(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6367652
(24)【登録日】2018年7月13日
(45)【発行日】2018年8月1日
(54)【発明の名称】シリコン(Si)系ナノ構造材料及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C01B 33/02 20060101AFI20180723BHJP
H01M 4/38 20060101ALI20180723BHJP
H01L 31/0352 20060101ALI20180723BHJP
H01L 31/0745 20120101ALI20180723BHJP
B82Y 40/00 20110101ALI20180723BHJP
B82Y 30/00 20110101ALI20180723BHJP
【FI】
C01B33/02 Z
H01M4/38 Z
H01L31/04 342B
H01L31/06 450
B82Y40/00
B82Y30/00
【請求項の数】17
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2014-173124(P2014-173124)
(22)【出願日】2014年8月27日
(65)【公開番号】特開2016-47785(P2016-47785A)
(43)【公開日】2016年4月7日
【審査請求日】2017年6月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】深田 直樹
【審査官】
廣野 知子
(56)【参考文献】
【文献】
特開2007−188877(JP,A)
【文献】
特表2013−506264(JP,A)
【文献】
特開2013−229347(JP,A)
【文献】
特開2011−122200(JP,A)
【文献】
特開2010−260170(JP,A)
【文献】
特表2009−501068(JP,A)
【文献】
国際公開第2013/187452(WO,A1)
【文献】
米国特許出願公開第2004/0126659(US,A1)
【文献】
米国特許出願公開第2011/0311874(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 33/00−33/193
B82Y 30/00、40/00
H01L 31/04−31/06
H02S 10/00−10/40
H02S 30/00−99/00
H01L 27/20
H01L 41/00−41/47
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属基板に金属ナノコロイドを塗布することによって前記金属基板上に金属の粒子を形成し、
前記金属の粒子が形成された前記金属基板をゲルマンガス中において前記金属の粒子を構成する金属とゲルマニウムとの共晶温度−80℃〜+100℃の範囲で加熱することによって、前記金属基板上にゲルマニウムナノワイヤを成長させ、
前記ゲルマニウムナノワイヤが成長した前記金属基板をシランガス中で700℃から900℃の温度範囲に加熱することにより、前記金属基板の金属を含むシリコンナノ粒子の集合物を前記ゲルマニウムナノワイヤ上に成長させる
シリコン系ナノ構造材料の製造方法。
【請求項2】
前記金属基板は鉄、クロム、ニッケル及び銅からなる群から選択された金属またはその合金である、請求項1に記載のシリコン系ナノ構造材料の製造方法。
【請求項3】
前記金属ナノコロイドは金、銀、アルミニウム、銅、鉄、ガリウム、パラジウム及び白金からなる群から選ばれる一以上の金属のナノコロイドである、請求項1または2に記載のシリコン系ナノ構造材料の製造方法。
【請求項4】
前記金属ナノコロイドは金のナノコロイドであり、ゲルマンガス中で前記金属基板を300℃から320℃に加熱する、請求項1から3の何れかに記載のシリコン系ナノ構造材料の製造方法。
【請求項5】
前記シリコンナノ粒子の集合物の成長中に、前記シランガス中にドーパントの化合物のガスを添加することにより不純物ドーピングを行う、請求項1から4の何れかに記載のシリコン系ナノ構造材料の製造方法。
【請求項6】
前記ドーパントの化合物のガスはジボラン、ホスフィン及びアルシンからなる群から選択される、請求項5に記載のシリコン系ナノ構造材料の製造方法。
【請求項7】
前記シリコンナノ粒子の集合物の成長後に前記金属基板を除去する、請求項1から6の何れかに記載のシリコン系ナノ構造材料の製造方法。
【請求項8】
前記シリコンナノ粒子の集合物の成長後にエッチングにより前記ゲルマニウムナノワイヤを除去する、請求項1から7の何れかに記載のシリコン系ナノ構造材料の製造方法。
【請求項9】
ゲルマニウム及び金属元素を含むシリコンナノ粒子の集合体からなるシリコンナノ構造体と、
前記シリコンナノ粒子の集合体を載置しているとともに、シリコン及び金属元素を含むゲルマニウムナノワイヤからなるゲルマニウムナノ構造体と
を有し、
前記シリコンナノ粒子の集合体は前記シリコンナノ構造体中において複数個の前記シリコンナノ粒子の集合体の集合体として存在し、
前記シリコンナノ粒子集合体はその内部のシリコンナノ粒子同士の間に間隙を有し、
前記集合体の集合体はその内部の前記シリコンナノ粒子の集合体同士の間に間隙を有する
シリコン系ナノ構造材料。
【請求項10】
前記シリコンナノ構造体に含まれるシリコンの組成比は前記ゲルマニウムナノ構造体に含まれるシリコンの組成比よりも大きい、請求項9に記載のシリコン系ナノ構造材料。
【請求項11】
前記シリコンナノ構造体と前記ゲルマニウムナノ構造体の間に空隙を有する請求項9または10に記載のシリコン系ナノ構造材料。
【請求項12】
前記シリコンナノ粒子のサイズは十nmから百nmの範囲である、請求項9から11の何れかに記載のシリコン系ナノ構造材料。
【請求項13】
前記シリコンナノ構造体を構成する前記集合体の集合体はそれぞれ前記ゲルマニウムナノ構造体表面から立ち上がる突起形状を有する、請求項9から12の何れかに記載のシリコン系ナノ構造材料。
【請求項14】
前記シリコンナノ構造体に含まれる前記金属は鉄、クロム、ニッケル、銅、金、銀、アルミニウム、銅、鉄、ガリウム、パラジウム及び白金からなる群から選ばれる一以上である、請求項9から13の何れかに記載のシリコン系ナノ構造体。
【請求項15】
前記ゲルマニウムナノ構造体を載置する金属基板を設けた、請求項9から14の何れかに記載のシリコン系ナノ構造材料。
【請求項16】
前記金属基板は鉄、クロム、ニッケル、銅からなる群から選択された金属またはその合金からなる、請求項15に記載のシリコン系ナノ構造材料。
【請求項17】
前記ゲルマニウムナノ構造体を有さない、請求項9から15の何れかに記載のシリコン系ナノ構造材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、種々の金属基板上に形成したSi系ナノ構造材料及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ナノ構造材料はバルクと異なる優れた性能を示すことから様々な分野への応用が期待されている。例えば、Si結晶は間接半導体であるため、発光材料とはならない。しかしながら、サイズを縮小し、5nm以下の0次元構造の粒子状になると電子−正孔対の閉じ込め効果が強くなり、サイズに応じた発光を示すようになる。また、トランジスタの分野では、1次元のナノワイヤ構造が新たなチャネル材として注目されている。
【0003】
更に最近では、Liイオン二次電池の分野でもSi関連のナノ材料がリチウムイオン電池の負極の容量を増大させる新しい材料として注目されている。Siは地球の地殻内部で2番目に多い元素であり、Siのサイズと構造を制御し、他の元素との化合物を形成することで構成成分をも制御することは、新しい機能を発現する新材料創出において重要な研究分野となっている。
【0004】
現在、Liイオン二次電池の負極材料としては炭素系の材料が用いられており、容量は最大でも370mAh/gである。もし、純粋なSiを負極材料として利用できれば、理論的には4200mAh/gと現行の炭素系材料の10倍以上の高い容量を達成できる。しかしながら、Liイオン挿入時のSiの体積膨張は400%と高いため、充放電サイクルを繰り返すごとに負極材料に大きな応力が発生して破壊が起こるという問題があった。そのため、Siを負極材料として使用するとサイクル寿命が極端に短くなり、現在までシリコン系の材料が使用されることはなかった。最近、1次元構造を有するSiナノワイヤでは、高容量を維持し、サイクル特性がバルクの材料に比べて改善されることが報告された(非特許文献1)。しかしながらこの文献で報告された材料でも体積膨張の影響は大きく、製品化のレベルには程遠い状況である。したがって、高容量と長サイクル寿命を両立した新しいSi系の材料開発を行う必要がある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は新規なモルフォロジーを有し、多くの空隙を内部に有することにより膨張と収縮のサイクルによる損傷の少ないSi系ナノ構造材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一側面によれば、金属基板上にゲルマニウムナノワイヤを成長させ、
前記ゲルマニウムナノワイヤが成長した前記金属基板をシランガス中で加熱することにより、前記金属基板の金属を含むシリコンナノ粒子の集合物を前記ゲルマニウムナノワイヤ上に成長させるシリコン系ナノ構造材料の製造方法が与えられる。
ここで、前記シリコンナノ粒子の集合物の成長は、前記ゲルマニウムナノワイヤが成長した前記金属板の温度を700℃〜900℃に設定してシランガスを供給することによって行ってよい。
また、前記金属基板は鉄、クロム、ニッケル及び銅からなる群から選択された金属またはその合金であってよい。
また、前記ゲルマニウムナノワイヤの成長は、前記金属基板上に金属の粒子を形成し、前記金属基板をゲルマンガス中で加熱することによって行ってよい。
また、前記金属基板上の金属の粒子は前記金属基板に金属ナノコロイドを塗布することによって形成してよい。
また、前記金属ナノコロイドは金、銀、アルミニウム、銅、鉄、ガリウム、パラジウム及び白金からなる群から選ばれる一以上の金属のナノコロイドであってよい。
また、前記基板を前記ゲルマンガス中で加熱する温度は前記金属の粒子を構成する金属とゲルマニウムとの共晶温度付近の温度であってよい。
また、前記金属ナノコロイドは金のナノコロイドであり、ゲルマンガス中で前記金属基板を300℃から320℃に加熱してよい。
また、前記シリコンナノ粒子の集合物の成長中にドーパントの化合物のガスを供給することにより不純物ドーピングを行ってよい。
また、前記ドーパントの化合物のガスはジボラン、ホスフィン及びアルシンからなる群から選択されてよい。
また、前記シリコンナノ粒子の集合物の成長後に前記金属基板を除去してよい。
また、前記シリコンナノ粒子の集合物の成長後に前記ゲルマニウムナノワイヤを除去してよい。
本発明の他の側面によれば、上記何れかの方法で製造されたシリコン系ナノ構造材料が与えられる。
本発明の更に他の側面によれば、ゲルマニウム及び金属元素を含むシリコンナノ粒子の集合体からなるシリコンナノ構造体と、前記シリコンナノ粒子の集合体を載置し、シリコン及び金属元素を含むゲルマニウムナノワイヤからなるゲルマニウムナノ構造体とを設け、前記シリコンナノ粒子の集合体は更に複数個集合して集合体の集合体を形成し、前記シリコンナノ粒子集合体はその内部のシリコンナノ粒子同士の間に間隙を有し、前記集合体の集合体はその内部の前記シリコンナノ粒子の集合体同士の間に間隙を有するシリコン系ナノ構造材料が与えられる。
ここで、前記シリコンナノ構造体に含まれるシリコンの組成比は前記ゲルマニウムナノ構造体に含まれるシリコンの組成比よりも大きくてよい。
また、前記シリコンナノ構造体と前記ゲルマニウムナノ構造体の間に空隙をしてよい。
また、前記シリコンナノ粒子のサイズは十nmから百nmの範囲であってよい。
また、前記シリコンナノ構造体を構成する前記集合体の集合体はそれぞれ前記ゲルマニウムナノ構造体表面から立ち上がる突起形状を有してよい。
また、前記シリコンナノ構造体に含まれる前記金属は鉄、クロム、ニッケル、銅、金、銀、アルミニウム、銅、鉄、ガリウム、パラジウム及び白金からなる群から選ばれる一以上であってよい。
また、前記ゲルマニウムナノ構造体を載置する金属基板を設けてよい。
また、前記金属基板は鉄、クロム、ニッケル、銅からなる群から選択された金属またはその合金からなってよい。
あるいは、前記ゲルマニウムナノ構造体を有さなくてよい。
【発明の効果】
【0007】
本発明に係るSi系ナノ構造材料は多数のナノ粒子が集合して突起を形成するとともに、突起の内部に多数の空隙を有することで、膨張による内部応力の増大を抑制する構造を有するため、Liイオン二次電池の負極材などの膨張・収縮のサイクルを繰り返す用途に使用した場合の破壊による劣化が少ない。また、Si系ナノ構造材料中のシリコンと金属元素の組成を制御することで、Liイオン二次電池負極材の高容量化と長寿命化の両立を高いレベルで達成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】金属基板上に形成されたゲルマニウム(Ge)ナノ構造体のSEM像。差し込み図はその部分拡大像。
【
図2】Geナノ構造体上に形成されたSiナノ構造体のSEM像。差し込み図はその部分拡大像。
【
図3】Geナノ構造体の上にSiナノ構造体を形成して得られたSi系ナノ構造材料の比較的広い領域の断面TEM像。
【
図4】
図3に示すSi系ナノ構造材料の内部構造が見えるようにするための、更に高倍率のTEM像。
【
図5】Geナノ構造体上に形成されたSiナノ構造体をエネルギー分散型X線分光(EDX)法を利用して得た組成分析結果を示す図。
【
図6】コインタイプハーフセルの内部構造を概念的に示す分解図。
【
図7】Si系ナノ構造材料を負極に使用したハーフセルの充放電特性を示すグラフ。
【
図8】Si系ナノ構造材料を負極に使用したハーフセルの充放電時のサイクル特性を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本願発明者は、サイクル寿命の延長には、純粋なSiを利用するのではなく他元素との複合材を利用することが1つの解決策であり、具体的には、Si系ナノ構造材料内部への空隙形成および金属との複合化によりナノ構造間に形成される空間を積極的に制御し、充放電に伴う体積膨張の緩和を行うことでこの課題を解決することができるという着想を得、鋭意研究の結果、本願発明を完成するに至った。
【0010】
本発明に係るSi系ナノ構造材料は純粋なSiではなく、Siに加えてGe及び各種の金属を含んでいる。この金属は出発原料の一つの金属ナノコロイドを構成する金属(銀(Ag)、アルミニウム(Al)、金(Au)、銅(Cu)、鉄(Fe)、ガリウム(Ga)、パラジウム(Pd),白金(Pt)等)、及びこの構造体を成長させる基板を構成する金属(ステンレス鋼、Cu等)に由来するものである。この金属の種類及び組成比を変化させることにより、本発明に係るSi系ナノ構造材料の特性を多様に変化させることができる。例えば、Liイオン二次電池への応用においては、Siの割合が減少すれば、Liイオンの挿入可能量が減少する代わりに体積膨張を抑制することができるので、Liイオン二次電池の充電容量と充放電サイクル寿命との間で任意にバランスを取ることができる。しかも、後述する実施例の測定結果からわかるように、長いサイクル寿命を確保しても充電容量は依然として高いレベルを維持する。この組成比は、使用する金属の種類や成長過程における処理温度等の処理条件によって変化させることができる。なお、また、その成長過程でホウ素(B)、リン(P)、砒素(As)等の不純物ドーピングを行うことによって、通常の半導体と同様に、半導体の電気的特性を変化させることもできる。その他、必要に応じて成長過程で他の元素を添加してもよい。特に、金属元素であれば合金を形成しやすいので特に制限はない。
【0011】
本発明のSi系ナノ構造材料は以下のようにして製造することができる。
【0012】
<ステップ1>
ステンレスや銅製の金属基板上に金属ナノコロイドを塗布する。金属ナノコロイドとしては、その後のCVD法によるナノ構造体の成長温度にもよるが、Ag、Al、Au、Cu、Fe、Ga、Pd、Pt等を用いることができる。通常は金ナノコロイドを用いることができる。
【0013】
金属ナノコロイドを塗布した金属製の基板をCVD真空チャンバに設置し、ゲルマン(GeH
4)ガスを供給する。その際、基板の温度を用いる金属ナノコロイドを構成する金属とGeの共晶温度付近に設定する。好ましくは基板温度は当該共晶温度−80℃〜共晶温度+100℃の範囲内に設定する。なお、この好ましい温度範囲の上限は条件によってはこれよりも多少高い温度まで伸びることがある。例えば金コロイドを利用した場合は、基板の温度は280〜460℃の範囲にまで加熱するように設定する。金コロイドを使用した場合の最適温度は300〜320℃である。GeH
4ガスと金属ナノコロイドが反応し、共晶を形成する。すると、
図1に示すようなGeナノ構造体が金属基板上に形成される。
図1に示されるように、金属コロイド由来の各々の金属粒子からGeが成長することによって、基板表面から紐状のGeナノワイヤが無数に立ち上がっている構造が得られる。
【0014】
<ステップ2>
次に、基板の温度を700〜900℃に設定し、シラン(SiH
4)ガスを供給する。この基板温度範囲はSiナノ構造体の形成に重要である。供給されたSiH
4ガスはゲルマニウムナノ構造体中で反応し、Siとなって堆積する。その結果、
図2からわかるように、数十nmから100nm程度のナノ粒子が集合し、それらが更に集合して数μmサイズの粒子状になった特徴的なナノ構造体を形成する。すなわち、本発明におけるSiナノ構造体は、ナノ粒子⇒ナノ粒子の集合体⇒集合体の集合体(超集合体)、という三段階の階層構造をなしている。ここで、Geナノワイヤのサイズは直径5〜200nm、長さ50nm〜1μm,ナノ粒子のサイズは直径10〜100nm、またナノ粒子集合体のサイズは500nm〜1μmの範囲となる。また、集合体内のナノ粒子同士の間、及び集合体と集合体中の集合体同士の間は完全に密着しているのではなく、かなりの間隙が残されている。このような大小の間隙が超集合体中のいたるところに存在するため、大きな体積膨張に対して、個々の集合体の膨張による集合体内部の応力は当該集合体内部のナノ粒子間隙で吸収し、個々の集合体の膨張による超集合体の内部応力は超集合体内部の集合体間隙により吸収するという、階層的な応力吸収機構がもたらされる。後述する実施例で示すように、Li二次電池のハーフセルに本材料を適用したところ、かなり高い充電容量を維持したままで長いサイクル寿命を実現できたことは、この構造によるものと考えられる。なお、反応条件によってはさらに上の階層もあり得るが、上記三階層で十分な特性を発揮することができる。
【0015】
SiH
4ガスと同時にジボラン(B
2H
6)、ホスフィン(PH
3)、アルシン(AsH
3)ガスを供給すると、不純物ドーピングが行われ、不純物ドーピング濃度を制御することでSi系ナノ構造材料の電気伝導度を制御できる。また、Siナノ構造体の形成過程において、シランガスは主にGeナノ構造体中の触媒が存在する先端部分で分解、反応する。ただし、Geナノ構造体中にもいくらかのSiは含まれることになる。Geナノ構造体は、後述するように、内部に空隙を形成するためと、上部に特異な形状、組成のSiナノ構造を形成する重要な役割を担っている。
【0016】
形成されたSi系ナノ構造材料の特徴としては、数十nmから100nm程度のナノ粒子の集合体内部に空隙が多数存在し、Geナノ構造体との間には大きな空隙が存在する。もう一つ大きな特徴としては、形成されたSiナノ構造体は純粋なSiのみで形成されるのではなく、下地のGe構造体を介して基板から成長時に自動的に供給される金属原子と反応し、Si系の金属化合物となっている点である。このSi系金属化合物の組成は使用する金属基板の種類と成長温度によってさまざまな組成に調整できる。Si原子が金属原子と化合物を形成することで、純粋なSi結晶にはない特徴を示すようになる。
【0017】
なお、上で説明した製造プロセスで得られるSi系ナノ構造材料は金属基板の上にGeナノ構造体が形成され、その上に更にSiナノ構造体が形成されているという三層構造をなしているが、必ずしも三層全てが備わっている必要はない。すなわち、金属基板を除去したSiナノ構造体−Geナノ構造体という二層構造を有するSi系ナノ構造体でもよいし、あるいはSiナノ構造体を単独で使用することもできる。
【0018】
金属基板はSiナノ構造体やGeナノ構造体に含有させる金属の供給源にもなるが、例えば、金属基板を腐食する薬品等を使用することで、上記三層構造のSi系構造材料から金属基板を除去した上記二層構造のSi系ナノ構造材料を得ることができる。他の導電材料と接触させるなど、電気接続手段が確保できれば、このような二層構造のSi系構造材料をLiイオンバッテリ材料として使用することができる。このような場合、導電性を持つ様々な基板上への搭載が可能となり、二層構造のSi系ナノ構造材料の形態で使用することは有用である。
【0019】
また、三層構造のSi系構造材料からGeナノ構造体の層をエッチングにより除去すれば、Siナノ構造体の層が単独で得られる。このようにして得られた単独のSiナノ構造体は三層構造あるいは二層構造の場合と比べて空隙は減少するが、Siの含有率が高い部分だけを利用できるという点で有用である。
【実施例】
【0020】
ステンレス基板上に金ナノコロイドを塗布した基板をCVD真空チャンバに設置し、ゲルマン(GeH
4)ガスを10sccm供給する。基板の温度は金とゲルマニウムの共晶温度付近である300℃に設定し、Geナノ構造体を基板上に形成した。このナノ構造体(
図1)が、Si系ナノ構造材料の核となる。
【0021】
次に基板温度を700℃まで上昇し、モノシラン(SiH
4)ガスを19sccm、90分間導入した。最終的に形成されるSi系ナノ構造材料のSEM像を
図2に示す。
【0022】
このSi系ナノ構造材料を実際に透過型電子顕微鏡(TEM)により観察を行った結果では、
図3に示すように、Geナノ構造体の突起構造の上にSiナノ構造体の突起構造が載置された構造となっていた。
図3及び
図4に示すTEM像から、Geナノ構造体とSiナノ構造体との間には大きな空隙が多数形成され、ナノ粒子の集合体であるSiナノ構造体側にはその内部に小さな空隙が多数形成されていることが確認できた。これにより、Siナノ構造体にLiイオンが挿入されることなどによりその体積が大幅に膨張した場合でもこれらの大小の空隙により構造体内部における応力を逃がすことができる。そのため、膨張による内部応力の増大を非常に有効に緩和することができる。これに加えて、Siナノ構造体の形状は、直径十から百nmのサイズの微細な粒子が集合した形状となっていて、この構造体全体の膨張について考えても、集合体の膨張が可能な方向が、集合体の全方位まで許される、と言う点でも、Siナノ構造体は膨張による内部応力増大の緩和に有効な形状を有している。
【0023】
形成されたSiナノ構造体の組成分析を行った結果、Si、Fe、Cr、Ni等の合金を形成していることも分かった。
図5はGeナノ構造体上に形成されたSiナノ構造体をエネルギー分散型X線分光法を利用して得た組成分析結果を示す図である。これからわかるように、Siナノ構造体側にもGeが僅かに含まれている。Siナノ構造体とGeナノ構造体とを組成の面で比較すれば、構成元素の種類としてはほぼ同じであるが、Si:Ge組成比が「Siナノ構造体」>「Geナノ構造体」である点が主要な相違点である。
【0024】
次に、上述のようにして作製したSi系ナノ構造材料を負極材として利用したLiイオン二次電池の実施例を示す。
コインタイプのセル(
図6)に、Si系ナノ構造材料からなる負極材、セパレータ、電解液、金属Li箔を入れ、ハーフセルを形成し、充放電特性を室温にて行った。
図7に代表的な充放電特性の結果を示す。0.1Cレートで充放電試験を行った結果、初期放電容量638.2mAh/g、初期充電容量96.7%が得られた。0.2Cレートで充放電試験を行った結果では、初期放電容量579.0mAh/g、初期充電容量94.6%が得られた。
図8に0.2Cレートでの充放電サイクル試験の結果を示す。本実施例で使用したSi系ナノ構造材料はLiイオン二次電池に向けた微細構造や組成の最適化を行う前のものであるが、それにもかかわらず30サイクル試験後も初期の約95%の容量を維持しており、純粋なSi材料(非特許文献1のFigure 5(b)参照:10サイクル後で初期容量の約80%、20サイクル後で約65%まで減少)に比べて格段にサイクル寿命が向上したといえる。また、現在一般的に使用されている炭素系の負極材料の標準的な放電容量は360〜370mAh/gであることから、今回のSi系ナノ構造体を利用したハーフセルの容量はそれよりも高く、容量の点でも良好であるといえる。本発明のSiナノ構造材料固有のナノ構造を使用して初めてこのような高充電容量と長寿命との両立が可能となる。なお、この両立を達成するためには、材料中の金属に対するSiの組成比を0.2〜0.7(原子比)の範囲とするのが好適である。
【0025】
なお、上の実施例では金属基板まで含む三層構造のSi系ナノ構造材料を負極材として利用したが、金属基板を除去した二層構造のSi系ナノ構造材料を使用してもよいし、あるいはGeナノ構造体まで除去したSiナノ構造体単独で使用することもできる。このように三層構造のSi系ナノ構造材料から一部の要素を除去したものを使用した場合には、負極中の活物質の密度を向上させることができる可能性がある。Geナノ構造体まで除去してSiナノ構造体単独のSi系ナノ構造材料を使用する場合には三層あるいは二層の場合に比べてGeナノ構造体が提供する大きな空隙が利用できなくなる。しかし、他方では陰極材料中にSiナノ構造体とGeナノ構造体というLi挿入量が異なり、従って体積膨張率が異なる二種類の材料が隣接することがなくなるため、この界面での応力発生もなくなる。従って、組成や構造の最適化により、Geナノ構造体がなくなることによる空隙の影響を最小化できる可能性がある。
【0026】
また、この実施例では上で作製したSi系ナノ構造材料を負極材料として使用した場合の当該負極材料単独の性能評価のため、正極材料としてはLi箔を使用したハーフセルを作成してその特性を測定した。当然のことであるが、Si系ナノ構造材料を負極材料とするフルセル構成のLiイオン二次電池においては、正極材料としてLiCoO
2その他の通常のあるいは現在提案されている各種の材料を使用することができる。
【産業上の利用可能性】
【0027】
Li二次イオン電池の負極としてSiを用いると、現行の炭素系材料よりも10倍以上の容量を示すことが知られている。ただし、Liイオン挿入時(充電時)の体積膨張が大きく、純粋なSiを用いることはできない。本発明に係るSi系ナノ構造材料では、内部に多数の空隙を有することでLiイオン挿入時の体積膨張による内部応力の増大が緩和されるので、充放電によるサイクル寿命を大きく伸ばすことができる。また、組成が純粋なSiではないために、純粋なSiの場合よりも容量は減少するが、サイクル寿命を金属組成の割合に応じて格段に向上させることができる。このように、材料の組成元素や微細構造の変更によるのではなく、金属組成比という自由度の高いパラメーターの制御により容量とサイクル寿命のバランスの最適化が可能となる。また、本発明に係るSi系ナノ構造材料は例えば太陽電池などにも使用することができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0028】
【非特許文献1】Nian Liu et al., ACS Nano, Vol. 5, No. 8, 6487-6493 (2011).