特許第6363992号(P6363992)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6363992サファイア単結晶育成用坩堝およびサファイア単結晶育成方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6363992
(24)【登録日】2018年7月6日
(45)【発行日】2018年7月25日
(54)【発明の名称】サファイア単結晶育成用坩堝およびサファイア単結晶育成方法
(51)【国際特許分類】
   F27B 14/10 20060101AFI20180712BHJP
   C30B 29/20 20060101ALI20180712BHJP
   C22C 27/04 20060101ALI20180712BHJP
   B22F 1/00 20060101ALN20180712BHJP
   B22F 3/02 20060101ALN20180712BHJP
【FI】
   F27B14/10
   C30B29/20
   C22C27/04 101
   C22C27/04 102
   !B22F1/00 P
   !B22F3/02 P
【請求項の数】7
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2015-506651(P2015-506651)
(86)(22)【出願日】2014年2月13日
(86)【国際出願番号】JP2014053309
(87)【国際公開番号】WO2014148158
(87)【国際公開日】20140925
【審査請求日】2016年12月6日
(31)【優先権主張番号】特願2013-57846(P2013-57846)
(32)【優先日】2013年3月21日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000220103
【氏名又は名称】株式会社アライドマテリアル
(74)【代理人】
【識別番号】100077838
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 憲保
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 慎
(72)【発明者】
【氏名】加藤 昌宏
(72)【発明者】
【氏名】深谷 芳竹
【審査官】 市川 篤
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−189425(JP,A)
【文献】 特許第3917208(JP,B2)
【文献】 特開2011−127150(JP,A)
【文献】 特開2011−127839(JP,A)
【文献】 特開2012−107782(JP,A)
【文献】 特開2014−031291(JP,A)
【文献】 特開2007−126335(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F27B 14/10
C22C 27/04
C30B 15/10
C30B 29/20
B22F 1/00
B22F 3/02
B22F 3/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
タングステンと不可避不純物で構成されるか、もしくはモリブデンと3質量%以上、30質量%以下のタングステンのみからなるタングステン−モリブデン合金と不可避不純物で構成され、
円筒部と、前記円筒部に連なるように設けられた底部を有し、
前記底部は、円錐台形状であり、且つ、
少なくとも内周が、最大高さRyが7μm以下、算術平均粗さRaが1μm以下の表面粗さである、サファイア単結晶育成用坩堝。
【請求項2】
前記底部は、前記円筒部に連なるように、つなぎ目なしで設けられている、請求項1に記載のサファイア単結晶育成用坩堝。
【請求項3】
高さ/開口部径の比率が1.35以下であり、底部から開口部への厚さが5mm〜1mmであり、かつ底部から開口部にかけて、厚さが薄くなるように形成されている、請求項1または2に記載のサファイア単結晶育成用坩堝。
【請求項4】
硬度がビッカース硬度で420〜500、アスペクト比5以下の金属組織を有し、理論密度比98%以上、純度99.9質量%以上である圧延板を得、当該圧延板を用いて請求項1〜3のいずれか一項に記載のサファイア単結晶育成用坩堝を製造することを特徴とする製造方法
【請求項5】
開口部径が200mm以上である、請求項1〜のいずれか一項に記載のサファイア単結晶育成用坩堝。
【請求項6】
更に、前記圧延板をヘラ絞り工法によって成型することを特徴とする、請求項4に記載の製造方法
【請求項7】
請求項1−のいずれか一項に記載のサファイア単結晶育成用坩堝を用いたサファイア単結晶育成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サファイア単結晶育成用坩堝およびサファイア単結晶育成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
サファイア単結晶は透過率と機械的特性に優れた材料であり、例えば光学材料として広く用いられたり、GaN育成用のエピタキシャル基板として更に多くの使用がなされたりするようになってきている。
【0003】
このサファイア単結晶は、従来、イリジウム、タングステン、モリブデン等の坩堝を用いて、引きあげ法(Czochralski法、CZ法などとも言う)EFG(Edge-defined. Film-fed Growth)法やKyropoulos法を用いて種結晶から成長させることにより、得られていた。
【0004】
一方で、近年はサファイアの歩留向上のために、サファイア単結晶が大型化しており、上述した引き上げ法のような、従来のサファイア単結晶の製造方法では成長が困難なサイズが現れている。
【0005】
そこで、このようなサファイア単結晶の大型化に対応可能な成長方法として、HEM(Heat Exchange Method)法が用いられるようになって来ている(非特許文献1)。
【0006】
ここで、上記した坩堝材料のうち、モリブデンはイリジウム、タングステンと比較して安価であるため、坩堝の材料として広く用いられている(特許文献1)。
【0007】
一方で、サファイアの融点は2000℃を超えるため、モリブデンにタングステンを含有させたモリブデン−タングステン合金も用いられている(特許文献2〜4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2010−270345号公報
【特許文献2】特開2011−127150号公報
【特許文献3】特開2011−127839号公報
【特許文献4】特許第3917208号明細書
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Frederick Schmid, Chandra P. Khattak, and D. Mark Felt, “Producing Large Sapphire for Optical Applications”, American Ceramic Society Bulletin, February 1994 Volume 73, No.2, p39-44.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、上記文献記載の坩堝は、サファイア育成後は坩堝を破壊してサファイアを取り出す必要があり、坩堝の再利用が想定されていない。そのため、サファイアを1回育成する毎に坩堝を廃棄する必要があり、サファイア育成のコストの低減が困難であった。
【0011】
特に、モリブデンを用いた坩堝においては、溶融したサファイアを冷却する際に、常温付近で、モリブデンの方がサファイアより熱膨張率が大きくなるため、坩堝が大きく収縮する。
【0012】
そのため、坩堝を破壊することなく、内部のサファイアインゴットを取り出すのが困難であり、さらに収縮の際に圧縮応力が発生し、サファイアの結晶方位等に悪影響を与える恐れがあった。
【0013】
また、上記文献記載の坩堝は、溶融したアルミナがモリブデンの結晶粒界を浸食し、その結果、数十μmからmmオーダーのモリブデン粒子が脱落してサファイア結晶の中に混入し、サファイア結晶の着色や、結晶性の悪化がもたらされる場合があった。このような混入が生じたサファイアは使用できない場合があり、歩留まりに悪影響を及ぼすため、サファイア育成のコストの低減が困難であった。
【0014】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、従来よりもサファイア育成のコストを低減可能な構造のサファイア単結晶育成用坩堝を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記した課題を解決するため、本発明者は、坩堝を再利用可能とし、かつ溶解したサファイアへの坩堝成分の混入を抑制可能な坩堝に必要な条件について、特にサファイアと接触する坩堝内周面の形状について再度検討した。
【0016】
その結果、坩堝内周面の表面粗さを所定の範囲とすることにより、坩堝の再利用が可能となり、かつ溶解したサファイアへの坩堝成分の混入を抑制可能となることを見出し、本発明をするに至った。
【0017】
即ち、本発明の第1の態様は、タングステンと不可避不純物で構成されるか、もしくはタングステンを3質量%以上、60質量%以下含むタングステン−モリブデン合金と不可避不純物で構成され、円筒部と、前記円筒部に連なるように設けられた底部を有し、少なくとも内周が、最大高さRyが7μm以下、算術平均粗さRaが1μm以下の表面粗さである、サファイア単結晶育成用坩堝である。
【0018】
本発明の第2の態様は、第1の態様に記載のサファイア単結晶育成用坩堝を用いたサファイア単結晶育成方法である。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、従来よりもサファイア育成のコストを低減可能な構造のサファイア単結晶育成用坩堝を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】サファイア単結晶育成用坩堝1を示す断面図である。
図2】サファイア単結晶育成用坩堝1の製造方法の一例を示すフロー図である。
図3】サファイア単結晶育成用坩堝1の製造方法の一例を示すフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、図面を参照して本発明に好適な実施形態を詳細に説明する。
【0022】
まず、図1を参照して本発明の実施形態に係るサファイア単結晶育成用坩堝1の形状について、説明する。
【0023】
ここではサファイア単結晶育成用坩堝1として、HEM法による単結晶育成用坩堝が例示されている。
【0024】
図1に示すように、サファイア単結晶育成用坩堝1は、円筒部3と、円筒部3に連なるつなぎ目なしの円錐台形状の底部7を有し、さらに、開口部には鍔9が設けられている。
【0025】
以下、サファイア単結晶育成用坩堝1を構成する部材の形状、組成、およびサファイア単結晶育成用坩堝1の製造方法について説明する。
【0026】
<材料>
サファイア単結晶育成用坩堝1を構成する材料としては、サファイア(アルミナ)の溶融温度に耐え高温強度に優れ、かつ、熱膨張率の温度変化がサファイアに近いもの(あるいは熱膨張率自体が極力小さいもの)が望ましい。
【0027】
このような材料としては、タングステンが好ましい。即ち、タングステンは金属中で最高の3400℃の融点を持ち、高い高温強度を有する。
【0028】
一方で、加工性を考えると、タングステンにモリブデンを含有させたタングステン−モリブデン合金を用いるのが望ましい場合がある。
【0029】
この場合、モリブデンにタングステンを3質量%以上、30質量%以下含有させた合金を用いるのが望ましい。これは、タングステンの含有量が3質量未満の場合は、タングステンを含有させた効果が得られず、30質量%を越えると特性、特に加工性がタングステンに酷似してくるため、合金とする技術的意義が低くなるためである。また、焼結の際にタングステン成分とモリブデン成分の合金化が不足して未合金化粒子が散在することと、焼結体の結晶粒度が小さ過ぎることにより成形性が低下するためである。
【0030】
ただし、後述するように、原料粉末として合金粉末を用い、合金粉末を粗粒化処理する等して上記問題を解決できれば、タングステンを60質量%まで含有させることが可能である。
【0031】
また、上記材料の純度は99.9質量%以上で、残部は不可避不純物であるのが望ましい。これは、溶融サファイアの坩堝内面における浸食は避けられないが、このレベルの高純度材であればごくわずかの不純物汚染で済み、着色などの不具合は回避できるためである。
【0032】
なお、ここでいう純度は、タングステン・モリブデン工業会規格(TMIAS)規格番号0001(タングステン粉及びモリブデン分析方法)に準拠する分析によるものである。
【0033】
<円筒部3および底部7>
円筒部3は、育成するサファイア単結晶のウェハの直径に対応した内径(開口部径D)を有する。ウェハの直径としては4インチウエハ、6インチウエハが挙げられるが、これらのウエハサイズに対応するためには少なくとも200mm径であるのが望ましい。また、将来的には直径400mm坩堝、更に直径660mm坩堝の需要が生じると予測されているため、これらの直径に対応した開口部径(200mm以上、660mm以下)を有するものも想定される。
【0034】
底部7は、ここでは円錐台形状の底部である。これは、HEM法に用いられる坩堝に特徴的な形状であり、後述するように、ヘラ絞り工法でつなぎ目無く作り得る。ただし、HEM法以外の育成法を用いる場合は、必ずしも底部7が円錐台形状である必要はない。
【0035】
ここで、円筒部3および平底7は、厚さが1mm以上、5mm以下であり、底部7から円筒部3(の開口部)に向けて、厚さが薄くなっているのが望ましい。これは、ヘラ絞りの場合、後述する鍔9を形成することも考えると、開口部に向けて薄くなる形状とする必要があるためである。
【0036】
<鍔9>
鍔9はサファイア単結晶育成用坩堝1を育成装置に組み込む際の保持部であり、設けられるのが望ましい。
【0037】
鍔9は後述するように、ヘラ絞りにより、円筒部3から継ぎ目なしで形成可能である。
【0038】
<表面形状>
サファイア単結晶育成用坩堝1の表面形状は、溶解したサファイアへの坩堝成分の混入を抑制可能で、かつ坩堝を再利用可能な形状であるのが望ましく、具体的にはRy7μm以下、Ra1μm以下であるのが望ましい。
【0039】
また、表面粗さを上記範囲とすることにより、育成後のサファイア結晶表面が平滑となり、内部まで見通せるので、欠陥確認が容易となり、高品位の結晶を提供できるという効果も生じる。
【0040】
<硬度>
サファイア単結晶育成用坩堝1を構成する材料の硬度は、ビッカース硬度(測定荷重10Kg)でHv420以上、500以下であるのが望ましい。
【0041】
これは、ビッカース硬度が420未満では、ヘラ絞りの際に、しごき塑性加工に耐えられずに材料が割れるためである。また、ビッカース硬度が500を超えると変形強度が高くなり過ぎ、金型に倣う変形が進まず、割れが発生したり、形状が不均一になったりするためである。
【0042】
<H/D>
本発明のサファイア単結晶育成用坩堝1において、坩堝高さ(H)と開口部径(D)の比率であるH/Dは1.35以下であるのが望ましい。これは、ヘラ絞りでは2程度も可能ではあるが、厚さ不等の坩堝成形の場合、1.35が成型限界であるためである。
【0043】
<アスペクト比>
サファイア単結晶育成用坩堝1を構成する材料の結晶粒のアスペクト比は、5以下であるのが望ましい。これは、アスペクト比が5を超えると金属組織の異方性が顕著となり、その結果、結晶粒界強度にも差が大きくなり、ヘラ絞りを行うと、粒界に亀裂を生じて割れるおそれがあるためである。
【0044】
なお、ここでいうアスペクト比とは、500μm×500μmの金属組織視野における結晶粒界インターセプト法による計測結果を意味する。
【0045】
<製造方法>
サファイア単結晶育成用坩堝1の製造方法は、上記の形状、組成を有するサファイア単結晶育成用坩堝が製造できるものであれば、特に限定されるものではないが、以下のようなものを例示することができる。
以下、図2を参照して製造方法の一例を説明する。
【0046】
(S1:原料の用意)
まず、坩堝の原料を用意する。
具体的には、サファイア単結晶育成用坩堝1の材料として、純タングステンを用いる場合は、原料はFsss(Fisher Sub-Sieve Sizer)粒度で2〜3μm、純度99.9質量%以上のタングステン粉末を用いるのが望ましい。
【0047】
一方、タングステン−モリブデン合金を用いる場合、坩堝用原料としてFsss粒度で2〜3μm、純度99.9質量%以上のタングステン粉末並びに、同じくFsss粒度で4〜5μm、純度99.9質量%以上のモリブデン粉末を所望の合金重量比で計量する。合金品種としては、90質量%Mo-10質量%W(9MWと略称)、70質量%Mo-30質量%W(7MW)、50質量%Mo-50質量%W(5MW)が代表的であるが、前述のように、タングステンの含有量は、3質量%以上、60質量%以下であるのが望ましい。
【0048】
(S2:原料の混合)
次に、サファイア単結晶育成用坩堝1の材料として、タングステン−モリブデン合金を用いる場合、計量された2種類の粉末を適当な装置(例えば、ボールミル、V型ミキサー、ダブルコーンミキサーなど)で混合し、合金用原料粉末とする。
【0049】
なお、サファイア単結晶育成用坩堝1の材料として、純タングステンを用いる場合においては、原料を混合する必要は無い。
【0050】
(S3:原料の成形)
次に、原料粉末を所望する成形体の形状のラバー内に充填し、開放口を止め具でシールした後ラバーを真空引きする。真空引きを終えた後、ラバーをCIP(Cold Isostatic Pressing、冷間等方圧加圧、)装置内に装填し、所定の手順で水圧を掛けて成形を行う。除圧後、CIP装置内からラバーを取り出して表面の水気を拭き取り、止め具を開放し、粉末成形体を取り出す。
【0051】
(S4:原料の焼結)
次に、粉末成形体をバッチ式或いは連続式水素焼結炉で、2000℃以上で20時間焼結する。より高温度、長時間の焼結処理が、焼結密度向上に好ましい。焼結素材は例えば、大略厚さ30mm、幅300mm、長さ300mm、重量28kgの板状の焼結体である。
【0052】
焼結の際には、得られる焼結体の理論密度比が95%以上であるのが望ましい。これは、理論密度比が95%以上であれば、粉末粒子の緻密化が進行し、あるいは塑性加工変形による高緻密化により高温強度が向上し、耐浸食性の向上が進むためである。なお、ここでいう理論密度比とはアルキメデス法による測定で得た値を意味する。
【0053】
(S5:塑性加工)
次に、焼結体を坩堝形状に加工するため、板圧延を4段式熱間圧延機で行う。この熱間圧延による塑性加工工程において、ブランク材並びに絞り成型後の坩堝の品質を作り出す。パススケジュール(落とし率、加熱温度×時間、通し方向など)に工夫を行うことで、理論密度比98%以上、ビッカース硬度Hv420〜500、アスペクト比5以下の絞り加工に好適な圧延材が得られる。
【0054】
(S6:表面酸化物除去処理)
上記した熱間圧延を行った材料は表面が酸化し、薄黄色ないし浅黒い酸化物で覆われている。そのため、水素還元炉で温度850℃で表面の酸化物を還元した後、強酸によってこれを溶解除去し金属地肌の表面とする。この圧延板を放電ワイヤカット或いはプラズマ切断など適宜の切断法で切断して、円盤状の絞り加工用ブランク材を得る。
【0055】
(S7:ヘラ絞り)
次に、ブランク材を坩堝形状に加工するため、ヘラ絞りを行う。
具体的には、まず、ヘラ絞り装置に金型をセットし、これにブランク材を押し当て、押し棒でブランク材を固定する。次に、金型、ブランク材、押し棒を一体回転させる。ブランク材を赤熱程度に大気中加熱しながら、ローラー(ヘラ)を繰り出して金型に倣わせながら、坩堝形状に成形する通常のヘラ絞り工法で坩堝形状に仕上げることができる。
【0056】
(S8:電解研磨処理)
先ず、S6(表面酸化物除去処理)と同様の処理によって、金属地肌の表面を出す。その後、ブラスト処理を行い、電解研磨処理の下準備を行う。切削加工仕上げでは、バイト目などの模様が残るため、ブラスト処理を行う。ブラスト処理は乾式あるいは湿式いずれの処理でも同様な効果が得られる。電解研磨処理は坩堝内面に対してのみ実施する。このブラスト処理と電解研磨処理の結果、Ry7μm以下、Ra1μm以下の表面粗さの坩堝製品が完成する。
【0057】
なお、(S7:へら絞り)で前記の表面粗さが得られた場合などは、ブラスト処理、電解研磨処理の片方あるいは両方の処理を省略しても良い。
以上がサファイア単結晶育成用坩堝1の製造方法の一例である。
【0058】
このように、本実施形態によれば、サファイア単結晶育成用坩堝1は、タングステンと不可避不純物で構成されるか、もしくはタングステンを3質量%以上、60質量%以下含むタングステン−モリブデン合金と不可避不純物で構成され、円筒部と、前記円筒部に連なるつなぎ目なしの底部を有し、少なくとも内周が、最大高さRyが7μm以下、算術平均粗さRaが1μm以下の表面粗さである。
【0059】
そのため、サファイア単結晶育成用坩堝1は従来よりもサファイア育成のコストの低減が可能な構造である。
【実施例】
【0060】
以下、実施例に基づき、本発明をより具体的に説明する。
【0061】
(実施例1)
7MW合金および種々の組成の合金を用いたサファイア単結晶育成用坩堝1の製造を試みた。具体的な手順は以下の通りである。
【0062】
まず、原料としてFsss粒度2.3μm、純度99.9質量%のタングステン粉末9kgと、Fsss粒度4.3μm、純度99.9質量%のモリブデン粉末21kgを秤量し、V型ミキサーで1時間混合して、タングステン・モリブデン混合粉末30kgを得た。
【0063】
次に、この混合粉末を平板成型用ラバー内に充填し、口金を使ってラバーをシールした後、ラバー内を約30分間真空引きして空気漏れがないことを確認した。
【0064】
このラバー表面を水洗浄して付着粉末類を除去した後、CIP装置内に挿入し、静水圧をかけた。圧力2ton/cmで約10分間保持した後、除圧し、CIP成型作業を終えた。次に、CIP装置内からラバーを取り出し、表面の水分を拭き取り・除去した後、口金を外し開放した。その後、ラバーからタングステン・モリブデン混合粉末成型体を取り出し、バリや突起をやすりがけなどで除去した。
【0065】
次に、この成型体を水素焼結炉中に挿入し、2000℃で20時間の焼結を行い、比重約11.3(理論密度比約95%)で厚さ30mm、縦300mm、横290mmの7MW合金(理論密度:11.88g/cm)圧延用合金焼結素材を得た。
【0066】
同様に、9MW合金(理論密度10.70g/cm)焼結素材、5MW(理論密度13.35g/cm)焼結素材、タングステン(理論密度19.3g/cm)焼結素材並びに比較材のモリブデン素材も同様の手順で作製し、理論密度比約95%の圧延用合金焼結素材を得た。
【0067】
次に、得られた焼結素材に圧延を行った。具体的には、圧延は熱間圧延用4段圧延機を利用して行った。まず、直径300mm、高さ300mmの坩堝に成型するために必要なブランク材のサイズを厚さ5mm、直径550mmに設定し、以下の圧延スケジュールに基づき圧延を実行した。
【0068】
先ず、水素炉内で1400℃に加熱した焼結体を約600mmに板幅だし熱間圧延を行い、その後圧延方向を変更し、適宜加熱温度を低下させながら最終的には800℃加熱で一方向圧延を繰り返して、大略厚さ5mm、幅600mm、長さ800mmの熱間圧延仕上げの合金板を得た。なお、加熱温度を低下させながら圧延を行う理由は、圧延加工中に生じる再結晶現象を防止するためである。表面が薄黄色の酸化物で覆われたこの合金板を、930℃に保持した焼鈍処理用水素アニール炉内へ挿入し、約30分間加熱保持した後、水素雰囲気冷却ゾーン内に移動させ室温まで冷却し、炉外に取り出した。この処理を施した後、還元された表面付着物の溶解・除去処理を強酸中で行い、水洗、乾燥し、合金地肌の平らな合金板を得た。
【0069】
この合金板から密度、純度、硬度、アスペクト比を調査するために、厚さ5mm、幅100mm、長さ600mmの端材を放電ワイヤカット機で切り出して測定に供したところ、理論密度比99.1%(比重11.88)、純度99.9質量%、ビッカース硬度Hv480、アスペクト比4.6(長径33μm/短径7μm)の結果を得た。
【0070】
同様の手順で9MW合金板に対しても圧延を行い、理論密度比99.9質量%(比重10.6)、純度99.9質量%、ビッカース硬度Hv440、アスペクト比5の圧延板を得た。
【0071】
さらに、5MW合金板は理論密度比98.9%(比重13.2)、純度99.9質量%、ビッカース硬度Hv500、アスペクト比4.4の圧延板を得た。
【0072】
また、タングステン圧延板、比較材のモリブデン圧延板も同様に調査した。
得られた圧延板の特性を表1に示す。
【0073】
【表1】
【0074】
次に、得られた圧延板に対してヘラ絞り加工を行った。
まず、圧延板から、放電ワイヤカット機で厚さ5mm、直径550mmのヘラ絞り加工に供するブランク材を切り出した。このブランク材をヘラ絞り加工機に取り付けた絞り型の坩堝底部に相当する部分にあてがい、回転中心を出しながら押し棒でブランク材を固定した。直列に一体化させた絞り型/ブランク材/押し棒を同時に回転させながら、ブランク材をバーナーで600℃〜700℃の赤熱状態に加熱した。その状態でローラー(ヘラ)を繰り出して、絞り金型に倣わせながら坩堝形状に成形した。この際通常のヘラ絞り手順よりもしごきの回数を多くすることで、底部から開口部へと厚さが連続的に減少する坩堝に仕上げることができる。
【0075】
ヘラ絞り加工時に発生する不良のうちブランク材の特性・品質に起因する事象は、坩堝底部に当たる絞り型の外角R部に倣わせる工程中に現れる粒内割れと、加工終了に間近い時期に開口部に現れる層状の剥離と粒界割れである。これらの発生原因は低いブランク材料強度(代替特性として硬度)、結晶粒の形状(アスペクト比で代替)が主である。しかし、材料強度が高きに過ぎると変形が進まない。アスペクト比がほとんど認められない等軸形状であっても、10μm〜50μm程度の細粒であれば材料強度は高く変形に耐えるが、300μm〜500μm程度の粗大粒であると低いために変形に耐えられず破断してしまう。然しながら下表2に示す5MW材の絞り加工時割れの発生原因については上記現象とは異なるようであり、5MW材質専用の絞り加工条件を見出す必要がある。
以上のヘラ絞り性とアスペクト比の関係を表2に示す。
【0076】
【表2】
【0077】
次に、ヘラ絞りで得られた内径300mm、高さ300mmの坩堝を焼鈍処理用水素アニール炉内へ挿入し、表面酸化膜の還元処理を行い、続いて表面付着物の溶解・除去処理を強酸液中で行い、合金地金の坩堝を得た。
【0078】
得られた坩堝を湿式ブラスト処理装置に設置し、アルミナ砥粒(粒度100メッシュ)を内外面に吹きつけて面処理を行った。その後、坩堝表面に残った砥粒を噴流水で除去し、乾燥させた。
【0079】
この坩堝を電解液浴槽に設置し、電解薬液を充満した後、坩堝内側の電解薬液中にマイナス極の電極材を配置し、坩堝がプラス極に成るよう電気結線し、電圧を印加し電解研磨を開始した。約1時間処理した後、結線を外し、電極を除去し、薬液を排出し、坩堝を液浴槽から取り出した。その後、坩堝を中和薬液槽に入れ、付着薬液と中和させた後、水洗・湯洗・乾燥した。
以上の加工により、坩堝が完成した。
【0080】
次に、得られた坩堝をサファイア育成装置に組み付けてサファイアを溶解させ、2150度で50時間保持した後、サファイアを取り出し、目視観察により、サファイアへの着色の有無を観察した。
【0081】
着色の評価は、本来透明であるサファイアに坩堝成分が混入すると、微灰黒色、灰黒色への変色が観察されることから、育成後のサファイアが透明である場合に着色が「正常」であると判断し、変色が認められた場合は坩堝成分が混入したものと判断した。
【0082】
電解研磨前後の表面粗さの変化と、表面粗さが及ぼすサファイア着色不良への影響をまとめた結果を表3に示す。
【0083】
【表3】
【0084】
表面粗さ最大高さRyが7μm以下、算術平均粗さRaが1.0μm以下の場合、得られたサファイアインゴットには着色は認められず、正常なサファイアインゴットであった。
【0085】
(実施例2)
上記の通り、実施例1においては、タングステン含有量が30質量%である70質量%Mo−30質量%W合金(理論密度:11.88g/cm、7MW)の絞り成型が限界であり、これよりもタングステン含有量の多い合金はヘラ絞りの際に亀裂が生じた。一方で純タングステンを用いた試料は亀裂は生じなかった。
【0086】
そこで、タングステン含有量が30質量%を超える合金が何故絞り成型性に劣るのか(亀裂が生じるのか)を調査したところ、実施例1のタングステン含有量が30質量%を超える合金では、焼結の際にタングステン成分とモリブデン成分の合金化が不足して未合金化粒子が散在すること(A原因)と、焼結体(圧延用合金焼結素材)の結晶粒度が小さ過ぎること(B原因)の2つの原因があることがわかった。
【0087】
両原因を改善するための方策として、原料である金属粉末の微細化、粉末混合時間の延長、粉末成型圧力の増大、粉末成型体の焼結温度と時間の上昇、延長などを試みたが、A原因の解消に至ることができなかった。
【0088】
そこで、実施例2においては、金属粉末同士を原料として合金を作製するのではなく、合金化した金属粉末を原料として合金を作製することとし、思考と試行を繰り返した。その結果、A原因およびB原因の両原因を解消した焼結体を作ることができ、熱間圧延並びに温間圧延による塑性加工を繰り返して、絞り加工に適したブランク材を得た。
【0089】
以下に、図3を参照してこの作製手順を記述する。
まず、原料としては金属粉末を用いず、三酸化タングステン粉末と二酸化モリブデン粉末を採用した(図3のS11)。ここでは40質量%Mo-60質量%W合金(理論密度:14.22g/cm、4MW)粉末100kgの作製を例に詳述する。
【0090】
まず、三酸化タングステン粉末(タングステン純分99.95質量%)75.7kgと二酸化モリブデン粉末(モリブデン純分99.95質量%)53.3kgを、遊星型ボールミル(セラミックスボール使用)を用いて2時間混合した(図3のS12)。この酸化物混合粉末を丸チューブ型還元炉を用いて水素中850℃で還元し、プレ合金化金属粉末を得た(図3のS13)。この粉末のFsss粒度を測定したところ、0.9μmの非常に細かい微粉末であることが判り、プレス成型性に劣ることが懸念されたために、再度還元炉を用いて粗粒化処理を水素中950℃で行い、Fsss粒度2.3μmのプレ合金化金属粉末を得た。分散状態を均質化するためにV型ミキサーで混合した後、27kgを分取して平板成型用ラバー内に充填し、CIP装置内に挿入し静水圧をかけて成型体を作った。この成型体を2200℃で30時間の水素焼結処理を行い、比重約13.5(理論密度比約95%)で厚さ30mm、幅300mm、長さ220mmの圧延用合金焼結素材を得た。
【0091】
次に焼結素材に圧延を行った。具体的には、圧延は熱間用4段圧延機を利用し、焼結体を水素炉内で1500℃に加熱し、板幅約600mmまでの幅だし圧延を行った。その後圧延方向を変更し、適宜加熱温度を低下させながら最終的には800℃加熱で一方向圧延を繰り返して、大略厚さ5mm、幅600mm、長さ800mmの熱間圧延仕上げの合金板を得た。なお、加熱温度を低下させながら圧延を行う理由は、圧延加工中に生じる再結晶現象を防止するためである。
【0092】
表面が薄黄色の酸化物で覆われたこの合金板を、1030℃に保持した焼鈍処理用水素アニール炉内へ挿入し、約30分間加熱保持した後水素雰囲気冷却ゾーン内に移動させ室温まで冷却し、炉外に取り出した。この処理を施した後、還元された表面付着物の溶解・除去処理を強アルカリ中で行い、水洗、乾燥し、合金地肌の平らな合金板を得た。
【0093】
以下のタングステン含有量が異なる、タングステン-モリブデン合金板も同様の工程で作製した。
【0094】
同様にして60質量%Mo-40質量%W合金板(理論密度12.57g/cm、6MW)、50質量%Mo-50質量%W合金板(理論密度:13.35g/cm)、並びに30質量%Mo-70質量%W合金板(理論密度:15.23g/cm)も同様の工程で作製し、それぞれ金属地肌の鏡面状態の合金板を得ることができた。得られたこれら合金の厚さ5mm板の特性は、以下の通りであった。
【0095】
(1)60質量%Mo-40質量%W合金板(6MW):理論密度比99.2%(比重12.47)、純度99.9質量%
(2)50質量%Mo-50質量%W合金板(5MW):理論密度比99.0%(比重13.23)、純度99.9質量%
(3)40質量%Mo-60質量%W合金板(4MW):理論密度比99.0%(比重14.08)、純度99.9質量%
(4)30質量%Mo-70質量%W合金板(3MW):理論密度比99.0%(比重15.08)、純度99.9質量%
【0096】
このように、実施例2は実施例1と異なり、原料粉末段階までにプレ合金化を進めた。さらに、合金粉末粒子が細かいため、焼結粒度を大きくする手法として焼結温度を高め、焼結時間を長く実施した。また、熱間圧延時の圧延率を高めに取り、加熱温度も高くし(従前よりも約100℃高くし)、焼鈍温度も高めに設定、処理し、塑性加工性並びに引っ張り強さを向上させた。
【0097】
そのほかの条件、例えばCIP成型、温間圧延、ブランク材切り出しなどは実施例1と同じであるが、タングステン-モリブデン合金中のタングステン含有量が30質量%を越えると、その特性はタングステンに近似してくる。そのために、以下の3点をタングステン板材処理条件を踏襲して行った。
【0098】
(1)圧延加熱温度:実施例1では1400℃であったが、実施例2では1500℃とした(加熱温度を高めることで、焼結体や圧延塑性加工中の材料の変形抵抗を小さくし、加工不良の発生を防止するため)。
【0099】
(2)熱間圧延後の焼鈍処理:実施例1では930℃で30分間であったが、実施例2では1030℃で30分間とした(タングステン含有量が高くなることによって、加工歪を開放できる温度も上昇するため)。
【0100】
(3)酸化物溶解・除去処理:実施例1では強酸中で行ったが、実施例2では強アルカリ中(アルカリ性溶液が効果が大きいため)。
【0101】
実施例2において、容器形状に絞り成型するために切り出したブランク材(厚さ5mmX直径550mm)を、口径300mm、高さ300mmに成型した結果を表4及び表5にまとめた。
【0102】
【表4】
【0103】
【表5】
【0104】
表4及び表5に示すように、タングステン含有量60質量%以下の合金は正常に成型ができたが、70質量%タングステン含有合金には亀裂が生じた。
【0105】
次に得られた容器を従前通りに焼鈍処理、ブラスト処理、電解研磨処理した後、表面粗さが及ぼすサファイア着色不良への影響を調べた結果を表6に示す。
【0106】
【表6】
【0107】
表6に示すように、表面粗さの影響が従前の結果(表3)と同様に得られた。
【産業上の利用可能性】
【0108】
以上、本発明を実施形態および実施例に基づき説明したが、本発明は上記した実施形態に限定されることはない。
【0109】
当業者であれば、本発明の範囲内で各種変形例や改良例に想到するのは当然のことであり、これらも本発明の範囲に属するものと了解される。
【0110】
本出願は、2013年3月21日に出願された、日本国特許出願第2013−57846号からの優先権を基礎として、その利益を主張するものであり、その開示はここに全体として参考文献として取り込む。
【符号の説明】
【0111】
1 :サファイア単結晶育成用坩堝
3 :円筒部
7 :底部
9 :鍔
図1
図2
図3