特許第6367550号(P6367550)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6367550新規タウオパチーモデルマウスの作製方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6367550
(24)【登録日】2018年7月13日
(45)【発行日】2018年8月1日
(54)【発明の名称】新規タウオパチーモデルマウスの作製方法
(51)【国際特許分類】
   A01K 67/027 20060101AFI20180723BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20180723BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20180723BHJP
【FI】
   A01K67/027
   G01N33/15 Z
   G01N33/50 Z
【請求項の数】24
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2013-268257(P2013-268257)
(22)【出願日】2013年12月26日
(65)【公開番号】特開2015-122979(P2015-122979A)
(43)【公開日】2015年7月6日
【審査請求日】2016年11月25日
(73)【特許権者】
【識別番号】591063394
【氏名又は名称】公益財団法人東京都医学総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000741
【氏名又は名称】特許業務法人小田島特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100125081
【弁理士】
【氏名又は名称】小合 宗一
(72)【発明者】
【氏名】鈴掛 雅美
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 成人
【審査官】 濱田 光浩
(56)【参考文献】
【文献】 Scientific Reports,2012年,Vol. 2,700
【文献】 Journal of Biological Chemistry,1997年,Vol. 272, No. 52,p. 33118-33124
【文献】 Biochemistry,2007年,Vol. 46,p. 3856-3861
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01K 67/027
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体とを含む溶液をインキュベーションしてタウ線維を形成させるステップと、
該タウ線維を、正常タウ遺伝子のみを有するマウスの脳内に注入するステップとを含む、孤発性タウオパチーモデルマウスの作製方法。
【請求項2】
前記グリコサミノグリカンは、硫酸デキストラン又は多硫酸ペントサンである、請求項1に記載の孤発性タウオパチーモデルマウスの作製方法。
【請求項3】
前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入してからヶ月以内に該マウスから脳を回収し、該脳内のタウ線維病理構造物の特性を解析するために用いられる、請求項1又は2に記載の方法で作製される、孤発性タウオパチーモデルマウス。
【請求項4】
前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入してから4ヶ月を超える時期に該マウスから脳を回収し、該脳内のタウ線維病理構造物の特性を解析するために用いられる、請求項1又は2に記載の方法で作製される、孤発性タウオパチーモデルマウス。
【請求項5】
請求項3又は4に記載の孤発性タウオパチーモデルマウスから回収されたマウス脳。
【請求項6】
孤発性タウオパチーモデルマウスの解析方法であって、
正常タウ遺伝子のみを有するマウスの脳に、二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体とを含む溶液をインキュベーションして形成されたタウ線維を注入するステップと、
前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入してからヶ月以内の時期に、前記タウ線維が注入されたマウスの少なくとも一部から脳を回収するステップと、
前記脳内のタウ線維病理構造物の特性を解析するステップとを含む、方法。
【請求項7】
孤発性タウオパチーモデルマウスの解析方法であって、
正常タウ遺伝子のみを有するマウスの脳に、二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体とを含む溶液をインキュベーションして形成されたタウ線維を注入するステップと、
前記マウスの脳内に注入してから4ヶ月を超える時期に、前記タウ線維が注入されたマウスの少なくとも一部から脳を回収するステップと、
前記脳内のタウ線維病理構造物の特性を解析するステップとを含、方法。
【請求項8】
前記グリコサミノグリカンは、硫酸デキストラン又は多硫酸ペントサンである、請求項6又は7に記載の孤発性タウオパチーモデルマウスの解析方法。
【請求項9】
請求項1又は2に記載の方法で作製される孤発性タウオパチーモデルマウスの行動特性を解析する方法であって、
前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入する前の時期と、前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入してからヶ月以内の時期とに、前記マウスを試験環境に置いて、該マウスの行動を監視するステップと、
前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入する前の時期の前記マウスの行動と、前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入してからヶ月以内の時期の前記マウスの行動とを比較するステップとを含む、方法。
【請求項10】
請求項1又は2に記載の方法で作製される、孤発性タウオパチーモデルマウスの行動特性を解析する方法であって、
前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入する前の時期と、前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入してから4ヶ月を超える時期に前記マウスを試験環境に置いて、該マウスの行動を監視するステップと、
前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入する前の時期の前記マウスの行動と、前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入してから4ヶ月を超える時期の前記マウスの行動とを比較するステップとを含む、方法。
【請求項11】
請求項1又は2に記載の方法で作製される、孤発性タウオパチーモデルマウスの行動特性を解析する方法であって、
前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入する前の時期と、前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入してから4ヶ月以内の時期と、前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入してから4ヶ月を超える時期とに前記マウスを試験環境に置いて、該マウスの行動を監視するステップと、
前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入する前の時期の前記マウスの行動と、前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入してから4ヶ月以内の時期の前記マウスの行動と、前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入してから4ヶ月を超える時期の前記マウスの行動とを比較するステップとを含む、方法。
【請求項12】
孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法であって、
二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体とを含む溶液をインキュベーションするステップと、
インキュベーション後の前記溶液からタウ線維を調製するステップと、
正常タウ遺伝子のみを有する試験群のマウスの脳内に、前記タウ線維を注入するステップと、
試験物質を前記試験群のマウスに投与するステップと、
正常タウ遺伝子のみを有する対照群のマウスの脳内に、前記タウ線維か、前記タウ線維及び対照物質かを注入するステップと、
前記マウスの脳内に注入するステップからヶ月以内の同時期に、前記試験群及び前記対照群のそれぞれの少なくとも一部のマウスから脳を回収するステップと、
前記試験群及び前記対照群の脳のタウ線維病理構造物の特性を解析するステップと、
前記試験群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性を、前記対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性と比較するステップとを含み、
前記試験群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性が、前記対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性と異なるとき、前記試験物質は孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質とする、方法。
【請求項13】
孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法であって、
二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体とを含む溶液をインキュベーションするステップと、
インキュベーション後の前記溶液からタウ線維を調製するステップと、
正常タウ遺伝子のみを有する試験群のマウスの脳内に、前記タウ線維を注入するステップと、
試験物質を前記試験群のマウスに投与するステップと、
正常タウ遺伝子のみを有する対照群のマウスの脳内に、前記タウ線維か、前記タウ線維及び対照物質かを注入するステップと、
前記マウスの脳内に注入するステップの後4ヶ月を超えてからの同時期に、前記試験群及び前記対照群のそれぞれの少なくとも一部のマウスから脳を回収するステップと、
前記試験群及び前記対照群の脳のタウ線維病理構造物の特性を解析するステップと、
前記試験群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性を、前記対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性と比較するステップを含み、
前記試験群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性が、前記対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性と異なるとき、前記試験物質は孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質とする、方法
【請求項14】
孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法であって、
二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体とを含む溶液をインキュベーションするステップと、
インキュベーション後の前記溶液からタウ線維を調製するステップと、
正常タウ遺伝子のみを有する試験群のマウスの脳内に、前記タウ線維を注入するステップと、
試験物質を前記試験群のマウスに投与するステップと、
正常タウ遺伝子のみを有する対照群のマウスの脳内に、前記タウ線維か、前記タウ線維及び対照物質かを注入するステップと、
前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入してから4ヶ月以内の同時期と、前記マウスの脳内に注入するステップの後4ヶ月を超えてからの同時期とに、前記試験群及び前記対照群のそれぞれの少なくとも一部のマウスから脳を回収するステップを含み、
前記比較するステップは、前記マウスの脳内に注入するステップから4ヶ月以内の同時期に回収された試験群及び対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性を、前記マウスの脳内に注入するステップから4ヶ月を超える同時期に解析された試験群及び対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性と比較することを含む、方法
【請求項15】
前記タウ線維病理構造物の特性は、該タウ線維病理構造物の脳内分布である、請求項12ないし14のいずれか1つに記載のスクリーニング方法。
【請求項16】
前記タウ線維病理構造物の特性は、該タウ線維病理構造物の脳内分布の経時的変化である、請求項14に記載のスクリーニング方法。
【請求項17】
前記グリコサミノグリカンは、硫酸デキストラン又は多硫酸ペントサンである、請求項12ないし16のいずれか1つに記載のスクリーニング方法。
【請求項18】
孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法であって、
二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体と試験物質とを含む試験溶液を調製するステップと、
二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体とを含む対照溶液Iか、二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体と対照物質とを含む対照溶液IIかを調製するステップと、
正常タウ遺伝子のみを有する試験群のマウスの脳内に、前記試験溶液を注入するステップと、
正常タウ遺伝子のみを有する対照群のマウスの脳内に、対照溶液I又はIIを注入するステップと、
前記マウスの脳内に注入するステップからヶ月以内の同時期に前記試験群及び対照群のそれぞれの少なくとも一部のマウスから脳を回収するステップと、
前記試験群及び前記対照群の脳のタウ線維病理構造物の特性を解析するステップと、
前記試験群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性を、前記対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性と比較するステップとを含み、
前記試験群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性が、前記対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性と異なるとき、前記試験物質は孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質とする、方法。
【請求項19】
孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法であって、
二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体と試験物質とを含む試験溶液を調製するステップと、
二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体とを含む対照溶液Iか、二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体と対照物質とを含む対照溶液IIかを調製するステップと、
正常タウ遺伝子のみを有する試験群のマウスの脳内に、前記試験溶液を注入するステップと、
正常タウ遺伝子のみを有する対照群のマウスの脳内に、対照溶液I又はIIを注入するステップと、
前記マウスの脳内に注入するステップから4ヶ月を超える同時期に、前記試験群及び対照群のそれぞれの少なくとも一部のマウスの脳を回収するステップと、
前記試験群及び前記対照群の脳のタウ線維病理構造物の特性を解析するステップと、
前記試験群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性を、前記対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性と比較するステップとを含み、
前記試験群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性が、前記対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性と異なるとき、前記試験物質は孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質とする、方法
【請求項20】
孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法であって、
二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体と試験物質とを含む試験溶液を調製するステップと、
二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体とを含む対照溶液Iか、二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体と対照物質とを含む対照溶液IIかを調製するステップと、
正常タウ遺伝子のみを有する試験群のマウスの脳内に、前記試験溶液を注入するステップと、
正常タウ遺伝子のみを有する対照群のマウスの脳内に、対照溶液I又はIIを注入するステップと、
前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入してから4ヶ月以内の同時期と、前記マウスの脳内に注入するステップの後4ヶ月を超えてからの同時期とに、前記試験群及び対照群のそれぞれの少なくとも一部のマウスの脳を回収するステップをさらに含み、
前記比較するステップは、前記マウスの脳内に注入するステップから4ヶ月以内の同時期に解析された試験群及び対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性を、前記マウスの脳内に注入するステップから4ヶ月を超える同時期に解析された試験群及び対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性と比較することを含む、方法
【請求項21】
前記タウ線維病理構造物の特性は、該タウ線維病理構造物の脳内分布である、請求項18ないし20のいずれか1つに記載のスクリーニング方法。
【請求項22】
前記タウ線維病理構造物の特性は、該タウ線維病理構造物の脳内分布の経時的変化である、請求項20に記載のスクリーニング方法。
【請求項23】
前記スクリーニング方法は、
前記試験溶液を調製するステップの後に、該試験溶液のインキュベーションをするステップを含み、
対照溶液I又はIIを調製するステップの後に、対照溶液I又はIIのインキュベーションをするステップを含み、
正常タウ遺伝子のみを有する試験群のマウスの脳内に、前記インキュベーション後のグリコサミノグリカンと前記タウタンパク質の単量体と前記試験物質とを含む溶液を注入するステップは、前記インキュベーション後の前記二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体と試験物質とを含む溶液を注入するステップであり、
前記正常タウ遺伝子のみを有する対照群のマウスの脳内に、前記グリコサミノグリカンと前記タウタンパク質の単量体とを含む溶液か、前記グリコサミノグリカンと前記タウタンパク質の単量体と前記対照物質とを含む溶液かを注入するステップは、前記インキュベーション後のグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体とを含む溶液か、前記インキュベーション後のグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体と対照物質とを含む溶液かを注入するステップである、請求項18ないし21のいずれか1つに記載のスクリーニング方法。
【請求項24】
前記グリコサミノグリカンは、硫酸デキストラン又は多硫酸ペントサンである、請求項18ないし23のいずれか1つに記載のスクリーニング方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、孤発性タウオパチーモデルマウスの作製方法と、該方法で作製された孤発性タウオパチーモデルマウスと、該孤発性タウオパチーモデルマウスの脳内に形成されるタウ線維病理構造物を解析する方法とに関する。
【背景技術】
【0002】
タウは微小管結合タンパク質のひとつであり、神経細胞に豊富に発現している。アルツハイマー病(Alzheimer’s disease、以下「AD」という。)の患者脳には、神経原線維変化(neurofibrillary tangle、以下「NFT」という。)やニューロピルスレッド(neuropil thread、以下「NT」という。)等の特徴的な神経変性に伴う病理構造物が存在する。タウは単量体では水溶性のタンパク質であるが、線維化して神経細胞内に前記病理構造物の主要構成成分として蓄積し、神経細胞が死んだ後も細胞外NFTとしてその場で残る場合がある。以下ではこれらをまとめてタウ線維病理構造物という。ADの他にも、タウ線維病理構造物が出現する神経変性疾患には、ピック病(Pick disease、「PiD」という。)、皮質基底核変性症(Corticobasal degeneration、「CBD」という。)、進行性核上性麻痺(Progressive supranuclear palsy、「PSP」という。)、神経原線維型老年認知症(tangle−only dementia、「TD」という。)、嗜銀顆粒性疾患(argyrophilic grain disease、「AGD」)等が知られている。そこでこれらの神経変性疾患は「タウが蓄積する疾患」という意味でタウオパチーと総称されている。ADにおいてタウ線維病理構造物の分布は、疾患の初期には青斑核に出現し、その後、嗅内皮質や海馬にみられるようになり、最終的には皮質全体に広がるという一定の進展様式を示す。タウ線維病理構造物の分布は臨床症状と相関することから、タウ線維病理構造物の形成が神経変性を引き起こす直接要因であると予想される。
【0003】
正常なタウタンパク質の構造は水溶液中ではランダムコイル状といわれているが、患者脳内で蓄積しているタウはクロスβ構造に富むアミロイド線維を形成している。そのため、タウタンパク質が水溶性から不溶性線維を形成する構造変化が神経変性疾患の発症に深く関与すると予想されるが、そのメカニズムは明らかではない。また、タウ線維病理構造物の脳内分布が経時的に広がるメカニズムも不明である。タウオパチーの治療法は対症療法しか存在しない。そこで、タウの構造変化によりタウ線維病理構造物が形成され、さらに該タウ線維病理構造物の脳内分布が経時的に広がるメカニズムが解明されることがタウオパチーの有効な新規治療法の開発につながると考えられる。
【0004】
ADをはじめとするタウオパチーは、家族性(遺伝性)もあるが、多くは孤発性である。そこで、遺伝子改変でない動物においてタウ線維病理構造物の脳内分布が経時的に広がる現象を再現する疾患動物モデルを確立する必要がある。
【0005】
これまでに、タウオパチーモデル実験系として、タウ線維のような不溶性タウをマウスの脳内の特定部位に注入して、タウ線維病理構造物を脳内に形成させる実験が数件報告されている。このうち、Clavagueraら(非特許文献1及び3)と、Ibaら(非特許文献2)とは、ヒト野生型又は変異型タウタンパク質を発現するトランスジェニックマウスの脳に不溶性タウを注入した。すなわち、神経特異的マウスThy1遺伝子(非特許文献1及び3)と、マウスプリオンタンパク質遺伝子(非特許文献2)とのプロモーター領域でヒト野生型又は変異型タウタンパク質をコード化するDNAを駆動して神経細胞で恒常的に発現させるトランスジェニックマウスの脳に、該トランスジェニックマウス脳の細胞破砕液(非特許文献1)か、ヒト変異型タウタンパク質のmycタグ融合組換えタンパク質にヘパリンを添加して調製されたタウ線維(非特許文献2)か、タウオパチーのヒト患者脳の抽出液(非特許文献3)かが注入された。また、Lasagna-Reeves, C.A.ら(非特許文献4及び5)は、野生型マウスの脳に、AD患者脳由来のタウオリゴマー又はタウ線維が注入されるか(非特許文献4)、野生型マウスの脳に、ヒト野生型タウ組換えタンパク質にβ42アミロイドオリゴマーを添加して調製されたタウオリゴマーか、該タウオリゴマーを振盪することにより調製されたタウ線維かが注入された(非特許文献5)。
【0006】
非特許文献1では、注入後6、12及び15ヶ月経過後のトランスジェニックマウス脳においてGallyas−Braak鍍銀染色でタウ線維病理構造物が検出され、経時的に該タウ線維病理構造物の脳内局在の変化が観察された。非特許文献1ではトランスジェニックマウスではなく野生型マウスに不溶性タウを注入する実験も行われたが、タウ線維病理構造物の脳内局在の変化は観察されなかった。非特許文献2では、注入後1ヶ月からタウ線維病理構造物が検出された。なお、この実験に用いられたトランスジェニックマウスは、不溶性タウを注入しなくても、月齢8−9月でタウ線維病理構造物が脳内で検出される。非特許文献3では、タウオパチーのヒト患者脳の抽出液を注入した野生型マウスの脳で注入後6ヶ月でタウ線維病理構造物が検出された。非特許文献4では、AD患者脳由来のタウオリゴマーが注入された野生型マウス脳で注入後11ヶ月でタウ線維病理構造物が検出された。非特許文献5ではβ42アミロイドオリゴマーを添加して調製したタウオリゴマーを注入した野生型マウスにおいて、注入後30時間後に認知機能の低下が認められた。一方タウ線維注入群では認知機能に変化は認められない。さらに、どちらの群についても、注入後数ヶ月経過後における認知機能の低下又はタウ線維病理構造物の有無については検討されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Clavaguera, F.ら、Nat. Cell Biol., 11: 909 (2009)
【非特許文献2】Iba, M.ら、J. Neurosci., 33: 1024 (2013)
【非特許文献3】Clavaguera, F.ら、Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A., 110: 9535 (2013)
【非特許文献4】Lasagna-Reeves, C.A.ら、Sci. Rep., 2: 700 (2012)
【非特許文献5】Lasagna-Reeves, C.A.ら、Mol. Neurodegener., 6: 39 (2011)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
脳内でヒトタウを過剰発現する遺伝子改変マウスは、導入遺伝子の過剰発現の影響により人工表現型が出現することが多く、孤発性モデルとしては不向きである。また、タウ高発現マウスでない野生型マウスに病理を形成させるためには患者脳由来のヒトの不溶性タウを注入する必要があるうえ、注入から少なくとも6ヶ月経過後でないと、タウ線維病理構造物が脳内で検出できていない。しかし、孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングするためには、ヒト患者脳由来試料ではなく人工的試料を用いて、より短い期間でタウ線維病理構造物を検出できる実験系を開発する必要がある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は孤発性タウオパチーモデルマウスを提供する。本発明の孤発性タウオパチーモデルマウスは、二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンと、タウタンパク質の単量体とを含む溶液をインキュベーションして形成されたタウ線維を、正常タウ遺伝子のみを有するマウスの脳内に注入して得られる。
【0010】
本発明の孤発性タウオパチーモデルマウスにおいて、前記グリコサミノグリカンは、硫酸デキストラン又は多硫酸ペントサンの場合がある。
【0011】
本発明の孤発性タウオパチーモデルマウスは、前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入してから4ヶ月以内に該マウスから脳を回収し、該脳内のタウ線維病理構造物の特性を解析するために用いられる場合がある。
【0012】
本発明の孤発性タウオパチーモデルマウスは、前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入してから4ヶ月を超える時期に該マウスから脳を回収し、該脳内のタウ線維病理構造物の特性を解析するためにさらに用いられる場合がある。
【0013】
本発明は、本発明の孤発性タウオパチーモデルマウスの脳内に前記タウ線維を注入してから4ヶ月以内に該マウスから回収されたマウス脳を提供する。
【0014】
本発明は、孤発性タウオパチーモデルマウスの解析方法を提供する。本発明の孤発性タウオパチーモデルマウスの解析方法は、正常タウ遺伝子のみを有するマウスの脳に、二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体とを含む溶液をインキュベーションして形成されたタウ線維を注入するステップと、前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入してから4ヶ月以内の時期に、前記タウ線維が注入されたマウスの少なくとも一部から脳を回収するステップと、前記脳内のタウ線維病理構造物の特性を解析するステップとを含む。
【0015】
本発明の孤発性タウオパチーモデルマウスの解析方法は、前記マウスの脳内に注入してから4ヶ月を超える時期に、前記タウ線維が注入されたマウスの少なくとも一部から脳を回収するステップと、前記脳内のタウ線維病理構造物の特性を解析するステップとをさらに含む場合がある。
【0016】
本発明の孤発性タウオパチーモデルマウスの解析方法において、前記グリコサミノグリカンは、硫酸デキストラン又は多硫酸ペントサンの場合がある。
【0017】
本発明は、本発明の孤発性タウオパチーモデルマウスの行動特性を解析する方法を提供する。本発明の方法は、前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入する前の時期と、前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入してから4ヶ月以内の時期とに、前記マウスを試験環境に置いて、該マウスの行動を監視するステップと、前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入する前の時期の前記マウスの行動と、前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入してから4ヶ月以内の時期の前記マウスの行動とを比較するステップとを含む。
【0018】
本発明の孤発性タウオパチーモデルマウスの行動特性を解析する方法は、前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入してから4ヶ月を超える時期に前記マウスを試験環境に置いて、該マウスの行動を監視するステップと、前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入する前の時期の前記マウスの行動と、前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入してから4ヶ月以内の時期の前記マウスの行動と、前記タウ線維を前記マウスの脳内に注入してから4ヶ月を超える時期の前記マウスの行動とを比較するステップとを含む場合がある。
【0019】
本発明は、孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法を提供する。本発明の方法は、二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体とを含む溶液のインキュベーションをするステップと、前記インキュベーション後の溶液からタウ線維を調製するステップと、正常タウ遺伝子のみを有する試験群のマウスの脳内に、前記タウ線維を注入するステップと、試験物質を前記試験群のマウスに投与するステップと、正常タウ遺伝子のみを有する対照群のマウスの脳内に、前記タウ線維か、前記タウ線維及び対照物質かを注入するステップと、前記マウスの脳内に注入するステップから4ヶ月以内の同時期に、前記試験群及び対照群のそれぞれの少なくとも一部のマウスから脳を回収するステップと、前記試験群及び前記対照群の脳のタウ線維病理構造物の特性を解析するステップと、前記試験群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性を、前記対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性と比較するステップとを含み、前記試験群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性が、前記対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性と異なるとき、前記試験物質は孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質とする。
【0020】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法において、前記試験物質を前記試験群のマウスに投与するステップは、前記正常タウ遺伝子のみを有する試験群のマウスの脳内に、前記タウ線維と同時に前記試験物質を注入するステップの場合がある。また、前記試験物質を前記試験群のマウスに投与するステップは、脳内注入以外の投与経路で前記試験群のマウスに、前記試験群のマウスの脳内に、前記タウ線維と同時に前記試験物質を注入するステップの前に、同時に、及び/又は、その後に実行される場合がある。
【0021】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法において、前記グリコサミノグリカンは、硫酸デキストラン又は多硫酸ペントサンの場合がある。
【0022】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法は、前記マウスの脳内に注入するステップの後4ヶ月を超えてからの同時期に、前記試験群及び前記対照群のそれぞれの少なくとも一部のマウスから脳を回収するステップと、前記試験群及び前記対照群の脳のタウ線維病理構造物の特性を解析するステップと、前記試験群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性を、前記対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性と比較するステップをさらに含む場合がある。
【0023】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法において、前記比較するステップは、前記マウスの脳内に注入するステップから4ヶ月以内の同時期に回収された試験群及び対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性を、前記マウスの脳内に注入するステップから4ヶ月を超える同時期に解析された試験群及び対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性と比較することをさらに含む場合がある。
【0024】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法において、前記タウ線維病理構造物の特性は、該タウ線維病理構造物の脳内分布の場合がある。
【0025】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法において、前記タウ線維病理構造物の特性は、該タウ線維病理構造物の脳内分布の経時的変化の場合がある。
【0026】
本発明は、孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法を提供する。本発明の方法は、二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体と試験物質とを含む試験溶液を調製するステップと、二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体とを含む対照溶液Iか、二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体と対照物質とを含む対照溶液IIかを調製するステップと、正常タウ遺伝子のみを有する試験群のマウスの脳内に、前記試験溶液を注入するステップと、正常タウ遺伝子のみを有する対照群のマウスの脳内に、前記対照溶液I又はIIを注入するステップと、前記マウスの脳内に注入するステップから4ヶ月以内の同時期に前記試験群及び対照群のそれぞれの少なくとも一部のマウスから脳を回収するステップと、前記試験群及び前記対照群の脳のタウ線維病理構造物の特性を解析するステップと、前記試験群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性を、前記対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性と比較するステップとを含み、前記試験群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性が、前記対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性と異なるとき、前記試験物質は孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質とする。
【0027】
前記方法は、試験溶液を調製するステップの後に、該試験溶液のインキュベーションをするステップを含み、前記対照溶液I又はIIを調製するステップの後に、前記対照溶液I又はIIのインキュベーションをするステップを含み、正常タウ遺伝子のみを有する試験群のマウスの脳内に、前記インキュベーション後のグリコサミノグリカンと前記タウタンパク質の単量体と前記試験物質とを含む溶液を注入するステップは、前記インキュベーション後の前記二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体と試験物質とを含む溶液を注入するステップであり、前記正常タウ遺伝子のみを有する対照群のマウスの脳内に、前記グリコサミノグリカンと前記タウタンパク質の単量体とを含む溶液か、前記グリコサミノグリカンと前記タウタンパク質の単量体と前記対照物質とを含む溶液かを注入するステップは、前記インキュベーション後のグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体とを含む溶液か、前記インキュベーション後のグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体と対照物質とを含む溶液かを注入するステップである。
【0028】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法において、前記グリコサミノグリカンは、硫酸デキストラン又は多硫酸ペントサンの場合がある。
【0029】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法は、前記マウスの脳内に注入するステップの後4ヶ月を超えてからの同時期に、前記試験群及び前記対照群のそれぞれの少なくとも一部のマウスから脳を回収するステップと、前記試験群及び前記対照群の脳のタウ線維病理構造物の特性を解析するステップと、前記試験群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性を、前記対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性と比較するステップをさらに含む場合がある。
【0030】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法において、前記比較するステップは、前記マウスの脳内に注入するステップから4ヶ月以内の同時期に回収された試験群及び対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性を、前記マウスの脳内に注入するステップから4ヶ月を超える同時期に解析された試験群及び対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性と比較することをさらに含む場合がある。
【0031】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法において、前記タウ線維病理構造物の特性は、該タウ線維病理構造物の脳内分布の場合がある。
【0032】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法において、前記タウ線維病理構造物の特性は、該タウ線維病理構造物の脳内分布の経時的変化の場合がある。
【0033】
本発明は、孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法を提供する。本発明の方法は、二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体と試験物質とを含む試験溶液を調製するステップと、該試験溶液のインキュベーションをするステップと、二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体とを含む対照溶液Iか、二糖単位あたり硫酸基が4個以上結合したグリコサミノグリカンとタウタンパク質の単量体と対照物質とを含む対照溶液IIかを調製するステップと、該対照溶液I又はIIのインキュベーションをするステップと、正常タウ遺伝子のみを有する試験群のマウスの脳内に、前記インキュベーションの後の前記試験溶液を注入するステップと、正常タウ遺伝子のみを有する対照群のマウスの脳内に、前記インキュベーションの後の前記対照溶液I又はIIを注入するステップと、前記マウスの脳内に注入するステップから4ヶ月以内の同時期に前記試験群及び対照群のそれぞれの少なくとも一部のマウスから脳を回収するステップと、前記試験群及び前記対照群の脳のタウ線維病理構造物の特性を解析するステップと、前記試験群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性を、前記対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性と比較するステップとを含み、前記試験群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性が、前記対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性と異なるとき、前記試験物質は孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質とする。
【0034】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法において、前記グリコサミノグリカンは、硫酸デキストラン又は多硫酸ペントサンの場合がある。
【0035】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法は、前記マウスの脳内に注入するステップから4ヶ月を超える同時期に、前記試験群及び対照群のそれぞれの少なくとも一部のマウスの脳を回収するステップと、前記試験群及び前記対照群の脳のタウ線維病理構造物の特性を解析するステップと、前記試験群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性を、前記対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性と比較するステップとをさらに含む場合がある。
【0036】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法において、前記比較するステップは、前記マウスの脳内に注入するステップから4ヶ月以内の同時期に解析された試験群及び対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性を、前記マウスの脳内に注入するステップから4ヶ月を超える同時期に解析された試験群及び対照群のマウスの脳でのタウ線維病理構造物の特性と比較することをさらに含む場合がある。
【0037】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法において、前記タウ線維病理構造物の特性は、該タウ線維病理構造物の脳内分布の場合がある。
【0038】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法において、前記タウ線維病理構造物の特性は、該タウ線維病理構造物の脳内分布の経時的変化の場合がある。
【0039】
本明細書において孤発性タウオパチーモデルマウスとは、タウオパチー患者の多くを占める孤発性タウオパチー患者の脳内でタウ線維病理構造物の脳内分布が経時的に広がる現象を再現する疾患動物モデルである。本発明の孤発性タウオパチーモデルマウスに用いられるマウスは、正常タウ遺伝子のみを有するマウスである。本明細書において「正常タウ遺伝子のみを有するマウス」とは、タウ遺伝子については、内在性のマウスタウ遺伝子だけを有し、マウス、ヒトその他の生物種由来のいかなる発現可能な外来タウ遺伝子も含まないマウスを指す。したがって、本明細書の「正常タウ遺伝子のみを有するマウス」は、タウ以外の他の遺伝子について外来遺伝子が含まれてもかまわない。また、本明細書の「正常タウ遺伝子のみを有するマウス」は、発現可能でない外来タウ遺伝子が含まれてもかまわない。ここで、外来遺伝子とは、受精卵へのDNA注入、ES細胞へのトランスフェクション、マウス胚へのウイルスベクター感染等を含むが、これらに限定されない経路によりマウス生殖系列細胞に導入されたDNAをいう。また外来タウ遺伝子とは、いずれかの生物種由来のタウタンパク質の少なくとも一部をコード化するDNAを含む外来遺伝子を指す。ある遺伝子について「発現可能な」とは、当該遺伝子が、発現可能な転写及び翻訳調節領域(プロモーター及び/又はエンハンサー)DNAと動作可能に連結されていることをさす。
【0040】
タウタンパク質は微小管結合タンパク質のひとつであり、神経細胞に豊富に発現している。ヒトタウタンパク質は、17番染色体長腕のMapt遺伝子にコードされており、1つの遺伝子から選択的スプライシングによって6つのアイソフォームを発現する。ヒト成人脳では6種類すべてのアイソフォームが発現している。タウはそのC末端側に約30アミノ酸からなる繰り返し配列を3つ(3リピート)または4つ(4リピート)有しており、この配列が微小管に結合する領域である。N末側にはプロジェクション領域という保存された領域があり、微小管同士の間隔を調節する役割を持つといわれている。タウタンパク質はチューブリンに結合することによって、微小管の重合を促進し安定化させる機能を持つことから、神経細胞の形態維持や機能発現、物質輸送などに関与していると考えられる。
【0041】
タウの構造は水溶液中ではランダムコイル状といわれている。患者脳内で蓄積しているタウ線維病理構造物では、タウタンパク質はクロスβ構造に富むアミロイド線維を形成している。またタウ線維病理構造物中のタウタンパク質は高度にリン酸化されている。また、リン酸化の有無にかからわず、タウタンパク質は通常の生理的条件下では線維化を起こさない。しかし硫酸化されたグリコサミノグリカンとともにタウタンパク質をインキュベーションすると線維化が起こる。そして、タウタンパク質のリン酸化の程度に関わらず、線維化したタウは、単量体のタウタンパク質をさらに凝集させる。そこに単量体のタウタンパク質が存在すると、タウ線維の伸長が起こる。
【0042】
本明細書において、硫酸デキストラン及び多硫酸ペントサンを含む硫酸化グリコサミノグリカンとインキュベーションされてマウス注入用のタウ線維を形成するためのタウタンパク質の単量体は、該タウ線維がマウスのタウタンパク質を凝集させて伸長することを条件として、ヒト及びマウスを含むがこれらに限定されない、いずれかの生物種に由来するタウタンパク質であってもかまわない。本発明でマウスに注入されるタウ線維に用いられるタウタンパク質は、マウス4R1Nタウタンパク質のようなタウタンパク質をコード化するcDNAを組み込んだいずれかの発現ベクターを、大腸菌、酵母等の微生物か、カイコ等の昆虫や植物等の多細胞生物か、該多細胞生物由来の培養細胞か、無細胞系かで発現させることにより産生され、当業者に周知のいずれかの方法で精製される。
【0043】
グリコサミノグリカンは、アミノ糖を含む酸性多糖で、グルコサミン、ガラクトサミン等のアミノ糖と、グルクウロン酸等のウロン酸かガラクトースかとからなる二糖単位の繰り返し長鎖構造を有する。グリコサミノグリカンのなかには硫酸化されたものがある。ヒトやマウスの体内では、ヘパリン、ヘパラン硫酸、デルマタン硫酸、ケラタン硫酸、コンドロイチン硫酸などが合成される。硫酸デキストランや多硫酸ペントサンは、哺乳類では合成されないが、微生物で合成され、試薬として入手可能である。硫酸化グリコサミノグリカンは、二糖単位あたり硫酸基の数で分類できる。硫酸デキストラン及び多硫酸ペントサンは二糖単位あたり硫酸基が4〜6個結合し、ヘパリンは二糖単位あたり硫酸基が1.6〜3個結合し、デルマタン硫酸は二糖単位あたり硫酸基が1〜3個結合し、ヘパラン硫酸は二糖単位あたり硫酸基が0.4〜2個結合し、ケラタン硫酸は二糖単位あたり硫酸基が0.9〜1.8個結合し、コンドロイチン硫酸は二糖単位あたり硫酸基が0.1〜1.3個結合する(Lindahl、U.及びHook、M.、Annu. Rev. Biochem.,47:385(1978))。硫酸化グリコサミノグリカンはタウ単量体とともにインキュベーションされるとタウ線維化を起こす。硫酸化グリコサミノグリカンのうち最も硫酸化された硫酸デキストラン及び多硫酸ペントサンで形成されるタウ線維は、硫酸化の程度が比較的低いヘパリンで形成されるタウ線維より短いことが報告されている(Hasegawa,M.ら、J. Biol. Chem.,272:33118(1997))。そのため、ヒト及びマウスでも産生されるヘパリンが組換えタウタンパク質とのインキュベーションによるタウ線維化に利用されてきた。また、硫酸デキストラン及び多硫酸ペントサンのほうがヘパリンよりも硫酸化の程度は高いが、これらはヒトやマウスの体内で産生されないうえ、得られるタウ線維が短いため、硫酸デキストラン及び多硫酸ペントサンは組換えタウタンパク質とのインキュベーションによるタウ線維化に利用されなかったと考えられる。
【0044】
本明細書におけるタウ線維化あるいはタウ線維形成は、生化学的には、可溶化の程度の異なる界面活性剤を弱い順に用いる差次的可溶化により、最も可溶化の程度の強い界面活性剤であるサルコシルでも溶けないで遠心分離で沈殿する画分のイムノブロット解析で検討できる。また、生物物理学的には、電子顕微鏡又は原子間力顕微鏡で直接観察される他、蛍光色素チオフラビンT(ThT)、あるいはチオフラビンS(ThS)による蛍光発色か円偏光二色性分析かでβシート構造形成の程度を測定することができる。試験管内でタウタンパク質の単量体と硫酸化グリコサミノグリカンとの反応で生成したタウ線維の特性は、サルコシル不溶性、前記蛍光色素による蛍光発光、線維の電子顕微鏡形態学、円偏光二色性分析結果を含むが、これらに限定されない。
【0045】
タウ線維を前記マウスの脳内への注入する際注入部位は、中脳黒質、青斑核、嗅内野、線条体、海馬を含むが、これらに限定されない。脳内注入には、3〜5ヶ月齢のマウスが用いられる。生化学的手法及び免疫組織学的手法によるタウ線維病理構造物の解析には主にメスマウスが用いられ、行動試験による脳機能解析には主にオスマウスが用いられるが、これらに限定されない。マウスは、50mg/kgのペントバルビタールナトリウムを腹腔内投与することにより麻酔され、(ナリシゲ、SR−5M)のような脳定位固定装置に固定された。注入部位はFranklin,K.B.J.及びPaxinos,G.(The Mouse Brain in Stereotaxic Coordinates, 第4版、2012、マサチューセッツ州Waltham、Academic Press)を基に決定された。例えば、右側中脳黒質に注入する場合は、A−P:−3.0mm、M−L:−1.3mm、D−V:−4.7mmの条件に設定される。10μLのハミルトンシリンジ(HAMILTON、#80300)のような微量注入器具を用いて、1−10μL、あるいは、5μL前後の体積のタウ線維懸濁液が注入される。
【0046】
マウスから脳を回収する際は断頭法で迅速に行った。本実施例に記載の実験は、東京都医学総合研究所動物実験倫理審査委員会において、動物実験計画登録番号13066「マウス・ラット・ウサギを用いた神経変性疾患モデルの構築と治療法の検討」として平成25年3月29日に承認された。
【0047】
本明細書において「脳内に注入する前の時期」とは、実験に用いるマウスが動物飼育施設に搬入されてから、タウ線維の脳内注入手術を施されるまでのいずれかの時期をいう。本明細書において「注入してからの時期」とは、注入手術を施されたマウスから脳が回収されるまでのいずれかの時期をいう。注入してからの時期が4ヶ月とは、注入の日から4ヶ月経過の日までであることをいう。注入してからの時期は、4ヶ月の場合だけでなく、3ヶ月でも5ヶ月でもよい。注入して1日、1週間又は1ヶ月経過後の場合であってもよい。注入されたタウ線維はおよそ1週間で消失するが、神経細胞内に取り込まれたタウ線維はマウス体内に存在する正常な単量体のタウタンパク質を変性させ、タウ線維に凝集しタウ線維を伸長させる。最初にタウ線維病理構造物が免疫組織学的に観察されるのは、注入される脳内部位によって異なるが、注入後約1ヶ月である。また、最初にタウ線維病理構造物が生化学的に検出されるのは、これも注入される脳内部位によって異なるが、注入後約3ヶ月である。したがって、「注入してから4ヶ月以内の時期」とは、注入の日から4ヶ月経過の日までのいずれかの時期をいう。本発明では、注入の日から、最初にタウ線維病理構造物が検出される注入後約1ヶ月経過の日を含み、注入の日から3ヶ月経過の日を含む。「注入してから4ヶ月を超える時期」とは、注入の日から4ヶ月経過の日の翌日から当該マウスが自然死するまでのいずれかの時期をいう。注入されたマウスの数が十分多い場合には、注入してから4ヶ月以内の時期の異なる複数の日にマウスから脳が回収されることがある。同様に注入されたマウスの数が十分多い場合には、注入してから4ヶ月を超える時期の異なる複数の日にマウスから脳が回収されることがある。
【0048】
脳内のタウ線維病理構造物が脳内に注入されたタウ線維からどのようにして形成されるか正確なメカニズムは不明である。しかし、脳内に注入されたタウ線維が神経細胞内に取り込まれて、細胞内で発現したタウタンパク質の単量体を凝集する核となって、細胞内でNFT、NT等の特徴的な病理構造物を形成するものと考えられる。当該病理構造物の形態学的特性は組織学的観察により検出できる。かかる形態学的特性には、前記病理構造物の個別の形態の他、神経細胞内外での分布や、脳組織内での分布を含むが、これらに限定されない。また、前記病理構造物の免疫組織化学的特性は、タウタンパク質に対する抗体、リン酸化タウタンパク質に特異的な抗体を含むが、これらに限定されない抗体との反応により検出できる。さらに、前記病理構造物の生化学的特性は、前述の界面活性剤を弱い順に用いる差次的可溶化により、最も可溶化の程度の強い界面活性剤であるサルコシルでも溶けないで遠心分離で沈殿する画分のイムノブロット解析で検出でき、不溶性画分での検出可能性と、リン酸化等の翻訳後修飾の有無及び程度とを含むが、これらに限定されない。
【0049】
本明細書において「試験群」は効果を確認したい条件で処理された1匹又は2匹以上のマウスをいう。本明細書において、「対照群」とは、試験群と異なる条件で処理された1匹又は2匹以上のマウスをいう。試験群と対照群との条件の違いは、例えば注入手術を施すことまでは同じだが、注入液にタウ線維が含まれるか否かの違いの場合もあれば、注入液にタウ線維が含まれるか、タウ線維以外の物質が含まれるかの違いの場合もあれば、注入液に含まれるタウ線維の特性が違う場合もあれば、タウ線維を注入する手術を施されるか、全く手術が施されないかの違いの場合もある。本発明のスクリーニング方法において、「試験物質」とは、スクリーニングの対象となる、タウ線維病理構造物の特性に影響を与える効果が未知の医薬候補物質のそれぞれを指す。本発明の試験物質は、タウ線維と同時に脳内に注入される場合もあれば、別の投与経路で投与される場合もある。前記別の投与経路は、経口投与、非経口投与、静脈、筋肉、腹腔等への注射、吸入を含むが、これらに限定されない。本発明の試験物質の投与は、タウ線維を脳内注入するステップの前に、同時に、及び/又は、後に、1回又は2回以上か、連続的にか、間歇的にか実行される場合がある。本発明のスクリーニング方法において、「対照物質」とは、タウ線維病理構造物の特性に影響を与える効果が既知の物質を指す。タウ線維病理構造物の特性の比較は、異なる条件で脳内注入手術を施されたマウスから同じ時期に回収された脳のタウ線維病理構造物の特性の比較の場合の他、同じ条件で脳内注入手術を施されたマウスから異なる時期に回収された脳のタウ線維病理構造物の特性の比較の場合を含むが、これらに限定されない。
【0050】
本明細書において、「マウスの行動特性」は、以下の行動試験に示される試験環境に置かれたマウスの行動を監視、記録して、評価又は測定される特性を含むが、これらに限定されない。
オープンフィールド試験
50cm四方の箱の中心にマウスを置き、8分間の行動をビデオトラッキングシステム(Anymaze、室町機械)にて解析する。総移動距離、壁側滞在時間、内側滞在時間などのパラメーターを算出する。
ロタロッド試験
3cm径の棒(ロッド)がついたロタロッド装置(室町機械)の上にマウスを置き、ロッドを回転させる。試験時間は5分間で5分の間に0rpmから40rpmまで回転数を上げ、ロッドから落下した時間を計測し運動機能の評価を行う。
Y迷路試験
40cm×3cmのアーム3本がY字につながった形のY迷路装置(室町機械)を使用する。マウスを1本のアーム(アームA)の端に置き、8分間自由に行動させて目視で記録する。アームAからどのアーム(アームA、B、C)に移動したか順に記録し、自発行動量と空間作業記録を算出する。
高架式十字迷路試験
壁に囲まれた走路(クローズドアーム)と壁のない走路(オープンアーム)からなる高架式十字迷路(室町機械)を用いる。マウスは十字の中心部に置き、8分間自由に行動させビデオトラッキングシステム(Anymaze、室町機械)にて解析する。自発行動量、オープンアーム滞在時間、クローズドアーム滞在時間などから不安行動の評価を行う。
ワイヤーハング試験
マウスを金網に載せた後、網を逆さまにしてマウスが金網から落ちる時間を計測する(最大300秒)。
【0051】
本明細書における孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質をスクリーニングする方法には、2種類ある。1種類は、タウタンパク質の単量体と硫酸化グリコサミノグリカンとともにインキュベーションされた後、反応液を脳内に注入されることによって、脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質である。もう1種類は、タウタンパク質の単量体と硫酸化グリコサミノグリカンとのインキュベーションで形成されたタウ線維とともに脳内に注入されることによって、脳内のタウ線維病理構造物の特性に影響を与える物質である。
【0052】
本明細書において「前記試験群及び対照群のそれぞれの少なくとも一部のマウスから脳を回収する」とは、同じ条件で脳内注入手術を施された複数のマウスからなる試験群を、脳内注入後同じ時点で全てのマウスから脳を回収するのではなく、一部のマウスは残しておいて、別の時点で脳を回収することをいう。例えば、マウスの脳内に注入して3ヶ月と6ヶ月とに脳を回収する場合がある。
【0053】
本明細書において言及される全ての文献はその全体が引用により本明細書に取り込まれる。
【図面の簡単な説明】
【0054】
図1-A】タウ線維注入後3ヶ月で回収された脳の右側中脳黒質に少量のリン酸化タウ線維病理構造物が観察されるという、抗リン酸化タウ抗体を用いる免疫組織化学的所見を示す顕微鏡写真。
図1-B】タウ線維注入後6ヶ月で回収された脳の右側中脳黒質に多量のリン酸化タウ線維病理構造物が観察されるという、抗リン酸化タウ抗体を用いる免疫組織化学的所見を示す顕微鏡写真。
図1-C】タウ線維注入後6ヶ月で回収された脳の右側大脳皮質にリン酸化タウ線維病理構造物が観察されるという、抗リン酸化タウ抗体を用いる免疫組織化学的所見を示す顕微鏡写真。
図1-D】タウ線維注入後6ヶ月で回収された脳の右側線条体にリン酸化タウ線維病理構造物が観察されるという、抗リン酸化タウ抗体を用いる免疫組織化学的所見を示す顕微鏡写真。
図2-A】タウ線維注入後10ヶ月で回収された脳(Tau−injected)及び対照実験(Control)の右脳(R)及び左脳(L)のサルコシル不溶性画分を非リン酸化タウ抗体T46(Total tau抗体)を用いて検出したイムノブロット図。
図2-B】タウ線維注入後10ヶ月で回収された脳(Tau−injected)及び対照実験(Control)の右脳(R)及び左脳(L)のサルコシル不溶性画分をリン酸化タウ抗体(pS396抗体)を用いて検出したイムノブロット図。
図2-C】タウ線維注入後10ヶ月で回収された脳(Tau−injected)及び対照実験(Control)の右脳(R)及び左脳(L)のサルコシル不溶性画分をリン酸化タウ抗体(pS422抗体)を用いて検出したイムノブロット図。
【発明を実施するための形態】
【0055】
以下に説明する本発明の実施例は例示のみを目的とし、本発明の技術的範囲を限定するものではない。本発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載によってのみ限定される。本発明の趣旨を逸脱しないことを条件として、本発明の変更、例えば、本発明の構成要件の追加、削除及び置換を行うことができる。
【実施例1】
【0056】
1.材料と方法
(1)組換えタウタンパク質の精製
マウスタウ4R1N遺伝子を組み込んだpRK172ベクター(pRK172−mouse tau 4R1N)が大腸菌BL21(DE3)株に形質転換された。これを500mLの2×YT培地(0.1mg/mLのアンピシリン添加)中で37℃、6時間振とう培養後、0.2 mM イソプロピル1−チオ−β−D−チオガラクトピラノシドを添加してタンパク発現が誘導され、さらに3時間培養された。培養後、遠心分離により菌体が回収され、10mLのバッファーA(50mM PIPES(pH6.9)、5mM EGTA、1mM ジチオスレイトール及び0.5mM フッ化フェニルメチルスルホニル)を加え懸濁後、超音波処理により菌体が破砕された。遠心分離(26,600×g,15分,4℃)により上清が回収され、1% メルカプトエタノールを加え、100℃、5分間熱処理が行われた。熱変性した夾雑タンパク質は遠心分離(26,600×g,15分,4℃)によって除去され、得られた上清は陽イオンカラムに吸着された。その後NaClによりタウが溶出され、塩析によって沈殿された。遠心分離(26,600×g,20分,4℃)で沈殿したタウが回収され,1mLの50mM Tris−HCl(pH7.5)に溶解され、透析された。透析された試料は113,000×gで超遠心され、不溶性物質が除去された。こうして得られた標品が、高速液体クロマトグラフィーによるタンパク定量後、タウタンパク質の単量体として線維化等の以下の実験に供された。
【0057】
(2)タウ線維の調製及びマウス脳内への注入
1mg/mLのタウタンパク質の単量体溶液に0.2% NaN及び200μg/mL 硫酸デキストラン(MP Biomedicals、#150821、株式会社エムピーバイオジャパン)が添加され、37℃で振とうすることによりタウタンパク質が線維化された。線維形成の確認はチオフラビンSの蛍光測定にて行われ、超遠心分離(113,000×g、20分、室温)で線維が回収され、PBSに懸濁後、高速液体クロマトグラフィーにより定量され、超音波処理が行われ、得られた標品がタウ線維とされた。3〜5ヶ月齢の野生型マウス(C57BL/6Jメス)17匹が、ペントバルビタールナトリウムの腹腔内投与で麻酔され、脳定位固定装置(ナリシゲ、SR−5M)に固定された。10μLシリンジ(HAMILTON、#80300)を用い、5μLの4mg/mL タウ線維溶液が右側中脳黒質(A−P:−3.0mm、M−L:−1.3mm、D−V:−4.7mm)に注入され、その後一定期間飼育された。全く注入操作を施されなかったマウスが対照実験に用いられた。
【0058】
(3)組織免疫染色
タウ線維注入後、一定期間飼育したマウスはイソフルランで麻酔され、断頭後、脳が回収され、中性緩衝ホルマリン溶液(10%、和光純薬工業株式会社)にて固定した。固定後、振動刃ミクロトーム(ライカ マイクロシステムズ)にて50μm厚の切片が作製された。切片は3%過酸化水素/メタノール液で内因性のペルオキシダーゼを失活させた後、10%ウシ血清/PBSでブロッキングされ、1次抗体として抗リン酸化タウポリクローナル抗体(抗pS396(CALBIOCHEM、#577815)及び抗pS422(Hasegawa,M.ら、FEBS Lett.,384:25(1996))が用いられた。二次抗体としてビオチン標識抗ウサギIgG(H+L)を用いるBECTASTAIN ABCキット(Vector、フナコシ株式会社)により3,3’−ジアミノベンチジンを基質として発色された。
【0059】
(4)生化学的解析
マウス脳は抜脳後右脳と左脳とに分離され、−80℃で凍結保存された。脳重の20倍量のバッファーB(10 mM Tris−HCl(pH7.5)、10% ショ糖、0.8M NaCl及び1mM EGTA)を添加してホモジナイズされ、35000rpm、4℃、30分間超遠心が行われ、回収された上清はバッファー可溶性画分とされた。前記超遠心で沈殿した不溶性画分は、20倍量のバッファーBを添加してホモジナイズされ、最終濃度1%になるようにTriton−Xが加えられ、37℃で30分インキュベートされた。再度超遠心が行われ、回収された上清はTriton可溶性画分とされた。前記再度の超遠心で沈殿した不溶性画分は、20倍量バッファーBを添加してホモジナイズされ、最終濃度1%になるように界面活性剤サルコシルが加えられ、37℃で30分インキュベート後、さらに超遠心が行われた。得られた上清はサルコシル可溶性画分とされた。前記超遠心で沈殿した不溶性画分はサルコシル不溶性画分とされた。得られた各画分は、5×サンプルバッファーが添加され、100℃、5分間加熱してウエスタンブロッティング用試料とされた。該試料は10%SDS−PAGE用ゲルで電気泳動後、PVDF膜に転写された。3% ゼラチン/PBSにてブロッキングされた後、10% ウシ血清/PBSで希釈された1次抗体(非リン酸化タウ抗体 T46(invitrogen、#13−6400)、リン酸化タウ抗体 抗pS396(CALBIOCHEM、#577815)及び/又はリン酸化タウ抗体 抗pS422(Hasegawa,M.ら、FEBS Lett.,384:25(1996))とともに室温で終夜インキュベートされた。2次抗体としてビオチン抗マウスIgG又はビオチン抗ウサギIgGを用いるBECTASTAIN ABCキット(Vector、フナコシ株式会社)により3,3’−ジアミノベンチジンを基質として発色された。
【0060】
2.結果
(1)組織学的所見
組換えマウスタウタンパク質で作ったタウ線維が3〜5ヶ月齢の野生型マウスの中脳黒質に注入された。タウ線維注入後3ヶ月で回収された脳(n=5)では、注入部位である右側中脳黒質に少量のリン酸化タウ線維病理構造物が認められた(図1−A)。タウ線維注入後6ヶ月で回収された脳(n=5)では、注入部位である右側中脳黒質に多量のリン酸化タウ線維病理構造物が認められ、神経の細胞体及び突起の内部に高度にリン酸化されたタウの蓄積が認められた(図1−B)。さらに、タウ線維注入後6ヶ月で回収された脳の右側大脳皮質(図1−C)及び右側線条体(図1−D)でも神経細胞内部に高度にリン酸化されたタウの蓄積が認められた。通常、野生型マウスではこのようなリン酸化タウ線維病理構造物はみられないことから、タウ線維の脳内注入によりリン酸化タウ線維病理構造物の形成が誘発されることが明らかになった。
【0061】
(2)生化学的所見
タウ線維が注入されたマウスで観察されたタウ線維病理構造物がヒトタウオパチー患者脳内の蓄積タウと同様の生化学的特性、すなわち、界面活性剤に対する不溶性を有するか調べるため、生化学的解析が行われた。マウス脳が右脳(R:注入側)と左脳(L:非注入側)とに分離された後、異なる界面活性剤による段階的抽出が行われた。前記1.(4)節で説明したとおりバッファー可溶性画分、Triton−X可溶性画分、サルコシル可溶性画分及びサルコシル不溶性画分が調製された。そのうち、サルコシル不溶性画分が、非リン酸化タウ抗体T46(Total tau抗体)と、2種類のリン酸化タウ抗体(pS396抗体及びpS422抗体)とを用いるイムノブロット解析に供された。1匹の脳の片側の12分の1ないし15分の1が、イムノブロットの1つのレーンに適用された。
【0062】
図2の生化学的解析では注入後10ヶ月のマウス脳が用いられた。タウ線維が注入されなかった対照群のマウスの脳では、非リン酸化タウ抗体及び2種類のリン酸化タウ抗体のいずれを用いても、サルコシル不溶性画分のイムノブロット解析でバンドが検出されなかった。一方、タウ線維が注入されたマウス脳(Tau−injected)では非リン酸化タウ抗体でサルコシル不溶性画分にバンドが認められ、不溶化したタウが形成されていた(図2−A)。さらに両方の抗リン酸化タウ抗体でもサルコシル不溶性画分にタウのバンドが認められ、タウオパチー患者脳と同様に異常リン酸化された不溶性タウが形成されていることが明らかになった(図2−B及び2−C)。また、サルコシル不溶性タウは注入側である右脳に多く出現しているが、非注入側である左脳でも、非リン酸化タウ抗体及びリン酸化タウ抗体のいずれでも陽性のバンドが認められた(図2−B及び2−C)ことから、タウ線維病理構造物形成は注入された部位から離れた領域まで広がったことがわかる。既存のタウオパチーモデルマウスでは生化学的解析の報告は無く、このモデルマウスは世界で初めて野生型マウス脳内にサルコシル不溶性のリン酸化タウ蓄積を再現することができた。
【0063】
以上の結果から、タウタンパク質を過剰発現するトランスジェニックではなく野生型マウスにマウスタウ線維を脳内注入するだけで、ヒトタウオパチー患者脳のタウ線維病理構造物と同様の特性である、高度のリン酸化及びサルコシル不溶性という特性を有するタウ線維病理構造物を誘導できるモデルマウスを確立することができた。さらに、このモデルでは時間経過に伴いタウ線維病理構造物の形成が非注入側半球にも広がったことから、疾患の進行過程を再現する非常に優れたモデルであると考えられる。
図1-A】
図1-B】
図1-C】
図1-D】
図2-A】
図2-B】
図2-C】