特許第6368406号(P6368406)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6368406
(24)【登録日】2018年7月13日
(45)【発行日】2018年8月1日
(54)【発明の名称】歯科用ポルトランドセメント粉末
(51)【国際特許分類】
   A61K 6/06 20060101AFI20180723BHJP
【FI】
   A61K6/06 Z
【請求項の数】3
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2017-133538(P2017-133538)
(22)【出願日】2017年7月7日
【審査請求日】2018年4月23日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000000240
【氏名又は名称】太平洋セメント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】特許業務法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】一坪 幸輝
(72)【発明者】
【氏名】野中 恭子
(72)【発明者】
【氏名】増田 賢太
【審査官】 石井 裕美子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−053075(JP,A)
【文献】 特開2016−065011(JP,A)
【文献】 国際公開第2016/208457(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 6/00− 6/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
CaO 65〜72質量%、SiO2 23〜28質量%、Al23 0.4〜2.2質量%、Fe23 0〜0.2質量%、及びSO3 0〜5質量%を含有し、SiO2/(Al23+Fe23)質量比が10〜50である歯科用ポルトランドセメント粉末。
【請求項2】
(A)請求項1記載の歯科用ポルトランドセメント粉末、及び(B)造影剤粉末を含有し、成分(A)90〜50質量部に対して(B)造影剤粉末10〜50質量部を含有する粉末状歯科用セメント組成物
【請求項3】
(B)造影剤が、Zr、Ba、Bi、Sn、Ta及びZnから選ばれる金属の酸化物、硫酸塩並びに炭酸塩から選ばれる1種以上である請求項2記載の粉末状歯科用セメント組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯科用ポルトランドセメント粉末及び粉末状歯科用セメント組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
歯の根管治療過程においてセメントが用いられており、当該セメントとしては、歯科用グラスアイオノマーセメントが広く用いられている(特許文献1)。これに対し、グラスアイオノマーセメントに代えてポルトランドセメントを主成分とする歯科用セメントを用いる方法が知られている(特許文献2)。ポルトランドセメントを主成分とするセメントは、歯科用グラスアイオノマーセメントとは異なり、接着性や強度のために歯質からの除去が困難になることがなく、水硬性であるため水分の多い環境下でも安定して硬化するという特長を持っている(特許文献3)。また、硬化とともにカルシウムイオンが持続的に放出され、新生硬組織形成や抗菌作用に寄与することが知られている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭63−225567号公報
【特許文献2】米国特許第7892342号明細書
【特許文献3】特開2013−53075号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】MTAの物理化学的特性と直接覆髄後の歯髄反応 新潟歯学会雑誌 39(2):181−182 2009
【非特許文献2】光硬化型ケイ酸カルシウム系直接覆髄剤における元素の移動および溶出,日歯保存誌、58(5)、p.373−380、2015
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、前記特許文献2及び3の技術は、カルシウムイオンの放出量や速度については全く検討されておらず、また、特許文献3の技術は、ポルトランドセメント以外に第二成分として無機微粉末を必要とする。さらに、非特許文献2に記載の市販品(プロルートMTA、セラカルLC)のカルシウムイオンの溶出量は、一般的なセメントと同様に、水と混練直後は小さく、時間の経過とともに増えていくことから、水と混練直後の初期のカルシウムの溶出量の多い歯科用セメントが望まれている。
従って、本発明の課題は、水と混練後初期からカルシウムの溶出量の多い歯科用セメントを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで本発明者は、ポルトランドセメントの化学組成について種々検討した結果、特定の化学組成を有し、かつSiO2/(Al23+Fe23)質量比を一定の範囲に調整したポルトランドセメントが、容易に均一なペーストが得られ、充填操作性が良好で、白色度も高く、かつ水と混練後初期からカルシウム溶出量の多いセメントとなり、歯科用セメントとして有用であることを見出し、本発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は、次の〔1〕〜〔3〕を提供するものである。
【0008】
〔1〕CaO 65〜72質量%、SiO2 23〜28質量%、Al23 0.4〜2.2質量%、Fe23 0〜0.2質量%、及びSO3 0〜5質量%を含有し、SiO2/(Al23+Fe23)質量比が10〜50である歯科用ポルトランドセメント粉末。
〔2〕(A)前記〔1〕記載の歯科用ポルトランドセメント粉末、及び(B)造影剤粉末を含有し、成分(A)90〜50質量部に対して(B)造影剤粉末10〜50質量部を含有する粉末状歯科用セメント組成物。
〔3〕(B)造影剤が、Zr、Ba、Bi、Sn、Ta及びZnから選ばれる金属の酸化物、硫酸塩並びに炭酸塩から選ばれる1種以上である〔2〕記載の粉末状歯科用セメント組成物。
【発明の効果】
【0009】
本発明の歯科用セメントは、水と混練後初期からカルシウム溶出量が多く、硬化時間の短縮、アパタイト構造を有するリン酸カルシウム結晶の早期形成、抗菌作用の向上等に優れる。さらに、容易に均一なペーストが得られ、充填操作性も良好であり、白色度も高い。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の歯科用ポルトランドセメント粉末は、CaO 65〜72質量%、SiO2 23〜28質量%、Al23 0.4〜2.2質量%、Fe23 0〜0.2質量%、及びSO3 0〜5質量%を含有し、SiO2/(Al23+Fe23)質量比が10〜50である。
【0011】
CaOの含有量は、65〜72質量%であり、66〜72質量%が好ましく、68〜72質量%がより好ましい。CaOの含有量が65質量%未満では、十分な初期のカルシウム溶出量が得られず、72質量%を超えると遊離石灰が残って、セメントに必要な鉱物が得られない。
SiO2の含有量は、23〜28質量%であり、24〜28質量%が好ましく、24〜27質量%がより好ましい。SiO2の含有量が23質量%未満ではC2S(2CaO・SiO2)が減少して長期のカルシウム溶出量が減少し、28質量%を超えるとセメントペーストの初期強度が低下してしまう。
Al23の含有量は、0.4〜2.2質量%であり、0.5〜2.1質量%が好ましく、0.5〜1.8質量%がより好ましく、0.5〜1.5質量%がさらに好ましい。Al23の含有量が0.4質量%未満では遊離石灰が残ってセメントに必要な鉱物が得られず、2.2質量%を超えると初期のカルシウム溶出量が不足する。
Fe23の含有量は、0〜0.2質量%であり、0〜0.18質量%が好ましい。Fe23は含有しなくてもよく、0.2質量%を超えるとセメントが黄白色になり審美性が低下してしまう。
SO3の含有量は、0〜5質量%であり、0〜4質量%が好ましく、0〜3質量%がより好ましい。SO3は含有しなくてもよく、5質量%を超えるとクリンカ量に対し過剰になり、硬化特性が低下する。
【0012】
本発明の歯科用ポルトランドセメント粉末のSiO2/(Al23+Fe23)質量比は10〜50であるのが、十分な初期のカルシウム溶出量を得る点で重要である。この質量比が10未満では、十分な初期のカルシウム溶出量を得ることができない。また50を超えると、遊離石灰が残ってセメントに必要な鉱物が得られない。好ましいこの質量比は11〜50であり、12〜45がより好ましく、15〜45がさらに好ましい。
【0013】
本発明の歯科用ポルトランドセメント粉末のボーグ式による鉱物組成は、3CaO・SiO2が36.0〜97.0質量%、2CaO・SiO2が0.0〜53.0質量%、3CaO・Al23が0.7〜5.8質量%、4CaO・Al23・Fe23が0.0〜0.6質量%である。
【0014】
歯科用ポルトランドセメント粉末の粉末度(ブレーン比表面積)は、セメントペーストの強度の点から、3000〜10000cm2/gが好ましく、3500〜8500cm2/gがより好ましく、4000〜6500cm2/gがさらに好ましい。粉末度は、ブレーン空気透過装置(JIS R 5201)により測定することができる。
【0015】
このような組成を有するポルトランドセメントは、セメントクリンカ、又はセメントクリンカ及び石膏の粉砕混合物であるのが好ましく、セメント及び石膏の粉砕混合物であるのがより好ましい。セメントクリンカとして、前記組成のセメントクリンカを用いるのが好ましい。
セメントクリンカと石膏は別々に粉砕した後混合してもよく、両者を混合して粉砕してもよい。
【0016】
本発明の粉末状歯科用セメント組成物は、前記の(A)歯科用ポルトランドセメント粉末及び(B)造影剤粉末を含有し、(B)造影剤粉末の含有量は成分(A)90〜50質量部に対して10〜50質量部である。
【0017】
本発明に用いられる(B)造影剤粉末としては、Zr、Ba、Bi、Sn、Ta及びZnから選ばれる金属の酸化物、硫酸塩及び炭酸塩から選ばれる1種以上が挙げられる。このうち、Zr、Ba、Biから選ばれる金属の酸化物、硫酸塩及び炭酸塩から選ばれる1種以上がより好ましい。
(B)造影剤粉末の粉末度(ブレーン比表面積)は、ポルトランドセメント粉末セメントとの混合性の観点から3000〜10000cm2/gが好ましく、3500〜9000cm2/gがより好ましく、4000〜8000cm2/gがさらに好ましい。
【0018】
(B)造影剤粉末の含有量は、セメントペースト硬化体のレントゲン撮影の鮮明度の点から、成分(A)90〜50質量部に対して10〜50質量部である。10質量部未満では、撮影の鮮明度が不十分であり、50質量部を超えるとセメントペースト硬化体の強度が低下する。(B)造影剤粉末の含有量は、成分(A)90〜60質量部に対して10〜40質量部が好ましく、成分(A)85〜70質量部に対して15〜30質量部がより好ましい。
【0019】
また、本発明の歯科用セメント組成物には、さらにスルホン酸系混和剤、カルボン酸系混和剤等の混和剤を添加してもよい。
スルホン酸系混和剤としては、ナフタレンスルホン酸縮合物、リグニンスルホン酸縮合物、メラミンスルホン酸縮合物、アミノスルホン酸縮合物等が挙げられる。カルボン酸系混和剤としては、ポリカルボン酸系、オレフィンマレイン酸系等が挙げられる。セルロース系混和剤としては、メチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース等のアルキルセルロース、ヒドロキシアルキルセルロース等が挙げられる。
【0020】
混和剤の粉末度(ブレーン比表面積)は、セメントと造影剤との混合性の点から、1000〜10000cm2/gが好ましく、2000〜9000cm2/gがより好ましく、3000〜8000cm/gがさらに好ましい。
【0021】
混和剤の添加量は、成分(A)及び(B)の合計量100質量部に対して0.01〜1.0質量部が好ましく、0.02〜0.5質量部がより好ましい。
【0022】
本発明の粉末状歯科用セメント組成物は、前記成分(A)、(B)及び混和剤以外にCa(OH)、CaCO3、CaCl2、シリカフュームを含有させることができる。本発明の粉末状歯科用セメント組成物は、全体が粉末状であり、予め混合しておいてもよいし、各成分を歯科領域に供給し、用時所定量を混合して製造してもよい。
【0023】
本発明の粉末状歯科用セメント組成物は、前記のように成分(A)及び(B)、並びに必要に応じて混和剤をそれぞれ製造した後、混合してもよいが、粉末度を一致させるため、次の方法で製造するのが好ましい。(1)石灰、珪石、粘土などの原料を粉砕、調合して調製した原料を焼成する。焼成は、ロータリーキルン、箱型電気炉などの炉を使用できる。焼成時に、不純物を混入させたくないときは、焼成中に密閉できる箱型電気炉などを使用する。(2)セメントクリンカを冷却後、セメントクリンカと石膏と造影剤と粉末状混和剤を粉砕しながら、混合する。粉砕しながら、混合するとき、ボールミルなどの機械を使用する。
また、セメントクリンカ、石膏、造影剤と粉末状混和剤を粉砕しながら、混合する工程は、以下の方法のいずれでもよい。
(i)セメントクリンカ、石膏、造影剤、粉末状混和剤を粉砕しながら、混合する方法。
(ii)セメントクリンカ、石膏、造影剤、粉末状混和剤をそれぞれ別々に粉砕した粉末を、粉砕しながら混合する方法。
(iii)セメントクリンカと石膏を粉砕しながら混合したセメント組成物、造影剤、粉末状混和剤を粉砕しながら、混合する方法。
【0024】
本発明の粉末状歯科用セメント組成物を用いて、歯科用セメントを製造するには、粉末状セメント組成物に所定量の水を加えて混練すればよい。得られたペーストを、必要な歯や型に充填して硬化させればよい。このとき水/セメント比は操作性、セメントペーストの強度の点から20〜45%が好ましく、25〜40%がより好ましい。
【0025】
本発明の粉末状歯科用セメント組成物を用いて水/歯科用セメント比を36%で3分間混練したセメントペーストの粘度は、充填性の点から8000〜50000mPa・Sとなるのが好ましい。粘度は、アナログ粘度計、音叉振動式粘度計などの粘度計で測定できる。
また、水/歯科用セメント比を36%で3分間混練したセメントペーストのフローは操作性の点から、8〜18cmとなるのが好ましい。JASS 15M103に準拠したパイプにより引抜きフローを測定できる。
【実施例】
【0026】
次に実施例を挙げて本発明をより詳細に説明する。
【0027】
1.使用した原料
(A)ポルトランドセメント粉末用原料
・二酸化けい素(石英型)(特級)
・炭酸カルシウム(特級)
・酸化アルミニウム(α型)(特級)
・酸化鉄(特級)
・焼石膏(1級)
(B)造影剤
・酸化ビスマス(特級)
・硫酸バリウム(特級)
・酸化ジルコニウム(特級)
【0028】
2.セメントの原料調合方法〜焼成方法
ポルトランドセメント粉末用原料を調合・混合した後、ハンドプレス機でペレット化し、ペレットを箱型電気炉で1000℃で1時間、1500℃で1〜3時間焼成後、冷却して、セメントクリンカーを得た。
【0029】
3.粉砕混合の方法
2で作製したセメントクリンカーに所定量の焼石膏を添加し5Lアルミナポットミルで粉砕し、ブレーン比表面積4000cm2/gのポルトランドセメント粉末を作製した。
ポルトランドセメント粉末の化学組成は、蛍光X線分析で測定した。
ポルトランドセメント粉末に造影剤と粉末型混和剤を所定量添加して、同ミルでブレーン比表面積5000cm2/gまで微粉砕し、歯科用セメントを作製した。
【0030】
4.カルシウム溶出量の測定
3で作製したポルトランドセメント粉末または歯科用セメントを150g計量し、これに純水54mlを注水し2分間練り混ぜてセメントペーストとした。これを注水から10分経過するまで静置した後に、吸引ろ過してセメントペーストに含まれる液体を得た。この液体を硝酸で希釈した後、誘導結合プラズマ(ICP)発光分光分析装置に供して、液体に含まれるカルシウムを定量した。
【0031】
実施例1〜6及び比較例1〜7
ポルトランドセメント粉末の化学組成とカルシウム溶出量を表1に示す。表1より、CaO、SiO2、Al23、Fe23、SO3及びSiO2/(Al23+Fe23)比のいずれかが本発明の範囲外の比較例1〜6は、カルシウム溶出量が2000ppm未満であり、十分なカルシウム溶出量を示さなかった。比較例5は、遊離石灰が20%以上残ったため、所望の鉱物を合成できなかった。そのため溶出試験は実施しなかった。比較例2は、太平洋セメント社製ホワイトセメントである。また、Fe23量が多い比較例7は、黄白色となり歯科用セメントとして好ましくなかった。これに対し、実施例1〜6は、カルシウム溶出量が多く、歯科用セメントとして有用である。
【0032】
【表1】
【0033】
実施例7〜16及び比較例8〜13
実施例1〜6と比較例1〜4、6のポルトランドセメント粉末と造影剤を用いて歯科用セメントを製造した。得られた歯科用セメントのカルシウム溶出量を表2に示す。
【0034】
【表2】
【0035】
表2から明らかなように、本発明のポルトランドセメントを用いた歯科用セメントは、カルシウム溶出量が優れていた。
【要約】
【課題】水と混練後初期からカルシウムの溶出量の多い歯科用セメントの提供。
【解決手段】CaO 65〜72質量%、SiO2 23〜28質量%、Al23 0.4〜2.2質量%、Fe23 0〜0.2質量%、及びSO3 0〜5質量%を含有し、SiO2/(Al23+Fe23)質量比が10〜50である歯科用ポルトランドセメント粉末。
【選択図】なし