【課題を解決するための手段】
【0007】
発明による耐食性溶射皮膜の形成方法は、
・ 溶融した材料粒子を含む火炎を基材に向けて噴射し、当該噴射経路の上流側領域(すなわち材料粒子を溶融させる領域)では火炎と外気とを隔てる機能を有するとともに、下流側領域(上記上流側領域に続く前方の部分)では上記材料粒子および火炎を基材に達する前から噴流ガスまたは噴流ミストによって強制冷却する機能を有する溶射ガンを用い、
・ Alを含有する耐食性合金(と同等の成分比率の)材料を上記材料粒子とすることにより、基材表面上に耐食性合金皮膜を形成することを特徴とする。
基材または材料の種類等によっては、上記のガンで溶射を開始する前に基材を予熱するのがよい場合もある。
【0008】
上記の形成方法によれば、防食性能に優れた溶射皮膜を基材表面上に形成し、基材を十分に保護することができる。なぜなら、
a) 溶融した材料粒子を含む火炎を基材に向けて噴射するその噴射経路の上流側領域、すなわち材料粒子を溶融させる領域において、火炎と外気とが隔てられるため、溶融した上記材料粒子が酸化しがたく、したがって溶射皮膜の防食性が低下せず、また割れが入ったり早期に部分的な赤錆が発生したりすることがない。それにともなって、溶射皮膜特有の気孔(空孔)を少なくすることができ、腐食媒体となる海水などの内部浸入を効果的に防止することができる。
b) 下流側領域において、上記材料粒子および火炎を、それが基材に達する前から噴流ガスまたは噴流ミストによって強制冷却するため、毎秒100万℃程度かそれ以上のきわめて高い速度で材料粒子を冷却することができる。そのため、Alを含有する耐食性合金をミクロ組織(結晶粒径が10μm以下の組織)とすることができ、当該耐食性合金皮膜にきわめて高い耐食性を付与することができる。
なお、Alを含有する材料を素材とする理由は、Alが鋼に比べて卑な金属であり優れた防食性が期待できること、Alは自然に存在し無害な材料であること、また、Alが鋼に比べて軽量であることである。
【0009】
上記方法によって耐食性溶射皮膜を、AlまたはAl合金でできた基材の表面上に形成するのもよい。
上記した耐食性溶射皮膜の形成方法は、橋梁や塔槽類などの鋼構造物を基材としてその表面に適用することができるが、AlまたはAl合金等でできた基材の表面にも使用することができる。上記のとおり噴流ガスまたは噴流ミストによって、基材に達する前から材料粒子および火炎を冷却するため、溶射対象となる基材の表面が、基材が溶融する程度までには温度上昇しないからである。そうしてAlまたはAl合金製の基材表面に上記皮膜を形成することにより、AlまたはAl合金製の基材を適切に被覆し保護することができる。
【0010】
火炎と外気とが隔てられる上記の上流側領域においては、火炎に供給される酸素の量を完全燃焼に必要な酸素量よりも少なくするのがよい。
そのようにすると、溶融した上記材料粒子の酸化がさらに効果的に防止され、溶射皮膜の防食性能を一層向上させることができる。
【0011】
上記の耐食性合金材料として、
・ Mgを0.3〜15質量%含有し、残部がAlよりなるもの
・ Mg、Si、Mn、Ti、CuおよびAlを含有するもの
のいずれかを使用すると好ましい。
AlとともにMgを含有する素材を使用すると、表面硬度を向上できることに加え、Mgは一般に用いられるZnより卑な金属であるため、鋼を基材とするときの鋼との電位差より犠牲防食効果が大きく、したがってMgの含有によって緻密な保護皮膜が生成できるといった効果が得られる。
なお、発明による形成方法や形成装置(後述)によれば、Alを含有しない上記以外の材料を溶射することも可能であり、それによって、ミクロ組織を有していて耐食性能等に優れた各種の金属皮膜を基材上に形成することが可能である。
【0012】
Alを含有する上記の耐食性合金材料は、粉末(元素別の混合物もしくは合金粉末)またはワイヤ(合金として一体にされたもの)の状態で上記の溶射ガンに供給するとよい。
とくに、ワイヤの状態で供給できると、皮膜の原料コスト面と現場作業面で有利であるうえ、材料の取扱いが容易である点でも有利である。
【0013】
発明による耐食性溶射皮膜の形成装置は、
・ Alを含有する耐食性合金皮膜を基材表面上に形成するための溶射装置であって、
・ 溶融した材料粒子を含む火炎を基材に向けて噴射し、当該噴射経路の上流側領域では火炎と外気とを隔てる機能を有するとともに、下流側領域では上記材料粒子および火炎を基材に達する前から噴流ガスまたは噴流ミストによって強制冷却する機能を有する溶射ガンを含むことを特徴とする。
こうした形成装置によれば、上記した耐食性溶射皮膜の形成方法を実施して、材料粒子の酸化が抑制されるとともにその結晶粒径が小さくされた、気孔が少なくて防食性能の高い、Al含有の耐食性溶射皮膜を基材表面上に形成することができる。
【0014】
上記の形成装置に関しては、以下のいずれか(または全部)の特徴がともなっているとさらに好ましい。すなわち、
・ 耐食性合金材料が粉末またはワイヤで供給されること(とくにワイヤの状態で供給されると、コスト等の面で有利である)、
・ 上記の噴流ガスまたは噴流ミストが、次第に細くなる筒形面状の流れをなすように供給されること(それによって、火炎の噴射経路の下流側領域においても、火炎と外気とを隔てる機能が冷却機能と併せて発揮される)、
・ 噴流ガスまたは噴流ミストは、噴射する火炎と同心円状の噴流とされ、火炎噴射口から火炎の幅または直径の3〜7倍だけ前方の、火炎中心線上の位置で交わるように、傾斜を付けて供給されること(そうすると、噴流ガスまたは噴流ミストが火炎と強く接触し、火炎の冷却速度を高めるとともに結晶粒子を微細化することができる)、
・ 上流側領域で火炎に供給される酸素の量が、完全燃焼に必要な酸素量よりも少ないこと(そうすると、溶融した材料粒子の酸化がとくに効果的に防止される)、
・ 噴流ガスまたは噴流ミストによって、溶融した上記材料の粒子が毎秒100万℃以上の速度で冷却されること(それにより、結晶粒径がとくに微細になる)。
【0015】
発明による耐食性合金溶射皮膜は、溶射によって形成された皮膜であり、
・ Alを含有し、
・ 気孔率が1%以下であるとともに、
・ 結晶粒径が10μm以下のミクロ組織をなしている(結晶粒径がサブミクロンという、いわゆるナノ組織を一部に含んでいるのも好ましい)ことを特徴とする。
このような耐食性合金溶射皮膜は、以下のような理由により、防食のための有利な皮膜として機能する。
a) Alは、鋼に比べて卑な金属であるために、優れた防食性を発揮する。Alは自然に存在し無害な材料であり、またAlが鋼に比べて軽量であるという点でも好ましい。
b) 気孔率が1%以下であって溶射皮膜特有の気孔がきわめて少なく、したがって、腐食媒体となる海水などの内部浸入が効果的に防止される。
c) 結晶粒径が10μm以下というミクロ組織をなしているため、通常のフレーム溶射ガンでAl合金を溶射することにより形成された従来の皮膜とは違って、結晶粒界を基点に腐食が進展する現象が生じにくい。
【0016】
上記の耐食性溶射皮膜については、以下のものも好ましい。すなわち、
・ Mgを0.3〜15質量%含有し、残部がAlよりなるもの。
・ Mg、Si、Mn、Ti、CuおよびAlを含有するもの。
・ Mgを含有するとともに、MgおよびAlの酸化物の合計含有量が0.2質量%以下であるもの。
・ 皮膜表面が、シリコンまたはエポキシ樹脂で被覆され封孔されているもの。
とくに、上記のようにMgおよびAlの酸化物の合計含有量が0.2質量%以下であると、当該酸化物による防食性能の低下が見られないうえ、皮膜の強度低下がないので、耐傷付き性が高い点でも有利である。
また、皮膜表面が、シリコンまたはエポキシ樹脂で被覆されることにより封孔されていると、僅かに気孔が存在するとしてもそれが封じられるため、海水などの浸入が防止され防食性能が低下しない。
以上のような耐食性合金皮膜は、前述の形成方法にて基材表面上に溶射することにより形成するとよい。