(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
油井やガス井(以下、油井及びガス井を総称して、単に「油井」という。)の深井戸化により、油井用鋼管の高強度化が要求されている。従来、80ksi級(降伏応力が80〜95ksi、つまり、551〜654MPa)や、95ksi級(降伏応力が95〜110ksi、つまり、654〜758MPa)の油井用鋼管が広く利用されてきた。しかしながら最近では、110ksi級(降伏応力が110〜125ksi、つまり、758〜862MPa)の油井用鋼管が利用され始めている。
【0003】
深井戸の多くは、腐食性を有する硫化水素を含有する。そのため、深井戸に使用される油井用鋼管は、高強度だけでなく、耐硫化物応力割れ性(耐Sulfide Stress Cracking性:以下、耐SSC性という)も要求される。一般に鋼材の強度の上昇に伴い、SSCに対する感受性が高まる。
【0004】
耐サワー油井用鋼管(Sour Service OCTG)として販売される110ksi級以下の鋼管は、通常、耐SSC性が保証されている。ここで保証される耐SSC性とは、NACE規定の試験方法による評価において、1atmのH
2S環境下で耐久できる性能をいう。以下、1atmのH
2S環境を、標準条件という。
【0005】
一方で、125ksi級(降伏応力が862〜965MPa)の油井用鋼管に関して保証される耐SSC性は上述のものよりも低い。これらの油井管に関しては、多くの場合、標準条件よりもH
2S分圧のかなり小さい環境下における耐SSC性しか保証されていない。つまり、降伏強度の下限が110ksi(758MPa)を上回れば、優れた耐SSC性を確保するのが急激に困難になることを意味する。
【0006】
このような背景から、1atmのH
2Sの環境下において耐SSC性が確保でき、かつ降伏強度ができるだけ高い耐サワー油井管が求められている。この場合、降伏強度の下限が125ksi(862MPa)に届かなくても、少しでも降伏強度の下限が高いことが求められる。
【0007】
油井用鋼管の耐SSC性を高める技術が特開昭62−253720号公報(特許文献1)、特開昭59−232220号公報(特許文献2)、特開平6−322478号公報(特許文献3)、特開平8−311551号公報(特許文献4)、特開2000−256783号公報(特許文献5)、特開2000−297344号公報(特許文献6)、特開2005−350754号公報(特許文献7)、特表2012−519238号公報(特許文献8)、特開2012−26030号公報(特許文献9)及び国際公開第2010/150915号公報(特許文献10)に開示されている。
【0008】
特許文献1は、Mn、P等の不純物を低減して、油井用鋼の耐SSC性を高める方法を提案する。特許文献2は、焼入れを2回実施して結晶粒を微細化し、鋼の耐SSC性を高める方法を提案する。
【0009】
特許文献3は、誘導加熱熱処理により鋼組織を微細化して、125ksi級の鋼材の耐SSC性を高める方法を提案する。特許文献4は、直接焼入れ法を利用して鋼の焼入れ性を高め、さらに、焼戻し温度を高めることにより、110ksi級〜140ksi級の鋼管の耐SSC性を高める方法を提案する。
【0010】
特許文献5及び特許文献6は、炭化物の形態を制御して110ksi級〜140ksi級の低合金油井管用鋼の耐SSC性を高める方法を提案する。特許文献7は、転位密度と水素拡散係数とを所望の値に制御して、125ksi(862MPa)級以上の油井用鋼管の耐SSC性を高める方法を提案する。特許文献8は、0.3〜0.5%のCを含有する低合金鋼に対して、複数回の焼入れを実施することにより、125ksi(862MPa)級の鋼の耐SSC性を高める方法を提案する。特許文献9は、2段階の焼戻し工程を採用して、炭化物の形態や個数を制御する方法を提案する。より具体的には、特許文献9では、大型のM
3CあるいはM
2Cの個数密度を抑制して、125ksi(862MPa)級の鋼の耐SSC性を高める。特許文献10は、固溶Mo量、旧オーステナイト粒径及びM
2C型の析出物の量を所定の値に制御することで高強度と耐SSC性とを両立させる方法を提案する。
【0011】
しかしながら、上記特許文献1〜10に開示された技術を適用しても、降伏強度が120ksi(827MPa)以上の油井用鋼管の場合、優れた耐SSC性を安定して得られない場合がある。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態を詳しく説明する。
【0017】
本発明者らは、低合金油井用鋼管の耐SSC性について検討した。その結果、本発明者らは次の知見を得た。
【0018】
鋼管に対して低い温度で焼戻しを実施した場合、微細なセメンタイトが多数析出する。析出した微細なセメンタイトは扁平形状を有する。さらに、焼戻し温度が低ければ、転位密度が低下しない。鋼中に侵入した水素は、扁平形状の微細なセメンタイトと母相との界面にトラップされる。鋼中に侵入した水素は、鋼中の転位にもトラップされる。微細なセメンタイトと母相との界面及び転位にトラップされた水素により、SSCが発生しやすくなる。したがって、微細なセメンタイトが多数生成し、転位密度が高ければ、耐SSC性が低下する。
【0019】
そこで、鋼管に焼戻し軟化抵抗を高める合金元素であるMo及びVを含有したうえで、高温で焼戻しを実施する。この場合、転位密度が低下する。そのため、耐SSC性が高まる。高温で焼戻しを実施した場合はさらに、セメンタイトが成長して粗大なセメンタイトが形成される。微細なセメンタイトは、上述のように、扁平で、その表面はSSCを誘発しやすい。しかしながら、粗大なセメンタイトは球状化して比表面積が減少する。そのため、粗大なセメンタイトは、微細なセメンタイトと比較して、SSC発生の起点になりにくい。したがって、微細セメンタイトに代えて、粗大セメンタイトを生成すれば、耐SSC性が高まる。
【0020】
一方で、セメンタイトは析出強化により鋼管の強度を高める。上述のとおり高温で焼戻しを実施した場合、粗大なセメンタイトが生成するものの、粗大なセメンタイトの個数は少ない。この場合、優れた耐SSC性は得られるものの、827MPa以上の降伏強度が得られにくい。
【0021】
そこで、本実施形態では、円相当径が200nm以上の粗大なセメンタイトの個数を増加することにより、827MPa以上の高強度を有し、かつ、優れた耐SSC性を有する油井用鋼管を得る。以下、円相当径が200nm以上の粗大なセメンタイトを、「粗大セメンタイト」という。
【0022】
上述の油井用鋼管を得るために、焼戻しにおいて、600〜650℃での低温焼戻しを実施し、その後、670〜720℃での高温焼戻しを実施する。この場合、低温焼戻しにおいて、微細なセメンタイトが多数生成される。微細なセメンタイトは、粗大セメンタイトの核となる。低温焼戻しで微細セメンタイトを多数析出しておけば、高温焼戻しにおいて、多数の微細セメンタイトが成長して多数の粗大セメンタイトが形成される。そのため、粗大セメンタイトの個数密度が高まる。その結果、827MPa以上の高強度を有し、かつ、優れた耐SSC性を有する油井用鋼管が得られる。
【0023】
以上の知見により完成した本実施形態による低合金油井用鋼管は、質量%で、C:0.35超〜0.65%、Si:0.05〜0.50%、Mn:0.10〜1.00%、Cr:0.40〜1.50%、Mo:0.50〜2.00%、V:0.05〜0.25%、Nb:0.01〜0.04%、sol.Al:0.005〜0.10%、N:0.007%以下、Ti:0〜0.012%、及び、Ca:0〜0.005%を含有し、残部はFe及び不純物からなり、不純物中において、P:0.020%以下、S:0.002%以下、O:0.006%以下、Ni:0.10%以下、Cu:0.03%以下、B:0.0005%以下である化学組成を有する。組織中において、円相当径で200nm以上のセメンタイトの個数は200個/100μm
2以上である。上記低合金油井用鋼管の降伏強度は827MPa以上である。
【0024】
以下、本実施形態による低合金油井用鋼管について詳述する。
【0025】
[化学組成]
本実施形態による低合金油井用鋼管の化学組成は、次の元素を含有する。化学組成について「%」とは、「質量%」を意味する。
【0026】
C:0.35超〜0.65%
本実施形態による低合金油井用鋼管の炭素(C)含有量は、従前の低合金油井用鋼管よりも高い。Cは、マルテンサイトのサブ組織を微細化して鋼の強度を高める。Cはさらに、炭化物を形成して鋼の強度を高める。C含有量が高ければ、炭化物の球状化が促進され、耐SSC性が高まる。炭化物はたとえば、セメンタイト、合金炭化物(Mo炭化物、V炭化物、Nb炭化物、Ti炭化物等)である。C含有量が低すぎれば、これらの効果が得られない。たとえば、析出するセメンタイトの個数が少なすぎて、鋼の強度が低下する。一方、C含有量が高すぎれば、焼入れままでの鋼の靭性が低下して、焼割れ感受性が高まる。Cはオーステナイトを安定化させる元素である。そのため、C含有量が高すぎれば、残留オーステナイトの体積率が高くなり過ぎ、強度のばらつきが発生する。したがって、C含有量は0.35超〜0.65%である。C含有量の好ましい下限は0.38%であり、より好ましくは0.45%であり、さらに好ましくは0.50%である。C含有量の好ましい上限は0.60%であり、さらに好ましくは0.58%である。
【0027】
Si:0.05〜0.50%
シリコン(Si)は、鋼を脱酸する。Si含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、Si含有量が高すぎれば、耐SSC性が低下する。したがって、Si含有量は、0.05〜0.50%である。好ましいSi含有量の下限は、0.10%であり、さらに好ましくは、0.17%である。好ましいSi含有量の上限は、0.40%であり、さらに好ましくは、0.35%である。
【0028】
Mn:0.10〜1.00%
マンガン(Mn)は、鋼を脱酸する。Mn含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、Mn含量が高すぎれば、燐(P)及び硫黄(S)等の不純物元素とともに、粒界に偏析する。この場合、鋼の耐SSC性が低下する。したがって、Mn含有量は、0.10〜1.00%である。好ましいMn含有量の下限は、0.20%であり、さらに好ましくは0.25%である。好ましいMn含有量の上限は、0.75%であり、さらに好ましくは0.50%である。
【0029】
Cr:0.40〜1.50%
クロム(Cr)は、鋼の焼入れ性を高め、鋼の強度を高める。Cr含有量が低すぎれば、上記効果が得られない。一方、Cr含有量が高すぎれば、鋼の靭性及び耐SSC性が低下する。したがって、Cr含有量は0.40〜1.50%である。Cr含有量の好ましい下限は0.43%であり、さらに好ましくは0.48%である。Cr含有量の好ましい上限は0.90%であり、さらに好ましくは0.70%である。
【0030】
Mo:0.50〜2.00%
モリブデン(Mo)は、炭化物を形成し、鋼の焼戻し軟化抵抗を高める。その結果、Moは、高温焼戻しによる耐SSC性の向上に寄与する。Mo含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、Mo含有量が高すぎれば、上記効果が飽和する。したがって、Mo含有量は0.50〜2.00%である。Mo含有量の好ましい下限は0.60%であり、さらに好ましくは0.65%である。Mo含有量の好ましい上限は1.6%であり、さらに好ましくは1.3%である。
【0031】
V:0.05〜0.25%
バナジウム(V)はMoと同様に、炭化物を形成して、鋼の焼戻し軟化抵抗を高める。その結果、Vは、高温焼戻しによる耐SSC性の向上に寄与する。V含有量が低すぎれば、上記効果が得られない。一方、V含有量が高すぎれば、鋼の靭性が低下する。したがって、V含有量は0.05〜0.25%である。V含有量の好ましい下限は0.07%である。V含有量の好ましい上限は0.15%であり、さらに好ましくは0.12%である。
【0032】
Nb:0.01〜0.04%
ニオブ(Nb)は、C又はNと結合して炭化物、窒化物又は炭窒化物を形成する。これらの析出物(炭化物、窒化物及び炭窒化物)はピンニング(pinning)効果により鋼のサブ組織を微細化し、鋼の耐SSC性を高める。Nb含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、Nb含有量が高すぎれば、析出物が過剰に生成して鋼の耐SSC性を不安定にする。したがって、Nb含有量は0.01〜0.04%である。Nb含有量の好ましい下限は0.012%であり、さらに好ましくは0.015%である。Nb含有量の好ましい上限は0.035%であり、さらに好ましくは0.030%である。
【0033】
sol.Al:0.005〜0.10%
アルミニウム(Al)は、鋼を脱酸する。Al含有量が低すぎれば、この効果が得られず、鋼の耐SSC性が低下する。一方、Al含有量が高すぎれば、介在物が増加して、鋼の耐SSC性が低下する。したがって、Al含有量は0.005〜0.10%である。Al含有量の好ましい下限は0.010%であり、さらに好ましくは0.020%である。Al含有量の好ましい上限は0.07%であり、さらに好ましくは0.06%である。本明細書にいう「Al」含有量は「酸可溶Al」、つまり、「sol.Al」の含有量を意味する。
【0034】
N:0.007%以下
窒素(N)は不可避的に含有される。Nは粗大な窒化物を形成して鋼の耐SSC性を低下する。したがって、N含有量は0.007%以下である。好ましいN含有量は0.005%以下であり、さらに好ましくは0.0045%以下である。
【0035】
鋼中に後述のTiを含有する場合、NはTiNを形成して結晶粒を微細化する。この場合、N含有量の好ましい下限は0.002%である。
【0036】
Ti:0〜0.012%
チタン(Ti)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Tiは窒化物を形成し、ピンニング効果により、結晶粒を微細化する。しかしながら、Ti含有量が高すぎれば、Ti窒化物が粗大化して鋼の耐SSC性が低下する。したがって、Ti含有量は0〜0.012%である。Ti含有量の好ましい下限は0.003%であり、さらに好ましくは0.005%である。Ti含有量の好ましい上限は0.008%である。
【0037】
Ca:0〜0.005%
カルシウム(Ca)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Caは鋼中のSと結合して硫化物を形成し、介在物の形状を改善する。この場合、鋼の靭性が高まる。しかしながら、Ca含有量が高すぎれば、介在物が増加して鋼の耐SSC性が低下する。したがって、Ca含有量は0〜0.005%である。Ca含有量の好ましい下限は0.0005%であり、さらに好ましくは0.001%である。Ca含有量の好ましい上限は0.003%であり、さらに好ましくは0.002%である。
【0038】
本実施形態の低合金油井用鋼管の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここでいう不純物は、鋼の原料として利用される鉱石やスクラップ、又は、製造過程の環境等から混入する元素をいう。本実施形態においては、不純物中のP、S、O、Ni及びCuの含有量は、それぞれ、次のとおり規定される。
【0039】
P:0.020%以下
燐(P)は不純物である。Pは、粒界に偏析して鋼の耐SSC性を低下する。したがって、P含有量は、0.020%以下である。好ましいP含有量は0.015%以下であり、さらに好ましくは0.010%以下である。P含有量はなるべく低い方が好ましい。
【0040】
S:0.002%以下
硫黄(S)は不純物である。Sは、粒界に偏析して鋼の耐SSC性を低下する。したがって、S含有量は0.002%以下である。好ましいS含有量は0.0015%以下であり、さらに好ましくは0.001%以下である。S含有量はなるべく低い方が好ましい。
【0041】
O:0.006%以下
酸素(O)は不純物である。Oは粗大な酸化物を形成し、鋼の耐食性を低下する。したがって、O含有量は0.006%以下である。好ましいO含有量は0.004%以下であり、さらに好ましくは0.0015%以下である。O含有量はなるべく低い方が好ましい。
【0042】
Ni:0.10%以下
ニッケル(Ni)は不純物である。Niは鋼の耐SSC性を低下する。Ni含有量が0.10%を超えると耐SSC性が顕著に低下する。したがって、不純物元素としてのNiの含有量は0.10%以下である。
【0043】
Cu:0.03%以下
銅(Cu)は不純物である。銅は、鋼を脆化し、鋼の耐SSC性を低下する。したがって、Cu含有量は0.03%以下である。好ましいCu含有量は0.02%以下である。
【0044】
B:0.0005%以下
ボロン(B)は不純物である。Bは、粒界にM
23(CB)
6を生成し、鋼の耐SSC性を低下させる。微量の有効B(Nと結合していないB)は、焼入れ性の向上に有効ではあるが、安定的に微量の有効Bを確保するには、本実施形態のTi含有量の範囲では比較的困難である。したがって、Bは0.0005%以下である。好ましいB含有量は0.0003%以下である。
【0045】
[組織(Microstructure)]
上述の化学組成を有する低合金油井用鋼管の組織は、焼戻しマルテンサイトと、体積分率で0〜2%未満の残留オーステナイトとからなる。
【0046】
本実施形態による低合金油井用鋼管の組織は、実質的に焼戻しマルテンサイト組織である。そのため、低合金油井鋼管の降伏強度は高い。具体的には、本実施形態の低合金油井用鋼管の降伏強度は827MPa以上(120ksi級以上)である。本明細書でいう降伏強度は、0.7%全伸び法により定義される。
【0047】
上記低合金油井用鋼管では、焼入れ後に残留オーステナイトが残存する場合がある。残留オーステナイトは強度のばらつきを発生させる。したがって、本実施形態においては、残留オーステナイトの体積率(%)は2%未満である。残留オーステナイトの体積率は低い方が好ましい。したがって、好ましくは、上記低合金油井用鋼管の組織では、残留オーステナイトの体積率が0%(つまり、焼戻しマルテンサイトからなる組織)である。
【0048】
低合金油井用鋼管の炭素(C)含有量及び焼入れ時の冷却停止温度を調整することで、残留オーステナイトの体積率を2%未満に抑えることができる。具体的には、低合金油井用鋼管のC含有量を0.65%以下にする。さらに、焼入れ時の冷却停止温度を50℃以下にする。これにより、残留オーステナイトの体積率を2%未満に抑えることができる。
【0049】
残留オーステナイトの体積率は、X線回折法を用いて、次の方法で求められる。製造された低合金油井用鋼管の肉厚中央部を含むサンプルを採取する。採取されたサンプルの表面を化学研磨する。化学研磨された表面に対して、CoKα線を入射X線として、X線回折を実施する。具体的には、サンプルを用いて、フェライト相(α相)の(200)面及び(211)面の面積分強度と、残留オーステナイト相(γ相)の(200)面、(220)面及び(311)面の各々の面積分強度とを求める。その後、α相の各面と、γ相の各面との組合せ(合計6組)ごとに、式(1)を用いて体積率Vγ(%)を算出する。そして、6組の体積率Vγ(%)の平均値を、残留オーステナイトの体積率(%)と定義する。
Vγ=100/(1+(Iα×Rγ)/(Iγ×Rα)) (1)
ここで、「Iα」、「Iγ」はそれぞれα相、γ相の積分強度である。「Rα」、「Rγ」はそれぞれ、α相、γ相のスケールファクタ(scale factor)であり、物質の種類と面方位とによって、結晶学的に理論計算される値である。
【0050】
後述の製造方法を実施すれば、上記組織が得られる。
【0051】
[旧オーステナイト結晶粒度]
好ましくは、本実施形態ではさらに、上記組織における旧オーステナイト粒(以下、旧γ粒ともいう)のASTM E112に基づく結晶粒度番号が9.0以上である。結晶粒度番号が9.0以上であれば、降伏強度が827MPa以上であっても、優れた耐SSC性が得られる。旧γ粒の好ましい結晶粒度番号は9.5以上である。
【0052】
旧γ粒の結晶粒度番号は、焼入れ後、焼戻し前の鋼材(いわゆる焼入れまま材)を用いて測定してもよいし、焼戻しされた鋼材(焼戻し材という)を用いて測定してもよい。焼戻しでは、旧γ粒のサイズは変更されない。したがって、焼入れまま材、及び、焼戻し材のいずれを用いても、旧γ粒のサイズは同じである。上記化学組成を有する鋼であれば、後述の周知の焼入れにより、旧γ粒の結晶粒度が9.0以上になる。
【0053】
[粗大セメンタイトの大きさ]
上記低合金油井用鋼管は、円相当径で200nm以上のセメンタイトを有する。上述のとおり、鋼に侵入した水素は、セメンタイトと母相との界面にトラップされる。円相当径で200nm以上のセメンタイト(粗大セメンタイト)は、微細なセメンタイトと比較して、比表面積が小さい。そのため、セメンタイトを粗大化すれば、セメンタイトと母相との界面が減少する。界面が減少すれば、水素のトラップサイトが減少し、低合金油井用鋼管の耐SSC性が高まる。一方、微細なセメンタイトは粗大セメンタイトと比較して比表面積が大きい。加えて、微細なセメンタイトは針状又は扁平の形状を有する。この場合、セメンタイトの比表面積はさらに大きくなる。このため、微細なセメンタイトはSSCの発生起点となりやすい。したがって、セメンタイトの大きさは、円相当径で200nm以上である。セメンタイトの大きさの上限は特に限定されないが、たとえば350nmである。
【0054】
後述する高温焼戻し工程での熱処理条件を適切に選定することで、セメンタイトを粗大化できる。
【0055】
[粗大セメンタイト個数]
上記組織において、粗大セメンタイト個数CNは、200個/100μm
2以上である。
【0056】
セメンタイトは、鋼管の降伏強度を高める。したがって、セメンタイト個数が多ければ、鋼管の降伏強度が高まる。具体的には200個/100μm
2以上であれば、鋼管の降伏強度が高まる。
【0057】
化学組成と後述する焼戻し工程での熱処理条件とを適切に選定することで、微細なセメンタイトを粗大化できる。セメンタイトを粗大化させれば、微細なセメンタイトの数が減少する。その結果、耐SSC性が改善する。具体的には、円相当径で200nm以上のセメンタイトの個数CNが200個/100μm
2以上であれば、827MPa以上の降伏強度を有していても、優れた耐SSC性が得られる。
【0058】
好ましい粗大セメンタイト個数CNの下限は220個/100μm
2である。粗大セメンタイト個数CNの上限は特に制限されないが、上述の化学組成の場合、好ましい粗大セメンタイト個数CNの上限は500個/100μm
2である。
【0059】
微細なセメンタイトの個数は直接測定するのが難しい。そこで、粗大セメンタイトの個数を測定することで代用する。セメンタイトの総量は鋼の炭素含有量で決定される。したがって、粗大セメンタイトの個数が多い場合、微細なセメンタイトの個数は少ない。粗大セメンタイト個数CNは、次の方法で測定される。
【0060】
鋼管の肉厚中央部を含むサンプルを採取する。サンプルの表面のうち、鋼管の横断面(鋼管の軸方向と垂直な断面)に相当する面(以下、観察面という)を研磨する。ナイタル腐食液を用いて、研磨後の観察面をエッチングする。具体的には、常温のナイタル腐食液(硝酸3%+エチルアルコール97%)に10秒間、観察面を浸漬し、エッチングする。
【0061】
走査型電子顕微鏡を用いて、エッチングされた観察面の任意の10視野を観察する。各視野の面積は10μm×10μmである。各視野において、複数のセメンタイトの各々の面積を求める。各セメンタイトの面積はたとえば、画像処理ソフトウェア(商品名:Image J1.47v)により求めることができる。得られた面積と同じ面積を持つ円の直径を、そのセメンタイトの円相当径と定義する。
【0062】
各視野において、円相当径が200nm以上のセメンタイト(つまり、粗大セメンタイト)を特定する。10視野全ての粗大セメンタイトの総数TNを求める。総数TNを用いて、式(2)に基づいて粗大セメンタイト個数CNを求める。
CN=TN/10 (2)
以上の方法により、粗大セメンタイトの個数を測定できる。
【0063】
[製造方法]
本実施形態に係る低合金油井用鋼管の製造方法の一例を説明する。本例では、継目無鋼管(低合金油井用鋼管)の製造方法について説明する。継目無鋼管の製造方法は、製管工程と、焼入れ工程と、焼戻し工程とを備える。
【0064】
[製管工程]
上述の化学組成の鋼を溶製し、周知の方法で精錬する。続いて、溶鋼を連続鋳造法により連続鋳造材にする。連続鋳造材はたとえば、スラブやブルームやビレットである。また、溶鋼を造塊法によりインゴットにしてもよい。
【0065】
スラブやブルーム、インゴットを熱間加工してビレットにする。熱間圧延によりビレットにしてもよいし、熱間鍛造によりビレットにしてもよい。
【0066】
ビレットを熱間加工して素管を製造する。始めに、ビレットを加熱炉で加熱する。加熱炉から抽出されたビレットに対して熱間加工を実施して、素管(継目無鋼管)を製造する。たとえば、熱間加工としてマンネスマン法を実施し、素管を製造する。この場合、穿孔機により丸ビレットを穿孔圧延する。穿孔圧延された丸ビレットをさらに、マンドレルミル、レデューサ、サイジングミル等により熱間圧延して素管にする。他の熱間加工方法により、ビレットから素管を製造してもよい。
【0067】
[焼入れ工程]
熱間加工後の素管に対して、焼入れ及び焼戻し処理を実施する。焼入れ処理における焼入れ温度はA
C3点以上である。好ましい焼入れ温度の上限は930℃である。焼入れ温度が高い場合、オーステナイト粒が粗大化する。この場合、旧γ粒の結晶粒度番号が9.0未満となり、耐SSC性が低下する。好ましい焼入れ温度は910℃以下である。
【0068】
焼入れ時において、素管温度が500〜100℃の間の好ましい冷却速度は1〜15℃/秒である。上記温度範囲での冷却速度が大きすぎれば、焼割れが発生する場合がある。一方、上記温度範囲での冷却速度が小さすぎれば、組織に多量のベイナイトが含まれ、組織中のマルテンサイトが少なくなる。また、焼入れ時の冷却停止温度は50℃以下である。これにより、残留オーステナイトの体積率を2%未満に抑えることができる。
【0069】
上記焼入れ工程後の素管の旧γ粒結晶粒度は、9.0以上になる。なお、旧γ粒結晶粒度は、後述の焼戻し後においても変化しない。
【0070】
[焼戻し工程]
焼戻し工程は、低温焼戻し工程と、高温焼戻し工程とを含む。
【0071】
[低温焼戻し工程]
初めに、低温焼戻し工程を実施する。低温焼戻し工程での焼戻し温度T
Lは600〜650℃である。また、低温焼戻し工程におけるLarson−MillerパラメータLMP
Lは、17700〜18750である。
Larson−Millerパラメータは、式(3)で定義される。
LMP=(T+273)×(20+log(t)) (3)
式(3)中のTは焼戻し温度(℃)であり、tは時間(hr)である。
【0072】
焼戻し工程は、加熱過程及び均熱過程を含む。加熱過程を考慮したLarson−Millerパラメータは、非特許文献1(土山聡宏,「熱処理」,第42巻,第3号,p163〜166(2002年),「焼戻しパラメータの物理的意味の解釈と連続加熱・冷却熱処理過程への応用」)にしたがって、積算焼戻しパラメータを計算することで求めることができる。
【0073】
上述の積算焼戻しパラメータを求める方法では、加熱開始から加熱終了までの時間を総数Nの微小時間Δtで分割する。ここで、(n−1)番目の区間の平均温度をT
n-1、n番目の区間の平均温度をT
nとする。最初の微小時間(n=1の場合の区間)に対応するLMP(1)は、以下の式により求めることができる。
LMP(1)=(T
1+273)×(20+log(Δt))
LMP(1)は、以下の式により、温度T
2及び加熱時間t
2に基づき算出されるLMPと等価な値として表すことができる。
(T
1+273)×(20+log(Δt))=(T
2+273)×(20+log(t
2))
時間t
2は、2番目の区間より前の区間での加熱に基づき算出されるLMPの積算値と等価なLMPを、温度T
2で得るための所要時間(等価時間)である。2番目の区間(温度T
2)における加熱時間は、時間t
2に実際の加熱時間Δtを加えた時間である。したがって、2番目の区間の加熱が完了した時点でのLMPの積算値LMP(2)は以下の式により求めることができる。
LMP(2)=(T
2+273)×(20+log(t
2+Δt))
この式を一般化すると、以下の式となる。
LMP(n)=(T
n+273)×(20+log(t
n+Δt))
LMP(n)は、n番目の区間の加熱が完了した時点でのLMPの積算値である。時間t
nは(n−1)番目の区間の加熱が完了した時点でのLMPの積算値と等価なLMPを、温度T
nで得るための等価時間である。時間t
nは式(4)により求めることができる。
log(t
n)=((T
n-1+273)/(T
n+273))×(20+log(t
n-1))−20 (4)
【0074】
低温焼戻し工程では、上述のとおり、マルテンサイト中に過飽和に固溶していたC(炭素)がセメンタイトとして多数析出する。ここで析出したセメンタイトは微細であり、粗大セメンタイトの核となる。低温焼戻し温度T
Lが低すぎる、又は、LMP
Lが低すぎる場合、セメンタイトの析出量が少ない。一方、低温焼戻し温度T
Lが高すぎる、又は、LMP
Lが高すぎる場合も、粗大なセメンタイトが成長するものの、セメンタイトの析出数は少ない。
【0075】
低温焼戻し温度T
Lが600〜650℃であり、かつ、LMP
Lが17700〜18750であれば、低温焼戻し工程において、粗大セメンタイトの核となる微細なセメンタイトが多数析出する。
【0076】
[高温焼戻し工程]
低温焼戻し工程の後、高温焼戻し工程を実施する。高温焼戻し工程では、低温焼戻し工程で析出した微細なセメンタイトを粗大化して、粗大セメンタイトを生成する。そのため、セメンタイトがSSCの基点になるのを抑制しつつ、粗大セメンタイトにより鋼の強度を高めることができる。
【0077】
高温焼戻し工程ではさらに、鋼中の転位密度を低減する。鋼中に浸入した水素は転位にトラップされ、SSCの起点となる。そのため、転位密度が低ければ、耐SSC性が高まる。高温焼戻し工程を実施することにより、鋼中の転位密度が低減する。そのため、耐SSC性が高まる。
【0078】
上述の効果を得るための高温焼戻し工程での焼戻し温度T
Hは670〜720℃であり、式(3)及び式(4)で定義されるLarson−MillerパラメータLMP
Hは、18500〜20500である。
【0079】
焼戻し温度T
Hが低すぎる、又は、LPM
Hが低すぎる場合、セメンタイトが粗大化せず、粗大セメンタイト個数が200個/100μm
2未満になる。さらに、転位密度が十分に低減しない。そのため、耐SSC性が低下する。
【0080】
一方、焼戻し温度T
Hが高すぎる、又は、LMP
Hが高すぎる場合、転位密度が過剰に低減する。この場合、上述の化学組成を有する鋼管の降伏強度は827MPa未満になる。
【0081】
本実施形態での焼戻し工程は、上述のとおり低温焼戻し工程と、高温焼戻し工程の2段階の焼戻しを実施してもよい。具体的には、低温焼戻し工程を実施した後、鋼管を常温に冷却する。次に、常温の鋼管を加熱して高温焼戻し工程を実施する。低温焼戻し工程を実施した後、鋼管を冷却せずに、そのまま高温焼戻し温度T
Hに加熱して、高温焼戻し工程を実施してもよい。
【0082】
さらに、低速で昇温しながら、600〜650℃の温度域の滞留時間を大きくしながら高温域にする方法により、低温焼戻し工程と高温焼戻し工程とを連続的に実施してもよい(低速昇温による焼戻し)。たとえば、焼入れ後の鋼管に焼戻し行うに当たり、500℃から700℃の間の温度域を、平均3℃/分以下の昇温速度で710℃まで連続的に加熱し、710℃で所定時間(たとえば60分)均熱する。この場合、低温焼戻し温度T
L域(つまり、600〜650℃域)でのLarson−MillerパラメータLMP
Lの積算値が17700〜18750であり、かつ、高温焼戻し温度T
H域(つまり、670〜720℃域)でのLarson−MillerパラメータLMP
Hの積算値が18500〜20500であればよい。要するに、焼戻し工程において、低温焼戻し温度T
L域でのLMP
Lが上記条件を満たし、高温焼戻し温度T
H域でのLMP
Hが上記条件を満たせば、焼戻し方法は特に限定されない。
【0083】
上記製造方法により、本実施形態による低合金継目無鋼管が製造される。製造された継目無鋼管の組織は、焼戻しマルテンサイトと、0〜2%未満の残留オーステナイトからなる。さらに、旧γ粒の結晶粒度番号は9.0以上である。さらに、上述の焼戻し工程により、組織中における粗大セメンタイト個数CNは200個/100μm
2以上になる。
【0084】
[焼入れ及び焼戻し以外の熱処理]
本実施形態の製造方法では、製管工程後であって焼入れ工程前に、他の熱処理(中間熱処理)を付加的に実施してもよい。たとえば、熱間加工後の素管に対してノルマライズ(焼準)処理を実施してもよい。具体的には、熱間加工後の素管をA
3点よりも高い温度(たとえば、850〜930℃)で一定時間保持し、その後放冷する。保持時間はたとえば、15〜130分である。
【0085】
ノルマライズ処理では通常、熱間加工後、素管を常温に冷却した後、A
C3点以上に加熱する。しかしながら、本実施形態においてノルマライズ処理は、熱間加工後、素管をそのままA
C3点以上の温度に保持することにより実施されてもよい。
【0086】
ノルマライズ処理を実施すれば、旧γ粒がさらに微細化する。具体的には、ノルマライズ処理した素管を焼入れ処理した場合、焼入れまま材の旧γ粒の結晶粒度番号が9.5以上になる。
【0087】
上述のノルマライズ処理に替えて、焼入れを実施してもよい。この場合、焼入れが複数回実施される。上記中間処理は、フェライト+オーステナイトの2相域温度での熱処理(以下、「2相域加熱」という)であってもよい。中間熱処理では、鋼の組織の少なくとも一部がオーステナイトに変態すればよい。この場合でも、結晶粒の微細化のために好ましい効果が得られる。したがって、中間熱処理では、少なくとも素管をA
C1点以上の温度で均熱すれば足りる。
【実施例】
【0088】
表1A及び表1Bに示す化学組成の溶鋼を製造した。
【0089】
【表1A】
【0090】
【表1B】
【0091】
表1A及び表1Bを参照して、鋼A〜鋼Dの化学組成はいずれも、本発明の範囲内であった。鋼Eは、C含有量が低すぎ、さらに、B含有量が高すぎた。
【0092】
溶鋼を用いて連続鋳造によりブルームを製造した。ブルームを分塊圧延して、直径310mmの丸ビレットを製造した。マンネスマン・マンドレル法により丸ビレットを穿孔圧延及び延伸圧延して、直径244.48mm、肉厚13.84mmの継目無鋼管を製造した。
【0093】
各継目無鋼管に対して、焼準処理を実施した。焼準温度はいずれも920℃であり、焼準温度での均熱時間はいずれも、15分であった。焼準処理後の継目無鋼管を室温(24℃)まで冷却した。
【0094】
室温まで冷却された継目無鋼管に対して、焼入れ処理を実施した。焼入れ温度はいずれも900℃であった。焼入れ温度で15分均熱した。均熱後、継目無鋼管をミスト冷却した。ミスト冷却時、継目無鋼管の温度が500〜100℃の範囲における平均冷却速度は5℃/秒であった。焼入れ時の冷却停止温度は50℃以下であった。
【0095】
焼入れ後の継目無鋼管に対して、表2に示す焼戻し処理を実施した。
【0096】
【表2】
【0097】
表2を参照して、試験番号1〜7、試験番号9〜12及び試験番号22では、2段階の焼戻し処理を実施した。具体的には、上述の試験番号では、初めに、表2に示す焼戻し条件(T
L、t
L、LMP
L)で、低温焼戻しを実施した。表2中のt
Lは、焼戻し温度T
Lでの実際の均熱時間(分)を示す。低温焼戻しを実施した後、継目無鋼管を室温(25℃)まで放冷した。放冷後の継目無鋼管を用いて、表2に示す焼戻し条件(T
H、t
H、LMP
H)で、高温焼戻しを実施した。表2中のt
Hは、焼戻し温度T
Hでの実際の均熱時間(分)を示す。いずれも、加熱過程での昇温速度は8℃/分で、連続的に継目無鋼管を昇温した。それぞれの加熱過程を考慮して、上述の通り、LMP
L及びLMP
Hを算出した。LMP
L及びLMP
Hの積算値の算定に当たっては、Δtを1/60時間(1分)とした。試験番号8及び試験番号13を除き、各試験番号の均熱時間よりも100℃低い温度をT
1(最初の区間の平均温度)とした。結果を表2に示す。
【0098】
一方、試験番号8及び13では、焼戻し温度が710℃になるまで、昇温速度2℃/分で連続的に昇温し、焼戻し温度が710℃になった後、710℃で表2に示す時間t
Hで均熱した。つまり、試験番号8及び13では、低速昇温による焼戻しを実施した。低速昇温焼戻しにおいて、焼戻し温度が600〜650℃の温度範囲におけるLMP
Lは表2に示すとおりであった。また、焼戻し温度が670℃から710℃に昇温されるまでのLMPと、710℃でt
H分均熱したときのLMPとの合計LMP
Hは、表2に示すとおりであった。
【0099】
なお、試験番号8及び13の連続昇温におけるLMP
L及びLMP
Hは、上記と同様に非特許文献1にしたがって、積算焼戻しパラメータを計算することで算出した。
【0100】
試験番号14〜21では、1段の焼戻し(高温焼戻し)のみを実施した。
【0101】
[旧γ粒度番号測定試験]
焼入れ後の各試験番号の継目無鋼管を用いて、ASTM E112に準拠した旧γ粒度番号を求めた。得られた旧γ粒度番号を表3に示す。旧γ粒度番号はいずれも、9.0以上であった。
【0102】
[組織観察試験]
焼戻し後の各試験番号の継目無鋼管の肉厚中央部を含むサンプルを採取した。採取されたサンプルのうち、継目無鋼管の軸方向に対して垂直な断面のサンプル表面を研磨した。研磨後、ナイタールを用いて、研磨されたサンプル表面をエッチングした。具体的には常温のナイタル腐食液(硝酸3%+エチルアルコール97%)に10秒間、サンプル表面を浸漬し、エッチングした。エッチングされた表面を顕微鏡で観察した結果、いずれの試験番号も、焼戻しマルテンサイトからなる組織であった。上述の方法により残留オーステナイトの体積率を測定した結果、いずれの試験番号においても、残留オーステナイトの体積率は2%未満であった。
【0103】
[粗大セメンタイト個数CN]
焼戻し後の各試験番号の継目無鋼管を用いて、上述の方法により、粗大セメンタイト個数CN(個/100μm
2)を求めた。得られた粗大セメンタイト個数CNを表3に示す。
【0104】
[降伏強度試験]
各試験番号の継目無鋼管の肉厚中央部から、JIS Z2241(2011)に規定された12号試験片(幅25mm、標点距離50mm)を採取した。試験片の中心軸は継目無鋼管の肉厚中心位置であり、継目無鋼管の長手方向に平行であった。採取された試験片を用いて、JIS Z2241(2011)に準拠した引張試験を、常温(24℃)の大気中で実施し、降伏応力(YS)を求めた。降伏応力は、0.7%全伸び法により求めた。得られた降伏応力(MPa)を表3に示す。いずれの試験番号においても、継目無鋼管の降伏強度は827MPa以上であった。さらに、125ksi級(862〜925MPa)の降伏強度を有する鋼管が得られた。
【0105】
[DCB試験]
各試験番号の継目無鋼管に対して、DCB試験(Double Cantilever Beam)試験を実施し、耐SSC性を評価した。
【0106】
具体的には、各継目無鋼管から厚さ10mm、幅25mm、長さ100mmのDCB試験片を3つ採取した。採取したDCB試験片の厚さ中央に、厚さ2.89mmの楔を挟み込み、初期き裂とした。なお、荷重点から初期き裂先端までの長さは約33.75mmである。この試験片を用いて、NACE(National Association of Corrosion Engineers)TM0177−2005MethodDに準拠して、DCB試験を実施した。試験浴には1atmの硫化水素ガスを飽和させた常温(24℃)の5%食塩+0.5%酢酸水溶液を使用した。試験浴にDCB試験片を336時間浸漬し、DCB試験を実施した。
【0107】
試験後、各DCB試験片に発生したき裂進展長さaを測定した。測定したき裂進展長さaと楔開放応力Pとから、以下の式(5)に基づいて応力拡大係数K
1SSCを求めた。
K
1SSC=Pa((2(√3)+2.38×(h/a))×(B/Bn)
1/(√3))/(B×h
3/2) (5)
【0108】
ここで、式(5)中の「h」はDCB試験片の各アームの高さであり、「B」はDCB試験片の厚さであり、「Bn」はDCB試験片のウェブ厚さである。これらは、上述のNACE TM0177−2005MethodDに規定されている。
【0109】
各試験番号の3つのDCB試験片で得られた応力拡大係数の平均値を、その試験番号の応力拡大係数K
1SSCと定義した。さらに、3つの試験片の応力拡大係数の標準偏差を求めた。
【0110】
[試験結果]
【0111】
【表3】
【0112】
表3を参照して、試験番号1〜7及び試験番号9〜12の化学組成は適切であった。また、焼戻し処理では、2段焼戻し(低温焼戻し及び高温焼戻し)を実施して、各焼戻しの条件は適切であった。継目無鋼管の旧γ粒度番号は9.0以上であり、粗大セメンタイト個数CNは200個/100μm
2以上であった。そのため、K
1SSCは22.6MPam
0.5よりも大きく、優れた耐SSC性を有した。さらに、K
1SSCの標準偏差は2.0MPam
0.5以下であり、安定した耐SSC性が得られた。
【0113】
試験番号8及び試験番号13の化学組成は適切であった。さらに、低速昇温焼戻しを実施し、その条件は適切であった。継目無鋼管の旧γ粒度番号は9.0以上であり、粗大セメンタイト個数CNは200個/100μm
2以上であった。さらに、K
1SSCは22.6MPam
0.5よりも大きく、優れた耐SSC性を有した。さらに、K
1SSCの標準偏差は0.8MPam
0.5以下であり、安定した耐SSC性が得られた。
【0114】
一方、試験番号14〜21では、低温焼戻しを実施しなかった。そのため、これらの試験番号ではいずれも、粗大セメンタイト個数CNが200個/100μm
2未満であった。その結果、K
1SSCは22.6MPam
0.5以下であり、耐SSC性が低かった。さらに、K
1SSCの標準偏差は2.0MPam
0.5よりも大きく、安定した耐SSC性が得られなかった。
【0115】
試験番号22の化学組成は、C含有量が少なすぎ、さらに、B含有量が多すぎた。そのため、焼戻し処理の条件は適切であったにもかかわらず、粗大セメンタイト個数CNが200個/100μm
2未満であった。その結果、K
1SSCは22.6MPam
0.5以下であり、耐SSC性が低かった。
【0116】
以上、本発明の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。したがって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。