特許第6367567号(P6367567)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6367567耐食性溶射皮膜、その形成方法およびその形成用溶射装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6367567
(24)【登録日】2018年7月13日
(45)【発行日】2018年8月1日
(54)【発明の名称】耐食性溶射皮膜、その形成方法およびその形成用溶射装置
(51)【国際特許分類】
   C23C 4/12 20160101AFI20180723BHJP
   C23C 4/06 20160101ALI20180723BHJP
   B05B 7/20 20060101ALI20180723BHJP
   B05B 7/18 20060101ALI20180723BHJP
   C22C 21/06 20060101ALI20180723BHJP
   B32B 15/01 20060101ALN20180723BHJP
   B32B 15/08 20060101ALN20180723BHJP
【FI】
   C23C4/12
   C23C4/06
   B05B7/20
   B05B7/18
   C22C21/06
   !B32B15/01 G
   !B32B15/08 Z
【請求項の数】11
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-17943(P2014-17943)
(22)【出願日】2014年1月31日
(65)【公開番号】特開2015-145516(P2015-145516A)
(43)【公開日】2015年8月13日
【審査請求日】2016年12月5日
(73)【特許権者】
【識別番号】000159618
【氏名又は名称】吉川工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107825
【弁理士】
【氏名又は名称】細見 吉生
(72)【発明者】
【氏名】倉橋 隆郎
(72)【発明者】
【氏名】森本 敬治
(72)【発明者】
【氏名】申 喜夫
(72)【発明者】
【氏名】大坪 文明
(72)【発明者】
【氏名】大森 康弘
(72)【発明者】
【氏名】熊井 隆
(72)【発明者】
【氏名】西浦 祐輔
(72)【発明者】
【氏名】堀田 利文
【審査官】 祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開2001−247953(JP,A)
【文献】 特表2008−517159(JP,A)
【文献】 特開平06−330263(JP,A)
【文献】 特開平05−078801(JP,A)
【文献】 特開2010−022895(JP,A)
【文献】 特開2002−053943(JP,A)
【文献】 特開2007−131952(JP,A)
【文献】 特開2008−043869(JP,A)
【文献】 特開2002−332560(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/105613(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 4/00−6/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶融した材料粒子を含む火炎を基材に向けて噴射し、当該噴射経路の上流側領域では火炎と外気とを隔てる機能を有するとともに下流側領域では上記材料粒子および火炎を基材に達する前から噴流ガスまたは噴流ミストによって強制冷却する機能を有する溶射ガンを用い、
Alを含有する耐食性合金材料を上記材料粒子として溶射を行う一方、レーザ照射も押出加工もAl拡散浸透処理も実施することなく、
Mgを0.3〜15質量%含有し、酸素の含有量が0.2質量%以下であり、残部がAlよりなり、表面が封孔されない状態で気孔率が1%以下であるとともに、結晶粒径が10μm以下のミクロ組織をなす耐食性合金溶射皮膜を基材表面上に形成することを特徴とする耐食性溶射皮膜の形成方法。
【請求項2】
AlまたはAl合金でできた基材の表面上に上記の耐食性合金皮膜を形成することを特徴とする請求項1に記載した耐食性溶射皮膜の形成方法
【請求項3】
火炎が外気と隔てられた上記の上流側領域で火炎に供給される酸素の量を、完全燃焼に必要な酸素量よりも少なくすることを特徴とする請求項1または2に記載した耐食性溶射皮膜の形成方法。
【請求項4】
上記の耐食性合金材料として、Alを含有するとともにMgを0.3〜15質量%含有するものを使用することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載した耐食性溶射皮膜の形成方法。
【請求項5】
上記の耐食性合金材料として、Mg、Si、Mn、Ti、CuおよびAlを含有するものを使用することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載した耐食性溶射皮膜の形成方法。
【請求項6】
上記の耐食性合金材料を、粉末またはワイヤの状態で上記の溶射ガンに供給することを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載した耐食性溶射皮膜の形成方法。
【請求項7】
Alを含有する耐食性合金皮膜を基材表面上に形成するための溶射装置であって、
溶融した材料粒子を含む火炎を基材に向けて噴射し、当該噴射経路の上流側領域では火炎と外気とを隔てる機能を有するとともに、下流側領域では上記材料粒子および火炎を基材に達する前から噴流ガスまたは噴流ミストによって強制冷却する機能を有する溶射ガンを含むこと、
上記溶射ガンは、円錐面状の隙間を相互間に形成する内筒体と外筒体とを外周部に有していて、上記隙間の先端の環状噴流口より、上記の噴流ガスまたは噴流ミストを、噴射する火炎と同心円状で次第に細くなる筒形面状の流れをなし、火炎の噴射口から火炎の直径の3〜7倍の距離にある中心線上で交わるように傾斜を付けて供給することにより、
Mgを0.3〜15質量%含有し、酸素の含有量が0.2質量%以下であり、残部がAlよりなり、表面が封孔されない状態で気孔率が1%以下であるとともに、結晶粒径が10μm以下のミクロ組織をなす耐食性合金溶射皮膜を基材表面上に形成すること
を特徴とする耐食性溶射皮膜の形成装置。
【請求項8】
先端ノズルの中央から、噴射する火炎と、Alを含有していて当該火炎で溶融させられる耐食性合金材料の粉末またはワイヤと、上記先端ノズルを冷却するガスとを供給し、
当該先端ノズルの外周部から前方中央部へ向けて、上記の噴流ガスまたは噴流ミストを供給する
ことを特徴とする請求項7に記載した耐食性溶射皮膜の形成装置。
【請求項9】
上記先端ノズルの外周部から前方中央部へ向けて、上記の噴流ガスである窒素と噴流ミストとを合計で毎分400〜900L供給する
ことを特徴とする請求項8に記載した耐食性溶射皮膜の形成装置。
【請求項10】
火炎と外気とが隔てられた上記の上流側領域で火炎に供給される酸素の量が、完全燃焼に必要な酸素量よりも少ないことを特徴とする請求項7〜9のいずれかに記載した耐食性溶射皮膜の形成装置。
【請求項11】
上記の噴流ガスまたは噴流ミストによって、溶融した上記材料の粒子を毎秒100万℃以上の速度で冷却することを特徴とする請求項7〜10のいずれかに記載した耐食性溶射皮膜の形成装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、構造物等の表面を被覆する溶射皮膜やその形成方法・形成装置に関し、特に海水や塩分等に対する耐食性に優れた溶射皮膜を提供するためのものである。
【背景技術】
【0002】
海洋気象地域に構築されている鋼構造物は、海水や海塩粒子による腐食によって著しく損耗することが知られている。そのため、これらの鋼構造物には何らかの防食表面処理を施して腐食を抑制する工夫が払われている。その代表的なものとして、塗装処理や溶融亜鉛めっき処理、溶融アルミニウムめっき処理がある。
その他の方法では、溶射法によって、電気化学的に卑な電位を示す亜鉛やアルミニウムまたはそれらの合金類の溶射皮膜を形成する方法もある。しかし鋼構造物に施される亜鉛やアルミニウムなどの金属溶射皮膜による従来の防食技術は、ある程度の防食作用は認められるものの、犠牲陽極作用によって鋼構造物を保護するものであるため定期的な再溶射が必要である(下記の特許文献1・2を参照)。
そこで、亜鉛やアルミニウムよりも塩水環境における良好な特性を付与することができる耐食性合金、例えばAl-Mg合金が溶射されることも近年では多くなった。
【0003】
しかし、溶射皮膜の場合、多孔質となるため塩害の影響を受けやすく、鋼構造物の腐食損耗速度が大きいという問題がある。更に、一般的な溶射皮膜において溶射材料はその微粒子が溶射気流中を飛行する際に扁平化されて基材上に積層した構造を呈すると共に、それぞれの微粒子は、加熱、溶融される際に溶射雰囲気中の空気によって酸化されるため、その表面には必ず酸化膜が生成し、酸化膜を介することで微小な空隙を生成する原因となり、その空隙が海水などの水溶液の内部浸入経路となっている。
このような原因で、従来、Al-Mg溶射による防食法であっても、皮膜の耐用年数は、海岸部のような厳しい塩水環境の場所では数十年程度にすぎない。今後の日本における人口減少を伴うインフラ整備環境を考えると、それ以上、たとえば百年程度保つことが強く望まれるところである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001−247953号公報
【特許文献2】特開平10−1766号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
Al-Mgを通常のフレーム溶射ガンで溶射した場合、冷却速度が十分でないため、形成される皮膜中のAl-Mg組織の結晶粒径が数10μmと大きく、結晶粒界を基点に腐食が進展し易い。また通常のフレーム溶射ガンで溶射した場合、Mgが火炎中で酸化され易いため、Al-Mg皮膜中のMg濃度が下がり、所定の防食性が発揮されないことがある。Mg濃度の減少はAl-Mg合金皮膜の強度を低下させ耐傷付き性を悪化させることもある。Al溶射皮膜は犠牲防食作用がZnに比べて劣るため、溶射時に僅かな割れが入ることにより、早期に部分的に赤錆が発生し、外観及び性能を損なう欠点がある。また通常のフレーム溶射ガンで溶射時の酸化によって形成されたMg酸化物もしくはAl酸化物は、防食性を低下させる。
【0006】
本発明は、上記の課題を解決するものであり、塩水環境等において従来以上の防食性能を発揮する耐食性皮膜やその形成方法・形成装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
発明による耐食性溶射皮膜の形成方法は、
・ 溶融した材料粒子を含む火炎を基材に向けて噴射し、当該噴射経路の上流側領域(すなわち材料粒子を溶融させる領域)では火炎と外気とを隔てる機能を有するとともに、下流側領域(上記上流側領域に続く前方の部分)では上記材料粒子および火炎を基材に達する前から噴流ガスまたは噴流ミストによって強制冷却する機能を有する溶射ガンを用い、
・ Alを含有する耐食性合金(と同等の成分比率の)材料を上記材料粒子とすることにより、基材表面上に耐食性合金皮膜を形成することを特徴とする。
基材または材料の種類等によっては、上記のガンで溶射を開始する前に基材を予熱するのがよい場合もある。
【0008】
上記の形成方法によれば、防食性能に優れた溶射皮膜を基材表面上に形成し、基材を十分に保護することができる。なぜなら、
a) 溶融した材料粒子を含む火炎を基材に向けて噴射するその噴射経路の上流側領域、すなわち材料粒子を溶融させる領域において、火炎と外気とが隔てられるため、溶融した上記材料粒子が酸化しがたく、したがって溶射皮膜の防食性が低下せず、また割れが入ったり早期に部分的な赤錆が発生したりすることがない。それにともなって、溶射皮膜特有の気孔(空孔)を少なくすることができ、腐食媒体となる海水などの内部浸入を効果的に防止することができる。
b) 下流側領域において、上記材料粒子および火炎を、それが基材に達する前から噴流ガスまたは噴流ミストによって強制冷却するため、毎秒100万℃程度かそれ以上のきわめて高い速度で材料粒子を冷却することができる。そのため、Alを含有する耐食性合金をミクロ組織(結晶粒径が10μm以下の組織)とすることができ、当該耐食性合金皮膜にきわめて高い耐食性を付与することができる。
なお、Alを含有する材料を素材とする理由は、Alが鋼に比べて卑な金属であり優れた防食性が期待できること、Alは自然に存在し無害な材料であること、また、Alが鋼に比べて軽量であることである。
【0009】
上記方法によって耐食性溶射皮膜を、AlまたはAl合金でできた基材の表面上に形成するのもよい。
上記した耐食性溶射皮膜の形成方法は、橋梁や塔槽類などの鋼構造物を基材としてその表面に適用することができるが、AlまたはAl合金等でできた基材の表面にも使用することができる。上記のとおり噴流ガスまたは噴流ミストによって、基材に達する前から材料粒子および火炎を冷却するため、溶射対象となる基材の表面が、基材が溶融する程度までには温度上昇しないからである。そうしてAlまたはAl合金製の基材表面に上記皮膜を形成することにより、AlまたはAl合金製の基材を適切に被覆し保護することができる。
【0010】
火炎と外気とが隔てられる上記の上流側領域においては、火炎に供給される酸素の量を完全燃焼に必要な酸素量よりも少なくするのがよい。
そのようにすると、溶融した上記材料粒子の酸化がさらに効果的に防止され、溶射皮膜の防食性能を一層向上させることができる。
【0011】
上記の耐食性合金材料として、
・ Mgを0.3〜15質量%含有し、残部がAlよりなるもの
・ Mg、Si、Mn、Ti、CuおよびAlを含有するもの
のいずれかを使用すると好ましい。
AlとともにMgを含有する素材を使用すると、表面硬度を向上できることに加え、Mgは一般に用いられるZnより卑な金属であるため、鋼を基材とするときの鋼との電位差より犠牲防食効果が大きく、したがってMgの含有によって緻密な保護皮膜が生成できるといった効果が得られる。
なお、発明による形成方法や形成装置(後述)によれば、Alを含有しない上記以外の材料を溶射することも可能であり、それによって、ミクロ組織を有していて耐食性能等に優れた各種の金属皮膜を基材上に形成することが可能である。
【0012】
Alを含有する上記の耐食性合金材料は、粉末(元素別の混合物もしくは合金粉末)またはワイヤ(合金として一体にされたもの)の状態で上記の溶射ガンに供給するとよい。
とくに、ワイヤの状態で供給できると、皮膜の原料コスト面と現場作業面で有利であるうえ、材料の取扱いが容易である点でも有利である。
【0013】
発明による耐食性溶射皮膜の形成装置は、
・ Alを含有する耐食性合金皮膜を基材表面上に形成するための溶射装置であって、
・ 溶融した材料粒子を含む火炎を基材に向けて噴射し、当該噴射経路の上流側領域では火炎と外気とを隔てる機能を有するとともに、下流側領域では上記材料粒子および火炎を基材に達する前から噴流ガスまたは噴流ミストによって強制冷却する機能を有する溶射ガンを含むことを特徴とする。
こうした形成装置によれば、上記した耐食性溶射皮膜の形成方法を実施して、材料粒子の酸化が抑制されるとともにその結晶粒径が小さくされた、気孔が少なくて防食性能の高い、Al含有の耐食性溶射皮膜を基材表面上に形成することができる。
【0014】
上記の形成装置に関しては、以下のいずれか(または全部)の特徴がともなっているとさらに好ましい。すなわち、
・ 耐食性合金材料が粉末またはワイヤで供給されること(とくにワイヤの状態で供給されると、コスト等の面で有利である)、
・ 上記の噴流ガスまたは噴流ミストが、次第に細くなる筒形面状の流れをなすように供給されること(それによって、火炎の噴射経路の下流側領域においても、火炎と外気とを隔てる機能が冷却機能と併せて発揮される)、
・ 噴流ガスまたは噴流ミストは、噴射する火炎と同心円状の噴流とされ、火炎噴射口から火炎の幅または直径の3〜7倍だけ前方の、火炎中心線上の位置で交わるように、傾斜を付けて供給されること(そうすると、噴流ガスまたは噴流ミストが火炎と強く接触し、火炎の冷却速度を高めるとともに結晶粒子を微細化することができる)、
・ 上流側領域で火炎に供給される酸素の量が、完全燃焼に必要な酸素量よりも少ないこと(そうすると、溶融した材料粒子の酸化がとくに効果的に防止される)、
・ 噴流ガスまたは噴流ミストによって、溶融した上記材料の粒子が毎秒100万℃以上の速度で冷却されること(それにより、結晶粒径がとくに微細になる)。
【0015】
発明による耐食性合金溶射皮膜は、溶射によって形成された皮膜であり、
・ Alを含有し、
・ 気孔率が1%以下であるとともに、
・ 結晶粒径が10μm以下のミクロ組織をなしている(結晶粒径がサブミクロンという、いわゆるナノ組織を一部に含んでいるのも好ましい)ことを特徴とする。
このような耐食性合金溶射皮膜は、以下のような理由により、防食のための有利な皮膜として機能する。
a) Alは、鋼に比べて卑な金属であるために、優れた防食性を発揮する。Alは自然に存在し無害な材料であり、またAlが鋼に比べて軽量であるという点でも好ましい。
b) 気孔率が1%以下であって溶射皮膜特有の気孔がきわめて少なく、したがって、腐食媒体となる海水などの内部浸入が効果的に防止される。
c) 結晶粒径が10μm以下というミクロ組織をなしているため、通常のフレーム溶射ガンでAl合金を溶射することにより形成された従来の皮膜とは違って、結晶粒界を基点に腐食が進展する現象が生じにくい。
【0016】
上記の耐食性溶射皮膜については、以下のものも好ましい。すなわち、
・ Mgを0.3〜15質量%含有し、残部がAlよりなるもの。
・ Mg、Si、Mn、Ti、CuおよびAlを含有するもの。
・ Mgを含有するとともに、MgおよびAlの酸化物の合計含有量が0.2質量%以下であるもの。
・ 皮膜表面が、シリコンまたはエポキシ樹脂で被覆され封孔されているもの。
とくに、上記のようにMgおよびAlの酸化物の合計含有量が0.2質量%以下であると、当該酸化物による防食性能の低下が見られないうえ、皮膜の強度低下がないので、耐傷付き性が高い点でも有利である。
また、皮膜表面が、シリコンまたはエポキシ樹脂で被覆されることにより封孔されていると、僅かに気孔が存在するとしてもそれが封じられるため、海水などの浸入が防止され防食性能が低下しない。
以上のような耐食性合金皮膜は、前述の形成方法にて基材表面上に溶射することにより形成するとよい。
【発明の効果】
【0017】
発明による耐食性溶射皮膜の形成方法または形成装置は、防食性能に優れた溶射皮膜を基材表面上に形成することができる。また、発明による耐食性合金溶射皮膜は、たとえば塩水環境等において、従来以上の優れた防食性能を発揮する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】溶線式皮膜形成装置1を示す側面図である
図2】溶線式皮膜形成装置1の先端ノズル付近を示す組み立て拡大図である。
図3】複合サイクル試験の結果である。
図4】分極測定試験の結果である。
図5】鉄基材にAl-Mgを溶射したサンプルのSEM断面図である。
図6】フェロキシル試験結果である。
図7】EBSP解析図である。
図8】Al基材にAl-Mgを溶射したサンプルの金属顕微鏡断面図である。
図9】粉末式皮膜形成装置2を示す側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明について詳細に説明する。鋼構造物や鋼板等の表面に、Al-Mgを主体とする材料を用い、特殊溶射ガンである皮膜形成装置にて溶射することにより耐食性合金溶射皮膜を形成する。
【0020】
使用した溶線式皮膜形成装置1を図1および図2に示す。
図示の溶線式皮膜形成装置1は、皮膜とするための材料をワイヤで供給するフレーム式溶射ガン10の先端部に、先端ノズル内筒体15と先端ノズル外筒体16とからなる二重ノズルを外部冷却用の手段として取り付け、それより、火炎等を外部冷却するための噴流ガス(またはミスト)を出すようにしたものである。
【0021】
溶線式フレーム溶射ガン10は、図示は省略したが、溶射する材料ワイヤをガス式タービン(たとえば窒素を用いるもの)により供給する材料ワイヤ供給管11と、燃料とするアセチレン供給管12aおよび酸素供給管12b、ならびに内部冷却ガス(たとえば窒素)の供給管13とが接続されている。溶線式フレーム溶射ガン10の前端にはガスキャップ14があり、それより図2のように火炎17と溶融材料(上記材料ワイヤが溶融したもの)とを噴射する。上記の内部冷却ガスは、ガスキャップ14の内側に接する位置から吹き出してガスキャップ14の冷却と火炎17の温度調節をする。溶線式フレーム溶射ガン10には、その前端付近で、ガスキャップ14を先端ノズル内筒体15にて、例えば螺合して固定し、先端ノズル外筒体16は、そうした先端ノズル内筒体15を介して溶線式フレーム溶射ガン10に取り付けている。
【0022】
先端ノズル内筒体15と先端ノズル外筒体16との間の円錐面状の隙間には、外部冷却のための噴流ガス(または噴流ミスト)が供給され、先端の環状の噴流口より火炎17の前方中心線上へ向けて噴出させられる。こうした点から、先端ノズル外筒体16等を含む皮膜形成装置1は、a)耐食性合金材料をワイヤで供給する、b)先端ノズルの外周部から前方(下流側)中央部へ向けて、次第に細くなる筒形面状の流れをなすように、溶融した上記材料粒子と火炎とを冷却する上記の噴流ガスまたは噴流ミストを供給する、c)噴流ガスまたは噴流ミストを、噴射する火炎と同心円状(横断面において火炎の外側で火炎と同心円をなす形状)に噴流し、火炎噴射口から、火炎の直径に対し3〜7倍の火炎の距離の中心線上で交わるように傾斜を付けて供給する――といった特徴的な機能をなす。
【0023】
図1に示す先端ノズル外筒体16は、上記のように噴流ガス(たとえば窒素)または噴流ミスト(たとえば水ミスト)を吹き出すことにより、溶線式フレーム溶射ガン10が噴射する火炎17(図2参照)の前半部分、すなわち材料ワイヤを溶融させる溶融領域において火炎17と外気とを隔てることができる。この例ではステンレス製の二重ノズルとし、上記のとおり先端ノズル内筒体15と先端ノズル外筒体16とを同心に配置して両者間に隙間を設け、その隙間を噴流ガスまたは噴流ミストの流路にするとともに同ガス等の噴流口としている。二重ノズル(先端ノズル内筒体15と先端ノズル外筒体16)の間に冷却ガスを流すので先端ノズル内筒体15等の温度上昇が抑制される。二重ノズル(先端ノズル内筒体15と先端ノズル外筒体16)の隙間は火炎17の中心線に向かって設けられており、噴流ガスまたは噴流ミストは積極的に火炎17の中心に向かい噴流するようになっている。噴流ガスまたは噴流ミストと火炎17の中心線との交点は、火炎17の噴射口から火炎17の直径の3〜7倍の距離だけ前方に位置するようになっているため、噴流ガスまたは噴流ミストは、十分に溶融した材料を火炎17の先端部分で急冷し、その組織を微細化する作用がある。
【0024】
図1の溶線式皮膜形成装置1を使用するとき、図2の右方に示すように基材19の表面に溶射皮膜18を形成することができる。溶線式フレーム溶射ガン10のガスキャップ14から噴射される火炎17は、先端ノズル外筒体16(上記の噴流口)により噴流される噴流ガスまたは噴流ミストに囲まれて基材19に達するため、溶射皮膜18中に介在する酸化物の量が少ない。また、上記のとおり急冷されるために溶射皮膜18の結晶粒径は微細である。
【0025】
図1図2に示す皮膜形成装置1の代わりに、図9に示す皮膜形成装置2を使用してもよい。皮膜形成装置2は、粉体式フレーム溶射ガン20の前部に、外部冷却装置ともいえる筒状体21等を取り付けたものである。溶射ガン20の本体の図示は省略したが、溶射する材料粉末を搬送ガス(たとえば窒素)とともに供給するする管と、燃料とするアセチレンおよび酸素の各供給管、ならびに内部冷却ガス(たとえば窒素)の供給管とが接続されている。溶射ガン20から火炎と溶融材料(上記粉末の溶融したもの)とを噴射する。
筒状体21は、溶射ガン20が噴射する火炎の前半部分、すなわち材料粉末を溶融させる溶融領域において火炎と外気とを隔てるとともに、先端部より火炎の後半部(前方)に噴流ミストもしくは噴流ガスを噴き出すためのものである。この例では、筒状体21としてステンレス製の二重円管を使用し、外管22と内管23とを同心に配置して両者間に隙間を設けている。その隙間に、火炎と溶融材料とを外部冷却するための噴流ミストもしくは噴流ガスを供給し、先端部24より噴出させる。これに関し、外管22に開けた微細孔22aより水を滴下すると、窒素ガスのエジェクター効果により噴流ミストが形成され、外管22と内管23の隅間を噴流ミストが流れて先端部24より噴射される。
【0026】
図1図2に示す皮膜形成装置1、または図9の皮膜形成装置2のいずれの装置を用いても、耐食性に優れた良好なAl-Mg皮膜を鋼構造物の表面に形成することができる。
また、鋼構造物ではなく、AlまたはAl合金等でできた基材の表面に対しても、同様に良好な皮膜を形成できる。形成装置1または2を用いると、噴流ガスまたは噴流ミストによって溶融材料および火炎が冷却されるため、基材への熱影響が小さいからである。
【実施例】
【0027】
溶射による皮膜形成を、つぎの手順により行った。
まず、鋼板(基材)に対し、アルミナグリッドもしくスチールグリッドにより表面をブラスト処理する。次に、皮膜形成装置1(溶線式)または2(粉末式)により、Al-Mg材料を基材表面に溶射する。すなわち、Al-Mg材料を、燃焼ガスであるアセチレンと酸素の比を調整して還元性雰囲気で溶融し、二重ノズルに沿って噴流ガスまたは噴流ミストを流すことで、溶融した材料と外気とを隔て、毎秒100万℃程度以上の冷却速度を伴い、鋼板(基材)に溶射皮膜を形成する。
なお、特に追記の無い場合、本発明としては実施例1〜3の条件にて溶射を行い、従来技術としては比較例1、2の条件にて溶射した。各条件を表1に示す。
【表1】
【0028】
上記によって鋼板(基材)の表面に形成されたAl-Mg皮膜について、以下のように試験を行ってその性質を調べた。
1) 複合サイクル試験
平板耐食性の評価は、溶射皮膜を設けた鋼板に対し、JASO M 609,610に準拠した塩水噴霧(5%NaCl水溶液・35℃・湿度100%・2時間)→乾燥(65℃・湿度25%・4時間)→湿潤(高温)(50℃・湿度98%・2時間)からなるサイクルを繰り返し与える腐食促進試験を行い、実施例1と比較例1を評価した。本試験では試験片における溶射皮膜の膜厚は150〜200μmとした。なお、溶射皮膜を設けた鋼板には、カッターで、鋼素地に達する傷を入れたうえ、上記の試験を行った。試験後の皮膜の写真図3に示す。比較例1における白錆は、AlあるいはMgの酸化物であり、早期に皮膜が劣化することを示唆しており、実施例1では、1,000時間(125サイクル)経過後も赤錆あるいは白錆の発生はなく良好であった。
【0029】
2) CASS試験(Copper Accelerated Acetic Acid Salt Spray Test)
JIS H 8502に準拠した、塩化ナトリウム40g/L 塩化第二銅0.205g/L pH3.0の試験液を、空気飽和器温度 63℃、試験槽温度 50℃、噴霧量 2.0 mL/80cm/h、圧縮空気圧力 0.098MPaで、噴霧試験を48時間実施した。実施例1と比較例1を評価した。本試験では試験片の膜厚は250〜300μmとした。試験後の試験片の変色、しみ、腐食、表面の劣化、剥離等、表面状態の変化と重量変化は下記の表2のようになった。Alの溶解反応によりAl(OH)3の腐食生成物ができ、ゲル状Al(OH)3が流れ落ちることで重量減少となる。
【表2】
【0030】
3) 元素分析試験
ICP発光分光分析法および不活性ガス溶融法によって得られた分析結果を表3に示す。表3より、実施例1と比較例1では溶射材料の酸素の割合に差はないが、溶射皮膜では実施例1は酸素の含有量が0.2質量%以下であり比較例1では0.2質量%以上となっている。よって実施例1は比較例1と比べAlとMgの酸化が防止できているといえる。
【表3】
【0031】
4) 電気化学測定試験
分極測定を実施例1と比較例1の各皮膜ついて行い、結果を図4に示す。実施例1の自然電位は△1.161V、比較例1の自然電位は△1.277Vであった。Al-Mg皮膜は鋼に比べて卑であって犠牲防食機能を果たす。なお鋼の自然電位は△0.4Vから△0.6V。実施例1は比較例1より貴であり、また、防食電流が比較例1より抑制されていることからAl-Mg溶射皮膜中の酸素の拡散が押さえられ、塩水中での防食寿命の向上が期待できる。
【0032】
5) SEM画像
実施例1〜3、比較例1に対しSEM観察を行い、SEM画像を図5に示す。実施例1〜3は気孔率が1%以下であり比較例1と比較して気孔や割れの少ないことが確認できる。
なおJIS K 8617に従いヘキサシアノ鉄酸カリウム三水和物10g、ヘキサシアノ鉄酸カリウム10g、塩化ナトリウウム60gに純水を加え1,000mlを調整し、フェロキシル試験を実施例1に行った。基材まで達する欠陥があれば青い斑点を観察できるが、実施例1は斑点がない。実施例1のフェロキシル試験結果を図6に示す。
【0033】
6) EBSP解析
EBSP解析(電子後方散乱パターン)を実施例1と比較例2の皮膜について行い、結果を図7に示す。実施例1のものは結晶粒径が10μm以下であり、比較例2と比較して粒径が非常に細かいことが確認できる。
【0034】
図1図2または図9の皮膜形成装置1・2を使用して溶射を行う場合、溶融した材料および火炎が噴流ガスまたは噴流ミストによる外部冷却によって急冷されるため、基材への熱影響は小さく、融点の低い基材(AlまたはAl合金等)であっても不都合がない。
そこで、実施例1と同じ条件を使用するとともに基材をAlとし、当該基材の表面に溶射皮膜を形成した。その金属顕微鏡断面図を図8に示す。

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9