特許第6368502号(P6368502)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6368502
(24)【登録日】2018年7月13日
(45)【発行日】2018年8月1日
(54)【発明の名称】糖ペプチドの質量分析法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20060101AFI20180723BHJP
【FI】
   G01N27/62 V
【請求項の数】4
【全頁数】23
(21)【出願番号】特願2014-38782(P2014-38782)
(22)【出願日】2014年2月28日
(65)【公開番号】特開2015-78972(P2015-78972A)
(43)【公開日】2015年4月23日
【審査請求日】2017年2月27日
(31)【優先権主張番号】特願2013-187765(P2013-187765)
(32)【優先日】2013年9月10日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000173924
【氏名又は名称】公益財団法人野口研究所
(72)【発明者】
【氏名】黒河内 政樹
(72)【発明者】
【氏名】天野 純子
【審査官】 伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−051790(JP,A)
【文献】 国際公開第2010/064683(WO,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2011/0236995(US,A1)
【文献】 特開2005−049164(JP,A)
【文献】 特開2012−251914(JP,A)
【文献】 特開2008−261824(JP,A)
【文献】 特表2006−515927(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/62
H01J 49/00−49/48
G01N 30/86
G01N 33/48−33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アミノ基と反応しうる官能基が、前記官能基を除き電荷的に中性な芳香環もしくは複素環の単環に結合してなる標識化合物を用いて、糖ペプチドのペプチド鎖のN末端のアミノ基に、又はN末端及び側鎖のアミノ基に標識して質量分析することを特徴とする糖ペプチドの質量分析法。
【請求項2】
前記糖ペプチドが酸性糖鎖を有する糖ペプチドである請求項1に記載の糖ペプチドの質量分析法。
【請求項3】
前記糖ペプチドが硫酸化糖鎖を有する糖ペプチドである請求項1に記載の糖ペプチドの質量分析法。
【請求項4】
前記硫酸化糖鎖を有する糖ペプチドが下記式(4)で表される糖ペプチドである請求項3に記載の糖ペプチドの質量分析法。
【化5】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖ペプチドの質量分析法に関する。詳細には、糖鎖が結合した糖ペプチド(糖アミノ酸を含む)を、ペプチドのN末端のアミノ基を標識試薬で簡便かつ効率よく標識する事により、目的の糖ペプチドを質量分析法(特に、Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization Mass Spectrometry(MALDI TOF−MS))で高感度に検出、または分析する方法、及びその方法により前立腺特異抗原(PSA)で初めて見出された硫酸化糖鎖を有する糖ペプチドに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、グライコプロテオミクスが盛んになり、糖ペプチドの質量分析計を用いた解析技術が求められている。グライコプロテオミクスとは、生体試料の糖ペプチドを網羅的に解析する事によって、糖タンパク質の同定、糖タンパク質中の糖鎖結合部位および各結合部位における糖鎖構造と糖鎖の分布情報を得る手法である。しかし、他の生体分子が混在している系で生体試料中の糖ペプチドを質量分析計で解析することは極めて困難である。よって、多くのグループらによって、生体試料から糖ペプチドの分離技術が開発されている。今までに糖鎖認識するレクチンを用いたアフィニティーカラム、糖鎖の親水性を利用したボロン酸担持カラム、HILICカラム、糖鎖と金属イオンの錯体を利用したTiO担持カラム、糖の酸化反応を利用したヒドラジドカラム等がグライコプロテオミクスに使用されている(非特許文献1)。しかしながら、上記の手法で分離しても同一のペプチド鎖に結合している糖鎖は多様性に富んでいる為、結果として個々の糖ペプチドは分散し、存在量のダイナミックレンジも大きく異なっている為、網羅的に検出する事は容易ではない。さらに、糖鎖部分が中性糖鎖ばかりでなく、シアル酸や硫酸などが1個以上結合した酸性糖鎖も多種含まれ複雑になっている事も検出を困難にしている。
【0003】
また、数多くの研究者らによって、メタボロミクス、プロテオミクスの為に脂質や糖を結合していないペプチドの検出を高感度にする方法として生体分子のアミノ基、カルボキシル基に質量分析計でのイオン化を向上させる標識方法が開発されている。正電荷を持つ第4級リンや第4級アミン等の標識試薬を導入する手法は、MALDI TOF−MSだけでなくESI−MSにおいても有効とされている(非特許文献2、3、4)。しかし、第4級リンの正電荷を持つtris−(2,4,6−trimethoxyphenyl)phosphonium(TMPP)の標識は糖ペプチドにおいてほとんど効果がない。他にも、Coumarin等を脂質や糖ペプチド以外のペプチドの標識試薬として用いてイオン化を向上させながら、蛍光機能と色素といった分光計で検出できるという付加価値を持たせている手法も開発されている(非特許文献5)。
【0004】
また、正電荷を持つ6−aminoquinolyl−N−hydroxysuccinimidyl carbamate(AQC)を用いて糖ペプチドのアミノ基に標識した糖ペプチドはpositive modeにおいてイオン化が向上する事が報告されている(非特許文献6)。
【0005】
現在までに開発されているこれらの標識試薬はほとんどpositive modeをターゲットにした物であり、negative modeでの測定に対応している化合物はほとんどない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−51790
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】RA.William et al. Chem. Rev., 113, p2668−2732, 2013
【非特許文献2】WJ.Leavens et al. Rapid Commun. Mass Spectrom.,16, p433−441, 2002
【非特許文献3】SJ. Barry et al. Rapid Commun. Mass Spectrom.,17, p603−620, 2003
【非特許文献4】H. Kuyama et al. Rapid Commun. Mass Spectrom.,22, p2063−2072, 2008
【非特許文献5】A.Pashkova et al. Anal. Chem., 77, p2085−2096, 2005
【非特許文献6】R. Ullmer et al., Rapid Commun. Mass Spectrom.,20, p1469−1479,2006
【非特許文献7】M. Kurogochi et al., Mol. Cell Proteomics, 9, p2354−2368,2010
【非特許文献8】Beardsley RL. et al., Anal. Chem., 74, p1884−1890,2002
【非特許文献9】Yu S−Y. et al., Glycoconj. J., 30, p183−194, 2013
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
生体試料中の微量の糖ペプチドを質量分析法によって、迅速かつ簡便に分析する事ができれば、疾患や細胞分化等のバイオマーカー探索に役立つ事が出来る。
従って、本発明の目的は、糖ペプチドの質量分析法において糖ペプチドの検出感度を増加させる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、シアロ糖ペプチドを効率よく質量分析計で検出する研究の中で、シアル酸に第3級アミンを有する2−アミノピリジンを導入する事によって、シアル酸の1位にあるカルボキシル基の正電荷と中和させ、イオン的に安定化させる事によってシアロ糖ペプチドの検出を向上させる手法を報告している。(非特許文献7)
【0010】
また、本発明者らは、糖ペプチドのペプチド鎖のカルボキシル基にジアゾメタン誘導体を用いてエステル結合でピレン等の疎水性化合物を導入する事によって、糖ペプチドのMALDI TOF−MS質量分析計での検出の向上を見いだしている(特許文献1)。
【0011】
これらの知見に基づいて更に検討を重ねた結果、糖ペプチドのペプチド鎖のアミノ基を電荷的に中性な疎水性化合物で標識する事によって、イオンペアを組む可能性のあるペプチド鎖のアミノ基の電荷を無くして電荷的に中和し、糖ペプチドのイオン化が向上することを見いだし、本発明の完成に至ったものである。
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究した結果、糖ペプチドのペプチド鎖のアミノ基を特定の構造を有する標識試薬により標識し、しかる後に標識された糖ペプチドを質量分析法、または、質量分析法の一手法であるタンデム質量分析法(MS法)に供する事により、それらの化合物を簡便かつ高感度に分析できる事を見いだし、本発明を完成するに到った。
【0013】
すなわち、本発明は、少なくともアミノ基を有する糖ペプチドを質量分析法により分析する方法であって、当該糖ペプチドを下記一般式(1)で示されるカルバメート化合物もしくは、下記一般式(2)で示されるカルボン酸無水物、下記一般式(3)で示されるカルボン酸化合物を混合酸無水物法から得られるカルボン酸無水物により標識し、質量分析法に付す事に特徴を有する糖ペプチド分析に存ずる。(図1
【化1】
【0014】
上記式中、カルバメート化合物もしくは、カルボン酸無水物、カルボン酸に結合するXは、芳香族性を示す炭素環化合物又は複素環化合物残基を表し当該芳香環は置換基(1個又は複数個)を有していてもよく、前記芳香環を構成する原子に関しては、炭素原子のみ、或いは、炭素原子と炭素原子以外の原子、例えば窒素原子、硫黄原子等を上げる事ができ、炭素原子のみ(炭素環)で又は炭素とそれ以外の原子(複素環)とで、当該環を形成する事が出来る。尚、糖ペプチドのペプチド鎖のアミノ基の電荷を除去、または軽減する為に標識を行うので、当該芳香環は、電荷を持つ官能基(アミン、カルボン酸等)は含まない、もしくは正電荷を持つ官能基及び負電荷を持つ官能基がイオンペアとして併せ持ち電荷的に中性な化合物である。
【0015】
本発明は、以下の糖ペプチドの質量分析法、及びその方法により前立腺特異抗原(PSA)で初めて見出された硫酸化糖鎖を有する糖ペプチドである。
[1] 電荷的に中性な芳香環もしくは複素環の単環を持ち、且つアミノ基と反応しうる官能基を持つ標識化合物を用いて、糖ペプチドのペプチド鎖のN末端のアミノ基に、又はN末端及び側鎖のアミノ基に標識して質量分析することを特徴とする糖ペプチドの質量分析法。
[2] 前記糖ペプチドが酸性糖鎖を有する糖ペプチドである[1]に記載の糖ペプチドの質量分析法。
[3] 前記糖ペプチドが硫酸化糖鎖を有する糖ペプチドである[1]に記載の糖ペプチドの質量分析法。
[4] 前記硫酸化糖鎖を有する糖ペプチドが下記式(4)で表される糖ペプチドである[3]に記載の糖ペプチドの質量分析法。
[5] 下記式(4)で表される糖ペプチド、又は、下記式(4)で表される糖ペプチド構造を含む前立腺特異抗原(PSA)の糖タンパク質。
【化2】
【発明の効果】
【0016】
本発明の方法により糖ペプチドを標識することで、従来、困難であった以下のことが可能となる。
1.生体試料からの糖ペプチドの検出。
2.糖鎖を有するタンパク質の同定。
3.糖ペプチドの糖鎖構造の同定。
そして、これらはいずれも疾患関連マーカーの探索に新たな手法を提供するものである。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】糖ペプチドのアミノ基の標識方法の概略を示す図である。
図2】実施例1、比較例1において行った標識する前の糖ペプチドとAc標識、Bz標識した糖ペプチドのMALDI TOF−MSのスペクトルを示す図である。
図3】実施例3において行ったIle−Arg−Asn(HexHexNAc)−Lys−Serの糖ペプチドにN末端アミノ基、又はN末端及び側鎖のアミノ基にBz標識した糖ペプチドのMALDI TOF−MSのスペクトルを示す図である。
図4】実施例3において行ったLys−Val−Ala−Asn(HexHexNAc)−Lys−Thrの糖ペプチドにN末端アミノ基、又はN末端及び側鎖のアミノ基にBz標識した糖ペプチドのMALDI TOF−MSのスペクトルを示す図である。
図5】実施例4において行ったウシリボヌクレアーゼB由来糖ペプチドのBz標識化の効果を示すMALDI TOF−MSのスペクトルの図である。
図6】実施例4において行ったヒト免疫グロブリン由来糖ペプチドのBz標識化の効果を示すMALDI TOF−MSのスペクトルの図である。
図7】実施例5において行ったウシサイログロブリン糖タンパク質のBz標識された糖ペプチドの構造と分子量を示す図である。
図8】実施例5において行ったウシサイログロブリン糖タンパク質の硫酸化糖ペプチドの測定までのプロトコールを示す図である。
図9】実施例5、比較例2において行ったウシサイログロブリン糖タンパク質の硫酸化糖ペプチドの非標識、N端標識化合物のnegative modeのMALDI TOF−MSのスペクトルを示す図である。
図10】実施例6において行ったヒト黄体形成ホルモン(LH)糖タンパク質のBz標識された糖ペプチドの構造と分子量を示す図である。
図11】実施例6において行ったヒト黄体形成ホルモン(LH)糖タンパク質の硫酸化糖ペプチドの測定までのプロトコールを示す図である。
図12】実施例6において行ったヒト黄体形成ホルモン(LH)糖タンパク質の硫酸化糖ペプチドのN端標識化合物のnegative modeのMALDI TOF−MSのスペクトルを示す図である。
図13】実施例7において行ったヒト前立腺特異抗原(PSA)糖タンパク質のBz標識された糖ペプチドの構造と分子量を示す図である。
図14】実施例7において行ったヒト前立腺特異抗原(PSA)糖タンパク質の硫酸化糖ペプチドの測定までのプロトコールを示す図である。
図15】実施例7において行ったヒト前立腺特異抗原(PSA)糖タンパク質の硫酸化糖ペプチドのN端標識化合物のMALDI TOF−MSのスペクトルを示す図である。
図16】実施例7において行ったヒト前立腺特異抗原(PSA)糖タンパク質の硫酸化糖ペプチドのN端標識化合物のMALDI TOF−MSのスペクトルの拡大を示す図である。
図17】ヒト前立腺特異抗原(PSA)糖タンパク質の硫酸化糖ペプチドのフラグメントパターンを示す図である。
図18】実施例8において行ったヒト前立腺特異抗原(PSA)糖タンパク質の硫酸化糖ペプチドのpositive modeのMALDI TOF−MS/MSスペクトルを示す図である。
図19】実施例8において行ったヒト前立腺特異抗原(PSA)糖タンパク質の硫酸化糖ペプチドのnegative modeのMALDI TOF−MS/MSスペクトルとMSスペクトルを示す図である。
図20】実施例8において行ったヒト前立腺特異抗原(PSA)糖タンパク質の硫酸化糖ペプチドのnegative modeのMALDI TOF−MS/MSスペクトルとMSスペクトルを示す図である。
図21】実施例9において行った酸性糖鎖を有する糖ペプチドの標識前とBz標識した糖ペプチドのMALDI TOF−MSのスペクトルを示す図である。
図22】実施例10において行ったシアル酸を有する酸性糖ペプチドのnegative modeのMALDI TOF−MS/MSスペクトルとMSスペクトルを示す図である。
図23】安定同位体標識を用いた糖ペプチドの定量法の概略を示す図である。
図24】実施例12において行ったヒトIgG1kappaのh−Bz標識体とd−Bz標識体、並びにその1:1の混合物のMSスペクトルを示す図である。
図25】実施例12において行ったヒトIgG1kappaのh−Bz標識体とd−Bz標識体、並びにその1:1の混合物のMSスペクトルの拡大図である。
図26】実施例12において行ったヒトIgG1lambdaのh−Bz標識体とd−Bz標識体、並びにその1:1の混合物のMSスペクトルを示す図である。
図27】実施例12において行ったヒトIgG1lambdaのh−Bz標識体とd−Bz標識体、並びにその1:1の混合物のMSスペクトルの拡大図である。
図28】実施例12において行ったヒトIgG1kappaのh−Bz標識体とIgG1lambdaのd−Bz標識体、並びにその1:1の混合物のMSスペクトルを示す図である。
図29】実施例12において行ったヒトIgG1kappaのh−Bz標識体とIgG1lambdaのd−Bz標識体、並びにその1:1の混合物のMSスペクトルの拡大図である。
図30】実施例12において行ったヒトIgG2kappaのh−Bz標識体とd−Bz標識体、並びにその1:1の混合物のMSスペクトルを示す図である。
図31】実施例12において行ったヒトIgG2kappaのh−Bz標識体とd−Bz標識体、並びにその1:1の混合物のMSスペクトルの拡大図である。
図32】実施例12において行ったヒトIgG2lambdaのh−Bz標識体とd−Bz標識体、並びにその1:1の混合物のMSスペクトルを示す図である。
図33】実施例12において行ったヒトIgG2lambdaのh−Bz標識体とd−Bz標識体、並びにその1:1の混合物のMSスペクトルの拡大図である。
図34】実施例12において行ったヒトIgG2kappaのh−Bz標識体とIgG2lambdaのd−Bz標識体、並びにその1:1の混合物のMSスペクトルを示す図である。
図35】実施例12において行ったヒトIgG2kappaのh−Bz標識体とIgG2lambdaのd−Bz標識体、並びにその1:1の混合物のMSスペクトルの拡大図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
(1) 質量分析法
「質量分析法」とは、マトリクス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)法、レーザー脱離(LD)法、高速電子衝撃(FAB)法、エレクトロスプレーイオン化(ESI)法、大気圧化学(APCI)法などのイオン化方法によって分子を含む試料をイオン化し、次いで、飛行時間法(タイムオブフライト法、TOF法)、二重収束法、四重極集束法等を用いて、イオン化した分子を質量/電荷比(m/z)に従って分離し検出する方法である。
本発明においてイオン化法は限定されないが、好ましくは、MALDI法である。
【0019】
糖、糖鎖、タンパク質、糖など修飾を含むタンパク質、核酸、糖脂質などの分子は、分子量及び組成が同一の構造異性体が存在するので、芳香環による標識化後、プリカーサーイオンの生成を高めて、MS(n=1)解析を行い、異性体に特異的なイオンを生成して構造情報を得ることができる。糖ペプチドに標識した分子をMS(n>2)解析する場合、糖鎖構造を含むフラグメントイオンを選択する事によって、糖鎖構造情報を得る事が出来、またペプチドを含むフラグメント分子を選択する事によって、ペプチド配列情報及び糖鎖結合位置を決定することができる。
本発明の質量分析法は、以上に記載されたMS(n>1)解析を含む。
【0020】
MS(n>1)解析で得られたスペクトルは、糖、糖鎖、タンパク質、糖など修飾を含むタンパク質、核酸、糖脂質などの分子の構造を特定する上で有用である。また、当該スペクトルから得られる糖鎖部分の構造情報及び当該糖鎖部分の分子内結合位置のような情報は、当該分子の機能解明あるいは当該分子が関与する病態の解明に有用な情報を得る方法を提供する。したがって、本発明の質量分析法によって得られるスペクトルから得られる情報を集積したデータ集積体は、集積された情報の照会を行うコンピュータシステムおよび本発明の質量分析法と組み合わせることによって、広範な構造未知の分子の構造の特定、機能の解明および当該分子か関与する病態の解明に有用な情報を提供することができる。
【0021】
(2) 電荷的に中性な芳香環もしくは複素環の単環を持ち、且つアミノ基と反応する官能基を持つ標識化合物
本発明で用いる標識化合物は、中性の水溶液又は有機溶媒、もしくはその水溶液と有機溶媒の混合液中で塩素、臭素、ヨウ素、ナトリウム、カリウム、カルシウム等のイオンと結合していない状態で正電荷を帯びている第4級リン、第1級、第2級、第3級、第4級アミン等や負電荷を帯びているカルボン酸、硫酸等の官能基は含まない、もしくは電荷的に中性になる様に正電荷と負電荷の官能基がイオンペアになっている化合物であり、疎水性を示す芳香環を構成する原子に関しては、炭素原子のみ、或いは、炭素原子と炭素原子以外の原子、例えば窒素原子、硫黄原子等を上げる事ができ、炭素原子のみ(炭素環)で又は炭素とそれ以外の原子(複素環)とで、当該環を形成している芳香環もしくは複素環の単環を持つ化合物であり、また、アミノ基を標識する反応性官能基として上記の中性である官能基以外としてカルバメート誘導体、カルボン酸無水物、カルボン酸等を含んでいる化合物である。この反応性官能基は、ペプチド鎖のN末端のアミノ基以外にLys,His,Trp等の側鎖のアミノ基と反応する。従来、糖ペプチドC末端の標識には、疎水性が高いナフチル基、ピレン基などが好まれるが、糖ペプチドN末端に関しては本発明により単環化合物であるベンゾイル基の方が親イオンを多く生成し十分な感度を得る事が見出された。具体的には、無水安息香酸(benzoic anhydride)、安息香酸(benzoic acid)、3,4,5−トリメトキシ安息香酸無水物(3,4,5−trimethoxybenzoic anhydride)、4−トリフルオロメチル安息香酸無水物(4−trifluoromethylbenzoic anhydride)、3,5−ビストリフルオロメチル安息香酸(3,5−Bis(trifluoromethyl)benzoic acid)、2−メトキシ安息香酸(2−methoxybenzoic acid)、3−メトキシ安息香酸(3−methoxybenzoic acid)、4−メトキシ安息香酸(4−methoxybenzoic acid)、2,4−ジメトキシ安息香酸(2,4−dimethoxybenzoic acid)、2,5−ジメトキシ安息香酸(2,5−dimethoxybenzoic acid)、2,6−ジメトキシ安息香酸(2,6−dimethoxybenzoic acid)、3,4−ジメトキシ安息香酸(3,4−dimethoxybenzoic acid)、3,5−ジメトキシ安息香酸(3,5−dimethoxybenzoic acid)、4−メトキシ−3,5−ジメチル安息香酸(4−methoxy−3,5−dithylbenzoic acid)、3−メトキシ−2−メチル安息香酸(3−methoxy−2−methylbenzoic acid)、3−メトキシ−4−メチル安息香酸(3−methoxy−4−methylbenzoic acid)、2,3,4−トリメトキシ安息香酸(2,3,4−trimethoxybenzoic acid)、2,3,6−トリメトキシ安息香酸(2,3,6−trimethoxybenzoic acid)、2,4,5−トリメトキシ安息香酸(2,4,5−trimethoxybenzoic acid)、2,4,6−トリメトキシ安息香酸(2,4,6−trimethoxybenzoic acid)、3,4,5−トリメトキシ安息香酸(3,4,5−trimethoxybenzoic acid)、4−メチル安息香酸(4−methylbenzoic acid)、2−メチル安息香酸(2−methylbenzoic acid)、3−メチル安息香酸(3−methylbenzoic acid)、2−トリフルオロメチル安息香酸(2−(trifluoromethyl)benzoic acid)、3−トリフルオロメチル安息香酸(3−(trifluoromethyl)benzoic acid)、4−トリフルオロメチル安息香酸(4−(trifluoromethyl)benzoic acid)、フタル酸ベンジルアミド(phthalic acid benzylamide)、2,3−ピリジンジカルボン酸無水物(2,3−pyridinedicarboxylic anhydride)、2,3−ピリジンジカルボン酸(2,3−pyridinedicarboxylic acid)、2,4−ピリジンジカルボン酸(2,4−pyridinedicarboxylic acid)、2,5−ピリジンジカルボン酸(2,5−pyridinedicarboxylic acid)、2,6−ピリジンジカルボン酸 (2,6−pyridinedicarboxylic acid)、3,4−ピリジンジカルボン酸(3,4−pyridinedicarboxylic acid)、3,5−ピリジンジカルボン酸(3,5−pyridinedicarboxylic acid)などが挙げられる。
【0022】
(3) 糖ペプチド
糖ペプチドとは、ペプチドに糖鎖が結合している物である。本発明では、糖アミノ酸も糖ペプチドに含まれるものとする。通常、糖ペプチドの糖鎖には、N結合型糖鎖とO結合型糖鎖があり、前者はアスパラギン(Asn)の側鎖に結合した糖鎖であり、後者はセリン、スレオニンの側鎖に結合した糖鎖であるがその他の結合様式も存在する。生物に通常、存在している糖鎖の組成には、グルコース(Glc)、マンノース(Man)、ガラクトース(Gal)と言われるヘキソース(Hex)とN−アセチルグルコサミン(GlcNAc)、N−アセチルガラクトサミン(GalNAc)と言われるN−アセチルヘキソサミン(HexNAc)、フコース(Fuc)と言われるデオキシヘキソース(dHex)があり、これらの糖は中性を示し、これらだけで構成された糖鎖は中性糖鎖と呼ばれる。また、N−アセチルノイラミン酸(NeuAc)、N−グリコリルノイラミン酸(NeuGc)と言われるシアル酸やグルクロン酸(GlcA)、イズロン酸(Ido)等と言ったカルボン酸を有する糖も存在し、これらは酸性を示し、これを含む糖鎖は酸性糖鎖と呼ばれる。さらに、生体中の糖には、糖の水酸基にアセチル基、メチル基、リン酸基、硫酸基等が修飾されて存在している物もあり、この中でリン酸基、硫酸基で修飾された糖は酸性を示し、これを含む糖鎖も酸性糖鎖と呼ばれる。
【0023】
(4) 式(4)で表される糖ペプチド、及び式(4)で表される糖ペプチド構造を含む前立腺特異抗原(PSA)の糖タンパク質
式(4)で表される糖ペプチド構造は、本発明において初めて同定されたPSAの新規糖鎖構造である。これにより、このPSA上の硫酸化糖ペプチドを質量分析計及びELISA測定等の標準物質としてバイオマーカーの指標にする事ができる。また、この糖ペプチド構造もしくは、これを含むPSA糖タンパク質を抗原として抗体を作成する事により、生体試料中に存在する式(4)で表される糖ペプチド構造を含む前立腺特異抗原(PSA)の糖タンパク質を検出して、定量が行えるので、疾患等の臨床診断に役立つ。
【化3】
【実施例】
【0024】
以下に本発明の実施例を挙けるが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
<実施例1>
糖ペプチドのペプチド鎖のN末端アミノ基のベンゾイル(Bz)化
最初に、卵黄由来糖ペプチド(Lys−Val−Ala−Asn(HexHexNAcNeu5Ac)−Lys−Thr)のリジン(Lys)の側鎖アミノ基をBeardsley R.L.らの手法(非特許文献8)によって、グアニジド化し、その後、酸加水分解によって、脱シアリル化を行い、ペプチドのN末端に1個アミノ基を有する糖ペプチド(H−Homoarg−Val−Ala−Asn(HexHexNAc)−Homoarg−Thr−OH)を調製した。この糖ペプチドを用いて、標識による効果を調べた。
【0025】
まず、H−Homoarg−Val−Ala−Asn(HexHexNAc)−Homoarg−Thr−OH(100pmol)に対して、無水安息香酸(BzO)を用いて糖ペプチドのN末端のアミノ基の標識化を行い、質量分析計で測定した。図2で示されるようにBz基による標識ではpositive mode,negative mode共に標識前の試料より検出感度が非常に向上している。
【0026】
<比較例1>
糖ペプチドのペプチド鎖のN末端アミノ基のアセチル(Ac)化
同様に、H−Homoarg−Val−Ala−Asn(HexHexNAc)−Homoarg−Thr−OHに対して、無水酢酸(AcO)を用いて糖ペプチドのN末端のアミノ基の標識化を行い、質量分析計で測定した。図2で示されるようにAc基による標識ではpositive mode,negative mode共に標識前と比べて感度(ピーク強度、SN比)が悪くなっている。
【0027】
<実施例2>
糖ペプチドのペプチド鎖のN末端アミノ基への標識試薬の比較
次に、電荷的に中性かつ芳香環又は複素環を持つ表1の(2)、(5)、(8)のカルボン酸無水物、カルボン酸を用いてH−Homoarg−Val−Ala−Asn(HexHexNAc)−Homoarg−Thr−OHのN末端のアミノ基に標識し、試料を混合して質量分析計で測定する事により、ピーク強度比を計算し、それぞれのイオン感度を評価した。
【0028】
<参考例>
表1の(3)、(4)、(6)、(7)は、芳香環又は複素環の単環を持つ標識化合物ではないが、参考例として行い、評価している。
芳香環が1、2、4個あるベンゾイル(1)、ナフトイル(3)、ピレノイル(4)基を比較した結果、芳香環が1個のベンゾイルが一番、感度が良かった。また、芳香環が1つでもメトキシが結合している物(2)は、感度が悪かった。しかしながら、カルボン酸と3級アミンが混在して電荷的に中性な化合物(5)は、感度が良かった。また、2つの芳香環又は複素環を持つ(3)、(7)と(8)を比較した結果、ほぼ同程度の感度である事が分かった。
【表1】
<表1> 糖ペプチドのペプチド鎖のN末端のアミノ基に標識した化合物のイオン検出感度(標識なしの糖ペプチドを1とした)
【0029】
<実施例3>
H−Ile−Arg−Asn(HexHexNAc)−Lys−Ser−OH、H−Lys−Val−Ala−Asn(HexHexNAc)−Lys−Thr−OHのN末端アミノ基のみ標識した場合と、リシン側鎖アミノ基をも標識した場合の比較
H−Ile−Arg−Asn(HexHexNAc)−Lys−Ser−OH、H−Lys−Val−Ala−Asn(HexHexNAc)−Lys−Thr−OHを用いてペプチドのN末端に1個だけ標識した糖ペプチドBz−Ile−Arg−Asn(HexHexNAc)−Homoarg−Ser−OH、Bz−Homoarg−Val−Ala−Asn(HexHexNAc)−Homoarg−Thr−OHとLysの側鎖のアミノ基と合わせて2箇所に標識されたBz−Ile−Arg−Asn(HexHexNAc)−Lys(Bz)−Ser−OH、3箇所に標識化されたBz−Lys(Bz)−Val−Ala−Asn(HexHexNAc)−Lys(Bz)−Thr−OHを作成し、それぞれ等量混ぜて質量分析計で測定し、positive mode,negative modeの両方で標識化の個数によるイオン化の比較を行った。
【0030】
この結果、負電荷ではBz標識はN末端のアミノ基だけでなく、側鎖のアミノ基にも標識されている方がイオン感度は向上している事が示された。正電荷では、プロトン付加イオンとして検出される場合は、イオン化の促進があるが、ナトリウム付加イオンとして検出される場合はイオン化の促進は起こらなかった。
【0031】
<実施例4>
ウシリボヌクレアーゼB由来糖ペプチド、ヒト免疫グロブリン由来糖ペプチドのN末端アミノ基のベンゾイル化
同じペプチド鎖に複数の異性体の糖鎖が結合しているウシリボヌクレアーゼB由来糖ペプチド、ヒト免疫グロブリン由来糖ペプチドを用いて同様にペプチド鎖のN末端のアミノ基にBz標識を行い、標識前の糖ペプチドと等量混ぜて質量分析計で測定し、positive mode,negative modeの両方で標識化によるイオン検出の比較を行った。
【0032】
この結果、糖ペプチドのペプチド鎖のN末端のアミノ基へのBz標識は、糖鎖の種類によらず、イオン感度を向上させる事が出来、また、ペプチド鎖の組成が異なる糖ペプチドにおいてもイオン化が向上する事が分かった。
【0033】
<実施例5>
ウシサイログロブリン糖ペプチドPhe−Asn(HexHexNAcdHexSO)のN末端アミノ基のベンゾイル化
ウシサイログロブリン(500μg)を100mM炭酸水素アンモニウム水溶液(50μL)に溶かし、1.0%(w/v)RapiGest水溶液(5μL)、200mMジチオトレイトール水溶液(5μL)を加え、56℃で30分間加熱し、500mMヨードアセトアミド水溶液(5μL)を加え、室温で遮光条件下30分間静置する。この溶液にTPCK処理トリプシン(10mg/ml,2μL)を加え、37℃で2時間反応させる。反応溶液を85℃30分間、加熱する事により酵素を失活させ、G−25カラム(0.8×6cm,3mL)で過剰な試薬を除去し、濃縮する。次に、100mM炭酸水素アンモニウム水溶液(50μL)を加え、サーモリシン(1000U/μL,4μL)を加え、56℃で10時間反応させる。反応溶液を減圧濃縮し、100mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5)(50μL)に溶かし、シアリダーゼ(10U/mL,2μL)を加え、37℃で2時間反応させる。反応溶液を85℃15分間、加熱する事により酵素を失活させ、G−25カラム(0.8×6cm,3mL)で脱塩し、濃縮する。この試料に水(20μL)、DEAE−Sepharose(wet100μL)、エタノール(100μL)、n−ブタノール(400μL)の順番で加え、室温で1時間、撹拌する。その後、溶液をエンプティカラムに移してn−ブタノール:エタノール:水=4:1:1(v/v/v)(2mL)、エタノール:水=1:1(v/v)(2mL)で洗浄し、200mM炭酸水素アンモニウム水溶液(2mL)で硫酸化糖ペプチド画分を回収し、減圧濃縮した。これにDMF(5μL)を加え、60℃5分間、加熱し、200mM無水安息香酸−メタノール溶液(100μL)を加え、超音波洗浄機を用いて15分間室温で超音波しながら反応を行い、試薬を不活性化させ、エステル化反応を止める為、1M水酸化ナトリウム水溶液(5μL)、7Mアンモニウム水溶液(10μL)を加え、減圧濃縮を行った。この反応物を水(1mL)に溶かし、C18 Spinカラム(10mg)にロードし、水(2mL)で十分洗浄した後に、50%アセトニトリル水溶液(650μL)、80%アセトニトリル水溶液(650μL)で回収し、減圧濃縮を行った。
【0034】
この試料を水に溶かし、約1μMにしてMALDIターゲットプレート上に0.5μL添加し、2,5−ジヒドロキシ安息香酸(DHBA)溶液(10mg/ml of 50%アセトニトリル水溶液)(1μL)と混合し、乾固させた。島津製作所製MALDI−QIT−TOF MS装置(AXIMA−Resonance)を用いてnegative modeでMS測定を行った。
【0035】
MS測定では、Bz−Phe−Asn(HexHexNAcdHexSO)のm/z(質量/電荷比)=2230.8の[M−H]イオンが検出できた。 さらに、その糖鎖構造の異なるBz−Phe−Asn(HexHexNAcdHexSO)、Bz−Phe−Asn(HexHexNAcdHexSO)、Bz−Phe−Asn(HexHexNAcdHexSO)のm/z=2598.8、2758.0、2961.0の[M−H]イオンも検出できた (図7) 。
【0036】
<比較例2>
DEAE−Sepharoseで分画した硫酸糖ペプチドを標識せずに質量分析計を用いて測定したが、硫酸化糖ペプチドは観測されなかった(図9)。
【0037】
<実施例6>
ヒト黄体形成ホルモン(LH)糖ペプチドVal−Glu−Asn(HexHexNAcSO)−His−ThrのN末端アミノ基のベンゾイル化
ヒト黄体形成ホルモン(LH)(15μg)を100mM炭酸水素アンモニウム水溶液(30μL)に溶かし、1.0%(w/v)RapiGest水溶液(3μL)、200mMジチオトレイトール水溶液(3μL)を加え、56℃で30分間加熱し、500mMヨードアセトアミド水溶液 (3μL)を加え、室温で遮光条件下30分間静置する。この溶液にTPCK処理トリプシン(10mg/ml,1μL)を加え、37℃で2時間反応させる。反応溶液を85℃30分間、加熱する事により酵素を失活させ、減圧濃縮する。次に、100mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5)(50μL)に溶かし、シアリダーゼ(10U/mL,2μL)を加え、37℃で2時間反応させる。反応溶液を85℃15分間、加熱する事により酵素を失活させ、G−25スピンカラム(600μL)で脱塩し、減圧濃縮する。次に、100mM炭酸水素アンモニウム水溶液(50μL)を加え、サーモリシン(1000U/μL,4μL)を加え、56℃で10時間反応させ、0.8%トリフルオロ酢酸水溶液(50μL)を加え、反応を停止させ、減圧濃縮した。これにDMF(5μL)を加え、60℃5分間、加熱し、200mM無水安息香酸−メタノール溶液(100μL)を加え、超音波洗浄機を用いて15分間室温で超音波しながら反応を行い、1M水酸化ナトリウム水溶液(5 μL)、7Mアンモニウム水溶液(10μL)を加え、減圧濃縮を行った。この試料を水(1000μL)に溶かし、活性炭カラム(50mg)にロードし、水(2mL)、0.1%トリフルオロ酢酸水溶液(2mL)、水(2mL)の順番で十分洗浄した後に、50%アセトニトリル水溶液(650μL)、80%アセトニトリル水溶液(650μL)で溶出し、減圧濃縮を行った。この試料に水(20μL)、DEAE−Sepharose(wet100μL)、エタノール(100μL)、n−ブタノール(400μL)の順番で加え、室温で1時間、撹拌する。その後、溶液をエンプティカラムに移してn−ブタノール:エタノール:水=4:1:1(v/v/v)(2mL)、エタノール:水=1:1(v/v)(2mL)で洗浄し、200mM炭酸水素アンモニウム水溶液(2mL)で硫酸化糖ペプチド画分を回収し、減圧濃縮した。
【0038】
この試料を水(20μL)に溶かし、MALDIターゲットプレート上に0.5μL添加し、DHBA溶液(10mg/ml of 50%アセトニトリル水溶液)(1μL)と混合し、乾固させた。島津製作所製MALDI−QIT−TOF MS装置(AXIMA−Resonance)を用いてnegative modeでMS測定を行った。
MS測定では、Bz−Val−Glu−Asn(HexHexNAcSO)−His−Thrのm/z=2444.8の[M−H]イオンが検出できた。
【0039】
<実施例7>
ヒト前立腺特異抗原(PSA)糖ペプチドのN末端アミノ基のベンゾイル化
ヒト前立腺特異抗原(PSA)(1.3μg)を100mM炭酸水素アンモニウム水溶液(30μL)に溶かし、1.0%(w/v)RapiGest水溶液(3μL)を加え、56℃で30分間加熱する。この溶液にサーモリシン(1000U/μL,1μL)を加え、56℃で10時間反応させた。次に、14Mアンモニウム水溶液(22μL)を加え、O−メチルイソウレア塩酸塩水溶液(1mg/μL,12μL)を加え、65℃で30分間反応した。この反応液に10%トリフルオロ酢酸水溶液(120μL)を加え、減圧濃縮した。そして、0.8%トリフルオロ酢酸水溶液(100μL)を加え、90℃で30分間加熱する事により、脱シアリル化を行い、減圧濃縮した。これにDMF(5μL)を加え、60℃5分間、加熱し、200mM無水安息香酸−メタノール溶液(100μL)を加え、超音波洗浄機を用いて15分間室温で超音波しながら反応を行い、1M水酸化ナトリウム水溶液(5μL)、7Mアンモニウム水溶液(10μL)を加え、減圧濃縮を行った。この試料を水(1000μL)に溶かし、活性炭カラム(50mg)にロードし、水(2mL)、0.1%トリフルオロ酢酸水溶液(2mL)、水(2mL)の順番で十分洗浄した後に、50%アセトニトリル水溶液(650μL)、80%アセトニトリル水溶液(650μL)で溶出し、減圧濃縮を行った。この試料に水(20μL)、Sepharose(wet50μL)、エタノール(100μL)、n−ブタノール(400μL)の順番で加え、室温で1時間、撹拌する。その後、溶液をエンプティカラムに移してn−ブタノール:エタノール:水=4:1:1(v/v/v)(2mL)で洗浄し、エタノール:水=1:1(v/v)(2mL)で糖ペプチド画分を回収し、減圧濃縮した。
【0040】
この試料を水(10μL)に溶かし、MALDIターゲットプレート上に0.5μLを添加し、DHBA溶液(10mg/ml of 50%アセトニトリル水溶液)(1μL)と混合し、乾固させた。島津製作所製MALDI−QIT−TOF MS装置(AXIMA−Resonance)を用いてpositive,negative modeでMS測定を行った。
MS測定では、Bz−Ile−Arg−Asn(HexHexNAcdHexSO)−Lys−Serのm/z=2651.1の[M−H]イオンとm/z=2652.8の[M+H]イオンが検出できた。
【0041】
<実施例8>
ヒト前立腺特異抗原(PSA)糖ペプチドBz−Ile−Arg−Asn(HexHexNAcdHexSO)−Lys−SerのMS解析
島津製作所製MALDI−QIT−TOF MS装置(AXIMA−Resonance)を用いてpositive,negative modeでMS測定を行った。
【0042】
上記で得られたm/z=2652.8の[M+H]イオンをプリカーサーイオンとしてMS/MS(すなわちMS)測定を行った。 衝突誘起解離エネルギー(Collision−Induced Dissociation(CID))=100で測定すると、親イオン(プリカーサーイオン)から硫酸基が解離したイオンであるm/z=2572.8と糖の還元末端側のY切断を含むペプチド部分のイオンであるm/z=1112.4並びに糖の還元末端側の0,2切断を含むペプチド部分のイオンであるm/z=846.3が顕著に観測された。
【0043】
次に、上記で得られたm/z=2651.1の[M−H]イオンをプリカーサーイオンとしてMS測定並びにMS測定、MS測定を行った。CID=100で測定すると、糖の還元末端側の0,2切断を含むペプチド部分のイオンであるm/z=844.3と硫酸基を持つ糖鎖部分を示す0,2イオンであるm/z=1805.4が観測された。次に、m/z=1805.4のイオンを選択イオンとしてCID=150でMS測定を行った。すると、硫酸基を持つ糖鎖部分である2,4イオンであるm/z=1599.4と非還元末端側の硫酸基を持つBイオン(HexNAc+SO)であるm/z=485.3が観測された。これによって、HexHexNAcdHexSOの糖鎖構造中の非還元末端側のLacdiNAc(GalNAcβ1−4GlcNAc)に硫酸基が結合している事が示された。さらに、m/z=485.3のイオンを選択イオンとしてCID=300でMS測定を行った。この測定から硫酸基を持つ3,5イオンであるm/z=356.0とBイオン(GalNAc+SO)であるm/z=281.9と3,5イオンであるm/z=152.9が検出された事によって、このLacdiNAcが1−4結合しているGalNAcβ1−4GlcNAcである事、非還元末端側のGalNAcの4位もしくは6位に硫酸基が結合している事が示され、これはKhooらによって報告されたメチル化した硫酸化糖鎖と同様のフラグメントパターンを示していた。(非特許文献9)
【0044】
本発明により十分なイオンが検出され、PSA上にこの硫酸化糖鎖が結合していることを初めて見出し、MS測定を行うことが可能になったので、硫酸基を持つ糖鎖構造を示すフラグメントイオンが観測され、その結合位置情報も入手できる事が示された。
【0045】
<実施例9>
酸性糖鎖を持つシアロ糖ペプチドのペプチド鎖の無水安息香酸によるN末端標識
卵黄由来糖ペプチド(Lys−Val−Ala−Asn(HexHexNAcNeu5Ac)−Lys−Thr)のリジン(Lys)の側鎖アミノ基をBeardsley R. L.らの手法(非特許文献8)を改良した(反応停止を氷零下で酢酸を用いて行う)グアニジド化を行い、シアル酸の脱離を起こさずにペプチドのN末端に1個アミノ基を有する糖ペプチド(H−Homoarg−Val−Ala−Asn(HexHexNAcNeu5Ac)−Homoarg−Thr−OH)を調製した。この糖ペプチドに無水安息香酸(BzO)を用いて糖ペプチドのN末端のアミノ基のBz標識化を行い、質量分析計で測定した。図20で示されるように、酸性糖鎖を持つ糖ペプチドにおいてもBz標識を行う事によってpositive mode,negative mode共に検出感度(ピーク強度、SN比)が向上している。
【0046】
<実施例10>
卵黄由来糖ペプチドBz−Homoarg−Val−Ala−Asn(HexHexNAcNeu5Ac)−Homoarg−ThrのMS解析
島津製作所製MALDI−QIT−TOF MS装置(AXIMA−Resonance)を用いてnegative modeでMS測定を行った。
【0047】
上記で得られたm/z=3050.8の[M−H]イオンをプリカーサーイオンとしてMS/MS(すなわちMS)測定を行った。 衝突誘起解離エネルギー(Collision−Induced Dissociation(CID))=120で測定すると、親イオン(プリカーサーイオン)からシアル酸が1個、2個解離したイオンであるm/z=2759.8、2468.7と糖の還元末端側の0,2切断を含むペプチド部分のイオンであるm/z=929.4とシアル酸1個が脱離した糖鎖部分を示す0,2イオンであるm/z=1829.4が観測された。次に、m/z=1829.4のイオンを選択イオンとしてCID=150でMS測定を行った。すると、シアル酸1個を持つ糖鎖部分である2,4イオンであるm/z=1769.4と非還元末端側のシアル酸1個を持つB、Bイオンであるm/z=655.1、1709.4が観測された。
【0048】
<実施例11>
安定同位体標識された安息香酸−N−ヒドロキシスクシンイミドエステル(d−BzOSu)の合成
重水素で標識された安息香酸(127mg,1.00mmol)とN−ヒドロキシコハク酸イミド(230mg,2.00mmol)、トリエチルアミン(167μl,1.20mmol)をジメチルアミドホルム(1mL)に溶かし、ジシクロヘキシルカルボジイミド(206mg,1.20mmol)を加え、室温で180分間反応させた。反応溶液をフィルター濾過した後に、濾液を減圧濃縮する。この残渣にイソプロパノール(5mL)を加え、加熱しながら溶かした後に冷やす事によって、目的物となる下記式(5)で表される安息香酸−N−ヒドロキシスクシンイミドエステル(d−BzOSu,以下d−BzOSuと記す)(184mg,82%)を得た。(TLC)Rf0.42[トルエン−酢酸エチル(10:1)]
【0049】
合成した安息香酸−N−ヒドロキシスクシンイミドエステル(d−BzOSu)の分析値を以下に示す。
H−NMR(600MHz,CDCl):δ2.91(s,4H)
13C−NMR(125MHz,CDCl):δ25.63,124.88,128.31,130.13,134.38,161.82,169.24
【化4】
【0050】
<実施例12>
ヒトミエローマプラズマより産生されたヒトIgG1kappa,ヒトIgG1lambda,IgG2kappa,ヒトIgG2lambda(100μg)をそれぞれ100mM炭酸水素アンモニウム水溶液(200μL)に溶かし、1.0%(w/v)RapiGest水溶液(20μL)を加え、90℃で15分間加熱し、室温で30分間静置する。この溶液にシークエンスグレードのトリプシン(10μg)を加え、37℃で15時間反応させる。反応溶液を90℃30分間、加熱する事により酵素を失活させ、G−25カラム(0.8×6cm,3mL)で脱塩し、濃縮する。これに水(20μL)とピリジン(10μL)を加え、200mM安息香酸−N−ヒドロキシスクシンイミドエステル(d−BzOSu,h−BzOSu)、ジメチルホルムアミド溶液もしくは200mM重水素標識安息香酸−N−ヒドロキシスクシンイミドエステル(d−BzOSu)、ジメチルホルムアミド溶液(20μL)を加え、57℃で12時間反応を行い、0.5M水酸化ナトリウム水溶液(60μL)を加え、室温にて30分間撹拌した。その後、水(200μL)を加え、EtOAc(400μL)にて3回洗浄した後に減圧濃縮を行った。この反応物をG−25カラム(0.8×6cm,3mL)で脱塩し、C18 Spinカラム(10mg)にロードし、水(2mL)で十分洗浄した後に、25%アセトニトリル水溶液(650μL)、50%アセトニトリル水溶液 (650μL)で回収し、減圧濃縮を行った。この試料に水(20μL)、Sepharose4B(wet50μL)、エタノール(100μL)、n−ブタノール(400μL)の順番で加え、室温で1時間、撹拌する。その後、溶液をエンプティカラムに移してn−ブタノール:エタノール:水=8:2:1(v/v/v)(2mL)で洗浄し、エタノール:水=1:2(v/v)(2mL)で糖ペプチドを回収し、減圧濃縮した。
【0051】
この試料をそれぞれ水(20μL)に溶かし、そのままの標識体とh−BzOSuとd−BzOSuで標識した物の1:1の混合物、並びにIgG1kappaのh−Bz標識体とヒトIgG1lambdaのd−Bz標識体の1:1の混合物、IgG2kappaのh−Bz標識体とヒトIgG2lambdaのd−Bz標識体の1:1の混合物をMALDIターゲットプレート上に0.5μL添加し、DHBA溶液(10mg/ml of 50%アセトニトリル水溶液)(1μL)と混合し、乾固させた。島津製作所製MALDI−QIT−TOF MS装置(AXIMA−Resonance)を用いてpositive modeでMS測定を行った。
【0052】
MS測定では、IgG1kappaからは図24図25で示されるように、Bz−Glu−Glu−Gln−Tyr−Asn−Ser−Thr−Tyr−ArgにHexHexNAcdHex,HexHexNAcdHex,HexHexNAcdHex,HexHexNAcdHexの4種類の糖鎖が結合したm/z=hBz体2737.7(dBz体2742.71)、hBz体2899.74(dBz体2904.86)、hBz体3061.72(dBz体3066.74)、hBz体3102.86(dBz体3107.74)が検出され、lambdaからは図26図27で示されるように、Bz−Glu−Glu−Gln−Tyr−Asn−Ser−Thr−Tyr−ArgにHexHexNAcdHex、HexHexNAcdHex、HexHexNAc、HexHexNAcdHex、HexHexNAcdHexの5種類の糖鎖が結合したm/z=hBz体2696.74(dBz体2701.66)、hBz体2737.7(dBz体2742.71)、hBz体2753.75(dBz体2758.74)、hBz体2899.74(dBz体2904.86)、hBz体3061.72(dBz体3066.74)が検出された。
【0053】
また、IgG2kappaからは図30図31で示されるように、Bz−Glu−Glu−Gln−Phe−Asn−Ser−Thr−Phe−ArgにHexHexNAc,HexHexNAcの2種類の糖鎖が結合したm/z=hBz体2559.63(dBz体2564.84)、hBz体2721.64(dBz体2726.72)が検出され、lambdaからは図32図33で示されるように、Bz−Glu−Glu−Gln−Phe−Asn−Ser−Thr−Phe−ArgにHexHexNAcdHex,HexHexNAc,HexHexNAcdHex,HexHexNAcdHex,HexHexNAc,HexHexNAcdHex,HexHexNAcdHex,HexHexNAcdHex,HexHexNAcdHexの9種類の糖鎖が結合したm/z=hBz体2502.54(dBz体2507.58)、hBz体2559.63(dBz体2564.84)、hBz体2664.71(dBz体2669.72)、hBz体2705.77(dBz体2710.72)hBz体2721.64(dBz体2726.72)、hBz体2867.77(dBz体2872.72)、hBz体2908.8(dBz体2913.8)、hBz体3029.71(dBz体3034.77)、hBz体3070.75(dBz体3075.86)が検出された。
【0054】
また、h−BzOSuとd−BzOSuで標識した物の1:1の混合物からのスペクトルからそれぞれの糖鎖毎に分子量差5.03Daの等量のイオンペアが検出されているので、この標識方法が軽水素標識の物と重水素標識の物とで定量的に反応している事が示された。さらに、IgG1kappaのh−Bz標識体とヒトIgG1lambdaのd−Bz標識体の1:1の混合物のスペクトルから図28図29で示されるように、およびIgG2kappaのh−Bz標識体とヒトIgG2lambdaのd−Bz標識体の1:1の混合物のスペクトルから図34図35で示されるように、同じ量のIgG中での糖鎖の割合が違うのを定量的に示す事が出来た。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明により初めて同定されたPSAの硫酸化糖ペプチド 式(4)は、質量分析計及びELISA測定等の標準物質としてバイオマーカーの指標にする事ができる。また、この糖ペプチド構造もしくは、これを含む前立腺特異抗原(PSA)を抗原として抗体を作成する事が出来る。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
図25
図26
図27
図28
図29
図30
図31
図32
図33
図34
図35