特許第6366826号(P6366826)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6366826構造物評価システム、構造物評価装置及び構造物評価方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6366826
(24)【登録日】2018年7月13日
(45)【発行日】2018年8月1日
(54)【発明の名称】構造物評価システム、構造物評価装置及び構造物評価方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 29/14 20060101AFI20180723BHJP
   G01N 29/06 20060101ALI20180723BHJP
   G01N 29/07 20060101ALI20180723BHJP
   G01N 29/44 20060101ALI20180723BHJP
【FI】
   G01N29/14
   G01N29/06
   G01N29/07
   G01N29/44
【請求項の数】10
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2017-514721(P2017-514721)
(86)(22)【出願日】2017年3月6日
(86)【国際出願番号】JP2017008818
(87)【国際公開番号】WO2017199542
(87)【国際公開日】20171123
【審査請求日】2017年3月15日
(31)【優先権主張番号】特願2016-98951(P2016-98951)
(32)【優先日】2016年5月17日
(33)【優先権主張国】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「インフラ維持管理・更新等の社会課題対応システム開発プロジェクト/インフラ状態モニタリング用センサシステム開発/道路インフラ状態モニタリング用センサシステムの研究開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001634
【氏名又は名称】特許業務法人 志賀国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】渡部 一雄
(72)【発明者】
【氏名】高峯 英文
(72)【発明者】
【氏名】塩谷 智基
【審査官】 田中 秀直
(56)【参考文献】
【文献】 特開平09−218182(JP,A)
【文献】 特開2014−095555(JP,A)
【文献】 米国特許第04531411(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 29/00−29/52
JSTPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
構造物より発生した弾性波を検出する複数のセンサと、
前記弾性波に基づいて、前記弾性波の発信源分布を導出する位置標定部と、
前記弾性波に基づいて、前記弾性波の伝搬速度を導出する速度演算部と、
前記発信源分布と、前記弾性波の伝搬速度との組み合わせにより前記構造物の健全性を前記発信源分布と前記伝搬速度の夫々の基準値に基づいて複数の判断領域に区分けして、前記構造物の各領域がいずれの判断領域に相当するのかによって前記構造物の健全性を評価する評価部と、
を備える構造物評価システム。
【請求項2】
前記評価部は、前記発信源の密度に関する基準値に基づいて前記発信源分布を前記発信源が疎な領域と前記発信源が密な領域との二つの領域に区分けし、前記発信源が疎な領域であり、かつ、前記弾性波の伝搬速度に関する基準値より前記弾性波の伝搬速度が低い領域を最も構造物の劣化が進行している領域と評価する、請求項1に記載の構造物評価システム。
【請求項3】
前記速度演算部は、前記弾性波に基づいてトモグラフィ解析を行うことによって前記弾性波の伝搬速度の分布を表す伝搬速度分布を導出し、
前記評価部は、前記弾性波の伝搬速度に関する基準値に基づいて前記伝搬速度分布を前記伝搬速度が高い領域と前記伝搬速度が低い領域との二つの領域に区分けし、前記発信源分布と、前記伝搬速度分布とを用いて、前記発信源が疎な領域であり、かつ、前記伝搬速度が低い領域を最も劣化が進行している領域と評価する、請求項1又は2に記載の構造物評価システム。
【請求項4】
前記評価部は、前記構造物の各領域を、健全、中間劣化I、中間劣化II及び限界劣化の4つで評価することによって、前記構造物の各領域がそれぞれ健全、中間劣化I、中間劣化II及び限界劣化のいずれに相当するのかが示された評価結果分布を導出し、導出した前記評価結果分布を出力する、請求項1〜3のいずれか一項に記載の構造物評価システム。
【請求項5】
前記評価部は、前記発信源が疎な領域であり、かつ、前記弾性波の伝搬速度に関する基準値より前記弾性波の伝搬速度が高い領域を、構造物の劣化が最も進行していない健全な領域と評価する、請求項2〜4のいずれか一項に記載の構造物評価システム。
【請求項6】
前記位置標定部は、前記センサによって検出された前記弾性波の振幅情報に基づいて、既定の振幅以上の発信源の分布が表された前記発信源分布を導出する、請求項1〜5のいずれか一項に記載の構造物評価システム。
【請求項7】
前記弾性波の振幅情報は、前記センサによって検出された各イベントにおける前記弾性波の第一到達波の振幅の情報である、請求項6に記載の構造物評価システム。
【請求項8】
前記弾性波は、前記構造物に応力が印加された結果として構造物表面あるいは内部の損傷より発生したものである、請求項1〜7のいずれ一項に記載の構造物評価システム。
【請求項9】
構造物より発生した弾性波に基づいて、前記弾性波の発信源分布を導出する位置標定部と、
前記弾性波に基づいて、前記弾性波の伝搬速度を導出する速度演算部と、
前記発信源分布と、前記弾性波の伝搬速度との組み合わせにより前記構造物の健全性を前記発信源分布と前記伝搬速度の夫々の基準値に基づいて複数の判断領域に区分けして、前記構造物の各領域がいずれの判断領域に相当するのかによって前記構造物の健全性を評価する評価部と、
を備える構造物評価装置。
【請求項10】
構造物より発生した弾性波に基づいて、前記弾性波の発信源分布を導出する位置標定ステップと、
前記弾性波に基づいて、前記弾性波の伝搬速度を導出する速度演算ステップと、
前記発信源分布と、前記弾性波の伝搬速度との組み合わせにより前記構造物の健全性を前記発信源分布と前記伝搬速度の夫々の基準値に基づいて複数の判断領域に区分けして、前記構造物の各領域がいずれの判断領域に相当するのかによって前記構造物の健全性を評価する評価ステップと、
を有する構造物評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、構造物評価システム、構造物評価装置及び構造物評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高度経済成長期に建設された橋梁等の構造物の老朽化に伴う問題が顕在化してきている。万が一にも構造物に事故が生じた場合の損害は計り知れないため、従来から構造物の状態を監視するための技術が提案されている。例えば、内部亀裂の発生、又は、内部亀裂の進展に伴い発生する弾性波を、高感度センサにより検出するAE(Acoustic Emission:アコースティック・エミッション)方式により、構造物の損傷を検出する技術が提案されている。AEは、材料の疲労亀裂の進展に伴い発生する弾性波である。AE方式では、圧電素子を利用したAEセンサにより弾性波をAE信号(電圧信号)として検出する。
AE信号は、材料の破断が生じる前の兆候として検出される。したがって、AE信号の発生頻度および信号強度は、材料の健全性を表す指標として有用である。そのため、AE方式によって構造物の劣化の予兆を検出する技術の研究が行われている。
【0003】
交通などによる荷重が橋梁のコンクリート床版にかかった際、床版内の亀裂の進展や摩擦などによりAEが発生する。床版表面にAEセンサを設置することで、床版から発生するAEを検出することができる。また、複数のAEセンサを設置することで、AEセンサ間のAE信号の到達時刻の差からAE発生源の位置を標定することができる。このAE発生源の位置標定結果から、対象床版の損傷度合を推定することが行われている。しかしながら、標定結果と、損傷度合との対応付けが十分ではない場合、安定した健全性の評価を行うことができない場合があった。なお、このような問題は、橋梁のコンクリート床版に限らず亀裂の発生または進展に伴い弾性波が発生する構造物すべてに共通する問題である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−125721号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明が解決しようとする課題は、弾性波を発生する構造物の健全性の評価を行うことができる構造物評価システム、構造物評価装置及び構造物評価方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
実施形態の構造物評価システムは、複数のセンサと、位置標定部と、速度演算部と、評価部とを持つ。複数のセンサは、構造物より発生した弾性波を検出する。位置標定部は、前記弾性波に基づいて、前記弾性波の発信源分布を導出する。速度演算部は、前記弾性波に基づいて、前記弾性波の伝搬速度を導出する。評価部は、前記発信源分布と、前記弾性波の伝搬速度との組み合わせにより前記構造物の健全性の評価を複数に区分けして、前記構造物の各領域が区分けしたいずれ相当するのかによって前記構造物の健全性を評価する。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】実施形態の構造物評価システム100のシステム構成を示す図。
図2A】AE震源密度分布の具体例を示す図。
図2B】弾性波伝搬速度分布の具体例を示す図。
図3A】AE震源密度分布の領域の区分け結果を表す図。
図3B】弾性波伝搬速度分布の領域の区分け結果を表す図。
図4】評価結果分布の一例を示す図。
図5】評価結果の妥当性の検証結果を示す図。
図6】構造物評価システム100の処理の流れを示すシーケンス図。
図7】本実施形態における構造物評価装置20による健全性の評価の基本概念を示す図。
図8A】AE震源位置標定のみによる従来の構造物の健全性の評価の一例を示す図。
図8B】伝搬速度のみによる従来の構造物の健全性の評価の一例を示す図。
図9図8A及び図8Bに示した従来の2つの評価方法を組み合わせたと仮定した場合の評価結果の一例を示す図。
図10A】AEの第一到達波の振幅が53dB以上の発信源から発生したAEの情報を用いて導出したAE震源密度分布の比較結果を表す図。
図10B】AEの第一到達波の振幅が60dB以上の発信源から発生したAEの情報を用いて導出したAE震源密度分布の比較結果を表す図。
図11図7に示した基本概念の別例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、実施形態の構造物評価システム、構造物評価装置及び構造物評価方法を、図面を参照して説明する。
図1は、実施形態の構造物評価システム100のシステム構成を示す図である。構造物評価システム100は、構造物の健全性の評価に用いられる。なお、本実施形態では、構造物の一例として橋梁を例に説明するが、構造物は橋梁に限定される必要はない。例えば、構造物は、亀裂の発生または進展、あるいは外的衝撃(例えば雨、人工雨など)に伴い弾性波が発生する構造物であればどのようなものであってもよい。なお、橋梁は、河川や渓谷などの上に架設される構造物に限らず、地面よりも上方に設けられる種々の構造物(例えば高速道路の高架橋)なども含む。
【0009】
構造物評価システム100は、複数のAEセンサ10−1〜10−n(nは2以上の整数)、信号処理部11および構造物評価装置20を備える。信号処理部11および構造物評価装置20は、有線又は無線により通信可能に接続される。なお、以下の説明では、AEセンサ10−1〜10−nについて区別しない場合にはAEセンサ10と記載する。
【0010】
AEセンサ10は、構造物に設置される。例えば、AEセンサ10は、橋梁のコンクリート床版に設置される。AEセンサ10は、圧電素子を有し、構造物が発生する弾性波(AE波)を検出し、検出した弾性波を電圧信号(AE源信号)に変換する。AEセンサ10は、AE源信号に対して増幅、周波数制限などの処理を施して信号処理部11に出力する。
【0011】
信号処理部11は、AEセンサ10による処理が施されたAE源信号を入力とする。信号処理部11は、入力したAE源信号に対して、必要とされるノイズ除去、パラメータ抽出などの信号処理を行うことによって弾性波に関する情報を含むAE特徴量を抽出する。
弾性波に関する情報とは、例えば、AE源信号の振幅、エネルギー、立ち上がり時間、持続時間、周波数、ゼロクロスカウント数などの情報である。信号処理部11は、抽出したAE特徴量に基づく情報をAE信号として構造物評価装置20に出力する。信号処理部11が出力するAE信号には、センサID、AE検知時刻、AE源信号振幅、エネルギー、立ち上り時間および周波数などの情報が含まれる。
【0012】
ここで、AE源信号の振幅は、例えば弾性波の中で最大振幅の値である。エネルギーは、例えば各時点において振幅を二乗したものを時間積分した値である。なお、エネルギーの定義は、上記例に限定されず、例えば波形の包絡線を用いて近似されたものでもよい。
立ち上がり時間は、例えば弾性波がゼロ値から予め設定される所定値を超えて立ち上がるまでの時間T1である。持続時間は、例えば弾性波の立ち上がり開始から振幅が予め設定される値よりも小さくなるまでの時間である。周波数は、弾性波の周波数である。ゼロクロスカウント数は、例えばゼロ値を通る基準線を弾性波が横切る回数である。
【0013】
構造物評価装置20は、バスで接続されたCPU(Central Processing Unit)やメモリや補助記憶装置などを備え、評価プログラムを実行する。評価プログラムの実行によって、構造物評価装置20は、位置標定部201、速度演算部202、評価部203、表示部204を備える装置として機能する。なお、構造物評価装置20の各機能の全て又は一部は、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)やPLD(ProgrammableLogic Device)やFPGA(Field Programmable Gate Array)等のハードウェアを用いて実現されてもよい。また、評価プログラムは、コンピュータ読み取り可能な記録媒体に記録されてもよい。コンピュータ読み取り可能な記録媒体とは、例えばフレキシブルディスク、光磁気ディスク、ROM、CD−ROM等の可搬媒体、コンピュータシステムに内蔵されるハードディスク等の記憶装置である。また、評価プログラムは、電気通信回線を介して送受信されてもよい。
【0014】
位置標定部201は、信号処理部11から出力されたAE信号を入力とする。また、位置標定部201は、構造物におけるAEセンサ10の設置位置に関する情報(以下、「センサ位置情報」という。)をセンサIDに対応付けて予め保持する。設置位置に関する情報は、例えば緯度および経度、あるいは構造物の特定位置からの水平方向および垂直方向の距離などである。位置標定部201は、入力されたAE信号に含まれるセンサID、AE検知時刻等の情報と、予め保持しているセンサ位置情報とに基づいてAE発生源の位置標定を行う。位置標定部201は、ある期間分の位置標定結果を用いて、AE震源密度分布(発信源分布)を導出する。AE震源密度分布は、構造物で発生した弾性波の発信源が示された分布を表す。位置標定部201は、導出したAE震源密度分布を評価部203に出力する。
【0015】
速度演算部202は、信号処理部11から出力されたAE信号を入力とする。また、速度演算部202は、センサ位置情報をセンサIDに対応付けて予め保持する。速度演算部202は、入力されたAE信号に含まれるセンサID、AE検知時刻等の情報と、予め保持しているセンサ位置情報とに基づいて、構造物の弾性波伝搬速度分布を導出する。弾性波伝搬速度分布は、構造物で発生した弾性波の伝搬速度が示された分布を表す。例えば、速度演算部202は、AEトモグラフィ解析法を用いて構造物の弾性波伝搬速度分布を導出する。速度演算部202は、導出した弾性波伝搬速度分布を評価部203に出力する。
AEトモグラフィ解析法とは、構造物から発生した弾性波を複数のAEセンサで検知し、AE発生源の位置標定を行ない、その発生源から各センサまでの理論的な走査時間と計測された走査時間の誤差が許容値以内に収束するように、構造物の解析モデルの伝搬速度を補正し、構造物における弾性波伝搬速度の分布を得るものである。劣化した構造物ほど内部を進むAEの速度が低下するため、AEトモグラフィ解析法を用いることによってAEの速度分布から構造物内部の劣化度合いを評価できる。
【0016】
評価部203は、位置標定部201から出力されたAE震源密度分布と、速度演算部202から出力された弾性波伝搬速度分布とを入力とする。評価部203は、入力されたAE震源密度分布と、弾性波伝搬速度分布とに基づいて構造物の健全性を評価する。評価部203は、評価結果を表示部204に表示させる。
【0017】
表示部204は、液晶ディスプレイ、有機EL(Electro Luminescence)ディスプレイ等の画像表示装置である。表示部204は、評価部203の制御に従って評価結果を表示する。表示部204は、画像表示装置を構造物評価装置20に接続するためのインタフェースであってもよい。この場合、表示部204は、評価結果を表示するための映像信号を生成し、自身に接続されている画像表示装置に映像信号を出力する。
【0018】
図2AはAE震源密度分布を表し、図2Bは弾性波伝搬速度分布を表す。なお、AE震源密度分布および弾性波伝搬速度分布は、同じ構造物の同じ領域に基づいて得られる分布である。図2A及び図2Bでは、ある道路の構造物の床版に15個のAEセンサ10を用いた結果を示している。図2Aにおいて、横軸と縦軸は評価対象となる構造物の特定位置からの水平方向の長さ(mm)と垂直方向の長さ(mm)を表す。また、図2Bにおいて、横軸と縦軸は評価対象となる構造物の特定位置からの水平方向の長さ(m)と垂直方向の長さ(m)を表す。
【0019】
図2Aでは、発信源が多いほど(発信源が密なほど)濃く表されており、発信源が少ないほど(発信源が疎なほど)薄く表されている。例えば、図2Aにおける領域30は発信源が他の領域よりも多い領域を表す。また、図2Bでは、伝搬速度が速いほど濃く表されており、伝搬速度が遅いほど薄く表されている。図2A及び図2Bに示すAE震源密度分布および弾性波伝搬速度分布が評価部203に入力される。
【0020】
以下、図3A図3Bおよび図4を用いて、評価部203の具体的な処理について説明する。
評価部203は、入力されたAE震源密度分布を、発信源の密度に関する基準値(以下、「密度基準値」という。)に基づいて、発信源が疎な領域と、発信源が密な領域の二つの領域に区分けする。具体的には、評価部203は、AE震源密度分布を密度基準値に基づいて、二値化することによって領域を区分けする。本実施形態では、密度基準値を0.5としている。評価部203は、AE震源密度分布において、密度基準値以上の領域を発信源が密な領域とし、密度基準値よりも密度が少ない領域を発信源が疎な領域として、二値化することによって領域を区分けする。なお、密度基準値は、上記の値に限定される必要はなく、適宜変更されてもよい。
【0021】
また、評価部203は、入力された弾性波伝搬速度分布を、弾性波の伝搬速度に関する基準値(以下、「伝搬速度基準値」という。)に基づいて、伝搬速度が高い領域と、伝搬速度が低い領域の二つの領域に区分けする。具体的には、評価部203は、弾性波伝搬速度分布を伝搬速度基準値に基づいて、二値化することによって領域を区分けする。本実施形態では、伝搬速度基準値を3800m/sとしている。評価部203は、弾性波伝搬速度分布において、伝搬速度基準値以上の領域を伝搬速度が高い領域とし、伝搬速度基準値よりも伝搬速度が遅い領域を伝搬速度が低い領域として、二値化することによって領域を区分けする。なお、伝搬速度基準値は、上記の値に限定される必要はなく、適宜変更されてもよい。
【0022】
図3AはAE震源密度分布の領域の区分け結果を表し、図3Bは弾性波伝搬速度分布の領域の区分け結果を表す。以下、図3Aに示す図を二値化AE震源密度分布と記載し、図3Bに示す図を二値化弾性波伝搬速度分布と記載する。
【0023】
その後、評価部203は、二値化AE震源密度分布と、二値化弾性波伝搬速度分布とを用いて構造物の健全性を評価する。具体的には、評価部203は、二値化AE震源密度分布と、二値化弾性波伝搬速度分布とを重ね合わせることによって、重ね合った領域の区分け結果に応じて構造物の健全性を4段階で評価する。ここで、4段階の評価の具体例として、健全、中間劣化I、中間劣化IIおよび限界劣化が挙げられる。健全、中間劣化I、中間劣化IIおよび限界劣化の順に、構造物の劣化が進行していることを表す。すなわち、健全は構造物の劣化が最も進行していないことを表し、限界劣化に近づくにつれて構造物の劣化が進行していることを表す。評価部203は、以下の評価条件に基づいて、構造物の各領域(重ね合った各領域)がそれぞれ健全、中間劣化I、中間劣化II及び限界劣化のいずれに相当するのかを評価する。
【0024】
(評価条件)
・健全:二値化AE震源密度分布で“疎”の領域、かつ、二値化弾性波伝搬速度分布で“高”の領域
・中間劣化I:二値化AE震源密度分布で“密”の領域、かつ、二値化弾性波伝搬速度分布で“高”の領域
・中間劣化II:二値化AE震源密度分布で“密”の領域、かつ、二値化弾性波伝搬速度分布で“低”の領域
・限界劣化:二値化AE震源密度分布で“疎”の領域、かつ、二値化弾性波伝搬速度分布で“低”の領域
【0025】
上記のように、評価部203は、重ね合った領域が、発信源が疎な領域であり、かつ、伝搬速度が高い領域の場合には、その領域を健全な領域と評価する。また、評価部203は、重ね合った領域が、発信源が密な領域であり、かつ、伝搬速度が高い領域の場合には、その領域を中間劣化Iの領域と評価する。また、評価部203は、重ね合った領域が、発信源が密な領域であり、かつ、伝搬速度が低い領域の場合には、その領域を中間劣化IIの領域と評価する。また、評価部203は、重ね合った領域が、発信源が疎な領域であり、かつ、伝搬速度が低い領域の場合には、その領域を限界劣化の領域と評価する。
【0026】
評価部203は、上記のように、重ね合った各領域がそれぞれ健全、中間劣化I、中間劣化II及び限界劣化のいずれに相当するのかを評価することによって、各領域の評価結果が示された評価結果分布を導出する。例えば、評価部203は、評価結果分布において、健全な領域を“1”で表し、中間劣化Iの領域を“2”で表し、中間劣化IIの領域を“3”で表し、限界劣化の領域を“4”で表してもよい。評価部203は、導出した評価結果分布を表示部204に表示させる。
【0027】
図4は、評価結果分布の一例を示す図である。図4に示すように、評価結果分布が表示されることによって、作業者や管理者は構造物のどの領域の劣化が進んでいるのかを容易に把握することができる。
【0028】
図5は、評価結果の妥当性の検証結果を示す図である。図5には、図4に示した構造物の床版の内部を採取して確認した結果が示されている。図4において、限界劣化であることを表す“4”の領域内の丸印31の部分から採取したコアサンプルが図5(A)である。図5(A)に示すように、コアサンプル内部は、水平ひび割れによりコアが分離するほどの劣化進展が見てとれる。それに対して、図4において、健全であることを表す“1”の領域内の丸印32の部分から採取したコアサンプルが図5(B)である。図5(B)に示すように、コアサンプル内部は、目視ではひび割れは確認されない。このように、構造物評価装置20による評価手法の有効性が確認された。
【0029】
図6は、構造物評価システム100の処理の流れを示すシーケンス図である。なお、図6では、各AEセンサ10と信号処理部11とをセンサユニットとしている。
各AEセンサ10は、構造物が発生する弾性波(AE波)を検出する(ステップS101)。AEセンサ10は、検出した弾性波を電圧信号(AE源信号)に変換し、AE源信号に対して増幅、周波数制限などの処理を施して信号処理部11に出力する。信号処理部11は、入力したAE源信号に対して、必要とされるノイズ除去、パラメータ抽出などの信号処理を行う(ステップS102)。信号処理部11は、信号処理を行うことによって抽出されるAE特徴量に基づく情報をAE信号として構造物評価装置20に出力する(ステップS103)。ステップS101〜ステップS103の処理は、所定の期間実行される。
【0030】
位置標定部201は、信号処理部11から出力されたAE信号と、予め保持しているセンサ位置情報とに基づいてAE発生源の位置標定を行う(ステップS104)。位置標定部201は、ステップS104の処理を所定の期間分実行する。そして、位置標定部201は、所定の期間分の位置標定結果を用いて、AE震源密度分布を導出する(ステップS105)。位置標定部201は、導出したAE震源密度分布を評価部203に出力する。
【0031】
速度演算部202は、信号処理部11から出力されたAE信号に基づいて、構造物の弾性波伝搬速度分布を導出する(ステップS106)。例えば、速度演算部202は、所定の期間分のAE信号を用いて弾性波伝搬速度分布を導出してもよいし、所定の期間よりも短い期間分のAE信号を用いて弾性波伝搬速度分布を導出してもよい。速度演算部202は、導出した弾性波伝搬速度分布を評価部203に出力する。なお、ステップS105とステップS106は順不同である。
【0032】
評価部203は、位置標定部201から出力されたAE震源密度分布と、速度演算部202から出力された弾性波伝搬速度分布とを用いてそれぞれ二値化することによって二値化AE震源密度分布と、二値化弾性波伝搬速度分布とを導出する(ステップS107)。
評価部203は、導出した二値化AE震源密度分布と、二値化弾性波伝搬速度分布とを用いて、評価条件に基づいて構造物の各領域を評価することによって評価結果分布を導出する(ステップS108)。評価部203は、導出した評価結果分布を表示部204に表示させる。表示部204は、評価部203の制御に従って評価結果分布を表示する(ステップS109)。
【0033】
図7は、本実施形態における構造物評価装置20による健全性の評価の基本概念を示す図である。図7に示すように、本実施形態における構造物評価装置20では、弾性波伝搬速度の高低、AE震源密度の疎密をそれぞれ2次元の評価軸として4象限に区分けする。
そして、構造物評価装置20は、評価条件に基づいて区分けされた4象限においてそれぞれ、健全、中間劣化I、中間劣化II及び限界劣化と区分けする。ここで、従来の評価方法と本実施形態における評価方法とを比較する。
【0034】
図8AはAE震源位置標定のみによる評価を表し、図8Bは伝搬速度のみによる評価を表す。図8Aに示すようにAE震源位置標定のみによる評価では、AE震源が疎から密になるほど構造物が劣化している可能性が高いことが表されている。また、図8Bに示すように伝搬速度のみによる評価では、伝搬速度が低くなるほど構造物が劣化している可能性が高いことが表されている。
【0035】
図9は、図8A及び図8Bに示した従来の2つの評価方法を組み合わせたと仮定した場合の評価結果の一例を示す図である。図9に示すように、従来の2つの評価方法を単に組み合わせると、弾性波伝搬速度がある基準より高く、かつ、AE震源密度分布が疎な領域(発信源が疎な領域)が健全となり、弾性波伝搬速度がある基準より低く、かつ、AE震源密度分布が密(発信源が密)になるほど構造物の劣化が進み、限界劣化に至る、直線的な変化となることが想定される。これは、限界劣化状態の構造物で、AE震源密度分布が疎になることや、劣化がある程度進んだ構造物でも弾性波伝搬速度が健全状態と略同等に高いことが実験的に確認されたことから必ずしも正しい評価指標となっていない。それに対して、図7に示した本実施形態における構造物評価装置20による健全性の評価の基本概念では、図5に示した評価結果の妥当性の検証結果を見ても分かる通り、正しい評価指標となっていると言える。
【0036】
以上のように構成された構造物評価システム100によれば、弾性波を発生する構造物の健全性の評価を行うことが可能になる。以下、この効果について詳細に説明する。
構造物評価装置20は、複数のAEセンサ10それぞれによって検出された弾性波から得られるAE震源密度分布と、弾性波伝搬速度分布とを用いて、評価条件に基づいて構造物の健全性を評価する。このように、本実施形態における構造物評価装置20は、AE震源密度分布と、弾性波伝搬速度分布を組み合わせることによって構造物を領域毎に劣化レベルを評価することができる。そのため、弾性波を発生する構造物の健全性の評価を行うことが可能になる。また、構造物評価装置20は、弾性波から得られる1つの情報ではなく、複数の情報を用いることによってより精度の高い評価を行うことができる。
【0037】
以下、構造物評価装置20の変形例について説明する。
構造物評価装置20が備える各機能部は、一部又は全てが別の筺体に備えられていてもよい。例えば、構造物評価装置20が評価部203のみを備えて、位置標定部201、速度演算部202および表示部204が別の筺体に備えられてもよい。このように構成される場合、評価部203は、AE震源密度分布と弾性波伝搬速度分布とを別の筺体から取得し、取得したAE震源密度分布と弾性波伝搬速度分布とを用いて構造物の健全性を評価する。そして、評価部203は、評価結果を別の筺体が備える表示部204に出力する。
このように構成されることによって、AE震源密度分布および弾性波伝搬速度分布の導出に既存の装置を用いることによって、構造物評価装置20の製造コストを抑えることができる。
【0038】
信号処理部11は、構造物評価装置20に備えられてもよい。このように構成される場合、信号処理部11は、AEセンサ10による処理が施されたAE源信号を、AEセンサ10から直接、又は、不図示の中継装置を介して取得する。
図1では、複数のAEセンサ10−1〜10−nに1台の信号処理部11が接続されているが、構造物評価システム100は複数台の信号処理部11を備え、各AEセンサ10にそれぞれ信号処理部11が接続されて複数台のセンサユニットを備えるように構成されてもよい。
【0039】
本実施形態では、速度演算部202が弾性波伝搬速度分布を導出する構成を示したが、これに限定される必要はない。例えば、速度演算部202は、図2Aに示すAE震源密度分布において所定の閾値以上の密度の領域における速度、又は、所定の閾値未満の密度の領域における速度を導出するように構成されてもよい。このように構成される場合、評価部203は、位置標定部201によって導出されたAE震源密度分布と、速度演算部202によって導出された速度とを用いて構造物の健全性を評価する。
【0040】
また、評価部203は、出力制御部として動作してもよい。出力制御部は、出力部を制御して、評価結果を出力する。ここで、出力部には、表示部204、通信部および印刷部が含まれる。出力部が通信部である場合、出力制御部は通信部を制御して、評価結果を他の装置に送信する。また、出力部が印刷部である場合、出力制御部は印刷部を制御して、評価結果を印刷する。なお、構造物評価装置20は、出力部として、表示部204、通信部および印刷部の一部又は全てを備えて上記の動作を実行してもよい。
【0041】
位置標定部201は、AEの第一到達波の振幅が所定の閾値以上の発信源から発生したAEの情報のみを用いてAE震源密度分布を導出してもよい。例えば、位置標定部201は、AEの第一到達波の振幅が60dB以上の発信源から発生したAEの情報のみを用いてAE震源密度分布を導出してもよい。図10A及び図10Bを用いて、具体的に説明する。図10AはAEの第一到達波の振幅が53dB以上の発信源から発生したAEの情報を用いて導出したAE震源密度分布であり、図10BはAEの第一到達波の振幅が60dB以上の発信源から発生したAEの情報を用いて導出したAE震源密度分布である。図5の妥当性の検証結果を鑑みると、図10Bのようにある一定振幅以上の発信源から発生したAEの情報のみを用いることで、より精度の高い評価を行うことが可能になる。したがって、このように構成されることによって、効果的な劣化診断に寄与することが可能になる。なお、第一到達波とは、構造物で起こったある弾性波発生事象(イベントという)を複数のAEセンサで検知した場合、最初にAEセンサに到達した弾性波のことを言う。
【0042】
図11は、図7に示した基本概念の別例を示す図である。図11に示す例では、図7の区分けに加えて、構造物建造、補修直後の初期段階に当たる「初期」フェーズが追加されている。これは、構造物の建設、製造後の初期状態において初めて荷重が掛かったときに、発信源が多量に観測される状況を表している。これは直ちに構造物の劣化進行を示すものではなく、構造物が自身の経験する初めての荷重に対する応答を示すもので、その後は、既往の荷重に対してはAEの発生が少なくなっていく。したがって、図7の健全フェーズの前段階と位置付けられ、初期フェーズの後は、発信源の減少と共に健全フェーズへと移行していくことを表している。例えば、図11に示す例は、構造物の建造、補修直後に健全性の評価を行う場合に考慮すべきフェーズである。
【0043】
以上説明した少なくともひとつの実施形態によれば、構造物より発生した弾性波を検出する複数のAEセンサ10と、AEセンサ10によって検出された弾性波に対して信号処理を行うことによって弾性波に関する情報を含むAE信号を抽出する信号処理部11と、AE信号に基づいて発信源分布を導出する位置標定部201と、AE信号に基づいて伝搬速度を導出する速度演算部202と、発信源分布と、伝搬速度とに基づいて、構造物の健全性を評価する評価部203とを持つことにより、弾性波を発生する構造物の健全性の評価を行うことができる。
【0044】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。
【符号の説明】
【0045】
10(10−1〜10−n)…AEセンサ,11…信号処理部,20…構造物評価装置,201…位置標定部,202…速度演算部,203…評価部,204…表示部
図1
図2A
図2B
図3A
図3B
図4
図5
図6
図7
図8A
図8B
図9
図10A
図10B
図11