【実施例】
【0018】
図1は、本発明の一実施例としてのすべり状態解析装置20の構成の概略を示す構成図である。実施例のすべり状態解析装置20は、図示するように、一般的な汎用コンピュータ22にアプリケーションソフトウエアとしてのすべり状態解析プログラム30がインストールされたものとして構成されている。すべり状態解析プログラム30は、線形データ求解モジュール32、求解モジュール34、領域変更モジュール36、摩擦損失仕事演算モジュール38、を含んでいる。
【0019】
線形データ求解モジュール32は、ボルトなどにより締結された部材の各部(各節点)に対して線形変形の範囲内の力やトルクと各部に作用する応力や各節点の変位との関係を有限要素法解析や差分法あるいは境界要素法などを用いて求解し、得られた解を線形データとしてデータベース化して記憶するモジュールである。
【0020】
求解モジュール34は、2部材に相対変位や相対回転変位あるいは相対力や相対トルク(以下、「相対変位等」と省略する。)を作用したときに、線形データを用いて、すべりが生じない固着領域に属すると仮定した節点については、2部材に生じる変位が各節点の変位の和に等しく既知とすると共にすべり方向のせん断力(トルク)を未知とする方程式を作成し、すべりが生じるすべり領域に属すると仮定した節点については、2部材の締結面における対応する節点の変位を未知とすると共にすべり方向のせん断力(トルク)を既知とする方程式を作成し、固着領域の各節点についての方程式とすべり領域の各節点についての方程式とを連立させて解を求めるモジュールである。
【0021】
領域変更モジュール36は、求解モジュール34により得られる解において、固着領域に属する各節点のうちせん断力(トルク)が静止摩擦力を超える節点の少なくとも一部についてはすべり領域に属するものと変更し、すべり領域に属する各節点のうち変位がすべり方向のすべり変位とならない節点の少なくとも一部については固着領域に属するものに変更するモジュールである。例えば、固着領域に属する各節点のうちせん断力(トルク)が静止摩擦力を超える節点のうち最も大きなせん断力(トルク)となる節点をすべり領域に属するものと変更し、すべり領域に属する各節点のうち変位がすべり方向のすべり変位とならない節点のうちすべり方向とは異なるすべり変位が最大のものを固着領域に属するものと変更するものとしてもよい。この変更モジュール36において節点の領域の変更が行なわれなくなるまで領域変更後の各節点に対して求解モジュール34によって求解することと変更モジュール36による領域の変更とを繰り返すことにより、固着領域に属する節点とすべり領域に属する節点とを特定することができる。そして、相対変位等を微小量ずつ増加したり或いは減少したりして同様に固着領域に属する節点とすべり領域に属する節点とを特定することにより、相対変位等の変化に対して固着領域とすべり領域の変動を特定することができる。
【0022】
摩擦損失仕事演算モジュール38は、すべり領域に属する節点間のすべり変位と動摩擦力との積により節点の摩擦損失仕事を演算すると共にその総和により相対変位等に対する2部材の締結面における摩擦損失仕事を演算するモジュールである。即ち、相対変位等を微小量ずつ増加したり或いは減少したりして同様に相対変位等の各微小量の変位に対する各節点の摩擦損失仕事を求め、その総和により相対変位等を微小量ずつ増加したり或いは減少したりした際の全体の摩擦損失仕事を求め、更にこの全体の摩擦損失仕事を総和することにより相対変位等の全摩擦損失仕事を演算することができる。相対変位等が振動するものである場合、この全摩擦損失仕事は振動の減衰エネルギーとなる。
【0023】
図2は、ボルト締結の2部材にボルト軸を中心軸として振動する回転相対変位(トルク)を作用させたときの締結面におけるすべり状態を解析するすべり状態解析ブログラムの一例を示すフローチャートであり、
図3は、ボルト締結の2部材に振動する相対回転変位(トルク)や相対変位(相対力)を作用させた例を示す説明図である。
図3に示すように、第1部材40は、図中下面の第1面42をベースプレートとしての第2部材50の上面の第2面52に当接するようにしてボルト60により第2部材50に締結されている。締結面としては、第1部材40の第1面42と第2部材50の第2面52とが該当する。
図3(a)は、ボルト60により締結された第1部材40と第2部材50にボルト60の軸を中心軸として振動する回転相対変位(トルク)が作用している様子を説明する説明図であり、
図3(b)は、第1部材40と第2部材50に対して平行な振動する相対変位(相対力)が作用している様子を説明する説明図であり、
図3(c)は、第1部材40と第2部材50に対して垂直な振動する相対力が作用している様子を説明する説明図である。
図2のすべり解析プログラムは、
図3(a)の回転相対変位(トルク)が作用している場合のすべり状態を解析するプログラムである。以下、
図2のすべり状態解析プログラムの処理に沿って
図3(a)のすべり状態の解析方法を説明する。
【0024】
図2のすべり状態解析プログラムでは、まず、有限要素法を用いて線形データを求解すると共に線形データをデータベース化して記憶する(ステップS100)。具体的には、ボルト60の締結力(クランプ力)に対して第1部材40の第1面42や第2部材50の第2面52に生じる応力や、ボルト60の軸を中心とするトルクを作用したときの第1部材40の第1面42や第2部材50の第2面52の各部の変位などの線形問題を解析し、解析して得られた結果(線形データ)をデータベース化するのである。
図4にボルト60の締結力に対して第2部材50の第2面52に生じる応力(接触応力)の分布の一例を示し、
図5にボルト60に単位クランプ力を作用させたときのボルト60の中心軸からの距離r
jと応力σ
jとの関係を示す。したがって、ボルト60にクランプ力Pを作用させると、線形の範囲内では内周側からj番目の径位置にはP×σ
jの応力が作用することになる。
図6に第2部材50の第2面52に単位トルクを作用させたときの第2部材50の下面54を基準としたときの相対変位φを模式的に示す。
図6では、内周側からk番目の径位置に単位トルクを作用したときの内周側からj番目の径位置の変位φ
j,kを示している。このため、内周側からk番目の径位置にトルクTを作用させると、線形の範囲内では内周側からj番目の径位置にはT×φ
j,kの変位が生じる。内周側からj番目の径位置の回転変位は、最内周側から最外周側までの全ての径位置に作用するトルクによる変位の和となるから、Σ(T
i×φ
j,i)によって計算することができる。ステップS100では、
図5のボルト60に単位クランプ力を作用させたときのボルト60の中心軸からの距離r
jの応力σ
jと、第1部材40の第1面42と第2部材50の第2面52に対して内周側からk番目の径位置に単位トルクを作用したときの内周側からj番目の径位置の変位θ
j,k,変位φ
j,kと、を有限要素法により求めて線形データとしてデータベース化して記憶するのである。
【0025】
次に、第1部材40の第1面42と第2部材50の第2面52との摩擦係数μとボルト60のクランプ力Pを入力する(ステップS110)。ここで、摩擦係数μは、静止摩擦係数と動摩擦係数の2つを用いてもよく、または摩擦係数が摩擦速度の関数であるとしてもよいが、簡便のために単一のものを用いるものとしてもよい。そして、第1部材40の第1面42のうちステップS100により得られた線形データに基づいて接触応力が値0ではない領域をすべりが生じない固着領域であると仮定する(ステップS120)。第1部材40の上面44にボルト60の軸を中心軸とするトルクを作用させると、第1面42には、すべりを生じることなく第2部材50の第2面52に固着している領域(固着領域)と、第2部材50の第2面52に対してすべりが生じている領域(すべり領域)と、第2部材50の第2面52に対して接触応力が値0の非接触領域とが存在するが、実施例のすべり状態解析プログラムでは、初期値として第1面42のうち非接触領域ではない全ての領域を固着領域であると仮定するのである。なお、仮定であるから、初期値として第1面42の内周側からn番目以内の径位置を固着領域であると仮定すると共に内周側からn+1番目以降の径位置をすべり領域であると仮定するものとしてもよい。
【0026】
こうして領域を仮定すると、第2部材50の下面54に対して第1部材40の上面44に相対的に与える回転変位としての相対回転変位Ω
iを微小量ΔΩずつ増加して(ステップS130)、ステップS140〜ステップS210の処理を最大相対回転変位に至るまで繰り返す。ステップS130を最初に実行するときには、初期値の相対回転変位Ω
0は値0であるから、相対回転変位Ω
1は微小量ΔΩとなる。i番目の相対回転変位Ω
iは微小量ΔΩとiとの積として計算することができる。こうして相対回転変位Ω
iが与えられると、仮定によって固着領域に属するとされた節点については、第2部材50の下面54に対する第2部材50の第2面52上での回転変位φと第1部材40の上面44に対する第1部材40の第1面42上での回転変位θとの和として得られる回転変位Ψを既知とすると共に、トルクTを未知とする方程式を作成する(ステップS140)。
図7は、第2部材50の下面54に対して第1部材40の上面44に相対回転変位を与えたときの回転変位Ψを固着領域とすべり領域とを用いて模式的に示す説明図であり、
図8は、第2部材50の下面54に対して第1部材40の上面44に相対回転変位を与えたときのトルクTを固着領域とすべり領域とを用いて模式的に示す説明図である。図中、横軸r
xは絶対回転変位の原点(ゼロ)の第2部材50の下面54を示し、約30度の斜め線r
Ωは第1部材40の上面44の周囲の絶対回転変位を示している。なお、
図8は模式図であるため、図中の斜め線r
Ωの角度は模式的に示したものである。横軸r
xと斜め線r
Ωとの間の分岐する太実線(一部破線)の分岐より左側と分岐から右上部が第1部材40の第1面42の各半径での絶対回転変位を示し、太実線(一部破線)の分岐より左側と分岐から右下部が第2部材50の第2面52の各半径での絶対回転変位を示している。太実線(一部破線)の分岐より左側は固着領域であり、分岐より右側がすべり領域と非接触領域である。なお、図中下部には接触応力σ
kを示した。
図7に示すように、内周側からk番目の径位置の回転変位Ψ
kは、第1部材40の第1面42の変位θ
kと第2部材50の第2面52の変位φ
kとの和として定義した。固着領域では、与えられた相対回転変位Ωが回転変位Ψに等しくなり、既知とすることができる。
【0027】
一方、仮定によってすべり領域に属するとされた節点については、回転変位Ψを未知とすると共にトルクTを既知する方程式を作成する(ステップS150)。すべり領域では、内周側からj番目のトルクT
jは、摩擦力q
jと回転中心からの距離r
jとの積として計算することができる。ここで摩擦力q
jは、摩擦係数μと接触応力σ
jと内周側からj番目の径位置の面積2πr
j・Δrとの積として次式(1)により表わされるから、既知とすることができる。なお、本プログラムにより最初にステップS150が実行されるときには、ステップS120で第1部材40の第1面42のうち非接触領域ではない全ての領域をすべりが生じない固着領域であると仮定されているから、何ら方程式の作成は行なわれない。
【0028】
【数1】
【0029】
こうして固着領域に属する節点についての方程式とすべり領域に属する節点についての方程式を作成すると、作成した方程式を連立させて次式(2)の連立方程式とし、固着領域の未知のトルクTとすべり領域の未知の回転変位Ψとを解として求める(ステップS160)。式(2)では、内周側からstk番目以内が固着領域であり、内周側からstk番目の次からsld番目までがすべり領域である。したがって、左辺の回転変位のうちΨ
1〜Ψ
stkまでは既知であり、Ψ
stkの次からΨ
sldまでは未知である。また、右辺のトルクのうちT
1〜T
stkまでは未知であり、T
stkの次からT
sldまでは既知である。このため、未知数と方程式数が同一であるから、連立一次方程式として解を求めることができる。なお、非接触領域に属する節点については、トルクTが値0として方程式を作成し、固着領域に属する節点やすべり領域に属する節点についての方程式と共に連立させて連立方程式としてもよい。この場合、非接触領域に属する節点の変位を求めることができる。
【0030】
【数2】
【0031】
こうして連立方程式を解くと、固着領域に属する節点のうち最外周側の節点についてトルクT
stkが摩擦力q
stkと回転中心からの距離r
stkとの積以下であるか否かを判定し、トルクT
stkが摩擦力q
stkと距離r
stkとの積より大きいときには、固着領域の最外周側の節点の属する領域を固着領域からすべり領域に変更する(ステップS170)。そして、こうした領域の変更なしの判定(ステップS180)に対して否定的判定がなされ、ステップS140に戻り、新たな固着領域とすべり領域との仮定に基づいて式(2)の連立方程式を作成して解を求め、再び固着領域に属する節点のうち最外周側の節点についてトルクT
stkが摩擦力q
stkと距離r
stkとの積以下であるか否かを判定するのである。
【0032】
ステップS180で固着領域の最外周側の節点に対する領域の変更なしと判定されると、そのときに仮定されている固着領域とすべり領域をその相対回転変位Ωiにおける固着領域とすべり領域として特定する(ステップS190)。そして、すべり領域の各節点において相対回転変位Ω
iに対して摩擦損失仕事W
iを計算する(ステップS200)。摩擦損失仕事W
iは、次式(3)により表わされる。式(3)中のu
i,jは式(4)により表わされる。この摩擦損失仕事W
iは、
図9の最大相対回転変位Ω
ampおよびこれと反対側の最大相対回転変位−Ω
ampを与えたときの摩擦損失仕事W
iを模式的に示す説明図に示すように、ハッチングの領域で示されるすべり領域の各節点における接触応力と微小リング要素の面積(内周側からj番目の径位置の面積2πr
j・Δr)と摩擦係数とすべり量の積(各節点の摩擦損失仕事)の総和として表わすことができる。
【0033】
【数3】
【0034】
こうして摩擦損失仕事W
iを計算すると、相対回転変位Ωが最大相対回転変位Ω
ampに至っているか否かを判定し(ステップS210)、相対回転変位Ωが最大相対回転変位Ω
ampに至っていないときには、相対回転変位Ωが最大相対回転変位Ω
ampに至るまで、ステップS130に戻って相対回転変位Ω
iを微小量ΔΩだけ増加するステップS130〜ステップS210の処理を繰り返し実行する。即ち、相対回転変位Ωを微小量ΔΩずつ増加して各相対回転変位Ωにおける固着領域とすべり領域とを特定すると共に摩擦損失仕事Wiを計算するのである。相対回転変位Ωが最大相対回転変位Ω
ampに至っているときには、すべり状態の解析が完了したとしてプログラムを終了する。
【0035】
いま、相対回転変位Ωが振動する場合を考える。この場合、摩擦損失仕事は減衰力の原因となるから、等価減衰係数Deは次式(5)により与えられる。ここで摩擦損失仕事Wは振動振幅Ω
ampの振動1周期間に散逸する摩擦損失仕事である。
図10に相対回転変位Ωが振動する場合の摩擦損失仕事Wを模式的に示す。図示するように、回転変位ΩとトルクTの関係は、まず、ポイントAから回転変位ΩとトルクTとが矢印線に沿ってポイントBに至る。そして、ポイントBから下側の矢印線に沿ってポイントCに至り、ポイントCから上側の矢印線に沿ってポイントBに至るヒステリシスを描くようになる。摩擦損失仕事Wは、このヒステリシスの領域(上側の矢印線と下側の矢印線で囲まれたハッチングされた領域)の面積として表わすことができる。回転変位ΩとトルクTの関係がポイントAからポイントBに至るまでに
図9(a)に示す摩擦損失仕事WA-BとしてW
iを散逸する。ポイントCは、ポイントBと対称であるから、
図9(b)に示す状態になっており、それゆえポイントBからポイントCに至るまでに摩擦損失仕事WB-Cとして2W
iを散逸する。同様に、ポイントCからポイントBまでにも摩擦損失仕事WC-Bとして2W
iを散逸する。この結果、1周期では、摩擦損失仕事Wは4W
iとなる。このため、摩擦損失仕事Wは、ポイントAからポイントBに至るまでの摩擦損失仕事WA-Bの4倍(W=4WA-B)として表わすことができる。等価減衰係数Deを求めるためには、ポイントAからポイントBに至るまで、即ち、相対回転変位Ωが値0から最大相対回転変位Ω
ampに至るまでを
図2に例示したすべり状態解析プログラムにより解析すればよいことになる。なお、これらは摩擦係数が一定とする簡易的な解法で成立するものであり、厳密には摩擦係数が摩擦速度の関数となる場合には成立しない。
【0036】
【数4】
【0037】
図11は、相対回転変位Ωが振動する実験装置の一例を示す構成図である。
図11(a)は実験装置の正面を示し、
図11(b)は実験装置の側面を示す。
図12は、実験装置と実施例による解析例の諸元や条件を一覧表示した説明図である。実験装置では、第2部材としては鋳鉄により形成された一辺が130mmの正方形で厚みが30mmのプレートを用い、第1部材としては鋼鉄(SS400)により形成された80mm×175mmの四角形で厚みが10mmのプレートを用いた。第1部材および第2部材には、締結用のボルト孔として中心にφ10mmが形成されている。
図11に示すように、第1部材には、プレートスプリングによりウエイトが取り付けられており、ウエイトを
図11(a)中右側に引いた状態でピアノ線を切断し、ウエイトを
図11(a)中の左右に振動させることにより、相対回転変位Ωを振動させる。この装置ではウエイトの振動周期が25Hz、角速度ωが50π[rad/s]となるように調整されている。
【0038】
一方、解析例では、第2部材としては弾性率が110GPaでポアソン比が0.3の材料により形成された直径130mmの円形で厚みが30mmのプレートを用い、第1部材としては弾性率が200GPaでポアソン比が0.3の材料により形成された直径80mmの円形で厚みが10mmのプレートを用いた。第1部材および第2部材には、締結用のボルト孔として中心にφ10mmが形成されている。解析条件としては、振動周期と角速度ωについて実験装置と同一になるように25Hz,50π[rad/s]とし、相対回転変位Ωを増加する微小量ΔΩを0.4[μrad]、径方向の径位置の増加量Δrを0.5[mm]、摩擦係数μを0.17とした。
【0039】
解析例による解析結果と実験装置による実験結果を
図13〜
図15に示す。
図13に回転変位ΩとトルクTとの関係の結果を示し、
図14に回転変位振幅Ωと摩擦損失仕事Wとの関係の結果を示し、
図15は回転変位振幅Ωと等価減衰係数Deとの関係の結果を示す。図中、P=10kN,20kN,30kN,40kNの各曲線は、クランプ力Pが10kN,20kN,30kN,40kNのときの解析例を示す。図中、丸印,三角印,四角印,菱形印は、クランプ力Pが10kN,20kN,30kN,40kNのときの実験装置による実験結果を示す。
図13中、「No slip」の直線は、全てが固着領域ですべりがないものとしたときの解析例である。解析例は、実験装置による実験結果に対して比較的よく一致しているということができる。したがって、実施例のすべり状態解析装置20による解析結果は、充分に実用的であると言える。
【0040】
以上説明した実施例のすべり状態解析装置20では、まず、ボルト60により締結された第1部材40と第2部材50のクランプ力Pやボルト60の軸周りのトルクに対して1回だけ有限要素法により線形データを求解してデータベース化して記憶しておく。求解ステップとして、線形データを利用して、固着領域に属する節点については回転変位Ψを既知とすると共にトルクTを未知として方程式を作成し、すべり領域に属する節点については回転変位Ψを未知とすると共にトルクTを既知として方程式を作成し、作成した方程式を連立させて未知の回転変位Ψと未知のトルクTとを求める。領域変更ステップとして、固着領域に属する節点のうち最外周側の節点についてトルクT
stkが摩擦力q
stkと回転中心からの距離r
stkとの積より大きいときには固着領域の最外周側の節点の属する領域を固着領域からすべり領域に変更する。こうした領域の変更が行なわれなくなるまで求解ステップと領域変更ステップとを繰り返すことにより、固着領域とすべり領域をその相対回転変位Ω
iにおける固着領域とすべり領域として特定することができる。このように繰り返し処理に有限要素法解析が含まれないから、繰り返し処理を迅速に終了することができる。しかも、初期値として、全ての領域を固着領域としたから、固着領域の最外周側の節点についてのみトルクT
stkが摩擦力q
stkと回転中心からの距離r
stkとの積より大きいか否かの判定を行なえばよいから、計算量を大幅に小さくすることができ、解析時間の短縮化を図ることができる。
【0041】
実施例のすべり状態解析装置20では、静止摩擦係数と動摩擦係数とを区別せずに摩擦係数μを用いたが、静止摩擦係数と動摩擦係数とを区別して用いるものとしてもよく、摩擦係数を摩擦速度の関数として扱ってもよい。また、実施例のすべり状態解析装置20では、初期値として第1面42のうち非接触領域ではない全ての領域を固着領域と仮定したが、初期値として非接触領域ではない領域のうち内周側から径方向に3/4までを固着領域と仮定すると共にそれより外周側をすべり領域と仮定するなどと適宜固着領域とすべり領域とを仮定するものとしてもよい。
【0042】
実施例のすべり状態解析装置20では、
図3(a)の回転相対変位(トルク)が作用している場合のすべり状態を解析するために
図2のすべり解析プログラムを用いたが、
図3(b)の第1面42と第2面52に対して平行な振動する相対変位(相対力)が作用している場合や、
図3(c)の第1面42と第2面52に対して垂直な振動する相対変位(相対力)が作用している場合(ただし、接触領域が変化しない場合)についてのすべり状態を解析するためには、
図16のすべり状態解析プログラムを用いればよい。この
図16のすべり状態解析プログラムは、
図2のすべり状態解析プログラムを一般化したものであるから、基本的には同様の処理となる。したがって、重複する記載を回避するために、同様の処理についての説明は充分に理解できる程度に省略する。なお、同様の処理であることが容易に理解できるように、
図16のすべり状態解析プログラムのステップ番号には
図2のすべり状態解析プログラムの各処理と同様の処理に対しては同一のステップ番号に1000を加えたものとした。したがって、
図16のすべり状態解析プログラムにおいて、全く新規な処理はステップS1175となる。以下に、
図16のすべり状態解析プログラムを用いて
図3(b)や
図3(c)の場合のすべり状態の解析について説明する。
【0043】
図16のすべり状態解析プログラムでは、まず、有限要素法を用いて線形データを求解すると共に結果として得られる線形データをデータベース化して記憶する(ステップS1100)。線形データとしては、各部材の境界面上にあって、相対変位や相対力,相対回転変位,トルクなどの相対変位等が作用する各節点、および締結面である第1部材の第1面または第2部材の第2面の各節点のうち、ある節点のある方向のみに単位変位を与え、他の節点変位をすべて固定したときに各節点、各方向に生じる力などが該当する。続いて、摩擦係数μや固定的に作用している作用力Pを入力する(ステップS1110)。固定的に作用している作用力としては、ボルトのクランプ力に限られず、固定的に作用している全ての力を意味している。そして、第1部材の第1面と第2部材の第2面に対して固着領域とすべり領域を仮定する(ステップS1120)。ここで、固着領域とすべり領域については、如何なる領域を仮定しても構わないが、繰り返し処理を減らして解析時間を短くするために妥当であると考えられる領域を仮定するのが好ましい。
【0044】
続いて、相対変位等を微小量ずつ増加したり或いは減少したりして(ステップS1130)、ステップS1140〜ステップS1210の処理を最大の相対変位等に至るまで繰り返す。繰り返し処理では、まず、仮定によって固着領域に属するとされた節点については、変位Ψが2部材間に与えられた相対変位に等しく既知とすると共にせん断力Fを未知とする方程式を作成し(ステップS1140)、仮定によってすべり領域に属するとされた節点については、変位Ψを未知とすると共にせん断力Fを既知する方程式を作成し(ステップS1150)、これらの方程式を連立させて未知の変位Ψとせん断力Fを求める(ステップS1160)。固着領域の節点について変位Ψが既知であることは、2部材間に与えた相対変位が各部材の相対変位(各部材の変形量)の和になっているからである。また、すべり領域の節点についてせん断力Fが既知であることは、動摩擦力に基づいて求めることができるからである。
【0045】
こうして連立方程式を解くと、固着領域に属する各節点のうちせん断力が静止摩擦力より大きい節点の少なくとも一部については固着領域からすべり領域に領域変更を行ない(ステップS1170)、すべり領域に属する各節点のうち変位Ψがすべり方向のすべり変位とならない節点の少なくとも一部についてはすべり領域から固着領域に領域変更を行なう(ステップS1180)。固着領域からすべり領域に領域変更については実施例と同様である。すべり領域に属する節点は、すべり方向に変位するから、すべり方向に変位しない節点がすべり領域に属するのは矛盾となる。また、仮定したせん断力の方向(すべりの逆方向)とすべり変位の方向がなす角度が小さい(90度未満)ときには、すべり領域としたことが矛盾となり、なす角が大きい(90度以上であって180度との誤差が十分に小さくないとき)にはすべり方向を修正する必要が生じる。こうした矛盾を回避するために、すべり領域に属する各節点のうち変位Ψがすべり方向のすべり変位とならない節点の一部についてはすべり領域から固着領域に領域変更やすべり方向の修正を行なうのである。固着領域からすべり領域への領域変更やすべり領域から固着領域への領域変更が行なわれなくなるまで、変更された領域に基づいてステップS1140〜S1180までの処理を繰り返し、領域とせん断力の方向(すべりの逆方向)の変更が行なわれなくなると、そのときに仮定されている固着領域とすべり領域をその相対変位等における固着領域とすべり領域として特定する(ステップS1190)。そして、すべり領域の各節点における相対変位に対して摩擦損失仕事を計算し(ステップS1200)、相対変位等が最大の相対変位等になるまで、ステップS1130に戻って相対変位等を微小量だけ増加する処理からステップS1210までを繰り返す。
【0046】
以上説明した
図16のすべり状態解析プログラムを実行することにより、2部材に対して相対変位や相対回転変位,相対力,トルクが作用したときの当接面における固着領域とすべり領域とを相対変位等を微小量ずつ変動させて特定することができる。しかも、すべり領域による摩擦損失仕事も計算するから、減衰現象を解析することができる。もとより、繰り返し処理中に有限要素法による線形データの求解が含まれないから、繰り返し処理を迅速に終了することができ、すべり状態の解析を短時間に行なうことができる。
【0047】
実施例では、接触面における各節点が固着しているかすべっているかのすべり状態を解析するものとしたが、接触面における各節点が接触しているか接触していないかの接触状態を解析するものとしてもよい。
図17は、
図1のコンピュータにすべり状態解析プログラムに代えてインストールする接触状態解析プログラムの一例を示すフローチャートである。したがって、
図17の接触状態解析プログラムがインストールされたコンピュータは接触状態解析装置として機能する。
図17の接触状態解析プログラムは、
図16のすべり状態解析プログラムを簡便化すると共に若干の変更を施したものであるため、基本的には同様の処理となる。したがって、重複する記載を回避するために、同様の処理についての説明は充分に理解できる程度に省略する。なお、同様の処理であることが容易に理解できるように、
図17の接触状態解析プログラムのステップ番号には
図16のすべり状態解析プログラムの各処理と同様の処理に対しては2000番台とした。以下に、
図17の接触状態解析プログラムを用いて接触状態の解析について説明する。
【0048】
図17の接触状態解析プログラムでは、まず、有限要素法を用いて線形データを解析すると共に線形データをデータベース化して記憶する(ステップS2100)。線形データとしては、解析対象の各部材の境界面上にあって、相対変位や相対力,相対回転変位,トルクなどの相対変位等が作用する各節点、および接触面である第1部材の第1面または第2部材の第2面の各節点のうち、ある節点のある方向のみに単位変位を与え、他の節点変位をすべて固定したときに各節点、各方向に生じる力などが該当する。続いて、固定的に作用している作用力を入力し(ステップS2110)、第1部材の第1面と第2部材の第2面に対して接触している接触領域と接触していない非接触領域を仮定する(ステップS2120)。ここで、接触領域と非接触領域については、如何なる領域を仮定しても構わないが、繰り返し処理を減らして解析時間を短くするために妥当であると考えられる領域を仮定するのが好ましい。
【0049】
続いて、仮定によって接触領域に属するとされた節点については、変位Ψが2部材間に与えられた相対変位に等しく既知とすると共に接触力Fを未知する方程式を作成し(ステップS2140)、仮定によって非接触領域に属するとされた節点については、変位Ψを未知とすると共に接触力Fが値0の既知する方程式を作成し(ステップS2150)、これらの方程式を連立させて未知の変位Ψと接触力Fを求める(ステップS2160)。接触領域の節点について変位Ψが2部材間に与えられた相対変位に等しいことや非接触領域の節点について接触力Fが値0であることは、接触か非接触かに由来するものである。
【0050】
こうして連立方程式を解くと、接触領域に属する各節点のうち接触力Fの接触面法線方向成分が負の値の節点の少なくとも一部については接触領域から非接触領域に領域変更を行ない(ステップS2170)、非接触領域に属する各節点のうち互いに食い込む変位Ψとなる節点の少なくとも一部については非接触領域から接触領域に領域変更を行なう(ステップS2180)。接触領域の節点では、僅かでも正の接触力が生じることから、接触力Fの接触面法線方向成分が負の値となることが矛盾となる。また、非接触領域の節点では、接触していないため、互いの変位Ψは食い込むことはないから、互いに食い込む変位Ψとなることは矛盾となる。こうした矛盾を回避するために、領域変更を行なうのである。接触領域から非接触領域への領域変更や非接触領域から接触領域への領域変更が行なわれなくなるまで、変更された領域に基づいてステップS2140〜S2180までの処理を繰り返し、領域変更が行なわれなくなると、そのときに仮定されている接触領域と非接触領域を接触領域と非接触領域として特定し(ステップS2190)、処理を終了する。なお、変形することで接触面を介して向かい合う節点の位置がずれた場合、または最初からずれている場合には、内挿して相対する位置の変位または力を求めればよい。
【0051】
以上説明した
図17の接触状態解析プログラムがインストールされることにより得られる接触状態解析装置では、有限要素法を用いて線形データを求解すると共に結果として得られる線形データをデータベース化して記憶し、作用力が作用した状態で、接触領域に属する節点については変位Ψが2部材間に与えられた相対変位に等しく既知とすると共に接触力Fを未知する方程式を作成し、非接触領域に属する節点については変位Ψを未知とすると共に接触力Fが値0の既知する方程式を作成し、これらを連立させて解を求める求解ステップと、接触領域に属する各節点のうち接触力Fの接触面法線方向成分が負の値の節点の少なくとも一部については接触領域から非接触領域に変更し、非接触領域に属する各節点のうち互いに食い込む変位Ψとなる節点の少なくとも一部については非接触領域から接触領域に変更する領域変更ステップとを、領域変更が行なわれなくなるまで繰り返すことにより、2部材の当接面における接触領域と非接触領域とを特定することができる。もとより、繰り返し処理に有限要素法解析が含まれないから、繰り返し処理を迅速に終了することができ、すべり状態の解析を短時間に行なうことができる。
【0052】
以上、本発明を実施するための形態について実施例を用いて説明したが、本発明はこうした実施例に何等限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、種々なる形態で実施し得ることは勿論である。