【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は孤発性タウオパチーモデルマウスを提供する。本発明の孤発性タウオパチーモデルマウスは、二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンと、タウタンパク質の単量体とを含む溶液をインキュベーションして形成されたタウ線維を、正常タウ遺伝子のみを有するマウスの脳内に注入して得られる。
【0010】
本発明の孤発性タウオパチーモデルマウスにおいて、前記グリコサミノグリカンは、硫酸デキストラン又は多硫酸ペントサンの場合がある。
【0011】
本発明の孤発性タウオパチーモデルマウスは、前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入してから4ヶ月以内に該マウスから脳を回収し、該脳内のタウ線維病理構造物の特性を解析するために用いられる場合がある。
【0012】
本発明の孤発性タウオパチーモデルマウスは、前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入してから4ヶ月を超える時期に該マウスから脳を回収し、該脳内のタウ線維病理構造物の特性を解析するためにさらに用いられる場合がある。
【0013】
本発明は、本発明の孤発性タウオパチーモデルマウスの脳内に前記タウ線維を注入してから4ヶ月以内に該マウスから回収されたマウス脳を提供する。
【0014】
本発明は、孤発性タウオパチーモデルマウスの解析方法を提供する。本発明の孤発性タウオパチーモデルマウスの解析方法は、正常タウ遺伝子のみを有するマウスの脳に、二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体とを含む溶液をインキュベーションして形成されたタウ線維を注入するステップと、前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入してから4ヶ月以内の時期に、前記タウ線維が注入されたマウスの少なくとも一部から脳を回収するステップと、前記脳内のタウ線維病理構造物の特性を解析するステップとを含む。
【0015】
本発明の孤発性タウオパチーモデルマウスの解析方法は、前記マウスの脳内に注入してから4ヶ月を超える時期に、前記タウ線維が注入されたマウスの少なくとも一部から脳を回収するステップと、前記脳内のタウ線維病理構造物の特性を解析するステップとをさらに含む場合がある。
【0016】
本発明の孤発性タウオパチーモデルマウスの解析方法において、前記グリコサミノグリカンは、硫酸デキストラン又は多硫酸ペントサンの場合がある。
【0017】
本発明は、本発明の孤発性タウオパチーモデルマウスの行動特性を解析する方法を提供する。本発明の方法は、前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入する前の時期と、前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入してから4ヶ月以内の時期とに、前記マウスを試験環境に置いて、該マウスの行動を監視するステップと、前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入する前の時期の前記マウスの行動と、前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入してから4ヶ月以内の時期の前記マウスの行動とを比較するステップとを含む。
【0018】
本発明の孤発性タウオパチーモデルマウスの行動特性を解析する方法は、前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入してから4ヶ月を超える時期に前記マウスを試験環境に置いて、該マウスの行動を監視するステップと、前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入する前の時期の前記マウスの行動と、前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入してから4ヶ月以内の時期の前記マウスの行動と、前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入してから4ヶ月を超える時期の前記マウスの行動とを比較するステップとを含む場合がある。
【0019】
本発明は、孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法を提供する。本発明の方法は、二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体とを含む溶液のインキュベーションをするステップと、前記インキュベーション後の溶液からタウ線維を調製するステップと、正常タウ遺伝子のみを有する試験群のマウスの脳内に、前記タウ線維を注入するステップと、試験物質を前記試験群のマウスに投与するステップと、正常タウ遺伝子のみを有する対照群のマウスの脳内に、前記タウ線維か、前記タウ線維及び対照物質かを注入するステップと、前記マウスの脳内に注入するステップから4ヶ月以内の同時期に、前記試験群及び対照群のそれぞれの少なくとも一部のマウスから脳を回収するステップと、前記試験群及び前記対照群の脳のタウ線維病理構造物の特性を解析するステップと、前記試験群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性を、前記対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性と比較するステップとを含み、前記試験群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性が、前記対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性と異なるとき、前記試験物質は孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質とする。
【0020】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法において、前記試験物質を前記試験群のマウスに投与するステップは、前記正常タウ遺伝子のみを有する試験群のマウスの脳内に、前記タウ線維と同時に前記試験物質を注入するステップの場合がある。また、前記試験物質を前記試験群のマウスに投与するステップは、脳内注入以外の投与経路で前記試験群のマウスに、前記試験群のマウスの脳内に、前記タウ線維と同時に前記試験物質を注入するステップの前に、同時に、及び/又は、その後に実行される場合がある。
【0021】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法において、前記グリコサミノグリカンは、硫酸デキストラン又は多硫酸ペントサンの場合がある。
【0022】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法は、前記マウスの脳内に注入するステップの後4ヶ月を超えてからの同時期に、前記試験群及び前記対照群のそれぞれの少なくとも一部のマウスから脳を回収するステップと、前記試験群及び前記対照群の脳のタウ線維病理構造物の特性を解析するステップと、前記試験群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性を、前記対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性と比較するステップをさらに含む場合がある。
【0023】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法において、前記比較するステップは、前記マウスの脳内に注入するステップから4ヶ月以内の同時期に回収された試験群及び対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性を、前記マウスの脳内に注入するステップから4ヶ月を超える同時期に解析された試験群及び対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性と比較することをさらに含む場合がある。
【0024】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法において、前記タウ線維病理構造物の特性は、該タウ線維病理構造物の脳内分布の場合がある。
【0025】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法において、前記タウ線維病理構造物の特性は、該タウ線維病理構造物の脳内分布の経時的変化の場合がある。
【0026】
本発明は、孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法を提供する。本発明の方法は、二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体と試験物質とを含む試験溶液を調製するステップと、二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体とを含む対照溶液Iか、二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体と対照物質とを含む対照溶液IIかを調製するステップと、正常タウ遺伝子のみを有する試験群のマウスの脳内に、前記試験溶液を注入するステップと、正常タウ遺伝子のみを有する対照群のマウスの脳内に、前記対照溶液I又はIIを注入するステップと、前記マウスの脳内に注入するステップから4ヶ月以内の同時期に前記試験群及び対照群のそれぞれの少なくとも一部のマウスから脳を回収するステップと、前記試験群及び前記対照群の脳のタウ線維病理構造物の特性を解析するステップと、前記試験群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性を、前記対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性と比較するステップとを含み、前記試験群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性が、前記対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性と異なるとき、前記試験物質は孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質とする。
【0027】
前記方法は、試験溶液を調製するステップの後に、該試験溶液のインキュベーションをするステップを含み、前記対照溶液I又はIIを調製するステップの後に、前記対照溶液I又はIIのインキュベーションをするステップを含み、正常タウ遺伝子のみを有する試験群のマウスの脳内に、前記インキュベーション後のグリコサミノグリカンと前記タウタンパク質の単量体と前記試験物質とを含む溶液を注入するステップは、前記インキュベーション後の前記二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体と試験物質とを含む溶液を注入するステップであり、前記正常タウ遺伝子のみを有する対照群のマウスの脳内に、前記グリコサミノグリカンと前記タウタンパク質の単量体とを含む溶液か、前記グリコサミノグリカンと前記タウタンパク質の単量体と前記対照物質とを含む溶液かを注入するステップは、前記インキュベーション後のグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体とを含む溶液か、前記インキュベーション後のグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体と対照物質とを含む溶液かを注入するステップである。
【0028】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法において、前記グリコサミノグリカンは、硫酸デキストラン又は多硫酸ペントサンの場合がある。
【0029】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法は、前記マウスの脳内に注入するステップの後4ヶ月を超えてからの同時期に、前記試験群及び前記対照群のそれぞれの少なくとも一部のマウスから脳を回収するステップと、前記試験群及び前記対照群の脳のタウ線維病理構造物の特性を解析するステップと、前記試験群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性を、前記対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性と比較するステップをさらに含む場合がある。
【0030】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法において、前記比較するステップは、前記マウスの脳内に注入するステップから4ヶ月以内の同時期に回収された試験群及び対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性を、前記マウスの脳内に注入するステップから4ヶ月を超える同時期に解析された試験群及び対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性と比較することをさらに含む場合がある。
【0031】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法において、前記タウ線維病理構造物の特性は、該タウ線維病理構造物の脳内分布の場合がある。
【0032】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法において、前記タウ線維病理構造物の特性は、該タウ線維病理構造物の脳内分布の経時的変化の場合がある。
【0033】
本発明は、孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法を提供する。本発明の方法は、二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体と試験物質とを含む試験溶液を調製するステップと、該試験溶液のインキュベーションをするステップと、二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体とを含む対照溶液Iか、二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体と対照物質とを含む対照溶液IIかを調製するステップと、該対照溶液I又はIIのインキュベーションをするステップと、正常タウ遺伝子のみを有する試験群のマウスの脳内に、前記インキュベーションの後の前記試験溶液を注入するステップと、正常タウ遺伝子のみを有する対照群のマウスの脳内に、前記インキュベーションの後の前記対照溶液I又はIIを注入するステップと、前記マウスの脳内に注入するステップから4ヶ月以内の同時期に前記試験群及び対照群のそれぞれの少なくとも一部のマウスから脳を回収するステップと、前記試験群及び前記対照群の脳のタウ線維病理構造物の特性を解析するステップと、前記試験群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性を、前記対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性と比較するステップとを含み、前記試験群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性が、前記対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性と異なるとき、前記試験物質は孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質とする。
【0034】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法において、前記グリコサミノグリカンは、硫酸デキストラン又は多硫酸ペントサンの場合がある。
【0035】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法は、前記マウスの脳内に注入するステップから4ヶ月を超える同時期に、前記試験群及び対照群のそれぞれの少なくとも一部のマウスの脳を回収するステップと、前記試験群及び前記対照群の脳のタウ線維病理構造物の特性を解析するステップと、前記試験群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性を、前記対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性と比較するステップとをさらに含む場合がある。
【0036】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法において、前記比較するステップは、前記マウスの脳内に注入するステップから4ヶ月以内の同時期に解析された試験群及び対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性を、前記マウスの脳内に注入するステップから4ヶ月を超える同時期に解析された試験群及び対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性と比較することをさらに含む場合がある。
【0037】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法において、前記タウ線維病理構造物の特性は、該タウ線維病理構造物の脳内分布の場合がある。
【0038】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法において、前記タウ線維病理構造物の特性は、該タウ線維病理構造物の脳内分布の経時的変化の場合がある。
【0039】
本明細書において孤発性タウオパチーモデルマウスとは、タウオパチー患者の多くを占める孤発性タウオパチー患者の脳内でタウ線維病理構造物の脳内分布が経時的に広がる現象を再現する疾患動物モデルである。本発明の孤発性タウオパチーモデルマウスに用いられるマウスは、正常タウ遺伝子のみを有するマウスである。本明細書において「正常タウ遺伝子のみを有するマウス」とは、タウ遺伝子については、内在性のマウスタウ遺伝子だけを有し、マウス、ヒトその他の生物種由来のいかなる発現可能な外来タウ遺伝子も含まないマウスを指す。したがって、本明細書の「正常タウ遺伝子のみを有するマウス」は、タウ以外の他の遺伝子について外来遺伝子が含まれてもかまわない。また、本明細書の「正常タウ遺伝子のみを有するマウス」は、発現可能でない外来タウ遺伝子が含まれてもかまわない。ここで、外来遺伝子とは、受精卵へのDNA注入、ES細胞へのトランスフェクション、マウス胚へのウイルスベクター感染等を含むが、これらに限定されない経路によりマウス生殖系列細胞に導入されたDNAをいう。また外来タウ遺伝子とは、いずれかの生物種由来のタウタンパク質の少なくとも一部をコード化するDNAを含む外来遺伝子を指す。ある遺伝子について「発現可能な」とは、当該遺伝子が、発現可能な転写及び翻訳調節領域(プロモーター及び/又はエンハンサー)DNAと動作可能に連結されていることをさす。
【0040】
タウタンパク質は微小管結合タンパク質のひとつであり、神経細胞に豊富に発現している。ヒトタウタンパク質は、17番染色体長腕のMapt遺伝子にコードされており、1つの遺伝子から選択的スプライシングによって6つのアイソフォームを発現する。ヒト成人脳では6種類すべてのアイソフォームが発現している。タウはそのC末端側に約30アミノ酸からなる繰り返し配列を3つ(3リピート)または4つ(4リピート)有しており、この配列が微小管に結合する領域である。N末側にはプロジェクション領域という保存された領域があり、微小管同士の間隔を調節する役割を持つといわれている。タウタンパク質はチューブリンに結合することによって、微小管の重合を促進し安定化させる機能を持つことから、神経細胞の形態維持や機能発現、物質輸送などに関与していると考えられる。
【0041】
タウの構造は水溶液中ではランダムコイル状といわれている。患者脳内で蓄積しているタウ線維病理構造物では、タウタンパク質はクロスβ構造に富むアミロイド線維を形成している。またタウ線維病理構造物中のタウタンパク質は高度にリン酸化されている。また、リン酸化の有無にかからわず、タウタンパク質は通常の生理的条件下では線維化を起こさない。しかし硫酸化されたグリコサミノグリカンとともにタウタンパク質をインキュベーションすると線維化が起こる。そして、タウタンパク質のリン酸化の程度に関わらず、線維化したタウは、単量体のタウタンパク質をさらに凝集させる。そこに単量体のタウタンパク質が存在すると、タウ線維の伸長が起こる。
【0042】
本明細書において、硫酸デキストラン及び多硫酸ペントサンを含む硫酸化グリコサミノグリカンとインキュベーションされてマウス注入用のタウ線維を形成するためのタウタンパク質の単量体は、該タウ線維がマウスのタウタンパク質を凝集させて伸長することを条件として、ヒト及びマウスを含むがこれらに限定されない、いずれかの生物種に由来するタウタンパク質であってもかまわない。本発明でマウスに注入されるタウ線維に用いられるタウタンパク質は、マウス4R1Nタウタンパク質のようなタウタンパク質をコード化するcDNAを組み込んだいずれかの発現ベクターを、大腸菌、酵母等の微生物か、カイコ等の昆虫や植物等の多細胞生物か、該多細胞生物由来の培養細胞か、無細胞系かで発現させることにより産生され、当業者に周知のいずれかの方法で精製される。
【0043】
グリコサミノグリカンは、アミノ糖を含む酸性多糖で、グルコサミン、ガラクトサミン等のアミノ糖と、グルクウロン酸等のウロン酸かガラクトースかとからなる二糖単位の繰り返し長鎖構造を有する。グリコサミノグリカンのなかには硫酸化されたものがある。ヒトやマウスの体内では、ヘパリン、ヘパラン硫酸、デルマタン硫酸、ケラタン硫酸、コンドロイチン硫酸などが合成される。硫酸デキストランや多硫酸ペントサンは、哺乳類では合成されないが、微生物で合成され、試薬として入手可能である。硫酸化グリコサミノグリカンは、二糖単位あたり硫酸基の数で分類できる。硫酸デキストラン及び多硫酸ペントサンは二糖単位あたり硫酸基が4〜6個結合し、ヘパリンは二糖単位あたり硫酸基が1.6〜3個結合し、デルマタン硫酸は二糖単位あたり硫酸基が1〜3個結合し、ヘパラン硫酸は二糖単位あたり硫酸基が0.4〜2個結合し、ケラタン硫酸は二糖単位あたり硫酸基が0.9〜1.8個結合し、コンドロイチン硫酸は二糖単位あたり硫酸基が0.1〜1.3個結合する(Lindahl、U.及びHook、M.、Annu. Rev. Biochem.,47:385(1978))。硫酸化グリコサミノグリカンはタウ単量体とともにインキュベーションされるとタウ線維化を起こす。硫酸化グリコサミノグリカンのうち最も硫酸化された硫酸デキストラン及び多硫酸ペントサンで形成されるタウ線維は、硫酸化の程度が比較的低いヘパリンで形成されるタウ線維より短いことが報告されている(Hasegawa,M.ら、J. Biol. Chem.,272:33118(1997))。そのため、ヒト及びマウスでも産生されるヘパリンが組換えタウタンパク質とのインキュベーションによるタウ線維化に利用されてきた。また、硫酸デキストラン及び多硫酸ペントサンのほうがヘパリンよりも硫酸化の程度は高いが、これらはヒトやマウスの体内で産生されないうえ、得られるタウ線維が短いため、硫酸デキストラン及び多硫酸ペントサンは組換えタウタンパク質とのインキュベーションによるタウ線維化に利用されなかったと考えられる。
【0044】
本明細書におけるタウ線維化あるいはタウ線維形成は、生化学的には、可溶化の程度の異なる界面活性剤を弱い順に用いる差次的可溶化により、最も可溶化の程度の強い界面活性剤であるサルコシルでも溶けないで遠心分離で沈殿する画分のイムノブロット解析で検討できる。また、生物物理学的には、電子顕微鏡又は原子間力顕微鏡で直接観察される他、蛍光色素チオフラビンT(ThT)、あるいはチオフラビンS(ThS)による蛍光発色か円偏光二色性分析かでβシート構造形成の程度を測定することができる。試験管内でタウタンパク質の単量体と硫酸化グリコサミノグリカンとの反応で生成したタウ線維の特性は、サルコシル不溶性、前記蛍光色素による蛍光発光、線維の電子顕微鏡形態学、円偏光二色性分析結果を含むが、これらに限定されない。
【0045】
タウ線維を前記マウスの脳内への注入する際注入部位は、中脳黒質、青斑核、嗅内野、線条体、海馬を含むが、これらに限定されない。脳内注入には、3〜5ヶ月齢のマウスが用いられる。生化学的手法及び免疫組織学的手法によるタウ線維病理構造物の解析には主にメスマウスが用いられ、行動試験による脳機能解析には主にオスマウスが用いられるが、これらに限定されない。マウスは、50mg/kgのペントバルビタールナトリウムを腹腔内投与することにより麻酔され、(ナリシゲ、SR−5M)のような脳定位固定装置に固定された。注入部位はFranklin,K.B.J.及びPaxinos,G.(The Mouse Brain in Stereotaxic Coordinates, 第4版、2012、マサチューセッツ州Waltham、Academic Press)を基に決定された。例えば、右側中脳黒質に注入する場合は、A−P:−3.0mm、M−L:−1.3mm、D−V:−4.7mmの条件に設定される。10μLのハミルトンシリンジ(HAMILTON、#80300)のような微量注入器具を用いて、1−10μL、あるいは、5μL前後の体積のタウ線維懸濁液が注入される。
【0046】
マウスから脳を回収する際は断頭法で迅速に行った。本実施例に記載の実験は、東京都医学総合研究所動物実験倫理審査委員会において、動物実験計画登録番号13066「マウス・ラット・ウサギを用いた神経変性疾患モデルの構築と治療法の検討」として平成25年3月29日に承認された。
【0047】
本明細書において「脳内に注入する前の時期」とは、実験に用いるマウスが動物飼育施設に搬入されてから、タウ線維の脳内注入手術を施されるまでのいずれかの時期をいう。本明細書において「注入してからの時期」とは、注入手術を施されたマウスから脳が回収されるまでのいずれかの時期をいう。注入してからの時期が4ヶ月とは、注入の日から4ヶ月経過の日までであることをいう。注入してからの時期は、4ヶ月の場合だけでなく、3ヶ月でも5ヶ月でもよい。注入して1日、1週間又は1ヶ月経過後の場合であってもよい。注入されたタウ線維はおよそ1週間で消失するが、神経細胞内に取り込まれたタウ線維はマウス体内に存在する正常な単量体のタウタンパク質を変性させ、タウ線維に凝集しタウ線維を伸長させる。最初にタウ線維病理構造物が免疫組織学的に観察されるのは、注入される脳内部位によって異なるが、注入後約1ヶ月である。また、最初にタウ線維病理構造物が生化学的に検出されるのは、これも注入される脳内部位によって異なるが、注入後約3ヶ月である。したがって、「注入してから4ヶ月以内の時期」とは、注入の日から4ヶ月経過の日までのいずれかの時期をいう。本発明では、注入の日から、最初にタウ線維病理構造物が検出される注入後約1ヶ月経過の日を含み、注入の日から3ヶ月経過の日を含む。「注入してから4ヶ月を超える時期」とは、注入の日から4ヶ月経過の日の翌日から当該マウスが自然死するまでのいずれかの時期をいう。注入されたマウスの数が十分多い場合には、注入してから4ヶ月以内の時期の異なる複数の日にマウスから脳が回収されることがある。同様に注入されたマウスの数が十分多い場合には、注入してから4ヶ月を超える時期の異なる複数の日にマウスから脳が回収されることがある。
【0048】
脳内のタウ線維病理構造物が脳内に注入されたタウ線維からどのようにして形成されるか正確なメカニズムは不明である。しかし、脳内に注入されたタウ線維が神経細胞内に取り込まれて、細胞内で発現したタウタンパク質の単量体を凝集する核となって、細胞内でNFT、NT等の特徴的な病理構造物を形成するものと考えられる。当該病理構造物の形態学的特性は組織学的観察により検出できる。かかる形態学的特性には、前記病理構造物の個別の形態の他、神経細胞内外での分布や、脳組織内での分布を含むが、これらに限定されない。また、前記病理構造物の免疫組織化学的特性は、タウタンパク質に対する抗体、リン酸化タウタンパク質に特異的な抗体を含むが、これらに限定されない抗体との反応により検出できる。さらに、前記病理構造物の生化学的特性は、前述の界面活性剤を弱い順に用いる差次的可溶化により、最も可溶化の程度の強い界面活性剤であるサルコシルでも溶けないで遠心分離で沈殿する画分のイムノブロット解析で検出でき、不溶性画分での検出可能性と、リン酸化等の翻訳後修飾の有無及び程度とを含むが、これらに限定されない。
【0049】
本明細書において「試験群」は効果を確認したい条件で処理された1匹又は2匹以上のマウスをいう。本明細書において、「対照群」とは、試験群と異なる条件で処理された1匹又は2匹以上のマウスをいう。試験群と対照群との条件の違いは、例えば注入手術を施すことまでは同じだが、注入液にタウ線維が含まれるか否かの違いの場合もあれば、注入液にタウ線維が含まれるか、タウ線維以外の物質が含まれるかの違いの場合もあれば、注入液に含まれるタウ線維の特性が違う場合もあれば、タウ線維を注入する手術を施されるか、全く手術が施されないかの違いの場合もある。本発明のスクリーニング方法において、「試験物質」とは、スクリーニングの対象となる、タウ線維病理構造物の特性に影響を与える効果が未知の医薬候補物質のそれぞれを指す。本発明の試験物質は、タウ線維と同時に脳内に注入される場合もあれば、別の投与経路で投与される場合もある。前記別の投与経路は、経口投与、非経口投与、静脈、筋肉、腹腔等への注射、吸入を含むが、これらに限定されない。本発明の試験物質の投与は、タウ線維を脳内注入するステップの前に、同時に、及び/又は、後に、1回又は2回以上か、連続的にか、間歇的にか実行される場合がある。本発明のスクリーニング方法において、「対照物質」とは、タウ線維病理構造物の特性に影響を与える効果が既知の物質を指す。タウ線維病理構造物の特性の比較は、異なる条件で脳内注入手術を施されたマウスから同じ時期に回収された脳のタウ線維病理構造物の特性の比較の場合の他、同じ条件で脳内注入手術を施されたマウスから異なる時期に回収された脳のタウ線維病理構造物の特性の比較の場合を含むが、これらに限定されない。
【0050】
本明細書において、「マウスの行動特性」は、以下の行動試験に示される試験環境に置かれたマウスの行動を監視、記録して、評価又は測定される特性を含むが、これらに限定されない。
オープンフィールド試験
50cm四方の箱の中心にマウスを置き、8分間の行動をビデオトラッキングシステム(Anymaze、室町機械)にて解析する。総移動距離、壁側滞在時間、内側滞在時間などのパラメーターを算出する。
ロタロッド試験
3cm径の棒(ロッド)がついたロタロッド装置(室町機械)の上にマウスを置き、ロッドを回転させる。試験時間は5分間で5分の間に0rpmから40rpmまで回転数を上げ、ロッドから落下した時間を計測し運動機能の評価を行う。
Y迷路試験
40cm×3cmのアーム3本がY字につながった形のY迷路装置(室町機械)を使用する。マウスを1本のアーム(アームA)の端に置き、8分間自由に行動させて目視で記録する。アームAからどのアーム(アームA、B、C)に移動したか順に記録し、自発行動量と空間作業記録を算出する。
高架式十字迷路試験
壁に囲まれた走路(クローズドアーム)と壁のない走路(オープンアーム)からなる高架式十字迷路(室町機械)を用いる。マウスは十字の中心部に置き、8分間自由に行動させビデオトラッキングシステム(Anymaze、室町機械)にて解析する。自発行動量、オープンアーム滞在時間、クローズドアーム滞在時間などから不安行動の評価を行う。
ワイヤーハング試験
マウスを金網に載せた後、網を逆さまにしてマウスが金網から落ちる時間を計測する(最大300秒)。
【0051】
本明細書における孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法には、2種類ある。1種類は、タウタンパク質の単量体と硫酸化グリコサミノグリカンとともにインキュベーションされた後、反応液を脳内に注入されることによって、脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質である。もう1種類は、タウタンパク質の単量体と硫酸化グリコサミノグリカンとのインキュベーションで形成されたタウ線維とともに脳内に注入されることによって、脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質である。
【0052】
本明細書において「前記試験群及び対照群のそれぞれの少なくとも一部のマウスから脳を回収する」とは、同じ条件で脳内注入手術を施された複数のマウスからなる試験群を、脳内注入後同じ時点で全てのマウスから脳を回収するのではなく、一部のマウスは残しておいて、別の時点で脳を回収することをいう。例えば、マウスの脳内に注入して3ヶ月と6ヶ月とに脳を回収する場合がある。
【0053】
本明細書において言及される全ての文献はその全体が引用により本明細書に取り込まれる。