(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明者は、鋭意研究の結果、コールドスプレー溶射法で用いられるノズルにおいて、ノズル内のガスの流通方向の速度分布の増減とノズルの外周面におけるガスの流通方向の温度分布の増減とは、定性的に逆の傾向を示すという知見を得た。本発明者はこの知見に基づき、ノズルの外周面におけるガスの流通方向の温度分布から、ノズル内のガスの流通状態を診断する方法を見出した。
【0018】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。説明の便宜上、「コールドスプレー溶射法のノズルにおけるガスの流通状態のノズル外周面温度に基づく診断方法」を、「診断方法」と略して記すことがある。本発明の実施形態に係る診断方法は、溶射法のうち、特にコールドスプレー溶射法に適用される。従来の溶射法は、厚さが数10〜数100μm程度のコーティングが目的となる。これに対して、コールドスプレー溶射法によれば、コーティングのみならず、厚さが数cm程度までの成形体の製造が可能である。
【0019】
まず、コールドスプレー溶射法に用いられるノズル1(以下、単に「ノズル1」と記す)の構成例について、
図1を参照して説明する。
図1は、ノズル1の構成例を模式的に示す断面図である。
図1中の矢印Fは、ガスおよび溶射粒子の流通方向(以下、単に「流通方向」と記す)を示す。
図1に示すように、ノズル1は全体として筒状の構成を有し、その内部には長手方向に貫通するガスおよび溶射粒子の流路13が形成される。そして、長手方向の一方の端面(
図1においては左側の端面)にはガスおよび溶射粒子が流入するノズル入口11が形成され、他方の端面(
図1においては右側の端面)にはガスおよび溶射粒子が噴射するノズル出口12が形成される。流路13には、先細部131と末広部133とスロート132とが形成される。先細部131は、ノズル入口11の側に形成され、流通方向の下流側に向かうにしたがって内径が徐々に小さくなる。末広部133は、先細部131よりも流通方向の下流側に設けられ、流通方向の下流側に向かうにしたがって内径が徐々に大きくなる。スロート132は、流路13のうちで内径が最も小さい部分である。先細部131と末広部133との境界がスロート132となる。
【0020】
ノズル1の流路13にガスを流通させた場合のガスの流通状態について、
図2を参照して説明する。
図2は、ノズル1の流路13におけるマッハ数(定性的にガス速度)を模式的に示すグラフである。なお、マッハ数とは、速度が音速の何倍であるかを表す数値である。
【0021】
図2(a)は、ノズル1に供給されるガスの圧力(ノズル入口11におけるガスの圧力。以下、入口圧力と称する)と大気圧の差が小さい場合を示す。入口圧力P
0を大気圧から徐々に上げていくと、
図2(a)に示すように、ガス速度は、先細部131では下流側に向かうにしたがって大きくなり、スロート132において最大となる。ただし、入口圧力P
0と大気圧との差が小さいうちは、スロート132におけるガス速度は音速よりも遅い。末広部133でのガス速度は、下流側に向かうにしたがって小さくなる。
【0022】
入口圧力P
0をゲージ圧で例えば1気圧弱程度に上昇させると、
図2(b)に示すように、ガス速度は、スロート132において音速(マッハ数1)に達する。ただし、この場合でも、末広部133におけるガス速度は、下流側に向かうにしたがって小さくなる。
【0023】
入口圧力P
0をさらに上昇させると、
図2(c)に示すように、ガス速度は、スロート132を始点として、流通方向の下流側に向かってある位置x
sまでは大きくなる。この位置x
sを超えると、ガス速度は下流側に向かうにしたがって小さくなる。この場合には、この位置x
sにおいて衝撃波が発生している。ガス速度は衝撃波を通過するときに突然、音速よりも遅い速度に減速する。
【0024】
図2(c)に示す状態から入口圧力P
0をさらに上昇させていくと、衝撃波が発生する位置は、流通方向の下流側に向かって移動していく。そして、
図2(d)に示すように、衝撃波がノズル出口12において発生する状態となると、ガス速度は、スロート132においてマッハ1となり、末広部133において下流側に向かうにしたがって単調に大きくなる。この状態では、末広部133の全域においてガス速度が音速を超える「超音速流れ」が得られる。
【0025】
コールドスプレー溶射法においては、衝撃波が末広部133を流通方向へ通り過ぎた状態が、ガスの理想的な流通状態である。このため、
図2(d)に示す状態が、ノズル1の流路13におけるガスの流通状態の目標となる。本発明の実施形態に係る診断方法では、ノズル1の外周面の流通方向の温度分布に基づいて、ノズル1の流路13におけるガスの流通状態を診断する。
【0026】
次に、ガス速度とガス温度との関係について説明する。ガス温度は、ガス速度が大きくなるほど低下するという傾向を有する。ガス温度の低下は、ガス速度が音速を超えると顕著に現れるようになる。コールドスプレー溶射法においては、入口圧力P
0をゲージ圧で1気圧の数倍以上に大きくするため、ガス速度はスロート132において音速(マッハ1)に達する。そして、ガス速度がスロート132において音速に達し、かつ、衝撃波が末広部133を流通方向へ通り過ぎた状態では、ノズル入口11からノズル出口12に至るまで、ガス速度は流通方向の下流側に向かうにしたがって単調に大きくなる。そして、特にスロート132からノズル出口12にかけて、ガスの温度が著しく低下する。
【0027】
ノズル入口11の側に他の部材(例えばガスの小型の空気溜め5など)が接続されている場合には、ガスが常温であれば当該他の部材も常温になるため、ノズル1と当該他の部材との間で熱伝導(流通方向の熱伝導)はほとんど生じない。そして、ノズル1の流路13の金属内部を流通するガスの熱は、ノズル1の内周面から外周面に向かって、流通方向に直角な方向に伝導する。このため、ノズル1の外周面には、ノズル1の内周面の温度分布がそのまま表れることになる。したがって、ノズル1の外周面の流通方向の温度分布を測定することにより、ノズル1の内周面の流通方向の温度分布(すなわち、ノズル1の内周面上でのガスの流通方向の温度分布)を測定できる。そこで、本発明の実施形態では、ノズル1の外周面における流通方向の温度分布を接触または非接触で測定し、その測定結果をノズル1の内周面上でのガスの流通方向の温度分布とみなす。そして、この測定結果に基づいて、ガスの流通状態を診断する。
【0028】
具体的には、ガスの流通状態が
図2(d)に示すような状態であれば、ノズル1の外周面の流通方向の温度は、ノズル出口12の側の端面近傍を除き、スロート132からノズル出口12に向かって単調に低下する。したがって、このような温度分布が測定された場合には、ガスの流通状態が理想的な状態(目標とする状態)にあることを示している。なお、ノズル出口12の側の端面の近傍の温度については後述する。一方、衝撃波が末広部133の中間において発生している場合には、ノズル1の外周面の温度は、衝撃波が発生している位置x
s(
図2(c)参照)において最低となり、衝撃波よりも下流側においては流通方向の下流側に向かうにしたがって上昇することになる。このためこのような温度分布が測定された場合には、測定温度の最も低い位置の近傍において衝撃波が発生していることを示している。
【0029】
次に、本発明の実施形態に係る診断方法の実施方法について、
図3と
図4を参照して説明する。
図3と
図4は、診断方法の実施方法を模式的に示す図である。
図3に示すように、本発明の実施形態に係る診断方法においては、ノズル1の外周面の流通方向の温度分布を接触で測定する接触測定手段として、複数のシートカップル熱電対73が適用される。そして、
図3に示すように、ノズル1の末広部133の全長の下流側約半分の外周面に、複数(たとえば5個)このK型シートカップル熱電対73を貼り付ける。このような構成によれば、ノズル1の末広部133の全長の下流側約半分において、外周面の流通方向の温度分布を測定できる。また、
図4に示すように、非接触で測定する非接触測定手段として、赤外線カメラ6が適用される。赤外線カメラ6は、少なくともノズル1の末広部133の全長を撮影できる(末広部133の全長にわたって流通方向の温度分布を測定できる)ように配置される。ただし、末広部133の周方向の全域を撮影できる必要はない。なお、温度の測定手段は、ノズル1の外周面の流通方向の温度分布を接触または非接触で測定することができる機器であればよく、シートカップル熱電対や赤外線カメラ6に限定されるものではない。
【0030】
本発明の実施形態に係る診断方法は、温度分布測定ステップと判定ステップとを有する。
【0031】
温度分布測定ステップは、末広部133の外周面の流通方向の温度分布を接触または非接触で測定するステップである。温度分布測定ステップでは、まず、常温のガスをノズル1に流通させる。この際、入口圧力P
0を所定の一定の値に維持する。常温のガスを用いる理由は、ノズル1において流通方向に熱伝導が生じることを防止して、ノズル1の外周面に内周面上でのガスの流通方向の温度分布が現れるようにするためである。すなわち、実際の施工時のように、常温よりも高温のガスを流通させると、ノズル1においては流通方向の熱伝導が発生し、ノズル1の外周面の温度がガスの温度を正確に反映しなくなるためである。ガスの流通の開始後、ノズル1の外周面の温度が静定するのを待って、赤外線カメラ6によってノズル1の外周面を撮影する。このようにして、温度分布測定ステップでは、末広部133の外周面における流通方向の温度分布を接触または非接触で測定する。
【0032】
判定ステップにおいては、温度分布測定ステップにおいて測定した温度分布に基づいて、ガスの流通状態を判定する。
図5は、温度分布測定ステップにおいて測定される温度分布の測定結果の例を示すグラフである。前述のとおり、ガスの流通状態が
図2(d)に示すような状態であれば、
図5(a)に示すように、ノズル1の外周面の流通方向の温度分布は、ノズル出口12の側の端面近傍(端面から上流側に向かって所定の長さCの範囲)の領域を除き、スロート132からノズル出口12に向かって単調に低下する。このため、このような測定結果が得られた場合には、コールドスプレー溶射法における理想的な状態(目標とする状態)が得られていると判定する。なお、この所定の長さCおよび領域については後述する。一方、ガスの流通状態が
図2(c)に示す状態である場合には、ノズル1の外周面の温度は、
図5(b)に示すように、衝撃波が発生している位置x
sの近傍において最低となり、そこから流通方向の下流側においては、ノズル出口12に向かうにしたがって上昇していく。このため、
図5(b)に示すように、測定した温度分布をグラフ化すると下に凸の形状になり、下に凸の頂点の位置(最低温度の位置)がノズル出口12の側の端面から所定の長さCの位置よりも流通方向の上流側に位置している場合には、下に凸の頂点の位置の近傍において衝撃波が発生しており、ガス速度は単調な増加ではないと判定する。
【0033】
なお、ガスの流通状態が
図2(d)に示す状態であっても、
図5(a)に示すように、ノズル出口12の側の端面近傍(端面から所定の長さCの範囲)の領域において、ノズル1の外周面の温度が上昇するという測定結果が得られる。この温度上昇は、ノズル出口12の側の端面と外気との熱伝達が原因であり、不可避的に発生する。実験の結果、不可避的な温度上昇が発生する範囲は、ノズル出口12の側の端面の直径とほぼ同じであることが見出された。そこで、次に示すような方法を用いることにより、この温度上昇が判定結果に影響を及ぼさないようにできる。まず、この温度上昇が発生する領域(ノズル出口12の側の端面から所定の長さCの範囲の領域)の温度分布を判定に使用しないという方法が適用できる。説明の便宜上、この所定の長さCを「除外長さC」と記し、ノズル出口12の側の端面から除外長さCだけ上流側の位置を「除外位置D」と称し、ノズル出口12の側の端面から除外長さCの範囲を除外領域と称する。本実施形態では、除外長さCとして、例えば、ノズル出口12の側の端面の外径を用い、ノズル出口12の側の端面から除外領域Dについては、ガスの流通状態の判定に用いないという方法が適用できる。通常、コールドスプレーでは、ノズル出口から基材までの距離が5mm程度と短い。そのため、除外位置Dにおける溶射粒子の速度は、溶射粒子が基材に衝突する速度にほぼ等しい。また、あらかじめ、ノズル出口12の側の端面と外気との熱伝達が原因で生じる温度上昇を計算しておき、この計算結果に基づいて、ノズル出口12の側の端面近傍において発生した温度上昇に、ガス速度の低下が原因で生じる温度上昇が含まれるか判別することができる。例えば、測定された温度と計算した温度の差分を算出し、この差分が閾値以上である場合には、ガス速度が低下していると判定する。
【0034】
このように、本発明の実施形態に係る診断方法によれば、ノズル1の流路13におけるガスの定性的な流通状態を、ノズル1に測定のための特別な加工などを施すことなく、接触または非接触で容易に診断できる。このため、本発明の実施形態に係る診断方法によれば、例えば新たに設計したノズル1が所望の性能を有するかを診断できる。
【0035】
すなわち、溶射粒子の材料の種類やガスの条件(圧力や温度など)によって、ノズルの最適な形状は異なる。このため、新しい溶射粒子が開発されると、新しいノズルの設計が必要になる。ノズル1の設計において、ノズル1の末広部133の広がり角度θ(
図1参照)を大きくすると、末広部133の各位置におけるガス速度は大きくなる。一般に、基材に衝突する溶射粒子の速度が大きいほど、緻密で密着力の高い皮膜が得られる。このため、溶射粒子を加速するという観点からは、ノズル1の末広部133の広がり角度を大きくすることが好ましい。しかしながら、広がり角度θが過大になると、衝撃波がノズル出口12ではなく、末広部133の中間において発生するようになる。この状態では、衝撃波よりも下流側においてはガス速度が低下する。また、ノズル1の内壁面が粗いと、入口圧力P
0を大きくしても、衝撃波がなかなかノズル出口12に達しない。コールドスプレー溶射法においては、ガスの消費量を減らすため、より小さい入口圧力P
0でより大きなガス速度を得ることが求められる。ノズル1の流路13を流通するガス速度は、数値シミュレーションによって計算可能であるが、このシミュレーションには内周面の表面粗さを反映できない。このため、新たに設計したノズル1において、ガス速度がノズル出口12またはその近傍まで超音速に達しているかどうかの診断が困難である。これに対して本発明の実施形態によれば、新たに設計したノズル1において、ガス速度がノズル出口12またはその近傍まで超音速に達しているか否かを診断できる。
【0036】
次に、ガス速度の定量的な情報を得る方法について説明する。まず、流通方向の任意の位置xにおけるガスのマッハ数M
gを、次の式(1)を用いて理論的に算出する。式(1)において、γはガスの比熱比であり、P
rはガスのプラントル数であり、T
w[K]は任意の位置xにおけるノズル1の外周面の温度であり、T
a[K]はノズル外周面の温度T
wの測定時における大気温度(外気温度)である。ノズル出口12におけるガス速度を算出するためには、式(1)のT
wとしてノズル出口12の外周面の温度を用いればよい。
【0038】
ノズル入口11におけるガスの温度は大気温度に等しいため、ノズル入口11からノズル出口12までのガスの流れが断熱流れであると近似すると、任意の位置xにおけるガス温度T
g[K]は、次の式(2)により理論的に算出できる。
【0040】
そして、任意の位置xにおけるガス速度u
gは、次の式(3)により理論的に算出できる。なお、式(3)において、Rはガスの気体定数である。
【0042】
このように、ノズル1の外周面の温度を測定するとともに、その際の大気温度を測定し、その測定結果を上述の式(1)〜(3)に適用することで、ガス速度u
gの定量的な情報を得ることができる。さらに、ノズル1が未使用である状態での測定結果に基づくガス速度u
gの算出結果と、ノズル1の使用開始後の状態での測定結果に基づくガス速度u
gの算出結果をとの差分を算出することにより、使用により生じるガス速度u
gの低下量を測定できる。このように、本発明の実施形態によれば、ガス速度u
gの低下量を、接触または非接触で容易かつ安価に測定できる。なお、本発明にいう未使用とは、実稼働に供する前であって、初期状態の測定のための使用を除くものとする。
【0043】
さらに、ノズル出口12における溶射粒子の速度u
p,eは、次の式(4)によって算出できる。次の式(4)において、d
pは溶射粒子の直径であり、Lはノズル1の末広部133の長さであり、ρ
pは溶射粒子の密度であり、P
0はスロート132の上流でのガスの貯気圧力であり、u
g,eはノズル出口12でのガス速度である。
【0045】
ただし、前述のとおり、除外領域においては、ノズル1の外周面の温度がノズル出口12の側に向かうにしたがって上昇する。このため、ノズル出口12におけるガス速度と溶射粒子の速度は、除外位置Dにおいて算出する。前述のとおり、この除外長さCには、ノズル出口12の側の端部の外径が適用される。除外位置Dにおけるガス速度と溶射粒子の速度は、次の式(5)〜(8)を用いて算出される。これらの式(5)〜(8)において、T'
wは、除外位置Dにおけるノズル1の外周面の温度である。M'
g,eは、除外位置におけるガスのマッハ数である。T'
g,eは除外位置Dにおけるガス温度である。u'
g,eは、除外位置Dにおけるガス速度である。u'
p,eは、除外位置Dにおける溶射粒子の速度である。次の数式(5)〜(8)は、それぞれ、前述の数式(1)〜(4)に対応する。
【0047】
また、ノズル1を長期間にわたって使用すると、ノズル1の内周面に溶射粒子が付着したり、溶射粒子がノズル1の内周面を傷つけたりして、ノズル1の内周面の表面粗さが粗くなっていく。そうすると、未使用の状態に比較してガス速度が低下していき、その結果、溶射粒子の速度も低下していく。本発明の実施形態によれば、このような使用により生じる溶射粒子の速度の低下を判定することができる。ここで、ノズル1の使用が原因で生じる溶射粒子の速度の低下を判定する方法について説明する。
【0048】
まず、ノズル1が未使用(新品)である状態において、常温のガスをノズル1の流路13に流通させ、ノズル1の末広部133の外周面の除外位置Dの温度を測定する。測定方法は、前述の温度分布測定ステップにおける方法と同じ方法が適用できる。また、常温のガスを用いる理由も前述のとおりである。併せて、この時の大気温度(外気温度)T
aを測定する。そして、上述した式(5)〜(8)を用いて、除外位置Dにおけるマッハ数M'
gと、ガス温度T'
g,eと、ガス速度u'
g,eと、溶射粒子の速度u'
p,eとを算出する。そして、これらを記録しておく。ノズル1の使用を開始してからは、所望の定期的なタイミングで、前述と同様の方法により除外位置Dの外周面の温度T'
wと大気温度(外気温度)T
aを測定する。この所望の定期的なタイミングとしては、例えば、毎日の加工開始前のタイミングなどが適用できる。そして、未使用時と同様に、数式(5)〜(8)を用いて、除外位置Dにおけるマッハ数M'
gと、ガス温度T'
g,eと、ガス速度u'
g,eと、溶射粒子の速度u'
p,eとを算出する。さらに、未使用時における溶射粒子の速度u'
p,eと使用開始後における溶射粒子の速度u'
p,eとの差を算出する。この差を溶射粒子の速度の低下量Δu
pとする。すなわち、
Δu
p=(未使用時の溶射粒子の速度u'
p,e)−(使用開始後の溶射粒子の速度u'
p,e) 式(9)
である。
【0049】
次に、ガスが常温よりも高い温度である場合のガス速度と溶射粒子の速度の計算方法について説明する。ここでは、ガスのマッハ数はガス温度に依存しないという原理を用いている。まず、式(5)を用い、除外位置Dにおけるマッハ数M'
g,eを算出する。一般に、ノズル内の流通方向のある位置におけるマッハ数は、その位置の流路断面積をスロート断面積で除した値により求められる。すなわち、ノズル内の流通方向のある位置におけるマッハ数はノズルの幾何形状により決まり、ガス温度に依存しない。そのため、常温のガスと高温のガスとで、マッハ数M'
g,eは同じ値になる。そして、次の式(10)を用い、除外位置Dにおけるガス温度T'
g,eを算出する。
【0051】
式(10)は、式(6)の大気温度T
aが、ノズル入口11におけるガスの温度(供給されるガスの温度)T
g0に置き換えられた式である。そして、式(10)を用いて算出した除外位置Dにおけるガス温度T'
g,eを式(7)に代入して、除外位置Dにおけるガス速度u'
g,eを算出する。さらに、式(8)を用いて除外位置Dにおける溶射粒子の速度u'
p,eを算出する。なお、未使用時および使用開始後のいずれであっても、この方法により除外位置Dにおけるガス速度u'
g,eと溶射粒子の速度u'
p,eを算出できる。
【0052】
このように、使用によって生じるガス速度と溶射粒子の速度の低下を診断できるから、本実施形態に係る診断方法により、実際のコールドスプレー溶射法の実施において、ノズルや製造される製品の品質の管理が容易になる。すなわち、毎日の加工開始前において本発明の実施形態に係る診断方法を実施し、未使用の状態からのガス速度の低下量や低下率を検出することによって、ノズルのクリーニングや交換のタイミングの決定が容易になる。または、ノズル1が所望の性能を維持できなくなるよりも前に、クリーニングや交換ができる。
【0053】
(実施例1)
次に、本発明の実施形態に係る診断方法の有効性を検証した実験について説明する。本発明者は、本発明の実施形態に係る診断方法の有効性を、ガスの静圧分布とノズル1の外周面の温度分布との関係に基づいて確認した。ノズル1の流路13におけるガスの静圧は、ガス速度が高くなるにしたがって低下する。このため、末広部133において下流側に向かって静圧が低下していくのであれば、ガス速度がノズル1の出口に向かうにしたがって大きくなっていることを直接的に示しているといえる。また、末広部133の中間から出口に向かうにしたがってガスの静圧が高くなっていく場合には、ガスの静圧が最小の位置において衝撃波が発生しており、衝撃波よりも流通方向の下流側においてはガス速度が低下していることを直接的に示しているといえる。そして、前述のとおり、ガス温度も、ガス速度が大きくなるほど低下するという傾向を有する。このように、流路13におけるガスの静圧分布と、ノズル1の外周面の温度分布とは、同じ定性的な傾向を示すと予想される。そこで、流路13におけるガスの静圧分布とノズル1の外周面の温度分布とが、実際に同じ定性的な傾向を示すのであれば、本発明の実施形態に係る診断方法は有効であるといえる。
【0054】
実験条件は次のとおりである。
図6は、実験装置の構成を模式的に示す図である。ノズル1には、外周面と内周面とを連通する貫通孔である複数(本実施例では10個)の静圧孔14が、流通方向に配列されるように形成される。そして、これらの静圧孔14には、それぞれ、外周面側から圧力センサ71が取り付けられている。ノズル入口11の側の端部には雄ネジが形成されており、小型の空気溜め5に形成される雌ネジに固定されている。この小型の空気溜め5には、使用するガスの例として、常温でかつ高圧の空気が定常的に供給される。そして、小型の空気溜め5に貯留される空気は、ノズル1の流路13を通過してノズル出口12から外部に噴射される。赤外線カメラ6は、ノズル1の末広部133の外周面の流通方向の全体を撮影できるように設置される。
【0055】
実験手順は、次のとおりである。まず、小型の空気溜め5に溜められる空気を、ノズル1の流路13に流通させる。なお、実験中は、入口圧力P
0を所望の一定の値に維持する。そして、ノズル1の外周面の温度が静定するのを待って(10分程度)、赤外線カメラ6によってノズル1の末広部133の外周面を撮影してその流通方向の温度分布を取得する。同時に、圧力センサ71のデータを取得する。ここでは、入口圧力P
0として、ゲージ圧で1気圧と7気圧の2種類の気圧について実験を行った。
【0056】
図7(a)は、入口圧力P
0が1気圧の条件での実験結果を示すグラフであり、
図7(b)は、入口圧力P
0が7気圧での実験結果を示すグラフである。
図7(a)(b)のいずれにおいても、横軸が流通方向の位置を示す。そして、x=0mmの位置がスロート132の位置であり、x=180mmの位置がノズル出口12の位置である。
【0057】
図7(a)に示すように、入口圧力P
0がゲージ圧で1気圧の場合には、ガスの静圧はx=50mm付近の位置において最低となり、この位置から下流側に向かうにしたがって高くなっている。そして、赤外線カメラ6により測定されたノズル1の外周面の温度も、x=50mm付近の位置において最も低く、この位置から下流側に向かうにしたがって高くなっている。したがって、ノズル1の外周面の温度分布から、x=50mm付近の位置において衝撃波が発生しており、衝撃波の位置から下流側に向かうにしたがってガス速度が低下していると判定できる。このように、赤外線カメラ6によるノズル1の外周面の温度分布は、ノズル1の流路13を流通するガス速度を定性的に捉えているといえる。
【0058】
図7(b)に示すように、入口圧力P
0がゲージ圧で7気圧の場合には、流路13を流通するガスの静圧は、スロート132からノズル出口12に向かって単調に低下している。同様に、ノズル1の外周面の温度は、ノズル出口12の近傍を除き、スロート132からノズル出口12に向かって単調に減少している。なお、ノズル出口12の近傍において温度が上昇しているが、この温度上昇は、計算の結果、ノズル出口12の側の端面と大気との熱伝達が原因で不可避的に生じることが明らかとなった。さらに、このような温度上昇が生じる領域は、本実施例では、ノズル出口12の側の端面から約20mmの範囲の領域であるという測定結果が得られた。この長さは、ノズル出口12の側の端部におけるノズル1の外径(本実施例ではφ20mm)とほぼ同じであるという結果が得られた。このため、このような温度上昇が生じる範囲は、ノズル出口12の側の端面から、ノズル出口12の側の端部におけるノズル1の外径とほぼ同じ長さの範囲であると推測される。そこで、判定においてこの温度上昇の影響を除去するため、ノズル出口12の側の端面からノズル1の外径(本実施例ではφ20mm)程度の上流までの範囲を除外領域とする。そして、この除外領域の温度は、判定に用いない。
【0059】
以上のとおり、検証実験の結果、本発明の実施形態による診断方法が有効であることが確認された。
【0060】
(実施例2)
次に、ノズルの外周面の温度上昇量に対する除外位置Dにおける溶射粒子の速度の減速量を算出した結果の例について説明する。ここでは、温度上昇量として、無次元温度上昇量Δ(T'
w/T
a)を用いる。無次元温度上昇量Δ(T'
w/T
a)は、次の式(11)で定義されるものとする。
Δ(T'
w/T
a)=T'
w2/T
a2 − T'
w1/T
a1 式(11)
ここで、
T
a1:未使用の測定時の大気温度
T
a2:使用開始後の測定時の大気温度
T
w1:未使用の測定時の除外位置Dでの外周面温度
T
w2:使用開始後の測定時の除外位置Dでの外周面温度
である。
【0061】
また、計算条件は、次のとおりとする。
ガス:窒素(γ=1.40,R=297 J/(kg・K),Pr=0.71)
ガス圧力P
0:3MPa
未使用の測定時における大気温度T
a1:27℃(300[K])
使用開始後の測定時における大気温度T
a2:15℃(288[K])
未使用の測定時における除外位置Dでの外周面温度T'
w1:6℃(279[K])
使用開始後の測定時における除外位置Dでの外周面温度T'
w2:変数
ノズルの末広部の長さL:0.200m
ノズルの外径D:0.020m
粒子材料:銅(ρ
p=8960 kg/m
3)
粒子直径:20μm
【0062】
図8(a)は、上記の条件のもとで,ノズル1の除外位置Dにおける外周面の無次元温度上昇量Δ(T'
w/T
a)に対する溶射粒子の速度の減速量を計算した結果を示すグラフである。
図8において、例えば、横軸のΔ(T'
w/T
a) = 0.03は、上記の計算条件と式(11)から、使用開始後のノズル1の除外位置Dでの外周面温度T'
w2 = 276.5[K](3.5℃)の場合に対応する。使用開始後のノズル1の除外位置Dでの外周面の温度T'
w2は、未使用の場合の外周面の温度 T'
w1 =279[K](6℃)よりも下がっているが、それぞれの測定時における大気温度T
a1,T
a2で除して無次元化して差をとると、Δ(T'
w/T
a)=0.03(>0)となり、Δ(T'
w/T
a)は増大している。この場合の溶射粒子の速度の減速量Δu
pは、
図8(a)から約100m/sとなる。
図8(b)は、無次元温度上昇量Δ(T'
w/T
a)に対する溶射粒子の速度の減速率の算出結果の例を示すグラフである。ここでいう溶射粒子の速度の減速率とは、使用開始後の除外位置Dにおける溶射粒子の速度の計算値を、未使用時の除外位置Dにおける溶射粒子の速度の計算値で除した値である。具体的には、上記条件ではノズル1の未使用時における除外位置Dでの溶射粒子の速度は485m/sであることから、
図8(b)のグラフの縦軸値は、
図8(a)のグラフに示す縦軸の値を485m/sで除した値である。この例では、無次元温度上昇量Δ(T'
w/T
a)=0.03であると、溶射粒子の速度の減速率は0.21となる。
【0063】
(実施例3)
次に、ガスが高温である場合の、ノズルの外周面の温度上昇量に対する除外位置Dにおける溶射粒子の速度の減速量を算出した結果の例について説明する。ここでは、ノズル入口11におけるガス温度T
g0が573[K](300℃)である例を示す。なお、これ以外の計算条件は、実施例2と同じである。
図9(a)は、ノズル1の除外位置Dにおける外周面の無次元温度上昇量Δ(T'
w/T
a)に対する溶射粒子の速度の減速量を計算した結果を示すグラフである。
図9(b)は、無次元温度上昇量Δ(T'
w/T
a)に対する溶射粒子の速度の減速率の算出結果の例を示すグラフである。
図9(a)に示すように、ガス温度T
g0=573[K](300℃)の場合には、無次元温度上昇量Δ(T'
w/T
a)=0.03では溶射粒子の速度の減少量は113m/sとなり、ガスが常温である場合に比較して減少量が大きくなる。しかしながら、溶射粒子の速度の減速率は0.18であり、ガスが常温である場合に比較して、減速率は小さい。
【0064】
以上、本発明の実施形態について詳細に説明したが、前記実施形態は、本発明を実施するにあたっての具体化の例を示したものに過ぎない。本発明は、前記実施形態によって技術的範囲が限定的に解釈されてはならないものである。すなわち、本発明は、その技術思想またはその主要な特徴から逸脱することなく、さまざまな形で実施することができる。