【実施例】
【0023】
(1)ベクター構築
TDP−43cDNA(Human cDNA clone, FCC-101, TOYOBO Co.,LTD.)(配列番号9)をpBluescriptSK(+)プラスミドベクターのHindIII及びBamHI部位に挿入したプラスミドを用い、下記プライマーを用い、in vitro mutagenesis法(Nuc. Acids Res. 2000 vol.28 E78)によって変異型TDP−43cDNA(G298S、A315T、G348C、N352S、A382T)を作製した。
G298Sプライマー: attgtttcccaaactagctccaccccc(配列番号4)
A315Tプライマー: attaatgctgaacgtaccaaagttc(配列番号5)
G348Cプライマー: attacccgatgggcatgactggttc (配列番号6)
N352Sプライマー: ttggttttggttactacccgattggcc(配列番号7)
A382Tプライマー: tccccaaccaattgttgcaccagaatt(配列番号8)
次に、Venus/pcDNA3 (VenusがpcDNA3ベクターのBamHIとEcoRI部位に挿入されているプラスミド)のHindIII及びKpnI部位へ、同じ酵素で切断した変異型TDP−43cDNAを挿入した。このようにして、変異型TDP−43に蛍光蛋白質Venusを融合させた発現ベクターを作製した。
【0024】
(2)封入体形成
HeLa細胞に、変異型TDP−43発現ベクターをLipofectamin2000を用いてリポフェクションし、24時間後に共焦点蛍光顕微鏡でVenusの蛍光を観察したところ、細胞質にVenusを含む封入体を持つ細胞の頻度は、変異型TDP−43(G348C)及び変異型TDP−43(A382T)が最も高く、一方、野生型TDP−43の強制発現では封入体は少数しか見られなかった。そこで、変異型TDP−43ノックインマウスを作製するのに、これらの変異型を用いた。なお、以下のいずれの実験でも、変異型TDP−43(G348C)及び変異型TDP−43(A382T)について、同様の実験結果が得られたが、本明細書では、一例として、変異型TDP−43(G348C)で得られた結果を記載する。
【0025】
図1には、HeLa細胞において、変異型TDP−43で観察された様々な封入体を示す。(A)〜(C)は、細胞質に生じた封入体で、比較的小さく拡散しているもの(A)、中くらいで塊になっているもの(B)、比較的大きな塊になっているもの(C)の一例である。(D)は、核に生じた封入体である。
【0026】
次に、明視野と蛍光の顕微鏡ライブイメージングにより、HeLa細胞の細胞死を検出した。すなわち、
図2で示すように、時間とともに変異型TDP−43が核から細胞質に漏出し、封入体を形成するとともに、細胞の形態がつぶれていった。そして、明視野で観察された細胞死の時期と同時に、変異型TDP−43の発現を示す蛍光も薄れていった。これは、細胞内異常封入体形成が、細胞死の原因であることを示している。
【0027】
次に、ラット脳神経細胞を用いて、同様に変異型TDP−43の影響を観察した。まず、妊娠19日目のWistar Ratを麻酔後に頸椎脱臼し、開腹して取り出した胎児から脳を採取し、実体顕微鏡下において海馬を切り出した。採取した海馬を、酵素(Papain及びDnaseI)を含有したPBSに37℃で10分間浸漬し、ガラスピペットにより海馬組織の細胞を分散させた。直径35mmのイメージング用デッシュに海馬から採取した細胞を培養した。ここで培地は2%FBS/MEMにN2及びB27を添加したものを用いた。培養4日目に、変異型TDP−43発現ベクターをリン酸カルシウム法によりラット海馬培養細胞へトランスフェクトしたところ、
図3に示すように、やはり、細胞内に異常封入体の形成が観察された。
【0028】
(3)変異型TDP−43ノックインマウスの作製
まず、pBluescriptベクターのXhoI HindIIIの間にNeoカセットが挿入されたベクターをApaI及びXhoIで切断し、変異型TDP−43の発現ベクターから、ApaI及びXhoIで切り出した変異型TDP-Venus-polyAを挿入し、TDP43-Venus-polyA-Neoカセット/pBstSKを作製した。
【0029】
このベクターを鋳型とし、PCRで増幅したDNA断片と、野生型TDP−43遺伝子が挿入されたBAC(bacterial artificial chromosome)ベクターとを大腸菌へエレクトロポレーション法により導入して、相同組み換えを誘発させることにより、ノックインベクターを完成させた。
【0030】
このベクターをES細胞にエレクトロポレーションにて導入し、G418で選択して得たクローンから、相同組換えを起こしたES細胞をスクリーニングして、変異型TDP−43タンパク質の最初のメチオニンからHindIIIまでが内在性TDP−43遺伝子のエクソン2に置換されたクローンを選択した。
図4に、ノックインベクターの構成、ノックイン前の内在性TDP−43遺伝子の構成、及びノックイン後の内在性TDP−43遺伝子の構成を示す。
【0031】
このES細胞を用いて、キメラマウスを作製し、生殖系列キメラマウスを選択して、その子孫から変異型TDP−43ノックインマウスを得た。
【0032】
この変異型TDP−43ノックインマウスにおいて、ノックインした変異型TDP−43の発現を調べるため、ウエスタンブロットを行った。すなわち、生後4ヶ月の野生型マウスおよび変異型TDP−43ノックインマウスの脳を摘出し、粗抽出液を調製して、SDS−PAGEによってタンパク質を分離した。PVDFメンブレンにトランスファーした後で、抗TARDBPポリクローナル抗体(Proteintech社製、型番:12892−1−AP)を用いて、変異型TDP−43のシグナルを得た。その結果を
図5に示す。
【0033】
野生型マウスでは、野性型TDP−43を示すシグナルが検出され、変異型TDP−43(A382T)ノックインマウスでは、野性型TDP−43および変異型TDP−43の発現を示すシグナルが検出された。ここで、野生型マウスの野生型TDP−43の発現量と、変異型マウスの野生型TDP−43および変異型TDP−43の合計発現量とがほぼ同程度だった。なお、変異型TDP−43(A382T)ノックインマウスでは、これらのシグナルの他に、分子量の小さいシグナルも弱く検出されたが、一般に、変異タンパク質は分解されやすいと考えられており、この余分なシグナルは変異型TDP−43(A382T)が部分的に分解されたものと考えられる。
【0034】
このように、変異型TDP−43(A382T)ノックインマウスでは、ノックインした変異遺伝子が、野生型マウスと同様な制御を受けていることが確認された。
【0035】
(4)変異型TDP−43ノックインマウスの体重計測
野生型マウス(雄7匹、雌9匹)、変異型TDP−43(G348C)ノックインマウス(雄6匹、雌3匹)、変異型TDP−43(A382T)ノックインマウス(雄4匹、雌5匹)について、生後すぐから、生後14ヶ月に至るまで、体重を測定し、その平均体重を算出し、その平均体重の推移をグラフ化した(
図6)。
図6で示すように、両方のノックインマウスは、野生型に比べて体重の増加が遅く、14ヶ月後でも、野生型マウスより、有意に体重が軽かった。
【0036】
(5)変異型TDP−43ノックインマウスの行動解析
野生型マウスと変異型TDP−43ノックインマウスに対し、ケージ中のマウスの行動を観察すると、野生型マウスは、ケージの網を掴みながら自由にケージ内を動きまわるが、変異型TDP−43ノックインマウスは、両方とも、握力が低下しており、ケージの網を掴んでも、自分自身の体重を支えきれないことから、ケージ内での動きが緩慢になっていた。なお、この異常は、下位運動ニューロンの障害によると考えられる。
【0037】
次に、マウスの尾を持って、下にぶらさげると、正常マウスは、下肢を広げて突っ張るようにして、体全体のバランスを保とうとするが、異常マウスは、両方とも、下肢を縮めてしまって、体のバランスを保つことができない(
図7)。この異常は、16匹の野生型マウスでは観察されなかったが、変異マウスでは、生後6ヶ月位から出現し始め、変異型TDP−43(G348C)ノックインマウスで10匹中6匹、変異型TDP−43(A382T)ノックインマウスで9匹中6匹に持続的に生じた。なお、この異常は、上位運動ニューロンの障害によると考えられる。
【0038】
さらに、マウスが、1−2分間ケージ内を自由に移動するところを観察し、振戦が生じるかどうか調べたところ、16匹の野生型マウスでは観察されなかったが、変異マウスでは、変異型TDP−43(G348C)ノックインマウスで10匹中8匹、変異型TDP−43(A382T)ノックインマウスで9匹中7匹に持続的に生じた。
【0039】
これらの行動異常を定量化するため、四肢反射と振戦を点数化して6ヶ月齢から10ヶ月齢まで毎週、5段階評価(0〜4:異常反射や振戦がみられる肢の本数をそのまま点数とした)を行った。そして、各個体別に、時間経過を追って、評価を図にした(
図8)。
図8からは、変異マウスの振戦が、生後6ヶ月から10ヶ月までの間に、徐々に悪化していることがわかる。また、四肢反射は、生後6ヶ月後において、多くの変異マウスで、すでに異常が観察された。
【0040】
さらに、観察期間を延長し、変異型TDP−43(G348C)ノックインマウスおよび変異型TDP−43(A382T)ノックインマウスの振戦、握力および四肢反射について、生後33週から78週まで15週ごとに評価を行った。振戦については、振戦が見られる場合は「0」、見られない場合は「1」とした。握力については、4本の肢でケージの網にぶら下がることができる場合は「0」、4本の肢でケージの網にぶら下がることができるがすぐに落下してしまう場合は「1」、2本の前肢でケージの網を握ることはできるが4本の肢でケージの網にぶら下がることが出来ない場合は「2」、肢でケージの網を握ることができない場合は「3」とした。四肢反射については異常反射や振戦がみられる肢の本数をそのまま点数とした。そして、各個体別に、時間経過を追って、振戦、握力、および四肢反射について評価を図に表した(
図9)。
【0041】
図9に示されるように、ALSを示唆する運動機能障害である、振戦、握力の低下および異常反射のうち少なくとも2つの症状が、生後33週から78週までの間に、全てのマウスにおいて現れた。
【0042】
このように、変異マウスは、ALSに類似した異常を有するため、ALSモデル動物として有用である。
【0043】
(6)変異型TDP−43ノックインマウスの筋電図測定
生後4カ月の変異型TDP−43(G348C)ノックインマウスにおいて、筋電図を測定し、その結果を
図10に示した。
変異ノックインマウスでは、motor unit potential(MUP)が基線に戻るまでの時間が異常に延長したり(
図10A)、下位運動神経の障害で起こるfibrilation potentialと見られる微弱な異常波形が出現したり(
図10B)した。なお、比較のため、MUPが正常時間内に終了した時の筋電図を
図10Cに示した。
このように、変異型TDP−43(G348C)ノックインマウスでは、運動神経障害が、筋電図波形にも現れた。
(7)変異型TDP−43ノックインマウスの脳細胞の解析
生後5ヶ月の変異型TDP−43ノックインマウスを4%ホルムアルデヒド溶液で還流固定後、脳を採取し、再度、4%ホルムアルデヒド溶液で1晩固定後、Sucroseに置換した。その後、リトラトームで厚さ30マイクロメートルの凍結切片を作製した。
この切片において、Venusからの蛍光像を蛍光顕微鏡で観察したところ、
図11に示すように、変異型TDP−43は、核に局在する他に、細胞質に封入体を形成した。
このように、変異型TDP−43ノックインマウスは、ヒトALSと同様の症状を示すALSモデル動物およびヒトFTLDと同様の症状を示すFTLDモデル動物として有用である。
【0044】
(8)変異型TDP−43ノックインマウスの高次脳機能解析
以下のように、生後5ヶ月から9ヶ月の変異型TDP−43のノックインマウスの高次脳機能解析を行った。
【0045】
==ホームケージ活動性試験==
まず、変異型TDP−43(A382T)ノックインマウスを用いてホームケージ活動性試験を行い、このマウスの環境への適応性を評価した。
【0046】
12匹の変異型TDP−43(A382T)ノックインマウス、および、11匹の野性型マウスの、ホームゲージに戻した直後から360分経過するまでの水平方向の行動量を、行動解析装置(有限会社メルクエスト製、SCANET)を用いて調べた。装置内の赤外線をマウスが遮る回数(カウント数)を、30分毎に集計した。結果を
図12に示す(■変異型マウス;●野生型マウス)。
【0047】
図12のグラフからわかるように、変異型TDP−43(A382T)ノックインマウスは、ホームケージへ戻してから240分経過するまで、野生型と比較して行動量が有意に多く(p値=0.0083)、その後は、両方のマウスの行動量には有意差が見られなかった。このように、変異型TDP−43(A382T)ノックインマウスは、野性型マウスと比較して、環境に適応するのが遅い。
【0048】
==オープンフィールド試験==
次に、オープンフィールド試験を行い、変異型TDP−43ノックインマウスの新規環境に対する不安耐性を評価した。
【0049】
マウスを50cm×50cmのフィールドに置き、壁側に滞在する時間と、フィールドの中心範囲(18cm×18cm)に滞在する時間を計測した。試験には、11匹の変異型TDP−43(G348C)ノックインマウス、および、11匹の野性型マウスを用いた。結果を
図13に示す(左バー 野生型マウス;右バー 変異型マウス)。
【0050】
図13のグラフからわかるように、変異型TDP−43(G348C)ノックインマウスは、野性型よりも、中心範囲に滞在する時間が有意に長かった。このように、変異型TDP−43(G348C)ノックインマウスは、新規環境において、不安の程度が低く、不安を感じにくい傾向がある。変異型TDP−43(A382T)ノックインマウスについてもオープンフィールド試験を行ったところ、同様の傾向であった。
【0051】
==新奇物体認識試験==
次に、新奇物体認識試験を行い、変異型TDP−43ノックインマウスの新奇物に対する不安耐性についての評価を行った。
【0052】
新奇物としての物体を設置した装置内にマウスを入れ、その物体の近くに滞在する時間を計測した。試験には、11匹の変異型TDP−43(G348C)ノックインマウス、12匹の変異型TDP−43(A348T)ノックインマウス、および、11匹の野性型マウスを用いた。結果を
図14に示す(左バー 野生型マウス;右バー 変異型マウス)。
【0053】
図14のグラフからわかるように、変異型TDP−43(G348C)ノックインマウスは、野性型マウスと比較して新奇物の近くに滞在する時間が有意に長かった(p値=0.1921)。また、変異型TDP−43(A348T)ノックインマウスも、野性型マウスと比較して新奇物の近くに滞在する時間が有意に長かった(p値=0.1728)。このように、変異型TDP−43(G348C)ノックインマウスおよび変異型TDP−43(A348T)ノックインマウスのいずれも、野性型と比較して、新奇物に対して不安の程度が低く不安を感じにくい。
【0054】
==3チャンバー試験==
次に、3チャンバー試験を行い、変異型TDP−43ノックインマウスの社会性を評価をした。
【0055】
3部屋に自由に出入りできる環境にしたケージを用意し、この3部屋のうち1部屋に、被験体とは今まで同居したことのないマウスを入れた。そして、この装置に入れた被験体がその部屋に滞在する時間(stranger-near)および別の部屋に滞在する時間(empty-near)を測定した。試験には被験体として、11匹の変異型TDP−43(G348C)ノックインマウス、11匹の変異型TDP−43(A348T)ノックインマウス、および、11〜12匹の野性型マウスを用いた。結果を
図15に示す(左バー 野生型マウス;右バー 変異型マウス)。
【0056】
図15のグラフからわかるように、変異型TDP−43(G348C)ノックインマウスが、他のマウスのいる部屋に滞在する時間は、野性型マウスの滞在時間と比較して有意に短かった(p値=0.0198)。変異型TDP−43(A348T)ノックインマウスについても同様の評価を行ったところ、今まで同居したことのないマウスのいる部屋に滞在する時間は、野性型マウスと比較して短い傾向であった。このことから、変異型TDP−43ノックインマウスの社会性は野生型マウスと比較して低い傾向であることがわかった。
【0057】
==8方向放射状迷路試験==
次に、8方向放射状迷路試験を行い、変異型TDP−43ノックインマウスの空間記憶を評価した。
【0058】
放射状に伸びた8本のアームを有する装置を用意し、各アームの先端に餌を配置し、マウスを装置内に入れた。そして、8本のアーム全ての餌を食べ終えるまでの時間、既に餌を食べ終えたアームに浸入した回数(作業記憶エラー回数)、およびアームへの総浸入回数を測定した。この試験は14日間、繰り返し行なった。試験には、11匹の変異型TDP−43(G348C)ノックインマウス、および、11匹の野性型マウスを用いた。結果を
図16に示す(■変異型マウス;●野生型マウス)。
【0059】
図16のグラフからわかるように、変異型TDP−43(G348C)ノックインマウスは、野性型マウスと比較して、作業記憶エラーが多かった(p値=0.0039)。また、野性型マウスより8本のアーム全ての餌を食べ終えるまでの時間は短いが(P値=0.0027)、アームへの総浸入回数が多く(p値=0.0077)、過活動であった。
【0060】
このように、生後5ヶ月以降の変異型TDP−43ノックインマウスには、ヒトFTLDを反映していると考えられる高次機能障害がみられ、FTLDモデル動物として有用であることがわかった。