(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、トーションビームの耐久性は、トーションビームを構成している素材の厚みを厚くすれば向上するが、素材を厚くするとトーションビームの重量が増加することになり、好ましくない。
【0005】
そこで、トーションビームに総焼入れ処理を施して硬度を高めることによって耐久性を向上させることが考えられる。
【0006】
しかしながら、総焼入れ処理によってトーションビームの十分な耐久性を得ようとすると、トーションビーム全体の硬度が上がって靱性が低下し、例えば車両走行時に異物等の衝突によって衝撃を受けた際に破損しやすくなる恐れがある。つまり、総焼入れ処理による耐久性の向上には限界がある。
【0007】
また、トーションビームの全体に対して総焼入れ処理を施すと、トーションビームを加熱する際に要するエネルギが多大であり、また、熱ひずみも発生するという問題もある。また、亀裂等が発生するのは、トーションビームの限られた一部分であるから、そもそも総焼入れ処理は無駄であるとも考えられる。
【0008】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、繰り返し捩り力を受ける中空部材の板厚を厚くすることなく、かつ、総焼入れ処理、若しくは焼鈍処理を施さなくても、耐久性を大幅に高めることにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明では、中空部材の必要な所に部分熱処理を施して周壁の厚み方向の硬度分布を最適化するととともに、残留応力の低減をも図るようにした。
【0010】
第1の発明は、管状に形成されて中心線周りの捩り力を受ける中空部材の製造方法において、
上記中空部材の周壁の外表面の一部のみを加熱することにより、該周壁の外側部分であって該周壁の総厚さに対して1/2以下の範囲の硬度を、該外側部分の加熱前の硬度及び該周壁の内側部分の硬度よりも向上させ、かつ、該周壁の内側部分の硬度を該内側部分の加熱前の硬度と略同じにするとともに、該周壁の内側部分の残留応力を
非熱処理部よりも低減させる部分熱処理を施すことを特徴とするものである。
【0011】
この構成によれば、中空部材のうち、亀裂等が比較的発生しやすい所に部分熱処理を施すことで、周壁の外側部分の硬度が向上して強度が向上する。そして、部分熱処理を施した周壁は内側部分の硬度が外側部分ほど高まっていないので靱性が確保され、これにより、例えば衝撃を受けた際の破損を抑制することが可能になるとともに、捩り力に対する耐久性が向上する。さらに、部分熱処理を施した周壁の内側部分は、上記のように外側部分に比べて低硬度であるが、残留応力が低減しているので、捩り力を繰り返し受けても亀裂等の発生が抑制される。
【0012】
また、周壁の内側部分の硬度は、該内側部分の加熱前の硬度と略同じに設定されているので、中空部材の強度を十分に確保しながら、適度な靱性を付与することが可能になる。
【0013】
また、周壁の外側の硬度を向上させる部分は、周壁の総厚さに対して1/2以下に設定されているので、中空部材の靱性を十分に確保することが可能になる。
【0014】
第2の発明は、第1の発明において、部分熱処理は、中空部材の周壁の外側からレーザー光を照射することによって行うことを特徴とするものである。
【0015】
この構成によれば、部分熱処理を少ないエネルギ量で狙いとする部位にのみ確実に施すことが可能になる。
【発明の効果】
【0016】
第1の発明によれば、中空部材の周壁に部分熱処理を施して周壁の外側部分の硬度を加熱前の硬度及び該周壁の内側部分の硬度よりも向上させるとともに、該周壁の内側部分の引張残留応力を低減させている。これにより、中空部材が捩り力を繰り返し受けても亀裂等の発生を抑制できるので、周壁を厚くすることなく、かつ、総焼入れ処理を施すことなく高い耐久性を得ることができる。
【0017】
また、周壁の内側部分の硬度を加熱前と略同じにしたので、適度な靱性を付与して衝撃に強い中空部材としながら、高い耐久性を得ることができる。
【0018】
また、周壁の硬度を向上させる部分を周壁の総厚さの1/2以下にしたので、中空部材の靱性を十分に確保して高い耐久性を得ることができる。
【0019】
第2の発明によれば、部分熱処理をレーザー光の照射により行うようにしたので、高い耐久性を持つ中空部材を少ないエネルギ量で効率良く得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。尚、以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用物或いはその用途を制限することを意図するものではない。
【0022】
図1は、本発明の実施形態にかかるトーションビーム1を有するトーションビーム型サスペンション装置の一部を示すものである。このトーションビーム型サスペンション装置は、自動車の後輪懸架装置に用いられるものであり、トーションビーム1と、該トーションビーム1の両端部に固定され、車両前後方向に延びるアーム2,2とを備えている。各アーム2の車両前端部にはブッシュ3,3が設けられており、このブッシュ3,3を介して各アーム2が車体に対し上下方向に揺動可能に取り付けられるようになっている。一方、各アーム2の車両後端部には、車輪を支持する車輪支持部材4,4が取り付けられている。また、アーム2,2には、スプリング(図示せず)を受けるスプリングサポート5,5がそれぞれ設けられている。
【0023】
上記トーションビーム1は、車幅方向に延びる管状に形成された中空部材である。トーションビーム1の素材は、一般構造用炭素鋼鋼管である。この鋼管の厚みは2.9mmである。
【0024】
トーションビーム1の両端側の断面は略円形であり、この両端側が周方向全周に亘ってアーム2に溶接されている。一方、トーションビーム1の長手方向中間部の下面には、上方へ窪む凹部10が長手方向に連続して延びるように形成されている。この凹部10は、素管を金型により押し潰すことによって形成されており、
図4に示すように、凹部10の断面が下に開放する略U字または略V字に近い形状となっている。
【0025】
トーションビーム1の一部には、部分熱処理が施されている。部分熱処理が施された範囲は、
図2、3に斜線で示す範囲であり、
図4では破線に対応する部分である。
【0026】
部分熱処理は、詳細は後述するが所定のレーザー光を照射することによって施されたものである。この部分熱処理が施された範囲は、亀裂等が発生し易い箇所であり、即ち、本実施形態では、トーションビーム1の全てに焼入れを施す総焼入れ処理ではなく、亀裂等が発生し易い所にのみ熱処理を行っている。
【0027】
熱処理を施していない部材(非熱処理部材)の周壁の硬度分布は、
図5に黒丸で示すようになっている。すなわち、周壁の外面から内面まで約210〜250Hv(ビッカース硬さ)である。また、非熱処理部材の周壁の外面部の残留応力は、約300MPaの圧縮であり、内面部の残留応力は、約400MPaの引っ張りである。
【0028】
部分熱処理を施した箇所(熱処理箇所)の周壁の硬度分布は、同図に白丸で示すようになっている。すなわち、周壁の外面のA付近が460Hvであり、外面から深さ0.15mmのB付近まで硬度が徐々に上昇し、そのBで硬度がピークとなる。Bにおける硬度は約500Hvであり、非熱処理部材に比べて2倍以上の硬度となっている。BからC(外面から0.6mmのところ)まで硬度は徐々に低下しており、Cでは非熱処理部材の硬度と略同じ約200Hvである。Cから内面部のDまでは非熱処理部材の硬度と略同じである。周壁の厚み方向の硬度分布をこのように設定する手段は、レーザー光の照射である。
【0029】
また、熱処理箇所の周壁の外面の残留応力は、約70MPaの圧縮であり、内面の残留応力は、約5MPaの引っ張りである。このように熱処理箇所の周壁の残留応力を、非熱処理部材の周壁の残留応力よりも大幅に低下させる手段は、レーザー光の照射である。
【0030】
次に、上記トーションビーム1の製造要領について説明する。まず、素管を準備し、図示しない金型によって凹部10を形成する。その後、
図2及び
図3に斜線で示すように、トーションビーム1に部分的にレーザー光を照射して部分熱処理を施す。このときのレーザー光のエネルギー密度は、周壁の厚み方向の硬度分布が
図5に白丸で示すように外側部分の所定範囲の硬度が、該外側部分の加熱前の硬度及び該周壁の内側部分の硬度よりも向上するように、かつ、周壁の内側部分の残留応力が非熱処理部材よりも低減するように設定する。
【0031】
上記のようにして得られたトーションビーム1の耐久試験結果について、
図5に基づいて他のトーションビームと比較して説明する。
【0032】
耐久試験は、両側のアーム2の前端部を固定しておき、一方のアーム2の後端部に下向きの力を加えて下に変位させ、他方のアーム2の後端部に上向きの力を加えて上に変位させ、その後、両アーム2にそれまでの力とは逆向きの力を加えて変位させる方法とした。これを1回とカウントして繰り返し、トーションビーム1の一部にでも亀裂が発生したら止める。
【0033】
用意したトーションビームは、本発明にかかる部分熱処理が施されたもの(本発明)、熱処理を全く行っていないもの(比較例1)、ビッカース硬さが400Hvとなるように総焼入れを行ったもの(比較例2)、ビッカース硬さが500Hvとなるように総焼入れを行ったもの(比較例3)とを用意した。
【0034】
比較例1は、熱処理を施していないので、トーションビームの周壁の外面部から内面部までの硬度が、本発明にかかるトーションビーム1の非熱処理部材の周壁と同様に約210〜250Hvである。また、比較例1の周壁の外面部の残留応力は、約300MPaの圧縮であり、内面部の残留応力は、約400MPaの引っ張りである。
【0035】
この比較例1では、30万回で周壁の内面部に亀裂が発生した。
【0036】
比較例2は、トーションビームの周壁の外面部の硬度が約280Hvであり、外面部から0.5mmのS付近では、約400Hvとなっている。S〜内面まで約400〜420Hvである。また、比較例2の周壁の外面部の残留応力は、約200MPaの圧縮であり、内面部の残留応力は、約300MPaの引っ張りである。このように総焼入れ処理を施した比較例2では、内面側の冷却速度が外面側に比べて遅くなるため、内面部には引っ張りの残留応力が発生することになる。
【0037】
この比較例2では、40万回で周壁の内面部に亀裂が発生した。
【0038】
比較例3は、トーションビームの周壁の外面部の硬度が約380Hvであり、外面部から1.5mmのT付近では、約500Hvとなっている。T〜内面部まで約500〜510Hvである。また、比較例3の周壁の外面部の残留応力は、約300MPaの圧縮であり、内面部の残留応力は、約200MPaの引っ張りである。
【0039】
この比較例3では、115万回で周壁の内面部に亀裂が発生した。比較例3では、比較例1、2に比べて耐久性が向上しているが、トーションビーム1全体が約500Hvであると靱性に乏しくなり、例えば車両走行時に障害物がトーションビーム1に衝突した際、その衝撃によってトーションビーム1が破損しやすくなり、実用性に乏しい。
【0040】
これら比較例1〜3に対し、本発明にかかるトーションビーム1の耐久試験結果は、160万回を越えても亀裂の発生は見られなかった。
【0041】
つまり、トーションビーム1の外側部分の所定範囲の硬度が、該外側部分の加熱前の硬度及び該周壁の内側部分の硬度よりも向上するように、かつ、周壁の内側部分の残留応力が非熱処理部材よりも低減するように部分熱処理を行うだけで比較例1、2に比べて4倍以上の耐久性が得られる。
【0042】
ここで、部分熱処理の際に照射するレーザー光の最適なエネルギ密度について
図6に基づいて説明する。
図6のグラフは、横軸にQ値をとり、縦軸に亀裂発生回数をとっている。尚、本明細書中においてQ値とは、レーザー出力を走査速度で割った値のことである。
【0043】
グラフ中の丸印は、そのQ値となるようにレーザー光を照射して部分熱処理を施した場合に亀裂が発生した回数を示しており、Q値が1.5以上であれば、非熱処理部材の比較例1(Q値=0、亀裂発生回数=30万回)に比べて3割以上の顕著な耐久性向上が見られる。さらに、Q値が2.8以上3.1以下ではより一層耐久性が向上する。また、Q値の上限としては、6.0以上になると周壁の外面部の溶融がひどくなり、不良品となるので、6.0よりも小さい値がよく、好ましくは、5.0である。
【0044】
上記のように、Q値が1.5以上5.0以下となるようにレーザー光を照射することで、
図5に示す本発明の硬度分布が得られるとともに残留応力を低減することができることが分かる。よって、Q値は1.5以上5.0以下が好ましい。より好ましくは、2.8以上3.1以下である。特に、Q値を3.0付近に設定することで、亀裂発生回数が300万回に近い値になり、部分熱処理の効果が一層顕著なものとなる。
【0045】
また、トーションビーム1の一部のみにレーザー光を照射すればよいので、総焼入れを施す場合に比べて消費エネルギが少なくて済むとともに、工数も低減できる。
【0046】
以上説明したように、この実施形態によれば、トーションビーム1の周壁に部分熱処理を施して周壁の外側部分の硬度を、該外側部分の加熱前の硬度及び該周壁の内側部分の硬度よりも向上させるとともに、該周壁の内側部分の残留応力を低減させている。これにより、トーションビーム1が捩り力を繰り返し受けても亀裂等の発生を抑制できるので、周壁を厚くすることなく、かつ、総焼入れ処理を施すことなく、中空部材に高い耐久性を与えることができる。
【0047】
また、
図5に示すように、トーションビーム1の周壁の内側部分の硬度を、該内側部分の加熱前の硬度と略同じにしたので、適度な靱性を付与して衝撃に強いトーションビーム1としながら、高い耐久性を得ることができる。
【0048】
また、トーションビーム1の周壁の硬度を向上させる部分を、周壁の総厚さの1/2以下にしている。これにより、トーションビーム1の靱性を十分に確保して耐久性をより一層向上させることができる。トーションビーム1の周壁の硬度を向上させる部分の好ましい範囲は、周壁の総厚さの1/3以下である。
【0049】
また、部分熱処理をレーザー光の照射により行うようにしたので、高い耐久性を有するトーションビーム1を少ないエネルギ量で得ることができる。
【0050】
また、トーションビーム1の板厚を変更した場合も、上記したレーザー光による熱処理効果を十分に得ることができる。
【0051】
例えば、トーションビーム1を構成する鋼管の板厚を2.3mmとした場合に、板厚が2.9mmのものと同じ箇所にレーザー光による熱処理を施すと、
図7に示すように顕著な耐久性向上が見られる。
【0052】
すなわち、板厚が2.3mmの場合は、2.9mmの場合に比べて板厚が薄い分、レーザー光の最適なエネルギ密度が低い領域において亀裂発生回数を上昇させることができる。Q値が1.0以上2.0以下であれば、非熱処理部材(Q値=0、亀裂発生回数=20万回)に比べて3割以上の顕著な耐久性向上が見られる。さらに、Q値が1.3以上1.7以下ではより一層耐久性が向上する。また、Q値の上限としては、4.0以上になると周壁の外面部の溶融がひどくなり、不良品となるので、4.0よりも小さい値がよく、好ましくは、3.0である。
【0053】
尚、上記実施形態では、本発明を自動車のトーションビーム1に適用した場合について説明したが、これに限らず、例えばトーションスプリング、スタビライザーバー等に適用することもできるし、自動車部品以外にも捩り力を繰り返し受ける中空部材に適用することができる。