するために 必要な荷重が大きくなってしまう。そのため、加工率の低いS3でも製品内部に加工歪みが多く残っている状態になり、S3の粒径が微細になり切欠き疲労強度が低下しやすくなり好ましくない。この範囲より低い温度で鍛造を行うと成形性が悪化し、所定の寸法形状に成形するために必要な荷重が大きくなってしまう。そのため、加工率の高いS4では製品内部に加工歪みが著しく多く残っている状態になり、S4の粒径が微細になりすぎて平均粒径比が好ましい値の上限値を超えてしまうおそれがある。範囲より低い温度で鍛造を行うと、成形性が低下してしまうため所定の形状まで加工されないおそれもある。また低温であれば、材料の変形抵抗が大きなって、特に薄肉部や微細形状部分において、熱間鍛造上がりの中間材に欠肉などの不具合が発生するおそれがある。
【0067】
以上の素材温度を得るためには、例えば、第1段目鍛造金型温度は100〜200℃(好ましくは120〜180℃)、第2段目鍛造金型温度は100〜200℃(好ましくは120〜180℃)とすることができる。
【0068】
素材・金型温度をこのような好ましい範囲内で鍛造することで、T2が所定の関係となるように、形状寸法から計算される加工率のみで歪量を制御することができ粒径の制御が容易になる。
【0069】
<鍛造前予備加熱工程>
鍛造用素材については、図示しない加熱炉などによって第1段目鍛造工程(熱間鍛造)への投入における前述した条件を満たす素材温度まで加熱するための予備加熱を施す。なお予備加熱時間は、要は、素材内部まで均一に上記範囲内の温度まで加熱されるように設定すればよく、通常は10〜30分程度で充分である。
【0070】
予備加熱を行った鍛造用素材を、熱間鍛造型の下型のキャビティ内に装入するにあたっては、その間に素材温度が低下しないように、予備加熱直後から金型装入までの時間を短時間、例えば20秒以内に制御することが好ましい。また、本発明で対象としているケースボディ用素形材は、厚肉部を有すると同時に薄肉部や微細形状部分を有しており、したがって熱間鍛造時における薄肉部や微細形状部分への材料の流動性と、主として厚肉部形成のための材料の流動性とのバランスを維持する為に、素材の温度低下を見越して、予備加熱の設定温度を高くしたり、素材内の温度分布を均一にするために、保持時間を適切に設けるなどの制御を行なうことが好ましい。
【0071】
<第1段目鍛造工程(熱間鍛造)>
予備加熱された鍛造用素材20は、直ちに、例えば図7に示した鍛造機22の鍛造用下型24Bのキャビティ24Ba内に装入し、鍛造用上型24Aを下降させ、素材に対して熱間鍛造を行なう。
【0072】
ここで本実施形態においては、鍛造機22は、同一の鍛造機内において第1段目鍛造(熱間鍛造)と第2段目鍛造(温間鍛造)とが可能となるように、第1段目鍛造型を構成する鍛造用上型24Aおよび鍛造用下型24Bと、第2段目鍛造型を構成する鍛造用上型26Aおよび鍛造用下型26Bとを並列状に配置した構成としている。すなわち鍛造機22の上プレート22Aの下側に鍛造用上型24Aおよび鍛造用上型26Aが並列状に取り付けられ、下プレート22Bの上側に鍛造用下型24Bおよび鍛造用下型26Bが並列状に取り付けられ、図示しない加圧昇降機構によって上プレート22Aが昇降して、鍛造用上型24Aおよび鍛造用上型26Aが昇降し得るようになっている。
【0073】
前述のように鍛造用下型24Bのキャビティ24Baに素材20を挿入して、鍛造用上型24Aを降下させ、キャビティ24Ba内の素材20を熱間鍛造して所定の中間形状の中間材28に成形する。
【0074】
また図には示していないが、熱間鍛造時に適切な素材温度が保持されるように、鍛造型の下型24B、もしくは下型24Bおよび上型24Aには、電気ヒータなどの加熱手段を設けておき、これらの型を所定の温度に予熱もしくは加熱保持しておくことが望ましい。また図示していないが第1段目鍛造金型に鍛造素材を投入する手段、第1段目鍛造金型の成形品を第2段目鍛造金型に移載する手段、第2段目鍛造金型から成形品を取り出す手段を備えている。
【0075】
ここで、第1段目鍛造工程における各段階の素材の変形過程(鍛造過程)状況、特にケースボディのアクチュエータ取付け部となるべき立ち上がり部位28Bの状況を、図8A図8Dに、段階的に示す。
図8Aは、鍛造開始直前の状況であり、鍛造が開始されて素材20が変形を開始すれば、、図8Bから図8Cの中途段階を経て、最終的に図8Dに示すように、中間材(第1段目鍛造上がり材)28となる。ここで、図8Cは、材料温度が、その材料の再結晶温度となった時点の状況を想定している。
図8Cに示す段階では、最終的なケースボディ製品のアクチュエータ取付け部となるべき立ち上がり部28Aは、既にほぼ成形か完了している(例えば加工率90%以上)が、ケースボディ製品の底面部となるべき底面部位28Bは、未だ成形が完了しておらず(例えば加工率90%未満)、さらにその後の図8Dの段階に至るまでの間に大きく加工されて、例えば加工率90%以上となる。したがって、既に述べたように、素材温度が再結晶温度となるタイミングに応じて、立ち上がり部28Aおよび底面部位28Bの成形がほぼ完了する(例えば加工率90%以上となる)タイミングを異ならしめることができるのである。
【0076】
<第2段目鍛造工程(温間鍛造)>
第1段目鍛造工程による熱間鍛造後は、中間材28を鍛造用下型24Bのキャビティ24Baから取り出し、直ちに隣接する鍛造用下型26Bのキャビティ26Ba内に挿入し、鍛造用上型26Aを降下させて温間鍛造し、ケースボディ用素形材30とする。
このときすでに述べたように、第1段目鍛造後から第2段目鍛造までに時間を空けてしまうと、素材(中間材)が冷却されてしまい成形性が悪化する。それを回避するためには、第1段目鍛造工程終了後から第2段目鍛造工程開始までの時間は特に限定はされないが、たとえば1〜10秒の範囲内で鍛造されることが好ましい。
【0077】
第1段目鍛造工程終了後、ただちに、第2段目鍛造工程(温間鍛造)を行うことにより、中間材が再結晶温度以下であって高温(たとえば270〜330℃以上。好ましくは280〜320℃。)のうちに第2段目鍛造金型に投入して成形を行うことで、より難形状である部位を所定寸法形状まで成形を行うことができる。一方、温度が高すぎると粒が成長して結晶径が大きくなるおそれがある。第2段目鍛造工程(温間鍛造)を行うことにより、粒径を大きくしたことによる強度の低下に対して加工硬化を付与することができ、その結果強度の向上を図ることができる。
【0078】
成形品形状を得るために第1段目鍛造の加工割合を第2段目より大きくすることが好ましい。さらにB部位の方がA部位よりも第1段目の加工割合を大きくするのが好ましい。A部位において、第1段目鍛造と第2段目鍛造との加工割合を85〜95:5〜15とすることが好ましい。例えば、素材厚さの径は49mmであり第1段目鍛造でC2を24mmまで成形しておき、第2段目鍛造で22mmまで成形すると、加工割合は、((49−24)/(49−22)):((24−22)/(49−22))=93:7となる。B部位において、第1段目鍛造と第2目鍛造との加工割合を90〜98:2〜10とすることが好ましい。例えば、素材厚さの径は49mmであり、第1段目鍛造でB2を5mmまで成形しておき、第2段目鍛造で3mmまで成形すると、加工割合は、((49−5)/(49−3)):((5−3)/(49−3))=96:4となる。
【0079】
<仕上げ加工>
最終的にハードディスクドライブ装置ケースに使用するためのケースボディ製品に仕上げるためには、前述のようにして得られたケースボディ用素形材について、仕上げ加工として、その表面(とりわけ立ち上がり部の表面)の切削加工や研磨加工、あるいはハードディスクドライブ装置の各構成部品取り付けのための穴あけ加工などの機械加工、その他表面処理などの仕上げ加工を行なう。また、素材合金によっては、人工時効処理を施してから、仕上げ加工を施しても良い。
【0080】
<素材アルミニウム>
本発明において、ハードディスクドライブ装置ケースボディ用素形材の素材(鍛造用素材)としては、鍛造可能なアルミニウム合金であれば特に限定されない。アルミニウムの結晶粒状態は合金系による影響は小さいので、1000系(純Al系)合金(例えばA1050合金)、2000系(Al−Cu系合金)合金(例えば2014合金)、3000系(Al−Mn系合金)合金、4000系(Al−Si系合金)合金(例えば4032合金)、5000系(Al−Mg系合金)合金、6000系(Al−Mg−Si系合金)合金、7000系(Al−Zn−Mg系合金)合金、AHS(登録商標)系合金を用いることができる。
【0081】
以下好ましい合金組成について説明する。添加元素のMnやFeを含む化合物はそのサイズによっては再結晶の核となりうるので、それらの作用を利用することで所定の結晶粒状態を得ることが容易になる。合金の特性から、1000系合金を用いたものは放熱性が優れたものとなり、5000系合金を用いたものは加工硬化が優れたものとなり、7000系合金・2000系合金を用いたものは高強度に優れたものとなる。また、3000系合金を用いたものは溶接性が優れたものとなり、4000系合金を用いたものは耐摩耗性に優れたものとなり、耐食性の観点から6000系合金を用いたものは耐食性が優れたものとなる。
【0082】
特にAHS系合金で代表されるAl−Si共晶系合金は、マトリックス中に共晶Si粒子が晶出している合金であって、その成分組成としては、Si:5〜12%(質量%、以下同じ)、Fe:0.1〜1.0%、Cu:1.0%未満(0%を含む)、Mg:0.3〜1.5%を含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなることが望ましい。
この合金では、鍛造後の人工時効によって高い強度および剛性を確保することが可能となり、またそればかりでなく、鍛造性に優れ、高強度、高弾性、や低熱膨張、被削性、溶接性も優れているため、本発明のハードディスクドライブ装置ケースボディ用鍛造素形材に最適である。
【0083】
<鍛造用素材製造工程>
鍛造用の素材の製造方法はアルミニウム合金の従来の鋳造方法を用いることができ特に限定されないが、連続鋳造法を適用することが望ましい。すなわち、所定の成分組成に調整したアルミニウム合金溶湯を、ホットトップ連続鋳造法、あるいは連続鋳造圧延(薄板連続鋳造)などの一般的な連続鋳造法、さらには半連続鋳造法などの、いわゆる連続鋳造法によって鋳片とする。ここで、連続鋳造の具体的態様としては、水平連続鋳造、竪型連続鋳造のいずれでもよく、また気体加圧連続鋳造法を適用してもよい。連続鋳造によって得る鋳片の形状は特に限定されず、丸棒状のビレット、角棒状のビレット、あるいは板状のいずれでも構わない。このような連続鋳造法を適用することによって、生産性が向上するばかりでなく、例えばAl−Si共晶系合金などの場合、鋳造組織が微細でかつ偏析も少ない鋳片を得ることが可能となる。
【0084】
このようにして得られた連続鋳造鋳片に対しては、必要に応じて均質化処理を施し、さらに面削を行なうのが通常である。均質化処理の温度(雰囲気温度)は500℃±30℃とすることが好ましい。均質化処理温度がこの範囲内であれば、鋳造時の偏析を均質化する効果が得られ、再結晶核となる遷移金属元素の粗大化が起こらず、粗大再結晶防止の点から好ましい。均質化処理温度が上記範囲未満であれば、鋳造時の偏析を均質化する効果が得られにくくなり、一方、この範囲を超えれば、遷移金属元素の析出が粗大となり、粗大再結晶防止効果が小さくなる。特にFe、Mnを添加したアルミニウム合金の場合、より高い効果を得るためには、この範囲が好ましい。なお均質化処理の上記範囲内の温度での保持時間は、5時間〜20時間とすることが好ましい。なお、純アルミ系合金を素材とする場合は、鋳片に対する均質化処理は省略することができる。
【0085】
その後、必要に応じて、第1段目鍛造工程(熱間鍛造)に適した素材形状、寸法に加工するために素材加工処理を行う。この素材加工処理としては、シャー切断、あるいは押し出し加工もしくは据え込み加工などを適用すれば良い。またもちろん2種以上の加工を組み合わせても良い。例えば連続鋳造鋳片が丸棒状のビレットである場合には、丸棒状ビレットを所定の短尺にシャー切断し、据え込みもしくは押し出しによって、所用の寸法の平板状に加工して、鍛造用素材とすれば良い。また連続鋳造鋳片をシャー切断のみによって鍛造用素材とすることも可能である。また、鋳造片の表面に面削処理を行っても良い。
【0086】
<時効処理>
時効処理は基本的に不要であるが必要に応じて鍛造済品、最終加工済品に対して実施しても良い。アルミニウム合金素材として、Al−Si共晶系合金や6000系合金など、時効硬化を図ることが可能な合金を用いている場合、第2段目鍛造工程の冷間鍛造上がりの素形材をそのまま室温に24時間程度以上放置すれば、自然時効(室温時効)によっても高強度化を図ることができるが、より高強度化を図りたい場合には、人工時効処理を施してもよい。人工時効処理の最適な条件は、合金の成分組成によっても異なるが、通常は170〜220℃程度で1〜8時間程度加熱すれば良い。
【0087】
以上説明した製造方法によると、各T2の関係を所定の関係としているので、ハードディスクドライブ装置ケースボディの各部位、特に底面部とアクチュエータ取付け部に要求される異なる特性に応じて、鍛造素形材(鍛造上がり材)におけるそれらの部位となるべき部位の結晶粒径を異ならしめた素形材を得ることができる。すなわち、アクチュエータ取付け部となるべき立ち上がり部(切削加工部予定部)については、第1段目鍛造工程による加工率を小さくして鍛造成形するため、ハードディスクドライブ装置ケースボディ用鍛造素形材の立ち上がり部(切削加工部予定部)のアルミニウム結晶粒状態を粗い状態とすることができ、その結果、ケースボディにおけるアクチュエータ取付け部の切欠き疲労強度が高くなる。一方、底部予定部については、第1段目鍛造工程による加工率を大きくして鍛造成形するので、ハードディスクドライブ装置ケースボディ用鍛造素形材の底部のアルミニウム結晶粒状態を細かい状態とすることができ、その結果、ケースボディにおける底面部の強度、剛性を高くすることができる。
【0088】
本発明のハードディスクドライブ装置ケースボディ用鍛造素形材のアルミニウム結晶粒状態は、切削加工が施される予定のアクチュエータ取付け部対応部位(立ち上がり部)におけるアルミニウムの結晶粒が粗い組織となっている。そのため、立ち上がり部に切削加工を施した時に表面に現れる結晶粒界が表面に現れる確率が低減する。その結果、本発明のハードディスクドライブ装置ケースボディ用素材を用いて、立ち上がり部に切削加工を施して得られる本発明のハードディスクドライブ装置ケースボディは、アクチュエータ取付け部の切欠き感受性が低い、すなわちアクチュエータ取付け部の切欠き疲労強度に優れたものとなる。
【0089】
所定の状態を得るためには、以上の説明した工程以外に以下の方法を取ることもできる。
(1)T2の比率が所定の範囲であって1段成形で完成品の形状まで加工できる場合は、第2段目鍛造工程を省略することができる。
すなわち前述の説明では、第1段目鍛造工程(熱間鍛造)によって中間材とした後、第2段目鍛造工程(温間鍛造鍛造)によって鍛造素形材としているが、場合によっては、第1段目の熱間鍛造のみによって、ハードディスクドライブ装置ケースボディ用鍛造素形材としてもよい。その場合、前述の説明における第1段目鍛造工程を、単一の鍛造工程と読み替え、中間材を鍛造素形材と読み替えれば良く、そこで、第2段目鍛造工程を省略する場合についての詳細な説明は省略する。
(2)第1段目鍛造、第2段目鍛造を連続した一連の鍛造工程とみなして、その一連の工程に対して各T2が所定の関係を満たすように設計された工程とすることができる。
【0090】
また、A部位としてアクチュエータ取付け部を例に説明したが、A部位としては、アクチュエータ取付け部のみならず、例えば、モータ取り付け部、取り付けネジ部など、底面部よりも切欠き疲労強度が高いことが求められる切削予定部位(底面部から立ち上がる部位)についても、アクチュエータ取付け部と同様にA部位として、前述の各態様を適用してもよい。
【実施例】
【0091】
以下に本発明の実施例を記す。なお以下の実施例は、本発明の作用、効果を明確化するためのものであって、実施例に記載された条件が本発明の技術的範囲を限定するものでないことはもちろんである。
【0092】
実施例1:Al−Si系合金その1
この実施例1は、鍛造用素材の合金として、Al−Si系合金を用い、図1図3に概略を示したような有底薄型箱状のハードディスクドライブ装置ケースボディを、図4に示すような鍛造機によって素材を鍛造して製造した例である。
【0093】
ここで、Al−Si系合金としては、Si:10.5%、Fe:0.25%、Cu:2.5%、Mg:0.3%を含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなるAl−Si−Cu−Mg系合金を使用した。本合金の融点は570℃であり、再結晶温度は340℃と仮定できる。
【0094】
また、最終的に得るべきケースボディ用素形材の目標寸法は、平面的に見て、100mm×150mmの方形状で、最厚肉部(外郭部5)の肉厚taが26mm、最薄肉部(底面部3)の肉厚tbが3mmのものとした。
【0095】
前記成分組成の合金の溶湯を常法にしたがって溶製し、気体加圧ホットトップ連続鋳造法によって丸棒を得た。その丸棒に対し540℃×10時間の均質化処理を施した後、表面を面削してから、鋸刃切断によって丸棒の長さ寸法110mmで切断し、直径48.8mm、長さ110mmの円柱形状の鍛造素材とした。その丸棒鍛造素材を加熱炉によって530℃に予備加熱し、図4に概略を示す熱間鍛造型のキャビティに装入して、熱間鍛造(第1段目鍛造)を行ない、中間材を得た。
なお熱間鍛造型のキャビティに装入した際の素材温度は435℃であった。またこの熱間鍛造においては、予め金型を150℃に予熱しておいた。第1段目鍛造工程終了時点の鍛造品温度は300℃となっていた。
【0096】
次いで、熱間鍛造型から取り出した中間材を、直ちに温間鍛造型のキャビティに装入し、第2段目鍛造を実施した。この温間鍛造においては、予め金型を150℃に予熱しておいた。このとき、熱間鍛造型から中間材を取り出して、温間鍛造型のキャビティに装入し鍛造開始するまでの時間は2秒であった。
【0097】
また、第2段目鍛造工程終了時点の鍛造品温度は214℃となっていた。
【0098】
[評価]
得られた素形材の強度を調べたところ、ケースボディ用素形材の外郭部(最厚肉部)では、284MPaであり、また底面部では、290MPaであった。また、ケースボディの剛性の指標として、各部の硬さを調べたところ、外郭部(最厚肉部)では、Hv91であり、また底面部では、Hv110であった。これらの測定値から、ハードディスクドライブ装置ケースボディとして充分な強度、剛性を有していることが明らかである。
【0099】
<アクチュエータ部位の平均粒径評価>
「結晶粒径が粗大になっていることの確認」
C2に対して、素材径は2.0倍とした(C2の加工率は素材径からの換算で50%)。
S3の結晶平均粒径が0.58mmとなり粗大になっていた。
「結晶粒径が微細になっていることの確認」
B2に対しA2は5.8倍とした(B2の加工率は素材径からの換算で93%)。S4の平均粒径は0.016mmとなり微細になっていた。そして、S4に対してS3の平均粒径は36.4倍となっていた。すなわち、S3は切欠き疲労強度が良好になる粒径状態になっていた。またS4は強度、剛性が良好になる粒径状態になっていた。
【0100】
図9に沿って素材温度の変化を示す直線と再結晶温度を示す直線の交点からT1を、また素材温度の変化を示す直線と各部位の加工率との交点からT2を求め、T1とT2Aの関係、T2AとT2Bの関係を求めた。アクチュエータ取り付け部予定部位のT2Aの値はプラスとなり、底部予定部位のT2Bの値はマイナスとなった。またT2AとT1との比率は好ましい範囲の0.5となっていた。T2BとT1との比率は好ましい範囲の0.7となっていた。
【0101】
アクチュエータ部位の中間材のC2は24mm、最終成形時のC2は22mmとしたので、第1段目鍛造成形と第2段目鍛造工程の加工割合は93:7であった。
【0102】
比較例:Al−Si系合金その1
実施例1において以下の条件を変更して実施した。
「温度の影響の確認」
素材・金型温度に関して、T2の関係が好ましい範囲を外れているより高い温度で鍛造したところ、S2、S4の平均粒径が好ましい値より粗大になっていた。そのため、平均粒径比が上限値を超えてしまった。またS2、S4部の機械的特性が低下していた。さらに、S2、S4部以外の粒径も全体的に粗くなっていて製品の他の部分での機械的特性が低下していた。
【0103】
T2の関係が好ましい範囲を外れているより低い温度で鍛造を行ったところS2、S4の平均粒径が微細になりすぎて、好ましい平均粒径比が得られなかった。また、S1、S3が好ましい粒径より微細になってしまった。
【0104】
「加工率の影響の確認」
T2の関係が好ましい範囲を外れるように鍛造用素材の形状を扁平状としその厚さを20mmとして成形したところ、アクチュエータ部位が微細再結晶状態となって、好ましい組織状態を得ることができなかった。
【0105】
実施例2:Al−Si系合金その2
この実施例2は、鍛造用素材の合金として、Al−Si系合金の別の組成を用い、実施例1と同様にして、図1図3に概略を示したような有底薄型箱状のハードディスクドライブ装置ケースボディを、図4に示すような鍛造機によって素材を鍛造して製造した例である。ここで、Al−Si系合金としては、Si:10%、Fe:0.25%、Cu:1.0%、Mg:0.5%を含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなるAl−Si−Cu−Mg系合金を使用した。
【0106】
<アクチュエータ部位の平均粒径評価>
「結晶粒径が粗大になっていることの確認」
C2に対して、素材径は2.2倍とした。S3の結晶平均粒径が0.6mmとなり粗大になっていた。
「結晶粒径が微細になっていることの確認」
B2に対しA2は5.8倍とした。S4の平均粒径は0.014mmとなり微細になっていた。そしてS4に対してS3の平均粒径は36.4倍となっていた。すなわち、S3は切欠き疲労強度が良好になる粒径状態になっており、一方S4は強度、剛性が良好になる粒径状態になっていた。
【0107】
実施例3:3000系合金
この実施例は、鍛造用素材の合金として、3000系合金を用い、実施例1と同様にして、図1図3に概略を示したような有底薄型箱状のハードディスクドライブ装置ケースボディを、図4に示すような鍛造機によって素材を鍛造して製造した例である。ここで、3000系合金としては、Si:0.5%、Cu:0.1%、Mn:1.2%、Fe:0.5%を含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなる合金を使用した。
【0108】
<アクチュエータ部位の平均粒径評価>
「結晶粒径が粗大になっていることの確認」
C2に対して、素材径は2.0倍とした。S3の結晶平均粒径が0.58mmとなり粗大になっていた。
「結晶粒径が微細になっていることの確認」
B2に対しA2は5.8倍とした。S4の平均粒径は0.016mmとなり微細になっていた。またS4に対してS3の平均粒径は36.4倍となっていた。すなわち、S3は切欠き疲労強度が良好になる粒径状態になっており、一方、S4は強度が良好になる粒径状態になっていた。
【産業上の利用可能性】
【0109】
本発明のケース素形材はコンピュータなどのハードディスクドライブ装置のケースの本体(ケースボディ)に使用することが可能である。
【符号の説明】
【0110】
1…ケースボディ、 3…底面部(肉薄部)、 5…外郭部(肉厚部)、20…鍛造用素材、 22…鍛造機、 24A…鍛造用上型、 24B…鍛造用下型、 24Ba…キャビティ、 26A…鍛造用上型、 26B…鍛造用下型、 26Ba…キャビティ、 28…中間材、 28A…中間材の底面部、 28A…中間材の立ち上がり部、 30A…ケースボディ用鍛造素形材、 30A…ケースボディ用鍛造素形材の底面部、 30A…ケースボディ用鍛造素形材の立ち上がり部、 71…ケースボディのアクチュエータ取付け部。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8A
図8B
図8C
図8D
図9