特許第6363358号(P6363358)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6363358胞子または芽胞を用いた非水系物質変換方法およびバイオリアクター
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  • 特許6363358-胞子または芽胞を用いた非水系物質変換方法およびバイオリアクター 図000002
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6363358
(24)【登録日】2018年7月6日
(45)【発行日】2018年7月25日
(54)【発明の名称】胞子または芽胞を用いた非水系物質変換方法およびバイオリアクター
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/14 20060101AFI20180712BHJP
   C12P 7/22 20060101ALI20180712BHJP
   C12N 1/20 20060101ALI20180712BHJP
   C12M 1/00 20060101ALI20180712BHJP
   C12P 33/10 20060101ALN20180712BHJP
【FI】
   C12N1/14 B
   C12P7/22
   C12N1/20 A
   C12M1/00 C
   !C12P33/10
【請求項の数】6
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2014-38375(P2014-38375)
(22)【出願日】2014年2月28日
(65)【公開番号】特開2015-159788(P2015-159788A)
(43)【公開日】2015年9月7日
【審査請求日】2016年12月1日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成25年9月4日に、日本生物工学会主催の「第65回 日本生物工学会大会(2013)」(平成25年9月18日〜20日)の講演要旨集に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成25年9月20日に、日本生物工学会主催の「第65回 日本生物工学会大会(2013)」においてポスター発表
(73)【特許権者】
【識別番号】593165487
【氏名又は名称】学校法人金沢工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】小田 忍
【審査官】 中村 勇介
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−029251(JP,A)
【文献】 特開平05−091878(JP,A)
【文献】 特開平06−197773(JP,A)
【文献】 特開2013−172662(JP,A)
【文献】 小田忍,生体触媒研究の新潮流 カビを用いた新規な微生物変換・発酵生産システム,化学工業,2010年 6月 1日,Vol.61, No.6,,Page.409-417
【文献】 小田忍,界面バイオリアクターによる有用物質の微生物生産,バイオサイエンスとインダストリー,2012年 3月 1日,Vol.70, No.2,,Page.124-127
【文献】 O.-J. Park, et al.,Production of flavour ketones in aqueous-organic two-phase systems by using free and microencapsulated fungal spores as biocatalysts,enzyme and microbial technology,2000年,Vol.26,p.235-242
【文献】 TOSHIKO SHIGEMATSU, et al.,Use of Yeast Spores as a Biocatalyst,JOURNAL OF FERMENTATION AND BIOENGINEERING,1992年,Vol.73,p.467-470
【文献】 KOUSAKU Murata,Use of Microbial Spores as a Biocatalyst,Critical Reviews in Biotechnology,1993年,Vol.13,p.173-193
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M1/00−3/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
培養槽に、胞子または芽胞、前記胞子または芽胞に栄養を供給するための水溶液、前記胞子または芽胞および前記水溶液を保持する担体を含む複合層と、脂溶性の基質を含み前記担体の一方の面に接触する有機層と、を形成させる第1のステップと、
前記複合層に含まれる胞子または芽胞を生体触媒として、前記基質を反応させる第2のステップと、を含み、
前記有機層は、logP値が1.7〜3.86の有機溶媒を主溶媒とし、
前記第2のステップにおける基質の反応が補酵素要求性の反応であり、前記胞子または芽胞は生きた状態で前記反応を行うことを特徴とする物質変換方法。
【請求項2】
前記胞子または芽胞は、糸状菌もしくは放線菌の胞子、または細菌の芽胞であることを特徴とする請求項1に記載の物質変換方法。
【請求項3】
前記担体は、天然高分子もしくは合成高分子を主成分とする親水性ゲル、セルロース材を主成分とするろ過板もしくはビーズ、または無機材から板状もしくは粒状に形成された含水性を有する成形物であって、少なくとも前記一方の面に前記胞子または芽胞を吸着し得ることを特徴とする請求項1または2に記載の物質変換方法。
【請求項4】
前記担体に含まれる水溶液は、前記胞子または芽胞のエネルギー源として、糖質、脂肪酸またはポリオールの少なくとも1つを含み、窒素源を実質的に含まないことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の物質変換方法。
【請求項5】
前記第1のステップは、前記担体の他方の面に接触する水層を形成させることをさらに含むことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の物質変換方法。
【請求項6】
培養槽と、
胞子または芽胞、前記胞子または芽胞に栄養を供給するための水溶液、前記胞子または芽胞および前記水溶液を保持する担体を含む複合層と、
脂溶性の基質を含む有機溶媒から構成され、前記担体の少なくとも一方の面に接触する有機層と、を備え、
前記胞子または芽胞の少なくとも一部は、前記有機溶媒と接することによって、前記脂溶性の基質を物質変換し、前記脂溶性の基質の物質変換は補酵素要求性の反応であり、前記胞子または芽胞は生きた状態で前記物質変換を行い、
前記有機層は、logP値が1.7〜3.86の有機溶媒を主溶媒とすることを特徴とするバイオリアクター。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、胞子または芽胞を用いて物質変換(微生物変換)を行う技術に関する。具体的には、糸状菌もしくは放線菌の胞子、または細菌の芽胞のような、熱や圧力、薬剤や有機溶媒等のストレスに対して強い耐性を示す微生物細胞の含水性固定化物を、有機溶媒中で微生物変換反応に利用できる新規なバイオプロセスに関する。
【背景技術】
【0002】
糸状菌や放線菌、または細菌を生体触媒として用いる物質生産技術である微生物変換法は、それら微生物が有する酵素の高い基質特異性、酵素反応における位置選択性、および立体選択性に基づいて、種々の医薬品原料等の高付加価値化学品の合成に利用されてきた。微生物菌体やそれに含まれる酵素を用いた物質変換では、常温常圧下で正確に反応を進行させることが可能であるため、有機合成法では製造が困難な光学活性医薬品原料などの調製に極めて有効である。
【0003】
上記の微生物変換法は、微生物細胞内に存在する数多くの酵素のうちの特定の酵素の触媒作用を利用する技術である。精製した酵素もしくは粗酵素を利用する酵素変換法と比較して、生体触媒コストが低いこと、酸化還元反応のような補酵素要求性反応やりン酸化反応のようなエネルギー要求性反応を触媒できることが、実用上の大きなメリットになる。しかしながら、微生物は通常は水中でのみ代謝活動が可能であるため、補酵素の再生やATPの生産と共役した微生物変換では、微生物が位置する反応溶媒は水に限られてきた。
【0004】
その一方で、医薬品原料などの合成精密化学品の多くは水に対して難溶性である。また、医薬品原料を合成するために用いられる基質も水に難溶性である場合が多い。微生物変換法を用いる場合には、水に難溶な基質の変換は、微生物菌体中への基質の取り込み上非常に不利となる。また、水と基質の液/液ないしは液/固界面において強い微生物毒性(界面毒性)が発現して微生物が死滅してしまうことも致命的であった。
【0005】
この微生物変換用基質が水難溶性である問題を克服するために、これまでに数多くの微生物変換システムが提案されてきた。例えば、基質の水溶性を引き上げるために界面活性剤を添加する方法(非特許文献1)、メタノールやジメチルスルホキサイド等の水混和性有機溶媒を添加する方法(非特許文献2)、またはヘキサデカンなどの水非混和性有機溶媒を添加する水−有機溶媒二相系反応法(非特許文献3)などが提案されてきた。
【0006】
しかしながら、これら諸法においては、添加する界面活性剤(非特許文献4)や有機溶媒(非特許文献5)によって微生物がダメージを受けることや、多くの水難溶性基質もまた微生物に対して強い微生物毒性を発現することが知られている(非特許文献6)。これらの理由により、微生物変換法では、有用物質の実用的な生産に至った例は少ないのが現状であった。
【0007】
これらの現状に鑑みて、本発明者らは、水難溶性基質の反応溶媒への溶解性の向上と、反応溶媒並びに水難溶性基質の微生物毒性を同時に回避可能な微生物変換システムを提案してきた。つまり、親水性ゲルと疎水性有機溶媒との固/液界面で微生物変換を行う固−液界面バイオリアクター(特許文献1)、並びに、中空微粒子を用いて液体培地と疎水性有機溶媒との液−液界面に増殖させた糸状菌を使う液−液界面バイオリアクター(特許文献2)である。これらの方法では、加水分解やエステル化反応はもちろん、位置・立体選択的水酸化(非特許文献32)や不斉還元(非特許文献33)、または、代謝と微生物的アセチル転移反応を組み合わせたカップリングシステム(非特許文献34)などへの適用で、優れたパフォーマンスを実現してきた。
【0008】
また、これらのバイオリアクターでは、微生物に対して実質的に毒性を発現しない有機溶媒、例えば、n−デカンやジ−n−ヘキシルエーテルなどの非極性有機溶媒に基質を溶解させて界面に存在する微生物に作用させる。そのため、基質は分子レベルで菌体中に取り込まれて反応に供される。その結果、反応速度は著しく向上する。また、有機溶媒に溶解させて基質を微生物菌体に作用させるため、有機溶媒が毒性基質並びに毒性産物のリザーバーとして機能する。その結果、それらの微生物毒性を著しく回避することが可能となる。固−液界面バイオリアクターはこれまでに、酸化、還元、加水分解、エステル合成、アセチル転移、微生物分解等の多くの反応で使用されてきた(非特許文献7)。また、液−液界面バイオリアクターも、加水分解、還元、水酸化、エポキシ化等の反応で、様々な有用物質の高濃度生産に適用されてきた(非特許文献8)。
【0009】
また、有機溶媒耐性を有した微生物の探索(非特許文献18)または育種改良(非特許文献19)は、有機溶媒耐性酵素の創製(非特許文献20)を主要な目的として、現在でも活発な検討が広く行われている。これまでに見出された最強の有機溶媒耐性菌は、InoueとHorikoshiが報告したシュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)IH−2000である。シュードモナス・プチダは、水層中濃度で50%(v/v)もの高濃度のトルエン(logP=2.5)に耐えて増殖することができる(非特許文献21)。
【0010】
有機溶媒存在下で微生物菌体を反応に供する例としては、例えば、ペニシリウム・ロクエフォルティー(Penicillium roquefortii)の遊離胞子(非特許文献25)または固定化胞子を用いて水/イソパラフィンの二相系で脂肪酸からメチルケトンを合成した例(非特許文献26)、アスペルギルス・オリゼー(Aspergillus oryzae)やリゾプス・オリゼー(Rhizopus oryzae)の乾燥菌糸を用いたエステル化反応(非特許文献27)、またはアスペルギルス・オクラセウス(Aspergillus ochraceus)の固体化菌糸を用いた酢酸エチル/水層の二相系におけるステロイドの水酸化(非特許文献28)についての報告がある。
【0011】
一方、有機溶媒単層中での微生物変換の例としては、アスペルギルス・オリゼー(Aspergillus oryzae)の乾燥菌糸をヘキサン中に添加し、ゲラニオールをエステル化してゲラニルアセタートを合成した例(非特許文献29)、リゾプス・オリゼー(Rhizopus oryzae)の乾燥菌体を用いた2−アルカノールのエステル化による光学分割(非特許文献30)、またはアスペルギルス・ナイガー(Aspergillus niger)の乾燥菌体を用いた没食子酸のエステル化(非特許文献31)などの例がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】小田忍ら、特開平5−91878号公報
【特許文献2】小田忍・熊谷博行、特開2008−29251号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Nakahara,T.,et al.,J.Ferment.Technol.,59,415(1981).
【非特許文献2】Freeman,A.and Lilly,M.D.,Appl.Microbial.Biotechnol.,25,495(1987).
【非特許文献3】Hocknull,M.D.and Lilly,M.D.,Appl.Microbiol.Biotechnol.,33,148(1990).
【非特許文献4】Bar,R.and Gainer,J.L.,Biotechnol.Prog.,3,109(1987).
【非特許文献5】Onken,J.and Berger,R.G.,J.Biotechnol.,69,163(1999).
【非特許文献6】小田忍,バイオインダストリー,17,39(2000).
【非特許文献7】小田忍,バイオサイエンスとインダストリー,70,124(2012).
【非特許文献8】Galbraith,H.and Miller,T.B.,J.Appl.Bacterial.,36,647(1973).
【非特許文献9】Sheu,C.W.and Freese,E.,J.Bacteriol.,111,516(1972).
【非特許文献10】Freese,E.,et al.,Nature,241,321(1973).
【非特許文献11】Silver,S.and Wendt,L.,J.Bacteriol.,93,560(1967).
【非特許文献12】Galbraith,H.and Milelr,T.B.,J.Appl.Bacteriol.,36,659(1973).
【非特許文献13】Hunkova,Z.and Fencl,A.,Biotechnol.Bioeng.,20,1235(1978).
【非特許文献14】Yamashiro,K.,et al.,J.Ferment.Technol.,48,98(1971).
【非特許文献15】Jackson,R.W.and DeMoss,J.A.,J.Bacteriol.,90,1420(1965).
【非特許文献16】The,J.S.,Appl.Microbiol.,28,840(1974).
【非特許文献17】Borst−Pauwels,G.W.F.H.and Dobbelmann,J.,Biochim.Biophys.Acta,290,348(1972)
【非特許文献18】Nakajima,H.,et al.,Biosci.Biotech.Biochem.,56,1872(1992).
【非特許文献19】Komatsu,T.,et al.,Biosci.Biotech.Biochem.,58,1754(1994).
【非特許文献20】Tang,X.P.,et al.,Bioresource Technol.,99,7388(2008).
【非特許文献21】Inoue,A.and Horikoshi,K.,Nature,338,264(1989).
【非特許文献22】Rangel,D.E.N.,et al.,J.Invertebrate Pathol.,90,55(2005)
【非特許文献23】Suzuki,S.,et al.,Fungal Genet.Biol.,56,42(2013)
【非特許文献24】Sakamoto,K.,et al.,Fungal Genet.Biol.,45,922(2008).
【非特許文献25】Creuly,C.,et al.,Enzyme Microb.Technol.,14,669(1992).
【非特許文献26】Park,O.−J.,et al.,Enzyme Microb.Technol.,26,235(2000).
【非特許文献27】Romano,D.,et al.,J.Mol.Catal.B:Enzymatic,41,71(2006).
【非特許文献28】Houng,J.−Y.,et al.,Enzyme Microb.Technol.,16,485(1994).
【非特許文献29】Converti,A.,et al.,Enzyme Microb.Technol.,30,216(2002).
【非特許文献30】Molinari,F.,et al.,J.Ferment.Bioeng.,86,62(1998).
【非特許文献31】Yu,X.−W.and Li,Y.−Q.,J.Mol.Catal.B:Enzymatic,40,44(2006).
【非特許文献32】Oda,S.,et al.,Bull.Chem.Soc.Jpn.,82,105(2009).
【非特許文献33】Oda,S.and Isshiki,K.,Biosci.Biotechnol.Biochem.,72,1364(2008).
【非特許文献34】Oda,S.,et al.,Appl.Environ.Microbiol.,62,2216(1996).
【非特許文献35】Oda,S.and Ohta,H.,Biosci.Biotech.Biochem.,56,1515(1992).
【非特許文献36】Dutta,T.K.and Samanta,T.B.,Curr.Microbiol.,39,309(1999).
【非特許文献37】Demyttenaere,J.C.R.and Pooter,H.L.,Flavour Fragr.J.,13,173(1998).
【非特許文献38】Singh,K.,et al.,Appl.Microbiol.,16,393(1968).
【非特許文献39】Vezina,C.,et al.,Adv.Appl.Microbiol.,10,221(1968).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかしながら、固−液並びに液−液界面バイオリアクターに使用できる有機溶媒は、通常はlogP値(水/1−オクタノールの二相系における有機溶媒の分配計数の対数値)で5.0以上の疎水性有機溶媒に限られていた。極性が高い(logP値が小さい)有機溶媒ほど微生物菌体の構造や機能に対して様々な悪影響を与えることが知られている。例えば、細胞膜の破壊(非特許文献8)、胞子形成の阻害(非特許文献9)、栄養源の取り込みの阻害(非特許文献10)、細胞膜の物質透過の阻害(非特許文献11)、酸素の取り込みの阻害(非特許文献12)、代謝系の阻害(非特許文献13)、DNA合成の阻害(非特許文献14)、細胞質の収縮(非特許文献15)、細胞内容物の漏出(非特許文献16)、呼吸活性の阻害(非特許文献8)、細胞分裂の阻害(非特許文献17)、または細胞の酸性化(非特許文献13)といった、微生物の生存に関わる構造や機能の様々な障害が引き起こされることが報告されている。
【0015】
また、従来の水/有機溶媒二相系反応では、これら従来の微生物変換を用いたとしても、水/油滴界面における界面毒性の発現や生成物の回収率の低下または回収コストの増大の問題を避けることが困難であった。そのため、実用化に至った例は極めて少なかった。また、有機溶媒単層中で胞子や乾燥菌体を用いた例はいずれもリパーゼやタンナーゼなどの加水分解酵素の逆反応(エステル化)に限られており、微生物の代謝または補酵素再生が必須となる酸化還元反応などを実施できた例は皆無であった。酸化還元反応、特にプロキラルなケトンの不斉還元や不活性炭素の水酸化反応等では、反応収率100%の達成が理論上可能であり、製造コスト低減を十分に可能とする技術である。従って、反応溶媒を有機溶媒単層とし、なおかつ該有機層中で微生物を生きた状態、すなわち代謝活性を維持して補酵素を再生可能な状態で維持させて微生物変換に供することができるシステムの構築が、製薬業界を中心に強く望まれてきた。
【0016】
また、従来のバイオリアクターで使用可能な有機溶媒は、例えばn−デカン(logP=5.98)やn−ドデカン(logP=6.80)などのノルマルパラフィン類、ジ−n−ヘキシルエーテル(logP=5.12)のような中鎖エーテル類、またはKF−96L−1CS(logP=6.60)のような低粘度ジメチルシリコンオイルなど、高度に疎水性の有機溶媒に限られていた。固/液または液/液界面に位置する微生物は、有機層中の有機化合物の毒性を著しく回避することができるが、よりlogP値が低い中極性有機溶媒に対する耐性には改善の余地があった(非特許文献35)。
【0017】
また、水層と有機層との界面に位置する微生物は、有機層が毒性有機化合物のリザーバーとして機能すること、含水性の固定化担体(固−液界面バイオリアクター)または含水性の中空微粒子層(液−液界面バイオリアクター)の表面に位置する菌体は、水の薄層で保護されているために、液体培養系と比較して、有機溶媒分子による攻撃は比較的受け難い。しかしながら、極性が高い(すなわち、logP値が低い)有機溶媒は、菌体表面の水のバリアを透過して細胞膜を攻撃するため、溶媒耐性が極端に低下するという問題もあった。
【0018】
さらに、微生物毒性の低い疎水性有機溶媒が溶解させ得る基質は、高度に脂溶性のものに限られる。そのため、微生物毒性の低い疎水性有機溶媒の適用範囲は実際上、非常に限られていた。医薬中間体等の精密化学品の基質は、中程度の極性を持った化合物が多く、水にも疎水性有機溶媒にも難溶であるものが多い。これら中程度の極性をもつ基質を高濃度で溶かし得る中極性有機溶媒を反応溶媒として用いることが可能な、新規な微生物変換システムの構築が強く期待されてきた。
【0019】
このような有機溶媒耐性微生物に関する世界中の研究動向に対し本発明者は、使用可能な有機溶媒の極性の更なる引き上げ(logP値のさらなる引き下げ)と、100%濃度の有機溶媒の使用を可能ならしめる新規なシステムの構築について、鋭意検討を重ねた。
【0020】
本発明はこうした状況に鑑みてなされており、その目的とするところは、脂溶性の基質を効率良く物質変換する技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0021】
上記課題を解決するために、本発明のある態様の物質変換方法は、培養槽に、胞子または芽胞、胞子または芽胞に栄養を供給するための水溶液、胞子または芽胞および水溶液を保持する担体を含む複合層と、脂溶性の基質を含み担体の一方の面に接触する有機層と、を形成させる第1のステップと、複合層に含まれる胞子または芽胞を生体触媒として、基質を反応させる第2のステップと、を含む。なお、本明細書中で物質変換(微生物変換)とは、胞子または芽胞を生体触媒として、基質を別の物質に変換することをいう。特に、脂溶性の基質を用いて微生物の代謝または補酵素再生が必須となる酸化還元反応を行うことにより、脂溶性の生成物を得ることをいう。
【0022】
この態様によると、胞子または芽胞を生体触媒として、脂溶性の基質を効率良く物質変換することができる。特に、従来の物質変換方法によっては使用できなかった脂溶性の基質を用いることによって、従来の物質変換方法では生産できなかった様々な有機化合物を効率的に生産することができる。胞子または芽胞は菌体よりも有機溶媒に対する耐性が著しく高いため、胞子または芽胞の生存に影響を与えない基質として、様々な物質を選択することができる。さらに、有機層中に添加できる基質の濃度および有機層中に蓄積される反応生成物の濃度は、従来の液体培養法と比較して飛躍的に向上する。複合層と有機層の界面に位置する胞子または芽胞は、内部で代謝反応が起きているため、酸化還元反応のような補酵素要求性の反応や誘導酵素反応等も問題なく触媒することができる。また、本実施の形態の物質変換方法によると、生成物の回収も有機層からの取り出しのみで済む。そのため、煩雑な溶媒抽出工程を省略することができる。
【0023】
物質変換方法において、有機層は、logP値が1.7〜4.3の有機溶媒を主溶媒としてもよい。この態様によると、中程度の極性をもつ基質を高濃度で溶かし得る中極性有機溶媒を、反応溶媒として用いることが可能となる。
【0024】
物質変換方法において、胞子または芽胞は、糸状菌もしくは放線菌の胞子、または細菌の芽胞であってもよい。この態様によると、胞子または芽胞の代謝を利用することにより、様々な物質変換を行うことができる。
【0025】
物質変換方法において、担体は、天然高分子もしくは合成高分子を主成分とする親水性ゲル、セルロース材を主成分とするろ過板もしくはビーズ、または無機材から板状もしくは粒状に形成された含水性を有する成形物であって、少なくとも一方の面に胞子または芽胞を吸着できてもよい。この態様によると、胞子または芽胞が担体に安定的に固定されるため、胞子または芽胞を生体触媒として用いた物質変換の効率をさらに向上させることができる。
【0026】
物質変換方法において、担体に含まれる水溶液は、胞子または芽胞のエネルギー源として、糖質、脂肪酸またはポリオールの少なくとも1つを含み、窒素源を実質的に含まなくてもよい。この態様によると、胞子または芽胞が出芽することなく代謝が長期間にわたって維持されるため、胞子または芽胞を生体触媒として用いた物質変換を安定化させることができるとともに、物質変換の反応生成物の生成効率をさらに高めることができる。
【0027】
物質変換方法において、第1のステップは、担体の他方の面に接触する水層を形成させることをさらに含んでもよい。この態様によると、胞子または芽胞へのエネルギー源の供給を安定化させて物質変換を長期間継続することができる。
【0028】
本発明の別の態様は、バイオリアクターである。このバイオリアクターは、培養槽と、胞子または芽胞、胞子または芽胞に栄養を供給するための水溶液、胞子または芽胞および水溶液を保持する担体を含む複合層と、脂溶性の基質を含む有機溶媒から構成され、担体の少なくとも一方の面に接触する有機層と、を備える。胞子または芽胞の少なくとも一部は、有機溶媒と接することによって、脂溶性の基質を物質変換する。
【0029】
なお、上述した各要素を適宜組み合わせたものも、本件特許出願によって特許による保護を求める発明の範囲に含まれうる。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、脂溶性の基質を効率良く物質変換することができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1】実施の形態に係る物質変換方法を模式的に示す図である。図1(A)は、第1の実施の形態に係る物質変換方法を模式的に示す図である。図1(B)は、第2の実施の形態に係る物質変換方法を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
(概要)
筆者らは、液体培養系と比較して溶媒耐性を発揮できる培養システムとして、/液界面または液/液界面培養法を土台としつつ、従来技術では使用不可能であった中極性溶媒にも耐性を付与できる、新規な微生物変換システムの構築を図った。その結果、様々なストレスに耐性を示し、かつ生体触媒として機能しうる胞子または芽胞を用いることによって、本課題を解決し得ることを見出した。
【0033】
通常、胞子は、栄養源の枯渇や高温、または乾燥や毒物の存在といった様々なストレス条件下で形成される菌形態の一種である。長らく胞子は、代謝活動が停止している所謂休眠細胞として、広く認識されてきた。しかしながら一部の研究グループによって、アスペルギルス・オクラセウス(Aspergillus ochraceus)の固定化胞子を用いたプロゲステロンの11α−水酸化反応(非特許文献36)、ぺニシリウム・ジギタタム(Penicillium digitatum)の胞子を用いたネロールとシトラールの酸化(非特許文献37)、フザリウム・ソラニ(Fusarium solani)によるステロイドのC−20カルボニル基の還元など、胞子が代謝活性を維持しつつ、補酵素を再生し得る例がいくつか報告されている。
【0034】
このように、胞子は栄養細胞が有する遺伝情報を全て保持していると同時に代謝も行なっているため、休眠細胞ではないと考えることができる。ただし、上記の3例はいずれも水溶液中での微生物変換反応の例であり、胞子や芽胞を有機溶媒中で使用した例は、これまで知られていなかった。
【0035】
これに対し、本発明者は、熱や塩濃度、紫外線や放射線、または酸、アルカリ、化学薬品に対して強い抵抗性を示す糸状菌や放線菌の胞子並びに細菌の芽胞(非特許文献22〜24)を含水性固定化担体の表面に付着固定化した。次に該固定化物を、脂溶性基質を溶解せしめた中極性有機溶媒に投入して胞子または芽胞を固定化物/有機層との界面に配置させた。これにより、胞子または芽胞が生きた状態で有機層中の脂溶性基質を微生物変換できることを見出した。さらに、固定化担体中の水層に水溶性の糖質やポリオール類、または有機層中に脂溶性のアルカン類やエステル類などのエネルギー源を添加させ、なおかつ、窒素源を添加しないことにより、膨潤および出芽することなく胞子の代謝活性・補酵素再生を可能にできることを見出した。
【0036】
以下、図面を参照しながら、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。なお、図面の説明において重複する説明は適宜省略する。
【0037】
(第1の実施の形態)
本実施の形態の物質変換方法は、培養槽12に、胞子または芽胞14、胞子または芽胞14に栄養を供給するための水溶液、胞子または芽胞14および水溶液を保持する担体32を含む複合層30と、脂溶性の基質Xを含み担体32の一方の面に接触する有機層40と、を形成させる第1のステップと、複合層30に含まれる胞子または芽胞14を生体触媒として、基質Xを反応させて反応生成物X’を得る第2のステップと、を含む。
【0038】
図1(A)は、第1の実施の形態に係る物質変換方法を模式的に示す図である。
【0039】
本物質変換方法では、バイオリアクター10を使用する。バイオリアクター10は、培養槽12と、複合層30と、有機層40とを含む。
【0040】
培養槽12は、耐有機溶媒性を有し、胞子または芽胞14を培養して物質変換を行うための培養反応器である。水溶液および有機層40中の有機溶媒がそれぞれバイオリアクター10の内外で循環できるように、図示しない流入部および流出部を備えていてもよい。
【0041】
複合層30は、胞子または芽胞14と、担体32と、水溶液とから形成されたマット状(またはシート状、板状)の複合体である。本実施の形態では、複合層30は胞子または芽胞14を保持するだけではなく、水層としても機能する。
【0042】
担体32としては、有機溶媒に耐性があって、糸状菌や放線菌の胞子ないしは細菌の芽胞を少なくとも表面に吸着固定化できる担体(固定化担体)であれば、任意の担体を使用することができる。エネルギー源を溶解させた水溶液を内部に含む親水性ゲル、ろ過板((NA−100、東洋濾紙製など)もしくはビーズ、または板状もしくは粒状に形成された含水性を有する成形物が好適である。親水性ゲルの材料としては、たとえば寒天やアルギン酸カルシウムなどの天然高分子、ポリピニルアルコールなどの合成高分子が挙げられる。ろ過板もしくはビーズの主成分としては、たとえばセルロース材が挙げられる。含水性を有する成形物の材料としては、たとえば無機材が挙げられる。
【0043】
担体32には、少なくとも有機層40と接する界面に胞子または芽胞14が存在していればよい。つまり、界面の少なくとも一部に胞子または芽胞14が存在していればよい。また、胞子または芽胞14は基材の内部にも存在していてもよい。
【0044】
本実施の形態に使用される胞子または芽胞14としては、選択した有機溶媒に接触した状態にて基質Xを物質変換できさえすれば特に制約はない。標的とする微生物変換能を備えているか否かが、採択の基準となる。胞子または芽胞14として、アスペルギルス(Aspergillus)属やトリコデルマ(Trichoderma)属、ペニシリウム(Penicillium)属、ボーベリア(Beauveria)属、アクレモニウム(Acremonium)属に代表される糸状菌の胞子、ストレプトマイセス(Streptomyces)属やマイクロモノスポラ(Micromonospora)属に代表される放線菌の胞子、またはバチルス(Bacillus)属に代表される細菌の芽胞を好適に使用することができる。
【0045】
胞子または芽胞14の形成には、既知の培養方法を使用することができる。胞子または芽胞14に含まれる出芽した菌体は、できるだけ少ないことが好ましい。仮に出芽した菌体が含まれていたとしても、有機層40から受ける毒性によって、脂溶性の基質Xを物質変換できないと考えられるため、特に問題はない。
【0046】
水溶液は、水と胞子または芽胞14に供給される栄養源とを含む水溶液である液体培地から形成される。水溶液の組成は、使用する胞子または芽胞14の種類に応じて選定される。水溶液に添加されるエネルギー源は、グルコースやスクロースなどの糖質、脂肪酸またはポリオールなどの水溶性化合物であってもよい。また、水溶液は、窒素原子の含有量ができるだけ低いこと、特に窒素源を実質的に含まないことが好ましい。胞子または芽胞14の出芽を防止することによって、胞子または芽胞14を生体触媒とする物質変換の効率を高めるためである。窒素源としては、たとえばペプトン、酵母エキス等の有機態窒素源、硝酸ナトリウムや硫酸アンモニウム等の無機態窒素源が挙げられる。
【0047】
有機層40は、疎水性の有機溶媒を主溶媒とする。疎水性の有機溶媒としては、後述する胞子または芽胞14が接触した場合に生育が著しく阻害される有機溶媒でなければ使用することができる。疎水性の有機溶媒は、水と相溶せず、かつ胞子または芽胞14に対して実質的に毒性を示さない疎水性もしくは中極性の有機溶媒であることが好ましい。このような有機溶媒として、logP値(水/1−オクタノールの二相系における有機溶媒の分配係数の対数値)が5.0以上の有機溶媒だけではなく、従来技術では使用することができなかった5.0未満の有機溶媒を好適に使用することができる。logP値が1.7〜4.3の中極性有機溶媒を用いることが特に好ましい。これにより、有機溶媒中に溶解させる脂溶性の基質の濃度を大幅に高めることができる。
【0048】
具体的には、ジ−n−ヘキシルエーテル(logP=5.12)、イソアミルエーテル(logP=4.25)、2−エチルヘキシルアセテート(logP=4.13)、ビス(2−ブトキシエチル)エーテル(logP=3.86)、メチルシクロヘキサン(logP=3.61)、ジブチルエーテル(logP=3.21)、エチルベンゼン(logP=3.15)、1−オクタノール(logP=3.00)、スチレン(logP=2.95)、tert−ブチルアセテート(logP=1.76)などの有機溶媒を好適に使用することができる。なお、有機層40は、複数の有機溶媒の混合物を主溶媒としてもよい。また、胞子または芽胞14のエネルギー源として、脂溶性のアルカン類やエステル類などを有機層40中に添加してもよい。
【0049】
次に、バイオリアクター10の製造方法を説明する。本実施の形態では、高圧蒸気滅菌可能な担体32を用いる場合には、まず担体32を培養槽12中にて配置し、培養槽ごと高圧蒸気滅菌する。任意の組成の液体培地と所定量の胞子または芽胞14とを混合し、滅菌後の培養槽12に注入して該担体表面に胞子または芽胞14を吸着固定化させる。この培養槽に有機溶媒を充填することによって有機層40を形成する。なお、図1(A)に示したバイオリアクター10が製造できるのであれば、各物質を加える順序や滅菌方法はここで示したものに限られない。
【0050】
次に、バイオリアクター10を用いた物質変換について説明する。担体中の胞子または芽胞の働きにより、脂溶性の基質Xは、胞子または芽胞14を生体触媒として、反応生成物X’に物質変換される。
【0051】
有機層40に添加される脂溶性の基質Xは、特に限定されない。上述の有機層40に融解し、胞子または芽胞14により代謝される任意の物質を基質Xとして使用することができる。基質Xとして、たとえばステロイド系の医薬品原料、テルペン系の医薬品原料、フラボン系の医薬品原料、抗生物質誘導体、抗がん活性物質誘導体など、具体的にはベンジルやプロゲステロンなどが挙げられる。胞子または芽胞14と脂溶性の基質Xとを適宜組み合わせることにより、様々な反応生成物X’が得られる。
【0052】
以上、本実施の形態の物質変換方法によれば、胞子または芽胞14を生体触媒として、脂溶性の基質Xを効率良く物質変換することができる。特に、従来の物質変換方法によっては使用できなかった脂溶性の基質Xを用いることによって、従来の物質変換方法では生産できなかった様々な有機化合物を効率的に生産することができる。胞子または芽胞14は菌体よりも有機溶媒に対する耐性が著しく高いため、胞子または芽胞14の生存に影響を与えない基質Xとして、様々な物質を選択することができる。さらに、有機層40中に添加できる基質Xの濃度および有機層40中に蓄積される反応生成物X’の濃度は、従来の液体培養法と比較して飛躍的に向上する。複合層30と有機層40の界面に位置する胞子または芽胞14は、内部で代謝反応が起きているため、酸化還元反応のような補酵素要求性の反応や誘導酵素反応等も問題なく触媒することができる。また、本実施の形態の物質変換方法によると、生成物の回収も有機層40からの取り出しのみで済む。そのため、煩雑な溶媒抽出工程を省略することができる。
【0053】
なお、有機層40と複合層30とは、いずれが上層であってもよい。たとえば比重が1よりも大きい有機溶媒を用いる場合には、有機層40を複合層30よりも下に配置する。
【0054】
(第2の実施の形態)
図1(B)は、第2の実施の形態に係る物質変換方法を模式的に示す図である。
【0055】
本実施の形態では、第1の実施の形態のバイオリアクター10において、担体30の他方の面には水層20が形成されており、第1の実施の形態よりも薄い担体30が使用されている点が、第1の実施の形態とは異なる。
【0056】
本実施の形態の物質変換方法によっても、第1の実施の形態と同様の効果が得られる。加えて、エネルギー源の供給をより容易かつ継続的に行うことができる。
【0057】
なお、担体30の両面と接するように有機層40を形成させてもよい。この場合には、担体30の内部に形成された水層20を循環させることによって、胞子または芽胞に水を供給することが好ましい。また、この場合には、複合層30に含まれるエネルギー源を安定して供給するために、担体32を厚く形成することが好ましい。
【0058】
(用途)
上述した物質変換方法は、医薬品原料の生産などに適用することが想定される。たとえば様々な酸化還元反応に用いることができる。このような反応として、たとえば基質Xとしてベンジルを用いて(S)−ベンゾインを生成する反応、基質Xとしてプロゲステロンを用いて11α−ヒドロキシプロゲステロンを生成する反応が挙げられる。胞子または芽胞14を適宜選択することにより、これらの生産を容易に効率化することができる。
【0059】
(実施例1)
アスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)NBRC32074は、芳香族ジケトンであるべンジルの2つのカルボニル基のうちの片方だけを立体選択的に還元して、光学分割剤や医薬品原料として有用な(S)−ベンゾインを与える。
【0060】
ポテト・デキストロースアガーを用いて本株の胞子を大量に調製し、遠心分離による水洗を繰り返して培地由来の窒素源を除去した。該胞子をグルコース 10.0g、FeSO・7HO 5mg、MnSO・5HO 20mg、CaCl 10mg、蒸留水1.0Lよりなる窒素源無添加培地で2.0x10spores/mlとなるように胞子懸濁液を調製した。この胞子懸濁液25mlを、3枚に重ねたろ過板(NA−100、東洋濾紙製:直径5cm、厚さ3mm)に接種し、一番上のろ過板上面に該胞子を固定化した。その後、ベンジルを1%レベルで溶解させたメチルシクロヘキサン(logP=3.61)5mlを該固定化物の胞子マット上に重層した。25℃で加温・静置し、5日目と10日目に有機層をサンプリングして、高速液体クロマトグラフィーで(S)−ベンゾインの濃度を定量した。
【0061】
その結果、5日目で2.77g/L、10日目で6.26g/Lの(S)−ベンゾインの蓄積が確認された。
【0062】
(比較例1)
本比較例は、胞子をろ過板に固定化せず、振盪培養した点が実施例1と異なる。具体的には、実施例1で調製した胞子懸濁液25mlを250ml容三角フラスコに分注し、直ちに1%ベンジル/メチルシクロヘキサン溶液5mlを添加して、25℃、200rpmで加温・振盪を10日間継続した(水/メチルシクロヘキサン二相系反応)。振盪開始後5日目と10日目に有機層を採取して、高速液体クロマトグラフィーで(S)−ベンゾインの濃度を測定した。
【0063】
その結果、5日目で0.16g/L、10日目で0.18g/Lの(S)−ベンゾインしか生産されていなかった。つまり、振盪培養では、メチルシクロヘキサンの強い毒性発現が確認された。
【0064】
(実施例2)
リゾプス・オリゼー(Rhizopus oryzae)NBRC5781は、プロゲステロンの11位をα−水酸化して、医薬中間体として有用な11α−ヒドロキシプロゲステロンを生成する。
【0065】
本株をポテト・デキストロースアガーで培養することにより、その胞子を大量に採集した。遠心分離にて繰り返し水洗して培地由来の窒素源を除去した後、グルコース10.0g、FeSO・7HO 5mg、MnSO・5HO 20mg、CaCl 10mg、蒸留水1.0Lよりなる窒素源無添加培地で3.0x10spores/mlとなるように胞子懸濁液を調製した。該胞子懸濁液500μlを、上記の窒素源無添加培地に寒天を1.5%レベルで、添加および溶解させて調製した寒天平板(表面積38.5cm)の表面に植菌し、余分な水分を除去した後に2%プロゲステロン/エチルベンゼン(LogP=3.15)3mlを重層し、28℃で10日間加温・静置した。加温開始5日目と10日目にサンプリングして、有機層中の11α−ヒドロキシプロゲステロンの蓄積濃度を高速液体クロマトグラフィーで定量した。
【0066】
その結果、5日目で2.21g/L、10日目で4.08g/Lの11α−ヒドロキシプロゲステロンの蓄積が認められた。
【0067】
(比較例2)
実施例2で調製した胞子懸濁液25mlを250ml容三角フラスコに分注し、直ちに2%プロゲステロン/エチルベンゼン溶液5mlを添加して、28℃、200rpmで加温および振置を10日間継続した(水/エチルベンゼン二相系反応)。振盪開始後5日目と10日目に有機層を採取して、高速液体クロマトグラフィーで11α−ヒドロキシプロゲステロンの濃度を測定した。
【0068】
その結果、5日目で0.05g/L、10日目で0.08g/Lの11α−ヒドロキシプロゲステロンしか生産されていなかった。つまり、振盪培養では、エチルベンゼンの強い毒性発現が確認された。
【0069】
(実施例3)
水層と有機層の界面における種々の胞子または芽胞の生育性を確認した。
【0070】
PDA平板中央に各種カビマットの切片(2株;1x1mm)を植菌し、ただちに有機溶媒を平板上に重層した。具体的には、Aspergillus niger NBRC6341とNeurospora crassa ATCC 14692を用いた。有機溶媒としては、ジ−n−ヘキシルエーテル(logP=5.12)、イソアミルエーテル(logP=4.25)、2−エチルヘキシルアセテート(logP=4.13)、ビス(2−ブトキシエチル)エーテル(logP=3.86)、メチルシクロヘキサン(logP=3.61)、tert−ブチルアセテート(logP=1.76)を用いた。溶媒の揮発を避けるため容器(50ml)は密栓し、2日毎に内部の気相を空気30mlで置換しつつ、25℃で静置培養した。
【0071】
その結果、ジ−n−ヘキシルエーテル(logP=5.12)、イソアミルエーテル(logP=4.25)および2−エチルヘキシルアセテート(logP=4.13)では、いずれの株も良好に増殖した。また、Aspergillus niger NBRC6341は、ビス(2−ブトキシエチル)エーテル(logP=3.86)およびメチルシクロヘキサン(logP=3.61)でも良好に増殖した。一方、Neurospora crassa ATCC 14692は、tert−ブチルアセテート(logP=1.76)において良好に増殖した。以上の結果より、logPが5未満、特に4.3未満の有機溶媒に晒されても、ゲル−有機溶媒界面では糸状菌胞子が生存可能なことが明らかとなった。また、logP=約1.7という過酷な条件でも胞子が増殖可能であることも明らかとなった。
【0072】
以上、本発明を上述の実施の形態を参照して説明したが、本発明は上述の実施の形態に限定されるものではなく、実施の形態の構成を適宜組み合わせたものや置換したものについても本発明に含まれるものである。また、当業者の知識に基づいて実施の形態における組合せや工程の順番を適宜組み替えることや各種の設計変更等の変形を実施の形態に対して加えることも可能であり、そのような変形が加えられた実施の形態も本発明の範囲に含まれうる。
【符号の説明】
【0073】
10 バイオリアクター、 12 培養槽、 14 胞子または芽胞、 20 水層、 30 複合層、 32 担体、 40 有機層
図1