(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
質量%で、NiとCoの合計:2.50〜5.00%、Si:0.50〜1.50%、Fe:0〜0.10%、Cr:0〜0.10%、Mg:0〜0.10%、Mn:0〜0.10%、Ti:0〜0.30%、V:0〜0.20%、Zr:0〜0.15%、Sn:0〜0.10%、Zn:0〜0.15%、Al:0〜0.20%、B:0〜0.02%、P:0〜0.10%、Ag:0〜0.10%、Be:0〜0.15%、REM(希土類元素):0〜0.10%であり、残部Cuおよび不可避的不純物からなり、かつ下記(1)式を満たす化学組成を有し、母相中に存在する第二相粒子のうち、粒子径3nm以上10nm以下の「超微細第二相粒子」の個数密度が1.0×109個/mm2以上であり、下記(2)式および(3)式のX線回折強度比を満たし、圧延方向の0.2%耐力が900MPa以上、導電率が35%IACS以上であり、板厚が20〜60μmである高強度銅合金薄板材。
3.5≦(Ni+Co)/Si≦5.0 …(1)
ここで、(1)式の元素記号の箇所には当該元素の含有量値(質量%)が代入される。
I{200}/(I{111}+I{220}+I{311})≧0.50 …(2)
I{220}/(I{111}+I{200}+I{311})≦0.75 …(3)
ここで、I{hkl}は当該銅合金薄板材板面における{hkl}結晶面のX線回折ピークの積分強度である。
質量%で、NiとCoの合計:2.50〜5.00%、Si:0.50〜1.50%、Fe:0〜0.10%、Cr:0〜0.10%、Mg:0〜0.10%、Mn:0〜0.10%、Ti:0〜0.30%、V:0〜0.20%、Zr:0〜0.15%、Sn:0〜0.10%、Zn:0〜0.15%、Al:0〜0.20%、B:0〜0.02%、P:0〜0.10%、Ag:0〜0.10%、Be:0〜0.15%、REM(希土類元素):0〜0.10%であり、残部Cuおよび不可避的不純物からなり、かつ下記(1)式を満たす化学組成を有する銅合金鋳片に対して、圧延終了温度650℃以上、650℃から300℃までの平均冷却速度が10℃/sec以上の条件で熱間圧延を施す工程、
800℃から950℃までの平均昇温速度を50℃/sec以上とし、950〜1020℃の範囲で5〜300sec保持して第二相粒子を固溶させ、950℃から650℃までの平均冷却速度を10〜30℃/secとする条件で溶体化処理を施す工程、
前記溶体化処理後の材料または前記溶体化処理後に圧延率50%以下の冷間圧延を施した材料に対して、時効処理後の圧延方向引張強さTS(age)(MPa)および導電率EC(age)(%IACS)がそれぞれ下記(4)式および(5)式を満たす条件で時効処理を施す工程、
前記時効処理後の組織状態を有する材料に対して、圧延率20〜90%の範囲で仕上冷間圧延を施して板厚20〜60μmとする工程、
を有する請求項1または2に記載の高強度銅合金薄板材の製造方法。
3.5≦(Ni+Co)/Si≦5.0 …(1)
ここで、(1)式の元素記号の箇所には当該元素の含有量値(質量%)が代入される。
0.90≦TS(age)/TS(max)≦0.97 …(4)
1.05≦EC(age)/EC(tsmax)≦1.20 …(5)
ここで、TS(max)は、前記溶体化処理後の当該材料に対して、350℃から600℃までの10℃刻みの各温度で6h保持する時効処理を施したときに得られる圧延方向最大引張強さ(MPa)であり、EC(tsmax)は、前記TS(max)が得られた試料における導電率(%IACS)である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
Cu−[Ni,Co]−Si系銅合金では析出強化を利用するため、時効処理前に溶体化処理の工程が必要となる。薄板(箔)を製造する場合にはできるだけ板厚を減じた状態で溶体化処理を施した方が、後工程での負荷軽減の観点から好ましい。しかし、板厚が薄いと、焼鈍軟化した状態で製造ラインに通す過程で板に「折れ」や「しわ」が生じやすい。そのような欠陥の発生は、後工程での破断トラブルや製品品質低下の要因となる。そのため、一般的な大量生産ラインを利用して溶体化処理を行う際には一定以上の板厚(製造ラインにもよるが例えば0.1mm以上)を確保しておくことが必要であり、最終的に薄板(箔)を得る場合には溶体化処理後の圧延率を高く設定せざるを得ないのが現状である。
【0007】
{200}結晶面が板面にほぼ平行である結晶粒の存在割合が多い純銅型再結晶集合組織(以下、単に「{200}配向」ということがある)は曲げ加工性に有利な集合組織である。しかし、銅合金板材の一般的な製造工程において、{200}配向の再結晶集合組織を得ることは容易でない。また、冷間圧延率の増大に伴い、{220}結晶面が板面にほぼ平行である結晶粒の存在割合が多い集合組織(以下、単に「{220}配向」ということがある)が発達していく。{220}配向は曲げ加工性に不利な集合組織である。
【0008】
通常の大量生産ラインで溶体化処理を行う場合は上述の板厚確保の制約により、板厚約50μm程度以下の薄板(箔)を得るためには仕上冷間圧延率を高く設定せざるを得ない。従って、最終的に{220}配向が優勢となり、曲げ加工性が犠牲となってしまう。一方、薄ゲージに対応した焼鈍設備を利用して慎重に溶体化処理を施せば、仕上冷間圧延率を軽減することは可能である。しかし、薄ゲージでの溶体化処理や時効処理は、板厚が薄い分だけ処理すべき条材の総延長が長くなること、および破断・折れトラブル回避のためにライン速度を容易に上げられないことから、生産性の低下を招く。
【0009】
銅合金板材では強度と曲げ加工性はトレードオフの関係にあるが、薄板(箔)においてそれらの特性を両立させることは更に難しい。本発明は、曲げ加工性、導電性を良好に維持しながら高強度化を図ったCu−[Ni,Co]−Si系銅合金の薄板(箔)を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的は、質量%で、NiとCoの合計:2.50〜5.00%、Si:0.50〜1.50%、Fe:0〜0.10%、Cr:0〜0.10%、Mg:0〜0.10%、Mn:0〜0.10%、Ti:0〜0.30%、V:0〜0.20%、Zr:0〜0.15%、Sn:0〜0.10%、Zn:0〜0.15%、Al:0〜0.20%、B:0〜0.02%、P:0〜0.10%、Ag:0〜0.10%、Be:0〜0.15%、REM(希土類元素):0〜0.10%であり、残部Cuおよび不可避的不純物からなり、かつ下記(1)式を満たす化学組成を有し、母相中に存在する第二相粒子のうち、粒子径3nm以上10nm以下の「超微細第二相粒子」の個数密度が1.0×10
9個/mm
2以上であり、下記(2)式および(3)式のX線回折強度比を満たし、板厚が20〜60μmである高強度銅合金薄板材によって達成される。
3.5≦(Ni+Co)/Si≦5.0 …(1)
ここで、(1)式の元素記号の箇所には当該元素の含有量値(質量%)が代入される。
I{200}/(I{111}+I{220}+I{311})≧0.50 …(2)
I{220}/(I{111}+I{200}+I{311})≦0.75 …(3)
ここで、I{hkl}は当該銅合金薄板材板面における{hkl}結晶面のX線回折ピークの積分強度である。
【0011】
その高強度銅合金薄板材は、圧延方向の0.2%耐力が900MPa以上、導電率が35%IACS以上という特性を具備する。金属組織中には、粒子径500nm以上2000nm以下の「粗大第二相粒子」が観察され、その個数密度は例えば1.0×10
4個/mm
2以上である。なお、本発明においてY(イットリウム)はREM(希土類元素)であるとして扱う。
【0012】
上記高強度銅合金薄板材の製造方法として、上記化学組成を有する銅合金鋳片に対して、圧延終了温度650℃以上、650℃から300℃までの平均冷却速度が10℃/sec以上の条件で熱間圧延を施す工程、
800℃から950℃までの平均昇温速度を50℃/sec以上とし、950〜1020℃の範囲で5〜300sec保持して第二相粒子を固溶させ、950℃から650℃までの平均冷却速度を10〜30℃/secとする条件で溶体化処理を施す工程、
前記溶体化処理後の材料または前記溶体化処理後に圧延率50%以下の冷間圧延を施した材料に対して、時効処理後の圧延方向引張強さTS(age)(MPa)および導電率EC(age)(%IACS)がそれぞれ下記(4)式および(5)式を満たす条件で時効処理を施す工程、
前記時効処理後の組織状態を有する材料に対して、圧延率20〜90%の範囲で仕上冷間圧延を施して板厚20〜60μmとする工程、
を有する高強度銅合金薄板材の製造方法が提供される。
0.90≦TS(age)/TS(max)≦0.97 …(4)
1.05≦EC(age)/EC(tsmax)≦1.20 …(5)
ここで、TS(max)は、前記溶体化処理後の当該材料に対して、350℃から600℃までの10℃刻みの各温度で6h保持する時効処理を施したときに得られる圧延方向最大引張強さ(MPa)であり、EC(tsmax)は、前記TS(max)が得られた試料における導電率(%IACS)である。
【0013】
前記仕上冷間圧延後には、加熱温度150〜550℃の低温焼鈍を施すことができる。
また本発明では、上記の銅合金薄板材を素材に使用した通電部品が提供される。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、曲げ加工性、導電性を良好に維持しながら高強度化を図ったCu−[Ni,Co]−Si系銅合金の薄板(箔)が提供可能となった。その特性は、0.2%耐力900MPa以上、導電率35%IACS以上というものであり、当該合金系の板厚60μm以下という薄板材において、従来工業的量産過程で実現することが困難であった特性を具備する。従って本発明は、コネクタ、リードフレーム、リレー、スイッチなどの通電部品の小型化に寄与するものである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
発明者らは、研究の結果、以下のような知見を得た。
(a)Cu−[Ni,Co]−Si系銅合金において、粒子径500nm以上2000nm以下の「粗大第二相粒子」が十分に存在する組織状態の焼鈍材に冷間圧延を施したとき、{220}配向の圧延集合組織の発達を抑制することができる。
(b)その粗大第二相粒子は、溶体化処理の冷却過程を徐冷として粗大第二相粒子の核を生成させた上で、時効処理をやや過時効側で実施することにより、多量に生成させることができる。
(c)溶体化処理での昇温速度を速くすることにより再結晶集合組織の{200}配向が向上し、上記の圧延集合組織の抑制効果と相俟って冷間圧延材の曲げ加工性向上に有利となる。
(d)過時効側に振れすぎないように時効処理条件を厳しく管理することにより、強度に寄与する粒子径3nm以上10nm以下の「超微細第二相粒子」の数を十分に維持することができ、上記の圧延集合組織の抑制効果を活用して仕上冷間圧延を十分に確保することによる加工硬化の増大効果と合わせて、薄板材の高強度化を図ることができる。
本発明はこのような知見に基づいて完成したものである。
【0016】
〔第二相粒子〕
Cu−[Ni,Co]−Si系合金は、fcc結晶からなる母相(マトリクス)の中に第二相粒子が存在する金属組織を呈する。第二相粒子は鋳造工程の凝固時に生成する晶出物およびその後の製造工程で生成する析出物であり、当該合金の場合、主としてCo−Si系金属間化合物相とNi−Si系金属間化合物相で構成される。この第二相粒子は粒子径によって異別の作用を呈する。
【0017】
(i)超微細第二相粒子
本明細書でいう「超微細第二相粒子」は粒子径3nm以上10nm以下であり、溶体化処理後の時効処理で生成し、強度向上に寄与する。種々検討の結果、超微細第二相粒子の個数密度は1.0×10
9個/mm
2以上を確保する必要がある。それより少ないと仕上冷間圧延での圧延率を高くしても、板厚60μm以下の薄板において0.2%耐力900MPa以上、さらには920MPa以上といった高強度を得ることは難しい。超微細第二相粒子の個数密度の上限は特に規定する必要はないが、本発明で対象とする化学組成範囲では通常、5.0×10
9個/mm
2以下の範囲となる。また、超微細第二相粒子の個数密度は1.5×10
9個/mm
2以上であることが好ましい。
【0018】
超微細第二相粒子の個数密度の測定は、透過型電子顕微鏡(TEM)により10万倍の倍率で観察した視野中に観測される粒子径3nm以上10nm以下の第二相粒子の数をカウントする方法で行うことができる。観察視野は無作為に10視野を選択すればよい。ある粒子の粒子径は、観察画像においてその粒子を取り囲む最小円の直径とする。
【0019】
(ii)粗大第二相粒子
本明細書でいう「粗大第二相粒子」は粒子径500nm以上2000nm以下であり、強度向上にはほとんど寄与しない。しかし、この種の粒子が多く存在する状態で冷間圧延すると{220}配向の圧延集合組織の発達が抑制されることがわかった。従って、仕上冷間圧延前の中間製品の段階で、粗大第二相粒子が十分に存在している必要がある。種々検討の結果、仕上冷間圧延を終えた板厚60μm以下の薄板の測定において粗大第二相粒子の個数密度が1.0×10
4個/mm
2以上となるように、時効処理で十分に粗大第二相粒子を生成させることが有効である。粗大第二相粒子の生成が多くなりすぎると超微細第二相粒子の存在密度を上述の範囲に確保することが難しくなる場合がある。粗大第二相粒子は、仕上冷間圧延を終えた薄板の測定において1.0×10
5個/mm
2以下となる範囲で存在させることがより好ましい。
【0020】
粗大第二相粒子の個数密度の測定は、板面に平行な電解研磨表面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した視野中に観測される粒子径500nm以上2000nm以下の第二相粒子の数をカウントする方法で行うことができる。観察倍率は例えば3000倍とし、観察視野は無作為に10視野を選択すればよい。ある粒子の粒子径は、観察画像においてその粒子を取り囲む最小円の直径とする。
【0021】
〔結晶配向〕
圧延を経て製造された銅系材料の板材において、{200}結晶面が板面に平行で且つ<001>方向が圧延方向に平行な結晶の方位はCube方位と呼ばれる。Cube方位の結晶は、板厚方向(ND)、圧延方向(RD)、圧延方向と板厚方向に垂直な方向(TD)の3方向に同等な変形特性を示す。{200}結晶面上のすべり線は、曲げ軸に対して45°および135°と対称性が高いため、せん断帯を形成することなく曲げ変形が可能である。そのため、Cube方位の結晶粒は本質的に曲げ加工性が良好である。一方、圧延集合組織に代表される{220}配向の集合組織の発達は曲げ加工性を低下させる。
【0022】
本発明では、最終的な薄板材において下記(2)式および(3)式を満たす組織状態を実現することによって、曲げ加工性を良好に維持する。
I{200}/(I{111}+I{220}+I{311})≧0.50 …(2)
I{220}/(I{111}+I{200}+I{311})≦0.75 …(3)
ここで、I{hkl}は当該銅合金薄板材板面における{hkl}結晶面のX線回折ピークの積分強度である。
(2)式に代えて下記(2)’式を満たすことがより好ましい。
I{200}/(I{111}+I{220}+I{311})≧0.60 …(2)’
(3)式に代えて下記(3)’式を満たすことがより好ましい。
I{220}/(I{111}+I{200}+I{311})≦0.65 …(3)’
【0023】
〔化学組成〕
本発明で対象とするCu−[Ni,Co]−Si系合金の成分元素について説明する。以下、合金元素についての「%」は特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0024】
NiおよびCoは、それぞれNi−Si系析出物およびCo−Si系析出物を形成して銅合金板材の強度と導電性を向上させる元素である。その作用を十分に発揮させるために、NiとCoの合計含有量を2.50%以上とする必要がある。Ni、Coの少なくとも一方を含有すればよい。ただし、これらの元素の含有量が多すぎると導電率の低下や粗大析出物の生成による曲げ加工時の割れを招く要因となる。種々検討の結果、NiとCoの合計含有量は5.00%以下の範囲、さらには4.00%以下の範囲に管理してもよい。なお、NiとCoの両方を含有させる場合、Niは例えば1.00〜3.50%、Coは例えば0.50〜3.00%の範囲で含有量を調整することがより好ましい。
【0025】
Siは、Ni−Si系析出物およびCo−Si系析出物の形成に必要な元素である。Ni−Si系析出物はNi
2Siを主体とする化合物であると考えられ、Co−Si系析出物はCo
2Siを主体とする化合物であると考えられる。そのために、Si含有量は0.50%以上を確保する。ただし、合金中のNi、CoおよびSiは時効処理によって全てが析出物になるとは限らず、ある程度は母相中に固溶した状態で存在する。固溶状態のNi、CoおよびSiは銅合金の強度を若干向上させるが、析出状態と比べてその効果は小さく、また、導電率を低下させる原因になる。Si含有量は1.50%以下、より好ましくは1.10%以下の範囲で調整する。また、できるだけ析出物Ni
2SiおよびCo
2Siの組成比に近づける観点から、下記(1)式を満たすように、Ni、Co、Siの含有量を調整する。
3.5≦(Ni+Co)/Si≦5.0 …(1)
(1)式に代えて下記(1)’式を満たすことがより好ましい。
3.8≦(Ni+Co)/Si≦4.8 …(1)’
【0026】
上記以外の任意添加元素として、必要に応じてFe、Cr、Mg、Mn、Ti、V、Zr、Sn、Zn、Al、B、P、Ag、Be、REM(希土類元素)などを添加してもよい。例えば、Snは強度および耐応力緩和性の向上させる作用を有し、Znは銅合金板材のはんだ付け性および鋳造性を改善する作用を有し、Mgも耐応力緩和性を向上させる作用を有する。Fe、Cr、Mn、Ti、V、Zrなどは強度を向上させる作用を有する。Agは導電率を大きく低下させずに固溶強化を図る上で有効である。Pは脱酸作用、Bは鋳造組織を微細化する作用を有し、それぞれ熱間加工性の向上に有効である。また、Ce、La、Dy、Nd、YなどのREM(希土類元素)は結晶粒の微細化や析出物の分散化に有効である。
【0027】
これらの任意添加元素を多量に添加すると、Ni、Co、Siと化合物を形成する元素もあり、本発明で規定する第二相粒子のサイズと分布の関係を満たすのが難しくなる。また、導電率が低下したり、熱間加工性、冷間加工性に悪影響を及ぼしたりする場合もある。種々検討の結果、これらの元素の含有量はそれぞれ、Fe:0〜0.10%、Cr:0〜0.10%、Mg:0〜0.10%、Mn:0〜0.10%、Ti:0〜0.30%、V:0〜0.20%、Zr:0〜0.15%、Sn:0〜0.10%、Zn:0〜0.15%、Al:0〜0.20%、B:0〜0.02%、P:0〜0.10%、Ag:0〜0.10%、Be:0〜0.15%、REM(希土類元素):0〜0.10%の範囲とすることが望まれる。また、これら任意添加元素は総量で2.0%以下であることが好ましく、1.0%以下あるいは0.5%以下、さらには0.4%以下に管理してもよい。
【0028】
〔板厚〕
コネクタをはじめとする通電部品の小型化ニーズに対応できるよう、本発明では板厚20〜60μmの薄板材を対象とする。板厚30〜55μm以下の薄板材を対象とすることがより効果的である。なお、板厚が60μmを超えて厚いCu−[Ni,Co]−Si系銅合金板材については、本明細書で開示する製造技術に従わなくても、例えば本出願人が特願2013−027172号にて開示した技術などを利用することで、0.2%耐力900MPaを十分に上回る強度レベルの板材を実現することが可能である。
【0029】
〔特性〕
コネクタなどの通電部品においては、部品の端子部分(挿入部分)において、挿入時の応力負荷による座屈、変形が生じない高強度が必要である。そのためには、圧延方向0.2%耐力が900MPa以上であることが望ましく、920MPa以上であることが一層好ましい。過剰な高強度化は曲げ加工性の低下を招くので、通常は圧延方向の0.2%耐力が例えば1000MPa以下の範囲で強度レベル調整すればよく、980MPa以下の範囲に管理してもよい。
【0030】
曲げ加工性については、板厚60μm以下の薄板材の場合、JIS H3110に従う90°W曲げ試験においてBWのMBR/tが1.0以下となる特性を有していれば、想定される多くの用途に適用可能である。BWのMBR/tが0.8以下であることがより好ましい。導電率は35%IACS以上であることが望ましく、40%IACS以上であることがより好ましい。
【0031】
〔製造方法〕
上述の高強度銅合金薄板材は、熱間圧延、溶体化処理、時効処理、仕上冷間圧延の各工程を含むプロセスにて製造することができる。ただし、特に溶体化処理と時効処理においては、製造条件に工夫を要する。一連のプロセスとして、「溶解・鋳造→熱間圧延→冷間圧延→溶体化処理→(時効前冷間圧延)→時効処理→仕上冷間圧延→低温焼鈍」のプロセスを例示することができる。以下、各工程における製造条件を例示する。なお、必要に応じて面削や酸洗を実施することができる。
【0032】
〔溶解・鋳造〕
一般的な銅合金の溶製方法と同様の方法により、銅合金の原料を溶解した後、連続鋳造や半連続鋳造などにより鋳片を製造することができる。なお、鋳造後には、鋳造組織の状態により必要に応じて鋳片を均質化焼鈍に供することができる。均質化焼鈍は例えば1000〜1060℃で1〜10h加熱する条件にて行えばよい。均質化焼鈍は次工程の熱間圧延における加熱工程を利用してもよい。
【0033】
〔熱間圧延〕
まず鋳片を十分に加熱する。例えば1000〜1060℃で3h以上加熱することが望ましい。その後、炉から抽出して圧延する。圧延最終パスの温度(圧延終了温度)を650℃以上とし、650℃から300℃までの平均冷却速度を10℃/sec以上とする。この熱間圧延条件を採用することにより、鋳造時に晶出または析出した極めて粗大な第二相の固溶を進行させるとともに、圧延最終パス後の冷却過程で粗大な第二相が生成することを防止する。
【0034】
〔冷間圧延〕
時効処理後の仕上冷間圧延にて目的の板厚に調整できるように、時効処理前の段階で板厚を減じておくことができる。必要に応じて中間焼鈍を挟んだ複数回の冷間圧延工程を実施してもよい。このあとの溶体化処理を連続ラインにて行う場合には、あまり板厚が薄いと、板折れ等のトラブルを招きやすくなるので、一般的には0.1mm以上の板厚を確保しておくことが望ましい。また、溶体化処理での再結晶化を促進させる観点からは、50%以上の冷間圧延率を付与しておくことが有効である。なお、圧延率は下記(6)式により表される。
圧延率R(%)=(h
0−h
1)/h
0×100 …(6)
ここで、h
0は圧延前の板厚(mm)、h
1は圧延後の板厚(mm)である。
【0035】
〔溶体化処理〕
溶体化処理の昇温過程では、800℃から950℃までの平均昇温速度を50℃/sec以上とすることが重要である。この急速昇温により溶体化処理後の再結晶集合組織における{200}配向が向上する。急速昇温により組織全体を迅速に再結晶化させることが{200}配向の形成に有効に作用するものと考えられる。950℃に達した後、950〜1020℃の範囲で5〜300sec保持して第二相粒子を固溶させる。その後の冷却過程では950℃から650℃までの平均冷却速度を10〜30℃/secとする。この温度域は第二相粒子が活発に析出する温度域より高温であるが、第二相粒子がほぼ固溶消失している組織状態において、この温度域での滞在時間を十分に確保することにより、時効処理で粗大第二相粒子を形成するための核を発生させることができるのである。なお、650℃から常温までは、水冷等により急冷することが好ましい。
【0036】
〔時効前冷間圧延〕
溶体化処理後の材料に対し、必要に応じて時効処理前に冷間圧延を施すことができる。ただし、圧延率を高くすると{220}配向が発達してしまう。種々検討の結果、時効処理前に冷間圧延を施すときは、その圧延率を50%以下とすることが望ましい。
【0037】
〔時効処理〕
時効処理では、強度に寄与する超微細第二相粒子をできるだけ多く析出させながら、粗大第二相粒子を生成させる。そのために、やや過時効側での時効条件を採用する。具体的には、時効処理後の圧延方向引張強さTS(age)(MPa)および導電率EC(age)(%IACS)がそれぞれ下記(4)式および(5)式を満たす時効条件を適用する。
0.90≦TS(age)/TS(max)≦0.97 …(4)
1.05≦EC(age)/EC(tsmax)≦1.20 …(5)
ここで、TS(max)は、前記溶体化処理後の当該材料に対して、350℃から600℃までの10℃刻みの各温度で6h保持する時効処理を施したときに得られる圧延方向最大引張強さ(MPa)であり、EC(tsmax)は、前記TS(max)が得られた試料における導電率(%IACS)である。
(5)式に代えて下記(5)’式を適用することがより好ましい。
1.05≦EC(age)/EC(tsmax)≦1.15 …(5)’
このような時効温度、時効時間の適正範囲は、合金組成に応じて予め予備実験により求めておくことができる。通常、時効温度425〜525℃、時効時間3〜15hの範囲内に上記適切な条件を見出すことができる。
【0038】
溶体化処理の冷却過程で第二相の核を生成してあるので、やや過時効側で時効処理することにより、前記の核に起因する第二相粒子を適切に成長させて粗大第二相粒子の数を十分に確保することが可能となる。また、母相の新たな箇所から多数の第二相粒子が発生し、これが超微細第二相粒子となる。また、やや過時効側を狙うことにより導電率の向上にも有利となる。
【0039】
〔仕上冷間圧延〕
この仕上冷間圧延では、厚さ60μm以下の薄板材(箔)にまで板厚を減少させるとともに、加工硬化を利用して強度レベルの更なる向上を図る。時効処理により所定量の粗大第二相粒子が分散した組織としてあるので、冷間圧延率の増大に伴う{220}配向の過度な発達が抑制されるが、圧延方向の0.2%耐力が900MPa以上となり、90°W曲げ試験においてBWのMBR/tが1.0以下に維持される範囲で冷間圧延率を設定する。上述の各工程条件に従った場合、この仕上冷間圧延率は通常、20〜90%、好ましくは30〜80%、より好ましくは35〜75%の範囲内で設定することができる。
【0040】
〔低温焼鈍〕
仕上冷間圧延の後には、残留応力の低減、ばね限界値と耐応力緩和特性の向上を目的として、低温焼鈍を施してもよい。加熱温度は150〜550℃の範囲で設定するのが好ましい。300〜500℃の範囲とすることがより好ましい。加熱時間は5sec以上の範囲で設定することができる。30sec〜1hの範囲で設定することがより好ましい。
【実施例】
【0041】
表1に示す化学組成の銅合金を高周波溶解炉にて溶解し、得られた鋳片を1030℃で4h均質化焼鈍した。その後、熱間圧延→冷間圧延→溶体化処理→(時効前冷間圧延)→時効処理→仕上冷間圧延→低温焼鈍の工程で板厚30〜55μm以下の銅合金薄板材(供試材)を作製した。熱間圧延以降の工程は以下のようにして行った。
【0042】
上記均質化焼鈍後の鋳片を炉から取り出し、熱間圧延を行い、冷却した。放射温度計を用いて板表面の温度をモニターし、圧延終了温度、および650℃から300℃までの平均冷却速度(ただし、圧延終了温度が650℃未満の場合は当該圧延終了温度から300℃までの平均冷却速度)を求めた。なお、650℃から300℃までの平均冷却速度は、(650−300)/t
1により定まる。ここでt
1は650℃から300℃までの所要時間(sec)である。得られた熱延材の表面酸化層を機械研磨により除去し、板厚10mmの板材を得た。次いで冷間圧延を施して板厚0.10〜0.14mmの冷延材とした。ただし、一部の例(No.34)では板厚0.08mmの冷延材とした。
【0043】
上記冷延材に対して、溶体化処理を施した。昇温速度を制御し、1000℃に設定した保持温度まで昇温した。1000℃に到達後、1min保持し、その後、650℃までの冷却速度を制御し、650℃を下回ってから水冷した。試料表面に取り付けた熱電対により温度変化をモニターし、800℃から950℃までの平均昇温速度(℃/sec)および950℃から650℃までの平均冷却速度(℃/sec)を求めた。なお、800℃から950℃までの平均昇温速度は、(950−800)/t
2により定まる。ここでt
2は800℃から950℃までの所要時間(sec)である。同様に、950℃から650℃までの平均冷却速度は、(950−650)/t
3により定まる。ここでt
3は950℃から650℃までの所要時間(sec)である。
【0044】
溶体化処理後の板材から時効処理条件を把握するための予備実験用試料を採取し、350℃から600℃までの10℃刻みの各温度で6h保持する予備実験を行い、圧延方向引張強さと、導電率を測定した。上記各温度での引張強さの最大値である圧延方向最大引張強さTS(max)を定めるとともに、そのTS(max)が得られた試料の導電率EC(tsmax)を定めた。
【0045】
溶体化処理後には、一部の例において時効前冷間圧延を施した。
上記予備実験のデータに基づき、溶体化処理後の板材(時効前冷間圧延を施した例では時効前冷間圧延後の板材)に、一部の例を除き、やや過時効側となる時効条件を狙って時効処理を施した。時効処理後の板材から試料を採取して、圧延方向引張強さTS(age)および導電率EC(age)を測定し、TS(age)/TS(max)およびEC(age)/EC(tsmax)を算出した。
【0046】
時効処理後の板材に仕上冷間圧延を施し、板厚30〜55μm以下の薄板材(箔)を得た。仕上冷間圧延率は20〜90%の範囲とした。その後、150〜550℃で5sec〜1h保持する低温焼鈍を施し、供試材とした。
製造条件を表2に示す。
【0047】
【表1】
【0048】
【表2】
【0049】
〔第二相粒子の個数密度〕
各供試材について、粒子径3nm以上10nm以下の「超微細第二相粒子」、および粒子径500nm以上2000nm以下の「粗大第二相粒子」の個数密度を測定した。
超微細第二相粒子については、透過型電子顕微鏡(TEM)により10万倍の写真を無作為に選択した10視野について撮影し、それらの写真上で超微細第二相粒子あるいは微細第二相粒子に該当する粒子の数をカウントすることによって個数密度を算出した。
粗大第二相粒子については、板面に平行な電解研磨表面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察し、3000倍の写真を無作為に選択した10視野について撮影し、その写真上で粗大第二相粒子に該当する粒子の数をカウントすることによって個数密度を算出した。電解研磨はリン酸、エタノール、純水の混合溶液を用いた。
粒径は、いずれの場合も、各粒子を取り囲む最小円の直径とした。
【0050】
〔X線回折強度比〕
X線回折装置を用いて、Cu−Kα線、管電圧40kV、管電流20mAの条件で各供試材の板面(圧延面)についてX線回折パターンを測定し、{200}面、{111}面、{220}面、{311}面の各回折ピークの積分強度を求めた。なお、試料圧延面に明らかな酸化が認められた場合には、酸洗または#1500耐水ペーパーで研磨仕上した試料を使用した。
【0051】
〔導電率〕
供試材から採取した試料について、JIS H0505の導電率測定方法に従って測定した。
〔0.2%耐力〕
供試材の圧延方向に平行な引張試験用の試験片(JIS ZJ2241の5号試験片)をそれぞれ3個ずつ採取し、JIS ZJ2241に従って引張試験を行い、その平均値によって0.2%耐力を求めた。
【0052】
〔曲げ加工性〕
供試材から、曲げ軸が圧延平行方向となるBWの曲げ試験片(幅10mm、長さ30mm)を採取し、JIS H3110に従って90°W曲げ試験を行った。この試験後の試験片について、曲げ加工部の表面を光学顕微鏡によって100倍の倍率で観察して、割れが発生しない最小曲げ半径MBRと板厚tの比MBR/tを求めた。このMBR/tが1.0以下であるものはコネクタ等の電気・電子部品への加工において十分な曲げ加工性を有すると判断できる。
以上の結果を表3に示す。
【0053】
【表3】
【0054】
表3からわかるように、第二相粒子の個数密度および結晶配向が適正範囲にある本発明例のものは、板厚55μm以下のCu−[Ni,Co]−Si系銅合金薄板材(箔)において、0.2%耐力が920MPa以上の高強度と、BWのMBR/tが1.0以下の良好な曲げ加工性を両立し、導電率も35%IACS以上と良好であった。
【0055】
これに対し、比較例No.31は時効処理条件を過時効側にシフトさせる程度が不足したので粗大第二相粒子の量が少なくなり、仕上冷間圧延で{220}配向の発達抑制が不十分となって曲げ加工性に劣った。No.32は逆に過時効の程度が大きすぎたので超微細第二相粒子の数が減り、0.2%耐力が低下した。No.33は過時効側での時効処理を実施しなかったので粗大第二相粒子の生成量が不足し、仕上冷間圧延で{220}配向の発達抑制が不十分となって曲げ加工性に劣った。また、導電性にも劣った。No.34は熱間圧延後に冷間圧延で0.08mmまで圧延したのち溶体化処理を行ったが、シワが多く発生し、時効処理後の仕上圧延時に破断してしまった。No.35は溶体化処理の冷却過程で650℃以上の温度域での冷却速度が速すぎたので第二相粒子の核生成が不十分となり、時効処理で十分な量の粗大第二相粒子を生成させることができなかった。その結果、仕上冷間圧延で{220}配向が発達し、曲げ加工性に劣った。No.36は逆に溶体化処理の冷却過程で650℃以上の温度域での冷却速度が遅すぎたので時効処理後の粗大第二相粒子の数が多くなりすぎ、それに伴って超微細第二相粒子の数が不足したことにより0.2%耐力が低かった。No.37は溶体化処理の昇温過程で800℃以上の温度域での昇温速度が遅すぎたので{200}配向に十分に富んだ再結晶集合組織が得られず、結果的に仕上冷間圧延後の{200}配向が不足して曲げ加工性に劣った。No.38は熱間圧延で300℃以上の温度域での冷却速度が遅すぎたことにより、その冷却過程で粗大第二相粒子が多量に生成し、溶体化処理後に粗大第二相粒子が残留した。その結果、時効処理で超微細第二相粒子を十分に生成させることができず、0.2%耐力が低かった。No.39は熱間圧延最終パス温度が低すぎたので鋳造時に生じた極めて粗大な第二相の固溶が不十分となり、溶体化処理後に粗大第二相粒子が残留した。その結果、やはり超微細第二相粒子の生成量が不足し、0.2%耐力が低かった。
【0056】
No.40は銅合金中のNiとCoの合計含有量が多すぎたので導電率が低かった。No.41は逆にNiとCoの合計含有量が少なすぎたので超微細第二相粒子の析出量が不足し、0.2%耐力が低かった。No.42は(Ni+Co)/Siの含有量比が小さすぎたので仕上冷間圧延後の{200}配向の維持が不十分となり、曲げ加工性に劣った。No.43はSn含有量が高すぎたので導電率が低かった。No.44はCr含有量が高すぎたのでSiがクロム化合物の生成に消費され、その結果、微細第二相粒子の析出量を十分に確保することができず、0.2%耐力が低下した。