(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
上水処理は、懸濁水である河川水、湖沼水、地下水等の天然水源から飲料水又は工業用水を得るプロセスである。下水処理は、下水等の生活排水を処理して再生雑用水を得たり、放流可能な清澄水を得るプロセスである。これらの処理には、固液分離操作(除濁操作)を行うことで懸濁物を除去することが必須である。上水処理では懸濁水である天然水源水由来の濁質物(粘土、コロイド、細菌等)が除去される。下水処理では下水中の懸濁物及び活性汚泥等により生物処理(2次処理)した処理水中の懸濁物(汚泥等)が除去される。従来、これらの除濁操作は、主に、沈殿法、砂濾過法又は凝集沈殿砂濾過法により行われてきたが、近年は膜濾過法が普及しつつある。膜濾過法の利点として例えば以下の事項が挙げられる。
(1)得られる水質の除濁レベルが高く且つ安定している(得られる水の安全性が高い)。
(2)濾過装置の設置スペースが小さくてすむ。
(3)自動運転が容易である。
例えば上水処理では、凝集沈殿砂濾過法の代替として、又は例えば凝集沈殿砂濾過の後段に設置して凝集沈殿砂濾過された処理水の水質を更に向上するための手段として膜濾過法が用いられている。下水処理に関しても、下水2次処理水からの汚泥の分離等に膜濾過法使用の検討されている。
【0003】
これら膜濾過による除濁操作には、主として中空糸状の限外濾過膜又は精密濾過膜(孔径数nmから数百nmの範囲)が用いられる。中空糸状濾過膜を用いた濾過方式としては、膜の内表面側から外表面側に向けて濾過する内圧濾過方式と、外表面側から内表面側に向けて濾過する外圧濾過方式の2方式がある。これらのうち、懸濁原水と接触する側の膜表面積が大きく取れるために単位膜表面積当たりの濁質負荷量を小さくできる外圧濾過方式が有利である。特許文献1〜3は中空糸及びその製造方法を開示する。
【0004】
膜濾過法による除濁は、上述のように従来の沈殿法及び砂濾過法にはない利点が多くあるために、従来法の代替技術又は補完技術として上水処理や下水処理への普及が進みつつある。しかしながら、長期にわたり安定した膜濾過運転を行う技術が確立されておらず、これが膜濾過法の広範囲な普及を妨げている(非特許文献1参照)。膜濾過運転の安定を妨げる原因は、主に膜の透水性能の劣化である。透水性能の劣化の第一の原因は、濁質物質等による膜の目詰まり(ファウリング)である(非特許文献1参照)。また、膜表面が濁質物によりこすられて擦過を受け、透水性能が低下する場合もある。
【0005】
ところで、多孔性膜の製法として、熱誘起相分離法が知られている。この製法では熱可塑性樹脂と有機液体を用いる。有機液体として、該熱可塑性樹脂を室温では溶解しないが、高温では溶解する溶剤、すなわち潜在的溶剤を用いる。熱誘起相分離法は、熱可塑性樹脂と有機液体を高温で混練し、熱可塑性樹脂を有機液体に溶解させた後、室温まで冷却することで相分離を誘発させ、更に有機液体を除去して多孔体を製造する方法である。この方法は以下の利点を持つ。
(a)室温で溶解できる適当な溶剤のないポリエチレン等のポリマーでも製膜が可能になる。
(b)高温で溶解したのち冷却固化させて製膜するので、特に熱可塑性樹脂が結晶性樹脂である場合、製膜時に結晶化が促進され高強度膜が得られやすい。
【0006】
上記の利点から、多孔性膜の製造方法として多用されている(例えば非特許文献2〜5参照)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、十分に高いろ過性能を長期にわたって維持可能な多孔性中空糸膜を提供することを目的とする。より具体的には、本発明は、膜濾過法により天然水、生活排水、及びこれらの処理水である懸濁水を除濁する方法において、膜の目詰まりによる透水性能劣化が少なく、また膜表面の擦過による透水性能劣化も少ない、濾過安定性に優れる膜濾過除濁方法を提供し、且つ高い圧縮強度を示す多孔性中空糸膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意努力した結果、多孔性中空糸膜の外表面開口率を高くし目詰まりによる透水性能劣化及び膜表面擦過による透水性能劣化を抑制することで、濾過安定性に優れると共に高透水量が得られることを見出した。また、内表面を構成する幹の太さを太くすることで、高圧縮強度を示す膜が得られることを見出した。その結果、本発明を完成するに至った。
【0011】
従来、外表面開口率の高い膜を濾過に用いることにより、目詰まりによる透水性能劣化を抑制することは知られている(国際公開2001/053213号)。また、膜表面擦過は、濾過運転時ではなく、外圧式濾過により膜外表面に堆積した濁質を空気洗浄等により膜外表面からはがす時に主として起こるとされている。しかし、この現象そのものがあまり知られていなかったこともあり、膜面擦過による透水性能劣化への対応技術の開発はあまりなされていない。特開平11−138164号公報は、エアバブリング洗浄による膜性能変化を抑制する手段として、破断強度の高い膜を用いることを開示するに過ぎない。本発明者は、膜面擦過による透水性能劣化に対しては、外表面開口率を32%以上に高めて、製膜することにより、透水性の劣化が抑制できることを見出した。また、内表面を構成する幹の太さを0.3μm以上50μm以下に制御することで、高い圧縮強度を示すことを見出した。
【0012】
本発明は以下の発明を提供する。
[1]熱可塑性樹脂からなる多孔性中空糸膜であって、32〜60%の表面開口率を有し且つ300nm以下の細孔径を有する表面を備え、圧縮強度が0.7MPa以上である多孔性中空糸膜。
[2]熱可塑性樹脂からなり且つ少なくとも2層からなる多孔性中空糸膜であって、一方の層の表面は0.3〜20μmの幹太さと、0.3〜10μmの細孔径とを有し、他方の層の表面は32〜60%の表面開口率と、0.05〜0.3μmの細孔径とを有する、[1]に記載の多孔性中空糸膜。
[3]前記一方の層の表面の細孔は、4以上のアスペクト比を有する、[2]に記載の多孔性中空糸膜。
[4]前記一方の層の表面の細孔は、10以上のアスペクト比を有する、[2]に記載の多孔性中空糸膜。
[5]前記一方の層は50〜65%の空孔率を有し、前記他方の層は65〜80%の空隙率を有する、[2]〜[4]のいずれか一つに記載の多孔性中空糸膜。
[6][5]に記載の多孔性中空糸膜の製造方法であって、前記一方の層を製造する際の溶融混練物は37〜45質量%の熱可塑性樹脂濃度を有し、前記他方の層を製造する際の溶融混練物は20〜35質量%の熱可塑性樹脂濃度を有する、製造方法。
[7]原料が熱可塑性樹脂、無機微粉及び溶媒の3成分である、[6]に記載の製造方法。
[8]前記一方の層を製造する際に10nm以上の一次粒径を有する無機微粉を使用し、前記他方の層を製造する際に20nm以下の一次粒径を有する無機微粉を使用する、[7]に記載の製造方法。
[9]前記一方の層を製造する際に20nm以上の一次粒径を有する無機微粉を使用し、前記他方の層を製造する際に20nm未満の一次粒径を有する無機微粉を使用する、[7]に記載の製造方法。
[10]前記一方の層を製造する際に20nm以上の一次粒径を有する無機微粉を使用し、前記他方の層を製造する際に10nm以下の一次粒径を有する無機微粉を使用する、[7]に記載の製造方法。
[11]少なくとも2層からなる多孔性中空糸膜の製造方法であって、製膜する際に紡口ノズルから溶融原料樹脂を吐出後、1秒以上空走時間をとって冷却固化させる、[7]〜[10]のいずれか一つに記載の製造方法。
[12]前記一方の層として組紐を使用する、[7]〜[11]のいずれか一つに記載の製造方法。
[13]前記無機微粉はシリカである、[7]〜[12]のいずれか一つに記載の製造方法。
[14]前記熱可塑性樹脂はポリフッ化ビニリデン(PVDF)である、[6]〜[13]のいずれか一つに記載の製造方法。
[15]前記他方の層を製造する際に、下記式で示される三次元溶解性パラメーターの条件を満たす溶媒を使用する、[14]に記載の製造方法。
((σ
dm−σ
dp)
2+(σ
pm−σ
pp)
2+(σ
hm−σ
hp)
2)
1/2≦7.8
[式中、σ
dm及びσ
dpは溶媒及びポリフッ化ビニリデンの分散力項をそれぞれ示し、σ
pm及びσ
ppは溶媒及びポリフッ化ビニリデンの双極子結合力項をそれぞれ示し、σ
hm及びσ
hpは溶媒及びポリフッ化ビニリデンの水素結合項をそれぞれ示す。]
[16]前記他方の層を製造する際に、以下に示す三次元溶解性パラメーターの条件を満たす溶媒を使用する、[14]又は[15]に記載の製造方法。
((σ
dm−σ
dp)
2+(σ
pm−σ
pp)
2+(σ
hm−σ
hp)
2)
1/2>7.8
[式中、σ
dm及びσ
dpは溶媒及びポリフッ化ビニリデンの分散力項をそれぞれ示し、σ
pm及びσ
ppは溶媒及びポリフッ化ビニリデンの双極子結合力項をそれぞれ示し、σ
hm及びσ
hpは溶媒及びポリフッ化ビニリデンの水素結合項をそれぞれ示す。]
[17][1]〜[5]のいずれか一つに記載の多孔性中空糸膜を使用して懸濁水をろ過する工程を備える浄水方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、安定的なろ過性能を十分に長期にわたって維持可能な多孔性中空糸膜が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0016】
<多孔性中空糸膜>
図1は本実施形態に係る多孔性中空糸膜の断面を模式的に示したものである。
図1に示す多孔性中空糸膜10は、二層構造を有し、最外表面FAを有する層(他方の層)1aと、内側表面FBを有する層(一方の層)1bとを備える。これらの層1a,1bはいずれも熱可塑性樹脂からなる。なお、層1a,1bは熱可塑性樹脂以外の成分(不純物等)を5質量%程度まで含んでいてもよい。
【0017】
なお、ここでは二層構造の多孔性中空糸膜を例示したが、上記の表面開口率等の条件を満たす限り、単層構造であっても、三層以上の多層構造であってもよい。また、ここでは外圧濾過方式を採用することを前提として、外側に表面FAを配置し内側に表面FBを配置する場合を例示したが、
図2に示す多孔性中空糸膜20のように、これらの配置を逆にしてもよい。すなわち、多孔性中空糸膜20は、二層構造を有し、最外表面FBを有する層(一方の層)1bと、内側表面FAを有する層(他方の層)1aとを備える。
【0018】
処理対象の懸濁水は、天然水、生活排水、及びこれらの処理水などである。天然水としては、河川水、湖沼水、地下水、海水が例として挙げられる。これら天然水に対し沈降処理、砂濾過処理、凝集沈殿砂濾過処理、オゾン処理、活性炭処理などの処理を施した天然水の処理水も、処理対象の懸濁水に含まれる。生活排水の例は下水である。下水に対してスクリーン濾過や沈降処理を施した下水1次処理水や、生物処理を施した下水2次処理水、更には凝集沈殿砂濾過、活性炭処理、オゾン処理などの処理を施した3次処理(高度処理)水も、処理対象の懸濁水に含まれる。これらの懸濁水にはμmオーダー以下の微細な有機物、無機物及び有機無機混合物から成る濁質(腐植コロイド、有機質コロイド、粘土、細菌など)が含まれる。多孔性中空糸膜10,20は、懸濁水をろ過する工程を備える浄水方法に使用される。
【0019】
懸濁水(上述の天然水、生活排水、及びこれらの処理水など)の水質は、一般に、代表的な水質指標である濁度及び有機物濃度の単独又は組み合わせにより表現できる。濁度(瞬時の濁度ではなく平均濁度)で水質を区分すると、大きくは、濁度1未満の低濁水、濁度1以上10未満の中濁水、濁度10以上50未満の高濁水、濁度50以上の超高濁水などに区分できる。また、有機物濃度(全有機炭素濃度(Total Organic Carbon(TOC)):mg/L)(これも瞬時の値ではなく平均値)で水質を区分すると、大きくは、1未満の低TOC水、1以上4未満の中TOC水、4以上8未満の高TOC水、8以上の超高TOC水などに区分できる。基本的には、濁度又はTOCの高い水ほど濾過膜を目詰まりさせやすいため、濁度又はTOCの高い水ほど多孔性中空糸膜10,20を使用する効果が大きくなる。
【0020】
多孔性中空糸膜10,20を構成する素材は、ポリオレフィン、又はオレフィンとハロゲン化オレフィンとの共重合体、又はハロゲン化ポリオレフィン、又はそれらの混合物である。例として、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリビニルアルコール、エチレン−ビニルアルコール共重合体、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体、ポリフッ化ビニリデン、及びこれらの混合物を挙げることができる。これらの素材は熱可塑性ゆえに取り扱い性に優れ、且つ強靱であるため、膜素材として優れる。これらの中でもポリエチレン、ポリプロピレン、ポリフッ化ビニリデン及びこれらの混合物は、機械的強度、化学的強度(耐薬品性)に優れ、且つ成形性が良好であるために好ましい。
【0021】
実用上の観点から、多孔性中空糸膜10,20の圧縮強度は0.7MPa以上であり、好ましくは0.7〜1.0MPaであり、更に好ましくは0.8〜1.0MPaである。
【0022】
多孔性中空糸膜10,20の表面FAの開口率(表面開口率)は、32〜60%であり、好ましくは32〜50%であり、更に好ましくは35〜45%である。懸濁水と接触する側の表面FAの開口率が32%以上である膜を濾過に用いることにより、目詰まりによる透水性能劣化も膜表面擦過による透水性能劣化もともに小さくし、濾過安定性を高めることができる。しかし、開口率が高くても孔径が大きくては、前述のTOC成分が膜を透過し、ろ過水の水質が悪化してしまう。そのため、表面FAにおける細孔径は、300nm以下であり、好ましくは70〜200nmであり、より好ましくは100〜200nmである。この細孔径が300nm以下であれば懸濁水中に含まれるTOC成分の素抜けを十分に抑制でき、70nm以上であれば十分に高い透水性能を確保できる。
【0023】
層(他方の層)1aの空孔率は、好ましくは65〜80%であり、より好ましくは65〜75%である。この空孔率が65%未満であると透水性能が低下しやすく、他方、80%を超えると機械的強度が低下しやすい。
【0024】
層1aの厚さは、好ましくは1〜100μmであり、より好ましくは5〜30μmである。厚さが1μm未満であると層1aに欠陥となるピンホールが形成されやすく、他方、100μmを超えると膜抵抗による圧損が大きくなりやすい。
【0025】
また、圧縮強度向上の観点から、ろ過水と接触する側の表面(一方の層の表面)FBを構成する幹の太さは、好ましくは0.3〜20μmであり、好ましくは0.3〜10μmであり、より好ましくは0.8〜10μmである。ここでいう「幹の太さ」は、以下の方法で算出された値を意味する。まず走査型電子顕微鏡を用い、中空糸膜の外表面を極力多数の孔の形状が明確に確認できる程度の倍率(おおむね1000倍以下)で外表面に垂直な方向から撮影した。次いで、中空糸膜の長手方向に対して垂直な方向の孔と孔の間の距離をポリマーの幹の太さとし、その画像の中で幹の太さが太いと思われる方を優先して測定し、その最大値を表面孔のポリマーの幹の太さとした。
【0026】
多孔性中空糸膜10,20の表面FBの開口率(表面開口率)は、好ましくは25〜35%であり、より好ましくは25〜32%であり、更に好ましくは25〜30%である。表面FBにおける細孔径は、好ましくは0.3〜10μmであり、より好ましくは0.5〜5μmであり、更に好ましくは0.5〜3μmである。この細孔径が0.3μm未満であると透水性能が低下しやすく、他方、10μmを超えると機械的強度が低下しやすい。
【0027】
層(一方の層)1bの空孔率は、好ましくは50〜65%であり、より好ましくは55〜65%である。この空孔率が50%未満であると透水性能が低下しやすく、他方、65%を超えると機械的強度が低下しやすい。
【0028】
層1bの厚さは、好ましくは100〜400μmであり、より好ましくは100〜250μmである。厚さが100μm未満であると機械的強度が低下しやすく、他方、400μmを超えると膜抵抗が大きくなりやすい。
【0029】
<多孔性中空糸膜の製造方法>
多孔性中空糸膜10,20の製造方法について説明する。本実施形態に係る製造方法は、(a)溶融混練物A及び溶融混練物Bをそれぞれ準備する工程と、(b)これらの溶融混練物A,Bを多重構造の紡糸ノズルに供給する工程と、紡糸ノズルから溶融混練物A,Bを押し出すことによって中空糸膜を得る工程とを備える。なお、溶融混練物Aは層1aを作製するためのものであり、溶融混練物Bは層1bを作製するためのものである。
【0030】
溶融混練物Aの熱可塑性樹脂の濃度は好ましくは20〜35質量%であり、より好ましくは25〜35質量%であり、更に好ましくは30〜35質量%である。この値が20質量%未満であると機械的強度が低下しやすく、他方、35質量%を超えると透水性能が低下しやすい。
【0031】
溶融混練物Bの熱可塑性樹脂の濃度は好ましくは37〜45質量%であり、好ましくは40〜45質量%である。この値が37質量%未満であると機械的強度が低下しやすく、他方、45質量%を超えると透水性能が低下しやすい。
【0032】
溶融混練物A及び溶融混練物Bはいずれも、熱可塑性樹脂及び溶媒の二成分からなるものであってもよく、熱可塑性樹脂、無機微粉及び溶媒の三成分からなるものであってもよい。無機微粉を使用する場合、溶融混練物Aに含まれる無機微粉の一次粒径は好ましくは20nm以下であり、より好ましくは5nm以上20nm未満である。溶融混練物Bに含まれる無機微粉の一次粒径は好ましくは20nm以上であり、より好ましくは20〜50nmである。なお、無機微粉を含まない溶融混練物を使用する場合、工程(b)を経て得られる中空糸膜を多孔性中空糸膜10又は多孔性中空糸膜20として使用してもよい。無機微粉を含む溶融混練物を使用して多孔性中空糸膜10,20を製造する場合、本実施形態に係る製造方法は工程(b)後に、中空糸膜から無機微粉を抽出除去して多孔性中空糸膜10又は多孔性中空糸膜20を得る工程を更に備えることが好ましい。
【0033】
無機微粉の具体例としては、シリカ微粉、酸化チタン、塩化リチウム等が挙げられ、これらのうち、コストの観点からシリカ微粉が好ましい。上述の「無機微粉の一次粒径」は電子顕微鏡写真の解析から求めた値を意味する。すなわち、まず無機微粉の一群をASTM D3849の方法によって前処理を行う。その後、透過型電子顕微鏡写真に写された3000〜5000個の粒子直径を測定し、これらの値を算術平均することで無機微粉の一次粒径を算出する。
【0034】
所定の要件(表面の幹太さ0.3〜20μm且つ表面の細孔径0.3〜10μm)を満たす層1bを得るには、以下の3つの手段のうち少なくとも1つを採用すればよい。
手段1:粒径が比較的大きい(例えば平均粒径20nm以上)の無機微粉を使用する。
手段2:製膜する際に紡口ノズルから溶融原料樹脂を吐出後、1秒以上空走時間をとって冷却固化させる。溶融混練物は、紡糸ノズル(紡口ノズル)から吐出された後、所定の空走距離を経て紡浴中で冷却固化される。このとき空走時間を1秒以上保持すると空走区間でポリマー分子が配向して圧縮強度を高めることができる。空走時間の上限は1.5秒程度であればよい。
手段3:層1bとして樹脂製(例えばポリエステル製)又は金属製(例えばステンレス製)の組紐を使用する。
【0035】
擦過による透水性能の低下の原因は、隣り合う膜同士が擦れることで、膜表面細孔が潰れることが主因と考えられる。多孔性中空糸膜10の最外表面(表面FA)の開口率を32〜60%にすることで、隣り合う膜通しが擦れあっても、細孔を潰すことなく膜表面の細孔形状を維持することができることを本発明者らは見出した。通常このように表面開口率32%以上の膜を製膜しようとすると相分離法では圧縮強度が実用上必要な強度にまで高めることは困難である。
【0036】
例えば、特許文献4は、強度支持層と高透水高開口率層とを貼り合わせる示す方法を開示する。特許文献4に開示された製造方法において、PVDF(ポリフッ化ビニリデン)によって高開口率と圧縮強度を両立させるためには、PVDFの溶媒を適当に選定する必要がある。すなわち、高開口率のためにはPVDF濃度を下げて製膜する方法が用いられるが、孔径もあわせて大きくなってしまうため、高開口率且つ小孔径を達成できる溶媒を選定することが好ましく、三次元溶解度パラメーターで示すと以下の式を満たすことが好ましい。
P=(σ
dm−σ
dp)
2+(σ
pm−σ
pp)
2+(σ
hm−σ
hp)
2
[式中、σ
dm及びσ
dpは溶媒及びポリフッ化ビニリデンの分散力項をそれぞれ示し、σ
pm及びσ
ppは溶媒及びポリフッ化ビニリデンの双極子結合力項をそれぞれ示し、σ
hm及びσ
hpは溶媒及びポリフッ化ビニリデンの水素結合項をそれぞれ示す。]
【0037】
溶融混練物Aの調製に使用する溶媒の三次元溶解性パラメーターPAは好ましくは7.8より大きく、より好ましくは7.8〜10であり、更に好ましくは7.8〜9.0である。この値が7.8以下であると透水性が低下しやすい。
【0038】
溶融混練物Bの調製に使用する溶媒の三次元溶解性パラメーターPBは好ましくは7.8以下であり、より好ましくは0〜7.8であり、更に好ましくは3.0〜7.8である。この値が7.8を超えると透水性能が低下しやすい。
【0039】
例えばフタル酸ジ2−エチルヘキシル(DEHP)とフタル酸ジブチル(DBP)の組み合わせでは、DEHP:DBP=3:1(質量比)とした混合溶媒の三次元溶解度パラメーターの値は7.77である。この混合溶媒を使用することで、孔径と開口率を両立することができる。PVDFとの親和性が十分に高い溶媒であれば、溶媒の種類は上記の組み合わせに限らず、種々の溶媒を適宜用いることができる。
【0040】
特許文献5は、組紐上に膜分離層をコーティングする方法を開示する。この方法を採用する場合、二重構造紡糸ノズルを用いて、外側管に前述のような溶融樹脂製膜原液を、内側管に組紐を通して紡糸する。樹脂の吐出に合わせて、組紐を引き取れば、膜分離層をコーティングされた膜を得ることができる。こうして高開口率と高圧縮強度を両立する膜を得ることができる。
【0041】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。実施例、
参考例及び比較例における各物性値は以下の方法で各々求めた。
【0042】
1)開口率、空孔率、孔径及びアスペクト比:HITACHI製電子顕微鏡SU8000シリーズを使用し、加速電圧3kVで膜の表面及び断面の電子顕微鏡(SEM)画像を5000倍で撮影した。断面の電子顕微鏡サンプルは、エタノール中で凍結した膜サンプルを輪切りに割断して得た。次に画像解析ソフトWinroof6.1.3を使って、SEM画像の「ノイズ除去」を数値「6」によって行い、更に単一しきい値による二値化により、「しきい値:105」によって二値化を行った。こうして得た二値化画像の占有面積を求めることにより、膜表面及び断面の開口率、並びに空孔率をそれぞれ求めた。
孔径は、表面に存在した各孔に対し、孔径の小さい方から順に各孔の孔面積を足していき、その和が、各孔の孔面積の総和の50%に達するところの孔の孔径で決定した。
細孔のアスペクト比は、孔の長径と短径を測定し、(長径)/(短径)で算出した。その孔径に合わせて倍率を変え、500nm以下の場合は倍率1000〜10000倍で観察し、500nm以上の場合は1000倍以下に設定する。その画像の中で最大となるアスペクト比を求め、その値を表面孔のアスペクト比とした。
【0043】
2)最小孔径層孔径:ASTM:F316−86に準拠し、以下のようにして最小孔径層の平均孔径を求めた。すなわち、細孔径分布測定器等を用いるバブルポイント法(ASTM F316−86、JISK3832)により、膜に加えられる差圧と膜を透過する空気流量との関係を、膜が乾燥している場合と膜が液体で濡れている場合について測定し、得られたグラフをそれぞれ乾き曲線及び濡れ曲線とした。乾き曲線の流量を1/2とした曲線と、濡れ曲線との交点における差圧をP(Pa)としたとき、下記式で算出されるd(nm)の値を最小孔径層の平均孔径とした。
d=cγ/P
[式中、cは定数であり、γは液体の表面張力(dynes/cm)である。]
【0044】
3)純水フラックス:エタノール浸漬した後数回純水浸漬を繰り返した約10cm長の湿潤中空糸膜の一端を封止し、他端の中空部内に注射針を挿入し、25℃の環境下にて注射針から0.1MPaの圧力で25℃の純水を中空部内に注入し、外表面から透過してくる純水量を測定し、下記式により純水フラックスを決定した。
純水フラックス[L/m
2/h]=60×(透過水量[L])/{π×(膜外径[m])×(膜有効長[m])×(測定時間[min])}
なお、ここに膜有効長とは、注射針が挿入されている部分を除いた、正味の膜長を指す。
【0045】
4)多孔性中空糸膜の圧縮強度:約5cm長の湿潤中空糸膜の一端を封止し、他端を大気開放とし、外表面より40℃の純水を加圧し大気開放端より透過水を出した。このとき膜供給水を循環させることなくその全量を濾過する方式、すなわち、全量濾過方式を取った。加圧圧力を0.1MPaから0.01MPa刻みで昇圧し、各圧力にて15秒間圧力を保持し、この15秒間に大気開放端より出てくる透過水をサンプリングした。中空糸膜の中空部がつぶれないうちは加圧圧力が増すにつれて透過水量(質量)の絶対値も増してゆくが、加圧圧力が中空糸膜の耐圧縮強度を超えると中空部が潰れて閉塞が始まるため、透過水量の絶対値は加圧圧力が増すにも関わらず、低下する。透過水量の絶対値が極大になる加圧圧力を圧縮強度とした。
【0046】
5)HSP距離(三次元溶解性パラメーター):三次元溶解性パラメーターは以下の成書から求めた。Hansen, Charles (2007). Hansen Solubility Parameters: A user's handbook, Second Edition. Boca Raton, Fla: CRC Press.(ISBN 978-0-8493-7248-3)
【0047】
6)懸濁水濾過時の透水性能保持率:目詰まり(ファウリング)による透水性能劣化の程度を判断するための1指標である。エタノール浸漬した後数回純水浸漬を繰り返した湿潤中空糸膜を、膜有効長11cmにて外圧方式により濾過を行った。まず初めに純水を、膜外表面積1m
2当たり1日当たり10m
3透過する濾過圧力にて濾過を行って透過水を2分間採取し、初期純水透水量とした。次いで、天然の懸濁水である河川表流水(富士川表流水:濁度2.2、TOC濃度0.8ppm)を、初期純水透水量を測定したときと同じ濾過圧力にて10分間濾過を行い、濾過8分目から10分目までの2分間透過水を採取し、懸濁水濾過時透水量とした。懸濁水濾過時の透水性能保持率を、下記式で定義した。操作は全て25℃、膜面線速0.5m/秒で行った。
懸濁水濾過時の透水性能保持率[%]=100×(懸濁水濾過時透水量[g])/(初期純水透水量[g])
なお、式中の各パラメーターは下記式で算出される。
濾過圧力={(入圧)+(出圧)}/2
膜外表面積[m
2]=π×(糸外径[m])×(膜有効長[m])
膜面線速[m/s]=4×(循環水量[m
3/s])/{π×(チューブ径[m])
2−π×(膜外径[m])
2}
本測定においては懸濁水の濾過圧力を各膜同一ではなく、初期純水透水性能(懸濁水濾過開始時点での透水性能でもある)が膜外表面積1m
2当たり1日当たり10m
3透過する濾過圧力に設定した。これは、実際の上水処理や下水処理においては、膜は定量濾過運転(一定時間内に一定の濾過水量が得られるよう濾過圧力を調整して濾過運転する方式)で使用されるのが通常であるため、本測定においても中空糸膜1本を用いた測定という範囲内で、定量濾過運転の条件に極力近い条件での透水性能劣化の比較ができるようにしたためである。
【0048】
7)耐膜面擦過率:膜面擦過による透水性能劣化の程度を判断するための1指標である。エタノール浸漬した後数回純水浸漬を繰り返した湿潤中空糸膜を金属板の上に並べ、微小な砂(粒径130μm:Fuji BrownFRR#120)を20質量%で水に懸濁させた懸濁水を、膜の上方70cmにセットしたノズルから0.07MPaの圧力で噴射し、膜外表面に懸濁水を吹き付けた。10分間吹き付けを行った後、膜を裏返してまた10分間の吹き付けを行った。吹き付けの前後で純水フラックスを測定し、下記式から耐膜面擦過率を求めた。
耐膜面擦過率[%]=100×(吹き付け後純水フラックス)/(吹き付け前純水フラックス)
【0049】
[実施例1]
3重構造の紡糸ノズルを用いて、外層と内層を有する2層中空糸膜の膜構造を有する実施例1の多孔質膜を得た。外層用の溶融混練物として、PVDF樹脂として重量平均分子量が24万であるフッ化ビニリデンホモポリマー(クレハ社製、KF−W#1000)34質量%と、シリカ微粉(一次粒子径:16nm)25.4質量%と、フタル酸ビス(2−エチルヘキシル)27.1質量%、フタル酸ジブチル13.5質量%の溶融混練物を調製した。
【0050】
内層用の溶融混練物として、フッ化ビニリデンホモポリマー(クレハ社製、KF−W#1000)40質量%、フタル酸ビス(2−エチルヘキシル)31.3質量%、フタル酸ジブチル5.7質量%、微粉シリカ23質量%の溶融混練物を調製した。中空部形成流体には空気を用いた。外層用及び内層用の溶融混練物並びに空気を3重環紡糸ノズル(外層最外径2.0mm、内層最外径1.8mm、中空部形成層最外径0.9mm)から同時に240℃で吐出することで、中空糸状成型物を得た。
【0051】
押し出した中空糸状成型物は、200mmの空走距離を通した後、30℃の水中で熱誘起相分離を進行させた。20m/分の速度で引き取り、ベルトに挟んで40m/分の速度で延伸させた後、140℃の熱風を当てながら30m/分の速度で緩和させ、かせに巻き取った。得られた2層中空糸状押出し物をイソプロピルアルコール中に浸漬させてフタル酸ビス(2−エチルヘキシル)及びフタル酸ジブチルを抽出除去した。続いて、水中に30分間浸漬し、中空糸膜を膨潤化した。続いて、20質量%NaOH水溶液中に70℃にて1時間浸漬し、更に水洗を繰り返して微粉シリカを抽出除去した。
【0052】
表1に、得られた実施例1の多孔質膜の配合組成及び製造条件並びに各種性能を示す。
【0053】
[実施例2]
内層の微粉シリカの粒径を30nmに変更し、フタル酸ビス(2−エチルヘキシル)30.8質量%、フタル酸ジブチル6.2質量%に変更した以外は、実施例1と同様に製膜し、実施例2の中空糸膜を得た。表1に、得られた実施例2の多孔質膜の配合組成及び製造条件並びに各種性能を示す。
[実施例3]
外層の微粉シリカの粒径を7nmに変更した以外は、実施例2と同様に製膜し、実施例2の中空糸膜を得た。表1に、得られた実施例3の多孔質膜の配合組成及び製造条件並びに各種性能を示す。
【0054】
[
参考例4]
2重構造の紡糸ノズル(外環最外径2mm、内環最外径1.8mm)を用い、実施例3の外層と同様の成分を外周管に押し出し、ポリエステル製組紐を用い中心管に通して、組紐を20m/minの速度で引き取って製膜し、200mmの空走距離を通した後、30℃の水中で非溶媒誘起相分離を進行させた。得られた2層中空糸状押出し物をイソプロピルアルコール中に浸漬させてフタル酸ビス(2−エチルヘキシル)及びフタル酸ジブチルを抽出除去した。続いて、水中に30分間浸漬し、中空糸膜を膨潤化した。続いて、20質量%NaOH水溶液中に70℃にて1時間浸漬し、更に水洗を繰り返して微粉シリカを抽出除去して
参考例4の中空糸膜を得た。表1に、得られた
参考例4の多孔質膜の配合組成及び製造条件並びに各種性能を示す。
【0055】
[比較例1]
フタル酸ビス(2−エチルヘキシル)33.8質量%、フタル酸ジブチル6.8質量%に設定した以外は、実施例1と同様に製膜し、比較例1の中空糸膜を得た。表2に、得られた比較例1の多孔質膜の配合組成及び製造条件並びに各種性能を示す。
【0056】
[比較例2]
内層のポリマー濃度を34質量%に、フタル酸ビス(2−エチルヘキシル)33.8質量%、フタル酸ジブチル6.8質量%に設定した以外は、実施例1と同様に製膜し、比較例2の中空糸膜を得た。表2に、得られた比較例2の多孔質膜の配合組成及び製造条件並びに各種性能を示す。
【0057】
[比較例3]
外層の微粉シリカの一次粒子径が30nmのものを用いた以外は、実施例2と同様に製膜し、比較例3の中空糸膜を得た。表2に、得られた比較例3の多孔質膜の配合組成及び製造条件並びに各種性能を示す。
【0058】
[比較例4]
外層のポリマー濃度を40質量%に、シリカ濃度23質量%、フタル酸ビス(2−エチルヘキシル)24.7質量%、フタル酸ジブチルを12.3質量%に設定した以外は、実施例1と同様に製膜し、比較例4の中空糸膜を得た。表2に、得られた比較例4の多孔質膜の配合組成及び製造条件並びに各種性能を示す。
[比較例5]
空走距離を300mmに設定した以外は、実施例1と同様に製膜し、比較例5の中空糸膜を得た。表2に、得られた比較例5の多孔質膜の配合組成及び製造条件並びに各種性能を示す。
【0059】
以上のように、細孔径が300nm以下で、且つ表面開口率が32%以上、圧縮強度が0.7MPa以上を担保できる膜は、耐ファウリング性に優れ、透水性保持率が高いことがわかる。