特許第6369044号(P6369044)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 凸版印刷株式会社の特許一覧

<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6369044
(24)【登録日】2018年7月20日
(45)【発行日】2018年8月8日
(54)【発明の名称】培養装置およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/00 20060101AFI20180730BHJP
【FI】
   C12M1/00 C
【請求項の数】10
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-29944(P2014-29944)
(22)【出願日】2014年2月19日
(65)【公開番号】特開2015-149980(P2015-149980A)
(43)【公開日】2015年8月24日
【審査請求日】2017年1月19日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003193
【氏名又は名称】凸版印刷株式会社
(72)【発明者】
【氏名】磯貝 拓也
【審査官】 吉田 知美
(56)【参考文献】
【文献】 特表2013−541956(JP,A)
【文献】 特開2013−247943(JP,A)
【文献】 特表2009−526527(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/093199(WO,A1)
【文献】 特開2013−162796(JP,A)
【文献】 特開平06−277038(JP,A)
【文献】 特開平04−293481(JP,A)
【文献】 特開2008−001728(JP,A)
【文献】 特開2013−256090(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00−3/10
C12N 1/00−7/08
C12Q 1/00−3/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、少なくとも放射線照射で架橋された微細化セルロース繊維を含む被覆層と、を含み、前記基材の少なくとも一部が、前記被覆層により被覆されていることを特徴とする培養装置。
【請求項2】
前記微細化セルロース繊維の数平均短軸径が1nm以上100nm以下であり、数平均長軸径が100nm以上であり且つ前記数平均短軸径の10倍以上である請求項1に記載の培養装置。
【請求項3】
前記微細化セルロース繊維の表面にカルボキシ基が導入されていることを特徴とする請求項1乃至2のいずれかに記載の培養装置。
【請求項4】
前記微細化セルロース繊維のカルボキシ基が、N−オキシル化合物を用いた酸化反応によって導入されていることを特徴とする請求項3に記載の培養装置。
【請求項5】
前記カルボキシ基の含有量が、前記微細化セルロース繊維1g当たり0.1mmol以上5.0mmol以下の範囲内であることを特徴とする請求項3または4に記載の培養装置。
【請求項6】
前記微細化セルロース繊維の結晶構造がセルロースI型であることを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の培養装置。
【請求項7】
前記培養装置での生体材料吸着率が30日保存後でも変化がないことを特徴とする請求項1乃至6のいずれかに記載の培養装置。
【請求項8】
水性媒体に分散させた微細化セルロース繊維を基材に塗布し、被覆膜を形成する被覆膜塗布工程と、
前記被覆膜を乾燥させる被覆膜乾燥工程と、
前記被覆膜に放射線を照射する放射線照射工程と、
を含むことを特徴とする培養装置の製造方法。
【請求項9】
前記放射線の照射線量が1kGy以上10Gy以下であることを特徴とする、請求項8に記載の培養装置の製造方法。
【請求項10】
前記放射線が電子線であることを特徴とする請求項8乃至9のいずれかに記載の培養装置の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、培養装置、およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アミノ酸、ペプチド、タンパク質、核酸、および細胞(IPS細胞やES細胞など)といった生体材料およびその懸濁液を保存、秤量、調製、分画するために多種多様なプラスチック容器が用いられている。しかしながら、前述の生体材料をプラスチック容器に接触させてしまうと、生体材料の疎水性部位とプラスチック表面との間に疎水性相互作用が生じ、生体材料が容器に移行あるいは吸着してしまうことがある。これは高感度測定のために試料が微量である場合などには大きな問題となる。さらには生体材料の疎水性部位がプラスチック表面で界面安定化してしまうと、疎水部位の高次構造が変形して生体材料が本来有していていた機能を発現できなくなる恐れがある。
【0003】
そのため、前述の用途に用いられるプラスチック容器の基材としては疎水性の高いポリスチレン(PS)よりも、比較的疎水性の低いポリプロピレン(PP)が使用されていることが多い。しかしながら、このような生体材料の非特異的な吸着問題を解決するにはPP基材でも疎水性が十分低いとはいえないため、PP系の容器内表面さらにポリビニルアルコール(PVA)といった親水性ポリマーや界面活性剤などをコーティングすることで、生体材料の吸着を低減させるといった方法が開示されている。(例えば特許文献1、特許文献2)しかしながら、これらの方法では、コーディング層中の親水性化合物が生体材料を含む培地に含まれる溶媒中に溶出することにより試料が汚染される恐れがあった。また、PVAなどの水溶性ポリマーは、化石資源由来の材料をもとに製造されており、環境への負荷が避けられないという問題もあった。
【0004】
一方、近年、化石資源の枯渇問題の解決を目指して、持続的に利用可能な環境調和型材料であるバイオマスを用いた機能性材料の開発が盛んに行われている。その中でも木材の主成分であるセルロースは、地球上に最も大量に蓄積された天然高分子材料であることから、資源循環型社会への移行に向けたキーマテリアルとして期待が寄せられている。木材中では、数十本以上のセルロース分子が束になって高結晶性でナノメートルオーダーの繊維径をもつ微細繊維(ミクロフィブリル)を形成しており、さらに多数の微細繊維が互いに水素結合してセルロース繊維を形成し、植物の支持体となっている。このように安定な構造を有することから、木材に含まれる天然のセルロース繊維は、特殊な溶媒以外には不溶であり、成形性にも乏しく、機能性材料としては扱いにくい面があった。そこで、木材中のセルロース繊維を、繊維径がナノメートルオーダーになるまで微細化(ナノファイバー化)して利用しようとする試みが活発に行われている。
【0005】
木材中のセルロース繊維をナノファイバー化する手法の1つとして、セルロース繊維を、比較的安定なN−オキシル化合物である2,2,6,6−テトラメチルピペリジニル−1−オキシラジカル(TEMPO)を触媒として用いて酸化(TEMPO酸化)する手法が報告されている(例えば特許文献3)。TEMPO酸化反応は、水系、常温、常圧で進行する環境調和型の化学改質が可能で、セルロースI型結晶構造を有する木材パルプなどに適用した場合、結晶構造内部には反応が進行せず、結晶表面のセルロース分子鎖が持つ1級水酸基(−CHOH)のみを選択的に酸化しカルボキシ基へと変換することができる。結晶表面に導入されたカルボキシ基間には静電的な反発力が働くため、TEMPO酸化後の木材パルプを水中に分散させた状態で軽微な機械処理を施すと、セルロース繊維が微細繊維単位まで微細化されたセルロースシングルナノファイバー(以下CSNFと称する)の水分散液を得ることができる。このようにして得られるCSNFは、短軸径が3nm前後と微細で、長軸径500nm〜数μmに及ぶ高アスペクト比を有している。このCSNFの水分散液を基材に塗布乾燥することによってCSNFが積層した膜(CSNF積層膜)を形成できる。該CSNF積層膜は透明性が高く、例えば透明基材上にCSNF積層膜を設けて積層体とした場合でも透明性を維持することができる。また、該CSNF積層膜は、高結晶性の剛直なCSNFが緻密に集積した構造で、その表面には親水性のカルボキシル基が高密度に配列しているため、極めて高い親水性(撥油性)を示すことが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭62−169052号
【特許文献2】特表2001−502959号
【特許文献3】特開2008−1728号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前述のように、PVAなどの水溶性ポリマーを用いて表面親水化処理を施された生体材料保存容器は試料汚染や環境への負荷といった様々な問題を有しているのが現状である。
【0008】
従って、本発明の課題は、生体材料の非吸着性に優れ、天然高分子由来の材料からなる被覆層によりコーティングされた培養装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決する本発明は以下の態様を有する。
本発明は、基材と、少なくとも放射線照射で架橋された微細化セルロース繊維を含む被覆層と、を含み、前記基材の少なくとも一部が、前記被覆層により被覆されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、生体材料の非吸着性に優れ、試料汚染の恐れが少ない、環境配慮型の新規生体材料保存用プラスチック容器およびその製造方法を提供することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、PPを初めとした各種基材あるいは容器の表面にCSNFを含有する層を設けたことを特徴とする培養装置、例えば生体材料保存容器、であって、CSNFの高い親水性や撥油性によって、生体材料の非吸着性に優れ、試料汚染の恐れが少ない、培養装置としての環境配慮型の新規生体材料保存用容器、およびその製造方法を提供する。
【0012】
≪微細化セルロースについて≫
本発明の培養装置は各種プラスチック基材あるいは容器の表面にミクロフィブリル単位まで微細化されたセルロース繊維、好ましくはCSNFを含有する層を設けたことを最大の特徴とする。
【0013】
本発明において、CSNFの数平均短軸径は、1nm以上100nm以下が好ましく、1nm以上50nm以下がより好ましく、1nm以上20nm以下が特に好ましい。数平均短軸径が1nm以上であると、高結晶性の微細化セルロース繊維構造をとることが出来、形成されるコーティング被膜の膜強度が良好である。数平均短軸径が100nm以下であると、高い透明性を有するコーティング被膜を形成できるため、例えば内部を観察しながら行う作業などに用いる容器として好適に使用可能である。
【0014】
前記CSNFの数平均長軸径(平均繊維長)は、100nm以上であり且つ前記数平均短軸径の10倍以上であることが好ましい。これにより、コーティング被膜を形成する際に、繊維同士が充分に絡み合い、充分な膜凝集力が得られる。
CSNFの数平均長軸径は、200nm以上であり且つ前記数平均短軸径の100倍以上であることがより好ましい。
CSNFの数平均長軸径の上限は、膜凝集力の点では特に限定されないが、製造し易さ等の点では、10μm以下が好ましく、5μm以下がより好ましい。
【0015】
前記CSNFの数平均短軸径は、透過型電子顕微鏡観察および原子間力顕微鏡観察により100本の繊維の短軸径(最小径)を測定し、その平均値として求められる。CSNFの数平均長軸径は、透過型電子顕微鏡観察および原子間力顕微鏡観察により100本の繊維の長軸径(最大径)を測定し、その平均値として求められる。
【0016】
前記CSNFの表面には、カルボキシ基が導入されていることが好ましい。カルボキシ基を導入する方法としては特に限定されない。例えば高濃度アルカリ水溶液中でセルロースをモノクロロ酢酸又はモノクロロ酢酸ナトリウムと反応させることによりカルボキシメチル化を行っても良い。また、オートクレーブ中でガス化したマレイン酸やフタル酸等の無水カルボン酸系化合物とセルロースを直接反応させてカルボキシ基を導入しても良い。さらには、水系の比較的温和な条件で、可能な限り構造を保ちながら、アルコール性一級炭素の酸化に対する選択性が高い、TEMPOをはじめとするN−オキシル化合物の存在下、共酸化剤を用いた手法を用いてもよい。カルボキシ基導入部位の選択性および環境負荷の問題から、N−オキシル化合物を用いた酸化反応が好ましい。該酸化反応により、繊維表面に高密度にカルボキシ基が導入され、例えば基材表面に塗布した際に極めて親水性の高い被覆層を形成できる。CSNF中のカルボキシ基の含有量は、次亜塩素酸を用いた電導度滴定法により測定できる。
TEMPOをはじめとするN−オキシル化合物を用いた酸化反応では、結晶表面のセルロース分子鎖が持つグルコピラノース単位の第6位の−CHOHが高い選択性で酸化され、アルデヒド基を経てカルボキシ基に変換される。
このように結晶表面に導入されたカルボキシ基を有するCSNF間には静電的な反発力が働くため、水性媒体中で再凝集しにくく、分散安定性が良好である。
N−オキシル化合物を用いた酸化反応については後で詳しく説明する。
【0017】
前記CSNF中の前記カルボキシ基の含有量は、前記CSNF1g当たり0.1mmol以上5.0mmol以下の範囲内であることが好ましく、0.5mmol以上2.0mmol以下であることがより好ましい。カルボキシ基量が0.1mmol/g以上であると、分散安定性が良好である。5.0mmol/g以下であると、CSNFの結晶構造が充分に保持され、成形性および膜凝集力が良好である。
【0018】
本発明においてCSNFは、通常、水性媒体をさらに含み、該水性媒体中に前記CSNFが分散した水性分散液の状態で用いられる。
水性媒体としては、水、または水と有機溶剤との混合液が好ましい。該有機溶剤としては、水に溶解あるいは均一に混合し、かつ変性CSNFの分散性を損なわないものであれば特に限定されず、例えば、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール等のアルコール、テトラヒドロフラン、ジオキサン等の環状エーテル、アセトン、メチルエチルケトン等のケトン類、等が挙げられる。これらの中でもアルコールが好ましい。水性媒体としては、水が特に好ましい。
水性分散液中のCSNFの含有量は特に限定されないが、通常、水性分散液の総質量に対し、0.01質量%以上5質量%以下が好ましい。0.01質量%未満であると、成形体形成用組成物としては溶媒過多となってしまい、均一な被覆層をある程度の厚みまで厚くするのに手間がかかる。5質量%を超えると、CSNF同士の絡み合いで粘度が上昇し、均一な被覆層を形成するのが難しくなる。
【0019】
本発明においてプラスチック基材表面に設けられるCSNFを含む被覆層は、必要に応じて、本発明の効果を損なわない範囲で、前記CSNF以外の他の成分をさらに含有してもよい。
該他の成分としては、例えばCSNFの水性分散液の調製時にpH調整に用いられた成分を含有してもよい。CSNFの水性分散液の調製方法は後で詳しく説明する。
また、該他の成分として、各種添加剤を含有してもよい。添加剤としては、当該被膜層形成材料の用途等に応じて、公知の添加剤のなかから適宜選択できる。具体的には、アルコキシシラン等の有機金属化合物またはその加水分解物、無機層状化合物、無機針状鉱物、レベリング剤、消泡剤、水溶性高分子、合成高分子、無機系粒子、有機系粒子、潤滑剤、帯電防止剤、紫外線吸収剤、染料、顔料、安定剤、磁性粉、配向促進剤、可塑剤、架橋剤等が挙げられる。
【0020】
CSNFの分散液は、公知の製造方法を利用して製造したものを用いることができる。
以下、木材系天然セルロースから、N−オキシル化合物を用いた酸化反応により導入されたカルボキシ基を有するCSNFの分散液を調製する方法の一例を説明する。
この例の調製方法は、木材系天然セルロースを、N−オキシル化合物を用いて酸化して酸化セルロースを得る工程(酸化工程)と、該酸化セルロースを水性媒体中で微細化してCSNF分散液を調製する工程(微細化工程)とを含む。
【0021】
(酸化工程)
木材系天然セルロースとしては、特に限定されず、針葉樹パルプや広葉樹パルプ、古紙パルプ、など、一般的にセルロースナノファイバーの製造に用いられるものを用いることができる。精製および微細化のしやすさから、針葉樹パルプが好ましい。
N−オキシル化合物としては、TEMPO(2,2,6,6−テトラメチルピペリジニル−1−オキシラジカル)、2,2,6,6−テトラメチル−4−ヒドロキシピペリジン−1−オキシル、4−メトキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−N−オキシル、4−エトキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−N−オキシル、4−アセトアミド−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−N−オキシル、等が挙げられる。その中でも、TEMPOが好ましい。
N−オキシル化合物の使用量は、触媒としての量でよく、特に限定されない。通常、酸化処理する木材系天然セルロースの固形分に対して0.01〜5.0質量%程度である。
【0022】
N−オキシル化合物を用いた酸化方法としては、木材系天然セルロースを水中に分散させ、N−オキシル化合物の共存下で酸化処理する方法が挙げられる。
このとき、N−オキシル化合物とともに、共酸化剤を併用することが好ましい。この場合、反応系内において、N−オキシル化合物が順次共酸化剤により酸化されてオキソアンモニウム塩が生成し、該オキソアンモニウム塩によりセルロースが酸化される。かかる酸化処理によれば、温和な条件でも酸化反応が円滑に進行し、カルボキシ基の導入効率が向上する。酸化処理を温和な条件で行うと、セルロースの結晶構造を維持しやすい。
前記共酸化剤としては、ハロゲン、次亜ハロゲン酸、亜ハロゲン酸や過ハロゲン酸、またはそれらの塩、ハロゲン酸化物、窒素酸化物、過酸化物など、酸化反応を推進することが可能であれば、いずれの酸化剤も用いることができる。入手の容易さや反応性から、次亜塩素酸ナトリウムが好ましい。
前記共酸化剤の使用量は、酸化反応を促進することができる量でよく、特に限定されない。通常、酸化処理する木材系天然セルロースの固形分に対して1〜200質量%程度である。
【0023】
前記N−オキシル化合物および共酸化剤とともに、臭化物およびヨウ化物からなる群から選ばれる少なくとも1種の化合物をさらに併用してもよい。これにより、酸化反応を円滑に進行させることができ、カルボキシル基の導入効率を改善することができる。
該化合物としては、臭化ナトリウムまたは臭化リチウムが好ましく、コストや安定性から、臭化ナトリウムがより好ましい。
該化合物の使用量は、酸化反応を促進することができる量でよく、特に限定されない。通常、酸化処理する木材系天然セルロースの固形分に対して1〜50質量%程度である。
【0024】
前記酸化反応の反応温度は、4〜50℃が好ましく、10〜40℃がより好ましい。
4℃以下であると、試薬の反応性が低下し反応時間が長くなってしまう。50℃以上であると副反応が促進して試料が低分子化し、被覆層を形成した際の層内の膜凝集力を損なってしまう。
前記酸化処理の反応時間は、反応温度、所望のカルボキシ基量等を考慮して適宜設定でき、特に限定されないが、通常、10分〜5時間程度である。
【0025】
前記酸化反応時の反応系のpHは、9〜11が好ましい。該pHは、20℃におけるpHである。pHが9以上であると反応を効率よく進めることができる。pHが11を超えると副反応が進行し、試料の分解が促進されてしまうおそれがある。
前記酸化処理においては、酸化が進行するにつれて、カルボキシ基が生成することにより系内のpHが低下してしまう。酸化処理中、反応系のpHを9〜11に保つことが好ましい。反応系のpHを9〜11に保つ方法としては、pHの低下に応じてアルカリ水溶液を添加する方法が挙げられる。アルカリ水溶液としては、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化リチウム水溶液、水酸化カリウム水溶液、アンモニア水溶液、水酸化テトラメチルアンモニウム水溶液、水酸化テトラエチルアンモニウム水溶液、水酸化テトラブチルアンモニウム水溶液、水酸化ベンジルトリメチルアンモニウム水溶液などの有機アルカリなどが挙げられる。コストなどの面から水酸化ナトリウム水溶液が好ましい。
【0026】
前記N−オキシル化合物による酸化反応は、反応系にアルコールを添加することにより停止させることができる。このとき、反応系のpHは前記の範囲内に保つことが好ましい。
添加するアルコールとしては、反応をすばやく終了させるためメタノール、エタノール、プロパノールなどの低分子量のアルコールが好ましく、反応により生成される副産物の安全性などから、エタノールが特に好ましい。
【0027】
酸化処理後の反応液は、そのまま微細化工程に供してもよいが、N−オキシル化合物等の触媒、不純物等を除去するために、反応液に含まれる酸化セルロースを回収し、洗浄液で洗浄することが好ましい。
酸化セルロースの回収は、ガラスフィルターや20μm孔径のナイロンメッシュを用いたろ過等の公知の方法により実施できる。
酸化セルロースの洗浄に用いる洗浄液としては蒸留水が好ましい。
【0028】
(微細化工程)
酸化セルロースを微細化する方法としてはまず、酸化セルロースに水性媒体を加えて懸濁させる。
水性媒体としては、前記と同様のものが挙げられ、水が特に好ましい。
必要に応じて、酸化セルロースや生成するCSNFの分散性を上げるために、懸濁液のpH調整を行ってもよい。pH調整に用いられるアルカリ水溶液としては、前記酸化工程の説明で挙げたアルカリ水溶液と同様のものが挙げられる。
【0029】
続いて該懸濁液に物理的解繊処理を施して、酸化セルロースを微細化する。
物理的解繊処理としては、高圧ホモジナイザー、超高圧ホモジナイザー、ボールミル、ロールミル、カッターミル、遊星ミル、ジェットミル、アトライター、グラインダー、ジューサーミキサー、ホモミキサー、超音波ホモジナイザー、ナノジナイザー、水中対向衝突などの機械的処理が挙げられる。
このような物理的解繊処理を行うことで、懸濁液中の酸化セルロースが微細化され、繊維表面にカルボキシ基を有するCSNFの分散液を得ることができる。このときの物理的解繊処理の時間や回数により、得られるCSNF分散液に含まれるCSNFの数平均短軸径および数平均長軸径を調整できる。
【0030】
上記のようにして、カルボキシ基が導入されたCSNFの分散液が得られる。
得られた分散液は、そのまま、または希釈、濃縮等を行って、基材へ塗布し被覆層を形成するためのコーティング組成物に用いることができる。また、該コーティング組成物中に含まれるCSNFを回収し、これを分散媒に分散させたものをコーティング組成物として用いてもよい。このコーティング組成物を使用して、基材にCSNFを含有する被覆層を設けることで、生体材料の非吸着性に優れ、試料汚染の恐れがない、環境配慮型の被覆層を形成することが出来る。
【0031】
なお、本発明において用いられるCSNFは、上記の方法により得られるものに限定されない。
たとえば上記方法で原料として用いるセルロースの種類は木材系天然セルロースに限定されず、例えばコットンリンター、竹、麻、バガス、ケナフ、バクテリアセルロース、ホヤセルロース、バロニアセルロースといった非木材系天然セルロースを用いてもよい。材料調達の容易さおよび安定供給の面から、木材系天然セルロースが好ましい。
CSNFは、前述のN−オキシル化合物による酸化処理および物理的解繊処理の組み合わせにより得られるものに限定されず、該酸化処理、希酸加水分解処理等による化学処理、物理的解繊処理、酵素処理等の公知の方法のいずれか1種を単独で用いて得られたものでも、2種以上を組合せて得られたものでもよい。また、バクテリアセルロースも、カルボキシ基が導入されるCSNFとして用いることが出来る。積層体を形成した時の透明性や親水性を考慮すると、各種セルロース系材料を、前述のN−オキシル化合物による酸化処理および物理的解繊処理の組み合わせにより微細化したCSNFを用いることが好ましい。
【0032】
≪培養装置≫
本発明の培養装置は、基材と、前記基材の少なくとも一部の面に生体材料の吸着性低減を目的とした被覆層と、を有し、前記被覆層が、前記CSNFを含有する層であることを特徴とする。
【0033】
基材としては、特に制限は無く、公知の種々のシート状あるいは容器状の基材を用いることができ、例えばプラスチックフィルム、ガラス板、セルロース系基材、等が挙げられる。
プラスチックフィルムを構成するプラスチック材料としては、例えば、ポリオレフィン系(ポリエチレン、ポリプロピレン等)、ポリエステル系(ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート等)、セルロース系(トリアセチルセルロース、ジアセチルセルロース、セロファン等)、ポリアミド系(6−ナイロン、6,6−ナイロン等)、アクリル系(ポリメチルメタクリレート等)、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル、ポリイミド、ポリビニルアルコール、ポリカーボネート、エチレンビニルアルコール等の有機高分子化合物が挙げられる。また、前述の有機高分子化合物の中から、少なくとも1種以上の成分を持つ、或いは共重合成分に持つ、或いはそれらの化学修飾体を成分に有する有機高分子材料も可能である。また、ポリ乳酸、バイオポリオレフィンなど植物から化学合成されるバイオプラスチック、ヒドロキシアルカノエートなど微生物が生産するプラスチック等を用いることも可能である。
セルロース系基材は、セルロース系材料から構成される基材であり、セルロース系材料としては、紙、セロハン、アセチル化セルロース、セルロース誘導体、微細化セルロース繊維等が挙げられる。
環境等への配慮から基材にも環境負荷の少ないものが求められる場合、基材としては、上記のうち、植物から化学合成されるバイオプラスチックを含む基材、微生物が生産するプラスチックを含む基材、セルロース系基材等が好ましい。
基材は、可塑剤、酸化防止剤、難燃剤、充填剤、帯電防止剤、結晶化促進剤、発泡剤、光沢剤、濡れ性改良剤等の添加剤を含有してもよい。
基材は、コロナ放電、プラズマ処理、酸化処理等の表面処理が施されていてもよい。
基材の厚さは、当該培養装置の用途等に応じて適宜設定でき特に限定されないが、通常、1μm〜1cm程度である。
【0034】
前記CSNFを含有する被覆層の形成は、公知の方法と同様にして実施できる。例えば、水性媒体中に前記変性CSNFが分散し、任意に他の成分が配合された水性分散液を用い、これに基材を浸漬することによって該水性分散液からなる被膜を形成し、該被膜を乾燥することにより被覆層(前記CSNFが積層したCSNF積層膜)が形成される。
前記水性分散液の乾燥は、熱風乾燥、熱ロール乾燥、赤外線照射など、公知の乾燥方法を用いて実施できる。乾燥条件としては、特に限定しないが、乾燥温度としては20℃以上200℃以下が好ましく、30℃以上150℃以下がより好ましい。20℃以下では水性媒体の除去に時間がかかりすぎてしまい、200度以上ではCSNFが熱分解し黄変してしまうおそれがある。
被覆層の厚み(乾燥後の厚み)は、用途に応じて適宜設定でき特に限定されないが、0.1〜1000μmが好ましく、0.2 〜500μmがより好ましい。該厚みが0.1μm以上であると、被覆層を均一に設けることができ、生体材料の吸着抑制効果が充分に得られ、1000μm以下であると、透明性および生産性が良好である。
被覆層は、基材表面の一部のみに設けてもよく、全面に設けてもよい。
【0035】
本発明の生体保存容器は、前記基材と前記被覆層の間に接着層(以下、アンカー層ともいう。)をさらに有することもできる。
アンカー層は、基材と被覆層の間の密着性を改善するために設けられるものである。アンカー層の形成方法としては公知のものを用いることができ、2液硬化型ウレタン樹脂などを用いるのが一般的であるが、これに限定されず、公知の方法により積層することができる。
アンカー層の厚さは、目的に応じて決められるが、一般的には0.01〜100μmの範囲である。
【0036】
本発明における培養装置は、その製造工程において滅菌を目的とした放射線照射処理を行っても良い。以下、放射線照射の効果について詳細に説明する。
【0037】
本発明における培養装置は、滅菌処理を行ったのちに用いることが好ましく、滅菌の方法としては放射線処理が好ましい。被覆層が形成された培養装置に放射線を照射すると、滅菌の効果に加えて、被覆層の構造が変化することが確認されている。具体的には、被覆層を構成するCSNF同士が架橋する。
放射線照射による被覆層の構造の変化について、より詳細に説明する。
まず、CSNFに放射線が照射されると、CSNFの繊維表面で、CSNFを構成するセルロース分子の原子間の結合が切断されてラジカルが生成する。ラジカルは反応性が高く、瞬時に再結合して共有結合を形成する。隣接するCSNFの表面に生じたラジカル同士の再結合により、CSNF同士が架橋する。すなわち、微細化セルロース繊維が架橋構造を持つことになる。
【0038】
放射線としては、ラジカルを生成させ得る限り特に限定されないが、電子線もしくはガンマー線が好ましく、改質効果に優れることから、電子線がより好ましい。
電子線の照射方法として、カーテン型、スキャン型、プラズマ放電型等、いずれも適用可能である。電子線の加速電圧としては1keVから10MeVが適用可能である。
放射線を照射する環境中に酸素が存在すると共有結合の生成が阻害されるため、酸素が存在しない環境で放射線を照射することが好ましい。例えば放射線照射中は、窒素パージなどを行い、酸素濃度が500ppm以下となるように保つことが好ましい。
【0039】
放射線の照射線量としては、1kGy以上10Gy未満が好ましく、10kGy以上、8Gy未満がより好ましく、50kGy以上5Gy未満が特に好ましい。
照射線量が1kGy以上であると、充分な量の共有結合が生成し、被覆層の膜凝集力の改善効果が充分に得られ、CSNF同士の架橋によってCSNFが生体材料に含まれる溶媒中に溶出することがなくなり、生体材料に対する汚染防止効果が期待できる。10Gy未満であると、放射線による基材やCSNFの損傷を抑制できる。
【実施例】
【0040】
以下、本発明を実施例に基づいて詳細に説明するが、本発明の技術範囲はこれらの実施形態に限定されるものではない。
以下の各例において、「%」は、特に断りのない限り、質量%(w/w%)を示す。
【0041】
[実施例1]
(木材セルロースのTEMPO酸化)
針葉樹クラフトパルプ70gを蒸留水3500gに懸濁し、蒸留水350gにTEMPOを0.7g、臭化ナトリウムを7g溶解させた溶液を加え、20℃まで冷却した。ここに2mol/L、密度1.15g/mLの次亜塩素酸ナトリウム水溶液450gを滴下により添加し、酸化反応を開始した。系内の温度は常に20℃に保ち、反応中のpHの低下は0.5Nの水酸化ナトリウム水溶液を添加することでpH10に保ち続けた。セルロースの質量に対して、水酸化ナトリウムが3.00mmol/gになったと時点で、過剰量のエタノールを添加し反応を停止させた。その後、ガラスフィルターを用いて蒸留水によるろ過洗浄を繰り返し、酸化パルプを得た。
【0042】
(酸化パルプのカルボキシル基量測定)
上記TEMPO酸化で得た酸化パルプを固形分重量で0.1g量りとり、1%濃度で水に分散させ、塩酸を加えてpHを2.5とした。その後0.5N水酸化ナトリウム水溶液を用いた電導度滴定法により、酸化パルプ1g当たりのカルボキシル基量(mmol/g)を求めた。結果は1.6mmol/gであった。
【0043】
(CSNF分散液の調製)
前記TEMPO酸化で得た酸化パルプ1gを99gの蒸留水に分散させ、ジューサーミキサーで30分間微細化処理し、CSNF濃度1%のCSNF水分散液を得た。該CSNF水分散液は本発明におけるコーティング組成物として用いることが可能である。
該CSNF水分散液に含まれるCSNFの数平均短軸径は3nm、数平均長軸径は1035nmであった。
【0044】
(培養装置の作製と評価)
基材容器として、遠心分離用コニカルチューブ(日本BD社製、15mL/ポリプロピレン)を用いた。前記コニカルチューブに対し、プラズマ処理装置 (MicroLabo−PS、(株)ニッシン製)を用いてプラズマ処理を行った。
前記チューブに前記CSNF水分散液を分注して、10分間の間チューブ内壁にCSNF水分散液を接触させた。10分経過後に、CSNF水分散液を排出し、チューブをさかさまに返した状態で、30℃で50分間一次乾燥した後、大型基盤対応電子線照射装置(型式LB4008、(株)アイ・エレクトロンビーム)を用いて、吸収線量が400kGyとなるように電子線照射処理を行った。吸収線量はビーム電流値とラインスピードにより制御した。また、加速電圧は120keVに固定した。
こうして得られたチューブの表面には、CSNFが緻密に積層した被覆層が厚さ約1μmで形成されていた。なお、被覆層の厚さは液体窒素中でチューブを破断させた破断面を走査型電子顕微鏡(S−4800、(株)日立ハイテクノロジー社製)で観察することにより確認した。
【0045】
[実施例2]
基材容器として、遠心分離用コニカルチューブ(日本BD社製、15mL/ポリスチレン)を用いた以外は実施例1と同様の方法でチューブを作製した。
【0046】
[比較例1]
CSNF分散液の代わりに1%PVA水溶液を用いた以外は実施例1と同様の方法でチューブを作製した。
【0047】
[比較例2]
CSNF分散液を用いた被覆層の形成を行わなかったこと以外は実施例1と同様の方法でチューブを作製した。
【0048】
得られたチューブについて、以下の評価を行なった。評価項目、内容及び得られた結果を表1に示す。
【0049】
【表1】






【0050】
(細胞回収率)
ラット胎児大脳皮質神経細胞を含む培養液を各実施例及び比較例で得られたチューブに各々10mLずつ分注し、高速冷却遠心機を用いて、1,200rpmで10分の条件で遠心分離した。遠心分離後各チューブから上清を捨て、10mLの培養液で再分散してから血球計算版を用いて細胞数をカウントした。
【0051】
(生体材料吸着性)
・ウシ血清アルブミン吸着性
タンパク質は,ベリタス社製の動物血清アルブミン(BSAStandard Grade (pH 7.0) LyophilizedPowder /10 kg Container)を用いた。前記BSAをクロラミンT法で125Iラベル化した前記BSAをリン酸バッファー中にて分散させ1μg/mLに希釈した。各実施例および比較例で獲られた容器に5mLずつ分注し、37℃ で2時間ゲルに吸着させた後、125Iの放射能を測定することにより吸着量を求めた。
【0052】
(保存安定性)
各実施例及び比較例で得られた容器を60℃の恒温槽に入れ、30日間保存後に前記生体材料吸着性評価をおこない生体材料非吸着特性について劣化の有無を確認した。
【0053】
(耐溶媒性)
各実施例及び各比較例で得られたチューブに各々に蒸留水:エタノールを1:1で混合した溶媒を10.0mLずつ分注し、10分間放置した後、影響の有無を目視で判断した。
【0054】
(遠心強度)
遠心強度は、高速冷却遠心機を用いて、25,000rpmで10分遠心した後で、目視により各チューブの変形、割れを確認した。
【0055】
表1から明らかなように本発明の培養装置を用いた実施例1および2は、細胞回収率に優れ、生体由来物質の吸着性も抑えることができた。更に保存安定性試験においても生体由来物質吸着性に変化はなく、耐溶剤性、遠心強度ともに良好な結果が得られていることから、実際に生体材料用保存容器として好適に使用可能であることが示された。
一方、本発明を用いなかった比較例1および2においては細胞回収率が低く、生体由来物質の吸着性も認められ、比較例2はとくに吸着が顕著であった。比較例1では保存安定性試験において劣化が確認され試料汚染の可能性が示された。特に耐溶媒性に問題があった。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明は、培養装置、及びその為のコーティング組成物に利用出来る。