特許第6362332号(P6362332)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6362332ニューロフィードバックを用いた無意識学習法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6362332
(24)【登録日】2018年7月6日
(45)【発行日】2018年7月25日
(54)【発明の名称】ニューロフィードバックを用いた無意識学習法
(51)【国際特許分類】
   G09B 19/00 20060101AFI20180712BHJP
   G09B 5/06 20060101ALI20180712BHJP
   G06Q 50/20 20120101ALI20180712BHJP
【FI】
   G09B19/00 G
   G09B5/06
   G06Q50/20
【請求項の数】6
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2014-3107(P2014-3107)
(22)【出願日】2014年1月10日
(65)【公開番号】特開2015-132671(P2015-132671A)
(43)【公開日】2015年7月23日
【審査請求日】2016年11月17日
(73)【特許権者】
【識別番号】301022471
【氏名又は名称】国立研究開発法人情報通信研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100082669
【弁理士】
【氏名又は名称】福田 賢三
(74)【代理人】
【識別番号】100095337
【弁理士】
【氏名又は名称】福田 伸一
(74)【代理人】
【識別番号】100095061
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 恭介
(72)【発明者】
【氏名】成瀬 康
(72)【発明者】
【氏名】前田 太郎
(72)【発明者】
【氏名】安藤 英由樹
(72)【発明者】
【氏名】飯塚 博幸
(72)【発明者】
【氏名】常 明
【審査官】 宇佐田 健二
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2012/0100514(US,A1)
【文献】 国際公開第2013/161235(WO,A1)
【文献】 柴田和久、外3名,"機能的磁気共鳴画像法を用いたニューロフィードバック訓練によりひき起こされる視覚知覚学習",DBCLS,日本,ライフサイエンス総合データベースセンター,2012年,[2017年10月19日検索]<DOI: 10.7875/first.author.2012.003>,URL,http://first.lifesciencedb.jp/archives/4093
【文献】 大澤美貴雄,"事象関連電位",「別冊・医学のあゆみ 神経疾患−state of arts(Ver.1)」,日本,医歯薬出版株式会社,1999年11月15日,第1版第1刷,p.163-167
【文献】 平田幸一、外1名,"電気生理学的検査 事象関連電位 N200(N2)",「痴呆症学(1)−高齢社会と脳科学の進歩− 日本臨牀61巻 増刊号9」,日本,株式会社日本臨牀,2003年12月28日,初版第1刷,p.416-421
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G09B 1/00−9/56,17/00−19/26
G06Q 50/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者に2つの弁別対象間の弁別を課題とする課題信号を提示する課題提示手段と、該被験者の脳波信号を検出する脳波信号検出手段と、検出した脳波信号の強度情報を含み、該被験者に帰還する帰還信号を生成する信号処理手段と、生成された帰還信号を該被験者に提示するための帰還信号提示手段と、を用いた学習装置を用いて該被験者の脳波の状態を示す情報を該被験者に帰還することで、該被験者の情報処理能力を改善する学習方法であって、
上記課題提示手段はオドボール法で提示するものであり、また、上記脳波信号はMMN(ミスマッチネガティビティ)信号であり、上記脳波信号検出手段はMMN信号検出手段であり、
(1) 上記の課題について第1被験者に上記学習装置を用いて、選別前の課題信号について学習させ、上記学習により上記課題について上記MMN信号が所定の閾値を超えた場合に上記課題を残すことで、第2被験者の学習に用いる課題である学習課題を選別するステップと、
(2) 選別された上記学習課題または上記MMN信号の基となる刺激を含む上記学習課題について、第1被験者とは異なる第2被験者に、上記学習課題または上記MMN信号の基となる刺激を含む上記学習課題についての説明なしに上記課題提示手段を用いてオドボール法で繰り返し提示し、同時に、上記MMN信号検出手段を用いて検出したMMN信号の強度が大きくなるように上記第2被験者を促すステップと、
(3) 上記学習課題または上記MMN信号の基となる刺激を含む上記学習課題における上記弁別対象を個別に上記第2被験者に提示して、上記学習の成果を確認するステップと、
を、含むことを特徴とするニューロフィードバックを用いた無意識学習法。
【請求項2】
請求項1における(2)のステップにおいて、上記学習課題または上記MMN信号の基となる刺激を含む上記学習課題についてオドボール法で繰り返し提示する際に、上記弁別対象間の入替えを行って提示することを含むことを特徴とするニューロフィードバックを用いた無意識学習法。
【請求項3】
上記帰還信号提示手段に提示する帰還信号は、MMN信号強度の累積値用いた帰還信号であることを特徴とする請求項1または2のいずれか1つに記載のニューロフィードバックを用いた無意識学習法。
【請求項4】
上記課題信号を上記第2被験者にビデオゲームを介して提示し、上記帰還信号を上記第2被験者に提示する上記ビデオゲームの進行を制御する入力信号として用いることで上記MMN信号の強度が大きくなるように上記第2被験者を促すものであることを特徴とする請求項1から3のいずれか1つに記載のニューロフィードバックを用いた無意識学習法。
【請求項5】
上記課題信号は音響信号であることを特徴とする請求項1から3のいずれか1つに記載のニューロフィードバックを用いた無意識学習法。
【請求項6】
上記課題信号は映像信号であることを特徴とする請求項1から3のいずれか1つに記載のニューロフィードバックを用いた無意識学習法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、MMN(mismatch negativityミスマッチネガティビティ)信号を被験者に帰還するニューロフィードバックを用いることで被験者の情報処理能力を改善する、ニューロフィードバックを用いた無意識学習法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、日本人は、英語のLとRの音の区別をすることが困難であるといわれている。しかし、意識レベルではLとRの違いがわからないにもかかわらず、脳波を計測すると、その違いがMMN信号(以下では、MMN)という脳波信号に現れることが知られている。MMNの振幅は、二つの音の違いをよく認識できた場合により大きくなる。
そこで、本願の発明者による研究において、MMNの振幅を円の半径に対応させ、この半径を大きくするように努力させたところ、聴かせていた二つの音の識別率が向上することが、明らかになった。この研究で重要な点は、被験者はこの円の半径が何に対応しているか知らないにもかかわらず、この円の大きさを大きくすることができ、さらに、識別率が向上した点である。
【0003】
そもそも、MMNは被験者が対象の音に注意を向けなくても発生することが知られている。それ故、MMNの振幅を、例えば、レースゲームにおける車の最高速度に対応させるなどをすれば、被験者は単にレースゲームを行い、より、スピードを上げるように努力をするだけで、自動的に二つの音の違い、たとえば英語のLとRとの違いを無意識的に学習することができる。
【0004】
脳活動状態を被験者にフィードバック(FB)して様々な学習を効率的に行う方法は、既によく知られており、ニューロフィードバック(NFB)学習法と呼ばれている。一般に、NFB学習法においては、出された問題に対する答えが正解か不正解かを被験者にFBするのではなく、脳活動パターンを解析した結果を被験者にNFB(ニューロフィードバック)していた。たとえば、特許文献1の開示では、二つのピッチが異なる音の判別能力を上げる学習をする上で、一般的な学習法では、この二つの異なる音を聞かせて、同じであったか、違っていたかを被験者に答えさせ、正解か否かを被験者にFBするが、NFB学習法では脳活動パターンから読み取って、被験者が同一の音と知覚したか異なる音と知覚したかを判別し、被験者にFBするということを行う。このNFB学習の最大の利点は、被験者へのFBを離散量でなく連続的な量で与えることができるということである。つまり、一般的な学習では、被験者へのFBは正解もしくは不正解の二択であるのに対して、NFB学習においては、脳活動パターンがどれだけ正解に近い状態かを解析できるため、そのFBを連続量として与えることができる。これにより、たとえ、被験者の答えが間違えていたとしても、脳活動パターンが正解のものに近づいてさえいれば学習が進んでいると考えられるため、学習の効率化が期待される。しかし、飽くまでも、この学習結果に対して毎回、学習の度合いについて被験者が知る必要があるため、被験者は学習対象に対して、意識を向けておく必要がある。
【0005】
本発明に類似するものとして、例えば特許文献1が開示されている。この類似は以下の点である。
一般に、ピッチの違いを学習する場合、オドボール刺激なる様式に従って、音のシーケンスの中に、カテゴリー1の音(例えばやや低い音)を多く入れ、たまにカテゴリー2の音(例えばやや高い音)を入れるという音響刺激を被験者に聴かせる(図2)。このとき、カテゴリー1とカテゴリー2の音の違いが知覚できた場合、カテゴリー2の音を聞いたとき(つまり、割合的に少しの方の音を聞いたとき)にMMN(mismatch negativity)という脳波の波形が観測される。このMMNの振幅は、カテゴリー間の違いがより明確に知覚できればできるほど、より振幅が大きくなることが知られている。それ故、被験者にこのMMNの振幅の値をNFBすることで、この二つのカテゴリー間の音の違いをどれぐらいしっかりと知覚できているかが被験者に伝わる。被験者は、このNFBに基づき、この音の知覚の仕方を学習していくことができる。しかし、この開示では、NFBが正解もしくは不正解の二択から連続量に変化しただけであり、学習する対象に意識を向けることなく、ゲームなど他のことをしている間に自然と学習が進んでいるという状態には至っていない。
【0006】
また、非特許文献2に、学習対象が明確では無いにもかかわらず脳は学習ができる、という知見をもたらす研究が報告されている。この研究では、fMRI(functional magnetic resonance imaging)で観測した被験者の脳活動パターンの、事前にその被験者で計測しておいた目標とする特定の脳活動パターンへの類似度を、円盤の大きさに変換して、被験者に視覚的にオンラインでNFBした。被験者は、この円盤の大きさが対応する脳活動パターンが何かを知らされずに上記学習での訓練を繰り返すことで、この円盤を大きくできるようになった。また、これができるようになった後に、この目標とする脳活動パターンに対応する知覚(この論文の中では見えにくい線に対する知覚)を検証したところ、その知覚における識別能力が向上した、ということが報告されている。
上記fMRIは、大型の装置であり、通常の教育現場等で利用することは困難である。また、目標とする脳活動パターンが既知でないとこの手法を利用できないため、すでにある程度弁別可能な状態からその処理能力を強化するということに利用できるが、そもそも弁別が不可能な課題について学習することができないという問題点もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
国際公開第2010/117264号
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】K.Shibata, T.Watanabe, Y.Sasaki and M.Kawato, “Perceptual learning incepted by decoded fMRI neurofeedback without stimulus presentation”, Science, 2011, 334(6061):1413-1415
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
比較的安価でかつ計測がしやすい脳波計を用いた学習方法であって、学習する対象に被験者が意識を向ける必要はなく、脳波を用いたゲームなどとして課題を被験者に提示することができる、ニューロフィードバックを用いた無意識学習法を提案する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明のニューロフィードバックを用いた無意識学習法は、被験者に2つの弁別対象間の弁別を課題とする課題信号を提示する課題提示手段と、該被験者の脳波信号を検出する脳波信号検出手段と、検出した脳波信号の強度情報を含み、該被験者に帰還する帰還信号を生成する信号処理手段と、生成された帰還信号を該被験者に提示するための帰還信号提示手段と、を用いた学習装置を用いて該被験者の脳波の状態を示す情報を該被験者に帰還することで、該被験者の情報処理能力を改善する学習方法に分類することができる。
本発明の場合、上記課題提示手段はオドボール法で提示するものであり、また、上記脳波信号はMMN(ミスマッチネガティビティ)信号であり、上記脳波信号検出手段はMMN信号検出手段であり、
(1) 上記の課題について説明を受けた第1被験者に上記学習装置を用いて、選別前の課題信号について学習させ、上記学習により上記課題について上記MMN信号が所定の閾値を超えた場合に上記課題を残すことで、第2被験者の学習に用いる課題である学習課題を選別するステップと、
(2) 選別された上記学習課題または上記MMN信号の基となる刺激を含む上記学習課題について、第1被験者とは異なる第2被験者に、上記学習課題についての説明なしに上記課題提示手段を用いてオドボール法で繰り返し提示し、同時に、上記MMN信号検出手段を用いて検出したMMN信号の強度が大きくなるように上記第2被験者を促すステップと、
(3) 上記学習課題または上記MMN信号の基となる刺激を含む上記学習課題における上記弁別対象を個別に上記第2被験者に提示して、上記学習の成果を確認するステップと、
を、含むものである。
複数の被験者が同じ学習課題に取り組む場合には、例えば、上記(1)のステップは共通に用いることができ、あるいは既知の場合は省略することができ、上記(2)のステップは、各被験者について繰り返し行われるものであり、上記(3)のステップは、上記(2)のステップを複数回経験した後実施することができる。上記(3)のステップの後に上記(2)のステップに戻ることもあり得る。
本発明は、もともと被験者が弁別不可能であった弁別課題を、被験者自身が弁別課題を行っていることを知らないという無意識的状態にもかかわらず弁別可能とする。
【0011】
上記(2)のステップにおいて、上記学習課題または上記MMN信号の基となる刺激を含む上記学習課題についてオドボール法で繰り返し提示する際に、上記弁別対象間の入替えを行って提示するようにしてもよい。上記提示での提示順についての入替えの他に、オドボール法における提示比率の入替えについても言える。
【0012】
上記帰還信号提示手段に提示する帰還信号は、MMN信号強度の累積値用いた帰還信号であってもよい。ここで、上記帰還信号は、オンラインでの帰還であることが望ましいが、MMN信号を線形増幅器などでの処理と同様の処理の他に、符号なしのMMN信号の時系列の累積値を用いることでもよい。またこの累積は直近の時間を重視する時間的な重み付けを設けた和で行ってもよい。
【0013】
上記課題信号を上記第2被験者にビデオゲームを介して提示し、上記帰還信号を上記第2被験者に提示する上記ビデオゲームの進行を制御する入力信号として用いることで上記MMN信号の強度が大きくなるように上記第2被験者を促すなど、MMN信号を大きくするということが被験者への誘因となるようにしてもよい。例えば、MMN信号の強度分、ゲーム内で発射されるビーム砲の強度を上げたり、登場人物を前進させたり、等のことである。
【0014】
上記課題信号は音響信号である。背景音が与えられる場合もある。単一の周波数成分の音の他に複雑なスペクトルからなる音の場合もある。
【0015】
上記課題信号は映像信号である。形状に関する映像信号の他に色彩に関する映像信号の場合もある。
【発明の効果】
【0016】
このように、被験者が、音に意識を向けず、また、円の大きさが何を意味しているかについて理解もしていない状態で、脳波を用いたニューロフィードバック学習をさせた場合、学習が進むかどうかは不明であったが、実際に実験をしたところ、訓練をする前に比べると、訓練をした後の方が、より、違いを識別できるようになった。
これにより、音としては単に聞き流しているだけの状態で、かつ、ニューロフィードバックがどのような意味を持っているかもわからないにも関わらず、学習が進むという効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明のニューロフィードバックを用いた無意識学習法を適用するための装置例を示す図である。
図2】(a)は、学習段階の手続きを示し、(b)は、BADテストにおける音響刺激の4つの組み合わせを示し、(c)は、BADテストステージの試行の手続を示す図である。
図3】(a)NFB条件下の個々の被験者の各BADテストの正解度、(b)対象実験条件下の個々の被験者の各BADテストの正解度、(c)NFB条件下と対象実験条件下での識別正解度の改善の平均、(d)NFB条件下と対象実験条件下での正解度グループ平均、を示す図である。
図4】(a)NFB条件下のグループ平均のMMN振幅、(b)NFB条件下のグループ平均のピーク潜時、を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に、この発明の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。以下の説明においては、同じ機能あるいは類似の機能をもった装置に、特別な理由がない場合には、同じ符号を用いるものとする。
【0019】
図1に本発明のニューロフィードバックを用いた無意識学習法を適用するための装置例を示す。刺激提示装置2は、被験者1に課題の刺激を提示するためのもので、図1の場合は、イヤホン3を通じて聴覚刺激の例を示している。オドボール刺激の場合は、弁別させたい二つの刺激を提示する装置である。刺激は聴覚の他、視覚等の五感情報の何でもよい。脳波計4は、被験者1に付けられた電極5を通じて脳波を取得するためのものである。ここでは脳波計を用いる例を示すが、いわゆる脳波のみならず、脳磁図、皮質脳波等のMMNを計測できる物であれば何でもよい。信号処理装置6は、脳波計4からの出力を受けてMMNを評価する装置である。MMN振幅の他に潜時情報も出力できることが望ましい。フィードバック装置7は、信号処理装置6からの出力を受けて、MMNの大きさを被験者にFBする。FBの方法は、図1では視覚情報としてFBしているが、聴覚、味覚等の五感情報のなんでもよい。ここで、FB情報として、上記潜時情報を用いることもあり得る。
【0020】
本発明の場合も、刺激の課題としては、例えばオドボール刺激を用いる。このとき、二つの音の違いが識別できた場合、MMNが現れる。このMMNは音響刺激に注意を向けていなくても違いが識別できていれば無意識下でも発生するという特性があるため、本発明ではこのMMNの特性を利用する。
特許文献1の開示では、被験者は、基本的に音響刺激に注意をして、ちゃんと違いを識別しようと努力した上で、ニューロフィードバックを受ける。
しかし、本発明では、被験者には、特に音に意識を向ける必要は無いという指示をした上で、MMNの大きさに対応した円の大きさを大きくするように努力するということをさせた。ちなみに、被験者は円の大きさが何に対応しているかを知らない。非特許文献2とは異なり、MMNを利用していることで事前に被験者の脳活動パターンを調べる必要がない。
【0021】
最も効果が発揮される利用例は、言語の学習であると考えられる。たとえば、被験者にはrightとlightというようにRとLの違いがある単語を聞き流してもらっている状態(この場合、図2のCategory 1がrightでcategory 2がlight)で、被験者には車の最高速度がこのMMNに対応しているレースゲームをやってもらうことで、被験者は、より、早く車を走らせようと努力するだけで自然に、RとLの区別がつくようになっているという利用例が考えられる。
【実施例1】
【0022】
MMNは、逸脱刺激が残りの標準刺激に対して約20%である聴覚オドボール課題で示される一連の聴覚刺激のシーケンス内の任意の識別可能な変化によって誘発させることができる。その振幅と潜時は、音の変化をどの程度判別しているかをよく示している。簡単に判別できるほど、振幅はより大きく、また、より短い潜時で誘発される。興味深いことに、MMNは、対象を意識的に識別しようとすることがない場合にも観察されることである。また、MMNは、音響刺激に対する被験者の注目なしでも誘発されることがあることも知られている。本実施例では、識別に関するMMN強度を視覚的表示物で被験者にフィードバックし、兎に角、上記視覚的標示物のサイズを大きくするように被験者に指示した。被験者はMMN応答と視覚的表示物の大きさとの対応関係を知らない。ひたすら上記視覚的表示物のサイズを拡大しようとするだけである。つまり、被験者は知覚技能訓練を行っていることに決して気付くことなく、また、音に注意を払うことが必要ではない。上記の訓練の後、知覚スキルは向上した。
【0023】
本実施例について、以下に、より詳細に説明する。
上記のNFBの下、被験者は1000Hzと1008Hzとを意識せずに識別すべく訓練された。この訓練では、80%が1000Hzの刺激で残りが1008Hzであり、誘発されるMMN応答を強めるようにした。音響刺激は、0.5秒中でランダムに与えられた。図2(a)に実験の時系列を示す。MMN信号強度は最新の20音データについて算出する。その内容は、(標準刺激:16試行、偏奇刺激:4試行)である。算出したデータは、緑色円板で視覚的にフィードバックする。その円板の径がMMN信号強度に対応する。被験者に対する指示は、「ヘッドフォンからの音を無視して、ディスプレイ上の緑色円板をできるだけ大きくすること」である。
【0024】
1コマは、300音からなり、150秒である。1日で12コマの訓練を日課とした。被験者は、上記日課を5日間行ったが、日課ごとの間は少なくとも24時間設けた。連続した5日間ではないが、10日以上にはなっていない。緑色円板の径は、1コマの始めの20音については、固定している。これは、MMN信号を算出するために20音必要であるためである。上記の径は、0.5秒ごとに、MMNをアップデートする際についでにアップデートした。上記円板のサイズは、MMN信号の振幅の線形マッピングで決めた値である。何の値が表示されているのかについて被験者に知らされていない事については、特記する必要がある。実験目的が知覚訓練であることは、伏せられている。
【0025】
訓練の流れは、以下の様になる。但し、この課題については、発明者の研究で訓練前より成績が上がることがわかっている。
(1)まず、既存手法の場合は、以下のようになっている。
1−1:被験者に脳波計をつける。
1−2:被験者はplayやprayといった単語を聞いて、どちらかを区別できるように学習を行う。
1−3:これを行っているときのMMNをフィードバックすることで、たとえ間違っていても、脳が正しく判断し始めているかどうかを被験者に伝える。
1−3−1:このフィードバックのみではなく、MMNの大きさに従って刺激をえてもよい(たとえば、単語の速度を変えるとか、音の大きさを変えて、MMNが小さい場合は聞き取りやすいものする等)。
1−3−2:被験者は、フィードバックされたものがMMNに対応していることを知っている。
1−4:被験者は言語学習をしていることがわかっているため、訓練と評価は同時(訓練をしたら、その評価がすぐにフィードバックされる。)
(2)これに対して、本発明の場合は、以下の様にする。
2−1:被験者に脳波計をつける。
2−2:被験者はplayやprayといった単語を聞きながら、提示されているMMNの大きさを反映した円を大きくする。
2−2−1:聞いている単語に関して、学習しようとする必要はない。
2−2−2:円の大きさがMMNに対応していることを被験者に伝える必要はない。
2−2−3:提示されるものは円である必要はなく、たとえばゲームのパラメータに対応させていてもよい。
2−3:何度か訓練をすることにより、MMNを反映した円を意図的に大きくできるようになる。
2−4:訓練をした後に、LとRの違いの聞き取り評価をする。
【0026】
音響識別能力が改善されたことを評価するために、BAD(behavioral auditory discrimination)テストを、訓練初日の前に実施した。つまり、訓練前テストである。また、毎訓練日にも訓練後に実施した。そのテストにおいては、被験者の音響識別能力を測定したが、被験者は、2つの単独音の同異について答えるものである。図3(a)は、8人の被験者のBADテストの結果を示す。繰り返し測定の1元配置分散分析は、訓練が有効であることを示している。結果は、F(5,42)=8.40、p<0.0001である。
【0027】
任意の接近したステージにおける正確度間の事後t検定で、次のことが判明した。つまり、2つの純音の識別能力は、3日目や4日目を除き、改善された。全体的には、正確度や毎訓練日における正確度の平均は、漸近的に増加し、この傾向は次第に良くなった。結局の処、NFB訓練を通じて、最終日の正確度は、事前検定に比べて、25.45±3.09%(被験者の平均±標準誤差)改善された。
【0028】
日々の訓練において、被験者は、音響刺激を無視する指示を受けているが、音響刺激を繰り返し聴取する事に慣れることで、訓練が音響識別能力を改善したのかもしれない。この可能性を確かめるために、新たな被験者8人に対して、対照実験を行った。その対照実験では、被験者に同じ指示を与え、頭部に電極を装着した。しかし、測定した脳波は無視し、視覚フィードバックの緑色円板のサイズは、他の被験者のNFB条件下において記録されたのと同じ手順で提示された。つまり、対照実験の被験者にはNFB条件下と同じ視覚刺激が示された。被験者はNFB条件下に参加したか対照実験条件下に参加したかについては知らない、ということを特記しておく。
【0029】
対照実験条件下の個々の被験者のBADテストを行った。結果を図3(b)に示す。また、図3(c)は、対照実験条件下のBADテストで有意の能力改善が見られなかったことを示している。NFB条件下と対照実験条件下とで、グループ平均での比較も行った。その結果では、NFB条件下は対照実験条件下に比べてかなり改善されている。これから分かるのは、NFB条件下における能力改善では、繰り返される音響信号から識別力を学んだものではないことである。また、図3(c)から、繰り返される音によって学習は起こらない、ということも分かる。
【0030】
行動上の能力改善に加えて、神経活動がNFB訓練で変わったのかどうかを確かめた。これには、各訓練日のMMNを算出するための脳波を詳しく調べた。グループの平均MMN振幅と潜時を神経活動の指標とした。図4(a)はグループ平均のMMN振幅の変化を示している。この結果から分かることは、最終日のグループの平均のMMN振幅は、初日よりもかなり高い(t(7)=2.45, p<0.05)ことである。加えて、被験者のNFB訓練中の日々のMMN最大潜時を比較した。図4(b)は、グループ平均の日々のMMN最大潜時の最終日の値は初日に比べてかなり短い(t(7)=2.71, p<0.05)ことを示している。
【0031】
知覚学習に関して、最近の研究が示す所では、視覚野における方角の検知に対応する脳の特定の活動は、刺激や目標行動に主観認識を提示することなく、記録されたfMRIで訓練された。我々の研究結果ではこの観点をサポートするものであり、脳活動の変化が無意識であっても行動上の能力改善を引き起こす。記録されたfMRIを用いるやり方は、知覚学習に関連する脳領域位置を知るためにも、特定の知覚学習でどのように活性化されるかを知るためにも、事前に被験者の脳活動パターンを計測することが必要である。また、このように事前に脳活動パターンを計測する必要があるため、学習前であってもある程度は弁別が可能である課題を強化することしかできない。
【0032】
これに対して、本発明の学習法では、聴覚プロセスの結果誘発されるMMN応答を使うことで、特定脳活動パターンや個々の音の特性を知らない状態でも、知覚変化は訓練できる。それ故、学習前は全く弁別不可能な課題に対しても本学習法は利用できる。この、MMN信号は容易に捕捉できる。それゆえ、本発明は知覚訓練に有用な知見をもたらす。例えば、lightとrightにおいて、/l/や/r/の音に相当する脳活動パターンは明確でないが、/l/や/r/の区別で誘発される脳活動、例えばMMNは、/l/と/r/の識別を教えるものである。高価なfMRI装置に比べて、脳波装置は入手も利用も容易である。さらに、脳波装置にはいろいろな先進機能、例えば、安定なアクティブ電極、はやく被れる帽子、あるいはコンパクトな携帯用装置など、を、付加することができる。
【0033】
以前の研究では以下の点が示されている。つまりMMNは、識別の正確性と音の感覚記憶の持続性で決まる。我々の行動試験において改善が確認されたので、我々のNFB法によって識別機能が改善されたと考えるのは理にかなっている。いくつかの研究で、行動訓練を通じてMMNがより強くなっているのが示されている。これらの研究では、弁別課題の学習をしたことで,MMNの大きさが強くなっていることを示している。
【0034】
しかし、行動識別訓練の後には、刺激の変化を識別することを行動で学んだ被験者にMMNが見られるようになった。これらの結果の示す所では、行動上の音響識別能力は、脳活性を増強することのみで改善されるもので、行動上の識別訓練なしでよい。つまり、MMNを大きくするということで、無意識的にこのMMNを引き起こしている弁別課題を学習しているということを、本発明の発明者が初めて示した。
【0035】
さらに、行動上の識別訓練は困難な場合があるが、これは行動上の識別訓練様式のフィードバックが行動上の応答向けに2値(正/誤)情報に限られるためである。脳プロセスが新奇の音にどの程度近いかに関係なく、行動が誤りである場合は、“不正解”となる。そのような2値の情報は、学習プロセスの成果を適正に評価することができず、被験者が何をどう学ぶべきかを分かり辛くしてしまう。それゆえ、本発明のNFBを用いた無意識学習法は、行動訓練に比べてより強くまたより役に立つものとなる。
【0036】
被験者は、学習段階の目的に気づいたか?
最後の訓練日のBADテストの後で、被験者に円板サイズがなぜ変化したかを質問したところ、その誰の返答も、実験における音響刺激に関するものではなかった。これは、われわれの実験の目的を被験者が知らなかったことを示している。本発明のNFB法を用いた無意識学習法では、学習者に音響刺激に注意を払う事を求めず、学習者は学習の事実も知る必要が無く、無意識的に識別力を改善できる。
【0037】
これから、ビデオゲームを用いた音響知覚訓練への興味深い見方をすることができる。例えば、ビデオゲームで、なんらかのゴールを達成するなど、被験者にとって誘因になることをMMNの強度と関連付ける。この際、プレーヤーは、学習音つきのゲームを楽しむだけにする。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明は、外国語言語学習、音感の学習、色の学習、ソムリエの訓練、香の訓練等の弁別をすることが重要なスキルとなることに本学習法は利用できる。
上記の実施例では、周波数の接近した単純な2つの音によるオドボール課題について例であったが、被験者にとって識別が困難な2つの単語について識別訓練を行う場合は、異なるが識別が困難な点の単語の発音開始からの位置を予め見出しておき、MMNの検出は、その時点の近傍で行うことによって、フィードバック信号を得ることができ、本発明を適用することができる。
また、本発明を、臭覚について行う場合は、被験者を無臭の風のある環境で、被験者に臭気成分を含むガスをパルス上に噴出させることによって、オドボール課題を実現することができ、本発明を適用することができる。
【0039】
また、本願発明の発明者が確認した所では、この学習の効果が、学習に使った刺激のみならず、それに類する刺激にも及ぶ。つまり、たとえば、話者が代わっても学習効果は発揮され、第1話者が発するpray/playを利用した学習をした結果、第2話者の発するpray/playの弁別能力の向上が起こる。さらに、同じ要素を含む異なる単語でも学習効果は発揮され、right/lightといった、同じ、r/lを用いた単語の弁別能力の向上も起こっていることを確認した。従って、本発明による学習効果は、外延的効果を有すると言える。
【符号の説明】
【0040】
1 被験者
2 刺激提示装置
3 イヤホン
4 脳波計
5 電極
6 信号処理装置
7 フィードバック装置
図1
図2
図3
図4