特許第6367259号(P6367259)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6367259耐浸炭性及び耐酸化性に優れたフェライト系ステンレス鋼板
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6367259
(24)【登録日】2018年7月13日
(45)【発行日】2018年8月1日
(54)【発明の名称】耐浸炭性及び耐酸化性に優れたフェライト系ステンレス鋼板
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20180723BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20180723BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20180723BHJP
【FI】
   C22C38/00 302Z
   C22C38/58
   C22C38/60
【請求項の数】5
【全頁数】30
(21)【出願番号】特願2016-85110(P2016-85110)
(22)【出願日】2016年4月21日
(62)【分割の表示】特願2015-63570(P2015-63570)の分割
【原出願日】2015年3月26日
(65)【公開番号】特開2016-183415(P2016-183415A)
(43)【公開日】2016年10月20日
【審査請求日】2016年5月6日
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】新日鐵住金ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】特許業務法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】林 篤剛
(72)【発明者】
【氏名】平出 信彦
(72)【発明者】
【氏名】濱田 純一
(72)【発明者】
【氏名】井上 宜治
【審査官】 鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−145097(JP,A)
【文献】 特開2013−189709(JP,A)
【文献】 特開2013−227659(JP,A)
【文献】 特開2008−189974(JP,A)
【文献】 特開平06−279950(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 − 38/60
C21D 1/76
C21D 6/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一酸化炭素及び炭化水素系ガスを合計で1体積%以上且つ酸素が1体積%以下を含み、一酸化炭素及び炭化水素系ガスの合計量が酸素量の2倍以上を含む浸炭性を有する雰囲気もしくは、二酸化炭素が5体積%以上且つ酸素が1体積%以下を含む浸炭性を有する雰囲気に曝される自動車排気系部材または燃料電池高温部材として用いるフェライト系ステンレス鋼板であって、
質量%で、
C:0.02%以下、
N:0.02%以下、
Si:0.05%以上、3.0%以下、
Mn:0.05%以上、2.0%以下、
P:0.04%以下、
S:0.01%以下、
Cr:12.0%以上、25.0%以下、
Ni:0.01%以上、2.0%以下、
Ti:0.001%以上、0.40%以下、
Al:0.002%以上、0.25%以下、
V:0.01%以上、0.20%以下、
B:0.0002%以上、0.0050%以下、
を含有し、更に
Ca:0.0002%以上、0.0030%以下、
Mg:0.0002%以上、0.0030%以下、
の1種または2種を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、かつ、下記(i)式及び(ii)式を満たす組成を有し、水蒸気が10体積%、二酸化炭素が10体積%、一酸化炭素が10体積%、残りが窒素である雰囲気中で800℃に加熱し100時間継続した後で室温まで冷却したとき、ステンレス鋼板の表面に、スケールの厚みに占めるCr23層厚みの割合xが20%以上、スケールと母材との間のSi濃化層のSi濃度yが0.4%以上、かつ、下記(iii)式を満足するスケールを形成することを特徴とする耐浸炭性及び耐酸化性に優れた自動車排気系部材又は燃料電池高温部材用フェライト系ステンレス鋼板。
Cr+12Si−4Mn−14.5≧0 ・・・式(i)
aCr+bSi+1.6Mn+27Ti+33Al+13.5≧0 ・・・式(ii)
Cr+Si≧19.5の場合、a=−0.8、b=−0.2
Cr+Si<19.5かつSi≦0.20の場合、a=−1、b=29
Cr+Si<19.5かつSi>0.20の場合、a=−1、b=−3.7
x+10y/Si−50≧0 ・・・式(iii)
但し、式中の元素記号は、当該元素の含有量(質量%)を意味する。
【請求項2】
質量%で、更に
Cu:2.0%以下、
Mo:2.0%以下、
Nb:1.0%以下、の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の耐浸炭性及び耐酸化性に優れた自動車排気系部材又は燃料電池高温部材用フェライト系ステンレス鋼板。
【請求項3】
質量%にて、更に
Cr:14.5%未満、
Nb:0.35%未満、
Mo:0.50%未満、
C+N:0.020%超、
Cu+2Ni:0.30%超、
Ti:0.20%超、
の1種または2種以上を満足する請求項1または請求項2に記載の耐浸炭性及び耐酸化性に優れた自動車排気系部材又は燃料電池高温部材用フェライト系ステンレス鋼板。
【請求項4】
質量%にて、更に
Zr:0.01%以上、0.30%以下、
Y:0.001%以上、0.20%以下、
Hf:0.001%以上、1.0%以下、
REM:0.001%以上、0.20%以下、
W:0.01%以上、5.0%以下、
Sn:0.002%以上、1.0%以下、
Co:0.01%以上、0.30%以下、
Sb:0.005%以上、0.50%以下、
Bi:0.001%以上、1.0%以下、
Ta:0.001%以上、1.0%以下、
Ga:0.0002%以上、0.30%以下、
の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の耐浸炭性及び耐酸化性に優れた自動車排気系部材又は燃料電池高温部材用フェライト系ステンレス鋼板。
【請求項5】
水蒸気が10体積%、二酸化炭素が10体積%、一酸化炭素が10体積%、残りが窒素である雰囲気中で850℃に加熱し200時間継続した後で室温まで冷却したときの酸化増量が1.30mg/cm2以下であり、かつ、水蒸気が10体積%、二酸化炭素が10
体積%、一酸化炭素が10体積%、残りが窒素である雰囲気中で850℃に加熱し200時間継続した後のスケール付きのフェライト系ステンレス鋼板を大気950℃に加熱し200時間継続した後で室温まで冷却したときの酸化増量が2.50mg/cm2以下、スケール剥離量が0.50mg/cm2以下であることを特徴とする請求項1〜請求項のいずれか1項に記載の耐浸炭性及び耐酸化性に優れた自動車排気系部材又は燃料電池高温部材用フェライト系ステンレス鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に高温強度や耐酸化性が必要な自動車排気系部材に使用することに最適な耐熱性ステンレス鋼において、特に耐浸炭性及び耐酸化性に優れた浸炭性を有する雰囲気となる自動車排気系用フェライト系ステンレス鋼板及びその製造方法に関するものである。また、都市ガス、メタン、天然ガス、プロパン、灯油、ガソリン等の炭化水素系燃料を水素に改質する際に使用される改質器、熱交換器などの燃料電池高温部材に使用することに最適なフェライト系ステンレス鋼において、特に耐浸炭性及び耐酸化性に優れた浸炭性を有する雰囲気となる燃料改質器用フェライト系ステンレス鋼板及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車の排気マニホールド、フロントパイプ及びセンターパイプなどの排気系部材は、エンジンから排出される高温の排気ガスを通すため、排気部材を構成する材料には耐酸化性、高温強度、熱疲労特性など多様な特性が要求される。
【0003】
従来、自動車排気部材には鋳鉄が使用されるのが一般的であったが、排ガス規制の強化、エンジン性能の向上、車体軽量化などの観点から、ステンレス鋼製の排気マニホールドが使用されるようになった。排気ガス温度は、車種によって異なり、近年では750〜850℃程度が多いが、更に高温に達する場合もある。このような温度域で長時間使用される環境において高い高温強度、耐酸化性を有する材料が要望されている。
【0004】
ステンレス鋼の中でオーステナイト系ステンレス鋼は、耐熱性や加工性に優れているが、熱膨張係数が大きいために、排気マニホールドのように加熱・冷却を繰り返し受ける部材に適用した場合、熱疲労破壊が生じやすい。
【0005】
フェライト系ステンレス鋼は、オーステナイト系ステンレス鋼に比べて熱膨張係数が小さいため、熱疲労特性に優れている。また、オーステナイト系ステンレス鋼に比べて、高価なNiをほとんど含有しないため材料コストも安く、汎用的に使用されている。但し、フェライト系ステンレス鋼は、オーステナイト系ステンレス鋼に比べて、高温強度が低いために、高温強度を向上させる技術が開発されてきた。
【0006】
例えば、SUS430J1L(Nb添加鋼)、Nb−Si添加鋼、SUS444(Nb−Mo添加鋼)があり、Nb添加を基本に、Si、Moの添加によって高温強度を向上させるものであった。しかし、様々なエンジンの仕様に応じて、これらのフェライト系ステンレス鋼に、更に、低コスト化、高温強度向上、付加価値の追加が要望されている。
【0007】
低コストの観点からは、低Cr化、低Nb化もしくはNb無添加、低Mo化もしくはMo無添加、高C化、高N化等が考えられる。
【0008】
Cr、Nb、Moは高温強度の観点から重要な元素であるが、高価な元素でもある。また、Nbは生産の9割がブラジルであり、供給偏在性が高いため、資源リスクが高いという問題もある。Cr、Nb及びMoをエンジン仕様に合わせて適正な量まで低減する、もしくは、安価な元素で代替することによって、低コスト化が図れる。
【0009】
C及びNは成型性、耐食性、高温強度の観点から低減することが求められる元素であるが、低減に従い加速度的に精錬コストが増大する。また、一定以上のC及びNの低減には特殊な設備が必要となることや、生産性を著しく損なうこともある。そのため、生産体制に応じたC及びNの低減に留めることによって、コスト増大の回避が図れる。
【0010】
高温強度向上の観点からは、Nb、Si、Mo以外にも種々の添加元素が検討されてきた。特許文献1〜4には、Cuの固溶強化、Cuの析出物(ε−Cu相)による析出強化を利用したCu添加技術も開示されている。Cu添加により、更なる高温強度向上、もしくは、高価な高温強度向上元素の代替が図れる。
【0011】
付加価値の追加の観点からは、例えば耐食性向上として、Ni添加、Ti添加等が考えられる。また、Niは高温強度や靭性を向上するために添加されることもある。Tiは耐粒界腐食性や深絞り性を向上するために添加されることもある。
【0012】
しかし、上記の低コスト化、高温強度向上、付加価値の追加を目的とした、低Cr化、低Nb化もしくはNb無添加、低Mo化もしくはMo無添加、高C化、高N化、Cu添加、Ni添加及びTiの過剰添加は、いずれも耐酸化性を低下させるという問題がある。耐酸化性とは、異常酸化を起こさず酸化増量が少ないことと、耐スケール剥離性が良好であるという2点である。
【0013】
ステンレス鋼を加熱した場合、表面にはCr23を主体とする保護性の高いスケールが生成する。保護性の高いスケールの維持に必要なCr消費に対し、母材からのCr供給が不足すると、Feが酸化される。この時、生成されるFeを多量に含む酸化物は、酸化速度が非常に大きい。そのため、酸化が急速に進み、著しく母材を侵食してしまう。これを異常酸化という。
【0014】
また、異常酸化を起こさない良好なスケールを形成できても、例えば自動車排気系などの冷却過程でスケールが剥離してしまえば問題である。スケールが剥離してしまうと、加熱時に雰囲気中の酸素が鋼素地に触れてしまい、酸化が急速に進む。スケールの修復が健全にできなければ、異常酸化の原因となりえる。また、剥離したスケールが飛散すると、下流機器のエロージョンや、堆積による流路閉塞などの問題を引き起こす可能性がある。
【0015】
自動車の排気系部材におけるスケール剥離は、鋼素地と酸化物の熱膨張差が大きい場合や、加熱・冷却の繰り返しによって生じることが多く、熱応力が主因子であると考えられている。フェライト系ステンレス鋼は、オーステナイト系ステンレス鋼に比べて、スケールとの熱膨張差が小さいため、耐スケール剥離性で優位である。
【0016】
耐酸化性を改善するために種々の技術が検討されており、Cu添加による耐酸化性の低減を補うことを目的としていると考えられる技術も開示されている。
【0017】
特許文献5には、Siの増量、Mnの増量及びMn/Si比を調整することで、異常酸化抑制とスケール密着性を改善する技術を開示している。Siの増量は、Cr23を主体とする酸化物を表層に形成するため、異常酸化を抑制すると考えられている。Mnの増量は、Cr23を主体とする酸化物と鋼素地との中間の熱膨張率を有するMnを含むスピネル系の酸化物を生成し、鋼素地との熱膨張差を緩和するため、スケール密着性を改善すると考えられている。更に、Siの増量により耐スケール剥離性が低下し、Mnの増量により酸化増量が多くなっても、Mn/Si比の調整により異常酸化抑制と耐スケール剥離性の改善ができる。しかし、Cu濃度が質量%で0.02〜0.30%未満であり、Cuの固溶強化、Cuの析出物(ε−Cu相)による析出強化といったCu添加技術を利用したものではなく、Cu添加による耐酸化性低下を考慮しているとは言い難い。
【0018】
特許文献6には、Cu添加により異常酸化が増える原因が推測されている。Cuはオーステナイト形成元素であり、酸化の進行に伴う、表層部のCr低下により、表層部のみフェライト相からオーステナイト相へ相変態することを助長する。オーステナイト相は、フェライト相に比べてCr拡散が遅いため、オーステナイト相が表層部となることで、母材からスケールへのCr供給が阻害される。これにより、表層部はCr欠乏となり、耐酸化性が劣化すると推定している。このことから、フェライト形成元素とオーステナイト形成元素を相互調整し、オーステナイト相を抑制することで、異常酸化を抑制する技術を開示している。しかし、スケールの特徴と異常酸化との関係性の開示はなく、また、耐スケール剥離性に関しての検討がない。
【0019】
特許文献7には、Cu濃度が質量濃度で0.8〜1.6%の範囲内において、V濃度を質量濃度で0.15〜0.60%とすることで耐酸化性を改善する技術を開示している。しかし、VNの析出を利用することで高温強度を向上する技術でもあり、N濃度が質量%で0.15〜0.40%である。そのため、窒化物を形成しやすいTi、Zr、Taを添加することができない。
【0020】
特許文献8には、Cu濃度が質量濃度で1.0%以下の範囲内において、Si濃度を質量濃度で0.40%以上、Al濃度を質量濃度で0.20%以上、かつSi≧Alを同時に満たすことで、鋼板表面に緻密なSi酸化物層が連続的に生成し、外部からの酸素侵入を抑制するとともに、Si酸化物層を通過して内部に侵入してきた一部の酸素もAlと結びついて酸化物を形成し、FeやCrの酸化を抑制することで、耐酸化性を改善する技術を開示している。しかし、通常のフェライト系ステンレス鋼より、Si及びAlを極度に高くする必要があり、加工性を損なう可能性がある。
【0021】
特許文献9及び10には、Cu濃度が質量濃度で0.8〜1.5%の範囲内において、SiとMnの成分バランスを調整し、鋼素地表層のCu濃化を最終焼鈍及び酸洗で調整することで耐酸化性及び耐スケール剥離性を改善する技術を開示している。しかし、スケールの特徴と異常酸化との関係性の開示はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0022】
【特許文献1】特開2008−189974号公報
【特許文献2】特開2009−120893号公報
【特許文献3】特開2009−120894号公報
【特許文献4】特開2011−190468号公報
【特許文献5】特許第2896077号公報
【特許文献6】特開2009−235555号公報
【特許文献7】特許第5239643号公報
【特許文献8】特開2012−102376号公報
【特許文献9】特開2013−189709号公報
【特許文献10】特開2013−227659号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0023】
また、特許文献5〜10の技術による耐酸化性の改善は、いずれも大気中における耐酸化性を評価しており、自動車の排ガス雰囲気を想定して評価していない。
【0024】
本発明者は、自動車の排ガスを想定した様々な雰囲気組成において耐酸化性を検討する中で、浸炭性を有する排ガス雰囲気においては、耐酸化性が低下することを見出した。更に、低コスト化、高温強度向上、付加価値の追加を目的とし、低Cr化、低Nb化もしくはNb無添加、低Mo化もしくはMo無添加、高C化、高N化、Cu添加、Ni添加及びTiの過剰添加のいずれかを実施している場合、この耐酸化性の低下が顕著になることも見出した。つまり、浸炭性を有する雰囲気においては、耐酸化性に加えて、耐浸炭性も有する必要があることを見出した。
【0025】
浸炭性を有する雰囲気とは、雰囲気中のC活量が鋼中のC活量より大きい雰囲気であり、例えば、雰囲気中に一酸化炭素もしくは炭化水素系ガスを含み、雰囲気に含まれる酸素が全て一酸化炭素もしくは炭化水素系ガスと反応しても一酸化炭素もしくは炭化水素系ガスが残存する組成の雰囲気である。浸炭反応は一酸化炭素もしくは炭化水素系ガスのCが乖離し鋼中に浸入する反応である。また、雰囲気中に多量の二酸化炭素を含み、酸化に使用される酸素源として二酸化炭素が使用されると想定される雰囲気でも浸炭性があると考えられる。二酸化炭素が酸化に使用される場合は、二酸化炭素のCが乖離し鋼中に侵入する、もしくは、二酸化炭素の酸素が酸化で使用され一酸化炭素が生成し、一酸化炭素のCが乖離し鋼中に侵入すると考えられる。
【0026】
従来の自動車排気系部材においては、耐浸炭性が要求されることはなかった。しかし、自動車排気系には、今後、高温化や薄肉化が求められる。高温化することで、浸炭や酸化といった化学反応の速度が大きくなり、高い浸炭性及び酸化性となると考えられる。また、薄肉化することで、鋼中のC濃度が上昇しやすくなること、耐酸化性維持に必要なCrの総量が少なくなること、物温が上昇し易くなることで、高い浸炭性及び酸化性となると考えられる。
【0027】
また、低コスト化、高温強度向上、付加価値の追加を目的とし、低Cr化、低Nb化もしくはNb無添加、低Mo化もしくはMo無添加、高C化、高N化、Cu添加、Ni添加及びTiの過剰添加のいずれかの実施により耐酸化性が低下している場合、浸炭による更なる耐酸化性の低下は致命的となると考えられる。
【0028】
つまり、今後、自動車排気系に求められる高温化や薄肉化のニーズに対応することや、低コスト化、高温強度向上、付加価値の追加を目的とした材料の成分変更に対応することで、初めて高い浸炭性雰囲気となる用途があることが見出された。
【0029】
浸炭性を有する雰囲気中において、フェライト系ステンレス鋼の耐酸化性が低下するメカニズムの詳細は必ずしも明確になっているわけではないが、以下のように考えられる。
【0030】
浸炭性を有する雰囲気中でフェライト系ステンレス鋼を加熱した際、母材表面にスケールとしてCr23が健全に形成されれば、浸炭から保護されると考えられている。しかし、スケール中の亀裂、ボイド、空孔などを介して一酸化炭素もしくは炭化水素系ガスがスケールを透過し母材と直接接触した場合、浸炭が発生する可能性がある。浸炭が発生した場合、Cr炭化物を形成すればCr23の維持に必要なCrが消費されてしまうので、異常酸化が起きやすくなると考えられる。また、Cr炭化物を形成しなくても、オーステナイト形成元素であるCが母材表層部に固溶し、母材表層部がフェライト相からCr拡散が遅いオーステナイト相に変態した場合、母材からスケールへのCr供給が阻害され、異常酸化が起きやすくなると考えられる。
【0031】
また、CrはCr23の維持に必要である。更に、Cr、Nb、Moはフェライト形成元素であるため、低減によりオーステナイト相が形成しやすくなる。C、N、Cu、Niはオーステナイト形成元素であるため、添加及び増加によりオーステナイト相が形成しやすくなる。そのため、低Cr化、低Nb化もしくはNb無添加、低Mo化もしくはMo無添加、高C化、高N化、Cu添加、Ni添加は、浸炭性を有する雰囲気中においては、浸炭によるオーステナイト形成を促進することになり、耐酸化性の低下が顕著となると考えられる。また、Tiの過剰添加は、Crの酸化を促進して母材表層部のCr低下を促進する、もしくは、スケール中のボイドや空孔などを増加することにより一酸化炭素もしくは炭化水素系ガスがスケールを透過し易くすることで、浸炭性を有する雰囲気中における耐酸化性の低下が顕著となると考えられる。
【0032】
また、浸炭性を有する雰囲気は酸素分圧の低い雰囲気でもある。酸素分圧が低い雰囲気では、酸素解離圧の小さい酸化物を形成する元素が酸化し易くなるため、浸炭性を有する雰囲気と大気中で形成されるスケールは異なってくる。そのため、浸炭性を有する雰囲気と大気中で耐酸化性向上に有効な添加元素、または、添加元素の影響代は異なると考えられる。しかし、浸炭性を有する雰囲気で形成されるスケール及び、そのスケールの構造の耐酸化性に及ぼす影響に関する検討はないのが現状である。
【0033】
以上の検討により、自動車排気系部材の耐酸化性向上のための従来知見は、大気中における耐酸化性の評価から得た知見であり、自動車排気系部材が浸炭性を有する排ガス雰囲気に曝される可能性を考慮した技術ではなかった。
【0034】
また、今後、自動車排気系が高温化や薄肉化する場合や、低コスト化、高温強度向上、付加価値の追加を目的とし、低Cr化、低Nb化もしくはNb無添加、低Mo化もしくはMo無添加、高C化、高N化、Cu添加、Ni添加及びTiの過剰添加のいずれかを実施する場合、浸炭性を有する雰囲気中における耐酸化性が顕著に低下するという新たな課題があることが分かった。
【0035】
つまり、耐酸化性に加えて、今まで考慮していなかった耐浸炭性を考慮した新たな用途の鋼を開発する必要があり、また、浸炭性を有する雰囲気中における耐酸化性向上技術を開発する必要があった。
【0036】
本発明は、耐浸炭性及び耐酸化性に優れた浸炭性を有する雰囲気となる自動車排気系用フェライト系ステンレス鋼板及びその製造方法を提供するものである。
【0037】
また、同様に浸炭性を有する高温環境となる、都市ガス、メタン、天然ガス、プロパン、灯油、ガソリン等の炭化水素系燃料を水素に改質する際に使用される改質器、熱交換器などの燃料電池高温部材として使用される耐浸炭性及び耐酸化性に優れた浸炭性を有する雰囲気となる燃料電池高温部材用フェライト系ステンレス鋼板及びその製造方法も提供する。
【課題を解決するための手段】
【0038】
発明者らは、浸炭性を有する雰囲気中における耐酸化性の評価を行っている過程において、スケール中に占めるCr23層厚みの割合及びスケールと母材との間のSi濃化が耐浸炭性及び耐酸化性に影響することを見出した。更に、各種成分の影響を鋭意検討した結果、耐浸炭性及び耐酸化性に優れたフェライト系ステンレス鋼板及びその製造方法を発明した。
【0039】
上記課題を解決するために、発明者らは850℃における浸炭性を有する雰囲気に曝されるフェライト系ステンレス鋼の耐酸化性とその鋼が形成するスケールの特徴との関係について詳細に検討を行った。更に、発明者らは浸炭性を有する雰囲気中において形成されたスケールの密着性及び長期使用を考慮した上での保護性について、当該スケール付きのフェライト系ステンレス鋼板を大気中において950℃の熱処理を行い、スケール剥離に対する負荷増大と、スケール成長の加速を模擬することで詳細に検討を行った。その結果、下記(i)式及び(ii)式を満足し、更に浸炭性を有する雰囲気中において、ステンレス鋼の表面にスケールの厚みに占めるCr23層厚みの割合xが20%以上、スケールと母材との間のSi濃化層のSi濃度yが0.4%以上、かつ、下記(iii)式を満足するスケールを形成することを特徴とすることが、耐浸炭性及び耐酸化性が改善し、更に、スケールの密着性が改善され、長期使用を考慮した上での保護性を有することが分かった。
Cr+12Si−4Mn−14.5≧0 ・・・式(i)
aCr+bSi+1.6Mn+27Ti+33Al+13.5≧0 ・・・式(ii)
Cr+Si≧19.5の場合、a=−0.8、b=−0.2
Cr+Si<19.5かつSi≦0.20の場合、a=−1、b=29
Cr+Si<19.5かつSi>0.20の場合、a=−1、b=−3.7
x+10y/Si−50≧0 ・・・式(iii)
但し、式中の元素記号は、当該元素の含有量(質量%)を意味する。
【0040】
上述の浸炭性を有する雰囲気中における耐浸炭性及び耐酸化性の改善のメカニズムについては必ずしも明確になっているわけではないが、以下のように考えられる。
【0041】
Cr23は浸炭の原因となる一酸化炭素もしくは炭化水素系ガスを透過しにくいが、Fe酸化物、Mn酸化物及びFeやMnを多量に含むスピネル系酸化物である(Fe,Mn,Cr)34は一酸化炭素もしくは炭化水素系ガスを透過しやすいと考えられる。また、スケールが多層構造である場合、スケールの厚みに占めるCr23層厚みの割合が低い場合、Cr23層に僅かなボイドや亀裂、または他相との混在箇所が存在することで、一酸化炭素もしくは炭化水素系ガスの透過経路が母材まで達してしまうと考えられる。つまり、スケールの厚みに占めるCr23層厚みの割合が大きいほど、一酸化炭素もしくは炭化水素系ガスの透過を抑制し、耐浸炭性を改善、更に耐酸化性を改善すると考えられる。
【0042】
また、スケールと母材の間に濃化したSiは、何らかの原因で一酸化炭素もしくは炭化水素系ガスがCr23を透過してきたとしても浸炭を抑止もしくは遅延する効果があると考えられる。遅延効果であっても、その間にCr23内の一酸化炭素もしくは炭化水素の透過経路が修復されれば再びCr23の耐浸炭性が有効となる。このSiの濃化は酸化物であれば保護皮膜として働き浸炭の抑止効果がある。また、母材表層部内での濃化であれば、Siの相互作用により母材表層部内のC活量が増加し雰囲気とのC活量差を軽減することで浸炭を遅延する効果がある。
【0043】
また、Crはスケールの厚みに占めるCr23層厚みの割合増加、酸化速度の低減、フェライト相の安定化と耐浸炭性及び耐酸化性を改善する効果がある。Siはスケールと母材との間のSi濃化、酸化速度の低減、フェライト相の安定化と耐浸炭性及び耐酸化性を改善する効果がある。Mnはスケールの厚みに占めるMn酸化物層及び(Fe,Mn,Cr)34層厚みの割合増加、酸化速度の増大、オーステナイト相の安定化と耐浸炭性及び耐酸化性を劣化する効果がある。
【0044】
上述の浸炭性を有する雰囲気において形成したスケールの密着性の改善のメカニズムについては必ずしも明確になっているわけではないが、以下のように考えられる。
【0045】
Cr及びSiは耐酸化性を向上するため、ミクロ的に耐酸化性が劣位である箇所が深く酸化することによるスケール/母材界面の起伏を低減するためスケールの密着性を劣化する効果があると考えられる。一方、Cr及びSiはCr23を緻密にする効果があり、Cr23が割れにくくなり、スケールの密着性を改善する効果もあると考えられる。また、Siは酸化速度を低減しスケールを薄くする効果があり、スケールの密着性を改善する効果もあると考えられる。これらの相反する効果のバランスによってCr及びSiのスケールの密着性に及ぼす効果が変わってくる。基本的にはCr及びSiはスケールの密着性を劣化する効果の方が強いが、Cr+Si≧19.5の場合、Cr23が緻密になる効果が大きくなり、Cr及びSiのスケール密着性を劣化する効果はマイルドになると考えられる。また、Cr+Si<19.5かつSi≦0.20の場合、スケールが薄くなる効果が大きく、むしろSiはスケールの密着性を向上すると考えられる。これらの中間であるCr+Si<19.5かつSi>0.20の場合、Cr23が緻密になる効果及びスケールが薄くなる効果は少なく、Cr及びSiのスケールの密着性を劣化する効果は大きいと考えられる。Mnはスケールを厚くするが、スケールの厚みに占める(Fe,Mn,Cr)34層厚みの割合を増加する効果が大きくスケールの密着性を改善する。これは、(Fe,Mn,Cr)34はCr23よりも母材との熱膨張係数差が小さいため、スケール剥離の原因となる冷却過程で発生する熱応力を低減するためである。Ti及びAlは母材表層部で内部酸化することでスケールの密着性を改善する効果がある。Ti及びAlの内部酸化はスケールから根を生やすような形態であれば、投錨効果が発生し、スケールの密着性が改善する。また、Ti及びAlの内部酸化が分散的で、スケールと連結していない形態であっても、Alの内部酸化物が母材の熱収縮を緩和し、結果として熱応力を低減し、スケールの密着性が改善する。
【0046】
以上のような効果の検討の結果、耐浸炭性及び耐酸化性に優れた浸炭性を有する雰囲気となる自動車排気系又は燃料改質器用フェライト系ステンレス鋼板及びその製造方法を発明するに至った。本発明において「耐浸炭性及び耐酸化性に優れた浸炭性を有する雰囲気となる自動車排気系又は燃料改質器用フェライト系ステンレス鋼板」とは、耐浸炭性及び耐酸化性に優れたフェライト系ステンレス鋼板であって、浸炭性を有する雰囲気となる自動車排気系用、又は浸炭性を有する雰囲気となる燃料改質器用として用いられるフェライト系ステンレス鋼板を意味する。
【0048】
(1)一酸化炭素及び炭化水素系ガスを合計で1体積%以上且つ酸素が1体積%以下を含み、一酸化炭素及び炭化水素系ガスの合計量が酸素量の2倍以上を含む浸炭性を有する雰囲気もしくは、二酸化炭素が5体積%以上且つ酸素が1体積%以下を含む浸炭性を有する雰囲気に曝される自動車排気系部材または燃料電池高温部材として用いるフェライト系ステンレス鋼板であって、
質量%で、
C:0.02%以下、
N:0.02%以下、
Si:0.05%以上、3.0%以下、
Mn:0.05%以上、2.0%以下、
P:0.04%以下、
S:0.01%以下、
Cr:12.0%以上、25.0%以下、
Ni:0.01%以上、2.0%以下、
Ti:0.001%以上、0.40%以下、
Al:0.002%以上、0.25%以下、
V:0.01%以上、0.20%以下、
B:0.0002%以上、0.0050%以下、
を含有し、更に
Ca:0.0002%以上、0.0030%以下、
Mg:0.0002%以上、0.0030%以下、
の1種または2種を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、かつ、下記(i)式及び(ii)式を満たす組成を有し、水蒸気が10体積%、二酸化炭素が10体積%、一酸化炭素が10体積%、残りが窒素である雰囲気中で800℃に加熱し100時間継続した後で室温まで冷却したとき、ステンレス鋼板の表面に、スケールの厚みに占めるCr23層厚みの割合xが20%以上、スケールと母材との間のSi濃化層のSi濃度yが0.4%以上、かつ、下記(iii)式を満足するスケールを形成することを特徴とする耐浸炭性及び耐酸化性に優れた自動車排気系部材又は燃料電池高温部材用フェライト系ステンレス鋼板。
Cr+12Si−4Mn−14.5≧0 ・・・式(i)
aCr+bSi+1.6Mn+27Ti+33Al+13.5≧0 ・・・式(ii)
Cr+Si≧19.5の場合、a=−0.8、b=−0.2
Cr+Si<19.5かつSi≦0.20の場合、a=−1、b=29
Cr+Si<19.5かつSi>0.20の場合、a=−1、b=−3.7
x+10y/Si−50≧0 ・・・式(iii)
但し、式中の元素記号は、当該元素の含有量(質量%)を意味する。
(2)質量%で、更に
Cu:2.0%以下、
Mo:2.0%以下、
Nb:1.0%以下、の1種または2種以上を含有することを特徴とする()に記載の耐浸炭性及び耐酸化性に優れた自動車排気系部材又は燃料電池高温部材用フェライト系ステンレス鋼板。
(3)質量%にて、更に
Cr:14.5%未満、
Nb:0.35%未満、
Mo:0.50%未満、
C+N:0.020%超、
Cu+2Ni:0.30%超、
Ti:0.20%超、
の1種または2種以上を満足する前記(1)または前記(2)に記載の浸炭性を有する雰囲気中における耐浸炭性及び耐酸化性に優れた自動車排気系部材又は燃料電池高温部材用フェライト系ステンレス鋼板
(4)質量%にて、更に
Zr:0.01%以上、0.30%以下、
Y:0.001%以上、0.20%以下、
Hf:0.001%以上、1.0%以下、
REM:0.001%以上、0.20%以下、
W:0.01%以上、5.0%以下、
Sn:0.002%以上、1.0%以下、
Co:0.01%以上、0.30%以下、
Sb:0.005%以上、0.50%以下、
Bi:0.001%以上、1.0%以下、
Ta:0.001%以上、1.0%以下、
Ga:0.0002%以上、0.30%以下、
の1種または2種以上を含有することを特徴とする前記(1)〜(3)いずれかひとつに記載の耐浸炭性及び耐酸化性に優れた自動車排気系部材又は燃料電池高温部材用フェライト系ステンレス鋼板。
【0049】
)水蒸気が10体積%、二酸化炭素が10体積%、一酸化炭素が10体積%、残りが窒素である雰囲気中で850℃に加熱し200時間継続した後で室温まで冷却したときの酸化増量が1.30mg/cm2以下であり、かつ、水蒸気が10体積%、二酸化炭素が10体積%、一酸化炭素が10体積%、残りが窒素である雰囲気中で850℃に加熱し200時間継続した後のスケール付きのフェライト系ステンレス鋼板を大気950℃に加熱し200時間継続した後で室温まで冷却したときの酸化増量が2.50mg/cm2以下、スケール剥離量が0.50mg/cm2以下であることを特徴とする前記(1)〜()のいずれかひとつに記載の耐浸炭性及び耐酸化性に優れた自動車排気系部材又は燃料電池高温部材用フェライト系ステンレス鋼板。
【0050】
また、上記本発明で、下限の規定をしないものについては、不可避的不純物レベルまで含むことを示す。
【発明の効果】
【0051】
本発明によれば、特に浸炭性を有する雰囲気となる可能性の高い触媒前の自動車排気系部材として使用される耐浸炭性及び耐酸化性に優れた浸炭性を有する雰囲気となる自動車排気系用フェライト系ステンレス鋼板及びその製造方法を提供できる。
【0052】
また、本発明によれば、酸化環境が過酷となり、浸炭による耐酸化性の低下を抑制することが重要になる場合においても優れた耐浸炭性及び耐酸化性を付与できることから、酸化環境が苛酷となる高温化及び薄肉化などに対応することもできる。
【0053】
また、本発明によれば、低Cr化、低Nb化もしくはNb無添加、低Mo化もしくはMo無添加、高C化、高N化、Cu添加、Ni添加及びTiの過剰添加のいずれかを実施する場合においても優れた耐浸炭性及び耐酸化性を付与できることから、自動車排気系部材に適用することにより、低コスト化、高温強度向上、耐食性などの付加価値の追加ができ、環境対策や部品の低コスト化などに大きな効果が得られる。
【0054】
また、同様に浸炭性を有する高温環境となる、都市ガス、メタン、天然ガス、プロパン、灯油、ガソリン等の炭化水素系燃料を水素に改質する際に使用される改質器、熱交換器などの燃料電池高温部材として使用される耐浸炭性及び耐酸化性に優れた浸炭性を有する雰囲気となる燃料電池高温部材用フェライト系ステンレス鋼板及びその製造方法も提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0055】
図1】表1の本発明例1〜19及び比較例23〜41について、水蒸気が10体積%、二酸化炭素が10体積%、一酸化炭素が10体積%、残りが窒素である浸炭性を有する雰囲気中における850℃、200時間の連続酸化試験及び、表1の本発明例1〜19及び比較例32〜41について、水蒸気が10体積%、二酸化炭素が10体積%、一酸化炭素が10体積%、残りが窒素である浸炭性を有する雰囲気中における850℃、200時間の連続酸化試験の後に、続けて実施する大気における950℃、200時間の連続酸化試験における耐酸化性の評価に及ぼす、水蒸気が10体積%、二酸化炭素が10体積%、一酸化炭素が10体積%、残りが窒素である浸炭性を有する雰囲気中における800℃、100時間の連続酸化後のスケールの厚みに占めるCr23層厚みの割合x及びスケールと母材との間のSi濃化層のSi濃度yを用いた本発明規定の(iii)式の影響を示した図である。
図2】表1の本発明例1〜19及び比較例23〜41について、水蒸気が10体積%、二酸化炭素が10体積%、一酸化炭素が10体積%、残りが窒素である浸炭性を有する雰囲気中における800℃、100時間の連続酸化後のスケールの厚みに占めるCr23層厚みの割合x及びスケールと母材との間のSi濃化層のSi濃度yを用いた本発明規定の(iii)式に及ぼす、本発明規定の(i)式の影響を示した図である。
図3】表1の本発明例1〜19及び比較例34〜41について、水蒸気が10体積%、二酸化炭素が10体積%、一酸化炭素が10体積%、残りが窒素である浸炭性を有する雰囲気中における850℃、200時間の連続酸化試験の後に、続けて実施する大気における950℃、200時間の連続酸化試験におけるスケール密着性の評価に及ぼす、本発明規定の(ii)式の影響を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0056】
本発明を実施するための形態と限定条件について詳細に説明する。なお、本発明において特に注記のない場合、元素含有量等で記載する%は質量%を意味する。発明者らは、フェライト系ステンレス鋼の高温特性を調査している過程において、わずかな成分の違いで浸炭性を有する雰囲気中における耐酸化性が大きく異なることを見出した。
【0057】
(試験1)
先ず、表1の本発明例1〜19及び比較例20〜41が浸炭性を有する雰囲気中において形成するスケールを調査するために、水蒸気が10体積%、二酸化炭素が10体積%、一酸化炭素が10体積%、残りが窒素である浸炭性を有する雰囲気中における800℃、100時間の連続酸化試験を実施した。この酸化条件ではいずれも異常酸化せず、正常酸化時のスケールを評価できる。
【0058】
上記浸炭性を有する雰囲気中で形成したスケールの層構造は、グロー放電発光分析(GDS)により評価した。CrがOとともに検出され、Cr濃度の最大値が50質量%以上検出されるスケール層をCr23層、CrとFeとMnがOとともに検出され、Cr濃度の最大値が10質量%以上、Fe濃度とMn濃度の最大値の合計が10質量%以上、Cr濃度とFe濃度とMn濃度の最大値の合計が50質量%以上検出されるスケール層を(Fe,Mn,Cr)34層、MnがOとともに検出され、Mn濃度の最大値が10質量%以上検出され、Cr濃度が10質量%未満であるスケール層をMn酸化物層とした。
【0059】
例えば、Cr23層と(Fe,Mn,Cr)34層が隣接する場合、互いのCrのピークが干渉し、低Cr濃度である(Fe,Mn,Cr)34層のCrのピークが不明確となりCr濃度の最大値も判定できないことがある。このような場合は、FeやMnのピークが明確であれば、その位置のCr濃度を最大値とした。または、Cr濃度曲線の傾きの絶対値が最小となる点のCr濃度を最大値とした。
【0060】
Cr23層と(Fe,Mn,Cr)34層の境界がある場合、その境界は(Fe,Mn,Cr)34層のFeとMnの濃度が高い方の濃度が最大値の半値となる位置とした。Cr23層とMn酸化物層の境界がある場合、その境界はMn酸化物層のMn濃度が最大値の半値となる位置とした。(Fe,Mn,Cr)34層とMn酸化物層の境界がある場合、その境界は(Fe,Mn,Cr)34層のCr濃度が最大値の半値となる位置とした。Cr23層と母材の境界がある場合、その境界はCr23層のCr濃度が最大値の半値となる位置とした。(Fe,Mn,Cr)34層と母材の境界がある場合、その境界は(Fe,Mn,Cr)34層のMn濃度が最大値の半値となる位置とした。Mn酸化物層と母材の境界がある場合、その境界はMn酸化物層のMn濃度が最大値の半値となる位置とした。それぞれの境界から厚みを求めることで、スケール中に占めるCr23層厚みの割合を求めた。また、スケールと母材との間のSi濃化層のSi濃度もGDS分析結果から判定した。スケールと母材との間に母材のSi濃度よりも高いSi濃度のピークがある場合、そのピークのSi濃度をSi濃化層のSi濃度とした。なお、スケールと母材との間に母材のSi濃度より高いSi濃度のピークがなく、Si濃化層が確認できない場合は、母材のSi濃度をSi濃化層のSi濃度とする。また、スケールの中にその他の酸化物も含んで良く、その他の酸化物層を構成する特徴的な元素を用いて上記と同様の手段によって各層の境界、厚みを判定した。
【0061】
(試験2)
更に、上記試験1で評価したスケールを形成することができる表1の本発明例1〜19及び比較例20〜41の浸炭性を有する雰囲気中における耐酸化性を評価するために、表1の本発明例1〜19及び比較例20〜41について、水蒸気が10体積%、二酸化炭素が10体積%、一酸化炭素が10体積%、残りが窒素である浸炭性を有する雰囲気中における850℃、200時間の連続酸化試験を実施した。酸化試験に用いる試験片は全面#600研磨仕上げを施したものを使用した。なお、剥離したスケールも含む酸化試験片の重量増加の値を酸化試験片の表面積の値で除した値を酸化増量として評価した。
【0062】
上記試験2における酸化増量測定結果を表2に示す。上記試験2における酸化増量が、1.30mg/cm2より大きい表1の比較例20〜31は、表面にFeを多量に含む酸化物からなるノジュールを形成しており、異常酸化していた。一方、表1の本発明例1〜19及び比較例32〜41は同様のノジュールは観察されなかった。このことから、酸化増量が1.30mg/cm2以下の場合、異常酸化状態に該当せず、良好な耐酸化性を示し、正常酸化していると判定した。
【0063】
(試験3)
更に、試験2で形成されたスケールの密着性及び長期使用を考慮した上での保護性を評価するために、表1の本発明例1〜19及び比較例32〜41について、試験2のスケールが付いた状態で、大気における950℃、200時間の連続酸化試験を実施した。つまり、水蒸気が10体積%、二酸化炭素が10体積%、一酸化炭素が10体積%、残りが窒素である浸炭性を有する雰囲気中における850℃、200時間の連続酸化試験の後に、続けて大気における950℃、200時間の連続酸化試験を実施したことになる。
【0064】
950℃、200時間といった条件は、850℃に換算するとスケールの成長、つまりCrの消費は約1600時間相当になる。また、スケール剥離の原因となる冷却時に発生する熱ひずみは約1.1倍となり、また、スケールが厚くなり剥離が助長されるといった様に、スケール剥離に対する負荷は大きくなる。つまり、実環境においてスケール剥離に対して何らかの過負荷が生じることを踏まえることができ、スケール密着性及び長期使用を考慮した上での保護性を模擬的に評価できる。
【0065】
上記試験3における酸化増量及びスケール剥離量の測定結果を表2に示す。上記試験3における酸化増量が、2.50mg/cm2より大きい表1の比較例32、33は、表面にFeを多量に含む酸化物からなるノジュールを形成しており、異常酸化していた。一方、表1の本発明例1〜19及び比較例34〜41は同様のノジュールは観察されなかった。このことから、酸化増量が2.50mg/cm2以下の場合、異常酸化状態に該当せず、良好な耐酸化性を示し、正常酸化していると判定した。
【0066】
上記試験3におけるスケール剥離量が0.50mg/cm2より大きい表1の比較例34〜41は、スケール剥離により、金属面の露出が散見した。一方、表1の本発明例1〜19は、金属面の露出が観察されなかった。金属面が露出するような剥離状況に至らなければ実用上問題ない。このことから、スケール剥離量が0.50mg/cm2以下の場合を、スケールの密着性及び長期使用を考慮した上での保護性に優れている条件とした。
【0067】
発明者らは、上記試験2の酸化増量が1.30mg/cm2以下となり優れた浸炭性を有する雰囲気中における耐酸化性を有し、且つ、上記試験3の酸化増量が2.50mg/cm2以下となり長期使用を考慮した上で異常酸化を発生しない優れた保護性を有するための条件を鋭意検討した結果を図1に示す。この結果、上記試験1でステンレス鋼の表面に、スケールの厚みに占めるCr23層厚みの割合xが20%以上、スケールと母材との間のSi濃化層のSi濃度yが0.4%以上、かつ、下記(iii)式を満足するスケールを形成することを特徴とすることが耐浸炭性を改善し、更に耐酸化性を改善することが分かった。
x+10y/Si−50≧0 ・・・式(iii)
但し、式中の元素記号は、当該元素の含有量(質量%)を意味する。
【0068】
また、望ましくは、上記試験1でステンレス鋼の表面に、スケールの厚みに占めるCr23層厚みの割合xが30%以上、スケールと母材との間のSi濃化層のSi濃度yが0.6%以上、かつ、下記(iii´)式を満足するスケールを形成することを特徴とすると良い。
x+10y/Si−60≧0 ・・・式(iii´)
【0069】
更に、発明者らは、上記試験1でステンレス鋼の表面に、スケールの厚みに占めるCr23層厚みの割合xが20%以上、スケールと母材との間のSi濃化層のSi濃度yが0.4%以上、かつ、上記(iii)式を満足するスケールを形成する条件を鋭意検討した結果を図2に示す。この結果、下記(i)式を満足することを特徴とすることが耐浸炭性を改善し、更に耐酸化性を改善するために必要であるスケールを形成することが分かった。
Cr+12Si−4Mn−14.5≧0 ・・・式(i)
但し、式中の元素記号は、当該元素の含有量(質量%)を意味する。
【0070】
また、望ましくは、下記(i´)式を満足すると良い。
Cr+12Si−4Mn−16.5≧0 ・・・式(i´)
【0071】
更に、発明者らは、上記試験3のスケール剥離量が0.50mg/cm2以下となりスケールの密着性及び長期使用を考慮した上での保護性を有するための条件を鋭意検討した結果を図3に示す。この結果、下記(ii)式を満足することを特徴とすることが耐浸炭性を改善し、更に耐酸化性を改善することが分かった。
aCr+bSi+1.6Mn+27Ti+33Al+13.5≧0 ・・・式(ii)
Cr+Si≧19.5の場合、a=−0.8、b=−0.2
Cr+Si<19.5かつSi≦0.20の場合、a=−1、b=29
Cr+Si<19.5かつSi>0.20の場合、a=−1、b=−3.7
但し、式中の元素記号は、当該元素の含有量(質量%)を意味する。
【0072】
また、望ましくは、下記(ii´)式を満足することを特徴とすると良い。
aCr+bSi+1.6Mn+27Ti+33Al+13.2≧0 ・・・式(ii´)
Cr+Si≧19.5の場合、a=−0.8、b=−0.2
Cr+Si<19.5かつSi≦0.20の場合、a=−1、b=29
Cr+Si<19.5かつSi>0.20の場合、a=−1、b=−3.7
【0073】
更に、個々の元素の効果についても検討を進め、浸炭性を有する雰囲気中における耐酸化性に優れたフェライト系ステンレス鋼板を発明した。
【0074】
以下、本発明における各組成を限定した理由について説明する。
【0075】
(C:0.02%以下)
Cは、成形性と耐食性を劣化させ、高温強度の低下をもたらす。したがって、0.02%以下、好ましくは0.015%以下とする。但し、過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、下限は0.001%とするのが望ましい。また、Cは過度でなくとも低減に従い加速度的に精錬コストが増大する。また、一定以上のCの低減には特殊な設備が必要となることや、生産性を著しく損なうこともある。そのため、低コスト化を図るためにCの低減の緩和が望まれる場合がある。しかし、Cはオーステナイト形成元素であり、酸化の進行に伴う表層部のCr低下により、表層部のみフェライト相からオーステナイト相へ相変態することを助長する。浸炭性を有する雰囲気中においては、鋼中のCに加えて、浸炭により更にCが増加するため、表層部のフェライト相からオーステナイト相へ相変態することが助長される。同様にNもオーステナイト形成元素であり同様の効果がある。そのため、浸炭性を有する雰囲気中における耐酸化性を考慮すると、C+Nを0.020%超とすることは難しい。しかし、本発明の規定の範囲内であれば、C+Nを0.020%超とすることも可能である。
【0076】
(N:0.02%以下)
NはCと同様、成形性と耐食性を劣化させ、高温強度の低下をもたらす。したがって、0.02%以下とする。但し、過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、下限は0.003%とするのが望ましい。また、Nは過度でなくとも低減に従い加速度的に精錬コストが増大する。また、一定以上のNの低減には特殊な設備が必要となることや、生産性を著しく損なうこともある。そのため、低コスト化を図るためにNの低減の緩和が望まれる場合がある。しかし、Nはオーステナイト形成元素であり、酸化の進行に伴う表層部のCr低下により、表層部のみフェライト相からオーステナイト相へ相変態することを助長する。浸炭性を有する雰囲気中においては、浸炭により表層部のフェライト相からオーステナイト相へ相変態することが助長されているので、N低減の緩和による耐酸化性の劣化は大きい。同様にCもオーステナイト形成元素であり同様の効果がある。そのため、浸炭性を有する雰囲気中における耐酸化性を考慮すると、C+Nを0.020%超とすることは難しい。しかし、本発明の規定の範囲内であれば、C+Nを0.020%超とすることも可能である。
【0077】
(Si:0.05%以上、3.0%以下)
Siは、脱酸剤として添加される元素であるとともに、大気においても浸炭性を有する雰囲気中においても耐酸化性を改善する重要な元素である。耐酸化性を維持するためには0.05%以上の添加を必要とする。また、前述のように、本発明範囲においては、Si添加は、スケールの密着性を低下させる場合もある。また、過度に添加すると加工性が低下する。したがって、3.0%以下とする。更に、過度の低減は耐酸化性の低下に加え、脱酸不良やコスト増加を招き、過度の添加による加工性の低下を更に考慮すると、下限は0.10%とすることが望ましく、上限は2.8%が望ましい。より望ましくは、0.15〜1.2%の範囲である。
【0078】
(Mn:0.05%以上、2.0%以下)
Mnは、脱酸剤として添加される元素であるとともに、大気においても浸炭性を有する雰囲気中においてもスケールの密着性を改善する重要な元素である。スケールの密着性を維持するためには0.05%以上の添加を必要とする。また、前述のように、本発明範囲においては、Mn添加は浸炭性を有する雰囲気中における耐酸化性を低下させる。したがって、2.00%以下とする。更に、過度の低減はコスト増加を招き、また、過度に添加は耐酸化性の低下に加え、常温の均一伸びが低下する他、MnSを形成して耐食性が低下することを考慮すると、下限は0.10%とすることが望ましく、上限は1.50%が望ましい。より望ましくは、0.15〜1.20%の範囲である。
【0079】
(P:0.04%以下)
Pは、製鋼精錬時に主として原料から混入してくる不純物であり、含有量が高くなると、靭性や溶接性が低下するため、その含有量は少ないほど良い。したがって、0.04%以下とする。但し、過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、下限は0.01%とするのが望ましい。
【0080】
(S:0.01%以下)
Sは、製鋼精錬時に主として原料から混入してくる不純物であり、耐食性を劣化させるため、その含有量は少ないほど良い。したがって、0.01%以下とする。但し、過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、下限は0.0003%とするのが望ましい。
【0081】
(Cr:12.0%以上、25.0%以下)
Crは、耐酸化性を付与するためには非常に有効な元素であり、耐酸化性を維持するためには12.0%以上の添加を必要とする。一方、25.0%超では加工性が低下するとともに靭性の劣化をもたらすため、12.0〜25.0%とする。更に、耐酸化性に加え、高温強度、高温疲労特性や製造コストを考慮すると、下限は12.5%とすることが望ましく、上限は20%が望ましい。更に望ましくは、13.0〜18.0%である。また、Crは高価な元素であるため、低コスト化を図るために極力低減することが望まれる場合がある。しかし、浸炭性を有する雰囲気中における耐酸化性に特に重要な元素であり、14.5%未満とすることは難しい。しかし、本発明の規定の範囲内であれば、Crを14.5%未満とすることも可能である。さらに、低コスト化に加え、加工性の向上も考慮して、Crを14.0%未満とすることも可能である。
【0082】
(Ni:0.01%以上、2.0%以下)
Niは耐食性を向上させる元素であるとともに、高温強度及び靭性を向上させる効果もある。しかし、過度な添加は成型性を低下させる。したがって、0.01〜2.0%とする。更に、Niは高価であることを考慮すると、上限は1.0%が望ましい。更に望ましくは、0.50%である。また、Niの耐食性向上効果は大きく、耐食性という付加価値を追加する上では有効的な活用が望まれる場合がある。しかし、Niはオーステナイト形成元素であり、酸化の進行に伴う表層部のCr低下により、表層部のみフェライト相からオーステナイト相へ相変態することを助長する。浸炭性を有する雰囲気中においては、浸炭により表層部のフェライト相からオーステナイト相へ相変態することが助長されているので、Ni添加による耐酸化性の劣化は大きい。同様にCuもオーステナイト形成元素であり、Niのオーステナイト形成能はCuの約2倍である。そのため、浸炭性を有する雰囲気中における耐酸化性を考慮すると、Cu+2Niを0.30%超とすることは難しい。しかし、本発明の規定の範囲内であれば、Cu+2Niを0.30%超とすることも可能である。さらに、これら元素の効果を積極的に活用するために、Cu+2Niを1.00%超とすることも可能である。
【0083】
(Ti:0.001%以上、0.40%以下)
Tiは、C,N,Sと結合して耐食性、耐粒界腐食性、深絞り性の指標となるr値を向上させる元素である。また、Tiは、大気においても浸炭性を有する雰囲気中においても耐スケール剥離性を向上させる元素である。しかし、多量のTiは固溶Ti量が増加して均一伸びを低下させる。したがって、0.001〜0.40%以下とする。更に、精錬コストを考慮すると、下限は0.003%とするのが望ましい。更に、粗大なTi系析出物を形成し、穴拡げ加工時の割れの起点になり、穴拡げ性を劣化させることを考慮すると、上限は0.30%が望ましい。更に、表面疵の発生を考慮すると、上限は0.25%が更に望ましい。また、Tiの耐食性向上効果は大きく、耐食性という付加価値を追加する上では有効的な活用が望まれる場合がある。しかし、過度に添加すると、Crの酸化を促進して母材表層部のCr低下を促進する、もしくは、スケール中のボイドや空孔などを増加することにより一酸化炭素もしくは炭化水素系ガスがスケールを透過し易くすることで、浸炭性を有する雰囲気中における耐酸化性が低下する。そのため、浸炭性を有する雰囲気中における耐酸化性を考慮すると、Tiを0.20%超とすることは難しい。しかし、本発明の規定の範囲内であれば、Tiを0.20%超とすることも可能である。
【0084】
(Al:0.002%以上、0.25%以下)
Alは、脱酸元素として添加される他、固溶強化元素として高温強度向上に有用である。また、Alは、大気においても浸炭性を有する雰囲気中においても耐スケール剥離性を向上させる元素である。しかし、過度の添加は硬質化して均一伸びを著しく低下させる他、靭性が著しく低下する。したがって、0.002〜0.25%とする。更に、精錬コストを考慮すると、下限は0.005%とするのが更に望ましい。更に、表面疵の発生や溶接性を考慮すると、上限は0.20%が望ましい。
【0085】
(V:0.01%以上、0.20%以下)
Vは、微細な炭窒化物を形成し、析出強化作用が生じて高温強度向上に寄与する。しかし、過度の添加は析出物を粗大化して高温強度が低下し、熱疲労寿命は低下してしまう。したがって、0.01〜0.20%とする。
【0086】
(B:0.0002%以上、0.0050%以下)
Bは、高温強度や熱疲労特性を向上させる元素である。しかし、過度の添加は熱間加工性や鋼表面の表面性状を低下させる。したがって、0.0002〜0.0050%以下とする。
【0087】
加えて、本発明では、Cu、Mo、Nbの1種または2種以上を添加することにより、特性を更に向上させることができる。
【0088】
(Cu:2.0%以下)
Cuは、耐食性向上に有効な元素である。また、Cuは高温強度を向上する元素であり、Cr、Nb、Moの代替もしくは、Cr、Nb、Moを利用した上で更なる高温強度向上を図るために有効的な活用が望まれる場合がある。高温強度はε−Cuが析出することによる析出硬化作用により向上される。しかし、過度な添加は熱間加工性を低下させる。したがって、2.0%以下とする。ただし、NbまたはMoが本発明の規定の範囲内であれば無添加でもよい。また、過度な添加はプレス成型性を低下させることを考慮すると、上限は1.50%が望ましい。更に望ましくは、1.30%である。また、Cuはオーステナイト形成元素であり、酸化の進行に伴う表層部のCr低下により、表層部のみフェライト相からオーステナイト相へ相変態することを助長する。浸炭性を有する雰囲気中においては、浸炭により表層部のフェライト相からオーステナイト相へ相変態することが助長されているので、Cu添加による耐酸化性の劣化は大きい。同様にNiもオーステナイト形成元素であり、Niのオーステナイト形成能はCuの約2倍である。そのため、浸炭性を有する雰囲気中における耐酸化性を考慮すると、Cu+2Niを0.30%超とすることは難しい。しかし、本発明の規定の範囲内であれば、Cu+2Niを0.30%超とすることも可能である。さらに、これら元素の効果を積極的に活用するために、Cu+2Niを1.00%超とすることも可能である。Cu含有量を0.01%以上とすると好ましい。
【0089】
(Mo:2.00%以下)
Moは、耐食性を向上させるとともに、固溶強化による高温強度向上に対して有効である。しかし、過度な添加は成型性を低下させる。したがって、2.00%以下とする。更に、製造性を考慮すると、上限は1.50%が望ましい。また、Moは高価な元素であるため、低コスト化を図るために低減もしくは無添加とすることが望まれる場合がある。しかし、Moはフェライト形成元素であり、酸化の進行に伴う表層部のCr低下により、表層部のみフェライト相からオーステナイト相へ相変態することを抑制する。浸炭性を有する雰囲気中においては、浸炭により表層部のフェライト相からオーステナイト相へ相変態することが助長されているので、Mo添加による耐酸化性の改善は大きい。そのため、浸炭性を有する雰囲気中における耐酸化性を考慮すると、Moを0.50%未満もしくは無添加とすることは難しい。しかし、本発明の規定の範囲内であれば、Moを0.50%未満もしくは無添加とすることも可能である。Mo含有量を0.01%以上とすると好ましい。
【0090】
(Nb:1.00%以下)
Nbは、固溶強化及び析出物微細化強化により高温強度を向上させるとともに、CやNを炭窒化物として固定し、耐食性、耐粒界腐食性を向上させる。しかし、過度な添加は均一伸びを低下させ、穴拡げ性が劣化する。したがって、1.00%以下とする。更に、製造性を考慮すると、上限は0.60%が望ましい。また、Nbは高価な元素であり、また、生産の9割がブラジルであり、供給偏在性が高いため、資源リスクが高く、低コスト化を図るために低減もしくは無添加とすることが望まれる場合がある。しかし、Nbはフェライト形成元素であり、酸化の進行に伴う表層部のCr低下により、表層部のみフェライト相からオーステナイト相へ相変態することを抑制する。浸炭性を有する雰囲気中においては、浸炭により表層部のフェライト相からオーステナイト相へ相変態することが助長されているので、Nb添加による耐酸化性の改善は大きい。更に浸炭性を有する雰囲気中においては、浸炭してくるCと反応して浸炭速度を遅延する効果もある。そのため、浸炭性を有する雰囲気中における耐酸化性を考慮すると、Nbを0.35%未満もしくは無添加とすることは難しい。しかし、本発明の規定の範囲内であれば、Nbを0.35%未満もしくは無添加とすることも可能である。Nb含有量を0.001%以上とすると好ましい。
【0091】
加えて、本発明では、Ca、Zr、Y、Hf、REMの1種または2種以上を添加することにより、特性を更に向上させることができる。
【0092】
(Ca:0.0002%以上、0.0030%以下)
Caは、脱硫のために必要に応じて添加される。この作用は0.0002%未満では発現しないため、下限を0.0002%とする。しかし、過度の添加は水溶性の介在物であるCaSの生成により耐食性を低下させるため、上限を0.0030%とする。また、Caは耐酸化性を向上する元素でもある。
【0093】
(Zr:0.01%以上、0.30%以下)
Zrは、耐食性、耐粒界腐食性、高温強度を向上するため、必要に応じて0.01%以上添加する。しかし、過度の添加は加工性、製造性を低下させるため、上限を0.30%とする。また、Zrは耐酸化性を向上する元素でもある。
【0094】
(Y:0.001%以上、0.20%以下)
Yは、鋼の清浄度を向上し、耐銹性、熱間加工性を向上するため、必要に応じて0.001%以上添加する。しかし、過度の添加は合金コストの上昇と製造性の低下に繋がるため、上限を0.20%とする。また、Yは耐酸化性を向上する元素でもある。
【0095】
(Hf:0.001%以上、1.0%以下)
Hfは耐食性、耐粒界腐食性、高温強度を向上するため、必要に応じて0.001%以上添加する。しかし、過度の添加は加工性、製造性を低下させるため、上限を1.0%とする。また、Hfは耐酸化性を向上する元素でもある。
【0096】
(REM:0.001%以上、0.20%以下)
REM(希土類元素)は、鋼の清浄度を向上し、耐銹性、熱間加工性を向上するため、必要に応じて0.001%以上添加する。しかし、過度の添加は合金コストの上昇と製造性の低下に繋がるため、上限を0.20%とする。また、REMは耐酸化性を向上する元素でもある。REMは、一般的な定義に従う。スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)の2元素と、ランタン(La)からルテチウム(Lu)までの15元素(ランタノイド)の総称を指す。単独で添加しても良いし、混合物であっても良い。
【0097】
加えて、本発明では、W、Sn、Mg、Co、Sb、Bi、Ta、Gaの1種または2種以上を添加することにより、特性を更に向上させることができる。
【0098】
(W:0.01%以上、5.0%以下)
Wは、耐食性と高温強度を向上するため、必要に応じて0.01%以上添加する。しかし、過度の添加は靭性、製造性を低下させるため、上限を5.0%とする。
【0099】
(Sn:0.002%以上、1.0%以下)
Snは、耐食性と高温強度を向上するため、必要に応じて0.002%以上添加する。しかし、過度の添加は靭性、製造性を低下させるため、上限を1.0%とする。
【0100】
(Mg:0.0002%以上、0.0030%以下)
Mgは、脱酸元素として添加させる場合がある他、スラブの組織を微細化させ、成型性向上に利用できるため、必要に応じて0.0002%以上添加する。しかし、過度の添加は耐食性、溶接性、表面品質を低下させるため、上限を0.0030%とする。
【0101】
(Co:0.01%以上、0.30%以下)
Coは、高温強度を向上するため、必要に応じて0.01%以上添加する。しかし、過度の添加は靭性、製造性を低下させるため、上限を0.30%とする。
【0102】
(Sb:0.005%以上、0.50%以下)
Sbは、高温強度を向上するため、必要に応じて0.005%以上添加する。しかし、過度の添加は溶接性、靭性を低下させるため、上限を0.50%とする。
【0103】
(Bi:0.001%以上、1.0%以下)
Biは、冷間圧延時に発生するローピングを抑制し、製造性を向上するため、必要に応じて0.001%以上添加する。しかし、過度の添加は熱間加工性を低下させるため、上限を1.0%とする。
【0104】
(Ta:0.001%以上、1.0%以下)
Taは、高温強度を向上するため、必要に応じて0.001%以上添加する。しかし、過度の添加は靭性、製造性を低下させるため、上限を1.0%とする。
【0105】
(Ga:0.0002%以上、0.30%以下)
Gaは、耐食性と耐水素脆化特性を向上するため、必要に応じて0.0002%以上添加する。しかし、過度の添加は加工性を低下させるため、上限を0.30%とする。
【0106】
更に、浸炭性を有する雰囲気中における耐酸化性の指標は、水蒸気が10体積%、二酸化炭素が10体積%、一酸化炭素が10体積%、残りが窒素である雰囲気中で850℃に加熱し200時間継続した後で室温まで冷却したときの酸化増量とした。この値が、1.30mg/cm2以下の場合、異常酸化状態に該当せず、良好な浸炭性を有する雰囲気中における耐酸化性を示しているとした。
【0107】
また、浸炭性を有する雰囲気中において形成されたスケールの密着性及び長期使用を考慮した上での保護性の指標は、水蒸気が10体積%、二酸化炭素が10体積%、一酸化炭素が10体積%、残りが窒素である雰囲気中における850℃、200時間の連続酸化試験の後に、続けて大気における950℃、200時間の連続酸化試験を実施した後で室温まで冷却したときの酸化増量とスケール剥離量とした。この酸化増量の値が、2.50mg/cm2以下の場合、異常酸化に該当せず、スケール剥離量が0.50mg/cm2以下であれば金属面が露出するような剥離状況に至らず、良好なスケールの密着性及び長期使用を考慮した上での保護性を示しているとした。
【0108】
次に、本発明における浸炭性を有する雰囲気について説明する。
【0109】
本発明における浸炭性を有する雰囲気とは、雰囲気中のC活量が鋼中のC活量より大きい雰囲気であり、例えば、雰囲気中に一酸化炭素もしくは炭化水素系ガスを含み、雰囲気に含まれる酸素が全て一酸化炭素もしくは炭化水素系ガスと反応しても一酸化炭素もしくは炭化水素系ガスが残存する組成の雰囲気である。また、雰囲気中に多量の二酸化炭素を含み、酸化に使用される酸素源として二酸化炭素が使用されると想定される雰囲気も浸炭性を有する雰囲気である。
【0110】
更に、雰囲気中の一酸化炭素もしくは炭化水素系ガスが酸素と反応している間は浸炭が緩やかになっていると考えられるので、酸素量が少ない方がその反応時間もしくは頻度が短くなり浸炭が発生する可能性は高くなると考えられる。また、二酸化炭素による浸炭の場合は、酸素が酸化に使用され鋼材表面の狭い範囲において酸素が欠乏することで二酸化炭素が酸化に使用され始め、それに伴い浸炭が発生すると考えられる。つまり、酸素量が少ない方が二酸化炭素による酸化及び浸炭が発生する可能性が高くなると考えられる。したがって、本発明における浸炭性を有する雰囲気は、一酸化炭素及び炭化水素系ガスを合計で1体積%以上且つ酸素が1体積%以下を含み、一酸化炭素及び炭化水素系ガスの合計量が酸素量の2倍以上を含む雰囲気もしくは、二酸化炭素が5体積%以上且つ酸素が1体積%以下を含む雰囲気と解釈することが望ましい。
【0111】
更に、雰囲気中の一酸化炭素及び炭化水素系ガスの合計量と酸素量の乖離が大きいほど、一酸化炭素もしくは炭化水素系ガスと酸素の反応と一酸化炭素もしくは炭化水素系ガスによる浸炭反応が平行して同時に発生し易くなると考えられる。また、二酸化炭素量が多いほど、酸素による酸化と二酸化炭素による酸化が平行して同時に発生し易くなると考えられる。したがって、本発明における浸炭性を有する雰囲気は、一酸化炭素及び炭化水素系ガスを合計で2体積%以上且つ酸素が1体積%以下を含み、一酸化炭素及び炭化水素系ガスの合計が酸素の5倍以上を含む雰囲気もしくは、二酸化炭素が10体積%以上且つ酸素が1体積%以下を含む雰囲気と解釈することが更に望ましい。
【0112】
次に、本発明における耐浸炭性及び耐酸化性に優れた浸炭性を有する雰囲気となる自動車排気系又は燃料改質器用フェライト系ステンレス鋼板の製造方法について説明する。
【0113】
本発明の鋼板の製造方法については、フェライト系ステンレス鋼を製造する一般的な工程を採用できる。一般に、転炉又は電気炉で溶鋼とし、AOD炉やVOD炉などで精練して、連続鋳造法又は造塊法で鋼片とした後、熱間圧延−熱延板の焼鈍−酸洗−冷間圧延−仕上げ焼鈍−酸洗の工程を経て製造される。必要に応じて、熱延板の焼鈍を省略してもよいし、冷間圧延−仕上げ焼鈍−酸洗を繰り返し行ってもよい。これら各工程の条件は一般的条件で良く、例えば熱延加熱温度1000〜1300℃、熱延板焼鈍温度900〜1200℃、冷延板焼鈍温度800〜1200℃等で行うことが出来る。但し、本発明は製造条件を特徴とするものではなく、その製造条件は限定されるものではない。そのため、製造された鋼が本発明の効果が得られる限りにおいて、熱延条件、熱延板厚、熱延板焼鈍の有無、冷延条件、熱延板及び冷延板焼鈍温度、雰囲気などは適宜選択することが出来る。
また、仕上酸洗前の処理は一般的な処理を行って良く、例えば、ショットブラストや研削ブラシなどの機械的処理や、溶融ソルト処理や中性塩電解処理などの化学的処理を行うことができる。また、冷延・焼鈍後に調質圧延やテンションレベラーを付与しても構わない。更に、製品板厚についても、要求部材厚に応じて選択すれば良い。また、この鋼板を素材として電気抵抗溶接、TIG溶接、レーザー溶接などの通常の排気系部材用ステンレス鋼管の製造方法によって溶接管として製造しても良い。
【0114】
次に、浸炭性を有する雰囲気中での使用について説明する。
【0115】
フェライト系ステンレス鋼板を浸炭性を有する雰囲気中で使用する場合、その雰囲気中において鋼板の表面にスケールの厚みに占めるCr23層厚みの割合xが20%以上、スケールと母材との間のSi濃化層のSi濃度yが0.4%以上、かつ、下記(iii)式を満足するスケールを形成することが優れた耐浸炭性及び耐酸化性を有するために必要である。
x+10y/Si−50≧0 ・・・式(iii)
但し、式中の元素記号は、当該元素の含有量(質量%)を意味する。
【0116】
この優れた耐浸炭性及び耐酸化性を有するために必要であるスケールは上記本発明に規定する成分を有するフェライト系ステンレス鋼を用い、浸炭性を有する雰囲気中においてステンレス鋼の表面に形成される。浸炭性を有する雰囲気中とは、一酸化炭素、二酸化炭素、炭化水素系ガスのいずれか1種または2種以上と水蒸気を含む雰囲気中であり、600〜1000℃の範囲で熱処理することにより、本発明のフェライト系ステンレス鋼の表面に形成される。また、浸炭性を有する雰囲気には窒素、水素、アルゴン、窒素酸化物、硫黄酸化物などのその他ガスを含んでも良い。
【0117】
また、優れた耐浸炭性及び耐酸化性を有するために必要であるスケールは予め浸炭性を有する雰囲気中において鋼板に形成していても良いが、最終製品のシステム運転初期の試運転等で形成しても良いし、ユーザーが実運転する中で浸炭性を有する雰囲気になった時に形成しても良い。但し、運転中において形成されたスケールの構造を確認することはできない。そのため、最終製品を構成する鋼板が優れた耐浸炭性及び耐酸化性を有するために必要であるスケールを形成し得るか評価する必要がある。
【0118】
優れた耐浸炭性及び耐酸化性を有するために必要であるスケールを形成し得るか評価する方法としては、フェライト系ステンレス鋼板を浸炭性を有する雰囲気中で熱処理を行い、形成されたスケールを評価すると良い。
【0119】
優れた耐浸炭性及び耐酸化性を有するために必要であるスケールを形成し得るか評価する際に使用する熱処理条件は限定されるものではないが、雰囲気は浸炭性を有し、酸化源として水蒸気が含まれていれば良い。浸炭性を有するには、雰囲気中のC活量が鋼中のC活量より大きければ良い。例えば、雰囲気中に一酸化炭素もしくは炭化水素系ガスを含み、雰囲気に含まれる酸素が全て一酸化炭素もしくは炭化水素系ガスと反応しても1体積%程度以上の一酸化炭素もしくは炭化水素系ガスが残存する組成の雰囲気であれば良い。また、雰囲気中のC活量の目安としては、熱処理温度において0.00001以上あれば良い。例えば、水蒸気が10体積%、二酸化炭素が10体積%、一酸化炭素が10体積%、残りが窒素である浸炭性を有する雰囲気中で800℃に加熱し100時間の熱処理を実施すれば良い。
【0120】
優れた耐浸炭性及び耐酸化性を有するために必要であるスケールを形成し得るか評価する際のスケールの評価方法はグロー放電発光分析(GDS)を用いる。具体的な評価方法については、上記試験1と同様に実施すると良い。
【0121】
上記の評価により、鋼板の表面にスケールの厚みに占めるCr23層厚みの割合xが20%以上、スケールと母材との間のSi濃化層のSi濃度yが0.4%以上、かつ、下記(iii)式を満足するスケールを形成するフェライト系ステンレス鋼板であって、更に、上記規定の鋼成分を有し、下記(i)式及び(ii)式を満足することで、優れた耐浸炭性及び耐酸化性を有し、更に、優れたスケール密着性を有し、長期使用を考慮した上でも保護性に優れるフェライト系ステンレス鋼板として、浸炭性を有する雰囲気となる可能性のある環境で使用できる。
Cr+12Si−4Mn−14.5≧0 ・・・式(i)
aCr+bSi+1.6Mn+27Ti+33Al+13.5≧0 ・・・式(ii)
Cr+Si≧19.5の場合、a=−0.8、b=−0.2
Cr+Si<19.5かつSi≦0.20の場合、a=−1、b=29
Cr+Si<19.5かつSi>0.20の場合、a=−1、b=−3.7
x+10y/Si−50≧0 ・・・式(iii)
但し、式中の元素記号は、当該元素の含有量(質量%)を意味する。
【実施例】
【0122】
以下、実施例により本発明の効果をより明らかなものとする。なお、本発明は、以下の実施例に限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することができる。
【0123】
表1に示す成分組成を有する供試材(本発明鋼1〜19,比較鋼20〜41)を真空溶解炉で溶製して30kgインゴットに鋳造した。得られたインゴットは厚さ4.5mmの熱延鋼板とした。熱間圧延の加熱条件は、1200℃であった。熱延板焼鈍は、1000℃とした。アルミナブラストで脱スケール処理した後、冷間圧延にて1.0mmの厚さの板とし、1100℃保持の仕上焼鈍を実施した。このようにして得られた冷延焼鈍板から、厚さ1.0mm×幅20mm×長さ25mmの試験片を採取し、全面#600研磨仕上げを施したものを、酸化試験に使用した。
【0124】
【表1-1】
【表1-2】
【0125】
(試験1)
先ず、表1の本発明例1〜19及び比較例20〜41に浸炭性を有する雰囲気中において形成されるスケールを調査した。浸炭性を有する雰囲気中でスケールを形成するための酸化試験には、雰囲気制御可能である管状炉を使用した。試験片を炉内に設置した後、窒素雰囲気で800℃まで昇温した。その後、雰囲気を、水蒸気が10体積%、二酸化炭素が10体積%、一酸化炭素が10体積%、残りが窒素の混合雰囲気に切り替え、800℃で100時間保持した。その後、窒素雰囲気に切り替え室温まで冷却した。
【0126】
上記浸炭性を有する雰囲気中で形成したスケールの層構造は、グロー放電発光分析(GDS)により評価した。CrがOとともに検出され、Cr濃度の最大値が50質量%以上検出されるスケール層をCr23層、CrとFeとMnがOとともに検出され、Cr濃度の最大値が10質量%以上、Fe濃度とMn濃度の最大値の合計が10質量%以上、Cr濃度とFe濃度とMn濃度の最大値の合計が50質量%以上検出されるスケール層を(Fe,Mn,Cr)34層、MnがOとともに検出され、Mn濃度の最大値が10質量%以上検出され、Cr濃度が10質量%未満であるスケール層をMn酸化物層とした。
【0127】
例えば、Cr23層と(Fe,Mn,Cr)34層が隣接する場合、互いのCrのピークが干渉し、低Cr濃度である(Fe,Mn,Cr)34層のCrのピークが不明確となりCr濃度の最大値も判定できないことがある。このような場合は、FeやMnのピークが明確であれば、その位置のCr濃度を最大値とした。または、Cr濃度曲線の傾きの絶対値が最小となる点のCr濃度を最大値とした。
【0128】
Cr23層と(Fe,Mn,Cr)34層の境界がある場合、その境界は(Fe,Mn,Cr)34層のFeとMnの濃度が高い方の濃度が最大値の半値となる位置とした。Cr23層とMn酸化物層の境界がある場合、その境界はMn酸化物層のMn濃度が最大値の半値となる位置とした。(Fe,Mn,Cr)34層とMn酸化物層の境界がある場合、その境界は(Fe,Mn,Cr)34層のCr濃度が最大値の半値となる位置とした。Cr23層と母材の境界がある場合、その境界はCr23層のCr濃度が最大値の半値となる位置とした。(Fe,Mn,Cr)34層と母材の境界がある場合、その境界は(Fe,Mn,Cr)34層のMn濃度が最大値の半値となる位置とした。Mn酸化物層と母材の境界がある場合、その境界はMn酸化物層のMn濃度が最大値の半値となる位置とした。それぞれの境界から厚みを求めることで、スケール中に占めるCr23層厚みの割合を求めた。また、スケールと母材との間のSi濃化層のSi濃度もGDS分析結果から判定した。スケールと母材との間に母材のSi濃度よりも高いSi濃度のピークがある場合、そのピークのSi濃度をSi濃化層のSi濃度とした。なお、スケールと母材との間に母材のSi濃度より高いSi濃度のピークがなく、Si濃化層が確認できない場合は、母材のSi濃度をSi濃化層のSi濃度とする。また、スケールの中にその他の酸化物を含む場合、その他の酸化物層を構成する特徴的な元素を用いて上記と同様の手段によって各層の境界、厚みを判定した。
【0129】
浸炭性を有する雰囲気中において形成されるスケールの厚みに占めるCr23層厚みの割合x及びスケールと母材との間のSi濃化層のSi濃度yの評価結果を表2に示す。
【0130】
【表2】
【0131】
(試験2)
次に、上記試験1で評価した表2に示されるスケールを形成することができる表1の本発明例1〜19及び比較例20〜41の耐浸炭性及び耐酸化性を評価した。本評価のための酸化試験には、試験1と同じ雰囲気制御可能である管状炉を使用した。試験片を炉内に設置した後、窒素雰囲気で850℃まで昇温した。その後、雰囲気を、水蒸気が10体積%、二酸化炭素が10体積%、一酸化炭素が10体積%、残りが窒素である浸炭性を有する雰囲気に切り替え、850℃で200時間保持した。その後、窒素雰囲気に切り替え室温まで冷却した。この酸化試験では酸化後試験片のスケールが剥離することはほぼないが、スケールが剥離した場合は、剥離したスケールも回収し、剥離したスケールも含む酸化後試験片の重量増加の値を試験片の表面積の値で除した値を酸化増量とした。このような、浸炭性を有する雰囲気中、850℃、200時間の連続酸化試験における酸化増量を用いて、耐浸炭性及び耐酸化性を評価した。酸化増量が1.30mg/cm2以下であれば、耐酸化性は良好とし、浸炭による酸化の促進もなかったと考えられるので、耐浸炭性も良好とした。
【0132】
浸炭性を有する雰囲気中、850℃、200時間の連続酸化試験における酸化増量の測定結果を表2に示す。
【0133】
(試験3)
更に、上記試験2で耐浸炭性及び耐酸化性が良好であると評価された、表1の本発明例1〜19及び比較例32〜41について、浸炭性を有する雰囲気中において形成されるスケールの密着性及び長期使用を考慮した上での保護性を評価した。本評価のための酸化試験は、浸炭性を有する雰囲気中の酸化試験と大気中の酸化試験を連続で実施する試験とした。浸炭性を有する雰囲気中の酸化試験には、試験1及び試験2と同じ雰囲気制御可能である管状炉を使用した。試験片を炉内に設置した後、窒素雰囲気で850℃まで昇温した。その後、雰囲気を、水蒸気が10体積%、二酸化炭素が10体積%、一酸化炭素が10体積%、残りが窒素である浸炭性を有する雰囲気に切り替え、850℃で200時間保持した。その後、窒素雰囲気に切り替え室温まで冷却した。この浸炭性を有する雰囲気中の酸化後試験片を用いて、続けて大気中の酸化試験を実施した。大気中の酸化試験には静止大気中での熱処理を行うマッフル炉を使用した。浸炭性を有する雰囲気中の酸化後試験片を炉内に設置した後、950℃まで昇温した。その後、950℃で200時間保持した後、室温まで冷却した。酸化後冷却過程においてスケールが剥離した場合は、剥離したスケールも回収し、剥離したスケールも含む酸化後試験片の重量増加の値を試験片の表面積の値で除した値を酸化増量とした。また、剥離したスケールの重量の値を試験片の表面積の値で除した値をスケール剥離量とした。このような、浸炭性を有する雰囲気中、850℃、200時間の連続酸化試験と、大気中、950℃、200時間の連続酸化試験を連続で行う試験における酸化増量とスケール剥離量を用いて、浸炭性を有する雰囲気中において形成されるスケールの密着性及び長期使用を考慮した上での保護性を評価した。酸化増量を2.50mg/cm2以下、スケール剥離量を0.50mg/cm2以下を良好とした。
【0134】
浸炭性を有する雰囲気中、850℃、200時間の連続酸化試験と、大気中、950℃、200時間の連続酸化試験を連続で行う試験における酸化増量とスケール剥離量の測定結果を表2に示す。
【0135】
本発明例1〜19は、成分組成、浸炭性を有する雰囲気中において形成されるスケールの厚みに占めるCr23層厚みの割合x、スケールと母材との間のSi濃化層のSi濃度yが本発明の規定の範囲内であり、更に、(i)式、(ii)式、(iii)式を満足しており、浸炭性を有する雰囲気中における耐酸化性、浸炭性を有する雰囲気中において形成されるスケールの密着性及び長期使用を考慮した上での保護性のいずれも良好である。
【0136】
比較例20はCrが適正範囲の下限を外れており、x及び(iii)式を満足せず、試験2の酸化増量が1.30mg/cm2超であり、耐浸炭性及び耐酸化性が不十分である。
【0137】
比較例21はSiが適正範囲の下限を外れており、yを満足せず、試験2の酸化増量が1.30mg/cm2超であり、耐浸炭性及び耐酸化性が不十分である。
【0138】
比較例22はMnが適正範囲の上限を外れており、xを満足せず、試験2の酸化増量が1.30mg/cm2超であり、耐浸炭性及び耐酸化性が不十分である。
【0139】
比較例23〜31は個別の成分組成は適正範囲内であるが(i)式が適正範囲外であってその点で成分組成が外れており、比較例24はxと(iii)式を満足せず、比較例23、25、28、30はyと(iii)式を満足せず、比較例26、27、29、31は(iii)式を満足せず、試験2の酸化増量が1.30mg/cm2超であり、耐浸炭性及び耐酸化性が不十分である。
【0140】
比較例32、33は個別の成分組成は適正範囲内であるが(i)式が僅かに適正範囲外であり、(iii)式を僅かに満足せず、試験2の酸化増量は1.30mg/cm2以下であるが、試験3の酸化増量が2.50mg/cm2超であり、長期使用を考慮した上での保護性が不十分である。
【0141】
比較例34、35は、成分組成のSi上限またはMn下限が外れるため、スケール剥離量が多く、保護性が不十分である。
【0142】
比較例36〜41は個別の成分組成及び(i)式は適正範囲内であり、x、y及び(iii)式を満足し、試験2の酸化増量は1.30mg/cm2以下であり、試験3の酸化増量は2.50mg/cm2以下であるが、(ii)式が適正範囲外であってその点で成分組成が外れており、試験3のスケール剥離量が0.50mg/cm2超であり、浸炭性を有する雰囲気中において形成されるスケールの密着性及び長期使用を考慮した上での保護性が不十分である。
【0143】
これらから明らかなように、本発明で規定する個別の成分組成を有し、(i)式及び(ii)式を満足して本発明の成分組成を具備し、浸炭性を有する雰囲気中において形成されるスケールの厚みに占めるCr23層厚みの割合xが20%以上、スケールと母材との間のSi濃化層のSi濃度yが0.4%以上、かつ、(iii)式を満足する本発明例は、比較例に比べて浸炭性を有する雰囲気中、850℃、200時間の連続酸化試験における酸化増量が非常に少なく、耐浸炭性及び耐酸化性に優れており、更に、浸炭性を有する雰囲気中、850℃、200時間の連続酸化試験と、大気中、950℃、200時間の連続酸化試験を連続で行う試験における酸化増量とスケール剥離量が非常に少なく、浸炭性を有する雰囲気中において形成されるスケールの密着性及び長期使用を考慮した上での保護性に優れていることがわかる。
【0144】
以上から、本発明が極めて優れた特性を有することは明らかである。
図1
図2
図3