【実施例】
【0032】
[実施例1]
1)催芽開始後0時間のコメ胚部の調製
茨城県つくば市産のコシヒカリ(2010年産)を用いた。まず、種子を脱穀機と精米機に通して殻や糠を除去した後、胚部のみを回収した。回収したコメ胚部は全て凍結乾燥機にかけた後、乳棒と乳鉢で細かくすり潰した。その後、再度凍結乾燥機にかけ、乾燥後、−30℃にて密封保存した。なお、催芽開始後0時間とは、下記催芽手順を行う前の試料を意味する。
【0033】
2)催芽開始後48時間のコメ胚部の調製
上記のものと同様の種子を用いて、以下の催芽手順を行った。まず、種子約1000粒を50ml容量のチューブに入れ、水道水で5〜6回洗った。次に、洗った種子をシャーレに並べ、水深7mmとなるように脱塩水を加えた。その後、30℃のインキュベーター内で48時間静置して催芽を行った。48時間静置後、はと胸状態になった種子の胚部をピンセットでくり抜いて回収した。回収後、全て凍結乾燥機にて乾燥させ、乳棒と乳鉢で細かくすり潰した。その後、再度凍結乾燥機にかけ、乾燥後、−30℃にて密封保存した。
【0034】
3)ヒドラジン分解
試料10mgをねじ口式試験管に入れ、凍結乾燥機を用いて十分に乾燥させた。ねじ口式試験管に無水ヒドラジン1mlを加え、ふたを閉め密封した。100℃で10時間反応させることにより、N結合型糖鎖を切り出した。トルエン200μlを加え、ヒドラジンを減圧留去した。試験管内の液体が留去したことを確認した後、再びトルエンを200μl加え減圧留去した。この操作を5回繰り返した。
【0035】
4)N−アセチル化
ヒドラジンを減圧留去した残渣に飽和炭酸水素ナトリウム水溶液 (0.5gの炭酸水素ナトリウムに4mlの水を加え、よく混合し、この上清を使用した)1mlを加え、よく混合した。その後、迅速に無水酢酸40μlを加え、混合し、氷上で5分間放置した。飽和炭酸水素ナトリウム水溶液1mlと無水酢酸40μlを再度加え、混合し、氷上で25分間放置した。この反応によって生成したナトリウムイオンを除去するために、Dowex 50W−x8 (H
+型)約5gを用いて脱塩を行った。このとき、溶液のpHが3であることをpH試験紙にて確認した。試料をイオン交換樹脂と混合し、十分に反応させた後、カラムに詰め、樹脂体積の5倍量の水で洗浄した。回収した素通り画分と洗液を遠心濃縮し、グライコタッグ用サンプルバイアルに移し、凍結乾燥した。
【0036】
5)ピリジルアミノ化
上記凍結乾燥後の試料にピリジルアミノ化試薬(再結晶2−アミノピリジン552mgを酢酸200μlに溶解したもの)100μlを加えた。ふたをし、残渣が完全に溶けるまで混ぜ、ヒートブロックを用いて、90℃で1時間加熱した。反応後、用時調製した還元試薬(ボラン−ジメチルアミン250mgを酢酸100μlと水62.5μlに溶解したもの)350μlを加え、よく混ぜた。ふたをして80℃で35分間加熱した。水750μlを加え、2本のマイクロチュ−ブに移した。さらに、フェノール−クロロホルム(フェノールに水を混合し、下層のフェノール相に対して1:1になるようにクロロホルムを混合したもの)0.5mlを各マイクロチュ−ブに加え、撹拌し、150×100Gで5分間遠心した。遠心分離後、上層(水相)を回収して別のマイクロチューブ2本に移した。この操作をもう一度繰り返した。上層を回収して別のマイクロチュ−ブ2本に移し、クロロホルム0.5mlを各マイクロチュ−ブに加え、撹拌し、150×100Gで5分間遠心した後に、上層を別のマイクロチュ−ブ1本にまとめて回収した。液−液分配により抽出・精製した試料の入ったマイクロチューブを凍結乾燥した。凍結乾燥した試料は、未反応の過剰2−アミノピリジンを除去するために、100μlの純水に溶解させた後、TOYOPEARL(HW-40S)カラム(1.0 x 10 cm)を用いてゲルろ過を行った。
【0037】
6)サイズ分画HPLC分析
サイズ分画HPLC分析には、島津製作所のProminence(登録商標)システムを使用した。カラムは、ナカライテスク社のCOSMOSIL(登録商標) Packed Column 5NH
2−MS(4.6 ID×150 mm)を使用した。サイズマーカーとして、重合度が3〜22グルコース程度のピリジルアミノ化グルコースオリゴマー(タカラバイオ社製)を使用した。溶離液Aは、93%アセトニトリル−0.3%酢酸(v/v)水溶液をアンモニア水でpH7.0にしたもので、溶離液Bは、20%アセトニトリル−0.3%酢酸(v/v)水溶液をアンモニア水でpH7.0にしたものを使用した。流速は0.8 ml/min、分析温度は40℃、測定時間は1つの試料あたり60分間で行った。まず、溶離液Bを3%にし、カラムを20分間以上平衡化した後に試料を注入した。試料を注入してから3分間で溶離液Bを33%に上昇させて5分間保持し、その後32分間で溶離液Bを71%になるように直線的に上昇させた。溶離液Bを3%にし、20分間以上平衡化した。励起波長は310nm、蛍光波長は380nmで検出を行った。
【0038】
以下、7)〜9)において、糖鎖の分子構造決定に使用した方法を記述するが、これは必ずしも7)、8)、9)の順番で実施することを意味するものではないし、7)〜9)の全てを実施する必要があることを意味するものでもない。当業者は7)〜9)およびサイズ分画HPLC分析の適切な組合せおよび順番を選択して目的の分子構造を決定することができる。
【0039】
7)逆相HPLC分析
逆相HPLC分析には、島津製作所のProminence(登録商標)システムを使用した。カラムは、ナカライテスク社のCOSMOSIL(登録商標) Packed Column 5C
18-P (4.6 ID×150 mm)を使用した。サイズマーカーとして重合度が3〜22グルコース程度のピリジルアミノ化グルコースオリゴマー (タカラバイオ社製)を使用した。溶離液Cは、10mM酢酸アンモニウム緩衝液(pH4.0)、溶離液Dは、10mM酢酸アンモニウム緩衝液(pH4.0)−1%ブタノール(v/v)を使用した。流速は1.5ml/min、分析温度は40℃、測定時間は1つの試料あたり75分間で行った。まず、溶離液Dを5%にし、20分間以上カラムを平衡化した後に試料を注入した。試料を注入してから55分間で溶離液Dを100%になるよう直線的に上昇させ、その後溶離液Dを5%にし20分間平衡化した。励起波長は315nm、蛍光波長は400nmで検出を行った。
【0040】
8)質量分析
質量分析機は、島津製作所のMALDI-TOF/MS (AXIMA(登録商標)-CFR Plus)を使用した。MALDIプレートは、Bruker社製のμFocus MALDI Plate 700μm (384 circles)を使用した。マトリックスは、シグマ社製のSuper−DHBを使用した。マトリックス溶液は、5mgのSuper−DHBを50%エタノールに溶解、混合させたものを使用した。調製したマトリックス溶液4μlとピリジルアミノ化糖鎖(5pmol/μl)をPCRチューブに入れ、よく混合した。混合した5μlのうち1μlをMALDIプレートにのせ、乾燥後、測定を行った。
【0041】
9)酵素消化法
酵素は、非還元末端側のD−マンノースの加水分解にはシグマ社製のα-マンノシダーゼ(タチナタマメ由来)、非還元末端側のL−フコースの加水分解にはタカラバイオ社製のα-1,3/4-L-フコシダーゼ(Streptomyces sp.142由来)、末端ガラクトースの加水分解には生化学工業株式会社製のβ−ガラクトシダーゼ (タチナタマメ由来)を使用した。
〔1〕α-マンノシダーゼ
ピリジルアミノ化糖鎖2μlを0.1M酢酸アンモニウム緩衝液(pH4.0)10
μlに溶解した。α-マンノシダーゼ0.33mUを0.1M酢酸アンモニウム緩衝液(pH4.0)5μlに溶解した。ピリジルアミノ化糖鎖と酵素溶液を合わせて、37℃で1時間、98℃で5分間処理した。酵素消化後のピリジルアミノ化糖鎖画分はサイズ分画HPLC分析及び逆相HPLC分析を行った。
〔2〕α-1,3/4-L-フコシダーゼ
ピリジルアミノ化糖鎖4μlを50mMクエン酸−リン酸緩衝液(pH5.0)10μlに溶解した。α-1,3/4-L-フコシダーゼ1mUを50mMクエン酸−リン酸緩衝液(pH5.0)5μlに溶解した。ピリジルアミノ化糖鎖と酵素溶液を合わせて、37℃で1時間、98℃で5分間処理した。酵素消化後のピリジルアミノ化糖鎖画分は、サイズ分画HPLC分析を行った。
〔3〕β−ガラクトシダーゼ
α-1,3/4-L-フコシダーゼ消化後のピリジルアミノ化糖鎖画分に、β-ガラクトシダーゼ酵素溶液[酵素1mUを50mMクエン酸−リン酸緩衝液(pH4.1)10μlに溶解したもの]を加え、37℃で1時間、98℃で5分間処理した。酵素消化後のピリジルアミノ化糖鎖画分は、サイズ分画HPLC分析を行った。
【0042】
10)結果
図1に、催芽開始後0時間の胚の糖鎖について、サイズ分画HPLCを行った結果得られた糖鎖サイズ分布プロファイルを示す。
図1の上部に示す逆三角形▼の記号は、グルコースオリゴマーのサイズマーカーの位置を示している(他図において同じ)。DP5〜9の範囲内に、a〜eという記号で示す5つのピークが現れた。
【0043】
サイズ分画HPLCで見出されるピークは、それぞれ、同等のサイズを有する複数の糖鎖を含んでいる可能性がある。事実、ピークbについては、逆相HPLCによりさらに分析したところ、b1、b2という2つのピークに分離された(
図2)。このように、サイズ分画HPLCの各ピークを分取した後、各画分に対して逆相HPLC、酵素消化法、および
図3に示すような質量分析(MALDI−TOF/MS)を実施し、ピークを構成する糖鎖の具体的な分子構造を決定した。
図4および表1は、
図1のピークa〜eに含まれる糖鎖構造とそれらの相対量を要約したものである。この相対量は、これらピークa〜eの総面積を100%とした面積百分率法で求めた。
【表1】
【0044】
図5に、催芽開始後48時間の胚の糖鎖サイズ分布プロファイルを示す。催芽開始後0時間と比べてプロファイルに劇的な変化が見られた(
図5と
図1を比較のこと)。最も顕著なことに、催芽開始後48時間の胚では、催芽開始後0時間においては見られなかった新たなピークf〜hがDP9〜13の範囲内に出現した。
図6は、
図5のピークa〜hに含まれる糖鎖の相対量を要約したものである。
図6を
図4と比較すると、例えば、ピークaの相対量が大きく減少し、ピークc〜eの間で量比が変化していることなどがわかる。このように、イネの正常な生育に伴ってプロファイルが特有のパターンで変遷することが明らかとなり、生育異常により生育が遅れている、または進み過ぎているイネを、糖鎖サイズ分布プロファイルの情報により同定することが可能となった。
【0045】
催芽開始後48時間の糖鎖サイズ分布プロファイルの各ピークに含まれる糖鎖について、上記と同様の手法により構造解析を行った。決定された化学構造およびそれらの相対量を表2に要約する。
【表2】
【0046】
[実施例2]
催芽開始後120時間の時点における、発芽した芽の部分について、実施例1と同様にして糖鎖の切り出しからサイズ分画HPLC分析までを行った。ここではまた、2つの実験を並行して行った。第1の実験では、催芽開始72時間後から糖鎖試料調製前まで通常の照明下に種子を置き、第2の実験では、対応する時間帯に種子を暗所に維持した。後者は、日照不足という1つの生育不良条件のモデル実験としてとらえられる。
【0047】
上記の「明」条件および「暗」条件で発芽した芽から得られた糖鎖サイズ分布プロファイルの比較を
図7に示す。
図7ではまず第一に、催芽開始後120時間の時点における芽は、催芽開始後48時間の胚と比べてプロファイルがさらに大きく異なっていることが観察される(
図7と
図5を比較のこと)。同じく催芽開始後120時間の時点における根についても糖鎖分析を行ったが、芽とは明確に異なるプロファイルが、高い再現性で検出された(データは図示していない)。これらの結果は、植物体の各組織がそれぞれ固有のプロファイルを有することを示している。第二に、
図7は、同種類の組織の、2つの独立した試料について行われた分析結果を比較したものであり、両プロファイルが全般的に極めてよく一致していることから、糖鎖構造分布プロファイルの再現性の高さ、すなわち特定のイネの特定の組織を同定する指標としての信頼性の高さが示されている。第三に、重要なことに、上記生育条件の違いにより、DP7.5付近にあるピークの相対的高さに明確な差異が検出されていることがわかる。すなわち、糖鎖構造分布プロファイルを得ることによって、単に生育が遅い/早いということに限らず、生育状態に関する様々な種類の差異や異常を検出することができることが示されている。
【0048】
[実施例3]
インディカ品種(2013年、群馬県邑楽郡産)とジャポニカ品種(2011年、群馬県邑楽郡産)との糖鎖サイズ分布プロファイルの比較を行った。いずれも催芽開始後0時間の胚を試料とし、試料間の比較が適正となるように条件を同等にして、実施例1と同様の手法で実験を行った。
【0049】
図8に示されているように、品種間でプロファイルの明らかな差異が検出された。例えば、インディカ品種ではピークdに相当する糖鎖構造が相対的に低量であることがわかる(ピークdの左側のダブルピーク(*)と比較参照)。
【0050】
従って、糖鎖構造分布プロファイルを得ることによって、異なるイネ品種を判別することが可能であることが確認された。
【0051】
以上により、イネの各組織が、生育段階ごとに、あるいは品種ごとに、固有の糖鎖構造分布プロファイルを高い再現性で示すことが確かめられた。このことは、糖鎖構造の分析に基づいて、イネ試料が基準状態から逸脱しているか否かを検出することを可能にする。従って本発明は、栽培環境や疾患等との関係における生育・発達状態の評価、劣悪な貯蔵条件等による糖鎖分解を伴う劣化の検出、品種の識別等、イネの品質に関して幅広く応用することができる。