(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】
図1は、本発明の複層コートアルミニウム基材を模式的に示す断面図である。
【
図2】
図2(a)は、アルマイト層に形成された突起の周囲に存在するセラミック層を含むクラックの状態を示すSEM写真であり、
図2(b)は、突起部分を拡大したSEM写真である。
【
図3】
図3は、プル強度測定用試料を模式的に示す断面図である。
【
図4】
図4は、引張試験機による引張試験を行っている様子を示す外観図である。
【0027】
(発明の詳細な説明)
以下、本発明について具体的に説明する。しかしながら、本発明は、以下の内容に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲において適宜変更して適用することができる。
【0028】
本発明の複層コートアルミニウム基材は、アルミニウム又はアルミニウム合金からなる基材上にアルマイト層及びセラミック層が順次形成された複層コートアルミニウム基材であって、上記アルマイト層には、上記基材表面に到達する複数のクラックが形成されるとともに、上記クラックを構成する内部壁には、突起が形成されており、上記クラックの内部にセラミック層が侵入するとともに、上記突起の周囲にもセラミック層が形成されていることを特徴とする。
【0029】
図1は、本発明の複層コートアルミニウム基材を模式的に示す断面図である。
図1に示すように、本発明の複層コートアルミニウム基材10では、アルミニウム又はアルミニウム合金からなる基材11上にアルマイト層12が形成され、さらにアルマイト層12上にセラミック層13が形成されている。また、アルマイト層12には、基材11の表面まで到達する複数のクラック15が形成されており、クラック15を構成する内部壁15aには、突起15bが形成されている。クラック15の内部には、セラミック層13が侵入し、セラミック層13は、基材11の表面まで到達するとともに、突起15bの周囲を覆った状態でクラック15の内部に充填されている。なお、突起15bは、クラック15の形成に伴って、クラック15の内部壁15aに形成されたアルマイト層のささくれ、又は、めくれによるものであると考えられ、突起15bと内部壁15aとの間には狭い空隙が存在するが、この空隙の内部にもセラミック層13は侵入している。また、アルマイト層12には、小さな直径の微細孔16も形成されているが、基材11表面には到達しない小さな孔であり、微細孔16の内部には、セラミック層13は殆ど侵入していない。微細孔16には、セラミック層12が侵入していてもよい。
【0030】
次に、本発明の複層コートアルミニウム基材を構成する各部材について順次説明する。
まずは、本発明の複層コートアルミニウム基材を構成する基材について説明する。
上記基材は、アルミニウム又はアルミニウム合金からなる。基材として用いられるアルミニウム又はアルミニウム合金としては、アルマイト処理が可能なものであればその種類は特に限定されるものではなく、例えば、純アルミ(1000番台)、Al−Cu系合金(2000番台)、Al−Mn系合金(3000番台)、Al−Si系合金(4000番台)、Al−Mg系合金(5000番台)、Al−Mg−Si系合金(6000番台)、Al−Zn―Mg系合金(7000番台)等を用いることができる。また、鋳造用合金として、ダイカスト用合金、Al−Si系合金、Al−Mg系合金、Al−Cu−Mg系合金、Al−Cu−Si系合金、Al−Cu−Ni−Mg系合金、Al−Si−Mg系合金、Al−Si−Cu系合金、Al−Si−Cu−Mg系合金、Al−Si−Ni−Cu−Mg系合金、Al−Si−Cu−Mg−Ni系合金等を用いることができる。上記合金の組成は、特に限定されるものではない。
【0031】
基材の形状は特に限定されるものではなく、例えば、ガス流通部材として使用される部材の形状等に合わせて任意にその形状を設定することができるが、少なくともガスが流通する部分には、アルマイト層及びセラミック層が形成されていることが望ましい。ガス流通部材の具体例としては、例えば、吸気ポート、排気ポート、バルブ、ピストン等のエンジン部材が挙げられるが、後で詳しく説明する。上記基材は、平板、湾曲板、屈曲板等の板状体であってもよい。
また、本発明で使用する基材は、アルマイト層及びセラミック層を形成する部分がアルミニウム又はアルミニウム合金であれば、他の部分がSUS等、他の金属であってもよい。
【0032】
上記基材には、表面粗化処理が施されていることが望ましい。粗化処理により表面積が増大し、基材表面に形成するアルマイト層との密着性が増大するとともに、クラックの内部に入り込み、基材表面に到達したセラミック層との密着性も増大するからである。
粗化処理された基材のJIS B 0601(1982)に基づく表面粗さ(Ra)は、測長距離=10mmにおいて0.05〜4.0μmであることが望ましい。
上記表面粗さ(Ra)が0.05μm未満では、基材の表面積の増加が密着性の増加に余り寄与せず、一方、上記表面粗さ(Ra)が4.0μmを超えると、基材表面に形成されたアルマイト層と基材表面との間に空気が介在し易くなり、密着性が低下する。
【0033】
次に、基材表面に形成されたアルマイト層について説明する。
基材にアルマイト層を形成する方法は、特に限定されるものではなく、従来から用いられている公知の方法を使用することができるが、例えば、基材を陽極として電解浴中で通電すること(アルマイト処理、陽極酸化処理)によってアルマイト層を形成する方法を適用することができる。
基材の一部にアルマイト処理を行う場合、アルマイト処理を行わない部分にマスキングテープ等を貼り付けて保護することが望ましい。
【0034】
アルマイト層の厚さは0.2〜100μmであることが望ましい。
アルマイト層の厚さが0.2μm未満であると、アルマイト層の厚さが薄すぎるため、アルマイト層内のクラックの表面積が小さくなり、その結果アルマイト層とセラミック層が接触する面積が小さくなって十分な密着力を発現することが不可能となる。一方、アルマイト層の厚さが100μmを超えると、アルマイト層を形成するための時間がかかり過ぎ、不経済である。アルマイト層の厚さは10〜50μmであることがより望ましい。
なお、アルマイト層の厚さは、複層コートアルミニウム基材の断面をSEM等を用いて観察することによって測定することができる。
【0035】
アルマイト層は、アルミニウム又はアルミニウム合金からなる基材の酸化により形成された酸化アルミニウム又は酸化アルミニウムと他の金属酸化物の複合酸化物の層であり、基材の金属とアルマイト層とは、酸素を介して化学結合しているため、基材とアルマイト層とはしっかりと密着している。
【0036】
電解時の電流波形としては、直流、交流、交直重畳、交直併用、不完全整流波形、パルス波形、矩形波などを用いることができる。
また、電解方法としては、定電流、低電圧、定電力法及び連続、断続あるいは電流回復を応用した高速アルマイト法などを用いることができる。
【0037】
上記アルマイト層には、複数のクラックが形成されている。
基材に陽極酸化処理等を施し、アルマイト層を形成した際にも、小さな複数のクラック(亀裂)が発見されるが、続いて100℃以上600℃以下の温度で加熱処理を施し、セラミック層を形成するための原料混合物を塗布し、その後、再度加熱する。これにより、アルマイト層には、多数のクラック(亀裂)が形成され、その大部分は、基材にまで達しており、クラックの内部に加熱により溶融したセラミック層が入り込んだ状態となる。
【0038】
アルマイト層には、多数の微細孔が形成されている。
この微細孔は、アルマイト処理を行うことによって形成された小さな直径の孔である。
【0039】
次に、アルマイト層の上に形成されたセラミック層について説明する。
セラミック層は、断熱性能を有するセラミックから構成されていればよく、セラミック層を構成する化合物は、特に限定されるものではないが、非晶性無機材、又は、非晶性無機材と結晶性無機材とからなるものであることが望ましい。
【0040】
上記非晶性無機材は、ガラスからなることが望ましく、軟化点が300〜700℃の低融点ガラスからなるものであることがより望ましい。
軟化点が300〜700℃の低融点ガラスとしては、SiO
2−TiO
2系ガラス、SiO
2−PbO系ガラス、SiO
2−PbO−B
2O
3系ガラス、B
2O
3−PbO系ガラス、Al
2O
3−SiO
2−B
2O
3−PbO系ガラス、Na
2O−P
2O
5−SiO
2系ガラス、等が挙げられる。
なお、軟化点は、JIS R 3103−1:2001に規定される方法に基づいて、例えば、有限会社オプト企業製の硝子自動軟化点・歪点測定装置(SSPM−31)を用いて測定することができる。
【0041】
上記セラミック層は、上記した低融点ガラスからなるものであってもよく、上記低融点ガラスの内部に結晶性無機材の粒子が含有されたものであってもよい。
上記結晶性無機材としては、アルミナ、ジルコニア、CaO安定化ジルコニア(5wt%CaO−ZrO
2、8wt%CaO−ZrO
2、31wt%CaO−ZrO
2)、MgO安定化ジルコニア(20wt%MgO−ZrO
2、24wt%MgO−ZrO
2)、Y
2O
3安定化ジルコニア(6wt%Y
2O
3−ZrO
2、7wt%Y
2O
3−ZrO
2、8wt%Y
2O
3−ZrO
2、10wt%Y
2O
3−ZrO
2、12wt%Y
2O
3−ZrO
2、20wt%Y
2O
3−ZrO
2)、ジルコン(ZrO
2−33wt%SiO
2)、CeO安定化ジルコニア等が挙げられる。
【0042】
上記セラミック層の厚さは、1〜1000μmが望ましい。
上記セラミック層の厚さが1μm未満では、セラミック層の厚さが薄すぎるため、複層コートアルミニウム基材が充分な断熱性を発揮することができない。一方、上記セラミック層の厚さが1000μmを超えると、熱衝撃等に対してクラックが発生し易くなるため、好ましくない。上記セラミック層の厚さは、10〜600μmが望ましい。
【0043】
図2(a)は、アルマイト層に形成された突起の周囲に形成されたセラミック層を含むクラックの状態を示すSEM写真であり、
図2(b)は、突起部分を拡大したSEM写真である。
図2(a)、(b)に示されているように、セラミック層13は、アルマイト層12のクラック15の内部に侵入しているのみでなく、突起15bの周囲及び内部壁15aと突起15bとの間の狭い空隙にも侵入している。突起15bの高さは、0.1〜30μmであり、内部壁15aと突起15bとの間の空隙の幅は、0.01〜2μmである。なお、突起の高さとは、上記したSEM写真において、突起部分が存在しないと仮定して描いた内部壁から突起先端までの最短距離をいうものとし、内部壁と突起との間の空隙の幅とは、上記した内部壁と突起の間に形成された空隙の幅の最も広い部分の幅をいうものとする。
【0044】
本発明では、上述したように、アルミニウム又はアルミニウム合金からなる基材上にアルマイト層が形成され、基材とアルマイト層とは、酸化アルミニウム、又は酸化アルミニウムと他の金属酸化物の層であるアルマイト層中の酸素原子を介して化学結合しており、アルマイト層が基材としっかりと密着している。また、セラミック層も、アルマイト層と酸素原子を介して化学結合しており、アルマイト層は、セラミック層ともしっかりと密着している。
【0045】
さらに上記したように、クラックの内部に侵入したセラミック層は、基材の表面に到達して密着しており、クラック内部のアルマイト層とセラミック層とがしっかりと結合するとともに、セラミック層と基材との間に物理的な結合力が発現し、基材と密着している。さらに、セラミック層は、クラックで囲まれたアルマイト層を取り囲むように嵌合的に密着しているため、密着力がさらに増加する。さらに、セラミック層は、アルマイト層のクラックの内部に侵入しているのみでなく、突起の周囲及び内部壁と突起との間の狭い空隙にも侵入しており、内部壁の表面積が増加するので、クラックの内部へのセラミック層の密着力が増加する。
【0046】
アルマイト層には、多数の微細孔が形成されており、微細孔の内部にもセラミック層が侵入し、セラミック層で充填されていてもよいが、充填されていなくてもよい。微細孔の直径は小さく、表面積は余り大きくないので、微細孔の内部にセラミック層が侵入しても、密着力は余り増加しないからである。
【0047】
本発明の複層コートアルミニウム基材において、アルマイト層及びセラミック層は、断熱性能に優れ、断熱性能に優れる層が2層存在するため、より断熱性能に優れる。
本発明の複層コートアルミニウム基材において、基材上に形成されたアルマイト層及びセラミック層の2層の室温での熱伝導率は、0.1〜3W/m・Kであることが望ましい。熱伝導率が0.1W/m・K未満であると、上記熱伝導率を達成するために、基材上に形成されたアルマイト層及び/又はセラミック層の厚みが厚くなりすぎ、本発明の複層コートアルミニウム基材をエンジン部材等に適用しようとする場合には設計におけるスペースの確保が困難となる問題がある。一方、熱伝導率が3W/m・Kを超えると、十分な断熱の効果が得られないという問題がある。なお熱伝導率の測定は、レーザーフラッシュ装置(熱定数測定装置:NETZSCH LFA457 Microflash)を用い、JIS R 1611−1997に基づいて測定される。
【0048】
本発明の複層コートアルミニウム基材は、このような特性を有することから、高温のガスが流通する部分に用いられる部材で、断熱性能が要求されるガス流通部材として用いられる。
具体的には、内燃機関の部材、特にエンジンを構成する部材として好適に使用することができる。本発明の複層コートアルミニウム基材を用いることができる部材としては、頭頂部にアルマイト層及びセラミック層を有するピストン、内壁にアルマイト層及びセラミック層が形成された燃焼室、吸気ガスや排ガスと接触する部分にアルマイト層及びセラミック層が形成された吸排気バルブ、吸気ガスや排気ガスと接触する部分にアルマイト層及びセラミック層が形成された吸気、排気ポート等が挙げられる。
【0049】
次に、本発明の複層コートアルミニウム基材の製造方法について説明する。
上記複層コートアルミニウム基材を製造する方法としては、例えば、基材準備工程として、アルミニウム又はアルミニウム合金からなる基材を準備し、アルマイト処理工程として、上記基材にアルマイト処理を施し、塗布層形成工程の前に第1加熱処理工程として、上記アルマイト処理によりアルマイト層が形成された基材に100℃以上600℃以下の温度で第1の加熱処理を施し、塗布層形成工程として、上記第1加熱工程によりクラックを有するアルマイト層が形成された基材上にセラミック層を形成するための原料混合物を塗布することによりセラミック層形成用の塗布層を形成し、第2加熱処理工程として、上記塗布層が形成された基材に300℃以上700℃以下の温度で第2の加熱処理を施し、クラックを有する上記アルマイト層表面にセラミック層を形成する方法が挙げられる。
以下、順に、上記複層コートアルミニウム基材の製造方法について説明する。
【0050】
(a)基材準備工程
まず、基材準備工程として、アルミニウム又はアルミニウム合金からなる基材を準備する。
【0051】
基材の形状、材料等は、本発明の複層コートアルミニウム基材の説明において説明したものと同様であるので、ここでは、その説明を省略する。
【0052】
まず、基材準備工程においては、基材表面の不純物を除去すべく洗浄処理を行う。
上記洗浄処理としては特に限定されず、従来公知の洗浄処理法を用いることができ、具体的には、例えば、アルコール溶媒中で超音波洗浄を行う方法等を用いることができる。
【0053】
アルマイト層やセラミック層との密着性をさらに上げたい場合には、アルマイト層等を形成する部分に粗化処理を施す。粗化処理の方法としては、例えば、サンドブラスト処理、エッチング処理、高温酸化処理等が挙げられる。これらは単独で用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。この粗化処理後にさらに洗浄処理を行ってもよい。
【0054】
(b)アルマイト処理工程
次に、アルマイト処理工程として、上記基材にアルマイト処理を施す。
アルマイト処理の方法は特に限定されるものではなく、種々の公知の方法を用いることができるが、例えば、基材を陽極として電解浴中で通電する方法(アルマイト処理、陽極酸化処理)を採用することができる。
基材の一部にアルマイト処理を行う場合には、アルマイト処理を行わない部分にマスキングテープ等を貼り付けて保護することが望ましい。
【0055】
陽極酸化処理の際に用いる電解浴としては、酸性浴のほかに、アルカリ浴、あるいはホルムアミド系とホウ酸系などの非水浴も用いることができる。酸性浴としては、硫酸、リン酸、クロム酸、しゅう酸、スルホサリチル酸、ピロリン酸、スルファミン酸、リンモリブデン酸、ホウ酸、マロン酸、コハク酸、マレイン酸、クエン酸、酒石酸、フタル酸、イタコン酸、リンゴ酸、グリコール酸などを1種または2種以上溶解した水溶液を用いることができる。
また、アルカリ浴としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、リン酸カリウム、アンモニア水などを1種または2種以上溶解した水溶液を用いることができる。
上記陽極酸化処理により、基材の表面に0.2〜100μmのアルマイト層を形成する。アルマイト層は、陽極酸化処理等により形成された時点で、複数の小さなクラックは形成されている。
【0056】
(c)第1加熱処理工程
次に、第1加熱処理工程として、上記アルマイト処理によりアルマイト層が形成された基材に100℃以上600℃以下の温度で第1の加熱処理を施し、上記アルマイト層にクラックを形成するとともに、形成されたクラックの内部壁にささくれ、又は、めくれ等の突起を形成する。上記加熱処理は、通常の大気雰囲気中で行うことが望ましい。
加熱処理時間は、10〜30分が好ましい。加熱時間が30分を超えて加熱しても突起等に変化は生じず、加熱時間が10分未満であると加熱が不充分で、突起が形成されにくい。昇温速度は、2℃/min〜20℃/minが好ましい。昇温速度が2℃/min未満であると時間がかかりすぎて不経済である。昇温速度は速くなっても問題はないが、炉の能力等を考慮すると、昇温速度が20℃/minを超えた速度で加熱するのは難しい。なお、下記する実施例においては、規定温度に熱した炉に直接投入している。
【0057】
(d)塗布層形成工程
次に、塗布層形成工程として、上記アルマイト処理によりアルマイト層が形成された基材上に、セラミック層を形成するための原料混合物を塗布することによりセラミック層形成用の塗布層を形成する。
【0058】
結晶性無機材及び非晶性無機材を用いて原料混合物を調製する際は、結晶性無機材及び非晶性無機材を湿式混合し、混合層用の原料混合物を調製し、この原料混合物を用いて塗布層を形成する。
具体的には、結晶性無機材の粉末と、非晶性無機材の粉末とをそれぞれ所定の粒度、形状等になるように調製し、各粉末を所定の配合比率で乾式混合して混合粉末を調製し、さらに水を加えて、ボールミル等で湿式混合することにより混合層用の原料混合物を調製する。
ここで、混合粉末と水との配合比は、特に限定されるものでないが、混合粉末100重量部に対して、水100重量部程度が望ましい。金属基材に塗布するのに適した粘度となるからである。また、必要に応じて、上記混合層用の原料混合物には、有機溶剤等の分散媒及び有機結合材を配合してもよい。
【0059】
結晶性無機材を含まず、非晶性無機材からなる原料混合物を調製する際には、上述した混合層用の原料混合物の調製方法において、結晶性無機材を加えず、乾式混合を行わない他は、同様の方法を用いることにより、原料混合物を調製することができ、塗布層を形成することができる。
【0060】
アルマイト層が形成された基材に塗布層を形成する方法としては、例えば、スプレーコート、静電塗装、インクジェット、スタンプやローラ等を用いた転写、ハケ塗り等の方法が挙げられる。
【0061】
(e)第2加熱処理工程
次に、第2加熱処理工程として、塗布層が形成された基材に300℃以上700℃以下の温度で第2の加熱処理を施し、クラックを有する前記アルマイト層表面に及びクラックの内部にセラミック層を形成する。
上記加熱処理の温度は、非晶性無機材の軟化点以上とすることが望ましく、300℃を超える温度がより望ましく、300℃を超え、700℃以下がさらに望ましい。
300℃以上の温度であれば、非晶性無機材の軟化点以上であり、その結果、塗布された非晶性無機材が軟化、溶融し、形成されたセラミック層とアルマイト層とが強固に密着するとともに、クラックの内部にもセラミック層が浸透していき、基材やアルマイト層に対してより強固に密着する。
【0062】
以下に、本発明の複層コートアルミニウム基材の作用効果を列挙する。
(1)本発明の複層コートアルミニウム基材では、基材上に形成されたアルマイト層には、複数のクラックが形成されており、上記クラックの内部にセラミック層が侵入しており、基材とアルマイト層、アルマイト層とセラミック層とは、化学結合によりしっかりと密着している。また、セラミック層は、アルマイト層のクラックの内部に侵入し、クラックを構成する内部壁に形成された突起の周囲にもセラミック層が形成されているので接着面積が増加する。また、セラミック層はアルマイト層に対し、嵌合状態となっているので、さらに密着力が増加する。
また、セラミック層がアルマイト層の内部に侵入し、基材表面に到達したした場合には、セラミック層は基材と密着しており、より強固な密着力を発揮している。すなわち、基材とアルマイト層とセラミック層とは、極めて強固に密着しており、断熱層として機能するとともに、熱ショック等が起こっても剥離やクラックが発生しにくい複層コートアルミニウム基材となる。
【0063】
(2)本発明の複層コートアルミニウム基材では、セラミック層を形成するための原料混合物が塗布される前に、100℃以上600℃以下の温度での加熱処理がなされているので、アルマイト層には、多数のクラックが形成されるとともに、クラックを構成する内部壁に突起が形成されており、クラックの内部を含む表面にセラミック層が形成されているため、基材との密着性に優れたセラミック層を有する複層コートアルミニウム基材となる。
【0064】
(3)本発明の複層コートアルミニウム基材は、基材表面に粗化面が形成されていると、基材表面に形成されるアルマイト層との酸素原子を介した化学結合の密着面積が大きくなるため、より密着性に優れたアルマイト層が形成されるとともに、基材表面に到達したセラミック層との物理結合の面積も増大して密着性も向上する。
【0065】
(4)本発明の複層コートアルミニウム基材において、セラミック層が非晶性無機材と結晶性無機材とからなると、非晶性無機材がアルマイト層等を被覆するガラス層として機能し、加熱により溶融してアルマイト層等を良好に被覆するとともに、セラミック層内部に含まれる結晶性無機材が耐熱性を向上させる部材として、大きな役割を担い、基材とその上に形成されたアルマイト層に対して密着性に優れるとともに、断熱性、耐熱性を有する複層コートアルミニウム基材となる。
【0066】
(5)本発明の複層コートアルミニウム基材で、非晶性無機材の軟化点が300〜700℃の低融点ガラスからなると、300℃以上の温度で加熱することにより、非晶性無機材が軟化、溶融し、基材上に形成されたアルマイト層等を良好に被覆するとともに、クラックの内部にも容易に侵入し、密着性を向上させることができる。
【0067】
(実施例)
以下に実施例を掲げ本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれら実施例のみに限定されない。
【0068】
(実施例1)
(a)基材準備工程
基材として、アルミニウム(A1050)からなる板(150mm×70mm×0.5mmt)を準備し、アルコール溶媒中で超音波洗浄を行い、続いて、サンドブラスト処理を行って基材の表面(両面)を粗化した。サンドブラスト処理は、♯80のAl
2O
3砥粒を用いて10分間行った。これにより、基材表面のJIS B 0601(1982)に基づく測長距離=10mmにおける表面粗さ(Ra)は、1.0μmとなった。
【0069】
(b)アルマイト処理工程
次に、基材にアルマイト処理を行ったが、アルマイト処理を行わない側の面にマスキングテープを貼り付けて保護した。
アルマイト処理の際には、電解浴を濃度200g/リットルの硫酸とし、電解温度を15℃とした。電解方法としては、前半に低電圧(20V)、後半に高電圧(40V)とする多段電解法を用いた。次いで、電解液を除去するために洗浄した。
アルマイト処理後の基材の一部を切断して、アルマイト処理により形成されたアルマイト層の厚さをSEMを用いて5点測定したところ、アルマイト層の厚さの平均値は、20μmであった。
【0070】
(c)第1加熱処理工程
塗布層を形成する前に、第1加熱処理工程として、空気中、500℃の加熱炉において10分間加熱し、クラックを形成するとともに、クラックの内壁に突起を形成した。
【0071】
(d)塗布層形成工程
(原料混合物の調製)
非晶性無機材の粉末として、SiO
2−TiO
2系ガラス(軟化点400℃)を準備した。
有機結合材として、信越化学工業株式会社製のメチルセルロース(製品名:METOLOSE−65SH)を準備した。
原料混合物の調製にあたっては、非晶性無機材の粉末100重量部にさらに水を100重量部加えて、ボールミルで湿式混合することによりスラリーを調製した。
【0072】
(塗布層形成)
アルマイト層が形成された平板状の基材の表面に、スプレーコートにより原料混合物を塗布し、乾燥機内で70℃で20分乾燥した。
(e)第2加熱処理工程
上記工程の後、第2加熱処理工程として、空気中、500℃の加熱炉において10分間加熱することによりセラミック層を形成した。セラミック層の厚さは20μmであった。
【0073】
(実施例2)
(a)基材準備工程でサンドブラスト処理を行わず、(e)第2加熱処理工程において、空気中、550℃の加熱炉において10分間加熱することによりセラミック層を形成したほかは、実施例1と同様にして複層コートアルミニウム基材を製造した。アルマイト層の厚さの平均値は、20μmであり、セラミック層の厚さは20μmであった。基材表面のJIS B 0601(1982)に基づく測長距離=10mmにおける表面粗さ(Ra)は、0.03μmであった。
【0074】
(比較例1)
(a)基材準備工程を実施例1と同様に行った後、(c)第1加熱処理工程は行わず、(d)塗布層形成工程を実施例1と同様に行い、(e)第2加熱処理工程では、空気中、420℃の加熱炉において10分間加熱を行った。セラミック層の厚さは20μmであった。
【0075】
(複層コートアルミニウム基材の特性の評価)
各実施例及び各比較例で製造した複層コートアルミニウム基材について、その特性を以下の手順で評価した。
【0076】
(プル強度の測定)
表面被覆層と基材との密着性を評価するために、以下の方法によりプル強度を測定した。
【0077】
図3は、プル強度測定用試料の模式的な断面図である。
複層コートアルミニウム基材10のセラミック層13の表面に、クリップを用いてスタッドピン20を取り付け、150℃で1時間加熱して固着させることにより、測定用試料を作製した。スタッドピン20としては、QUAD GROUP社製 P/N901106(2.7mmエポキシ接着剤Al製スタッドピン)を使用した。
【0078】
図4は、引張試験機による引張試験の外観図である。
引張試験機100を使用して、セラミック層13と固着したスタッドピン20を引っ張った。スタッドピン20と接しているセラミック層13が基材11から剥離するまでに加わった力の最大値とスタッドピン20の断面積とからプル強度を算出した。引張試験機100としては、(株)島津製作所製 オートグラフAGS50Aを使用した。
【0079】
(測定結果)
図2(a)及び(b)は、実施例1で得られた複層コートアルミニウム基材のクラック底部近傍を撮影したSEM写真であるが、
図2(a)及び(b)に示すように、アルマイト層には、クラックが形成されており、クラックを構成する内部壁には、突起(ささくれ)が形成されており、突起と内部壁との狭い空隙にもセラミック層が侵入していることがわかる。一方、クラックの内部に入り込んだセラミック層は、基材と密着している。このため、実施例1の複層コートアルミニウム基材は、プル強度が64.01Nと高強度を示しており、基材としっかりと密着した部材であることがわかった。また、実施例2に係る複層コートアルミニウム基材のプル強度も、61.50Nと高強度であった。
【0080】
一方、比較例1では、プル強度は34.17Nと実施例1及び実施例2の場合と比べて低下していることがわかった。比較例1の場合には、クラックを構成する内壁に突起は形成されていなかった。