(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明に係る建築構造物の実施の形態について図面を参照しつつ詳細に説明する。ただし、この実施の形態によって本発明が限定されるものではない。
【0017】
〔実施の形態の基本的概念〕
まずは、本実施の形態の基本的概念について説明する。本実施の形態は、概略的に、多数建ての建築構造物であって、対象階に存する対象床で発生する振動を低減する建築構造物に関するものである。なお、この建築構造物の利用目的等は任意であるが、本実施の形態においては、様々な用途の施設が混在して各階に配置された複合型の施設であるものとして説明する。
【0018】
ここで、「対象階」とは、本実施の形態に係る建築構造物において振動を低減する対象となる階であって、地上又は地下に設けられる階である。この対象階は、振動階(後述する)と同一建屋に設けられており、例えば振動階の上階や下階を含むが、このように振動階に直接的に連続している階に限らず、振動階と他の階を隔てて間接的に連続している階も含む。
【0019】
また、「振動階」とは、振動源により加振される加振床を有する階であり、地上又は地下に設けられる階である。ここで、この振動階の具体的な利用目的については任意であるが、本実施の形態においては、フィットネススタジオやエアロビクススタジオとして利用されるものとして説明する。また、「振動源」とは、加振床を加振する人や機器等であって、本実施の形態においては、フィットネスやエアロビクスにより跳躍や着地等の運動動作を行う多数(例えば、10〜50人程度)の人であるものとして説明する。
【0020】
〔実施の形態の具体的内容〕
次に、本実施の形態の具体的内容について説明する。
【0021】
(構成)
最初に、本実施の形態に係る建築構造物1の構成を説明する。
図1は、本実施の形態に係る建築構造物1を概略的に示す側面図、
図2は、
図1のA−A矢視断面図である。これら
図1及び
図2に示すように、本実施の形態に係る建築構造物1は、地上5階建ての建物として形成されているが、このような構造に限らず、例えば6階以上の階や5階未満の階の建物として形成されていても良く、地下階を有する建物であっても良い。そして、当該建築構造物1はそれぞれ概略的に柱、梁、壁、及び床を備えて構成されているが、このような建物の構造については特記する場合を除いて公知であるため、その詳細な説明を省略する。
【0022】
ここで、特定の柱を指す際にはそれぞれ1階柱1P、2階柱2P、3階柱3P、4階柱4P、又は5階柱5Pと称して説明し、これらを区別する必要の無い場合には単に「柱」と称して説明する。また、特定の梁を指す際にはそれぞれ1階梁1L、2階梁2L、3階梁3L、4階梁4L、5階梁5L、又は屋上梁6Lと称して説明し、これらを区別する必要の無い場合には単に「梁」と称して説明する。また、特定の壁を指す際にはそれぞれ1階壁1W、2階壁2W、3階壁3W、4階壁4W、又は5階壁5Wと称して説明し、これらを区別する必要の無い場合には単に「壁」と称して説明する(なお、壁は、柱及び梁によって囲繞される空間に配置されているが、図示の便宜上、
図1においては手前及び奥に位置する壁を省略して、右方及び左方に位置する壁のみを図示するものとする)。また、特定の床を指す際にはそれぞれ1階床1F、2階床2F、3階床3F、4階床4F、又は5階床5Fと称して説明し、これらを区別する必要の無い場合には単に「床」と称して説明する。
【0023】
本実施の形態においては3階が振動階であるものとして説明し、この振動階はフィットネススタジオやエアロビクススタジオとして利用されるものとして説明する。なお、振動階の床(すなわち、3階床3F)を以下では必要に応じて「加振床」と称する。また、本実施の形態においては、2階、4階、及び5階を対象階であるものとして説明し、対象階の床(すなわち、2階床2F、4階床4F、及び5階床5F)を以下では必要に応じて「対象床」と称する。ここで、本実施の形態に係る建築構造物1は、補強部10及び絶縁部20を備える。
【0024】
(構成−補強部)
補強部10は、加振床の固有振動数と、対象床の固有振動数とを相互に異ならせる振動数可変手段であって、特に、加振床を支持する梁を補強する補強手段である。
図3は、補強部10が適用された対象階を概略的に示す斜視図である。なお、この
図3においては、図示の便宜上、2階壁2Wの一部及び3階壁3Wの一部を切り欠いて図示している。この
図3に示すように、この補強部10は、具体的には、2階柱2P、3階梁3L、及び2階床2Fにより囲繞された領域に設置されたブレースであって、2階柱2Pの柱脚と3階梁3Lの長手方向の中間部との相互間に介在されることにより、2階柱2Pや3階梁3Lの変形を防止する公知のブレースである。この補強部10の素材等は任意であるが、本実施の形態に係る補強部10は鉄骨等により形成されている。なお、このような補強部10の具体的な構成については任意であるため、その具体的な構成の説明については省略する。
【0025】
ここで、補強部10により補強する梁は加振床を支持する梁である限りにおいて任意であるが、本実施の形態においては、
図2に示すように、加振床を支持する梁のうち最も長い梁に対して当該補強部10を設置するものとして説明する。このように、最も長い梁、すなわち加振床の荷重を受ける割合の大きい梁を補強することにより、効率的に加振床を補強する事が可能となる。また、補強する梁の数は任意であり、本実施の形態においては1つの梁のみを補強するものとして説明するが、これに限らず複数の梁を補強しても良い。
【0026】
以上のように、対象床を支持する梁を補強部10により補強することなく、加振床を支持する梁のみを補強部10により補強することによって、加振床と対象床の剛性に差異を設けることができ、加振床の固有振動数と対象床の固有振動数とを相互に異ならせることが可能となる。なお、この際の「固有振動数」とは、本実施の形態においては、特に「一次固有振動数」を示すものであるものとして説明する。ただし、二次固有振動数及びそれ以降の高次の固有振動数を対象としてもよい。
【0027】
また、建築構造物1は、柱の大きさは下階になる程その上階に比べ大きくなるが、階が異なっても平面視で同一の位置に存する梁や床の大きさや厚さは変化し難く、ほぼ等しくなる場合が一般的に多い。このため、何も対策を講じない加振床と対象床との固有振動数はほぼ等しくなり、共振が起り易くなるのが一因である。本発明は、既存建物の改修時や建物の新築時において、後述するように極めて簡素な構成により、加振床の固有振動数と対象床の固有振動数を異ならせると共に、加振床と対象床との相互間の壁を絶縁部20によって相互に切り離すことで共振を起り難くさせて、対象床の振動を適切に防止できる。
【0028】
(構成−絶縁部)
絶縁部20は、加振床の振動が、加振床と対象床との相互間に位置する壁を介して対象床へと伝達することを防止する伝達防止手段であって、特に、加振床と、加振床と対象床との相互間に位置する壁とを少なくとも鉛直方向に沿って相互に摺動可能に接続する摺動手段である。
図4は、絶縁部20を示す平面図である。
図5は、絶縁部20を示す側面図である。この
図4及び
図5に示すように、絶縁部20は、概略的には梁と壁とを接続するファスナーであって、特に、振動の伝達を防止する機能を備えたファスナーとして構成されている。
【0029】
ここで、まずは絶縁部20を設ける位置について説明する。この絶縁部20を設ける位置は、上記のように加振床と対象床との相互間に位置する壁を介する振動の伝達を防止可能な位置である限りにおいて任意である。例えば
図3では絶縁部20の設置位置を黒塗りの三角形で図示しており、公知のファスナー(振動の伝達を防止する機能を有しないファスナー)の設置位置を白塗りの三角形で図示している。
【0030】
この
図3に示すように、本実施の形態においては、第一に、3階梁3Lと2階壁2Wとの間に絶縁部20(3階梁3Lの下方に位置する黒塗りの三角形)を設けることで、加振床から、加振床よりも下方に位置する対象床である2階床2Fへの2階壁2Wを介する振動の伝達を防止している。なお、この設置位置の代わりに、2階梁2Lと2階壁2Wとの相互間に絶縁部20を設置した場合(
図3における2階床2Fの上面に位置する白塗りの三角形を、黒塗りの三角形に代えた場合)、加振床よりも下方に位置する対象床への振動の伝達を同様に防止することができる。
【0031】
また、本実施の形態においては、第二に、3階梁3Lと3階壁3Wとの間に絶縁部20(3階梁3Lの上方に位置する黒塗りの三角形)を設けることで、加振床から、加振床よりも上方に位置する対象床である4階床4F及び5階床5Fへの3階壁3Wを介する振動の伝達を防止している。なお、この設置位置の代わりに、4階梁4Lと3階壁3Wとの相互間に絶縁部20を設けても、加振床よりも上方に位置する対象床への振動の伝達を同様に防止することができる。
【0032】
このように、本実施の形態においては、振動階よりも下の階(2階)を対象階としたため加振床よりも下方に絶縁部20を設け、さらに振動階よりも上の階(4階及び5階)も対象階としたため加振床よりも上方に絶縁部20を設けている。ただし、絶縁部20の設置位置は、振動階と対象階の位置関係に応じて適宜変更して構わない。例えば、対象階が振動階よりも下の階のみの場合には、加振床よりも上方に絶縁部20を設けなくても構わず、また、対象階が振動階よりも上の階のみの場合には、加振床よりも下方に絶縁部20を設けなくても構わない。
【0033】
ここで、振動階と対象階との間に単数又は複数の階が介在する場合には、加振床と対象床との相互間に位置するいずれかの壁にて絶縁部20により縁切りをすれば、対象床への振動の伝達を低減する事が可能である。例えば振動階が3階で対象階が6階(本実施の形態においては図示しない)のみである場合には、4階壁4Wにのみ絶縁部20を設けても良く、5階壁5Wにのみ絶縁部20を設けても良い。ただし、振動の伝達をより効果的に防止するためには、加振床の上方に隣接する壁や下方に隣接する壁に対して絶縁部20を設けることが好ましい。例えば振動階が3階で対象階が6階(本実施の形態においては図示しない)のみである場合には、3階壁3Wに絶縁部20を設けることが望ましい。なぜならば、振動は面的に広がっていくので、加振床から、対象階以外の階を介して、対象階へと振動が伝達する過程において、加振床に隣接する壁で縁切りする場合と、加振床に隣接しない壁(例えば対象階の直前の壁)で縁切りする場合とでは対象階への振動影響範囲が大きく異なってくることになり、対策しなければならない範囲も異なってくるためである。このような観点から、本願においては加振床と上方に隣接する壁(3階壁3W)、及び下方に隣接する壁(2階壁2W)に対して絶縁部20を設置している。
【0034】
なお、以下では、3階梁3Lと2階壁2Wとの間に設置した絶縁部20のみについて着目して絶縁部20について説明し、その他の位置に設置する場合においても同様に構成できるものとして説明を省略する。
【0035】
次に、絶縁部20の全体の構成について説明する。この絶縁部20は加振床を支持する梁(本実施の形態においては、3階梁3L)の下方に配置されており、概略的にアングル21、アングル22、及び接続ボルト23を備えて構成されている。ここで、アングル22は2階壁2Wの内部に配置されている。なお、実際には、3階梁3Lの下方には2階の天井ボードが配置されると共に、アングル22の屋内側や屋外側には化粧ボードや外壁材が配置されるが、これら天井ボード、化粧ボード、及び外壁材については、公知の方法により構築することができるので、説明及び図示を省略する。以下では、絶縁部20を構成するアングル21、アングル22、及び接続ボルト23について説明する。
【0036】
アングル21は、3階梁3Lの荷重を支持する支持手段であって、公知のアングル材として構成されている。このアングル21は、一方の片(以下、水平片21a)が略水平方向に沿って配置され、このことにより必然的に他方の片(以下、鉛直片21b)が略鉛直方向に沿って配置される。ここで、水平片21aには、ネジ孔が形成されており、このネジ孔から、3階梁3Lに溶接された梁接続部30に形成されたネジ孔にかけてネジを挿通してネジ止めすることにより、アングル21と3階梁3Lとが相互に接続されている。このように、振動源から3階床3Fを介して3階梁3Lに伝達した鉛直振動が、梁接続部30を介してアングル21に伝達するように構成されている。また、鉛直片21bの一方の面(アングル22から遠い側の面)には研磨ステンレス板24が溶接されており、他方の面(アングル22に近い側の面)には研磨ステンレス板25が溶接されている。そして、これらの研磨ステンレス板24、鉛直片21b、及び研磨ステンレス板25を貫通するようにネジ孔(図示省略)が形成されており、このネジ孔は鉛直方向に沿った長孔として形成されている。
【0037】
アングル22は、2階壁2Wの内部に配置されて2階壁2Wの荷重を支持する支持手段であって、公知のアングル材として構成されている。このアングル22は、2階の階高と略同一の高さを有するアングルであって、アングル22の下端部は2階床2Fに対して接続されており、アングル22の上端部は3階梁3L近傍に位置している。ここで、このアングル22の一方の片(以下、平行片22a)がアングル21の鉛直片21bと略平行に配置され、このことにより、他方の片(以下、直交片22b)が、アングル21の水平片21a及び鉛直片21bの両方と直交するように配置される。ここで、平行片22aの一方の面(アングル21と対峙する方の面)には研磨ステンレス板26が溶接されている。また、直交片22bは、例えば2階壁2Wを構成する化粧ボードや外壁材に対してネジ止めや溶接等の公知の接合方法により接合されている。
【0038】
また、アングル21の鉛直片21bに接合された研磨ステンレス板25と、アングル22の平行片22aに接合された研磨ステンレス板26との相互間には、これら研磨ステンレス板25と研磨ステンレス板26との相互間の摩擦を低減するため、低摩擦材41が配置されている。また、アングル21の鉛直片21bに接合された研磨ステンレス板24と、後述する接続ボルト23を留めるためのワッシャー23aとの相互間には、これら研磨ステンレス板24とワッシャー23aとの相互間の摩擦を低減するため、低摩擦材42が配置されている。これら低摩擦材41、42の具体的な素材は任意であるが、例えばテフロン(登録商標)の如き摩擦係数の低い合成樹脂材を用いることができる。
【0039】
接続ボルト23は、アングル21とアングル22とを相互に接続する接続手段である。具体的には、接続ボルト23は、平行片22a、研磨ステンレス板26、低摩擦材41、研磨ステンレス板25、鉛直片21b、研磨ステンレス板24、及び低摩擦材42を順次貫通し、その先端部にワッシャー23aを挿通させてナット23bを締結することにより、アングル21とアングル22とを相互に接続する。ここで、研磨ステンレス板24、鉛直片21b、及び研磨ステンレス板25に形成されたネジ孔は鉛直方向に沿った長孔であるため、この長孔の内部を鉛直方向に沿って接続ボルト23が摺動可能となっており、このことによってアングル21はアングル22に対して鉛直方向に沿って摺動可能となっている。また、研磨ステンレス板25と研磨ステンレス板26との相互間の摩擦が低摩擦材41により低減されると共に、研磨ステンレス板24とワッシャー23aとの相互間の摩擦が低摩擦材42により低減されるので、アングル21がアングル22に対して円滑に摺動可能となっている。なお、このように長孔の内部を接続ボルト23が摺動可能となるように、接続ボルト23に対するナット23bの締結力は適切に設定されている。このような構成により、3階床3Fから3階梁3Lを介して伝達される鉛直振動は、2階壁2Wに伝達されることなく絶縁部20によって吸収される。
【0040】
(実施例)
続いて、本発明の実施例について説明する。この実施例においては、(株)構造計画研究所から市販されている建設用構造解析システムMIDAS/Gen(Ver.800)を用いて解析を行った。
【0041】
ここで、本実施例においては、3階をフィットネスやエアロビクスのスタジオが設けられた振動階であるものと想定した解析モデルを作成し、この3階の床を加振床として、3階以外の階の床(2階床2F、4階床4F、及び5階床5F。これらを特に区別する必要の無いときは単に「対象床」と称する)の振動を解析した。
図6は、本実施例の解析モデルを概略的に示す図であって、
図6(a)は解析モデルa、
図6(b)は解析モデルb、
図6(c)は解析モデルc、
図6(d)は解析モデルdを示す図である。なお、これらの解析モデルa、解析モデルb、解析モデルc、及び解析モデルdに関する説明は後述し、まずは本実施例にて用いた解析モデルの基本的な構成について説明する。まず、
図6に示すように、当該解析モデルは、床質量を除くn階質量に対応する質量を有する複数の質点(以下、n階質点)を、各階の柱に見立てた柱用鉛直バネにより相互に連結して構成されている。そして、各階の床質量に対応する質量を有する複数の質点(以下、n階床質点)が、床用鉛直バネを介して、各n階質点に対して連結されている。また、特定の階の床から他の階の床への壁を介した振動の伝達を考慮するため、各階のn階床質点を、各階の壁に見立てた壁用鉛直バネにより相互に連結している。また、本実施例では、特記しない限り、加振床の一次固有振動数と対象床の一次固有振動数を8Hzと想定している。
【0042】
ここで、本実施例においては、
図6(a)から
図6(d)に示すように、4種の解析モデルに関して振動解析を行った。ただし、本実施の形態に示す対象構造体は、
図6(d)に示す解析モデルであり、これ以外の
図6(a)から
図6(c)に示す解析モデルは、本実施の形態の対象構造体との比較のために作成した解析モデルである。以下ではこれらの4種の解析モデルについてそれぞれ説明する。
【0043】
まず、
図6(a)に示す「解析モデルa」とは、補強部10及び絶縁部20のいずれも備えない(すなわち対策無)構造体の解析モデルである。また、
図6(b)に示す「解析モデルb」とは、絶縁部20のみを備え、補強部10を備えない構造体の解析モデルであって、具体的には3階梁3Lと2階壁2Wとを相互に切り離す絶縁部20と、4階梁4Lと3階壁3Wとを相互に切り離す絶縁部20とを備えた構造体に関するものである。また、
図6(c)に示す「解析モデルc」とは、補強部10のみを備え、絶縁部20を備えない構造体の解析モデルであって、具体的には3階梁3Lを補強する補強部10を備えた構造体に関するものである。また、
図6(d)に示す「解析モデルd」とは、絶縁部20及び補強部10のいずれも備える構造体の解析モデルであって、具体的には3階梁3Lと2階壁2Wとを相互に切り離す絶縁部20と、4階梁4Lと3階壁3Wとを相互に切り離す絶縁部20と、3階梁3Lを補強する補強部10と、を備えた構造体に関するものである。
【0044】
このような条件において行った振動解析の解析結果を以下に示す。まず、
図7は、本実施例の解析モデルa、解析モデルb、及び解析モデルcの解析結果を示すグラフであって、
図7(a)は2階床2F、
図7(b)は4階床4F、
図7(c)は5階床5Fの解析結果を示すグラフである。なお、各グラフにおける横軸は振動数(Hz)を示し、縦軸は単位荷重あたりの応答加速度(gal/ton)を示している。この
図7に示すグラフから、以下の見解を得ることができる。
【0045】
まず、
図7(a)、
図7(b)、及び
図7(c)のいずれにおいても、解析モデルa(対策無)と解析モデルb(絶縁部20のみ)とは略同一の解析結果となっている。このことから、解析モデルbのように加振床と対象床とを絶縁部20によって相互に切り離した場合であっても、何の対策も施さなかった場合と同様に対象床は振動してしまい、対象床の振動を適切に防止できていないことが分かる。この理由としては、すなわち加振床と対象床とは壁を介しては相互に繋がっていないが、加振床の一次固有振動数と対象床の一次固有振動数がいずれも8Hzであり一致するため、柱を介して伝達した振動によって加振床と対象床が共振し、対象床の振動が増幅してしまうためである。
【0046】
また、
図7(a)、
図7(b)、及び
図7(c)のいずれにおいても、解析モデルa(対策無)と解析モデルc(補強部のみ)とは略同一の解析結果となっている。このことから、解析モデルcのように加振床を補強部10によって補強した場合であっても、何の対策も施さなかった場合と同様に対象床は振動してしまい、対象床の振動を適切に防止できていないことが分かる。この理由としては、すなわち加振床を補強することによって元々8.0Hzであった加振床の一次固有振動数を9.4Hz程度まで増大できており、加振床と対象床との共振を防止できているものの、加振床と対象床とは壁によって相互に連結されているため加振床の振動が壁を介して対象床に伝達し、両方の床の固有振動数のところで応答加速度が上昇してしまうためである。
【0047】
以上のように、解析モデルb及び解析モデルcのように絶縁部20又は補強部10をそれぞれ別個に備えた場合であっても、対象床の防振効果は低く、適切な効果が得られないことが分かる。
【0048】
続いて、
図8は、本実施例の解析モデルa、及び解析モデルdの解析結果を示すグラフであって、
図8(a)は2階床2F、
図8(b)は4階床4F、
図8(c)は5階床5Fの解析結果を示すグラフである。なお、各グラフにおける横軸は振動数(Hz)を示し、縦軸は単位荷重あたりの応答加速度(gal/ton)を示している。この
図8に示す通り、
図8(a)、
図8(b)、及び
図8(c)のいずれにおいても、解析モデルa(対策無)と比べて解析モデルd(絶縁部20+補強部10)は単位荷重あたりの応答加速度が低い値を示す解析結果となっている。このことから、解析モデルdのように、加振床、及び加振床と対象床との相互間の壁を絶縁部20によって相互に切り離すと共に、加振床を補強部10によって補強することにより、何の対策も施さなかった場合と比べて対象床の振動を適切に防止できていることが分かる。特に、解析モデルbのように絶縁部20のみを適用した際における振動の低減効果と、解析モデルcのように補強部10のみを適用した際における振動の低減効果とを単に加算した以上の相乗的な効果が顕著に表れている事実が、
図8から認識できる。
【0049】
この理由としては、絶縁部20によって加振床と対象床との間の壁による振動の伝達を防止することで、柱のみを介して振動を伝達させることが可能(すなわち、梁に直接伝達させないことが可能)となり、さらに補強部10によって加振床と対象床の一次固有振動数を異ならせることで、柱から伝達する振動による共振を防止することが可能となるためである。また、
図8からは、加振床の8Hz近辺の単位荷重あたりの応答加速度を、9.4Hz近辺に移行した上、その応答加速度が低減されていることが分かる。ここで、鉛直振動については8Hzを超える振動数領域では振動数が高くなるにつれて人体が振動を感じ難くなる特徴があり、9.4Hz近辺の振動数は8Hzと比較して人体が感じ難い振動数であるため、本実施の形態では全体として人体が振動を感じ難い構成を達成できていることが分かる。
【0050】
(実施の形態の効果)
このように本実施の形態によれば、絶縁部20を備えることにより壁を介して加振床の振動が対象床へと伝達することを防止できると共に、補強部10を備えることにより柱を介して加振床の振動が対象床へと伝達することに伴う対象床の共振を抑止できるので、加振床から対象床への振動の伝達を従来よりも一層低減することが可能となる。
【0051】
また、加振床と、加振床から対象階に至る壁とを絶縁部20によって少なくとも鉛直方向に沿って摺動可能に接続するので、加振床の鉛直変位が対象床へと伝達することを極めて簡素な構成により防止することが可能となる。
【0052】
また、加振床を支持する梁を補強する補強部10を設けるので、加振床の固有振動数と対象床の固有振動数とを極めて簡素な構成により異ならせることが可能となる。
【0053】
また、補強手段は加振床を支持する梁のうち最も長い梁を補強するので、加振床の固有振動数と対象床の固有振動数とを効率的に異ならせることができる。
【0054】
〔実施の形態に対する変形例〕
以上、本発明に係る実施の形態について説明したが、本発明の具体的な構成及び手段は、特許請求の範囲に記載した各発明の技術的思想の範囲内において、任意に改変及び改良することができる。以下、このような変形例について説明する。
【0055】
(解決しようとする課題や発明の効果について)
まず、発明が解決しようとする課題や発明の効果は、上述の内容に限定されるものではなく、発明の実施環境や構成の細部に応じて異なる可能性があり、上述した課題の一部のみを解決したり、上述した効果の一部のみを奏することがある。例えば、本実施の形態に係る建築構造物1によって加振床から対象床へと伝達する振動を低減できていない場合であっても、当該振動の伝達を従来と異なる技術により達成できている場合には、本願発明の課題が解決されている。
【0056】
(寸法や材料について)
発明の詳細な説明や図面で説明した建築構造物1の各部の寸法、形状、比率等は、あくまで例示であり、その他の任意の寸法、形状、比率等とすることができる。
【0057】
(対象床について)
本実施の形態においては、振動階の全領域に渡ってスタジオが設けられているものとして説明したが、これに限られない。例えば、振動階を構成する複数の部屋のうち一部の部屋にスタジオが設けられている場合であっても、当該振動階の床以外の床を対象階として、上記実施の形態と同様の構成を採用することができる。
【0058】
(振動数可変手段について)
本実施の形態では、振動数可変手段は、加振床を支持する梁を補強する補強部10であるものとして説明したが、加振床の固有振動数と、対象床の固有振動数とを相互に異ならせることが可能である限りにおいて、これに限定されない。例えば本実施の形態では、加振床にのみ補強部10を設置するものとして説明したが、加振床と対象床の両方に補強部10を設けても良く、具体的には、補強部10によって対象床の固有振動数が9Hzとなるように補強すると共に、補強部10によって加振床の固有振動数が10Hzとなるように補強しても良い。また、補強部10の設置費用は増大する可能性があるが、加振床には補強部10を設けず、加振床以外の床全てに補強部10を設けることによって、加振床の固有振動数と対象床の固有振動数とを相互に異ならせても良い。また、補強部10を設けることなく、加振床を支持する梁のせいを大きくして加振床の固有振動数を大きくすることにより、加振床の固有振動数と対象床の固有振動数とを相互に異ならせても良い。
【0059】
また、本実施の形態では、振動数可変手段は、加振床を支持する梁を補強するブレースであるものとして説明したが、加振床を支持する梁を補強することが可能である限りにおいて、これに限定されない。例えば、当該梁をトラス梁として形成することにより補強しても構わない。これは前述のブレース補強と同様に、加振床からの振動を直接、柱に伝達させるためである。因みに、加振床と対象床との境に間仕切り壁を設ける場合であって、その間柱が上階の梁下及び床下に達する場合には、間柱の上階の梁下、または床下のいずれかに本願の伝達防止手段を備えることにより、加振床の振動が間仕切り壁を介して対象床へと伝達することを好適に防止できる。また、これらに挙げたような加振床を補強するための構成を複数組み合わせて設けても構わない。
【0060】
また、本実施の形態では、振動数可変手段は、加振床を支持する梁のうち最も長い梁を補強する補強部10であるものとして説明したが、設置箇所はこれに限定されず、加振床を支持する梁のうち最も短い梁等に対して設置しても構わない。補強部10は一つの梁のみを補強するものとして説明したが、これに限定されず、複数の梁を補強しても構わない。
【0061】
(絶縁部について)
本実施の形態では、絶縁部20は、加振床と対象床との相互間に上下に連続して介在する一構面分を構成する壁にのみ設けるものとして説明したが、これに限らない。例えば、絶縁部20を、加振床と対象床との相互間に介在する複数構面分を構成する壁に設けても構わない。具体的には、例えば、全ての2階壁2Wと3階梁3Lとの間に絶縁部20を設けても構わない。このような構成によれば、加振床の振動が対象床に伝達する事を一層防止でき、対象床の振動を一層防止することが可能となる。
【0062】
また、本実施の形態においては、低摩擦材41、42の滑りを良くするためにアングル21やアングル22に研磨ステンレス板24、25、26を接合したが、これらの研磨ステンレス板24、25、26を設けることなく、アングル21やアングル22の表面に直接低摩擦材41、42を当接させても構わない。
【0063】
(振動階について)
本実施の形態では、振動階が1つの階(3階)であるものとして説明したが、複数の階に渡って振動階が形成されている場合においても、本実施の形態と同様に対象階の振動を低減することが可能である。この際に各振動階の加振床の固有振動数が相互に異なる値となるように補強部10を設けることにより、加振床同士の共振を防止することも可能である。
【0064】
(付記)
付記1の建築構造物は、振動階に存する加振床が振動源により加振されて振動を励起するに伴い、前記振動階と同一建屋の対象階に存する対象床で発生する振動を低減する建築構造物であって、前記加振床の振動が、前記加振床と前記対象床との相互間に位置する壁を介して前記対象床へと伝達することを防止する伝達防止手段と、前記加振床の固有振動数と、前記対象床の固有振動数とを相互に異ならせる振動数可変手段と、を備える。
【0065】
付記2の建築構造物は、付記1に記載の建築構造物において、前記伝達防止手段は、前記加振床と、前記加振床と前記対象床との相互間に位置する壁とを少なくとも鉛直方向に沿って相互に摺動可能に接続する摺動手段である。
【0066】
付記3の建築構造物は、付記1又は2に記載の建築構造物において、前記振動数可変手段は、前記加振床を支持する梁を補強する補強手段である。
【0067】
付記4の建築構造物は、付記3に記載の建築構造物において、前記補強手段は、前記加振床を支持する梁のうち最も長い梁を補強する。
【0068】
(付記の効果)
付記1に記載の建築構造物によれば、伝達防止手段を備えることにより加振床の振動が壁を介して対象床へと伝達することを防止できると共に、振動数可変手段を備えることにより加振床と対象床とが共振することを抑止できるので、対象床の振動を一層低減することが可能となる。
【0069】
付記2に記載の建築構造物によれば、加振床と、加振床から対象階に至る壁とを摺動手段によって少なくとも鉛直方向に沿って摺動可能に接続するので、加振床の鉛直変位が対象床へと伝達することを極めて簡素な構成により防止することが可能となる。
【0070】
付記3に記載の建築構造物によれば、加振床を支持する梁を補強する補強手段を設けるので、加振床の固有振動数と対象床の固有振動数とを極めて簡素な構成により異ならせることが可能となる。
【0071】
付記4に記載の建築構造物によれば、補強手段は加振床を支持する梁のうち最も長い梁を補強するので、加振床の固有振動数と対象床の固有振動数とを効率的に異ならせることができる。