特許第6366415号(P6366415)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6366415Orai3遺伝子発現抑制剤又はORAI3タンパク質の機能抑制剤を含む細胞賦活剤
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6366415
(24)【登録日】2018年7月13日
(45)【発行日】2018年8月1日
(54)【発明の名称】Orai3遺伝子発現抑制剤又はORAI3タンパク質の機能抑制剤を含む細胞賦活剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 39/395 20060101AFI20180723BHJP
   A61K 31/7105 20060101ALI20180723BHJP
   A61P 17/00 20060101ALI20180723BHJP
   A61P 17/02 20060101ALI20180723BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20180723BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20180723BHJP
【FI】
   A61K39/395 D
   A61K39/395 N
   A61K31/7105ZNA
   A61P17/00
   A61P17/02
   G01N33/50 Z
   G01N33/15 Z
【請求項の数】6
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2014-161773(P2014-161773)
(22)【出願日】2014年8月7日
(65)【公開番号】特開2016-37470(P2016-37470A)
(43)【公開日】2016年3月22日
【審査請求日】2017年7月14日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001959
【氏名又は名称】株式会社 資生堂
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100077517
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 敬
(74)【代理人】
【識別番号】100087871
【弁理士】
【氏名又は名称】福本 積
(74)【代理人】
【識別番号】100087413
【弁理士】
【氏名又は名称】古賀 哲次
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100150810
【弁理士】
【氏名又は名称】武居 良太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100166165
【弁理士】
【氏名又は名称】津田 英直
(72)【発明者】
【氏名】傳田 澄美子
(72)【発明者】
【氏名】傳田 光洋
【審査官】 伊藤 基章
(56)【参考文献】
【文献】 特表2012−528129(JP,A)
【文献】 特表2009−522579(JP,A)
【文献】 特開2011−250728(JP,A)
【文献】 特開2011−258084(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 39/00
A61K 31/00
A61K 45/00
G01N 33/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
皮膚においてORAI3タンパク質又はOrai3遺伝子の機能抑制剤を含む、皮膚細胞賦活剤であって、前記ORAI3タンパク質又はOrai3遺伝子の機能抑制剤が、ORAI3タンパク質に特異的に結合する機能中和抗体、並びにOrai3の発現を特異的に阻害するRNAi誘導性核酸、アンチセンス核酸、リボザイム、及びそれらの発現ベクターからなる群から選択される1種以上である、皮膚細胞賦活剤
【請求項2】
前記皮膚細胞賦活剤が、皮膚バリア機能亢進剤又は創傷治癒促進剤である、請求項1記載の皮膚細胞賦活剤。
【請求項3】
皮膚培養細胞に候補薬剤を添加する工程、
候補薬剤添加後の皮膚培養細胞のOrai3の遺伝子発現を直接的又は間接的に測定する工程、及び
候補薬剤添加前の皮膚培養細胞における遺伝子発現と比較する工程
を含む、皮膚細胞賦活剤のスクリーニング方法。
【請求項4】
前記Orai3の遺伝子発現を直接的に測定する工程が、Orai3のmRNA量又はORAI3のタンパク質量を測定する方法である、請求項に記載の皮膚細胞賦活剤のスクリーニング方法。
【請求項5】
前記Orai3の遺伝子発現を間接的に測定する工程が、以下の:
皮膚培養細胞に刺激適用前後の細胞内Ca2+濃度を計測する工程、及び
細胞内Ca2+濃度がピーク値と定常値との中間値を超えてから該中間値に戻るまでの時間、又は所定時間経過後の細胞内Ca2+濃度の値をOrai3の遺伝子発現と関連づける工程
を含む、請求項に記載の皮膚細胞賦活剤のスクリーニング方法。
【請求項6】
前記皮膚細胞賦活剤が、皮膚バリア機能亢進剤又は創傷治癒促進剤である、請求項のいずれか一項に記載の皮膚細胞賦活剤のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Orai3遺伝子発現抑制剤又はORAI3タンパク質の機能抑制剤を含む、皮膚細胞賦活剤に関する。さらに別の態様では、Orai3遺伝子発現を指標とした皮膚細胞賦活剤のスクリーニング方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
皮膚は、加齢、日光(紫外線)暴露、食習慣、ストレス等の影響を受けて、種々の老化現象が引き起こされる。皮膚の老化現象としては、例えば、シミ、そばかす、肝斑等の色素沈着をはじめ、くすみ、乾燥、シワ等が挙げられる。皮膚老化現象は、皮膚の表皮、真皮、及び皮下組織の各組織において、別々に又は連関して生じるが、最外層に存在する表皮や、シワや色素沈着に関与する真皮の老化現象が特に問題とされる。表皮では、老化現象として角層の層数が増加する一方で、皮膚のバリア機能が低下することが知られており、それにより乾燥状態を呈するようになる(非特許文献1及び2)。それにより、肌荒れや乾燥肌などの肌のトラブルが生じるようになり、また肌理や柔軟性が失われることにより美容の点でも問題となる。真皮では、加齢などの内的因子や、紫外線、活性酸素などの外的因子によって、結合組織や弾性繊維が減少又は変性して皮膚が本来維持している収縮性、柔軟性、保湿性などの機能が衰え、シワやたるみの発生、張りや弾力性の低下等さまざまな肌のトラブルが生じる。
【0003】
皮膚の老化現象の進行を遅延させ、可能であれば逆行させるための研究がなされており、例えば、抗酸化物質を除去する物質や弾性繊維の産生を促進する物質の探索が行われている(特許文献1及び2)。美容製品の開発のために、このようなマクロレベルでの研究が行われているが、細胞レベルでの老化現象については未だに十分に解明されていない。
【0004】
一方で、カルシウムチャネルの一種としてOraiファミリーが知られている。Oraiファミリーのカルシウムチャネルは、他のカルシウムチャネルとは異なり、4回膜貫通型の膜タンパク質である。Orai1は、小胞体のCa2+貯蔵が枯渇した際に活性化するCa2+放出活性型Ca2+(CRAC)チャネルの構成分子として、小胞体内のCa2+枯渇を感知するタンパク質として同定されたSTIM1に続き、RNAi技術を用いた研究により特定された。Orai1は、細胞膜に存在することが示されている。Orai1の発見後すぐにヒトのホモログ遺伝子としてOrai2及びOrai3が発見され、進化学的にOrai3は、哺乳動物への分化の際に出現した最も新しいホモログ遺伝子であることが明らかにされた。したがって、Orai3は哺乳動物の環境適応に応じた新たな生物学的機能を有することを予測されているが、その機能についてはいまだ不明なままであった(非特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第5468906号公報
【特許文献2】特許第4842105号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】The Journal of Clinical Investigation (1995) Vol. 95, 1995, 2281-2290
【非特許文献2】Journal of Geriatric Dermatology (1993) Vol.1, 111-120
【非特許文献3】Journal of Physiology (2012) Vol.590, Part2, 241-257
【非特許文献4】Gerontolgy (2013) No.59, 159-164
【非特許文献5】Journal of Investigative Dermatology (2003) Vol. 121, 1557-1558
【非特許文献6】Journal of Investigative Dermatology(2002)Vol.119, 1128-1136
【非特許文献7】Journal of Investigative Dermatology (2001) Vol. 116, No.1, 50-56
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、皮膚における細胞レベルでの老化に関わる機構を特定すると共に、皮膚細胞を賦活化できる薬剤を開発することを目的とする。さらに、細胞における老化に関わる機構を特定し、それにより細胞老化の進行を遅らせるか、又は逆行させることができる物質のスクリーニング方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らが、上記課題を解決すべく鋭意研究を行ったところ、老化にともない、外部刺激に対する表皮細胞内におけるCa2+応答からの回復が遅くなるとの知見を初めて得た。この知見に基づき、Ca2+応答からの回復を遅くする原因の追究を行ったところ、Ca2+チャネルの一種であるOrai3をノックダウンすることにより、Ca2+応答からの回復が早くなったことを見出した。Ca2+応答からの回復の早さが、細胞の若返りに関与するとの予測の元、創傷治癒モデルであるスクラッチアッセイにOrai3ノックダウン細胞を供したところ、驚くべきことに細胞増殖速度が速まり、創傷治癒能力が高まることを発見し、本発明に至った。
【0009】
したがって、本発明は以下のものに関する:
[1] 皮膚においてORAI3タンパク質又はOrai3遺伝子の機能抑制剤を含む、皮膚細胞賦活剤。
[2] ORAI3タンパク質又はOrai3遺伝子の機能抑制剤が、ORAI3特異的抗体、並びにOrai3の発現を特異的に阻害するRNAi誘導性核酸、アンチセンス核酸、リボザイム、及びそれらの発現ベクターからなる群から選択される1種以上である、項目1に記載の皮膚細胞賦活剤。
[3] 前記皮膚細胞賦活剤が、皮膚バリア機能亢進剤又は創傷治癒促進剤である、項目1又は2に記載の皮膚細胞賦活剤。
[4] 培養細胞に候補薬剤を添加する工程、
候補薬剤添加後の培養細胞のOrai3の遺伝子発現を直接的又は間接的に測定する工程、及び
候補薬剤添加前の培養細胞における遺伝子発現と比較する工程
を含む、細胞賦活剤のスクリーニング方法。
[5] 前記Orai3の遺伝子発現を直接的に測定する工程が、Orai3のmRNA量又はORAI3のタンパク質量を測定する方法である、項目4に記載の細胞賦活剤のスクリーニング方法。
[6] 前記Orai3の遺伝子発現を間接的に測定する工程が、以下の:
培養細胞に圧力刺激適用前後の細胞内Ca2+濃度を計測する工程、及び
細胞内Ca2+濃度がピーク値と定常値との中間値を超えてから該中間値に戻るまでの時間(半値幅)、又は所定時間経過後の細胞内Ca2+濃度の値をOrai3の遺伝子発現と関連づける工程
を含む、項目4に記載の方法細胞賦活剤のスクリーニング方法。
[7] 前記皮細胞賦活剤が、皮膚バリア機能亢進剤又は創傷治癒促進剤である、項目4〜6のいずれか一項に記載の皮膚細胞賦活剤のスクリーニング方法。
[8] 皮膚培養細胞又は3次元皮膚培養シートに、Orai3遺伝子発現抑制剤又はOrai3タンパク質の機能抑制剤を添加する工程を含む、培養皮膚シートの製造方法。
[9] ORAI3タンパク質又はOrai3遺伝子の機能抑制剤が、ORAI3特異的抗体、並びにOrai3の発現を特異的に阻害するRNAi誘導性核酸、アンチセンス核酸、リボザイム、及びそれらの発現ベクターからなる群から選択される1種以上である、項目8に記載の培養皮膚シートの製造方法。
[10] 培養細胞に、Orai3遺伝子発現抑制剤又はOrai3タンパク質の機能抑制剤を添加する工程を含む、培養細胞の増殖方法。
[11] 培養細胞に刺激を与える工程をさらに含む項目10に記載の培養細胞の増殖方法。
[12] ORAI3タンパク質又はOrai3遺伝子の機能抑制剤を投与することを含む、皮膚細胞賦活方法。
[13] ORAI3タンパク質又はOrai3遺伝子の機能抑制剤が、ORAI3特異的抗体、並びにOrai3の発現を特異的に阻害するRNAi誘導性核酸、アンチセンス核酸、リボザイム、及びそれらの発現ベクターからなる群から選択される1種以上である、項目12に記載の皮膚細胞賦活方法。
[14] ORAI3タンパク質又はOrai3遺伝子の機能抑制剤を投与することを含む、美容方法。
[15] ORAI3タンパク質又はOrai3遺伝子の機能抑制剤が、ORAI3特異的抗体、並びにOrai3の発現を特異的に阻害するRNAi誘導性核酸、アンチセンス核酸、リボザイム、及びそれらの発現ベクターからなる群から選択される1種以上である、項目14に記載の美容方法。
[16] ORAI3タンパク質又はOrai3遺伝子の機能抑制剤を投与することを含む、創傷治療方法。
[17] ORAI3タンパク質又はOrai3遺伝子の機能抑制剤が、ORAI3特異的抗体、並びにOrai3の発現を特異的に阻害するRNAi誘導性核酸、アンチセンス核酸、リボザイム、及びそれらの発現ベクターからなる群から選択される1種以上である、項目16に記載の創傷治療方法。
[18] 皮膚抗老化のための医薬又は化粧品の製造のための、ORAI3タンパク質又はOrai3遺伝子の機能抑制剤の使用。
[19] ORAI3タンパク質又はOrai3遺伝子の機能抑制剤が、ORAI3特異的抗体、並びにOrai3の発現を特異的に阻害するRNAi誘導性核酸、アンチセンス核酸、リボザイム、及びそれらの発現ベクターからなる群から選択される1種以上である、項目18に記載の使用。
【発明の効果】
【0010】
Orai3遺伝子発現や、Orai3タンパク質の機能を抑制することにより、皮膚バリア機能の亢進又は創傷治癒能力の促進を含む細胞賦活効果を発揮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1Aは、24歳又は63歳の健常人から取得された細胞(表皮ケラチノサイト)における水圧負荷後の細胞内Ca2+濃度の変化を示す連続写真を示す。図1B及び図1Cは、24歳の健常人(図1B)及び63歳の健常人(図1C)から取得された細胞における細胞内Ca2+濃度の変化を示したグラフである。図1Dは、細胞内Ca2+濃度がピーク値と定常値との中間値を超えてから該中間値に戻るまでの時間(半値幅)と、細胞の提供者の年齢との相関を示すグラフである。
図2図2Aは、細胞の提供者の年齢と、Orai3のmRNAレベルとの相関を示すグラフである。図2Bは、水圧適用後に細胞内Ca2+濃度がピーク値と定常値との中間値を超えてから該中間値に戻るまでの時間(半値幅)と、Orai3のmRNAレベルとの相関を示すグラフである。
図3図3は、ケラチノサイトへのOrai3のsiRNAの導入により、Orai3の遺伝子発現が抑制されたことを示す図である。図3Aは、mRNA量の変化を示し、図3Bは、タンパク質量の変化を示す。
図4図4Aは、高齢者(63歳)から取得したケラチノサイトにおいて、Orai3の遺伝子発現を抑制した場合に、水圧刺激により誘導されたCa2+応答において若返りの効果を示すグラフである。図4Bは、図4Aのグラフから算出された、細胞内Ca2+濃度がピーク値と定常値との中間値を超えてから該中間値に戻るまでの時間(半値幅)を、6回の平均で示したグラフである。
図5図5Aは、健常ヒト皮膚の凍結切片におけるOrai3の局在を示す写真である。図5Bは、陰性対照を示す。
図6図6は、増殖期の培養ケラチノサイトと、分化誘導された培養ケラチノサイトにおけるOrai3の遺伝子発現量を示すグラフである。
図7図7Aは、Orai3をノックダウンされた培養ケラチノサイトに対するスクラッチアッセイの結果を示す写真である。図7Bは、スクラッチ後7時間における創傷治癒効果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、ORAI3タンパク質又はOrai3遺伝子の機能抑制剤を含む皮膚細胞賦活剤に関する。本発明では、ORAI3のアミノ酸配列は、例えば配列番号1として公知である。Orai3遺伝子のヌクレオチド配列は、オープンリーディングフレーム (ORF)として配列番号2が知られ、また転写されるmRNAの配列として配列番号3が知られ、ゲノム配列も公知である(ENSG00000175938)。ORAI3のアミノ酸及びヌクレオチド配列はともに、GenBankにAccession number Nm_152288として登録されている。本発明においては、ORAI3又はOrai3遺伝子として、ORAI3又はOrai3遺伝子の変異体、例えば、突然変異、多型、選択的スプライシング、縮重などに基づいた変異体も含まれるものとする。具体的には、本発明におけるORAI3は、配列番号1に示されるアミノ酸配列、或いは該アミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸の欠失、置換又は付加を含むアミノ酸配列、を含むタンパク質であってもよい。或いは、本発明におけるORAI3は、配列番号1に示されるアミノ酸配列と90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上、さらに好ましくは98%以上、最も好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつORAI3と同等のin vivo機能を有する変異体も包含する。また、本発明におけるOrai3遺伝子は、配列番号1のアミノ酸配列によってコードされるヌクレオチド配列、より具体的には配列番号2に示されるヌクレオチド配列と90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上、さらに好ましくは98%以上、最も好ましくは99%以上の同一性を有するヌクレオチド配列を含み、かつ翻訳後にORAI3と同等のin vivo機能を有する変異体も包含する。
【0013】
ORAI3はカルシウムチャネルであるが、驚くべきことに、ORAI3をノックダウンすることにより、刺激を受けた表皮ケラチノサイトのCa2+応答からの回復が早くなったこと、さらには皮膚創傷治癒能力が向上することが本発明者らにより見出された。刺激を受けたケラチノサイトのCa2+応答からの回復にかかる時間は、加齢とともに長くなることも、本発明者らにより見出されている。また創傷治癒能力についても加齢とともに減少することが知られている(非特許文献4)。したがって、ノックダウンによりOrai3の遺伝子発現を抑制するか、又はORAI3の機能を抑制することにより、細胞賦活化を可能にし、さらには老化した細胞の若返りを可能にすると考えられる。したがって、ORAI3タンパク質又はOrai3遺伝子の機能を抑制できる物質は、細胞、好ましくは皮膚細胞、特に表皮細胞の細胞賦活剤として使用することができる。また本発明の細胞賦活剤は、皮膚に対する抗老化剤、老化逆行剤、又は若返り剤として使用することができる。このような物質は、in vivo だけでなく、ex vivo やin vitroで用いられてもよい。また、ORAI3タンパク質又はOrai3遺伝子の機能を抑制する物質は、創傷治癒能力を向上することから、創傷治癒促進剤とすることができる。
【0014】
また、表皮内のCa2+濃度勾配が、加齢に伴い減少することが示されており(非特許文献5)、表皮内Ca2+濃度勾配が、表皮の角層への分化形成を調節していると報告されている(非特許文献6)。また加齢に伴い、角層の層数が増加するものの、皮膚バリア機能が弱まり、乾燥状態を呈することが知られている(非特許文献2)。これらの従来技術と、本発明者らにより明らかにされた知見とを組み合わせると、加齢に伴い減少する表皮におけるCa2+濃度勾配は、皮膚老化に関与するOrai3遺伝子の働きによって生じるものと考えられる。したがって、ORAI3タンパク質又はOrai3遺伝子の機能を抑制する物質は、表皮内Ca2+濃度勾配に影響を与え、それにより角層形成を適切に保つことができるようになると考えられる。これにより、ORAI3タンパク質又はOrai3遺伝子の機能を抑制する物質は、皮膚バリア機能の向上に関わることができ、皮膚バリア機能亢進剤として使用することが可能となる。
【0015】
本発明におけるORAI3タンパク質又はOrai3遺伝子の機能抑制剤を含む細胞賦活とは、皮膚、特に表皮細胞における細胞の活性を高めることをいい、抗老化や若返りの効果を含んでいてもよい。賦活効果の例として、細胞の増殖性、刺激応答性、温度変化や化学物質によるストレスへの耐性等の向上が挙げられる。本発明の細胞賦活剤は、特に創傷や火傷などの外部刺激に応答して、細胞増殖性を高めることができることから、細胞賦活には、創傷又は火傷治癒の向上が含まれる。また、細胞を賦活することにより、皮膚バリア機能の亢進や、肌理やシワといった皮膚状態の改善、表皮ターンオーバーの促進による美白やくすみの改善(具体的には、メラニン色素を取り込んだ表皮細胞の排出促進)などの効果が発揮されうる。
【0016】
Orai3遺伝子の機能抑制剤とは、Orai3の遺伝子発現を抑制できる物質であれば任意の物質であってよく、Orai3遺伝子発現抑制剤と呼ばれてもよい。Orai3遺伝子発現抑制剤の例として、Orai3の遺伝子発現を特異的に阻害するRNAi誘導性核酸、アンチセンス核酸、リボザイム、及びそれらの発現ベクターが挙げられる。Orai3遺伝子の機能抑制は、mRNA量又はタンパク質量として表され、対照と比較して統計学的に低値を示せば、Orai3遺伝子の機能が抑制されたということができる。機能抑制を示す場合、これらの発現量は、好ましくは対照に対して80%以下、さらに好ましくは50%以下、特に好ましくは20%以下の発現量である。
【0017】
ORAI3タンパク質の機能抑制剤としては、ORAI3のタンパク質、好ましくは複数のORAI3により形成されるCa2+チャネルの機能を抑制可能な物質であれば任意の物質であってよく、例えばORAI3の抗体、特に機能中和抗体が挙げられる。ORAI3タンパク質は、Ca2+チャネルとしての機能することから、ORAI3タンパク質の機能抑制は、Ca2+の挙動により測定することができる。特にORAI3は、皮膚細胞において、刺激によるCa2+応答を持続させるように働くことから、Ca2+の量を経時的に計測し、Ca2+応答後の細胞内Ca2+濃度がピーク値と定常値との中間値を超えてから該中間値に戻るまでの時間(半値幅)、又は所定時間、例えば(1分、2分、又は3分)経過後の細胞内Ca2+濃度の値を測定し、このような値が対照と比較して、統計学的に低値を示せば、ORAI3タンパク質の機能が抑制されたということができる。機能抑制を示す場合、これらの値は、好ましくは対照に対して80%以下、さらに好ましくは60%以下、特に好ましくは40%以下である。
【0018】
本発明で用いられるRNAi誘導性核酸は、細胞内に導入されることにより、RNA干渉を誘導し得るポリヌクレオチドをいい、通常、19〜30ヌクレオチド、好ましくは19〜25ヌクレオチド、より好ましくは19〜23ヌクレオチドを含むRNA、DNA、又はRNAとDNAのキメラ分子であってよく、任意の修飾が施されていてもよい。RNAi干渉は、mRNAに対して生じてもよいし、プロセッシング前の転写直後のRNA、すなわちエキソン、イントロン、3’非翻訳領域、及び5’非翻訳領域を含むヌクレオチド配列のRNAであってもよい。本発明で使用可能なRNAi法は、(1)短い二重鎖RNA(siRNA)を細胞内に直接導入するか、(2)short−hairpin型 RNA(shRNA)を各種発現ベクターに組み込み、そのベクターを細胞内に導入するか、或いは(3)対立方向に並ぶ2個のプロモーターを持つベクターに、siRNAに対応する短い二重鎖DNAをプロモーター間に挿入してsiRNAを発現させるベクターを作製し、細胞内に導入する、などの手法によりRNAiを誘導させてもよい。RNAi核酸は、ORAI3のRNAの切断又はその機能抑制を可能にするsiRNA、shRNA又はmiRNAを含んでもよく、これらのRNAi核酸は、リポソームなどを用いて直接導入されてもよいし、これらのRNAi核酸を誘導する発現ベクターを用いて導入されてもよい。
【0019】
本発明で用いられるOrai3に対するsiRNAは、siRNAの標的となるOrai3配列に基づいて、周知の化学合成技術を用いて合成することができる。例えば、固相ホスホアミダイト法などのDNA合成技術を利用したDNA(/RNA)自動合成装置を使用して化学的に合成するか、或いは、siRNA関連の受託合成会社(例えばLife Technologies社など)に委託して合成することも可能である。本発明の実施形態によれば、本発明のsiRNAは、その前駆体であるshort−hairpin型二本鎖RNA(shRNA)から、細胞内RNaseであるダイサー(Dicer)によるプロセシングを介して誘導されてもよい。本発明において、使用されるsiRNAは、配列番号2又はその相補配列に由来の連続する19〜30ヌクレオチド、好ましくは19〜25ヌクレオチド、より好ましくは19〜23ヌクレオチドを含むDNAに対応するRNAである。このようなRNAは、5’又は3’末端に1又は数個、例えば2の付加配列(ttやuu)などが追加されてもよく、それにより細胞内で分解を妨げ、安定性を高めることができる。例えば、以下の配列をOrai3のsiRNAとして使用することができるが以下のものに限定されることを意図するものではなく、下記の配列に相補する配列を用いてもよい:
5’−GCUACAAGCAGGAACUAGA−3’ (配列番号4)
5’−GCACCUCUUUGCACUCAUG−3’ (配列番号5)
5’−GAAGUUGUCCUGGUUGGUU−3’ (配列番号6)
5’−GUGGCUACCUCCCUUAGUC−3’ (配列番号7)
5’−CAUCCACAACCUCAACUCUtt−3’ (配列番号8)
5’−GCUACAAGCAGGAACUAGAtt−3’ (配列番号9)
5’−GGUUGGUUGGGUCAAGUUUtt−3’ (配列番号10)
5’−GCUGUGAGCAACAUCCACAtt−3’ (配列番号11)
5’−UUGAAGCUGUGAGCAACAU−3’ (配列番号12)
5’−GGGUCAAGUUUGUGCCCAU−3’ (配列番号13)
5’−GCUACAAGCAGGAACUAGA−3’ (配列番号14)
5’−GCACCUCUUUGCACUCAUG−3’ (配列番号15)
5’−GAAGUUGUCCUGGUUGGUU−3’ (配列番号16)
5’−GUGGCUACCUCCCUUAGUC−3’ (配列番号17)
5’−UUGAAGCUGUGAGCAACAUtt−3’ (配列番号18)
5’−CACCAGUGGCUACCUCCCUUAtt−3’ (配列番号19)
5’−TCCUUAGCCCUUGAAAUACAAtt−3’ (配列番号20)
5’−CUGCCCUGGGCACCUUUCU−3’ (配列番号21)
5’−GCAACAUCCACAACCUCAA−3’ (配列番号22)
このうち、ORAI3のsiRNAとして、Orai3の遺伝子抑制が確認された観点から、配列番号4〜10からなる群から選ばれる1以上が用いることが好ましく、特に配列番号4及び/又は9のものが好ましい。
【0020】
本発明の組成物の有効成分として、アンチセンス核酸が使用されてもよい。このアンチセンス核酸は、配列番号2のヌクレオチド配列を含むOrai3遺伝子に対応するmRNAの配列、又はその部分配列に相補的な配列を含むRNAか又はDNAのいずれかである。前記部分配列は、Orai3遺伝子又はmRNAの配列において連続する約30以上、50以上、70以上、100以上、150以上、200以上又は250以上から全長以下、例えば50〜150のヌクレオチドからなる配列を含むことができる。この配列は、アンチセンス核酸としての機能が妨げられない範囲で、1又は複数のヌクレオチドの置換、付加、又は欠失が含まれても良いし、ヌクレオチドアナログが用いられてもよい。アンチセンス核酸のヌクレオチドは、天然のヌクレオチドに加えて、ハロゲン(フッ素、塩素、臭素又はヨウ素)、メチル、カルボキシメチル又はチオ基などの基を有する修飾ヌクレオチドを含むことができる。アンチセンス核酸は、周知のDNA/RNA合成技術又はDNA組換え技術を用いて合成することができる。DNA組換え技術によって合成する場合、配列番号2の配列を含むベクターDNAを鋳型にして、増幅しようとする配列を挟み込むプライマーを用いてポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を行って標的配列を増幅し、必要に応じてベクター中にクローニングして、アンチセンスDNAを生成することができる。或いは、このようにして得られた増幅標的配列を有するDNAをベクターに挿入し、該ベクターを真核又は原核細胞に導入し、その転写系を利用してアンチセンスRNAを得ることができる。ベクターは、上に記載のウイルスベクター、プラスミドベクターを使用することができる。
【0021】
本発明のOrai3遺伝子の機能抑制剤として、リボザイムも使用することができる。リボザイムとは、核酸を切断する酵素活性を有するRNAのことを指し、酵素活性を有する配列の両側に、切断したい配列に相補的な配列を配置することにより、所望の位置でRNAを切断することができる。一方で、近年の研究により、当該酵素活性部位の塩基配列を有するオリゴDNAも同様に核酸切断活性を有することが明らかになっているので、本明細書では配列特異的な核酸切断活性を有する限りDNAをも包含する概念として用いる。具体的には、リボザイムは、Orai3遺伝子をコードするmRNAまたは初期転写産物中の配列を特異的に切断することができる。リボザイムとして最も汎用性の高いものとしては、ウイロイドやウイルソイド等の感染性RNAに見られるセルフスプライシングRNAがあり、ハンマーヘッド型やヘアピン型等が知られている。ハンマーヘッド型は約40塩基程度で酵素活性を発揮し、ハンマーヘッド構造をとる部分に隣接する両端の数塩基ずつ(合わせて約10塩基程度)を、mRNAの所望の切断部位の前後の配列と相補的な配列にすることにより、標的mRNAのみを特異的に切断することが可能である。さらに、リボザイムを、それをコードするDNAを含む発現ベクターの形態で使用する場合には、転写産物の細胞質への移行を促進するために、tRNAを改変した配列をさらに連結したハイブリッドリボザイムとすることもできる(Nucleic Acids Res., 29(13): 2780-2788 (2001))。
【0022】
Orai3遺伝子の機能抑制剤は、細胞内で発現可能なベクターの形態で使用することができる。使用される発現ベクターは、Orai3遺伝子のsiRNA、アンチセンス核酸、リボザイムをコードするポリヌクレオチド、および当該ポリヌクレオチドに機能可能に連結されたプロモーターを含む。前記プロモーターは、細胞内で、制御下にある発現対象の転写を可能にするものであれば任意のものを使用することができ、例えば、polIIIプロモーター(例、tRNAプロモーター、U6プロモーター、H1プロモーター)、哺乳動物用プロモーター(例、CMVプロモーター、CAGプロモーター、SV40プロモーター)などが用いられる。本発明の発現ベクターはさらに、選択マーカー遺伝子(テトラサイクリン、アンピシリン、カナマイシン、ハイグロマイシン、ホスフィノスリシン等の薬剤に対する抵抗性を付与する遺伝子、栄養要求性変異を相補する遺伝子等)をさらに含んでいてもよい。
【0023】
本発明の発現ベクターのバックボーン(backbone)としては、ヒト等の哺乳動物細胞中
で制御下の発現対象を転写可能であれば特に制限されないが、例えば、プラスミドベクター、ウイルスベクターが挙げられる。哺乳動物への投与に好適なベクターとしては、レトロウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、ヘルペスウイルス、ワクシニアウイルス、ポックスウイルス、ポリオウイルス、シンドビスウイルス、センダイウイルス等のウイルスベクターが挙げられる。なかでも、レトロウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、ワクシニアウイルス由来のウイルスベクターが好ましい。
【0024】
ORAI3タンパク質の機能抑制剤としては、ORAI3タンパク質の機能を抑制できれば任意の物質であってもよい。例えば、ORAI3タンパク質に対する抗体又はそのフラグメントであってもよい。本発明の抗体は、例えばORAI3の膜外領域の配列をエピトープとして用いて、スクリーニングすることにより取得することができる。本発明において抗体という語は、最も広い意味で使用するものとし、所望の特異的結合性が示される限り、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体、抗体変異体、人工抗体が含まれるものとする。本発明における抗体は、マウス抗体、ヒト抗体、ラット抗体、ウサギ抗体、ヤギ抗体、ラクダ抗体など、任意の動物由来の抗体であってもよい。また、本発明における抗体は、抗体変異体のように、例えば、アミノ酸配列の一部を置換した改変抗体、各種分子を結合させた抗体修飾物、抗体フラグメント、低分子抗体などいかなる抗体であってもよい。さらにこれらの抗体に対してアフィニティマチュレーションを行った抗体も挙げられる。これらの抗体は全て公知の方法を用いれば製造することができる。
【0025】
ポリクローナル抗体は、本発明にかかるエピトープを用いて、哺乳動物、例えばウサギ、ニワトリ、マウス、ラット、ヒツジなどに定法に従い免疫することにより生成することができる。ORAI3に対するポリクローナル抗体の生成は、例えばCurrent Protocols in Immunology, Wiley and Sons Inc.のChapter 9の記載に従うことで生成することができる。また、別の態様では、ORAI3を用いて哺乳動物を免疫し、生成した抗体群に対して、ORAI3又はそのエピトープペプチドを用いてスクリーニングすることにより、本発明のORAI3に結合するポリクローナル抗体を生成することができる。
【0026】
本発明の抗体のうちモノクローナル抗体は、単一クローンの抗体集団の抗体のことをいう。モノクローナル抗体には、キメラ抗体、ヒト化抗体、ヒト抗体、バイスペシフィック抗体、抗体のペプチド模倣体、改変抗体、人工抗体並びにそれらのコンジュゲート抗体及びフラグメントが含まれるものとする。ORAI3に対するモノクローナル抗体は、マウス抗体、ヒト抗体、ラット抗体、ウサギ抗体、ヤギ抗体、ラクダ抗体など、任意の動物由来の抗体であってもよい。また、本発明におけるORAI3に対するモノクローナル抗体は、抗体変異体のように、例えば、アミノ酸配列等の一部を改変した改変抗体、各種分子を結合させた抗体修飾物、抗体フラグメント、低分子抗体などいかなる抗体であってもよい。本発明のモノクローナル抗体はハイブリドーマ法、ファージディスプレイ法、及び遺伝子工学的手法など、任意の公知の手法を用いて生成することができる。
【0027】
本発明では、ヒトに対する異種抗原性を低下させること等を目的として、例えば、キメラ抗体、ヒト化抗体、バイスペシフィック抗体、抗体をペプチド模倣物により置換した抗体のペプチド模倣体、改変抗体、人工抗体、及びこれらの抗体とのコンジュゲート抗体も使用することができるし、これらの抗体は、既知の方法を用いて製造することができる。
【0028】
本発明に使用する抗体は、例えば、ポリエチレングリコール(PEG)等の非ペプチド性ポリマー、放射性物質、トキシン等の各種分子と結合したコンジュゲート抗体でもよい。このようなコンジュゲート抗体は、得られた抗体に化学的な修飾を施すことによって得ることができる。なお、化学的修飾方法はこの分野においてすでに確立されている。本発明における抗体にはこれらのコンジュゲート抗体も包含される(D.J.King., Applications and Engineering of Monoclonal antibodies., 1998 T.J. International Ltd, Monoclonal Antibody-Based Therapy of Cancer., 1998 Marcel Dekker Inc; Chari et al., Cancer Res., 1992 Vol152:127; Liu et al., Proc Natl Acad Sci USA., 1996 Vol 93:8681)。
【0029】
本発明では、上記のような全抗体とは別に、ORAI3のエピトープ結合性を有し、Ca2+活性を発揮する限り、抗体のフラグメントやその修飾物であってよい。例えば、抗体のフラグメントとしては、Fabフラグメント、Fvフラグメント、F(ab’)2フラグメント、Fab’フラグメント、又はH鎖とL鎖のFvを適当なリンカーで連結させたシングルチェインFv(scFv)が挙げられる。
【0030】
抗体製造のための産生系は、in vitro又はin vivoの産生系のいずれかを利用することができる。in vitroの産生系としては、真核細胞、例えば動物細胞、植物細胞、又は真菌細胞を使用する産生系や原核細胞、例えば大腸菌、枯草菌などの細菌細胞を使用する産生系が挙げられる。使用される動物細胞としては、哺乳動物細胞、例えばCHO、COS、ミエローマ、BHK、HeLa、Veroといった一般に使用される細胞、昆虫細胞、植物細胞などが用いられてもよい。in vivoの産生系としては、動物を使用する産生系や植物を使用する産生系が挙げられる。動物を使用する場合、例えば哺乳類動物、昆虫を用いる産生系などがある。哺乳類動物としては、例えばヤギ、ブタ、ヒツジ、マウス、ウシなどを用いることができる(Vicki Glaser, SPECTRUM Biotechnology Applications, 1993)。また、昆虫としては、例えばカイコを用いることができる。植物を使用する場合、例えばタバコを用いることができる。
【0031】
得られた抗体は、均一になるまで精製することができる。抗体の分離、精製は通常のタンパク質で使用されている分離、精製方法を使用すればよい。例えばアフィニティークロマトグラフィー等のクロマトグラフィーカラム、フィルター、限外濾過、塩析、透析、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動、等電点電気泳動等を適宜選択、組み合わせれば、抗体を分離、精製することができる(Antibodies: A Laboratory Manual. Ed Harlow and David Lane, Cold Spring Harbor Laboratory, 1988)が、これらに限定されるものではない。アフィニティークロマトグラフィーに用いるカラムとしては、プロテインAカラム、プロテインGカラムが挙げられる。プロテインAを結合させる担体resinとして、例えばHyper D(Pall Corporation), POROS(Life Technologies), Sepharose F. F.(GE Healthcare)等が挙げられる。
【0032】
本発明の皮膚細胞賦活剤、皮膚バリア機能亢進剤又は皮膚創傷治癒促進剤は、医薬品、医薬部外品、又は化粧品に配合することができる。配合される化粧品としては、皮膚に適用できるものであれば任意の製品であってよく、例えば、化粧水、美容液、乳液、クリーム、パックなどが挙げられる。一方、医薬品、医薬部外品に配合される場合、皮膚細胞賦活剤、皮膚バリア機能亢進剤又は皮膚創傷治癒促進剤は、任意の剤型で調製されてもよいが、いずれも皮膚、特に表皮に存在する細胞に作用させることから、皮膚外用剤として調製されることが好ましい。このような医薬組成物には、さらに賦形剤、pH調整剤、基剤、保存剤など、公知の補助剤が含まれてもよい。医薬組成物や、化粧用組成物に配合される場合、配合される活性成分の用量は、実験を通じて適宜決定することができる。
【0033】
さらに別の態様では、本発明は、ORAI3タンパク質又はOrai3遺伝子の機能抑制剤を投与することを含む美容方法に関する。皮膚においてORAI3タンパク質又はOrai3遺伝子の機能抑制剤は、皮膚に直接適用することにより経皮的に投与することができる。
【0034】
本発明で実施されるスクラッチアッセイは、皮膚細胞が有する創傷治癒能力を調べることができる(非特許文献7)。具体的に、スクラッチアッセイは、培養された皮膚細胞に対し、針やピペットなどで、スクラッチを形成させ、スクラッチを修復する速度を測定する方法である。理論に束縛されることを意図するものではないが、培養状態の細胞にスクラッチを形成させると、スクラッチの境界に存在する細胞は、スクラッチの刺激によりCa2+流入が生じ、スクラッチを修復するためのシグナル伝達が生じると考えられる。老化した細胞では、ORAI3の働きにより、かかるシグナルが上手く伝わらない結果、スクラッチの修復に時間がかかると考えられる。
【0035】
本発明の別の態様では、本発明は、Orai3の遺伝子発現を指標とした細胞賦活剤のスクリーニング方法に関する。Orai3の遺伝子発現は、皮膚老化の指標となることから、皮膚培養細胞、特に表皮培養細胞において、Orai3の遺伝子発現を低減させる物質は、皮膚老化を抑制又は逆行できる細胞賦活効果を有する薬剤として選択することができる。したがって、このような細胞賦活剤のスクリーニング方法は、例えば以下の工程:
培養細胞に候補薬剤を添加する工程、
候補薬剤添加後の培養細胞のOrai3の遺伝子発現を直接又は間接的に測定する工程、及び
候補薬剤添加前の培養細胞における遺伝子発現と比較する工程
を含むことができる。候補薬剤を添加する工程の後に、所定期間培養する工程が含まれてもよい。こうして細胞賦活剤として選択された薬剤は、皮膚バリア機能亢進剤又は創傷治癒促進剤でもあり、また皮膚細胞の老化抑制若しくは逆行剤、若返り剤ということもできる。候補薬物添加前の培養細胞における遺伝子発現は、候補薬剤の添加工程前に取得された培養細胞サンプルから計測する工程により測定されてもよいし、使用する培養細胞系で予め遺伝子発現を計測しておいてもよい。遺伝子発現の直接的測定は、ノーザンブロットや、リアルタイムPCRの手法により、転写されたmRNAを測定することにより行われてもよいし、ウエスタンブロットや、蛍光免疫化学的の手法により、翻訳されたタンパク質量を測定することにより行われてもよい。一方でOrai3遺伝子は、刺激により生じた細胞のCa2+応答を持続させるように機能することから、Ca2+応答の持続性を表す指標を用いることにより、遺伝子発現を間接的に測定することが可能となる。Ca2+応答の持続性を表す指標としては、Ca2+応答後の細胞内Ca2+濃度が、ピーク値と定常値との中間値を超えてから該中間値に戻るまでの時間(半値幅)、又は所定時間経過後の細胞内Ca2+濃度の値を使用することができる。したがって、遺伝子発現の間接的な測定を用いたスクリーニング方法として、
培養細胞に候補薬剤を添加する工程、
候補薬剤添加後の培養細胞において、刺激の適用前後の細胞内Ca2+濃度を計測する工程、及び
細胞内Ca2+濃度がピーク値と定常値との中間値を超えてから該中間値に戻るまでの時間(半値幅)、又は所定時間経過後の細胞内Ca2+濃度の値を指標とし、候補薬剤添加前の培養細胞における当該値と比較する工程
を含む方法が挙げられる。
これらのスクリーニングにおいて使用される候補薬剤は、任意の化粧品素材ライブラリーや、医薬品化合物ライブラリーなどの物質であってよい。細胞に適用する刺激は、Ca2+応答を惹起できれば任意の刺激であってよく、機械刺激、圧力刺激、例えば水圧刺激、薬剤刺激、電気刺激であってもよい。
【0036】
本発明の皮膚細胞賦活剤は、皮膚細胞の若返り効果を与えることができる。したがって、皮膚に対し直接適用することもできるし、またin vitroやex vivoの実験において、皮膚培養細胞の培養時に添加することにより、細胞増殖を高めることができる。さらに別の態様では、成人の皮膚から取得した皮膚サンプルから取得された細胞を培養して、自家移植用の培養皮膚シートを製造する際に、かかる本発明の皮膚細胞賦活剤を用いることができる。
【実施例】
【0037】
実施例1:細胞培養
細胞は、様々な年齢の健常ドナー(女性14人)の皮膚から調製された表皮由来ケラチノサイトを用い、Epilife−KG2培地(クラボウ製)で培養した。これをコラーゲンコートしたガラス底付きの直径35mmディッシュに播種してカルシウムイメージング実験に用いた。
【0038】
実施例2:水圧負荷とカルシウムイメージング
ヒト表皮由来ケラチノサイトを5μM fura−2AM(カルシウム指示薬)を含む培地中で37℃45分間培養後、緩衝液で洗浄し、蛍光倒立顕微鏡にセットした。先端を細くしたガラスキャピラリー内に緩衝液を入れ、マイクロインジェクター(Femtojet, Eppendorf社製)に接続し、キャピラリーの先端(外径30ミクロン)を単一細胞の真上に斜め約45度の角度に水流が噴出されるようセットし、100ヘクトパスカルの圧力を1秒間吹きかけることにより水圧を1つの細胞に適用した。水圧の適用前後の細胞において、Fura2蛍光画像(F340, F380)を2秒おきにORCA−R2 CCDカメラ(浜松ホトニクス製)で撮影した。蛍光画像の代表例を図1Aに示した。画像解析ソフト(アクアコスモス、浜松ホトニクス製)を用いて、水圧を受けた1個の細胞の細胞質部分のFura2の蛍光強度比(F340/F380)を計算し、代表例として、B:24歳、C:63歳から取得した細胞における水圧負荷後のCa2+濃度の変化をグラフにあらわした(図1BおよびC)。水圧刺激により誘導されたCa2+応答のグラフから、細胞内Ca2+濃度がピーク値と定常値との中間値を超えてから該中間値に戻るまでの時間(半値幅)、及び2分経過後の細胞内Ca2+濃度の値を算出した。図1Dは、半値幅とドナー年齢との相関を示すグラフであり(N=11、P<0.05、ピアソンの積率相関係数(R)=0.854)、加齢により半値幅が増加することが示された。これにより、老化にともない刺激後のCa2+応答において、Ca2+流入後の戻りが遅くなることが示された。
【0039】
実施例3:RT−PCR
EZ1 RNA cell mini kit (Qiagen製)を用いて細胞からトータルRNAを抽出し、逆転写酵素を用いてRNAからcDNAを合成した。mRNAの定量は、LightCycler 480とユニバーサルプローブ(ロシュ・ダイアグノスティクス製)を用いたリアルタイム定量PCRにより行った。以下の表に記載のプライマーとユニバーサルプローブを使用した。
【表1】
【0040】
使用した細胞の提供者の年齢と、Orai3のmRNAレベルとをグラフにプロットして示した(図2A)。さらに、実施例2で測定した各細胞における水圧適用刺激後の半値幅と、Orai3のmRNAレベルとをグラフにプロットして示した(図2B)。加齢に伴い、Orai3の発現が増えることが相関性をもって示された(N=14、P<0.05)。さらに水圧刺激により誘導されたCa2+応答後に細胞内Ca2+濃度がピーク値と定常値との中間値を超えてから該中間値に戻るまでの時間(半値幅)が、Orai3の遺伝子発現と相関することが示された(N=14、P<0.05)。
【0041】
実施例4:siRNAによるOari3遺伝子のノックダウンによる細胞賦活効果の確認
siRNAによるOrai3遺伝子のノックダウン
siRNAによるノックダウン実験には、増殖期(50−80%コンフルエント)の細胞にsiRNAをトランスフェクション試薬(Lipofectamine RNAiMAX、Life Technologies社製)と混合して培地中に添加し、終濃度が5nMになるようにして12−24時間培養した。用いたOrai3−siRNAの配列は、以下の表1に示す。配列番号4〜7のsiRNAは、Dhermacon社製であり、配列番号8〜10のsiRNAは、Ambion社(現在はLife Technologies社)製である。siRNAのコントロール実験には、非特異的配列のsiRNA(negative control siRNA、Dhermacon製(カタログ番号:D-001810-10-05)またはAmbion製(カタログ番号4390843))を用いた。
【表2】
【0042】
Orai3のsiRNAを導入し、24時間後にRNA抽出し、実施例3のRT−PCRの手法により、Orai3のmRNA量を定量した。Orai3−siRNAにより、陰性対照−siRNAに比べてOrai3のmRNA量が約10%にまで減少した(図3A)。
【0043】
免疫沈降とウエスタンブロット
siRNAを導入して2日後に、下記の手法により、細胞からタンパク質を抽出し、Orai3抗体で免疫沈降後、ウエスタンブロットを行った。siRNAを導入して2日後に細胞を抽出溶液(150mM NaCl,50mM Tris−HCl,pH7.5, 1%Nonidet P−40,0.3mM PMSF,1μg/ml pepstatin A,10μg/ml leupeptin)中で破砕し、その遠心上清を回収してタンパク定量し、300μg分の総タンパク質を1回の反応に用いた。これをOrai3抗体(SAB3500121, Sigma−Aldrich製)およびプロテインGビーズと反応させ、免疫沈降したタンパク質(ビーズに結合したタンパク質)をSDS−PAGE(10%ゲル)で分離し、PVDF膜に転写した。これを別のOrai3抗体(HPA015022, Sigma−Aldrich製)と反応させ、発光法により、バンドをX線フィルムで検出した。これにより31kdのOrai3のバンドを検出した。Orai3−siRNAにより、陰性対照に比べてOrai3タンパク質量が約50%にまで減少したことが示された(図3B)。
【0044】
水圧負荷とカルシウムイメージング
高齢者(63歳)から取得したケラチノサイトに、上記のOrai3のsiRNA又は対照siRNAを導入した細胞において、実施例2の水圧適用とカルシウムイメージングを行い、水圧刺激により誘導されたCa2+応答のグラフを取得した(図4A)。細胞内Ca2+濃度がピーク値と定常値との中間値を超えてから該中間値に戻るまでの時間(半値幅)を、6回の平均で示した(図4B)。Orai3の遺伝子ノックダウンにより、Ca2+応答の戻りが早くなり、若い被験者から取得した細胞におけるCa2+応答のグラフに類似した(図1B)。また、図1Dにより、加齢と相関することが示された半値幅も低下することが示された。これにより、Orai3の機能を抑制することにより、細胞の若返りの効果がみられた。
【0045】
実施例5:Orai3の皮膚における局在と、分化誘導によるOrai3の増加の確認
免疫組織染色
健常ヒト皮膚の凍結切片を作成し、100%メタノールで固定後、Orai3抗体(ACC−065, Alomone Labs社製)と反応させ、さらにAlexa594−二次抗体と反応させたのち、蛍光顕微鏡とCCDカメラで画像撮影をした(図5)。図5Aは、Orai3抗体を使用し、図5BはOrai3抗体を添加していない陰性対照である。Orai3が、表皮に局在し、特に分化が進むにつれて発現が増加することが示された。
【0046】
培養細胞の分化誘導
培養ケラチノサイトの密度が100%コンフルエントになったときに、培地中のカルシウム濃度を1.8mM にすることによって分化を誘導し、40−48時間培養した。次に、6ウエルプレートに細胞を播種し、細胞の増殖期または分化期(分化誘導から2日後)に細胞を回収し、実施例3の手法と同様にしてOrai3の発現量を調べた(図6)。表皮細胞の分化に伴いOrai3の発現が増加することが示された。
【0047】
実施例6:スクラッチアッセイ
培養ケラチノサイトを6ウエルプレートに播種し、実施例4にしたがって、Orai3のsiRNA又は対照siRNAをトランスフェクションし、Orai3の遺伝子をノックダウンした。ノックダウンされた細胞をさらに培養を続け100%コンフルエントになったらピペットチップ(P1000)で各ウエルの中央を直線状にひっかいて細胞をはがし、1本のスクラッチ(傷)をつくった。培地を交換して培養を続け、数時間おきにスクラッチ部分の細胞の位相差像の撮影を行った。スクラッチ直後と、7時間後の写真を図7Aに示した。この画像からスクラッチした部分に細胞が移動・増殖して傷を修復した面積をImageJ画像解析ソフトにより定量し、図7Bに示した。Orai3の機能を抑制することにより、スクラッチアッセイにおいて細胞増殖が促進された。このことは、Orai3の機能抑制が、創傷治癒効果又は細胞賦活効果を有することを示す。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]